ゾンビ娘「レイ○されました」賢者「人聞きの悪いこと言わないで」(984)


  ※ ゾンビ娘「レイ○されました。死にたいです」
    ゾンビ娘「レイ〇されました。死にたいです」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1406960105/)
      の後日談にあたるものです。

   先にこちらを読んでからこのssを読むことをお勧めします

  ※ だいぶゆったりとした更新になるので、たま~に見に来る位でちょうどいいと思います

待たせたな!

  とりあえず登場人物紹介から

   ゾンビ娘(297歳) 女
     使用武器:弓、ダガーナイフ

    ・280年前の勇者パーティーの一人。役職は巫女。いわゆる僧侶。
    ・魔王によって背中にゾンビ化する刻印を刻まれたためにゾンビになった。
    ・200年ほど彷徨っていたら、賢者とエンカウントして開幕レイズを食らわされた。
    ・大食い。
    ・大好物はイチゴと賢者の血肉。
    ・かなりまな板だよこれ!
    ・賢者によってゾンビ化の呪いを解かれた。いまだにゾンビ娘という名前だけど、どうなんだろう…?


   賢者(15歳) 男
     使用武器:リボルバー

    ・どう見ても女の子にしか見えないモデル体系。
    ・MP保有量が魔王60体分。運のよさ999という化け物じみた勇者の血族。
    ・勇者の7つ呪文を使用する。
    ・彼の血肉はゾンビ娘の大好物。捕食された次の日はレイプされた少女のような顔をしていることが多い。
    ・ことあるごとにゾンビ娘をレイズして遊んでいた。
    ・彼女が完全に人間になった今、どうやって遊ぶのか検討中らしい。
    ・祭りとかでよく出てる形抜きが得意。


   勇者(?歳) 男

    ・彼の遺した冒険の書はやたら草が生えている。
    ・中二病。


   骨っ子(102才) オス

    ・骨だけの犬。
    ・ゾンビ娘の使い魔。
    ・元の名前はフランケンシュタイニーだったが、賢者の付けた名前を気に入り、現在の名前に
    ・骨三頭犬。スカルケルベロスという種族。
    ・前作では頭が一つの仔犬だったが、今では立派な成犬に。
    ・どこかの国の王城の番犬になっているとの噂。
    ・モシャスで人間に化けれる。
    ・この作品内で一番モテた子。


   カード(――歳) 男
     使用武器:魔道符、杖

    ・かつての勇者パーティー、魔導師の子孫(養子)
    ・魔方陣を刻んだカードを使って魔法を発動する。
    ・召喚獣も一応召喚できる。
    ・炊事洗濯、何でもできるすごい子。旅の間パーティーの胃袋をわしづかみにしていた。
    ・一国の主。今は孫が国王に。
    ・武器を作れる。賢者の銃もカードの作品。


   ウィップ(――歳) 女
     使用武器:鞭

    ・魔導師の子孫(本家)
    ・その昔カードを養弟にする。
    ・語尾を伸ばすのほほんとした性格を演じる~
    ・彼女が料理をすると、野菜を切っただけであろうとモンスター化する。味はおいしいんだけどね~
    ・魔王との戦いで左腕を失い、カードが作ったオリハルコンの義手をはめていた。
    ・いろいろあってカードと結婚。女王になった。



  本編を補完するためのものですので、基本的に短編をいくつか投下する感じになります。

  話によってはシリアスだったり、ひたすらイチャコラしたりカニバったりしますので、お気をつけください。




  真っ暗な舞台に光を灯すのは、太陽でもライトでもない。

 いつの時代も、舞台の上で輝くのは生命の輝きなのだから


          『レイズ』

  舞台を照らす光を胸に、役者は今日も命を燃やす。

 演目を望む一人の為に、幕は再び開かれた―――――――




  つなぎの話  『ヒガンバナ』


  夏が過ぎ、暦上は秋になった晴天の下、暖かい気候でのびのびと育った草が生い茂る草原。
 さわさわと風がそよぐ緑の絨毯の上で、一人の女の子が寝転がっていました。

    「はー……気持ちいぃ~」

ゾンビ娘(あ……れ………?私がいる……?)


  血の気の無い顔をした女の子の傍らに立っているのは、血色のいい肌色をした女の子。
 どちらも同じ顔をしている。違いがあるとするなら、困惑している女の子は髪の毛を一房伸ばしていることだろうか。


ゾンビ娘(走馬灯……?いえ、私は確かに死にました……自分の意思で…)


ゾンビ娘(だったらこれは一体…?)


