【R-18】狸吉「アンナ先輩に拉致監禁」綾女「SOXイ○ポッシブル!」【下セカ】 (238)

R-18です! お子様はみちゃダメですよ


『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』のSSです。時間軸は原作6巻のエンディング前あたり。
原作のネタバレはなしです。小ネタはあるかもですが、読んでなければわかりません。


【R-18】狸吉「アンナ先輩に拉致監禁」綾女「SOXイ○ポッシブル!」【下セカ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1440051685/)

↑を改行入れて読みやすくした+続きアリの立て直しです。すみません。


アニメのみの方でも大体わかると思います。メインは狸吉にアンナ先輩に華城先輩の三人です。
きわどい描写がありますので、そういうの苦手な方はお控えください。ちなみに予告すると、狸吉とアンナ先輩の本番行為があります。
もし本番してたらどうなっていたんだろうっていうIFです。前提は全部言いました。なんかまずそうならスレッド削除するつもりです。

ではいきます。







































「あのー、アンナ先輩。ここはどちらでしょうか……」

「わたくしのお部屋ですわよ?」

 当たり前、というようにアンナ先輩は笑顔で答える。その瞳にはギラギラと獣のような光を宿らせたまま。ちなみに全裸だった。ついでに僕も上半身は既に衣服をはぎ取られていた。

 その笑みはいつものような、飢えに飢えきった餓死寸前の余裕のなさではなく、獲物を舐りいたぶるような、何処か残酷な悦びがある。あ、これ僕が初めて関わった下ネタテロ(ハエの交尾実況)の時に屋上に僕が追いつめられた時に聞いた、あの微笑だ。今考えればこの時アンナ先輩のこういう獣の部分に気付いていれば、僕ももう少しダメージ少なくて済んだのかなあ。なんか色々と。ほら、ローションなしでしこしこするとずるずるになって翌日痛むけど、つまり事前に準備なり心構えなりがあるのは大切ってことだよ。うん、我ながら下手な例えだね。でもこの状況じゃ仕方ないよね。

 僕はもう「くっころ」の女騎士並みに覚悟を決めていた。なにしろ両の手足に枷が付けられ、首輪までご丁寧につけられて、その鎖の先はアンナ先輩が普段使っているであろうベッドの足にそれぞれ固定されている。僕の両手首は頭の上で拘束されていて、PMは自力で操作できない。以前にもこんなシチュエーションはあったが、(恐ろしいことに、これが初めてではないのだ)その時はタイミングや来訪者のおかげもあって、うまく逃げられた。だがアンナ先輩はその時と同じ轍は踏む気はないらしいというのはさっきの電話ではっきりした。

 さあ、これからは家畜のような精液搾取性活が始まるのだ。《SOX》よさらば。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1440076680


 とあるデモによって、《SOX》は大勝というべき結果を収めた。出来過ぎなくらいの結果だったといっていい。

 そのおかげで華城先輩とも仲直りできたし、アンナ先輩には悪いけどアンナ先輩の家がいろいろと大変なことになって、アンナ先輩の襲来の心配もなくなったのだ。万々歳だった。

 それでも憔悴してるアンナ先輩には罪悪感を感じていたけど、それ以上に浮かれていたのだと思う。

 アンナ先輩の心の拠り所がどんどんなくなっていく現実に気付きもしなかったこと。

 そしてこれまでの経験から、アンナ先輩がそのまま大人しくしているわけがないこと。

 ちょっと考えればすぐ気付くはずだったのに、本当に浮かれていたのだ。

 僕はこの時、買い出しを頼まれて近くのスーパーにいた。《SOX》の祝勝会の簡単な前夜パーティーをしようということになった。本当は今夜、いつもの喫茶店を貸し切る予定だったのが、マスターの都合とゆとりも学校や《絶対領域》《哺乳類》たちとの祝勝会があるとのことで、本格的なのは一週間後にしようと決まった。

 僕と鼓修理に早乙女先輩、それに華城先輩。僕以外は女性ばかりなので、甘いお菓子を多めに買う。パーティーと言っても華城先輩の家でだらだらとお菓子やデリバリーで頼める範囲の料理を食べながら過ごすという、自堕落極まりないパーティーだ。でも今日ぐらいいだろう、それぐらいの戦果を挙げ

「奥間君」

 鈴の鳴るような、という形容がぴったりの涼やかな声に、けど僕は全身を強張らせた。ぎぎぎ、と後ろを振り返る。

「アンナ先輩」

 ここ数日、学校を休んでいたアンナ先輩は、家の問題もあってこちらの浮かれぐあいと反比例して憔悴していた。華城先輩から「憔悴している」という言葉だけは聞いていたが、というかそれ以外には下ネタしか言っていなかったが、実際に見ると浮かれた心は親にオナニーを見られた瞬間のように急激に萎えていく。

「大丈夫、なんですか? 大変、ですよね?」

 どっかの音声付ラブドールみたいに片言な言葉使いになった。完全に油断していた。

「その、どうしても奥間君の声が聞きたくて」

 そっと目を伏せる。銀の髪がさらりと揺れる。

「奥間君のアパートに行ったのですけど御留守でしたので、匂いを辿ってここまで」

 あ、ダメだ。今日パーティー行けません、《SOX》が全滅します。

 留守で諦めないのがアンナ先輩の一途なとこなんだよな。ははは。

「立ち話もなんですし、どこかお店寄りませんか?」

「いいんですの?」

 いいか悪いかで言えば絶対に良くないけど、この状態のアンナ先輩を放っておく方がよっぽど怖い。

 できるだけ笑顔で、さりげなく僕のアパートに戻らないように、アンナ先輩との簡略デートが始まった。


 アンナ先輩はファミレスというものを利用したことがないらしく、ボタンで店員を呼ぶシステムに純粋に驚いていた。ドリンクバーの仕組みを説明しても驚いていた。そういうところは本当にお嬢様なんだなと思う。

「奥間君は、わたくしの知らないことをたくさん知ってるんですのね」

 そりゃあもう、特に卑猥な知識にかけて。それだけが理由で生徒会にスカウトされましたからね。

 銀髪碧眼に妖精のように整った顔立ち。落ち着いた所作や上品さは、天使を具現化したよう。憔悴しているとはいえ、その美しさはむしろ危うさと共に増している気がする。

 ホットカプチーノに砂糖を入れる所作も、カップを傾ける姿も、何もかもが出来過ぎているぐらいに綺麗だった。店内の客が老若男女を問わずアンナ先輩に注目している。あまり相談場所としては不適当かもしれないけど、だからといって二人きりになると襲われるし、正直今でも机の下からの足コキがいつ来るかわからず怖い。

 ただアンナ先輩はそんな余裕も無いようだった。アンナ先輩の家で起きているであろう騒動を想像すると無理もない。

「どうして……」

 アンナ先輩は一言、それだけを言うと、また黙ってしまった。

 僕としては何も声をかけられない。そう仕向けたのは僕達《SOX》だ。

「奥間君は、どう考えていますの?」

 何を、と正確な部分はぼかして、それだけを聞いてきた。答えを知るのが、僕に否定されるのが怖いのかもしれない。

 す、とアンナ先輩の視線が、僕の視線と絡まる。

「僕はあの主張に、賛成しています」

 それは間違いなく、本心だった。それだけは伝えたかった。

 父親と母親が対立して、政府と世間の意見が分かれていて、正しいことだけを信じてきたアンナ先輩にとって、何が正しいかわからずにいる今の状況では、それも大した救いにはならないだろう。

 でもそれでも、アンナ先輩は微笑んだ。

「奥間君がそう言ってくださると」

 白く綺麗な手が、僕の手に重なる。

「わたくし、本当に心が軽くなりますわ」

 憧れの先輩だった。その憧れはあの夜、凄まじい勢いで崩れて今もその瓦礫が僕を襲うけど、だけどそれでも、この無垢な微笑はその憧れを思い出させて、頬と胸を熱くさせる。憧れそのものも消えたわけじゃなく、理想の先輩像として、未だ僕の中に残っている。

 しばらく手を握り合って見つめた後、アンナ先輩が立ち上がったので僕も後を追う。礼儀として僕が会計を済ませる。ドリンクバー二人分くらい、この事態を乗り越えられるなら安いものだ。

「わたくし、奥間君が傍にいるだけで、声を聞くだけで、それだけでわたくしは全てが正しく在れますの」

 無垢な、天使の微笑と声のままで、だから僕は気付けなかった。

 いつもなら獣じみた発情の気配があるのに、それらが一切なかったこと。

 それを憔悴のせいにしていた。人前というのもあった。

 だけどそれ以上に、巧妙に気配を隠していたのだとは、気付けなかった。

「やっぱりわたくしは、奥間君が欲しいですわ」

「え」

 ファミレスから出た瞬間、意識がブラックアウト。

 ……こんな人前で、どうやって誰にも気付かれず、道具も使わずに僕を気絶させたのか、未だに謎だ。


「――はっ!?」

 気が付いたら、見知らぬ天井――ではなかった。全体に、嫌な記憶がある。白を基調とした落ち着いた部屋。

 僕は以前にも、ここに来たことがある。

「――ええ、お義母様。どうも、奥間君は性質の悪い風邪を引いたみたいで――」

 アンナ先輩はPMを使って、どうやら僕の母さんと話しているようだった。嫌な予感しかしない。

 アンナ先輩は僕が起きたことに気付くと笑顔のまま、ぐ、と僕の胸を軽く押す。

「ごほぉ!?」

 軽く押されただけなのに尋常じゃない痛みと共に強制的に息が全て外に押し出された。今何をされた!?

『――む、確かに尋常ではなさそうだな。悪いが私はほとぼりが冷めるまで出張を命じられたのでな。正直君の下宿先に狸吉を入れるなどと思うのだが、狸吉のアパートに君を泊まらせるわけにもいかんからな。君も大変だろうにすまないが、愚息をよろしく頼む』

「はい、お義母様。奥間君はわたくしが看病いたしますから」

 PMは切られた。むせた息を整え、おそるおそる、現在の状況を訊ねてみる。

「あのー、アンナ先輩。ここはどちらでしょうか……」

「わたくしのお部屋ですわよ?」

 意識を失う前までの無垢な天使の微笑は霧散して、獲物をいたぶる獣の笑みを浮かべて、アンナ先輩は僕の頬を舐める。

「ひっ」

「前みたいに、逃がしませんわ……わたくしは今から、この家を出ることはありませんから」

 舌なめずりをしながら、アンナ先輩は妖艶に興奮を高めていく。数十秒前まで平然と電話に出ていた声が、一気に息が荒くなっていく。

 頬を這っていた舌が、僕の唇に侵入してきた。豊かな胸が僕の胸に押し付けられ、甘い汗の匂いを発していく。太股を絡め、身体全体を蠕動させ、熱と匂いと恍惚を僕に移し、或いは奪い、それに伴って腰辺りに広がる粘度の高い水音と湿原が大きくなっていく。

 舌は僕の喉にまで入ってきた。反射でえずくけどアンナ先輩は容赦してくれず、僕の頭を痛くなるほど強く抱く。

「ふ、はあ、はあ……っ!」

 アンナ先輩がようやく唇を放してくれた瞬間、僕は激しくむせた。その様子すらアンナ先輩は愛おしそうに見つめている。

「げほ、アンナ先輩、ちょ、!?」

 抵抗の言葉が紡がれるのを待つことなく、アンナ先輩の指が二本、口の中に侵入し、僕の舌を押さえつける。

「――前に付けたマークが、薄くなってますわね。んっ……!」

 ずおっ、と、血液が一点に集中する感覚。びくん、と僕の身体が痙攣した。

 その反応に気を良くしたのか、前に付けられた上から、その他の部分にも、次々とキスマークを付けていく。や、乳首舐めないで、そこはらめなのぉ!

 身体への反応として反射的に口に入れられた指を舐めまわすと、アンナ先輩はそれにも気を良くしたのか、ようやく指を抜いてくれた。

「はふ、はあ、はああ、そろそろ、いいですわよね? もう耐えられませんの……っ」

 背筋をぞくぞくさせるほどに妖艶さに昂ぶりと恍惚を混じらせた声が耳朶を打つ。

 そして僕のズボンとパンツが同時に下ろされて「いや、ちょ!?」この期に及んで悲鳴を上げてしまうが、アンナ先輩はもう抗議の声や悲鳴も届かないようで、僕の息子を露出させる。

「ああ、やっと、やっと奥間君の愛の蜜が……!」

「うひぃぃ!?」

 裏筋を下から上まで舐められ、そのままずぶずぶとウエノクチに吸い込まれていく。この時点で僕の息子は80%を超えている。


「や、先輩、ほ、本気でダメ、ダメです、それダメです!」

 身を捩るがむしろ僕の抵抗が愉しくなってきたのか、上目遣いで僕をみる瞳には更に嗜虐的な色が混じっていく。

 うん、そうだよね。女の子だって「いや、いや」って形だけの抵抗するけど、実は身体は正直に悦ぶって定番だもんね。実際僕の息子もアンナ先輩の口の中に入って一気に100%まで育ったしね。あれ男女が逆転しても同じなのかあ、早乙女先輩のネタに提供しようむしろ僕とアンナ先輩の初ドッキングが見られなくて悔しがるだろうから


 ずちゅ、ずちゅ、ずちゃ、ぐちゅ、ぐちゃ、ずぶ、


「~~~~~~~~!」

 アンナ先輩の頭が振られる。思考が一気に飛ぶ。アンナ先輩の指は僕のタマタマを頭の動きに合わせて刺激する。

「はう、はあ、はあ! あ、あ、先輩、本当に、ダメです、ダメ!」

 この期に及んでダメだなんて言っても聞き及んでくれるはずもなく、息子は正直になってしまえと囁いていく。知識も経験もないはずのアンナ先輩だが、本能だけで昔いたという風俗嬢もビックリのテクを一気に手に入れていくのは今までの経験から分かっている。

 無理です、ごめんなさい。今までありがとうございました。


 ピピピピピピピピ


 無粋なPMの音が、一気に淫靡な空気を壊す。

「…………」

 僕の息子を口に含んだままPMを見つめるその瞳は、絶対零度の冷たさだった。

 あ、息子が一気に40%になった。


   *


 華城綾女は不安を抱えていた。

 これからの《SOX》のこと、自分自身の気持ち、決断の時。

 だけど今だけは忘れていこうと思っていた。

「さあ、前戯の時間よ! 来週の乱交パーティーに向けて」

「それはいいがのぉ。わしゃここにある分だけじゃ足りんぞ」

「ピザ四枚も食っといてどんだけ食べる気なんスか本当に」

 早乙女先輩に鼓修理が突っ込む。いつもの調子だ。ゆとりだけいないのは、まあ仕方がない。

「ってか狸吉のやつ、遅くないっスか? 使えないやつっスね」

「ふむ。確かにね。いつもはむしろ早漏なのに」

 狸吉はあまり遅刻をする方ではない。アンナに憧れていた時期にびっしりと《鋼鉄の鬼女》から教育を受けたらしい。遅刻がなくなるのも道理だ。

 そんな狸吉がもう一時間以上は遅刻している。もしかしたら事故にでも遭ったのかもしれない。



「電話かければいいんでないかの?」

 早乙女先輩が当然のことを言う。ただ、綾女は何か嫌な予感がした。

「鼓修理、あなたから狸吉に電話してくれない?」

「? 綾女様のご命令ならばいいッスけど、なんで鼓修理から?」

「鼓修理からの方がいい場合もあるのよ」

「……、まあいっスけど」

 鼓修理が狸吉のPMに電話をする。かなり長いコールが続き、本当に事故に遭ったのではないかと心配になり始めた頃、ようやく繋がった。

「あ、なにやってるんスか? こっちはもう始まって」

『あら、鼓修理ちゃんでしたの。……お兄さんに、どういうご用事ですの?』

「ひぅ!?」

 鼓修理が悲鳴を上げ、鼓修理がそんな反応を上げるのはアンナしかおらず、場が一斉に恐慌に陥った。

 狸吉は最悪の事故に遭っていた。しかも、アンナは隠しているつもりだろうし実際そのつもりで聞かないとわからないが、明らかに息は乱れて、電話越しにすら匂いそうなほどに淫靡な気配が漂っている。多分、情事の真っ最中にかけてしまったのだ。アンナから感じる絶対零度の暗黒の波動も半端ではない。綾女からでなくてまだ良かった。綾女からかけていたら、確実に狸吉は殺されていただろう。

「え、あ、え、えっと」

 鼓修理はメンバーの中でもトップクラスに交渉ごとは上手いが、アンナにはもっともトラウマを抱えている。ただ、鼓修理は狸吉の腹違いの妹として通っているため、電話ぐらいならばおそらく大丈夫だろう、と思いたい。

 早乙女先輩は口を押えてまで声が漏れないようにしてるし、多分鼓修理が誰とどんな場所にいるかまでは分かってないはず。わかる訳がないと言い切れないのがアンナの怖いところだ。

「えっと、お兄ちゃん、と、や、約束をしてて。遅いなって思って、それで電話したの」

 何とか甘えモードの演技をしているが、恐怖のあまり演技であることがバレバレだった。

 PMの音量を上げるよう身振りで指示する。同時に早乙女先輩のスケッチブックと鉛筆を奪い、カンペを作っていく。

 ――なぜアンナが出たのかきいて

「あ、えっと、その、どうして未来のお姉ちゃんが、お兄ちゃんの電話に?」

 未来の、という言葉に反応したのか、僅かにアンナの気配が軽くなった。

『今、お兄さんは風邪をひいていて、声が出ないんですの』

 二時間前に会った時にはぴんぴんしていたので、すぐに嘘だとわかる。『今どこに?』とカンペを出す。ネゴシエーターでもここまで緊張しないかもしれない。ネシコエーターとこれから名乗ろうか。

「あの、お兄ちゃんは、今どこにいるの? アパート?」

『奥間君のアパートじゃ不安ですので、わたくしの下宿先で休んでもらうことにしましたの』

 はい、アウト――!!

 もう無理、絶対無理、絶望的に無理、狸吉は確実に精液を搾り取られる家畜と化している!

『お兄さんは鼓修理ちゃんに風邪をうつしたくないみたいですわ。だから、無理言ったらだめですのよ?』

 優しく言い聞かせるような言葉とは裏腹に、暗黒のオーラは消えていない。

 『学校は?』とおそらく最後のカンペを出した。

「あの、お兄ちゃん、お姉ちゃんも、学校は……」

『しばらくお休みすることになると思いますわ。でも安心なさってください、わたくしがずっと付き添いますから……ずっと』

「あ、は、はは、そう、ですね」

 もう鼓修理は限界のようだったので、切っていいと合図を送る。早々に会話を打ち切ってPMを切ると、

「ああ、狸吉……惜しい人を亡くしたわ」

「そっスね……嫌いでしたけど、悪い奴じゃなかったっス」

「わしはやつとアンナがドッキングしてるならぜひ見たいのじゃが……」

 一人だけずれた事を想う早乙女先輩は無視して、

「んな冗談はやめて! アンナから狸吉を救出するわよ!」

「ムリっス!」

「無理じゃな!」

 二人揃って拒否られた。

 ゆとりがいても同じ答えになっただろうが、とりあえずゆとりにも連絡を入れつつ、とにかくアンナの家の近くまで行くことにする。そこまでは30分かからないだろうが、そこから先が一切思い浮かばなかった。


 ピ、と僕のPMが切られる。鼓修理からの電話で、アンナ先輩が出た瞬間に卒倒しそうなほど恐怖を覚えていたのがこっちにまで伝わってきた。

 多分、華城先輩や早乙女先輩も一緒にいるはずだ。質問と質問の間に妙な間があった。僕がアンナ先輩につかまり、アンナ先輩の家に閉じ込められているのは伝わったはずだ。

 けど今のアンナ先輩から僕をどうにかできるだろうか。難易度が高すぎる。

「妹思い、なんですのね」

「は、ははは……鼓修理はその、甘えん坊で」

「ですが、今はわたくしのことだけを……ふふ、そうですわね、PMの音量は下げておかないといけませんわ。また邪魔されたら、ついPMを引き千切ってしまうかもしれませんもの。奥間君の首ごと」

 脅しでも何でもなく、アンナ先輩ならやりかねないんだよなあ。

 PMは無理矢理に外すと善導課に追い回されることになるが、今の状況ではむしろありがたいかもしれない。

 アンナ先輩は自分のと僕のPMの音量をサイレントにすると、またうっとりと僕の息子を口に咥える。

(~~~~~っ!!)

 じゅぼ、じゅぶ、じゅぼっ、ぐちゅ、くちゅ、ずちゅっ!

 ア○ルに力を入れて必死に射精を堪えているけど、母さんの教育を思い出して萎えさせようとするけど、華城先輩の最低な下ネタを思い出して気を逸らそうとするけど、アンナ先輩の発する獣欲と淫靡の気配、昂ぶりと恍惚、なによりワンストロークごとに上達するテクが僕の息子をぐんぐん成長させる。

「先輩、先輩、ほ、本当に、で、出ますから! ダメです!」

 もう息子は110%を超えている。限界まではち切れそうになっている。

「あ、あ、あ、先輩、先輩!」

 呼びかけの声も、アンナ先輩にはむしろ悦びの声としか聞こえないのか、上目遣いのその瞳には歓喜すら混じっている。

 潤んだ瞳を閉じると、更に頭の振られるスピードがアップする。

「――――――あっ」

 ――何もかもが、弾け飛んだ。

「う、……ん」

 艶めかしい声に、一瞬戸惑いが浮かぶ。だけどアンナ先輩はすぐに、それが自分の求めていた僕の愛の蜜――精液だと気付いて、美味しそうに飲み込んでいく。

「せん、ぱい」

 飲み込んだ後も、まだ管の中に残っている精液をちゅるちゅると啜っていく。

 啜りきった時、顔を上げたアンナ先輩の歓喜と恍惚の表情は、鳥肌が立つほど凄絶だった。

「はふ、はあ……! これが、奥間君の愛の蜜ですのね……? あっ」

 涎の中に一筋、白いものが混じっていた。

 アンナ先輩はもったいないと、指で掬い上げて、舐める。

「はあ、あ、奥間君の蜜……ふふふ、ああ、思ってた、思ってた以上にずっと切なくて、愛おしくて、幸せですわ……! お腹の奥がじんじんと、堪えきれなくなるぐらい熱くなってきて……!」

 アンナ先輩が出し切って萎えた僕の息子に手を当てる。少ししごかれるとすぐに回復しやがった。自分の息子ながら褒めるべきかなじるべきなのか全然分かんねえ。

 アンナ先輩が僕にまたがり、膝立ちになる。手は僕の息子を添えたまま。

 アンナ先輩の愛の蜜は、太股を幾筋も濡らして、僕の息子にまで滴り落ちる。

「アンナ先輩! 聞いてください! お願いします!」

 このまま、性知識の一切知らないアンナ先輩と本当に最後の一線を越えることだけは、避けたかった。もうとっくに超えてしまっている気がするけど、ウエノクチの中に出してしまったけど、シタノクチの中にまで出したら、本当にアンナ先輩は終わってしまう。


「奥間君……?」

 必死さが通じたのか、訝しげな目で、それでも一瞬アンナ先輩の挙動が止まる。

 だけどどう説明すればいい?

 今やっていることは卑猥なことで間違っていることなんですと伝えるか? ――ダメだ、ただでさえ自分の愛を絶対だと信じていて嫉妬からの殺人すらも肯定してしまうビーストモードのアンナ先輩に通じるとは思えない。

 妊娠のリスク――子供五人欲しいって言ってたっけ。人生の墓場行きが早まるだけだ。

 わからない、わからない。自分のやっていることがわかっていないアンナ先輩に、自分のやりたいことだけがわかっているアンナ先輩に、今のこの状況で何をどう説明すればいいのか。

 アンナ先輩の僅かに冷えた掌が、僕の頬を撫でた。

「どうして泣いていますの? 奥間君」

 そう言われて、初めて僕は泣いていることに気付いた。

 そして気付く。僕はどうしようもなく悔しいのだ。

 正しいことだけ、理想だけを押し込めたソフィアたちや世間が。

 それを実行出来てしまい、疑いもしないアンナ先輩の能力と無垢さが。

 愛からの行動ならば何もかも肯定されると信じ切ってここまで歪んでしまったことが。

 それは間違っていると、今まで修正しなかった弱気で優柔不断な僕自身が。

 そしてこの期に及んで、自分の激しすぎる欲望より僕の涙を心配するアンナ先輩の優しさが、何より悔しい。

「アンナ先輩」

 結局のところ、ここに行き着くんだろうと思った。

 僕の本心は、

「僕は、アンナ先輩が傷付くところを見たくないんです。だから、止めてください」

 結局、これだけの事なんだと思った。

 好きか嫌いとか、愛とか尊敬とか、正直僕には全然わからないこともある。どこまでが性欲なのかどこからが愛になるのかなんて、そんなのわからない。それが正しいか間違っているかなんて、もっとわからない。

「どういうことですの?」

 まるで意味が分からないと、つまり今の自分の行為は正しいのだと、信じて疑っていない。

 それが悔しくて、哀しい。

「女性にとっての〝初めて〟は――」

 僕の唇は、勝手に言葉を紡いでいく。

「とても特別なものだと、聞きました。アンナ先輩が、今からしようとしていることです」

 アンナ先輩は聞いている、と思う。僕はそれを信じて続ける。

「それはとても痛くて辛くて、何より初めてを喪失うということは、一生身体と心に刻まれることになるんです」

 主に処女膜とか。

「傷から血が流れることを、汚れるとも表現して。だから、今までの綺麗なアンナ先輩じゃいられなくなるんです」

 綺麗で清楚で、なにより健全なアンナ先輩に憧れた。

 女性からすれば勝手すぎる理屈かもしれないけど、それでも汚されてほしくない。僕なんかに。

 それは結局、理想を押し込めたソフィアや世間とまるで変わらない理屈なのだと、自分では気付かなかった。

「アンナ先輩が傷付いて、汚れるところを見たくありません。だから、止めてください」

「…………」

 しばらく静かだった。表情は銀の髪に隠れて見えない。


 不安になるほど長い間があり、怖くなった途端、アンナ先輩がこちらに倒れ込んできた。

「!?」

 ふにゃ、と豊かな双丘が押し付けられる。充血しきった先端がこちらの胸板に押し付けられ、擦られた瞬間に「はぁんっ……!」と甘く激しい嬌声が上がる。

「奥間、君」

 両手で頬を挟まれ、視線を逸らすことをアンナ先輩は許さなかった。今の胸への刺激で身体じゅうが痙攣のようにふるふると震え、息が乱れて、にちゃ、にちゃと粘り気のある水音も大きくなって、だけどそれでもアンナ先輩も、僕の視線から目を逸らそうとしない。

 その表情に、今までになく背筋がぞっとさせられる。

「奥間君が、今までわたくしと愛を育もうとしなかったのは」

 アンナ先輩は、どこか、嬉しそうに、

「わたくしのことを、案じてのことですの?」

 ――僕の懇願を聞いて、笑ったから。

「ち、」

 違う、と言いかけて、違わないと感情が叫ぶ。それは間違っていない。

「わたくしを傷付けたくないから、愛を育むことが怖かったんですの?」

 だけど、この質問だと答えは変わる。それは違う、と。

 アンナ先輩は結局、まだ愛と性欲の区別がつかないままだったのだ。

「嬉しいですわ。とても、嬉しいですの」

 今、僕が避けてきた理由が、アンナ先輩の中で都合よく変換されている。

「わたくしを案じてくださる奥間君の優しさが、愛が、とても嬉しいですわ……」

 うっとりと、陶酔していく。

「奥間君」

 陶酔が、情欲に還元されていく。

「今からすることが、痛みを伴うがゆえに特別な事なら」

 身を起こし、先ほどの、膝立ちの姿勢に戻る。

「わたくしはその痛みを乗り越えてみせますわ……愛故に」

「先輩、待っ……!」


 強烈な圧迫感が、僕の息子を包み込んだ。


「――――――――ッ!!!」

 声にならない悲鳴が、アンナ先輩の喉から漏れる。

「~~~~~~~~!! せ、先輩!!」

 呼びかけるが、目は何処か空ろに、現実を映していなかった。

「あ、あ、まだ、まだですわ……!」

 フーッ、フーッ、っと獣のように吐く息を荒くしながら、更に僕の息子を呑みこんでいく。

 グ、グ、グ、グッと、中の壁の蠕動に合わせて奥深くに。

 僕の息子に、蜜とは違う液体が流れるのが、見えた。

「はああ、あはああ」

 全てを呑みこんだアンナ先輩の顔は涎を幾筋もたらし、涙も止まらなくなっている。

 アンナ先輩は動こうとしなかった。僕も痛みを与えられなくて、動けない。

 だけどアンナ先輩の中は僕の精液を絞り尽くそうと、身体は全く動こうとしていないのにぎゅうぎゅうと締め付ける。熱量が全て持っていかれる。白い喉が仰け反る。


(いやああああああああ!!)

「あ、あ、こ、これが、これが愛の試練ですのね……? 奥間君、少し、少しだけお待ちくださいまし」

 茫漠とした瞳が焦点を結んでいく。全体的に反って入た身体を、お腹を抱えるような形で僅かに前のめりになった。

 先ほどの激しさが嘘のように身体は動かない。だけどお腹を掌で抑え、膨らんだり戻したりを繰り返す。

 その動きがアンナ先輩の中の壁の動きと連動していることにやっと気付いた。

(え、これってアンナ先輩が意識的に動かしてるの?)

 出来るの? そんなこと? マジで?

 疑問を肯定するかのように、僕の息子はアンナ先輩の中の壁に押されたり呑み込まれたりを繰り返し、ぐんぐんと育っていく。二回目の射精も時間の問題だった。

「アンナ、先輩、……!」

 僕自身、今までに感じた事のないほど強烈な快感に酔いそうになる。アンナ先輩の息も痛みに耐えるものから快感を味わうものに変化していく。

「あ、あ、あ、見つけましたわ……」

 ……え、何を?

「奥間君を、一番感じられる場所……」

 アンナ先輩の身体が、僅かに浮いた。すると、

 ズン!


「~~~~~!」


 ピストンの動きとしては僅かなのだろうけど、僕は勿論アンナ先輩にとっても、きつすぎる刺激だった。

 だからピストンの動きよりも、前後にゆっくりと、グラインドに近い形で動かしていく。

 身体の動き自体は激しくなく、むしろゆっくりとしている。痛みがまだ消えていないからだろう。

 その代わり、アンナ先輩はお腹の中の壁を動かすことに夢中になっていて――そんなことを未経験の知識皆無で本能だけで習得出来るって、今更ながらアンナ先輩のスペックは恐ろしいよね!――ぐねぐねと僕の息子に壁はまとわりついては離れ、またはぎゅうぎゅうと締め付けて緩め、身体の動きの静かさとは反比例して凄まじく蠢く。

 ダメだ、僕の息子はもう120%を超えた。


「先輩、せ、先輩、僕、もう……!」

「あ、あ、あ、あ、奥間君……!」

 せめて外でと思うが、アンナ先輩は離れようとはせず、むしろ絶頂寸前の恍惚と昂ぶりを混ぜ合わせた、何度も僕を恐怖に陥れた本能を全開にした捕食者の凄絶な笑みを見せて。


「わたくしを、汚してくださいまし……っ!!」


 恐怖で背筋が震えるのと、発射はほぼ同時だった。

 中で出して終わってしまった絶望と、それを上回る快感が、僕を苛む。

「あ、あああ……奥間君が、わたくしのお腹の中で……! あ、あ、あ、!」

 びくんびくんと、アンナ先輩の身体が痙攣する。今までに見たことないほど深く激しく、長い痙攣だった。

 中の壁が緩む。それでもアンナ先輩は僕を離そうとはせず、こちらに倒れ込んできた。

 僕の頬に、唇を押し当てる。

「――先輩?」

 気絶したのか、と思ったが、僅かに身じろきした。

「奥間君」

 先ほどまでの凄絶な笑みからは繋がらないほど、か細く、だけど満足そうな声で。

「わたくし、幸せですわ」

 アンナ先輩は、僕の絶望とは反比例した、幸福に満ちた小さな声で、僕の耳元で囁く。

「この痛みは、奥間君じゃなくては、乗り越えられなかったと思いますの」

 何一つ疑わない、まっすぐで無垢な声で。

「奥間君が最初の人で、良かった」

 結局、僕は憧れの人に、何も出来なかった。

 アンナ先輩は唇を胸板に押し付け、僕の鼓動をじかに感じ取ろうとする。

「この痛みも、奥間君との愛の証なら、愛おしく思いますわ」

 僕とアンナ先輩は、どこまでも気持ちは、ずれたままだった。


 綾女がアンナのマンションに一人で乗り込むと言ったら、早乙女先輩も鼓修理もゆとりも大反対だった。

「みすみす殺されに行くようなものっス! 狸吉のことは諦めるっス!」

『あ、諦めろとは言わねえけどよ。一人はさすがに無謀ってもんだぜ』

「何とかわしを送り込む方法を! 綾女一人は狡いのじゃ!」

 相変わらず一人だけベクトルがずれてる早乙女先輩以外には、確かに無謀な事に見えるだろう。

「心配しないで。見舞いしに行くってだけよ。本当の作戦の前に、作戦があることを狸吉に伝えないといけないの」

 遠くにいるため、一人だけPMでの参加だったが、ゆとりもこの作戦には不可欠なのだ。

 相手が乗ってきたなら、これは《SOX》とアンナの全面戦争になる。アンナから狸吉が監禁されたままでは、これからの《SOX》が、滅茶苦茶になるのだから。もみくちゃなら良かったのにと一瞬考えて、今まさにもみくちゃのぐちょぐちょになっているのだろうと想像すると、流石に下ネタ大好きの綾女でもそれは言えなかった。

「とにかく、様子を見るだけよ。アンナだってお見舞いだけなら何も言わないと思うわ」

 まず居留守を使う可能性もあるが、鼓修理から聞いたと言ってしまえばいい。アンナは嘘を吐くのが下手だ。討論などではなく虚実を交えた駆け引きの会話ならば、自分に分がある。

 とにかく時間をかければかけるほど、狸吉は勿論、アンナこそが危ない。今の時点で何回中で出したのか、狸吉も限界まで我慢するとは思うが、童貞だしアンナの子宮と本能が圧倒的だろう。むしろ今まで良く持ったものだと思う。受精の確率はどれくらいかまでの知識は自分にはない。でも一発でも中で出てたなら妊娠の可能性は絶対に否定できない。

 そして妊娠したら、アンナも狸吉も終わりだ。

「ゆとり、例のモノは用意できそう?」

『ノルレボな。明日になるけど』

「出来るだけ早くお願い。早い方がいいのでしょう? 童貞喪失のように!」

『割とシャレになってねえから今は! 妊娠阻害薬〈アフターピル〉なんて今の時代で簡単に手に入るわけねーぜ!』

 アフターピルは避妊に失敗した時、妊娠を阻害する薬だ。

 卵子の排卵を抑えたり、受精卵が子宮に着床するのを阻害する薬で、昔の日本でも医師の処方箋が必要な薬だった。

 今のこの日本でも産婦人科などから手に入るが、アンナが大人しく産婦人科に行くわけがないし、親にもばれる。ゆとりの人脈でなんとか無理矢理に手に入れるしかない。

 そして今夜の狸吉の奪還の後、何かと理由をつけてアンナに飲ませる。その妊娠阻害薬を用意する為にゆとりは今この場におらず、現場で合流という形になる。いずれにしても数時間の用意は必要なのだ。そして作戦開始時には狸吉にも心の準備をしておいてもらわないと困る。せめて作戦が今現在進行中であることだけでも伝えないといけないし、敵の様子を出来るだけ確認しておきたい。

「それには、アンナの親友であるわたししかいないのよ」

 何より、見なければならないと思う。

《公序良俗健全育成法》のダークサイドの被害を最も受けてしまった親友が、どこまで暴走してしまったのか。

「心配しないで、すぐ帰ってくるわ。お土産も用意したしね」

 そう言って綾女は、バナナを突起物に見立てて腰を付きだして、メンバーの失笑を買うのだった。

「何言っても無駄っスか。ゆとりたちは車の中で出来るあらゆる準備をしておくっス」

「わしも~アンナと狸吉のドッキングが見たいのじゃ~!」

「ええい、今はそれどころじゃ無いっス! 諦めるんス!! 綾女様が危険に晒されるんスよ!?」

『狸吉と絵描きの事は完全無視かよ……鼓修理は相変わらずだぜ』

「とにかく行ってくるわ! 鼓修理と早乙女先輩はここで待機しつつ、次段階の準備を出来る限り行って! ゆとりは薬が手に入り次第こちらに合流、あなたはわたしと共に陽動に回ってもらうから身体の準備を! あ、嫌らしい意味じゃないわよ? 狸吉はこの作戦が始まる頃には確実に全部吸い取られているだろうから、無意味だし」

『お前、真面目な場面でよくそんな笑えない下ネタ挟めるよな……ぶれないってすげーぜ』

「それじゃあパイパイまたあとで! チンチン!」

 そして綾女は、《雪原の青》としてではなく、生徒会副会長として、アンナの親友として、三つ編み眼鏡でアンナのマンションに乗り込んだ。



 アンナ先輩はまだ余韻に浸っていた。ちなみにまだ僕の息子はアンナ先輩とドッキングしたままだ。

 アンナ先輩は愛おしそうに、僕の鼓動を聞いている。どういう体重の掛け方をしているのか、僕より身長が高いぐらいなのに、全く重たくない。

 でも迸るほどの熱は、まだまだ冷めないままだった。

「ん……」

 ゆっくりと身体を上げる。先ほどの衝撃的な快楽からどこも見ていなかった瞳の焦点が僕にあってくる。

「……ふふ、続きをしましょう?」

 二回戦突入来た―――!!

「あ、あ、あの! アンナ先輩、前、脱水症状起こしやすくなるって言ってませんでしたか?」

 確かそんなことを言っていた気がする。それで逃げられたからね。

「……今はこの気分のままがいいですの」

「で、でも、僕も喉が渇きましたし、お腹も空きましたし、それにほら、……じ、時間はたくさんあるじゃないですか!」

 永遠とも思える時間がね。ひたすら精液搾取用家畜となり下がる時間に幸せはきっとない。

「…………」

 アンナ先輩は返事をしない。怒った……?

「……そうですわね。時間はたくさんありますもの」

 これからの時間を考えて恍惚を得ていただけのようだった。僕と違って幸せに満ちた時間だろうしね!

「ん、あっ」

 ゆっくりと引き抜かれる。破瓜の証である赤い色は、殆どが薄まっていた。

 僕は思わず、目を背ける。僕にとっては、何も出来なかったという絶望の証だった。

「あ、奥間君の蜜が……零れてしまいますわ」

 しゅん、とへこむアンナ先輩。……この顔だけを見ると、本当に可愛らしいんだけどな。顔だけ。いや身体つきも完璧なんだけどね。でもさんざん襲われ続けた結果、もう恐怖しか覚えなくなってた。

 コン、コン

 ノックの音にすっと、アンナ先輩の目に無表情な殺気が宿る。いつもながらこの切り替えが怖いよぉ。

「――月見草さん。何か、ありましたの?」

「華城様が、奥間様のお見舞いに来た、と申しております。既に玄関前まで来ていますが、どうなされますか?」

 ドアの向こうから、月見草の抑揚のない口調で助け舟が来たことを知らせる。

 アンナ先輩は「チッ」と小さく舌打ちしたが、

「ほがあ!? もぐあ、ほっろふぁっれ!!」

 手際よくタオルで猿轡をすると、ベッドに繋いであった鎖を外され、代わりにぐるぐる巻きにされた。防音加工のクローゼットに入れられる。以前来た時もここに閉じ込められたけど、ここのクローゼットは異常に頑丈なうえに鍵も良く見たら異様に大きい。なにこれ、黒人用の貞操帯なの?

 そう言えば僕を逃がしたことでペナルティーは受けなかったのだろうか。大丈夫そうだし大丈夫か。

「少し待ってくださいましね、奥間君。さすがに綾女さんのお見舞いを無視するわけにはいきませんので」

 すりすりと、太股が合わさる。まだ痛みの余韻が残っているのかもしれない。

 別のクローゼットを開けると、そのまま外に出て行っても違和感のない清楚なワンピースタイプの部屋着と下着をつけて、僕の入ったクローゼットに来ると、500mlの紙パックのジュースにストローが差し込まれる。

「良ければお飲みになってくださいまし。タオルがあるから飲みにくいかもしれませんが、大丈夫でしょう」

 飲みにくいの前になんでピル○ルなの? これチョイスしたやつ誰なの? いやわかってるけどね、月見草だろうけどね。きっと甘いものは疲労回復に良いって原則と健康にいいものをってだけでトクホの製品選んだんだろうけどね? なんかもう少し、チョイスに気遣ってほしかったなあ。でもアンナ先輩の愛の蜜100%ジュースよりはよかったかもしれない。まあ助からなかったら強制的に飲まされるだろうけど。

「少し、お待ちになってくださいまし。すぐに戻って、また愛し合いましょう? ……今度はもっと深く愛し合えると思いますの」

 あ、飲み物はこのピ○クルだけなんですね。……ないよりましと思うしかない。

 そして扉は閉ざされた。

 鍵のかかる音が、やたらと響いた。

 華城先輩に全てを託すしか、なかった。


 久しぶりに来る親友の家は、下宿先というにはあまりにも豪華なマンションの一室を借り与えられていた。

 思ったよりもあっけなく入れたと思う。ただアンナの姿も、狸吉の姿もまだ見ていない。リビングのソファに通されて、月見草が紅茶を出したのをただ黙って啜るだけだった。

 へっへっへ、アイスティーしかないけどいいかな?

