朝霧海斗「アイドルのプロデューサーだと?」 (155)

モバマスと暁の護衛のクロスです
海斗以外はあんまり出番ないです。時系列的には終末論の清美ルートで屋敷を追い出された後です
少々設定をいじっている部分がありますが、寛大な心で読んでもらえると助かります

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1432119231

海斗「ひょんなことから、資産家・二階堂家の長女である麗華のボディーガードをやらされていた俺」

海斗「だがちょっとした悪ふざけ(飾り皿をフリスビー代わりに投げて割った)が二階堂家の主である源蔵のオッサンの逆鱗に触れ、着の身着のままで屋敷を追い出されてしまった」

海斗「携帯もない、金もない」

海斗「ついでに言えば戸籍もない」

海斗「さて、これからどうしたものか」

海斗「……はて、なぜオレは長々と状況説明をしているんだ?」

麗華達が旅行から戻ってくるのは数日後。あいつらにフォローしてもらうにしろ、それまでの間は屋敷以外の場所で暮らす必要がある。
まあ、数日程度なら野宿でもなんでもいくらでもやりようがある。
しかし、麗華の言葉をもってしても源蔵のオッサンの許しを得られなかった場合は――

海斗「……また、戻るだけか」

10年以上慣れ親しんだ、あの場所へ。
人間の尊厳などというものは欠片の意味も持たない、汚れに汚れたあの場所へ。
……別に問題はないけどな。オレは今でも、あそこで生き残っていく自信は持ち合わせている。

海斗「ん?」

何の気なしにポケットの中を漁ると、袋に包まれた棒状の何かが出てきた。

海斗「これは、栄養食品ソイジョイだ」

そういえば今朝、食堂の机の上に落ちていたのを拾った記憶がある。腹が減って仕方ないような状況になれば食おうと思っていたのだ。
今まさに、その時ではないだろうか。

海斗「昼飯はこれでいいか」

封を開け、中身を取り出す。屋敷の食事に比べると物足りないが、それでも十分だろう。

海斗「……?」

ソイジョイをかじろうとしたその時、前方でいさかいのようなものが起きていることに気づいた。

男A「君かわいいね。ちょっと俺達と付き合ってくんない?」

男B「悪いようにはしないからさ」

少女「あ、あの……私、そういうのは」

男C「いいじゃんかよー。こう見えても俺達、結構楽しいよ?」

これまた古臭いというかお決まりの手法のナンパだ。ガラの悪そうな男3人が、気弱そうな女を取り囲んでいる。ちらりと彼女の顔が見えたが、困っているのがありありとわかる表情だった。

海斗「………」

男達はそこそこガタイがよく、周囲の通行人は巻き込まれるのを嫌ってか見て見ぬふり。中には警察に連絡している奴もいるかもしれんが、果たして何か起きる前に間に合うのか。

少女「えっと、その」

男B「ん、なに?」

男A「はっきり言わないとわからないよ?」

自分の身は自分で守る。オレは生き残る術としてそれを教わってきたし、今でもその考えに変わりはない。
あの男達が下種な連中で、今からあの女がどんな目に遭おうとも、それを防ぎきれなかった彼女自身に責任がある。
正義感に駆られ、奴らの前に飛び出していく義理などオレにはない。

海斗「おい」

ないのだが――

男C「あん?」

一番図体のでかい男がオレの方を振り向く。
その拍子に、オレの右手にあったソイジョイが奴の腕に当たって棒が欠けた。

海斗「お前のせいで、オレの貴重な食料が失われてしまったんだが?」

男C「は? 知らねえよそんなこと」

海斗「知らねえじゃすまされないんだが? 謝罪と弁償を要求したいんだが?」

男C「ムカつくしゃべり方だな……そんなに欲しいんならこれでもくれてやるよ!」

右の拳がオレの顔めがけて飛んでくる。ナンパを邪魔されたからか、想像以上に沸点の低い不良だった。

バキッ!

男C「へっ」

オレが避けることなく一発受けたので、奴は勝ち誇った笑みを浮かべる。
……が、それはこちらとしても同じだ。

海斗「殴ったな?」

男C「は?」

海斗「手を出されたのなら、正当防衛だ」

数分後。

男C「な、なんだこいつ……」

男A「めちゃくちゃつええ」

男B「お、覚えていろよ!」

3人揃って怯えた表情で逃げ出していく不良達。

海斗「忘れるまでは覚えといてやるよ」

少女「あ、あの……ありがとうございます」

海斗「気にするな。オレが勝手に首を突っこんだだけだ。それより、警察が来てもオレのことは話すな」

少女「えっ?」

あまり目立っていい立場でもないので、一応釘を刺しておく。
……それにしても、わざわざ面倒事に巻き込まれにいくとは、我ながら自分の気持ちがわからない。

海斗「ボディーガード、意外と気に入っていたのかもな……」

さて、そろそろズラかるとするか。

少女「あのっ」

海斗「あ?」

引き止められる。

少女「な、何かお礼とか、させてほしいんですけど……」

海斗「必要ない。さっきも言ったが、俺が自分で――」

??「おい」

断ろうとした瞬間、背後からドスのきいた声が飛んできた。
振り返ると、不良みたいな雰囲気の女がオレをにらんでいる。

不良女「テメェか。アタシのダチに粉かけてる男ってのは」

海斗「は?」

不良女「とぼけてても無駄だ。その辺で噂になってるから駆けつけてきたんだよ、アタシは」

不良女「お礼はきっちりさせてもらうぜ!」

海斗「うおっ」

頭に血が上っているのか、こちらが誤解を解こうとする間もなく殴りにきやがった。

不良女「避けるなナンパ野郎!」

海斗「いや、だからオレは」

少女「ち、違うの拓海ちゃん! この人はわたしを助けてくれたの!」

不良女「……え?」


拓海「本当にすまなかった! アタシはてっきりアンタが智絵里を困らせてるものかと……」

海斗「わかったから頭上げろ。気が散って飯が食えん」

拓海「あ、ああ……」

誤解が解けたところで、不良女(向井拓海というらしい)がどうしてもお礼とお詫びがしたいと言ってきた。その気迫に負けてついて行った結果、たどり着いたのは。

海斗「しかし、お前ら2人がアイドルとはな」

智絵里「ま、まだ駆け出しの段階ですけど」

拓海「ガラじゃねーってのは自分でもわかってるよ。つか、アタシは無理やりやらされてたクチだしな」

ここはアイドルの事務所。そこに置いてあったコンビニ弁当に目を向けていると、「食べますか?」と尋ねられたのでいただくことにした。

海斗「ま、確かに顔はいいしな。あまり詳しくはないが、アイドルってのはビジュアル命なんだろ」

拓海「それだけじゃないけどな……というか、アタシらって顔いいのか?」

海斗「平均よりは明らかに上だろ。イケメンのオレが言うんだから間違いない」

拓海「自分でイケメンって言うのかよ。しかも理由になってねえぞ」

智絵里「で、でも確かに、顔立ちが整っていますよね。朝霧さん……」

海斗「だろ。智絵里はよくわかってるな」

緒方智絵里。不良達に絡まれていた少女がこっちだ。気の弱そうな小動物みたいな奴なので、さぞナンパの標的になりやすいことだろう。

海斗「ここには何人くらいアイドルがいるんだ? 結構でかい事務所だが」

拓海「結構多いぜ。プロデューサーや社長が手当たり次第に引っ張りこんでくるからな」

海斗「はぁん」

智絵里「でも、そのプロデューサーさんが――」

??「そこの彼が、智絵里君を助けてくれたのかい?」

智絵里「あ、社長さん」

海斗「社長?」

部屋に入って来たのは、なぜか全身が黒く染まったそこそこ大柄な男だった。

海斗「おい。なんであのオッサンは全身黒いんだ」

拓海「は? 何言ってんだ?」

海斗「いや、だからなんで黒いのかと」

拓海「別に黒くないぞ? 肌の色普通だろ」

海斗「……よくわからんが、このことに関しては深入りしないのが吉なようだ」

智絵里と拓海から一通りの説明を受けた社長のオッサンは、一度大きくうなずくと俺に向かって頭を下げてきた。

社長「ありがとう。君のおかげでうちのアイドルが傷つけられずにすんだよ」

海斗「よしてくれ。頭を下げられるのには慣れてないんだ」

社長「なるほど、そうか」

頭を上げ、柔和な笑みを浮かべるオッサン。だがその瞳は、まるでオレを品定めするかのようだった。いったい何を考えているのか。

社長「ところで朝霧君。君は無職で宿もない状態らしいね」

海斗「ああ」

ここに来る途中で、智絵里と拓海にそんなことを言った気がする。

社長「そこでだ。私は君にプロデューサーとして働いてもらいたいと思っている」

海斗「……は?」

社長「実は、智絵里君達を担当していたプロデューサーが過労で倒れてしまってね。体調自体は数日で戻るだろうが、これを機に彼の負担を軽減するべきだと判断したんだ」

社長「そこで新しいプロデューサーの採用を検討していたんだが……私は君にティンときた!」

なにやらわけのわからないことを次々述べていくオッサン。
オレがアイドルのプロデューサーだと?

海斗「はっ。冗談きついぜオッサン。オレはアイドルのことなんてほとんど知らないし、ましてやプロデューサー業なんて」

社長「仕事の内容はこれから覚えていけばいい。私達もサポートしよう。大事なのは、君の持つプロデューサーとしての素質だよ」

海斗「素質だと?」

社長「いい目をしている。それに加えて、人の心に入りこんでいきそうな雰囲気を持っている」

社長「初対面の相手とのコミュニケーションがあまり得意でない智絵里君とも、すでに仲良くしているようだしね」

にこやかに笑いながら、智絵里の方を見やるオッサン。オレは普段のあいつを知らないから、そう言われても実感なんてあったもんじゃない。

社長「やってもらえないだろうか? 衣食住はもちろん保証するよ」

海斗「………」

アイドルのプロデューサーか。
正直、あまり興味は湧かない。
だがこの誘いを受ければ、オレは二階堂を首になっても禁止区域に戻らずに済む。

社長「すぐに返事が欲しいとは言わない。ゆっくり考えてくれ」

二階堂の屋敷には、いつ何をしでかすかわからない男・亮がいる。そしてオレは、あいつからお前を守ると麗華に約束した。
あいつのボディーガードでなくなったとしても、何かあれば連絡をもらって駆けつけることくらいはできる。……だが、禁止区域に戻ってしまえばそれも不可能になる。
だとすれば。

