【俺ガイル】走れ8幡弾丸よりも速く (249)

前書き

知ってる人は知っている

知ってたら友達になれるかも



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まあ、なんと言うか、柄にも無いことをしたなと自分でもよく思う。
散歩してる犬を庇って、轢かれて、お陀仏

なんともらしくない最期じゃないか

でも、まあ、性根の腐った自分にしてみれば、上等な死に様なんじゃないかね

小町、ごめんな

兄は先に天国に行くからな

…………天国、行けんのか? 俺











???「まだ、間に合う」

眩しい

照明の、白い光

泣き顔の、小町











八幡「あれ、生きてる?」

小町「お兄ちゃんっ!」

寝ている俺にひしと抱きつく愛しき妹
おーなんだ小町、そんなに積極的だとお兄ちゃん嬉しくて本当に天国にいっちまうぞ?

小町「バカなこと言わないで! よかった……ほんとによかった」

八幡「俺、確か車に轢かれて」

???「まぁ紙一重で助かったというわけだが」

八幡「……誰ですかあなたは」

小町「お兄ちゃん、この人がお兄ちゃんを助けてくれたんだよ」

???「私の名は方位」










   「谷 方位だ。よろしく比企谷くん」

いかにも科学者と言った顔をした白髪の老人
この人が俺を助けてくれた?

八幡「あの、ありがとうございます。助けてくれて」

谷「いやいや気にすることはない。目の前の怪我人を助けるのは人として当然のことだよ」

八幡(うわ、すごいなこの人。よくそんな事をさらっと言えるな)

しかも嫌みが感じられない

谷「ま、明日にでも退院出来るだろうね。今日はゆっくり休みなさい」

じゃあ、わたしはこれで

そう言うと谷と名乗った老人は病室を後にした。
なんともジェントルマンじゃないか。歳をとるならあんな風にとりたいもんだね全く。

小町「お兄ちゃん、ほんとにどこも痛くないの?」

八幡「うん? あー、そうだな、何だか知らんが全然痛くない」

八幡「それどころか、なんだろ、身体中がスッキリしてる気がする」

まるで、身体その物を入れ替えたような

小町「ふーん? あの谷ってお爺さん、凄腕のお医者さんなんだね」

八幡「それより小町、もっと兄に抱きついてもいいんだぞ?」

八幡「さっきの小町、凄くぐっと来た。マジで可愛い天使小町マジで天使」

小町「ごみいちゃん、キモい」

八幡「まあ、そう言わずにもっとよく顔を見せt」

八幡「…………!?」

小町「どしたの? お兄ちゃん?」

八幡「へ、あ、あれ?」

可愛い妹の姿を注視していく内に

なんだか、服がどんどん透けて

小町「お兄ちゃん? 顔になんか着いてるの?」ゼンラ

八幡「」

小町「お兄ちゃん?」

八幡「小町」

小町「?」

八幡「どうやら俺は妹に欲情する変態野郎だったらしい」

小町「? 何いってんの?」

八幡「俺は兄貴失格だ……。ちょっと外の空気吸ってくる」

妹の裸を幻視するなんてシスコン通り越してただの変態だ。事故のせいで頭がおかしくなったか?

八幡「マッ缶あるかな」

小町「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! どこいく」

ブン

小町「あれ?」

小町「どこ行ったの? お兄ちゃん?」

八幡「♪~~」

体が軽い

こんな気持ち初めて!

八幡「もう何もこわくないっと」

キーーーーーーーーーーーーーーーン……………

ナンダ

ナンダコノオト ヒコウキ?

しかしなんだね、どうして周りの人達は止まったままなのか?
と言うかさっきから空気が顔に当たる
水の中をスキップしてるみたいだ



……頭が、熱いな





八幡「マッ缶あった」

カシッ ゴクリ

八幡「フーーーーーーッ!」

なんだかえらくスッキリするな

頭のてっぺんから冷えたような爽快感

いつもの倍は旨く感じる


八幡「……」

何故だろうか
体は不自然なまでにスッキリしているのに
胸にぽっかり穴が開いたような空虚な感じ
頭は冴えてるのに、気持ちが悪い

八幡「あ」

窓を見ると、ゆらゆらと浮かぶ赤い物体

風船

八幡「……」

耳を澄ませると聴こえてくる
窓の外から、子どもの泣く声
目を凝らせば見えてくる
母親に慰められる少女の姿

八幡(離しちまったか? かわいそーに)

しかし俺に出来ることは何も無い
精々飛んでく風船を見てるだけ

八幡「……」

………

……………

……………………
 
八幡「遅い」

幾らなんでも遅すぎないか?
全然上昇しないどころか、その場に留まって要るようにさえ見える

八幡(今なら届くか?)

ブン

窓から飛び出し、風船を掴む
あれ、ここ何階だっけか
自由落下するなかボンヤリ考える


まぁ、どうでもいいか


クルリ
スタ


八幡「えーとさっきの子どもは」




親に連れられた泣いてる子どもはっと
……見つけた

八幡「いたいた。あー、すいません」

「え」

八幡「これ、その子のですよね?」

「あ!」

八幡「はい、どーぞ」

「ど、どうもありがとうございます。ほら、お兄さんにありがとうは?」

「………」

なんだかじっと俺の顔を見てるぞ
そんなに面白い顔か?
あれか、どうせ目が腐ってるとか何とかか?
解ってはいるがこんな小さい子にまで思われるのは結構凹む

「こわい」



…………はい?



「お兄さん、目がお人形さんみたい」












そのあとの事は、よく覚えていない
ただ慌てる母親と、怒られて再び泣き出す子どもに気まずくなって、逃げる様に病室に帰ったのは覚えている。








風船は、いつの間にか萎んでいた

谷「…………」

谷「早計だったとは、思わん」

谷「大国に利用される兵器にされる位なら、いっそ」

谷「他者を思いやれる君の思考回路なら、十分にそのボディは機能するだろう」

谷「……こんな事を言うのは勝手かも知れんが、どうか、幸せになってくれ」


比企谷八幡

いや





谷「エイトマン」











   ――やはり俺の青春は

          鋼鉄色だった――





第一話 比企谷8幡




第一話と言ったが、眠いので去ります

エイトマンと八幡のコラボレーション

まぁ、資格は十分にあると思うの

八幡「なぁ、小町」

小町「何? お兄ちゃん」

八幡「俺の目って、腐ってるよな?」

総武高校の制服に袖を通しながらしょうもない事を尋ねる。普通はあれだ、腐ってるとか尋ねんし聴きもしない。
自分の目が腐ってるとか自分が一番よく知ってるのだから。

ただ


小町「何いってんの? お兄ちゃんの目は何時も濁りっぱなしのヘドロ状態だよ!」

八幡「だよね」

八幡「……」

『お兄さん、目がお人形さんみたい』

あんなこと初めて言われた

よくよく考えると、あの時の自分は何処かおかしかった。自分でも気付かないほど自然に、何かとんでもないことをやらかした気がする。

その時の記憶はなんだかボヤけてて上手く思い出せない。

小町「それよりお兄ちゃん、今日体力測定の日なんでしょ? 退院したばっかりだけど大丈夫なの?」

八幡「あー、平気平気。体はすこぶる順調だ。それに適当に流すから心配すんなって」

入学早々交通事故に遭遇したことにより、俺のクラスでの立場はスタートラインにも立ってない最底辺だろうな。

全く己の不幸加減には溜め息が出る。

だが、今はそんなことよりも重大なことがある

小町「お兄ちゃん、お腹減ってないの?」

八幡「……」

飯が喉を通らない。
いや、正確には食べる気が全く起きない。味はするし、食べようと思えば食べれると思うが、全てが無駄な行為に感じる。

そうだ、コンナモノを食べるくらいなら



八幡「マッ缶あったっけ?」

小町「あ、あるけど」

八幡「ん」

カシッ ゴクゴク

八幡「フーーーーーーッ!」

これだよこれ!
この爽快感、頭のてっぺんから冷えたような感覚!
これがあれば一日持つんじゃないか?

八幡「んじゃ、小町、先行ってるから」

小町「え、お兄ちゃん? ご飯は?」

八幡「もう平気!」

ブン

キーーーーーーーーーーーーーーーン

小町「お兄ちゃん! ……あれ?」

小町「もういないし」

小町「……お兄ちゃんのばか。おいてけぼりなんて小町的にポイント低いよ」

なんだか車がいつもより遅いな

安全運転でもしてるのか?

顔にまとわりつく風の感触が気持ちいい

ただ走ってるだけで幸せな気分になる

まだまだスピードが出せる気がする

より低く、前傾に姿勢を倒す

自分以外の景色が目まぐるしく変化する

このまま

音の

かべ、を















八幡「あれ」








家を出てから、僅か数十秒



俺は、いつの間にか総武高校の正門に到着していた

そして、続いて襲ってきたのが恐るべき灼熱感と倦怠感

八幡「う、ぉあ」

頭が熱い

熱い

熱い

熱い


あれが、あれが欲しい

あれ

八幡「マッ缶」

マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッマッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶マッ缶


八幡「マッ缶! マッ缶くれぇええええ!」

「あ、あの、これ飲む?」

目の前に差し出されたオレンジ色の缶

八幡「マッ缶!」

カシッ ゴクゴク!

八幡「フーーーーーーッ!」

くぁーーーーーーーーーーーーーーっ!

キンッキンに冷えてやがる!

犯罪的な美味さだ!

生きてて良かった!

「なんだかよくわからないけど大丈夫っぽいね」

声の方を向くと、桃色の髪をしたギャルっぽい少女がいた

俺と同じ総武高校の制服に身を包んでいる

八幡「……誰?」

「君、同じクラスのヒキタニくんだっけ?」

なんだいきなり。つーか人の名前間違えてんじゃねえ
しかもそんないい笑顔浮かべて、何考えてんだ

八幡「ヒキタニじゃなくて、比企谷な」

「あ、ごめん。漢字難しくてわかんなかった」

本当に申し訳なさそうな顔をするピンク髪
やめろよ、そんな顔されると怒るに怒れねーよ

八幡「いや、別に気にしてないし・・・。それより、マッ缶ありがとな。助かった」

「あー、いいのいいの! ほんのお礼だから!」

それだけ言うとピンク髪は校舎の中に走り去っていった。ゆれるスカートから覗く綺麗な足が艶めかしい。
お礼? 何のことだよ。




「また話しようね、ヒッキー」







八幡「・・・うん?」

耳に飛び込む再開の言葉

あいつ、そんなに大声で喋ったか? いや、それより

なんで聞こえたんだ? 俺



--



所変わってここは校庭

一部の体育会系を除いても誰もがやりたがらない行事
体力測定が実施されていた。
その中で50メートル走はシンプルかつ単純におのれの力量を表してくれる。
まぁ、ボッチの俺に誰かと結果を語り合うなんて青春じみた事など夢のまた夢だが

「つぎ、ヒキタニ」

オイコラ先公お前まで名前間違ってんじゃねーよ
今ので完全にとどめ刺されたぞ
今日から俺の名前ヒキタニだぞどうしてくれんだ畜生

八幡「はい」

だがそこは長年のイヤガラセに耐え抜く術を身に着けた俺
この程度のことで顔色を変えるほど軟ではない
目は腐ってるけどな!



「位置について」



さてここはいっちょう軽く


「よーい」


流し



ピッ!








ブン

キーーーーーーーーーーーーーーーン







・・・ん?






「おい、今なんか通らなかったか?」

「風じゃないの」

後ろでストップウォッチを持った計測係がなんか言ってる

・・・後ろ?

「ヒキタニーーー! どこ行ったんだーーーー!」

だから比企谷だつってんだろ

 体育館

「次! バク転やりまーす!」

「うぇーいww」

休憩時間にクラスの上位カースト連中が暇を潰している
俗に言う「うぇーいww」系である
うっとおしいことこの上ない
死ねばいいのに

・・・体操ねぇ

ザ゙ザッ

ロンダート

前宙

一回ひねり

バク宙

ザザッ


八幡「・・・」

今の映像は、何だ?

知らない単語が頭に浮かんだ
ロンダートて何?
いや、それより

フラフラ

体が勝手に動く

右手を挙げ

前方、安全確認

「お、おい。あいつ」

「何する気だ・・・?」



八幡「・・・」

ダッ

ダダダダダ

勢いよく走り
右半身を軸に側転を

――――ああ、ロンダートって側転のことか

ダンッ!

ドンッ!

ダンッ!

頭に浮かんだイメージ通りに体が動く

だが、まだ終わらない

バク宙を終え、着地した瞬間に

――跳ぶ!


ギュルン!!


ギュオオッ

ッダァアアン!


八幡「・・・」ビシ


「し、伸身ムーンサルト!?」




・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・



ヤバイ

――すっげえ気持ちいい

ダッ

ダダダダダ

勢いよく走り
右半身を軸に側転を

――――ああ、ロンダートって側転のことか

ダンッ!

ドンッ!

ダンッ!

頭に浮かんだイメージ通りに体が動く

だが、まだ終わらない

バク宙を終え、着地した瞬間に

――跳ぶ!


ギュルン!!


ギュオオッ

ッダァアアン!


八幡「・・・」ビシ


「し、伸身ムーンサルト!?」




・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・



ヤバイ







――すっげえ気持ちいい

二重投稿すまん

「ねぇねぇ、なんかあの人すごくない?」

「誰? あいつ」

「目つきわるーい」

女どもが俺に黄色い声をあげてる
なんだこれ
なにこれ
どうしちゃったの俺
もしかして、あれか?
ついに俺の内に眠る真の力が目覚めたのか?
邪気眼なの?
中二なの?

八幡「・・・ふ、ふひ」

我ながら気持ちの悪い声が出た
だってしょうがないじゃない
今までこんな、他人の注目をかっさらう行為なんてしたことなかったんだもん
・・・悪い意味ではあったけどな

まぁ、悪くない。悪くないぞこれは
どれ、ここはひとつ手でも挙げて・・・

八幡「ぶふぅっ!?」

「ど、どうしたヒキタニ。無理しすぎたか?」

ちがう。噴出したのは決して疲れたからではない

目の前の光景が余りにも衝撃的だったからだ

だって、あんな




「ねえ、さっきからあの人こっち見てんだけど」プルン

「ヤダ、キモーイ」プルルン

「ヒッキー、運動すごくできるんだ・・・」バルン

「ヒッキー?」タユン






女子全員が裸に見えるなんて、ありえるだろうか

ピーガガ

由比ヶ浜 結衣

B:F65

八幡「!?!?」

なんだ!? 頭に変な数字が

ピーガガ

川崎 沙希

B:G70

こ、これは

まさか

八幡(おっぱいスカウターだと・・・!?)

ピーガガ

三浦 優美子

八幡「ば、ちょ、待」

八幡「先生!!」

「な、なんだヒキタニ」

八幡「気分が悪いんで保健室行きます!」

「は?」

八幡「それでは!」



ブン

キーーーーーーーーーーーーン



「ヒキタニ・・・?」

「消えた・・・?」

八幡「うぉおおおおおおおおお!!」




キーーーーーーーーーーーン




俺は脇目も振らずに走った
とにかく走った
最初は、幻覚かと思った
俺の欲求不満と日頃の妄想が産み出した幻覚だと思いたかった
だけど、違う
あれは違う
俺の男の本能が告げている





あれは生乳だと





八幡「とりえずトイレに直行おおおおおおおお!」

今でも鮮明に思い出せる
まるでデジカメで撮影したかのように思い出せる!


あとはやることは一つだろうが!

ここは滅多に人が来ないトイレ

まさにうってつけである

なにが?

言わせんな恥ずかしい

八幡「なんだか目から光が出てる気がするぜ・・・」

個室の壁に先ほどの光景が映し出されてる気がした
おいおい、俺の想像力もバカにできたものじゃないな
こうまでハッキリ妄想が具現化するなんて、ナイス俺
まるでスクリーンに投影するプロジェクタじゃないかハハハ


まあ、それは置いといて

八幡「レッツトライ!」


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・








八幡「あれ?」






ムスコよ、なぜ立ち上がらない

今日はこれで終わりっす

8幡は機械だから性欲なんてないっす

だからアレも飾りなんです

人は絶望を感じると、真っ暗になるよりもむしろ周りが眩しく感じるらしい

全くその通りだ

八幡「」

「お、おいヒキタニ、大丈夫か?」

大丈夫かだって?
ああ、大丈夫さ
下半身のムスコを除いて

八幡「俺のムスコが反抗期になっちまった」

「あ、ああ?」

そう、反抗期だ。つい最近までヤンチャだった俺のアレが、全く反応しなかった
つついてもしごいても全くの無反応
生乳と言う極上のオカズがあったにも関わらずだ

つまり


不能

ED

インp
八幡(ふざけるなあああああああああ!)

何? 俺何か悪いことした!?

目が腐ってるからアレも腐ったのか?

この年で不能とか笑えねーよ!?

八幡(死にたい。死ぬしかない)


帰路についた俺は腐った目をよりいっそう腐らせながら歩く。
周りは不振がって近寄らないが今はそれが有り難かった。

八幡「帰ったらマッ缶飲んで風呂入って寝よ」

夕方だが何故かいまだに腹が減らない
それどころかむしろマッ缶が飲みたい

八幡「ただいまー」

・・・

アレ?

いつもなら小町が出迎えてくれるのに
妹よ、お前も反抗期か? お兄ちゃん寂しいぞ?


・・・って

八幡「なんだこれ」


玄関の中央にデジカメが置いてある

あんなの家にあっただろうか


八幡「ん・・・? 何か記録してあるな」


一体何が・・・!?



八幡「こ、まち?」










そこに映っていたのは、縄で縛られ、気を失っている小町の姿だった



『この映像を見ているだろう比企谷八幡君に伝える』

知らない男の声が聞こえる

『君がヴァレリーと接触したことは調べがついている。そして、彼から"何を"受け取ったかもな』

ヴァレリーってなんだ
何で、小町がそんなとこに

『今から指定する時間と場所に一人でこい。一人で来なかった場合、時間に遅れた場合、警察に連絡した場合は』

画面に覆面を被った男が現れる。
その右手には、ナイフが

八幡「おい、バカやめろ!」

小町の首筋に血が浮かんだ

『妹さんの命は保証しない。なに、用があるのは君だけだ』

それだけ言うと男の声は時間と場所を言った

八幡「あ、後、二時間」

どうなってんだ
何で
どうして
訳がわからず混乱する
ただ一つ解ってるのは




小町が、殺される

八幡「ど、どうする。どうすりゃいいんだ」

ボヤボヤしてたら小町が殺される。
だからと言って馬鹿正直に行ってもどうなるか分からない。

八幡(解ってる。行くしか道はないってのは)

でも

八幡(あ、足が震えて)ガクガク

ちくしょう
へたれの自覚はあったが、こうまで情けないなんて
しっかりしろ! 動け、動けよ!



――――聞こえるか?


八幡「あ、あ?」



なんだ? 急に、頭の中に変な声が聞こえる
とうとうおかしくなったか?
それに、この声は何処かで


――――時間がないので手短に説明する

――――私がヴァレリーだ


この声が……


八幡「おい、アンタなんなんだ!? アンタのせいで今大変な目に」


――――謝罪は後でいくらでもしよう

――――今は、君の妹さんを救う事が先決だ


八幡「おい待て! 勝手に話を」


――――今から呼び出された場所への最短ルートのデータを送る

――――今の君なら5分もかからないだろう

――――私もそちらに向かう

――――ああ、それと、冷却用のMAXコーヒーは確実に持っていきたまえ

さっきから意味の分からないことばかり
マッ缶がなんだってんだ!?
馬鹿にしてんのか!?

