【フルメタ】サムシング・ライクア・スネーク・レッグ【ネタばれ注意】 (127)


1: 2回目



1981年12月24日

ソビエト連邦 シベリア 秘密都市<ヤムスク11>



「被験者を殺処分しろ」

眉一つ動かさず、男はオペレータに命じた。

男の前のブラウン管のモニタには、被験者の少女が映されていた。

少女は彼の娘だった。

彼女は水槽の中にいて、酸素マスクを付け垂直に立っていた。

頭にはおびただしい数のコードが刺さっていた。

コードの先端は彼女の脳に達していた。



「薬剤投与開始」

オペレータはコンソールを操作し、薬剤の投与を開始した。

薬剤は彼女の自律神経をマヒさせ、心臓を止め、死に至らしめる。

彼女はわずかに動いただけであった。



ここはソビエト連邦の秘密都市<ヤムスク11>の実験施設。

ここに東側の科学者が集められ、超能力の軍事利用の研究が行われていた。

男は、実験施設の所長、ヴァロフ博士。

少女は、彼の娘のソフィアだった。



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【!!!警告!!!】

※フルメタル・パニックのネタばれあり
※フルメタ(長編)を全部読んだ人が対象
※フルメタが好きな人は見てはいけない
※グロシーンあり
※超絶胸クソ展開
※短くサクっと終わるつもり


10年前



ヴァロフ博士は孤児院の子供たちの資料を眺めていた。

子供たちは超能力の実験体の候補だった。

身よりのない孤児院の子供たちは、人体実験に最適だった。

彼は一人の少女の資料に目を止めた。

その資料には、他の子供より脳波のガンマ波が強い、とあった。

「ソフィア……ああ、あの女の子供か」



数年前、彼は浮気相手の女を妊娠させたあげく、捨てた。

彼は共産党員だったため、女は泣き寝入りした。

女は子供を産んだが、育児を放棄し、暴力を振るったあげく、孤児院に捨てた。

その捨てられた子供が彼女だった。



彼は彼女を実験体に選んだ。

彼にとって娘かどうかは問題ではなかった。

ただガンマ波が強いという理由だけだった。


彼女は、彼が母と自分を捨てたことを知らず、父との出会いを喜んだ。

「ソフィア、父さんの研究を手伝ってくれないか?」

「うん! わたし頑張るよ!」

ソフィアは満面の笑顔で言った。



母から愛されなかった彼女は、父から愛されようと必死に努力をした。

父の研究を理解しようと、遊ぶ時間、寝る時間を、数学、物理学、化学の勉強に費やした。

実験にも喜んで協力した。

実験薬の投与、採血、そして手術でさえも。


1か月前



彼女は天才でも秀才でもなかった。

しかし、費やした努力と時間は彼女を裏切らなかった。

彼女は父の研究を理解できるようになっていた。

だが、度重なる実験薬の投与、手術によって彼女の体はボロボロになっていた。

髪、歯は、ほとんど抜けてしまった。

肌は乾ききっていた。

体重は35kgを切っていた。



そんな彼女にも趣味があった。

園芸と、最近始めたピアノの演奏だ。



彼女は自室の植木鉢の花に水をやることが日課だった。

「ふふっ、お水をあげるから、綺麗に咲くのよ」

ニッコリ笑いながら水をあげるのであった。

「私の分まで綺麗にね……」


彼女は週に一回、ピアノのレッスンを受けていた。

半年前、ヴァロフ博士の小規模の実験が成果を出した。

その実験の被検体は彼女だった。

実験での彼女の苦痛は大変なものであった。

そのため、ご褒美に、好きなピアノを習わせてくれたのだった。



ピアノの先生は、ヴァロフ博士の部下で、ピアノが得意な若者だった。

彼はハンサムで、優しくピアノを教えてくれた。

彼女は彼と会うのが楽しみだった。

(早く次のレッスンの日が来ないかな……)



ある日、彼女のもとにヴァロフ博士が訪れた。

「1か月後、大規模な実験を行う」

「ソフィア、被検体になってくれ」

彼女は笑顔で答えた。

「はい、お父さん」


6時間前



彼女は実験施設に連れてこられ、ベッドに寝かされた。

彼女は何度も採血をされた。

そして彼女の体に多くの点滴の針が刺され、薬剤を投与された。

(点滴の針って、なんでこんなに痛いんだろ……)



彼女は手術室に入った。

彼女の頭に少し残っていた頭髪は、すべて剃り落とされた。

そして全身麻酔され、頭蓋骨に複数の穴が開けられた。


30分前



ソフィアの意識が戻った。

裸のまま酸素マスクだけ付け、水槽に入れられていた。

その上、頭に多くのコードを差し込まれていた。

(ここはどこ……? なんでコードが頭に差し込まれているの……?)

(お父さん…… 怖いよ……)



するとイヤホンから、ヴァロフ博士の声がした。

「目が覚めたか。これから実験を始める。酸素マスクにはマイクが付いている」

「気を楽にして、感じたこと、聞こえた音、見えた物をマイクに話してほしい」

「話せなかったら、覚えておいて、後で教えてほしい」

「ソフィア、いいね?」

「はい」


水槽は実験施設の地下の大ホールにあった。

大ホールは体育館数個分の大きさだった。

大ホールの中心に、大きなドームがあり、その中に水槽があった。

大ホールとドームの壁面は、数千個にもおよぶドラム缶を半分に切断したような物体で埋め尽くされていた。

そのドラム缶の中には、イルカの脳が生きたまま収められていた。

この実験では、数千個の脳を連結し、1個の仮想の巨大な脳を実現しようとしていた。



昔、ヴァロフ博士がソフィアに話したことがある。

「超能力のカギは、脳波のガンマ波にあると考えている」

「しかし、人間のガンマ波は弱すぎる」

「より強いガンマ波を発生させられれば、予知やテレパシーを実現できるかもしれない」



ヴァロフ博士は、仮想の巨大な脳を作り上げれば、大きくなった分、より強力なガンマ波を発生させられる、という仮説を立てた。

この実験で、彼はこの仮説を検証しようとしていた。


ヴァロフ博士は、マイクに向けて話しかけた。

「ソフィア、今からガンマ波の増幅実験を行う」

「それによって、オムニ・スフィアにアクセスできるようになるはずだ」

「繰り返すが、見たこと、感じたこと、聞こえたことをマイクに話してくれ」



オムニ・スフィアとは、ヴァロフ博士が提唱している人間の精神の集合体のことだ。

ヴァロフ博士は、全人類の精神の集合体が異次元にあり、それが、虫のしらせ、や、予知の原因となっている、と考えた。

そして、そのオムニ・スフィアにアクセスするカギが、脳のガンマ波にあると目星をつけたのであった。



「ガンマ波、増幅開始」

オペレータが、コンソールを操作し、実験を開始した。


10分前



オペレータがガンマ波のメータを見て言った。

「ガンマ波、安定」

ガンマ波が、通常の人間の数千倍の強度に達し、安定した。



ヴァロフ博士が言った。

「ソフィア、変わったことはないか?」

「お父さん……なにもないよ……でも……とても頭が痛い……」

「痛いよ……痛い……ごめんなさい……痛いよ……」



ソフィアの脳と、数千個の補助脳が連結され、仮想の一つの脳を形成していた。

ソフィアの脳から放射されるガンマ波は、補助脳に送られ、増幅された後、またソフィアの脳に入力された。

それを繰り返し、徐々にガンマ波の強度を上げていた。

通常の数千倍の強度のガンマ波を入力されたソフィアの脳は、悲鳴を上げていた。

許容範囲をはるかに越えた脳波によって、脳は焼き切れる寸前だった。

脳に焼きゴテを押し付けられたような痛みだった。


ヴァロフ博士は、ソフィアに聞こえないように、マイクから口を離して言った。

「補助脳に供給する電力を上げろ」

「電力上昇」

オペレータはコンソールを操作した。

ガンマ波のメータは上昇していった。



スピーカーから、ソフィアの絶叫が聞こえた。

「痛゙い゙い゙い゙い゙いッいいいッ! おどおざんッ! だずげッ! イダイ!」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッア゙ア゙ア゙ッア゙! だずげッでッ! おどおざん!」

ヴァロフ博士は言った。

「スピーカーを切れ」



ソフィアの脳には、許容範囲をはるかに越える脳波が入力されていた。

それは麻酔無しで歯にドリルで穴を開けられるような激痛を引き起こした。

ソフィアは気絶する事も、ショック死することもできなかった。

意識を保ったまま実験を観測するため、強力な覚醒剤と強心剤が投与されていたからだ。


ガンマ波の強度は、通常の数十万倍に達した。

「博士、あれを見てください!」

オペレータが、モニタを指さした。

その指の先には、水槽の近くに置かれた2個の時計が映っていた。



「2つの時計の時間がずれています! 時間の流れに異常がみられます!」

強力な電磁波に影響されないメカニカルな時計の時間が、遅れていた。

その上、2つの時計の時間も異なっていた。

水槽の周囲の時間の進み方に異常が発生していた。

「オムニ・スフィアの影響だ」

「存在の証拠だ、実験成功だ」

ヴァロフ博士は笑った。



オペレータはヴァロフ博士に言った。

「これ以上続けると、実験機材が破損しかねません」

「よし、電力を下げろ」

「電力下降」

オペレータはコンソールを操作した。

しかし、ガンマ波は上昇を続けた。

「ガンマ波上昇! 下がりません!」

(供給電力を下げたにもかかわらず、なぜガンマ波が上昇する?)

(興味深い……まさか、オムニ・スフィアからエネルギーが供給されているのか……?)

だが、ヴァロフ博士にとって今優先するべきは機材の安全だった。

「主電源を切れ」

「博士、手順を踏まず主電源を切断すると、補助脳や機材が破損しかねません」

「くそッ」


実験機材にも安全装置はあった。

想定以上の強度の脳波が発生した場合、装置の一番弱い箇所がヒューズのように焼き切れ、

回路が切断され、動作が停止するはずだった。

その一番弱い箇所とは、ソフィアの脳だった。

大型哺乳類の脳は、人間の脳よりはるかに大きく、鈍感だった。

敏感で小さい人間の脳が、真っ先に焼き切れる想定だった。

人間の命よりも機材よりを重んじる設計思想だった。



ソフィアの脳は愛する父の実験のため、奇跡的に耐えていた。

もちろん父であるヴァロフ博士は、そんなことは知らなかった。

知ったとしても感謝しないだろう。

むしろ、なぜ早く焼き切れない?と、叱責するだろう。



ガンマ波が通常の数百万倍に達した。

実験機材は破損すると、修理に費用と時間がかかる。

党本部への報告も必要だ。

しかし、被験者の替わりはいくらでもいた。

機材と被験者のどちらを優先すべきか明らかだった。

ヴァロフ博士は言った。

「実験停止」

「被験者を殺処分しろ」

オペレータはコンソールを操作し、薬剤の投与を開始した。

「薬剤投与開始」

>>14に誤記があったので、投稿しなおします。スマンス。


実験機材にも安全装置はあった。

想定以上の強度の脳波が発生した場合、装置の一番弱い箇所がヒューズのように焼き切れ、

回路が切断され、動作が停止するはずだった。

その一番弱い箇所とは、ソフィアの脳だった。

大型哺乳類の脳は、人間の脳よりはるかに大きく、鈍感だった。

敏感で小さい人間の脳が、真っ先に焼き切れる想定だった。

人間の命よりも機材を重んじる設計思想だった。



ソフィアの脳は愛する父の実験のため、奇跡的に耐えていた。

もちろん父であるヴァロフ博士は、そんなことは知らなかった。

知ったとしても感謝しないだろう。

むしろ、なぜ早く焼き切れない?と、叱責するだろう。



ガンマ波が通常の数百万倍に達した。

実験機材は破損すると、修理に費用と時間がかかる。

党本部への報告も必要だ。

しかし、被験者の替わりはいくらでもいた。

機材と被験者のどちらを優先すべきか明らかだった。

ヴァロフ博士は言った。

「実験停止」

「被験者を殺処分しろ」

オペレータはコンソールを操作し、薬剤の投与を開始した。

「薬剤投与開始」


永遠に続くように思われた激痛が消えたとき、ソフィアは自分が水槽の外にいることに気づいた。

(いや……水槽の外に出たんじゃない……わたしが大きくなっているんだ)

彼女の肉体ではなく、意識が大きくなっていた。

(どこからか……元気が……ちからが湧き出てきて……意識が大きくなっていく……今なら何でもできそう……)

(このちから……オムニ・スフィアから出てるのかな……?)

