少年 (78)

青木一は高校生である。

入学前にキラキラと輝く日常を夢見た、いたって普通の高校生である。

特に夢や目標と呼べるものはなかった。

ただ家に近いからという理由で今の高校を選び、入学した。

そして中学生から続けているということで、部活動はバスケットボールにした。

やはりそこに目標はなかった。

バスケットボール部はそこそこの強豪で、日々の練習がとてもハードなものであった。




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その部活終わりに決まって一は言っていた。

「部活やめたいな」

しかしその言葉は、ただ、宙にさまようだけであった。

もちろん、そこには誰もいない。

ある種の愚痴のようなものだったのだ。

OLが会社帰りに、気に入らない上司の悪口を、同僚に言う。

その程度のことをしていただけだった。

その日までは。

その日一は部活帰り、家に帰る途中のいつもの公園の、いつもの自販機の、

いつもの飲み物を買い、いつものように言葉発した。

「部活やめたいな」

そしていつものようにその言葉は当てもなく、宙に舞うだけのはずだった。

しかし夕日に焼けた雲と同じように、空を浮かんでいくだけのそれは、

ある少女によって行く手を阻まれたのだ。

「なんで?」

一は驚いた。

それは無論、誰もいないと思っていたところで

急に見知らぬ人物から声をかけられたからである。

もしかしたら見知った人物でも驚くだろう。

そして一は自分に唐突に投げかけられた質問に答えられないでいた。

それはその少女の言葉の意味が分からなかったからでは、決してない。

その少女の疑問に答えるには、あまりにその少女に対しての疑問が多すぎたのだ。

この少女は誰なのか、なぜ話しかけてきたのか、どこに住んでいるのか、など。

動揺した一は、抱く必要のない疑問まで持ってしまった。

ごちゃごちゃとした疑問を片付けるべく、一は質問に質問で返した。

「君は誰?」

少女は、一の質問に即座に答えた。

「私は、天使。」

少年は狼狽した。

まさか、自分の眼の前に天使が現れるなんて、と思った。


のではない。

つまり一は、私は花子って言います、とか、近所の高校に通ってる高校生よ、とか

質問に質問で返さないで、とかとか。

とにかく現実に即した返答を予測していたのに、

みごと真逆の考えに驚かされた、ということだ。

「ええっと、そういうことじゃなくて・・・。」

「君の本名が知りたいんだ、ニックネームとかじゃなくね」

一は聞き直す。

しかし少女は笑っている。

「うーん、質問にはこたえているのになぁ」

と、首をかしげながら。

一はようやく少女のいうことを理解した。

彼女は文字通り、天使である、ということを。

もちろん、天使のように優しいとか、天使のように可愛いとか、

そういうふうに比喩は込められていない。

彼女の名前が、「天使」だったのだ。

「ああ、ごめん。」

2度目の驚きということもあってか、冷静な状態で一は話すことができた。

「ちなみに名字なの、名前なの。」

と、またも質問ができるほどに。

少女、もとい天使は、名前だよ。と答えた。

それに対して一は、もしも名字だったら、結婚の時、相手の男は婿入するだろうな、

珍しい名字は残さなければいけないと聞いたことがあるぞ。

と、どうでもいいことを考えていた。

天使は同じ質問してきた。

「なんで部活やめたいの?」

一は考える。

練習がきついから、顧問が厳しいから、先輩が面倒臭いから。

様々な理由はあれど、それがやめる理由になるかと言われれば、

そうではないように思えた。

なぜなら一は天使の問いに答えることができなかったからである。

今度は不意打ちのように質問されたわけではないのに。

一は正直に答えた。

「これといった明確な理由はないんだけど、なんだか口から出ちゃうんだよね」

「やめたいなって」

天使は少し不思議そうだった。

「ちょっとよくわからないかも」

「大丈夫、僕もよくわからない」

一は苦笑しながら言った。

次は一が天使に質問しようとした。

しかし、その質問を考えているうちに天使は

「じゃあ、またね」

とだけ言って、帰ってしまった。

一は薄暗い公園にぽつん、と取り残された。

「またって言われても・・・。」

それがどういう意味を持つのか、一には分からなかった。

一の朝は早い。

近所の高校といえど、朝の練習があるからだ。

7時からの練習であるため、1年生は6時半には来ておかなければならない。

一は毎朝5時半には起きていた。

毎日の習慣といっても辛いものは辛いな、

そう思いながらも一は朝の支度をしていく。

もちろん高校には一のように近所から通っている生徒ばかりではない。