海斗「わかった。しばらくここで厄介になる」

社長「おお、本当かね!」

海斗「ああ。その代わり、足引っ張っても知らないからな」

社長「そのくらいのリスクは織り込み済みだ」

まったく不安そうな表情を見せずに断言するオッサン。どうやら相当肝の据わった人間らしい。

社長「では改めて、うちのアイドルを紹介しよう。おーい、君達!」

話を盗み聞きしていた2人が駆け寄ってくる。

智絵里「お、緒方智絵里です。……あの、頑張りますから、よろしくお願いします」

拓海「改めて……向井拓海だ。アンタがプロデューサーか。ま、よろしく頼むぜ。変な衣装とか着せるなよ?」

海斗「ああ。胸がバッチリ出るやつを用意してやろう」

拓海「マジでやめろ」

どうやら露出の多い服は嫌らしい。覚えておこう。

海斗「朝霧海斗だ。特技はピッキングな」

社長「では朝霧君。これからよろしく頼むよ。他のアイドルの子達は随時紹介していこう」

海斗「わかった」

こうして、オレの新たな生活がスタートしたのだった。


拓海「いやちょっと待て。誰か特技がピッキングであることにツッコめよ!」

とりあえず今日はここまで
導入部分だったので海斗もあまりふざけませんでした。これから徐々に暴走していくと思います
アイドルは合計8人くらい出す予定です

彡(^)(^)「護衛xアイマスやんけ!」ポチ-

彡()()「」

モバマスよう知らんけど支援

とりあえず今日の8時ごろに続き投下します

30分後。

ちひろ「千川ちひろです。今日から朝霧君のサポートを担当しますので、よろしくお願いしますね」

海斗「おう、頼んだぞ。俺はあっちで休んでるから」

ちひろ「あの……サポートの意味わかってます?」

海斗「横文字は苦手なんだ」

どうやら、この緑のスーツを着た女がオレの教育係らしい。アイドルでもないのにやたらと目立つ色の服を着ているが、趣味だろうか。

ちひろ「とりあえず、今から事務所の中の案内と、今後の基本的なスケジュールの説明をします」

海斗「よきにはからえ」

ちひろ「では行きましょうか。まずはレッスンルームからです」

ニコリと笑顔を浮かべて歩き出すちひろ。コイツ、スル―スキル高めだな。

ちひろ「ちょうどアイドルの子達が何人かレッスンしているので、見学していきましょう」

あとに続いてレッスンルームに足を踏み入れると、音楽が流れる中で手足をせわしなく動かしている連中の姿が目に入った。

トレーナー「ワンツースリーフォー! 島村、遅れてるぞ!」

少女A「は、はいっ」

踊っているのは3人で、これまた目立つデザインのシャツを着た女が指示を飛ばしている。はっきり言ってあのシャツダサいと思うんだが、あれがトレーナー的立場の人間だろうか。

ちひろ「あそこで練習しているのが、ニュージェネレーションというユニットの3人組です。あのトレーナーさんはなかなかのベテランなんですよ?」

海斗「にゅーじぇねれーしょん……」

ちひろ「新しい世代って意味ですよ?」

海斗「べ、別に知らなかったわけじゃないんだからねっ!」

ちひろ「え、なんですか今の甲高い声」

海斗「ちょっとツンデレの練習をしただけだ。気にするな」

どうでもいい会話を挟みながら、オレはぼんやりと3人組のダンスを眺める。
パッと見た印象だが、運動神経は左端の短髪の女が一番よさそうだ。真ん中の島村とか呼ばれていた女は少し鈍そうだが……ま、何もダンスは運動神経だけで決まるわけでもない。

ベテラントレーナー「よし、今日はここまで!」

3人「ありがとうございました!」

ちひろ「終わったみたいですね。せっかくですし、ここでお互いに自己紹介しちゃいましょう」

レッスンが終わったのを見て、ちひろとオレはタオルで汗をぬぐっている3人のもとへ近づいていく。

ちひろ「みんな、お疲れ様」

少女B「あ、ちひろさん」

少女C「あれ? 後ろの人、見たことないけど……」

短髪がオレに視線を向ける。残りの2人も同様だ。

海斗「朝霧海斗だ。今日からお前らのプロデューサーをすることになった」

ちひろ「これからはプロデューサー2人体制でいくことにしたの」

3人が目を見開き、驚いたような表情を見せる。

島村「あ、新しいプロデューサーさんですか! 島村卯月です、よろしくお願いします!」

少女C「本田未央! よろしくね」

少女B「渋谷凛……よろしく」

長髪が渋谷凛、短髪が本田未央か。ふむ、覚えた。

ちひろ「ちょっと変な人みたいだけど、仲良くしてあげてね」

海斗「オイコラ、会って1時間しか経っていないお前にオレの何がわかるというんだ」

ちひろ「1時間で判断できるレベルで変ってことです」

海斗「お前、意外と毒舌な」

ちひろ「え、そうですか?」

無自覚か? いわゆる天然畜生というやつか。

未央「あはは、なんか私達と目線近い感じのプロデューサーだね!」

凛「……子供っぽい?」

卯月「ちひろさんと仲良しさんなんですね」

ニコニコと笑っているニュージェネレーションの3人組。出会って早々舐められているような気もする。
こういう時はきっちり上下関係を教えてやった方がいいのだろうか。そうするとして何を言えばいいのか。「生意気言ってると犯すぞコラ」とかどうだろうか。

未央「ねえねえ、プロデューサーって年いくつなの?」

卯月「見た感じだと、私達と同じ高校生くらいですかね」

海斗「いや、成人してるぞ」

凛「そうなんだ」

海斗「たとえ学園に通っていたとしても未成年ではない。未成年ではないから酒も飲める」

海斗「たとえどんな見た目でも登場人物は全員成人……いや、18歳以上だ。ゆえに合法だ」

未央「……ん? 何言ってるのプロデューサー?」

海斗「暗黙の了解ってヤツだ」

凛「ちひろさんの言う通り、確かにちょっと変な人かも……」

失礼な連中だ。オレは至極まっとうな話をしているというのに。

ちひろ「ここが朝霧君のお部屋です」

海斗「結構広いな」

夕方になって、オレはちひろに案内されて職員寮の中に足を踏み入れていた。
二階堂の屋敷に比べると家具の安っぽさが目立つが、オレにとってはどうでもいいことだ。

ちひろ「寮には食堂があるので、食事をとる時はそちらにどうぞ」

海斗「わかった」

ちひろ「お風呂は大浴場か、部屋についているユニットバスを使ってくださいね」

海斗「至れり尽くせりだな」

ちひろ「職員が働きやすい環境を作るのが社長のモットーですから」

これなら二階堂にいたころと大して変わらない。オレにはぜいたくすぎるくらいだ。

ちひろ「明日から頑張りましょうね」

海斗「ああ」

ちひろ「私の目を見て言ってくれませんか?」

ジト目で睨まれる。……細かい女だ。とりあえず形だけでも返事しておこう。

海斗「ちっ、やかましい女だ(明日から頑張ります)」

ちひろ「逆ですよ!?」

おっと、間違えた。

ちひろ「頼みますよ? 本当に……私は社長が見込んだあなたを信じてるんですからね」

海斗「安心しろ。オレはやる時はやる男だ」

ちひろ「大丈夫なのかしら……」

とりあえず、ちひろのオレに対する信頼度が低いことがよくわかった。

海斗「………」

飯を食って風呂にも入り、後は寝るだけとなった。
ベッドに寝転び考えるのは、これからのこと。

海斗「人生、何が起きるかわからんものだな」

この世に0と100はないというのはオレの持論だが、アイドルのプロデューサーになるなんて限りなく0に近い可能性の事象だったに違いない。
だが事実として、今のオレはそうなっている。

海斗「少しは勉強しておくか」

ちひろから支給された携帯を取り出し、インターネットにつなぐ。
付け焼刃ではあるが、アイドルについて学んでおくことにしよう。

翌朝。事務所にはオレ(と入院中のもうひとりのプロデューサー)が担当するアイドルが勢ぞろいしていた。
今は夏休み中なので、全員学校を気にせず集まることができている、らしい。

ちひろ「何人かには昨日紹介しましたけど、改めて。新しく皆さんのプロデュースを担当することになった、朝霧海斗さんです」

海斗「特技はピッキング――」

拓海「それはもういいっての!」

拓海をはじめとして、この場にいるアイドルは9人。
拓海(18歳)、智絵里(16歳)、卯月(17歳)、凛(15歳)、未央(15歳)の5人はすでに知っている。

仁奈「仁奈の名前は市原仁奈でごぜーます! 9歳でいやがりますよ!」

着ぐるみに身を包んだちびっ子が元気にあいさつしてきた。言葉遣い悪いな。

茜「日野茜、17歳です! 好きな食べ物はお茶です!!」

海斗「そうか、オレはコーヒーの方が好きだ」

茜「コーヒーですか! コーヒーもいいですね!! あと私はほかほかのごはんも大好きです!!!」

海斗「うるせえ!! もっとボリューム下げろ!」

茜「はいっ! ごめんなさい!!」

まったく、やたら声のデカい女だ。

文香「あの……鷺沢文香です。……19歳です。よろしく、お願いします……」

海斗「おい茜。こいつに声の半分わけてやれ」

茜「声をわけるんですか! ……どうすればいいんでしょう!?」

文香「すみません……会話は苦手なもので……」

声のデカい奴と小さい奴。まったくもって極端である。

紗南「三好紗南、14歳だよ。アイドルとしてはまだレベル5くらいかなあ。あ、最大レベルは100ね」

最後は両手でゲーム機を持っているコイツだ。あいさつが始まるまではピコピコと一生懸命プレイしていた。
ゲーム好きといえば、お嬢様にもひとりそんな奴がいたか。

海斗「というか、今まで9人のアイドルをひとりのプロデューサーが担当していたのか」

結構無理がありそうだと思うんだが……

ちひろ「最初はニュージェネレーションの3人だけだったんですよ? でも当のプロデューサーさん本人があちこちからスカウトしてきてですね」

海斗「そいつはとんでもないマゾだな」

過労でぶっ倒れるほど真面目な奴だというのがよくわかった。

海斗「さて。これからオレはお前達の面倒を見ていくわけだが……それに当たって、オレも色々と予習をしてきた」

未央「予習?」

海斗「ああ。アイドルが出世するための道についてだ」

おおー! という声が一部から上がる。期待に満ちた視線がオレに向けられていた。

未央「その出世するための道って?」

海斗「枕――」

スパーン!

ちひろ「うふふ。朝霧君、よく聞こえませんでした」

いつの間にか持っていたハリセンでちひろに頭をぶっ叩かれた。
顔は笑っているのに心はまったく笑っていない様子だった。

ちひろ「まく……なんですか?」

海斗「まく……の残っている女は希少価値が高く」

スパーン!