(お父さんが言ってた……オムニ・スフィアは全時代の全ての人類の精神の集合体)

(数十億……数百億のたましいの集まり……数百億の喜び、悲しみ、憎しみ、愛情のかたまり……)

(思えばすごいエネルギー……だね……)



意識が大きくなるにつれて、周囲のことが知覚できるようになっていった。

(あ……周りでなにが起こっているのか……はっきり分かる……)

(みんなが何を考えているのかが分かる……オムニ・スフィアにアクセスしているから……?)

彼女の意識は、オムニ・スフィアにアクセスしていた。

オムニ・スフィアを通じて、周囲の人間の考えていることを知ることができた。

そして、父が思っていることと、父が知っている母の現状も知ってしまった。


(お父さん……わたしを愛していなかったんだ……)

(でも、わたしがお父さんを愛していることは知っていて……それを利用していたんだ……)

(それに……奥さんと子供たちもいて……そっちは愛してるんだ……)

(母さんは……別の男と一緒になって……子供もいて幸せに暮らしてるんだ……)

(オムニ・スフィアには数百億の心があるのに、私を愛してくれる心は、一つもないんだね……)

そう思うと、ソフィアはとても悲しくなった。

(もうわたしにはお父さんしかいない……わたしを愛して欲しい……もっと頑張るから……大好き……)



しかし彼女の父は、彼女の殺処分を命じた。

(うそ……うそ……嘘……嘘、嘘! 嘘! 嘘! 嘘! 嘘!!!)

(ああ……ああああ……あああああアアアアアアアアァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!)

ソフィアの激しい怒りと悲しみは、超強度のガンマ波を発生させ、それを補助脳に流し込んだ。

その脳波が増幅され、またソフィアの脳に戻り、また補助脳に送り出された。

ガンマ波の強度が、急上昇し始めた。


「ガンマ波上昇!」

オペレータが絶叫した。

薬剤投与から、心肺停止、脳死までタイムラグがある。

このままだと、脳死までに機材が破損する。

そう判断したヴァロフ博士は言った。

「被験者の脳からコードを強制切断」

被験者の脳と補助脳との接続を物理的に切断し、装置を停止させようとしたのだった。

オペレータが無言でコンソールを操作した。



ソフィアの脳内で、小さな爆薬が爆発した。

爆発の規模は小さかったが、脳からコードを抜くのと、ソフィアの命を奪うには十分だった。


ラットは死の間際、活動的にガンマ波を放出する、という研究結果がある。

死の瞬間、彼女の脳は、通常の数千万倍の強度に達したガンマ波をさらに増幅した上で、オムニ・スフィアに叩きつけた。

それにより、オムニ・スフィアは爆発的な精神波パルスをこの世界に発生させた。

その精神波は、まるで核爆発の電磁パルスが電子回路を破壊するかのように、ソフィアの周囲の人間の脳細胞を焼き焦がした。



ソフィアを中心とする半径1km圏内の人間は即死した。

そのなかでも、ヴァロフ博士を含めた実験施設内の人間は運命は悲惨だった。

オムニ・スフィアにより時空が歪められ、体感時間が引き伸ばされたからだ。

意識を保ったまま生きながら脳を焼かれる苦痛を、体感時間で数日間味わった後に死亡した。



<ヤムスク11>と近隣町村を含む半径30km圏内の人間は、精神が汚染され、互いに殺し合いはじめた。

精神波パルスによって、ソフィアの怒り、悲しみを脳に焼きつけられ、殺人衝動にかられたためだった。

殺し合いは大暴動に発展し、軍が一帯を封鎖、鎮圧する事態となった。

その後、<ヤムスク11>は破棄され、闇に葬られた。

記録上、<ヤムスク11>の生存者はいないはずであった。



数年後、モスクワのソフィアの母が暴漢に刺殺された。

犯人はその場で自殺した。

彼はソフィアのピアノの先生だった。

これで<ヤムスク11>の人間は全て死亡したのであった。


1999年12月24日

日本 東京郊外 千鳥かなめの家



ソフィアは気が付くと、海辺の砂浜に寝ていた。

起き上がって空を見上げると、満天の星空だった。

頭のコード、酸素マスクは無くなっていた。

服は、お気に入りのワンピース。

髪も歯も生えていた。

肌もみずみずさを取り戻していた。

(ここは……? あたしはどうなったの……?)



近くに少女がいた。東洋人のようだ。

腰まで届く長い黒髪。赤のリボン。

彼女がソフィアに近づいて言った。

「ようこそ18年前のわたし。あなたをずっと待っていたの。ここはわたしの夢の中」

「あなたは、多分、2回目よ」



- 続く -

くそ
まだ見てないけど
どうすりゃいいんだ
フルメタ好きなのに見てはいけないとか
胸糞とか。。。

賀東先生なにしてるんですか


ソフィアは言った。

「なにを言ってるの? あなたはわたし? なんでわたしは、そんな姿なの?」

「この18年、色々あったの。これから説明するけど、その前に……」

黒髪の少女がソフィアを抱きしめた。

「つらかったね」

「あ……あ……あっ、わたしっ、わたし……わぁああああああん」

ソフィアは泣き崩れた。



ソフィアがひとしきり泣いた後、黒髪の少女がぽつぽつと語りだした。

「あの事故の後、わたしも18年後のわたしに出会ったの」

「その時は、砂浜じゃなくて、18年後のわたしの部屋だった」


事故の後、1回目のソフィアは、ベッドの中で目を覚ました。

フカフカで暖かなベッド、心地よい寝覚めのまどろみ、鳥のさえずり、そして朝食の匂い。

(怖い夢……あの実験は夢だったんだ……良かった)

「起きた?」

ベッドのそばに、椅子に座った女性が急に現れた。

「?」

(今までいなかったのに……急に現れた……なに?)



その女性はソフィアの母に似ていたが、どこか違った。

「あなた……だれ?」

「わたしはソフィア、ソフィア・ヴァロフ」

「え? あなた何歳?」

「36歳よ」

「ここ……どこ?」

「ここはわたしの夢の中」


ソフィアは自分の頬をつねった。

痛くなかった。

(夢なら何が起きても不思議じゃないわ……)

(これが夢で、事故は現実……がっかり)



「夢? あなたはどこで寝ているの?」

「モスクワの郊外の自宅よ」

「あなた若いわね、昔を思い出すわ、20歳?」

「18歳よ」

「18歳! 戻りたいわ、あの時に!」

36歳のソフィアは笑いながら言った。



ソフィアはうんざりした顔をした。

「戻っても良いことなんて一つもないわ」

「え?」

「え?」


「楽しい学生生活を送っていたじゃない?」

「楽しい学生生活?」

「え?」

「え?」



「<ヤムスク11>で実験で、辛いことばかりだったじゃない!」

「<ヤムスク11>? なにそれ?」

「え?」

「え?」



「18歳で事故で死んじゃうし……」

「事故? 死ぬ? はい?」

「え?」

「え?」


36歳のソフィアによると、父親はいなかったが、母親に愛されて育ち、

普通に学生をして、その後に結婚、今では子供が2人いて、幸せに暮らしているそうな。

「今は1999年。ソビエト連邦は崩壊して、今はロシア連邦よ」

彼女が嘘を付いている様子はなかった。

(これは……多分……別の時間軸の未来のわたし……?)

(あの事故で、意識が未来のわたしとつながったのかな……?)



ソフィアは、自分の身の上を36歳のソフィアに話した。

「ひどい……ひどいよ……うっ……かわいそう……グスッ……」

そう言って泣いている36歳のソフィアを、なぜかソフィアが抱きしめていた。

「うん……泣いてくれて、ありがとう……わたしは大丈夫よ……大丈夫だから……」

(なんで、わたしがなぐさめてるのかな……)


結局、夢の中で朝食を一緒に食べただけで、元の時代に戻ってきた。

戻ってきた後、ソフィアは<ヤムスク11>の実験施設で目を覚ました。

(あれは何だったのかな……?)

(それにしても……今のわたしって、幽霊?)

(はあ……これからどうしよ……)



彼女は実験施設から外に出ようとしたが、出られなかった。

どうやらこの土地に縛りつけられているようだった。

(外に出られない……こまった……ひとりぼっち……退屈……つらい……)



それから数年後、どこからか声が聞こえるようになった。

(お? なにか声が聞こえる……)

声の主は、どうやら子供のようだった。

声に意識を傾けると、声の主と意識がつながった。

(もしもし……あなたはだれ……?)

(ん? おねーちゃんは?)



ソフィアは話相手が出来て、とても喜んだ。

嬉しさのあまり、色々なことを話した。

彼女と話せる子供は数人いるようだった。


それから数年後、ソフィアとテレパシーで話せる子供たちも成長し、社会情勢についても話すようになった。

あの夢の通り、ソビエト連邦は崩壊し、ロシア連邦になった。

(あの夢で出会ったのは、本当に18年後のわたしだったんだ)

(そういえば、お父さんの研究はどうなったのかな?)