何駅も向こうから時間をかけ来る生徒も少なくない。

そしてそういった生徒もバスケ部に入るわけだから、

当然、一よりも早く起きるのである。

電車に1時間揺られるやつもいるから、4時半に起きてるのかな。

と思うと、尊敬の念さえ彼らに抱く。



練習は、朝からきつい。

そう考えると憂鬱な気分になるが、

優しい日差しが差し込み、鳥が朝を告げるように鳴いているこの通学路は、

練習に暗雲たる気持ちを抱える一の心情とは、まるで真逆である。

そんな気持ちを抱えているならさっさとやめればいい。

実際にそういうことも考えているのだから。

だが、一はやめることはなかった。

やめることに足止めをかける理由はいくつかあった。

高校生になった一だったが、最初はやはり適当にバスケ部に入ろうとしていた。

ここは一のめんどうくさがりな性格と一致する。

そして同級生に部活のことを聞かれた時は、

「まあ、中学生の時にやってたバスケかな」

と真正直に答えた。

だがその相手が驚いたように言った。

「お前、それはやばいぞ」と。

「やばい」は不思議な言葉である。

たった三文字の言葉が何通り、いや何十通りの意味を持つ。

それはしばしば文脈によって意味を変化させる、

まるで現代の、言葉の魔球のようなものである。

その変幻自在の魔球は、特に高翌齢者を翻弄する。

「若者の言いたいことがわからない」ということである。

言葉とは形を変えて意味を変化させるものである。

そうであるからこそ「言葉」なのであり、

形をかえずに意味が変化するならば、「言葉」は

その存在意義を失う。

人間はやはり進化か共に「言葉」を獲得してきたのだから、

やばい、という言葉は人間の退化を示すようにも見える。

だが、やばいの意味をとるには文脈判断という極めて理知的な技術が必要だ。

そう考えれば、「やばい」は退化を表すのか、進化の産物なのか。

こういう疑問に至るわけで、やはり言葉とは、やばいとは、

摩訶不思議なものだ。

めんどうくさがりの割にはこういうことを考えるのが

一、という男の性であった。

だが目の前の同級生はその、摩訶不思議な言葉を惜しげもなく使う。

一は、彼にこの「やばい」についての不思議さを説いたことがあるが、

「めんどくせっ」

と快活な6文字とともにばっさり切り捨てられてしまった。

その時、一はなかなかのショックを受けたわけだが、

目の前の同級生は、知る由も無い。

話を戻そう。

ようは一がバスケ部はやばいと聞いて、別の部活を検討していた日のことだ。

「ただいま~」

夕暮れどき、一の母が帰ってきた。

そして一に新しいバスケのTシャツを見せ、

「じゃーん、買ってきたよ!」

期待

一は、驚いた。

そして落胆した。

ここで母に、いや、バスケはしないつもりなんだけど。

とは言えなかった。

それには理由がある。

母子家庭である一は、部活用のTシャツなど、極力買ってもらわないようにしてきた。

先輩からもらったりして、負担をかけないようにしてきた。



母はいつもそのことを気にしていた。

友達が新しい服を買ったり、最新のシューズを履いていたりすることに、

とても申し訳なく思っていたようだ。

一に対して。

一は特に気にしなかったのだが、母は常に一に、

Tシャツは不自由していないか、バッシュ(バスケットボールシューズの略称である)は

壊れていないか、とことあるごとに聞いてきた。

一は必要ない、大丈夫だよ、と言っていた。

強がっていたかもしれないが、朝から夜遅くまで働く母に、

1つ15000円するシューズをねだることはできなかった。

だからもちろん、母がただの気まぐれでTシャツを買ったわけではない、

はずだ。

おそらく、一が部活に入りあぐねているのをみて、

Tシャツでも買い、背中を押してやろう、

といった魂胆なのだろう。

一は優しい少年である。

女手一つで育ててくれた母に対して、断ることはしない。

というよりできない。

優しいというよりは、断れない、その勇気がない、ということだ。

悪く言えば。

こうして一のバスケ部の入部は決まったのであった。

朝練は授業開始の30分前に終わる。

そのあと、先輩たちは10分程度自主練をしたりする。

もちろんその間、下級生は先に切り上げたりはできないわけだから、

教室に遅刻しないように行くのも、大変なことであった。

よく一に話しかけてくるあの同級生も、

朝早く出るのに遅刻するとか、わけわからんな。

と言ったが、全くその通りだと思った。

そしていつものように、チャイムぎりぎりに教室に到着する。

余裕をもって、授業に臨みたいものだ。

そう考えながら席につくと、

あの同級生は、一よりももっとぎりぎりに到着している。

セーフ!

