【モバマスSS】愛が二人を分かつまで (55)



――貴方はプロデューサーで…佐久間まゆはアイドルだから…

――私と貴方は決して結ばれないって…知ってるから…


※モバマスSS短編
※二次創作です(いろいろとアイドルの過去なり関係性なりが捏造されています)

※一部鬱描写アリ



直近のオムニバスシリーズ過去作3作

鷺沢文香「図書館はどこですか」
和久井留美「猫の森には帰れない」
有浦柑奈「ゆりかごの歌」

その他短編過去作

【モバマスSS】僕は君が好き
【モバマスSS】公園で

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「……けほっ」

布団を被っているのに寒い。頭がじんじんと痛み、手足には鳥肌が立っているのを感じる。

時折こうして咳をすること以外に、私はベッドから身体を動かしたくなかった。


夏風邪というものだろうか?少し前に測った体温計は見事に38.5℃を示していた。

そうでなくても寒気がひどかったので、薬箱に常備している風邪薬を飲み、事務所に電話し体調不良を伝えた。

事務所……CGプロダクションには、たくさんのアイドルが所属している。

私、佐久間まゆもそのアイドルの一人。高校生でもある私は、親元を離れて都内で一人暮らし。

学業にも励みつつモデル撮影にイベントに毎日いろいろな所をまわっている。

今日も午後から雑誌に掲載するインタビューをお願いされていたのだったが……



「…………けほっ、けほっ」


枕元のデジタル時計を引き寄せる。今日は9月6日、12時45分……本当なら事務所で待機している時間だ。

事務所であのひとを待っているはずだったのに……。

ずきん、と、風邪の症状とはまた違う痛み。


「プロデューサーさん……」


私のか細い声は一人暮らしの部屋に吸い込まれ、消えた。

今頃、別の子と一緒に現場へ入っているのだろうか。

それとも事務所で書類を作成しているのだろうか。

タブレットをいじれば確認も出来るのだが、それはベッドから離れたテーブルの上にある。あまり動きたくない。

口惜しいが我慢するしかない。


「……けほっ」


私は、枕元に置いていた音楽プレイヤーを手に取る。

イヤホンをつけ、自分の曲や他のアイドルたちの曲も入っているそのプレイヤーの、あるひとつのフォルダを再生。



『……よく頑張ったな、まゆ。お疲れ様』


『ああ、うまかった。まゆ、ごちそうさま』


『ありがとう、まゆ』

自然と顔がほころぶ。風邪の辛さが少しだけ引いた気がした。

それは、私が集めたプロデューサーさんの声を詰め込んだフォルダ。

いつも忍ばせているレコーダーで収録した彼の声の中から、私が特に気に入っているものをピックアップしたものだ。

私に元気と、暖かな気持ち、そして彼との深いキズナを思い出させてくれる大切な宝物……。

私は、その一つ一つがいつ、どこで、どのように言われたものなのかをよく覚えている。



『佐久間まゆさん……だよね?どうしてウチの事務所に?』


広島で読モの企画撮影をしていたときに出会ったプロデューサーさん。

あの運命がなければ、私はあなたのいる事務所の扉を叩くことなんてなかった……。


『すまない、まゆ……。俺が不甲斐ないばっかりに』


営業先で口論になって、せっかくのお仕事を帳消しにしてしまったと嘆くプロデューサーさん。

でも、まゆは知っているんです。

出番が欲しければアイドルを『売れ』なんて言われて黙っているあなたではないですものね。


『まゆ!聞いて驚くなよ……君のCDデビューが決まったぞ!』


あの時のあなたの表情……私は今でも覚えています。

私が嬉しくて涙を流したら、あなたもつられて泣いちゃって……そう、その次の日……あ。




――ああ、あれからもう、一年……。


「今日が、その日……」


突然、頭がぼうっとする。うまく思考が回らない。眠りたい、眠りたいという信号が全身をかけ巡る。

額に乗せていたタオルの重みをあらためて感じる。

瞼が重くなる。

手足は動かない。動かしたくない。

抵抗しない。

全てを受けいれる。

受けいれる……。



・・・

・・




※一時休止、再開は深夜

佐久間まゆ(16)
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どれくらい眠っていただろう。

不意に目覚めた私は、首だけ動かして外の様子を見やる。

オレンジの陽射しが眩しい。……夕方?