 これなんの一節だっけ。昔の不健全映像の一節だったと思うのだけど、とにかく綾女は紅茶を見るたびにこのフレーズを思い出しては実物を見ていたいと思うのだった。

 とにかく、今の作戦としては、お見舞い品としていくつかの果物を用意している。多分アンナが出るだろうから、今は待とう。

「お待たせしてごめんなさい、綾女さん」

「いや、いいの……よ」

「? どうかしましたの?」

「ああ、いや、なんというか」

 ――アンナは気付いていないのだろうか。自分では気付いていないのだろう。

 噎せるほどの艶香。上気した頬。薄いワンピース一枚程度では、到底隠しきれるものじゃない。

 だけどそれ以上に、纏う雰囲気がまるで変わっていた。

 以前のアンナは餓死しそうな獣特有の必死さがあった。それは余裕のなさでもあったし、それが原因で他の部分でもマイナスの結果に繋がったのは否めない。

 正しくなければ人に愛されない。愛されるには正しいことをしなければならない。

 それがアンナの世界だった。アンナの世界では無条件に愛されるという無償の愛は存在しなかった。

 だからソフィアに叱られると完全に委縮してしまって何も出来なくなるし、見ていて可哀想になるぐらいに必死になってミスを、間違いを取り戻そうとした。

 それが可哀想に思える時もあった。だけどソフィアに逆らわないという明確な部分は、下ネタテロを起こす上でもやりやすかった。

 アンナが狸吉に、衝動を抱くまでは。

 最初は性衝動でしかなかったかもしれない。だけど性欲と愛の区別なんて曖昧で、だからこそきちんと認識しなければ人を、相手を破壊してしまう危ういもの。

 アンナにはそれが一切なかった。性欲が卑猥に繋がることも知らず、欲望のまま蹂躙することを愛だと思い込んだ。

 最近のアンナの不安定さは、狸吉がそんなアンナの性衝動を受け入れようとしないのが何より大きかった。家の問題は、ソフィアの命令を無視して谷津が森に来た時から、狸吉への愛の方がずっと上回っていた。転校騒動でも狸吉と離れたくないからソフィアに反抗して家を出た。ずっとずっと、アンナは狸吉への愛を何よりも優先していた。

 アンナにとっては、狸吉が自分を受け入れてくれないことが、何よりも混乱し、不安定になることだったのだ。

 だけど、その不安定さが、今はない。


「綾女さん? 本当に、どうしましたの?」

「あ、いや……奥間君、大丈夫?」

「ええ。少し声が出ないので、奥間君のお義母様に許可をもらって、わたくしの家で看病することにしましたの」

「うん。……鼓修理から聞いたわ。だから、近くを通ったし、お見舞いに来たの」

「そうでしたの。奥間君も喜ぶと思いますわ。綾女さんはやっぱり、昔から優しいですわね」

「…………」

 これは、伝えなければならないのではないだろうか。

 《SOX》のリーダー、《雪原の青》としてではなく、アンナの親友の、華城綾女としての言葉を。

「――奥間君が風邪って、嘘よね?」

 後回しにしてきた、ツケが回ったんだと、綾女は思った。

「…………」

 アンナは表情を変えない。ニコニコと、穏やかな微笑を浮かべている。僅かに小首をかしげると、

「どうしてそうなりますの?」

 アンナは余裕の表情を崩さない。それが何よりの証拠だった。

「別に、わたしは……ただ、アンナが変わったから、何かあったのかなって思っただけよ」

 艶香も冷めてきて、いつもの状態に近くなっている。だけど、決定的に違う。

「別に、誰にも言ったりしないわ。だから、あなたに何があったのか、気になっただけ……それだけよ」

「…………」

 アンナは月見草の淹れた紅茶を一口飲むと、

「綾女さんにはかないませんわね」

 嫣然と笑うと、悪戯っぽく人差し指を唇の前に立てる。

「内緒ですわよ? 綾女さんだけに言うんですの」

 アンナには自分が卑猥なことをしたという意識も、狸吉が嫌がっているという可能性も、一切考えていない。

 だからこんな、少女のように内緒話をするノリで、

「愛の試練を乗り越えましたの」

 意味の分からないことを、言えるのだ。

「ずっと、奥間君が何故わたくしを避けるのか、不安でした。わたくしが正しくないから、だから正しく在らねばと」

 アンナの独白が始まる。



「だけど、結果は知ってのとおりですわ。……《SOX》は取り逃がし続け、《単純所持禁止条例》に自暴自棄になる生徒達も止められず……本当ならば奥間君がわたくしを見捨てても仕方のないことですわね」

 そんなことない、狸吉はそんなやつじゃない。

 その言葉は口に挟まない。アンナには、特に今のアンナには、絶対に届かないことがわかっていたから。

「けど先ほど、どうして奥間君がわたくしを、愛を育むことを避け続けていたのか、理由がわかったんですの」

 無邪気に、アンナは笑った。

 だけどその無邪気さが、アリを一匹ずつ潰す子供のそれと同じに見えてくる。

「わたくしを傷付けたくないから、と奥間君は言いました」

「――――」

 その通りだ。

 性知識のないアンナとそういうことになれば、本当のことを知った時、アンナは傷つくしかない。

 だけどアンナの語る言葉とはそれとは違った。

「愛を初めて育むとき、わたくしの身体に傷がつくのだと。その傷は痛みと共に一生心と身体に刻まれ、傷から流れる血がわたくしを汚す、と奥間君は言ったのです」
 
 アンナはうっとりとした様子で、きゅっと太腿に力を込めている。

「奥間君は、傷付くわたくしを案じて、愛を育むことを怖がったのですわ」

「…………」

 そう遠くはない理由ではあったが、だからこそ決定的に間違っていた。

「それならば、そんなに優しい奥間君が与える痛みならば、それが愛を育む上での試練だというならば、わたくしは乗り越えないといけない。奥間君の愛に応えなければならない」

 多分、自分が来る前に行われたであろう、先ほどの出来事を思い返すかのように、アンナは目を細める。


「だからわたくしは、愛の試練を受けましたの」


「……それで、アンナは」

 どう言葉を選べばいいかわからない。下ネタすらも思い浮かばない。重症だ。

「その、愛の試練は……どうだったの?」

「奥間君が心配するのもわかるぐらい、痛かったですわ」

 愛おしそうに、お腹をさする。にちゃ、にちゃという水音がこちらにも聞こえてくる。

「正直、あれほど衝撃的な痛みがあるとは思ってませんでしたの。……奥間君が事前に言わなければ、きっと耐えられなかったでしょうね」

 綾女は思わず目を伏せた。

 止める為の言葉が、逆に後押ししてしまったのだ。

 アンナには狸吉の制止の意味が理解できなかったのだ。性知識がなく、それでいて無垢な故に。

「でもあの痛みも、とても愛しいものですわ。だって」

 くすくすと、本当に嬉しそうに笑いながら。

「わたくしの中に、奥間君の空間が出来たようで、嬉しくて愛しいんですの」

 今日、この部屋に入って最初に会った時の違和感を思い出す。

 多分、アンナはもう戻れない。



 狸吉はアンナが狸吉に性衝動しか抱いていないと思っているが、綾女はそうは思っていない。女の子らしい愛情もちゃんと抱いている。狸吉には悪いが、好きな人と結婚できたらとか、デートした時の恥じらいの表情とか、どう考えても恋する女の子の顔だった。

 だけど健全で狭量なこの世界が、アンナの愛を歪めた。

 愛は絶対に正しい。世界曰く、愛は正義。

 この刷り込みにも似た思想が、アンナを歪めていった。『愛という絶対の正義の為ならば、何もかもが許される』と歪んでしまった。

 今のアンナは、自分の愛を否定するもの、邪魔するものは、おそらく笑顔で殺せる。罪の意識すら感じることなく。これはマッドワカメの意見だが、綾女も賛成している。

 もともとそういう気質はあった。綾女も何度も刃物を向けられている。鼓修理やゆとりも殺されかけた。

 だけどそれは、嫉妬から来るある種の余裕のなさ、不安定さから来るものだった。だから、綾女はどこかで狸吉とアンナが結ばれれば、暴走は収まるのではないかと、そう思っていた。

 だけど結果は、自分の信じていたものが絶対的に肯定されたアンナは、もう戻ることも修正も効かない。

 これからアンナは自分と違うものは徹底的に排除していくだろう。自分が正しいと信じて疑わないだろう。何があろうと、親や世間や友達や、何より愛しているはずの狸吉が何を言おうと、もう揺らぐことはない。

 そんなアンナには、自分が正しいと信じ切った人間の、ある種の傲慢さがあった。昔のアンナにはなかったもの。ソフィアの醸し出す雰囲気に似ているが、それよりも圧倒的な、暴君の気配。

 自信なんて生易しいモノじゃない。他者を強制的に傅かせ、隷属させ、服従させる、支配者のオーラ。

 考えてみれば、アンナはあの錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の娘なのだ。むしろこちらが本質に近いのかもしれない。卑猥を叩き潰すこともどこか楽しそうだったと早乙女先輩が言っていたように、本質は支配者で捕食者なんだろう。

 だけど、中学からずっと優しくしてくれていたアンナは、狸吉が憧れ、自分の下ネタ好きを封印してまで健全であろうとさせたほどに優しく微笑んだアンナは、もういないのだろうか。

「…………」

 綾女は、アンナを言いくるめて狸吉を取り戻すことを、諦めた。

 それが、綾女の答えだった。


 *


 がちゃん、と鍵の開く音がした。狸吉はクローゼットの扉が開けられたことを知る。

「綾女さんは帰りましたわ。お土産に、果物をたくさん持ってきてくださいましたのよ」

 暗黒に落ちる、という感覚を狸吉は味わう。きっと蜘蛛の糸に縋った罪人もこんな気持ちだったに違いない。

 でもその蜘蛛の糸の持ち主って、もしかして目の前にいるんじゃないかなあ。ベッドに繋がれた時の僕って、女郎蜘蛛の巣みたいだしね。

 タオルの猿轡を外すと、アンナ先輩は「うーん」と唇に人差し指を当て、可愛らしく考え込んでいる。

「先ほどから奥間君はお腹が空いたと言っていますし、わたくしも普段なら晩御飯の時間ですわ。何か食べましょうか」

「……は、はい」

 アンナ先輩は別の手かせと首輪を用意する。何メートルもある鎖の付いた首輪と、10センチはある黒い手枷。手枷は1メートルほどの鎖で繋がれている。首輪の鎖はやはりベッドに固定されていた。

 この家を動く分には問題ない程度の長さで、だけど外には出れない長さ。首輪と手枷はPMを覆い、操作させないように考えられた大きさだった。どんだけ監禁に力を入れているんだ。

「何か作りますわね。少し待っていてくださいまし。ああ、せっかくですから綾女さんが持ってきてくれた果物でも食べててください、少し時間がかかりますから」

「は、はい」

 見ると、リンゴやナシなど、皮をむくのが面倒な奴ばかりだ。わざとか。

 仕方がないのでバナナに手を伸ばす。……ん?

「これ……」

 一本だけ、不自然なバナナがあった。★のマークの付いたバナナ。これは腹が立つことに、『僕のバナナを嫌いにならないでください』というBLに出てくるバナナの特徴だった。これはアンナ先輩も気付かない。

 よく見ると、そのバナナだけ不自然に皮がむけている。いや変な意味じゃなくそのままの意味で。多分、何かある。

 そのバナナを向いて、アンナ先輩に見つからないように、こっそりと調べる。やっぱりあった!

(22時決行 アンナ誘い出す その隙に救出隊突入)

「奥間君? お魚とお肉、どちらがいいですの?」

 慌ててバナナごとメモを呑みこむと、「なんでもいいれふ!」と、気分は若奥様のアンナ先輩の機嫌を損ねないよう、必死に取り繕う。

 現時刻は18時半。

 あと3時間半で、助けが来るはずだと信じて、アンナ先輩の嬉しそうな顔を壊さないよう、出来る限り笑顔でアンナ先輩の話に付き合っていく。

今日の分の更新はこれでおしまい。
あしたは《SOX》の準備をよそにイチャイチャするアンナ先輩と狸吉(命懸け)をお送りします。
ぐちょぐちょシーンいりますか? あんまり得意でないのでこのレベルぐらいのモノしか書けませんが、ご要望があったらできるだけ取り入れます。
今のところはご飯とお風呂です。



 バスローブみたいな、というか多分バスローブを着せられ、ダイニングに向かう。椅子に座らされ、アンナ先輩が手際よく料理する姿を後ろから眺めるプレイを敢行していた。

 アンナ先輩が作っているのは豆腐の味噌汁、山芋の短冊切りに餡をかけた物、太刀魚におろしポン酢、かぼちゃの煮つけと見た目も匂いも実に美味しそうな和食メニューだった。

 水の音だけが聞こえてくる。お風呂にお湯を張っている最中で、

「愛の蜜が、零れてしまいませんか……?」

「血が出てるんですから、清潔にした方がいいですよ!」

 とのやり取りの末に、なんとかお風呂に入れて洗い流す事に決めたからだ。少し渋ったが、いくらでもこれからは時間がありますよと言ったら、唇を濡らして妖艶に笑った。腰が砕けた。

 どうせこの後もぐちょぐちょセクロスに持ち込まれるのだろうが、22時になれば助けが来るはず!

 それまでは何とか、夫婦ごっこで気を逸らそう!

「出来ましたわ、奥間君」

 おかずが運ばれてくる。いや、エロい方のおかずじゃないよ、多分食べれるよ? 多分ってのは先輩にはクッキーの前科があって、正直怖いというかトラウマだった。味自体は非常に美味しいのは今までの経験から知っているのだけど、もう色々と折れている。

 まずは、ご飯を食べようと箸をとる。異物混入の可能性に関しては、もう覚悟している。

 と思っていたが、予想外のところから問題がやってきた。

 アンナ先輩が僕の右隣に座る。

「?」

 両腕を繋いでいた鎖は外され(手枷はPM対策か外してくれなかった)右の手枷に繋がった鎖が、アンナ先輩の左のPMに引っかけられる。

 あれ、もしかして、この家にいる間ずっとアンナ先輩の一メートル以内にいなきゃいけないの?

 そんな疑問は肯定するまでもなく鎖を嬉しそうに撫でるアンナ先輩の微笑が当然としていた。

 僕が持っていた箸を奪われ、その箸で太刀魚を分け、おろしポン酢を乗せると、

「奥間君、あーん♪」

 ぎゃああああああ! 何この羞恥プレイ!?

 いや可愛いけど! 精液搾取よりよっぽどいいけど! こんな天使の笑顔向けられたら、たとえその先が鎖で繋がれたとしても、ものすごく断りにくい!

 だけどこの状況で、断れるわけもなく、一旦深呼吸し、覚悟して食べる。ちゃり、と鎖が鳴る音が、なんかこう、精神にいろいろクるよぉ。


「美味しいですか?」

「は、はい。とても」

 実際、美味しかった。たかがおろしポン酢だけかと思うのだが、多分魚の選び方や焼き加減が非常に上手いのだと思う。身がふっくらとしていて、薄味の方なのだけど素材の味が生きていて物足りなさは全くなく、僕の今まで食べてきた太刀魚の中でもトップクラスに美味い。母さんには悪いけど、料理の腕ならアンナ先輩の方が上だろう。

 でもおかずだけじゃなくご飯も食べたいなと思った瞬間、

「あーん♪」

 白ご飯が口元に運ばれる。アンナ先輩の観察力って本当に怖い。多分僅かに反れた視線だけで次に何が食べたいのか察している。アンナ先輩が出来ない事や苦手な事って何かあるんだろうか。

 その他にも、僕が殆ど何を食べたいと言わずとも、食べたいと思った料理をそのタイミングで口に運んで来てくれる。さすがにみそ汁だけは僕が直接お箸を使わせてもらったけど、口に運ぶことも、僕が料理を食べるところも、殆ど言葉を挟まず嬉しそうに見ていた。

「アンナ先輩は、食べないんですか?」

 一通り食べ終わってご馳走様を言った後、非常に満足げなアンナ先輩にそう聞いてみると、

「奥間君が食べているのを見るだけで、幸せになりますので。それに……」

 もじもじと、身を捩らせる。

「お腹を満たしすぎると、愛を育むのに支障をきたしますので。スポーツドリンクだけにしておきますわ」

 うん、やっぱりアンナ先輩は性欲>>>>>>┃┃越えられない壁┃┃>>>>>>>>食欲なんだね。知ってた!

 セックスもスポーツみたいなもんだしね! お腹いっぱいの時のスポーツって苦しいもんね!

 と、しれっと月見草がやってきた。そう言えばアンナ先輩がご飯の支度をしている最中、玄関の外で警備しているらしい月見草にベッドメイキングを頼んでいたっけ。……あのぐしょぬれのシーツを交換させられるのか。まあ月見草ならそういうのには何とも思わないだろうが。

 グラスにスポーツドリンクと氷を入れてアンナ先輩の前に置いた後、そのまま下がるのかと思ったが、

「アンナ様、病院はよろしいのでしょうか?」

 とわけのわからないことを聞いてきた。

「? 何故ですの? 確かに学校にはそのように連絡しますが、わたくしも奥間君も健康ですわよ?」

「ですが、ベッドシーツに出血の跡がありました」

 ああああああああ、それ言わないでえええ!!! 死にたくなるからああああああ死にたいアンナ先輩が僕で汚れてしまった本気で死ぬべきだ死のう

「アンナ様か奥間様かはわかりませんが、どこか怪我をなされたのであれば、医師に診てもらう必要があるかと」

「必要ありませんわ」

 にこ、と、月見草を安心させるように、穏やかに笑う。

 だけど、何故だろう。それは今までにも見た、例えばプレゼント選びの時のような慈愛に満ちたモノとは、根底が違うような。

 単に僕とのスポーツ(意味深)を邪魔されたくないだけだろうか。いや、だけど、

「…………」

 月見草は常に動かない微笑を張り付けているためにわかりにくいが、最近は僕にも良く見ればわかるぐらいには感情が読めるようになった。月見草は、戸惑っている。


 月見草がアンナ先輩の命令に従わない時はあって、そのせいで僕との愛が育めないことも多々あった。それはアンナ先輩より優先度の高い、祠影などの命令を優先してのことで、だからアンナ先輩はすぐに諦めてた。それを月見草に責めたりはしなかった。月見草のせいじゃないというより、月見草を責めるという発想自体のない人だった。

 そして月見草が提案したことは、月見草はアンナ先輩や一応僕のことも気遣ってのことだ。

 月見草は自分から提案するということに慣れておらず、頓珍漢なことを言うことも多い。だけど、全てはアンナ先輩を気遣っての発言ばかりで、アンナ先輩もそれをわかっているから、元来の優しさで許容し、純粋に月見草の善意を喜んでいた。

 そうだ、違和感を感じた理由。

 アンナ先輩なら、「ありがとうございます」とか「申し訳ありません」とか、ワンクッション置くんじゃないだろうか。

 こんなふうにいきなり、善意を無碍にするような言葉を、完全に否定するような言葉を、僕の知っているアンナ先輩が使うだろうか。

 月見草も似たようなことを考えていて、だから戸惑ったのだろう。

 アンナ先輩はこんな、他者の善意の言葉を潰すための笑顔を向けたりしたことは、なかった。

 僕と月見草の戸惑いには全く気付かず、アンナ先輩はなおも笑いかける。

「お風呂も入れて、ベッドメイキングまでしてもらって。月見草さんには、本当に助けてもらってますわ」

 …………、

 ただ邪魔されたことが気に喰わなかっただけだろう。多分、そうだ。

 月見草もそう納得したみたいで、「アンナ様がそうおっしゃるのであれば」と頭を下げ、玄関前の警備に戻った。

「…………」

 手の届く位置にあったので、自分で取って冷たいお茶を飲み干す。ついでに違和感も飲み込む。

 時刻は19時20分。華城先輩が助けに来るという時刻まで、あと2時間40分もある。

「奥間君」

 また二人きりになったアンナ先輩は、嬉しそうに笑って、

「一緒に、お風呂に入りましょう?」

 わあい男子の考えるシチュエーションを叶えてくれるアンナ先輩、とってもステキ僕ダイスキ☆

シリアスに偏ってしまうのは自分の悪い癖ですね。でも正直、結構原作ってこんな感じです。
お風呂編は今夜投下できると思いますので、少しお待ちください。

なんか下手なラブコメになってしまった。まだお風呂パート多分1/3ぐらいですが、一旦投下します


 多分アンナ先輩はすぐにでもベッドの上に戻りたいのだろう、僕が食べて食器を食洗機に入れたらすぐに風呂場に連れてきた。ちょっと休憩タイムとはやっぱりいかなかった。

「広い、ですね」

 部屋のあちこちの規模から見ても予想していた通り、バスタブも髪や身体を洗うスペースも、二人で使っても十分広い。色々妄想が捗るね。鎖の付いた首輪さえなければ。

「奥間君、先に髪を洗いましょう?」

 鏡の前の椅子に座らされる。百均で買うようなプラスチックの椅子でなく、なんか滑りにくく柔らかい、謎の素材で出来た椅子だった。大きな鏡越しにどうしてもアンナ先輩を見てしまう。

 カチューシャを取ったアンナ先輩ってもしかしたら初めて見るかもしれない。というか、明るいところで全裸を見るのが初めてなんだけど……

 改めて見ても、女性の理想のプロポーションの一つだった。豊かな胸部もすらりと長い手足もきゅっと引き締まった腰も弾力のあるお尻も、全てがバランスよく整っている。白磁の肌にはホクロは見当たらない。この身体のどこからあの怪力が生まれるんだろう。

 そんな全身には先ほどの淫靡な匂いが残り香が纏わりついている。多分、僕もだろう。

 アンナ先輩はシャワーの温度を調節すると、シャンプーのポンプを押して、

「奥間君の髪はわたくしが洗って差し上げますわ」

 さっきのご飯のやり取りでもわかってたけど、どうもアンナ先輩は僕のことをペット的な扱いしてる。用のない時はクローゼットに閉じ込められるのかとも思っていたけど、思ってた扱いよりちょっとだけマシだった。大方は予想通りだけど。

 ニコニコと嬉しそうなアンナ先輩の笑顔を見ていると、この期に及んでその笑顔を壊すのが申し訳なくて、中出し以外は無理に逆らわないでおこうと決めた。

「シャワーかけますわね。……熱かったり冷たかったりしません?」

「い、いや。ちょうどいいです」

 汗や色んな汁が流されていく感覚は心地いい。少し一息つく。背中に当たるふわっとした二つの感覚については、その先端が尖りきってて背中に擦れるたびに「ふぁん……!」と甘い小さな声が漏れるところについては、意図的にスルーする。二度も出したのにまだ足りないみたいだしな、僕のバカ息子は!

 シャワーがいったん止まり、両方の掌に泡を立てたアンナ先輩の手が、僕の頭に伸びる。心配はいらないのだろうけど、シャンプーが目に入るのが怖くて反射的に目をつぶった。

「痒いところはございませんか?」

 美容室の真似事だろうか、どこか茶目っ気を残しながらも普段のお嬢様口調とはまた違った敬語で話しかけてくる。目をつむっているので、頭が柔らかくマッサージされる感覚と指と頭皮が擦れる音、湯気とシャンプーの匂いが鮮明になる。

「あ、はい……気持ちいいです」

 実際、普段の怪力が嘘のようにちょうどよい力加減で丁寧に洗ってくれている。この感覚が気持ち良くて、目を閉じるのはいつの間にかこの心地よさに身を任せているのだと気付いた。

「お客様はおうちでお義母様のこと、なんて呼んでるんですか?」

 まだ美容師ごっこは続いているのか、丁寧に洗いながらも声が上から降ってくる。僕は何も考えずに答える。

「普通に母さんって……アンナ先輩は? お母様、ですよね?」

「そうですわね……そうですね」

 一瞬、素に戻ったのは、まだ家族の問題が解決していないからだろう。

 地雷を踏む前に慌てて話題を変えようとするが、心地よさに身を任せるあまり一瞬眠っていたのか、思考が働かない。

「でもお母様は、場所によってお父様への呼び方を変えていますよ」

 僕の一瞬パニックになった思考を無視して、アンナ先輩はまだ話題を続ける。

「お父様はずっとソフィアですが、お母様は家ではまーくんと呼んでいますわ」

 ……まーくん?

 錦ノ宮祠影 → まつかげ → まーくん?

「あええええええあのソフィア・錦ノ宮があああああ!!?」

 アンナ先輩の前にもかかわらず、ソフィアを呼び捨てにしまった。それぐらい衝撃だった。

 あのソフィア・錦ノ宮がまーくんって甘えてるところが全く想像つかない。つかないったらつかない!!


「そ、そんなにおかしなことですの?」

 錦ノ宮祠影もソフィア・錦ノ宮も僕ら《SOX》にとっては黒幕やラスボスなのだけど、アンナ先輩にとっては肉親でそれが通常運転なのだろう。

 でも僕の母さんが家だけでも父さんを「善ちゃん」とか呼んでたらなんか嫌だ。絶対嫌だ!

「へ、変じゃないです……ただ、その、意外だったんです」

「お母様は外では厳しい方ですが、家では結構甘えん坊ですのよ」

 くすくすと可笑しそうに笑う。なんか嫌な事実を知ってしまった。あと僕の反応にびっくりしたのか、口調が完全にいつものお嬢様口調に戻っていた。

「あ、そう言えば」

 今の衝撃で目を開けてしまったので、アンナ先輩の恥ずかしそうに目を伏せる姿が鏡越しに見える。

「奥間君のお義母様も仰っていましたわ。奥間君とお呼びするのは、他人行儀だと。なんなら呼び捨てでも構わないと仰っていましたけど……」

 アンナ先輩はどこか期待するような眼で僕を見ていて、

「た、狸吉君とお呼びすればいいのでしょうか? それとも、わたくしのお母様に倣って、たーくん……?」

 ひいいいい、なんかその甘ったるい呼び方はさすがにその、恥ずかしすぎて身悶えするので出来ればいつも通りに

「た、たーくんも、わたくしのこと、呼び捨てで呼んでくださいませんか?」

 ぎゃああああああああ!!

「あわわわわわわ、ああああの、その、ちょちょちょっと僕にははははハードルが高すぎてですね、ああの、は、恥ずかしくて、そ、嫌とかじゃなくてででも、その、僕にとってはアンナ先輩はやっぱり先輩であって、よ、呼び捨てとかはその」

「わ、わかりました! わたくしが悪かったですわ!!」

 アンナ先輩も僕の羞恥心をわかってくれたのか、というかアンナ先輩も顔を真っ赤にして身悶えてる。

 とっくに一線超えてるくせにとかツッコまれそうだけど、こればかりは、なんというか、全く違う次元で越えたら危険なラインのような気がする。

「す、すみません、取り乱してしまって……ちょっと、心の準備が必要でして」

「いえ、わたくしもいきなりすぎたのですわ。そうですわよね、女性からそういうことをおねだりするのは、はしたないですわよね」

 自分がさっきベッドの上で僕にしたことを全部棚に上げて(棚に上げている意識すらないのだけど)しおらしく自分のおねだりを撤回するアンナ先輩があまりにしょげていたので、

「……………………アンナ」

 思わず、ボソッと呟いていた。

「! あ、」

「~~! せ、先輩! もう髪は十分ですから! な、流していいですか!?」

 というか冷水を浴びたい。顔が真っ赤になっているのは鏡を見なくてもわかる。

 ぽーっと響きに酔っているアンナ先輩がどんな顔をしていたのか、見る余裕はなかった。


 僕はシャンプーだけなのだけど、アンナ先輩はやっぱり女性らしく、シャンプーとトリートメントで“僕が”丁寧に洗った後(何も言わなかったのだけど、アンナ先輩の視線が僕にそういったことを要求している気がしたのでボクから言い出したら心底嬉しそうだった。ペット化の調教が自然と進んでいるのかもしれない)二人で湯船に浸かることになった。

 お互いが向き合って足を延ばしても十分くつろげるサイズのバスタブだった。無論、足を伸ばしたりしたら色々とヤバいことになるので、三角座りになってアンナ先輩と向き合う形になる。湯の温度は若干温かったが身体の強張りは解れていく。鎖のじゃらという音はもうスルー出来るようになっていた。

 しばらく無言の時間が過ぎる。アンナ先輩は幸せそうにこちらを見つめていた。この状況で何もしてこようとしないのが逆に怖い。

「まだ泡が残ってますか?」

 あえてすっとぼけてみようかと思ったのだけど、

「奥間君を独り占めできるのが、幸せですの」

 あっさりと砕かれた。ずっとうっとりと僕を見つめている。性欲モンスターと化してもこの顔だけは今でもドキッとしてしまう。

 と思ってたら近づいてきた。え?

 頬に両手を当て、僕の頭を固定すると、

「ん、ぴちゅ、ぴちゃ……んん」

 やっぱりベッド戻るまで我慢できなかったかあ、アンナ先輩の舌が僕の唇を割って強引に来ちゃったよ。

 けれど今までのような余裕のなさから来る貪るようなキスではなく、激しさはそのままにじっくりと味わうようなものに変化していた。

 もしかしたら僕が慣れてしまったのかもしれないけど、あるいは僕の身体も発情しきっているのかもしれないけど、キスだけで僕の息子が発射しそうになる。

 アンナ先輩の舌が僕の舌と絡み、アンナ先輩の方に引き寄せようとする。アンナ先輩の動きは明らかに僕を貪ることから僕を誘うことへと変化していた。僕からアンナ先輩を求めるように。

 その変化に、僕はあまり驚かなかった。むしろ、自分でも驚くほど諦めの方が強かった。

 ……もういいんじゃないかな。

 だってもう中でやってるんだ。なら何を我慢することがある?

 アンナ先輩だって、痛みを受け入れようとして、実際に今もしている。まだ身体の動きが鈍くて、きっとさっきの痛みをまだ引き摺っている。何よりアンナ先輩は性欲で動いていて、本能で求めていて、なのになんで男の僕がこんなに我慢しないといけない?

 理性が溶解しつつあるのはわかっていた。でももう、疲れた。さっき、どうしようもなく話が通じなかった時から、きっと僕の心は折れてたんだ。

 アンナ先輩は幸せだと言い切った。初めての相手が僕で良かったと、そう言い切った。

 初めてが特別なことだと理解させただけいいんじゃないのか。アンナ先輩はそれで納得していて、幸せを感じているじゃないか。無理矢理にやってるんじゃない。憧れの先輩が誘ってきていて、それを断る方が男としてどうかしてるんだ。

 アンナ先輩の舌は獲物を誘う蛇のようにちょろちょろと動き、唾液を送り込んで、僕を挑発している。

 背筋にゾクゾクと快感が走っていく。あ、あれ? アンナ先輩、他に動いてないよね?

 もしかして、キスだけでイカされようとしてる? アンナ先輩は僕を貪ることから、僕に与えようとしている?

 何が何だかわからなくなってとりあえず放とうとした瞬間、見計らったようにアンナ先輩が僕から離れた。唾液がつうっと、お湯の中に交じっていく。

 ゾクゾクとした快感はそれでも止まらない。アンナ先輩の笑みが、飢えた獣ではなく、別の何かに変貌していっている。

「これから、どうしますの?」

「――――」

 性知識の有無とか、もうどうでもいいんじゃないかな。

 この人は何も知らなくても何もかもを分かってる。そして相手が堕ちるまで待てる余裕を持ってしまった。そんな相手にもう抗えるわけがなくて、抗う理由ももうほとんどないんだ。

 華城先輩の弱弱しい声が何故か浮かんだけど、何を言っているかは聞こえなかった。

 何故か反射的に謝ろうとした心は、だけど背筋を抜ける快感にすぐ掻き消された。

これ需要あるのかな、書いてて楽しいのですけども
奪還篇に行くか、もうちょっとぐちょぐちょさせるかで悩んでます。とりあえず今日はここまでで。


 水滴を拭くのもそこそこに、僕達はベッドに戻る。シーツはきれいに交換されていた。これもぐしょぐしょになるんだろうけど。

「奥間君」

 アンナ先輩が、またキスを迫る。こちら側のアクションを誘うキス。

 ……もし本能に従ってしまったら、どうなるだろう。

 何も変わらない。もう決定的なことは起こってしまった。これ以上しても何も変わらないならば、お互いが満足するまでヤリまくっても、誰が文句を言う? 二人とも合意の上なのに、なぜ責められなければならない?

「アンナ先輩」

 呟く。

 憧れの人と、男女の関係になったのに、全然心は晴れない。

 性知識は今からつけていけばいい。男女が愛し合うこと自体は卑猥なのではなく、所構わずみだりにそういった事柄を無秩序に欲望の何の制限もかけない獣のように扱うことなのだと、僕は母さんは言っていた。節度さえ守れば何の問題もない、と。

 ならば節度だけ教えていけばいい。今回はもう遅いけど、ゆとりに頼めば避妊具も用意できるかもしれない。

 そこまで理屈を組み立ててなお、心は晴れない。これは間違っているという感情が、本能を止めてしまう。

 伝えられることは伝えたはずだ。愛し合えば子供が出来るというのも、アンナ先輩に限るならば正しいし、初めての経験の尊さも理解してくれたと思う。痛んでいるはずの下腹部を、ずっと愛おしそうに撫でているのが証拠だ。まったく僕の言葉を聞かずに暴走したのではなく、与えられた情報をアンナ先輩なりに解釈した結果で、つまりアンナ先輩はこの結果を自分で選んだんだ。暴走ではなく、考えて、それでもなお僕がいいと、そう言い切って。

 妊娠に関しては時期が悪いしそれはまだ理解してもらう必要はあるけど、セックスは場所と時間さえ決めれば、僕がアンナ先輩の恋人になると覚悟すれば、大体のことが解決するんじゃないだろうか。今日でぴったり当たったら意味ないけど。

 僕の意思を無視している事さえ除けば、全部解決するんじゃないか? ただ黙って従ってさえいれば、アンナ先輩だって無茶なことはしないだろう。

 ――じゃあ《SOX》はどうするんだ?

「知らないよ、そんなこと」

「どうしました?」

「……そんなことより、アンナ先輩が欲しいって、そう思ったんです」

「うふふ、そうですわね。わたくしも今は、奥間君だけがいれば、それでいいですわ」

 アンナ先輩の欲情がどんどんと高まっていく。今日だけでも何回びくんびくんしていたのかわからないのに、まだ足りないらしい。女の子はイッた後も興奮が続いて、賢者タイムがないんだっけ。そういうものなのかな。

 シタノクチからは涎が幾筋も流れていて、太股まで濡らしている。赤い色は、もう見えない。

 僕も先ほどのキスからの寸止めで、爆発寸前になってる。

「アンナ先輩……挿入ても、良いですか?」

 問いには答えず、アンナ先輩がこちらにやってきた。向かい合って女の子が男の膝に座るような、いわゆる対面座位の体勢になる。

「わたくしばかり求めるのは、ずるいですわよね」

 悪戯っぽく囁く声も、背筋に上る快感を増長させる。

「何も聞く必要はありませんわ。奥間君の好きなように……」

 少しだけ、腰を浮かせる。それ以上は動こうとしない。

 理性は完全に溶解しきった。とうとう僕は、自分からアンナ先輩を求めた。

 アンナ先輩の腰に手を当て、僕の息子の上に下ろしていく。



 水滴を拭くのもそこそこに、僕達はベッドに戻る。シーツはきれいに交換されていた。これもぐしょぐしょになるんだろうけど。

「奥間君」

 アンナ先輩が、またキスを迫る。こちら側のアクションを誘うキス。

 ……もし本能に従ってしまったら、どうなるだろう。

 何も変わらない。もう決定的なことは起こってしまった。これ以上しても何も変わらないならば、お互いが満足するまでヤリまくっても、誰が文句を言う? 二人とも合意の上なのに、なぜ責められなければならない?

「アンナ先輩」

 呟く。

 憧れの人と、男女の関係になったのに、全然心は晴れない。

 性知識は今からつけていけばいい。男女が愛し合うこと自体は卑猥なのではなく、所構わずみだりにそういった事柄を無秩序に欲望の何の制限もかけない獣のように扱うことなのだと、僕は母さんは言っていた。節度さえ守れば何の問題もない、と。

 ならば節度だけ教えていけばいい。今回はもう遅いけど、ゆとりに頼めば避妊具も用意できるかもしれない。

 そこまで理屈を組み立ててなお、心は晴れない。これは間違っているという感情が、本能を止めてしまう。

 伝えられることは伝えたはずだ。愛し合えば子供が出来るというのも、アンナ先輩に限るならば正しいし、初めての経験の尊さも理解してくれたと思う。痛んでいるはずの下腹部を、ずっと愛おしそうに撫でているのが証拠だ。まったく僕の言葉を聞かずに暴走したのではなく、与えられた情報をアンナ先輩なりに解釈した結果で、つまりアンナ先輩はこの結果を自分で選んだんだ。暴走ではなく、考えて、それでもなお僕がいいと、そう言い切って。

 妊娠に関しては時期が悪いしそれはまだ理解してもらう必要はあるけど、セックスは場所と時間さえ決めれば、僕がアンナ先輩の恋人になると覚悟すれば、大体のことが解決するんじゃないだろうか。今日でぴったり当たったら意味ないけど。

 僕の意思を無視している事さえ除けば、全部解決するんじゃないか? ただ黙って従ってさえいれば、アンナ先輩だって無茶なことはしないだろう。

 ――じゃあ《SOX》はどうするんだ?

「知らないよ、そんなこと」

「どうしました?」

「……そんなことより、アンナ先輩が欲しいって、そう思ったんです」

「うふふ、そうですわね。わたくしも今は、奥間君だけがいれば、それでいいですわ」

 アンナ先輩の欲情がどんどんと高まっていく。今日だけでも何回びくんびくんしていたのかわからないのに、まだ足りないらしい。女の子はイッた後も興奮が続いて、賢者タイムがないんだっけ。そういうものなのかな。

 シタノクチからは涎が幾筋も流れていて、太股まで濡らしている。赤い色は、もう見えない。

 僕も先ほどのキスからの寸止めで、爆発寸前になってる。

「アンナ先輩……入れても、良いですか?」

 問いには答えず、アンナ先輩がこちらにやってきた。向かい合って女の子が男の膝に座るような、いわゆる対面座位の体勢になる。

「わたくしばかり求めるのは、ずるいですわよね」

 悪戯っぽく囁く声も、背筋に上る快感を増長させる。

「何も聞く必要はありませんわ。奥間君の好きなように……」

 少しだけ、腰を浮かせる。それ以上は動こうとしない。

 理性は完全に溶解しきった。とうとう僕は、自分からアンナ先輩を求めた。

 アンナ先輩の腰に手を当て、僕の息子の上に下ろしていく。



「はあっ!! ……あ、あ、あ、あ、」

 全身で衝撃を感じ、背筋を反らして耐えるアンナ先輩は、中の壁が僕の息子を締め付ける感覚だけでなく、視覚でも僕をより深く誘ってくる。

 さっきの騎乗位より密着度の高い対面座位という姿勢は、僕の方からアクションをするにもうってつけだった。

 目の前で揺れている双丘、二つあるてっぺんのこちらから見て左側に舌を伸ばす。

「ふぁあ! はふ、はああ、ああああ!」

 後ろに倒れないように腕を背中に回す。鎖の伸びた右手は、そのまま双丘をわし掴む。

「あああ、これ、これが欲しかったんですの! この気持ちいいのが欲しかったんですの! もっと、もっと……!」

 主導権がこちらに変わるというだけで、驚くほど感じる世界が変わった。甘い汗の匂い、熱すぎる熱、なのに掌に吸い付く肌は僅かに冷えていて、ずっと触っていたい。手の中でカタチが変わるのも、舌先で先端をコロコロと転がすたびに跳ねるアンナ先輩の身体も、全ての五感を刺激する。ぐねぐねと中の壁が一層強く締まる。

 僕はより一層強く啜る。アンナ先輩の嬌声はもはや悲鳴に近くなってきた。

「ああああ、奥間君、奥間君、わたくし、何か、あ、あ、きますわ――!!」

 ばしゃ、と股間に熱い水がかかる。僅かに残った理性が潮を吹いたんだと理解するけど、イッた直後特有の長い痙攣を起こしつつもまだ中の壁は僕の息子を搾り取ろうとして、

「あ、で、出ます! で、」

 言い終る前に、発射してしまった。アンナ先輩もビクビクとした息子の動きでそれを悟ったのか、舌舐めずりをしながら腰をさらに深く落として、零れないようにする。僕が思っていた以上に洗い流したことが気に入らなかったらしい。

「……どうでしたの?」

 常人をはるかに超えた体力を持つアンナ先輩でも、軽いのも含めると多分今日だけで2桁はびくんびくんしていて、破瓜の衝撃もあるから、さすがに声が震えている。

 それとも声が震えているのは、初めて僕からアンナ先輩を求めたからだろうか。

「すごく……気持ちよかった、です」

 陳腐な感想にも、アンナ先輩は嬉しそうだった。

 だけどわかっていたことだけど、この程度じゃアンナ先輩は満足するわけがなかった。

「ん……」

 ひょわ!? 耳の中にぬるっと入ってきた!!?

 思わず腰が浮いてしまって、突き上げてしまう形になる。それがアンナ先輩をさらに刺激し、舌と中の壁の動きを加速させる。

 唇が耳を全てを覆い、耳たぶが浅く噛まれ、耳の襞に沿って舌は蠢き、また中にまで入って、刺激する。濡れた耳は僅かな吐息だけでもより敏感に感じ取り、また快感の波が押し寄せてくる。

 以前も同じようなことをされたけど、僕が敏感になっていることを差し引いても、その時より圧倒的に動きがこなれていた。

 また息子に血液が集まってくる。さすがに勢いが弱まってきたけど、アンナ先輩の中はお構いなしにぐねぐねと搾り取ろうとしている。

「わたくしばかりだと、奥間君が寂しがるかと思っていたのですけど……」

 耳姦を終えたアンナ先輩は、ご馳走を味わう余裕はあっても、それでも僕を散々恐怖に陥れてきた獣の目になっていた。

「やっぱり、奥間君が欲しくて欲しくて仕方ありませんの……まだまだ足りなくて。奥間君の愛の蜜が、もっともっと欲しいんですの……!」

 快感に震える声で、まだ足りないと笑う。純粋に、命の危険を感じた。呑まれてこのままでもいいかと思っていた心が、一瞬で覚醒するほどの恐怖。

 た、助けて! ぬっ殺される! 死ぬまで搾り取られちゃう!!

 命の危険に萎えそうな息子だったけど、アンナ先輩の中はそれすらも許さなかった。ぐ、と更に腰が落とされると、

「!?」

「ああ!!」

 ズン、と息子にとてつもない衝撃が走る。


 今までどう重心をずらしていたのか、あまり重さを感じていなかったのだけど、多分アンナ先輩の全体重を結合部一点にかけたんだろう。いきなりすぎてそのまま出そうになったほどの衝撃だった。

 自然と、僕の息子もアンナ先輩の中の、より奥深くへ侵入する。

 息が浅く、荒くなっている。今までは痛みの記憶の為か動き自体は慎重だったけど、今はもう快感しか感じていないらしいのは獣の目で分かる。

「あ、奥間君、奥間君がもっともっと、もっと欲しいんですの……!」

 恐怖に完全に腰が砕けて、それほど強く押されてないのにまた騎乗位の体勢に戻ってしまう。

 愛の蜜だけではなく僕の全てを喰らい呑みこもうと、瞳孔をガン開いて舌舐めずりをしながら笑っていて、ようやく救助はまだかと思いだしたけど、まだ一時間半は残っていた。


   *


「《雪原の青》、本当にひとりで大丈夫か?」

 いつもの喫茶店のマスターに無理を言って、夜なのにアジトを開けてもらっている。他にも《二足歩行の社畜》など、ゆとりの人脈で今回の作戦に必要な人材もここに集っている。主に学生では無理な、車の運転などでのバックアップであって、基本は《雪原の青》の囮とゆとりと鼓修理の二人一組の救出チームがメインだった。他のメンバーは化け物会長の恐ろしさを実感したことがないため、一瞬でも後手に回ったら即ジエンドになるからだ。

「救出部隊の方が危険なのはわかっているでしょう?」

 ゆとりから言わせれば囮の方がよっぽど危険だと言いたかったが、というか鼓修理がそう主張していたが、《雪原の青》は頑として聞き入れなかった。

 狸吉がいないと《SOX》が回らなくなるのはわかっていたし、何よりあの化け物女のところに監禁されているのかと思うと人として助けなければと思うのだが、だけどこの作戦が最善かと言えば、鼓修理から見てもゆとりから見ても、火に油どころかガソリンを撒く危険な行為に思える。

「一人の方が身軽に動けるわ。これでも昔は一人で戦っていたのよ、信じなさい」

 力強く言い切る様子は頼もしい。そもそも《雪原の青》の能力を疑っているわけでもないのだ。ただ、

「アンタが言ったんだぜ。『今のアンナを以前のアンナと思うな』って」

 綾女はゆとりが合流する前に親友という立場から偵察に行っていたのだが、結果は完全に化け物女の良心に期待することを切り捨てるものだった。というより、鼓修理曰く、帰ってきた時の綾女の絶望の顔でもう結果がわかったらしい。

「ふーむ。アンナがのう」

 絵描きはいつも通り狸吉と化け物女のドッキングを見たがっていたが、偵察から帰ってきた綾女の様子を見るなり、ずっとこの調子だった。

 珍しく、口ではなく手で絵を描いていた。

 どこかの教室で狸吉と一緒に笑う化け物女の絵。

 獣のように狸吉に襲い掛かり、それを見て殺されかけた時の印象が強すぎてこういう部分を想像できなかったのだが、この絵を見ると狸吉が憧れた『清楚で綺麗で健全な生徒会長』という言葉は、決して嘘ではないのだろうと思えた。この絵描きも、あの化け物女を最高のモデルと考えているだけあって、色々と思うところはあるようだった。どう思っているかはわからないが。

 その絵の狸吉の表情は優しく楽しそうに笑っていて、化け物女もはにかむように微笑んでいて、早乙女の絵描きとしての技量を知っているゆとりには、それは間違いなく日常の光景だとわかった。その微笑は綺麗そのもので、嫉妬すらおこがましく思える。

 《雪原の青》もそれを見て、複雑そうにしていたが、

「じゃあ作戦を開始するわ! みんな、まず見つからないこと、全力で逃げることを意識して、必ず生きて戻ってくるのよ!」

「はいっス!」「おう!」「儂はここに待機しとくぞい」

 鼓修理がいつにもなく真剣に返事をして、自分も気合を入れるために大きく返事をして、絵描きはいつも通りに見えるまま、《SOX》は救出作戦を開始する。

もうちょっとだけぐちょぐちょしたら作戦が始まります。
今夜もう少し投下します。やっぱりアンナ先輩が無理矢理する方が妄想しやすいですね。


「――――」

「……起きましたの? はい、どうぞ」

 すっと冷たいグラスが差し出される。口の中に残っていたアンナ先輩の愛の蜜の後味が正直気持ち悪くて、洗い流すように水で飲み込む。

「気絶するとは思いませんでしたわ。わたくしもよくあることですから、大丈夫だとは思いますが」

 今のアンナ先輩は慈愛に満ちた笑顔を浮かべてくれているけど、気絶する前のアンナ先輩の猛攻は凄まじかった。

 七発目でそろそろ弾切れを起こしそうになって、アンナ先輩が少しいじけた顔をしたのまではまだよかった。

 ただその後の思い付きが極悪で、アンナ先輩は僕の後ろの穴に興味を持ってしまったのだ。そっからが地獄だった。

 嫌だダメですと言おうが悲鳴を上げようが手で押さえて抵抗しようが、アンナ先輩は僕の反応全てを楽しんでいて、全部押さえつけられた。入り口を舐めてほぐされ、細く長い指を挿入られてアナル処女を喪失した感慨にふける暇もなく、前立腺を刺激させられた。

 しばらくは何も起こらなかったけど、アンナ先輩が「見つけた」と囁いた瞬間、全身が雷に打たれたのかと思った。それぐらい凄まじい衝撃があって、一気に二回射精し、その反応を喜んだアンナ先輩はまた刺激を続けた。

 すると視界が真っ白になって、雷に何度も打たれて、身体が勝手に跳ねた。射精より強すぎる快感に、意識が飛んで、今目が覚めた。

 と、恐ろしいことに気付く。まだ身体の中で何かがぐねぐねと蠢いていて

「あああああ?!?くぁwせdrtふygひ」

 強制的に身体に強烈な快感を与えられ、身体が勝手に跳ね、グラスがベッドの下に落ちる。

 まだ前立腺への刺激が続いていた。アンナ先輩の慈愛に満ちた笑顔と、気絶から覚めたばかりで何もわからなかった。気絶している間も刺激は続けていたのだと思うけど、頭が真っ白になって状況が全く分からない。

「ああ、その顔……やっぱり愛しくて、可愛らしいですわ……」

 痙攣が続く。都市伝説かと思ってたけど、もしかしてこれは昔の不健全雑誌の特集にあったドライオーガズムというやつなのだろうか。射精より数十倍の快感を伴うとか書いてあったけど、絶対嘘だと思ってた。

 だけど今無理矢理に与えられている快感は、数十倍というのが決して誇張ではなかった。感じるようになるまではかなり時間がかかると書いてあったけど、アンナ先輩はそんなの簡単に飛び越えることぐらいはわかってる。

「ねえ、奥間君。先程、気絶する瞬間の顔が、本当にとっても可愛かったんですの……もう一回、見せてくださる?」

 質問形だけど答えをというか言葉を話す余裕がない。強すぎる快感が断続的に襲ってくる。駄目だ、無理だ、こんなのを与え続けられたら確実に発狂する!