と息を切らしながら、自分の席に行く彼をみて、

時間があれば、ゆったりとたどり着けばいいのに、朝練もないことだし。

と思う一であった。

だがのちに大学生となった彼が、

同級生のように、ぎりぎり、あるいは、遅刻、最悪の場合、欠席という

行動を起こすようになることを、本人はまだ知らない。

気づいたら、いつも昼になっている。

もちろんずっと寝ていたわけではないが、もはやそれに等しい行いをしていたようだ。

自分の授業ノートに、象形文字のようなものが書かれているのを見て、一はそう思った。

そして、昼ごはんを調達しに食堂へ行く。

高校の食堂でのランチは、一のような人間にあるのではないかと思うほどの、価格で提供される。

金も時間もないような、そんな苦学生のための救済措置、食堂。

お世辞にもおいしいとは言えないが、一にとってかけがえのない、存在だ。

比喩でも、誇張でもなく、食堂無くして生きていくことはできない。

一はそう感じていた。

だからその感謝も込めて、食堂のおばちゃんたちには、

いただきます。ごちそうさまでした。は必ず言うことにしている。

これは一のポリシーである。

そして満腹になり、午後の授業は眠りの世界へと誘われる。

起きたら、部活。

これを毎日繰り返す。

一はうんざりしていた。

この代わり映えのない日常に。

この代わり映えのないものが、日常というものではあるのだが。

一は、モダンタイムスだな。と思った。

チャップリンが、工場で単調な作業を繰り返す映画だ。

システム化された社会でずっと、ずっと同じように。

もし誰かがこの社会の歯車から、抜け落ちても、

この世界は回り続けることだろう。

それに対する反骨精神から、何か、自分の日常を少しでも

非日常に変えるため、部活をやめたいと思ったのかもしれない。

なんだか、彼女にのせられちゃったのかな。

と一は思った。

もう一度、彼女に会いたいと思った一は、

いつもの公園に向かった。

徐々に夏に近づいている公園は、緑が力強く、

公園の木々を彩っていた。

いつもは十分ほどで公園を去る一だったが、

今回は一時間もその公園に居座った。

結局、会えなかったな。

と、帰ろうとしたその時だった。

「こんばんは」

一の日常が非日常へと変わる音がした。

振り返ると、天使がいた。

「こ、こんばんは」

うわ、どもった、と一は心の中で赤面する。

「どうしたの、顔、赤いよ?」

どうやら、心の中だけでは済まなかったらしい。

そのことでより、顔が熱くなった。

「いや、気にしないで。それよりここで何を?」

「実はね」

うふふ、と言って楽しそうに話す。

その表情をみて一は、心を奪われた。

陶器のような白い肌に、くりっとした目、

知性を感じさせるすっとした鼻。

そして、小さいながら、しっかりと女性らしさのある唇。

天使だ。一はそう思った。

「ちょっと、質問してきたのに、聞いてないでしょ。」

「あ、ああ、ごめん」

一は、ようやく平常運転に戻った。

「だからね、もう本当は1時間も前に、来ていたの。」

「えっ」

「君がここにくるのをみてね、観察しようと思ったの。」

勝手にみててごめんね、と彼女は胸の前で手を合わせる。



まさか、と一は思った。

「そうしたら君、ジュースを飲み干してもずっといるんだもの。」

最悪だ、全部みられていたのか。

一は途端に恥ずかしくなった。