子供たちに聞くと、オムニ・スフィアやガンマ波の研究は、全く知られていないようだった。

(わたしや<ヤムスク11>の住人の犠牲は、無駄になってしまったのね)



話せる子供の中で、特に気が合う女の子がいた。

内気で大人しい娘だった。

ソフィアは、自分の身の上を話すことを好まなかった。

(つまんないし、暗いから、話したくないんだ……)

しかし、気が合ったその娘には話した。

すると、その娘はソフィアにとても同情し、その不遇に憤慨した。

(うふふ、ありがとう。あなたは優しい子ね。本当にわたしに同情してくれている)



そして、なんとその娘がソフィアに会いたいと言い出した。

(無理しないで)

ソフィアは止めたが、その娘は聞かなかった。

娘の父が、娘の卒業旅行に好きなところに連れて行ってくれるらしく、娘はシベリアを希望した。

彼は国連の高等環境弁務官だそうで、顔が効くらしく、廃墟の<ヤムスク11>にも入れるそうだ。


ソビエト連邦が崩壊し、<ヤムスク11>の記録も全て失われ、<ヤムスク11>について誰も完全に気に留めなくなった。

それで、娘と父は<ヤムスク11>にあっさりと入れた。

ソフィアは娘に簡単に来れる安全なルートを教えた。

娘たちは、大きな機材を地下に運ぶ搬入用のトンネルを通り、ドライブスルーの窓口に行くかのごとく、車で簡単にソフィアの近くまで来た。



ソフィアのいる実験施設に人間が近づくと、事故で発生した精神波の影響で気分が悪くなる。

ソフィアは、娘たちの気分が悪くならないよう、彼女の力で2人を守ってあげた。



ソフィアの入っていた水槽に、彼女に似た彫像のような結晶が出来ていた。

ソフィアの「念」が、結晶化したものらしい。

娘の父がつぶやいた。

「これは……まるで生きているようだ……遊園地のアトラクションかな?」

彼は事前にこの廃墟について調べていたが、何一つ分からなかった。

「来たわよ、ソフィアおねーさん」

娘は、その結晶に笑いかけた。



娘の名前は、千鳥かなめ、といった。



- 続く -


その結晶には、ソフィアの精神が宿っていた。

(ようこそ、かなめ)

「ちょっと触ってもいい……?」

好奇心にかられ、かなめは結晶に手を近づけた。

「!? むやみに触ってはいけない!」

父は止めようとしたが、間に合わなかった。

かなめは優しく彫像の頬をなでた。

(うふふ、くすぐったい……)



すると、ソフィアは何かにグイッと引っ張られた。

(なに!?!?!?)

そして、スルッと、かなめの心の中に入ってしまった。

(あれ? かなめの目を通して、外が見える!)

(息をして……匂いがして……風を感じて……懐かしい)

(かなめは、わたしに気づいてないみたい……)


ソフィアは、かなめに話しかけた。

(かなめ、聞こえる?)

(え……? ナニ? やたら声が近いけど……?)

(えーっと、言いにくいんだけど……)

(あなたの心の中にいるみたいなの)

(な、ナニそれーーーー!?)



ソフィアはかなめの心から抜け出そうとしたが、出来なかった。

かなめは慌てたが、ソフィアが出られないと知って、受け入れてしまった。

かなめは面倒見が良く、捨て犬や捨て猫を見捨てておけないタイプで、優しい性格だったからだ。

そのままソフィアはかなめの心に居候して、今に至ったのだった。


1回目のソフィアは笑いながら言った。

「まあ、ドコンジョーガエルみたいなものかな」

「ドコンジョーガエル?」

2回目のソフィアは不思議そうな顔で言った。



「日本のカートゥーンだよ、忘れていいよ」

「かなめには、本当にお世話になってるの」

「だって、おはようからおやすみまで、わたしに見つめられちゃって」

「それを受け入れるって、なかなか出来ないよ、普通」

「そういうことで、今わたしはかなめの心の中いて、ある意味、一心同体なの」

「だから、この恰好ってわけ」


1回目のソフィアは、急に改まった顔で言った。

「これまでの経緯はこんな感じ。で、これからあなたへのお願いを話すわ」

「お願い……?」

「まず最初のお願い、これが一番重要……」

「かなめを守ってほしいの」

「どうして?」

「うん、第一に、わたしの恩人、大切な友達だから」

1回目のソフィアは照れながら言った。



「第二に、18年前のわたしと話すのに、彼女の協力が必要だから」

「?」

「18年後のわたしとは、彼女の夢の中で出会った」

「今回も、かなめの夢の中で出会った」

「18年前の自分とは、夢の中で出会うみたいなんだよね」

「でも、実験施設の地縛霊の状態だと、夢を見ないんだよ」

「だから、もし18年前の自分に伝えたいことがあったら」

「かなめの体を借りて、夢を見る必要があるんだ」

「そうなんだ……」

「まあ、そんな気がするってだけなんだけどね」


「次のお願いは、テレパシーで話が出来る子たちに、お父さんの研究を教えてあげて欲しいの」

「なぜ?」

「狙いは、過去を修正して、あるべき歴史に戻すこと」

「わたしが出会った18年後のわたしは、お母さんに愛されて、楽しい学生生活を送って、結婚して、子供がいて」

「それが、あるべき歴史だと思うんだよ」

「結局、あの事故で、だれも幸せになってない、多くの人が死んだだけ……」

2回目のソフィアは、ピアノの先生のことを思い出した。

(先生、無事なのかな……会いたいな……)



「ならば、あの事故をなくせばいい」

「もう一度、あの実験装置、お父さんが<精神通信機>と呼んでいた装置を作って」

「18年後のわたしに会ったように、今度は、事故の前の誰かに会って」

「事故を止めてもらうようにお願いすればいい、って思ったの」

「これが狙い」


「でも、あの<精神通信機>を作ろうにも、お父さんの研究は、あの事故で完全に失われたみたいなんだ」

「だから、テレパシーで話せる子供にお父さんの研究を伝えて、もう一回、あの<精神通信機>を作らせて欲しいんだ」

「子供にもメリットがある」

「わたしの知識を受け取れば、数学、物理、化学、大脳生理学、量子力学、ロシア語が一瞬でマスター出来る」

「悪い話じゃないと思う」

「<精神通信機>を作ってもらったらさ、過去を変えてもらって、みんなで幸せになろうよ」

1回目のソフィアは、ニッコリと笑った。



そこまで言うと、1回目のソフィアは何かを手に取って、差し出した。

手には、まぶしく光る玉があった。

「受け取って欲しい」

「これは?」

「さっき言ったわたしの知識」

2回目のソフィアが玉を受け取ると、膨大な知識が頭に入ってきた。

「この知識を、子供たちに伝えてほしい」

「18年間、ほとんど暇でさ、お父さんの研究を頭の中で進めてたんだ」

「ありがとう」



「実は、あたしもやろうとしたんだけど、気付いたのが遅すぎてさ」

「気づいたのが、2、3年前でね」

「多分、実現には10年単位の時間が必要だから、あたしはあきらめた」

「かなめの心に、そんなに長い間、居候出来ないから」

「かなめも彼氏が出来たら、わたしが居るとやりにくいと思うし……」

「だから、2回目のあなたに託すね」


「言いたいことは言ったから、あとは時間まで楽しく過ごそうよ」

1回目のソフィアは指を鳴らすと、ケーキと七面鳥の丸焼きとジュースが出てきた。

「クリスマス、おめでとう」

「おめでとう」

「事故の後の18年間で色々あったから、話してあげるよ」

1回目のソフィアはニヤリと笑い、話はじめた。



料理を食べつくし、マッタリしていた二人だが、2回目のソフィアが急に言った。

「もう帰る時間……って感じがする」

「ケーキと七面鳥、美味しかったよ、ありがとう」

「どういたしまして」

「次は上手くやってね、それと、かなめをよろしく」

「うん」

二人のソフィアは握手した。



気が付くと、2回目のソフィアは<ヤムスク11>の実験施設に戻っていた。

(18年後のソフィアの言うとおり、わたし幽霊になってる……)

(かなめ大事、子供たちに知識を伝える……)

(しかし、子供たちとテレパシーが出来るようになるまで、数年待つのか……)

(つらい……)



やることがないソフィアは、頭の中で研究を進めることにした。



- 続く -

なるほど
わからん
辛い経験をしたのは2回目のソフィアでヤムスク11で死んだ
だから、かなめの中にいるのは2回目のソフィア
かなめがヤムスク11に行った時に中に入った。
1回目のソフィアはヤムスク11ではないところで事故で死んだ。
と思ったけど、かなめの中にいるのは1回目のソフィアなんだよね??

0回目 幸せ
1回目 かなめの中
2回目 研究を伝えるつもりinヤムスク11 ←今ここ


会話文を1行毎に閉じてるから、誰のセリフかわかりにくいな

>>39
分かりにくくて、正直、すまんかった

>>40
>会話文を1行毎に閉じてるから、誰のセリフかわかりにくいな
なるほど、参考になったよ、ありがとう

0回目……だと

>>21-38
ソフィア同士の会話が分かりにくいから、21-38を書き直した。

もし意味わからん人がいたら、以下を読むと分かるかもしれない。

ソフィア同士の会話の意味が分かった人は、読み直す必要はありません。

万が一まとめサイトにまとめようという酔狂な人がいたら、書き直した方をまとめた方が良いと思う。

以下、書き直し開始。


1999年12月24日

日本 東京郊外 千鳥かなめの家



ソフィアは気が付くと、海辺の砂浜に寝ていた。

起き上がって空を見上げると、満天の星空だった。

頭のコード、酸素マスクは無くなっていた。

服は、お気に入りのワンピース。

髪も歯も生えていた。

肌もみずみずしさを取り戻していた。

(ここは……? あたしはどうなったの……?)



近くに少女がいた。東洋人のようだ。

腰まで届く長い黒髪。赤のリボン。

彼女がソフィアに近づいて言った。

「ようこそ18年前のわたし。あなたをずっと待っていたの。ここはわたしの夢の中。

あなたは、多分、2回目よ」


ソフィアは言った。

「なにを言ってるの? あなたはわたし? なんでわたしは、そんな姿なの?」

「この18年、色々あったの。これから説明するけど、その前に……」

黒髪の少女がソフィアを抱きしめた。

「つらかったね」

「あ……あ……あっ、わたしっ、わたし……わぁああああああん」

ソフィアは泣き崩れた。



ソフィアがひとしきり泣いた後、黒髪の少女がぽつぽつと語りだした。

「わたしはソフィア。<ヤムスク11>の事故の18年後のソフィアよ。

わたしも<ヤムスク11>の実験で命を落としたの。

言ってみれば、わたしは『1回目のソフィア』、あなたは『2回目のソフィア』ね。

あの事故の後、わたしも18年後の自分に出会ったの。

その時も、相手の夢の中だったわ」


<ヤムスク11>の事故の後、1回目のソフィアはベッドの中で目を覚ました。

フカフカで暖かなベッド、心地よい寝覚めのまどろみ、鳥のさえずり、そして朝食の匂い。

(怖い夢……あの実験は夢だったんだ……良かった)

「起きた?」

ベッドのそばに、椅子に座った女性が急に現れた。

「?」

(今までいなかったのに……急に現れた……なに?)



その女性はソフィアの母に似ていたが、どこか違った。

1回目のソフィアは尋ねた。

「あなた……だれ?」

「わたしはソフィア、ソフィア・ヴァロフ」

「え? あなた何歳?」

「36歳よ」

「ここ……どこ?」

「ここはわたしの夢の中」


1回目のソフィアは自分の頬をつねった。痛くなかった。

(夢なら何が起きても不思議じゃないわ……)

(これが夢で、事故は現実か……がっかりね)



1回目のソフィアは言った。

「夢? あなたはどこで寝ているの?」

「モスクワの郊外の自宅の寝室よ」

「わたしもソフィアなんだけど……」

「まあ! あなた随分若いわね、昔を思い出すわ、20歳?」

「18歳よ」

36歳のソフィアは笑いながら言った。

「18歳! 戻りたいわ、あの時に!」

1回目のソフィアはうんざりした顔をした。

「戻っても良いことなんて一つもないわ」

「え?」

「え?」


36歳のソフィアは怪訝な顔で言った。

「楽しい学生生活を送っていたじゃない?」

「楽しい学生生活?」

「え?」

「え?」

1回目のソフィアも怪訝な顔で言った。

「<ヤムスク11>の実験で、辛いことばかりだったじゃない!」

「<ヤムスク11>? なにそれ?」

「え?」

「え?」

「その上、実験の事故で18歳で死んじゃうし……」

「事故? 死ぬ? はい?」

「え?」

「え?」


36歳のソフィアによると、父親はいなかったが、母親に愛されて育ち、

普通に学生をして、その後に結婚、今では子供が2人いて、幸せに暮らしているそうな。

「今は1999年。ソビエト連邦は崩壊して、今はロシア連邦よ。<ヤムスク11>なんて知らないわ」

彼女が嘘を付いている様子はなかった。

1回目のソフィアは思った。

(これは……多分……別の時間軸の未来のわたし……?