「むむむむむりですおねがいややめえめめえええあああああ”あ”!!!!!」

 射精の衝動が走った瞬間、息子の中ほどを握られていた。強く握られ、出すことを許してくれない。

 出したいのに出せず、むしろ逆流する感覚ががががががあああ出させてええ本気でヤバいのおおおおお


「気付きましたの。奥間君の愛の蜜は、少し溜めた方が、より濃く、美味しくなることに」

 ダメだ、本気で発狂する。その証拠に目の前にいるはずなのにアンナ先輩と焦点が合わない。囁きだけがやたらはっきりと、

「さあ、もっともっと、愛に悶えてくださいまし。奥間君はわたくしをずっとずっと焦らして、いたぶってきたのですから……」

 顔はよく見えないけど確実に瞳孔ガン開きになっているのはわかる。アンナ先輩も溜まりに溜まりきった性欲が、今爆発している。しかもとんでもなく危険な方向に。

「わたくしは、奥間君が愛のことしか考えられなくなっても、それはそれで素敵だと思っていますの」

 あああ、つまり快楽に発狂しても構わないと言ってるわけですね多分アンナ先輩の中では最高の純愛なんだろうけどこれは本気でまずい知識がないから加減を知らない上に基準が常人離れした自分の身体であるアンナ先輩は僕の限界がわからないあああああ本気でわかわからなくが、がああ、あああああああ狂って来てる多分みんなごめんもう無

「アンナ様、緊急事態につき失礼しま」

 アンナ先輩以外の声が聞こえて、アンナ先輩の動き全てが止まる。表情は髪に隠れて見えないけど、身体の中で蠢いていた指が抜かれ、寸止めされていた息子を放し、ぐるんと掌で撫でて一気に解放、射精させてくれた。掌に零れた僕の愛の蜜を舐めとると、

「どうしましたか?」

 いつもの状態に戻ったアンナ先輩が、微笑みながら月見草に向き直っていた。

「…………」

 月見草がフリーズしている。好き嫌いなどを聞かれるとフリーズするが、基本どんな状況でも張り付けた微笑の仮面を崩さない月見草であっても、この状況は異様で異常でそして何より危険だと理解したようだ。

 というか、アンナ先輩に一切の殺気がないのがむしろ本気で怖い。

「奥間様が……非常にお加減が悪そうに見えるのですが」

「ああ」

 獣化した時の僕に向けるものや嫉妬に我を忘れた時のものではなく、普段の聖女の笑みを浮かべる。

「月見草さんが心配することじゃありませんわ。でも、そうですわね。何か飲み物持ってきていただけますか? 喉が渇きましたし、奥間君も水分補給が必要みたいですから」

 汗や唾液や涙や精液や愛液でぐちゃぐちゃだからね。

「かしこまりました」

 テキパキとスポーツドリンク2リットルを二本持ってくる。アンナ先輩は丁寧にグラスに入れていたが、僕は余裕もなく頭からかけるように喉に流し込む。た、助かった……中度の脱水症状があったのかもしれない。冷たく優しく体に染み渡って、朦朧としていた思考がクリアになっていく。

 というか、今気付いたけど、僕達酷い状態の全裸なんだけど、僕はともかくアンナ先輩は月見草に見られても平気なのだろうか。以前の祠影の命令では月見草は着替えの場にいることを禁止されていた筈だけど。あ、だからフリーズしていたのか。

「緊急事態とは?」

 あ、そう言えばそんなこと言ってたっけ。

「《SOX》から、犯行声明文が届きました」

 アンナ先輩の目が細まる。

 やっと救出作戦が開始されたのだ。……けど。

 僕、完全に足腰立たないんだけど、大丈夫かな……。

「……わたくしが必要なのですか?」

 アンナ先輩が、僕の首輪から伸びている鎖をぎゅっと握る。

「今は時岡学園の生徒会長ではなく、アンナ・錦ノ宮ですの。それに、生徒会は捜査から外されるように通達がありましたわ」

 少し意外に思うが、今のアンナ先輩にとっては僕とぐちょぐちょになって愛を育むことが最優先なのだろう。

 興味を失ったように月見草から僕に向き直ると、僕の胸板に顔を埋める。

 本当はここで犯行声明文とやらに興味を持たせないといけないのだけど、もう言葉を考える気力がない。言葉を繋げないと、本当に死にかねないのはわかっているのだけれど、体力も気力もとっくに限界を超えている。

「捜査権限のないわたくしに、何が出来るというのです? ……今ぐらい、愛に溺れても、よろしいじゃないですの」


「ですが、《SOX》は、アンナ様を指名なさっているのです」

「わたくしに?」

 ようやく、ようやく生徒会室で真面目な話をするときの、怜悧な輝きがアンナ先輩の瞳に戻ってくる。

「映像が届いています。風紀委員の一人に届けられました」

 月見草がフリーズから回復すると、今はありがたい淡々と無感情な声で、

「映像を見てから、ご判断願います。善導課にはまだ通報しておりません。それらも含めてご判断を」

 月見草に限らず風紀委員は杓子定規で自分で判断できない奴らばかりだ。だから扱いやすいともいえるのだけど、今現在はアンナ先輩が言っていたように、生徒会に《SOX》を追う権限はない。だから本来なら、この案件は即座に善導課に通報されるはずなのだ。

 華城先輩はどんな犯行声明を出したんだ?

「――奥間君。少しお時間、よろしいですの?」

 同じ理由で不審が強くなったのだろう、アンナ先輩も警戒して、映像ファイルを開く。


『オーホッホッホッホッホ!!』


 《雪原の青》の馬鹿笑いが夜空に響いてる。何処かのビルの屋上だろうか? 場所は簡単にはわからない。

『親がご乱心になって傷心中の生徒会長様、お(ピーーーー)は!』

 多分挨拶なんだろうけど、僕はツッコむ気力ないしアンナ先輩はその意味が分かってないよ。

『早速だけど本題に入らせてもらうわ! 今夜23時、《SOX》はこの文章をあちこちにばらまくわ。ネットでもたっくさん盛り上げるつもりよ!』

 雑誌の文字を切抜きした怪文書が指し示す文字は、


 ――アンナ・錦ノ宮は不貞を犯す悪女である


「は?」

 思わず僕の方が声を上げる。華城先輩は一体何を言って

 アンナ先輩のオーラが、暗黒と絶対零度の炎を纏っていく。

(ひい!?)

『あなた、夏にうちの《センチメンタル・ボマー》に手を出したそうじゃない?』

 朱門温泉のあの出来事のことかあああ!!!


 あれが最も直接の原因として、アンナ先輩は不貞を無かったことにしようと《センチメンタル・ボマー》としての僕は命を狙われているのだ。

 華城先輩、いくらなんでも明日を犠牲に今日を生き抜くスタイルは、今時流行らないと思います! ってか死にます! 殺されます!



『今までもあなたのお邪魔で出来なかったテロはたくさんあるの。お家の影響力がなくなった今、ちょっとした意趣返しといったところね!』

 《雪原の青》の高笑いとは反比例して、アンナ先輩の表情が無になっていく。

『噂では生徒会の冴えない後輩とよろしこしこと楽しくやってるみたいだけど、他の男に手を出しておいて愛だの正義だのなんてどうかしてるわ!』

 ぴき、と空気が割れる音がした、気がした。

『というわけで、この機会にあなたは完全に潰させてもらうわ! 明日を楽しみに待ってなさい! それじゃあパイパイ!!』

 ぶつん、と映像はそこで途切れた。

「月見草さん」

 アンナ先輩の空恐ろしいほど冷静な声が、月見草に指令を出していく。

「集められる限りの風紀委員を集めてください。わたくしも15分後に出発します」

 かしこまりました、と月見草はすぐさま出て行った。

「邪魔をされたから意趣返し……?」

 小声で、だけど聞いた人間は確実に恐怖で動けなくなるほどの怒りを孕んだ声が、背骨に伝わってくる。まだ赤ちゃんは孕んでないよね?

「わたくしの正義の邪魔をしてきたのは、そちらじゃありませんの……!?」

 殺気が一気に膨れ上がる。ちら、と僕の方に視線が「ひぅ!?」条件反射で小さな悲鳴が出てしまった。ずい、と顔を近づけると、僕を抱き寄せ、小さく囁く。

「奥間君」

 殺気はそのままににこっとアンナ先輩が笑った。死ぬほど怖いよぉ。

「《センチメンタル・ボマー》の件に関しては、人違いをしてしまったわたくしに確かに責があります」

 人違いじゃないんだけどね。同一人物なんだけどね。

「ですから、《センチメンタル・ボマー》の首は必ず取ってみせますわ。……不貞はそれで、なくなりますので」

 アンナ先輩の中では僕でもアンナ先輩でも、浮気相手を殺せば浮気はなかったことになるらしい。浮気相手に向かった愛を取り戻すという理屈らしいが、暴走の一端を最も表した思考だと思う。

 だけどこれ、僕が死ぬことになるんだよなあ。

「それと、《雪原の青》も、わたくし達の愛を侮辱した、最大の罪人として……善導課に引き渡す前に、わたくしの思いつくあらゆる苦痛を与えるつもりですわ。うふふふ……不思議ですわ、今はいくらでも思いつきますの」

 《雪原の青》逃げて、超逃げて!!

 だけど、あわわわと恐怖に震えるのは、ここまでだった。


「奥間君」

 アンナ先輩の笑みが、その質が変わったから。

 その笑みを、僕はさっきこの目で見た。

 僕の懇願を聞いて嬉しそうに笑った、そして僕を絶望させ心を折った、あの笑みだ。

「今から言うことを、よーく聞いてくださいまし。……そしてあなた自身が選ぶんですの」

 アンナ先輩の言葉を聞いて、それでも僕は信じられなかった。

「本気、ですか?」

「愛は何より優先されますの。……その愛を侮辱した罪は、最も重いもの。断罪に、手段を選ぶつもりはありませんわ」

「…………」

 アンナ先輩は、自分の言っていることがわかっているのだろうか。

 僕が《センチメンタル・ボマー》と同一人物であるという前提を知らないアンナ先輩にとっては、それは確かに最も《SOX》の壊滅に近い方法かもしれない。

 だけどこんな方法、以前のアンナ先輩なら絶対に、そもそも思い付きすらしなかった。

 僕の怯えに気付いたのか、アンナ先輩は安心させるように、優しく微笑む。

「あくまで保険ですわ。できるだけわたくしと風紀委員の皆さんのみで捕まえるよう努力します。これは、もしも、の話ですの」

 だけど、《SOX》の目的が僕の奪還であることを知っている僕は、そのもしもが確実に現実になることがわかっている。

 僕はどうすべきなのか、わからない。

 だけど《SOX》のメンバーである僕は、助けを待つという選択肢以外にはなくて、だから結局、こうなるしかなかった。

 僕の答えを聞いたアンナ先輩は不安と嬉しさと、そして獲物を確実にしとめる罠をかけた狩人のようなぞっとする笑みを浮かべると、僕の唇に軽く唇を合わせ、

「ではまたあとで、奥間君。《雪原の青》と《センチメンタル・ボマー》は、必ず捕まえ、断罪いたしますわ」

 時岡学園の生徒会長としてではなく、アンナ・錦ノ宮個人として、アンナ先輩は立ち上がった。


よくわからないのですが、狸吉にとっては拷問に等しかったのでしょうか。
性知識がないと相手がどう感じているのかわからなくなるのかなあと勝手に想像してます。
明日からはアクションです。ぐちょぐちょは(多分)なくなるけどまだ続きますので……見捨てないでください。

キマシタワー展開、欲しいのでしょうか?
思いつくのは一応思いついたのですが、ものすごくバカみたいな展開になります


 とあるビルの屋上で、《雪原の青》はアンナ・錦ノ宮を待っていた。12階建てのビルの屋上は風も強く、冷たい。

 あれだけ挑発すれば来るだろうと思う。確実にアンナは激怒する。できれば来てほしくないという本心はあったしただでさえ化け物じみた身体能力を持っているうえに処女喪失で価値観が変質したアンナを相手に立ち回るのは、正直自信がない。捕まってもすぐに善導課に引き渡すとは思えないぐらい、今のアンナは愛に暴走している。

 アンナの手駒は風紀委員。最大で50名はいたが、映像を届けた22時から予告時刻の23時の一時間で集められるのは20人ほどと予想していた。アンナも含めて考えると3名で1チームとして、7チームが最大のチーム数と考えていいだろう。

 その人数から、捕まれば死か破滅の待っている鬼ごっこが待っている。凄まじい恐怖でパニックになりそうだけど、自分が引っ掻き回すほど救出部隊がやりやすくなるのだから、逃げるわけにはいかない。

 狸吉を失うわけには、それだけは絶対にいけないのだから。

 22時50分。

「!?」

 身体の防衛本能が、足を一歩下がらせた。

 狸吉ほど気配に鋭くない自分でもわかるほどの殺気が、扉から近付いている。

 ガコォン!

 鉄の扉が吹っ飛んだ。どうやらドアノブを回す手間すら惜しかったのだろう。

「……ああ、よかったですわ。一回で当てられて」

「アンナ、会長」

 本能的な恐れからあっさりと屈服しそうになるが、《雪原の青》も下ネタテロリストとして潜ってきた修羅場は伊達じゃなく、恐れは一切隠してみせた。

「良くここがわかったわね」

「あら、親切に教えてくださったではありませんか。わざわざ映像に背景を映してまで。あれ、わざとなのでしょう?」

 アンナも立ち上る怒りのオーラとは裏腹に、頭の回転は鈍っていなかった。むしろ冷徹なほど冴えている。怒りに我を忘れていてくれたらまだよかったが、『揺るがない』と直感した綾女の予感は、悪い方向に当たっていた。

「分析自体は容易かったですわ。あなたもわたくし自身に用があるのでしょう? ただ中傷したいだけならば、わざわざ予告なんてしませんものね?」

「意外ね。善導課に通報するかと思ったのだけど」

「どんな思惑か、興味がありましたの。でもまあ、簡単に話してくださる方ではないのは、今までのことから分かっていますし」

 爆発の予兆、

「貴女を捕まえた後で、身体に聞かせてもらいますわ!」

 一瞬で距離を詰めるアンナと、予め心の準備をしていた《雪原の青》。

 僅かに《雪原の青》の方が早かった。

「!?」

 予め用意していたロープにつかまり、飛び降りた。ロープ自体は屋上からは手の届かない一階下の窓から垂れてるので、アンナが引っ張りあげる心配はない。

 7メートルほど、ビル三階分を殆ど落ちるように降り、握力と壁に足を着けて無理矢理に落下エネルギーを殺した後、壁を蹴って振り子のように向かいのビルに移動する。

 道路の向こう側、7階建てのビルの屋上にゴロゴロと転がりながら着地する。

「がは、はあ、はあ!」

 恐怖と落下の勢いで息が全て吐きだされる。同じ方法でアンナが追ってくる前に遠隔操作用のボタンを押してロープを根元から燃やし、切断する。

 普通はここまでやったら追ってこれない、はずだが



「いいいいいい!?」

 アンナは躊躇なく飛び降りていた。落ちていくロープと同様に重力のままに銀の影が落ちていく。

 6階あたりで窓の桟に手をかけ、勢いを減衰、近くにあった街路樹の木の枝に跳躍すると枝のしなる反動を利用して一気に道路を横断、こちら側の街路樹に捕まると綾女のいるビルの前の歩道に着地する。

「嘘でしょあれえええええ!?」

 全部を見届けることなく、綾女もあらかじめ用意してあったロープの一つを選び、逃げるのに最適なルート選びを頭に構築しながら同じ方法でビルからビルに移ること三回目、ようやくビルから道路に逃げ出し、裏路地に逃げ込む。綾女はあらかじめ用意していた道具で対処したが、アンナの身体能力以上に捕まえるという執念が凄まじい。

 今の状況は救出に最大の懸念であるアンナを引っ張り出す事には成功していて、その意味では作戦通りなのだが、遺書を書いておくべきだったかもしれない。

(風紀委員!)

 余計なことを考える暇もなく、風紀委員が回り込んでいた。頭のパンツと白のマントを脱ごうと思うが、その暇もなく、また出来そうな場所には風紀委員が張り込んでいる。アンナが追いかけながらも的確に指令を出しているのだろう。姿は見失っているはずだが、このままだとじり貧で捕まる。

 脳内に必死に地図を思い出す。もうすぐあのポイントに到着するはず、あった!

「鼓修理ちゃんから聞いてるぜ、乗りな!」

 鼓修理の落とした男の一人がバイクで待機していた。《SOX》であることを知っている、ある程度事情は話してある男だが、

「ごめんなさい、本当にヤバいの! あなたは降りて!」

 返事を聞かず男を突き落す。バイクを盗難された被害者という立場ならもし見つかってもアンナもむやみに手を出したりは

「お待ちなさい」

 叫んでいないのによく通る声が、全てを凍てつかせる声が、判断を待ってくれない。後ろを振り向くことなくフルフェイスを被り、バイクを発進させる。

「鼓修理! 生きてる!?」

『綾女様!! ご無事っスか!?』

 殆どラグ無くつながると鼓修理の涙声が聞こえてきた。よほど不安だったのか、演技ではなく本気で萎れている。

『狸吉は奪還したっス! ……とにかく、アジトで合流するっスよ!』

 僅かに間があった。狸吉の状態が気になるが、今は包囲網をかいくぐらないとこちらの命が危ない。

「ナビをお願い!」

『了解っス!』

 アクセルをふかせると、持ち主の男に密かに謝りながら、鼓修理のナビに従いつつ路地を走り抜ける。

な、なくても仕方ないのですが、一言読んでるよと言っていただけると、非常にモチべが上がります。
ところでキマシタワーな展開、非常に馬鹿みたいなシチュを思いついたのですが、あと誰と誰とは言えないのですが、それでよければ取り入れます
ではまた夜に投下していきます。


「鼓修理、部屋の中の音はどうだ?」

 綾女がバイクに乗って逃走劇を繰り広げるより少し前。ゆとりは化け物女のマンションの屋上にいた。部屋の正式な見取り図を手に、《雪原の青》が書いた家具などの見取り図も頭に入れている。

『人の音はなしっス。多分、みんな出払ったっスよ』

 鼓修理は向かいのマンションの空き部屋から、盗聴器を使って部屋の中の音を聞いている。双眼鏡も使って目視でチェックしているが、部屋数が多すぎてそれでは頼りにならない。

 盗聴器は綾女が見舞いに生じて持っていたフルーツバスケットの籠に仕掛けておいた。それだけでは心もとないから、壁や窓ガラスの振動を検知して音声を再生するタイプの盗聴器も用意している。テーザーガンなどと一緒に買ったものらしいが、あいつどんだけ非合法な武器やツールを持ってんだ?

 そういうゆとりも、あまり人のことは言えない。今からしようとしているのは、不法侵入と誘拐だ。あちらは拉致監禁だから相殺されるだろう。

『ゆとり、突入するなら今っス。鼓修理もマンションの下に移動するっスよ』

「化け物女が戻ってこないよう、祈ってるぜ」

 映像が届いた後、しばらく風紀委員の出入りがあって、安心して侵入できると確信できたのは、映像を届けてから30分が経過してしまった後だった。

 それを《雪原の青》にPMで伝えると、映像の場所特定も含めて今から30分は時間を稼ぐと《雪原の青》は言った。

 あまりわかりにくくすると、あの化け物女の下で働く風紀委員に映像特定を任せて、それまで化け物女は部屋から動かないかもしれない。ギリギリの映像を作るのが最も難しかった。次は移動用のロープの手配、そして。

「最上階で良かったぜ」

 ロープを固定する。靴にはビニールをかぶせ、出来るだけ痕跡を残さないようにする。

 目立たない黒の服で、真下にはあの化け物女の部屋のベランダがある。

『鼓修理、最上階に到着したっス。エレベーターは確保しとくッスよ』

「了解。狸吉、今行くぜ……!」

 ゆっくりと慎重に下りていく。降りる高さ自体は5メートルほどだが、屋上の位置が非常に高いため、大した訓練を受けていないゆとりには恐怖心という意味でかなり辛い。生来の運動神経でカバーするしかない。

 ゆっくりとだがなんとか降りると、ベランダは当然鍵がかかっていた。割って入ろうと最初は提案したが、今はガラスが壊れるとそれだけで警報が作動するシステムもある。

 暗視ゴーグルを装着し、鼓修理の用意した非合法グッズの一つを取り出す。

 コンパスのような道具だ。コンパスは中心を針で刺して円を描くが、これは吸盤となっている。

 鍵付近に吸盤を張り付けると、ガラス切りと呼ばれる刃物をそれこそコンパスのようにギギギ……と回していく。

 緊張の為かあまりうまく力が入らず、時間を食ってしまった。ここだけで10分はかかっている。

『ゆとり、まだっスか!?』

「悪い、今窓開けた!」

 開いた穴から腕を突っ込み鍵を解除、大きな一面のガラスが開けていく。先程まで人間がいたという熱が急速に冷えていった。


『狸吉は多分、ベッドルームにいるッスよ!』

「だろうな」

 暗視ゴーグルのおかげで視界は確保されているが、慣れない視界の為油断はできない。部屋の見取り図を思い出し、寝室と思われる部屋に行く。

「狸吉? 狸吉!?」

 いた。

 全裸に首輪と手枷を着けられたまま、ベッドに転がされている。普段なら丸出し状態に顔を真っ赤にして卑猥だぜの一言ぐらい言うだろうが、ゆとりも絶句するほどに、むせるほどに残り香が凄まじい。

「……ゆとりか」

「しっかりするんだぜ! 立てるか?」

「首輪が……」

 声が殆ど掠れて、目の焦点が合っていない。ゆとりには想像もつかないようなことが起こったんだろう。

 それでも一端を想像したら、恐怖と怒りが沸々とわいてくる。

 これが、愛している人間にすることなのか?

 狸吉はこんなことは望んでなかったのに、欲望のまま無理矢理にすることが、こんなことが、愛?

 『今のアンナを以前のアンナと思うな』

 今更ながら、《雪原の青》の忠告の意味がわかってきた。

 あの化け物女は多分、ねじが更に何本かぶっ飛んだんだ。

「鎖は首輪だけか。もっと厳重にしてるかと思ったから助かったぜ」

 意識を切り替える。鼓修理の非合法グッズはまだあって、酸で脆くしてチェーンカッターで切断する。ちなみに非合法なのは酸の方だ。思ったよりも頑丈な鎖で、酸で脆くしてもゆとりの力ではかなりギリギリだった。

『繋がれているベッドの方を切断は出来ないッスか!?』

「木製の、多分樫の木だ。固い。小さなのこぎり程度じゃ無理だ。鎖を破壊する方が早いぜ」

 チェーンカッターに全体重をかける。鎖が切れる、というより割れた!

 全裸のままじゃまずいので、下着と大き目のコートを羽織らせる。立つことも出来ないほど疲弊している狸吉が回復するのを待つ余裕はなく、おんぶという形で持ち上げる。

 ここまでで計20分はかかってしまっている。急がなければ……!


 玄関は外からはPMによる個人認証だが、流石に中からはボタンで開くようになっていた。見取り図を用意した時に玄関の鍵も調べている。このあたりのことは全て鼓修理が調べていた。性格以外は本当に有能な中学生だった。

「遅いっス!」

 焦りまくった鼓修理が玄関前にいた。エレベーター前でエレベーターを確保するのが仕事だったはずだが、不安だったらしい。手間取ったのはこちらだから、何も言えない。

「すぐ逃げるッス! 長くいたらあの化け物、匂いで狸吉を追うッスよ!!」

 鼓修理の懸念は全く的外れでなく、とにかく移動しなければならない。

 エレベーターは最上階で止まっている。そのまま地下駐車場のあるB1へ。

「狸吉、大丈夫か?」

 作業に集中するあまり、狸吉の顔をきちんと見ていなかった。

 明るいところで見ると、あまりに酷い。

「よっぽど搾り取られたんスね」

 鼓修理の悪態も今は鳴りを潜めている。鼓修理がPMを操作し、地下にいる車を運転してくれるメンバー、《二足歩行の社畜》に異常はないか確認する。

『大丈夫。いけるよ』

「化け物の影を見たら即知らせるッスよ! 鼓修理達が乗りこんだら一気にアクセルふかして100km/hまで行くッス!!」

「逆に目立つと思うんだぜ、それ」

 エレベーターが到着した。幸運にも真っ直ぐ駐車場の階まで辿り着けた。《二足歩行の社畜》の用意したバンに乗り込む。

「こっちは成功っスね」

 ようやく落ち着いたのか、鼓修理とゆとりも大きく息を吐く。足元には洗面器とタオルが何枚か用意していて、

「お前、身体拭いとけ。その、色々酷いから……」

「汁濁ッスね」

 鼓修理が身もふたもない言い方をしたので拳骨で黙らせる。

「お前は《雪原の青》が連絡してきた時の為に、ナビ出来るよう準備しとくんだぜ。お前の奴隷男子が目撃した風紀委員の情報を集めるんだろ?」

「わ、わかってるっスよ……綾女様、大丈夫ッスかね……」

 自分から連絡すると、潜伏していると却って見つかる危険があるため、こちらからは連絡しないように指示されているのだ。

「っつか、狸吉も大丈夫か?」

「……うん。僕は、大丈夫」

 ちっとも大丈夫に見えなかった。ゆとりはこの雰囲気を、どこかで知ってる。

 そうだ――一昔前の、《SOX》に協力する前の自分だ。

 今の狸吉は、どうしようもなく抗えない現実に、打ちのめされていた。


「アンナ様、この男を尋問なさいますか?」

「必要ありませんわ。大した情報は持っていないでしょうし、この男自身は《SOX》に関するテロ活動をしたことがないでしょう。だから捨てていったのですわ。わたくし達が過剰な尋問をしないために。その程度は尊重して差し上げましょう」

「かしこまりました」

 ずいぶん騒がしい夜だと思ったら、中心には《SOX》とアンナ会長がいたらしい。

 男は捨てられたことにショックを受けている様子だが、《雪原の青》は巻き込むより被害が少ないと判断したのだろうと推測できる。《雪原の青》は道理の通らないことをしたりはしたことなかった。少なくとも、アンナ会長よりは話がよっぽど通じる。

 不破氷菓は《雪原の青》――ひいては《SOX》と同じぐらい生徒に、保護者には圧倒的な人気を誇るアンナ会長が、風紀委員に指示するところを観察していた。PMのVR投影機能を使い、周辺の地図を確認しつつ、

「1班はD地点に、2班と3班はB地点に移動を。4班はA地点に待機、5班と6班は今から言う地点に移動をお願いします」

 PMで一斉に指示を終えると、アンナ会長がこちらに気付いた。別に特別関わりたいわけではなかったが、アンナ会長の母親、ソフィア・錦ノ宮には借りがあるし、今のこの状態に好奇心を抱いていないと言えば嘘になる。

 知的好奇心の理由から《SOX》に手を貸すことが多かったが、アンナ会長のことを個人的に嫌っているわけではなかった。むしろ化学室を滅菌しハエちゃんたちを全滅させる前は、能力的にも道徳的にも素晴らしい人間だと評価していた。

 決定的にずれを感じたのは、谷津ヶ森の事件以前に会話した時。

 純真無垢な笑顔で、一切の迷いなく愛と正義を語る会長に、決定的な齟齬を感じた。善悪好悪ではなく、純粋に理解できない人間の言動に、氷菓は理屈による説得を諦めたことを思い出す。

 ただ氷菓の観察力は、今の会長とはその時ともまた違った齟齬を見つけるようになっていた。氷菓は何処までも論理を追及する科学者で、未知の齟齬を感じたなら知りたくなってしまう。

 危険だと本能が囁いているのは自覚していたが、好奇心の方が勝ってしまった。

 だから向こうがこちらに気付いたことをいいことに、自分から話しかけた。

「こんばんは、アンナ会長。何やら大変そうですね」

「こんばんはですわ。不破さん、でしたわね。ずいぶん遅くに出歩いていますが、夜に一人で出歩くのは危険ですわ」

 穏やかに挨拶してくる。この状況下で普段の聖女の笑みを浮かべるなら、内心に虚偽があると氷菓の観察力は告げる。

「一人ではありません。ペスがいますから」



 実際に氷菓が外にいるのは散歩の為で、足元の毛並みのいい犬が吠えもせず行儀よく座っている。会長は「まあ、可愛らしい」と微笑むが、氷菓の目にはどこかわざとらしさがあった。演技というほどでもないのだが、本心からの言葉ではないような、そんな中途半端な言葉。

「ずいぶんと騒がしいですが、何かあったのですか?」

「貴女には関係ない、とは言えませんね。《雪原の青》が暗躍しているのです」

「《雪原の青》……《SOX》ではなく、《雪原の青》単独でですか?」

「組織内部で何かあったのだろうと考えていますが、何かはさっぱりですの。不破さんは心当たり、ありませんの?」

 他人からは殆どわからない程度だが、氷菓は眉を顰める。確かに今逃げたのは《雪原の青》一人だった。

 さすがにこの情報量だけでは、推測も何も出来ない。

「そのあたりは一般生徒のわたしより、生徒会長の方がよほど詳しいのでは?」

「なるほど。本当に知らないようですわね」

 情報を持っていないと判断したのか、会長の顔から興味が急激に失せていく。

 以前には考えられなかった露骨な反応にやや驚きつつも、やはり無表情に、別の話題を探してみる。すぐに見つかった。

「追い込みのやり方が的確ですね。アンナ会長はこの手の指示を苦手としていたように思うのですが」

 氷菓の知っている会長は、誰かに命令を下すような人間ではなかった。決定的な齟齬を感じた後も、仕事のやり方は清廉そのものだったし、一人で抱え込み解決しようとする悪癖の為に、誰かの力を借りたり利用することが苦手だというのが氷菓の会長の像だった。学内でテロが起きた時は教師よりずっと優れた指揮能力を発揮してはいたが、指揮と命令は違うものだ。

「奥間君のお義母様の思考を真似てみましたの。あまりうまくは出来ませんでしたが」

 風紀委員は善導課の職員とは質も量も違う。奥間狸吉の母親は直接見たことがあるが、百戦錬磨の鬼といった感じで、歴戦のつわものだった。経験によるものも大きいであろうあの判断力をここまでトレースできるのだから、やはり会長は規格外の傑物なのだろう。

「惜しむらくは人数が足りず、抜け道が充分に存在する事でしょうか。《雪原の青》が捕まる確率は5割から6割といったところでしょうね」

 氷菓が冷静に分析すると、むしろ対等に話せる人間が来たことが嬉しかったのか、

「耳が痛いですわね。わたくしもほぼ同じ予測を立てていましたの」

 言葉とは裏腹に、楽しそうに笑っていた。氷菓の中の齟齬が更に大きくなる。

「何か打つ手でも?」

「貴女がわたくしどもにその冷静な分析力を貸して頂けるというならば、教えて差し上げますわ」

「本気で言っているのですか?」


 そんなことが起こるわけがなかった。

 自分の知的好奇心を満たしてくれるのは、生徒会ではなく《SOX》だ。

 むしろ素行不良の筆頭として生徒会からは睨まれている節すらある。特にあの眼鏡とか。

 積極的に手を貸すつもりはないが、自分の好奇心を満たす為ならば、自分は生徒会より《SOX》を選ぶ。あくまで、自分の好奇心を満たす時という条件がついた時だけだが。

 ただその思考は逆に言えば、好奇心を満たせるならば自分は生徒会につくこともあり得るということだ。

 ただ会長の人格や今までの行為からその可能性はないと排除していただけで、その可能性は0ではなく、確実にわだかまっていることに、氷菓は気付いていなかった。

「あなたは変わりましたね」

 率直な感想を言うと、会長は笑った。

 淑やかな、だけど他者に共感を与えない、あの無垢な笑顔。

 その笑顔に、獲物を確実に追い詰めていく快感を交えた、ハンターの目。

「何も変わっていませんわ。ただ、知っただけですの」

「……そうですか」

 今まで好奇心が勝っていたが、ここに来て氷菓の本能の方が撤退を訴えてくる。

 今の会長は、完全に何かの歯車が決定的にずれてしまっている。

「お役に立てそうになく申し訳ありません。お邪魔しました」

「いいえ。貴女との会話はいい刺激になりましたわ。《青》を捕まえるのにちょうどいい頭の体操ができて、むしろ感謝します」

 氷菓はその場を離れる。

 会長が広げていた地図と、ポイントを思い返す。

 普段は論理で動く氷菓だが、今の会長を放っておくと危険だというのは、論理ではなく本能で感じ取っていた。


 いつもの喫茶店の地階、《SOX》のアジトに戻ると、まず行ったのが狸吉を風呂に入れることだった。まだぬるぬるべとべととしていたし、腰の痛みで立てなくなったのも、風呂に入ることで緩和するかもしれないから、と『二足歩行の社畜』が買って出てくれた。

 鼓修理は奴隷男子からの風紀委員目撃情報をまとめ、綾女が連絡してきた時の為にいつでも助けになるよう、必死に分析している。

 とりあえずゆとりが今やれることは、特になくなった。と、

 ピ

「綾女様!! ご無事っスか!?」

 殆どラグなく鼓修理は即座に出る。半泣きだった。こいつの綾女への忠誠と、あとついでに化け物女への恐怖心は本物だ。後半にはゆとりも賛成する。

「狸吉は奪還したっス! ……とにかく、アジトで合流するっスよ!」

 鼓修理も今の狸吉を無事と称するのが憚れたのか、意図的に無視して奪還が成功したことだけを伝える。

『ナビをお願い!』

「了解っス!」

 《雪原の青》も余裕がないようで、返事は最小限だった。

 移動は用意していたバイクを使っているらしい。なら逃走成功の確率は上がるだろう。《雪原の青》は免許を持っておらず運転手を用意していたが、聞くと化け物女の剣幕から協力者であるとわかったら殺されかねないとの判断で、謝罪しつつも強奪という形をとったらしい。一旦は風紀委員に捕まり善導課に突きだされるかもしれないが、《雪原の青》がそう判断したならばそれが最小限の被害で済む方法なのだろう。

 ゆとりが口をはさむ隙はなかった。鼓修理は恐怖心から奴隷男子からのネットワークを過剰にフル回転させている。あとで顰蹙買う可能性もあるが、今はそれだけの非常事態なのだ。

 何も出来ない自分が歯がゆいが、ここは本当に、ゆとりの出番はない。

 ちなみに絵描きはいつもよりも神妙にではあったが、それでも卑猥なイラストを描いていた。ただ、それでも普段より筆は遅い。

 何か言葉をかける気力もなくして、先ほど不法侵入した時の緊張が解けたことも相まって、椅子に深く身を沈める。

 しばらく黙って鼓修理の必死のナビを後ろから見ていた。しばらくして

「お待たせ」

 《二足歩行の社畜》がシャワーを浴びさせ、狸吉を着替えさせていた。朱門温泉の時も看病を手伝ったあたり、変態だけどいいやつだった。変態だけど。


「…………」

「狸吉、大丈夫か?」

 他に言葉が思い浮かばない。憔悴しきっていた。ソファに寝かせる。その顔は、心が完全に折られていた人間特有の、昔の自分そっくりのもの。

 何をされたのかを聞きたくて、でも聞いたら狸吉の心が傷付きそうで、ゆとりは声をかけられない。鼓修理はナビに必死だし、絵描きはこちらをちらっと見ただけで何も言わない。鼓修理はともかく、普段の絵描きなら一言何か余計なことを言って茶化すだろうし、化け物女と狸吉がドッキングするところをあれだけ見たがっていたのだから質問攻めにするかと思ったのだが、そんな絵描きですら何も言わない。言えない。

「……アンナ先輩が」

 ぽつりと、狸吉が、弱弱しく呟く。

「変わってしまったのは、やっぱり僕のせいなんだよね……」

「あの化け物はもともとそういうやつだろ」

 憧れを持っていた狸吉から見ればそうなるのかもしれないが、暴走している時しか知らないゆとりから言わせれば、表に出ていなかっただけだとしか思えない。単なる変化だけでああなったのではなく、昔から歪んだ価値観と共に生きてきたのだとしか思えない。

「信じてくれなくていいけどさ、最初はアンナ先輩にも抵抗したんだよ。説得しようとしたんだ」

 でも、無理だった。

 ぽつりと言葉が零れる。ゆとりはその言葉を拾えなかった。

「我慢しようとしたけど、中で出しちゃってさ……最低だよね」

「本人が望んだことだろ」

 妊娠阻害薬の話をしようかと思ったが、そういう次元の話じゃないことはすぐに分かって、だからゆとりは聞き役に徹していた。

「でもさ、こっからの僕を聞いたら、ゆとりも最低だって思うよ」

 乾いた笑いが漏れていく。

「余裕が出てきたのかな、アンナ先輩はさ、襲うんじゃなくて誘ってきたんだよ。僕、その時なんて思ったと思う?」

 もう中で出してるんだから、いいじゃんって思ったんだよ。

「僕からアンナ先輩を求めたんだよ。うん、アンナ先輩は喜んでたよ。何も知らないアンナ先輩は、僕から愛されることが本当に嬉しそうに、喜んでたよ」

「狸吉、もういい! ……もういいから」

 これ以上、自分を傷付ける言葉を使わないでほしかった。だけど、

「僕がアンナ先輩を、壊したんだよ」

 本能という絶対の現実に抗えなかった狸吉は、自分に絶望している。

 見ていられないほど、昔の自分より、いやそれ以上に、酷かった。

「もしアンナが狸吉じゃなく、別の誰かを好きになっていたとしても結果は同じじゃろ」

 絵描きが珍しくシリアスに呟く。


「狸吉は知っておったからギリギリまで逃げ回ったんじゃろ、わしからすればさっさとドッキングしておれば良かったとしか言えぬがの。別の誰かだったら、そいつが卑猥の知識を持たぬやつだったら、もっとひどいことになっていたじゃろ」

 珍しく慰めるような言葉に、狸吉は何もアクションを起こさない。

「とりあえず、その首輪と枷を外さないかい? 痛いと思うよ、それ」

 《二足歩行の社畜》が話題を逸らすように口を挟んできた。完全に忘れていたが、まだ首輪と両手の枷が外れていなかった。待機していた別のメンバーに、ピッキングが得意な奴がいたので頼む。

 多少赤くなっていたが、特に大丈夫そうだ。

 ドン!!!