ちひろ「ごまかせてませんよー」

この女、たった一日ですでにツッコミに容赦がない。末恐ろしいな……

海斗「まく……まくのうち」

茜「幕の内! ひょっとして幕の内弁当のことですか!!」

海斗「ああそうだ。アイドル活動にはエネルギーが不可欠。まずはしっかり栄養を補給しようというスローガンだ」

茜「なるほど! さすがはプロデューサーです!!」

面倒なので茜の勘違いに便乗することにした。さすがはオレ、思ってもいないことがポンポンと口を突いて出てくる。

凛「……そんな話、しようとしてた?」

卯月「何か違うことを言おうとしていたみたいですけど」

智絵里「……ハリセン、痛そうだったね」

海斗「……まっくのうち! まっくのうち!」

茜「まっくのうち! まっくのうち!」

茜「さあ皆さんも一緒に!」

仁奈「仁奈もですか? まっくのうち! まっくのちでごぜーます!」

ちひろ「勢いでごまかそうとしていますね……」

最終的に、その場の全員で幕の内コールをすることとなったのだった。

未央「ほら、ふみふみもやろ?」

文香「は、はい……まっくのうち……」

とりあえずわかったこととしては、ここのアイドル達は全員それなりにノリがいいということか。

今日はここまで。次回からアイドルとのコミュニケーションに入ります
明後日くらいには投下できるかと

≪写真撮影≫


海斗「雑誌に載せる写真撮影か」

凛「別にひとりで行っても大丈夫だけど。プロデューサーが来ても、多分あいさつするだけだよ?」

海斗「ちひろの奴が、まずは基本的な仕事から慣れていけとうるさいからな」

凛「……プロデューサーって、年上にも敬語使わないんだね」

海斗「お前もだろ」

凛「そうなんだけどね」

渋谷凛。アイドル達の中では比較的落ち着いた雰囲気の持ち主で、それでいて微妙に不良っぽい外見の少女。いつだったか、侑生が語っていた今時の女子高生ってヤツを表したような感じだ。
ロボットのくせに下手な人間よりも人間らしいオレの同級生は、女子高生へのこだわりも一流だった。

凛「でも、現場についたらスタッフの人には敬語使わないと駄目だよ」

海斗「マジか」

凛「当たり前でしょ。常識だよ、常識」

海斗「どうにも苦手なんだ。だいたい、敬意を持っていない相手に無理してかしこまった言葉遣いをすることに意味はあるのか?」

海斗「そうやって互いに壁を作るから、人と人とはわかりあえないのではないだろうか」

海斗「そう考えるとやはり敬語は悪だな。オレはオレの信念に従ってフリースタイルを貫こう」

凛「それっぽい言葉で自分を正当化するのは禁止」

オレの渾身の言い分は冷たい視線とともに却下された。コイツもちひろを同じく、オレを軽くあしらおうとし始めている気がする。

――そして、撮影現場に到着。

カメラマン「今日はよろしくね。凛ちゃん」

凛「よろしくお願いします」

海斗「よろしく頼む……いや、お願いします」

やはり敬語は慣れない。以前に一度挑戦したことがあったが、相手の麗華の方が気味悪がる始末だったしな。

カメラマン「じゃあ早速準備に入ろうか。衣装はあっちにあるから――」

流れるような作業で進んでいく撮影。凛もある程度経験を積んでいるのか、特に物怖じするような様子は感じられない。
……これ、オレのやることなくないか?

海斗「暇だ」

面倒な仕事がないのは喜ばしいことかもしれないが、かといって何もすることがないのもそれはそれで退屈なのだ。
こういう時は、なんとなくちょっかいを出してしまいたくなるのが人間の性というものである。

カメラマン「うん、これはなかなか」

海斗「どれどれ」

カメラマン「うわっ! びっくりした」

撮った物を吟味している若いカメラマンの背後から写真を覗きこむ。

海斗「オレにも見せてくれ」

カメラマン「あなたは凛ちゃんの……まあ、どの道あとで見せるつもりだったからかまいませんが」

困惑しながらもカメラをいじって色々な写真を見せてくれた。若手だからか、タメ口をきかれても特に怒る様子はない。

海斗「これとかいいな」

カメラマン「あなたもそう思いますか。いや、これは自分でもよく撮れたなあと」

海斗「ただ、もう少しだけ下から角度をつけた方がいいんじゃないか? スカートの中身が見えそうで見えないくらいの」

カメラマン「はあ……しかし、凛ちゃんのイメージ的には安易なエロはとりいれない方が」

海斗「安易じゃない。計算し尽くされたエロだ」

カメラマン「と、いうと」

海斗「まず下から見上げるアングルにすることで、そこそこ高い身長をさらに強調することができる。クールなアイドルとして売り出すのならおあつらえ向けだ」

海斗「そして、そのクールなアイドルが見せる一瞬の隙……それをパンチラ寸前の絵で表現するわけだ」

カメラマン「なるほど……すると、凛ちゃんの目つきももう少し鋭いものにした方がいいでしょうか」

海斗「それもいいな」

カメラマン「ふむふむ……おお、インスピレーションが湧いてきましたよ! まだまだ修正できる箇所がありそうだ!」

海斗「さすがはプロ。細かいところに視点が向けられるんだな」

そして――

カメラマン「よし、そこからもう少しだけあごを引いて……そうそう、いい感じだよ凛ちゃん」

海斗「右肩だけほんの少し前に出せ。そのほうが見た目がいい」

凛「……あの、なんでプロデューサーが一緒に指示飛ばしてるの?」

意気投合したオレ達の手によって、最終的にはかなりいい写真を撮ることができたのだった。


凛「プロデューサー、昔はカメラマンでもやってたの?」

海斗「いや全然」

凛「なのにあんなに偉そうにあれこれ言ってたんだ」

海斗「状況によって態度を変えないのはオレの長所だ」

凛「それ、長所なの?」

半ば呆れたような視線を向けられる。

凛「……でも、おかげでいい写真が撮れたと思う。ありがとう」

帰り道で、凛がオレに向けた笑顔は……駆け出しとはいえ、さすがはアイドルと呼べるようなものだった。

≪朝の運動≫

ここ数日、高熱で寝込んだり屋敷を追い出されたりプロデューサーになったりと、様々な出来事が一度に起きた。
大きなイベント続きだったおかげで、日課である朝のジョギングをする機会に恵まれなかったのだ。

海斗「よし」

というわけで、早朝。何日かぶりにジャージに着替え、走ることにした。
軽くストレッチを行ってから、ゆっくりと体の調子を確かめるように足を交互に出す。

海斗「静かな朝だ」

こういう穏やかな環境は嫌いじゃない。聞こえる音といえば、規則的に鳴り続ける己の足音くらいで――

茜「あれ、プロデューサーじゃありませんかっ! おはようございます!!」

海斗「……穏やかな朝に似合わぬ大音量だ」

職員寮を出たところで、同じく女子寮から出てきたらしい茜と出くわした。
あちらもジャージにスニーカーを装備しており、明らかに走りに行く様子である。

海斗「お前もジョギングか」

茜「はい! アイドルもラグビーも体力作りが肝心なので!」

海斗「ラグビーやってるのか」

茜「バリバリやってます! プロデューサーもどうですか?」

海斗「気が向いたらな」

ラグビーか……ボールすら触ったことがないな。ルールもほとんど把握していない。

茜「その恰好を見るに、プロデューサーも走るんですよね? なら私と一緒にどうでしょう!!」

海斗「いいぞ。このあたりを走るのは初めてだから、コースはお前に任せる」

茜「わかりました! では行きましょう!!」

笑顔満開でうなずき、オレの先を走り出す茜。元気なのは声だけじゃなく、体もそうらしい。

茜「えっほ、えっほ!」

海斗「はっ、はっ」

しばし会話もないまま2人して走り続ける。茜のペースはなかなか速いもので、周囲の景色に目移りしていると危うく置いて行かれそうになるほどだ。

茜「体もあったまってきましたし、そろそろペースを上げましょうか!!」

海斗「おいおい、これ以上はやめたらジョギングじゃなくなるぞ」

茜「大丈夫です! 体力には自信ありますから!」

海斗「いやオレのペースに合わないんだが……」

オレの意見も聞き入れてもらえず、本当に茜は速度を上げてぐんぐんオレとの距離を空けていく。
追いつけないこともないが、朝からそこまで気合いを入れて走る必要性を感じない。

海斗「オレはオレのペースを守るか」

見失ってコースがわからなくなるのだけは避けよう。
別に競争しているわけではないのだ。目的を間違えてはいけない。

かれこれ30分ほど走っただろうか。

茜「えっほ、えっほ……はっ!? いつの間にかプロデューサーが追いついてます!」

海斗「オレは一切ペースを変えてないぞ。お前が張り切りすぎて疲れてきただけだ」

茜「た、確かに少し息があがっています……プロデューサー、体力あるんですね!」

海斗「それなりにはな」

茜の隣に並び、ピッチを合わせる。コース自体はすでに折り返し地点を過ぎているので、道がわからないということはない。

茜「誰かと一緒に走るのは久しぶりだったので、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました……!」

海斗「いつもはひとりで走ってるのか」

茜「一度プロデューサーを誘って走ったんですけど、気がついたらはるか後ろで倒れてしまっていました!」

オレじゃないほうのプロデューサーか。大方、コイツのオーバーペースに律儀について行こうとしてバテたのだろう。

茜「……今気づきましたが、プロデューサーをプロデューサーと呼ぶと紛らわしいですねっ!」

海斗「違う人間を同じ呼び方で呼んでたら面倒だわな」

茜「というわけで、これからは海斗さんと呼んでいいでしょうか!」

海斗「ああ」

ウンコマンとかじゃない限りは、どう呼ばれようと気にしない。

茜「では海斗さん! ……なんだか下の名前で呼ぶと照れますね、えへへ」

茜「まあそれはともかく! これからも一緒に走っていただけないでしょうか!!」

海斗「朝のジョギングは日課だから、この時間なら毎日付き合ってやる」

茜「ありがとうございますっ!!!」

走りながら頭を下げて礼を言う茜。こうも気持ちの良いくらいの元気な声で言われると、こちらとしても悪い気はしない。

海斗「誰かと走るの、好きなのか」

茜「そうですね! 一緒に頑張ってるって感じがするので!」

海斗「そうか。ならもっと人数を増やしてもいいかもな。体力のありそうな拓海あたりを誘ってみるか」

茜「それはいいですね! でも、断られないですかね?」

海斗「かもしれんが、あいつ沸点低そうだからな。ちょっと煽ればすぐ食いついてきそうだ」

後日。

拓海「くそっ、なんでアタシが朝からジョギングなんて……」

海斗「いいのか? 特攻隊長がラグビー部に負けて。しかも年下だぞ」

拓海「うぐっ」

海斗「プライドがあるよなー。部下にも示しがつかないよなー」

拓海「うぐぐ……だーもう、見てろやコラ! 今から茜を追い抜いてやるからな!」

茜「燃えてますね拓海さん! 私も負けませんよ、ボンバーッ!!」

朝から仲良く競争する2人。実に楽しそうである。

海斗「さて、オレはマイペースに行こう」

≪本を読む≫


海斗「本がない」

どうにも夜の時間を持て余していると感じていたのだが、その原因にようやく気付いた。
二階堂の屋敷を追い出された際に本をすべて置いてきたので、暇つぶしの道具を持っていないのだ。

文香「………」

そんなことを考えながら朝の事務所に到着すると、ひとり静かにソファーに座っている文香の姿を見つけた。
オレの担当アイドルの中では最年長だけあって、普段の物腰からして落ち着いた様子の女である。