八幡「おい、アンタいい加減に」

ピーガガガガガガ


八幡「!?」

頭に何かが流れ込んでくる

大量の情報

町の地図

ルート

そして





――――戦闘ロボット■■■■■

最高出力:100000kw

最大時速:3000km

ボディ:ハイマンガン・スチール

    超音波関知装置

    レーザーサイト

    透視装置

    赤外線探知装置

    加速装置

    変身装置

    超小型電子頭脳

    予備電子頭脳

超小型原子炉:取り扱い注意

■■■■■ナイフ:使用不可

光線銃レーザー:使用不可

フォノン・メーザー:一部使用限定

八幡「な、な」


なんだこれは



――――必要な情報は送った

――――願わくば、その力を人類の平和の為に

――――また会おう■■■■■よ



なんだ、俺を呼ぶ声、何を言ってるんだ?







■■■■■

エイ■■■

エイト■■

エイトマン








――――8マン――――










ブォン

キーーーーーーーーーーーーーーン!

廃ビル

「おい、約束の時間は?」

「そう急ぐな、まだまだ先だ」

「しかし、ヴァレリーもなんだってあんな小僧に08号をプレゼントしたかね?」

「天才の考える事などわからんさ」

「俺たちはただ仕事をこなすだけだ」

「我々、"黒い蝶"は、何としてでも08号を手に入れる」



ーーーーーーーーーイイン




「だが、大丈夫なのか? あのボディは」

「使いこなせない今だからこそやるんだ」


ーーーーーーーーーーーーーイィイイイイン


「こちらにはその為の人質もある。万が一は……」


キーーーーーーーーーーーーーーン!


「……おい、さっきからなんだ? この音は?」


バシッ

ドサッ

「」

「お、おい! どうしt」

ビシッ

ドサッ



 
 キィイイイイイイイイイイイイン!


「なんだ!?」

「この音……間違いない! 加速音だ!」

「バカな! まさかあの小僧g」

 ビシッ

「」

ドサッ

「に、肉眼では無理だ! 捉えきれん!」

「奴は今この地球上で最も速い!」

「とまれ! 08号!」

「この小娘の頭が吹っ飛ぶぞ!」


ィイイイイイイイイイイイイイイン……

「音が……」

「いよいよお出ましか」


正面に姿を現したのは、闇の中でもなお目立つ、鋼鉄の体

全体的なスマートさを保ち、無駄の無い手足

胸に輝く巨大な"8"の一文字


そして、登頂部から生える特徴的なアホ毛



「姿を現したなロボット08号!」




???「……違う」

???「俺はロボット08号ではない」

???「俺は」






    

     「8幡(エイトマン)だ」





パパパパーパー
パッ!

パパパパーパー
パッ!

エイトマーン

エイトマーン

ファイト! ファイト! ファイト ファイト ファイト!

エイト! エイト! エイト エイト エイト!


途中で寝ちまった

今日は終わりっす

戦闘は少な目で、日常がメインで進めたい



薄暗い廃ビルの屋内に鋼鉄の男が立つ

アメリカ、ロシア、中国

大国が総力を以て手に入れようとした、最新最強の戦闘兵器

否、本来は宇宙開発と言う人類の夢の為に産み出された科学の結晶

その名は――――














ロボット08号










またの名を









8マン










明るい



まるで昼間のようだ。


さっきまで夜だと思っていたのに、視界が鮮やかに映る。


自分の目ではないみたいだ。



いや、そんな事よりも



この体の奥底から沸き上がる


"全能感"



「姿を現したなロボット08号!」



ロボット08号?



違うな、そんな野暮な名前じゃない












――――俺は、8幡。




鋼鉄の男だ




「エイトマンだと……!?」

「ガキが、調子に乗ってやがるな」



8幡「…………」




「おとなしくこちらに従え! お前の妹の頭が潰れたトマトみたくされたくなかったらな!」




8幡「…………」




「……このガキが! 聞こえなかったのか?」





8幡「・・・そのガラクタで、できるのか?」

「何?」




ボンッ!





「な……!?」

「じゅ、銃が!? いつの間に!?」

8幡「アンタたちの事はよく知らないし、興味も無いが」

8幡「俺の家族に手を出して、ただで帰れると思うなよ」






ブォン!


「ま、また消えt」

ビシッ
ドサッ

「」

「おい! ……くそッ!」


8幡「アンタ、俺にメッセージ残した奴だろ」

8幡「声の周波数が同じだぜ」


「くそがああああああ!」

パンッ

パンッ

パンッ!


8幡「無駄だ」








今の俺は、弾丸よりも速い




ビュン!


8幡「終わりだ」

「うっ……!?」






――――ジジッ


8幡「ん?」



――――原子炉、電子頭脳、稼働超過

――――ただちに冷却を開始せよ

――――冷却用MAXコーヒーを摂取せよ



8幡「へ?」グラッ


8幡「」バタン


プシュー


プスプス



「…………」ポカーン





「は、はは! そうか、そういうことか!」

「この小僧、自分の限界も知らずに加速装置を使ったな!」

「そうだ、いくら手軽に音速に達しても、精密機械にかかる負担は激しいんだ!」

「冷却剤も無しに行動するなど、自殺行為も同然だ!」

「まあこっちは仕事がやり易くて丁度いいがな! どれ、回収するとするか」



――――全く、だからあれほど忘れるなと言ったものを




「!?」






谷「世話のかかる子だ」






「……ヴァレリー!」



「ヴァレリー! 祖国の恥さらしが!」

谷「国際犯罪組織の者に恥さらしとは言われたくは無いな」

谷「それに、私は国を捨てた身だ。ヴァレリーと言う名もその際に捨てたよ」

谷「ここにいるのはただの不法入国者さ」

「黙れ、爺が! 貴様の確保も任務の内だ!」

「貴様もおとなしく従え!」チャキ

谷「……やれやれ、何かあればすぐに銃を持ち出す。我が国の悪い風習だ」

谷「少しは日本人の穏やかさを見習ったらどうかね?」

「喧しい! 組織は貴様の頭脳だけを必要としている! 手足を潰すくらい平気でやると思え!」

谷「やってみたまえ」

「何?」

谷「私の頭脳だけが必要なのだろう? 遠慮は要らんよ、さぁ、撃ちたまえ」

「こ、この爺!」

パンッ


――――ブォン



「は?」



谷「ああ、言い忘れたが」








私も、弾丸より速いぞ





――――ドゴッ!

「ごふっ!?」

「」

ドサッ

谷「やれやれ、加減が難しいと言うのに」

谷「プロトタイプのボディでは精密さに欠けるな」

谷「さて、彼を回収す――――」





8幡「」ググ





谷「何!?」

谷「まさか! 電子頭脳は停止した筈だ!」

谷「――――!」ハッ

谷「予備電子頭脳か! まさか無意識の内に起動するとは」



8幡「」ヴ、ーーーーン



谷「ま、待て! 彼らはもう動けない! 妹さんも無事だ!」

谷「それを使ってはならん!」





8幡「」ヴィイイイイイイイイ


バチッ

バチバチッ!



谷「ぐ、間に合うか――――」

バッ


8幡「」ヴヴヴヴヴヴ



カッ



















――――指向性電流波




出力





100000kw






ドゴォオオオオオオオオ!












谷「ま、間に合った」


8幡「」ジーーーーーーーバチッ


間一髪、両の腕を上空に向けた

これは人間に対して使っていい物ではない




谷「我ながら凄まじい性能だな」

谷「この子にはやはり過ぎた装備だったかな」

谷「まあ、それは後だ。ほら、君の大好物だぞ」つマッ缶






ごくごくごく









頭が、体が冷える


気持ちいい


意識が覚醒する




8幡「…………はっ」




谷「気がついたかね?」

目の前に飛び込んだのは、つい最近、何処かで見た白髪の老人
あれ、この人、確か病院で


8幡「あ、アンタ、確か」

8幡「いや、それより俺は、小町は」


谷「聞きたいことが沢山あるだろう。とりあえず、私に着いてきてくれるかな?」

行きなり着いてこいと言う老人

まてまて、知らない人に勝手に着いてっちゃダメって知らないのか?
どう考えても怪しいだろ
アレだ、ホイホイ着いてったらパワーアップするとか言いながら科学の発展にはどうのこうの言って失敗するパターンだろこれ。
あのゲーム、野球よりミニゲームのほうが面白いよな!

「残念だが私はダイジョーブなんて無責任に言わんよ」

あら、ご存知なの?

ちなみにどのシリーズがお好き?
ちなみに俺はパワポケ3な
何故かあの主人公には親近感を覚えるんだよな
何でかね?




谷「冗談はその腐った目だけにしといてもらえんかね? さっさと彼等と妹さんを運ばにゃならん」

どうやら俺の目は万人共通で腐って見えるらしい。

泣きたい

それより老人はなんとも無しに軽々と成人男性二人を担ぎ上げる。
なんだ、見た目に反して凄い力持ちだな。
ライザップやってんのかな

八幡「……いや、小町はともかく、大の大人一人担ぐのはちょっときついすよ」

谷「何も覚えとらんのか? 今の君なら余裕だよ。表に車があるから早くしてくれたまえ」

八幡「はぁ」

スポーツなんかとは無縁の俺がこんな重労働できるわけないだろ
そういうのはもっと青春を謳歌してる角刈りスポーツマンにだなーーーー


ヒョイ



八幡「あ、れ?」


軽い




どう見ても日本人ではない風貌のごっつい男性を軽々と持ち上げる
お、俺ってこんなにパワーあったっけか

谷「何をしとるか。それで最後だぞ」

いや、はえーよお爺さん
いつの間に十人以上運んでるの?
あんなひょろとした体の何処にマッスルがついてんの?

八幡「いや、勝手にもう着いてくこと決定してるみたいですけど、何処に行くんですか?」

谷「……そうだな、強いて言えば」





谷「君が産まれた場所だよ、8マン」










 謎の廃墟


八幡「ここは……」

ハイエースに乗せられ、揺れること数十分。気付いた頃には山奥に入り、これまた怪しい施設に案内された。

ところでハイエースでこんなとこ来るとなんだかドキドキする

火サスとか土曜ワイドとかなら間違いなく死体を埋める場面だよこれ。
もしかしてこの人俺たちを埋める気じゃないだろうな?

谷「ここの地下が私の隠れ家、そして秘密の研究所になっている」

谷「君はここで完成したのだ」

八幡「完成した? 俺が?」

谷「まぁ、中に入りたまえ」









地下施設とは名ばかりで、思ったよりも研究所らしくよくわからない機械で埋め尽くされていた。

ハッキリいうと、まんま悪の秘密結社

実はショッカーの研究所だったとか言われても平気で信じてしまいそうだ。
中枢にはテーブルと椅子があり、マッ缶が用意されてある。
いい趣味してるな
客人にマッ缶を出すとはなかなかわかっている

谷「自己紹介がまだだったね。私の名はヴァレリー。君の前では谷 方位と名乗ったかな」

八幡「谷……そうだ、思い出した。あの時の」

あの交通事故にあったあの日

瀕死の俺を助けてくれた命の恩人

八幡「その際はどうも。でも、何でまた?」

谷「私も、できるなら君と関わるつもりはなかった。だが、私の研究を狙う輩は優秀でね、私と君が接触したことを気付かれてしまった」

すまない、と谷さんは俺に頭を下げたしかし、何故関わっただけで俺が、小町が狙われたのだろうか

八幡「その、谷さんの研究と、俺がなんの関係があるんですか?」

谷「……それは、君が私の研究の集大成だからだ」

はい? 俺が?
こんな何処にでもいる
……ボッチは世界中にどのくらいいるのだろうか
まぁ、極普通の一般家庭に産まれた俺が、谷さんの研究の集大成?
なんの冗談だよまったく



…………実は、続きを聞きたくないと言う思考が頭を占めていた。

もし、続きを聞いてしまったら

自分の今までの、取るに足らない、それでも穏やかだった日常が、壊れてしまう気がしたから。



谷「単刀直入に言おう」






谷「君は死んだ。――――今の君はロボットなのだ」









ほら、やっぱり録でもない




いや

いやいやいや、あり得ねーだろ、普通。

初対面の人間に「あなたは実は既に死んでいます」とか言ったら、間違いなく頭が可哀想な人に見られるだろう。

俺だったらそう見る

八幡「は、はは。見た目によらず冗談言うんですね」

谷「君の本当の体は、あの日只の肉塊になった」

八幡「……あの、谷さん」

谷「間違いなく即死だった。恐らくどんな優秀な外科医でも治すことは不可能だった」

八幡「あの」

これ以上聞くのは不味い
聞きたくない

谷「私は君の脳から全ての情報を引き抜きデータ化し、研究中のロボットの電子頭脳に転写したのだ」

八幡「ちょ、ちょっと! 待ってください」

谷「何かね?」

八幡「そ、それって、あれですか? サイボーグってやつですか?」

人間の体の一部を機械化した人間
仮面ライダーなんかがそれだ。
まあ、今のライダーはツールで変身するから世代によってはわかりづらいかもな

谷「違う」

谷「君に生身の部分は残っていない。頭から爪先まで、100%機械」

谷「比企谷八幡の記憶を持った完全なロボット」






――――8マンだ





8マン

エイトマン

八幡

8幡

8幡

8幡



俺はロボット08号ではない

俺は、8幡だ






八幡「――――マジすか?」

谷「マジだ」


うっそだぁ。ははは


……………………



やけに鮮明に脳内で記憶が甦る

駆け抜ける視界



クリアな思考






八幡「…………マジ、なんですね」

理性が機械のように冷たく、無感動に告げる



あれは真実だと


谷「あまり、驚かないんだな」

八幡「まぁ、何となくですけど、理解出来ちゃいましたから」

だよな、なんか最近おかしかったんだよな
異常な身体能力
視覚
聴覚
空腹を感じない腹
マッ缶しか欲しがらない体

八幡「でも、ロボットですか。なんだか現実味がないですね」

谷「いや、そうでもないぞ? ロボット工学は日々驚異的なスピードで発展しているからな」

谷「日本の文部科学省では、人間とまったく同じ精神構造を持つロボットを研究中だし」

ソーラーヲコーエテー ラララ ホーシーノカーナター

谷「防衛省の技術研究本部では、小型リモコンで操作する完全無人戦闘ロボットを開発している所だ」

ビルーノマチーニ ガオー ヨルーノハイウェーイニ ガオー



マジか、日本すげぇなさすが世界の斜め上の所を走ってるだけあるな。
その内特別な超合金で作られた魔神みたいなのや謎の放射線で動く鬼みたいなのが作られたりするのかね?



谷「私も日系アメリカ人として、NASAで宇宙開発用ロボットを研究していたが……」

そこまで言うと谷さんは顔を強張らせた。
今まで温厚だった印象がいっぺんに覆されるほど、怒りに満ちた形相だった。

谷「あの国の上層部は、私の研究を軍事転用するしか価値を見出だせない愚か者の集まりだった!」

谷「超小型電子頭脳! 加速装置! 超小型原子炉を搭載した、人間の1000倍優秀な疲れ知らずのロボット軍団! 始めからそれが目的で私を利用していたのだ!」

谷「それが世界の秩序を守るアメリカの役目だとぬけぬけと言った大統領に対して私はこう言った。"バカめ"とな!」

おい、この人今大統領とか言わなかったか?
このお爺さん、もしかしてとんでもなく偉い人なんじゃないか?

谷「科学とは人類を幸福に導くもの、技術とは決して戦争兵器の落とし子であってはならん!」

谷「それが科学者としての私のプライドだ!」


一気に捲し立てる谷さん。いや、谷博士。
演説にも似た叫びはなんと言うか、その、凄く様になってた。

素直に感動できるし、カッコいいとも思う

けど




八幡「それって、ただの理想論なんじゃないですかね?」

こう思わずにはいられなかった


谷「……」

八幡「俺が全てを理解してるなんて言いませんけど、今現在のパワーバランスを担ってる米軍なら、新しい技術はいち早く取り入れたいと考えるのが普通なんじゃないですか?」

超大国アメリカ

あれが本気を出せば一つの国が地図から消えてなくなる。

それを支えてるのは、紛れもなく背景にある資本と、軍事力。



八幡「それに、博士が協力しなくても、いずれどこからか技術が世界に広まりますよ」

いずれ、核ミサイルのように、各国に配備されるロボット軍団。
正直男のロマンだと思うし、カッコいいとも思ってしまう自分がいる。

谷「……わかっている。本当は、こんなことはただの悪あがきでしかないと言うことは」

谷「そうだな、本当の所は、私の研究によって産み出された子どもたちが、殺人の道具にされるのが耐えられないだけなのかもしれん」

谷「何より、私の考えに共感し、支援してくれた人々を裏切りたくなかった」

八幡「……」


一つ分かった事がある。

この老人は、かなりのお人好しであると言うことだ。

人類のためとか、人を裏切りたくないとか、ここまで真面目に言える人は見たことがない。

何て言うのか、アレだ、マジメ過ぎて、不器用すぎる。

学者バカってのは多分こういう人を表すのだろう。




谷「だが、悪あがきを続けようと決心したのは、君の存在がいたからだ」

八幡「俺ですか?」

谷「正直私は先の見えない人生に絶望していてね、脱走した日本で失意の中、君に出会った」

谷「どう考えても正義や善から程遠い位置にいそうな腐った目をした君が、その体を犠牲にしてまで犬を守った」

おい、これは誉められてるのか?

それとも貶してるのか?

谷「私は思った。人間の善悪は一概に理屈では表せないとな」

八幡「科学者がそんなあやふやなモノを認めるのはどうなんですか」

谷「だが、私は賭けた。そして君は思った以上に善に近い人間だった」

俺が善に近い?
いやいや、アンタの目は節穴ですか
どう考えても俺は真っ黒でしょ
ダークチップバンバン使う派ですよ?
ポケモンで言うなら毒タイプ
悪とは言わないのはかっこよすぎるからだ

谷「君は必要以上に自分を貶める癖があるらしいが、私に言わせればそんなことはない」

谷「あの上層部に比べれば君の精神構造はキリストやブッダ並に清廉だよ」

八幡「……いくら何でも買いかぶり過ぎですよ」








谷「買い被りでないと思ったからこそ、その体を君に与えた」

谷「済まない、と言って許されることではないだろうがな」

八幡「……まぁ確かにそうですね」

八幡「言い換えりゃ、死体が生き返ったんですからね。頼みもしないのに、迷惑ですよ。変な奴等には狙われるし、小町も危ない目に合わせちまったし」

谷「……済まない」

八幡「でも」

八幡「こうやって愚痴を叩けるのも、博士のお陰なんですよね」

八幡「そこのところは、感謝してます」

マッ缶が飲める
小町と毎日話ができる
小町を泣かせるような事をしなかったのなら
まだまだ、ましな方なんだろうな。


……よくよく考えたら小町のことしかねぇよ





谷「ありがとう、そう言ってくれると私も救われる」

谷博士はまた穏やかな笑顔を見せた
つられて、俺も笑った


谷「さて、今後の対処だが、君には通常通りの生活を送れるよう努力するよ」

八幡「通常通り、ねぇ?」

谷「そのために、君の妹さんと、君を狙った奴等の記憶を操作する」

八幡「そんなことが出来るんですか?」

記憶操作なんて超能力染みた真似ができるなんて、どこぞの科学と魔術が交差するラノベみたいじゃないか。
そいや俺も腕から電撃出したなぁ
あれ、よく考えると俺凄くカッコいいんじゃね?