  二人のいる場所日に、近づいてくる人影が見える。

    「あれ?旅人が来ますね。……たまにはモンスターらしいことをしましょう。
      冬に向けて食料も蓄えなきゃいけませんし、保存食でも持ってませんかねぇ……」

  寝転がっていた女の子は飛び起きて準備運動をはじめた。何故か血糊を用意している。


ゾンビ娘(確かこの日は……)


    「がおー!」

  身体を赤く汚した彼女は、草むらから勢いよく飛び出す。

 旅人の前にゾンビ ×1 があらわれた▼


 旅人はどうす……





    「【 レ イ ズ 】」

  ゾンビを倒した!▼
  旅人は26の経験値を手に入れた▼


ゾンビ娘「賢者様と会った日……」



    「あれ?消滅しない……てことは…」

    「よくも私に蘇生呪文なんてかけてくれましたね。おかげで生き返ってしまったじゃないですか」

    「それは悪いことなの?」


    「私みたいなゾンビにとって、レイズなんてレイプと同じ位酷いことなんですよ?」

    「レイ…ッ!?」


ゾンビ娘(ここはあの世か何かですか……?)


    「出会い頭に即レイズってなんなんですか?出会って即ハメですか?」

    「いや…ごめん。僕も襲われそうになったことはあるから、その気持ちはわかるよ?
      でも、普通は旅の途中でモンスターにエンカウントしたら攻撃するでしょ」

    「だからって開幕レイズは無いでしょう?MP消費【大】なのに…」


    「ごめんね。かわいいゾンビの女の子が出てきたから、もしかしたら生き返るかなって思って…」

    「!? な、何を言ってるんでふか!///」


ゾンビ娘(あれ?あの時とセリフが違う……)


    「でもレイプと同じか~悪いことしちゃったな……」

    「い、いえ!言葉のあやで……あんまりお気になさらず…!」

    「ごめんね、責任取るよ」

    「え、あ、あの……///」プシュー


    「夢みたいです………」


ゾンビ娘(『夢』……?)


ゾンビ娘(もしかしたら……賢者様との冒険は、全部夢で………)


ゾンビ娘(私の願望をずっと……?)


  ゾンビになって200年ずっと彷徨い続けて、狂って、夢の中にまで救いを求めていたのだとしたら…

ゾンビ娘(どれだけ壮大な妄想だろう……)

  そして、彼女は救われなかった……


    「名前はなんて言うの?」

    「ゾンビ娘といいます」

    「そっか。僕は賢者。お詫びといっては何だけど、そこの街でご飯でも食べない?」

    「よろこんで!!」


ゾンビ娘(うらやましいなぁ……きっとこの夢の私は、すぐに賢者様への想いに気づくんでしょうね……)


ゾンビ娘(そして思い残すことなく、最期を迎えることができるのでしょう………)


  彼女は楽しそうに喋りながら街に歩いていく二人の前で、顔を手で覆って俯いた。


ゾンビ娘(全部夢なんです………起きたらきっと、何を見ていたかも忘れてるんです………!)

ゾンビ娘(夢……っ!夢なんですっ!全部夢なのに……っ!!)








  ―――――どうしてこんなに胸が苦しいんだろう……!

ゾンビ娘「うああ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


  その泣き声に呼応するように草原の景色がひび割れていく。空が、雲が、遠ざかる二人の背中が、ほろほろと崩れていく。

ゾンビ娘「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


  俯いている彼女はそのことに気づいていない。
 どれくらいの時間が経ったかは分からない。1時間か、1日か、もしかしたら1分しかたっていないのかもしれない。

  彼女が泣くのに飽きた頃、涙が涸れた瞳を見開くと、いつのまにか青空の草原はただ白い空間に変わっていた。


  その空間にあるのは、自分と黒いローブの男だけ。

ゾンビ娘「賢…者様……?」


  「………………………。」

  違う。深くかぶったフードから覗く二つの碧眼がそう伝えていた。


ゾンビ娘「あなたは……?」

  「………………………。」


  彼は悲しそうな声色で彼女に告げる

  「…………もう起きる時間だよ……僧侶…」


ゾンビ娘「え………」

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              ――――ザワ ザワ   ザワ  ザワ…

  雑踏と人々の声に目を覚ます。真上に昇った太陽と、それを貫こうとする塔が見える。
 手を少し動かすとざらりとした感触と共に、焼けるような熱さが感じられた。石畳の上だ…