あの事故で意識が未来に飛ばされて、未来のわたしの意識とつながったのかな……?

お父さんが、オムニ・スフィアは物質世界の時間や空間に束縛されない、って言っていたから……ありえる話なのかも……?)



1回目のソフィアは、自分に起こった出来事を36歳のソフィアに話した。

「ひどい……ひどいよ……うっ……かわいそう……グスッ……」

そう言って泣いている36歳のソフィアを、なぜか1回目のソフィアが抱きしめていた。

「うん……泣いてくれて、ありがとう……わたしは大丈夫よ……大丈夫だから……」

(なんで、わたしがなぐさめてるのかな……)


結局、1回目のソフィアは、36歳のソフィアの夢の中で朝食を一緒に食べただけだった。

1999年から戻ってきた後、1回目のソフィアは1981年の<ヤムスク11>の実験施設で目を覚ました。

(あれは何だったのかな……? それにしても……今のわたしって、幽霊? はあ……これからどうしよ……)

彼女は実験施設から外に出ようとしたが、出られなかった。

どうやらこの土地に縛りつけられているようだった。

(外に出られない……こまった……ひとりぼっち……退屈……つらい……)



それから数年後、どこからか声が聞こえるようになった。

(お? なにか声が聞こえる……)

声の主は、どうやら子供のようだった。

声に意識を傾けると、声の主と意識がつながった。

1回目のソフィアは声の主に話しかけた。

(もしもし……あなたはだれ……?)

(ん? おねーちゃんは?)

彼女は話相手が出来て、とても喜んだ。

嬉しさのあまり、色々なことを話した。



1回目のソフィアと話せる子供は数人いるようだった。


また数年後、1回目のソフィアとテレパシーで話せる子供たちも成長し、社会情勢についても話すようになった。

あの夢の通り、ソビエト連邦は崩壊し、ロシア連邦になった。

(あの夢で出会ったのは、本当に18年後のわたしだったんだ。

そういえば、お父さんの研究はどうなったのかな?)

子供たちに聞くと、オムニ・スフィアやガンマ波の研究は、全く知られていないようだった。

(わたしや<ヤムスク11>の住人の犠牲は、無駄になってしまったのね)



話せる子供の中で、特に気が合う女の子がいた。内気で大人しい娘だった。

1回目のソフィアは、自分の身の上を話すことを好まなかった。

(つまんないし、暗いから、話したくないんだ……)

しかし、気が合ったその娘には話した。

すると、その娘は彼女にとても同情し、その不遇に憤慨した。

(うふふ、ありがとう。あなたは優しい子ね。本当にわたしに同情してくれている)



そして、なんとその娘が1回目のソフィアに会いたいと言い出した。

(無理しないで)

彼女は止めたが、その娘は聞かなかった。

娘の父が、娘の卒業旅行に好きなところに連れて行ってくれるらしく、娘はシベリアを希望した。

彼は国連の高等環境弁務官だそうで、顔が効くらしく、廃墟の<ヤムスク11>にも入れるそうだ。


ソビエト連邦が崩壊し、<ヤムスク11>の記録も全て失われ、<ヤムスク11>について誰も完全に気に留めなくなった。

それで、娘と父は<ヤムスク11>にあっさりと入れた。

1回目のソフィアは娘に簡単に来れる安全なルートを教えた。

娘たちは、大きな機材を地下に運ぶ搬入用のトンネルを通り、ドライブスルーの窓口に行くかのごとく、車で簡単に彼女の近くまで来た。



1回目のソフィアのいる実験施設に人間が近づくと、事故で発生した精神波の影響で気分が悪くなる。

彼女は、娘たちの気分が悪くならないよう、彼女の力で2人を守ってあげた。



1回目のソフィアの入っていた水槽に、彼女に似た彫像のような結晶が出来ていた。

彼女の「念」が、結晶化したものらしい。

娘の父がつぶやいた。

「これは……まるで生きているようだ……遊園地のアトラクションかな?」

彼は事前にこの廃墟について調べていたが、何一つ分からなかった。

「来たわよ、ソフィアおねーさん」

娘は、その結晶に笑いかけた。



娘の名前は、千鳥かなめ、といった。


その結晶には、1回目のソフィアの精神が宿っていた。

(ようこそ、かなめ)

「ちょっと触ってもいい……?」

好奇心にかられ、かなめは結晶に手を近づけた。

「!? むやみに触ってはいけない!」

父は止めようとしたが、間に合わなかった。

かなめは優しく彫像の頬をなでた。

(うふふ、くすぐったい……)



すると、1回目のソフィアは何かにグイッと引っ張られた。

(なに!?!?!?)

そして、スルッと、かなめの心の中に入ってしまった。

(あれ? かなめの目を通して、外が見える! 息をして……匂いがして……風を感じて……懐かしい。

でも、かなめは、わたしに気づいてないみたい……)


1回目のソフィアは、かなめに話しかけた。

(かなめ、聞こえる?)

(え……? ナニ? やたら声が近いけど……?)

(えーっと、言いにくいんだけど……あなたの心の中にいるみたいなの)

(え? な、ナニよ、それーーーー!?)



1回目のソフィアはかなめの心から抜け出そうとしたが、出来なかった。

かなめは慌てたが、彼女が外に出られないと知って、受け入れてしまった。

かなめは面倒見が良く、捨て犬や捨て猫を見捨てておけないタイプで、優しい性格だったからだ。

そのまま彼女はかなめの心に居候して、今に至ったのだった。


1回目のソフィアは笑いながら言った。

「まあ、ドコンジョーガエルみたいなものかな」

「ドコンジョーガエル?」

2回目のソフィアは不思議そうな顔で言った。



1回目のソフィアは少し恥ずかしそうに言った。

「日本のカートゥーンだよ、忘れていいよ。かなめには、本当にお世話になってるの。

だって、おはようからおやすみまで、わたしに見つめられちゃって、それを受け入れるって、なかなか出来ないよ、普通。

そういうことで、今わたしはかなめの心の中いて、ある意味、一心同体なの。

だから、この恰好ってわけ」


1回目のソフィアは、急に改まった顔で言った。

「これまでの経緯はこんな感じ。で、これからあなたへのお願いを話すわ」

「お願い……?」

「まず最初のお願い、これが一番重要……かなめを守ってほしいの」

「どうして?」

1回目のソフィアは照れながら言った。

「うん、第一に、わたしの恩人、大切な友達だから」




1回目のソフィアは続けて言った。

「第二に、18年前のわたしと話すのに、彼女の協力が必要だから」

「?」

「18年後のわたしとは、彼女の夢の中で出会った。今回も、かなめの夢の中で出会った。

18年前の自分とは、夢の中で出会うみたいなんだよね。でも、実験施設の地縛霊の状態だと、夢を見ないんだよ。

だから、もし18年前の自分に伝えたいことがあったら、かなめの体を借りて、夢を見る必要があるんだ」

「そうなんだ……」

「まあ、そんな気がするってだけなんだけどね」


1回目のソフィアは、少し真剣な顔で言った。

「次のお願いは、テレパシーで話が出来る子たちに、お父さんの研究を教えてあげて欲しいの」

「なぜ?」

「狙いは、過去を修正して、あるべき歴史に戻すこと。

わたしが出会った18年後のわたしは、お母さんに愛されて、楽しい学生生活を送って、結婚して、子供がいて。 

それが、あるべき歴史だと思うんだよ。

結局、あの事故で、だれも幸せになってない、多くの人が死んだだけ……」

2回目のソフィアは、ピアノの先生のことを思い出した。

(先生、無事なのかな……会いたいな……)



1回目のソフィアは、絞り出すように言った。

「ならば、あの事故をなくせばいい。

もう一度、あの実験装置、お父さんが<精神通信機>と呼んでいた装置を作って、

18年後のわたしに会ったように、今度は、事故の前の誰かに会って、

事故を止めてもらうようにお願いすればいい、って思ったの。

これが狙い」



1回目のソフィアは、顔を近づけて言った。

「でも、あの<精神通信機>を作ろうにも、お父さんの研究は、あの事故で完全に失われたみたいなんだ。

だから、テレパシーで話せる子供にお父さんの研究を伝えて、もう一回、あの<精神通信機>を作らせて欲しいんだ。

それは、子供にもメリットがある」

「どんな?」

「わたしの知識を受け取れば、数学、物理、化学、大脳生理学、量子力学、ロシア語が一瞬でマスター出来る。

悪い話じゃないと思う」



1回目のソフィアは、ニッコリと笑って言った。

「<精神通信機>を作ってもらったらさ、過去を変えてもらって、みんなで幸せになろうよ」



そこまで言うと、1回目のソフィアは何かを手に取って、差し出した。

手には、まぶしく光る玉があった。

1回目のソフィアは言った。

「これを受け取って欲しい」

「これは?」

「さっき言ったわたしの知識」

2回目のソフィアが玉を受け取ると、膨大な知識が頭に入ってきた。

「この知識を子供たちに伝えてほしい。18年間ほとんど暇でさ、お父さんの研究を頭の中で進めてたんだ」

「ありがとう」



1回目のソフィアは、少し悲し気に言った。

「実は、あたしもやろうとしたんだけど、気付いたのが遅すぎてさ。気づいたのが、2、3年前でね。

多分、実現には10年単位の時間が必要だから、あたしはあきらめた。

かなめの心に、そんなに長い間、居候出来ないから。

かなめに彼氏が出来たら、わたしが居るとやりにくいと思うし……。

だから、2回目のあなたに託すね。

これで思い残すことなく、オムニ・スフィアに行けるよ」


1回目のソフィアは、さっぱりした顔で言った。

「言いたいことは言ったから、あとは時間まで楽しく過ごそうよ」

1回目のソフィアは指を鳴らすと、ケーキと七面鳥の丸焼きとジュースが出てきた。

「クリスマス、おめでとう」

「おめでとう」

「事故の後の18年間で色々あったから、話してあげるよ」

1回目のソフィアはニヤリと笑い、話はじめた。



料理を食べつくし、マッタリしていた二人だが、2回目のソフィアが急に言った。

「もう帰る時間……って感じがする。ケーキと七面鳥、美味しかったよ、ありがとう」

「どういたしまして。次は上手くやってね、それと、かなめをよろしく」

「うん」

二人のソフィアは握手した。



気が付くと、2回目のソフィアは1981年の<ヤムスク11>の実験施設に戻っていた。

(18年後のソフィアの言うとおり、わたし幽霊になってるし……。かなめ大事、子供たちに知識を伝える……。

しかし、子供たちとテレパシーが出来るようになるまで、数年待つのか……つらい……)



やることがない2回目のソフィアは、頭の中で研究を進めることにしたのだった。

以上、書き直し終了
本編再開


数年後、2回目のソフィアも子供たちとテレパシーで会話出来るようになった。

彼女は、子供たちに数学、物理学、そしてオムニ・スフィア等について教え始めた。

しかし……。

(子供たちに教えたのはいいけれど、全く世間に相手にされない……)



子供たちは「天才少年少女、現る!」という、ビックリ人間枠で一時的にもてはやされ、終わってしまった。

子供たちは論文を書いて大学や研究機関に送ったのだが、まったく相手にされなかった。

なんの実績もないチビッコが書いた、それも、オムニ・スフィアなどというオカルトについての論文など、

誰もまともに取り合わなかったのであった。



2回目のソフィアは絶望のどん底に落ちた。

(どうすれば……。そうだ!)