谷「何ニヤニヤしてるんだね君は。まぁ、通常の医者の百倍のスピードで終わらせることが出来るから問題はない。しかも記憶は私の専門分野だ」

通常の百倍って、ブラックジャックも真っ青だな。


谷「奴等には私こそが8マンだという偽の記憶を植え付ける。そうすれば奴等は私しか狙わないし、君の安全は確保される」

八幡「でも、それじゃあなたが危ない目にあうんじゃないですか?」

谷「なに、私とてプロトタイプ・ボディを持つものだ。戦闘経験では君を大きく上回るよ」

プロトタイプ
さっきの怪力といい、やはりこの人は

八幡「自分を改造したんですか」

谷「自分でやらないで、他人にやるほど私は卑怯ではない」

八幡「……やっぱ、あなたお人好しですよ」

谷「ふふ、君ほどではないよ」


谷「そして君の今後だが、この研究室を残すから、好きに使ってくれたまえ。体のメンテナンス等の仕方は電子頭脳にインプットされている」

谷「そしてここからが重要だが、君が8マンだということは人に知られてはいけない。理由は言わずともわかるな?」

八幡「ええ、十分承知してますよ」

アメリカ程の超大国が狙う体だ、周囲に広まれば大騒ぎ処ではない。
下手をすれば自分どころか、周りも傷つける結果になる。

谷「君は人間らしく振る舞わねばならんが、流石に食事を普通に採ることは出来ん」

谷「胸部を変身状態にすれば、開閉できる。食べた物はそこから廃棄してくれ」

やっぱり腹が減らなかったのはそう言うことか
食事の必要がないのは喜ぶべきか悲しむべきか

……ん?


八幡「あの、谷博士」

谷「なんだね」

八幡「何で俺、マッ缶飲めるんですか?」


食事の必要がないなら、マッ缶なんて必要ないはずだ。
それどころか、無いと激しい灼熱感に襲われる。

谷「ああ、それは君の記憶から嗜好を調査した結果、マッ缶が一番の好物だと知ってね。飲み食いができないのはあまりにも可哀想だから」



















谷「原子炉の冷却にMAXコーヒーが使用できるように改造した」

八幡「ドラえもんか俺は」


それからはあっという間だった
よくわからない機械がバーッと光って、俺を襲った奴等の頭を包んだりして処置は終わった。

谷博士とはこれからもちょくちょく連絡を取るつもりだ。

まだまだこの体は俺には重すぎるからな









明日からは全て元通り

いつもと変わらないボッチ生活

腐った目をして机に突っ伏す毎日

ただ、今までと違うのは――――










八幡(何で女子の体が裸に見えるんだよ!?)








――――透視装置の暴走か。まぁ、使いこなせるまで我慢しなさい。
なに? ナニが勃たない? 君はバカかね、機械に性欲なんてあるわけないだろう。










俺の苦難とおっぱいの板挟みにされた学校生活は、今スタートした








この一年後、俺はある作文が切っ掛けで変な部活に入ることになる。



そこにいる変な奴と、後から入ってきたおバカな奴が、俺の鋼鉄の人生に多大な影響を与えることになるとは、今の俺には知る由も無い







第一話 了

今日は終わりっす

8幡より谷博士の方が強いっす

技の一号、力の二号って感じっす

次は本編に絡んでく予定です


青春とは嘘であり、悪である
ちょうど一年前の自分ならはっきりと言い切っただろう。
しかし、結構ではないか。嘘で結構、悪で結構。
自分は彼らを許す。
嘘も秘密も罪料も失敗も好きなだけするといい
自分だけは彼らを糾弾しない。
何故なら、自分はその人並みの青春の有り難さをそれなりに理解しているからだ。

失敗も成功も望むべくも無い人間からしてみれば、彼らの一挙手一投足は非常に眩しく見えるのだ。



青春を謳歌する者たちよ、その当たり前のように享受する生に感謝しろ。

最後に、彼らにこの言葉を贈ろう







リア充末長く爆発しろ












第二話 石ころ









平塚「なんだ、このコメントしづらい作文は」

八幡「自分のリア充に対する慈愛の心を表した作文ですが」

平塚「どう見ても慈愛と言うより自愛にしか見えんぞこれは」

自愛?
俺ってそんなにナルシーかね?
わりと本気で書いたんだけどダメですかこれ

平塚「駄目に決まってるだろうが……。何て言うかな、枯れ果てた老人の視点だなこれは、うん」

枯れ果てたと来ましたか。
まぁ、確かに枯れ果ててますよはい。
どこがとは言わないけどな。もう諦めてるから。
先生も枯れる前に早くゴールインした方がいいですよ?

いつだって大事なものは失ってから気付くんですから。




平塚「誰が枯れ果てた行き遅れだって?」

八幡「それはひみつ、ひみつ、ひみつ、ひみつ♪」

八幡「ひみつーのしずーかちゃん♪」

平塚「ふんっ!」


ガッキィイン


平塚「――――っづぁ! 何て石頭だ君は!?」

八幡「危ないですね。頭がバカになったらどうすんですか」



平塚「君のようなタイプの生徒は初めてだよ」

平塚「君ぐらいの年頃だと、ちょうど世の中を斜に構えて見るのがカッコいいと勘違いする子が多くてね。まぁ、俗に言う高二病ってやつだ」

高二病か、確かにそうかもな。
今じゃそんな過去の自分を冷静に見るもう一人の自分がいる。
あー、恥ずかしいもんだな、自己分析ってやつは。

平塚「君も初めはそうかと思ったが、実際に見て違うと確信した。君はあまりにも老成し過ぎている」

平塚「まるで生きることにある程度の諦めを見いだしてしまったかのような、哀愁が漂っている。正直いって何があったか見当がつかん」

何がって、ナニがあったんでしょうね(白目
いや、先生
俺が諦めてるのはそんな大層なもんじゃないんですよ。





平塚「高校生活を振り返ってとのお題だったが、君の高校生活、いや青春はあまりにも灰色だ」

八幡「違いますよ、先生」

平塚「何がだ……!?」



目と目が合う


今までの腐った目とは一線を画した、無機質で機械的な目。


平塚静の教師人生は長い
長すぎて両親から縁談を心配される程度にはベテランである。
そんな百戦錬磨の猛者が今まで目にした素行に問題ありの生徒たち

不良、いじめっ子、いじめられっ子、引きこもり

伊達に長くは生きてはいない。だから比企谷八幡の作文に目を通した時、たかが高校生の小僧っ子がカッコつけてると思っていた。

それがどうだ、この少年の底はあまりにも――――



八幡「灰色みたいに目立たないかも知れませんけど、今の俺はわりと幸せですよ?」

八幡「きらきら輝いちゃいませんが、毎日普通に朝起きて、妹と挨拶して、かったるいと思いながら登校して、マッ缶飲んで。そんな普通だけど堅実な毎日を送ってるんです」

金銀財宝みたいな輝かしい青春はなくても、鋼鉄のように、地味だが確かな固さのある平穏な日常を




それだけで俺は幸せなのだ




平塚「平穏な日常、か。その年でその境地に辿り着くのはまだ早いと思うがな」

八幡「青春の価値なんて人それぞれですよ。スポーツも芸術もいいと思いますが、、それこそ毎日を普通に送るって言う青春があってもいいんじゃないですか?」

平塚「そういえば君は特定の部活に入ってなかったな」

平塚「入学当時は体操部からオファーがあったそうだが?」


ああ、あの時の伸身ムーンサルトか。
そりゃ、無名の一年坊があんな難度の高い技やったら目立つよな普通。
今思えば頭を抱えて転がりたいぐらい恥ずかしい。

大体

八幡「俺みたいなのが入ったら部の雰囲気が悪くなりますよ」







機械仕掛けが体操やったら、ズルだろ






小さい頃、仮面ライダーが好きで毎週欠かさず見ていた。

自分は平成ライダー派だったが、昭和も食わず嫌いするのは勿体ないと思って観始めた結果、見事に嵌まった。

悪の秘密結社に改造された改造人間が、ヒーローになって悪の怪人と戦う。男なら一度は憧れる存在。
いつか自分もそんなヒーローになりたいと願ったものだ。





――――ただし、ヒーローに憧れる子どもはいても、全身機械の戦闘ロボットになりたいと思う子どもはいるだろうか?







八幡(飯もまともに食えない、恋愛も出来ない。まぁ、恋愛なんて自分には縁遠いが)


ちょっと本気を出しただけで新幹線すら置き去りにするスピード
並の成人男性が数十人がかりでも敵わないパワー

そんなもの平穏な日常には全く必要ない。
あの日、自分が死んで蘇ってからの一年間で嫌と言うほど思い知らされた。




俺は、動く人形
比企谷八幡は、蘇った死体




今こうやって思考している比企谷八幡は、はたして生身だった頃の比企谷八幡と同一だろうか?

それともただのコピーだろうか?


何度も繰り返し己に問うた疑問


谷博士は、間違いなく記憶は転写されていると言うが、それでも微かにな不安を抱いてしまう。

そんなちっぽけな不安を押し込める生活を続ける内に、とうとう一年が過ぎてしまった。






八幡(しかし、慣れとは恐ろしいものである)




どんなに重苦しい生活でも、人間とは"慣れる"生き物である。
少なくとも表情に出すことなどあり得なくなった。



そう、例え











平塚「? 何処を見てるんだ君は」プルン






女性の体がいまだに裸に見える時でもだ






八幡(流石に慣れなきゃ気が狂うっつの)











もうね、あれだよ
どんなに極上のおかずがあっても、毎日食べてりゃ必ず飽きるのと同じ。

投資装置の故障で(なぜか直らん)女性の服のみがたまーに透けて見えるという何とも恐ろしい目を持った俺だが、連日の桃色空間に浸された結果、常時賢者モード。無我の境地に達するに至った。

いや、全然嬉しくないよ?

何が悲しくてこんな老人のような思考になっちまったんだよこら

もうどんな生乳を見ても

「あ、あの人平均より上回ってら」

位にしか感じられん悲しき性
そりゃ目付きも機械みたいになるっつの




平塚「そうか、なら今の君は完全にフリーというわけだな」

そういいながら先生はその豊かなおっぱ・・・もとい、胸元のポケットからセブンスターを取り出す
・・・ちょっと待ちなさい、目の前で喫煙?

八幡「……」

ヒュバ

平塚「それならちょうど来てほしい所がある。ああ、それとレポートは書き直して・・・」スカッ

平塚「・・・」スカッ

平塚「あ、あれ? ライターが」

八幡「先生、タバコはやめてくんないすか? 制服がヤニ臭くなるんで」

ポンポン

目の前でライターをちらつかせる。
平塚先生はまるで信じられないといった目で俺を見ている。
おそらく俺の世界最速レベルのスリの技術に驚いてるのだろう。
こう見えても俺の熱センサーと嗅覚センサーは繊細なのだ。
タバコなど断じて許すわけにはいかない。

平塚「お前、いつの間に」

八幡「・・・で、来てほしい所ってなんです?」

ポイ

無造作にライターを後ろに放り投げる。カタンという音が聞こえ、屑篭に入ったと確信する。

――――ふっ、決まった。

平塚「」ボーゼン

八幡「先生?」

平塚「――――あ、ああ。ついてきたまえ」

なんともいえない空気が漂う



八幡「先生、奉仕活動って俺一人でやるなら構わないんですけど」

平塚「どれだけ個人主義なんだ君は・・・」

どうやら俺は罰として奉仕活動をさせられるらしい。
まぁ、別に構わない。
一人でやる方が遥かに効率がいい。

力仕事もデスクワークも常人の千倍のスピードでこなせるのだ、むしろ他人と共同で作業する方が遅い。

別にその方が気が楽だからとかそういう理由ではない。断じて。

平塚「着いたぞ、ここだ」

連れてこられたのは、なんの変哲もない教室。

プレートには何も書かれていない。



――――パラ



八幡「……」

超音波すら聞き分ける俺の超高感度センサーが扉の向こうから音を拾う。

これは、紙を捲る音。



読書中

数は一人



「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが」




斜陽の中で本を読む、一人の少女



二年J組、雪ノ下 雪乃











二年J組

国際教養科という帰国子女や留学希望者の連中が多い進学クラス

その中で一際異彩を放つのが雪ノ下雪乃だ。

成績は超優秀
定期テスト、実力テストでも常に一位に鎮座する頭脳。
そして、歩けば誰もが振り向くであろう類い稀な容姿。

俺のような一般人とはまず接点が無い。

平塚「喜べ、雪ノ下。入部希望者だ」

俺を見ながら平塚先生は目の前の美少女に言う。

ってあれ? 入部ってなに?

八幡「あの、入部ってなんすか? 俺はてっきり居残りで雑用でもやるのかと」

雪乃「・・・よりによって彼ですか」

しかも向こうはご存知のようで!?
あ、あれ? 何で学校一のパーフェクト美少女が俺みたいな冴えない一般生徒を知ってるんだ?

雪乃「こんにちは、比企谷くん。あなたは知らないかも知れないけど、私は半年前からあなたの事を知っていたわ」

なん・・・だと・・・?






平塚「覚えてないか? 比企谷」

八幡「何がですか?」

平塚「半年前の実力テスト」

八幡「・・・」

ああ、あれか

まだ機械の体になったばかりの頃、ついうっかり全教科一位という失態を犯したあの忌まわしき実力テスト。

回りからは好奇の目線で見られ、内心やらかした事に対してめちゃくちゃ後悔した。
職員室に呼び出された時はマジで死を覚悟した。

後で谷博士に相談した所、"知らん、自分でなんとかしろ"と言われる始末。
ひどい。

そういえば、貼り出された順位表に呆然と突っ立ってる黒髪の少女がいたようないなかったような。

雪乃「はじめてだったわ・・・。この私を完膚なきまでに叩き潰した存在は」

ですよね、こんなどこの馬の骨かもわからない男に敗れるなんて信じられませんよね!








平塚「君にはペナルティとしてここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口応えは認めない。しばらく頭を冷やせ。反省しろ」

無理があるだろ・・・

それに、頭なら毎日4本のマッ缶飲んでるから常に冷えてるんですがね?

平塚「雪ノ下、こいつの枯れた精神に水をやってほしい。彼の精神改革が私の依頼だ」

雪乃「先生、彼はここに来るほど精神的に追い詰められてるとは思えませんが」

平塚「話せばわかるさ、君にとっても今までに会った事の無いタイプだぞ?」

なんだか勝手に話が進んでいる。
全く話が飲み込めない。
・・・それにしても

雪乃「・・・」ペタン

戦闘力5か
憐れな

雪乃「何だか無性に腹の立つ男ね」











雪乃「まぁ、先生からの依頼であれば無碍にはできませんし……。承りました」

平塚「そうか、なら、後のことは頼む」

それだけ言うとさっさと出ていってしまう平塚先生。
教室に残されたのは俺と目の前の雪ノ下。

・・・何をしろと?







雪乃「さっきから何をジロジロ見てるのかしら。気持ち悪いのだけど」







帰りたい








これが、俺の平穏な日常に波紋を呼んだ内の一人

雪ノ下 雪乃との出会いだった








まだ第二話は続きます

今日は終わりっす

酉つけました





奉仕とは真心で行うもの
ゴミ拾い、ホームでの交流、世には様々な奉仕の形がある。
どこぞの二十四時間な番組はエセチャリティーと一部の知識人に批判されているが、要は核に値する精神が重要らしい。
もっとも、そんな事やれるのはある程度余裕のあるやつだけだ。
俺のような人間から言わせれば、奉仕とは見下しにしか映らない。
故に、俺は施しを受けない。
そんなものなくても俺は生きて行ける
精神的にも、そして




物理的にも





--








人気のない教室で、美少女と二人きり
世に出回る凡百のエロゲなら間違いなくしっぽりぐっちょりいくであろうこのシチュエーションであるにもかかわらず、俺の心は困惑に包まれていた。
その原因である美少女が、目の前で本を読んでいる。

雪ノ下 雪乃




雪乃「なに突っ立ってるの? 座ったらどうかしら」

まるで汚物でも見るかのような絶対零度の眼差し
そっちの趣味の男性なら間違いなくご褒美だろう
だが、生憎俺にそんな趣味はない。

八幡「いや、どうしたものかと思ってな」

つい本に目が行く。
雪ノ下は大量の本に囲まれている。
一時期、俺も本に囲まれていた。
疲れ知らずの電子頭脳はマッ缶の補給があればほぼ一日フル稼働できる。
ただし、そんな超高性能の脳髄を、俺は持て余していた。

そんな俺を癒したのが本だった。

ラノベは言わずもがな、今まで見向きもしなかった哲学書、論文、純文学なんかも読み漁った。
なんせ全く疲れないのだ。それこそ紙が水を吸い取るかの如く俺は知識を吸収した。
ついでに官能小説も吸収した。
だって男の子だもの
はちまん。
勃たなかったけど
ちくせう





雪乃「前々から気にはなってたけど、思ったより期待外れね。まさかこんなに覇気のない顔をした男に負けるなんて、私も堕ちたものね」

八幡「お前は俺に何を期待してんだ・・・」

雪乃「ねぇ、比企谷くん。しってるかしら? ここがどんな活動をしているか」

八幡「どんなって・・・」

部室として使ってる教室に、たった一人。
本に囲まれてはいるが、これといった文をしたためているわけでもなし。

――――ああ、そういえば



八幡「悩み相談室?」

雪乃「・・・そのこころは?」

八幡「平塚先生が改革だの依頼だの言ってた」

雪乃「・・・思ったより人の話をよく聞いてるのね。気持ち悪い」


おい、褒めるのか貶すのかどっちかにしろ。
男はな、女の子に「気持ち悪い」って言われるのが一番効くんだぞ?

「友達じゃだめかな?」はその次だ。中途半端なやさしさは的確に心を抉るのだ。


雪乃「比企谷くん、女子と話すのは何年ぶり?」

しかもこの女、俺の履歴まで的確に閲覧してきやがった。
まさか、エスパータイプ?
俺、はがねタイプなんだけど。相性的にはこうかはいまひとつの筈なのに心が痛い。

ちなみに、俺の超電子頭脳の記憶を辿ると、最後に女子と話したのは去年の六月


--

女子『ちょっと、マジ暑くない?』









一㌔m先

八幡『むしろ、蒸し暑いよね』

小町『お兄ちゃん、誰と話してんの?』


--



うん! どこもおかしくはないな!
あれ? 涙が出てきた




気のせいだった。機械は泣かない




雪乃「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、
モテない男子には女子との会話を。困っている人には救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」

どこか挑戦的な眼差しで俺を見下す

雪乃「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」



――――つまり、雪ノ下 雪乃は何が言いたいのかというと



自分が、その「持つ者」だと言いたいらしい。







ならば、俺は「持たざる者」に値するのだろうか?





八幡「――――なら、お前は俺に何を施してくれるってんだ」

知らぬうちに言葉を紡いでいた。
だって、気になるじゃないか。
会って数分しかたっていない者が、一体何を与えてくれるのか?
これは全ての悩み相談室に当てはまる言葉だと思う。
ただ、俺は悪意とか嫌味とか抜きにして、純粋に気になってしまった。

目の前の少女
雪ノ下 雪乃は、俺が探していた答えを見つけてくれるのではないか

そんな淡い希望が、ふと電子頭脳に去来した。

雪乃「まずは居た堪れない立場のあなたに居場所を作ってあげましょう。知ってる? 居場所があ
るだけで、星となって燃え尽きるような悲惨な最期を迎えずに済むのよ」

八幡「009か。小さい頃よく読んだな」

俺は死ぬならふかふかのベッドの上で死にたいけどな。
フランソワーズは俺の嫁
今でもたまに奥歯を噛んで「加速装置!」ってやる。
みんなもやったよね?

