退廃した世界で (66)
※オリジナル
勢いで書いてみました。
世界観はゲームのFallout3などをイメージしてもらえればなんとなく掴めると思えます。
導入まで書き溜めたので投下させていただきます
それ以降はこれからの状況次第で
それでは
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1428502281
すみません追記です
もし設定に矛盾とかあったらすみません
それでは今度こそ
「疲れた――」
誰もいない部屋で一人呟く。
俺は一日の仕事をいつも通り終えると、こうしてまた自分の部屋に戻って来る。
仕事をして、帰宅して、また仕事に行く。
その繰り返しの日々だ。
「飯でも食おう」
一日をやり遂げた達成感と、空腹を知らせる腹の虫。
「――これ、温めてくれ」
「かしこまりました――」
誰もいない―― とは言ったが、この部屋には俺以外の「人間」は誰もいないという意味だ。
俺は冷凍食品をドローンに渡して温めてもらう。
ドローンというのはいわゆるアンドロイド、ロボットと呼ばれる自律行動型機械のことだ。
いつ生まれいつから共に過ごしてきたか分からないが、気付くと俺たち人間と歩んできたのが彼らである。
彼らも俺たち人間と同様それぞれ役目のようなものを持っていて、それに忠実に動く。
そうして食品を温めてもらう傍ら、俺は仕事場から持ち帰ってきた書類をバッグから取り出してまじまじと眺めてみた。
「――いい案だと思うんだけどな」
何枚かの書類のうちの一枚には「前時代研究プロジェクト」の文字が印刷されている。
「温め終わりました」
「ありがとう――」
眺めているとドローンが料理を運んできてくれた。
「なあ、いい案だと思わないか?」
さっそく口につけながら、俺は自分が立ち上げたプロジェクトについてドローンに尋ねてみることにした。
「――なるほど、前時代ですか」
「キミも自分の祖先がどうやって暮らしていたのか気にならないか?」
「私にはそのような感情はプログラムされていないようなので――」
「なんだよそれ…… それじゃ、自分がどこで生まれたのか気にならないか?」
「そうですね。確かに私がどこで生まれたのかは気になります」
「だろう!? まあキミの場合はどっかのドローン職人が作ったんだろうけどさ――」
そら見たことか。
ドローンでさえ自分のルーツが気になるんだ。
それなのに――
「――まったく」
今日一日、俺はまるで糾弾された気分だ。
愚痴を溢しながら夕飯を片付けていく。
やがて無言になると、今日の記憶が嫌でも蘇るのだった――
この世界は退廃と発展を何度も繰り返してきた。
とある歴史書に記載されていた情報によれば、俺が住むこの大地も大昔は「日本」という国であったらしい。
国、そのような概念があったそうだ。
なんでも民族のまとまりを意味する言葉だったらしいが、そんな言葉は今となっては存在しない。
それに代わって現れたのが「コロニー」という概念である。
国という概念があった時代、俺たちが言うところの前時代にそれが崩壊してからはそれと代わってコロニーという集合体が発生した。
人々はそういう集団を形成し、その中で現在も緩やかな日々を送っている。
彼らにとってはコロニーこそがまさに国であり、そして全てだ。
コロニーこそが彼らのアイデンティティであり社会そのもの。
誰も自分たちの暮らしに疑問を抱かない。
――俺はそんな人々に、そんな暮らしに違和感を覚えた。
俺のルーツは、人々のルーツは―― いつからこんな時代になったのか。
前時代が崩壊、退廃に至ったきっかけは? コロニーはどういった経緯で形成されたのか……
みんな今ある暮らしが当たり前と思っていて、一つも疑問を抱いていないような素振りなのだ。
みんなコロニーの中の世界が全てで、外の世界など存在しないと思っているかのような態度なのだ。
俺はそんな社会に疑念を抱いている。
だから――
「――まさか、君は外の世界が存在するとでも思っているのか?」
のっけから上司にそう言われ嘲笑された。
俺はコロニー史を編さんしている「コロニー史研究室」の研究員その一人だった。
俺の疑念を言葉にして、そうして「前時代研究プロジェクト」を立案したのだがこの通り。
自分たちの歴史を記録している立場の人間でさえこうなのだ。
誰も今の暮らしがどうして存在するのか疑問に思わない始末。
俺のプロジェクトはこの「日本」という国だった大地を巡って、そうして前時代が辿った歴史を何かしら掴んでいければ―― というものだったが、こうして上司から一蹴されてしまったのだった。
前時代に関する資料はどういうわけかあまり存在しない。
だから自分の手で、自分の足で確かめなければならないのだ。
しかしこの通り、俺の計画はのっけから頓挫してしまう。
前時代の歴史を突き詰めていけば、その先がコロニーの歴史と繋がっているはず。
どうしてそれが分からないのか……