2回目のソフィアは、子供たちに近い将来の出来事を話した。

すると、予言者として少しだけ世間に相手をされたが、時すでに遅しだった。


また数年経過し、1999年になった。

結局、この18年で子供たちに実験施設を作ってもらうどころか、研究自体、ほとんど進まなかった。

研究で進んだのは、ヒマな2回目のソフィアが自分の頭の中で進めた分だけだった。

(1回目のソフィア、ごめんなさい。結局、わたしはダメな子だったよ……。

もう3回目のわたしに頼るしかないわ。

かなめを頼って、かなめの心に居候させてもらったので、18年前のわたしの出迎え準備はオッケー。

次回は、早いうちに子供たちに未来の出来事を話して世間に相手されるよう、3回目のわたしにお願いしましょう……)



その後、2回目のソフィアは3回目のソフィアに知識と経験を伝え、失意のうちにオムニ・スフィアに消えたのであった。



- 続く -

なるほど
理解できた
けど、噛み砕きすぎて本来>>1が意図していた表現から離れたんではないか心配だ。

続き期待


皆さま、レスありがとうございます。

>>22
>フルメタ好きなのに見てはいけないとか
>胸糞とか。。。

フルメタが好きな人にとって、感動が台無しになる結末になるので、注意を書きました。

が、よくよく考えると、賀東先生が公式に書いているわけではなく、

ただの素人の妄想を書いたSSなので、フルメタの感動が台無しになることはない、と思いました。

だから、読んでみても面白いかもしれません。

>>23
賀東先生がこの辺を書かなかったので、物足りなく思ったわたしが書いてみました。

>>42
適当に0回目をでっちあげてみました。

>>63
>理解できた

レス、ありがとうございます!

書き直しても駄目だったらどうしよう?と、ヒヤヒヤしてましたから。

>けど、噛み砕きすぎて本来>>1が意図していた表現から離れたんではないか心配だ。

特に細かい意図は込められていないので、大丈夫です

>>64
サンクス!

では続きを。


2: 3回目



198X年

ソビエト連邦 シベリア 秘密都市<ヤムスク11>



事故から数年後、3回目のソフィアも子供たちとテレパシーで会話出来るようになった。

彼女は、子供たちに数学やオムニ・スフィアについて教えると同時に、近い未来の出来事も教えた。

これによって子供たちは世間から注目を浴び、協力を申し出る人間も出てきた。

(やっとこれで研究が進むでしょう)



3回目のソフィアが子供たちに勉強を教えていると、

「ソフィアねーちゃんて、東洋の女の人なの?」

と、子供に聞かれることが時々あった。

彼女には思い当たることがあった。

(多分、2回目のソフィアが何言ってたか思い出そうとして、

彼女のイメージを思い浮かべてたから、それが子供に伝わったのかもね。

2回目のソフィアさん、日本人のかなめの姿だったし……。

テレパシーって、そのようなイメージも伝わるのね)

説明が面倒だった3回目のソフィアは、

「まあ、そのようなものだわ」

と、適当に流した。

後にレナード・テスタロッサが「かなめがささやいた」と言ったのは、このためであった。


そのまた数年後、未来の出来事を教えることは失敗だと分かった。

(結局、寄ってくるのは、予知で一山当てようとする投資家という名の金の亡者と、

子供を教祖に祭り上げて、金儲けをたくらむ新興宗教の関係者ばかり……。

銭ゲバと信者にかこまれ、まともな学者から遠ざけられるオマケまでつく始末。

予知で世間の関心を引くのはやめましょう)



3回目のソフィアは、新しい手はないか頭をひねった。

(うーん、何も思いつかない……。もうダメだわ……。

ちょっとまって、今、なんて言ったの? 『もうダメ』? あきらめちゃダメよ!

1回目と2回目のソフィアに申し訳ないと思わないの?

でも、そんなこと言ったって……)

彼女は数年間一人ぼっちだったので、一人芝居がすっかり板についていた。


彼女はオムニ・スフィアの論文が学者たちに相手にされない原因を、再度、検討した。

(学者たちがオムニ・スフィアの論文をまともに取り合わないのは、なぜか?

オムニ・スフィアがオカルトっぽいというのもあるけど、子供たちに実績、信頼がないことも原因だと思う。

となると、まずは子供たちが手堅いテーマの論文を送って、実績と信頼を作ることから始めたほうが良い?

でも、そんな手堅いテーマの研究、何かあったかな?)



彼女は、彼女の父が、核エネルギーや電子工学の研究者であったこと、

そして彼の編み出した基礎理論が、ステルス技術に応用されていたことを思い出した。

(わたしは父の研究を理解しているから、それを子供たちに説明できる。

では、手堅いテーマである核エネルギー、電子工学、ステルス技術についての論文を子供たちに書いてもらって、

研究者としての実績を作ってから、オムニ・スフィアの論文を大学や研究機関に見てもらいましょう)


その作戦は上手くいった。

子供たちは、まっとうな研究者とみなされ、オムニ・スフィアの論文を大学や研究機関の学者に見てもらえるようになった。

しかし、そこで1999年になり、タイムアップとなった。



結局、3回目のソフィアもかなめの心に居候し、夢の中で4回目のソフィアに知識、経験を引き継いだ後、

「行ける!」という手ごたえと共に、オムニ・スフィアに消えていったのであった。


3: 1X回目



199X年

ソビエト連邦 シベリア 秘密都市<ヤムスク11>



3回目のソフィアの読み通り、手堅いテーマの論文で実績を作ることによって、

オムニ・スフィアの論文も受け入れられて、少しづつ研究が進んでいった。

彼女とテレパシーで会話できる子供たちも世間に受け入れられた。

(子供たちのことを<ウィスパード>、<精神通信機>をTAROSって呼んでるんだ。面白い呼び方だね)

TAROSとは「オムニ・スフィア転移反応(Transfer And Response "Omni-Sphere")」の略語だそうな。



しかし、そのTAROSの研究の進みは非常に遅かった。

核エネルギー、電子工学、ステルス技術のような手堅い研究が、飛躍的に発展することと対称的だった。

そのため、1X回目のソフィアは焦っていた。

(おかしい……いくらオムニ・スフィアがオカルトだからといって、ここまで研究の進みが遅いなんて……)


彼女は原因を考えた。

(ただ、今にして思うと、手堅くて実用的な研究が発展するのは当たり前で、オムニ・スフィアのようなオカルトに、

秘密都市を作るほど国家予算が付くほうが異常なのでは? うーん、あの時と今で、何が違うの?)



彼女は一つの原因に思い至った。

(80年代と90年代、一番の違いは冷戦が終わったことかな?

冷戦時代は、打倒西側諸国!のスローガンのもと、軍事費使い放題だった。

オムニ・スフィアの研究に国家予算を使うほど……)



そこで彼女は思いついた。

(なら……冷戦を続けさせれば良いんじゃない?)


彼女は冷戦を続けさせる方法を検討しはじめた。

(冷戦が終わったのは、我がソビエトが崩壊してしまったからだけど、

なんで、崩壊しちゃったのかな?)



彼女が調べたところ、崩壊の理由は、ソビエト政府にお金、特に外貨が無くなったためのようだった。

(お金、いわゆる米ドルが無くなって、食料を外国から輸入できなくなったからみたい。

…………………………。

今思うと、食料を敵国のアメリカに頼る戦争って、それなんてプロレス?って感じ)



彼女はソビエト政府の外貨が無くなった原因を調べた。

(どうやら、アフガニスタン侵攻、チェルノブイリ原発事故、石油の生産量の減少が原因みたいね。

じゃあ、これをなんとかしましょう)


まずは、アフガニスタン侵攻の早期終結の対策を検討し始めた。

(まあ、軍人さんたちや共産党幹部の夢の中で、ささやきまくるしかないね)



1X回目のソフィアはオムニ・スフィアの使い方にも慣れ、非常に限定された条件で人間を操ることが出来た。

ある人にとって、どちらでも良い選択があったとすると、その選択にソフィアは介入することが出来たのであった。

それは、テレパシーの通じる子供たち<ウィスパード>以外の人間に対しても可能だった。



例えば、ある人が車を買おうとしたとする。A、Bという車があって、同じような価格、性能、デザインだった。

そこにソフィアが、ある人の夢の中に入って、「A買え、A買え、A買え……」とささやきまくることで、

かなりの確率でAを選ばせることが出来たのであった。



ただし、ある人にとってBを選ぶ明確な理由がある場合、Aを選ばせることはできなかった。

また、ある人にとって嫌なこと、例えば自殺することなども、やらせることは出来なかった。

それに、複雑な命令も無理だった。

それは、<ウィスパード>以外の人間に、複雑なことを伝えられないからであった。

<ウィスパード>以外の人間とは波長が合わないらしく、非常に単純なことしか伝えられなかった。



1X回目のソフィアは、ソビエト軍人、共産党員たちの、そのような「どうでも良い選択」を積み重ねることによって、

アフガニスタン侵攻を早期に終結させられると考えた。

(次のソフィアには、こうやってアフガン侵攻を終結させてもらいましょう)


チェルノブイリ事故も、同じだった。

(チェルノブイリ事故の対応で、莫大な国費が使われたから、これも何とかしないとね。

次のソフィアには、アフガン侵攻終結と同じやり方で、チェルノブイリ事故も防いでもらいましょう)



石油の枯渇の対策も検討した。

(ソビエトの石油が生産量が減ったのは、石油が枯渇したというよりは、石油の採掘技術が未熟だったり、

パイプライン、機材の老朽化による原油管理の非効率、油田のあるバクーの政情不安が原因みたいね)



原因が分かれば、対策の立案は早かった。

(90年代の西側諸国の進んだ原油の採掘技術、管理方法を、ソビエトの<ウィスパード>にささやいて、

我がソビエト連邦のお財布の油田を立て直してもらいましょう。

これも、次のソフィアにお願いしないとね)


彼女はお願いを、もう一つ増やした。

(ゴルバチョフが開放政策をしたら、ソビエトが延命しても冷戦が終わってしまう。

だから、ゴルバチョフが書記長になるのを阻止して、タカ派の人間を書記長にしてもらいましょう)



かくして、1X回目のソフィアは、次のソフィアにソビエト連邦の延命と冷戦の延長を託し、

オムニ・スフィアに消えて成仏したのであった。



- 続く -


※ソビエトの崩壊について、以下のサイトを参考にしました。

ソビエトを崩壊に追い込んだニクソンの長期世界戦略(3) -冷戦の終結
http://kunakichi.at.webry.info/201002/article_2.html

ソ連政治体制の崩壊の真相は、原油減産がもたらした経済破綻、か?
http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52097628.html

復活した石油大国ロシアとその背景にあるもの
http://oilgas-info.jogmec.go.jp/pdf/0/493/200301_020a.pdf



>>70
に誤記が有ったので、投稿しなおします
スマンス


3: 1X回目



199X年

ロシア連邦 シベリア 秘密都市<ヤムスク11>



3回目のソフィアの読み通り、手堅いテーマの論文で実績を作ることによって、

オムニ・スフィアの論文も受け入れられて、少しづつ研究が進んでいった。

彼女とテレパシーで会話できる子供たちも世間に受け入れられた。

(子供たちのことを<ウィスパード>、<精神通信機>をTAROSって呼んでるんだ。面白い呼び方だね)

TAROSとは「オムニ・スフィア転移反応(Transfer And Response "Omni-Sphere")」の略語だそうな。



しかし、そのTAROSの研究の進みは非常に遅かった。

核エネルギー、電子工学、ステルス技術のような手堅い研究が、飛躍的に発展することと対称的だった。

そのため、1X回目のソフィアは焦っていた。

(おかしい……いくらオムニ・スフィアがオカルトだからといって、ここまで研究の進みが遅いなんて……)

乙乙!