雪乃「違うわ。石森作品の方ではなくて、宮沢作品の方よ」

なんだ、夜鷹の星か。残念惜しい。
それにしてもこいつ今「石森」って言ったな。もしかしなくてもなかなか分かっている。
八幡的にポイント高い。




雪乃「・・・さっきからあなた、顔色一つ変えないわね」

雪乃「――――まるで、人形ね」



八幡「・・・」



少し、感心した。
そして、さらに少しだけ、イラッと来た。
この言葉を掛けられたのは実に一年前のあの日以来。



お人形さんみたい




子供の無邪気で残酷な一言が、俺の記憶から離れない。
どうしようもなく真実で、隠さなければならなくて、誰にも言えなくて。

――――本当は、誰かと共有したくて仕様がなかった、俺の秘密。


八幡「・・・よく、目が腐ってるとかは言われるんだけどな」

雪乃「あら、事実腐ってるじゃない。真実から目を背けたらダメよ?」




・・・こいつにだけは、知られたくねぇわ





平塚「雪ノ下、邪魔するぞ」

雪乃「ノックを・・・」

平塚「悪い悪い。まぁ気にせず続けてくれ。様子を見に来ただけだからな」

そう言いながら先生はおっぱ・・・胸元からセブンスターを・・・
おい、またかよ

八幡「先生、タバコ」

俺にできる最大のジト目で睨む
どうだこら、喫煙者。なめんなこら

平塚「わ、悪いな。どうしてもこう、口が寂しくなってな」

八幡「今時喫煙する人は結婚できませんよ」

平塚「・・・比企谷。喧嘩を売ってるのか?」

ヒクヒクと頬を引き攣らせながらドスの効いた声で俺に語り掛ける

八幡「いい顔してますね。その顔が見たかった!」

八幡「はははははははははは!」

平塚「ははははっははっはは!」

壊れたレディオのように飛び飛びで笑う先生。
思春期に少年からロボットになっちまった俺が見ても爆笑モノの顔だった。
――――ヤバい、この人からかうの面白ぇや




雪乃「・・・随分と仲が良いのね、あなた達」

雪ノ下が呆れた顔で俺を見下している。
というかこいつ本当に見下すのが好きなのな。
高いところが好きなタイプなんかね?

八幡「別に、仲が良いわけじゃあないぞ。むしろ喫煙者は絶滅すべきだと思う。マジで」

雪乃「真顔で言われても反応に困るわね・・・」

雪乃「それより、平塚先生。さっきから比企谷くんの腕にしがみついて何をしてるんですか?」


あれ? ほんとだ
見れば俺の右腕にしがみついて何かをやろうとしている。
顔を赤くしながら汗を浮かべるその姿は、なんというか。
――――見苦しいです。はい。

平塚「・・・くっ! この! ・・・びく、とも、しない!」

八幡「あの、先生。何やってんすか?」

平塚「ぐぐぐ・・・! 君の腕は鉄筋かなにかか!? 全く技が極まらん!」

・・・ああ、もう、ほんとに子供っぽい人だ


かわいい





--



その後、駄々をこねる子供を優しくあやすように先生を引きはがした俺はこの部活、「奉仕部」についての説明を受けた。

活動内容はおおむね悩み相談室と同じ。
ただし、自己変革を促すことが最大の目的。
平塚先生が改革の要ありと判断した生徒をたまに連れてくるらしい。

平塚「まぁ、ざっくりいえば精神修行の場と思ってくれて構わない。革命だ。ベルばらだ。ラ・セーヌの星だ」

雪乃「先生、さすがに最後のはわかる人は少ないと思います」

俺はむしろお前が知ってることに驚きだよ・・・


――――それよりも



八幡「自己変革って、俺が必要そうに見えましたか?」

これでも普通に、極めて穏やかに過ごしてきたつもりだったのだが。
何が目についたのだろうか。
某長編漫画の第四部に出てくる殺人鬼は言った。



“激しい喜びはいらない。そのかわり深い絶望もない。植物のような人生を”



それが俺の理想。停滞した体に見合った人生、もといロボ生を。


平塚「・・・それだ、その、どこまでもフラットな態度と思考」

平塚「君は“停滞している”。ある意味では最も厄介なタイプだと私は踏んだのだ」



停滞、ねぇ・・・。なかなかどうして、的を射ているような。





平塚「進歩も進展も望まない。ただ流れのままに望むがままに」

八幡「それの、どこが悪いんですか。別に他人に迷惑を掛けてるつもりはないのですが」

雪乃「・・・奉仕部として言わせてもらうなら、変わらない人間は死んでいるのと同じよ。良くも悪くも、人は変わるから
生きていけるのよ」

とすると、今の俺の生き方は間違っているらしい。
先生や雪ノ下は変革を肯定する。

ならば、俺は保守を肯定しよう。
人間、誰もかれもがそう簡単に変われるもんじゃない。
もし、変わったと見えても、それは表面的なものでしかないと俺は考える。
中二病は完治したし、高二病も客観視できるようになった。
だが、それでも俺の根っこは変えるつもりはないし、譲れない。

これはかっこつけではなく、ただの逃避。

比企谷 八幡のアイデンティティーを守るための逃避。

変革が怖いからではない。



“本当に何もかも変わってしまう”かもしれない自分が怖いから、逃げる。



ただそれだけの話





八幡「・・・俺は、無理に変わる必要なんてない、と思うんですが」

雪乃「あなた、向上心が無いのね。自分を変えたいと思ったことはないの?」

八幡「ねぇよ。一度だってな」

むしろ、変わりたくないんだよ。

雪ノ下と俺の視線が交差する。
バチバチと火花のようなものが散った気がする。

平塚「ふーむ、変わることを肯定する者と変わらないことを肯定する者、か。いいな、こういう思想の食い違いから
生まれる争いは大好物だ。実に哲学的だ」

俺と雪ノ下がにらみ合うのを面白がっている。
と言うよりむしろ俺の方を見て笑っている。いやな顔で。
・・・この人絶対さっきのこと根に持ってるよ。

平塚「そうだな、これからも悩める子羊を連れてくるから、君らなりに悩みを解決してくれ。どちらの思想が正しいか
勝b」

「「いやです」」

おお、ハモった。まさか雪ノ下と被るなんて思ってもみなかった。
おい、やめろその養豚場の豚を見るような眼は。
好きで被ったんじゃねぇよ。


平塚「」


ほら、平塚先生真っ白になってるじゃないか。
大体なんでも思い通りにいかないとダメなタイプなんだろうなこの人。
どっちが正しいかなんて、んなもん人それぞれだろうが。

別に勝負して白黒つける内容じゃない
と、俺は思うが


雪乃「・・・」


どうやら奴さんはそうではないらしい。






――――結果から言うと、正しいとか正しくないとかは、どうでもよくなった

――――ただ、雪ノ下 雪乃と俺との決定的な相違点






それは、雪ノ下 雪乃が、自らと周囲に決して嘘をつかない所と




比企谷 8幡が、周囲を欺き続ける、後ろめたい気持ちを抱く所。





嘘をつき続ける俺には余りにも眩しすぎる女、雪ノ下









どこまでも真っすぐな女






そんな彼女に少なからず憧れを抱くことになるとは、人生わからんものである。




今日はここまでっす

ワンパンマンの人とは違うっす


『美味しいカレーの作り方』


作り方の前に言いたいことがあるが、自分は味が良くても悪くてもどちらでもよい。
たとえ作ったものがカレーであっても機械油であっても、自分は『旨い』と言うだろう。
肝心なのは作り手の気持ちである。いくら旨くても食べる側が究極で至高な方々では作る方が浮かばれない。絶対扱き下ろされる。
ならば自分は全ての食材の命と料理人に対し感謝の気持ちを込めてこう言うだろう。

“いただきます”と



--




平塚「おい、私は調理実習のレポートを書けと言った筈だが」

額に青筋を浮かべながらバキボキと拳を鳴らす平塚先生。
はて、このレポートの何が悪かったのだろうか?

八幡「愛が足りなかったすかね?」

平塚「違うわ馬鹿者!!」

ドムっと鈍い音をあげて腹にブローが決まる。
数秒、妙な間が空いたのち、先生は額に脂汗を流して手を抑えた。

平塚「い、いたい・・・」

八幡「大丈夫ですか」

キッと涙目で俺をにらむ先生。どことなく残念な感じが庇護欲をそそる。
かわいい。

平塚「澄ました顔しおって・・・。まるでタイヤを殴ったみたいだ」

八幡「先生、だんだんムキになってません?」




図星だったか、赤面しつつ咳ばらいを一つした後、俺に向き直る。

平塚「わかってると思うが再提出だ。いい加減怒るぞ私は・・・」

もう怒ってるよね。
とは言わない。口は禍の元であるからして、これで終了ということで。
などと考えていると、レポート片手に俺をジト目で見ていた先生が口を開いた。

平塚「君は、料理できるのか?」

レポート用紙を一枚めくり、訝しげな表情で訪ねてきた。
まぁ、カレーぐらいなら自分で作れる。
ただ――――

八幡「最近は作ってません」

平塚「うん? どういうことだ?」

八幡「もう帰っていいですか」

平塚「まて、気になる言い方をするじゃないか。昔は作ってたのか?」

八幡「これでも専業主夫目指してましたからね」

そう、一時は専業主夫を目指して料理スキルを上げていた時期があったが
もうその必要はなくなった。
なくなってしまった。

平塚「いや、ひもはやめておけ! いいか、奴らはな――――」

八幡「先生、ひもじゃなくて専業主夫です。それに、今日日男が働かないなんて珍しいことじゃないですよ」











平塚「しかし、男が働かないというのはだな」

八幡「この男女平等の世で男が家事したって可笑しくないですよ。家電も性能いいし誰がやっても一定のクオリティは出せます」

平塚「いやちょっと待て」

俺の意見を先生が遮る。どこか恥ずかし気に俺の顔を見ながら咳ばらいを一つ。

平塚「あ、あれはあれで扱いが難しくてだな・・・、必ずしもうまくいくわけではないぞ?」

八幡「先生、不器用なんすか?」

平塚「……あ?」

椅子をくるりと回して、先生の足が俺の脛を蹴った。
再び、数秒間が空き、先生は涙目で自分の足をさすった。

平塚「いたい・・・」

八幡「先生、俺だからいいですけど、いい加減体罰はまずいですよ」

平塚「うるさい! 君の足は鉄バットか!?」




思わず声を大きくする先生。
突然の大声にほかの教師が何事かとこちらに注目する。
さすがに大人げないと理解したのか、顔を赤らめて俺に向き直った。

平塚「す、すまない。私が大人げなかった」

八幡「いや、こちらこそ」

平塚「・・・」

八幡「・・・」

沈黙

なんとも言えない空気が漂う。

平塚「・・・なんというか、君は本当に食えない奴だな」

八幡「そうっすかね」

平塚「捻くれてるかと思えば、大人をからかう余裕も時折見せる。雪ノ下もさぞかし手古摺るだろうな」

雪ノ下
先日出会った黒髪の少女の姿を思い出す。
斜陽の中椅子に座って本を読むその姿は、一つの完成された芸術のような調和があった。
その苛烈な性格が全てを台無しにしているけどな

八幡「しゃべらなきゃ完璧なんだけどな・・・」

平塚「君から見て、彼女はどう映る?」

八幡「・・・そうっすね」

嫌な奴、と言おうとしたが、それよりも先に頭に浮かんだ言葉がある。

八幡「ステアリングの壊れたF1」

平塚「・・・それは、どういう意味だ?」

八幡「あいつは、すごい奴だなって昨日思ったんですよ。例えるなら高性能のF1カー。踏めばどこまでも速度を上げる」

八幡「でも、曲がる事が出来ないからどんどんスピードを上げた結果、コースアウトして爆死するんじゃないすかね」

平塚「・・・それは、彼女がいつかそうなると?」

八幡「さあ? 壊れてるなら直せばいいだけの話ですから。でも、直すのは雪ノ下じゃない」

平塚「ピットクルーの役目、か。だが、彼女は一人で走っている」

走るだけなら誰にでもできる。ただし、それだけでは勝てない。
雪ノ下はそれを理解して一人で走っているのだろうか。

先日の出会いの後、雪ノ下が話した奉仕部における自分の考え。




――――世界を変える




中二乙。と一年前の俺なら言っただろうが、本気でそれを成そうとしている彼女の姿は

美しく、気高く、絶対的で

そして、あまりにも儚いものとして俺の目に映った。












放課後、先生に言われた通り俺は再び奉仕部の扉を開いた。
そこには先日と同じ椅子に座って文庫本を読む雪ノ下の姿があった。
俺は距離をとって座り、同じく文庫本を読む。
それだけ
特に話もしない。
だが、俺はこの静寂が好きだ
風が木々を通り抜ける音が窓から聞こえる。それを聞きながら本を読むのは最大の幸福かもしれない。

ただし、今日に限ってはその静寂は打ち破られる


――――誰かが近づいてる


八幡(距離20m程か)

超聴覚が足音を拾う。

歩調から歩幅を予測する。

やや短め、女生徒と予想する。




コンコン・・・と、弱々しいノックの音が聞こえた。

雪乃「どうぞ」

雪ノ下は文庫本に栞を挟み、扉に向かって声をかけた。





「し、失礼しまーす」

スルリと扉から滑り入ったその姿は、明るい髪に緩くウェーブをかけた、キョロキョロしている少女。
・・・あれ、どこかで見たような・・・?

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」

心底驚いた顔で俺を見る少女。
つーかヒッキーてなによ?
・・・ヒッキー?



――――あの、これ飲む?

――――また、話しようね。ヒッキー



八幡「・・・マッ缶の人?」

「へ、え? 何?」

どうやら向こうはマッ缶の事を忘れてるらしい。
まぁ無理もないか。何しろ一年も前の出来事だ。
俺からしてみれば死活問題だったせいか今でも鮮明に覚えている。

そしてもう一つ、思い出すとすれば

八幡「F70・・・去年より戦闘力が上がっているだと・・・」ピーガガ

「?」

その豊満なおっぱ・・・もとい、胸元には覚えがある。

確か・・・

八幡「由比ヶ浜 結衣?」

結衣「お、覚えてたんだ・・・」




雪乃「なぜかしら、無性に腹が立ってきたわ」





まあ、簡単に言うと、由比ヶ浜は誰かにクッキーを作ってやりたい。だが作り方を知らず、友達にも恥ずかしくて言えない。
そこで奉仕部の出番・・・ってところだ。

なんとも女子らしい悩みじゃないか。ビッチっぽい外見からは想像もつかないほど初心な悩みだ。
こんな奴からクッキーを貰える男はどれだけ幸せ者なんだ。

そして家庭科室で雪ノ下指導のもとクッキーを作ることになった。
俺は味見。



・・・味見か




結衣「あ、あのさ、ヒッキー」

エプロンを着るのに四苦八苦していた由比ヶ浜が俺に話しかけてきた。心なしか少し顔が赤い。

八幡「・・・なに」

結衣「か、家庭的な女の子って、どう思う?」

八幡「・・・別に嫌いじゃねぇけど」

好きというわけでもない。
ぶっちゃけどうでもいい。

結衣「そっか! よーしやるぞー!」

なんだか妙にやる気を出した由比ヶ浜を尻目に、俺は文庫本を開いた。どうせやることは味見だけだ。
何やらコーヒーやら桃缶などを取り出しているようだが、何をやろうと俺にはあまり意味がない。
・・・まぁ、そのやる気は認めてやらんでもないが









そして、例のブツが焼きあがった頃には、なぜか真っ黒なホットケーキみたいなものが出来上がっていた。

結衣「え、あれ? なんで?」

雪乃「理解できないわ……。どうやったらあれだけミスを重ねることができるのかしら……」

どうやら俺の見てない間でとんでもない事が起こっていたらしい。
まぁ、クッキーを作るのに何故かこんなところに来るような奴じゃ結果は見えていたが。

そう思っている最中にも由比ヶ浜は皿に黒い物体を盛り付ける。

結衣「見た目はアレだけど、問題は味よね!」

とてもいい笑顔で俺の前に皿を出す。

雪乃「心配しないで、私も食べるから」

いや、むしろ心配なのはお前だけだよ。雪ノ下。
ここは俺に任せておけ。





――――たとえ、これがクッキーでも石ころでも、今の俺には大差ないのだから






ガリボリゴリゴリボリゴリ



結衣「ヒ、ヒッキー・・・?」

雪乃「比企谷君、あなた・・・」


真っ黒なソレを、無言で咀嚼する。
淡々と口に入れる。
焦げた臭いがするが、それだけだ。
粉々に砕けたブツが喉を通り、ある機関に蓄積する。

全てを平らげた後、唖然とする二人をよそに、俺は首を鳴らしながら訪ねた




八幡「マッ缶ない?」








今日は終わりっす

もうすぐ戦闘を挟む予定です




その後、何度か失敗をしつつも徐々に上達していった所で、大切なのは作り手の気持ちだとアドバイスをして一応の解決となった。

由比ヶ浜は俺に失敗クッキーを食わせたのが申し訳無かったのか、今度また上達した時にプレゼントすると言ってきた。
いや、お前本命の相手はどうすんのよ?

結衣「へ? ほ、ほ、ほ、本命!? バ、バカヤダキモイそんなの言うわけないでしょ!?」

そこまで言うか
結構傷付いたぞちくしょう
泣くぞ

雪乃「あなたのデリカシーの無さには呆れ果てるばかりね。気持ち悪い」

お前も容赦ないな!
ええどうせ女心なんて永遠に理解できねーよ!
理解できたら今ごろリア充ロードまっしぐらだよ!