海斗「よう」

文香「……あ、おはようございます」

読んでいた本から視線を外し、オレにあいさつをする文香。
声をかけるまでオレの存在に気づかなかったのは、あいつが読書に夢中だったからだろう。

海斗「本、好きなのか。昨日も一昨日も空き時間に読んでいたが」

文香「はい……」

海斗「そこに置いてるの、貸してもらってもいいか?」

文香「えっ……?」

驚いたようにオレを見る文香。前髪で目が隠れているので、瞳からは感情が読み取りにくい。

海斗「駄目か」

文香「いえ、かまいませんが……その、少し内容が複雑なので」

海斗「オレには理解できないとでも?」

文香「す、すみません……決してそういうわけでは……」

海斗「冗談だ」

申し訳なさそうにうなだれる文香。その手前に置いてある本を手に取り、最初のページを開いてみる。

海斗「少々難しい方が読みごたえがあっていいもんだ」

基本的にオレは小説を読むのだが、別にそれ以外のジャンルでも好き嫌いはしない。
どうやら世界の思想史についての本らしいが、このくらいなら十分読める。

文香「……お好きなんですか? 読書……」

海斗「まあな。今手持ちの本がないから、お前に貸してもらえて助かった」

禁止区域にいたころから続く習慣。趣味といっても差し支えないだろう。

文香「……それなら、これからもお勧めの本を……どうでしょう」

海斗「いいのか?」

文香「はい……同じ本を読んで、意見を共有できる機会は貴重なので」

そう言って、わずかに口角をつり上げる文香。
気持ちはよくわかる。オレも面白い本を読んだ後はその感動を誰かに伝えたくなるものだ。
尊あたりに無理やり読ませようとして、スルーされるのが半ばお約束と化しているが。

未央「おっはよー!」

卯月「おはようございますっ」

それぞれ読書にふけっているうちに、徐々にアイドル達の頭数がそろってきた。

卯月「お二人とも、読書中でしたか」

未央「ふみふみは見慣れてるけど、プロデューサーも本読むんだ。なんか意外ー」

海斗「そのセリフもだんだん聞き飽きてきたな」

どうもオレという人間と読書はなかなか結びつかないらしい。

未央「どれどれ……うわっ、なんか難しそうなの読んでる」

卯月「すごいですねー」

未央「ますます意外……知的なオトコという評価に修正しなければ」

海斗「これに懲りたら今後オレのことは朝霧様と呼ぶように」

未央「そこまで上方修正かけてないよ!?」

オレも新たな事実を発見したので、評価を修正しておこう。
本田未央は、ボケるときっちりツッコんでくれるタイプの人間だ。

ちょっと休憩入れます

≪経過報告≫

P「君が朝霧海斗君か。僕がダウンしている間、みんなの面倒を見てくれてありがとう」

P「これからは一緒にプロデュースを頑張っていこう!」

がしっと握手をさせられる。
オレがここで働き始めてから4日目の朝。過労から復帰してきたプロデューサーは、なんというか暑苦しい男だった。

P「うちの子達はみんな魅力的だろう。そう思わないかい」

海斗「わからんが、全員平均よりは上だろうな」

P「みんな自慢の子達だよ。それじゃあ今日の仕事の割り振りだけど――」

仕事に情熱を燃やしているのがありありとわかる態度。茜と同類だろうか。

P「朝霧君。君は智絵里を連れてオーディションに行ってほしい。あの子はひとりだと萎縮してしまうから、しっかり付き添ってあげてくれ」

海斗「ああ」

智絵里か。思えばあいつと偶然出会ったことで、オレはここに来ることになったんだったな。





海斗「どうだ、うまくいったか」

智絵里「ど、どうでしょうか……少し失敗してしまったかもしれません」

今日行われたのは、ドラマの脇役のオーディション。
結果が伝えられるのは後日なので、とりあえず今は報せを待つのみである。

智絵里「うう……周りの人の方がうまかったような気がしてきました」

海斗「死にそうな顔するな。もう終わったことだ」

どうもコイツは気が弱い。おどおどしている時も多いし、考えがネガティブに傾くこともしばしばだ。

海斗「仮に落ちたって死ぬわけでも首になるわけでもない。経験を糧にすれば、それで十分意義のある出来事になる」

海斗「すべては繰り返しだ。何度も何度も反復を重ねることで、人間は強くなる」

かつてのオレが、親父に半殺しの訓練を課せられた時のように。
気の遠くなるほどの繰り返しを経て、今のオレがあるのだ。

智絵里「そうですね。もっともっと、頑張ります」

海斗「頑張れよ。……ところで、少し寄り道をしてもいいか」

智絵里「え?」

首をかしげる智絵里に、オレは軽く事情を説明する。

海斗「オレが以前働いていた場所がここの近くにある。そこの人間に、転職したって報告しておこうと思ってな」

智絵里「……そういうことなら、わかりました」

海斗「悪いな」

許可をもらったところで、足取りを二階堂の家の方へ向ける。
予定通りなら、麗華達はすでに旅行から帰ってきているはずだ。

智絵里「………」

海斗「………?」

ところが、なぜか智絵里はオレのあとについてくる。

海斗「帰らないのか?」

智絵里「えっ……一緒に行くんじゃないんですか?」

海斗「お前が来る意味がないと思うんだが」

智絵里「あっ……そ、そうですよね、うっかりしてました」

ハッとした表情になった後、あたふたと両手を振る智絵里。何も考えずについて来ようとしただけらしい。

智絵里「……でも、朝霧さんがどこで働いていたのか、気になるので。やっぱり、ついて行ってもいいでしょうか」

海斗「それはかまわないが、覚悟はしておけよ」

智絵里「覚悟?」

海斗「あそこには淫乱下ネタメイドと暴力お嬢様がいるからな。いきなり噛みついてくるかもしれん」

智絵里「か、噛みついてくるんですか……!?」

人を疑うことを知らないらしい智絵里は、オレの誇張表現を真に受けて怯えていた。
それでも結局ついてくるあたりは、度胸があるのかないのかよくわからない。

智絵里「あ、あの、朝霧さん。ここって、お金持ちの人が住んでいる高級住宅区じゃ」

海斗「そう緊張するな。別に金持ち以外入ることを許されていないわけでもないんだ」

智絵里「そ、それはそうかもしれませんが」

海斗「……っと、着いたぞ」

並み居る富豪の屋敷の中でもひときわ大きな存在を放つ二階堂家。その正門にたどり着いた。
ついでに、正門の近くに見慣れた女の姿も見つけた。

海斗「そこのメイド、至急こっちに来い」

呼びかけると、そのメイドは箒を抱えたままこっちにやって来る。

ツキ「申し訳ありません。見覚えのないブサイク顔なので、名前を教えていただけないでしょうか」

海斗「これほどの美貌を目にしてその感想とは、いい加減眼科に行くことを勧める」

ツキ「なんだ海斗様ですか。しばらく顔を見ていなかったうえに帰ってきたら屋敷を首になっていたので存在自体を忘れていました」

海斗「薄情なメイドやね」

相変わらず敬意の欠片も見えない暴言の数々である。オレも人のことは言えないのでお互い様だが。

智絵里「あ、あの……朝霧さん。この人は」

海斗「この家……二階堂のメイドだ」

智絵里「に、二階堂って、あの大富豪の二階堂ですか!?」

海斗「そうらしいな」

ツキ「して海斗様。そちらの方は」

海斗「俺が面倒を見ているアイドルだ」

そう言った瞬間、ツキの表情が完全に固まった。

ツキ「……海斗、犯罪はよくない」

海斗「お前が何をどう考えてその結論に至ったのか説明してほしいところだ」

ツキ「まあ、それは冗談ですが……驚きました。驚き桃の木です。とりあえず麗華お嬢様呼んできます」

海斗「そうしてくれ。お前と話しているとすぐ話が脱線するからな」

ツキ「照れる」

褒めてねえ、とオレがツッコむ前に、ツキは一礼した後屋敷の中へ入っていった。

智絵里「な、なんだかすごいメイドさんですね……」

海斗「無理に笑う必要はないぞ」

智絵里「そういうわけじゃないです。……でも、びっくりしました。朝霧さん、二階堂家で働いていたんですね。なんの仕事をしていたんですか?」

海斗「それは――」

オレが答えようとしたところで、屋敷からずんずんと近づいてくる人影が現れた。
ツインテールがトレードマークの、オレの元プリンシパルだ。

麗華「この馬鹿」

海斗「会うなりずいぶんなご挨拶だな」

麗華「馬鹿の二文字で済ませてあげただけありがたいと思いなさいよ。あれだけお父様の機嫌を損ねるなって釘を刺したのに……」

はあ、とデカいため息をつくこの女こそ、傲岸不遜のお嬢様・二階堂麗華である。

麗華「私もお願いしてみたけど、お父様は絶対再雇用する気はないって」

海斗「ま、そんなところだろうな」

予想はしていたので、驚きはしない。

麗華「……それで? ツキからアイドルがどうのって聞いたけど」

ジロリと品定めするかのような視線を智絵里に向ける麗華。コイツの眼力はすごいので、案の定智絵里は萎縮してしまっていた。

海斗「今から説明する」







麗華「なるほど、事情はわかったわ。たまたま人手不足だった事務所の目に留まって、アイドルのプロデューサーをしているってわけね」

海斗「さすが秀才。理解が早いな」

麗華「あんたの滅茶苦茶具合にはもう慣れたから。このくらいで驚いてられないわ」

困ったような顔で笑い、麗華は再びオレの隣に目を向ける。

麗華「あなたが、こいつに助けられたっていうアイドル?」

智絵里「は、はい……緒方智絵里です」

麗華「二階堂麗華よ。よろしく」

智絵里「よ、よろしくお願いします」

麗華は努めて優しい口調で話そうとしているようだが、やはり大富豪の娘の前ということもあって智絵里は気後れしてしまっている。

麗華「こいつに何か変なことされてない? 今なら洗いざらい告発してもかまわないわよ」

海斗「お前オレを疑いすぎだろ」

智絵里「へ、変なことだなんて、そんな……朝霧さんはわたしを怖い人達から助けてくれましたし、今日だって落ち込んでいる時に励ましてくれました」

麗華「励ます? ……へえ」

海斗「なぜ睨む」

麗華「私はそんなこと、してもらった覚えがないから」

海斗「そもそもオレはお前が落ちこんでいる姿を見たことがないんだが」

麗華「ああ、なるほど。それなら励ましようがないわね」

納得したようにうなずく麗華。実際コイツは秀才で自信家だから、うまくいかずに落ち込むようなことは滅多にないのだろう。

海斗「……いや、ひとつあったか。チビで貧乳だから」

バキッ!!