ストーカーみたいに思われてないか、変なことをしていないか。

ついさっきまでの出来事を思い出すよう、

頭をフル回転させる。

その、回転は急停止させられた。

「きみって、面白い人だね。猫にはなしかけるんだもの。」

にゃあ、にゃあっていいながらね。

と、天使は言った。

彼女は本当に楽しそうに笑う。

「そんなことしながら、何を待っていたの?」

彼女は微笑みながら言う。



「いや、その、えっと・・・。」

言えるわけがない、彼女を待っていたなんて。

会うことを楽しみにしていたんだ、

なんて言ったら引かれるに決まっている。

口ごもっていると、彼女は、

「ごめん、ごめん、いじわるしちゃって」

「私が昨日、またね、って言ったから待っててくれたんでしょ?」

優しいね、と彼女は言う。

どうやら、勘違いしてくれたようだ、いい方向に。

ほっと、胸をなでおろす。

心のなかで。

天使は、じゃあ、と言って帰ろうとした。

一は焦る、このままあえなくなってしまうのでは、と。

一は叫ぶ。

「また明日!」

天使は、最初、目をみはって、少しして笑顔を浮かべてこう言った。

「うん、また明日ね」

ばいばい、と言いながら彼女は薄暗い、街並みに消えていった。

どうやら、平常運転はしばらくできそうもない、

一はそう思いながら、帰路に着いた。

「ただいま~」

一は、家のドアノブをひねりながら言う。

「おかえり~」

と、二人の声が聞こえる。

一人は、優しい声で、一の帰りを出迎えてくれる、そんな声だ。

3つ下の妹、茜である。

今、一が高校一年生であるから、茜は中学一年生ということになる。

読書好きで、思いやりのある、自慢の妹である。

お兄ちゃん、毎日、部活お疲れ様!

と言いながら、お風呂を沸かしてくれた。

本当に優しい子だ。

「臭いから早いとこ、入っちゃってよね」

と、トゲのある声が聞こえる。

台所から聞こえるそれは、5つ上の姉、葵姉さんのものだ。

料理担当ということで、いつもご飯を作ってくれる、ありがたい存在だ。

ただ、弟の一には厳しかった。

常に、一には、男らしくあれ!強くあれ!

と、ゲキをとばし、一はよく泣かされた。

全身、茶色のgで始まるあいつが出た時が一番ひどかった。

男ならば、素手で仕留めよ、と虫嫌いの一を、

やつの出た部屋に一人残し、格闘させたのだ。

一は、恐怖で泣き叫び、やつが動くたび、助けを求めた。

ねえちゃん、ねえちゃぁぁん!葵ちゃぁぁぁぁん!!

小学校高学年だった一は、気恥ずかしさから、葵のことを、

ねえちゃん、と呼ぶようになっていたが、この時ばかりは素が出た。

当時のことを、葵はいまだに笑い話にする。

「かっこつけて姉ちゃん、とか言ってたくせに、急に葵ちゃんだと!」

酒が入るといつもこの話になる。

ので、葵がアルコール飲料を飲み始めるのをみると、

一はそそくさと、退散することに決めている。

茜、葵、そして母の三人で大声で笑うものだからいたたまれない。

よく、同じ話で何度も爆笑できるものだ。

と一はふくれる。

結局、そのgは一が尻餅をついた拍子に、潰れてしまったわけだが、

葵の恐ろしいのはここからだった。

偶然とはいえ、一人でgを仕留めた一をとても褒め、

その無残な死骸を写真におさめ、額縁に入れ、

一、初めてのご◯◯◯(やはり一つの虫食いでは足りないだろう)退治!!