4: 1XX回目


199X年

ソビエト連邦 シベリア 秘密都市<ヤムスク11>



アフガニスタン侵攻はソビエト軍の勝利で早期に終結するようになった。

ソフィアのささやきが、ソビエト軍の「どちらでも良い選択」で、常に良い方を選ばせ、

アフガンゲリラの「どちらでも良い選択」で、常に悪い方を選ばせた結果であった。

そのソビエト勝利終結ルートを確立するために、歴代のソフィアの無限のコマンド総当たりという、

はてしないトライ・アンド・エラーの積み重ねがあった。



アフガニスタン侵攻の早期決着は、ソフィアにとって良い影響があった。

まず、アフガン侵攻の軍事予算が、石油採掘に振り分けられた。

それにより、採掘機材、パイプラインが最新のものに更新され、石油の生産量が増加、安定したのであった。

(90年代の西側諸国のぉ! 最新技術の採掘機材でぇ! 油田掘っても掘り抜けて、原油増えたら、わたしの勝ち!)


また、政治では、改革派の力が落ち、タカ派が力を持つようになった。

アフガン侵攻の早期決着で、国家財政に余裕が出来たため、苦し紛れの開放政策を取る必要もなくなり、

アフガン侵攻の勝利で、軍が力を持つようになったためだった。

追い込まれた改革派が強硬策に出て、逆に改革派の指導者だったゴルバチョフが暗殺されてしまった。

(アフガニスタン侵攻を早期終結させたら、わたしが何もしなくても、タカ派が主導権を握ったわ。

ゴルビーごめんね。歴史をやり直したら、またペレストロイカお願いね)



一方、チェルノブイリ事故の対応は簡単ではなかった。

最初、ソビエト連邦の発表した事故原因は、オペレータの規約違反の操作だった。

そのためソフィアは対策なんて楽勝だと思ったのだが、実は原発の構造に欠陥があったことが後に判明した。

その上、原子力指導者たちは、すでにそれを知っていたらしいのだ。



構造欠陥の問題を直すため、ソビエトの<ウィスパード>に1999年の最新の原発技術を伝えたのだが、

ソビエトの硬直した官僚主義に阻まれ、構造欠陥は放置され、結果、原発事故を防ぐことが出来なかった。

原子力業界の権威に逆らい、まだ問題が起きていない原発を止めて、莫大な費用をかけて構造欠陥を直すことは、

お役所の立場からは非常に難しいことだったのだ。

(うむむ、仕方がないね。事故の発生を防げないなら、事故後の対応で、被害を抑えるしかない)



ソフィアは、チェルノブイリ原発事故後の対応の「どちらでも良い選択」で、常に良い方を選ばせて、

事故の被害の縮小させたのであった。


このような歴代ソフィアの努力の結果、ついに1999年になってもソビエト連邦は存命し、冷戦も続くようになった。

そして、オムニ・スフィア研究に国家予算がつくまでになったのであった。

(な、長かった……ついに、ついにやったよ! 今までのソフィアたち!)



歴代のソフィアは<ウィスパード>の子供たちに、オムニ・スフィア、核エネルギー、電子工学、ステルス技術をささやき、

しばらく後、<ウィスパード>の子供たちから、それらの最新の研究成果を常にフィードバックしてもらっていた。

それを1999年まで続け、1999年になったら、1981年の次のソフィアに引き継いだ。

とうとうその回転の歯車がガチッと噛合い、オムニ・スフィアの研究が、物凄い勢いで進み始めたのであった。


5: 前回



1999年

日本 東京郊外 千鳥かなめの家



歴代ソフィアのループによって、核エネルギー、電子工学、ステルス技術が異常なまでに発達した。

それにより、パラジウム・リアクター、高性能人工知能、レーダーにも人の目にも見えない電磁ステルス技術、

軍事用人型ロボット<アーム・スレイブ>が開発された。

オムニ・スフィアの研究も進み、TAROSの小型化、高出力化の目途が付いた。

(今回は無理だけど、次回はいけそう!)



しかし、ソフィアの心配は消えなかった。

<ウィスパード>の価値を知った国々、軍事企業が、<ウィスパード>の争奪戦を始めたからであった。

争奪戦に巻き込まれ、命を落とす<ウィスパード>さえいた。

(最悪、TAROSの開発には失敗しても、かなめだけは守らないと。

彼女がいないと、このソフィアのループが途絶えてしまうから)



ソフィアは一計を講じた。

(今までは、かなめが幼いころからささやいてたけど、それだと、かなめが<ウィスパード>と周囲にバレて、

命が危うくなる。だから、1999年のギリギリまで、ささやくのはやめよう。

居候するのも、中学の卒業旅行からではなく、ギリギリまで待ってからにしよう)



それでも、ソフィアは安心できなかった。

(ん? <ウィスパード>に面白い子がいるね。そうだわ!)

ソフィアは、駄目押しの策を考え出した。



- 続く -


※参考サイト

チェルノブイリ原発事故原因の見直し
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/GN/GN9204.html

原子炉事故の理解のために
http://ecomaterial.org/frm/image_frm/mb_genpatsu110328-2.pdf



ソフィアがんばってるけど、うまいこと事故を防いでもあの状態から幸せになれるのか……
まあ事故が起きると幽霊からの消滅しかないから、ワンチャンに賭けるしかないか

乙!
みんなで幸せにはゴルビーは含まれるのか……


5: 今回



1999年 12月24日

西太平洋上 双発ビジネス機 機内



ソフィア、レナードによる歴史改変は阻止され、かなめは双発の飛行機に乗り、メリダ島から脱出した。

機中、かなめは眠っていた。

そして、かなめの夢の中で、ソフィアは18年前の自分を出迎える準備をしていた。



ソフィアは、あーでもない、こーでもないと考えていた。

(あと少しだったな……。 歴史の改変は、次のソフィアにまかせよう。

もうTARTAROSも出来たし、次はイケるでしょ。

うーん、どんな風に18年前のわたしを出迎えようかな? 温泉で癒してあげようか?

クリスマスのパーティを開こうか? ふかふかのベッドで休んでもらおうか?)



ふと、ソフィアは視線を感じた。

かなめがいた。

「あんた、なにやってんの? まーーた、なんか良からぬことを、たくらんでるんでしょ!?」

「そんなことないよ?」

「ふん、だまされないわよ」

「ねえ、かなめ。信じてくれないと思うけど、実はわたし、あなたが大好きなの」

「な……なに言ってるの、き、急に? ドキッとするじゃない!」

「わたし、あなたに嫌われたくないから、少しの間、どこかに行っててほしいな」

「やっぱり、なんかする気なのね、もうあきらめたら?」

「これから話すことを、かなめに聞かれたくない。かなめも知らないほうがいい。だから……」

「いやよ、行かない! なんだか知らないけど、あたしに隠れてコソコソ話すのは、気にくわない。

誰かと話すなら、わたしにも聞かせなさいよ」

「わたし、警告したからね……」


ソフィアが指を鳴らすと、かなめの口にテープが張られ、手足を縛られ、床に寝転がされた。

「……っ! ……っ!」

「夢はわたしのホームグラウンドよ。ここではわたしに主導権がある。たとえ、あなたの夢でもね。

もうすぐ、わたしが来るわ。あなたがいるとややこしいことになるから、黙って空気になっていて」

ソフィアがもう一度指を鳴らすと、かなめの姿が完全に透明になって見えなくなった。



ソフィアが、また指を鳴らすと、テーブルが出現し、その上にはケーキと七面鳥があった。

そばには暖炉があり、暖かく快適で、どことなく懐かしい雰囲気の部屋となった。

「これでどうかな?」

ソファーが出てきた。

「まずは、このソファーで休んでもらおう」


気が付くと、次回のソフィアがソファーに寝ていた。

次回のソフィアは目を覚ました。

今回のソフィアは言った。

「ようこそ18年前のわたし。あなたをずっと待っていたの。わたしは事故の18年後のソフィアよ」

「なにを言ってるの? あなたはわたし? なんでわたしは、そんな姿なの?」

「この18年、色々あったの。これから説明するけど、その前に……」

かなめの姿の今回のソフィアが、次回のソフィアを抱きしめた。

「つらかったね」

次回のソフィアは泣き崩れた。



今回のソフィアは、次回のソフィアに、これまでの経緯を話した。

「……と、言うわけで、色々、やってもらいたいことがあるんだ」

「どんなこと?」

今回のソフィアは、次回のソフィアに、お決まりのお願いを話し、知識と経験を渡した。


そして、お願いの注意点を説明し始めた。

「かなめが大事で、大好きだから気を付けて欲しいんだけど……」

(ん、かなめが驚いている)

「かなめを守るのはいいけど過保護はだめ。これはわたし本当に反省してる」



かなめの強運は、実はソフィアの加護のおかげだった。

北朝鮮で人工衛星にサインを送ることを思いついたのは、実はソフィアにささやかれたためだった。

渋谷で、かなめが暗殺者の飛鴻の銃弾を避けたのも、飛鴻が拳銃の弾数を間違えたのも、ソフィアの仕業だった。

サビーナを挑発して殺されたビジョンを見せて、実際に殺されるのを回避させたのもソフィアだった。

実際は、はるか以前から、かなめの危機にソフィアが動いていた。



「かなめは後先考えずに話したり行動するから、アメリカで何度死にかけたかわかんない。

だって、学校の不良や、ストリートギャング、はてはマフィアにまで突っかかるんだから。

わたしは過労死しそうになったよ」


今回のソフィアはオムニ・スフィアの使い方を習熟しており、一瞬ならば、人に幻覚を見せたり、意識に介入することが出来た。

かなめがピンチの時、ギャングやマフィアに幻覚を見せたり意識に介入して、助けていたのだった。

ただし、非常に疲労するため、かなめを守る以外には使用しなかった。

<ウィスパード>へのささやき、ソビエト延命、冷戦延長のため、ソフィアは常にささやき続ける必要があったが、

疲労すると、ソフィアは、しばらくの間ささやけなくなるので、本当に必要な時しか使いたくなかったのだ。



「で、わたしが助けたおかげで、そんな生き方に自信を持っちゃって、またギャングに突っかかって、無事に済んで、また自信を増して……。

本当なら痛い目にあって反省するんだけど、その機会が無くてね。

最後には自分の生き方、自分自身に、信念というか、確信というか、鋼鉄のような絶対的な自信を持つようになったよ」



バラ色の未来を蹴っ飛ばし、自分の思うがままに、望むがままに世界を選択した千鳥かなめの強情さは、ここから来たのであった。

千鳥かなめと書いて「ザ・ファッキン・ガッツ」と読めるほど強情っ張りに育てあげたのは、実はソフィアだった。


「まあ、ギャング、マフィア相手に、あれだけ思ったことを言って、やりたいことをやって、無事ですんだら、

誰だって自分に自信を持つと思うけどね。

だから次回は、単に助けるんじゃなくて、そこそこ怖い目にあってもらいつつ、助けてあげて」

(あ、かなめがヘコんでるのを感じる……)



「かなめは勘違いしてるんだけど、アメリカ人は言いたいことを言っているようで、本当に言っちゃいけないことは、言わない。

やっちゃいけないことは、やらない。そうじゃないと死んじゃうから。文字通り。

だから、言っちゃいけないことをズケズケ言って、やっちゃいけないことをやるかなめには、

周囲は本当にあきれてたよ、心の中では」

(あ、かなめが、ものすごくヘコんでるのを感じる……)


「あ、でもね、かなめが正義感から突っかかってたことは分かってたから、周囲に好かれてたよ!