「……まゆ」

窓と反対の方向から声がした。聞き覚えのある声。

私はびっくりして跳ね起きた。

そこにいたのは、夕陽を受けて佇む……


「プロデューサー……さん?」


その表情は影となって見えないが、いつもと変わらぬスーツ姿で確信した。

「まゆ、起きたか」


無感情な声。


「どうして、ここに?」


私は戸惑いを覚えた。

咄嗟にでてきた言葉に意味は無い。今までに向けられたことの無い彼の口調に声を出さずにいられなかった。


「……そう、ですよね。家の鍵はちひろさんに預けてますから、プロデューサーさんなら……」

「まゆ」

私の言葉を遮るのは、プロデューサーさんの冷たい声。

漠然とした不安が私を包み込む。熱に浮かされていたはずの私の身体が凍りついたように固まる。

あなたは何を言おうとしているの?


「……」


プロデューサーさんの顔はまだ見えない。

夕陽がだんだんと弱まり、彼の姿を闇に染める。

私は彼の言葉を待つ。



「……まゆ、今日で……お別れだ」

重々しく彼の声が響いた。

銅鑼に打ちつけられたような衝撃を私は心の中で感じていた。

突然の一言。

なぜ。

なぜ?



「ど、どうして……どうしてですか!」


あらん限りの力を振り絞って出したつもりの言葉が、しかしか細く、かすれて出てきた。声が出ない。


「まゆ、俺が気づいていないとでも思ったのか?」


プロデューサーさんは上着をはだけ、それをゆすった。

ポトリ、と落ちてきたものがひとつ。


「……これが何だかわかるな?」

落としたソレを拾おうともせず、ただ立ち尽くすプロデューサーさん。

黒いボタンのような物体が見える。不思議なことに、ソレを私の頭は理解していた。


「……盗聴器ねえ、こんなものをつけられてたなんて」


忌々しげに口にした彼の言葉を、私は聞きたくなかった。



「理由は聞かない」


その言葉を聞けば、わかってしまうから。


「聞きたくない」


彼は私を


「……キモチワルイ」


拒絶している。


「……」


私は泣いていた。

ただ、泣くことしかできなかった。

もう彼の言葉を聞きたくない。今の彼の姿を見たくない。

でも、私の身体はぴくりとも動かない。

全身から嫌な汗が噴き出す。

残響した私の嗚咽だけが聞こえる。

どうして、どうしてこんなことに。

どうして。



『ストーカーには気をつけろよ、いつどこで何をしでかすかわからないからな』

『いくら好きだからって相手のことも考えず付きまとうのはなあ』

『盗聴器、仕掛けられてたらやだよなあ』


――いつかどこかで、プロデューサーさんが話していたっけ。

アイドルにストーカー被害が絶えないって話だったっけ。

私、どうしてこんな話を思い出したの?

私、盗聴器なんて……使ったこと、ないよね?

プロデューサーの姿が完全に闇の中へ消えていく。

もう永遠に会えなくなるのではないか?

頭の奥で警鐘が鳴っている。

嫌だ、嫌だ。こんな別れ……私は望んでいない。

まだプロデューサーさんと共に歩いていたかったのに。

これからも私を、輝かせてくれるはずなのに。

どうして、どうして、どうして?

待って、嫌だ、置いていかないで、一人にしないで……!

駆けよりたいのに私の身体はぴくりとも動かない。

彼を引きとめるはずの声も、出ない。

部屋はいつの間にか真っ暗になっていた。

プロデューサーさんの姿はどこにも見えない。

それどころか、部屋にあるはずの机も、テレビも、ベッドさえも、何も見えない。

私の姿さえも、おぼろげ。手の形も、体も、足先まで、暗闇に溶けている。


……あなたのいない世界。

きっとここがそうなんだ。

あなたがいないだけで、私……、こんなにあやふやになるのだろうか?