と、額縁の表題のところに書き、玄関に大きく飾ったのだ。

本当に考えられない。

もちろん、母と一は猛抗議したが(茜は幼かった)、

額縁の値段が1万円であったことを知ると、母は抗議をやめた。

gの写真をいれる額縁に一万円を使う姉も、

一万円と聞いただけで、それを許す母も、

全くわけがわからなかった。

とまあ、こういう家族構成である。

なんでお前の姉ちゃん、彼氏いないんだろうな、すげえ美人なのに。

と今までよく同級生に聞かれてきたが、

葵姉さんは一人で生きていけるだろうからな。

とその度に思ってきた。

実際、一が答えとして出すのは、

「さあね」

という三文字だったが。



「あー、いらいらする。」

夕食時、葵はいつも愚痴をたれる。

「何かあったの」

一は一応、葵に聞いてみる。

たぶん、山岡さんだろうな、と思う。

「それが山岡さんが、まーた自慢話ばっかりしてくんの」

やっぱり山岡さんだ。

歯科衛生の専門学校に通っている葵だが、

どうもその同級生の一人とうまくいっていないようなのだ。

「しかも私にだけなのよ、自慢してくるの」

なんでだと思う、と葵は聞いてくる。

「葵ちゃん、可愛いからだよ。」

茜は言う。やっぱり優しい子だ。本心から言っているのだろう。

葵はにっこりと微笑んで、

「ありがとう、茜。」

と、茜の頭をなでながら言う。

すかさず一も、

「そうだね、葵姉さん、美人だから」

というと、頭をはたかれた。

「あんた、ばかにしてんの?」

世の中は理不尽で溢れている。

翌朝、朝練をすませて、教室に行くと、

めずらしくあの同級生が一よりも早く学校にきていた。

「おはよう、今日は早いね」

と一がいうと、彼はとても驚いた表情をして、

「ついにお前から話しかけてきやがった。」

今日は雪が降るかもな、という。

「初夏だよ」

降るわけないじゃないか、と大真面目な顔で答えると、

大きな声をあげて、笑っていた。

書こうと思ったんだけど、甲子園がいい感じなんでちょっと待ってくださいwww

我が地元、広島の新庄負けてしまったな・・・。
惜しかったのに・・・。

いつものように食堂に行く。

一杯280円のラーメンをすすり、

「ごちそうさま」

と、いつものように、食堂のおばちゃんに言う。

昨日まではこの繰り返しの日々に嫌気がさしていたが、

天使のことを思うと、その日常すら、なんだか素晴らしいものに思えてきた。

最近はいつの間にか、ニヤついていることがあるようで、

例の同級生には、きもっ、としばしば言われる。

ニヤついているときは、天使のことを考えているときなので、

あながち、きもい、という単語を否定できない自分がいた。

あれから一は、天使と会うようになった。

部活終わりの帰り際、あの公園で10分という短い時間ではあるが。

たいてい話すことといえば、一の日常生活のことであった。

他愛ない一の高校生活や家族の話を、天使はとても楽しそうに、聞いていた。

一はこの時間が何よりも好きだった。

天使は、一の日々の話を、本当に大切そうにするので、

一も天使と会ってからというもの、日々を大切にするようにした。

目立たないようにさぼっていた、部活は本気で取り組むようになったし、

授業中は寝ないで、しっかりと勉強した。

家に帰っても、家事を手伝うようになったり、

とにかく、一にはとてもいい方向に生活を改善していった。

こ一の変化を見て、三者三様の感想が出てきた。

一人目は同級生である。

学校での一の真面目っぷりを見た彼は、

「夏の暑さにやられて、頭がおかしくなって、一周回って真人間ができることもあるんだな。」

と、妙に神妙な顔つきで、二、三うなづいていた。

二人目は、愛しの妹、茜である。

「やっぱり、高校生にもなると、大人になるのかなぁ。」

お兄ちゃん、すごく頑張ってるね!

