綾乃「恩人が分かんない稚内なのよ」 (33)

※ 注意
あか綾?
地の文多め
あかり持ち上げ気味
気分を害したらスイマセン

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杉浦綾乃はいつもの廊下を歩いていた

しかし、彼女にはある危機が訪れていた

(まずい…頭が)

一歩ずつ足取りは重くなっていく

(こんなところで倒れるわけには…誰か)

視界は刻一刻と暗闇に包まれていく

原因は分かっていた

(熱中症…)

ついに、彼女は膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた

彼女の視界には天井が

遥か彼方から足音がしている

誰かの声が彼女を呼んでいたが、

その声が誰かだと判別するにはあまりに意識が朦朧とし過ぎていた

幼少の頃の思い出は、杉浦綾乃という少女にとっては、良いものではなかったかもしれない

(いつも一人だった)

彼女の記憶には家族以外の他者が存在していなかった

別に体が弱かったわけでもない

(勇気がなかっただけ)

彼女は少し勇気が足りない子供だった

それはいまでも同じなのだろう

歳納京子への慕情も

池田千歳への感謝も

言葉で言い表すべき事柄を、彼女は本人に言えないでいた

(そして、私は死ぬのね)

千歳に声をかけてもらった日

歳納京子に出会った日

生徒会に参加した日

その全てが頭の中で流れるように思い出されていた

(これが、走馬燈…)

「…だい…です…」

「しん…な。あとは…」

「…」

「お…しま…」

声が聞こえる

足音は遠ざかる

重い瞼を開いて声の主を捜した

「…!」

「どうした、松本…お、目覚めたみたいだな」

白衣で長身の先生と、少し小さい黒髪の女子生徒がベットのそばにいた

「西垣先生?それに会長も…」

ここは、保健室らしい。独特な匂いがした

「いきなり倒れたそうじゃないか。大丈夫か、体にけがは?」

一応、自分の体を触れたり見たりして確かめてみたが、異常はない様だ

「大丈夫…みたいです」

「そうか、大事を取って少し休むんだな。軽度の熱中症だと」

「…」

と言って、二人は私に手を振って出て行った

「ありがとうございます…」

とつぶやきながら私は膝を抱えた

(失敗した)

私はしでかしてしまった

自己管理・健康管理すらできていなかった

(ここで、これ以上休んでいるわけにもいかない)

すでに足が動いていた

生徒会室への道のりの中で彼女は考えていた

(私を運んでくれた人は誰なのだろう)

その考えが、彼女の意識の閾でもたげていたのである

(西垣先生に訊くべきだった…)

またしても、彼女は自分の中に失敗を溜めこむ

鬱屈した自らに向いた感情だ

(誰かに聞くわけにもいかないし…どうしよう)

恩人の顔も名前も分からない

誰かに聞くわけにもいかない、

それは、彼女の性格に起因した性質と言ってもよかった

腹を割って話せる千歳ならまだしも、

ごらく部の中に自然にそういう話を出来る関係の人物はまだいない

彼女の対人における消極的な態度が、より聞き出すことを困難としていた

生徒会室に戻る

千歳は家庭の事情でさっきの時点ですでにいなかったが、1年生の二人も、

私が生徒会室を出るときに帰った

今は彼女一人だけの生徒会室である

そんな時に綾乃は気が付いた

(しまった。歳納京子のプリント回収するの忘れてた…)

今度は間違いを犯さぬように、水を飲んでからごらく部に向かった

「歳納京子ーッ!!」

ごらく部の障子を両方開きながら綾乃は叫ぶ

恥ずかしくても勇気を出さなければこの役職は務まらないと彼女は思う

「来たか!ちょっちまっち」

後転をしてバックを取る京子はすかさず中からプリントを見つけてでんぐり返しをして帰ってきた

「京子。ちゃんとあるなら、なんで教室にいるうちに渡さないんだよ」

船見結衣が京子を諭す。が、彼女は歯牙にもかけないようにこう言い放った

「それじゃあ、つまんないだろう。こうでもしないと綾乃来ないし」

(まるでそれじゃあ私が…)

