李衣菜「好き」泰葉「無関心」加蓮「嫌い」 (48)


―――



『R'』



冬は好きだ。


……なんとなくだけど。

イルミネーションとか、クリスマスツリーとか。

雪も降ってるし。駅前を行き交う人たちはみんな忙しそう。

見ていて楽しい。


人並みに、なんとなく、冬が好きだった。

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たぶん、他のどの季節も好きって言うと思う。


春はお花見できるから。

夏は海に行けるから。

秋は紅葉を楽しめるから。


全部、なんとなく。


音楽だってそう。


なんとなく気に入った。

なんとなくプレイヤーに入れた。

なんとなく、ロックな曲が好き。


「どんな曲聴いてるの?」


答えられた試しがない。

だって、なんとなく好きになったから。


どこの誰が歌っているかも覚えてない。

他にどんな歌を歌っているかも分からない。

気持ちに知識が追いつかない。

追いつこうと努力しない。


『なんとなく』は、『なんとなく』だ。

いつもそこで終わり。


……でも、それじゃダメだってことは分かってた。

変わりたいとも思ってる。

けど、きっかけも度胸もない。


臆病者。


私は、なにかをするのが……挑戦することが、怖いんだ。

魔法でもなければ、変えられない。自信がない。

誰かに変えてもらいたい。他力本願。


私はきっとこれからも、『なんとなく』、流されて生きていく。


流行りだから。

流行ってないから。

みんなしてるから。

誰もしないから。


てきとうに頷いて、てきとうに聞き流して。


風が冷たい。

お気に入りのヘッドホンを耳にあてて、プレイヤーの電源を入れる。

相変わらず、誰かも忘れた曲が流れる。

でもなんとなく好きなんだ。

しょうがないじゃん。

……うん、やっぱいいなぁ。うっひょー♪

沈んだ気持ちを誤魔化す。


これからも、誤魔化しながら生きていく。



――不意に声をかけられた。



……誰ですか? え、アイドル? ……私が?



―――

――



―――



『Y'』



いつの間にか、冬がきた。


私はいつも通り、言われた通りにお仕事をこなす。

イルミネーション? 興味ない。

クリスマス? どうでもいい。

世間のイベントはすべて、お仕事のため。

外は雪らしいけど、私には関係ない。


いつの間にか過ぎ去る冬に、関心は無かった。


小さな頃から芸能界に身を置いている。

学校の行事に参加したのは数えるほどだった。

運動会も。

学芸会も。

授業参観でさえ。

おおよそ、他の同級生とは違う日常を送ってきた。


大人の顔色を窺う。

この世界で生きる術。油断すれば簡単に切り捨てられる。

私はまだ子供だから、許されているところもあるだろう。


……子供だから?


違う。

私は人形なんだ。大人の都合のいい。


最近、業界で台頭してきているアイドル業。

私もまた、言われるがままに衣装を着せられる。

『ピュアドロップ』というらしい。水色のワンピースドレスだった。

周りには似合うと言われた。

私は偽りの笑顔を貼り付けて、ありがとうございます、と言うだけ。


練習はろくにしていない。ただ言われたまま動いて、歌って。

それだけでいい。クリスマス特番の一環。送られる拍手に、機械的に応える。


私の次に出てきたのは、本物のアイドルだった。


サンタ風の衣装に身を包んで。

弾ける笑顔が、キラキラしていて。

とても、とても楽しそうに歌ってる。踊ってる。

その姿が眩しくて、眩しすぎて……そっと目を背けた。


――収録のあと。

誰もいなくなった撮影スタジオで独り、考えていた。


アイドルってなに?

どうしてそんな笑顔を浮かべられるの?

そんなに楽しいの?

どれだけ充実した日々を送れるの?


共演したあのアイドルには、話しかけられなかった。

私も、あんなふうになれたら……。


……帰ろう。

また、新しいお仕事がくるはず。いつもと同じように、言われた通りにやるだけ。

そう、それだけ。

きっと、来年も。……いいえ。

いい加減、私も『消費期限』が切れる頃でしょう。


そうなったら、なにもない空っぽな私は……どうなるのかな。



――え。……ああ、見学の方でしたか。出口はあっちですよ。



……違うの? 私になにか……?



―――

――


野暮用

再開


―――



『K'』



冬は嫌い。


みんな楽しそうにしてるから。

なにがイルミネーション。なにがクリスマス。

……バカバカしい。

病室の窓から見える空には、雪が舞っていた。


雪も嫌い。全部嫌い。


検査だけだと思ってたのに、結果がいつもより良くなかったらしい。

大事を取って2、3日の入院だって。

けっこう久しぶり。前の入院は……確か、一年とちょっとくらい前?

体調も、体の成長とともに徐々に良くなってた。……はずなんだけど。

ふた月に一度の検査。それだけでも憂鬱だったってのに。


入院は慣れっこ。

小学生の頃。クラスのみんながお見舞いに来てくれた。

何度目かの入院からは、仲の良い友だちだけが来た。

中学に上がった頃には、先生だけ。一応寄せ書きはあった。一回だけね。


今は、誰も来ない。アタシのことなんて忘れてるんじゃない?


……うん、入院は慣れっこだ。


備え付けのおんぼろテレビをつけた。

案の定、クリスマス特集。嫌になる。

すぐにチャンネルを変えた。お天気お姉さんが、来週の予報を伝えてる。


今年のクリスマスは、どうやら雪じゃなく雨らしい。

――ざまあみろ。


そんなふうに思う自分が、一番嫌いだった。


テレビを消して、横になる。

狭苦しい部屋に響く、空調の音。

暑くもない。寒くもない。

だからって居心地がいいわけでもない。むしろ最悪。


……なんでアタシ、生きてんだろ。


涙が零れた。


誰か。

ここから連れ出して。

もう限界だよ。

助けて。誰でもいいから。

声を押し殺して泣いた。

きっと、どうせ、誰にも届かない。


……数日後。

呆気なく退院したアタシは寒空の下、ふらふらと街を歩く。

なにしよう。とりあえずマック?