 衝撃の音が聞こえたのは、その時だった。続いてガシャシャン、と何かが倒れる気配。

「大丈夫ッスか!? 綾女様!? 《雪原の青》様!?」

『うふ、ふふふふふ……』

 PMの向こう側から、あらゆるものを凍らせる絶対零度の黒い殺気を纏った笑い声が聞こえてきた。

『ぐうううう!』

『《SOX》のメンバーの居所を教えてくださるのであれば、わたくしの愛を侮辱した罰は、少しだけ軽くして差し上げますわ』

 囁き声なのに鮮明に聞こえる。《雪原の青》のPMのすぐ近くで囁かれている。アジトの空気が完全に凍る。

 《雪原の青》は捕まってしまったのだ。


「あや、《青》様!」

『おや、お仲間と繋がっているのですね。好都合ですわ』

 多分、関節を決められて動けなくされているのだろう。何回か見たことあるが、捕まれば化け物女の怪力から逃れる術はほぼない。

 獲物を見つけた蛇のような恍惚とした気配が、PM越しからでも伝わってくる。

『《雪原の青》と《センチメンタル・ボマー》、この二人を差し出せば、他の方は見逃して差し上げてもよろしいですわよ?』

 そんなわけがなかった。優先順位がその二人というだけで、《SOX》のメンバーを根絶やしにしようとしているのは嫌でもわかる。

 何より、その二人がやられたら、《SOX》は終わる。

 恐怖で鼓修理はオーバーヒートを起こして今にも気絶しそうだったし、絵描きは自分以上に交渉ごとに向かないし、今の狸吉にこの化け物と関わらせたくない。

「ぼ、」

「《SOX》のメンバーの一人だぜ。……あんた、何がしたいんだぜ?」

 自分がやるしかなかった。正体を割らずに交渉できるのは、学校も違い接点の殆どない自分しか、いない。

『言った通りですわよ? その二人を差し出せば、今日のところは見逃す、と』

『絶対に駄目よ!! 今すぐ逃げああああああ!!』

 ごきゅ、と嫌な音と共に、《雪原の青》の悲鳴。がたん、とその場にいる全員が立ち上がる。体力も気力も尽きていた狸吉さえも身体を起こした。

『ああ、すみません。つい力が入って、肩を外してしまいましたわ』

 直感する。わざとだった。いたぶり、嗜虐心を満足させるのと同時に、こちらに圧力をかけてきている。差し出さなければ他のメンバーもこうなる、と。

 ――今までのアンナと思うな

 ――僕がアンナ先輩を、壊したんだよ

 二人の声が同時に響く。何度も殺されかけたことはあったしその時も躊躇は一切なかったが、今の化け物は以前よりさらに簡単に一線を飛び越える。必要がない時まで、ただいたぶりたいだけで、人をこんなにも簡単に傷付けている。

『まあ肩は後で入れて差し上げますわ。……とりあえず、《雪原の青》は持って帰らせていただきますわね。《センチメンダル・ボマー》については、後ほど連絡した時に、答えを聞かせてもらいますわ。ああ、わたくしが罰を与えきるまでは、善導課には通報しませんからご心配なく』

 PMが切れた。

 交渉の余地なんて一切なかった。そんな次元に、あの化け物はいなかった。

みんなの統率っぷりに泣けた;; ありがたいです
今日はシリアスターンです。ギャグシーンに早く戻りたい。休日を利用して長めの更新です。キマシタワー建設は明日以降になります。
ちなみに下セカの中で一番好きなのはアンナ会長と不破さんです。多分声が好きなんだと思います。ではでは

狸吉のツッコミモードや下ネタ交じりが発動した地の文という意味でした、確かにこのSSは内容はギャグじゃなかった……



 僕自身も含め、しばらく全員が呆然としていた。絶望に満ちた無言が時間を無駄に削っていく。

「……鼓修理、華城先輩の位置は!?」

 我に返って、情報を処理していた鼓修理に聞いた。後悔も自虐も罪悪感も今は全て後回しだった。《雪原の青》が華城先輩だとばれたら、今以上にアンナ先輩がどうなるかわからない。

 鼓修理は「お前に指示されるいわれはないッス!」と条件反射のように僕に悪態を付きながら、それでも地図をPMで投影し、ポイントを示す。

「遠いな」

 ぎり、と歯ぎしりするような音がゆとりから漏れる。《SOX》に協力してくれていた助っ人のメンバーも、今の通話のあまりの惨状に、アンナ先輩があまりにも簡単に《雪原の青》を傷付けたことに、凍り付いている。アンナ先輩のことを伝聞でしか知らなかったから無理もないが、伝聞だけではなく実感している僕らは何も出来ないほどに止まってしまった。

「ごめん、僕が……」

「《センチメンタル・ボマー》をおびき寄せるための人質、それが今の綾女様の立場っスね」

 鼓修理が恐慌から回復し、腹黒思考を展開する。

「あの化け物がどれだけ綾女様を痛めつけるか……は、無理矢理に置いとくとしても、置いとけないけど置いとくとしても、善導課に連絡する気はおそらく本当にないッスね」

 それは本当に思う。だがもし正体がばれたら、華城先輩は確実に殺される。まったく安心材料にならない。助けに行くにしても位置は遠すぎる。

「とにかく近くに行くか?」

 ゆとりがそう提案するが、

「策もないのに行ったら一網打尽ッス。……綾女様の意思を無駄にするわけにはいかないんス」

 我に返って無理矢理に冷静になった鼓修理がもう一度華城先輩のPMにかけるが、PMは応答しない。そもそも繋がっていない。OFFになっている。着用者の意識がなくなるとPMは自動的にOFFになって、つまり今華城先輩は意識がない。

 ……僕が、アンナ先輩にかければ繋がるかもしれない。

 だけどそれは、アンナ先輩の言っていた『保険』が作用することを意味している。『保健』ではないの!?と華城先輩が嬉々として下ネタにつなげようとする幻覚が聞こえてきた。『保険』そのものはもう僕がここにいる時点で作用しているんだけど、でもまだアンナ先輩はそれに気付いてないはずだった。それに気付かせてはいけないと直感する。

 メンバーに『保険』について説明しようと、僕が口を開こうとした瞬間、

 ピピピ

「先輩!?」

 相手が誰かも確認せず、僕にかかってきたPMに反射的に出ると、

『はあ、はあ、はあ』

 変質者のように息を荒くし震わせた不破さんだった。

「なんなんだよ! ごめん、今それどころじゃ」

『助けてください』

 無感情ながらも息の荒い、必死な声に、僕の抗議の声が止まった。



 バイクが転び、直前に《雪原の青》が飛び降りる瞬間を月見草は見ていた。

「ああ、よかったですわ。このポイントに来てくれて。勘というのも大事ですわね」

 敬愛すべきアンナは満足げに笑っている。自我を徹底的に排して育てられ、それでもソフィアの一件の直前に自分のやりたいことに気付いた月見草朧には、敬愛する主人であるアンナの笑顔を邪魔することなど最初から意識にない。

 《雪原の青》がバイクから脱出したのは、道路を横断するように張られたロープに気付いたからだった。直前で気づき、受け身を取って最小限の傷で済ませたのは、流石というべきなのだろうか。むしろアンナもこの程度の罠に引っかかっては面白くないとでも言いたげに、脱出したことを喜んでいるように見えた。

 もし気付かずに突っ込んでいれば、大事故を起こし、下手すれば死亡していただろう。それでは自分の手で罰を与えられない、主人であるアンナはそう考えている。

 アンナの奇行は奥間狸吉のことを知ってから、散々見てきていた。そしてその奇行は他者の命を脅かすものも多々含まれていた為、今更月見草は驚かない。驚かないが、何故か軋みが大きくなる。アンナのクローゼットに仕込みを命令され、その際に奥間狸吉に気付かれた時、「アンナを裏切るようなことをするな」と命令されてからずっと考えていたときに生まれた、軋み。

 それを深く考える暇もなく、事態の展開は早かった。

 《雪原の青》はすぐさま反転して逃げようとするが、アンナが一瞬で距離を詰め、関節を決め、動きを封じた。自分の出る幕が一切ない、鮮やかな動きだった。

 恍惚とした微笑が、唇から零れる。ギリギリと関節の音が聞こえそうな位、きつく絞めあげている。

「ぐうううううう!!」

 《雪原の青》の悲鳴にも、むしろ心地よい音楽を聴いているかのように、微笑は止まらない。

「《SOX》のメンバーの居所を教えてくださるのであれば、わたくしの愛を侮辱した罰は、少しだけ軽くして差し上げますわ」

 その囁きに、殆ど余計な自我や感情を排しているはずの月見草でさえも、鳥肌が立った。

 ――なんだこれは?

「――おや、お仲間と繋がっているのですね。好都合ですわ」

 月見草にまでは届かなかったが、どうやら《雪原の青》はPMを開いていたらしく、アンナは首元のPMに囁いている。

「《雪原の青》と《センチメンタル・ボマー》、この二人を差し出せば、他の方は見逃して差し上げてもよろしいですわよ?」

 《SOX》の構成員自体はそれほど多くないと推測されていた。協力者、潜在的な支持者は全国的にもトップクラスのテロリストだが、正式な構成員は若い男女二人を中心とした少数精鋭であると分析班からの解析が上がっている。

 リーダーである《雪原の青》とその補佐と思わしき《センチメンタル・ボマー》を捕まえれば、《SOX》は瓦解する。

「――言った通りですわよ? その二人を差し出せば、今日のところは見逃す、と」

「絶対に駄目よ!! 今すぐ逃げ」

 アンナの瞳が、妖しく光った。

「ああああああ!!」

 ゴキ、と鈍い音とともに、《雪原の青》から悲鳴が上がる。

「ああ、すみません。つい力が入って、肩を外してしまいましたわ」

 ――これは、止めるべきではないだろうか。

 相手は卑猥のテロリストかもしれないが、アンナのやっていることは倫理的に許されないのではないか。

 判断に何故か躊躇するのは、先ほどの鳥肌の為だろうか。

「――ああ、わたくしが罰を与えきるまでは、善導課には通報しませんからご心配なく」

 体重を上手くかけ、自身の片腕を自由にすると、《雪原の青》のPM回線を切断する。

「アンナ様、善導課が近くまで来ております」

 付近からサイレンが響いている。バイクの轟音から善意の市民が通報したのだろう。



「そうですわね。月見草さん、車を用意してくださる? いえ、その前に《雪原の青》の拘束をお願いしますわ」

「かしこまりました」

 《雪原の青》は悲鳴を殺しつつ身を捩って抵抗するが、アンナの微笑は消えない。

「まだまだ。たかが肩を外しただけじゃないですの。あなたはわたくしの家に持って帰って、愛の罰をもっともっと受けますのよ? この程度ではまだまだ足りませんわ」

「アンナ様」

 月見草はとうとう提案する。

「テロリストを自宅に招き入れるのは、危険かと思われます。善導課に引き渡すなど別の処置を」

「月見草さん」

 聞いたことのない、威圧するような声に、それがアンナの命令前の声だと初めて知って、無条件に月見草は姿勢を正す。

「“命令”ですわ。今後《SOX》の件でわたくしに意見しないこと、《SOX》の一連の出来事を例え他の誰でも、お父様やお母様に問われても命令されても話さないこと。……よろしくて?」

「――かしこまりました」

 月見草の素直な返事に、アンナは満足そうに笑った。

「月見草さんは、わたくしのことを本当に思ってくださる、優しい方ですわね」

 アンナに笑っていてほしい、というのが月見草の願いだった。

 だけど、こんな物を扱うような、今までアンナだけは向けてこなかった視線を、たとえ笑顔でも向けてほしくなかった。

 それは出来る道具の使い勝手に満足する笑みと、何ら変わりない。以前の自分だったら何も感じなかったかもしれない。

 ポケットに仕舞っている、アンナからの誕生日プレゼントを、無意識に握りしめた。

 《雪原の青》の瞳に、自分にはわからない複雑な色が混じる。だがすぐに目を閉じた。覚悟したのだろうか。

 とにかくひとつ前の命令である拘束を行おうと、慎重にアンナが決めている関節に手錠を伸ばそうとして


 ―――――――――!!


 強い閃光が走る。夜の暗めの光に慣れていた自分達には眩しすぎる光。

 それが閃光弾の一種であると気付いたのは、ちょうどアンナの拘束から月見草の拘束へと渡る、その隙を突かれた後だった。




 体術に劣る月見草の方に《雪原の青》は向かい、攻撃を仕掛ける、様に見せかけて自身のPMから爆音のアラートを鳴らした。

 音自体は3秒ほどだったが、至近距離での爆音に平衡感覚がくらくらする。

 アンナは制止の声すらあげず、無言で月見草の隣をすり抜け、路地裏に逃げた《雪原の青》を追う。自分も主人についていくが、壁走りまで行えるアンナの身体能力にはついていけない。ただそのアンナも心構えのなかった耳元での爆音が効いているのか、動きに精彩を欠いている。

 何回か曲がった後、その路地の先で、アンナが立ち止っていた。《雪原の青》の姿は見えない。

 アンナはふう、と一瞬で息を整えると、僅かに苛立ちを込めた無表情で、

「油断してしまいましたわ。肩を外しただけで満足するんじゃ駄目でしたのね。次は足の腱を断つぐらいのことはしておかなければ」

「《雪原の青》は?」

 身体を傾け、月見草にもそれが見えるようにする。月見草にも相手の思惑がわかった。

「追跡されますか?」

「さすがにここの地図はインプットしていませんわ。これではわたくしも匂いを追えませんし、バイクの音に加えて先程の光とアラートの音も、善導課をおびき寄せるでしょう。わたくしも今は善導課に絡まれたくないことを逆手に取られましたわ」

 無言で撤退していくアンナについていく。

「申し訳ありません」

「月見草さんが謝る事ではありませんわ。闖入者はそもそもわたくしの手から離れる一瞬の隙を狙っていたのでしょう」

 アンナは誰にもかけることのなく、殆どと息と変わらない小さな声で呟く。

「やはり機動力も高く、機転も効く相手に、今までの延長線上のやり方では……分が悪いですのね」

 主人のやり方に従うだけの月見草は、何も答えない。

「なら別のアプローチをするまでですわ。……いったん自宅に戻りますわよ」

 その顔には先ほどまでとは違った、怯えがあった。

 何に怯えているのか、この時点では月見草にはわからなかった。



 不破さんの電話が重要性の高い案件だと直感した僕は、PMをスピーカーモードにしてみんなに伝わるようにする。

『はあ、すみません、はあ、失礼しました。はあ、《雪原の青》が、あまりに危険な状態だったので、はあ、思わず。マンホールの、下に、飛び降りて、隠れているのですが、はあ、《雪原の青》は意識を失い、はあ、身体も傷ついていて、はあ、わたしの体力では移動も叶わず』

「不破さん、どこにいるの!?」

 朗報だったが、不破さんの様子が明らかにおかしい。

 冷静な声だったが、息の荒さと震えが止まらない。

 住所が伝わると、先ほどの位置からあまり動いていなかった。

『会長の様子が、あまりにも、おかしくて。手を出すつもりは、なかったのですが、思わず。頼れる人が、奥間さんしか、思い浮かばずに、』

「すぐ行く! 見つからないよう頑張って!!」

 立ち上がると腰が砕けそうになったが、そんなことは構わずに外に上がる。

 ゆとりも鼓修理もとっくに上がっていた。ついでに早乙女先輩も車に乗り込んで、発進する。

「今話しても大丈夫? どういう状況?」

『会長が作戦を立てているところに出くわしました。その時点でも普段とは違った妙な感じはしたのですが』

 震えの止まらない声だったが、やはり不破さんの声には感情が聞こえない。ただ話しているうちに、震えのような声の響きは落ち着いてきていた。

『なにやら、面……嫌な予感がしまして。科学者が予感などと言われそうですが、予感や直感というのは時には大事なもので』

「そうだね、それで?」

 ツッコミを入れると長くなりそうだったからやめた。

『会長が向かう先に好奇心で尾行してみたら、《雪原の青》が事故を起こして、その隙をついて会長が《雪原の青》を拘束していました』

 そこまではこちらも電話の音声でなんとなく把握している。というか、今のアンナ先輩をおかしいとわかっていながらこんな時間に好奇心だけで尾行したんだね。相変わらずどうかしてる。

『そこから会長の空気が不穏になりました。善導課に渡さずにリンチを加えようとしている、話の内容からはそう聞こえました。』


 間違いなくそうで、でもそこからがわからなかったのだが、

『わたしもほぼ無意識でした。護身用の閃光弾をアンナ会長に投げつけていたのです』

 本当は魔法の特製ドリンクがあればとかたまたま切らしてしまっていてとか、何故か言い訳がましいことを呟いた後、

『《雪原の青》はその隙をついて逃げてくれたのですが、《雪原の青》はわたしも引っ張りまして』

 今のアンナ先輩なら不破さんも殺すだろうからね。

『マンホールの中に殆ど飛び込むように降りました。トンネルの明かりが最小限で手持ちはPMしかない状態ですのであまりわからないのですが、どうやら主に雨水を排するための生活排水用のトンネルのようです。腰辺りまで水位があり、その、あまりに寒くて……あと、会長に追いかけられたことを思い出すと震えが止まらず』

 さっきから声が震えていたのはその為か。声には全く出ていないけど、不破さんはあくまで一般人で、アンナ先輩みたいな化け物と対峙したことは……僕の母さんと間接的にはやり合ったことはあったっけ。

『会長は一体どうしてしまったのですか? 最近は確かに憔悴していましたが、あれほどの異常は感じていなかったのですが』

「色々あって。ごめん、それを言うと本当に不破さんも危なくなるから。生徒会の一員として、《雪原の青》は僕が預かるよ。アンナ先輩は僕が説得するから」

 説得なんか出来るわけないんだけど、不破さんは十分すぎるほど助けてくれた。これ以上は迷惑をかけられない。

「《雪原の青》が気絶しているのは何故?」

『今の会長なら視線だけで人を失神させられます。直に見ていないわたしですらそうなのです。むしろ肩を折られても抵抗できたのは《雪原の青》の胆力ゆえかと』

 あまりに納得いく答えだった。電話越しの声だけでもこっち側全員を凍らせたほどだもんな。

 マンホールに飛び込んで、何とか逃げられたことに安堵してしまって、気が緩んだのかもしれない。

「不破氷菓といったスね? アンタのアパート、確か近くっスよね?」

 いきなり鼓修理が口を挟んできた。

『あなたは?』

「僕の妹」

 あまり悠長に話しているのも惜しく、簡潔に答える。

「PMにコンパス機能のアプリは無いっスか?」

『ありますが、トンネルの地図がわかるのですか?』

「今インストールしたっス。南東に300メートル行けばアンタの家の近くに出るマンホールがあるっスよ。あの化……会長にはアンタのこと知られてないんスよね? 《雪原の青》も気絶したままじゃ動かしようがないッスし、悪いけどもうちょっと付き合ってくれないッスか?」

「おい鼓修理! なんで車で移動してると」

 し、っと人差し指で真剣に黙るようジェスチャーする。「ヤバいことになってるっス」と一言だけ告げた。


『……わかりました。どうやらこのトンネルも緩やかな傾斜になっていて、南東方向には流れに身を任せても行けそうです』

「マンホールに付いたらアンタは上らずに待機してくださいっす。近くに来たらこっちから連絡して鼓修理の奴隷その一その二を派遣するっスので」

「その一は僕?」「その二は誰の事なんだぜ?」「わしは参加せんぞースケッチブックが濡れてはかなわん」「アンタ本当に何しに来たんだよ!!」

 ではよろしくお願いしますと最後まで冷静な声を機に、PMは切れた。

「まずいことって?」

「化け物が自宅に戻るみたいッス」

 ピキン、とまた空気が固まってしまう。

 ただ僕は、別の理由もあった。まだ話せていない。早く話さないと、

「この車は捨てた方がいいっス。化け物女が周辺に聞き込みしたら目撃情報が出るかもしれないッスよ」

「じゃあ一旦降ろして、帰ったら別の車で迎えに来る方がいいかい?」

 《二足歩行の社畜》さんの申し出に鼓修理は頷く。この気遣いがストレスマッハの原因かもしれないけど、今は意図的に無視しとこう。

「車が見つかって乗ってる最中に襲撃されたら終わりっスよ。話や前後の状況を聞く限り、綾女様もバイクの運転中に襲撃されたッス。綾女様の着替えも用意しないといけないし、綾女様が飛び込んだマンホール周辺にはまだ風紀委員が巡回していたりしてるっスよ。直接迎えに行くより、不破氷菓の家を利用しつつ別の車でアジトに戻る方が安全は高いっスね」

 こいつのこういう場面での頭の回転は本当に早い。アンナ先輩が絡むとフリーズしてしまうけど、直接触れずに思考を回転させたら一番だろう。

「狸吉は身体大丈夫か?」

「無理にでも動かないと、僕が行かないと不破さんは信用してくれないだろうしね。ごめん、華城先輩はゆとりがおぶってくれる?」

 とにかく華城先輩を回収してしまえば、『保険』も機能しなくなる、はずだ。そもそもどう言えばいいのか、説明が難しい。正直、アンナ先輩の言葉には理解できない部分も多かった。

 ――どうして僕が誘拐されることが、《SOX》の殲滅に繋げられるんだ?

 この期に及んで、僕はどうしようもなく甘かった。

 そんなことを言う時点で、僕への誘拐(脱出作戦)を予想していた時点で、《SOX》への憎悪がどうしようもなく膨れ上がっていたことに、気付くべきだったのだ。


 アンナ・錦ノ宮が自宅に戻ると、外の冷気と変わらない風が頬を撫でた。

 ゾクゾクと悪寒がする。窓が開いていた。激情が内側から溢れないように、寝室に向かう。

「奥間君?」

 ――いない。

 玄関で撫でられた冷気で悟ってはいた。だけど現実を受け入れることは難しかった。

「アンナ様?」

「奥間君は、《SOX》に攫われたようです」

 あえて感情をこめずに、側近の月見草に伝える。鎖は破壊されていた。簡単に破壊できるものは選んでいない。

 寝室を出て、リビングのベランダの窓をチェックする。窓には穴が開けられ、鍵はそこから開けられたと考えられた。

「警察に連絡しますか?」

 月見草が判断を問う。

「いいえ。わたくしで、わたくし達で解決いたします」

 警察に、善導課に、《SOX》を渡したりしない。そんな生易しいことは許さない。

「申し訳ありません。10、いえ、5分わたくしに時間を。……玄関前で待機をお願いします」

 時間になったら呼んでくださいと重ねて頼むと、かしこまりましたと素直に月見草は言葉に従う。

 誰もいなくなった。

 誰も、誰も――

「~~~~~~!!」

 奥間君が、いない。

『この機会にあなたは完全に潰させてもらうわ!』

 《SOX》の、《雪原の青》の犯行声明が、脳裏をよぎる。

「う、うぅ、奥間君、なんでいないんですの……!!」

 涙が勝手に溢れてくる。敵は的確にこちらの弱点を突いてきた。卑劣にも、自分の最も愛する人を狙った。そして自分は失った。

 “こうなることはある程度わかってはいた”けど、愛する人の不在の痛みと恐怖と喪失感は、愛の試練より更に辛く辛く辛い。



「――――っ!」

 壁を殴りつける。拳が傷付くことも構わずに殴ったが、壁の方がはるかに脆く、向こう側まで大きく穴が開いてしまった。

 今、この憎悪を満たせる相手は、ここにはいない。

「《SOX》……!!」

 映像を見終わった後の恐怖と怒りは、人生でも経験がなかった。

 無垢だったアンナは他者の悪意に対して無頓着で、他者からの悪意に反応することは殆どなかった。嫉妬も結局は『不貞は悪である』という価値観のもとであって、もし『不貞は悪ではない』と教えられていたら、きっと嫉妬は抱いていなかっただろう。

 どこまでも親と世間の理想を詰め込まれて綺麗なモノだけで生きてきたアンナが初めて抱き辿り着いた、他者への憎悪。

「許さない……、《SOX》だけは、絶対に……!」

 こうならなければよかった。自分と風紀委員だけで解決できるなら、《SOX》を殲滅できるなら、それに越したことはなかった。《雪原の青》をいったん手中に収めた時は、安堵して油断した隙を突かれたのも痛かった。

 そもそも敵は今まで自分や善導課から何度も逃げることが出来るほど狡猾だった。いつものやり方だけじゃ足りない、と犯行声明文を見終わった瞬間に、わかってしまった。

 見終わった瞬間の怒りと憎悪、なにより頭がクリアになっていく感覚は忘れられない。

 親や世間に言われた正義ではなく、自分にとっての正義が何か、はっきりとした瞬間。

「奥間君……!」

 愛されていないと不安になった時もあった。だけど自分は間違いなく愛されていて、傷付けるかもしれないと黙って抱えていた彼が狂おしいほど切なくて愛おしくて、そんな彼の与える痛みならばどれだけの痛みでも耐えることが出来ると確信できた。

 そして乗り越えた結果、身の裡から湧き出る愛が、彼から感じる愛が、とてつもなく深まった。切ない寂しさと足りなかったものが埋まっていく感覚。

 これを愛と呼ばないなら、世界の方が間違っている。そう確信できるほどのとてつもない幸せ。

 彼の愛故に愛を我慢していたときの顔も愛に震える身体も愛に悶える悲鳴も愛を注ぎたいという衝動も、何もかもが切なくて愛しく、ここにいないことが比喩ではなく引き裂くような痛みを与えてくる。

「は、あ、ああん」

 ぎゅうと胸を強く揉む。下腹部から愛しい人の愛が欲しいと愛が溢れてくる。あまりに寂しくて下着を避けて直接触れるけれど、彼じゃないと、奥間君じゃないと、圧倒的に足りない。

 《SOX》が奪った。この幸せを奪って、今も奪おうとしている。

「はあ、はあああ!」

 先程愛された記憶が僅かに愛を満たすけど、だけどすぐに張り裂けそうな痛みに変わる。

 彼じゃないと、愛は満たせない。もう自分は、知ってしまった。

「あ、大丈夫……これは全部、予測の範囲内ですの……《SOX》は必ずわたくしにまた、接触を図りますの……」


 飽和し溢れ出る感情とは裏腹に、恐ろしいほどに思考が冴えわたっていく。

 《SOX》の目的が奥間君の誘拐にあるなら、《SOX》は卑猥をばらまくだけでなく、自分たちの愛を破壊する敵だ。

 出かける前に、愛しい人に問うた。

『わたくし達の愛の為に、戦えますか?』

 誘拐を目論むほど危険な相手で、無理だと言ったならそれも仕方なかった。クローゼットに押し込めて守るつもりだった。どういう目的での誘拐であれ、あのクローゼットは簡単には壊せない。クローゼットの中に入れていたら、確実に守れただろう。

 でも、彼は――

『戦い、ます』

 そう言ってくれた。《SOX》の目的が奥間君の誘拐にあるかもしれないと告げた時の戸惑いの表情は当然で、だから何故自分が人質になることが《SOX》を壊滅させることに繋がるのか、よくは理解できていないかもしれない。あまり話す時間はなかった。

「あ、ふわぁああ」

 愛の残り香が僅かに喪失感を埋める。残りの痛みと恐怖と喪失感は、《SOX》への敵意と殺意へと変えていく。

 《SOX》はわたくし達の愛を破壊する、敵。

 そう。自分達。

 “愛しい奥間君にとってもわたくしへの愛を破壊する”最悪の敵。

 奥間君も、わたくし達の愛のために戦ってくれている。今も傷でもつけられていたら、そう考えると憎しみに任せた破壊衝動に身を任せたくなる。だけど今はこれ以上は駄目だった。この破壊衝動は、すべて《SOX》を殲滅させるために使うべきなのだと本能が叫んでいた。本能が叫べば叫ぶほど、頭の中がクリアになっていく。法律や倫理といったしがらみが取れていく。

「あ、あ、奥間君……!」

 愛の蜜が下着を溺れさせる。いつもの感覚とは少し違って、だから掬い取ってみた。

 少し白い。中に溜まっていた愛しい人の愛の蜜が、自分の蜜と合わさって流れ出ていた。

「ん……!」

 じゅる、と舐めとる。もう零したくはないけど、身体の中から愛が溢れてきて、愛の蜜の流れは止まらない。止められない。

 奥間君が、欲しい。失いたくない、絶対に失ってはならない。


   *


「アンナ様」

 きっかり五分後にこんこん、とノックする。

「お待たせしました、月見草さん」

 殆ど待つことなく出てきたが、表面上は普段通りだが、指を舐め、憎悪と嗜虐への衝動に笑うアンナの様子に思わず言葉が見つからなくなる。

 長い間感じていなかった怯えという感情に戸惑うが、アンナはそんな月見草の感情に頓着しなかった。

「今は待ちの時間になりますわね」

 ソファに座り瞑目し、アンナは思考に入り込む。無言の時間が過ぎていく。何か疲労を回復するものを用意するべきか、甘いジュースでも淹れてこようか提案しようとした時、突然、退屈な子供が愉しい遊びを思いついたような、無垢な笑みを浮かべた。

「そうですね、でも出来ることもありそうですわ。月見草さん、車を用意してくださいまし」

 月見草は主人がどんな意図を持って命令するかに頓着しない。風紀委員はそういうふうに育てられる。

 だからどうしても、古代の忠臣のように、主人を正すということは出来なかった。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、といいますものね」

 独り言のように呟かれる声は、子供の無邪気な残酷さを帯びていた。

ぎゃあ、アンナ先輩のターン(地の文的な意味で)の「愛」の数が書いてて怖いよぉ
キマシタワー建設は今日は無理でした、すみません

アンナ先輩壊しすぎたかなと思いましたが、アニメ8話見てうん、もともとこういう人だと自分で納得させました。
起承転結の転まで行ったので、もう少しお付き合いください。

感想はモチべに役立ってます。ありがとうございます。


「ここがわたしのアパートです」

 僕以外に《雪原の青》、鼓修理やゆとり、早乙女先輩まで入ってきていて、決して広くはないアパートは満員だった。

 《二足歩行の社畜》さんはマンホールの近くに僕らを下ろした後、別の車に変えるためにその場を去った。今は《社畜》さんが別の車で戻ってくるまで不破さんの家に匿ってもらっている。

 ゆとりと鼓修理に関しては友達と妹で通した。今の僕は《SOX》としてではなく、生徒会の人間として不破さんと接している。

「不破さんはシャワー浴びなくていいの?」

 ゆとりが肩を嵌めて応急処置したあと、一旦《雪原の青》は意識を取り戻したが、痛みで朦朧としているのか、あまり明瞭な言葉は喋っていなかった。今は鼓修理と二人がかりでシャワーを浴びせて汚れを落とし、着替えさせてもらってる。僕らは今日だけで何回ぐしょぬれになったんだろうね。

「……さすがに疲れました。シャワーは後で構いません」

 一応着替えてはいたけど、ストパーを無効にしそうな長い髪はまだ濡れている。ドライヤーを当てる気力もないらしい。

「ごめん」

 反射的に謝る。今は僕と不破さんと早乙女先輩とペスが暖房をガンガンに利かせた部屋で休ませてもらってる。

「ところで、アンナ会長があれほど暴走した理由は、何故ですか?」

 あー、答えられないと言ったけど、やっぱ不破さんがその程度で諦めるわけないか。

「あー、うん。こうなった以上、説明したいのはやまやまなんだけど、どう説明したらいいかな……」

 早乙女先輩は先ほどから我関せずを決め込んでいるし、僕が適当に答えるしかない。

「生徒会、というか僕個人なんだけど、今に限っては《SOX》……というか《雪原の青》と共に行動してるんだよ」

「ほう。それはまた、興味深いですね。さんざん生徒会の人間だからと不健全雑誌やイラストのコピーを取り上げてきたくせに」

「当たり前でしょそれ。……って、まだBL本持ってんのかよ!!」

 いつの間にか早乙女先輩が自分が描いたBL本の「僕のバナナまで嫌いにならないでください」シリーズ最新作を手に取って読んでいた。

「ふむ、ここはちょっと納期を気にして手を抜いてしまっているのかの」

「これは妊娠の機構に必要ないはずなのに男性が男性に何を求めているのか、学術的にも大変興味深く」

「おぬし、これを手に入れるとはわかっておるの! もしよければカラーイラストも加えた完全版を用意しておぬしに優先的に渡してやるぞ!」

「本当ですか」

 満面の笑顔の早乙女先輩と無表情の不破さんがハイタッチする光景はシュール過ぎた。不破さんも無表情ながらも思わぬ収穫が手に入りそうな喜びに顔がほころんでいるのはこれまでの付き合いで分かるようになってしまった。こいつら頭おかしいよ。



「……僕のいないとこでやってね。今は大目に見るから。一応、借りもあるしね」

「ほう。カリ」

「そのカリじゃねえよ!」

 早乙女先輩にチョップをして黙らせると、いやだけど本題に戻る。

「なんで《SOX》と一時的に行動を共にしてるかというとね。アンナ先輩がその、僕を監禁しようとしたんだよ」

「……ご愁傷様です」

 観察力と推察力に分析力も優れた不破さんは、それだけで大体把握したようだった。

「《SOX》が奥間さんを助けたのですね。で、会長はそれに怒り心頭を発し怒髪天に到達してしまった、と」

「すごく短くまとめてくれて助かるよ」

 不破さんはそれ以上、何も聞いてこようとしなかった。本当なら何故《SOX》が生徒会に所属する僕を助けるのか、疑問に思うところだろう。

 僕が《SOX》の一員だということを知っているのかもしれない。だけど今、生徒会の人間として接していることの意味を、不破さんなりに尊重してくれている。

「のう、おぬし、不破とか言ったかの? ちょっとこっちで話さんか?」

 疑問符を無表情の中に浮かべながらも、なにやらこそこそと早乙女先輩は僕に聞こえないように不破さんに耳打ちする。

「それは、なるほど。確かに」

「じゃろ、じゃろ!? おぬしとわしは芸術と科学という別の道じゃが、一つのモノを追及するという点でわしらは気が合うとは思わんか!?」

 え、なんか嫌な意気投合。恥識欲と春画家の組み合わせって嫌な予感しかしない。

「おう、何とか《雪原の青》の着替えは終わったぜ」

 二人が謎の意気投合をしている間に、ゆとりたちが上がっていた。肩が外れているため、ゆとりの応急処置で入れてもまだ痛みが続いていて、病院で正式な診察が必要らしい。



「鎮痛剤です。病院につくまではこれでしのぐといいでしょう」

 不破さんが薬を《雪原の青》に渡す。ちゃんとパッケージされてるので市販薬、だよね?

「市販薬ですよ。市販の中では効果は一番強く、即効性があります。ただあくまで一時的な鎮痛と消炎作用しかないので、一刻も早く病院に連れて行くことをお勧めします」

「ん。なんか、悪いな」

 ゆとりがぎこちなく礼を言うと、「それには及ばず」とそっけない態度。だが、

「ペスの件でアドバイスをしてくださったのは、あなたですね」

 そういうと、ゆとりも思い出したようだった。

 もうあの頃のペスではないけど、それでも不破さんの傍にいることが嬉しいとばかりに、ずっと不破さんを温めている。やんちゃで困っていたペスに電話越しにアドバイスしたのがゆとりだった。

「そっか、あん時の犬か」

 元々酪農家の娘で動物に対する知識を豊富に持っているゆとりは、無論犬も大好きなようで、「よしよしよしよし」と首回りなどをくしゃくしゃと撫でる。一件乱暴な手つきだが、ペスは嬉しそうに身を委ねていた。ゆとりも少し、緊張がほぐれたのかもしれない。

 そんなやり取りの間に、鼓修理が《雪原の青》に鎮痛剤を飲ませていた。《雪原の青》はマントは脱ぎ捨てていたけどパンツ(上の方ね)は被ったまま、

「ありがとう。迷惑かけたわね」

「気を付けてください。アンナ会長は手段を選ばずあなたを殺しに来るでしょうから」

 不破さんは、この状況下でもやっぱり無表情に、それでもよく聞けば心配の成分を混じらせて、

「まだまだあなた方が与えてくれる知識には期待しています」

 《雪原の青》は負傷の痛みの中、それでも強く真っ直ぐに笑うと、

「当然! 脳汁マン汁ツユ濁ドクドクになる知識とイラストは、これからも提供していくわ!」

 人差し指を親指で巻きつける卑猥な握り拳を不破さんに突き付けると、不破さんがようやく微笑した。

 と、ようやくゆとりのPMに連絡が入る。《二足歩行の社畜》さんが車を乗り換えて今アパートの下まで来たそうだ。

「奥間、わしはここに残るぞ」

「え? でも」

「コイツは話が分かる!」

 こくん、と不破さんが頷いた。まあ今まで何にも役に立ってないし、不破さんにはお世話になったし、早乙女先輩は生徒会の人間じゃない。今の僕はどうしても取り締まる側だから出来ないけど、不破さんにとっては早乙女先輩という不破さんもお世話になっているイラストレーターと卑猥な話題をPMに感知されない範囲で存分に語り合うのが、一番の報酬かもしれない。早乙女先輩も自分から描いてる本人ですとはさすがに言わないだろうし。

 《雪原の青》に一応判断を仰ぐように顔を向けると、こくんと頷いた。なら問題ないだろう。

「じゃあ僕たちは《雪原の青》を病院に連れてくよ。不破さん、今日はありがとう」

「ええ。会長に見つからないよう、お気を付けて」

 玄関を出ると、《センチメンタル・ボマー》としての感知能力を限界までビンビンにあげる。うん、アンナ先輩の気配も風紀委員の規則的な動きの気配もない。

「行こう」

 早乙女先輩は本人の希望通り不破さんの家に置いて、僕と《雪原の青》、ゆとりと鼓修理は車に乗り込む。

 スモークガラスの張られた後部座席で、《雪原の青》は(上の)パンツを脱いで、華城先輩に戻った。

「狸吉」

 心細そうな、迷子がようやく親と再会できたような、泣きそうになる喜びを意地っ張りにも押さえつけて。

「戻ってきてくれて、よかった」

「華城先輩も」

 まだこれから病院に行って、治療して、アンナ先輩のことも課題は山積みだけど。

「お帰りなさい」

「ただいま」

 《SOX》の中に、ようやく安堵の空気が流れて、少しだけ微睡みの中にいるような心地よさを感じた。

 早く治療を受けて、あの喫茶店のアジトでマスターの料理を何か食べて、考えるのはそれからでいいと、そう思えた。


もうちょっとだけ書いたので更新しました。
不破さんと早乙女先輩の絡みって原作でもないですよね。


「今回ばかりは鬼頭グループに感謝しないといけないわね」

 華城先輩は疲れ切っている。アンナ先輩の技量が高かった為か非常にきれいなはずれ方だったらしく、ゆとりの応急処置も的確であったようで、肩はうまく嵌ってたらしい。

「ハメ、る……!」

 と医者の言葉になんか妄想しようとしてたのは、まあ華城先輩のペースが戻ってきたということでいいだろう。

 今は鬼頭系列の病院の最も値段の高い個室で休ませてもらっている。鼓修理のポケットマネーから部屋代は出ており、華城先輩は渋ったのだが、どうやらこの部屋はセキュリティーが高く設定されていて、芸能人や政治家の逃げの入院に使われるためのモノらしい。この階は看護師の他にSPも巡回している。鼓修理としてはそれでも不安なのか、落ち着きなくうろついている。

「あああ、あの化け物が本気で《SOX》を狙ってるっス! この程度の警備じゃ全然足りな」

「落ち着きなさい。そうぶるぶる震えているとバイブと見間違えてしまうわ」

「う、うう、鼓修理、本当に、綾女様が、殺されるって……!」

 腹黒方向に頭の回転が早いので時々忘れそうになるが、鼓修理はまだ中学生なのだ。

 ぎゅうっと華城先輩の身体を抱きしめ、顔を埋める。

「ふええええ、怖かったッスよ……!」

 ちょっと演技がかっている気もしないではないけど、鼓修理の働きがなければ僕はもっと酷い目に遭っていただろうし、今は何も言わずにいよう。

 とにかく、疲れた。

 僕はソファに横にさせてもらってる。……十回以上射精させられて、ドライまで経験して死ぬほど足腰が痛い。まだ痛い。

「ごめん、ゆとり。ゆとりが来てくれて、本当に助かった」

 やっとお礼をきちんと言える状況になって、ゆとりにもお礼を言う。マンションの屋上から不法侵入なんて普通に犯罪だし、申し訳ないことをしたと思う。

「いや、別に……むしろ、間に合わなかったんだぜ……」

 しまった、と言い終ってからゆとりは顔をしかめるけど、僕にはあまりピンと来ていなかった。僕以外には。

 先ほどまで漂っていた安堵の雰囲気が、その一言で吹き飛んだ。

「狸吉、その」

 華城先輩は流石に心配させたことを気遣って鼓修理の頭をご褒美として撫でていたが、

「大丈夫? あなたも」

「華城先輩ほどじゃないですよ」

 怪我で痛いんじゃないんだし。今のアンナ先輩と鬼ごっこをしたのは実質華城先輩のみで、よく生きていられたと本気で思う。

「じゃなくて、その」

 華城先輩は何か言い淀んでいる。きっぱり言い切るタイプの華城先輩にしては珍しい。

「なんかあなた、仕方ないことなんでしょうけど、目が死んでるわ」

「……え?」


「普段通りに振舞ってくれているのはわかるけど、あなたも……あなたが一番辛いんじゃないの?」

 いつもなら綾女様を独占出来てる時に邪魔するなッスとか言いそうな鼓修理ですら、何も言わない。ゆとりも心配そうにこちらを見ている。

 僕はそんなに酷い目をしているのだろうか。

「アンナと話したわ、お見舞いのバナナをもってった時ね」

 そのままの意味なんだけど、なんでか意味深な意味に聞こえるな。これ二重なんとかって日本語になるのかな。

「正直、私は……怒りに身を任せていたアンナより、あなたのことを思い出して笑ってるアンナの方が怖かったわ」

 現実逃避の思考はすぐに中断させられた。華城先輩は、僕の目を見ようとしない。

「アンナはもう、無理だと思う」

 考えないようにしていた現実を、華城先輩は優しい厳しさで突きつけていく。

「文字通りの意味で、破れた処女膜は元には戻らないの。アンナはもう、戻らない」

 長年の親友である華城先輩が、そう言い切る。

「あなたとの愛を邪魔するなら、私でもソフィアでも世間でも善導課でも、あなた自身でも、邪魔をするなら……潰していくでしょうね」

 華城先輩の目が、僕にようやく合う。

「あなた、アンナに心を折られたんじゃないの? そんな目をしてるわ」

「…………」

 きっと、そうなんだろうな。

 ゆとりもずっと目を合わせてくれなかった。最初は軽蔑してるのかと思って、そっちの方が楽だったけど。

 鼓修理も早乙女先輩も、触れないようにしていた。不破さんも監禁されたと聞いた時、一瞬間があった。

 多分それが答えなんだ。

「次にアンナ先輩が求めてきたら、誘って来たら……」

 僕はただ、こう言うだけ。

「……僕はもう、断れないと思います」



 お風呂に入ってキスをした時のことが強制的に浮かぶ。快楽を貪るキスではなく、僕を誘い、快楽を与え、堕とすためのキス。

 間違いなく愛されていると自信をつけたアンナ先輩が本気になったら、僕なんかが敵うわけがない。このまま流されていくだけだ。次に拉致されても、多分僕は、鎖がなくても逃げ出さなくなるんじゃないだろうか。

 今はまだ僅かに抵抗できるかもしれないけど、その程度の僅かな抵抗なんか、アンナ先輩はむしろ愉しんでしまうだろう。さっきも全力で抵抗していたのにこうなったのだ。

 でも僕が一番心を折られたのは、あの笑顔だ。

「止めてください、って、言ったんです。でも、届かなかった」

 アンナ先輩には、僕の拒絶なんてどうでもいい。というより、そんな声が存在していないことになっている。

 全部が僕がアンナ先輩を愛しているからと、都合よく変換していく。アンナ先輩の世界では、僕との愛が絶対なのだから。

 その本当の意味が、恐ろしさが、あの笑顔でやっとわかった。でも、わかるのが遅すぎた。

「昨日までのアンナなら、まだ不安定なアンナだったなら、修正の余地はあったかもしれない」

 華城先輩も僕の意見に同意する。否定してほしいのに。

「でも女の破瓜を乗り越えたアンナには、それが愛の試練だと思って乗り越えてしまったアンナには、もう無理よ」

 僕にとっては憧れの先輩。華城先輩にとっても親友。

 その二人の意見が一致した『戻らない』は、絶望しか生み出さなかった。

「んで、現実的な話、狸吉はどうするんスか?」

 鼓修理が絶望を払拭するように、敢えて空気読まずにいつもの悪態のように口を出す。

「そんな状態で、《SOX》やっていけるんスか? あの化け物女の前に出たら、調教された犬のように跪くんじゃないんスかね?」

 にやにやと意地の悪そうな笑顔が、逆にありがたい。おもいっきり頬をつねてやる。

「ひゃ、ひゃひゅひひのふへにはひを!?」

「でも鼓修理の言うとおりだと思うわ」

 それでも華城先輩のダメージは、予想よりも重かった。躊躇なく人を傷つけた親友の変貌は、華城先輩にとっても辛いんだろう。

「今のアンナなら、それが出来ると思う。誇張じゃなく。あの子、月見草にも躊躇なく命令してたわ」

「アンナ先輩が、命令……?」

 繋がらない言葉だった。月見草みたいな、あんなロボットみたいなやつですら、一人の人間として誕生日プレゼントまで買うような人が、頼みではなく命令?