言葉尻を捕えようとも考えたが、敢えて言わなかった。いや、言えなかった

「悪かったわね、堅物で」

プリントをふんだくりながらも綾乃はプリントを"忘れて"くれることを感謝した

「そういや、熱中症は大丈夫だったか。綾乃」

彼女はこの言葉に立ちすくんでしまった。知っていたのか、私の醜態をとすら思った

「大丈夫よ、何でもないわ」

心配はかけたくない。その人を思えばより、そう答えてしまうものだ。彼女は少しまだ、熱中症の余韻というべきものが残っていた

「私がいたら看病したのに」

京子は凛とした表情で綾乃に言った。その視線のせいで綾乃の顔は赤くなった

「そんなこと言って、その間にプリンを盗み食いするつもりだったんだろう?」

結衣は京子にツッコむ。結衣にはお見通しだった

「げぇ、結衣なんで分かった!?」

綾乃はそんな二人のやりとりを羨ましくも寂しく見ながらあることに気が付いた

「へぇ、じゃあ歳納京子じゃなかったのね、私を助けてくれたのは」

歳納京子が恩人ではないのがだいぶ残念なことに思える。しかし、そこが問題じゃないと言えばない

「うん。私はずっといたぞここに」

綾乃の言葉に京子がうなづいた

「じゃあ、もしかして綾乃、助けてくれた人が分からないんだ?」

結衣が綾乃に訊く

「お礼の一つでもしなくちゃとは思うんだけど、顔も見てないし声もいまいち…」

綾乃は必死に思い出そうとしても何一つ思い出せるものがない

「しまったなぁ、私だって名乗り出たらあんなことやこんなことできたかもしれないのか…」

京子は非常に残念そうにうつむいた。すかさず結衣が

「おいコラ、何をしようと思ったんだ何を」

とツッコむ。京子はその妄想に浸ってなのか顔を赤らめていた

「たまには、千歳の妄想に乗ってあげるっていうのもいいんじゃないか。ねぇ、あ・や・の?」

普段の綾乃にとっては悪魔の囁きだったかもしれない。しかし、もう一つの問題で頭を抱えている綾乃にとっては、そんなことにすら気が付かないほど考え込ん
でいた

「しないわよ。あんなことやこんなことなんて。邪魔したわね、二人とも」

もうすぐ、下校時間になる

一人で帰るのは随分久し振りかもしれない。ほぼ毎日千歳と一緒に帰っていたから
結局、私を救ってくれた人は誰なのだろうか。あの様子では、船見さんではないだろう。歳納京子が何かを隠しているというのも考えにくい
本当にただの善意で、見知らぬ人に助けられたと考えるのも間違えではなさそうだ
こうなる前に、西垣先生に訊いておくべきだったか、少し後悔している