結衣「それよりヒッキー、今日かなりあたしの失敗クッキー食べてたけどお腹大丈夫なの?」

八幡「ん? ああ、俺なら別に平気だぞ。多分核廃棄物食っても平気だと思う」

結衣「あたしのクッキー放射性物質レベル!?」

雪乃「まるでディスポーザーね。ゴミ谷君」

八幡「ナチュラルに人をゴミ扱いすんのはやめろ!?」




由比ヶ浜は何処か吹っ切れたかのように清々しい顔で部室を後にした。
「今日はありがとうね!」と素直に言えるあたり性格の良さがわかる。

雪乃「本当にこれでよかったのかしら・・・」

雪ノ下は何処か不満げだった

八幡「流石に一日や其処らでお前レベルに達するのは酷だろ」

大体人に渡そうって奴にそこまで時間も掛けられないだろうが。

雪乃「私はただ、やるなら徹底的にやった方がいいと思っただけ。最終的にそれが彼女の為になるわ」

八幡「正論だな。だけど、それじゃ押し付けてるだけだろ。自己変革には程遠いんじゃねえの?」

雪乃「・・・」

八幡「結果的に由比ヶ浜がやる気を出したんだからそれでいいじゃねえか」

八幡「世界を変えたいなら、まず他人の目線で見ることを覚えた方がいいと思うぜ」

俺の意見を聞いた雪ノ下は暫く難しい顔をしていた。
なにか思うところがあったのだろう。

雪乃「・・・まさかあなたごときに言い負かされるなんて思わなかったわ」

八幡「言ってろ。・・・先帰るぞ」

雪乃「あ・・・」

まだ話がしたいのだろうか。名残惜しそうな顔をした雪ノ下を置いて、俺は帰路についた。

――――いや





帰ると見せかけて、人があまり来ない教室に入る。俺にとっては最も気まずい行為をするためだ。

八幡「・・・」

がちゃりと胸を上に開き、食道に当たる部分からチューブを取り出す。


そう、廃棄の時間である。


八幡「悪いな、由比ヶ浜」

さらさらと砂が流れ落ちるような音をたて、粉末になったクッキーをゴミ箱に捨てる。

我ながら最低の行いだと思う。

こんな奴が先ほど雪ノ下に偉そうに意見していたかと思うと情けなくて笑いが込み上げてきた。

俺にとってはクッキーなんて石ころみたいなもんだ。
それでも人間のフリをするため、仕方なくこんな罰当たりな真似をしている。



結衣『ヒッキー! ありがとうね!』




八幡「・・・」




そんな台詞、言われる資格なんざねぇよ




少しだけ投下しました。

8マンと言ったらこのシーンは外せない





翌週




八幡「・・・で、何でお前またいるわけ?」

結衣「や、あたし最近料理にはまってるじゃない? こないだのお礼にクッキー作ったの! よければどうかなーって」

八幡「・・・」

雪乃「ちょっと、何で私を見るのかしら」

八幡「弟子の成長は師匠が見るもんだろ」

結衣「そうそう! 食べてみてよゆきのん!」

雪乃「・・・気のせいかしら、前とあまり変わってないのだけれど。あとゆきのんはやめて」

結衣「あ、それでさ! あたしこの部活のお手伝いするから! や、全然気にしないで! どうせ放課後暇だし!」

八幡「じゃあな、ゆきのん」

雪乃「ゆ、ゆき・・・!?」

結衣「あ! ヒッキーちょっと待って!」

ヒョイ

八幡「・・・」

由比ヶ浜が投げたそれを掴む。
可愛らしくラッピングされたこれはどう見ても――――

結衣「ヒッキーにも作ったんだよ! 食べたら感想聞かせt」



ブン

キーーーーーーーーーーーーーン!



結衣「あれ?」

雪乃「・・・消えた?」



--



屋上から青空を眺めながらマッ缶のプルタブを押す。
カシッと小気味のいい音を鳴らした後、ぐいっと一口飲む。
過ぎる程の甘さと爽快感が体を駆ける


八幡「・・・」


雪ノ下はあの失敗クッキーを文句をつけながらもちゃんと食べるだろう。
少なくとも俺なんかに食べられるよりは遥かにいい。
俺と違って捨てると言う選択肢が無いのだ。
はっきり言って羨ましい位だ。




八幡「どうしよっかな、これ」



カマクラ、いや、あいつにやるか・・・。


ありがとよ、由比ヶ浜。















小町「お兄ちゃん、気持ちは嬉しいんだけど流石にゴミを押し付けられるのは小町的にポイント低いよ?」


八幡「安心しろ。ちゃんと食えるぞ、たぶん」


小町「たぶん!?」


八幡「しかも女子の手作りだ。凄いだろ?」


小町「お兄ちゃんそれ絶対嫌われてるよ!」


















第二話 了

続いて第三話いきます











友人の定義とは何処から何処までを表すのだろうか?
以前雪ノ下がいいかけた台詞を時々思い出す。

俺の意見を言うなら、心情を包み隠さずに言える仲が友人と言えるのではないだろうか。
互いに信頼しているからこそ、ぶっちゃけられる。

・・・その意見が通るなら、比企谷 八幡には友人が永遠に出来ないと言う結論に至るのだが、まぁ、それも仕方のないことなのだろう。



――――だが、これだけは言える。




中二病患者だけは友人にしたくない









第三話 友(天使)












パララララララララララララララ………

材木座「は、八幡?」

八幡「・・・」

どことなく気だるく、それでいて真剣な眼差しで原稿用紙を異常なスピードで捲る。

俗に言う「速読」である。

結衣「ヒッキー、ちゃんと読んでるの?」

雪乃「何とも言えないわね」

今回の依頼人の材木座 義輝が持ってきたライトノベルの原稿。
翌日に感想を貰う予定だったが、八幡が「貸せ」と言うやいなや。
現在の状況になっているわけである。





八幡「・・・材木座」

材木座「ど、どうだ相棒よ! 我が傑作の出来は?」

八幡「・・・」








――――そこからは子どもにもわかるように懇切丁寧に指摘を行った。

文法、ストーリー、用語、展開

何が悪くて、何が足りないか淡々と語った。














全て言い終わった頃には、真っ白に燃え尽きた灰木座の姿が残った。



以上








八幡「人生の中でも有数の無駄な時間だったぜ・・・」

雪乃「5分も経ってないのだけれど」





結衣「ヒッキーって結構ハイスペックだよね・・・。あと辛辣」

八幡「本を愛するものとして素直な感想を言ったまでだ」

結衣「ヒッキーがぼっちな理由が分かった気がする・・・」

八幡「変に馴れ合うよりはこのくらいの距離が丁度いいんだよ。俺のような繊細な心の持ち主は人間関係で気を使いたくねーの」

雪乃「繊細どころか鋼鉄のワイヤー並のメンタルだと思うのだけれど、気のせいかしら?」

八幡「うっせ」

結衣「・・・」

他愛のない話をしている途中、由比ヶ浜が俯いた。

雪乃「由比ヶ浜さん、どうかしたの?」

結衣「や、はは。ヒッキーもゆきのんも強いなぁって思って」

結衣「さっきみたいに、言いたいことも言えないで、ごめんしか喋れないあたしとは全然違うなぁって」

八幡「教室のあれ、まだ気にしてるのか?」

由比ヶ浜が言ってるのは、昼休みの際に起こった雪ノ下と三浦の口論の事だろう。
いや、口論なんて上等なもんじゃない。
語彙の貧弱な三浦を雪ノ下が徹底的に蹴散らした、一方的な蹂躙。
俺でさえ冷や汗をかいたと錯覚する位に焦った。

雪乃「社会に出ればもっと発言は限定されるわよ? 学生時代に自己主張が出来ないなんて勿体ないと思うのだけれど」

いや、そんな先の事見据えてんのはお前くらいだっつーの!





結衣「ヒッキーもありがとね。立ち上がってくれて」

八幡「・・・いや、俺は別に」

俺なんて立ち上がって「雪ノ下が待ってるぞ」と聞こえる声で言い放っただけだ

ついでにレモンティーも投げつけてやった。
世界最速のパシりの名はじゃねえ

結衣「ううん。それでも嬉しかったよ? 普段ヒッキー、皆の前であんなこと言わないから」

結衣「ヒッキーとゆきのんが切っ掛けで、あたし、良い感じに変わってると思うんだよね」

八幡「・・・さいですか」

雪乃「何だか恥ずかしいわね。それとゆきのんはやめて」







体育の授業はテニスだが、相手がいない俺はいつも通り一人で壁打ち。
この瞬間だけ俺は脳内スポ根空間を展開する。
エースをねらえのOPを脳内で流し、跳ね返ってくるボールを打ち返す。

八幡「コートでは~誰で~も~ひとりひとりきり~♪」ボソッ

私の愛も~私の苦しみも~だ~れ~も~わかってく~れ~な~い~♪
・・・思うんだがこの歌完全にぼっち専用の歌だと思うんだがどうだろうか。

八幡「白いボールになって~♪」

サーブ♪

シュバ

スマッシュ♪

シュバン!

ボレー♪

ギュルゥオオ!!

ベスト~をつく~せ~♪

ってやべぇ!!

ベストを尽くしすぎた!!


ザワザワ

オイ

アレヤバクネ?


ああほらいらん注目を集めた。
エースをねらえは魔球否定漫画なのに俺だけテニプリみたくなってちゃしょうがないか。

「比企谷君ってすごく上手だね! 僕思わず見とれちゃったよ」

ほら、勘違いした女子が寄ってきた。つーか僕って何?

いや、それより

八幡「・・・誰?」

「あれ、同じクラスなんだけど、やっぱり影薄いかな」




戸塚「僕、戸塚 彩加。よろしくね比企谷君♪」




その時、爽やかな風と共に、白い羽が舞った気がした。

ああ

そうか

これが天使か








奉仕部



雪乃「・・・で、テニス部に入る気なの?」

八幡「ま、まあ? 俺もあそこまで頼まれちゃ無碍にはできねぇし?」

簡単に説明すると戸塚のテニス技術の向上として、俺に部に入ってくれないかという話だ。

雪乃「無理ね。あなた、客観的に自分を見れないのかしら? あなたのような生き物が受け入れてもらえるはずが
ないでしょう?」

相変わらずの歯に衣着せぬ言葉。
しかし冷静に考えると間違ってないから何も言い返せん。

雪乃「もっとも、あなたという共通の敵を得て一致団結することはあるかもしれないわね。けれど、排除する
ための努力をするだけで、それが自身の向上に向けられることはないの。だから、解決にはならないわ。ソース
は私」

ソースとはつまり、そういうことなのだろう。なまじ完璧なために誰も追いつけず、結局足を引っ張るという
行為に及ぶというわけだ。
厄介なことに女というものはこれに陰湿さをプラスするから始末に負えない。

八幡「お前に敵う人間なんてそうそういないと思うけどな」

雪乃「だからあきらめるの? 努力らしい努力もしないで、他人の足を引っ張ることに逃げて、そんなのが正し
いなんて認めないわ。馬鹿らしい」

八幡「バカなんだろ。そいつら」

雪乃「・・・あなた、時々ぐさりと刺さる言葉を言うわね。もしかして、それが素なのかしら?」

さあ? どうでしょうねえ?
少なくとも平塚先生をからかう時はいい顔をしてると思う。心の中で。

結衣「やっはろー! 依頼人連れてきたよー!」

戸塚「こ、こんにちは・・・」

入ってきたのは由比ヶ浜と、その後ろでおどおどしてる戸塚だった。









戸塚「あ! 比企谷くん!」

とててっと駆け寄り、きゅっと俺の袖口を掴む。
なんとも可愛らしい挙動じゃないか。素晴らしい。

しかし


八幡(男なんだよな・・・)

驚くべきことにこの戸塚 彩加、男である。
理由は簡単。俺の優秀なるバスト・スカウターが反応しなかったからだ。
つまり女にはないアレがついているわけで

八幡「詐欺だろ・・・」

戸塚「? なにが?」

頭に ? をたてて首を傾げる戸塚の姿はまさに小動物的な可愛らしさにあふれていた。
思わず守ってあげたくなる。

戸塚「比企谷くんはここでなにしてるの?」

八幡「何って、俺はここの部員なんだけど。お前こそなんで?」

結衣「今日は依頼人を連れてきてあげたの、ふふん」

由比ヶ浜は無駄に大きい胸をそらして自慢げに言った。お前には聞いてない。

結衣「やー、ほらなんてーの? あたしも奉仕部の一員じゃん? だから、ちょっと働こうと思ったわけ。そした
らさいちゃんが悩んでる風だったから連れてきたの」

雪乃「由比ヶ浜さん」

結衣「ゆきのん、お礼とかそういうの全然いいから。部員として当たり前のことをしただけだから」

雪乃「由比ヶ浜さん、別にあなたは部員ではないのだけれど……」

結衣「そうなんだっ!?」

そうなのか。てっきりいつの間にか部員になってるパターンだと思ったんだが。

雪乃「ええ、入部届をもらってないし、顧問の承認もないから部員ではないわね」

結衣「書くよ! 入部届くらい何枚でも書くよ! 仲間に入れてよっ!」

ほとんど涙目になりながらルーズリーフに入部届を書く由比ヶ浜。
おいおい漢字くらい書けよ・・・。
にしてもこいつら結構仲良くなってるな。
俺にしてみればあの雪ノ下を「ゆきのん」呼ばわりし、一定のスキンシップまでとれる由比ヶ浜にはある種の
尊敬の念を抱いている。
だって、あの雪ノ下だぞ?
つい最近まで友達ゼロのぼっちだったこいつの懐にいつの間にかするりと入り込んでしまうのは、由比ヶ浜の才能
と言ってもいい。
これでもう少し自己主張ができれば一躍クラスの中心になれそうかもな。
まあ、三浦とタメ張るような真似をこいつがするとは思えないが。





雪乃「それで・・・戸塚 彩加くん、だったかしら? 何か御用かしら」

戸塚「あ、あの・・・ここでテニスを強くしてくれるって聞いたんだけど・・・」

雪乃「奉仕部は便利屋ではないわ。手伝いはするけど、強くなるかどうかはあなた次第よ」

戸塚「そうなんだ・・・」

雪ノ下の冷たい目線にたじろぐ戸塚。
あーあ、ちぢこまってるじゃねえか。かわいそうに
大体由比ヶ浜が適当なこと言ったんだろうなまったく。

雪乃「由比ヶ浜さん、あなたの無責任な言動で一人の少年の淡い希望が打ち砕かれたわよ」

結衣「ん? んんー、でも、ヒッキーとゆきのんならなんとかしてくれるでしょ?」

由比ヶ浜、もしそのセリフを狙って言ってるなら大したやつだよお前は。
こーいうプライドの高い奴を刺激するのに最適なセリフだぞそれは。

雪乃「・・・へぇ、あなたもなかなか言うようになったわね。そこの男はともかく、私を試すような発言をするなんて。」

どうやらスイッチが入ったらしい。こうなると真っ向から勝負して相手を叩き潰すんだよな。
おっかねえ。





そして、そんな雪ノ下のオーラに当てられたのか、戸塚がおびえた目で俺のほうを・・・
ああ、ちくしょう、涙目でみるな!
かわいいじゃねえか!
ほんとに男の子なのこいつ?

八幡「・・・仕方ない、もともと俺もかかわってたしな。俺も手伝うよ」

戸塚「ほ、ほんと!? ありがとう比企谷くん!」

キラキラキラ……

部室内なのに光のエフェクトがかかってるよ。
なにこの子マジでかわいいんですけど。

神は地上に天使を遣わされたのか?

八幡「・・・俺がお前だけの宗方コーチになってやるよ」

戸塚「?」









結衣「ゆきのん、宗方コーチってだれ?」

雪乃「後で平塚先生に聞いてみなさい。多分知ってるわ」





その日の夜



谷「久しぶりに会ったと思ったら、この男性のデータをインストールしてくれとはな」

八幡「すいませんね、無理言って」

谷「いや、なかなか興味深いじっけ・・・もとい、試みだと思うよ。任せなさい、すぐに終わる」

八幡「お願いします」


ピーガガ

ジジジジジジジジジジ

バチバチバチ








--






翌日

テニスコート



結衣「ヒッキー、遅いね」

雪乃「あの男はまったく・・・まさかすっぽかしたんじゃないでしょうね」

戸塚「そ、そんなぁ・・・」





八幡?「悪い、待たせたな」




結衣「あ、来た! ヒッキー、おそ、い・・・」

雪乃「一体何をもたもたし、て・・・」

戸塚「あ、あの、あなた誰ですか?」





八幡(目が腐ってない)「戸塚、エースをねらえ!」キラキラキラキラキラ










結衣「ひ、ヒッキー、なんか変だよ。目が腐ってないよ!?」

雪乃「まるで・・・そうね、少女漫画みたいな目の書き方ね」

女二人が俺を見て驚愕している。
ふっ、どうだ驚いたか。これこそ変身装置を応用したエフェクト・チェンジだ。

今の俺は比企谷 八幡に非ず。そう





宗方 八幡だ!!






八幡「いるか、塩のつぶ」





雪乃「どうやら中身は変わってないようね」





そのまま俺はすっと戸塚の前に歩いた。

戸塚「ひ、比企谷くん、だよね?」

八幡「戸塚」

戸塚「あ・・・」

女子よりもさらさらしてそうな髪に触る。想像通り、絹のように繊細な感触。

八幡「今はコーチとよんでくれないか?」

キラキラキラキラキラ・・・

戸塚「は、はい・・・コーチ・・・」

淡くほほを染める戸塚、いや、彩加

谷博士には感謝しなくてはな。
ここまで完璧なインストールを行うとはやはり天才か。




結衣「ねえ、ゆきのん」

雪乃「なにかしら」

結衣「なんかあの二人の空間だけ花が咲き誇ってるんだけど」

雪乃「きっと薔薇の花ね」





今日の俺は異様なやる気に満ちていると思う。
この日のためにエースをねらえ全巻、さらにテニプリ全巻を読破したといっても過言ではないだろう。

時に厳しく、そして激しく戸塚を指導する。がんばれ戸塚! お前のテニスに対する情熱はそんなものか!?

八幡「戸塚、とにかくお前は体力が低い」

八幡「強い打球にこだわらず、どんな球にも追いつける足とスタミナをつけることが第一だ」

戸塚「分かりましたコーチ! がんばります!」

戸塚「だからもっとシゴいてください!」

あぶない
いまのセリフは非常にあぶないぞ戸塚!

八幡「・・・もう一度言ってくんない?」

戸塚「もっとシゴいてください!」






・・・ふぅ
コーチ、癖になりそう



結衣「ヒッキーがキモイ・・・」

雪乃「見ちゃだめよ。目が腐るわ」





※ここからは「エースをねらえ!」を聞きながら読んでください





そんな日々が続き、戸塚の練習は順調に進んでいた。
今は雪ノ下が由比ヶ浜を使ってボールを投げ、それを戸塚が打ち返す練習をしている。

最初のころに比べてきわどい球にも追いつけるようになってきた。
ちなみに呼んでもいないのになぜか材木座がラケットで遊んでいた。


・・・邪魔だな


雪乃「由比ヶ浜さん、もっとあの辺とかその辺とか厳しいコースに投げなさい。じゃないと練習にならないわ」

雪ノ下は雪ノ下で本気だった。
分かっていたことだが、こいつは本当に妥協しない。
やるとわかったら徹底的にやる。クールなようで非常に熱いスピリッツを持っている。

ただし、悪く言えば融通が利かないのだろう。
合理的ではあるが、それに付いてこれる者は非常に限られる。
こいつがぼっちになっているのはある意味必然なのかもしれない。

戸塚に対して投げるボールはかなりランダムで、さっきからあらぬ方向にポイポイ投げてた。
それにしても本当によく頑張るな。
ついつい俺も気合が入る。

しかし、さすがに五十球を超えたあたりで息切れを起こし、とうとう追いつけず転倒してしまった。

結衣「さいちゃん大丈夫!?」

戸塚「だ、大丈夫だよ、まだやれる」

雪乃「・・・続けるの?」

戸塚「うん、みんなが協力してくれてるからね。もう少し頑張れるよ」

雪乃「そ・・・。由比ヶ浜さん、あとはお願い」

それだけ言うと、雪ノ下は校舎に向かって歩いて行った。





戸塚「もしかして、呆れられちゃったかな? もっと上達しなきゃね・・・」

結衣「そんなことないよ。ゆきのん頼ってくる人を見捨てたりしないもん」

八幡「・・・まあ、そうだな」

なんせお前の下手な料理に付き合うぐらいだからな。戸塚の方がまだ見込みあるだろう。

結衣「ヒッキー! うっさいし!」

由比ヶ浜が手に持ってたボールを俺に投げた。
俺は黙ってそれをキャッチする。
ふむ、なかなかいいコントロールじゃないか。

八幡「そろそろ交代するか。由比ヶ浜、おまえは休んでいいぞ」

結衣「あ、そう? それじゃお願いね。あ、それとこれ五球で飽きるから」

由比ヶ浜と交代し、ボールを投げようとした時、それまで笑顔だった由比ヶ浜の顔が曖昧な、暗い色の混じったものになる

三浦「あ、テニスしてんじゃん、テニス」


振り返るとそこには葉山と三浦を中心にした一大勢力がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。



・・・なるほど、お邪魔虫か





三浦「戸塚ー。あーしらも遊んでいい?」

戸塚「あ、あの、三浦さん、僕は別に遊んでるわけじゃ、なくて・・・練習を・・・」

三浦「え? 何? 聞こえないんだけど」

戸塚よ、言いたいことは大きな声で言わなきゃだめだぞ。
つーか由比ヶ浜といい戸塚といい三浦に対してビビりすぎだろ・・・。

八幡「あー、悪いんだけど、ここのコートは戸塚がお願いして練習に使ってるから、ほかの人は無理なんだ」

だから早く出てってくれ。俺と戸塚の青春のために。マジで。

三浦「は? だから? あんた部外者なのに使ってんじゃん」

八幡「俺は戸塚の専属コーチだからいいんだよ」

専属の所を強調してきっぱりと言い放つ。
安心しろ戸塚。お前は俺が守る。

三浦「はぁ? なに意味わかんないこと言ってんの? キモイんだけど」

すいませんごめんなさい調子乗ってました。
だからそんな不燃ゴミを見るような眼で睨まないで!
めっちゃ怖いから!