 いや、僕も薄々はわかってた。

 月見草の善意を完全に潰した、あの時に。


「多分ね、狸吉。アンナの世界では、あなたとの愛以外はどうでもいいのよ。あの子にとっての世界は愛と正義によって成り立っているものから、愛そのものになってしまったの」

 だから届かない。アンナ先輩は愛と性欲の区別がついていなくて、性知識がない。だから単に物理的な刺激だけでも人は性を刺激されることを知らない。僕が望んでいなくても生理的な現象として愛の蜜を出したら、それは愛になる。それこそ「いや、いや」といっても身体は喜んでるじゃねぇかぐへへというやつだ。

 僕の気が狂いそうになるまで無理矢理に快感を与えて愛の蜜を貪ったことも、身体の反応さえあれば僕の人格すらどうでもいいのかもしれない。実際、月見草がタイミングよく入ってきてくれなければ、僕は加減の知らないアンナ先輩に気を狂わされていただろうと思う。

「狸吉、どうするんだぜ?」

「どう、って。アンナ先輩を止めないと」

 わからない。今のアンナ先輩を、どう止めればいいかなんて。

 華城先輩もさじを投げている状態で、どうやって。

「なんで止める?」

「え?」

 ゆとりは何言ってるんだ? 華城先輩も鼓修理も意味が分からないと目を丸くしている。

「既に怪我人がいて、次は死人が出るかもしれないんだぜ。狸吉にやったことだって拉致監禁に、……その」

「レイプね」

 PM無効化機能を使って、華城先輩が引き継いだ。

「だからもうさ、善導課に通報しろよ」

 ゆとりの声に、最初反応できなかった。

 それぐらい、ゆとりの声が冷たかった。

「何言って、それじゃアンナ先輩の人生が終わ」

「《育成法》の被害者? 知らなければ何をしてもいい? んなこたないんだぜ」

 華城先輩はまた目を伏せている。鼓修理はゆとりの反応にびっくりしている。僕は鼓修理よりの反応だった。

 ゆとりは本当に、怒っていた。

「なあ、あの化け物の部屋にいた時のお前、本当に死体みたいだったんだぜ。《育成法》の被害者で性知識を知らないから仕方ない? “あれが”?」

 そう言えばアンナ先輩が出て行ってから、ゆとりが助けに来るまでの一人きりの時間、何してたっけ。まったく思い出せない。


「愛だのなんだのなんてわかんねえけど、あれはそれ以前に、人としてやっちゃいけないことなんじゃねえのか? 狸吉の意思を全部無視して、狸吉をこんなに傷付けて、その理由が『卑猥の知識がないから』? 知識がなくても、狸吉が傷付いてることには気付くんじゃないのか? 愛してるとかふざけたこと言えるなら」

「待って。待って、ゆとり」

 華城先輩が制止の声を上げるが、どこか弱弱しい。逆にゆとりはヒートアップしていく。

「善導課に駆け込めよ! 保護してもらえよ! なんでこの期に及んであの化け物の方を守ろうとしてんだよ!! とっくにそんな段階超えてるだろ!!」

 ガサ! と何かを床に投げつける。紙袋?

「信じらんねえぜ! 本当に、ばっかじゃねえのか……」

 ゆとりは最後には泣きそうな声で、あともしかしたら気のせいかもしれないけど、悔しそうな声で、病室を乱暴に出て行った。

「鼓修理、悪いけどゆとりを見に行ってくれない?」

「……綾女様がそう仰るなら」

 鼓修理が珍しく素直に、華城先輩の言うことを聞いて病室を出ようと、

「鼓修理もゆとりに賛成ッス。……あの化け物のことを考えている余裕なんか、とっくにないんじゃないッスか?」

 吐き捨てるように呟いて、出て行った。

 病室には僕と華城先輩だけ。気まずい静寂の中、ゆとりが投げつけた紙袋を拾って机に置く。

 ゆとりも鼓修理も、恐怖と同じように怒りを感じているのかもしれない。アンナ先輩じゃなく、僕の情けなさに怒ればいいのに。

「……あの二人は、こうなる前のアンナを知らないから、どうしてもね」

「僕は……どうしてたら、よかったんですかね」

「どうにもならないわ」

 華城先輩は、もう現実を受け入れているように、

「アンナがあなたの言葉を聞かなかった時点で、もう無理だったのよ」

 今はあなたも休みなさい、と華城先輩はベッドに潜った。

 毛布をかぶり、目を瞑ってしばらくすると、僅かにしゃくりあげるような声が聞こえてきた。


 華城先輩も、アンナ先輩の笑顔に救われた人間の一人だ。僕と同じように。

 アンナ先輩はもうあの笑顔を、誰かを、どんな人間でも受け入れてくれる微笑みを浮かべることはないんだろうか。

 あの笑顔を見せてくれるなら、僕も華城先輩も、全部救われるのに。だからこそ体制の被害者として守りたかったのに、決定的なことが起きてしまった。アンナ先輩はもう、僕も華城先輩の言葉も聞いてくれない。

 わかっているのは、アンナ先輩は《SOX》を最大の敵として全力で潰そうとしている、その現実だけだった。

 そうだ、早く言わないと早く言わないとと思って、ずっと言いそびれてた。

「華城先輩、ずっと言いそびれていたんですけど」

「何?」

 声の気配だけは、いつも通りだった。

「アンナ先輩、僕のことを『保険』だって言ってたんです」

「……どういうこと?」

 どう説明すればいいかわからない。アンナ先輩の意図が、未だにわかっていないからだ。

 ただ、以前のアンナ先輩なら、きっと絶対に思い付きすらしなかったこと。

「僕が《SOX》に助け……アンナ先輩にとっては誘拐ですけど、攫われる可能性に、気付いてたんです。でも、敢えて僕を人質に取らせるって、意味がわか」

「なんでそれを早く言わないの!!」

 焦ったような怒鳴り声。言うタイミングが見つからなかったのだが、僕は自分でも思った以上に思考力が鈍っていたようだ。

「す、すみません」

「鼓修理とゆとりを呼んでくるわ。今すぐアンナの考えを探らないと、膣痙攣中に火事で酸欠を起こすほどのヤバいことになりかねない!」

 華城先輩は慌てて飛び起きて、二人を呼びに行く。

 どこか他人事のように見ている自分がいた。これ以上何も考えたくはないのにと思って、自分の最低さに涙が出てきた。



「今回ばかりはゆとりに賛成ッスね」

 鼓修理が珍しく自分を呆れたように否定したりしなかった。自販機のジュースを買って飲む。

「ま、正直、鼓修理もあんまりわかってなかったんスけどね。……無理矢理にヤるってことの意味が」

「そうだな」

 この期に及んで庇おうとする狸吉に怒りや呆れや、それが狸吉なんだという想いが複雑にまじりあって、わからなくなる。

 あれだけ傷付けられてもまだ庇おうとしている。《雪原の青》もそうだ。あの化け物女のどこがいいんだ。理解できない。

「《育成法》が、性知識のない子供が増えれば、あの化け物女みたいなやつが、もっともっと増える……」

「あの化け物はとにかく規格外の化け物なんスけど、潜在的には卑猥の犯罪は増えているらしいっスよ。あの化け物みたいに、愛し方を知らない連中が増えていて、少子化も問題になってて」

「んで、ラブホスピタルだのなんだのってか。政府も頭おかしいぜ」

 ちゃんと性知識があれば、あの化け物は普通に狸吉に恋をして、普通に愛し合って、そんな生活があったのだろうか。

 だけどゆとりから言わせれば、あの化け物自身がそれを壊したのだ。性知識がなくても、人の心があるなら、狸吉が傷付いていることに気付いたはずだ。動物ですら人の心がわかるのに。

「とにかく、このジュース飲んだら戻るっスよ。まだあの化け物が諦めたわけじゃ」

「ゆとり、鼓修理!」

 声に振り替えると、《雪原の青》が青ざめた顔でこちらを呼んでいる。

「何かあったのか!?」

「わからない。とにかくアンナが何を考えているか読まないと、ゴムなしの危険日セックス並みに危ないわ」

 真剣な眼差しで下ネタを付け加えると、こちらを見ずに病室に戻る。

 休む時間は与えてくれそうにない。


「なんかやたらあっさりしていたなという気はしてたんだぜ」

「それ後付けっスよね」

 悔しそうに言うゆとりに鼓修理が突っ込んだ。

「でもなんで《SOX》が狸吉を狙ってるってことになるんだぜ? 《センチメンタル・ボマー》が狸吉だってのは知らないはずだろ? まあ、勘で嗅ぎ当てたっていわれてもあの化け物なら納得だけど、《SOX》はその手の犯罪をしたことが今までないし、あまり結びつくとは思えないんだぜ」

「アンナが私を見つけた時も、自分が誘い出されていることは気付いていたみたいだったわ。風紀委員の動かし方を見ても、アンナはぶちギレてはいるけど頭は働いてた」

「それ、死ぬほど厄介じゃないッスか……とりあえず、映像見てみないッスか?」

 もっとやいやい言われるかと思ったが、最優先はアンナ先輩が何を考えているか探ろうということになった。

「うわー」

 思わず声が出た。改めて見るとそりゃアンナ先輩も激怒するよなあ。

 華城先輩がアンナ先輩をおびき寄せた時に聞いた話を共有すると、鼓修理は納得して、

「化け物の言うとおり、実際中傷文をばらまくなら予告する必要なんかないっスからね。別に目的があると考えるのは自然っス」

 それでも無視できないほどのことが『愛を侮辱する』ことだったわけだけど、激怒していくアンナ先輩を思い出すとそれだけで動けなくなる。

「でもその、これでなんで僕が狙われるってわかるの? アンナ先輩は『そうなる可能性を考えないといけない』みたいな感じに言ってたんだけど」

「な、なあ」

 見ると、何故か頬を赤くしたゆとりが、

「時岡学園って、男女交際も公表するが普通、だったりするのか?」

 はっとして、鼓修理が映像の箇所を変えていく。

『――噂では生徒会の冴えない後輩とよろしこしこと楽しくやってるみたいだけど』

「しくじったわ……アンナに限らず、うちの学校でも婚約みたいな正式な交際以外は基本、表に出ない」

 時岡学園に限らず、それが今の日本の常識だった。無論、噂程度はある程度生まれる。ただアンナ先輩は家柄も生徒会長という立場もあってそんなに簡単に公表できないし、するものでもない。暴走するのも人のいない閉じた空間だけで、誰かが来たらびっくりするぐらいいつものアンナ先輩にすぐ戻っていた。婚約したら全校生徒に発表しかねない勢いだったけど、とにかく今はまだ、そう知っている人間はいないはずだ。

 それが《SOX》に知られているとなると、確かに警戒度は一気に上がる。

「『あなたを潰させてもらうわ!』って宣言しちゃったっスからね」

 鼓修理が失敗を悔やむように呟いた。

「狸吉、アンナにはなんて言われたの? 気付いていたならアンナが対策をしていないとは思えないんだけど」

「えーっと」

 言葉を思い出していく。



   *


『わたくし達の愛のために戦えますか? 戦えなくても責めたりはしません。現実となれば、奥間君が一番危ないのですから』

『ですが《SOX》の目的はおそらく、奥間君を狙うことでしょう。というより、わたくしに最もダメージを与えるには、奥間君を狙うことが効果的ですわ。だからその可能性を決して無視できません。してはならないのです』

『不健全雑誌やコピーのイラストをばらまく事が基本で人を傷つけるようなことはしなかった《SOX》ですが、方針が変わったのかもしれませんわね』

『ですから戦えないのであれば、それは仕方ありません。わたくしも、奥間君が傷付くのは想像するだけでおぞましい』

『わたくしが帰ってくるまで、クローゼットに隠れててもいいのです。本来ならばそれが一番、奥間君の安全にはいいのですから』

『ですが、もし《SOX》と戦ってくださるというならば、わたくし達の愛を潰そうとする巨悪をともに戦ってくださるのであれば、敢えて《SOX》の人質になってくださいまし』

『……どうしますの?』


   *



「僕は、正直信じられなくて。……アンナ先輩が僕をわざと人質にさせようとするのが」

 危ないからと生徒会の人間も関わらせず、自暴自棄になった生徒たちの為に一人で《SOX》に立ち向かうような人が、わざと人質に取らせるなんてことが。

「アンナは奥間君の安全と《SOX》の殲滅を天秤にかけてしまうほど、《SOX》に憎悪を抱いてしまったのね」

 華城先輩が呟く。

「で、戦いますっていったんスか?」

「クローゼットに閉じ込められたら、本当に僕逃げられなくなるし……」

 黒人の貞操帯並みに頑丈な扉と鍵がついてるあのクローゼットに閉じ込められていたら、とても脱出できたとは思えない。

「でも、僕が人質になることが、どうして《SOX》の殲滅に繋がるの?」

「トロイの三角木馬みたいなことを考えているのかしら」

「お前と一緒にするんじゃねーよ三角いらねえよ!」

 反射的に突っ込むと、華城先輩のエネルギーが戻ってきた。

「まさか、発信機……!?」

 鼓修理が僕の身体を調べようとまさぐる。なんかもう抵抗の気力がない。

「落ち着きなさい。狸吉、何か仕込まれたりした?」

「してない、と思います」

「あー、トロイの木馬って授業で聞いた気もするけど、何だったか忘れたんだぜ」

 頭がくらくらしそうなゆとりがやっと口を挟んできた。ゆとりは頭は決して悪くないんだけど、駆け引きなどはどちらかというと苦手分野だ。《哺乳類》の代表としていた頃に交渉事には慣れていてある程度の度胸はあるが、相手の裏を読むということに関しては生来の真っ直ぐな気質からやはり得意な方ではない。特に今のアンナ先輩の考えを読むのは難しいだろうし、オーバーヒート気味でも仕方なかった。

「簡単に言うと、贈呈品の木馬の中に兵士を仕込んで、奇襲をかけてトロイという都市を滅亡させた話っスね」

 じっと三人の視線が僕に集まる。

「いやいやいやいや、僕がみんなを売るような真似するわけないでしょ!?」

「そうよね。いえ、信じているに決まってるじゃない」

「あの化け物に骨抜きにされて万が一なんて考えてないッス」

「あの化け物女ならそれが出来そうとかも思ってないぜ」

 全然信用なかった、というよりはアンナ先輩への恐怖がそれだけ大きくなっているのかもしれない。


「まあ、ちょっとわかってきた気がするっスよ。この日本で最も成功率の低い犯罪って何か知ってるっスか?」

 そう言われてピンときたのは、華城先輩だけだった。僕もゆとりも良くわからない。

「身代金目的の誘拐ね。……確か、97%の検挙率だったはず」

「残りの3%も身代金奪取には成功していないため、実質成功率はゼロなんスよ」

 そこまで言われて僕にも分かってきた。

 アンナ先輩は僕が《センチメンタル・ボマー》と同一人物であるという前提を知らない。僕達は知っていて、だから論理の過程もずれていた。

 テロ組織が誘拐なんて大掛かりな犯罪をするならば、相応の取引を持ちかけると考えるのがセオリーだ。考えてみれば、アンナ先輩らしい正攻法の論理展開だった。変わってしまっても、手段を選ばなくなっても、基本の考え方は変わらないのかもしれない。それでも《SOX》の目的が僕にあると看破したのは流石だとしか言えないけど、まあそれはアンナ先輩だしね。

「ヒットアンドアウェイで逃げる相手を捕まえるより、取引相手を捕まえる方がよっぽど簡単でしょうね」

「ってことは、こっちがアクションしなければ何も起きないんじゃねえの? 何とか狸吉を返す方法さえ考えれば」

「その間の時間、あの化け物が焦れずに待っていてくれるんスかね」

 鼓修理の懸念を肯定するように、僕のPMが光った。

「……アンナ先輩からです」

 ぞわぞわと鳥肌が立つ。

 着信履歴も最初は10分おき、今は2分おきレベルである。サイレントにされていたから気付かなかった。これだけの量の着信を無視していたら、アンナ先輩が今どんなふうに暴走しているか、想像もつかない。

「……出なさい、狸吉。私達がカンペを出すから」

 華城先輩が覚悟を決めたように、メモとペンを用意する。鼓修理とゆとりも完全に黙る。

 僕が上手くかわすしかないようだけど、自信は全くなかった。けど、やるしかない。

 《SOX》の命運も、アンナ先輩の人生もかかっているんだから。

 PMの受話音量を上げて、僕以外にも聞こえるようにすると、

「もしもし……」

 動機で吐きそうになりながら、電話に出た。

『――奥間君』

 思っていたよりは声は静かだった。だけど僕を呼ぶ響きが、欲情している時のそれと同じだった。

 あとぬちゃぬちゃと湿った水音が聞こえてきた。これ、何度かあったテレフォンセックスの前段階の声だ。

 ただ、その時よりも声は圧倒的に真剣で、何かを無理矢理に押さえつけているような危なさがある。

『大丈夫ですの? ……怪我はなさってません? 今どちらに?』

「僕は大丈夫です。今は」

 ――どこにいるかわからない

 トントンとメモ用紙を華城先輩が書き殴りで指し示す。安易には答えられない質問だし、向こうは誘拐されていると思っているから、この答えでも納得するだろう。


「わかりません。その、PMも上手くつながらなくて」

『――PMを無効化出来る相手ですものね。周りには誰か』

「いません。ずっとほったらかしにされています」

 僕の判断で答えたが、メモを待っていると不自然に感じてアンナ先輩が気付くかもしれない。

『そう。《雪原の青》に手傷を負わせましたの。それでバタバタしているのかもしれませんわね』

 途中で『ん、あ、』と小さくうめき声が漏れるのは無視しとこう。女の子三人もそれに構ってはいられないようだし。

「その、どうするつもりですか?」

 メモには曖昧にも『アンナの意図をききだして』としか書いてくれず、僕が上手く訊きだすしかない。

『ん……そうですわね。思ったより《SOX》がこちらに接触を図るのが遅く、今はこちらも待ちの時間なのですが……一秒ごとに奥間君への愛の衝動が、大きくなっていって』

 僕、死んでもいいかな?

『まあ、わたくしもただ待っているわけじゃありませんの。時間潰しほどの意味しかありませんけど』

『――時間潰しで拉致されても困るのですが』

 いきなり割って入ってきた声に、全員の目が泳ぐ。

「……なんで、不破さんがアンナ先輩と?」

『早乙女先輩もご一緒ですわ。今はわたくしのマンションで一緒にお話しさせていただいていますの』

 予想をはるかに超えて、事態は最悪を突き進んでいた。

『……奥間さん』

 どこか、不破さんが言いにくそうに。

『半分は拉致ですが、わたしの意思が全く介在していないという訳ではありません。現に今は拘束されているわけでもなく、わたしは会長の隣にいます。帰りたいと言ったら帰らせてくれるそうです。……そうですね? 会長』

『ええ。今すぐ絶対に話を聞かないといけない、という訳ではありませんから』

『それでも会長の自宅にいます。あくまでわたし自身の為に、わたしはここにいます。……申し訳ありません』

「え? あ、ちょ」

 どういうことだ? 意味が分からない。

 華城先輩もカンペを作る手が止まっている。

 自分の好奇心を満たす為に谷津ヶ森に突入する生徒達を指揮し、《単純所持禁止条例》に逆らって善導課にテロを仕掛けるような、ある意味華城先輩並みに変態で馬鹿でだけどずば抜けて頭のいい不破氷菓が、何より《雪原の青》を簡単に傷付けた今のアンナ先輩を知っている不破さんが、半分とはいえ自分の意思で一緒にいる?

 そもそも半分ってなんだ? 事情が分からな過ぎる。

『おおい、この果物は食べていいんかの?』

『わかりました、皮を剥きますわね。不破さんもご一緒にいかが?』

『はあ……それでは』

 アンナ先輩は先ほどの発情の気配を消して、二人と和やかに話している。――声は遠くて聞こえない。かと思うと、

『ふふ、ふふふひっ』

 アンナ先輩は華城先輩の肩を外した時のような、獲物をいたぶって恍惚に浸るような吐息をPM回線に乗せてここにいる全員を凍らせる。向こうの空気も凍りついた。

『そうですわね、あまりわたくしを焦らさない方がいいと、《SOX》のメンバーと話す機会がありましたら、伝えてくださいまし。それまでは、お二人とじっくり話をして、気を紛らわせますわ。――お気をつけて、奥間君』

 PMが切れた。

 もしかしたら、最悪の予想を超えた、最悪が起きたのかもしれない。

 予想を超えているから、何が起きたかなんて、わかるはずがなかった。

アニメで包丁持ってた時のアンナ先輩を考えると、結構想像しやすいかもしれません。
なんかクライム小説みたいな感じになったけど、正直もうちょっとバカっぽい感じに書きたかったけど、シリア○スモードだとどうしても下ネタ挟む隙がないです。技量不足ですね、申し訳ない。
それでも楽しんでいただけているなら恐悦至極です。もう少し先でお待たせのモノを届ける予定ですよ。ではでは。


 華城綾女は目を閉じると、

「悪いけど、三人とも。15分だけひとりにしてくれない? 考えをまとめたいの」

 そう言うと、三人は特別に声をかけることなく、一人にしてくれた。

 早乙女先輩に不破氷菓をアンナはどうするつもりなのだろう。人質にするつもりなのだろうか。ただ不破氷菓の言葉だと単純にそうとは言い切れない気がする。

 メモ用紙を取ると、少しだけ躊躇うが、

『綾女としてアンナの家に行く。絶対帰る』

 それだけ残して、ベッドから降り、三人に見つからないようにタクシーに乗った。肩の三角巾を外す。多少痛むが、激しい運動をするわけじゃないし、大丈夫だろう。怪我に気付かれるリスクと比べたら、天秤にかけるまでもなかった。

 しばらくするとPMが鳴り響いたので、着信拒否をする。内心で三人に謝った。

 自分は徹底的にアンナに潰される。殆ど確定に近い予想だった。

 だからこれは華城綾女としての我儘だった。三人には付きあわせられない。

 《SOX》として、《雪原の青》として会ったら、次は全てが終わる。でもその前に、もう一度親友として話したい。声を聞いてほしい、声を届けたい。

 出来るなら、やっぱり助けたい。今のアンナはどうしようもなく、この正しく健全で狭量な世界よりもさらに狭い世界に閉じていっている。

 きっとまた、絶望するかもしれない。狸吉の声でも届かなかったのに、自分の声で届くとは思えない。

 それでも優しくて何を言っても怒らなくて受け止めてくれる、この世界とは真逆の笑顔をくれて、自暴自棄に陥っていた自分を繋げてくれたアンナを、このまま諦めることは出来なかった。

 30分ほどでマンションに到着する。エレベーターで一気に上がる。玄関前には月見草が待機していた。

「月見草さん」

 生徒会モードだが、心配だけは本物で。

「奥間君が誘拐されたって、奥間君から連絡があったの。PMの回線が乱れてそれ以上は聞けなかったけど。お願い、アンナに会わせて」

 問答があるかと思っていたが、「かしこまりました」とすぐに扉を開けてくれた。

「アンナ、入るわよ。話が、」

 返事も聞かずにリビングに入ると、思考と身体がフリーズ、目の前の状況が把握できず真っ白になって




「あ、ここ、ここを触れられると、すごく愛しい思いが湧いてきますのよ……ふふ、ああ、奥間君の愛を思い出すと、わたくしも身体が熱く……!」

「ひゃ、いひゃあ、あん、あの、会、長、わたし、身体の反応に、異常が、異常が出てきましてひひゃあ!」

「あら、でもわたくしには異常ではなく、あなたなりの愛を感じているように見えますわ。愛を知りたいのでしょう? そう言ってきたのは不破さんですのよ? ふふふふひ、身体がゾクゾクしてきません……? でも、もっともっと愛は深いのですわ……!」

「あ、の、いえ、あ、そのあたりは、なんかだめです、その、ひゃん!」

「ふーふー! アンナ、そうやって奥間に責め、いや触れられたいのか!!」




「…………」

 辛うじて下の下着は穿いているが、アンナと不破氷菓は裸だった。アンナの膝の上に乗るような形で、不破氷菓が後ろから身体を責められている。アンナは発情しながらもじっくりといたぶっているようで、不破氷菓は無表情な隈の浮かんだ顔を赤く染めて耐えきれないように身を捩っている。それを早乙女先輩が興奮して今にも描きたそうに口元を抑えていて、

 人質に取られていたのかと思っていた二人は、もしかしたらすっごく馬鹿な理由でここにいる気がしてきた。多分間違っていない。

「……不破さん。早乙女先輩」

「「あ」」

「あ、あら? どうしましたの、綾女さん」

「……何やってるの?」

 二人は目を逸らしたが、アンナが代わりに何も悪気のない顔で、


「お二人がわたくしと奥間君の愛の儀式について知りたいと仰いまして。口頭では説明が難しいと言ったら、不破さんが「ではわたしの身体を使って実践してみせてください」と仰るので、わたくしが奥間君にこんなふうに愛されたらと思いながら、不破さんに直接教えて差し上げてるんですの。不破さんがそれでいいと仰るので。早乙女先輩は、とにかくそれを見たいと仰るので、わたくしで良ければ、と」

「「…………」」

 二人ともさらに顔ごと目を逸らした。

「……アンナ、二人にお話聞かせてもらっていい? アンナ抜きで」

「ん、ええ。わたくしもそろそろ月見草さんと打ち合わせしなければ。でも綾女さんは何故ここに?」

「アンナの打ち合わせが終わる頃には全部終わらせるから。その後でもいい話だから」

「? 分かりましたわ」

 アンナがリビングから別室に移る。

「……まず服を着なさい」

「めが、副会長、これにはわけが」

「不破氷菓、早乙女先輩、アンナの様子がおかしいから見に来たのだけど、二人が危ないのかと思ったのだけど、その私の心配はどこに行けばいい?」

「堪忍して下さい、勘忍して下さい」

「の、のう? まずは落ち着いて、な?」

「…………」

「堪忍して下さい、半分は拉致されたようなものだったのです。逃げるということを積極的にしなかっただけです。アンナ会長がわたしの家にまで来て非常に危険なことになったのは事実なんです」

 そして不破氷菓の説明(言い訳)が始まった。


   *


 不破氷菓は画家としての目線から不健全イラストを語る早乙女乙女の話に夢中になっていた。

 自分と違う目線から見る世界は好奇心を大きく刺激される。無表情ではあったが熱心に解説を聞いていた。

「なるほど、そのような意図が見受けられるとは。この構図にはこういった意味があったのですね」

「お主もなかなかの理解度じゃの。さすがに頭がいいだけはある。というわけで、これからのことは大体はお主に任せていいかの?」

「ええ。正直、わたしが最も苦手なタイプの人間ですが、攻略法がないわけではありません。……しかし本当に」

 ぴんぽん、と、こんな時間にインターホンが鳴った。心拍が跳ねあがり、冷や汗がどっと流れる感覚。

「……どちら様です?」

『アンナ・錦ノ宮ですわ。申し訳ありませんが、貴女のお話を聞きたいんですの』

 心臓を鷲掴まれたように、さらに心拍数が上がる。目の前で見た、《雪原の青》をいとも容易く傷つけた時の殺気と恍惚が氷菓の足を止める。

 だが自分のアパートに勝手口はない。逃げ場はない。拒否すれば確実にドアを破壊してでもこちらにやってくる。

 だから氷菓はドアを開けた。一応チェーンをかけている。アンナ会長は普段の聖女の笑みを浮かべながら、一見穏やかに佇んでいる。

「どうしましたか? この夜遅くに」

「不破さん? 《雪原の青》の捕縛の際に邪魔をしたのも、貴女ですわね?」

「……どうしてそうなるのですか?」

「奥間君か《センチメンタル・ボマー》がいましたわね? 先ほどまで」

 言い訳などを許さない、断言だった。


「匂いが残っていますわ。ずいぶん大勢が集まっていたようですわね。他の方は残念ながら嗅ぎ分けられませんが、あの二人に関しては、わたくしが間違えるなどということは万が一にもあり得ませんわ」

 時間稼ぎをしている間に早乙女が不健全雑誌のコピーやイラストを急いでしまっている。無意識に息を整える。

 アンナ会長は普段の聖女の笑みを崩していない。だけど均衡は一瞬で簡単に崩れるのは自明だった。

「不破さん。あなたは《SOX》の協力者ですわね?」

「会長、それは誤解です」

 言い訳でも何でもなく、氷菓の中では自分はそういうスタンスだった。

「わたしは協力者ではありません」

「では何故、捕縛を邪魔しましたの?」

 ドアのチェーンがぎしぎしと限界を迎えそうになっている。聖女の笑みの瞳の中に、か弱い獲物をじわじわと追いつめる嗜虐が混じってくる。

 魔法の特製ドリンクがあっても、今の会長には通用するとは思えなかった。氷菓はとうとう覚悟を決めた。

 ドアを狭め、チェーンを開ける。今は従順になるべきだと判断した。

「よう、愛しのアンナや。なんだか久しいのぉ」

「あた、早乙女先輩。意外な方がいますのね」

 会長は穏やかさはそのままに、

「!!」「ぐえ!?」

 瞬時にマウントを決め、自分と早乙女乙女の首が掴まれた。

「もう少し早く来ていれば奥間君か《センチメンタル・ボマー》と会えたのでしょうか? すれ違いは哀しいですわね」

 ぎりぎりと更に喉に会長の細い指がめり込む。早乙女は殆ど声が出ていない。

「まあでも、やるべきことは変わりませんの。貴女が《SOX》の協力者であり、校内でも《SOX》とは別系統で、しかし《SOX》を手助けするような生徒の扇動を何度も行っていることはわたくしも把握していますわ」

 吐息がかかるほど近くで、耳元で囁かれる。

「貴女を削れば、《SOX》の力を削ぐことに繋がりますわ。……協力者を削っていくこともまた、《SOX》を殲滅する上で迂遠ながらも有効な手段ですから」

 ふっ、と力が抜かれた。咳き込む自分と早乙女に、それでも会長は先程の笑みから表情を一切変えず、

「移動してもらいますわよ。できれば拒否はしないでいただきたいですわ。……正直、加減をする余裕は、それほどありませんの」

 咳き込みながらも氷菓の目はあくまでも分析を止めなかった。

 巨大な肉食獣を目の前にするとこれだけの圧迫感があるのかもしれない。だけど自分は、知りたい。その衝動もまた事実としてある。

 恐怖と好奇心を天秤にかけていく。現状の分析から考えても、どうあがいても逃げられない。ならば恐怖に負けるより好奇心を優先するべきだと論理が答えを出した。

「いいでしょう。わたしも会長から是非聞きたいことがあるのです。会長からしか聞けない話を」

 咳き込むのが収まったのを見計らって、立ち上がる。

 ペスの為に暖房はそのままに、餌と水を補充していく。会長はPMを操作していたが、繋がらないようでふうと溜息を吐く。


「不破さんが早乙女先輩と一緒にいるとは思いませんでしたわ。正直、意外ですわね」

 用意をしている間に、会長が早乙女と会話するのが聞こえてきた。

「早乙女先輩も《SOX》の支持者ですの?」

「い、いやあまあ、卑猥なイラストも、画家としては興味深くてな。そ、その、支持者というほどでもないが、人間のことを知らぬのに人間は描けんのじゃよ。だからの」

 あくまで早乙女は自分の欲望に忠実に、

「今のお主の方が、いい絵を描かせてくれると思っての? 不破から聞いてここに来ればアンナと会えるかもしれんと待っておったのじゃよ」

「本当に来るとは思っていませんでしたが、わたしもそうです。好奇心を満たしてくれる方についていきます、それだけです」

 僅かに小首をかしげる会長に、好奇心をぶつける。

「わたしも早乙女先輩も、あなたを変えたほどの愛を知りたいだけなのです。その点で意気投合しました」

 本当ならば合意の上でのものが良かったが、……起きてしまったならば仕方がないのだ。無駄にするつもりはない。

「わたしは妊娠の謎を解き明かしたい。愛し合えば赤ん坊が宿るという。その愛の意味をわたしは知りたく、早乙女先輩は絵にしたい」

 さすがに予想していなかった話の流れなのか、会長はきょとんとしていた。

 卑猥な知識を与えなければ許容範囲だろうと勝手に決めつける。

「会長の変化は奥間さんと深く愛し合った為ではないか、わたしたちはそう推測しました。もしそうなら是非、その話を聞きたいのです」

 推測というより魂を抜かれたような奥間の瞳と早乙女の『アンナが奥間と合体したようじゃ』という情報提供からなのだが、それは言わない。

「あ、愛の儀式の話ですの?」

 会長の言葉ではそうなっているらしい。知識の差から生まれる語弊が生まれているといけないのでPMに感知されない範囲で、

「女性が男性を受け入れることを会長はそう呼ぶのでしょうか? ならばそれに従いましょう。初めて受け入れる際には相当な痛みを伴うと聞いています。それは愛を深めるために、ひいては妊娠に繋がるのですが、何しろわたしの周りにはそこまで深く愛を知っている人がおらず、実体験した人間がいないのです」

 きちんと説明する。本心だった。本当は自分で経験したいのだが相手が自分より卑猥な知識がない場合は不完全なものになって実験は失敗に終わる可能性が高い。卑猥な知識に造詣の深い奥間を何度も誘っているのだが、何が良くないのか。


「ですから会長の言葉で言う愛の儀式について詳しく聞きたいのです。わたしの知識では胸部や鼠蹊部付近への刺激が愛を感じさせ、男性を受け入れる準備を」

「ああ……んっ!!」

 何故か会長が身悶えしている。先程とは違った意味での獣の目に変化して、くちゅくちゅと湿った水音を発生させ、吐息も荒く、頬も上気している。

「あ、失礼しましたわ……そんな直接的に聞かれるとは思わず……その、思い出すと、思い出すだけで、わたくし……!」

 一瞬言葉が止まったかと思と、がくがくと身体を震わせる。いきなりの反応に少なからず驚いていると、お腹を抱えるように座り込んだ。痙攣は鼠蹊部付近が最も大きいと氷菓の観察眼は正確にとらえた。

「言葉による記憶の刺激だけでも愛を感じるものなのでしょうか? ……やはり、興味深い事象です。今鼠蹊部から流れているその体液は男性を受け入れる為の潤滑油のような役目を果たしているのですね?」

「あ、愛の蜜のことですの?」

「会長はそう呼んでいるのですね。その愛の蜜というものがどういう条件で発生するのか、具体的に詳しく、……奥間君の声ですか? 匂いも先ほどわかると言っていましたが、匂いを嗅いでも愛の蜜は分泌されるのですか? それとも身体への物理的な刺激ですか? その箇所は具体的にはどこですか?」

「あ、ええ、……! あ、はん、奥間君の匂いは、すごくわたくしを満たしてくれますの……! 奥間君の声も、奥間君が触ってくれるなら、わたくしは何処でも愛を感じますの……!!」

「でもより深く感じる場所というのはあるのでは?」

「あ、ああん……! 思い出すと、もう、もう……!!」

 びくんびくんと会長の痙攣が止まらない。目はうっとりとここではない何かを見ている。身体を掻き抱く。暖房よりも熱い熱気がこちらまで伝わってきた。体温の上昇や心拍の上昇も出来れば図りたいが、器具がないのが残念だった。湿った水音がものすごく大きくなってフローリングを濡らしていく。好奇心が満たされるなら些細なことだ。

「お、お主、言葉で責めるのが好きなのかの? ……科学者と生徒会長か。女同士……!」

 早乙女がわくわくしたような眼で見ている。だがすぐ会長に顔を向けると、

「のうアンナ。わしらは結局、人間を知りたいだけなんじゃ。《SOX》の知識はある意味影の面を教えてくれたのじゃよ。それも人間の本質じゃが、おぬしならより深い、愛というものを教えてくれるんじゃないかと期待しておっての?」

 にやにやと欲望のままに画家はアンナを説得しようとしている。自分も後押しすることにした。

「会長が、特に愛の儀式について教えてくださるのであれば、僭越ながらわたしも奥間さんの奪還に協力しましょう」

 まさか《SOX》が誘拐に手を出しているとは思わなかったのですとしれっとうそぶいた。

「あ、あ、あ、そうでしたのね……っん! あ、よろしければ、わたくしの家で……」

「ぜひお願いします。できれば愛の儀式を行った場所も見学したいのですが」

「あ、それは……ん、まあ、あなた方の働き次第になりますわね……」

 びくんびくんと痙攣したことで少し衝動が収まったのか、有無を言わせない響きが戻ってきた。

 変わったというのは間違っていない。昨日までの会長なら、悪とみなした人物と交渉するような、そんな器用な真似はしなかっただろう。

ごめんね不破さんとアンナ先輩が大好きなんです色々すみません夜も投下できたらします


 会長のマンション自体には来たことはあったが、部屋に上がるのは初めてだった。全体的に白を基調とした、落ち着いた印象を受ける部屋。小物や調度品も品よく統一されている。

 特に拘束はされなかった。手錠ぐらいは覚悟していたのだが、考えれば会長の身体能力なら二人が別方向に逃げ出したとしても一瞬で片づけるだろう。自分も早乙女も身体能力は平均より低いのだ。従うしかない。

 リビングは冷えていた。すぐに暖房が淹れられ、照明がつく。

 会長の顔に影が差したが、それは一瞬で消え、学校で浮かべる聖女の笑みへと戻る。

「月見草さん、紅茶を淹れてくださる? 三人分お願いしますわ」

 風紀委員で会長の側近である月見草朧が「かしこまりました」と自分とはまた違った無感情な声でキッチンへと入っていく。

 会長はまたPMを操作するが、相手は出ないようだ。

「奥間のことが気になるのかの」

「ええ、まあ」

 笑みは崩れない。ただ内心がわからない笑みを浮かべているということは、逆に言うと内心は嵐のような激情があるからこそだろう。それを隠すための笑みを張り付けている。

「不破さんに関しては、色々《SOX》の活動を幇助しましたので、無罪放免とはいきませんわね」

 先ほどの首の痛みが蘇る。あのまま首の骨を折られてもおかしくない勢いだった。

「まあ、これは今からわたくしが《SOX》を殲滅するのを手伝っていただくことで相殺しようと思いますわ」

「……いいんですか?」

 思わず訝しげになってしまう。ずいぶん甘い罰に思える。

「あら、……今ここで、《SOX》への見せしめとしての罰を与えてもいいですのよ? 《SOX》という絶対悪を潰すための第一歩としては、不破さんは十分に」

「わかりました」

 膨れ上がった殺気に負けた。さらに言葉を続けようとしていた会長だったが、タイミングを読まない月見草が紅茶をテーブルの前に置く。もしかしたらわざとと思うぐらいにタイミングを読んでいなかったが、氷菓の中での風紀委員はそんな判断力を持っていないから、おそらく気のせいだろう。

 会長は一旦目を閉じ、開いた時には殺気は隠れた。ただ普段学校で見せる笑みとも変わって、うっとりと陶酔するような微笑を浮かべ、

「わたくしからの話は終わりで、他のことをしようかと思っていたのですが」

 拷問でもするつもりだったのだろうか。そうでもおかしくない空気だったが、

「――愛のことを聞きたいと言っていましたわね」

 自分と早乙女にとっての本題だった。二人して身を乗り出す。


「そう、わしが聞きたいのはそれじゃ! アンナよ、どんな感じで、こう」

「その前にまずわたくしから伺いたいのですが、お二人は愛しい方はいらっしゃいませんの?」

 単純に純粋な疑問のようだった。その疑問には氷菓も真面目に考えるが、

「う、それを言われると、辛いの」

「わたしは愛という曖昧な感情についてはよくわからないので」

 どうしても理屈が先行する性格の氷菓に、早乙女はまた芸術家として感覚が違うのだろう。違う道の二人だが、どちらも経験がないということは対象を観察するには愛という感覚は邪魔なのかもしれない。

 単純に不破さんも早乙女先輩も変人の変態だからだよ!アンナ先輩は別の意味でぶっ飛んでるけどね!という声は、残念ながら氷菓には聞こえなかった。

「愛する人が出来れば愛というのはわかるのでは?」

「ラブホスピタルの件で分かりませんか? 愛がわからない若者が増えていて、子供が出来ずに悩む夫婦は確実に増えているのです」

 今までとは全く違った昏い光が会長の目に宿る。……今会長の家はそのことで揉めているのだと予測するべきことだった。

 だが会長は笑って流す。

「貴女もわからない、と?」

「会長程に愛をわかっている方はいませんよ」

「わしはアンナが奥間と愛し合うことが最も素晴らしい最高の絵のモデルじゃと信じておるのじゃ!」

 氷菓の心無い言葉はともかく、早乙女の言葉は本心からの本物で、それが伝わったのか若干張りつめた空気が緩むと、

「そう言っていただけるのはありがたいですが」

 もじもじと、しかし頬を上気させ、くちゅくちゅとまた粘り気のある水音が鼠蹊部付近から聞こえてきて、

「人に見せるわけにはいきませんわね……恥ずかしいんですの……」

 氷菓には単純にその羞恥心がわからなかった。不健全雑誌やイラストでも恥ずかしがる女性の姿というのは定番なのだが、自分自身ではいまいちその感情が良くわからない。

 (※作者注;この世界の日本では『育成法』制定以降の子供は性知識がなくなると同時に裸を見せることに羞恥を抱かないのが通常である。肌を見せないのは卑猥なためであって羞恥心の為ではない。そういうことになっている)

「ん、少しお待ちに待ってくださいまし……」

 PMをまた操作する。先程から神経質な回数で操作しているが、相手は繋がらずにいて

「――奥間君」

 奥間が電話に出たようだった。僅かに声が漏れている。会長の目の色が明らかに危険を増す。氷菓と早乙女からすればタイミングが悪すぎる。

「大丈夫ですの? ……怪我はなさってません? 今どちらに?」

『僕は大丈夫です。今は……わかりません。その、PMも上手くつながらなくて』

 怯えた声は会長にこそ向けられているのに、会長はそれに気付かず、《SOX》に憎悪を向けている。

 好奇心の追及には倫理も捨て去るつもりでいる氷菓だが、流石に痛ましかった。奥間も、会長も。

 太ももをすり合わせて「ん、あ、」と小さく喘ぎながらも、眼には鬼気迫る光が宿る。

「……《雪原の青》に手傷を負わせましたの。それでバタバタしているのかもしれませんわね」

『その、どうするつもりですか?』

 奥間が聞いてくる。今自分がここにいて、とにかく何か会長が企んでいることだけは、伝えた方がいいと判断した。

「まあ、わたくしもただ待っているわけじゃありませんの。時間潰しほどの意味しかありませんけど」

「――時間潰しで拉致されても困るのですが」

 向こう側にも聞こえるようにわざと、敢えて声を出した。

 早乙女が慌てる気配があるが、会長は特に気にしていない。多分、今の会長は、奥間と《SOX》のこと以外は空き缶よりもどうでもいい。

 向こうから疑問の声が上がる。この期に及んでも奥間は自分よりも周りのことを気にしている。

 氷菓なりに、言葉を選んだ。


「……奥間さん」

 好奇心の為なら倫理なんて捨てられる、命も捨てられると思っていたが、自分は科学者としては甘いのかもしれない。

 少なくとも自分は、会長のように他人を犠牲にするようなやり方はしたくないと思った。

「半分は拉致ですが、わたしの意思が全く介在していないという訳ではありません。現に今は拘束されているわけでもなく、わたしは会長の隣にいます。帰りたいと言ったら帰らせてくれるそうです。……そうですね? 会長」

「ええ。今すぐ絶対に話を聞かないといけない、という訳ではありませんから」

 どこにいようと、逃げられるわけがないのを確信しての言葉だった。その意図には気付かなかったことにした。

「それでも会長の自宅にいます。あくまでわたし自身の為に、わたしはここにいます。……申し訳ありません」

 全てが終わってから知ったとはいえ、奥間の心の傷が深いのは氷菓の家で話した時から分かっていた。

 だけどそれでも、終わってしまったことなら、自分は好奇心を選ぶのだ。

 それを仕方ないと割り切ることは出来ず、半端な謝罪になってしまった。だけど、これで覚悟も決まってくる。

 何が何でも、破瓜について知ってやろうと。

 結局欲望を優先させる点で、自分も会長も、変わりはない。だけど身の裡から溢れる欲望を優先させてもいいと後押ししてくれたのは、《SOX》だった。

 そこに、他者の犠牲を認めるか否か。

 きっとそれが境界線なのだ。犠牲すら認識していない会長と、その犠牲の結果を利用する氷菓。どちらが罪深いのか、無意識に思考を避けた。

「おおい、この果物は食べていいんかの?」

 わざとらしく早乙女は呑気な声で話題をさえぎり、氷菓の思考を遮断する。

「わかりました、皮を剥きますわね。不破さんもご一緒にいかが?」

「はあ……それでは」

 会長も呑気な声に興が削がれたのか、普段の声に戻る。

 だが、

「――ふふ、ふふふひっ」

 恍惚の声がいきなり漏れて、身体が強制的に固まる。無意識にか舌なめずりをし、衝動を抑えるように身体を抱いて震えを抑えている。

「……そうですわね、あまりわたくしを焦らさない方がいいと、《SOX》のメンバーと話す機会がありましたら、伝えてくださいまし。それまでは、お二人とじっくり話をして、気を紛らわせますわ。――お気をつけて、奥間君」