「綾乃ちゃんが倒れるなんて珍しいなぁ」

千歳が最初聞いた時にはひどく驚いた。自分がいないときに限ってこんなことが起きるなんてと

「それよりも助けた人が分からな稚内なのよ」

綾乃は一夜明けて普通の感覚に戻っていた。だからこそ、彼女はこうやってダジャレを言うことも出来ている。遠巻きに聞いていた結衣が吹き出す

「そんなら、西垣先生に訊いてみた方が早いと思うわ」

千歳の案に賛成しかねるが、それが一番早いだろう

「そ、そうよね…」

そうして、授業終わりに西垣先生に訊いてみることにしたのだが…

「すまん、忘れた」

その理由が見てわかる。西垣先生の髪の一部が黒くなっており、嫌なにおいもしている

「…」

松本会長が綾乃を見ていた

「…どうされたんですか、会長」

綾乃はどうにも松本会長の訝しげな視線が気になる

「爆発の衝撃で記憶喪失になったらしい」

どうりで不思議の国アリスのような感じを受けると綾乃は思った

「…早く戻してあげてください」

元々、小動物にも似た松本会長はより、可愛らしく思えてしまう

「そういう私も、中学生の頃に戻っているんだ…」

この発言には綾乃の心は動かなかった

「自業自得じゃないんですか、それ」

そう言い放つと西垣先生は悲しげに言った

「嘘だ」

その声を聞いて安心して綾乃は

「…お大事に」

という言葉をもって、二人だけの理科室を去っていった

「どうやった、綾乃ちゃん」

綾乃は生徒会室に帰って一番に千歳に聞かれた

「ダメだった」

甲斐性なしといった感じで首を振る

「どうしたんですか、杉浦先輩」

1年生の生徒会大室櫻子と古谷向日葵が話を聞いていた

「私を助けてくれた人が分からないのよ」

藁をもすがる思いで訊いてみることがした。…あまり頼りにはしていないけれども

「そんなの気にしないでいいじゃないんですか」

そうだった、彼女はこういう性分だったと、訊いたことを後悔する

「櫻子、貴方はそんなことを言ってるから…」

向日葵は櫻子を呆れた目線で見ていた

「まあ、分からないと気になるっていうのはあるけど…」

櫻子は腕を組み始めたのを向日葵がみっともないと注意した

「でも、知っている人の中では相当数絞れたのではありませんか?」

長考した後に、向日葵が口を開く、それに対して千歳が

「そうやなぁ、歳納さん・船見さん・千鶴・大室さん・古谷さん・会長さん・西垣先生でもないんやったら、訊くべき人は限られているんと違う?」

という。だが、綾乃にはすっかり思い当たる人物はいないようだった

「ええ!?でも、あの二人って、杉浦先輩と交友関係ないよね」

思い浮かべてもその人物が浮かばない綾乃は疑問符が頭の中を駆けまわる

「失礼ですわよ、櫻子。しかも、交友関係がなくても人が倒れてたら助けると思いますわよ、あの二人」

思わず向日葵が櫻子の頭を叩く

「そうだ、向日葵。いいこと思いついた」

叩かれた衝撃が原因か不明だが、櫻子の頭には電球が灯っていた

「あなたの発案したものでこれまで良い思いをした記憶はないですわね…」

向日葵は良く知っていた。笑顔で櫻子が発案したものにはろくなものがないことを。そして、それは大概、誰かを巻き込むものだということを…

再び、あの廊下で綾乃は待っていた。廊下の柱の陰には三人の影

(本当にうまくいきますの?これ)

向日葵が訝し気に櫻子に聞く

(うまくいくって)

それに対して、囁き声で櫻子が応えた

(綾乃ちゃん頑張るやで)

一方、千歳は陰ながら、綾乃にエールを送っていた

『もう一度、同じ場所で倒れてみるんですよ、同じ場所で』

数十分前の櫻子の言葉を思い出しながらも綾乃は床に寝そべってみた

(うう…。他の人に見られたらどうしようか)

そんな不安が綾乃の頭の中に溢れていた

しかし、そんな不安も吹き飛ぶように数分も待たずに足音が近づいて、止まった

「だ、大丈夫ですか?」

第一声が甲高い声の少女だった

「この人って確か!?」

第二声はすこし落ち着いた声の持ち主のようだったが、綾乃からは見えない

「杉浦先輩だよぉ」

もしやこの話し方はと、綾乃にはピンと来た

「保健の先生呼んでくる」

駆け足でもう一人の少女だ離れていく

(ちょっと…大惨事じゃない)

綾乃の心臓が少し早く拍を打ち始めた。謎の汗もかいている

(あの人たちって…)

柱の陰で様子を窺っている3人も誰だか見当がついたようだった

(あかりちゃんとちなつちゃんだよね)

櫻子が口にする。間違えない

(ということはやっぱり?)

千歳は推論を立てた

(この二人がかりで運んだってことかしら…?)

向日葵が口に出す。きっと、前回も二人で運んだのだろう

「杉浦先輩…恥ずかしいと思いますけど、ごめんなさい」

しかし、結果は違った。赤座あかりは軽々と杉浦綾乃をお姫様抱っこして歩き始めた。あまりのことにあかり以外にその場にいた全員が凍り付く

(ええええ!!)

心の中で全力で叫ぶ綾乃。年下の女の子に一人で軽々持ち上げられているという現実に真実味がなくただただ驚くだけだった。さすがに綾乃が軽いとしても相当
な重量を持ち上げていることになる

(あかりちゃん…すごい力だね)

櫻子は感嘆としてその事実を迎えていた

(赤座さん、杉浦先輩を軽々と…)

向日葵は綾乃と同様にあかりに対して驚いた

(お姫様抱っこしてもうたわ…これは思わぬ眼福やね)