と目を輝かせて、兄を讃えてくれた。

「私も、もっと立派になりたい」と。

妹よ、これ以上立派になって、聖人にでもなるおつもりか。

と一は半ば本気で言った。

茜は、きょとん、としていた。

そしてやはり三人目はこの人、葵であった。

葵は、特に何も言わなかったが、ある日一が風呂に入っているとき、

そのドア越しに、

「女か」

とだけ言い残し、それ以上は何も言ってこなかった。

おそるべし、葵姉さん。

一は姉にはいつまでもかなわないな、と思うと同時に、

少ない簡潔な言葉が、なんだか胸の奥の奥まで入ってくるようで、

一には少しの気恥ずかしさが残った。


なにはともあれ、天使との出会いが、一を大きく変えたのは事実であり、

一人の人間にここまで大きく変えられたことに、

一は少なからず驚いた。

社会とは、一人くらい人間がいなくなってもやっていけるシステムだと、

そんな冷たい風潮が世の中を蔓延っているが、

一の社会には、世界には、天使が必要だった。

どうしても欠けてはならない、大切な存在となった。

小さな子供が母親を、絶対的に必要とするような、

幼稚なこの感情は、逆に一を大人にさせてくれたような気がした。

今日の夜かけるかわかんないんだけど・・・。

需要ないかな?
ちょっと寂しい・・・。

見てる

ここの板の奴らはあんまコメントしないからな

>>59 ありがとう!
書いていきます( ´ ▽ ` )ノ

毎日のように天使あっていることで、わかったことが二つあった。

一つは、天使はきまって木曜日には、

「ごめん、明日は会えない。」

と、断りを入れるのだ。

すなわち金曜日は、何か用事があるということである。

彼氏でもいるのだろうか、と不安になったが、

そんな雰囲気はないようである。(少なからず一の希望的観測が含まれている。)

そして二つ目は、天使は一の話は聞きたがるが、

自分の話は全くしないということだ。

あまりに楽しそうに一の話を聞くので、

最初の頃は、このことに気づかなかった。

しかし、不自然である。

言葉のキャッチボールというよりも、

投げ込みをしているようだ。

彼女のことをもっと知りたいと願っていた一だったが、

一歩、踏み出すことがとても怖かった。

天使の、儚げな雰囲気がそうさせたのかもしれない。

金曜日のことを一度、きいてみたことがある。

すると天使は、バツが悪そうに

「うん・・・。ちょっとね。」

と言葉を濁しただけだった。

一はそのことにとても傷ついた。

毎日の会話で、もう二人の壁はなくなっているものだと思っていたからだ。

なくなっているは少し、言い過ぎかもしれないが、

それでも、秘密を打ち明けてくれるくらいには、親密になったと思っていた。

完全な勘違いだった。

依然、二人の間に隔たる壁は高いままだったのだ。

一はうろたえた。

そこで相談してみることにした。

スマートフォンの音声補助機能に。

「女の子は秘密を知られたくないものなのかな?」

と聞くと、変なイントネーションで、

「それは面白い質問ですね」

と言っていた。なんだかバカらしくなって、やめた。


やはり、ここは年長者に聞こう、と思い、一は葵に相談してみた。

「たとえば、葵姉さんが秘密を持っているとして、」

「そういうのって、異性に知られたくないもの?」

葵は驚いていた。

「なによ、突然」

「まあ、いいから答えてよ」

「うーん・・・。」

まあ、質問の内容によるけど、と一言置いて、

「好きな男にだったら、知られてもいいかな」

うふふ、と笑みを浮かべながらと答えた。


この時、一は葵の笑顔に若干引いていたが、表情に出すことはなかった。

「そうだよね・・・。」

ある程度、予想はしていたものの、実際に他人の口から聞くと、辛いものがある。

やっぱり天使は僕のことなんてどうでもいいのかな。

と悲しい気持ちになる。

今までは、他人の感情にここまで揺らされなかった。

家族が悲しそうな顔をすれば、一も悲しかったりすることはあった。

しかし今回のように、ただの想像にこうされることはなかった。

彼女と会ってから、初めてのことばかりだ。

一は無理に微笑んで見た。

悲しい気持ちにあふれていた、一だったが、天使と会う時は、

努めて、明るく振る舞った。

そして、秘密を教えてくれるほどに仲良くなりたいと、

積極的に、話すようになった。

「この間、すごい怖い部活の顧問が、2歳になる息子の写真を見せてきたんだけど、」

「あの鬼のような普段からは、考えられないくらい、でれた様子だったんだよね。」

「なにそれ、すごいギャップ」

はははは、と気持ちよさそうに笑ってくれる。

「実は、一くん達、選手のみんなのことも同じように思ってたりして!」

「ないない、あの鬼顧問だよ?」

と、今度は二人声を合わせて笑う。

本当に幸せな時間だった。

だが、そんな幸せな時間にも、悲しい出来事はあるものだ。

夏が本格的に近づいた日のことだった。

そろそろ夏休みに入る一は、この日、ある大きな決断をした。

連絡先を、聞く!(一にとっては大きな決断である。)