今ある生活―― ドローンでも自動車でも医療機器や医療技術でも、食品生産技術でも、全てだ。全てのものがどういった経緯で誕生したのか、どうして今の生活があるのか本当に気にならないのだろうか――
「そうだ、そうだよ! このジャンク品一つにしたってそうだ――!」
「――はあ」
気付けば怒りを言葉にしていて、俺の力説具合にドローンは呆れている。
「キミ、このジャンク品がどういった用途で作られたか分かる?」
「――いえ、そのジャンク品に関する情報はプログラムされていないようです」
「だろう!? 俺も分からないんだ! ジャンク品廃棄所に捨てられていたこの謎の端末一つにしても俺たちはどういった経緯で生まれたか分からない!」
部屋の机に置かれた一つの端末。
埃を被ったそれは、前時代の遺産と思わしきジャンク品も数多く廃棄されている郊外の廃棄施設でたまたま拾ったものだった。
もちろんこんな状態の社会であるから、周りに聞いてもこの端末の用途などは何も判明せず、しかしどこか貴重に思えてとっておいたのだった。
「まったく―― キミはこれがどういった機能を持っていたと思う? 恐らく前時代の端末だよ、これは」
「そうですね…… ディスプレイのような部分が確認できるので、恐らく情報通信の為に作られたのかもしれませんね」
「なるほど―― インターネット、かな?」
前時代に関する情報を記録した貴重な書物の一つには、以前読んだときにそのような単語が記載されていた。
何でも最初は軍事用に開発された情報通信形態だとかそうでないとか……
軍事、というのも謎な言葉だけど、どうやら国に属して他の国と戦う為の集団らしかった。
ともかく、そういう情報通信形態が存在していたのは明らかだ。
そしてインターネット、という仮想の電子空間も存在していたということ。
世界の人々はその仮想世界の中で、たとえ距離が離れていたとしても一瞬で情報を通信できたようだ。
俺たちは前時代からの遺産を一部受け継いで使い回してはいるが、その中にはインターネットなどといった消失してしまったテクノロジーもあって、それらはいつしかロストテクノロジーなどと呼ばれていた。この端末も恐らくその一つだと思える。
どうしてそれらは消失してしまったのか。
それを突き詰めていくことも、前時代の歴史を知る手掛かりとなるだろう。
俺たちは知らなければならない。
前時代はどうして崩壊し、また、退廃したのか。
そこにはこうして何の疑問も抱かず暮らしている俺たち人間の生活を揺るがすような事実があるかもしれないのだ。
もしかすると崩壊のきっかけが再びコロニーにも訪れるかもしれない。
「だからこそ、だ! だからこそ俺たちは前時代の歴史を究明しなければならないんだ!」
「――はあ」
「歴史は過ちを繰り返さない為の教材だ! 歴史に倣わず暴走すれば、その先には破滅がある!」
「まるでコロニー界隈で昨今流行している なになに教 みたいですね」
「いや、あんなおかしい宗教じゃなくて――」
「――マスター、端末が」
「ああ、これがどうした?」
端末をドローンに向け掲げたまま前のめりで力説していた。
ふと我に返って冷静になり、気恥ずかしくなって姿勢を元に戻す。
「――端末画面が何やら光っています」
その時、ドローンからそんな言葉を掛けられた。
「馬鹿言え、これはジャンク品だぞ――?」
これは―― そう言って端末のディスプレイらしき部分を自分の方へ向けた時だった。
「助けてください――」
――端末が、しゃべった。
「――ふむ、君の言葉は信じられないが」
翌日、研究室にて。
「もしそれが本当だったなら――」
目の前には上司。
椅子に座ってコーヒーと呼ばれる液体をすすっている彼はそう言って俺に一つ目配せをする。
「――分かった。君が泣きを見て帰って来るのを待っているよ」
「ありがとうございます!」
十分嫌味臭い言葉であるが、これは上司なりの期待を込めた言葉であることはこれまでの付き合いから分かった。そして呆れも半分含まれていることも。
彼の言葉の意はつまり、俺のプロジェクトが認可されたということだ。
俺の片手にはあのジャンク品が握られている。
気分は舞い上がり、昨晩の記憶がありありと蘇った。
――昨晩のこと。
「助けてください――」
突如、女の声が端末から発せられた。
その声と共にジャンク品である端末の画面が光を放つ。
そしてその画面に映ったのはなんとも綺麗な女の人の顔だった。
――それはまるで女神のような。
長い髪は漆黒で艶を放ち、真白で滑らかな肌。
瞳は仄かにヴァイオレットの色を帯びていて宝石のようだった。
そんな、画面に映る女は「助けてください」と俺に向けて叫んだ。
ジャンク品が突然蘇ったこと、画面に映る女……
俺を襲った突然のアクシデントに半ばパニック状態に陥ったが、そんな俺に向けて女はこう付け加える。
「私は ―― にいます。助けてください」
何やら地名のような単語を付け加えた女。
その言葉と共に画面は突如として真っ暗闇。
元のジャンク品に戻ったのであった。
――一体何が起こったんだ!?