麗華「なに?」

海斗「なんでもないです」

蹴ることないやん……

麗華「まあ、とりあえず行方不明になっていなくて安心したわ。そうなったらさすがに後味が悪かったから」

麗華「でも、あんたはもう私のボディーガードじゃないのよね」

智絵里「えっ……朝霧さん、二階堂さんのボディーガードだったんですか?」

海斗「一応はな」

麗華「本当に一応よね。問題ばっかり起こすし、適当だし」

麗華「……私には、それくらいがちょうどよかったんだけど」

残念そうな顔で語る麗華を見ていると、なんだかんだでオレを気に入ってくれていたのだと感じさせられる。

海斗「確かにオレは、もうお前のボディーガードじゃない」

海斗「だが約束は守る」

麗華「約束?」

海斗「亮がお前に危害を加えるようなら、オレがお前を守る。前にそう約束したはずだ」

こくりとうなずく麗華。どうやら忘れてはいないらしい。

海斗「何かあればオレに連絡しろ。できる限りは力になる」

新しい携帯を取り出し、電話番号を表示する。

麗華「……何よ。意外に義理堅いじゃない」

海斗「ま、このくらいはな」

麗華「そ」

頬を緩めると、麗華は自分の携帯にオレの番号とアドレスを登録した。

麗華「一応、ほんの少しは頼りにしておくわ」

海斗「ああ」

麗華「それと、智絵里さん……だったわよね」

智絵里「は、はいっ」

麗華「こいつが悪さをするようなら、いつでも私に言いに来なさい。力になるわ」

智絵里「は、はい……?」

海斗「おいおい、まるでオレが頻繁に悪さをするように聞こえるだろ」

麗華「するでしょうがっ!」







帰り道。

智絵里「……麗華さん、いい人でしたね」

海斗「いい人? あいつが?」

智絵里「わたしにも、いつでも頼っていいって言ってくれました」

智絵里「仲、いいんですね」

海斗「仲がいいねえ……」

馬が合う部分もあるにはあったが、果たしてオレと麗華は仲良しなのだろうか。

智絵里「ちょっとうらやましかったです」

海斗「羨ましい? なにが」

智絵里「朝霧さんと気兼ねなく話せるのが……あっ、いえ、なんでもないです!」

わたわたと慌てて首を横に振る智絵里。いったい何が言いたかったのだろうか。

智絵里「朝霧さんがボディーガードだったことって、みんなには秘密ですか?」

海斗「別に好きに話していい。隠すようなことでもないしな」

智絵里「そうですか。みんな驚くだろうなあ……」

早速事務所の連中に教えるつもりらしい。女が話好きっていうのは本当だな。

麗華お嬢様を出したところで今日はここまで
そのうち個別ルートに入る際に安価をとるかもしれません(果たして安価してもらえるほどの出来を維持できるのか…)