というものだ。

実は以前から、天使がちょくちょくスマホを使っているのを目撃していた。

だから、SNSのIDかメールアドレスを教えてもらって、

夏休みの間も、天使に連絡を取り、会おうと思ったのだ。


緊張と期待に、心を支配されながら、

「やっほ」

と、ベンチでぼうっとしていた天使に声をかけた。

「一くん」

こんばんは、とにこやかに挨拶してくれる。

「うん、こんばんは」

「最近、暑くなってきたね」

「そういいつつ、涼しげだよ」

「え、そうかな?」

「あ、ごめん、背中汗びっしょりだね」

「うっ、嘘!?」

と背中を隠す天使。

「うん、嘘」

少し、意地悪をしてみた。

「ひどいよ~、もう」

と天使は頬を膨らませてみせる。

ごめん、ごめん、と笑いながら謝る一。

「今度、仕返しするからね!」

十倍で、と付け足す天使は本当に可愛い。

そしていい感じの雰囲気を作れたな、あいつに感謝だ。

と、一は同級生の助言を思いだす。

なんだかんだ言って、一は彼から多くのアドバイスをもらっている。

そして一は切り出した。

「天使さんって、スマホどこの機種?」

そこからメールアドレスの方へと自然に持って行く算段だった。(もちろん、同級生の助言である。)

俺はsofttbankなんだけど~、と続けようとした一だったが、

天使は、

「私、スマホなんてもってないよ?」

と、首をかしげる。

一の思考は一度停止し、その後、急速に働いて、

一つの結論にたどり着いた。

”天使は、僕のことを本格的に嫌っている。”

え、いやだって持っていたじゃないか!

と一は思わず口に出しそうにもなった。

だが、それを言ってしまうと天使を傷つけてしまうかもしれないし、

なにより、自分があまりにも惨めである。

持っているのに、否定する。

明らかに、連絡先を知られたくない人への対処法だ。

そして今のご時世、携帯電話を持っていない人など、

ほとんどいないだろう。

わたし、スマホどころか、パカパカのやつも持ってないの。

と天使は付け加えた。

一は絶望した。

自分がこんなにも好きだった人に、こんなに嫌われていたなんて。

胸が張り裂けそうだった。

その隙間から悲しい涙が溢れ出そうになった。

泣いちゃダメだ、ナイちゃダメだ。

一は、右手で左手の甲をぎゅうっとつねりながら、泣かないように必死に耐えた。

ここで泣くのは辛すぎる。

「へえ、そ、そうなん・・、だ。」

一は平静を装った。

天使は、一くんのは、

となにか言いかけたが、

「ごめん、急用思い出した!」

と遮り、

「さよなら!」

と天使に顔を見せないよう、ダッシュで公園の外に向かった。

自分の話をしない、天使だったから、さっきのように話しかけてきたときは、

遮ったことはなかった。

一秒でも長く一緒にいたいから、一から帰ったことはなかった。

また会うことを約束したかった一は、「さよなら」をさよならの挨拶にしたことはなかった。

つまり一は、失恋した。

家に帰ってきた一は、いつも通り振る舞った。

というのも、一の家には、自分の部屋というものがない。

部屋にこもって、大泣きする。

ということはできないのだ。

そのため一は風呂で声を押し殺して、泣いた。

目が腫れないように、風呂でのぼせたふりをして、

まぶたのあたりを、氷で冷やした。

プライド半分、家族に心配をかけたくないのが半分、

といった具合で、一は初めての失恋をやりすごした。

一は家に帰って、いつものように振る舞った。

茜のことをべた褒めし、葵に馬鹿にされ、

母のことをいたわった。

部屋に引きこもって、大泣きする。

ということは無理だった。

一には自分の部屋というものがない。

だから、一は風呂で声を押し殺して、静かに泣いた。

風呂でのぼせたふりをして、まぶたのあたりに氷を当てた。

もちろん、目を腫らさないようにするためである。

ミスったwww

>>75
なしでお願いします。

年頃の男子に、自分の部屋がないというのは、

かなり、酷なことであるが、一は特に必要なかった。

このことは後々、ゆっくりと説明するかもしれない。

先ほど、一は部屋がないから、いつも通り振る舞った、と説明したが、

部屋があったとしても、一は普段のようにしていたかもしれない。

もちろん、そこには年相応のプライドかいうものもあるけれど、

一の性格からして、もっと別な理由があった。

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