あれは夢でも幻でもない。
そうだ、何度頬を叩いてみても痛かったからあれは夢なんかじゃない。
それにあそこに共にいたドローンも確認している。
端末はそれ以降全く反応しなかった…… 俺はこんなことが存在するのかと思って翌日朝一番でジャンク屋や機械屋へ端末を持ち込んで調べてもらったが「ただのジャンク品だ」と一蹴されてしまう。
――女が言っていた地名らしき言葉。
いや、地名かどうかも分からない。
あくまでも直感の範疇に過ぎないが―― もしそれが地名やら集団名であるならば、俺たちの他にコロニーが存在しているか、もしくはコロニーとは全く違う集団が存在している可能性がある。
――そこを辿れば前時代の歴史も何かしら掴めるのでは。
そう思い立って、俺はこうして昨晩のことを上司に伝えたのだった。
「外の世界が存在するなんて聞いたこともないぞ?」
数刻の沈黙後、未だ疑問を浮かべた表情の上司から一言。
確かに―― 俺たちにとってはこのコロニーが世界そのものであり、コロニー以外は無人で果てしない大地が続いている…… というのが一般常識だった。
しかしあの女の言葉、「私は ―― にいます」というのが本当だったなら……
その単語は今までに聞いたことがなかったもので、俺たちのコロニーやコロニー内の集団のものではないことは確実。
その単語は――
「グンマ―― か」
私はグンマにいます。
彼女はそう言っていた。
「プロジェクトをなんとしてでも押し通したい君の虚言とも言える」
「違います、これは昨晩本当にあったことで、なんならドローンも――」
「――君の案を突っぱねておいて何だが…… しかしそう言われると私も実は気になり始めていたんだ。
まあ、実際は我々の認識通りの結果になりそうだが、試してみる価値はありそうだな」
「ありがとうございます!」
「――だが、業務上人数もあまり割けないぞ? もしや危険な大地に一人で出るのか? 手掛かりも何一つないままで」
「同行者がいないのならば仕方がありません」
「そうか…… 必要な物資は出来る限り揃えてやれるが――」
そうして。
「少しでも危険を感じたらすぐに戻って来い――」
俺の旅は一つのアクシデントから始まった。
前時代の歴史の欠片と、外の世界があることを俺が証明してみせる。
「グンマ、か――」
何も手掛かりはない。
だからコロニーの御意見番的立場の長老から前時代の地図を借りてきた。
数少ない前時代の情報を記録した書物の一つ。
「――この汽車は終点ウツノミヤを目指し各駅に止まります」
車内放送が木霊する。
俺たちの居住区発の汽車。
それに俺は乗っていた。
――旅の出発前に前時代、日本という国だった大地の地図を開き、現在のコロニー周辺の地図と照らし合わせてみた。
「もしやこれがグンマ――?」
そうすると手掛かりを掴めた。
なんという偶然か、前時代の日本という国にもそんな「グンマ」という名前の地名がある。
そうなれば、そこに最も近いのは……
「まずはウツノミヤだ――」
照合した結果、まずはウツノミヤという居住区を目指すことにしたのである。
地図によればグンマに最も近いのはウツノミヤであり、ウツノミヤはコロニーの最北端だった。
最北端―― つまり、ウツノミヤまでが俺たちコロニーの北限であり、その居住区周辺から先は未開の地だ。
そこにあるのは無人の荒野か、それとも新世界か――
「――よし、やってやる」
数日分の食料、医薬品、日用品、記録媒体、サバイバル用品などを詰め込んだリュックを背負って俺は旅立つ。
汽車の発車ベルが鳴り響いて、そうして俺はまだ見ぬ世界へ思いを馳せて旅立った。
ごめんなさいここまでが導入です
とりあえずまた書き溜めて投下の作業に移ります
続き書き溜めたのでちょっとですが投下させていただきます
「さてと――」
何時間かかけてコロニー北端のウツノミヤ居住区に到着した。
携帯食料などを詰め込んできたものの、ここまではまだコロニーの範囲なのでなんだか大袈裟な準備をしてきてしまったなとは思った。
別に食料品にしてもこの地で調達することはできる。