続き投下します
あと皆さんの意見を反映してとりあえず安価なしでやっていこうと思います

≪ゲーム≫


未央「ふんっ、このっ!」

卯月「ああっ、抜かれちゃいました……!」

紗南「甘いよ2人とも、このレースあたしがもらった!」

昼に事務所に戻ると、テレビの前を占拠した未央達がゲームのコントローラーを持って騒いでいた。
どうやら3人でレースゲームに興じているらしい。

未央「また負けたー」

卯月「紗南ちゃん強いです……」

紗南「いやー、でも今回は結構危なかったよ。2人とも成長してるね」

COMも混ざった12人でのレースの結果は、紗南が1位、未央が2位、卯月が6位だった。
常日頃からゲームを携帯しているだけあって、紗南の実力は確かなようだ。

紗南「あ、朝霧さん。朝霧さんもマリカやる?」

海斗「このゲーム、マリカっていうのか」

紗南「え、知らないの? マリオカート」

海斗「ゲームなんてほとんどしたことないからな」

せいぜい彩に付き合わされて少しやっていた程度だ。憐桜学園の寮で暮らしていた時は、そもそもゲームの持ち込み自体が禁止だったりもした。

未央「へえ、そうなんだ。現代っ子にしては珍しいね」

海斗「ゲーム機を使わないゲームならいくつか経験はある。紙相撲とかな」

卯月「紙相撲ですか。土俵を指で叩いて、紙で作ったお相撲さんを戦わせる遊びですよね」

海斗「オレの作った『闇のサンタクロース』は最強だった。公園で遊んでいた子ども達にチートチートと騒がれたほどだ」

紗南「そのネーミングはどうなのさ」

海斗「サンタは怖いぞ? 血塗られた衣装に身を包み、気配もなく子ども達のそばに現れるんだからな」

未央「プロデューサー、サンタに恨みでもあるの……?」

困惑顔でそんなことを尋ねられる。別にサンタクロースに恨みはないが、プレゼントとやらをもらった覚えもない。

仁奈「サンタって、怖い人でいやがりますね……」

紗南「ほら、純粋な女の子が朝霧さんの印象操作に騙されてる」

いつの間にかその場にいた仁奈が怯えた目をしていた。コイツはまだ、サンタクロースの存在を信じているのだろうか。

紗南「それで、結局マリカやる? やらない? というかやろう?」

海斗「えらく強引だな」

紗南「ゲーム仲間は多い方が楽しいし」

二カッと笑う紗南の誘いを、特に断る理由は見当たらない。
レースゲームなら暇つぶしにはなるだろう。

海斗「じゃ、やるか」

紗南「そう来なくっちゃ。それじゃ早速操作方法を説明するね!」

コントローラーを手渡され、軽く手ほどきを受ける。とりあえず、アクセルとブレーキとハンドルの切り方を覚えておけば大丈夫だろう。

海斗「よし、覚えた。これでオレの優勝は揺るぎない」

紗南「えっ? でもまだ細かいテクニックとか説明してない――」

海斗「そんなものは必要ない。こういうのは持って生まれたセンスというのが重要なんだ」

というわけで、先の3人とオレを加えた4人でレースを行うことに。







結果。

海斗「くそっ、またコース外かよ! この亀さっさと引き揚げろよ!」

未央「弱い……」

卯月「これで5戦連続最下位だね」

海斗「というかこの車が悪い! タイヤが滑りすぎだ!」

紗南「あげくマシンに文句つけ始めたよ……」

信じがたいことだが、オレはCOMにすら大差をつけられ最下位に沈んでいた。

未央「まあまあ。始めたばっかりなんだから、こういうこともあるって」

海斗「オレはそういう上から目線の憐みをもっとも忌み嫌うんだ」

未央「うわー、めんどくさっ」

このままで終わらせたくないのは事実だが、どうやら今のオレの技量では勝てないのもまた事実。

海斗「……練習するか」

紗南「おっ、やる気になったね? じゃあこのマリカはしばらく朝霧さんに貸してあげるよ」

海斗「いいのか?」

紗南「布教もゲーマーの仕事のひとつだからねー」

海斗「ならありがたく使わせてもらおう」


――そして、3日後。

卯月「ま、負けちゃいましたあ」

海斗「フッ、まあオレにかかればこんなものだ」

寮でひとり練習に励んだ甲斐あって、オレのマリカの実力ははるか高みへ上昇していた。

未央「まあ、しまむーに勝っただけで、私達には全然届いてないんだけどね」

紗南「というか卯月ちゃんに勝ったのもアイテム運があったから……」

海斗「あーあー聞こえない」

とにかく、オレのマリカの実力ははるか高みへ上昇していた(断言)。

未央「……ぷっ。なんだか朝霧プロデューサーと遊んでると楽しいね」

紗南「あたし達と同じ目線で遊んでくれるからだろうね」

顔を合わせて笑いあう未央と紗南。レースに負けた卯月もニコニコと笑みを浮かべている。
少々引っかかる物言いではあるが、一応オレと遊ぶのを楽しんでいるらしい。

ちひろ「あら? みんなで集まってゲームですか?」

その時、部屋に入って来たのはオレやPのアシスタントを担当している千川ちひろだった。

ちひろ「朝霧君も、順調にみんなと仲良くなっているみたいですね」

海斗「まあな」

紗南「ちひろさんもマリカやる?」

ちひろ「私は少しやることがあるから……ところで朝霧君」

海斗「なんだ?」

にこにこ顔のまま、ちひろがオレに視線を向ける。

ちひろ「ここ最近の経費を確認したところ、用途不明の出費が約1500円分あったんです。何か知りませんか?」

海斗「知らないな」

未央「あ。プロデューサー、鞄から何かはみ出てるよ」

紗南「これはマリカの攻略本だね」

卯月「……定価1500円って書いてますね」

海斗「………」

ちひろ「朝霧く~ん? ちょーっとお話ししましょうか~?」

笑顔のままオレの名を呼ぶちひろだが、目だけはまったく笑っていなかった。
……結局、攻略本代はオレの給料から天引きされることとなった。

≪たくみん≫


P「拓海にはやっぱり可愛い衣装が似合うと思うんだ」

海斗「わからなくはないな。ああいう勝気な女がフリフリ付きの服を着ると魅力を感じる男も多そうだ」

P「そうだろうそうだろう。海斗君は話が分かるね」

海斗「いっそ羊のコスプレでもさせてみるか。露出多めで」

P「ひ、羊のコスプレだって!? ……海斗君、君は天才だ!」

海斗「ついでに着ぐるみ好きの仁奈を隣に置いて――」


拓海「テメエらいい加減にしろよ……!」

海斗「なんだ、いたのか」

拓海「いたっつーの! レッスンから戻ってきた途端とんでもない会話を聞いてドン引きしたぞ!」

肩を怒らせ抗議する拓海に対し、Pは頬をかきながら苦笑いを浮かべる。

P「ごめんごめん。さすがに羊はもう少し考えてからにするよ」

拓海「考えるまでもなく却下にしろよ……」

海斗「そう言うなよたくみん」

拓海「うるせえ! あとたくみん言うな!」

海斗「未央が呼ぶ時は怒らないだろ」

拓海「アンタにそう呼ばれるとなんか腹立つんだよ……だいたい、特攻隊長がたくみんじゃ示しがつかねえだろうが」

特攻隊長ねえ。初めて見た時から喧嘩上等の不良みたいな態度の女という印象だったが、実際のところはどうなのだろうか。

海斗「隊長ってことは、部下がいるのか」

拓海「おうよ。最近はアイドルの仕事に時間をとられるから、後進の育成に励んでいるところだ」

海斗「一丁前に言うなあ」

拓海「……信じてねえな、その顔」

海斗「別にそんなことはないが」

拓海「いいぜ。今度機会があったらアンタを部下と会わせてやる」

ふんす、と鼻息荒く宣言する拓海。
アイドルがヤンキーとつるんでいることを堂々暴露していいものかと思うが、頭に血の昇っている今のコイツには関係のないことか。



後日、オーディションに拓海と一緒に向かった時の帰り道。

ヤンキーA「ご無沙汰してます、姐御!」

ヤンキーB「体にお変わりはありませんか!」

ヤンキーC「俺らそれだけが心配で……」

……今時、リーゼントの不良なんて本当にいるんだな。
拓海にあいさつしているヤンキーのうちのひとりを眺めながら、オレはそんなことを考えていた。

拓海「アタシはこの通り元気だ。テメエらこそ大丈夫か」

ヤンキーB「うっす! 大丈夫っす!」

ヤンキーC「姐御にお気遣いいただけるだけで幸せっす!」

海斗「ヤンキーは上下関係厳しいって聞いたが、本当らしいな」

ヤンキーA「当然だ、姐御はうちのボスなんだからよ。……ところで、お前が姐御のプロデューサーって野郎か」

そのうち、ヤンキー達の視線は拓海からオレに移っていた。先ほどとは打って変わって好戦的な目つきをしている。

海斗「オレは新参ではあるが、一応はそうだな」

ヤンキーA「そうか。お前が……」

拓海「おい、あんまりすごむなよ。そいつはちょっと変なところはあるけど、これでなかなか男気のある奴なんだからな」

男気? ……ああ、智絵里を助けた時のことを言っているのか。

ヤンキーB「姐御にフリフリの衣装とか着せたりしてるのはお前か? あ?」

拓海「あ、そのことに関してはいくらでも文句言っていいぞ」

海斗「お前、自分のひとつ前の発言思い出せ」

拓海「知らん」

ふてぶてしい女だ。ちろりと舌を出してやがる。

ヤンキーC「てめえ、姐御にあんな格好させるたあ……!」

リーゼントの奴がオレの目の前に立ち、カッと目を見開く。

ヤンキーC「……最っ高じゃねえか!!」

拓海「………は?」

ポカンと口を開ける拓海。

ヤンキーC「いやあ、実は俺らも前々から姐御のああいう格好想像してたんだよなあ」

ヤンキーA「絶対破壊力やべーだろって全員で盛り上がってな」

ヤンキーB「いざ現実のものになった時は感動したぜ」

海斗「……だそうだが? たくみん」

拓海「な、な……なんでそうなるんだよ! あとたくみん言うな!」

部下に裏切られたような形となった拓海は、額に汗をかいて焦っているのが丸わかりだった。

拓海「テメエらもテメエらだ! アタシのあんな格好がいいって正気か!?」

ヤンキーC「なんですかたくみん」

拓海「テメエらまでたくみん言うな!!」

ヤンキーC「あ、すみませんつい」

海斗「姐御を慕ういい部下を持ったな。特攻隊長」

拓海「100パーセント皮肉にしか聞こえねえ……!」

しばらくは、かわいらしい服を着せる方向で間違いはないようだ。

≪海斗の気持ちになるですよ≫


うちのアイドルの中で最年少である市原仁奈の特徴は、着ぐるみを着るのが大好きだというところだ。
その上で、その着ぐるみの動物の気持ちになるのが得意らしい。たとえば、ウサギの着ぐるみを着た状態でピョンピョン飛び跳ねたり、そんな感じである。
しかし、この「気持ちになる」というのは動物限定ではないらしく。

仁奈「市原仁奈、がんばりますっ」

卯月「あっ、今のは私ですね!」

仁奈「…んだよ、見てんじゃねーよっ。アァッ!?」

未央「ちょっとたくみん、これ教育に悪いんじゃないのー?」

拓海「知らねーよっ」

このように、事務所の連中の口調を真似ることもできるらしい。
少々舌足らずになることもあるが、なかなかうまいもんだ。

仁奈「今日は海斗の気持ちになるですよ」

海斗「オレか?」

仁奈「はいっ……でも、仁奈は海斗のことをあんまり知らねーです。だから海斗の気持ちがよくわからないですよ」

肩を落としてしゅんとする仁奈。オレの真似をしたいものの、まだ情報が少ないから難しいということらしい。

未央「そういえば私達、朝霧プロデューサーのことあんまり教えてもらってないよね」

凛「前の仕事がボディーガードだったってことくらい? 智絵里から聞いたけど……」

未央「というわけで、突然ですが今からプロデューサーへのインタビュータイムを開始します!」

紗南「おっ、いいねそれ。ゲームでも仲間の情報を知るのは大事だからね」

あれよあれよといううちに盛り上がる一同。全員がオレに期待のこもった視線を向けている。

海斗「お前ら、暇なのか? オレのことなんて聞いても面白くないと思うが」

未央「面白いか面白くないかを決めるのは私達だし。ね、いいでしょ?」

両手を合わせて上目遣いで頼んでくる。

海斗「……答えられる範囲ならな」

未央「やたっ」

オレも暇を持て余していたところだったし、こいつらの遊びに付き合ってやるのも悪くないか。

未央「じゃあまず私から聞くね。プロデューサーってどこ出身?」

海斗「黙秘権を行使します」

未央「なんで!?」

海斗「そんな面白みの欠片もない質問に答えてやる義理はない。オレに答えさせるならもっと程度の大きい問いを持ってくるんだなフハハ」

未央「むう、これは手厳しい」

……ごまかせたか。最初から危ない質問だったぜ。

卯月「プロデューサーさん、得意なことってなんですか?」

海斗「ピッキング」

卯月「あ、あはは……できればそれ以外でお願いします」

海斗「………」

それ以外、ねえ。

凛「卯月」

卯月「はい?」

凛「キスしよう」

卯月「……え、ええええっ!?」

凛「突然だけど許して。もう我慢できないの」

卯月「そ、そそそんな! 私達女の子同士なのに――」

凛「ちょ、ちょっと待って! 今の私が言ったんじゃないよ!」

卯月「……えっ?」

凛?「というのは嘘で、やっぱりキスしよう」

卯月「え、え、ええっ?」

混乱のあまりぐるぐる目を回し始める卯月。同じく慌てた様子の凛。

拓海「つーか、今の声が聞こえてきた方向たどればわかるだろ。なあ海斗?」

海斗「バレたか」

ある程度は騙されてくれたから、からかったかいはあったな。

未央「……もしかして。今のしぶりんの声、プロデューサーが出してたの?」

海斗「ふーん、アンタが私のプロデューサー? まあ、悪くないかな」

未央「うわ似てるっ!? というかまんま!?」

凛「ちょっと気持ち悪いくらいだよ……」

文香「……声帯模写、ですか」

海斗「一応、特技といえばこれだな」

うまくやれば金取れるレベルだと自負している。具体的にどうやるかは不明だが。

茜「すごいですね! 私の真似もできるんでしょうか!」

海斗「ボンバーッ!! ……お前の真似は疲れる」

仁奈「仁奈もせーたいもしゃやりたいですよ!」

気まぐれで披露した特技だったが、思いのほか好評を得られたようだ。特に茜と仁奈はかなりはしゃいでいる。

未央「じゃあ次。何か聞きたい人いない?」

仕切り直しとばかりに未央が手を叩く。
すると、控えめながらもおずおずと片手を挙げるアイドルが一名。

智絵里「あ、あの……」

海斗「なんだ」

智絵里「あ、朝霧さんは、今お付き合いしている方とかいるんですか……?」

ぼそぼそとした声で智絵里がそう尋ねた瞬間、部屋の中が一気に色めき立つ。

紗南「結構グイッとくる質問だね。クリティカルだよ、クリティカル」

未央「私も気になる! どうなの、プロデューサー?」

海斗「女が恋バナ好きだっていうのもマジな話だったのか……」

今まで普通の女とコミュニケーションをとったことがほとんどなかったので、最近は新しい発見と出会うことが多い。

海斗「生まれてこの方、恋人なんていうのは作ったことがないな」

茜「そうなんですか!」

凛「意外と奥手なんだ」

智絵里「………ほっ」

オレの答えに様々な反応を見せる一同。少し離れた場所で本を読んでいる文香も、一応聞き耳は立てているようだ。

未央「じゃあ……やっぱりアレやソレの経験もないの?」

海斗「オブラートに包まずはっきり言え。セッ」

未央「いやいやいや! 小さい子もいるし直球はまずいって!」

なら聞こうとするなよ……。

海斗「ま、経験はあるけどな」

拓海「あんのかよ! 女と付き合ったことないのに」

凛「……それって、付き合わずにやることだけやったってこと?」

海斗「ありていに言えばそうなる」

本当はもっとひどいが。

未央「な、なんか大人だね……」

凛「でも微妙に想像できるというか」

拓海「だな……」

ひそひそと話し合う3人。

紗南「さっきから、朝霧さん達なんの話してるんだろう?」

仁奈「仁奈にも教えてほしいでごぜーます」

卯月「そうですねー」

茜「同感です! ね、文香さん!」

文香「……え? あ、はい……そう、ですね」

智絵里「………」

意味がわかっていない残りの純粋無垢な連中。
ひょっとすると、わかっていないふりをしているムッツリスケベがいるかもしれないが。

今日はここまで
次の投稿で一段落つくと思います

≪前触れなどなく≫


拓海「はあっ!?」

平穏そのものだった午後の事務所の空気を壊したのは、携帯電話を耳に当て、誰かと会話をしている拓海の叫び声だった。
突然ソファーから立ち上がったかと思うと、通話相手に噛みつかんばかりの形相で話の続きをうながしている。

拓海「あいつら、勝手なことを……!」

携帯を壊さんばかりに強く握りしめ、ついには歯ぎしりまで始める。明らかにただごとではないと、部屋の中にいた智絵里と仁奈は困惑した表情で拓海を見つめていた。

海斗「おい、どうした」

拓海「どうもこうもねえよ! あいつら……よその連中と争うために禁止区域に入りやがったんだ!」

禁止区域――その単語が出た瞬間、話を聞いていた智絵里と仁奈の顔色も変わる。

海斗「あいつらって、お前の部下の不良連中か」

拓海「ああ。警察の目に留まらないような場所で喧嘩するって話になったらしい」

禁止区域。社会から逃げ出した連中が集まる無法地帯。国内に何か所も存在するうちのひとつが、この街にもある。
確かにあそこなら、警察の目は届かない。好き勝手に喧嘩をするぶんには、ある意味適した場所かもしれない。

智絵里「禁止区域って、立ち入り禁止の怖い場所ですよね……入ったら、何をされるかわからないって」

仁奈「仁奈も学校で教わったでごぜーます……絶対に入っちゃだめだって」

あの場所は、こことは世界が違うのだ。
こちら側で不良だヤンキーだと言われて善良な市民から恐れられている連中でも、あくまで彼らは人間の枠にカテゴライズされる。
だが禁止区域にいるのは飢えた獣であって人間ではない。価値観、ルール、そういったものが根本から異なる。
力こそがすべて――それが、あの場所だ。

拓海「とにかく、こうしちゃいられねえ」

海斗「待て。お前まさか禁止区域に乗りこむつもりか」

拓海「当たり前だ! あそこに入ったきり連絡がつかねえ奴らが5人もいるんだぞ!」

今にも部屋を飛び出そうとしている拓海を引き止め、オレは肩をつかんで語りかける。

海斗「仲間思いなのは結構なことだが、自分の立場をわきまえろ」

拓海「立場だぁ?」

海斗「お前はアイドルだ。スキャンダルが致命的になる職業に就いてる奴が、禁止区域に入るところを誰かに見られたらどうするつもりだ。ついでに言えば、そもそも危険すぎる」