 PMを切ると、《雪原の青》に向けていたような、あの恍惚の微笑を氷菓に向けていた。

「……いいことを思いつきましたわ」

 確実に悪いことだった。

「不破さん、《SOX》を殲滅させてからも、しばらくご協力いただきたいんですの」

「……何をですか?」

「まあ、それは今日明日行うものではありませんわ。そのうちに、考えがまとまれば改めてお願いいたしますので」

「…………」

「きっとそれが終わった頃には、貴女は素晴らしい人物になりますわ」

「…………」

 何を考えているのか、本当にわからない。優秀な頭脳もあって、頭でっかちでもなく論理もわかるのに、こんなに話が通じない。


「ふふふ、そう怯えずに」

 学校で見せる笑みに戻ると、上品な仕草でゆっくりと紅茶を音無く啜る。どこまでも余裕を感じさせる仕草。本来なら余裕なんてあるはずもないのに、それを一切感じさせない。

「アンナよ、まあ、今のお主のことは大体分かったんじゃ」

 早乙女が小さなスケッチブックを取り出す。一枚を千切って渡した。

「まあ」

「ほお」

「ラフ絵の段階じゃが、それはアンナにやろうと思う」

 こうなる前の奥間と会長だった。楽しそうに笑う奥間と優しく淑やかな微笑を浮かべるアンナ会長は、一枚の絵画として、造形に詳しくない氷菓でも心が震えるほどだ。

「それは残念ながら、多分もう描けんからの。わしはおぬしの別のサガを描くことにするわい」

「……? どういう意味ですの?」

「おぬしは変わったんじゃよ。それは変わる前のスケッチじゃから、想像と記憶で補ったとしても、完成はもう無理なんじゃよ」

「……、綾女さんも、わたくしを変わったと言いましたわ」

 不思議そうだった。本人には自覚がないのかもしれない。

「ま、それについて、わしらはやっぱり知りたいんじゃよ」

「ああ、愛の儀式についてですわね。お話すれば協力していただけるとのことでしたわね」

 人差し指を顎に当て、首を僅かに傾けると、

「ですが、言葉での説明は難しいですわね……とにかく、幸せを感じて……ああ、この熱を何と呼べばいいのか……!」

「どうも、言語化しづらい感覚のようですね」

 さらには会長は性知識がないから独自の解釈も加わって、翻訳の必要もある。

「実践が一番わかりやすいのではないか?」

「確かにそうですね。会長、わたしに愛し合う行為を実践してくれませんか?」

「え?」

 会長が驚いている。うーん、と純粋に、

「貴女はわたくしのことを愛しているんですの?」

「何故そうなるのですか?」

 やっぱりこの会長とは話が決定的に合わない。だが会長なりの理屈があった。


「愛を感じたい、ということなのでしょう? それには愛し合いたい人がいる前提でないんですの? その方とでなければ愛は感じられないのでは?」

「ふむ」

 愛と性欲の区別のついていない会長は、身体的な刺激だけでも会長のいう愛、快感を感じることをわかっていない。

「それは証明されていますか? 物理的な刺激だけでも感じられるなら、それは愛ではなく別の衝動ということになります」

「……わたくしの愛を侮辱しますの?」

 一気に不吉なオーラが纏わりついてきたが、氷菓としてもここは譲れない。

「わたしは科学者です。どれほど突飛に見えても不道徳に見えても、仮説は立てて、実験し、実証するという過程が必要なのです。でなければ科学は発展しません」

 一息に言い切ると、しばらく会長は睨んでいたが、そのうちオーラが少し和らいだ。

「……まあ、科学者というのはそういうものらしいですわね。心理学なども論理的に分析していきますし、不破さんのその思考は尊重いたしますわ」

 意外にも物分りはよかった。だが、

「物理的刺激というのは、不破さん自身では確認したことはありませんの?」

「ありますが、正直いまいちピンときませんでした」

「それはつまり、愛している方が不破さんには明確にいないから、何も感じなかったということではないんですの?」

「…………」

 そういう考え方もあるのか。

「愛……愛とはなんでしょうか」

 思わずつぶやく。会長は困った顔をしていた。

「言葉ではやはり難しいですし、愛がないなら実践という訳にも」

「……ちなみに、会長の中で愛し合うことの再現は、不貞には当たらないのですか?」

「? 再現はあくまで再現で、本物じゃないでしょう? 愛を感じたら不貞になるかもしれませんが、そもそもわたくしも貴女も女性じゃありませんの」

 同性愛を完全否定だったが、会長の価値観ならむしろ同性愛というのがあり得ないのだろう。

「そう、再現すると言っても、わたくしも貴女も女性同士ですわ。再現も何もないと思うのですけど」

「…………」

 どう言えばいいのか、迷っていた時。


「不破よ、おぬしは本当に自分の身体を使うつもりなのかの?」

「ええ」

 会長は同性の肌に触れることに躊躇しないだろう。それはスキンシップの範囲内と見なされるし、実験という形ならばなおさらそうだ。

 ただ性知識がある氷菓には、意味の異なった、文字通り性的な事象となる。女性同士では挿入がなく妊娠は望めないようだが、その前段階の感覚は得られるかもしれない。

「ふむ。アンナよ、わしはおぬしが奥間と愛し合うとこを見たいんじゃが、やっぱり見られるのは恥ずかしいじゃろ?」

「そうですわね……さすがにそれは」

「じゃからの、不破の身体をおぬしに見立てての、おぬしが奥間にどう愛してほしいかを、奥間のことを思い出しながら、不破の身体で試したらどうかと思うんじゃが」

「奥間君にどう、愛してほしいか……」

 じゅる、と会長の口から涎が垂れた。琴線に触れたらしい。

「しかし、わたくしが不破さんを愛しているわけではありませんから、不破さんは愛がわからないのでは?」

「アンナよ、おぬしは映画を見て楽しいとか嬉しいとか、登場人物に感情移入したことはないのかの? アンナが愛を思い出しながら不破にどう愛してほしいか直接試せば、アンナの愛に反応して不破も擬似的に愛を感じることが出来るじゃろう。ワシはそれを見ることが出来れば十分じゃ」

「なるほど。会長、いかがでしょう」

 ご飯を誘うようなノリで実験を求める氷菓とそれを見たがる早乙女に、会長もそれでいいならと納得した。

 やっと氷菓の待望する実験が始まるのだ。未知への感覚の発見があるかもしれないと思うと、わくわくした。

 だが、氷菓はわかっていなかった。

 奥間狸吉が逃げ続けていた理由を、性知識がないためだと。それだけだと。

 性獣とも呼ばれるほどの性欲の強さを、それでいて一瞬で身に付けてしまうテクニックの恐ろしさを、獲物が弱って焦れるまで待てるようになった余裕の怖さを、氷菓はどうしようもなく甘く見ていた。

このまま>>123の華城先輩ぶちギレシーンに戻ってもいいのですが、
アンナ先輩に攻められる不破さんというやつを、わたしの拙い筆力でも読みたいと言ってくださるならば明日以降までお待ちくださいまし。

若干必要なのかこれとか作者的には思わないわけでもないけど、多分きっと、書きだしたら「自業自得だよバカ」って言いたくなるような気がして、わくわくしそうです。アンナ先輩と不破さんの関係ってなんかいいんですよね。自分だけかな。誰得だろ

とりあえず、性行為のある百合って書いたことないのですが、頑張って書いてみます。ちょっと時間かかるかもしれません。いつも続きが気になるとか書いてくださってるのを見るとうれしいです。ありがとうございます。

ちなみに自分はここ数年はラノベしか読んでません。そしたらこんな感じの小説書けるようになります。ではでは。

どうしよう、結構過激というか、今のアンナ先輩だとどうしても鬼畜な攻め方になってしまう……現在敵対してる同士だし愛情なんて全く生まれません、当然ながら
百合ってもっとキャッキャウフフなイメージだったんですけど、そんな感じでもいいでしょうか?
ちなみに  早乙女先輩はそんな状況でも出歯亀さんです

>>122で『下の下着は辛うじて穿いている』みたいなこと書いていますが、やっぱり脱いでもらいました。
二人とも全裸でお願いします。投下していきます。


「では服を脱いでください」

「服を?」

「あなたは奥間君と愛し合う時に衣類を着用するのですか? それならばそのようにお願いします」

 しばらく悩んでいたが、(悩むのかと氷菓は正直意外だった)ゆっくりと衣類を脱いでいった。

 美には造詣のない自分だが、会長は素晴らしく均整のとれたプロポーションをしている、と思う。

「うおおおおお、アンナの、アンナの身体が……!」

 早乙女が鼻血を出さんばかりに興奮しているが、氷菓もこれからようやく待望の実験が始まるのだと思うと、心拍が今までとは別の意味で上がっていく。

「わたしも脱いだ方がより再現に近くなるのでしょうか?」

「そう、ですわね」

 発情しているのか、息は荒く言葉は少なめだ。奥間との愛を思い出しているのだろう。眼はここじゃないところを見ていて鼠蹊部からは既に体液――愛の蜜とやらが太股を伝って幾筋も流れている。

 自分も脱いだ。互いに衣類を一切纏わない。羞恥心はないが、この状況を奇妙だなとはなんとなく思った。会長は自分の姿を眺めたかと思うと、くるっと後ろを向き、鏡台でヘアゴムを取ってきて、

「すみませんが、不破さんの髪が豊かなので。奥間君はああいう髪型ですので、せめて結んでくださる?」

 素直に従う。いつも流しっぱなしの為、髪を結ぶということに慣れておらず時間をかけていると、アンナ会長がヘアゴムを奪い、

「結んで差し上げますわ」

「――――」

「どうかしましたの?」

「……いえ、別に」

 ここに来たのはほぼ強制的に脅されてのことで、今はせっかくだから役得としての実験の協力者という感情しかない。この実験においてはその他の感情は一切排している、はずだ。

 ただ、結ぶと言った時の笑顔が、学校で困っている生徒を助ける時と同じもので、複雑な波が立ったのは否めなかった。

 手招きで膝の上に乗るように指示され、素直に従う。後ろで髪が弄られる感覚。

「勿体ないですわね。少し手入れをすれば、とても魅力的な髪になると思いますのに」

「はあ」

 最低限の身だしなみは整えるが、お洒落などには興味のない自分には、よくわからない感覚だった。

「……どういう髪型になっているのでしょうか?」

 慣れない引っ張られる感覚に戸惑う。髪があるのが当たり前だった部分に風が当たり、落ち着かない。

「簡単なシニヨンですわ。髪型が変わると雰囲気変わりますわね……ふうっ」

「!?」

 うなじに息をいきなり吹きかけられ、ぞわっと全身の肌が逆立つ。恐怖によるものではなく、身体の感覚を鋭敏なったためと辛うじて理性で分析する。

「身体が強張っていますわ。それではせっかく感じられる愛も、わからなくなってしまうのではないかと思うので」

「ひっ!?」

 悲鳴じみた声が自分の喉から勝手に漏れた。会長が自分のうなじに舌を這わせてきた。

 うなじから左の鎖骨のあたりまで這わせてたかと思うと、ぎゅうと唇を押し付ける。また離れるが舌はそのまま喉のあたりを這いまわり、そのまま頬まで上がってくる。

「――まずは身体をほぐして差し上げますわ」

 会長の囁きが、氷菓の全身の感覚を呼び覚ましていく。未経験の感覚。未知。好奇心と共に何かが疼く。会長の言っていた「身体が熱くなる」という感覚の、初めの一歩だとは、まだ気付かなかった。


「っふ、ひゅ」

 勝手に息が喉から漏れる。会長の手が氷菓の胸に伸びる。ゆっくりと丁寧にもみほぐしていく。

「は、か、会長、これは」

「身体を楽にしてくださいまし……そう、力を抜いて、息をゆっくりと吐いて」

 素直に従う。意識して息をゆっくりと吐いていく。ちょうどいい力加減でもみほぐされていると極上のマッサージを受けているかのようで、身体はリラックスしていく。だけど相反して、胸部には、特にその先端は疼きが発生し、蓄積される。異常を感じて下を向き観察すると、乳輪が細張り、乳頭が通常時より尖っていた。

 そしてその先端の疼きが蓄積されるとともに、空気の流れも感じ取れるほど、先端の感覚が鋭敏になっていく。

「ん、ん……」

 下腹部からの疼きとともに、鼠蹊部から潤滑油としての体液が分泌される。会長の言うところの愛の蜜だった。会長程極端な量ではないが、自身で分かるほどには体内から溢れている。無意識に鼠蹊部に、秘部に力を入れ、尿意を我慢する感覚で力を込める。だが、

「ひょわっ!」

 太股に掌を差し込まれた。少しずつ広げようとするように、柔らかくほぐしていく。

「会長、ちょ、ちょっと、待って下さ」

「可愛い声ですのね」

 制止の声を面白がるように、掌は一気に太股の根元に差し込んだ。秘部そのものには触れずに、太股の付け根を指で押していく。その圧力で体液が押し出される。ぬるりとした、汗とも尿と違う液体。

「あら、わたくしの奥間君への愛が、思ったより早く伝わったのでしょうか。ちゃんと、愛の蜜が生まれましたわね」

 チロチロと、相変わらず舌は頬を這っていた。胸部の疼きも下腹部の疼きも強まっていく。

「んんあ……っ!」

 声を上げたのは会長の方だった。身体全体が浮き、ねっとりと律動する。氷菓の臀部、尾てい骨の部分に何かを、粘膜のような何かを擦りつけるような動作。

 一気に背後の熱気が高まった。先程方便で言った擬似的に愛を感じる、というのが決して嘘ではなく、会長の欲情に自分も呼応し、興奮が高まっていく。

 背中に会長の胸部が押し付けられる。

「あ、あ、奥間君……!」

 自分と同じように先端が尖っている胸部を背中で擦り、快感を味わっていた。

「か、会長……」

 自分にも同じ刺激を、と言おうとして、だけど言葉が出てこない。喉まで出かかって、そこで止まる。

 恥ずかしい、と久しぶりに感じた。何故か言葉にして乞うことが出来ず、出来ないことを自覚すればするほど胸部の疼き、下腹部の疼きが加速度的に大きくなっていく。

「ふふふふ」

 発情とはまた少し違う、こちらを誘うような焦らすような妖艶な微笑が耳朶を打つ。うなじにまた舌が這われて、

「どうしましたの? ……何か、仰りたいことが?」

「ひひゃあ!?」

 吐息が首に吹きかけられ、唾液で濡れていた部分が過敏に反応する。

 胸部への刺激も太股の付け根付近の刺激も、先端や秘部自体には触らない。会長は氷菓の身体を使って快感を得ているのに、快感と興奮を順調に得て昂ぶっているのに、その昂ぶりがこちらにも伝わって疼きをさらに大きくさせるのに。


「ふふ、奥間君がわたしと愛し合うことを避けていた時は、この程度の焦れと疼きじゃなかったですわよ?」

 やはり確信的に、ずらしている。「あ、ああ、あ」身を捩り自分で刺激を与えようとするが、その気配に気づいた会長が氷菓の両手首を握り、動きを止める。いくら力を入れてもびくともしない。いきなりの拘束に先ほど自分の部屋で向けられた殺気を思い出し、身体が硬直する。後頭部で両手首を交差させられ、片手で固定すると、会長のもう片方の手が今度は下腹部の方に伸びてきて、

「――どうしましょう? いくら実践で教えると言っても、やはり初めては愛しい方でないと」

「わ……わたしは、かまいません。お願い、します」

 意外にも会長がこちらの身を案じてくれたが、自分の中では些細なことだ、と思う。犬との異種間交配実験も試すつもりだったのだから。処女信仰は氷菓にはない。同性でも構いはしない。

 だが会長の方は頑なだった。性知識がないのに処女信仰はあるのかと思ったら、

「奥間君が〝女性の初めては特別〟だと仰ったんですのよ。聞き分けなさい」

 有無を言わさない強い口調だった。……奥間の言葉を会長なりに一応守っているのかと思うと、憐憫なのかよくわからない感情が奥間と、そして会長に湧いてくる。

「あ、あ、あ、あ、!!」

 だが考える余裕も飛ぶほど、胸部への刺激が先ほどより強く、リズミカルに再び始まった。後ろから右腕が左の胸を揉みつつ、会長の頭が脇からこちらに舌を這わしながら氷菓の身体を左に少し倒して、右の胸部を舐めていく。

 ちろ、

「!!」

 身体に電流が走った。そうとしか表現できない刺激が、先端から走った。望んでいた刺激に生理的反応として涙が僅かに浮かぶ。

 ちろ、ちろ、と先端を舌で突っつかれる。そのたびに電流が走り身体を捩らせたくなるが、後頭部で固定された腕が自由にならない。甘い疼きだけが強くなっていく。呼吸が早まり心拍が上昇し、鼠蹊部から流れる体液も増えていく。無意識に腰を動かすと、

「んんん……!」

 尾てい骨に押し付けられていた粘膜の感触が強くなり、会長から伝わる粘り気のある水音が大きくなる。同時に突っついていた舌先が先端を潰すほど強く突き、揉んでいる掌は力が強くなった。痛みすら感じる強い刺激だが、むしろ自分の身体はそれぐらいの強い刺激を欲していたのか、びりびりとした快感は強くなるばかりだった。

 揉んでいた掌が、また下腹部に伸びた。

「……儀式は愛しい方とお願いしますわね。わたくしはあくまで、奥間君と感じる愛を、貴女に教えるだけですの。わたくしが今、思い出している愛は、貴女にも伝わっているのでしょうか?」

「う、ああ、じゅ、十分すぎるほど、で、ですが、体液、愛の蜜が、流れるところに入れなければ、わからなくて、その、指だけでも」

「……そうですわね。やっぱり愛は解放させなければ。でも、やはり儀式を行う訳には参りませんので」

 両腕ごと抱きしめ、右の太股を上げて氷菓の太腿に組むように乗せる。一瞬の出来事でどういう動きをしたのかわからなかった。氷菓は会長の膝に乗っていたのが左の太腿にまたがる形になり、体液が潤滑油となってぬるぬると滑る。

「あひゃああ!?」

 鼠蹊部に、秘部に身体の重さが全てかかり、圧迫される。かと思うと身体を持ち上げられ、また重さをかけられ、身体が浮いたかと思えば圧迫を繰り返し、一気に快感が昂ぶる。同じ関節構造をしているとは思えないほど、会長の足が氷菓の足に絡みつき、愛撫していく。

「ひ、ひゃああああ!?」

 秘部がビクビクと収縮と痙攣を繰り返し、背中が仰け反った。腰が勝手に動く。呼気が更に荒くなり、一瞬目がちかちかする。心臓の音がうるさいほど。その中でも会長の囁きだけはやたらはっきりと、

「あら、愛を感じられたのですね? 擬似的とはいえ、わたくしと奥間君との愛の一端が理解できまして?」


「あ、ちょ、会長!?」

 さっきから声が大きくなっていることに氷菓は自身では気付く余裕もなかった。強すぎる快感が氷菓の冷静さをいともたやすく奪う。快感の波が引かないのに、会長は身体を持ち上げては落とすことを止めてくれない。

 それどころか、両手が秘部に伸びてくる。片手は秘部の上、穿いていたら下着の上のライン当たりのところを強く押し「ああ!?」圧迫が愛の蜜を噴出させる。

「ななな、なにが?」

 意識を総動員して分析する。会長は膀胱部分を圧迫していた。尿意を強制的に刺激され、何か、何か今までとは違っただけどより強い快感を感じて、

「いやああ!? そ、そこは!!?」

 もう片方がとうとう秘部に伸び、充分に充血した――陰核に、そこに触れられる。

「あ、ここ、ここを触れられると、すごく愛しい思いが湧いてきますのよ……ふふ、ああ、奥間君の愛を思い出すと、わたくしも身体が熱く……!」

 会長の腰の動きも、激しくなっている。会長自身もビクビクと震えているが、氷菓に対する刺激は止めようとはしてくれない。

「ひゃ、いひゃあ、あん、あの、会、長、わたし、身体の反応に、異常が、異常が出てきましてひひゃあ!」

 異常に身体が熱い。痺れるような快感が次々と湧いて言語が発声できない。理性ではなく身体がアラートを鳴らす。だけど会長はその反応を面白がって、

「あら、でもわたくしには異常ではなく、あなたなりの愛を感じているように見えますわ」

 声が聞こえるだけで背筋のゾクゾクとした快感がより強くなる。

 喉に舌を這われる。軽く噛まれる。先程巨大な肉食獣のように感じた存在が、今喉元に歯を立てている。そのことに気付いて性の快感とは全く違う別の本能が、背後の存在に服従を叫ぶ。

「愛を知りたいのでしょう? そう言ってきたのは不破さんですのよ? ふふふふひ、身体がゾクゾクしてきません……? でも、もっともっと愛は深いのですわ……!」

「あ、の、いえ、あ、そのあたりは、!」

 膀胱への圧迫と同時に陰核の刺激、足全体を使った刺激にさらには身体全体を持ち上げては落とされを繰り返して、喉元は甘く噛まれ、そのあたりがどのあたりを指しているのか自分でもわからない。氷菓の人生の中で、パニックを初めて経験した瞬間だった。

 そう言えば早乙女はどうしているのか、全然わからない。観察し解析し分析しなければと思うが理性はもうほとんど残っておらず、本能に従って背後の存在に全てを任せようとした瞬間、



「……不破さん。早乙女先輩」

「「あ」」

 三つ編み眼鏡副会長が、こちらを見ていた。同時に声が重なったが、誰の声と重なったのか一瞬わからなかったほど周りが見えておらず、どれだけ自分の理性が飛んでいたか思い知らされる。

 会長は割とすぐに気付いたのか、

「あ、あら? どうしましたの、綾女さん」

 いるはずのない副会長がいることに戸惑ってはいるが、割と平然としているように見えた。後ろめたさがないからというのもあるだろうが、むしろ余裕の表れの方だろう。

「……何やってるの?」

 逆に眼鏡のどす黒いオーラの方が増しているように聞こえてくる。 会長は悪気なく事情を説明していくと更にオーラが重くなる。

 話があるからと会長を追い出すと、まず服を着ろと命令された。先程の会長は動物としての本能に訴えかけてくる恐ろしさだったが、今は自身の後ろめたさと子供が大人に叱られるような恐怖心から、逆らうのが怖くて素直に従う。いつの間にか結ばれていた髪が解けていることにも気付かなかったあたり、自分は本当に理性が飛んでいたらしい。

「堪忍して下さい、勘忍して下さい」

 訳を話すことも許される雰囲気ではなく、とにかくまず謝った。副会長は会長の様子がおかしいことを知っていて、自分たちが会長の家にいることを知って危険な目に遭っているかもしれないと思って助けに来てくれたのに、それがこれでは我ながら怒るのは当然だろうとは思う。

 だがとりあえず経緯を説明すると、



 ゴン!ゴン!



 自分と早乙女の頭に副会長のゲンコツが落ちた。正直にいってその痛みは先ほどの会長の本能に訴えかける恐ろしさに比べたら、理性を取り戻してくれる優しいものだった。いやすごく痛かったのだが、まだ副会長の怒りのオーラも消えていないのだが、これはこれで結構対処に困るのだが、それでもありがたかった。

 あと会長の無知を利用しての好奇心を満たす行為は今後一切しないと決意した。得難い経験でそれ自体は非常に有用なデータだったが、犬との異種間交配を試そうとは思えても、こちらで制御できない獣相手に実験するのは危険すぎると、一つ学んだ。

不破さん自業自得回でした。ちなみに早乙女先輩はうひょーとか色々叫んでいたのですが、二人の耳には入っていません。

もしよければいろいろお起立したりぬれぬれになったりした方は、一言お願いします。自分は不破さん、言葉では攻めますが身体では受けだと思ってます


 どっと疲れが出てきた。だけど不破氷菓も勿論、早乙女先輩は《SOX》はおろか全国の下ネタテロリストが欲するほどの逸材だ。アンナがどういうつもりで二人を狙ったのか、きちんと訊きださなければならない。人質にされると厄介すぎる。

 ちなみに今、その二人は別室にいる。月見草が見張っているというか、一緒にいるだけというか、月見草も何となくレベルだがいつもと違っている気がする。今のアンナを見ると当然かもしれないが。

「それで、どうしましたの?」

「奥間君から連絡があったの」

「――どういった?」

「アンナを助けてやってくれって」

 実際はそんなこと言わず、そもそも綾女の独断でここに来た。でもきっと、アンナの家に行くと告げていたとしても、危ないからと反対しても、最後にはそう言って送り出してくれていたんじゃないか。

 自分の知っている奥間狸吉は、そういう人間だった。こちらの下ネタに律儀に突っ込みを入れて、自分が行き詰った時は別の視点から突破口を見つけてくれて、わがままで突っ走っても苦笑いで付いてきてくれる。だから後々の《SOX》を任せられる。

「奥間君が《SOX》に攫われたと聞いたわ。でも、あまり長い時間話せなくて。とにかく急いできたの」

 あらかじめ用意していた理由を告げると、アンナはある程度納得したようだった。綾女を疑っている様子はない。

「早乙女先輩と不破氷菓がここにいるのは何故? 何故善導課に通報しないの? あなたは」

 一体、何を考えているの?

 その言葉は言えなかった。アンナの表情が、完全にいつも通りで、動揺を隠しきったものだったから。

 それとも、狸吉が攫われることを前提とした作戦を立てていたアンナにとっては、動揺などないのだろうか。判断がつかなかった。

「まず後者の質問にお答えしますわね。……善導課に引き渡すなんて生温い事じゃ、わたくし達の愛を壊そうとする最悪の敵への罰としては、温すぎますの」

 ぞわっと膨れ上がる殺気に鳥肌が立つ。綾女本人に向けられているわけではないが、《雪原の青》として一回捕まった時に外された肩の痛みが、肩を外した時の本当に愉しそうな恍惚とした微笑が、まだ心に刻まれている。

「《SOX》は破壊し、殲滅し、塵一つ残さずこの世から消し去りますわ。わたくしの、わたくし達の手で」

 綾女の怯えに気付いたのか、そう言い切るとふと気配を柔らかくした。

「失礼しましたわ。どうも、今は我慢するということが難しくなっているみたいで」

 そういうアンナの顔は、もういつもの生徒会室で見る聖女の笑顔だ。

「前者の質問に答えますわね。これは綾女さんにもご協力戴きたいと思ってましたの」

「私に?」

 生徒会副会長としての華城綾女に、一体何を頼むつもりなのか。



「《更生ブログラム》の草案作りにアイディアをお願いしたいんですの」



「…………」

 嫌な、そして恐ろしすぎる響きだった。


「……その前にまず、何故不破氷菓と早乙女先輩がここにいるの?」

 とりあえず順を追って話を聞くことにした。

「先程言いましたわね。《SOX》を殲滅する、と。これは単に構成員に罰を与えて終わりという話ではないのですわ」

 アンナは目を閉じる。ソファに背をもたれさせ、手を瞼の上にかざして、光を遮断し、言葉を紡いでいく。

「《SOX》には多くの支持者、賛同者がいますわね。全国に、特に発祥の地である時岡学園には《SOX》の思想が蔓延していますわ。それらも根絶やしにしなければ、《SOX》を殲滅したとは言えません」

「……そうね」

 相槌を打つとそれに気を良くしたのか、より言葉が滑らかになっていく。

「今夜、不破さんの家にお話を伺いに行ったのは、彼女が時岡学園内で最も生徒達に影響力のある《SOX》の支持者だったからですわ。……それよりも悪質な協力者であったようでしたけども。彼女の家には奥間君か《センチメンタル・ボマー》か、とにかく匂いが残っていましたわ。彼女は性格的に直接的な協力はしないと見ていましたが、どうやら見積もりが甘かったようですわね」

 アンナが不破氷菓の家に行ったのは《雪原の青》を助け、匿っていたことに気付いたわけでなく、《SOX》からの連絡が来ないことに焦れて、学生の中で《SOX》の手助けとなって来た谷津ヶ森のテロなどを主導してきた不破氷菓に“何か”するつもりだったから。不破氷菓は今夜一切《SOX》と関わっていなかったとしても、アンナのターゲットとなっていたのだ。

「匂いを嗅いだ時、匿っていたことを確信しましたの。だからわたくしの家に持って帰って《SOX》の情報を訊きだそうとしたのですが、そもそもはそのつもりもなく、また大した情報もおそらく持ってはいないので、時間潰し以上の意味はありませんでしたわ。そこから先は、彼女と早乙女先輩が『愛を知りたい』と言い出して、まあ《SOX》か奥間君の連絡が来るまではと思いまして」

 アンナの無知に付け込んで知識とモデルにしようとしていた馬鹿二人にはとりあえずゲンコツしておいたが、結果的にはそれが二人を助ける形になった。まあ不破氷菓はアナル処女ぐらい奪われていてもいいかとは思うけど。

「そして奥間君から連絡が来ましたの。もっと早く連絡を取りたかったのですが、向こうの状況がわかりませんし、元々PMを無効化できる相手ですので、連絡が来ただけでも僥倖かもしれませんわね」

 くく、と昂ぶりの声が、喉から呼気のように漏れる。第六感、理性のアラート、本能の恐怖、あらゆる器官が危険を告げる。

「でも電話の最中に、天啓のように思いつきましたの。《更生プログラム》の案を」

 眼を開き、天井を見つめるアンナの瞳は、新しい遊びを思いついた子供の瞳そのものだった。

「《SOX》の思想に染まった全生徒に、受けてもらいますわ。そして《SOX》に染まってしまった卑猥な心を、わたくしの愛で塗り替えますの」

「……え?」

 何を、言ってる? 理解できない。理解を拒絶している。

「不破さんは《更生プログラム》の草案作りに協力してもらいますわ。不破さんにはわたくしが直々にその身に教えるつもりですの。卑猥な心には愛が耐え切れないかもしれませんから、どの程度まで耐えうるか、ギリギリ壊れないラインはどこか、不破さんで試していきますの。不破さんの頭脳は潰すには惜しいですから」

 アンナの身体が恍惚に震えてくる。性の快感とは全く違う、別の衝動から。

「風紀委員の皆さんはわたくしの言うことは聞いてくださるけど、それでは生徒の中での自浄作用としては弱いんですの。《SOX》の構成員を捕えた後、他の生徒への影響力の大きい不破さんが自主的に、わたくしの言葉がなくても、自分の判断で卑猥を根絶しようとする姿勢を他の生徒に見せれば、《SOX》への疑念が大きくなり、思想にひびが入り、自浄作用は大きく働いていくでしょう。そして《SOX》の思想を、全て消し去る」

 にい、と肉食獣の獰猛な笑みを浮かべる。

「《更生プログラム》が評価されれば、全国でも導入されていくでしょう。もちろん、売り込みに働きかけていきますわ。そうして《SOX》を、根絶やしにしますのよ」

「それはつまり」

 アンナの言葉を、自分なりに翻訳する。

「不破さんを、マインドコントロールするつもり? カルト宗教みたいに、自分の意思だと錯覚させて、自分に従わせるの?」

 そしていずれは《SOX》が流布した性知識ある生徒、全てを、全員をそうしていくつもりなのか。

 自分たちのやってきたことを、全部無に帰したいほど、憎しみに酔っているのか。

「そういう見方もあるかもしれませんわね。でもそれは彼女の為ですわ。《SOX》は絶対悪で、悪を滅ぼすために生きるというのは、幸せなことなのですから」

 あまりの発想に言葉を選ばず酷い言いようになったにも関わらず、アンナは気にもしなかった。くつくつと漏れていた声が、大きくなっていく。

「《プログラム》として導入するなら上手く先生方を納得させつつ、効率のいいやり方を見つけていかないといけませんわね。でもまあ、それ自体は難しい事じゃありませんわ。お父様とお母様がやっていることを発展させるだけでいいんですもの」

「アンナ……!」

 確かにそれは、一見アンナの母親、ソフィアや政府のやり方に良く似ている。

 だけど、決定的に違うものがある。


「この考えが閃いた時、頭の霧が晴れていく感覚でしたわ。なぜ今まで思いつかなかったのでしょう?」

 アンナは相手の人格を壊すことを想像して、恍惚に浸っている。

 性衝動に似ていて、全く違う衝動に、今アンナは酔っている。《SOX》への憎しみという破壊衝動を解放するときを想像して、性を感じているように昂ぶっている。

 そこに、ソフィアのような子供を守るというような信念があるようには到底見えなかった。ソフィアとは絶対に相容れないが、自分もソフィアが信念のもとに動いているのは、認めざるを得ない。ソフィアは自分の身を削って、それだけのことをしたのだ。

 今のアンナはそれすらない。ただ衝動を解放したいだけ。本能のままに動いているだけだ。

 愛の為ならば何をしても許されるという思想に加えて、破瓜で性が解放されたことと《SOX》への憎しみが、衝動を解放する快感に酔わせていた。性衝動が解放される悦びを知ったことで、他の衝動も解放すると悦びが待っていることをわかってしまった。

 元来持っていた優秀な頭脳とカリスマ性は、さなぎが羽化するように、卵の殻を割って雛が生まれてくるように、その衝動をより効率よく楽しむためにどんどんと成長していくだろう。

 だけどその殻はきっと、アンナの持っていた優しさや、無垢さや、寛容さで、自分が、狸吉が、いろんな人が好きだったアンナの、大事な部分だった。それが目の前で壊れていく。

「綾女さん」

 アンナがこちらを向いて、笑いかけてきた。どこまでも無邪気に、自分の言っていることに何の疑いも抱かず。

「貴女はわたくしを変わったと言いましたわ。他にもたくさんの人に言われましたの。言われた時は正直自覚はありませんでしたが、今ならわかりますわ!」

 衝動に酔いしれた声は、もはや叫びに近くになり、

「以前のわたくしなら、知らなかった時のわたくしなら、きっと思いつかなかったでしょう! きっとわたくしは生まれ変わったんですわ! 身体の中から力が、思考が、湯水のように溢れてきますの! 奥間君が、愛の試練を通してわたくしを変えてくれたんですの! より愛の為に生きられるように、愛を壊そうとする巨悪を討つ為の力を与えてくれたんですわ!」

 多分、アンナの中ではそうなのだろう。憎しみから来る破壊衝動の解放は、愛を壊すものへの罰として、あくまで愛の為としてのものへと変換されている。

「今、奥間君が戦ってくれていますの! わたくしと共に戦うと言って、わたくしを待ってくださっていますの! だからこれはわたくし達の戦いなのですわ! ……ああ、落ち着いて、今は我慢しなければ……《SOX》から接触が来たら、……あふ、あは、でもまだわたくしを焦らすようなら、もう二、三人ぐらい《SOX》の支持者にお話を聞いてもいいかもしれませんわね? ……手札は多い方がいいですものね、どう使うにしても……!」

 全身を掻き抱いていく。衝動を解放する時を間違えないように、最も強い快感を得られるように、今は自身すらも焦らして、ゆっくりと吐息から熱を逃がしていく。

「アンナ」

 声を届けたいと思っていた。何か声をかけたいと、そう思っていた。

 だけど、それすら浮かばない。分かってはいたつもりだった。

 それなのに、やはり後悔が浮かんでしまうのだ。

 無理に狸吉を奪還しなければ、少なくとも憎しみから来る破壊衝動は覚えなかったかもしれない。だけど狸吉の心はより深く傷ついていくし、アンナの身体も周囲に望まれない子供を近いうちに宿していただろう。それを放っておけばよかったのか。他にどんなやり方なら、狸吉をアンナの家から奪還できたのか。

 違う、きっともっと、早いうちに、性知識を教えておくべきだった。身の裡から湧き上がる衝動は、政府がいくら否定しても隠せない。抑えきれない。

 自分も狸吉も、本当に体制の被害者としてアンナを見るなら、それを理由にアンナから逃げずに、向き合うべきだった。逃げていたから衝動はより強まっていった。欲求不満として不安定になっていった。

 それらを上手く解消して導くチャンスはきっといくらでもあった。こうはならずに済んだ道は、いくらでもあった。

 それをわかっても親友が最悪の方向に変わっていくのが耐えられなくて、少しでも留めたくて、歪んだ高揚を抑えたくて、意味はないとわかっていたけど抱きしめる。

「――綾女さん?」

 きょとんとした声は以前のままで、昨日までのアンナと同じ声で、だけど違ってしまった親友に向けて、

「本当にごめんなさい」

 オナニーの謝罪でしかなかった。この謝罪の意味が、アンナにはわからないのだから。自分の変化を肯定しているアンナには、伝わる訳がないのだから。

「……私に出来ることは、なさそうだから」

 もうなかった。自分は親友を諦めてしまった。

 あとは《雪原の青》として、《SOX》をいかに延命させ、アンナから守るかを考えなければならない。

 アンナのような怪物を生み出すわけには、また同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだから。

 だから綾女は、《雪原の青》として、アンナを切り捨てた。

「《SOX》のことは、あなたの好きなようにやればいいと思うわ」

「綾女さん? どうしましたの?」

 心配の色が混じっているように聞こえたのは、気のせいだということにした。

 次に《雪原の青》として会ったら、自分はアンナの衝動の餌食になるだけなのだから、そんな感情は邪魔になるだけだ。



「……綾女さんは、何故……?」

 綾女がいなくなった部屋で、アンナは独り言のように呟く。

 邪魔をしない、といったのはありがたかった。危険な相手で戦えないと思ったのなら、邪魔だけはしてほしくなかった。

 邪魔をするなら排除しないといけない。

「ん?」

 胸がざわつく。それは決して嫌な感じではなく、むしろ残念に感じていて、その矛盾がアンナには不思議だった。

 綾女は親友で、生徒会の人間として《SOX》を追っていた立派な人間で、自分も頼りにしていて、そんな人間を排除しなけらばならないなら、それは悲しむべきなのに。

 辛うじて残っていた常識や倫理が、飽和していた憎悪や高揚を少しだけ鎮めた。

 自分は変わったと言われた。たくさんの人から言われた。自分はその変化を好ましいと思っている。だから綾女にも、祝福してほしかったのに。

 愛という正義を守るための力をより強く得た自分を、見てほしかったとは少しだけ思った。

 綾女が一番に気付いてくれて、綾女は心配して来てくれた。なのに何故、帰ってしまったのだろう。

 少しだけもやもやとした思考が、PMの音で一瞬で消え去る。

「――奥間君」

 背筋にゾクゾクとした快感が走った。直感する。ようやく《SOX》から連絡が来たのだ。

「ふふふふっ、あは、はははははははははっ!!」

 やっと巨悪を破壊できる。奥間君を取り戻せる。愛を取り戻し、愛を壊そうとした最悪の罪人への罰を与えることが出来る。

 綾女のことはもう消し飛んでいた。PMを操作すると愛しい人の声が聞こえてきて、ようやく衝動を解放できる悦びに身を震わせる。

 罰のアイディアは自分でも驚くほど溢れてくる。とりあえず今度は肩ではなく足を壊して、逃げられないようにしてからじっくりいたぶって、身体だけでなく心もダメージの残るやり方を選んでいこうと無意識に思った。

…………(目を逸らし)

クライマックスが近いですね。プロットなしにその場のノリで書いているので収拾付くのか不安じゃないと言えば嘘ですが、
一応ラストまで考えてはいます。最後までお付き合いいただければと思います。コメくれたらモチべ上がるよ! お願いします!

ちなみに自分でもアンナ先輩の病みっぷりが半端ないとは思うのですが、友人曰くこれは病みではない別の何かだと言われました。じゃあなんでしょうね、てへぺろ☆

アンナ先輩はもともと純粋だから壊れやすい人なのです。
割と原作でも似たような反応はあるのです。いいわけですが
拙い伏線とかもはってましたが、今の時点で気になる部分ってあったりしますか?