しかしまあ…… 「念のため」という心がけは何にしても大切だ。
そうして重いリュックを背負って駅のホームを抜けた。
「――それにしても」
同じコロニー内でも場所が変わればこうも気候が変わるとでもいうのか。
「寒い――」
俺の居住区はポカポカ陽気というような気候であった。
さんさんと日が照りつけ、思わず眠気を誘うような穏やかなものだったのだ。
しかしこのウツノミヤという居住区はまるで極寒―― とまではいかないが、俺の服装では肌寒いほどだった。日は変わらず差しているものの吹く風は冷たく、まるで季節が冬にでも戻ったのではないかという始末。
研究室から支給されたユニフォーム、そのジャケットとパンツを着ている俺。
これで十分だろうと思っていたところをのっけから出鼻を挫かれる形となった。
「さてと、どこへ行こう――」
そして問題はもう一つ。
意気揚々と出てきたのはいいが、行く当てが、手掛かりは何一つとしてない。
グンマ、その場所に何かがあるということだけ。
そこへ行くまでの過程だ。それを何とかしなければならない。
しかし肌寒い中で考えていても頭は動かない――
時刻は夕刻を回っていた。
空いた小腹を満たすのと暖をとる目的で、俺は駅を出てから周辺の休憩場所を探した。
「――なるほど、グンマですか」
あれから場所は変わって、数時間が経過していたところだった。
「はい、もしかしたらそこに行けば前時代の歴史に関する情報を掴めると思いまして」
よくよく考えればすぐに思いつくだろう選択肢にようやくのところで行き着いた俺はここへ来た。
――コロニー史研究室、ウツノミヤ支部。
駅周辺は「退廃した」という言葉にピッタリ当てはまるような状態で、俺たちの居住区のようにビルやマンションと呼ばれる前時代からの遺産とも言える高層建築物がひしめき合っているものの、そのどれもが伸びた蔦に絡まれ、そして地中から伸びた木々の枝まで絡まり露出している始末であった。
それに加えバラック様式の簡易居住スペースが所狭しと並んでいる。
ここの人々はどうやらああいった高層建築物やバラックで生活しているようだ。
俺はそんなバラック群の中に存在する茶店で暖を取ってからここを訪れた。
どこか行く当てはないかと考えた結果、そういえば研究室の支部がコロニー各所に存在していることにようやく気付いたので、茶店の店主に場所を尋ねてこうして来たのである。
ウツノミヤ支部はそこから意外と近く、高層ビル内の一画にオフィスを構えていた。
研究室の人間であることを証明する手帳を掲げると中へ通してくれて、そうして応接スペースで俺の計画を明かしたところ。
「なるほど―― しかし我々もグンマという場所は知りません」
ここの支部長だと思われる中年男性に前時代の地図と現在の地図を照合させて説明したものの、グンマに一番近い場所に住む彼でさえもその場所を知らないらしい。
「しかし面白い研究ですね。あなたの計画はきっとコロニーに大変貢献するものとなるでしょう」
「そうだったらいいのですが……」
うちの上司もこんな人だったら―― とぼやきそうになるが、口に出そうなところをハッとして押し込んだ。まあ、彼も計画を通してくれたのだし。
「それじゃ、何か他に手掛かりがありそうな場所の心当たりはありますかね……?」
俺の計画―― コロニー外の世界の有無を確認すること、前時代の歴史を知る為の手掛かりを探し当てること。
そして女の言っていたグンマという場所や、助けてくれと言った女を探すこと。
それを突き止めた先にはきっと俺の知りたい情報があるだろう。
しかし今のところ手掛かりはゼロだ。
ここでコロニー史を研究している彼でさえ心当たりがないというならば、せめて何か些細なものでもきっかけを掴めるものがあれば。
そう思って彼に尋ねてみた。
「そうですね、グンマという場所は知りませんが、外の世界については―― もしかしたら私もそれが存在するのではないかと思う節がありまして」
「本当ですか!? それは一体――」
何も収穫がなく途方に暮れるしかないのか…… と思い始めていたところだった。