千歳は別の意味で興奮していた…

「…あの、赤座さん」

我に返った綾乃はこのままではまた、保健室のベットに寝かされてしまうことに気が付き、すかさず声を出して目を開けた

「あっ!気が付きました?杉浦先輩。これ、何本に見えます?」

綾乃の目に映ったのは、綾乃の体を気遣う後輩の眼差しだった。…そして、指をかざしている

「…5本」

重大に思われているという事実をひしひしと感じながら指の本数を数えた

「よかった…気が付いて」

胸を撫で下ろすように一息ついたあかりは、そのまま保健室を目指そうとしているので綾乃が静止した

「…降ろしてもらえるかしら」

少し照れながらも降ろしてくれるように頼んでみた

「でも、一応のために保健室に行った方が…」

それでもなお、あかりは進もうとしたので綾乃は柱の方を見た。その視線を感じて櫻子たちは躍り出た

「あかりちゃん。ごめん」

両手を顔の前で合わせながらまず、櫻子が出た

「あれ!?櫻子ちゃん?」

あかりは驚いた

「これにはいろいろありまして…」

小さな声で喋りながら次に、向日葵が出た

「向日葵ちゃんも!?」

あかりは驚いた

「ちょっと、吉川さんに説明してくるわー!!」

叫びながら最後に、千歳が駆け出た

「池田先輩までぇぇ!?」

あかりは驚いた

とりあえず、降ろしてもらってから綾乃はあかりに今回のことについて説明した

「もしかして、この前も私を助けてくれたのって…」

少し目を伏せながら人差し指を合わせながら訊く。少し照れている

「えーと、あかりです」

あかりも恥ずかしそうに、後ろで手を組んでいた

「やっぱり…」

本当は頭を抱えたくなっていた

「言おうかと思ったんですけど、いろいろ恥ずかしくって」

その言葉で気が付いた、恥ずかしがっていたのは自分だけではなかったと

「あなたは人を救ったのよ、もっと自信をもちなさい」

もう、綾乃は生徒会としての自分を取り戻していた

「でも、鍛えてたのばれるのが、一番恥ずかしかったんです」

制服の袖の下から少したくましい腕が見えていた。あかりはその腕で誰かを守れる日を、助けられる日を待っていた。そのために家族に隠れて友達に知られないように日々筋トレとウェイトを欠かさなかった。綾乃が倒れていたあの日。このために私は生まれてきたのだと信じたほどだった

「ありがとう。下手すると私、死んでたみたいよ」

やっと言えた。心の中で溜まっていたもやもやを一つ解消できた。そして、彼女への、あかりへの信頼感も生まれていた。ある暑い夏。綾乃には親友が一人増えた

「ねぇ、赤座さん。一つお願いがあるんだけど」

別れ際に綾乃は一つ願望を抱いた。それは今日、見つけた恩人への願いだ

「下の名前で呼んでくれますか。杉浦先輩」

あかりは、名字で呼ばれるのはあまり好きではなかった。姉と比べられているように無意識で感じてしまうのだろう…

「だったら、あかりも下の名前で呼んでくれるかしら」

あかりの願いに願いで返す

「良いですよ。綾乃先輩」



「私のお願いはね、あかり…」



綾乃は再び、あかりの腕の中にいた…

-END-

エピローグ:

七森中ではたくさんの出会いがある。下の階の廊下を別の教室から西垣奈々が見下ろしていた

「…!」

流石にアレはヤバかったと記憶を取り戻した松本りせが奈々に抗議する

「そう怒るなって。たかが、エアコンの暖房をつけただけだろう」

少しりせに視線を合わせて、再び下の階を見下ろす

「…!」

杉浦さんの弱みを握ってあんなことやこんなことしようなんてひどいとりせが再び抗議する

「確かに教員がやるべきじゃなかったかもしれんな。すまん…だがな、お前といいことするためにな…」

その言葉に、りせは押し黙って奈々と共に下の階を見た

「いいなぁ、私もあかりちゃんにだっこされたいな…」

傍から二人を見ている櫻子が指をくわえて見ている

「なかなか、抱っこされる機会なんてないですものね…。私も頼んでみたいですわね…」

物憂げに二人を櫻子の横に並んで向日葵も見ていた

「向日葵は私がだっこしてやるからそれで我慢しろぉ!」

櫻子が癇癪を起す

「な、なんで私はあかりちゃんに抱っこされてはいけませんの!?」

二人を遠巻きに見ている二人をさらに遠巻きに見ている4人がいるのも知らずに二人は騒ぎ続けた

(綾乃ちゃんの新しい組み合わせが生まれてきてしまいそうやけど…絶対に私は綾京・京綾を応援するんや!)

千歳は新しい決意と共に綾乃を見ていた

(あかりが今、綾乃持ってたよね!?)

京子は正直、あかりの筋力に驚いた。あかりはそんなに力が無いと信じていたからこそ驚いた

(鍛えてるのか…感心するな)

結衣はあかりを見直していた。かつて、京子を守った同志として友人として誰かを守るために体を鍛えている彼女を見ていた

(あかりちゃん…カッコいいかも…)

ちなつは、あかりにいつか結衣に重ねた白馬の王子様を重ねてみた。まだ、結衣には遠く及ばないが、候補ぐらいには上がるかの知れないと密かにその想いを心に秘めていた

-本当にEND-

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