色々過分にもお褒めのお言葉をくださり、ありがたいです。原作の作風で書いていたつもりですが、特に後半から下ネタ混ぜていくスタイルが真似できないのは勘弁してください……シリア○スになるのは、というか後半はかなり自分の文章になってます。
すみませんが次の更新は三日ほどお時間頂けないでしょうか。毎日更新を目指していましたが、ラストは一気に書き上げて、一回見直して校正したいのです。よろしくお願いします。


 病室に戻ったら華城先輩が消えていて、アンナ先輩の家に行くというメモ書きを見つけた時の鼓修理のパニックっぷりはAVが彼女に見つかった思春期男子並みだった。今の日本でそんな状況はほぼないんだけど。

 すぐ助けに行こうとする僕ら二人に、反対したのがゆとりだった。反対というより、むしろこの中で一番華城先輩の覚悟をわかって信じていたのが、ゆとりだったのかもしれない。

「親友と思ってたやつにこれから玩具にされるってわかってて、それでも行くんなら、思い残しがない方がいいんだぜ」

「ゆとり! 綾女様を見捨てるッスか!!」

 泥沼になりそうだったので、鼓修理の脇を突いて「ふわぁ!?」僕も覚悟を決めた。

「……『絶対帰る』って書いてあるんだ。アンナ先輩もまだ《雪原の青》が華城先輩だとは思ってないはずだから、危害は加えないはずだろ? どっちにしても、僕らは待つしかない。早乙女先輩や不破さんのことも情報を手に入れないといけないんだから」

 PMは着信拒否されている。帰ってくるのを待つしかない。

「とにかく、あまりに時間が経ったら僕からアンナ先輩に連絡取ってみるよ。僕からならアンナ先輩も疑わないだろうし」

 鼓修理もゆとりも何か言いたそうだったが、自分に今できるのは帰りを待つしかないとわかって、黙って椅子に座った。

 僕もソファで横にさせてもらう。アンナ先輩とのセックスでの身体的なダメージはまだあって、正直無視するのが限界なほど腰が痛い。湿布で和らぐかな。というか今更だけどアンナ先輩は処女喪失もして僕の倍以上ビクンビクンしているけど大丈夫なんだろうか。今更だけど。ってかそのあたりは大丈夫だろう。十二階から飛び降りて無傷だったと聞いた時は本当に人間辞めたんだなと思ったし。知ってたけど。

「狸吉、どうするんだぜ?」

 ゆとりが疲れたように呟いた。

「生徒会の奥間狸吉として出るのか、《センチメルタル・ボマー》として出るのか、それとも行かないって手もあるんだぜ?」

「…………」

 僕はいまだに、この期に及んで迷っていた。

 アンナ先輩がこれほどまでに暴走しているのは、《SOX》が僕を狙ったと思ったからだ。

 好きな人が誘拐される、どんな目に遭っているかわからない。

 そこだけを切り取れば、アンナ先輩の気持ちは想像できる範囲内だ。

 ただどうしても、僕を危険な目に遭わせてまで《SOX》を壊滅させたいというのは、結びつかなかった。

 アンナ先輩なら、他の方法をいくらでも思いつけたんじゃないか。わざわざ僕に意思確認してまでそんな危険なことをさせた理由が、アンナ先輩が壊れたのだとすれば、壊れたのならばなおさら、アンナ先輩の世界には僕がいないといけないことになるのに。

「……行かないって手はないよ。ただ、……ごめん、腰抜けで悪いけど」

「実際腰抜けてるっスからね、足腰立たない今の状態にピッタリっス」

 特にリアクションする気力もなかった。そのことが鼓修理には苛立たしかったのか、

「で、腰抜けがどうかしたっスか?」

「……《センチメンタル・ボマー》じゃなく、奥間狸吉として……でもいいかな」

「現実的にはそれしかないっスね」

 当たり前だというように鼓修理は肯定した。

「あの化け物が《センチメンタル・ボマー》が狸吉だって知ったら、なんてガス油田にナパーム弾投げ込むような真似は想像するのも恐ろしすぎるッス」

 全員が寒気を抑えるように全身を抱いた。そりゃだって、なあ。



「狸吉は、結局あの化け物女のこと、どうしたいんだぜ?」

 さっきアンナ先輩への怒りを見せたゆとりは、真剣に聞いてくる。

 しばらく考えた。でもやっぱり、こう答えるしかなかった。

「……見捨てられない」

 男の僕にはわからないけど、あの性欲モンスターのアンナ先輩ですら、僕を受け入れた時、すごく痛そうにしていた。

 その痛みを、アンナ先輩は「幸せ」だと言い切ったのだ。

 声が、言葉がどうしようもなく届かなくて、僕は絶望を覚えていたけど、それでもアンナ先輩は、凄まじい痛みすらも受け止めてみせたのに。こんな僕を好きだなんて言ってくれる女の子を、昔の僕をその笑顔で救ってくれた女の子を、今もきっと身を灼かれるような苦しみを味わい壊れつつも戦おうとしている女の子を、見捨てるなんて、やっぱり出来ない。

「ゆとりが怒るのは、そうだと思うよ。でも」

 デートした時の幸せそうな表情が、月見草のプレゼントを選んでいる時に笑う慈愛の顔が、やさぐれていた僕にボールを渡して一緒に遊ぼうと笑いかけてくれたあの笑顔が、忘れられない。

「……ごめん」

「べ、別に謝ってほしいとかじゃないんだぜ。ただ、どうするかは決めとかないと、いざとなったら迷う余裕なんかないんだからな」

「……綾女様の情報待ちになるっスね、どうしても」

 心配が限界を超えていたが、鼓修理はそれでも無理矢理に切り替えた。こいつも無理してるよな。申し訳ない。一日ぐらいなら奴隷になってやってもいいかもしれない、と思ったが、一日で済むわけがないのでそれは言わないことにした。

「そういや、盗聴器は?」

「やってるっスよとっくに! でも電波は通るんスけど、入りが悪くて。多分キッチンに持ってかれたのか、会話が聞こえないんス」

 フルーツバスケットの中にはメモのほかに盗聴器まで仕込んでいたらしい。用意周到というか、過敏というか。まあアンナ先輩相手にはどれだけ準備してても足りないけど。実際に《雪原の青》は出来得る準備全部をしてそれでも一度は捕まっているのだから。

「キッチン、今誰かいるの?」

「なんかヤカンの音みたいな音が聞こえるッス」

 ということはアンナ先輩か月見草がお茶でも淹れているんだろう。

 ――一つ、ふと浮かんだ考えがあった。

 PMを操作する。

「お、おい、あの化け物女に連絡する気じゃないよな?」

 ゆとりが慌てるが、

「いや……。不破さんに何とか連絡できないかと思って」

 少しだけ、嘘を吐いた。電話ではなくメールを使って、文章を慎重に考え、送信する。

 一縷の望み、としか言えないぐらいの願望だった。だからこれは、華城先輩が一人でアンナ先輩の家に乗り込んだくらいの勝手な我儘で、もし実現しても、とても辛いことを強いることになる。

 こんなことは作戦として組み込めない。だから僕は、二人には黙っていた。
 
 不思議と二人も、詳細を聞かず、黙っていた。鼓修理は呆れたように溜息を吐いていたけど。

 メールは返ってこない。



「早乙女先輩はどうしているんだろうね」

 わざと話題を変えた。とはいえこれも大事なことだ。

「《SOX》のメンバーだってアンナ先輩は知ってるのかな?」

「それならとっくに殺されてるっスよ、電話の向こうで。多分本当に、たまたまあのワカメの家にいたからついでじゃないッスか?」

「ちょっと、辛い状況だね。でも不幸中の幸いかも」

 作戦行動の際の実行員としては戦力ゼロだが、それ以上に上質な卑猥イラストを描ける早乙女先輩がいなくなることは《SOX》の大きな戦力低下だ。ある意味で、《雪原の青》がいなくなるよりも替えのきかない人材なのだ。アンナ先輩がそのことに気付いていないのは僥倖だけど、実質人質のようになっているこの状態は厳しい。早乙女先輩の価値に気付かれないように何とか奪還したい。

 しばらく、無言の時間が過ぎた。すると、扉の向こうから足音。

 鼓修理が飛び出すと、

「綾女様!」

 鼓修理が叫んで、ようやく安堵した。

 ただ、華城先輩の顔色は優れない。

「どうしましたか? 肩が痛むッスか!?」

「とりあえず固定するぜ。無茶すると後遺症が残るって言われてるんだぜ」

 ゆとりが三角巾で固定していく。鼓修理が鎮痛剤を飲ませようとする。

 だけど華城先輩はそれを遮ると、

「アンナの考えてることを先に話すわ。――最悪よ」

 そして僕らは《更生プログラム》、更にそれを作り上げるのに不破さんを犠牲にしようとしているところまでを聞く。

「ま、まず実現可能なのか? それ?」

 ゆとりがあまりの発想に疑問すら抱くが、

「……あの化け物なら出来るッスね」

 人心掌握に詳しい腹黒中学生が肯定すると、ようやく事実として認識したようだ。華城先輩が説明を引き継ぐ。

「アンナはもともと、狸吉と会う前からでもすごく人気があったわ。風紀委員の半分は、アンナが時岡学園の学生に声をかけた、アンナの信奉者なのよ」

 僕だって最初はそうだった。僕なんかに性衝動を抱いて変わってしまった後も、より強固な愛を得たくて取り締まりを過激に強化した後も、本来ならばそんな強引な取り締まりをすれば支持率は下がるはずなのに、アンナ先輩に至ってはそれがなかった。

「洗脳、マインドコントロール。そんなのは簡単なんッス。むしろ特定の個人より、大衆を煽る方が簡単な場合もあるッスよ」

「今のアンナは、他人の人格を破壊することも厭わないわ。むしろ楽しむでしょうね。愛の罰として、愛を邪魔するものを踏みつぶす行為は、今のアンナにとってはセックスと同じぐらいの快楽なのよ」

 わざわざPM無効化装置まで取り出してセックスなる単語を使うが、いつもの華城先輩の下ネタがない。


「――そこまで?」

 そこまで、アンナ先輩は変わってしまったのか?

 親友の華城先輩が何も言えなかったぐらいに、壊れてしまった?

 誰が壊した?

 僕が?

「人質は画家と不破氷菓だけじゃないッス。時岡学園の《SOX》の支持者全員を人質に取られてるようなもんッスよ」

「しかも、いくらでも使い捨ての出来る人質ね。アンナにとっては狸吉以外はどうでもいいから」

 僕とゆとりはついていけない。言葉を挟めずに黙ってしまう。

「こちら側の要求は、早乙女先輩と不破氷菓、それと《更生プログラム》の撤回ね」

「《更生プログラム》に関しては、あまりに情報が早すぎて怪しまれると思うッスけど」

「綱渡りだけど、盗聴器を仄めかすしかないわね。……どうせ、私の正体はばれるの前提なんだから」

 ぎょ、と全員が華城先輩を見る。

「アンナの狙いは狸吉に《雪原の青》と《センチメンタル・ボマー》。けど狸吉と《センチメンタル・ボマー》、両方を用意するわけにはいかないわ。狸吉だけでも、交渉次第では早乙女先輩と不破氷菓は取り戻せるでしょう。でも、《更生プログラム》の件もなんとかしないと、《SOX》は善導課や政府、他の下ネタテロ組織の圧力によってではなく、本来味方の支持してくれている人たちから攻撃を受け、何より犠牲にすることになるわ。……それだけは、ダメなのよ」

 華城綾女ではなく、《SOX》のリーダー、《雪原の青》としての、悲壮なまでの判断だった。

「だから、華城先輩が犠牲になるんですか?」

「アンナの憎しみは《SOX》の創設者である《雪原の青》にこそ向いているわ。《センチメンタル・ボマー》は狸吉への不貞の清算の為であって、あくまで一番の狙いは《雪原の青》。《雪原の青》を潰せば《SOX》は潰れると思ってる」

 華城先輩は、むしろギラギラとした目でこちらを睨みつけるように、

「だから私がアンナの憎しみを一手に引き受けるわ。《雪原の青》と《更生プログラム》の中止を交渉条件にする」

「それじゃ《SOX》はどうなるんスか!? 綾女様がいなくなったら潰れるなんて、そんなの化け物でなくったってそう思うに決まってるっス!!」

「それに今の化け物女が、人質交換はともかく、そんな約束を守るとは思えないんだぜ」

「……確実に私の正体はばれる。アンナは騙されていたと思うでしょう。嘘を吐かれていたと思うでしょう。……悪いけど、狸吉がそこをついて、約束を守らせてくれないかしら。アンナはあなたの言うことなら、愛を行使するためとしての言葉ならきっと聞くわ。『華城先輩みたいな嘘つきになっちゃダメですよ、《雪原の青》がいなくなったなら《更生プログラム》なんてしなくても《SOX》は崩壊する』とでも言えばいい。アンナはその言葉を狸吉に言われれば、あとは私を痛めつければ満足するわ」

「嫌です」

 思わず、思わず言っていた。華城先輩の覚悟が辛すぎて、あまりに情けない声になってしまったけど。

「そんなの、華城先輩もアンナ先輩も、どっちも傷つくしかないじゃないですか。華城先輩がいなくなったら《SOX》は崩壊するって、その通りじゃないですか」

「違うわ、狸吉。《SOX》は崩壊しない。鼓修理、ゆとり」

 華城先輩がPM無効化装置を取り出す。父親が華城先輩の下ネタ好きを心配して渡してくれた、形見のような大事なもの。命綱。

「私が、《雪原の青》がいなくなったら、《センチメンタル・ボマー》をリーダーにして、指示を仰ぐこと。《センチメンタル・ボマー》、あなたはアンナを、一人の女じゃなく、時岡学園生徒会長でもなく、《SOX》を潰す敵だと思って戦うこと」

 華城先輩は、《雪原の青》はどこまでもあのぎらついた力強い光を瞳に宿して。

「……アンナがこうなることを止められなかったのは、私のせいだから。狸吉はどうしようも出来なかったけど、私は何とでもアドバイス出来たはずなのに、してこなかったんだから」

 強く、はっきりと言い切って。

「だから、アンナの憎しみは、私が引き受ける。これは命令よ、狸吉、鼓修理、ゆとり」

 有無を言わせない強い口調で。

「あなたがいれば、《SOX》は消えたりしない。大丈夫」

 安心させるように、信頼していると伝えるように、PM無効化装置を、命と同じぐらい大事なはずのものを、僕に渡して。

「《雪原の青》最後のミッションよ。……相手はアンナ、最後としてはふさわしい相手だわ」

 恐怖を隠しきって、《雪原の青》は不安を払拭させるように、世界を一人で戦ってきたあの強い瞳で、僕らに向かって笑った。

 華城先輩は、《雪原の青》は、ここまで覚悟を決めているのに。

 この期に及んで、僕は二人同時に助ける方法はないかと、考えてしまっていた。

 こんなの、絶対に、認めるわけにはいかないのに。

 僕の頭はどこまでも働いてくれなかった。

更新は三日後といったな、あれは嘘だ

すみません、アンナ先輩との対決は明後日までにお届けできればと思います。原作はもっと下ネタ混じってて軽妙なんですけどね、自分の作風だとどうしてもね。髪の毛入りのマカロンなんて発想でませんもんね。ってかどうしてこうなったんでしょうね。

いつも感想、ありがたいです。面白いと言ってくださる方が多くてうれしいです。最後まで書き切ります、頑張ります。


 無茶苦茶言ってくれると諦め交じりに不破氷菓は文面を見て思った。

 今のアンナ会長を目の前で見ていると、それがいかに困難な事かわかる。氷菓から言わせれば敢えて外れ値を期待するようなことは科学者としては出来ない。

「四時間後には交渉が始まりますわ。それで? 《SOX》はどのように出ると思いますの?」

 半径200メートル以内に風紀委員を入れないこと。交渉場所にはアンナ会長と自分たち人質二人以外は立ち入らないこと。見つけたら交渉は中止、即刻引き上げると向こうは指示してきた。半径200メートル以内には向こうも指定した人間以外を入れないことですんなりと会長は了承した。

 ただ人質の内容では相当揉めたらしい。《センチメンタル・ボマー》が出て来れないと《SOX》は言ってきたのだ。

 代わりに、交渉場所をこちらが指定することで相殺したようだが、《SOX》を捕まえたい会長にとって交渉場所を指定できたアドバンテージは大きいだろう。会長は氷菓の分析する様子をにこやかに見ている。

 ここで使えない人間だと判断すれば今ここで殺されかねない。それだけの圧力を会長から感じていた。以前から嫉妬で殺人未遂をすることは何度かあったらしいが(氷菓のアパートも燃やされる寸前だった時は流石に冷や汗が出た)嫉妬という行動原理はまだ、まだ翻訳が可能だった。今の会長はそれすら出来ない。論理は通じるのに言葉は通じない。発想も読めない。谷津ヶ森の一件の前に話した時も感じたが、その印象は加速するばかりだ。

 本当に会長は、狂ってしまったのだと思う。氷菓はそう考えている。

 なのに身体能力も常人離れどころか人間離れしたものを持っていて、頭脳も自分のわざと間違えた分析の矛盾を見つけるほどに優れていて、敢えて待つということも覚えた会長に、《SOX》はどうする気なのか。氷菓の頭脳をもってしてでも答えは導き出せなかった。

「手が止まっていますわよ、不破さん。……何か問題でも?」

 目ざとく他の思考に及んでいた氷菓に軽く圧力をかけてきた。今は一応、誘拐された奥間狸吉を助けるためのアドバイスをするという体で、《SOX》の提案した人質交換・交渉場所にどのように風紀委員を配置するか。それを分析している。

 ちなみに早乙女は会長の家のものすべてを食らい尽くす勢いでいろいろ食べていた。豪胆な人だと思う。氷菓は自宅を襲撃されたから逃げ道はなかったが、早乙女は自分から残った以上、こうなることがわかってたわけで、不思議に思った。

「何故早乙女先輩はここにいるのかと思いまして」

「言ったじゃろ? アンナは最高のモデルじゃからの」

 それ以上は言おうとしない。画家という人種は変わっているなと思った。

 ただ、それなりに思うところがあったのかもしれないとは、勘ではなく観察眼が告げていた。以前の会長と今の会長を見て何も思わない方が無理があるが、氷菓の家でも会長のことを最高のモデルだと言っていた。それ以上の想いがあるのかもしれない。

「こういったところでしょうか」

 指定した場所は周りに人家のない、ある程度見通しのいい場所に立っている廃工場だった。内部も殆どがらんどうに近いらしい。

「そうですわね」

 氷菓が示した風紀委員の配置を示すと、会長は満足げに笑った。合格ということなのだろう。

「こういった可能性は考えられるでしょうか?」

 いくつか湧き出る会長の懸念に氷菓は慎重に考える。嘘は通用しそうになかった。

「…………、そういった例は、確かに聞いたことがあります」

 一つ一つ考えていくが、氷菓自身、あまり得意な分野ではなかったので説明は難しかった。会長の蔵書に氷菓も持っている本があったのでそれを借りていいか聞く。本棚を見ればその人となりがわかると言うが、大衆が好むような漫画や小説がない。代わりに上品なとでもいうのか、非常に高い学術書や美術書などは置いてある。この日本で教養を高めると呼ばれるものばかりだった。

 一冊を手に取ると、目当てのページを探す。見つけた項目を指し示す。

「ここに詳しく載っているかと」

「なるほど」

 会長は目当ての項目を凄まじいスピードでインプットしていく。要はあり得るかあり得ないかの話なので、そう言った事例があるということだけを理解できればよかったのだろう。情報の取捨選択が異常に早いのは学業の成績から見るに、変わる以前からそうだったと見ている。

 すぐに本を閉じると、本棚に戻し、

「お二人とも、少しお休みになっては? わたくしは少し席を外しますので」

 風紀委員との打ち合わせに、表に出て行った。思わず深く息を吐く。

 外れ値を期待するような真似は科学者として出来ない。だから氷菓は期待していない。根拠なく奇跡を信じろと言われるようなものだ。

 ただ、奥間はそれでも出来得ることはしておきたいのだろうとは理解したから、外れ値は紛れ込ませておいた。会長も気付いていないだろうとは思う。それがどう作用するかはわからないが、今の会長にどんな奇策を用いたとしても、期待はしないでほしいと思った。

 会長だって、打てる手はすべて打ってきている。会長にとってはなにより愛しい人を取り戻すために。


 交渉が一応まとまり、あと三時間ほどでアンナ先輩との対決が始まる。

 考えを出さなきゃいけないのに、精子と一緒に脳みそまで空っぽになったのか、頭は全然働いてくれなかった。

「狸吉」

 キツイ、むしろ泣きそうなのを堪えた目で鼓修理が呼んでいる。腰の痛みは寝ているうちに何とか無視できるほどには回復した。疲れで眠っている華城先輩をゆとりを起こさないように静かに病室を出る。

「鼓修理は認めないっスからね。狸吉がリーダーの《SOX》なんて。《SOX》のリーダーは綾女様じゃないとダメなんス」

「そうだね」

 まったくその通りで、僕なんかに出来るわけがなかった。《SOX》を背負うことも、この期に及んでアンナ先輩を敵だと思うことにも。

「……綾女様は言ったっス。下ネタテロに武器も金も要らないって。……でも、相手はあの化け物っス。綾女様を拷問して愉しもうとしているなら、それに対抗するのはテロじゃなく、正当防衛ッスよ」

 実際に大怪我させているのだから、アンナ先輩に思い入れのない鼓修理からすれば、そうしか思えないんだろうし、実際その通りなんだろう。

「でも今の化け物にはライフルすら避けそうなんっス。手持ちの武器じゃ綾女様やゆとりに持たせたとしても絶対無理っス」

「……だろうね」

 鼓修理が何が言いたいのかわかってきた、気がする。

「いいっスか? 狸吉が騙し討ちするんス」

 そう言って、スタンガンを僕に手渡してきた。

 思ったより軽い。だけど重い。

「狸吉なら懐に入り込めるッスよ。逆に言えばあの化け物が懐に入り込むのを許す相手は狸吉しかいないんス」

 じろ、と睨みつけるように。

「この期に及んであの化け物を傷付けたくないとか言わないッスよね?」

「……いや。多分、これしかないだろうと思う」

 僕が、不意打ちでアンナ先輩にスタンガンを浴びせる。

 抱きしめる振りでもして背後から。それだと自分も電流を浴びることになるけど、どうしようもなく卑劣なやり方だけど、アンナ先輩が華城先輩をこれ以上傷つけるより、憎しみの暴走に何もしないよりは、きっとよっぽどいい。

「借りるね、鼓修理。華城先輩が怒ったら、僕が頼んだことにするから」

 ぷい、と鼓修理は横を向き、顔が見えなくなる。

「本当に、この馬鹿狸吉は……今は自分が搾り取られることでも心配してればいいんス」

 胸にグーパンしていきやがった。割とガチの。やっぱり華城先輩に叱られても止めないでおこうかな。

 スタンガンをポケットに入れる。目を閉じると時間が勝手に過ぎていった。

「狸吉」

 軽く寝ていたのかもしれない。というか気絶に近かったのかもしれない。

 華城先輩、ゆとり、鼓修理がこっちを見ていた。

「いくわよ」

 それどういう意味の『いく』なんですかね。行くなのかイクなのか、逝くなのか。最後の意味はかけてなかったと信じたい。

ここは精査してもあまり関係なさそうなので投下しました。きちんと書きたいのは直接対決の部分だったので。

このどうあがいても絶望感、本当にどうしてこうなった。アニメではパンツ嗅いでビクンビクンしてたのに。
でも結構原作も、どうあがいても絶望みたいな雰囲気出すことはあるんですよ? 本当ですよ? 展開自体はシリア○スな話なんですよ? だから仕方ないのです。


 交渉場所に行くのは僕と華城先輩とゆとりの三人になった。

 本当はゆとりはいらないと華城先輩は突っぱねたのだけど、ゆとりも鼓修理も華城先輩がそのままアンナ先輩の憎しみの犠牲になるなんてことを許さなかった。どっちにしろ早乙女先輩や不破さんを保護することは僕や《雪原の青》には出来ない。鼓修理は身体能力が高いわけではないので後方支援だ。PMのインカム機能で《雪原の青》とゆとりと繋がっている。

 ゆとりにはスタンガンを渡されたことを伝えてある。アンナ先輩の動きを僕が止めている間に、華城先輩も回収するように頼んだ。僕のパンツで動きを止められたらいいんだけど、もうそんな次元じゃないだろう。

 後の説得は僕に全部任せてほしいと言った時のゆとりの複雑な感情には本当に申し訳ない。わざわざ助けてくれたのに、また猛獣の檻に戻ると言っているんだから。ただでさえアンナ先輩のやったことに対して怒りを覚えているんだから。

 だけど、最優先は人質二人の安全確保と、《更生プログラム》の撤回だった。それだけは譲れない。

 鼓修理もゆとりも僕が呑気に寝ている間に人質交換後、何とか逃げる方法はないか考えていたみたいだけど、交渉場所は周囲が半径200メートル程開けている。華城先輩は肩を負傷していて、今の完全に拘束具の外れたアンナ先輩相手に逃げ切れるとは思えない。だから鼓修理は僕にスタンガンを渡して動きを止めるように言ったのだ。

 ただ《SOX》からでなく、僕から攻撃を受けたことがわかると、僕がアンナ先輩の言う愛の罰とやらを受けることになりかねない。更には暴発も誘発しかねない。《雪原の青》と違って、僕はあくまで奥間狸吉として、人質として交渉場所に行くのだから。僕がアンナ先輩の愛故の行為を否定することで、アンナ先輩がどんな反応をするか、わからない。

 だから華城先輩にはスタンガンのことは話していないし、鼓修理やゆとりもそれ以外の方法を何とかないかと探していたけど、今のアンナ先輩の動きを止める方法なんてとても思いつかないまま、交渉場所にやってきた。人質アピールに、後ろ手に手錠して、ゆとりが僕を拘束している形になる。

 三人には悪いけど、僕は僕一人がアンナ先輩の傍にいることで何とかなるなら、それが一番いいかと思っている。覚悟を決めた、とは言えないけど、それでもスタンガンは握りしめていた。愛の罰も、華城先輩が受けることになるよりかは、僕が受けるべきだとも感じていた。

 アンナ先輩を変えてしまったのは、やっぱり僕なのだから。

 先に到着したのは僕らだったが、アンナ先輩たちもすぐに来た。もう一方の出口から入ってくるのを確認する。



 ――空気が、軋んだ。



 ベッドの上で軽いキスをして別れてから半日も経っていないはずだった。変えてしまったとずっと思っていたし言っていたが、実際に変わってしまった姿を見ると、こんな状況ですら思わず陶然としてしまう。

 以前の無垢で繊細な美は、迫力さを持って他者を傅かせる美に変貌していた。それは決してマイナスの意味ではなく、無条件にこの人の言葉が絶対なのだと思わせ、従わせ、心酔させるものに。以前から持っていたカリスマ性を、さらに進化させて。

 少女から女に、天使から女神に。

 《雪原の青》がアンナ先輩を敵だと思えと言った本当の意味が、やっと分かった。これは、呑まれる。

 こんな状況でなかったのなら、きっと歓迎された変化だっただろうに。相手が僕じゃなければ。きちんと順序を知ってさえいれば。知識さえ、あったならば。

 《雪原の青》とアンナ先輩は、7メートルほどの距離を保って対峙する。

「約束通り、人質二人を連れてきたわね」

 《雪原の青》がアンナ先輩の創り出した空気を切り裂くように、鋭い声で口火を切った。

「わたくしはただ、お話しさせてもらっただけですのよ?」

 アンナ先輩は笑顔でかわす。

「それより、《更生プログラム》の件ですわ。数時間前に思い付いただけなのに、何故知っているのか、聞きたいですわね。電話では聞けませんでしたので」

「さあ? 何故だと思うのかしら?」

 《雪原の青》が高圧的に問うと、あからさまにアンナ先輩は溜息を吐いて、

「虫でも紛れ込ませたのですか? ……掃除を徹底的にしないといけませんわね」

 とっくに予想はしていたのだろう、盗聴器の可能性を指摘してきた。

 だけどそれは逆に、華城先輩のことは一切疑っていないということだ。《雪原の青》の正体を知れば、変化は加速していくのが嫌でもわかってしまう。

 やっぱり、僕が止めようと思った。無理矢理にでも。


「アンナ先輩」

 思わず呟いた僕の言葉に、アンナ先輩は視線を向けるだけだった。知らない人間から見れば、それだけだった。

 だけど何か月もアンナ先輩の性欲が爆発する瞬間を見定めつつ逃げてきた僕には、わかる。切ない欲情が、憎悪に彩られた殺気が、愛と呼ぶには生易しいほどの激情が、僕と再会したことで飽和を通り越して、アンナ先輩の心を傷付けてすらいた。

 僕の不在がこれ以上耐え切れないと、訴えていた。

「早乙女先輩をそちらに引き渡しますわ。奥間君がこちらに来たら、不破さんもそちらに渡しましょう」

 アンナ先輩はそんな自分の心を一切隠しきって、交渉に臨む。《雪原の青》は、親友の華城先輩なら、きっと今の視線の奥に秘められたものに気付いているはずなのに、冷徹な顔を崩さなかった。

「不破氷菓の安全が確保されるまであなたの言葉は信用できないわ。早乙女乙女がこちらに歩いてくるのと同時に、奥間狸吉の拘束を外す」

 《雪原の青》がゆとりに鍵を出し、アンナ先輩に見せるよう指示した。アンナ先輩は目を細め、天秤にかけると、

「いいでしょう。ですが先に奥間君の拘束を外すのが条件ですわ」

 アンナ先輩が一歩、早乙女先輩から離れる。同時にゆとりが僕の手錠を外していく。

 早乙女先輩がこっちに走ってきた。

「あ、あの、そ、そのじゃな」

「あっちの出口まで走って。何も言わないで」

 《雪原の青》が短く言うと、早乙女先輩は何も言えずに素直に従った。

 早乙女先輩が出口に走っていく足音が遠くなるのを聞きながら、僕の手錠の鍵がかちゃ、と開錠される。

 ただゆとりはまだ僕の拘束を完全に解除した振りはせず、僕は後ろ手に、アンナ先輩からは見えないだろうが袖だけを持たれていた。

「今度こそ、奥間狸吉を解放するわ。不破氷菓と奥間狸吉を同時に解放するのよ」

「わかりましたわ」

 ゆとりの手が離れた。一歩、一歩、アンナ先輩に近づく。

 同じ速度で、しかし僕とは逆の方向に、不破さんが歩いてくる。

「――申し訳ありません」

 すれ違った瞬間、謝られた。謝るなら、僕の方だと思うんだけどな。

 不破さんは急ぎはせず、ただ歩いて行った。僕もアンナ先輩の許へ行く。

「……怪我はないようですわね」

 その瞳に安堵が漂っていて、また僕の心が軋む。

 この心配の心は、本当なのに。

 不破さんが出口に向かい、ゆとりが人質だった二人をカバーする形で出口まで歩いていく。

 《雪原の青》は動かなかった。


「覚悟は決まりましたの?」

「あなたが《更生プログラム》を、実験的にも実施しないと言った約束を、守るのなら」

 アンナ先輩の喉から、ひゅっ、と息が漏れる。今まで静かだった身体が、打ち震えていく。

「守りますわよ……貴女に罰を与えられるのならっ!!!」

 衝動が爆発した。一瞬で肉薄し、《雪原の青》は地面に叩きつけられ、肘が鳩尾に落とされる。

「ガハッ……!」

 悲鳴すら上げなかった。相手の荒田の安全を考えない一撃は、下手をしたら肋骨が何本か、肝臓あたりも傷ついているかもしれない。とにかく横隔膜が硬直でも起こしたのか、息すらロクに出来ないでいる。

「あは、ふふふひ、やっと、やっと捕まえましたわ! わたくしと奥間君の愛を邪魔する最悪の罪人を!!」

 この悦びの声に、僕は聞き覚えがあった。

 僕の家にやってきて僕を初めて襲ったあの夜の、衝動を解放する悦びに期待する、あの声だ。

「ああ、はは、貴女方も、ふふ……? 愛の罰を受けたいんですの……? ふふふひ、わたくしはむしろ歓迎しますけど、……せっかくリーダーが、僅かに貴女方の延命を図ってくださったのですよ? ……意向は尊重した方が、あは」

「――――!!」

 痛みのあまり声すら出せず、身体の反応として反り返った。アンナ先輩は《雪原の青》の脇腹を、ぐりぐりと目つぶしを折り曲げたような拳でねじ込んでいる。

 ゆとりは何とか隙を見つけようとしているが、衝動に酔ってはいてもアンナ先輩に隙はない。

「今は見逃して差し上げますわ、《雪原の青》の覚悟を尊重して。ふふ、ああ、でも近いうちに貴女方も捕まえますので……!」

 そう告げると、アンナ先輩はもうゆとりたちに興味を無くした。痛みに喘ぐ《雪原の青》に馬乗りになると、

「ああ、どうやって、どんな罰を与えましょう……!? 試したいことが山ほどありますわ……!! ……ああ、でもその前に」

 アンナ先輩が懐から包丁を取り出す。死を前に、《雪原の青》もその気丈さを保てなくなってきている。

 アンナ先輩は舌を扇情的に動かし、手に持った包丁を見せつけるように舐ると、

「逃げられないように、足の腱でも断ち切りましょうか」

「――アンナ先輩!!」

 僕は圧倒的な暴力と殺気から動けなくなっていた身体をようやく動かし、アンナ先輩に抱き着いた。


「ふみゃ!? お、奥間君!?」

 なんか尻尾踏まれた猫みたいな声を出して、けどアンナ先輩は器用にこちらを振り返った。

 アンナ先輩を引き上げるように立たせる。《雪原の青》は、華城先輩は、ダメージが大きすぎて動けない。

 決断する時は今だった。

「奥間君、ああ、申し訳ありませんの。あなたも愛の罰を行使する権利はありますのに、わたくしったら……」

 痛みすら感じるほどに強く僕を抱きしめ返す。僕は心の中で、ごめんなさいと何回も謝る。

 アンナ先輩の瞳は、陶酔しきっていた。

「そんなこと、いいんです」

 僕もせめて、抱きしめ返した。そのまま背中をさする振りをして、ポケットの中のスタンガンを手に、



「奥間君は、優しい方ですのね」



 ――取れなかった。

 アンナ先輩が、僕の手首をつかんで、引き揚げていく。

 怪力で片手が全く動かせなくなり、なぜ気付かれたのかパニックに陥った思考が、抵抗するという気力を全て奪い取っていた。

 アンナ先輩の表情は陶酔から、今まで向けてきたものとは一切違う、だけど僕の一切の行動を許す性質の違う母親のような慈愛の微笑に変化する。僕のポケットを探り、黒い物体を取り出す。

「これはスタンガンですの? ……危ない物を持たされましたのね」

 アンナ先輩はためしにバチン、バチンと何回かスイッチを入れた後、おもむろに《雪原の青》に振り下ろした。

「ああああぁぁぁぁあああ!?」

 びくん、と身体が跳ねて、動かなくなった。辛うじて意識はあるみたいで僕の方に視線が向いているのだけど、僕は目を合わせられない。

「奥間君は優しいから」

 アンナ先輩の呟く声が、僕の挙動一切を縫いとめていく。

「敵にほだされてしまうのではないかと、一応は考えていましたの。人質になった人がそういう心理状態に陥ることもあり得ると、不破さんも仰いましたのよ」

 まだ出口で僕らを見ていた不破さんに、思わず視線を向けた。それに気付いた不破さんは、視線を逸らした。

 責めるなんて出来はしない。するつもりもない。ただ、すれ違った時の謝罪の意味を分かっただけだ。アンナ先輩に『あり得るかどうか』を聞かれたから答えただけなんだろう。答えなかったとしても可能性として考慮に入れていただろう。

「でも大丈夫ですの。わたくしが引き戻しますわ」


 ――アンナ先輩?

 嘘ですよね?

 だって、デートのとき、人前だとあんなに恥ずかしがっていたじゃないですか。

 どんなに発情していても、誰かが来たらすぐに止めていたじゃないですか。

 アンナ先輩、今は、今だけはしないでください。

 あなたの変化を一番悲しんでいるあなたの親友が見ている目の前で、その変化を見せつけるようなことは、


「――んっ、んん!」


 溢れきった欲情と噎せかえるほどの艶香を伴って、アンナ先輩の唇が僕の唇に重ねられた。

 唾液が送り込まれてくる。僕の口内全てを知り尽くした舌は、僕が感じるポイント全てを的確に刺激する。唾液は媚薬のように僕の身体を芯から熱くしていく。快楽が送り込まれてくる。必死に我慢するけど、アンナ先輩の暴力的なまでの熱情がそれを許してくれない。キスだけで背筋がゾクゾクし、ガクガクと足が恐怖ではなく快感への期待で震え、僕の息子に強制的に血液が流れ込んでくる。自分の意思じゃどうにも出来ないほどに息子がいきり立っていく。

「ぷはあ」

 息継ぎの為か一瞬解放される。アンナ先輩は僕の股間を見ると、

「ああ、よかった」

 妖艶に、微笑んだ。

「わたくしの愛で、悪い方に染まりかけた心を元に戻せそうですわ」

 違います。今だけは違います。

 今だけは、僕に愛は一切ないと言い切れます。

 これはただの生理的な刺激に反応しただけなんです。

 ただ発情して欲情して、それだけなんです。

 それが、言えない。言っても意味がない。

 アンナ先輩は、愛と性欲の区別がついていないのだから。

 だから生理的な反応でしかなくても、それが愛故の反応だと思い込んでいるのだから。

 彼女の世界では、何も知らない狭い世界では、そうなっているのだから。

「ああ、わたくしも、愛がたくさん溢れてきましたわ……!」

 切なそうに太股をすり合わせている。溢れ出た唾液が顎の殆どを濡らしている。

 にちゃ、にちゃと、湿った水音が下腹部から聞こえてきた。

「さあ、《雪原の青》はわたくし達の家に持って帰って、愛の罰をともに与えましょう? 奥間君も悪に罰を与えていけば、他の悪にもむやみに同情することはなくなりますわ」

 《雪原の青》が、華城先輩がどんな目で僕達を見ているのか、わからなかった。知るのが怖かった。

 アンナ先輩が抱きしめていた僕の身体からいったん離れ、《雪原の青》を乱暴に持ち上げようとする。

 このまま、終わる? 僕は一生アンナ先輩の性欲搾取の家畜となって生き、アンナ先輩はそれを邪魔するものを、自分の世界に相容れないもの全てを潰して生きて、この正しく健全で狭量な世界よりさらに狭い二人だけの世界に縛られ、閉じていくのか?

 ――ガチャガチャガチャ、と、僕とアンナ先輩に鎖の巻きつく音がした。

目途が立ったので昼休みに投下しました。
後多分、三回ぐらいの更新で完結すると思います。四回かな。とにかく目途は立ちました。最後までお付き合い願えればと思います。
自分で書いててなんですが、男の人ってキスだけでイけるんですかね? まあアンナ先輩はヤンデレなくせに能力的に何でもアリなので。


 鎖が何重にも巻きつく。

 アンナ先輩と僕が密着し、宙に、え?

「なっ!?」

「あうぇえええええ!!?」

 鎖に巻きつかれたのは幻覚でも幻聴でもなかった。

 僕とアンナ先輩に鎖が執拗に巻きつき、天井近く、普通の家の二階建ての屋根の上ぐらいまで、本当に吊り上げられた。

 鎖の先を持っている人物を見て、アンナ先輩が呆然と呟く。

「月見草さん!?」

 ――そうか。

 僕の送ったメール、届いてたか。

 下を見ると全員が呆然としていた。というか不破さんが一番呆然としているように見える。日本製のコンドームが破れるより珍しいかもしれない。



『アンナ先輩が《雪原の青》に拷問か自分の家に攫おうとしたら、アンナ先輩を拘束してくれ』

『どこに潜めばいいかは不破さんにこのメールを見せて指示を仰いでくれ』

『出来ないならこのメールは消してくれ。難しいこと頼んでるのはわかってるから』

『けどできれば、アンナ先輩を守ることに協力してほしい』 



 ――月見草は、僕の頼みを聞いてくれたんだ。

 アンナ先輩は今こそ凄まじい速度で吸収していっているけど、元々は清廉なやり方しか知らない人で絡め手は苦手だった。虚実の入り混じった駆け引きも得意ではない。

 論理展開も正攻法で基本に忠実だ。完璧超人の唯一の弱点というか、付け入る隙があるとすればそこにしかないと僕は思った。

 だから、《群れた布地》の時と同じように、本来協力してくれるはずもない人物に協力を頼んだ。可能性は殆どなくても、やれることはやっておいた。

 なんのことはない、いつものやり方で、でもこれが僕のやり方だ。



「何故、月見草さんが……!?」

 とにかく鎖を引きちぎろうとするけど、状況を把握した僕も無理矢理抱きしめて止めているし、アンナ先輩の怪力を知っている月見草や不破さんの計算により通常の何倍にも厳重に拘束され、吊りあげられて足元に力が入らず不安定という状況もあって、アンナ先輩でも脱出は簡単じゃない。なにより、あり得ない人物の造反からの混乱が怪力を奪っていた。

 それでも稼げる時間はそう多くない。アンナ先輩の切り替えは思ったより早かったし、何より月見草がオーバーヒートを起こして今にも倒れそうになっている。

 僕の腕を簡単に振り解くと、上半身に巻きつけられた鎖の一部を無理矢理に引き千切り、吊りあがっていた上部の鎖をさらに引き千切る。落下。

「ぎゃああああああ!!」

 思わず情けない悲鳴が出たが、アンナ先輩は下半身に巻き付いていた鎖を足で解きつつ、僕をお姫様抱っこする形で庇い、地面に着地する。

 今の不意打ちで20秒は稼げただろうか。《SOX》も不破さんも工場内から消えていた。

「くっ」

 人数と一人全く身体を動かせない怪我人がいることを考えると、まだアンナ先輩の身体能力なら十分に間に合った。

 だから僕は、情けなくも無理矢理腰にすがりつく。

「――――! 離して下さいまし! 《SOX》が、《雪原の青》が逃げますの!!」

「駄目です!!」

 アンナ先輩の叫びに負けないぐらい、僕は声を張り上げた。

「こんなやり方、間違ってます!!」

 ぎし、と相反する何かに引き裂かれそうな、激情と憎悪の目が僕を睨む。

「こんなの、おかしいですよ! 絶対間違ってます! こんなやり方じゃアンナ先輩が傷付くだけです!! 傷付くアンナ先輩を見たくないんです、嫌なんです!! 月見草だって同じです、だから止めようとしたんです、僕が頼んだんです!!」

「――奥間君が?」

 声色が一周回って静かになった。もう《SOX》を追いかけようとすらしない。

 代わりに溢れて僕に纏わりつく、嫉妬の暗黒オーラを何十倍にも濃縮したような、死しかないと思わせる殺気。

 それでも僕は叫ぶのを止めない。

「こんなアンナ先輩は嫌です!! 僕が憧れたアンナ先輩は、僕の好きな先輩は、人を傷つけて悦ぶような、そういう人じゃない!!」

 変わった、変えてしまった。それは僕のせいだ。どう言い訳しても、その事実は覆らない。

 僕に性衝動を覚えなければ。僕がアンナ先輩の処女を奪わなければ。

 そこに僕の意思が介在しているかは関係ない。僕がアンナ先輩を変えた、それが現実で事実だ。

 だけど、それでも。


「このままじゃアンナ先輩は、終わってしまうんです!! それだけは嫌なんです!!」

 アンナ先輩の顔は、銀髪の陰に隠れて、見えない。

「終わってほしくないんです!! 二人だけの世界なんて、僕は嫌です!!」

 言葉が支離滅裂になって来た。それでも叫ぶ。

「アンナ先輩の世界は、もっともっと、広くあってほしいんです!!」

 僕も、華城先輩も、月見草も、この正しく健全で狭量な世界の中に閉じられて、動けなくなっていった。

 それを救ってくれたのは、あなたじゃないですか。

「あなたには、心の底から笑ってほしいんです……憎しみに酔うんじゃなくて……閉じてしまうんでもなくて……」

 アンナ先輩が膝を付き、僕の顔を正面から見た。

 僕の頬に、手を添える。凍り付きそうなほど冷え切っていた。

「わたくしは、奥間君以外は、いりませんわ」

 ――届かないのか。

 やっぱり、もう何もかもが手遅れだったのか。

「でも、奥間君は、……」

 声に抑揚はなかった。

「それを、望まないんですのね」

 冷たい掌が、僕の涙を拭う。

 憎しみが消えたわけじゃない。破壊衝動を解放したいと、僕に死を感じさせるほどに冷たい掌は震えている。

 だけど、僕の涙を見て、アンナ先輩は自分の胸に爪を立て、出血させながらも、衝動に耐えていた。

 ――そうだ。

 僕とアンナ先輩が繋がる直前、僕が悔しさで泣いたのを見て、アンナ先輩は止まったんだった。

 残念ながら言葉は通じなかったけど、それでも自分の激しすぎる衝動より、僕の涙を心配してくれたんだった。

 声は届かない。アンナ先輩には前提の知識がないんだから。言葉は届かない。知識がないなら、意味がわかる訳がないんだから。

 だけど。

 アンナ先輩は、憎しみの衝動にまだその身を震わせつつ、それでも嬉しそうに笑った。

 僕が絶望を覚えたあの笑みと同じものだったのに、だけど今はなぜか意味が違って見える。

「奥間君はわたくしの為に、泣いてくれるんですのね」

 これだけ傷付いてるのに、これだけ激しい衝動を抱えているのに、それでもこの人は泣いている人に、笑いかけるんだ。

「でも」

 僕に向けられていたその笑顔が、揺らいだ。

「……どうして、泣いていますの? 奥間君……――――」

「アンナ先輩!?」

 ふ、と、糸が切れたようにアンナ先輩がいきなり倒れた。

 目を閉じるその顔は、安堵も苦しみもなく、完全な無表情のマネキンみたいだった。


「アンナ先輩!? ――月見草!! お前、動けるか!?」

「……問題ありません」

 いや大アリだろう熱何度あるんだよと突っ込みたくなったけど、完全に気絶した人間一人の体重は僕一人では支えられない。

「車を用意します。……疲れが出たのだと、思われます。アンナ様は、奥間様が、攫われてから、一度も休まれていなかったのです」

「…………」

 破瓜を経験して、さらにあれだけセックスして、《雪原の青》を追いかけまわして、その間に僕が攫われて、これだけの憎しみを抱えて、風紀委員に指示しつつ、早乙女先輩や不破さんを人質にし返して、《SOX》との交渉のセッティングまで全部一人で休みなくやってきて。

 人間離れしたアンナ先輩でも、流石に限界だったみたいだ。

「《SOX》は?」

「風紀委員が追っていますが、アンナ様の指示もなしには、捕まらないかと」

「そっか……」

「では、車を、用意します」

「月見草」

 アンナ先輩の瞼の裏に、今、何が映っているのかは、わからない。

 だけど少なくとも、今ここでは、終わらなかった。

「お前のおかげで助かったよ。アンナ先輩の命令に逆らうのは、辛かったろ」

「……私には、何が正しいかは、わかりません」

「僕もだよ。でも、アンナ先輩を守れたのは、お前がそう望んだからだろ?」

「……失礼します」

 これ以上オーバーヒートさせるようなこと言わない方が良かったかな。

「…………」

 今なら、逃げれる。そう囁く自分の心が、確かにある。

 PMを操作する。……繋がった。

『――狸吉?』

 ギリギリ気絶していなかったようで、華城先輩は弱々しくも答えてくれた。

『無事?』

「はい。……みんなは?」

『アンナがいないなら、大丈夫……アンナは?』

「気絶しました。疲れが一気に出たみたいで」

『そう。――狸吉』

「はい」

『辛いなら、嫌ならいいんだけど……アンナを、頼めない?』

 PMの向こうから主にゆとりの焦った声が聞こえてきたけど、僕は華城先輩に感謝していた。

「はい。頑張ってみます」

 PMを切る。アンナ先輩はやっぱり動かない。

 僕は答えないといけないんだと思った。アンナ先輩の「どうして?」に。

え、あ、はい、自分は女ですが……何か?