拓海「……経費でゲームの攻略本買うような奴が、こういう時に限って常識語るつもりかよ」

海斗「一応、プロデューサーだからな」

ギロリと鋭い視線で睨まれるが、それに気圧されるような態度はこちらも見せない。
弱みを見せれば、その時点で説得は不利になるからだ。

拓海「アタシの仲間が危ない目に遭ってるかもしれないんだ。ここで黙って待ってられるかよ」

海斗「そうか」

拓海「そうだ。わかったらとっとと」

海斗「仁奈、智絵里。拓海をここで足止めしとけ」

その言葉を聞いて、拓海はフンと鼻を鳴らす。

拓海「ハッ。何を言うかと思えば、ガキにアタシが止められるわけ」

智絵里「……行っちゃうの? 拓海ちゃん」

仁奈「危ないところには、行ってほしくないですよ……」

拓海「と、止められるわけ……」

智絵里「……(うるうる)」

仁奈「……(うるうる)」

拓海「うぐっ」

果たして、小動物系アイドル2名による泣き落としは効果てきめんだった。
生まれ持っての姐御肌が災いして、拓海ははっきりと智絵里達をはねのけることができないでいる。

拓海「あっ、海斗テメエ! どこ行くんだよ!」

海斗「とりあえず、あてにできそうなツテを頼ってくる」







事務所を出て、大きく息をひとつつく。

海斗「ま、そんなツテなんてないわけだが……」

警察に連絡するのも一つの手だが……仮に彼らの力によって拓海の部下達が見つかった場合、禁止区域に入った罪から逃れることはできないだろう。ただ入るだけならそこまで重罪には問われないので、命が助かる分マシとも言える。
だが、それは警察の手を借りて事態が解決するという前提での話だ。
奴らは禁止区域の地理にも内情にも詳しくない。そんな状態であの場所に行けば、二次災害につながる可能性すら十分にある。

海斗「地理に明るい人間が行くのが手っ取り早いか」

それが一番信用できるし、一番やりやすい。

海斗「………」

禁止区域へ向かい、やや早足で歩きだす。

海斗「……いつまでついてくるつもりだ」

うっ、という声が電柱の陰から漏れる。
そのまま歩み寄ると、下手な尾行をしていた女の姿がばっちり視界に入る。

拓海「……アンタ、どこ行くつもりだ」

さすがに、智絵里と仁奈だけでいつまでも足止めできるものでもなかったか。

海斗「お前には関係ない。事務所に戻れ」

拓海「禁止区域だろ」

海斗「………」

拓海「アタシも行く。ひとりよりはふたりだろ」

海斗「どうしても、ついてくる気か?」

拓海「さっきも言ったぜ。黙って待ってられるか」

オレを睨み、強い口調で拓海は断言する。……いくら言っても無駄か、これは。

海斗「わかった。ただし条件がある」

拓海「条件?」

海斗「ひとつ、オレの傍を絶対に離れるな。ふたつ、妙な連中に襲われても絶対に手を出すな。以上だ」

拓海「なっ……! ひとつめはともかく、ふたつめは無理だ! 喧嘩売られといて抵抗すんなって言うつもりかよ!」

海斗「戦う羽目になったらオレが全部片付ける。お前が手を出す必要はない」

拓海「なおさら駄目だ。仲間が戦ってるのに指加えて見てるだけなんてできねえよ」

論外だと言わんばかりに、拓海はバッサリとオレの出した条件を切り捨てた。

拓海「喧嘩になったらアタシも戦う。それがアタシのプライド――」

海斗「同じことを言わせるな」

拓海「……っ!?」

睨みをきかせつつ、オレは拓海の右肩をつかむ。
少し力を入れると、拓海の顔が苦痛に若干歪んだ。

海斗「あの場所で行われるのは喧嘩じゃない。ただの戦闘……いや、食い合いだ」

海斗「条件がのめないのなら帰れ。それがオレからの譲歩だ」

拓海「か、海斗……?」

海斗「返事は」

拓海「……わ、わかったよ。手は、出さねえよ」

海斗「言っとくが、足を出すのも禁止だぞ」

拓海「んな小学生みてえな屁理屈こねるつもりはねえよ!」

海斗「ならいい」

少々きつい態度をとってしまったので、フォローとして場を和ませるギャグを披露してやった。







拓海「ここが、禁止区域……初めて来たぜ」

海斗「………」

警備の目をかいくぐって、オレ達は禁止区域の入口にたどり着いた。

拓海「……誰もいねえな」

海斗「………」

拓海「おい、さっきからなんで黙って」

海斗「5人だ」

拓海「は?」

拓海が声を漏らした、その瞬間だった。

男「おらあっ!」

ガレキの影から飛び出してきたのは、飢えた目をしたひとりの男。
「あっち側」から来た人間の匂いを嗅ぎつけ、襲いかかってきた。

拓海「っ!?」

海斗「ふっ!」

男「ぐはっ」

振り向きざまに蹴りを腹に打ちこみ、その場に崩れ落ちさせる。

海斗「まずひとり」

拓海「お、おい。まさか5人って」

海斗「ああ。あと4人、囲まれてるな」

わざと大きな声で言ってやると、四方の物陰からぞろぞろと連中が姿を現した。隠れても無駄だと判断したようだ。

男B「持っている物、全部置いていけ」

男C「金も服も全部だ」

男D「おい。後ろの女、相当の上玉だぜ……」

鉄パイプを持っているのが2人。残りの2人はナイフか……
いつもなら余裕だが、今回は拓海を守りつつ戦わなければならないのが問題だ。

海斗「つっても、十分可能ではあるがな」

拓海「海斗。本当にひとりでやるつもり――」

海斗「黙って見てろ。それと、この場から動くなよ」

今だけは、コイツがオレのプリンシパルってところか。
護衛対象から目を離さないよう気をつけつつ、オレは向かってくる男達を迎え撃ち――







拓海「マジかよ……」

5分後。
拓海が呆然とした表情で見つめる中、オレは倒れ伏した5人のうちのひとりの首根っこをつかんでいた。

海斗「おい。少し聞きたいことがあるんだが」

男B「ぐっ……」

海斗「リーゼント頭の連中を見なかったか。あっち側の人間なんだが」

男B「………」

憎しみのこもった視線をぶつけられる。何か知っていそうだが、オレには話してやらん……そういう態度に見える。

海斗「聞こえなかったか?」

首をつかむ左手に力をこめる。

海斗「オレは、リーゼント頭を見かけなかったかと言ったんだ」

男B「ひっ」

目と言葉で、相手に己を立場をわからせる。……男の顔は拓海から見えない位置にあるので、オレが具体的に何をしているのか悟られないのは幸運か。

男B「み、見た」

海斗「いつだ」

男B「つ、ついさっき、あっちの通りで……取り囲まれていた」

海斗「そうか。助かった」

男の首から手を離し、拓海へ振り返る。

海斗「有益な情報が手に入った。行くぞ」

拓海「……アンタ、強いんだな」

海斗「そうでもない」

拓海「刃物とパイプ持った連中4人相手にしてピンピンしてる時点で、異常だぞ」

海斗「あいつらが見かけ倒しだっただけだ。運動神経ゼロだな、全員」

拓海「……そういうことにしといてやるよ」

何か言いたげな様子の拓海だったが、諦めたように首を振ると、オレの後について歩き始めた。今は部下達を見つけ出すことが最優先だと思い直したようだ。







そこから先は、拍子抜けするほどあっさりとした展開だった。
男から聞いた情報通りの場所に行くと、10人ほどのヤンキー達が縄で縛られているところを発見。
その周囲に、これからそいつらの身ぐるみを剥がしてどうこうしようとしていた様子の禁止区域の連中がいた。
再び戦闘になるかと身構えたのだが……

リーダー「あ、あんた……海斗か!?」

海斗「だとしたら?」

リーダー「じょ、冗談じゃねえ。あんたに逆らおうとなんて思わねえよ! お前ら引き上げるぞ!」

どうも連中のリーダーがオレの顔と評判を知っていたらしく、戦わずして目的を達することができたのである。

ヤンキーA「あ、姐御~!」

ヤンキーB「すみません! 俺達、よそのシマの連中に喧嘩売られて、ついこんなところまで……」

拓海「本当に、テメエら帰ったら反省会だからな……! けど、無事でよかった……!」

ヤンキーC「朝霧の兄貴もありがとうございます!」

海斗「兄貴? ……まあ、勝手に呼べ」

騒動の結果としては、ヤンキー達が禁止区域の恐ろしさを知り、オレがそのヤンキー達に慕われるようになった。大きなところとしてはそのくらいか。







智絵里に無事事態が収束したことを連絡し、オレは事務所へ戻る道を拓海と歩く。
気づけば空は紅く染まっていて、思った以上に時間を食っていたことに気づいた。

海斗「もうあんなところに行かないよう、教育しとけ」

拓海「わかってる。……今日は本当、迷惑かけてすまねえ」

海斗「そう思うんなら、今後は恥ずかしい衣装も嫌がらずに着ることだ」

拓海「うっ……ああ、そのくらいならやってやる。世話になったお返しだ」

冗談のつもりで口にしたのだが、拓海は真面目なものとして受け取ったようだ。これでPがコイツの説得に頭を悩ませる機会も減るだろう。

拓海「あ……」

海斗「あ?」

拓海「ありがとう、な……」

海斗「無理して普段使わない言葉を使う必要ないぞ」

拓海「そ、それはアタシの勝手だろっ」

顔を赤くして反論する拓海。それはその通りだ。

拓海「なあ、海斗」

海斗「なんだ」

拓海「アンタ……何者なんだ?」

海斗「お前らのプロデューサーだが」

拓海「そういうことを言ってんじゃねえ。アタシが聞きたいのは、その……」

動かしていた足を止め、拓海の顔をじっと見つめる。
向こうもそれに合わせて、オレに真っ直ぐ視線を返してきた。

海斗「………」

今日。ヤンキー達を見つけるために急いでいたため、オレは禁止区域の中の道を迷わず進んだ。まるでそこが己のテリトリーであるかのように。
加えて、禁止区域の連中がオレの顔を見ただけで逃げ出している。その様子は、そばにいた拓海もしっかり見ていたはずだ。
流れからすれば、拓海がオレの素性を疑うのは至極当然。

海斗「オレは――」


拓海「……いや。やっぱり何も聞かねえ」

ところがコイツは、オレの言葉を遮るようにそう言って、首を大きく横に振った。

拓海「海斗はアタシらのプロデューサーで、恩人だ。それで十分だよな」

海斗「……いいのか、それで」

拓海「ああ。無理に聞こうとは思わねえからよ。今日あったことも、事務所のみんなには詳しく話さないつもりだ」

吹っ切れたような笑みを浮かべながら、拓海は再び歩き出す。
オレとしては好都合ではあるが、どうにも話の流れがよくわからなかった。

拓海「ほら海斗! いつまでも突っ立ってると置いてくぜ?」

海斗「……ああ」

機嫌よさそうに先を行く拓海に従い、オレもゆっくりと歩を進めるのだった。

≪オレの求めるモノ≫

中里亮。
源蔵のオッサンが雇った麗華のボディーガード。表の顔は好青年だが、麗華に対して執着を見せるなどの危うい一面も見せている。
なにより、オレは過去にあいつを禁止区域で目撃している。その時点で、何をしでかすかわからない要注意人物と認定せざるを得ないわけだ。