不良やギャングから助けられた人は、とても感謝してたし……」

(フォローしておこう……)



「日本でいじめられたとき助けなかったのは、命にかかわるピンチじゃなかったから」

(まあ、これはかなめに言ってるんだけどね……)



次回のソフィアはピンと来ていないようだった。

それを見て今回のソフィアは言った。

「とにかく、かなめは大事だから守る。でも過保護はだめ。いいかな?」

「わかったわ」


今回のソフィアが続けて言った。

「では、次の注意。アフガニスタン侵攻なんだけど、意図的に長引かせようとする勢力がいる。

<アマルガム>って奴らなんだけど。で、今までのやり方だと、短期終結が出来ない。

それで、改革派のゴルビーが書記長になってしまった。

まあ、その奴らがコルビーを暗殺して、冷戦を延長させちゃったんだけどね。

一応、奴らの裏をかくやり方があるから、後で教えるね」


今回のソフィアは、少し真剣な顔で言った。

「それで、<ウィスパード>に特別にやらせてほしいことがあるの。やらせ方は、後で教えるよ」

ここ数回のソフィアはささやく技術が向上し、ソフィアに操られていると気付かれずに<ウィスパード>に命令し、操作することができた。



今回のソフィアは、辛そうな顔で言った。

「バニ・モラウタに、ラムダ・ドライバを搭載した特別な<アーム・スレイブ>を作るよう命じて。

相良宗介の専用機としてね。相良宗介は、かなめの護衛だから、彼に強力な武器を与えたいの。

その<アーム・スレイブ>が出来たら……テレサ・テスタロッサを捨てるよう命じて。

これが前回から引き継いだお願い。捨てさせる理由は、後で説明するわ」



そして、絞り出すように言った。

「これは今回からのお願いなんだけど……死んではだめ……と、彼に命じて」



バニは「テッサを捨てろ」というささやきに抵抗し、精神が壊れ、死を選んだ。

今回のソフィアはそれにショックを受け、「死ぬな」という命令を追加するよう、次回のソフィアにお願いしたのであった。


今回のソフィアは続けて言った。

「次に、テレサ・テスタロッサ。かなめに好意を持ち、かなめを守るよう命じて。

そして、相良宗介を愛し、彼を助けるよう命じて。

相良宗介を愛するよう、バニへの思いを断ち切らせるため、バニに彼女を捨てさせなさい」

(かなめ、とても怒ってる……)

「なぜ愛するように命じるの?」

「愛する人のことは、必死に守るからよ。かなめを守るため、どうしても相良宗介には生きていてもらいたいの」



今回のソフィアは、なおも続けた。

「次に、レナード・テスタロッサ。かなめを愛し、命がけで守るよう命じて。

それと、かなめに最新の<アーム・スレイブ>の技術を教えさせて。

かなめと一体になったとき、わたしがそれを習得出来るから」

(かなめ、とても悲しんでる……。怒られるより、つらいな……。

かなめを守るため、わたしはテスタロッサ兄妹を完全にピエロにしてしまった……)


今回のソフィアは、死にそうな顔で言った。

「次に、相良宗介……」

(かなめが驚いている……)



しばらく沈黙の後、覚悟を決めて今回のソフィアは言った。

「相良宗介に、かなめを愛し、命の限りかなめを守るよう命じて」

(かなめが息をしていない……)

今回のソフィアは続けて言った。

「そして、この戦闘の知識を彼に渡して」

今回のソフィアは、次回のソフィアに知識を渡した。



相良宗介は<ウィスパード>だった。ただし、彼が受け取ったのは<ブラック・テクノロジー>ではなく、戦闘の知識だった。

彼がソビエト、アフガニスタンで生き残ったのは、その知識のおかげだった。

彼はソフィアによって、かなめを守るための戦闘のエキスパートに仕立て上げられたのだ。



今回のソフィアは思い出したように言った。

「そうそう、宗介には命令追加。ソフィアの邪魔をしないよう命じて」



これらの<ウィスパード>への命令が、前回のソフィアのかなめを守る駄目押しの作戦だった。



「それと、歴史改変が成功したら、バニ、テスタロッサ兄妹、相良宗介に良くしてあげて……。なんのお詫びにもならないけど……」


今回のソフィアは、重荷を下ろした、という顔で言った。

「お願いはこんなもんかな。では、クリスマスのお祝いをしましょう、メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」



しばらく後、次回のソフィアは1981年に帰って行った。

そして、今回のソフィアは、かなめを自由にした。

かなめは一言も言わず、どこかに行ってしまった。



(夢の中のことは、起きたら全部、忘れちゃうけどね。でも、心の奥では覚えている。

宗介と会うたびに、心の奥底に、黒いものがたまっていくかも……。

別れちゃうのかな? 乗り越えるのかな?)


歴代のソフィアは、かなめの中学の卒業旅行から居候して、楽しい高校生活を共有したので、

割と満足して、オムニ・スフィアに消えていった。

しかし、今回のソフィアは、1999年になってから居候したので、まったく楽しい経験をしていなかった。

そのため、今回のソフィアは、すくなくとも大学生活を満喫してから、消えるつもりだった。

(ま、あなたが選んだ世界の行く末、見届けさせてもらうわ。お手並み拝見)



結局、今回のソフィアは、かなめと宗介のイチャイチャを目の前で散々見せつけられながら4年間を過ごし、

満足感と敗北感とともに、オムニ・スフィアに消えていったのだった。



- 続く -



さて、ここから本編後の周回か


6: 次回



1999年 12月24日

西太平洋 メリダ島



かなめを乗っ取ったソフィアは、TARTAROSの最終調整をしていた。

その時、ヘッドセットから音声が聞こえた。

『……千鳥かなめ、聞こえるか!?』

宗介が無線でかなめに呼びかけた。

『俺は来たぞ。すぐそこまで来ている!』

「ソースケ……?」

『俺は君を連れ戻しにきた!』



宗介は続けて言った。

『優しいことばも考えたが、俺はこういう奴だ。よく聞け。君にはがっかりした。

もっとガッツのある女だと思っていた。わかるか?』



そして、罵詈雑言を叩きつけた。

『もっとすごい女だと思ってたのに』

『本当は君にムカついてた』

『フェアじゃない』

『まったくひどい奴だ』

『助けるに値する女なのか疑問だ』

『<ヤムスク11>で救えなかったのは、君がモタモタしていたせいだ』

『やる気があるのか?』

『こんなこと言われたらメソメソ泣くのか?』

『なにが「一緒に帰ろう」だ、大嘘つきの、クソ女が!』

『違うというなら、俺を殴りに来い!』

『俺の頭をはたいてみせろ!』


宗介はかなめに呼びかけた。

『こたえてみろ、千鳥!』

「聞こえてるわよ……。ソースケ……。無駄な努力よ。TARTAROSの準備はもう終わった。

みんな幸せになる新世界を作る。もう遅いわ……なにもかも。

もう武器を捨てて、そこで待っていて。残酷な世界に別れをつげる、その瞬間を……」

『おまえは黙っていろ。俺は千鳥かなめに話しているんだ』

「なにを言っているの? あたしがかなめよ」

『おまえは彼女なんかじゃない。おまえはソフィアだ』


かなめは、ダンッ、と机を叩いて言った。

「………………はあ? なに言ってくれちゃってるの?」

『黙れ』

「黙るのはあんたよっ、ソースケ! 新世界が生まれる聖なる瞬間だから優しくしてりゃあ、つけあがってからに……。

っっっったく、だれがクソ女よっ!!!

あーーーーそうよ! あたしのせいよ! <ヤムスク11>では、すいませんでしたね!

あんたがネクラで常識がないのも、消費税が上がるのも、地球が回るのも、全部、ぜーーーーーーんぶ、あたしのせいなのよ!

だけど、クソ女ってのは聞き捨てならないわよ!? あたしだって苦労したの!

か弱いか女子高生がこんな大騒ぎにまきこまれて、苦労してないわけがないっつの!

まともな神経してたら、優しい言葉のひとつでもかけて苦労をねぎらうという、しごく当然の考えに行きつくはずよっ!!!

それをなに!? バカなの!? 死ぬの!? あんたは戦争バカじゃなくて、ただのバカ!!! ジャスト・バカよ!!!

その上、北朝鮮で助けた恩人にたいして、クソ女!? はあ!?

言うに事欠いて、クソ女!? ったく情けないったりゃありゃしない。

あたし、あんたに高校で色々常識ってもんを教えたつもりだったけど、全っっっっっ然、身に付いてないわねっ!!!

ホントがっかりよ! がっかりって言う資格があるのは、あんたじゃなくて、あたしのほうよっ!!!

飼い犬に手をかまれるとは、このことねっ! いや、あんたをワンちゃんに例えるなんて、ワンちゃんに失礼よ、このトーヘンボクっ!

その上、エっっっっっラそうに『ガッツのないぃ』? 『大嘘つきぃ』? 『ひどい奴ぅ』? なんなの、その上から目線?

ああ? あれ? ツンデレがこじれちゃったの? こじらせちゃったの? こんな時ぐらい、素直でいいのよ?

『愛じてるんだ、かなめ~』とか鼻水たらしていってみても!

言えないの!? 言えないんだ? アレなの? 私に飽きたの? 本当はどうでもいいの?

どうでもよくなってるんのは、あんたじゃないのっ!?

はいはいはい、どーーーーせあたしゃ、ガッツのない、大嘘つきの、ひどい奴の、フェアじゃない、ガッツのない……

クソ女ですよっ!!!

バカソースケっ! 知らない、もう知らない。帰れ! テッサのところにでも帰れ! 勝手にしろっ!」


宗介は言った。

『おまえ……ほんとうにソフィアか……?』

「だから、あたしはかなめだって言ってるでしょ?」

『まあいい、よく聞け。これから台無しにしてやるぞ』

「やれるものなら、やってみなさいっ! あたしは信念をもって、コレをやってるの。

あんたにもし信念があるなら、あたしを撃ってでも止めてみなさいっ!