「あなたは、サンカという言葉をご存知ですか?」
「サンカ―― ですか?」
「――ええ」
サンカ…… それは初めて聞いた単語だ。
何かの団体名だろうか。
「それは何かの集団ですか?」
「ええ、実はそう呼ばれる集団が存在するのではないか―― という噂がありましてね」
「コロニー内の集団ではないのですか?」
「はい、あくまでも噂の範疇ですが…… そう呼ばれる集団が存在しコロニー外で生活しているという噂をある人から聞きまして」
コロニー外で生活している…… ということは、それが本当なら俺たちコロニーの中以外にも人間が存在しなおかつ集団生活を営んでいる―― つまり外の世界があるということになる。
これはひょっとすると大きな前進なのではないか。
「なるほど! 噂でもそれは気になります」
「いやー、それがですね」
気分は一気に高揚したが、そんな俺に対して支部長の方は苦虫を噛み潰したような顔だ。
「どうしました?」
「その話を聞いたのが酒場で、しかもたまたま居合わせた酔っ払いの男性が語っていたことですから……」
あー、なるほど…… 信憑性は限りなくゼロに近いというわけか。
しかし酔っていたにしてもそんな話を突発的に思いついたようにするだろうか。
場を盛り上げるために吹いたホラかもしれないが、だけどそういう話を思いついたということは何かそれに至ったきっかけがあるかもしれない。
そのきっかけが何かしら有益な可能性はある。
「その男性はどこにいるのか分かりますか!?」
「彼の所在は分かりませんが――」
分からない…… 振り出しに戻ってしまうのか。
「――しかし、彼はその酒場にしばしば姿を現すようですよ?」
「本当ですかっ!?」
良かった―― それならその人に会えば何かしらの情報は掴める。
一歩前進だ。
「お手数をお掛けして申し訳ありませんが、もし可能であればその酒場を案内していただきたいのですが」
「はい、それは喜んで―― そしてこの研究室の仮眠スペースも使っていただいてかまいませんよ?」
「本当ですか!?」
「はい、危険もあるでしょうし、そういった意味では調査の為の安全な拠点が必要でしょう。幸いあなたは我々と同じ研究員ですし、それに宿を拠点にしたら宿代もかかりますしね」
調査に集中する為の拠点…… そういえばまったく考えていなかった。
そうだ、調査の為には拠点が必要だ。
まだ決定的な情報が見つかっていない以上、それを見つけるまではこの場所を駆け回る必要がある。そうなれば拠点が必要で、宿をそれにしようものなら毎回宿代がかかるし、支給された資金もカツカツだからすぐ底をつく。
前時代は貨幣制だったらしいが、俺たちはそれを受け継いでいて、貨幣も前時代の遺品を使いまわしている状態だ。
だから時と場合によっては貨幣の役割を担う物品も代わったりするみたいだが……
今は硬貨がそれを果たしていた。
ちなみに一部界隈では物々交換も行われている。
ともかく資金がなければ調査が困難になるのは事実で、支部長の厚意は非常にありがたかった。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「いえいえ、あなたの計画は我々のためにもなるでしょうから。これからは好きに出入りして下さってかまいません」
「すみません――」
「――それではもう夕飯時も近いですし、案内の傍ら私もその酒場で食事をとることにしましょう」
そうして俺たちは件の酒場へ足を運ぶことにしたのだった。
「なるほど、ここは賑わっていますね」
「ええ、この酒場はこの居住区で一番大きい場所なんです」
即席で寄せ集められたような統一性のないテーブルや椅子。
それが倉庫跡のような広い建物の中に詰め込まれている。
仄暗い建物内を照らすのは天井からぶら下がった裸電球で、その下には既に多数の客がごった返していた。
――駅周辺、とある酒場。
俺と支部長は支部から数分のこの酒場へやって来て、メニューをそれぞれ頼みそれが運ばれてくるのを待っていたところだった。
「その噂をしていた人はいませんか?」