葉山「まあそうカリカリしないで、みんなでやったほうが楽しいしさ、それでいいんじゃない?」

八幡「いや、楽しいとかそういう問題じゃなくてだな、こっちは真剣なんだよ」

三浦「ねー隼人ー、何だらだらやってんの? あーし、早くテニスしたいんだけど」

葉山「うーん……あ、じゃあこうしないか? 俺たち側とヒキタニ君達側で勝負して、勝ったほうが今後昼休みにテニスコート使えるってことで。もちろん戸塚の練習にも付きあu」




八幡「却下」





テニスはどうでもいい

だが戸塚はわたせねえな。



葉山「」





八幡「なんか試合をやる方向に持ってきたげな所悪いがな・・・それをやるかどうか決める決定権はお前らにはねえよ」

そう、ぶっちゃけこんな勝負受ける義理なんざない。
比企谷 八幡に「お願い」してくれた戸塚がいるのになんでこいつらのお願いを聞いてやらにゃならんのだ。
ばかばかしい。

八幡「それに、コーチなら間に合ってるぜ・・・」

そう、この最強のマシンプレイヤー。

宗方 八幡 がな!!

三浦「ちょっとあんた、あーしらのこと舐めてんの?」

八幡「いや、どう見ても勝手なのはそっちだろ・・・まぁ」




八幡「どうしてもと言うなら、試合してやってもいいけどな」






三浦「はぁ?」

葉山「ヒキタニ君、わかってくれたんだね」

八幡「ただし、こっちも時間が惜しいんでな」




八幡「面倒だからお前ら二人でかかってこい。それが条件だ」











三浦「バカ? 二対一なんて勝負に————」

八幡「なんだ、怖いのか」

口の端を軽く上げるようにして


ゲス顔スマイル★


三浦「~~~~っやってやろうじゃん! 隼人! やるわよ!」

葉山「あ、ああ・・・いいんだな?」

八幡「二言はねえよ」

結衣「ちょ、ちょっとヒッキー! 何考えてんの!?」

準備をしようと後ろを振り向いた俺に、心底慌てた由比ヶ浜が駆け寄ってきた。

結衣「二対一なんて無茶だよ! それに優美子中学ん時女テニだよ!? 県選抜にも選ばれてるし!」

八幡「ほう・・・あの縦ロールは伊達じゃないってことか」

まさかお蝶婦人と対決できるなんてな。

八幡「ま・・・そんな心配しなくてもいいから」

結衣「ヒッキー! ・・・もう! さいちゃんもなんか言ってよ!」

戸塚「……」

結衣「さいちゃん?」

戸塚「由比ヶ浜さん」






————コーチなら、もしかしたら勝っちゃうかも















――――まあ、結論から言うと、ロボット相手に生身の人間が勝てるわけもなく、俺の圧勝に終わった。


俺の地味だがきわどいサーブと、同じく地味だがきわどいレシーブに二人は終始翻弄されていた。
二人という有利を活かそうとあっちこっちにボールを打つが、トコトコとマリオテニスのヨッシーばりの移動でどんな球にも追いつき、
無茶苦茶なスライスをかけたスピンショットでコートを抉ったりしてるうちにいつの間にか勝負は終わっていた。

戸塚「げ、ゲームウォンバイ比企谷!!」

結衣「うそ・・・勝っちゃった・・・」






八幡「これで納得してくれたか」

とてもいい笑顔で握手を求める。
葉山たちはひきつった顔でそれに応じた。

葉山「そ……そうだね……」ゼーゼー

三浦「あ、あんた……、バケモノよ……」

化け物とは失礼な。






雪乃「なんだか妙な事態になってるようね。もう終わったみたいだけれど」

ようやく我が奉仕部の氷の女王が帰還してきた。
その手には救急箱があった。戸塚の手当のために持ってきたのだろう。

やっぱり、地味に気が利く所があるな。

結衣「ねえ、ヒッキー。つかれてないの? なんか汗一つかいてないけど」

八幡「ん? あー、気にすんな。平気だから」

戸塚「コーチ! お疲れさまでした!」

戸塚がマッ缶を差し出してきた。なんだよおい気が利いてるじゃないか。





--




八幡「怪我、大丈夫か?」

戸塚「うん・・・その、比企谷くん、今日はありがとう」

俺の方をまっすぐに見つめ、言い終わった後にその頬を朱く染めた。
かわいい。

・・・もう女じゃなくてもいいかな・・・。

まさかこんなラブコメ染みた真似するとは思わなかった。
いや、形は変だが、これも男同士の友情と言えるのだろうか?
俺には分からない。

八幡「俺はそこまで大したことやってねーよ。礼なら部長の雪ノ下にでも・・・」

あれ、あいつらどこ行ったんだ?
周囲を見渡すと、見慣れた黒いツインテールの端がテニス部の部室の脇から飛び出ていた。
なにやってんだ?

八幡「ゆきのし・・・あっ」

思いっきり着替え中だった。
雪乃下の慎ましい体と由比ヶ浜のナイスバディがまぶしく映る。
凡百のラノベ主人公なら赤面して大慌てと行くところだが、この俺にはそんな三流のお約束は通用しない!

八幡「お取込み中でしたか」



結衣「もうほんと死ねっ!!」











バキャリと俺の顔面にラケットがフルスイングされた。



ラケットの方が砕け散った。










第三話 了





専業主夫

一時期本気でなりたいと思っていた職種である。いや、職ではないか。

人間とは本能的に「働きたくない」と言う願望を持っている。誰だって楽をしたいのだ。これはもはや呪いである。

しかし、働かなければ飯は食えない。だから仕方なく働く。働いて己の糧をつかみ取る。

天職などという物に就ける人間は、それこそ宝くじが当たる人間より少ないのではないだろうか。

楽しくてお金がもらえるなんてそれこそ夢のような話だ。これはすべての人類が望む願いだろう。

だが、現実はそこまで甘くない。

夢を見る前に働かなくてはならない。

楽をするために働かなくてはならない。

この矛盾。

まるで果てのない砂漠を歩くような苦行。

それでも人間は砂漠の果てにあるオアシスを求めて歩き続ける。

あるかどうかも分からない、蜃気楼のような夢に向かってもがき続けるのだ。








第四話 демон







この千葉市立総武高校には職場見学なるものがある。
各人の希望を募りそれをもとに見学する職業を決定し、実際にその職場へ行く。社会に出るということを実感させるゆとり教育的プログラムだ。


平塚「それで希望が『谷 製作所』か・・・どんな所だ?」

八幡「まあ至って普通の町工場ですよ」

平塚「なんていうか、君にしては普通だな。もっと捻くれた書き方を想像していたのだが」

八幡「そりゃ俺だって何回も書き直しを食らってたらいいかげん学習しますよ」

本音というものは隠してこそ。
働きたくないですなんて表立って言って反感を買う必要はない。

平塚「なるほど、・・・で、本心は?」

八幡「できれば自宅を見学したいなーって・・・」

平塚「・・・はぁ、目を腐らせながらそんなこと言うな・・・。まったく、少しは変わったかと思えばこれだ」

八幡「初志貫徹がモットーなんで」

てへ♪

平塚「・・・やはり殴って直すしかないか。テレビでもなんでも殴ったほうが話が早い」

八幡「先生、今のテレビは薄型で殴るとこありませんよ。やはり年の差を感じますねえ?」

平塚「……っ、おっといけない。もうその手にはひっかからんぞ? ん?」

ふふんとドヤ顔で笑う先生を無視して目の前の資料を捲る。
妙なところで張り合う姿勢は大人としてどうなのか。





八幡「それよりこの三人一組ってなんとかならないんすかね」

平塚「ん? なんだ比企谷君。もしかしてまだ友達ができないのか?」

にやにやと馬鹿にした顔で俺を煽る先生。
ええ、いませんけど何か?

八幡「それを分かってて聞いてるならなかなか性格悪いっすよ」

平塚「くっくっく! この前のお返しだ」

まーだ根に持ってんのかよこの人。その執念深さの半分を婚活に回せばいいものを。

八幡「・・・あんまり悪い顔してると美人が台無しですよ?」

平塚「び、美人!? なんだ急に頭でも打ったか!?」

八幡「ああ、もう部活行きますね」

平塚「ちょちょちょマテ比企谷!! 今美人って言ったよね!?」

物理攻撃が効かないから精神攻撃にシフトしたってわけか。
ならこっちもスピリチュアルな攻撃をするまでだ。







--




奉仕部の部室に入って暫くたった後、なぜか由比ヶ浜がメアドの交換を申し出た。
俺にとっては家族、アマゾン、谷博士に続いて高校生活での初めてのメル友(?)しかも女子
正直言ってうれしい。
俺が他人のメアドを交換するときは大抵自分から申請するのがほとんどだった。つーか全部それだ。

同じ部活とはいえ女子のほうからメアド交換なんて生まれて初めて。わーすごーい。
少しだけ、ほんの少しだけ奉仕部にいてよかったと思った。


・・・罰ゲームとかじゃないよね?



--



葉山「ここに来れば悩みを解決してくれるって聞いたんだけど」

俺が由比ヶ浜のスパムっぽいメールを見て若干引いている時、我がクラスの上位カースト筆頭、葉山が奉仕部を訪ねてきた。

葉山「遅い時間に悪い。結衣もみんなもこの後予定とかあったらまた改めるけど」

そう言われて、由比ヶ浜はいつだかも見たあの薄っぺらい笑顔を浮かべて笑う。
どうやらまだ上位カーストにいる時の癖が抜けないと見える。大変だなリア充ってのは

それにしても爽やかな奴だな。戸塚といいこいつといいいるだけで空間が光に満ちていく気がする。
周りの連中も誘蛾灯に集まる感覚で惹かれるんだろうな。
いや、どっちかといえばコンビニの灯り? 年中無休の。







八幡「それよかなんか用があるんじゃねえの?」

葉山「ああ、それなんだけどさ・・・」

そう言って、葉山はおもむろにケータイを取り出した。カチカチと素早くボタンを操作してメール画面に移行する。
横から由比ヶ浜と雪ノ下がひょいと覗き込んできた。
場所を二人に譲ってやると、由比ヶ浜が「あ……」と小さく声を上げた。

八幡「どうした?」

由比ヶ浜「これ・・・うちのクラスで回ってるやつ・・・」

雪乃「チェーンメール、ね」

チェーンメール。要は現代版不幸の手紙である。
メールの内容は葉山の取り巻きの三人に対する誹謗中傷。見事なまでに醜い内容である。

葉山「これが出回ってから、なんかクラスの雰囲気が悪くなってさ。それに、友達のこと悪く書かれると腹も立つし」

そういう葉山の表情は先ほどの由比ヶ浜と同じでうんざりしていた。
俺だってこんな女の腐ったような陰湿な悪意は簡便である。

葉山「止めたいんだよね。こういうのってやっぱり気持ちがいいもんじゃないからさ」

葉山「あ、でも犯人探しがしたいわけじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。頼めるかな?」

八幡「・・・」

雪乃「つまり、事態の収拾を図ればいいのね?」

葉山「うん、まあそういうことだね」



八幡「俺はパスな」



雪乃「では、犯人探しを・・・ちょっと待ちなさい。あなた今なんて言ったのかしら?」





八幡「パスって言ったんだよ」

由比ヶ浜「ちょ、ちょっとヒッキー! せっかく相談に来たのにひどいんじゃないの?」

由比ヶ浜が慌てて俺を嗜める。だが、今回ばかりは俺は働くつもりはない。

雪ノ下「比企谷君、あなたどういうつもり?」

八幡「どうもこうもねえよ。奉仕部(ここ)は何でも屋じゃねえんだろ? そういうのは先生にでも頼めって話さ」

八幡「由比ヶ浜や戸塚のように自己の変革を促すってんなら分かるけどよ、犯人探しなんて全然自己変革と関係ないだろうが」

結衣「あ・・・」

雪乃「・・・」

そういえばもう一人くらい奉仕部に相談しに来た奴がいたような。
誰だっけか

八幡「わざわざ藪に手を突っ込んで蛇に咬まれるような真似はしねえよ。じゃあな」

話はこれで終わり!
どうしてもやりたきゃお前たちでやるんだな。

それだけ言って俺は部室を後にした。






学校を後にした俺はまっすぐ家には帰らずぶらぶらしていた。
どうにもイライラする。
このイライラの原因はどうでもいい依頼をもってきた葉山ではない。

あんな子供染みた内容を看破できない雪ノ下である。

俺は雪ノ下に対して少なからず尊敬を抱いている。
だから、許せないのだろう。自己変革を謳っていた彼女が奉仕部の指針を見失ったことが。

あの斜陽の中で見た絶対的なものが傷ついて見えた。それがどうにも我慢ならない。

八幡「・・・くっだらねえ」

結局、俺も自分の理想を雪ノ下に押し付けてるだけなのだ。
いつしか彼女に言った「正論を押し付けてる」というセリフが電子頭脳に浮かぶ。

俺も人に対して偉そうなことは言えなかったのだ。なのにこの様だ。

八幡「・・・これからどうすっかな」

今までは一人でいる時の時間つぶしなどいくらでも行えた。
しかし今は全く思い浮かばない。
この時間は奉仕部にいることが当たり前になってたからだ。

いつしか歩調はゆっくりになり、俺はけだるげに空を見上げた。

まだ夕暮れには時間があった。





ピリリリリリ

突然の着信に思わずびくっとなる。
俺みたいなぼっちは着信に馴れてないのだ。たとえ家族からでも。

誰かと思い画面を見ると由比ヶ浜からだった。
早速メアドを活用していてなんだかむず痒くなる。
いや、すこーしだけ嬉しかったり、する。

八幡「なになに・・・『犯人探ししてその人をじこへんかくするから戻ってきて!』・・・?」

由比ヶ浜よ、自己変革くらい漢字で書け。
つーかあいつよく高校受かったな・・・。

結局、あいつらは葉山の依頼を受けるらしい。
負けず嫌いの雪ノ下のことだ、俺に言われて悔しかったのだろう。
・・・あの場にいれば悔しがる姿を拝めたかもしれない。
惜しいことしたなー。

ま、今更戻るってのもしまらないし・・・

八幡「『明日からにしような』・・・っと」

由比ヶ浜との初めてのやりとりは地味なものになった。





谷「それで、その葉山くんが誰とも組まないことで一件落着したのか」

八幡「一人抜けただけで他人をけなしあうんですよ? おっかない」

谷「最近の若者の考えることはよくわからんな・・・それで、職場見学は私の所に来るんだっかな?」

八幡「・・・あー、それなんですけどね」

結局、俺と葉山、そして戸塚の三人で組み、博士の研究所もとい製作所に行こうかと思ってたのだが、俺は葉山の人望を甘く見ていた。

葉山と言う誘蛾灯に惹かれて大勢の人間が同じ場所に行くとか言い出して、急きょ行き先を葉山に合わせる結果になったのだ。
いくらなんでもあれはねえよ・・・。

谷「そんな・・・わし、せっかく比企谷君以外の人と話できるかと思ってたのに・・・」

おじいちゃんそんな寂しいこと言わないで! 気まずいから!
よく考えたらこの人もぼっちなんだよなあ・・・。

谷「それで行先は・・・ああ、この電子機器メーカーならよく知ってるよ。わしも本社によく挨拶しに行ったこともある」

八幡「本当ですか。やっぱりすごいですね」

谷「日本の電子機器は非常に丁寧に作られているからね。参考になったよ・・・ただ」

八幡「ただ?」

谷「あー、わしの他にもその会社に視察していた一団がいたんだが・・・そのうちの一人が随分と過激でね・・・」

八幡「どんな人だったんです?」

谷「確かロシアの科学者だったか・・・。わしと同じかそれ以上に優秀な科学者だったよ」



――――ただし、兵器に関してはだがね。





そして迫る中間試験
・・・と言っても、俺は特にやることなんかない。
試験範囲は全て電子頭脳に記憶させたからだ。ちなみに10分くらいで終わった。
羨ましいだろう?

なので今は絶賛ネットサーフィン中である。
いやー、他人が勉強で頑張ってるときにこんなことしてていいのかねえ!?
最高じゃないかふはは!!

『某国でまたもテロ活動、謎の国際犯罪シンジケート“黒い蝶”首謀者のⅮr.ユーレイは依然・・・』

八幡「なんだか物騒だな・・・」

最近こんな事件が急に増えた気がする。
外国ばかりではない。
日本国内でもやれ銀行強盗やら自動車メーカーの汚職やら増加の傾向にある。

まったくけしからん。どうなってるんだ警察は・・・。

小町「おにいちゃーん、暇なら勉強教えてよー」

八幡「またかー? お前あれほど地道にやれっていっただろうが・・・」





テレビ『泉 博士が○○大学研究チームとの共同研究により、ついに巨大電子頭脳を完成させました。近日試運転を・・・』

小町「わー、この大学って有名な所じゃん。お兄ちゃん頭いいから目指せば?」

八幡「俺は私立文系狙ってるからいーの」

小町の勉強を見ながら適当に返す。いや、それよりテレビ見ながら勉強すんなよ・・・。

八幡「ほら、テレビ見てないでさっさとやる!」

小町「うー・・・」








テレビ『アメリカ政府が近日重大発表があるとのこと。CIAで動きが・・・』








この時期ともなると進学希望の連中は予備校の資料集めを行っている。

かくいう俺も志望校の資料を集めてたりする。

そんなある日、たまたま入ったファミレスで勉強会を開いているいつもの二人がいた。そして戸塚もいる・・・。
ちなみに俺はマッ缶持参である。
厚かましさにかけては俺の右に出るものはいないだろう。店員さんごめんね。

雪乃「それでは次の問題、地理から出題、千葉の名産品を二つ答えよ」

結衣「味噌ピーと茹でピー?」

八幡「落花生しかねえのかよ千葉には」

結衣「うわあ! ・・・なんだ、ヒッキーか、いきなり変な人に話しかけられたのかと思った……」

どうやら俺の千葉愛は電子頭脳にまで深く刻まれてるらしい。由比ヶ浜のアホな回答に思わずツッコミをいれてしまった。

戸塚「八幡っ! 八幡も勉強会に呼ばれてたんだね!」

微笑みながら戸塚は俺の隣に並んだ。
だがな、戸塚、俺は誰にも呼ばれてないんだぞ? ほら、由比ヶ浜なんて「やっばー、誘ってない人来ちゃったー」
みたいな気まずげな顔してるし。

雪乃「比企谷君は勉強会に呼んでないのだけれど、何か用?」

うるせえ! 知ってるよそのくらい!
ほんと人の心を傷つけるのがお上手なこって!