私はアイドル。私は、あなたと共に、ファンの皆に笑顔を与えることがお仕事。

あなたと共に、トップアイドルを目指して、私は今日まで生きてきた。

……あなたがいなければ、私はアイドルですらないの?



……ああ、私、こんなにもプロデューサーさんに……。



『貴方はプロデューサーで…佐久間まゆはアイドルだから…』

『私と貴方は決して結ばれないって…知ってるから…』


……この前のお仕事で、私、こんなこと言ったっけ。

純白の花嫁衣装に身を包んだ私……それを見つめるプロデューサーさん……。



『ううん…悲しくなんてないんです』

『だって…私がアイドルならこれからもプロデュースし続けてもらえるでしょ…?』

『結ばれないからこそ、ずっと寄り添えるって…まゆはそう思うの…』


私がアイドルだからあなたに寄り添うことができるのか……

プロデューサーさんがいるから私はアイドルでいられるのか……

今の私にはわからない。





『だから…ねぇ?プロデューサーさん…』



プロデューサーさん……

ぷろでゅーさー……さん……






・・

・・・



『……?……、……ゆ、まゆ……』


遠くから声が聞こえる。

この声は……



『まゆ……まゆ…………まゆ!」

「……はあ…はあ……うう……」


私がずっと聞きたかった声が聞こえた。


「まゆ!おい、大丈夫か、辛いのか!?」

視界が明るくなる。

これは、部屋の明かり?

ゆっくり目を開ける。

視界に飛び込んできた顔、それは、紛れもない……


「ぷろ、でゅーさ、さん?」

「まゆ、どうしたんだ……顔の汗がひどいぞ」


不安そうな表情を見せるプロデューサーさんが、持っていたタオルで優しく私をなでる。


「それに……泣いていたのか?」

「え……?」


右手で目じりのあたりに触れる。涙が乾いたような跡を感じた。


「……なにか、悪い夢でも見ていたんだな」

「……そう、みたいです」

悪い夢……夢を見ていたんだ、私。

どんな夢だったのか、よく思い出せない。

ただ、ものすごく怖い夢だったことだとはわかる。

私は身体を起こそうとした。上手く力が入らなかったが、プロデューサーさんが助けてくれた。



「どうして、ここに?」


どこかで言ったようなセリフを口にして、私の背筋に寒いものを感じる。が、


「風邪引いたっていうから、お見舞い」


プロデューサーさんは事もなげに言った。


「ホラ、まゆの家の鍵、もしもの時のためにちひろさんも持ってるだろう?だから、それを借りてきた」

「……そう、でしたよね」

「そうさ」

意識がだんだんと覚醒してきて、私は改めて今のこの状況を確かめる。

ここは私の部屋。私は風邪を引いて寝ていた。今、私のそばにはプロデューサーさんが……。


「あっ」

「ん?」


よくよく部屋を見渡せば、床には眠る前に着替えた服が脱ぎ捨てられているではないか。

それだけならまだしも、プロデューサーさんの声を流していた音楽プレイヤー……、まだ再生しっぱなしでは?



「……ああっ!」


私は急いで枕元のプレイヤーの電源を切る。

寝ている時に自然と耳から取れていたイヤホンから微妙に音が漏れていた気がする。聞かれていないよね?


「どうした、そんなに慌てて」


プロデューサーさんは少し微笑んだ。


「えっと……その、お、乙女の秘密ですっ」


私はこれだけ言うのに必死だった。

……服のことも見なかったことにしよう。

ふと、部屋の真ん中に置かれたテーブルの上を見やる。

小さな箱が一つ、ちょこんと置かれていた。


「プロデューサーさん、あれは?」


私はそれを指さした。

プロデューサーさんは腕時計をちらと見て、それから顔をほころばせてこう言った。



「まゆ、こういう時でなんだが……、誕生日おめでとう」

誕生日……誕生日?