……言いたいのは、それだけよ」

かなめは無線を切った。

散々言い返したかなめはスッキリしてしまい、もう自分に疑問を持つことはなかった。

ソフィアは、かなめの真似が上手くなっていた。かなめと自分自身を騙し通せるほどに。



注意を受けたにもかかわらず、かなめの強情は変わっていなかった。

幼いころからカナメを見守っていたソフィアが、かなめLoveになってしまい、過保護になったせいだった。



結局、宗介はソフィアを止められなかった。

最後の最後で、かなめが、かなめ本人なのか、ソフィアに乗っ取られてるのか迷い、TARTAROSを撃てなかったのだ。


TARTAROSは発動し、ソフィアは過去改変を始めた。

(まず1963年に……)



1963年、ソフィアの父のヴァロフ博士は人生の岐路に立っていた。電子工学の道に進むか、大脳生理学の道に進むか迷っていた。

(ここが大きな分かれ道。ここで電子工学を選べば、<ヤムスク11>自体無くなる……。

では、電子工学選べ、電子工学選べ、電子工学選べ……)

ヴァロフ博士は、電子工学、大脳生理学のどちらでも良かった。

ソフィアは父にささやいて、電子工学を選ばせたのであった。



(次に、テッサ……)

<ヤムスク11>が無くなり、<ウィスパード>がいない世界では、テッサとバニは出会わないはずだった。

(これを、こう、ウリャウリャすれば……不思議な出会いが……)

ソフィアはテッサとバニが出会うよう、歴史を書き換えた。

(テッサ、バニ、上手くやってね)



(それと、レナード……)

レナードとソフィアは、新世界での再会を約束していたが、ソフィアは出会わないつもりだった。

(わたしにレナードと会う資格はないよ。かなめも違うんだな。ごめんね。そのかわり……)

ソフィアはサビーナと出会うよう、歴史を書き換えた。

(サビーナ、頑張って)


(ファウラーさんは、ご家族と無事に暮らせるようにして……)



(カリーニンさんも奥さん、お子さんと平和に暮らしてね……)



(かなめのお母さんの病気が早期発見されるように改変して……)



ソフィアは、自分に協力してくれた部下たちの要望に応じて、歴史を改変していった。



(最後に、宗介だけど……ふむ……こんなのどうかな……うへへへ)



(さあ改変を確定し、この時間軸に反映させるよ! みんなお幸せに……)



この新型TARTAROSは、過去を改変した結果を、現在の時間軸に反映させることが出来た。

そのため、核戦争で人類を減らす必要はなかった。ソビエトの核ミサイル基地を襲ったのは、

核戦争を起こすためではなく、ただの陽動だった。



歴史は改変され、<ウィスパード>がいない世界となった。


1999年 12月24日

日本 調布市 泉川商店街



クリスマスのデコーレーションが飾られた泉川商店街で、相良宗介はかなめを待っていた。

クリスマスソングが流れる中、かなめが手を振りながら宗介のもとに走ってきた。

「ソーースケーー!」

「千鳥」

宗介が微笑み、手を上げた。



かなめは走りを止めず、勢いを上げた。

「ソォーースケェェエーーーー!!!」

走った勢いそのまま、かなめの「右」が宗介の傷のないアゴにぶち込まれた。

「グハッ!!!」



かなめが一気にまくしたてた。

「あーーーーーーんた、あたし、言ったよね!!!

信念があるなら、あたしごとTARTAROSを撃てって! 間違いない、絶っっっっ対、言った!!!

あの乙女の覚悟を、なんで無駄にしたの、ねえ? 聞いてる?

あんた、やっぱりテッサといい感じになってたのね? だから、二人の出会いとか、思い出とか、どーーーーでも良かったんでしょ!

あたしはね、あんたとの思い出が消えるくらいなら、あんたに撃たれてもいいって覚悟だったのに……。

あたしばかり、バカみたい! くぬっ、くぬっ、死ね! 死んでしまえっ!!!」


宗介はかなめのキックの痛みに耐えながら、不思議に思っていた。

(俺はメリダ島にいたはずだが……。なんだこれは? 過去が改変されたのか?

だが、俺は<ミスリル>やテッサ、カリーニンやガウルンのことを覚えているぞ……。

いや違う。思い出してきた。俺は……調布生まれ、調布育ち。陣代高校生……。ミリオタでもある……。

まさか……2つの人生の記憶がある!)



その時、誰かが後ろから宗介に抱きついた。

「ソウスケ、待った?」

宗介の背中に柔らかいものがフニュッと押し付けられた。

ナミだった。

(そうだ、こっちの世界の俺は、この仲良し3人組で、これから映画を見に行くところだったのだ……。

かなめとナミ…………。良くない。これは非常に良くない……)


「あんた、だれよ? ソースケのなんなの?」

かなめが噛みついた。

「あたし? 友達だよ?」

「あーー、思い出した。ナミね、留学生の。あたしはね、前から、前の世界からソースケと友達なの。あんまり、なれなれしくしないで!」

「あんた何様? あたしだって前の世界から友達だし。そっちが遠慮してほしいねー」

「なんですってぇ!?」

「聞き分け悪いねー。あたしとソウスケなんて、前の世界では一つ屋根の下で暮してたんだよ?」

「ソースケっ、本当なの!?」

(あのときはレモンもいて、3人で暮していたのだが……)



宗介が無表情に固まっていると、携帯電話が鳴った。

「こちらウルズ7。……そうか。……緊急事態か。……肯定だ。……ああ。了解した」

宗介は駅に向かって走り出した。

「急用ができた。映画は2人で行ってくれ。この埋め合わせはする」



かなめはつぶやいた。

「<ミスリル>の仕事じゃ仕方ないか……って、この世界に<ミスリル>はないでしょ!?

あんた、それ待ち合わせ時間のアラームが鳴っただけでしょ! 待ちなさい、ソースケ!」

「ソウスケ!」



かなめとナミが宗介を追いかけて、走り出した。


1999年 12月24日

ロシア連邦 モスクワ郊外



ソフィアはクリスマスの用意をしていた。

(やっちまったわ……。歴史改変のプログラムがバグってた……)



ソフィアは自分の記憶も含めて、きれいさっぱり古い世界を消して、完全に新しい世界に置き換えるつもりだった。

しかし……。

(時間軸の「置き換え」じゃなくて「統合」をしちゃった……。ひとつ古いバージョンのソースコードをビルドしたせいで……。

そのおかげで、みんな二つの世界の記憶を持つようになってしまった……)



この世界は、基本は新しい世界だが、古い世界にだけいた人間も追加されていた。

両方の世界にいた人間は、両方の記憶を持っていた。


キッチンに青ざめたソフィアの夫が入ってきた。

「ソフィア、その……思い出した。別の世界で、私はソフィアの母さんを殺してしまった……。今から謝ったほうが良いかな……?」

「いや、いまはそっとしておいて。さっき、母からわたしに号泣謝罪電話が来たから……。父からも……。

母は混乱してるから、ちょっと待って」



彼女の夫は、彼女のピアノの先生だった。

彼は優秀で、飛び級で大学を卒業し、18歳ながらヴァロフ博士のもとで研究していたのだ。

(彼が夫になったのは、わたしの改変の結果じゃなくて、偶然なんだけどね……)



彼女の父のヴァロフ博士は、電子工学を選んで人柄が優しくなった。

いや、大脳生理学を選ばず、禁断の人体実験を行わなかったため、人柄が変わらなかった。

そのため、妊娠させてしまった彼女の母に、誠意のある対応をした。

それで、母は父親に顔が似ていたソフィアにつらく当たらず、愛情を持って育てたのであった。


なお、アルは1999年には受け入れる器がなかったため、2020年型トランザム(黒)の自動運転の人工頭脳として、

相良家に納車されることになった。それを1999年の宗介が知る由もなかった。



ナミの母親も、地雷をふまないようソフィアが改変したので、無事だった。



テスタロッサ兄妹の母も、魔が差さないよう改変したので、レナードが曲がることもなかった。



世界はしばらく混乱していたが、やがて受け入れ、ついには誰も気にしなくなった。


7: 2回目



1999年 12月24日

ロシア連邦 モスクワ郊外



2回目のソフィアは自宅のキッチンにいた。

(あれ? わたしオムニ・スフィアに消えたはず……。なんでここにいるの?)



新型TARTAROSは、1981年12月24日から分岐した全ての時間軸を改変した。

2回目のソフィアの時間軸も含まれていた。

全ての時間軸で<ヤムスク11>の実験が無かったことになり、ソフィアのループも完全消滅したのであった。

(多分、別のソフィアが成功したのね……。いや、記憶が残ってるから、失敗したのかな……。

でも、記憶が残ってて良かった。かなめたちとの思い出は無くしたくなかったから)


歴代のソフィアは、かなめと高校3年間を楽しくすごした。

かなめは隠し事が苦手だったので、ソフィアのことは早々に周囲にバレてしまった。

しかし、かなめの家族も友人も暖かく受け入れた。

(家族の暖かさは、かなめのお父さん、あやめちゃんに教えてもらった。

友達の素晴らしさは、陣高の皆に教えてもらった。

これがあったから、オムニ・スフィアに消えても悔いはなかった……)



ソフィアは向こうの部屋にいる夫と子供を、ふっと見た。

(長い長いわたしの夢は終わったのね……。これからは現実で頑張りましょ)



ソフィアは料理の手を止めていたが、また手を動かし始めたのだった。



- 完 -


【懺悔コーナー】

>>1

誤)男は、実験施設の所長、ヴァロフ博士。

正)男は、<ヤムスク11>の責任者、ヴァロフ博士。



>>70
>>78

誤)対称的

正)対照的



>>全体

メリダ島への襲撃は12月24日じゃなくて、多分、2月です。

途中まで書いてから気付いたので、引き返せなかった。



冒頭、超絶胸クソ展開と書きましたが、結局、ハッピーエンドになってしまいました。ここでお詫びします。


※参考

「死」にゆく脳は最後にガンマ波を放出すると判明!臨死体験の謎を解く鍵となるか:ラット研究
http://irorio.jp/sakiyama/20130813/72649/



フルメタ長編を一気に読んだ。面白かった。

賀東センセが書かなかった部分を、自分なりに補完してみた。

多分、当たらずも遠からずだと思う。賀東センセに確認するすべはないが。

少なくとも、かなめが超ラッキーなことと、レナードがかなめに惚れたのは、ソフィアの仕業だと思う。

html申請してきます。

ではでは。


雑談ありでhtml申請しましたので、ご自由にコメントをお書きください。


地の文が人物の動きを説明してるばかりで単調になりがちだったからもう少し肉付けしてやると良かったかな
話自体はこういう展開もありだなと素直に読めたし面白かったです


フルメタはアニメ見たくらいだけどおもしろかったよ

>>119
アドバイスありがとう
地の文が貧弱なのは、実は以前からの課題だったんだよね

>>120
コメありがとう
楽しんでくれたなら、なによりです

かなめの無鉄砲で在れた部分や周回していく事で積み重なっていく非現実的な世界の構築が補足されてるのいいねこういう補完的な短編読みたかった
公式だと無かったんだな
久々に原作読み返したくなった乙です

乙です
その後の世界を書いてくれてもいいんやで

>>122
喜んでいただけたようで、こちらも嬉しいです!

>>123
コメありがとう
フルメタで書きたいことは書いてしまったので、申しわけないですが、続きは……

よかった
ハッピーエンドで何よりです。

>>125
コメありがとう!
最初はバッドエンドのつもりでしたが、途中でハッピーエンドに変わりました

テストです。

かなめ「」
宗介「」
ソフィア「」
ナミ「」

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