海斗「……いなくなっただと?」

麗華『ええ。忽然と姿を消したわ。お父様も戸惑っているみたい』

奴が二階堂の屋敷からいなくなったと連絡を受けたのは、8月も終わりに近づいたある日の昼のことだった。

麗華『もう3日経つかしら……書き置きのひとつも残していないから、本当に行方知れずね』

海斗「そうか……」

なんとなく。
なんとなくではあるが、亮は二度と麗華の前に姿を現さないのではないかと思った。
奴が屋敷を離れるとは、そういう意味なのではないだろうか。

麗華『どう思う?』

海斗「とりあえず、一安心ってことでいいんじゃないか」

麗華『そうかしら……私の貞操は守られたってことでいいの?』

海斗「多分な」

何か、奴にとって不都合な状況が起きたのかもしれない。それはオレにはわからないが、どこかの誰かに計画を邪魔されたとか、そういうことがあったのかもしれない。

海斗「一応、約束は守れたことになるのか」

麗華『あいつから私を守るって約束? 確かに、あいつが戻ってこないならそうなるわね』

海斗「……これで、オレがここに留まる理由も消えたわけか」

麗華『え?』

海斗「なんでもない。こっちの話だ」

麗華『ちょっと――』

通話を切る。
背後を振り向くと、オレを見つめる仁奈の姿があった。

海斗「どうした」

仁奈「……海斗、いなくなっちゃうですか?」

……会話の内容なんてほとんど把握していないだろうに、子どもっていうのは案外鋭いもんだな。

海斗「そうは言ってないだろ」

仁奈「……じー」

海斗「……少し、散歩に出てくる」

どう答えればいいのかわからなかったので、結局逃げるように事務所から出ていくしかなかった。







オレが事務所に雇われることを決めたのは、麗華との約束が残っていたからだ。
そしてその約束は果たされ、同時にオレがここに……この街にいる理由はなくなった。

海斗「もともと、プロデューサーに興味があったわけでもないからな」

仕事が特別気に入っているわけでもない。あいつらと過ごしているとたまに楽しいこともあるが、それはここにオレが留まる決定的理由にはならない。
今の状況は、1年半前に憐桜学園を辞めようとした時と同じだ。
日常に馴染めず、また別の居場所を求めてさまよい始める……その繰り返しだ。

海斗「結局、オレにはあそこしかないのかもな」

腐った死体の臭い。よどんだ空気。
何年もの間を過ごし、つい最近も拓海と一緒に足を運んだあの場所。
オレのような腐った人間には、あれくらいがちょうどいいのかもしれない。

海斗「………」

なんとなく歩いているうちにたどり着いた公園。そこにあったブランコに腰かけ、景色を眺める。

??「………」

ギィ、という音が隣から聞こえた。
見ると、横のブランコに少女がひとり腰かけている。
髪の地毛は栗色だが、先っぽは紫色になっていた。ああいうの、なんて言うんだったか……付け毛?

少女「……ボクの顔に、何かついてる?」

それの名称を思い出そうとガン見していたのが不審に思われたらしい。少女がオレにそう尋ねてきた。

海斗「いや……その紫のやつ、なんて言うんだったかと考えていた」

少女「これかい? ヘアーエクステンションだよ。長いからエクステと略されることが多いね」

海斗「はぁん」

エクステか。確かにそんな感じの名前だった気がする。

少女「ボクも少し気になることがあるんだけど、いいかな」

海斗「あん?」

少女「ひどく憂鬱な顔をしていたけれど、何かあったのかい」

海斗「………」

見ず知らずの年下の女に心配されるほど、間抜けな顔を晒していたのだろうか。

海斗「それをお前に話して、オレに得はあるのか」

少女「得になるかは、実際に試してみないとわからないさ。絶対なんて、絶対にないからね」

海斗「それに関しちゃ、オレも同意見だが」

少女「なんだろうね。好奇心がそそられるんだ。キミは何か、普通と違った雰囲気を持っている」

微笑を浮かべる少女は、そのままオレの顔をまじまじと見つめてくる。どうもオレに興味を持ってしまったらしい。

少女「昼間から公園でブランコをこいでいるスーツ姿の男。何を考えているか気になるじゃないか」

海斗「そいつは不審者だな。いったいどこのどいつだ」

少女「ジョークを言える元気はあるようだ」

くすりと笑い声が漏れる。改めて見ると、なかなかに顔立ちが整っている。

海斗「……少し、行き場に迷っていただけだ」

少女「行き場?」

どうせ今後会うこともないだろうと思い、オレはコイツの問いに答えてやることにした。

海斗「今の居場所は、どうにもオレには合わなかったらしい」

海斗「平穏な日常は嫌いじゃないが、それだけじゃ満たされないものがある」

海斗「オレが求めているのは」


少女「――逸脱したセカイ」

まるでオレの言葉の続きを知っていたかのように、そいつは確かな口調でそう言った。

少女「……キミは、ボクと似ているのかもしれない」

海斗「なに?」

少女「ボクも同じさ。日常から外れた、新しい何かを、彩りを求めている。もっとも、ボクは今の居場所も気に入ってはいるんだけど」

同類を見つけたとでも思ったのか、少女のテンションは明らかに上がっている。ブランコから降りて立ち上がり、オレの真正面に移動する。

少女「ボクはアスカ。二宮飛鳥。キミは?」

海斗「……朝霧海斗」

飛鳥「海斗か、うん」

いい響きだ、と感想を口にする少女……飛鳥。
ここまでのやり取りで断言できるが、コイツは間違いなく変人だ。

飛鳥「時々ボクは、自分がまるでマリオネットのようだと思うんだ」

海斗「………」

飛鳥「糸に縛られまいと、自由になりたいともがいている。けれど、抵抗すればするほど、糸が体にきつく巻きつくんだ」

飛鳥「いつかは、その糸が切れる時が来るのだろうか」

海斗「………」

やべえ。なんの話してるんだコイツ。なぜ急にマリオネットが出てきた?
もしかすると、オレの想像以上に変人なのか?

飛鳥「キミは、今の居場所を捨てるのかい」

海斗「どうだろうな。考え中だ」

飛鳥「そうか……ボク個人の意見では、そう簡単に捨てないほうがいいと思うけど」

海斗「なぜ」

飛鳥「本当にその場所のすべてを知ったのかどうか、わからないじゃないか」

腕を組み、飛鳥はオレを見据えて言葉を紡ぐ。

飛鳥「ひとりの人間が行ける場所には、どうしても限りがある。どこにだって行けるわけじゃない」

飛鳥「だからこそ、今の居場所を大事にしたいと思う。すべてくまなく味わい尽くすまでは、捨てたくないとボクは思う。……もちろん、新しい居場所探しも並行して行うけど」

海斗「……なるほどな。だが、オレはその辺の意識が曖昧なんだ」

飛鳥「曖昧?」

海斗「求めるものは確かに存在する。でなければ、今オレはここにはいない。だが……」

ああ、やはり曖昧だ。
佐竹の口車に乗せられ、禁止区域からこちら側の世界へやって来た。
それは、逸脱した世界を求めたから。
ならば、その逸脱した世界とはなんだ? 具体的に何を表す?
すべてが抽象的で形を得ないから、混乱を引き起こす。

海斗「わからん」

結局、そんな言葉しか出てこない。

飛鳥「……ボクも同じさ。現状に抵抗はするけれど、具体的に何が欲しいのかと問われれば、はっきりと答えられる自信はない」

けれど、と飛鳥は首を振り。

飛鳥「行けば、わかるさ」

と、急に脈絡のない一言を自信満々に口にした。

海斗「行くって、どこに」

飛鳥「それは、ボクやキミがこれから自分で見つけなければならないものだ」

海斗「………」

正直、コイツの言動はかなりイタい。
その上、どこかふわふわとしていて軽い。現実味が伴っていないとも言える。
だが……

海斗「それもそうだな」

オレが自分自身を見つめ直すきっかけを与えるには、それで十分だった。
単純に誰かに話して考えが整理されただけかもしれないが、まあどちらでもいい。

飛鳥「行くのかい」

立ち上がったオレを見て、飛鳥が尋ねる。

海斗「ああ。とりあえずだが、行くべき場所は見つかった」

飛鳥「それはよかった」

まるで自分のことのように、飛鳥はうれしそうな微笑みを浮かべていた。



事務所に戻ると、なぜかアイドルが総出でオレを待っていた。

未央「プロデューサー! 辞めるって本当なの!?」

智絵里「仁奈ちゃんから聞いて、私達……」

どうやら、仁奈が話を広めてしまっていたようだ。それで話を聞いた連中がぞろぞろと集まったらしい。

海斗「辞めるつもりはない」

拓海「ほ、本当かよ」

海斗「ああ。つか、仁奈にも辞めるなんて一言も言ったつもりはないがな」

仁奈「よ、よかったですよー……!」

オレの発言を受けて安心する一同。
……もうしばらくの間は、ここにいて探すとするか。オレの求める何かってヤツを。
まだまだ、こいつらのことも深く知ったわけではないからな。

数日後。

P「新しくスカウトしてきた子を紹介するぞ!」

茜「おお! 新しい仲間ですか!!」

凛「これでもう10人目だよ……朝霧プロデューサーがいるとは言っても、さすがに多いんじゃ」

未央「いいじゃんいいじゃん。人数多い方が楽しいし!」

どうやら、Pが新入りを連れてきたらしい。以前拓海から聞いていた通り、いろんなところから女を引っ張ってくるんだな。
さて、どんな奴なのか……


飛鳥「二宮飛鳥、14歳。よろしく」

海斗「………マジか」

Pの背後から現れた少女は、つい先日遭遇したイタいあいつだった。

飛鳥「……これは奇遇だね。どうもボクとキミとは縁があるらしいよ、海斗」

卯月「あれ、知り合いなんですか?」

紗南「しかも下の名前。朝霧さん、結構深い関係だったり?」

智絵里「……そ、そうなんですか?」

海斗「全然違う」

飛鳥「まあ、特別親密というわけではないね。ボクとしては、いくらか惹かれるものを感じるけど」

文香「惹かれる……」

……コイツ、やはりオレを自分の同類だと考えているらしい。オレはそんなイタい奴じゃないと声を大にして言いたかった。

海斗「やれやれ」

新しいアイドルも加わって、さらに厄介事も増えそうだ。
だが、かまわないと言えばかまわないか。
これは、オレが選んだ道だからな。



第一部 完

とりあえずこれでいったん終わりです。続き書くときは新しいスレ立てるつもりです

補足:このお話は、柊朱美達による禁止区域の蜂起阻止計画が、海斗の助けなしに成功した世界線を想定しております。
原作のどのルートでもないわけですが、まあモバマスとクロスしてる時点で整合性とか割とアレなので許してください。

しかし、海斗のキャラを再現するのは難しい……

言い忘れていましたが、最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました

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