私は手近にあったデジタル時計を確かめる。

9月7日、午前2時40分……。

いつの間にか、こんなに眠っていたらしい。

9月7日……。そうだ、私の誕生日、今日だ。



「……」


私はもう一度プロデューサーさんの顔を見た。

穏やかな笑みをたたえたその表情に、曇天の私の心が一筋の光を見た。その輝きが私を満たしたようだった。

先ほどまで漠然と渦を巻いていた不安が払われ、全身に熱い血が巡る。

私は言葉が出なかった。出来なかった。

堰をきって溢れ出たのは、先ほどまで流していたであろう、涙。


「……う、うう……」

「まゆ?」

「うう、ううう……うぐっ、ううう…………」


私はプロデューサーさんの胸にうもれ、声を出して泣いた。

プロデューサーさんの腕が無言で私を包み込む。

私はそれを受けいれる。


「……よっぽどひどい夢を見たんだな」


少し冗談めいてプロデューサーさんは囁いた。私は何も言わず、ただただ彼の胸中で嗚咽の声をもらし続けた。





「どうだ、落ち着いたか?」


どれくらいの時間が経ったのだろう。

泣きやんだ私の背中をさすりながら、プロデューサーさんが声をかけた。


「はい……ありがとうございます」


私も随分落ち着いたのか、普段通りに声が出た。

私はゆっくりとプロデューサーさんの胸を離れる。



「気分はどうだ?熱っぽいのが治まったか?」


昨日よりはだいぶ楽になった、と思う。まだ少しだるさが残っているだろうか。

少し火照っているが、これは風邪のせいではない。


「……なんだか、少し恥ずかしいです」

「え?」

「だって、まゆの家にプロデューサーさんがいるなんて……その……」


プロデューサーさんははっとして、私から視線を逸らした。


「あ、そ、そうだよな……。ちょっとこれはデリカシーがなかったよな……。……ごめん」


「ううん、いいんです。まゆ、とーっても嬉しいんです」


心からの本音だった。

こんな状況、平時なら絶対緊張していたはずだ。


「私、さっき見ていた夢……思い出せないんですけど、でも、とっても辛い夢を見ていた気がします」

「もし、誰もいない部屋でこうやって目覚めて……、朝まで一人でいなきゃならなかったら、って思うと……」

「……」

私はかぶりを振る。


「ううん、なんでもないです」

「……まゆ」


プロデューサーさんの瞳が私をとらえる。

その毅然とした姿に私の心臓が高鳴る。


「まゆ、俺は……」

「言わないで」

「え……」


私は彼の言葉を遮った。

胸の高鳴りを押さえつけ、さっきまでとうって変わった、演技練習の時のような明るい声を出す。


「……私、風邪で気分まで落ち込んじゃってたみたい。ごめんなさい、プロデューサーさん」

「え、いいよ、そんなこと謝らなくても」

「ああ、なんだかお腹がすいてきました……冷蔵庫に何かあったっけ……?」

「ケーキならあるぞ、ほら」

「もう、まゆは病人なんですよ?お気持ちは嬉しいですけど、今は別のものがほしいですっ」

「そりゃそうか」

「うふふっ」

「ははっ」

――プロデューサーさんは、あの時きっと「もっと俺を頼れ」って言おうとしていたはず。

でも、今それをあなたの口から聞いてしまうと……、まゆ、アイドルとプロデューサーという見えない線を越えてしまいそうで。

そうなれば、きっとあなたと今まで通りの関係でいられなくなる。

私の中の、佐久間まゆというアイドルがいなくなってしまう……。

私の中で、あなたがプロデューサーという存在ではなくなってしまう……。

それが、少しだけ怖くて……。

だから、まゆは、佐久間まゆは……、今日という特別な日に、あなたと二人っきりになれただけで……、十分幸せなんです。

この運命という名の糸を、まゆは、大事に育んでいきたいと思っています。

今までも、これからも……。

ねえ?プロデューサーさん。




『これからも、ずっと…、ずっと…、ずーっと…』

『ずーっと…永遠に、佐久間まゆのプロデューサーでいてくれるって…誓ってくれますか…』



おわり


まゆ、誕生日おめでとう!の気持ちだけです
もはや何も言うまい

あ、sagaしてなかった……けど、問題ないですよね?

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