暁美ほむらと、もう一人の時間遡行者 (576)


その少女は、降りしきる雨の中、黒猫を抱いてそこに居た。



「暁美ほむら、君を救いに来た」





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目覚めた先は、もう何度目かも覚えていない病院のベッドの上。

時間遡行を行なった私、暁美ほむらは、時間の移動とまた救えなかったという思いに揺れ、暫くそこで横たわっていた。


私は本当に、まどかを救えるの……?


弱気な考えが浮かび上がり、それを振り払う様に飛び起きて直ぐ様ベッドから抜け出す。

こんな事を考えたのは弱かった自分がずっと寝ていたこの場所のせいだと押し付け、病室を出る事にした。


トイレに入って、周囲に誰も居ないことを確認してソウルジェムを取り出す。
見られても構わないけれど、見られないに越したことはない。


眼鏡を外し、髪をほどき、変身した私は内気な暁美ほむらを払拭して深く息を吐いた。


何度ループしようと、この儀式をしなければ気持ちが切り替わらない。

この時間軸の暁美ほむらはこの瞬間から、魔法少女暁美ほむらとなった。


私は前のループでもワルプルギスの夜を越えられず、鹿目まどかは契約してしまった。

それも、他の三人の少女達を救った上での事だ。


ほぼ手詰まりでかなり絶望的な状況だったが、最初のまどかとの約束と思い出を胸に決意を固める。

必要なのは、強固な意思。
感情と己を捨て去り、ただまどかを守る事のみを考える。


認めたくはないが、私のソウルジェムはそうでもしなければ直ぐ様濁っていく様になっていた。


私の精神は、果ての見えぬループによって限界に近付いていた。



今日は退院日。

折角退院するというのに、空はどんよりと曇り、今にも雨が降りだしそうで。
始まりがこれというのは、些か気が重くなった。


身軽な身体になると、病院を出てまず最初にすべき事へと向かう。


黒猫のエイミー。
ただの子猫を救うために、あの子はあっさりと契約してしまう。

故にループして最初に行うのはこの猫の保護。


何時もエイミーが居る場所に着く頃には、雨が降りだしていた。
……傘を買っておくんだったわ。


降りしきる雨の中、建物の影で蠢いた人影に立ち止まる。

ここに人が居るというのは、私の記憶が正しければ今までのループでは一度もない。


もしかして、まどか?


私に気付いたのか、暗がりから姿を見せた人影は期待した人物ではなく、初めて出会う少女。

その腕に黒猫を抱き、雨に濡れるのも気にせずに穏やかな笑みを浮かべた少女はゆっくりと口を開き言った。


「暁美ほむら、君を救いに来た」



私を知っている?


今までのループでも遭遇した事の無いイレギュラーに対して、直ぐ様警戒体制に入る。


穏やかな笑みを浮かべる少女。
よく見ればそれがただの作り笑顔なのが分かった。
私もそうする事が多いから、分かった。


透き通る様な白い肌に黒の瞳、そしてその腰まで届きそうな長い髪は基本は白いのに毛先の方は淡い桃色になっている。
背丈は多分私より少し高い程度。
顔立ちや肌の感じは、日本人というよりは別の国の人というほうがしっくりくる。