小町「あ、お兄ちゃんだ」



俺が雪ノ下の心無い言葉に傷ついてると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。










小町はどうやらクラスメートの川崎 なにがしくんの相談を受けたらしい。なんでもお姉さんが不良化してしまったと・・・。
おい、小僧あまり小町に近づくんじゃあない。10万キロワットの電撃喰らわすぞコラ。

小町「で、どうしたら元のお姉さんに戻ってくれるか相談されてたんだけど。あ、そだ、お兄ちゃんも話聞いたげてよ。困ったことがあったら言えって言ってたし」

ああ、そういやそんな事言ったっけか・・・。正直妹の友達、ましてや男子なんぞに協力する気なんぞこれっぽっちも湧かないんだが。

八幡「そうか、でもな、まずはご家族でよく話し合ってからでも遅くはないとおもうぞ?」

大志「それは、そうなんですけど……、最近ずっと帰りが遅いし、姉ちゃん親の言うこと全然聞かないんすよ。俺が何か言ってもあんたに関係ないってキレるし……」

そう言って大志はうなだれる。彼は彼なりに思い詰めているようだった。

大志「……もうお兄さんしか頼れる人がいなくて」

八幡「貴様に兄と呼ばれる筋合いはない」




--



その後、雪ノ下達に小町を紹介した後に、川崎 大志の姉、川崎 沙希の更生を受け持つことになった。
ちなみに小町はなぜか由比ヶ浜のことを訝しげに見ていたが、一体どうしたのだろうか?

大志の話によると川崎 沙希は高二になってから帰りが遅く、なんと朝の五時くらいに帰宅してると言う。

大志「うちは両親共働きだし、下に弟と妹がいるんであんま姉ちゃんにはうるさく言わないんす。それに時間も時間なんでめったに顔合わせないし・・・」

大志「子供も多いんで暮らし的にいっぱいいっぱいなんすよね」

雪乃「家庭の事情、ね……。どこの家にもあるものね」

そう言った雪ノ下の顔は今までに見たことがないほどに陰鬱なものだった。





雪乃「あの人は、私達とはどこか違う・・・。才能とかそんなものじゃなくて、もっと分類的に・・・」

結衣「ゆきのん?」

雪乃「・・・! なんでもないわ」

八幡「?」




--




その後、アニマルセラピーやらナンパやら色々行ったが、どうにも著しくなかった。平塚先生は結婚のことで盛大に爆死していた。
かわいそうに。

そして今、俺は海浜幕張駅前の何やら尖ったモニュメントの前にいる。
これから向かうのはホテル・ロイヤルオークラの最上階に位置するバー『エンジェル・ラダー天使の階』だ。

俺は着慣れない薄手のジャケットに身を包んでいる。
なぜかダブルのコートが無性に着たくなったが、暑苦しいからやめろと小町に怒られた。

一旦 離れます

これから出るヴィランの伏線をいくつか張っておきました・・・

分かる人いるかね?





由比ヶ浜は首回りが大きく開けられた深紅のドレスを着ていた。流麗な線を描く人魚のようなフォルムが素晴らしい。

結衣「な、なんかピアノの発表会みたいになってるんだけど……」

雪乃「せめて結婚式ぐらいは言えないの?」

そう言って今度は漆黒のドレスを纏った雪ノ下が現れた。
こちらも滑らかな光沢を放つ生地が処女雪のような白い肌を引き立てている。

結衣「だ、だってこんな服着たのはじめてだもん。ていうか、マジゆきのん何者!?」

雪乃「大袈裟ね。たまに機会があるから持っているだけよ」

さあ、行きましょうか

そう言って雪ノ下はホテルに入っていった。





--




最上階のバーはなんていうか・・・とても俺たちが、正確には俺と由比ヶ浜が入っていい空気ではなかった。
そんな空気を当然のように受け流してる雪ノ下はさすがと言っていい。

ギャルソンに連れられ端の方のバーカウンターに行くと、そこにはきゅっきゅっとグラスを磨く女性のバーテンダーさんがいた。
というか川崎だった。
クラス一の爆乳は一度見たら忘れられない。
長い銀髪を纏め、ギャルソンの恰好がえもいえない色っぽさを放っている。

雪乃「さがしたわ、川崎沙希さん」

雪ノ下が話を切り出すと、今まで無言だった川崎の顔色が変わった。

沙希「雪ノ下・・・」

雪乃「こんばんは」

結衣「ど、どもー・・・」

沙希「由比ヶ浜か、だれか分からなかったよ。それじゃ隣の人も総武の人?」

おい、ナチュラルに俺の事知らないのか。
まぁ仕方ないよね。今更だよね

沙希「そっか、ばれちゃったか。・・・なにか飲む?」

雪乃「私はペリエを」

結衣「あ、あたしもおなじのを!?」

八幡「俺はMAXコーh」

雪乃「彼には辛口のジンジャーエールを」

やっぱだめ?





沙希「それで、なにしにきたのさ? まさかそんなのとデートってわけじゃないんでしょ?」

八幡「そんなんじゃねえよ、最近帰るのが遅いみたいじゃないか。弟が心配していたぞ。あとジンジャーはいいからMAXコーヒー頼む」

沙希「そんな事言いにわざわざ来たの? ごくろーさま。あのさ、見ず知らずのあんたにそんな事言われたくらいでやめると思ってんの?」

八幡「別に。やめたくなきゃすきにすれば?」

雪乃「・・・」

結衣「ヒッキー!?」

俺の冷淡な返しに二人が驚いている。
だが、こんなもんだろう。見たところ真面目にバイトしてるみたいだし、不良になったってわけでもない。
俺たちがいちいちバイトに口を挟むのは筋違いだ。

沙希「・・・意外だね、てっきり辞めろとでも言うかと思った」

俺を睨みながら川崎は呟いた。
あの、一応客なんで睨むのはちょっと・・・
正直かなり怖い。

八幡「お前の弟が言ってたよ。姉ちゃんが不良になっちまったってな」

沙希「大志が・・・、余計なことを・・・」

その言葉に俺は少しだけイラッと来た。

八幡「・・・姉貴想いのいい弟じゃねえか、なんで黙ってるんだ?」

沙希「それこそあんたには関係ないわ」

八幡「・・・」

沙希「・・・」

バチバチと視線が火花を散らす。

雪乃「止める理由ならあるわ」

雪ノ下が左手につけた時計を確認する。





雪乃「十時四十分・・・。シンデレラならあとちょっと猶予があったけれど、あなたの魔法はここで解けたみたいね」

・・・雪ノ下・・・、なかなか詩的な表現をする。
確かに十八歳未満の労働は夜十時以降は禁止されている。つまり今の川崎は年齢詐称を使って働いていることになる。

結衣「あ、あのさ、なんでここでバイトしてんの? あ、やー、あたしもお金ない時バイトするけど、年誤魔化してまで夜働かないし・・・」

沙希「別に、お金が必要なだけだけど」

結衣「な、なんで」

沙希「・・・別に遊ぶ金欲しさに働いてるわけじゃない。そこらの馬鹿と一緒にしないで」

そこまで聞いて俺はある確信を得た


――――ああ、こいつもお人好しか


結衣「やー、でもさ、話してみないと分からないことってあるじゃない? もしかしたら、何か力になれるかもしれないし・・・」

沙希「だったら、あんたが代りにお金を用意してくれるの? うちの親が用意できないものをあんたが用意できるんだ?」

結衣「そ、それは・・・」

由比ヶ浜の好意は正しい。だけどこいつは受け取らないだろう。
もしかしたらもう理解してるのかもしれない。
自分の行いがいつか破綻するものだと。
だからあんな、諦めを含んだ雰囲気を出してるのかもしれない。



――――だがな、お前の悩みは、まだ人に打ち明けられるレベルじゃねえかよ







雪乃「そのあたりでやめなさい。これ以上吠えるなら・・・」

八幡「やめとけ、雪ノ下」

雪乃「・・・なにかしら、邪魔しないでくれる?」

八幡「庶民の悩みは女王様には理解できねえよ」

雪乃「どういう意味かしら」

雪ノ下の理屈を通すなら、あいつは更生の対象になるだろう。
だが、そこに人間的な情は存在しない。
前のように、正論を押し通して人を救うに至らない。
・・・だからこそ女王なんだ。こいつは

八幡「金に困ったことのない人間が、あれこれ言うもんじゃないってことだよ」

・・・どうやら、雪ノ下ではこの件は解決できそうもない。
人には向き不向きがある。
今回はたまたま地雷を踏んじまったみたいだ。

由比ヶ浜は言わずもがな。
こいつは優しいがそれを表す語彙が貧弱すぎる。
川崎の心には届かないだろう。

だったら・・・

八幡「帰るぞ」

結衣「え・・・」

雪乃「・・・」

俺がなんとか説得するしかない・・・か。





二人には明日もう一度話し合おうと言い、お開きとなった。
だが、俺は今夜で解決するつもりだ。
川崎はやさしい。それに家族想いのお人好しだ。
だが、そのやさしさのせいで苦しんでる奴がいることをあいつは理解していない。

そういう意味ではまだまだ甘いのだろう。

・・・結構かわいいじゃねえか。

これがギャップ萌えか・・・。


駅前で二人と別れたあと、超スピードでホテルに戻る。
幸いマッ缶を補給できたためまだまだ余裕がある。



さあ川崎、サシで決着着けようじゃねえか。





--




沙希「・・・何? 帰ったんじゃないの?」

八幡「お前と二人きりで話しようと思ってな」

沙希「口説いてんの? 帰ってよ」

八幡「ごめんなさい冗談です睨まないで!」

こいつのガンくれは心臓・・・もとい原子炉に悪いんだよ・・・。

沙希「別に、言うことなんて無いけどね」

八幡「いや、もう話さなくてもいい・・・。学費、稼いでんだろ?」

沙希「――――!」

八幡「図星か・・・。分かりやすいなあ」

沙希「なんで、分かったの」

八幡「大志からある程度家庭の経済状況を大雑把に聞いたからな。借金が無いなら後は学費か塾代くらいだろ」

昨今、教育費はバカにならないからなあ。
有名私立に入れない人の何パーセントに「学費が高い」ってのは必ずある。
スカラシップだって本当に一部の人間だけだ。

八幡「ま、お前がグレてないってわかったから、後は大志にこのことを伝えて終わりだな」

大志の名前を出した瞬間、川崎の目の色が変わった。
・・・釣れたな。

沙希「あんた! 大志は関係ないでしょ!」

八幡「俺は一応あいつから頼まれてんだよ。・・・あいつがどれだけ心配してるか分かってんのか?」

沙希「知った風な口をきかないで。あんたに何が分かるってのよ」



……ああ、形は違うが問題児を相手にすんのがこんなにしんどいとはな。
教師ってのは俺には向いてないな。ありゃマゾしかなれねえ。



・・・平塚先生ってもしかしてマゾ?
って違う! 今はシリアスな話をしてるんだ!



八幡「言わせてもらうけどな・・・大志はお前が夜な夜な売春や援交で金稼いでんじゃないかって思ってんだよ。いや、健全な男子中学生ならそれくらいの想像はするよな」

沙希「な・・・っ!?」





沙希「な、何言ってんのよ!? あたしが、売春なんて・・・」

八幡「川崎」

川崎の言葉を遮る。

八幡「お前は男心ってもんがわかってない!」

沙希「・・・はあ?」

八幡「お前みたいなナイスバディのちゃんねーが夜な夜な出かけて朝帰りなんて、大志じゃなくてもエロい想像するにきまってんだろ! それにエンジェルなんちゃらなんて店から連絡があった日にはもう・・・!」

そんな状況で誰にも、両親にも相談できず、一人悶々と自分の姉があんなことやこんなことをされてるのを想像してシゴいてr


ガシャーン!!


八幡「・・・」ポタポタ


俺が悩める中坊の心情を力説してると、顔をまっかにした川崎が割れたジンジャーエールの瓶を片手に荒い息を吐いていた。

・・・俺じゃなかったら大怪我だぞこれ・・・

沙希「ご、ごめんなさい・・・比企谷・・・」

八幡「・・・」

こいつ、俺の名前知ってたのか。




--




夜の道を二人で歩く。
結局、川崎はバイトを切り上げて帰ることにした。
俺は無傷だが、怪我が心配だと言い出すあたり律儀な奴だと思う。

八幡「・・・さっきは茶化したけどな・・・あいつは、最初は俺の妹に相談したんだ」

沙希「え・・・」

八幡「それほど追い詰められてたってこった。決してお前だけが悩んでるわけじゃねえ」

沙希「・・・」

八幡「まずは、全部話せよ? 金がどうのこうのじゃねえ。家族なら最初っから話し合うべきだったんだよ」

八幡「こんなこと、いつまでもできるなんて思ってなかったんだろ」

沙希「・・・分かってた・・・ほんとは、無駄な足掻きだって。それでも」

八幡「家族に迷惑をかけたくないつもりが、結果的に心配させちまった、か」

不器用な奴だ。
そして、やさしい。
世の中を渡るには厳しい性格だと思う。

・・・だけど、嫌いじゃない





八幡「・・・ま、説教なんて柄じゃないし、後は自分で決着つけろ。これ以上は俺の立ち入る問題じゃないしな」

沙希「……うん」

あの、川崎さん? さっきから妙にしおらしいじゃないですか?
あれか、これが材木座の言ってたデレというやつか?
いや騙されんぞ! 女なんてみんな小悪魔だ!

八幡「じゃ、俺は帰るから。・・・ちゃんと話するんだぞ」

沙希「わかった・・・」



これで一件落着、か























「おい、いたぞ」

「ちょうどいい、あれで釣るか」








帰路についた俺は川崎と大志のことを考えていた。
あの二人はこれからどんな話をするのだろうか。
俺はあえてスカラシップのことは話さなかった。よーく考えれば導き出せる答えだからだ。

川崎が答えにたどり着けなかったのも、自分の中で勝手に完結してしまったからだろう。
俺の体のように、話すに話せない問題じゃあるまいし、真面目すぎるのも考え物だ。

八幡「話し合えば少しはましになるだろ」

思えば人生相談なんて初めてかもしれない。
ぶっちゃけ疲れた。こんなのは二度と簡便――――








パン!

パン!












川崎と別れた方から、どこかで聞いた音を拾った。










これは














銃声













八幡「……!!」

咄嗟に超視覚で来た道を辿る。

川崎と別れた場所から少したった所の曲がり角――――


手足から血を流した川崎が、車に連れ込まれて――――





八幡「!!」


カチッ



思考を超越して、体の中にあるスイッチを起動する



僅か一瞬のうちに、ジャケットを羽織った少年の姿が変わった。




ハイマンガン・スチールのボディに包まれた超音速の戦士




8幡(エイトマン)の姿がそこにあった。




ブン





キィィイィイイイイイイイイイイイン!!!





そして、高音と共にその姿がかき消える。





「これで奴が釣れるか?」

「さっきのあれ見てたろ、どう見てもお人好しだぜありゃ」

「いつつ・・・」

「くくっ、おい、こっぴどくやられてるじゃねえか」

「だってよこのアマ・・・生意気に空手なんか使うんだぜ?」



沙希「むーっ、むーっ」


「うるせえ! 静かにしろ!」

ゴスッ

沙希「むぐ・・・!」

「おい、殺すんじゃねえぞ? あくまであの爺さんの依頼なんだからな」

「殺したら人質の意味ないってか? 慎重だねえあのおっさん」



ダンッ!!




「・・・そら、おいでなすったぜ!」



ハイエースの上には、明らかに誰かが乗っていた。
そう、こんな芸当ができるのはただ一人・・・。




バキャッ!!



屋根を突き破り、鋼鉄の腕が姿を見せる。


「ちっ! 車止めろ!」







キキィッーーーーー!!


急ブレーキをかけたハイエースが屋根の上の何かを振り落とす。反動で前方に飛ばされた何かが車のライトに照らされた。


ギャリギャリギャリ!


片手をつき、両足でブレーキをかけながらそれは体勢を立て直す。

そして、ヘルメットに覆われた頭部の下の鋭い目がハイエースを突き刺した。



その時、車のウインドゥから重機関音が



――――ガガッガガッガガガッガガガ!!


次いで、川崎をさらった男たちが次々とドアから降りてくる。
どれも異様な姿だった。

ある者は腕が機関銃に

またある者は片足が鋼鉄の光を帯びていた。

「おい! いねえぞ!!」

「あんなのが当たるか! ミサイル使え!」

「おっしゃ!」



バシュッ!



男がかがむと、膝が展開され、中から弾頭が見えた。

発射されたミサイルは生きてるかのようにうねり、見えない何かを追跡する。



キイイイイイイイイィイイイイイイイイイイイン!!


しかし、なおも高音は止まらない。

男たちの周りを駆け巡るかのようにミサイルは飛ぶ

そして、その音を聞く者がもう一人


沙希(何……?)

沙希(何なの? この音・・・?)






やがて、追い切れなかったミサイルが推進剤を使い切り減速し、地面に着弾すると思われた瞬間。



ッキィン!

姿を見せたそれが天高くミサイルを蹴り上げた。



ドゴォオオオオオオオ!!!


爆風が夜空を焼き、炎が蹴り上げた者を赤く照らす。

どこまでも冷たい目をした8幡がそこに存在した。

「今だ!! やれ!」

「うぉおおおおおお!!!」

男たちが次々と機関銃を放つ。

しかし

8幡「……」

おもむろに右手をあげる。

瞬間。

バシュン!

「な、なんだ・・・?」

「弾はどこ行った・・・?」

8幡「・・・」

パラパラパラ……

右手を開くと同時に、機関銃の弾が零れ落ちた。
発射された弾丸を掴み取ったのだ。

「う、嘘だろ・・・!?」









そのままゆっくりと8幡は歩を進める。
まるで遮るものなどありはしないと言わんばかりに

「こ、のバケモノがああああああああ!!」

わめく男が機関銃を乱射するが、そのどれもが当たらない。
8幡は極めて冷静な思考で男たちを見る。

8幡(部分的なサイボーグ手術か・・・素手だとてこずるか)


――――8マンナイフ、展開


シャキン!