医者には控えるように言われてるけど、知ったことか。アタシにはアタシの生き方がある。

……半分死んでるようなもんだけど。

残り半分は惰性。マジメに生きるつもりは、もうない。

諦めた。


もう、いい。



――は? アンタ誰?



……なに? アタシになんか用なの?



―――

――


――
―――


私たちのなにかが。


世界が変わった。


差し伸べられた手を取った、そんな冬。


―――
――


―――



『R』



――あれから一年。今年も冬がきた。


私は、諦めなかった。『好き』を貫いた。……と、思う。

お気に入りのアーティストの名前も、代表的な曲もちゃんと分かる。

この一年、流されないで生きてきた。

もう、自分に嘘はつかない。

好きなものを好きだと、声高に叫んで。

転んで、擦りむいて、それでも立ち上がって、突き進んできた。


私たちの歩みは、誰にも止められない。

茶化してくる人もいる。

でも、そんなの勝手に言わせとけばいい。

胸を張って、堂々と。声を上げて、思いの丈をメロディに乗せる。

やっぱり音楽ってすごいよ。すごく楽しい。心が踊る。鼓動が高まる。

だから。

私たちは、私たちだけの想いを――心を追いかけていく。

どこまでも、いつまでも。


こんな私と一緒にいてくれる、かけがえのない人たちに出会えたのは、あの冬。

イルミネーションも、クリスマスも、全部ひっくるめて。

この想いは本物。大切な大切なこの季節が、大好きだ!


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『Y』



――あれから一年。今年も冬がきた。


私はまだ、芸能界にいる。

厳しいレッスンもあった。緊張で震えるほどの、大きなLIVEも経験した。

なにもかも、新鮮だった。

井の中の蛙って、私のことなんじゃないかな。

それほど、新たなこの世界は……楽しかった。


渡されたステージ衣装に袖を通したときの、言いようのない高揚感。

去年の冬に着させられたあのときとは、比べ物にならない。

本当に嬉しかった。

それはきっと、ようやく私が本気になれたから。

一緒に笑って、泣いて。

一緒に泣いて、また笑った。

どんどん感情が溢れてくる。止めどなく。


支え合い、分け合える絆を繋いでくれたのは、あの冬。

今までを取り戻すかのような、濃密な時間。

誰にも汚せない、光り輝くこの季節が……大好き!


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『K』



――あれから一年。今年も冬がきた。


私は、元気に生きてる。

もう振り向かない。昔は昔。

今を大切に。たくさんの夢を叶えるため、前を向いて生きている。

体の調子もばっちり。検査だって行かなくても良くなった。

きっと、生きる気力が湧いたからかな。なんて。


毎日が楽しい。

小さな頃に忘れてきた、純粋な気持ちを思い出せた。

冗談みたい。夢みたい。でも現実。

現実だから、甘くない。夢を叶えるのは難しくて、すごく大変。

だからこそ面白い。

つらいことだって悔しいことだって、私たちなら笑い合える。

ああ、私は生きてるんだ。


神様が私に授けてくれたのは、あの冬。

これからも、私たちの道は続いていく。

生きる意味を教えてくれたみんなと、この季節が――大好きになったの!


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『P』



どうも今年のクリスマスは、雪が降るらしい。


ホワイトクリスマス。

あの子たちは、もちろん上機嫌だ。

去年は確か、雨だったもんな。

仲良く窓際に座って、ホットココアを啜りながら灰色の空を見上げている。

秋口に買ったという、大きな毛布一枚に包まりながら。


あの子たちと出会ったのも去年の今頃。


漠然と流され生きてきた娘。

大人の顔色を窺ってきた娘。

生きることを諦めていた娘。


それが今、三人とも自分の意志でここにいる。

笑顔でいてくれる。

それがたまらなく嬉しい。


街は様々な光で彩られている。

駅前の大きなモミの木も例外じゃない。

あたかもメイクを施して、きらびやかなドレスを着ているような。

一際輝いて、人目を惹いている。

まるでアイドルだ。

いや、うちの子も負けてないぞ?


……去年の冬、あの子たちと出会えた奇跡。


いつまでも笑顔でいてほしいと願って、モミの木と同じ……永遠の緑を。

そしてお姫様のドレスに似合うのは、やっぱりティアラだろう。

だから、常葉色の冠にしようと決めた。



――『エバーリース』。



この名を掲げて、彼女たちは歩み始めた。


今も。

ずっとずっと未来も。

きっと、彼女たちはともに歩み続けていく。


―――


――どうやら、一足先に降ってきたみたいだ。

まるで小さな子供のようにはしゃいでいる。

……出会った頃より無邪気になってないか?


積もったら雪合戦出来るかなっ?

ふふ、風邪引かないようにしないと。ね?

な、なんで私を見て言うの!


うん、いつもの光景。


来年も、こんなふうに笑っていてほしい。

来年のことを言うと鬼が笑うらしいけど。

鬼も虜にしてやれ。

三人なら出来るだろう? 



――なんたって、俺の自慢のアイドルなんだからな!



おわり

というお話だったのさ
プロローグ、あるいはエピローグ

蛇足
このあと直接ストーリーとして繋がってるのは

モバP「だりやすかれんと新たなシンデレラたち」
モバP「だりやすかれんとセーラー服と……」

多分これだけ
あとはサザエさん時空ってことでひとつ

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