「あなたは何者なの?」


率直な疑問を投げ掛けると、貼り付けられた少女の笑みが崩れていった。
どうやら作り笑顔は慣れていないらしい。


「そうだね。僕は数万年先の未来からやってきた、君と同じ時間遡行者だよ」



何万年も先。

些か斜め上過ぎる返答。

この一ヶ月をひたすらに繰り返してきた私ではその一ヶ月の先すら考えるのが難しいというのに、更に自分が死んでから遥か後の事となると何の想像も出来なかった。


「何故、見滝原に?」

「一ヶ月後、魔女となった鹿目まどかは一瞬で地球上の全ての生命を消し去る。

唯一生き残った魔法少女達が、総員で討伐に向かったけれど返り討ちにあい、辛うじて残った者達も皆絶望して魔女になった。そうして地球は滅んでいった」


まどかの魔女が、地球を終わらせるのは幾度となく見てきた。

そして、私の願いがまどかの因果を複雑なものにして、それを生み出した事も知っている。

初めてそれを悟った時には、絶望してこの旅路を終えようかとも考えたが、それが何になるというのかと思い直し今日に至る。



「……それなら、あなたは何処から来たの?」


不意に、そんな疑問が浮かんだ。

自然と口から出てきた疑問ではあったが、一度言葉にすると尤もな疑問だ。


その問いに少女は微かな迷いを見せたが、直ぐに諦めた様な顔で答えた。


「僕は、地球とは違う他の星から来たんだ」


……まあ、インキュベーターなんかも居るのだし、宇宙人が居てもおかしくはない、か。


「じゃあ、宇宙船とかもあったりするのかしら?」

「残念ながら、僕は願いの効果によって地球までやって来たからね。宇宙船とかそういった類いのものはないよ」

「それは少し残念ね。いっそまどかを連れて宇宙に逃げるのも悪くないと思ったのに」



「話を続けるよ。……その後最悪の魔女は地球だけに止まらず、宇宙を狙った。決死の抵抗も虚しく、魔女は全ての生命を絶やし、宇宙を漂う唯一の存在となった。

そして……この時間軸では、君は遡行する前に鹿目まどかの魔女化と同時に死んでしまうんだよ」


異星人の少女から告げられた言葉は、軽く考えていた私を強く揺さぶった。

自分の死に動揺したなんて事は一切ない、とは言い切れないけど、そんな事よりも、まどかが宇宙を、全てを滅ぼす事を想像して身震いした。


私はいつもループすればいいと思って、感覚が麻痺していたのかもしれない。


地球だけでなく宇宙までも滅ぼすと聞いて、まどかが初めて最悪の魔女として地球の生命を根絶やしにした時と同じ感覚を思い出していた。


黒猫が死にかけているというだけで直ぐ様契約してしまう優しい少女が、世界を壊す。

それはとても残酷で、私はあの時と同じ様に泣いてしまいそうだった。


そしてそれと同じくらい、少女の言葉を信じられないと、信じたくないと思った。



場所は私の家に移らされた。


雨の中で話を聞くのは疲れるし、彼女も私もびしょ濡れだったから店にも入れなかった。


自分からは何もしそうにない様子の少女に小さく溜め息を吐いて、仕方無く髪を拭いてやる。

その間、この表情のない少女について考える事にした。


まどかが世界を終わらせる?
そんな話が、本当にあるの?
そもそも数万年先って本当なの?


疑いの眼差しを向けている内に、思考が停止した。


未来から来た事を疑って、その言葉を信じない。


今の私は、いつかのあの子達と一緒だ。

考える事もなく、信じる事もなく、そしてそれが真実と知って絶望し死んでいった少女達と。

そんな事があってから、私は彼女達に未来から来た事を告げなくなった。


彼女達と同じ気持ちを経験して、自嘲気味に笑った。
昔は何故信じてくれないのかって悩んで、怒って、悲しんでたっけ。


思えば、あの位の時が一番全てに対して懸命だった気がする。



どうにか信頼して貰おうとして、模索して、足掻いて。
ひた向きに皆を救いたい、共に戦いたいと願った。


でも、いつしか私は諦めてまどか以外の全てを見捨て、誰も信じないと決めた。


この選択が正しかったのか、昔の私のままなら上手くいったのか、今の私では分からない。

この一ヶ月をループし続けている私が言えた事ではないが、先に進む事でしか救えないのだと信じていた私は、最初の頃の私の気持ちなんてとうの昔に忘れてしまった。


どうしたらいい、暁美ほむら?


