える「折木さん、知ってますか?」(17)

千反田は突然そう言うと持っていた傘をひらき、あの大きな目をこちらに向けた。
知識欲旺盛なこいつが人に教えを乞うことはあってもひけらかすというのはなかなか珍しいことだな

「何をだ」

「桜の花びらの落ちるスピードです」

みたいなの頼むよ

つづきはよ

秒速か・・・・

だいたいマッハ50くらいだったか

秒速5cmを思い出すな…

せっかく忘れかけてたのに

「……それは詩的な表現か何かか?」

「違います。秒速5センチメートル、なんだそうです」

そう言うと千反田は窓に近づきガラッと開けた。そして校庭にある桜の木を見つめる。
秒速5センチメートル、か。

「だがそんなものを知っても何にもならないだろう」

「それはそうなんでしょうけど……」

千反田は桜に目を向けたまま、少し俯いた。夕日に染まる千反田の表情には……何かがある気がした。

「どうか、したのか?」

「いえ……なんでも、ありません」

ほう

何でもない、何もないことがこれほど辛いことだと気づいたのはいつの日だったでしょうか。


私が古典部で折木さんと出会ってから、もうすぐ二年になります。
この二年の間に、色々なことがありました。全てが楽しかったかどうかは分かりません。けれど、素敵な日々であったように思います。

「もう、二年も経ってしまったんですね」

「……そうだな」

そう言って折木さんは本を閉じ、私の隣に並びました。少し、ドキッとします。
横目で折木さんを見つめると、その気だるそうな眼差しに吸い込まれるような気がしました。

「色々な事がありましたね……」

声は上ずっていないでしょうか。顔は赤く染まっていないでしょうか。
折木さんはそんな私の気持ちを知ってか知らずか……桜の木をぼんやり眺めます。

夕日に染まる桜からは桜の花びらが少しずつ舞い降りている。

5センチメートル……。
俺と千反田の間の距離はまさしくそれくらいの距離だった。わざとではないが、千反田の近すぎる距離感につられてしまったのだろうか。

「1秒くらい、か」

「1秒、ですか?」

心の声が漏れてしまった。何でもない、と誤魔化し少し離れる。

「折木さん」

うっ。

「わたし、気になります」

そう言って微笑んだ千反田の笑みは……例えようもなく……。

何でもない、と言って折木さんは距離を少し離してしまいました。
どこか安心するような距離が崩れてしまい、少しムッとしてしまいます。

「折木さん。わたし、気になります」

少し意地悪をしてしまいましょう。
といっても1秒とは何のことなんでしょうか。光は1秒で地球の7周と半分の速さでけれど。

「あ、あれだ。太陽の光が地球に届くのはそれくらいかなと思ってだな」

「折木さん?本当にそう思ってるんでしたら、いくら文系とはいっても……」

折木さんに近寄る。

うっと仰け反る折木さん。

ここで、ふと思い出しました。

「桜の木といえば……」

それはあの、生き雛の行列で共に歩いた日の思い出だった。
千反田は俺の覚えていない細かいところまで詳細に語っていった。

工事で通れなくなった事を俺が伝えた時のこと。

周りの風景。

ずっと俺に長久橋の件について聞きたくて内心そわそわしていたこと。





そして、あの日、俺に伝えた、千反田の生きる世界のこと。

「千反田」

一通り話し終えた直後、折木さんは私に言葉を続けさせたくないかのように私の名前を呼びました。
何故でしょうか。咄嗟に返事が出来ませんでした。

「俺はあの日、言おうとして言えなかった事があるんだ」

胸がきゅっと締め付けられます。

「これはさっき俺が漏らしてしまった1秒という言葉にも関わってくるかもしれない」

鼓動が少しずつ速くなるのを感じます。

「俺は文系を選択した」

はい。

「元々自分が文系寄りだったのも事実だ」

はい。

「けれど、一番の要因は、千反田、お前だったんだ」

喋りながら声が震えないように、自分の微生物のような勇気を振り絞る。

「1秒」

握りしめた手に爪が食い込む。

「俺と千反田の距離を縮めるのに、桜の花びらならたったそれだけしかかからない」

声は震えていないだろうか。

「だが、1年も経ってしまった」

千反田を見つめる。千反田は目を見開いたままこちらを見ていた。

「これ以上引き伸ばしてしまえば、そのまま卒業してしまっていただろう」



「だから……今日ここで、その距離を」

以上で終了となります。
誤字脱字等あれば申し訳ありません。

おつおつ

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