恭介「バイオリンメモリー」 (13)

ただ音楽が好きだった。
ただそれだけだった。
いつからだろうか。
自分のためじゃなく、人の為にこれを使うようになったのは。
天才と言われてから今まで。
振り返ってみれば苦労という苦労も、苦難という苦難もなかったけれど。
だけど、それでも苦悩はして来たつもりだった。
苦悩の中で見つけた光。
大人になった今、その光がただの幻だと知った時、僕はどう思っただろうか。
ううん、何も思わなかった。
失望さえも。
絶望さえもしなかった。
ただあるがままを受け入れ。
ただ流されるままに流れて。
天才。
卑怯でずるい言葉だ。
僕はなんなんだろう。
僕という人間を語るには、余りにも中身がない。
余りにも、薄っぺらい。

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恭介「…っはぁ!っはぁ…!!」

頬を伝い床に落ちる汗を拭う。
またこの夢。
消えていく誰かを追い求め、そして追い付かずに絶望する夢。 
最悪の、悪夢。

ただのありきたりな話。
そう、僕はバイオリニスト。
幼い頃から天才と呼ばれ、そして他人に比べれば少しの努力と、運で成り上がった音楽家。
あまりに自虐的なのも仕方ない。
だってそれは、本当のことだから。
そして、そのありきたりな話には。
山場なんて存在しない。
あるのはただただ決められた平坦な道と。
その先にあるかもしれない光に狂ったように突き進む蛾のような僕。
見苦しい。

僕は何がしたかった?

恭介「分かってるさ」

何もしたくない。
もう、うんざりだ。

仁美「…また、ですの?恭介君」

そう僕に声をかけてくれるのは妻である志筑仁美。
中学生の頃からの恋人であり、その頃から今まで僕を支えてくれた大事な人だ。

恭介「起こしちゃったかな…」

いつからだろうか。
こんな悪夢を見だしたのは。
悪夢、というには少し足りない。
悪夢というよりは、現実。
現実にあったかもしれない。
そんな話。

僕は壊れてしまっていたのかもしれない。
それがいつからなのかは分からないけれど。
この悪夢はきっと戒めだ。
きっとこの悪夢は僕を殺すまで、止まない。

恭介「ごめんよ」

ただ一言そう言って僕はまた布団の中に潜り込む。
大人って本当に汚いよ。
こんな事なら大人になんてなるんじゃなかった。
人生で一番楽しかった、中学生。

あの頃に、戻りたい。 
戻れるなら、何だって…。  

「その思いは本当かな?」

声がした。
無機質で、機械的な、そんな声。
誰の声とは言えないが、こじつけるなら。
僕に、よく似た声。

「だったら、行っておいで」

無機質で機械的なその声は整理の追いつかない僕の心を無視する。

「君の、人生を見ておいで」

なぜだかわからない。
分からないけれど。
僕は、行くべきだ。
僕は、行って。
行って確かめるべきだ。

今の僕を作った世界の有様を。 
僕の光を。 

「さあ」

世界が吹き飛ぶ。
さっきまで僕がいた世界は跡形もなくなり、目の前の景色が再構成される。
 
「見ておいで」

意識がはっきりすると同時に。   

「ここが悪夢の始まりだよ」

僕の小さな体は。
信号無視のトラックによって。
軽々と吹き飛ばされたのだった。

痛い。
痛い。
痛い。
真っ赤な液体がそこここに飛び散って。
僕の小さな体が飛び散ったかと思うほどの衝撃を。
僕は朦朧とする意識の中、感じた。
なんだこれは。
ここはなんだ?
僕は誰だ?
こんな経験、僕はしていない。 
僕は、なんの苦労もなく、なんの苦難もなく、大人になったはずだ。
こんな怪我。
 
恭介「…う…」

無意識に自分の左手を見る。
あらぬ方向に肘が曲がり。
ズタズタになった筋繊維の中をかき分けて白いものが見え隠れする。

これは、もう。
何故だかそう思った。
あぁ、僕の人生は終わった。
僕の音楽は終曲だ。
 
そんな事を考えながら僕は暗闇の中に落ちていく。
一切の光が届かない暗闇に沈んでいった。

完結させたいです
まったりぺーすでこうしんします 
おやすみなさい

目を覚ます。
見覚えのない天井。
だけどどこか懐かしい。
何が起こった。
僕の身に何が起こってしまった?
思考を巡らせながら僕を不意に左を向く。

恭介「…あ」

目に写ったのは。
僕の目に写ったのは痛々しいまでの。
僕の、左腕。
僕の、音楽。

壊れてしまったんだ。
何もしたくない。
僕のその願いはかなってしまった。
僕の音楽は、終わった。

恭介「は、はは…」

なぜだろう。
願ったはずの僕は。
途轍もない喪失感に襲われる。

僕の音楽は終わった。
僕は終わった。
終わった。
心の中で何度もその言葉を繰り返す。

これからはもう、音楽なんて。
これからはもう、バイオリンなんて。
これからはもう。
気にしなくていいんだ。
だって僕は。
大人たちの都合のために音楽を始めたわけじゃないから。

「だったら何のため?」

声が響く。
誰なんだよ。
君は一体誰なんだ。
何が言いたいんだ。

もう、うんざりなんだよ。
いつの間にか始まってた音楽のために。
僕が辛い思いをするのはもううんざりなんだ。
諦めさせて。
諦観させて。

そう思っていると、ガラッとドアが開いた。
何で思わなかったんだろう。
何で気付かなかったんだろう。
この人は。
彼女は。
僕のことを分かっていてくれる。
大切な人じゃないか。

「恭介!」

短めに揃えた青い髪。
真っ直ぐな光を灯す瞳。
そんな大切な幼なじみのことを。
忘れる事なんて。

「…さやか」

出来るわけが無いんだ。

「あんた…!怪我は!?」

何時も通りだね、君は。
いつもいつも自分の事は二の次で。
僕のことを心配してくれた。

…。
そうだったかな?
僕はそんな記憶持っていない。
そもそも彼女と言う人間のことすら今まで思い出せなかった。
…どうして?

「…大丈夫…じゃないかな」

大丈夫じゃない。
僕の腕はきっともう、動かない。
あれ程までに壊れた腕が動くところなんて。
イメージが湧かない。

「…恭介…」

あぁ。
どうしてそんな顔するんだい?
ただの幼馴染なのに。
君が思っているほど僕は大した人間じゃない。
僕は今でこそ子供だけれど。
きっとずっと、子供のまま。
嫌な、子供のまま。

さやかは何も言わなくなった僕に対して「ごめんね」と声を掛け帰った。

「ごめんね…か」

彼女が謝ることなんて一つもない。
だってこれは僕が望んだことだから。
僕が捨てたものだから。

だったら。
なんのごめんねなんだ?
そばにいてやれなくて?
守ってあげられなくて?
馬鹿馬鹿しい。
自分がそんなことを思ってもらえるほどできた人間じゃないことくらい。
嫌と言うほど知っている。

汚いね。
醜いね。
それでも。
生きることをやめようとは思えないほど。
僕は弱いんだ。

「ふふ、あはは」

笑いがこみ上げる。
もう収まりそうにない。

「あはははは」

不思議と。
病室に響く僕の笑い声は。
バイオリンよりも美しい音色のように思えた。

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