「そうですね…… 見る限りだと来ていないようです」
まあ場所を知れただけでも今日のところは十分だろう。
そううまくいくわけもない。
今日はゆっくり休んで、明日から本格的に調査を始めるとするか。
「――それにしても外の世界、前時代の歴史ですか…… 確かに我々も今の生活が当たり前だと思っていて誰も確かめようとはしませんでした」
酒が入ったジョッキがゴトリ、と俺たちのテーブルへ置かれる。
料理の前に二人分の酒が届けられて、俺たちは乾杯してからさっそく口へ含んだ。
酒で喉を鳴らして、その後支部長はそんなことを溢す。
「ええ、鉄道や自動車など前時代からの遺産と呼べる移動手段があるのにも関わらず、私たちはコロニー内でしか生活していません。
何故なのか―― ともかく、そういった思考停止と似た状態にあるのは確かです。それは私も含め多くの人間が、です。
ですからどういった経緯で今の世界が形成されたのかを知りたくなって行動に移したというわけです」
酒が入ると饒舌にもなる。
資金を酒飲みに浪費して―― と非難されるだろうが、まあこれも付き合いというか、今後の調査を円滑にするにあたって必要な行為であろう。
そしてあくまでも夕食をとりに来たのだから、飲酒もほどほどにすれば問題ない。付き合いの一杯に留めておこう。
「そうですね、それを知ることができれば我々の生活にも役立つことになるでしょうし、大切なことです。
それにしても―― 確かになぜ我々はコロニーという集団を形成し、そしてその中で暮らすことに固執しているのでしょうか……」
「コロニーの外は人が暮らすことができない環境だから、というのが一般的ですが」
「――実は他の支部で、外の世界を調査に出た者がいるんです」
「本当ですか?」
そこで衝撃の事実が。
俺の前にも俺のような者がやはりいたのか。
「しかし、彼らは二度と戻って来なかったということです――」
「――そうですか」
つまり、外の世界は危険で厳しい環境ということか。
何だか不安が押し寄せてくるが、しかし今のところは探究心がそれに勝っている。
「恐ろしいことですが、しかし足を踏み出した手前辞めるわけにはいきません」
「あなたは勇敢な人です…… 我々でよければ支援させていただきます」
「すみません…… 何から何まで――」
酒を半分くらい飲んだところで料理が運ばれてくる。
会話もほどほどに、そうして料理を口に運ぼうとした時。
「――おーいマスター、いつもの頼むよ!」
大柄な体躯の男がその声と共に酒場に入ってきた。
「あの人は――」
その方に釘付けになっていると、横で支部長がそんな呟きを漏らす。
「どうしました?」
「あの人が例の噂をしていた張本人です――」
「――それでなぁ、そこで俺は言ってやったんだ!」
「はぁ――」
俺たちのテーブルへ加わる一人の男。
テーブルや椅子がミニチュアに見えてしまうほどの大柄な体躯と、既に空けられた酒ビンの数々……
――サンカという集団が存在すると噂していたらしい男。
その張本人が俺たちの席へ加わっていた。
支部長からの言葉を聞いて俺はさっそくコンタクトを図った。その結果男は乗り気で俺たちの席へ加わってくれたのだ。
彼の話によれば、彼はこの居住区のバラック小屋に暮らす人間であり、ある日燃料や売り物となる木を切りに森へ向かったらしい。
その際に道を間違えて森の奥地へと足を踏み入れ、コロニーの外へ出てしまい迷ってしまったのだとか。
そして迷った挙句遭遇したのが「サンカ」という集団らしい。
コロニーの人間がこんな場所へ来るはずがない、ならばお前たちは何者だ―― 彼はそのように尋ねたらしいが、その質問に彼らは自らをサンカと名乗ったとのことだ。
加えて彼らの格好はまるで別の世界の人間というような様子で、見慣れない衣服を身に纏い数人で森を移動していたらしく、彼はそんな人間たちに襲われそうになったが逆に追い払ってやった―― 男はそのような話を武勇伝のように声高々と語ったのである。
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