今の私なら、利用出来そうなら利用しようとする。

昔の私なら、きっと信じて、共に戦う仲間が増えたことに喜んだのでしょうね。


最近は、こうして過去の自分の記憶に訊いたり、思い出して懐かしんだりする事が多いとふと思った。



取り敢えず、今欲しいのは彼女が時間遡行者だという証拠。
郷愁にも似た過去への思いを払い、少女に尋ねる。


「あなたは、自分が時間遡行者だという事を証明できる?」


少女は私の問いに頷いてみせた。

そうして乳白色のソウルジェムを取り出した少女は、目で変身してもいいかと語りかけてくる。


私はそれに頷いてみせた。
見知らぬ魔法少女に対して、ある程度の経験を積んだ魔法少女ならば絶対にしない選択。


「君は、変身しないのかい?」

「ええ、あなたを信じてみる事にしたのよ」

「……驚いたよ。君は、もっと難しい人だと思っていたからね」


少女の乏しい表情は、確かに驚いているようだったが、同時に信頼を得られたと思って安心してる様でもあった。


「私の事、色々知ってるみたいね」

「も、勿論だよ。君を、君達を救う事が僕の使命なんだから、色々と調べたんだよ」

「そう」


少女は明らかに何かを隠している様子だったが、それを指摘しないでいるとほっと胸を撫で下ろした。
無表情な癖に、考えを隠すのは下手らしい。



白を基調とした、鮮やかなドレスに身を包んだ少女は、その胸元に下がる砂時計を見せた。

私のそれと違って、普通の砂時計の形をしていて、サイズも一回り小さい。


ただ、その中にある白い砂は本当に落ちているのかと思うくらいにゆっくり流れていた。

微かに砂が反射した光の向きが変わらなければ気がつかなかったくらいに。


「僕は持てる全ての因果を時を遡る事のみに当てられた。そうしなければ数万の歳月を越えられなかったんだ。だから、僕には何も無く、魔法少女としての普通の力でも君よりも遥かに劣る」


少女の言うとおり、この子には砂時計とドレス以外何も無く、そして感じられる力も弱々しかった。

一ヶ月だけですら四次元ポケット付きの盾のみとなったのだから、仕方ないとは思う。



でも、そんな少女が私の力になるの?



私の表情に気付いたのか、少女は補足する様に話し出した。


「僕の魔法は君と同じ時間操作。そして、僕が時間停止したら、君も停止した時間を動けるんだ。尤もその逆は出来ないけど」


逆は出来ない?


駒が一つ増えたのは喜ばしい事だったが、その事が妙に引っ掛かった。


「君の時間停止に入れないのは、多分僕の力が弱いからなんだろうね」


曖昧に笑う少女。
やはり、何かを隠している。


それでも私はそれを追求しない事にした。
私の時間停止では動けないのなら主導権は確実に握れるのだし、わざわざ言いたくない事を聞き出して心象を悪くする必要もない。


「ただし、君が動けるのは君も砂時計を出している時だけだから、気を付けて」


全てを信じられる確証が得られた訳ではないが、信じてみてもいいと私の直感は言っている。

少なくとも嘘がつけるタイプではないのは分かった。


「ええ、分かったわ。……ところであなた名前は?そう言えばまだ聞いてなかったわ」


その問いに、少女の動きが止まった様に見えた。
しかしそれも一瞬で、少女は直ぐに答える。


「……そうか。地球では僕にも固有名が必要なんだったね。僕は……好きに呼んでくれよ」

「え?わ、私が決めるの?」

「何でも構わないよ」


あまりネーミングには自信がない。
ましてや人のそれなんて、考え付かない。
……。


「もう!シロよ、うん。シロって呼ぶから、分かったわね?」

「それは、なんというか……率直だね」

「黙りなさい」



「最後に、一つだけ」

「なんだい?」

「あなたはまどかを殺そうとは思わないの?」


選択肢として、思い付かないものではない。

それどころか、筆頭として挙げられてもおかしくない。
もしそうなら……。


「その事なら、心配しないで。もし僕が鹿目まどかを殺せば、君はまた時を遡るだろう。それではただ繰り返すだけになってしまう。だから鹿目まどかの殺害は絶対にないよ」


シロの表情は、嘘をついてる様ではない。


「そう」


一先ずそれを聞けただけで良かった。
仲間とはいかないが、協力関係位には信じてやっていける。


表情には出さなかったが、新たな手札が加わって私は微かに高揚していたた。
ワルプルギスの夜を越えられるという希望が湧いてくる。


「僕は、ワルプルギスの夜が来るまで大人しくしているよ」

「そうね、それがいいわ」


少女達を救うのには、前に成功しているのだから新たな不安材料を織り込む必要はない。

ただ、いつか紹介する必要はありそうだけれど。


今回はここまで

次回更新は6月9日の23時に




出だしで文章がくどくて申し訳ないです

基本的にはほむらの一人称で進みますが、別視点に切り替わる際は、side:○○といった感じになります

バレましたか

実は前のと同時進行で書き溜めてました

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