8幡の両腕の上腕部からハイマンガン・スチールのナイフが飛び出る。

そのまま一気に現在の8幡が出せる汎用速度、マッハ2.4で男たちの間を通り抜けた。




――――振るえ、その腕を。鋼鉄の腕を




「が・・・あ・・・!」

「なにが・・・?」

男たちは全ての武装部分を切り離されていた。
壊死を防ぐための潤滑剤が飛び散り、どれも苦痛に顔を歪ませる




8幡「おい、お前たちは何だ? 誰の差し金だ」

ぎりぎりと締め上げ、男の一人を睨みつける。

「まままままて、落ち着け! 俺たちは頼まれただけなんだ!」

8幡「・・・」

「た、大金積まれて頼まれたんだ、『あの機械の性能が知りたい』ってな。殺しても金は出すってえええええええ!?」

締め上げる手に更に力を入れる。

8幡「川崎は関係ないだろが」

「や、や、やるなら徹底的にやれっていわれたんだ! そうすりゃもっと性能のいいパーツを取り付けてくれる約束だった!」

8幡「・・・誰だ? そのイカレ野郎は」

「そ、それは・・・ぶっ!?」

8幡「!」

気づけば男の額に細い穴が開いていた。どうみても絶命している。

「ぐあっ!」

「がっ!?」

「ま、待て! 約束がちが……!?」


ブーーーーーーーーン……


8幡「なんだあれは・・・?」

見れば、宙に球状の物体が浮かんでいた。
耳障りな回転音を鳴らしているそれは夜の闇に吸い込まれるように消えた。





8幡「・・・」

気にはなるが、今は川崎の安否が第一だ。
停止したハイエースのドアを開けると、猿轡にロープで縛られた川崎の姿があった。


沙希「むぐ・・・? うう!?」

8幡「安心しろ、助けに来た」

ナイフでロープを切り、猿轡を外してやる。
息苦しかったのだろう、咽ながら涙目で俺の方を見てきた。

沙希「あ、あんた・・・?」

8幡「これに懲りたら夜はうろつくな」

沙希「ま、待ってよ!?」

8幡「・・・」

声をあげる川崎を無視して歩く。
さっきからサイレンの音が聞こえる。
警察に見つかると厄介だ。

沙希「な、名前!」

8幡「……」





8幡「8マン」



ブン





キィイイイイイイィイイイイイイイイン!









訳が分からなかった

怪しい男たちに拉致られて、本気で死ぬかと思った。

そんな自分を当然のように救った存在がいた

まるで風のように現れ、消え去った男、8マン

自分は夢でも見ているのだろうか。

漫画やテレビでしか見たことが無いヒーローが、まさか現実に・・・




沙希「・・・」










沙希「エイト、マン」







なぜか、この名を呟くだけで胸が熱くなった。









--




???「ふん、やはり屑に手を加えても所詮屑か」

???「それにしてもなんと素晴らしい性能か・・・! わざわざロシアからやって来たかいがある!」

???「アメリカの無能どもは誤魔化せてもこの私の目は誤魔化せんぞ! ヴァレリー!!」

???「さあ、もっとその性能を見させてもらうぞ! 8マン!!」

???「ハハハハハハハハハハハハ…………!」


不気味に笑う老人の周りを、球体が飛び回る。











--





数日後

海浜幕張駅を利用して着いたのは、よく聞く電子機器メーカーだった。

今日は職場見学の日、俺と戸塚、そして葉山。
それに便乗したその他大勢が一挙にこの場に集まった。

そこは社屋と研究施設ではなく、近隣に解放されたミュージアムも併設されていた。
そのミュージアムは全面ぐるりと取り囲んだスクリーンシアターがあるなど、アミューズメント性もばっちり兼ね備えた企業だった。

そして俺は先ほどからメカ系の展示にべったりになっていた。
こういう機会がうぉんうぉん動く様子を眺めてるとわくわくする。

八幡「・・・」

川崎は結局バイトをやめた。
大志にも親にもちゃんと話をして、こっぴどく怒られたらしい。
そしてスカラシップについて漸く気づいたらしく、顔を赤らめながら俺に感謝を言ってきた。



――――そして、あの夜のことは何もなかったかのようにふるまっていた。




これには俺も正直ビビった。
あんな薄い本展開に会ったらふつうは数日家に引きこもるレベルだ。
それなのに何事もなかったかのように学校に来て、更に心なしか物腰が柔らかくなった気がする。

「何か良いことでもあったのか」となんとなく聞いてみると・・・



沙希「別に? ただ、毎日通ってたらまた会えるかもしれないから」

八幡「・・・誰に?」



沙希「ヒーローにさ」










平塚「比企谷、ここに来ていたのか」

八幡「先生、見回りっすか?」

平塚「まあ、そんなところだ」





見回りと言ったが、平塚先生の視線は生徒たちの方を向いてはおらず、メカメカしい機械たちへと注がれていた。

平塚「ふう……日本の技術力はすごいな。……私が生きてるうちにガンダム作られるかなあ」

先生、今まさにあんたの目の前にアンドロイド・Vがいるんですけど。
何? なんで009じゃないかって? だってあれサイボーグじゃん。俺ロボットだし。

童心に帰っている先生を置いて次の展示品に行こうとしたところ


――――やけに人相の悪い初老の男性がいた。


???「ふん、くだらん」





???「この日本という国の人間は愚かだ」

???「折角の優れた技術を、こんな子供だましに使うとはな・・・」

???「君もそうは思わんかね?」

え?俺ですか?
他人から話しかけられるなんて滅多にないから気づかなかったぜ。

八幡「あー、でもこれはこれで世の中の役に立ってるわけでして・・・」

???「だから他国から舐められるのだよ。自国の安全すら碌に守れないで平和利用とは笑わせる」

八幡「・・・じゃあ、あなたは兵器が平和を作ると?」

???「ククッ・・・まぁ、否定はしないがね」

???「完全なる平和は完全なる力によって保たれる」

???「我が祖国ロシアも、そしてアメリカもそれを証明してきた。文字通り力によってな」

???「まあ、こんなものが作られる時代はもうすぐ終わる・・・」

???「もうすぐ世界は、より完全な力と技術によって管理されるのだ」

八幡「・・・あなた、外国から来たんですか?」

???「んん? おっといけない。自己紹介がまだだったね」






「私はナイト・デーモン」




「最高の兵器開発者だ」











――――この日から、俺の日常は急速に崩壊することになる

世界はあらゆる脅威に包まれていることを俺は知る。



狂科学者の機械兵

超大国の尖兵

人を弄ぶ機械

黒い蝶


そして、人を超えた人



知りたくなかった事実が俺に襲い掛かる

そう――――









俺の青春は鋼鉄色で、同時に血に塗られていた















第四話 了








以上で前章的なものは終わりっす

次から八幡いじめと言っても過言じゃないくらいのボスラッシュになる予定です。

やっぱり8マンのヴィランは良いキャラばっかだなあ






――――先日、米国国防総省が世界初の戦闘ロボットによる軍隊の設立を発表しました。

――――今、カメラにロボットが映ってます! ここからだとよく見えませんが十体ほどでしょうか?

――――ロボットの導入により紛争地域での活動がより安全に行えるとのことです。

――――また、地雷やテロなどにより身体を欠損した兵士に対するサイボーグ手術も盛んにおこなわれ――――





八幡「・・・」



小町「お兄ちゃん、テレビにかじりついてどしたの?」


八幡「んー? ああ・・・」

夏休みも目前に迫ったある日の朝、いつものようにマッ缶の補給から始まる俺のブレックファーストに飛び込んできたのは、アメリカの物騒な発表だった。

八幡(これ、やっぱり博士と関係あるのかねぇ?)

自分の命の恩人である白髪白髭の老人の姿が頭に浮かぶ


――――科学技術は戦争兵器の奴隷であってはならない


一年ほど前に老人が怒りとともに言い放った言葉を今でも鮮明に覚えている。
それは科学に携わる者の心からの願いであり、血の叫びでもあった。


――――より強い力が平和を作る


そして、何故かふと、職場見学で会った初老の科学者の言葉も思い出した。
まるで当然のように言うその顔は、言い知れぬ悪意と底意地の悪さ――――


そして、科学・・・いや、兵器に対する異常な好奇心を感じた。


八幡「なーんかやな予感がすんだよな・・・」






第五話 The Power Of 7









小町「お兄ちゃんってさー、夏休みに誰かと遊ぶ予定とかある?」

八幡「お前解ってて聞いてるなら相当性格悪いぞ・・・」

小町「えー、でも最近は雪乃さんや結衣さんとかと仲良くなってるじゃん」

仲良くって、俺が、あいつらと?
小町よ、おまえの目は節穴だぞ。俺とあいつらはあくまで同じ部活の部員で、友達とかそういう生ぬるい関係じゃない。

小町「そんなこと言っちゃってー。ほんとはどっちがタイプなの? 小町的にはしっかり者の雪乃さんなら安心してごみいちゃんを任せられるけどー、結衣さんみたいな尽くすタイプもなかなか・・・」

八幡「ねーよ、少なくともあいつらにそんな気持ちは」

あの雪ノ下に限ってそれはない。
由比ヶ浜は・・・

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

あれ、あいつも何考えてるかわかんねえや

そういえばあいつ、なんで俺と普通に喋ってるんだっけ?

事故を抜いての初登校でマッ缶貰った位の付き合いだぞ俺たち。

小町「・・・お兄ちゃんもしかしてまだ気づいてなかったりする?」

八幡「・・・何が」

小町「結衣さんってほら、例のお菓子の人だよ」

おかしなひと?

そりゃあいつ馬鹿で単細胞でそのくせへたれだけど

小町「ちがう! ばか! お兄ちゃんが事故った時の!」

小町「あの時の犬の飼い主が結衣さん!」

八幡「ああ、そうなのか」




・・・




八幡「・・・え?」


マジ?






八幡「おい、お前それ何で知って。つーかお菓子って何?」

小町「お兄ちゃんが入院してる間に家に菓子折り持ってきてくれたんだよ」

八幡「そーいうことはちゃんとだな・・・って俺、菓子食ってないんですけど」

最も、その時点ではもう菓子なんか食う必要もなくなってるが、それでも目前の小悪魔がしでかしたことは腑に落ちない。
い、いや、そんなことはすっごくどうでもいい
それより問題なのは



八幡(俺は、あいつが原因で)





死んだってのか・・・?




小町「でもさー、よかったよね。骨折ったおかげで結衣さんみたいな可愛い人と知り合えたんだから」

八幡「・・・」

小町「お兄ちゃん? どしたの?」




八幡「――――あー、そうだな・・・」

骨どころか命まで折ってる

本来なら怒っても良い筈だ

良い筈なのに



――――何も思い浮かばない








奉仕部




結衣「それでね! 歴史の点が前より上がったんだよ! やっぱりゆきのんと一緒に勉強したからかな?」

八幡「ふぅん」

結衣「次のテスト期間の時はヒッキーも誘ってあげるから一緒にやろ?」

八幡「うん」

結衣「・・・んんっ! あともうすぐ夏休みだけどヒッキーって時間空いてる?」

八幡「うん」

雪乃「・・・」

結衣「・・・」

八幡「・・・」

結衣「ねぇ、ヒッキー話聞いてた!?」

八幡「んぁ?」

雪乃「由比ヶ浜さん、この男は最初っから生返事よ」

結衣「だよね!? ヒッキーひどい!! なんか今日変だよ!!」

八幡「ん」

結衣「ん、じゃない! ヒッキーのばか!」つ消しゴム

ぶん!

八幡「・・・」二指真空把パシリ

結衣「んな・・・」

雪乃「とぼけた顔してとんでもない事するわねあなた・・・」







結衣「ねぇ、ヒッキー」

八幡「・・・」

結衣「ねえったら!」

由比ヶ浜が俺の腕に手を伸ばす。
袖に触れる寸前まで迫った指を、俺は・・・

八幡「・・・やめろよ」

やんわりと、しかしはっきりと遮った。

結衣「――――っ!」

一瞬、由比ヶ浜は信じられないような表情をした後、くしゃりと泣きそうな顔になる。
その顔を見て俺は後悔した。なにやってんだ一体。

八幡「あ・・・」

結衣「・・・ごめん」

先に謝罪したのは由比ヶ浜だった。
違う、謝んなきゃならないのは、俺の方で――――

八幡「その、由比ヶ浜」

結衣「・・・帰るね」

由比ヶ浜はそのまま奉仕部を後にした。
俺はぼうっとしながらその後姿を見ていた。
なんであんな態度をとったのだろうか。


――――本当は分かっている。


自分の死の原因が身近にあることがどうにもピンとこない。
由比ヶ浜とどんな顔をして、どういう風に接すればいいかわからない。
だから目を逸らし、近くに来られることを拒んだ。

雪乃「あなた、今日はどうしたの?」

八幡「別に」

雪乃「由比ヶ浜さんとなにかあったの?」

八幡「別に」

雪乃「・・・会話する気がないのはわかったけれど、そのままの態度は癇に障るわね」

八幡「あそ」



雪乃「・・・」イラ



雪乃「重症ね・・・ここまで適当に返されたのは初めてだわ」

雪乃「今日は終わりにするわ。帰ってもいいわよ。というより帰りなさい」

八幡「ん」






鞄を持ち上げて奉仕部の戸を開く。
西日の眩しい色に染まった廊下が眼前に映り、思わず顔を顰める。
半ば追い出される形で出てきてしまったが、さて、これからどうしようか・・・。

・・・謝るべきなんだろうな

元々自分から犬を助けに入って轢かれたのだ。
死んだっておかしくなかったのに飛び込んだのだ。
完全に自業自得じゃないか。
それなのに今更誰かのせいにしようとしている。

情けない

八幡「明日・・・そうだ明日だ。明日謝ろう」

うん、それがいい。
ケータイとかあるけどこういう時どんな文章を送ればいいかわからん。
間違って変なこと書きそうだし。

明日全部謝ろう

謝って、それですっぱり終わりにしよう。

それが一番良い筈だ

一番――――



「・・・」




八幡「ん?」


角を曲がると、廊下の奥に規格外の制服を着た大柄な男子生徒がいた。

その体はざい・・・財・・・?
財津・・・?を優に上回り、それでいて無駄のないがっしりとした体格をしている。






八幡(でかいな・・・二メートルくらいあるんじゃないか?)

あれほどの巨体ならものすごく目立つ筈だが、見たことがない。
あんな奴学校にいたっけか・・・?

男子生徒は廊下の奥でジッとこちらを見ている。
まるで巨木のようにぴくりとも動かず

その生気の無い顔で




「・・・восемь・・・」




八幡「――――!!」



瞬間、男子生徒の姿が“消えた”

そして、俺の腹部に恐ろしいまでの衝撃が走る。


「・・・」

八幡「が・・・!?」


腹に手が“突き刺さってる”

並みの人間ならその一撃で貫かれ絶命していただろう。
俺が耐えられたのはこの体を包むハイマンガン・スチールの恩恵に他ならない。


――――それよりも聞き捨てならない言葉を目の前の“怪物”は発した
















――――восемь














――――ロシア語で“8番目”を意味する――――












八幡「・・・っ! なんだ、お前・・・!」

ギシリと軋む腹に突き刺さる手を掴みながら睨みつける。
まるで鉄筋に触れたような感触。
握る手に思わず力が入る。
この時点で俺の握力は100㎏を超えている筈だ。
しかし、この怪物は変わらず生気の無い目でこちらを見続ける。

八幡「なんとか・・・言えっ!!」

右の手刀が怪物の左側頭部にぶち当たる。
手加減なしの一撃は成人男性の頭をスイカのように破壊する威力を持っている。

当然、まともに食らえば例えボーリングの球だろうと容易に破壊できるそれを――――


「・・・」


奴は平然と受け止めていた



八幡「嘘だろ・・・」



機械の体に、嫌な汗をかいたと錯覚した。






「восемь(8番目)・・・」






「――――Уничтожить(破壊する)」




まるで映画の場面が切り替わるかのように



怪物がその本性を現した。






そいつは一言でいうなら「無骨」だった。

自分の変身体とは違う、強靭な手足を持った巨体

血のように真っ赤な胸部装甲

8マンがスポーツカーならこいつは装甲車だ

だが、根っこの部分では俺と同じ――――



血の通わない機械



八幡「・・・!!」


思考よりも速く行動を起こす。
奴から飛び退き、距離を開けるとともに
一瞬の内に音速に到達する。

俺の姿が先程の奴のようにかき消える。

そして、姿を見せる頃には――――




8幡「・・・」




“変身”を終えた8マンの姿がそこにあった








8幡「・・・」


思わず変身してしまったものの、ここは校舎の中。
下手に暴れればそれこそ被害が――――


「――――」

ブォン!!


8幡「――――うおっ!?」

いきなり殴りかかってきやがった!?

「――――」

奴は無表情のまま次々と攻撃を仕掛ける。
どれも大振りだが、空を切る音がただならぬ威力を表している。

俺は必死に避け続けるが、そのうちジャブを交えたショートレンジに切り替えてきた。


8幡(間に合わねえ――――!!)


避けたところに蹴撃が襲い掛かる。

咄嗟に腕をクロスさせガードを試みるが――――


8幡「ぶ、ぐおっ!!」


ガードを突き破り、蹴りが顔面に直撃する。
――――電子頭脳に警報が鳴る


危険危険危険危険危険危険危険


8幡(ま、ずい。一旦距離を――――)


一撃で最もガードの堅い頭部に亀裂が入った。

即ち、奴の攻撃は俺を破壊できる威力を持っている事になる。
加速装置を使い、一気に奴との距離を取ろうとするが――――!






――――奴が俺に並走してきた


8幡「な・・・」

失念していた。俺と同じ力、加速装置。

気づいた時には遅かった。
万力のような腕が俺の腕を“掴む”

ギリ、という嫌な音が聞こえたのは最初だけだった。

そのうちブチブチと音を立て、奴は俺の腕を紙のように“引き千切った”



8幡「があああああ」



加速中に急激にバランスを崩した俺は滑るように廊下に倒れこんだ。
摩擦熱がハイマンガン・スチールを焼き、火花が散る。

なんとか左手をついて立て直すと同時に目の前を見る。



――――俺の腕を無造作に持ち、冷たい、機械の両目で見つめる奴の姿。



8幡「ぐ・・・」



まずい




――――ぶっ壊される




























「どうだ8マン。007の力は」






急に、どこかで聞いたような声が聞こえた。


ちょっと飯食ってきます

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月14日 (月) 08:33:23   ID: Zhn7q3GU

サイボーグブルースもオススメだぜ!
昭和の時代が懐かしい…

2 :  SS好きの774さん   2016年03月19日 (土) 17:06:32   ID: nvQBQTL7

格好良すぎるぜ!

3 :  SS好きの774さん   2016年03月19日 (土) 22:58:41   ID: JU-tHyJJ

ちなみに原作者の平井和正氏によると8マンに人間としての連続した自意識があるのでロボットではなくサイボーグの一種とのこと。この辺の定義は人間とは何かの哲学的な領域ですね。
昭和40年位の作品ですが良くできた作品です。

4 :  SS好きの774さん   2016年03月19日 (土) 23:18:54   ID: JU-tHyJJ

人間としての八幡の理解者、守護者に<東 八郎>がいたら最高!
いっそ平塚のかわりに奉仕部顧問になって欲しいな。

5 :  SS好きの774さん   2016年03月28日 (月) 10:09:09   ID: MI7xcnGn

狂喜乱舞しつつ、リアルタイムでアニメを見た爺さんじゃよ。
懐かしくてナミダちょちょ切れそうだよ。

駆けて胸を張れ 鋼鉄の胸を~

テレビと一緒に歌ったよ、兄と一緒に。

6 :  SS好きの774さん   2016年04月06日 (水) 23:45:19   ID: rEhn3iOO

サキサキがサチコさんポジか?
ついついエイトマンで考えてしまう。あたしもリアルで見た爺さんだよ!

7 :  SS好きの774さん   2016年04月07日 (木) 08:31:28   ID: LZoLPj13

鳥肌たってます!期待!!!

8 :  SS好きの774さん   2016年04月17日 (日) 03:16:05   ID: Be39tn-Z

エイトマン知らないけどなんか面白い

9 :  SS好きの774さん   2016年05月16日 (月) 20:36:18   ID: 5iYb9J7f

いや、殺人してますやん雪ノ下家…

10 :  SS好きの774さん   2016年06月16日 (木) 09:34:05   ID: SHT0_Jaw

完結してよね!
待ってるんだからね!?

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