もう少しですね。頑張ります。

ここで終わると思っているな、アンナ先輩は一瞬止まっただけでまだカンカン通り越した暗黒オーラを纏っているぞ
次回予告、ちょっと忙しくて本当に数日後になりそうです

下げてなかった、申し訳ない


 月見草の熱は事が終わってしまえばだいぶ冷めてしまったみたいだ。ピロートーク出来ない男は嫌われるらしいぞ。

 アンナ先輩の目は覚めないまま、アンナ先輩のマンションに戻りベッドに運ぶ。まだ鎖の残骸が残ったままだったけど、シーツは変えてあった。着替えさせてあげたいけど、流石に僕や月見草には無理だったし、間の悪いことに女手もなかった。

「病院には連れて行かなくていいの?」

「奥間様の事件が露呈してしまうことは、アンナ様の命令に違反しますので」

「心配じゃない?」

「目が覚まされましたら病院に行かれますよう、提案いたします」

 まあ、それが月見草の限界か。これでもだいぶ気が使えるようになった方だ。怪我や病気とかはしてなさそうだしな。

 バン!

 扉が乱暴に開かれる音がして、アンナ先輩が出てきた。

「奥間君」

 アンナ先輩の顔は、気絶していた時と同じく、完全な無表情だった。

 濃縮還元1919%ぐらいの暗黒オーラを纏わせながら。

 アラートアラートアラート。ヤバいヤバいヤバい!!

 無理矢理に抑え込んだ衝動は気絶していた間に消えなかった。有耶無耶に出来てたらよかったんだけど、アンナ先輩にとっては僕が泣いてたから一応話を聞く姿勢を取っただけで、《SOX》を庇った事実を無かったことにはしてくれなかったみたいだ。ダメだ、理由が我ながら情けなさすぎる。

「月見草さん、席を外してくださいまし」

「…………」

 一瞬躊躇ったのをどう見たのか、

「席を、外してくださいまし」

 暗黒の絶対零度オーラを月見草にも向ける。直接向けられたことがないであろう月見草は、あの本能を直接揺さぶるオーラに頭や心ではなく身体が動かせないようになっていた。

「……かしこまりました」

「あ、ま、待って月見草……」

 話をしなければとは思っていたが、いきなり腰が抜けた。えーと、えーと、あ、

 大事なこと忘れてた。妊娠阻害薬〈アフターピル〉飲んでもらわないと僕とアンナ先輩の人生が終わる。その前に僕の命が終わりそうだけど。

「月見草、悪いけどここに、取りに行ってもらいたいものがあるんだけど」

「かしこまりました」

 メモしている間も月見草とのやり取りも、アンナ先輩は後ろで黙って見てた。……月見草、遺言頼んでいいかな。

「月」

「2時間は誰もこの家に入れないように。あなたもです」

「かしこまりました」

 あの無表情アンドロイド、ちょっとここを離れられるのが嬉しそうだったのは気のせいだよな? 僕の僻みだよな?

 僕はアンナ先輩の暗黒オーラが怖すぎて動けない。アンナ先輩は俯いていて、表情は銀の織物のようなカーテンに隠れている。

 玄関の閉まる音がした。


「奥間君」

 言葉を紡がないと、きちんと話さないと。そうは思うけど、心臓を直接鷲掴みにされているような本能から来る恐怖に言葉は出ない。

「聞かなければならないことが、あります。それはわかっていますわ」

 声の調子からは、アンナ先輩が何を思っているかはわからない。

「あなたが《SOX》を、《雪原の青》を逃がしたのも、わたくしへの愛ゆえの行動だというのは、あなたのあの涙でわかっているつもりですの」

 言葉だけならば僕の気持ちをわかってくれているように聞こえる。だけど、

「ですが……ですがっ!!」

 僕の視界は天井に向いていた。一拍遅れて背中に衝撃が走ったことを自覚する。

 アンナ先輩は僕に馬乗りになり、僕を真正面から覗きこんでいた。

 アンナ先輩の瞳には、交渉の時一瞬僕に向けられた、切ない欲情が、憎悪に彩られた殺気が、愛と呼ぶには生易しいほどの激情が、あの時は抑えていた全てが、僕に向けられていた。

「今は、今だけは何も仰らないでくださいまし……! もし、もし、今奥間君の口から、あの悪を庇うようなことを聞いてしまえば」

 アンナ先輩の顔は泣き笑いのように歪む。

 僕の不在が耐え切れないと、とうとう涙を零しながら。

「わたくしは、あなたを……!」

 ぎり、と歯軋りのような音が聞こえた。

 僕の両腕を片腕で完全に押さえつけ、僕の局部を露出させる。

「ア、アンナ先うぐ!?」

 唇は無理矢理唇によって塞がれる。アンナ先輩は唾液を送り込むのではなく、僕の唾液を啜るように飲み込んでいく。

 命の危険を感じているのに、アンナ先輩が習得した超絶テクのキスは僕の愚息を強制的におっきさせる。

 アンナ先輩がパンツを脱ぎ捨てると、今までで一番性急さを伴って、僕とドッキングした。

「はあ! ……あ、はう……」

 アンナ先輩は悦びよりもむしろ安堵の方を感じているようで、キスは止まり、アンナ先輩の中に僕がいることを確認するかのように、破瓜の痛みに耐えていた時のように、腰の動きはゆっくりと、だけど中の壁は大きく蠕動させていく。

 アンナ先輩の中が蠢くたびに僕の息子をさらに大きく育てていくけど、僕は声を出したら今にも殺されるんじゃないかという恐怖に、何も言葉を発せない。恐怖を感じているのになんで僕の息子は大きく育つのかわからないけど、命の危険を感じてむしろ子孫を残さないといけないとか本能的に感じているんだろうか。アンナ先輩から感じる快感もこれまでより大きく凄まじかった。

「あ、あ、奥間君が、わたくしの中で大きくなって、わたくしの中が、埋まっていきますの……!」

 完全に勃ちきった僕の息子の存在をより深く感じようと、アンナ先輩が腰をさらに沈めてくる。

 欲情と安堵をないまぜにした感情にしばらく酔っていたみたいだったけど、その感情はすぐに消え去り、不安そうな顔になって、

「奥間君が」

 呟きは、小さかった。


「奥間君がいなくなるなんて、耐えられないですの……この幸せが消えてしまうなんて、耐え切れないですわ……」

 アンナ先輩の瞳が、これまで以上に危険な光を帯びる。

「ずっと、一緒……永遠に……奥間君が、ずっとわたくしのお腹の中に……」

 アンナ先輩の身体が倒れ込んできて、小さな口が大きく開かれ、桃色の舌と真珠色の犬歯が良く見えて

「いぎゃあ!!?」

 僕の喉に、喰らいついてきた!?

 甘噛みとかじゃなく、本気で噛み千切る勢いだった。辛うじて皮膚は破れてないと思うけど、息の荒さも興奮も完全に飢えた肉食獣そのものになってる!!

 や、ヤバい、喰われる! 本当に、食事的な意味で!!

「奥間君を食べてしまえば、ずっと一緒にいられる……奥間君はわたくしのお腹の中にいてくれる……」

 喉元に喰らいついたまま器用に呟くけどそれどころじゃ無い! 単に殺されるだけじゃなく日本の事件史に載ってしまう!!

 だけどぐぐ、と歯が更に食い込んできて、声を出すどころか息できるかも怪しくなってる。最低な発想だけどこれしかない!!

「んあ!? あ、あ、あ、!!」

 必死に腰を突き上げる。アンナ先輩を一回果てさせる、それしかこの場を逃げる術が思いつかない。身を捩ってもアンナ先輩はびくともしないし振り解くのは絶対無理だ。果てた瞬間を狙って拘束が緩んだところを一回逃げるしかない!! さすがにこの状況では僕が果てることは有り得ない!!

「んんんんん!!」

 ぎゃあ、噛みつく力が強くなった!? 快感に耐えるように噛みつく力が強くなり、なんか皮膚が破れた感触があったけど!?

 その証拠にアンナ先輩の舌が喉を這いまわる。ぴちゃぴちゃと何かを舐めとる感覚がある。アンナ先輩の身体から子宮だけじゃなく、いろんな内臓が蠢く音がしている。早く、早く果てさせないと!!

「ん、ん、ん、ん!!」

 歯は肉にまで到達している。腰の痛みが再発するけど直にそうも言えなくなる。更に強く突きあげる。

「ああ! んん、奥間君……!!」

 更に噛む力が強くなって、あ、僕喰われると諦めた瞬間だった。

 アンナ先輩が何かを堪えるように、ぎゅっと目を瞑った。アンナ先輩の唇が、僕の鎖骨あたりにスライドする。歯は改めてそこに突き立てられ、骨を齧るような感じになって、

「んんんんんんん――――!!」

 びくんびくん、とアンナ先輩の腰が震えた。一気にアンナ先輩が静かになる。

「はあ、はあっ……! ……あ、アンナ先輩……?」

 呼吸できなかった息を辛うじて整えられるほどの時間が経つと、アンナ先輩がゆっくりと身体を起こした。

 拘束していた両腕も離してくれた。ドッキングはしたままだけど。

「……大丈夫、ですわ。落ち着いた、と思いますの……」

 か細い声で、泣くのを堪えるように目を細めていた。

 唇から血が流れているのは見なかったことにする。


「奥間君……どうして、《SOX》を、《雪原の青》を逃がしましたの?」

 囁くような声だった。アンナ先輩自身、混乱しているのかもしれない。

「……《SOX》を、捕まえること自体は、悪い事でも何でもないですよ。今まで、生徒会もやってきたことじゃないですか」

 アンナ先輩は僕の言葉を聞いてくれている。

「でも、アンナ先輩は、あの時、《SOX》に憎しみを抱いていて……それに囚われていて……」

 どう言えばいいのか、この期に及んでわからないけど、それでも言葉を何とか紡いでいく。

「本来なら関係ないはずの人まで巻き込んで、アンナ先輩が破滅していくのを見ていくのは、耐えられなくて」

「間違って、いたのですか?」

 アンナ先輩が泣きそうになる。アンナ先輩の世界では、正しくなければ愛されない。

 だから間違っていたら、捨てられる。

「そう、言えるかもしれません。でも、大事なところは、僕が止めたかった理由はそこじゃなくて」

 決心する。多分、言いたかったことは、言うべき言葉はこれなんだ。

「憎しみをぶつけるのは、《雪原の青》に罰を与えるのは、愉しかったですか?」

「…………」

 アンナ先輩は否定しない。出来ないのだろう。

 そして卑猥な知識と違って、倫理や道徳は、愛より優先されるとはいえ、アンナ先輩は普通の人以上に厳しく持っている。

 だからきっと、責めているように感じているだろう。だけど、ここははっきりさせるべきところなんだ。

「……どうでしたか?」

「愛ゆえの罰ですわ……仕方ありませんの」

「……それが、嫌なんです」

 僕の方が視線を合わせられなくなってきた。

 以前からアンナ先輩は愛ゆえの行動なら嫉妬からの殺人すらも肯定していたけど、殺人未遂も何度か実際にやっているけど、その行為自体を愉しんだりはしていなかったはずだ。……そうだよね?

「罰そのものは、時には与えなければならないことかもしれませんけど……罰を与えること、人を傷つけること自体を愉しむようになったら……アンナ先輩の周りには、誰もいなくなっちゃいますよ」

 僕はこの理屈が通るか、わからなかった。

「……わたくしは、奥間君以外、いりませんわ」

「そうやって」

 もうたまらなかった。

「僕との愛を邪魔するもの、全てを潰していくんですか? 二人だけの世界を邪魔するもの、全てを」


 キッと睨んできた。殺意に近くて、でも少し違う。意地を張った子供が振り上げたこぶしを下ろせなくなったような、引っ込みのつかなくなったような、痛々しさがある。

「奥間君は、望んでくれないんですの?」

「……嫌です、だって」

 華城先輩の『頼んでいい?』という言葉が、改めて思い返される。

「アンナ先輩を好きな人は、僕以外にもいっぱいいるんですよ」

 一瞬、アンナ先輩はきょとんとした。まるで、何を言っているのかわからないといったような。

「華城先輩と一緒に遊びましょうよ。また月見草のプレゼント買いに行きましょう。早乙女先輩の個展見に行くのもいいし、ゴリ先輩の受験が成功したらみんなでお祝いしましょう。生徒会のメンバーだけじゃなくて、アンナ先輩の笑顔を見たいと思ってる人は僕以外にもいっぱいいて、みんなから愛されていて、なのにアンナ先輩は、僕だけしか見ないんですか?」

 言っていて、辛い。

「そんなの、寂しいですよ。……僕は、……アンナ先輩に、もっと広い世界を見てほしいんです」

 正しく健全で狭量なこの世界から、正しくなくて不健全かもしれないけど楽しく広く寛容な世界を知ってほしい。

 アンナ先輩がその笑顔で、この世界から零れ落ちそうになっていた僕や華城先輩や月見草を、何とかこの世界に戻してくれたように。

 僕は、《SOX》として戦っているのは、その為なんですよ。

 その言葉は言えない。だけど。

「わたくしが、間違っていますの?」

 アンナ先輩が、涙を零していた。

「《SOX》に、《雪原の青》に抱いたあの衝動は、間違っていますの?」

 アンナ先輩は首を横に振る。本来は潔癖なアンナ先輩にとっては、人を傷つけて悦ぶ部分があることを許せないんだろう。

「違います、そうじゃなくて」

 慌てて遮る。 

「誰だって、大切な人を奪おうとする人に、怒りや憎しみを覚えると思います。それをぶつけて晴らすことは、愉しいです。それは正しいとか間違っているとかじゃなくて、そういうものなんだと思います」

 衝動を無かったことにするのは、無いものにすることは出来ない。

 僕達《SOX》がさんざん言ってきたことだ。

 アンナ先輩は頭を抱えている。自分の醜い部分を改めて自覚して、辛いんだろう。

「そこまで否定しちゃ、アンナ先輩が辛いだけですよ。……認めていきましょう、自分の中にそういう……人を傷つけて愉しいと思う心があることは。それ自体は、決しておかしいことじゃないと思います」

 今だけは、アンナ先輩を抱きしめる。壊れてしまわないように。

「アンナ先輩はそういう衝動を抱いたことがなかったから、わからなかっただけですよ。これから覚えていけば、いいんだと思います。僕はそういうことで、嫌いになったりしません。絶対に」

 改めて、一人の女性として好きになれるのかと聞かれたら、それはまだ答えられない。

 だから狡い言い方をして僕は逃げたけど、――嫌いになる事だけは、絶対にない。

「アンナ先輩。……僕を助けようと、一晩中頑張ってくれて、ありがとうございます」

「……奥間君……奥間君……!」

 ひっく、としゃくりあげながら、おずおずと。

「奥間君が、戻ってきて……よかった……!」

 しばらく、アンナ先輩の背中を撫でながら、泣き止むのを黙って待っていた。

 どれくらい泣いていただろう。



「……奥間君」

「はい」

 泣きはらした、それでもやっぱり綺麗な瞳で、アンナ先輩は、

「また、ファミレスというもの、行ってみたいですの。他にもわたくしが知らないところ、連れて行ってほしいですわ。奥間君が連れて行ってくれる場所なら、きっとどこでも楽しいですの」

「……はい」

 これがアンナ先輩の、答えなんだろうと思った。

「……えへへ」

 アンナ先輩の心からの笑顔は、僕の胸をドキドキさせる。

 ――ただしここからは違う理由で。

「それで、あの、でも……奥間君……」

 もじもじと、よく考えたらまだドッキングしたままで、何かをねだるように、唇から流れている血を舐め、え?

「奥間君がいないのは、やっぱり寂しいんですの……ずっと繋がっていられたらいいのですけど、そうもいかないでしょう?」

 え? え?

 アンナ先輩は僕の左手を取ると、小指に舌を伸ばし、舐めまわす。軽く噛むと、

「小指だけでいいですから、わたくしのお腹の中に入れたいんですの」

 いやああああああああああああ!!

 あらゆる衝動も性癖も許容するつもりでいたけど、食人趣味は流石に無理!! 

「あの、先の方だけでいいんですの」

 何その先っぽだけ、先っちょだけでいいからみたいな言い方!! なんかさっきまで可愛いとか思っていた瞳に性欲と食欲の火が同時についてるし!!

 小首を傾げて僕の指をペロペロする姿自体はものすごく可愛いし綺麗だし妖艶でオトコゴコロをわかり尽くしているとしか思えないような完璧なねだり方だけど、ねだるものが物騒すぎる!!

「すみませんすみませんそれだけは許してください」

「……ダメですの?」

「う、あの、本当に勘弁してください何でもしますから」

「――何でも、と言いましたわね?」

 ……あれ?

 何この獲物が罠にかかって大満足な狩猟者の笑みは。

 僕の首元に舌を這わせ、まだ流れている血を舐めとると、悦びに身体を震わせつつ、

「ふふ、そう怯えた顔をしないでくださいまし……ですがなぜでしょう、その顔を見るとすごく興奮しますわ」

 ひい、なんか完全に獣性に火が付いた!! 以前よりさらに悪化して!!

「あ、ああああの痛いことはその」

「大丈夫ですわ。奥間君の身体に傷をつけるようなことは、もうしませんから」

 駆け引きを完璧にこなして、にっこり笑うアンナ先輩の笑顔に、僕は頷くしかなかった。だってその笑顔、完全に僕を支配できる悦びのものだったもの。
 
 ……でも正直に言うと、前よりもすごく大人っぽく綺麗で、それでいて可愛くなってた。こんなの狡い。



 <エピローグ>


 一週間後、病院前の喫茶店で鼓修理とゆとり二人とだべっていた。今日は華城先輩のお見舞いにアンナ先輩と僕が来るよと言ったら二人とも一斉に病室から逃げて喫茶店に避難した、という訳だ。ちなみに華城先輩はアンナ先輩とメールしながらでとっくに知ってたので大丈夫なのだけど。

「華城先輩の容体はどうなの?」

「ろっ骨にひびが入ってたっス。あの化け物……!」

 アンナ先輩への恐怖と怒りがないまぜになっている二人だけど、華城先輩はこれで済んだことをむしろ良かったと思うべきだと諭され、その苛々がどうも僕に向けられている気がする。

「んで? 狸吉こそまだ監禁生活は続いているんだろ?」

「アンナ先輩、母さんに言質取っちゃっててさあ……『女が看病すると言っているのにそれを無碍にする気か貴様は!』と……」

 というか、今は逃げるほどの余裕がない。身体的にも色々。

「おい、その、薬飲んでからも色々やってるんじゃねえだろうな? そんなんしたらまったく意味はなくなるぜ」

「あー、……長くなるけど、そのあたりは大丈夫。その薬飲んでからは、何にもしてないよ。僕が家畜となっている現実は変わってないんだけど、アンナ先輩の妊娠の心配はしばらく無くなったんだ」

「「?」」

 まあそうなるよね。でもこれ説明すると絶対PMが感知しちゃうからなあ。

「とにかく、妊娠はしばらく大丈夫だから」

「んで、あの化け物女は来るのか?」

「あー、生徒会が僕とアンナ先輩に華城先輩までいなかったからね。もう一人いるんだけど、その人も受験だから。アンナ先輩は生徒会の仕事と、あと」

 ニヤ、と我ながら意地の悪い笑みを浮かべる。

「早乙女先輩を教育し直してから、ここに来るってさ」

「《更生プログラム》やらないんじゃなかったのかよ!?」

「あー説明するから」

「皆さん、ここにおられたのですね」

「おわ!?」

 いつの間にか喫茶店の入り口に不破さんが立っていた。病院とはいえ外からでも入れるから、医療機関出入り禁止ブラックリストに載ってる不破さんでも入れるみたいだ。

 ゆとりと鼓修理に相席してもいいか聞くと、不破さんは僕達の席に座り、珈琲を注文する。


「その、この前はごめんね」

 僕はずっと休んでいるので、あの事件以来不破さんに会うのはこれが初めてだった。

「かまいません。色々と興味深いデータも取れましたし」

「うん、アンナ先輩の無知に付け込んで愛の再現実験した件については別だからね?」

 不破さんがさっと目を逸らした。ひと段落してから華城先輩に聞いたのだけど、その件についてはゆとりも鼓修理も呆れを通り越して感嘆していた。

「……その件と全く関わりがないわけではないと思うのですが、奥間さんに相談がありまして」

「ん? 何かな?」

 あえて笑顔で答えてやると、不破さんは早乙女先輩作の不健全漫画やイラストを机に置く。空いてるし誰も覗きこまないだろうけど、おおっぴろげにすると善導課が来るよ?

「……何故わたしと会長という女性同士の本が出回っているのでしょう?」

「うん、それね。早乙女先輩曰く、人気らしいじゃない?」

 早乙女先輩が女同士も悪くない!と帰ってからすぐに「アンナ先輩×不破さん」の漫画一冊とイラスト数枚を凄いクオリティで描きあげやがった。アンナ先輩には悪いけど、自分が題材にされる辛さを味わうがいい。

「……そうですね。女同士というのは意外に人気のある題材のようなのですが」

 不破さんがこめかみを抑えるような動作をする。

「周りの目線が、変わったような気がするのです……」

「うん、なんで僕が轟力先輩との本を嫌がったか、これでよくわかったよね? ちなみにどうにもならないよ?」

 不破さんは活躍してくれたし他にもお礼はしてあげたいんだけど、それとこれとは別だ。

「一応、アンナ先輩の特別講習は止めるように言ったから。それで何とか勘弁してくれないかな」

「《更生プログラム》の件は白紙になったのではなかったのですか?」

 ゆとりや鼓修理も疑問に思っていたみたいだった。僕は手を振って否定して、

「いや、単に美術特待生で学力が0の早乙女先輩に、お勉強を教えてから来るだけだよ? 人格的にどうこうってやつじゃない」

 というのは建前で、なんかこう、アンナ先輩はどうも、Sというか女王様気質に目覚めてしまったようで、人が自分の言動で怯えたりするところを見るのが愉しくなってきてしまっているらしい。ひでえ話だ。

 なので早乙女先輩には場を混乱させた罰も含めて、アンナ先輩と二人きり個人授業をお願いした。ちなみに内容は華城先輩検閲済みだから大丈夫だろう。僕にそういう、いじめて愉しいみたいな感情のベクトルが向かないように、あとアンナ先輩の怖さをもう少し分かった方がいい。でもまあ、身体を傷付けず表に出ない程度なら大体のことはやってもいいですよとと言った時の、アンナ先輩の何もかもわかってるような、それでいて期待している瞳を向けられた時は僕もちょっとやりすぎたかなとは思ったけど。アンナ先輩の息抜きになるなら早乙女先輩も本望だろう、きっと。

 三人とも内容を理解すると、

「まあ、綾女が言うなら大丈夫……なのか?」

「一回痛い目遭っといたほうがいいっスね、あの画家は」

「わたしとしては助かりましたが」

 と、いいタイミングでPMがかかってきた。

「はい」

『奥間ぁ! アンナに何を吹き込んだんじゃ!? あの素晴らしい美の極致とも言える笑顔で、実に愉しそうにわしをいじめてくるんじゃが!』

「自業自得でしょ。これでもだいぶ軽くなってるんですよ、メニュー」

『いや今の凄まじいカリスマを纏ったアンナも捨てがたいのは事実じゃが、それはモデルの話であって――は!?』

『――あら、誰と電話しているんですの? 休憩を許可した覚えはありませんわ。……別メニューの方が、よろしくて?』

『い、いえ! そ、そのようなことはないぞ! わしはちゃんと勉強するからな、うん!!』

『よかった、信じていましたわ。……あら、奥間君?』

 ちょっと聞いただけではとても優しく慈愛に満ちた声なのだけど、獲物に巻き付き毒でじわじわと苦しませているのを愉しむ蛇のような、アンナ先輩のそういう部分を知っている人間だけにわかる程度の恍惚の気配を纏った声が、PM越しでもこちらを凍らせた。

 やっぱやりすぎたかな、この罰。まあアンナ先輩が愉しそうだからいいか。


『ああ、奥間君……もう病院にはいらっしゃるの?』

「え、ええ」

『そう、では早乙女先輩。続きは明日にしましょう。大丈夫、明日で終わりますわ……』

 残念そうに聞こえるのは気のせいじゃないね。

『わたくしもそちらに向かいますわ。なるべく早くそちらに着くようにいたしますので』

 学校からだと、片付けの準備含めると30分ほどかな。車だろうし。

 PMが切れると、三人とも青くなっていた顔を何とか戻す。

「じゃ、じゃあもう帰るんだぜ……これからどうするか考えないと」

「こ、鼓修理も考えとくっス!」

「ではわたしもこれで」

 全員逃げやがった。まあパワーアップしていた時のアンナ先輩の姿見ているとね。

 ――結局、変化は消えなかった。性癖とかそういう部分だけじゃなく、勉強やスポーツが以前より捗るとか能力的な部分も含まれている。何も知らない生徒でも纏う雰囲気が変わったのはわかるみたいで、何があったのかよく聞かれるようになったとアンナ先輩は微笑で教えてくれた。

 人質交渉の時ほど極端に表には出てなくても、特に人を惹きつける力の中身が変質している気がする。全部知ってる僕でも、時折視線が向けられると、それだけで背筋がゾクゾクしてしまう。以前とは違う、人の心の掴み方を覚えていてっている気がする。

 破瓜の影響だけじゃなくて、人の心の負の部分も覚えたからなんだろうか。

 とりとめのない思考は止めて、僕は先に華城先輩の病室に行くことにした。

「○ン○ン、狸吉! なんだ、思ったより元気そうね」

「華城先輩も、思ってたより怪我が軽くて済んだって言ってましたけど」

 肩が外れ、肋骨数か所にひびが入り、それは軽いで済むのだろうかという疑問はあるけど。

「あんだけぶちギレたアンナ相手なら上出来でしょ。傷痕も残らないし、リハビリすれば治る範囲だもの」

「アンナ先輩のこと、恨んだりはしないんですか? こんな大怪我させられて」

「……アンナはあなたを助けたいがゆえに暴走したのよ。大事な人を奪われたくないのは、自然な感情だわ」

 むしろアンナ先輩がそういう感情を覚えたことが、華城先輩は嬉しいのかもしれない。

 この世界に最も歪められたアンナ先輩が、自分で一つずつ自分の中の欲求を認めていくことが。

「まあ、代償は高くついたけどね。仕方ないわ。……ところで」

 華城先輩は好奇心に爛々と目を輝かせながら疑問をぶつけてくる。



「あのアンナが、一つ屋根の下で一週間もあなたに手を出してないってどういうこと? 何を言って誤魔化してるの?」

「えー、それ言わないとダメですか……あの、事あるごとに挑発自体はしてくるんですけど、襲いかかってはこないですね。……あと一週間はそのつもりらしいです」

「どういうこと?」

 これ言わないとダメなのかな……でも正直、僕もどうすればいいかわからないし。

「あの、ちゃんと相談に乗ってくれるって約束しますか?」

「するする」

 軽っ! でも話せそうなの華城先輩しかいないし。

「あ、あのですね。僕、本当に食事的な意味で食べられそうになったって話、しましたよね」

「まあ、アンナなら肉食獣の血が騒いだとかでも正直もう驚かないわ……悲しい事件だったわね」

「ギリ起きてねーよ! とにかく、前からそうでしたけど、アンナ先輩って……体液を舐めたり舐めさせたりするのが好きなんですよね」

 愛液クッキーや髪の毛マカロンとかね。僕から滴る血も名残惜しそうに出血が止まるまで舐め続けましたとも。

「んで、血を舐めて、僕の小指を食いちぎられそうになって、とにかく逃げようと何でもしますって言ったら……」

「な、なんかきついわねそれ」

「ですね。……その、アンナ先輩の言う、僕の出す愛の蜜を、許可なく出さないようにと言われてしまって」

 華城先輩が理解するのに、一拍かかった。

「射精管理!?」

 PMを無効化しつつ叫ぶ。僕は頷いた。

「なんで性知識はないはずなのに、こんな高度なプレイ思いつくかな……どうも、溜めていけばより蜜が美味しくなると考えているみたいで」

 完全に空っぽになった後から一週間後で、朱門温泉で鍛えられてもいるから、今はまだ我慢できる範囲だけど、あと一週間何もしないとなると、アンナ先輩の言うとおり蜜はさらに濃度を増して溜まっていくだろう。そして悶々とした思いだけが溜まっていく。

「『許可なく愛を放出しませんように。匂いで全部わかりますわよ』と脅されているので、」

「自家発電も出来ない、と」

「もし破ったら、その……お仕置きが待っているらしく」

 強制的にドライを経験して気絶した後も刺激が続いて気が狂いそうになったあの悪夢が蘇る。今のアンナ先輩ならそれ以上のことが出来るかもしれない。むしろお仕置きを考えている時のアンナ先輩の楽しそうな顔がね……

「その、僕の息子には触れないまま、まあその、アンナ先輩は僕を使って愉しんでおられますとも」

 指とか揉んだりとかあと、僕がアンナ先輩を舐めたりして(強制的にやらされてる)、ビクンビクンさせてる。それ見て僕の息子も大きく育っちゃうんだけど(仕方ないよね)、アンナ先輩は以前と違って果実が熟すのを待つかのように触りもしない。すごい目つきで今にも齧りつきたそうにはしてるけど。
 逃げたいんだけど、一つ屋根の下でアンナ先輩のフィールドではかないっこないんだよね……いつもの喫茶店に数日逃げ込んでもいいんだけど、そしたらアンナ先輩は母さんから外堀埋めていく。人生の墓場行きが完全に決定してしまうのは何とか避けたい。

「生殺しね……」

 さすがに華城先輩も同情の目を向けてくれた。


「何とかならないですか?」

「そういうプレイもあるのね……」

「なんかよからぬこと考えてないだろうな!?」

「ってかさ、もう付き合っちゃえば?」

「真面目に考えてください!」

「アンナを抱きこめばぺロ活動もやりやすくなるし」

「あんた親友じゃなかったのかよぉ!? アンナ先輩に子供が出来たらマジで人生終わるんですよ!?」

「あー、それね。なんとか誤魔化せば? ゴムならここにあるわよ」

「なんであるんだよ!?」

 スコン、と小気味いい音が僕と華城先輩の間を通り抜けて、壁から聞こえてきた。

「「…………」」

「あ、あら嫌ですわ。何故でしょう、手が勝手に。仕方ありませんわね、これも愛故の行動ですので」

 果物ナイフが壁に刺さっていた。冷や汗をだらだら流しながら僕と華城先輩は振り向く。

 笑顔はそのままに、暗黒オーラだけを纏っていた。おい誰だよ変わったとか言ってる奴全然変わってねえよ。ってか僕が華城先輩のお見舞いに先に行くことは言ってたじゃねえか。

 ちなみにアンナ先輩には事故で入院ということにしてある。アンナ先輩は壁に刺さったナイフを引き抜くと、そのまま椅子に座りフルーツバスケットからリンゴを取り出して器用に剥いていく。その姿自体は綺麗なのにすごく怖いよお。

「申し訳ありません、本来なら一番に来るべきだったのに」

 イチャイチャしているだけに思えるかもしれないけど、生徒会業務全部をゴリ先輩と二人で一週間分やってるから、実質華城先輩と僕の分もカバーしていることになるし、事件の後処理も色々やっているらしい。バイクの件とかは割とごまかしがきかないように思うけど、風紀委員に嘘の証言をさせることで誤魔化したそうだ。

「いいのよ、そんなの。アンナの方が大変だったのは知ってるから」

 眼鏡をかけてぶすっとした生徒会モードに入る華城先輩だったけど、心配は本物だった。

「いえ。忙しかったから来れなかったのではなく……わたくしの心の問題ですわね」

 アンナ先輩の顔に陰りが落ちたように見えた。僕はよくわからない。

「わたくしは変わったとよく言われるようになりましたわ。多分、いい意味も悪い意味も含めての事なのでしょうね」

 僕達は自然と、アンナ先輩の独白を聞く形になっていた。アンナ先輩もそれをわかったのか、どこか寂しそうに、

「事件の夜、奥間君から《雪原の青》をそれ以上追いかけないようにと言われましたの。理由は色々とあって、綾女さんにすぐ説明できるようなものではないのですけど」

 リンゴを向く手は止まらない。

「多分、奥間君の言葉だけならば、奥間君を気絶させて追いかけていたと思いますの」

「……そう、なの?」

 僕の言葉だけじゃなかった?

 じゃあ何がアンナ先輩を止めたんだ。


「綾女さんも、泣いていたから」

「「え?」」

 いつの話? ――不破さんと早乙女先輩が人質になった時、華城先輩が病院を抜け出してアンナ先輩の家に行った時か。

「涙は流していませんでしたわ。ですが、わかりますわよ。何年も親友として、傍にいてくれたのですもの」

 アンナ先輩は目を伏せている。華城先輩はアンナ先輩をしっかりと見つめている。

「わたくしは無条件に奥間君の与えてくれた変化を喜んでいましたわ。綾女さんも、当然祝福してくださると思っていました。でも」

 リンゴの皮が、完全に剥ける。

「綾女さんは、帰ってしまわれて。ほんの少しですが、それが……寂しかったんですの」

 華城先輩は、申し訳なさそうに聞いている、様に見えた。

「綾女さんに一番に祝福してもらいたくて、祝福してもらえると当然のように思っていて。だけど」

 ――華城先輩は、泣いたんだ。

 華城先輩、よかったじゃないですか。

 アンナ先輩は、ちゃんと見てくれていたんです。

 何も出来なかったわけじゃ、なかったんですよ。

「……なぜ帰ってしまったのか、わからない自分がいて。そこで、矛盾する思考も……生まれていたように思います。すぐに忘れてしまっていたのですけど」

 それがなければ、奥間君の涙も無視していたでしょう、とアンナ先輩は言った。

「《SOX》を許すつもりはありませんわ。わたくしは必ず、この手で捕まえます」

 寂しそうな声は、決意の炎に彩られた。

 憎しみもあるけど、それ以外にもきっと、色々ある炎に。

「《SOX》はわたくしの、敵ですの。捕まえて、善導課に引き渡しますわ。必ず」

「……いいんじゃない? それで」

 最も厄介な敵が更に力をつけていこうとしているのに、華城先輩は嬉しそうだった。

 決意の炎が和らぎ、リンゴが切り分けられる。

「どうぞ、綾女さん。奥間君も」

 リンゴを分けて食べる。うん、異物混入の恐れのない果物は普通に美味しいな。

「わたくしはこれからも成長し、研鑽をつんでいきますわ」

 アンナ先輩が、僕を見た。

「奥間君が、わたくしを変えたのは僕だと胸を張って言えるような女性に。綾女さんが祝福してくれるように」

 自然と、華城先輩と視線を交わし合う。

 少女から女になったアンナ先輩は、以前の不安定さはなく、確固たる自分を見つけている気がする。

「アンナは」

 言葉には、万感の思いが込められていた。

「変わったわね」

 アンナ先輩は、ただ微笑するだけだった。




 月見草が病室の前で待機していると、一人で敬愛する主人が出てきた。

「申し訳ありませんが、これからはわたくし独自に《SOX》を追いますわ。生徒会も関係なく、わたくし個人の理由です」

 アンナは月見草に振り向くことはなく闊歩していく。

「あなたにも手伝っていただきますわ。よろしくて?」

「ご命令とあらば」

 ――本来ならば、そんな危険なことは止めるべきだった。アンナの安全はアンナの意向より上位に位置するのだから。

 だが、今のアンナを見ていると、そんなことを提案する気も命令を拒否することも出来なかった。

 むしろ、頼りにしてくれているという事実が、月見草の胸を熱くさせる。

「ああ、そう言えば。わたくしを邪魔した処分が、まだでしたわね」

「はい」

 自分を処分しろと言われたなら、真っ先にするつもりだった。つまり、自死を命じられたなら、従うつもりでいる。

 それが命令ならば、という以前の理由とは少し違う。おそらく、アンナ以外の命令ならば、そんな命令はきっと守らなくなっている。アンナの変化に合わせて自分も変化していっていることに、まだ月見草は気付いていない。

「そうですわね……」

 二コリ、と一見、以前と変わらぬ慈愛の笑みを浮かべて。

「好きな色、教えてくださいまし」

「……は? あ、あの?」

 人が見ればぷしゅーっと頭から湯気が出たように見えたに違いない。月見草はいまだに自身の好き嫌いというものはよくわかっていなかった。

「聞こえませんでした? 好きな色を教えてくださいと言いましたのよ?」

 からかうような声音に、しかし月見草は余計にオーバーヒートを起こす。流石に可哀想に思ってくれたのか、

「……まあ、それはおいおいでいいですわ。じっくり考えていてくださいまし」

 アンナはあくまで楽しそうに、

「またお洋服か何か、プレゼントしたいと思いますの。その時までに答えを出していてくださいまし。そして」

 不意に、真剣さが増した。

「わたくしが間違えそうになったら、また止めてくださいまし。……その身を賭けて。お願いしますわ」

「かしこまりました」

 その命令に、心から頷くと、アンナは安堵させるように笑いかける。

 月見草が守りたいと思った、あの笑顔だった。



「手強いわね」

 まだ色々と忙しいアンナ先輩は、先に帰っていった。

 これから《SOX》は更にパワーアップしたアンナ先輩を明確に敵に回すことになったのだ。

「死ぬほど怖いです」

 怖すぎて、笑えてくるぐらいだ。

「……もし、僕が《SOX》の人質にならなかったら、どうなっていたんですかね」

「さあ? でもまあ、なんであなたを敵の中に送り込んだのかは、予想はつくわ」

「え? なんでですか?」

「アンナはあなたを自分を変えてくれた人と言ったじゃない」

「う、えっと、まあそうですね」

「そんな大事な人を、『冴えない後輩』なんて言ったら、そりゃぶちギレるわよ」

「…………そういうものですか?」

「戦える人だって、示したかったんじゃないかしら。……その気持ちは、わかるから」

「え?」

「で、もうゴム有ならセックスしてもいいと思うんだけど」

「またそれか!! もう一線完全に超えてるけど、それとは別に今の状況ホントにきついんですよ!!」

「わたし女だからわからないわ、そんなの」

「本当助けてください、お願いします。アンナ先輩に付き合っていたら体力持ちません」

「もう性獣は解き放たれてしまったのよ。諦めなさい」

「殺生な! 華城先輩だけが頼りなんですよ!!」

 不機嫌と嬉しさという相反する感情を浮かべながら、華城先輩は下ネタをタイマー全部使い切って喋りまくった。

 華城先輩は全くアイディアを出してくれないし、これから僕はどうすればいいんだろうと、いつもの調子が戻ったことに安心しつつも途方に暮れた。

 女の子って、本当、怖いよなあ。





  <完>

一応、完結しました。お付き合いいただいた方には本当に感謝です。

どうでしょう? 納得いくエンディングになったでしょうか? 原作でもアンナ先輩は救われてほしいと切に願っています。

読んだ方、ぜひ感想をいただけたら嬉しいです。ってか感想をください。アンナ先輩の性癖発露に関しては、これなんでこうなったかはわからないけど多分この人そういう性癖だと思ってる。

アニメのみの人でもだいたい分かりますというのを見て読み始めた
原作の文章は知らないが原作もこんな感じなのかな?
とにかく面白かったよ

>>222
出来る限り原作のテイストを真似しましたが、もっと下ネタが圧倒的に多いですね。
特に華城先輩。これは真似できなかった……

またやらかした。自分が作者のスレだと下げ忘れはよくあります、すみません

他の作品なら、一応


【安価SS】モノクマ先生になって絶望を与えてみよう!【ダンガンロンパ】
【安価SS】モノクマ先生になって絶望を与えてみよう!【ダンガンロンパ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375180341/)

【安価SS】モノクマ先生になって絶望を与えてみよう!chapter 2【ダンガンロンパ】
【安価SS】モノクマ先生になって絶望を与えてみよう!chapter 2【ダンガンロンパ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1376466363/)

【安価SS】モノクマ先生になって絶望を与えてみよう!chapter 3【ダンガンロンパ】
【安価SS】モノクマ先生になって絶望を与えてみよう!chapter 3【ダンガンロンパ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377779213/)


が完結しています。コテハンもここからです。他にもちょこちょこ書いてますが、完結できてないので。

古い作品でもうコメントも書き込めないのですが、ダンガンロンパ1が好きな人は、割と喜んでくれました。と思います。
思うに、女の子が病んでいく姿を描くのが好きなのです。仕方ないですね。そういう性癖なのです。よければこちらもどうぞ。

過分なお褒めのお言葉、ありがとうございます。プロ作家かあ。いつかなれるといいな、夢には見てます。

でも、みんな、もっと感想言ってって!!(本音)本当に、長編になったにもかかわらず、最後まで読了いただき、感謝しています。

HTML化は……まあもう少し先でやっていこうと思っています。本当にお付き合いいただき、ありがとうございましたm(__)m

あ、他のSS作品サイトでも投稿したいんですけど、
この手の今やってるアニメのエロ二次SS受け付けてるってどこがあるか、教えてくれたらうれしいです

普通にピクシブじゃないのか

>>229
あそこ、絵だけじゃないんですね。
投稿してみます。うん、やっぱり感想欲しいなって思って。ありがとうございます。

ピクシブ投稿しました。そちらでは学園長ってネームになってます。
それは本物ですので大丈夫。色々と教えていただき、ありがとうございます。

作者さんまだここ見てるかな

この作品、予めプロットあったの? 途中のコメントだとその場のノリで書いてるみたいなこと言ってたけど本当?
スレ立てから書き始めたなら、二週間強で書き上げたの?

もし二週間強で書き上げたなら、この文量も凄いし、構成もすごくて、自分物書きだから素直にすごいなって。良ければ書き手としての話聞きたいです

SS作者の中ではあなたはトップクラスの実力持ってると思うので、色々話聞いてみたいんだけど、嫌ならスルーして下さい。

>>234
そんなに大した作品を書けているとは思っていないのですが……褒めてくれて本当に嬉しいです。

プロットはないですね。途中の百合も皆さんから希望があって、それで入れた感じです。
基本は辻褄合わせですね。……言ってて情けないな。
本当は狸吉が脱出した時点で終わる予定だったんですけど、アンナ先輩が黙って許すわけがなかった……

スレッド立てた最初の数スレだけ書いて、あとは思い付きで書きました。構成は、どうなんでしょうね。褒めてくださる方がいてくれてすごくうれしいです。

書くのは早いと言われますね。伏線ちりばめながら書いていって、あとから回収できるものを出来るだけ回収するスタイルです。
宣戦布告だけはどうとでもとれるように気を付けてましたが、あとはあまり考えずに。

あんまり参考にならないかもしれないですね。基本感覚で書いてます。というより、キャラが勝手に動いてくれる感じなんです。だから物語が生きてくれるんだと思います。基本、キャラが動いているのを描写する感じです。
思いがけないところに動く場合もありますが、作者が自由に動かすより物語が生きるので、自分はこんな感じで書いてます。

参考になれば…なるかな。

続編というか、アンサーSSチャレンジしてます

【R-18】狸吉「華城先輩が人質に」アンナ「正義に仇なす巨悪が…?」【下セカ】
【R-18】狸吉「華城先輩が人質に」アンナ「正義に仇なす巨悪が…?」【下セカ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441895918/)

心情描写より、かなりディストピアの矛盾方面に踏み込むかもしれません。よければ読んでみてください

ニコ百で紹介があってpixivで読んでから来ました。原作読者&アニメ視聴者です
文体がとても原作に近くて本当に原作の赤城先生が書いたスピンオフのような感覚で読めました。
原作の物語のif物としてとても良く出来ていて二次創作ならではの美味しさをたっぷり堪能できました。
最後の最後で狸吉はアンナの物になって決着を付けるのかなと思っていましたが、中々どうして
狸吉の心は動きませんでしたねえww原作では10巻にてアンナは救われる展開になりそうですが
こちらの「もしも~」の展開も非常に面白かったですww続きもあるとの事なので引き続き拝見させて頂きます。
良い作品をありがとうございました

>>237

気付くの遅れてすみません! 読了感謝です!!
華城先輩は悪友ポジで、アンナ先輩と結ばれてほしかったなあとアンナ先輩ファンとしては思いますが
こんなSS書いてる作者が言ってもあんまり説得力無いですね。
次のSSはまったり更新しています。頑張って完成させていきます。本当ありがとうございました!!

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