ゾンビ娘「ぅ……ん………?」

  ようやく目のピントがはっきりとして、ここが時計塔の街であることを認識した。

ゾンビ娘「………私……」






  「お目覚めかい?」


  その声を聞いた瞬間、ドキリと心臓が跳ねた。手を添えられた頬が熱くなる。

  この声の持ち主を。この手のぬくもりを。ずっと探してきた。


ゾンビ娘「……ずっと…ずっと……探してたんですよ………?」

  涙でぼやけてしまったせいで、顔が見えない。でも、確かに彼はここにいる。





賢者「うん。―――――ただいま」


  後頭部に感じる血の通った柔らかい感触。どうやら賢者の膝に頭を乗せているようだ。


ゾンビ娘「あぁ……あ…ぁぁぁ……っ!」ポロポロ…

  彼の顔を見たいのに。涙が顔をぐちゃぐちゃに歪めてしまって、いくら目を擦っても視界が滲んだままになる

ゾンビ娘「どうして……今まで、っ・・・どこにいだんですかぁ………っ!」


  賢者は答えずに、彼女の頭をそっと撫でた。そのまま、彼女が泣きやむまでずっと、撫で続けた――――

 周りの野次馬の目線など気にせず、二人はずっとそこにいた。



  所変わって花畑。太陽が雲に隠れた薄い影の下、風に吹かれ右に左にリコリスの花が揺れる。


              ――――ザザザザザ……

  突如西から吹いた強風に、枯れ草や花びらが舞った。遥か東のそのまた東。香りを届けるように風に乗る。



 雲が流れて太陽が花畑を照らす。花は右に左にゆらゆらり。輝くように揺れていた――――


              ――――ヒュオォォォォ……

  そよ風が二人の髪を梳いた。

 ふと香った花の香りは、気のせいではないだろう。


  リコリスの花言葉は「悲しい思い出」、「遠い思い出」、そして――――


ゾンビ娘「――――『再会』、ですね……」

賢者「…………うん」




                         つなぎの話  『ヒガンバナ』  END


  やっぱりまじめな話は疲れる……はやくイチャコラさせねば

 ちなみに、この話は前作のラストの没案を改変したものです。後日談に繋げるために必要だった真面目回。

 休みが終わって忙しいので、後日談の続きは1週間の時間をください。

やあ(´・ω・`)

熱を出したので投下は明日にしますが、
ゾンビ娘と賢者の話と骨っ子の話、どっちを先に読みたいとか希望はありますか?


   後日談 その1  『骨太な人生を』



  僕とご主人はあれから会えていない。なぜかご主人は僕を置いて旅に出てしまった。
 でも、僕は寂しくない。カードのお兄さんとお姉ちゃんが一緒にいる。

 それに、僕とご主人は使い魔の契約をしている。離れていても、心は一緒だから!


  あの戦いから5年、僕は毎日お城の門の上で朝の遠吠えをしている。わおーん。



骨っ子「ワゥ―――――――――――――――」


カード「………朝から元気だなお前……」

骨っ子「クマできてるよ!お仕事しすぎじゃない?」

カード「お前のおかげで目ぇ覚めたわ……」

骨っ子「それはなにより!さ、お散歩に行こう!」

カード「……おー…」

  この5年で、骨っ子は少し成長したようだ。モンスター状態でも喋れるようになっている。



 <ギャー!!

骨っ子「料理長さんの悲鳴だー」

カード「あ?厨房のほうから……」


メイド「た、大変でございます!」

カード「どうした?」

メイド「ウィップ様が朝ごはんを作ると言い出して……!」


カード「おい!?厨房には近づけさせんなって言っただろ!」

メイド「ももも、申し訳ございません!ウィップ様が鞭で料理長をしばいてしまったので!」



 <ジャーガジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガァ!  イヤァー!!

カード「ああっもう!俺が何とかするから!代わりに骨っ子の散歩を頼む!」ダッ


メイド「かしこまりましたー♪」

骨っ子「メイちゃんとのお散歩久しぶりだね!」

メイド「そうでございますね♪」


骨っ子「んー」

メイド「いかがなさいました?」



骨っ子「【モシャス】!」

               ――――ボワン☆

  数年前の変化より少しだけ見た目の年齢が成長して、わんぱくなショタっ子になっている。
 そのままメイドと右手を繋いで、花のような笑顔が咲いた。

骨っ子「今日はこっち!」パァァァァァ

メイド「かしこまりました♪」



メイド(うっひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!ショタでも骨でもどっちも可愛すぎるでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)

  やっぱりモテモテな骨っ子であった。


――――――――――――――
――――――――――――

  ~王城 ―厨房―


カード「……………」

  今、俺の視界ではおかしなことが起こっている。
 ウィップにしばかれた料理長の話によると、あいつは龍の国の伝統的な朝ごはんを作るつもりらしい。

ウィップ「~♪」グルグル


  魔女が怪しげな大鍋をかき混ぜているのを想像してもらえると早いだろう。だいたいそんな感じで合ってる。

 その傍らではウィップの作ったじゃがバター。芋の白金(バタープラチナ)が鍋を支えている。何でじゃがバター作った……



ウィップ「あ、カード~もうすぐできるよ~」マゼマゼ

カード「ちなみに、何を作ってるか聞かせてもらおうか」

ウィップ「龍の国の伝統スープ料理だよ~」ネリネリ

カード「なんでスープがそんなに粘り気を持っているんだよ!」

  鍋の中身は、何かもう練れば練るほど色が変わりそうな感じになっている。


ウィップ「完成~」

芋の白金「『ミソスープ of GOD』でございます」



  もうあいつが紳士口調なことも、料理名も一切つっこまない。無視だ。


味噌汁核獣「・・・・・・・」ウジュル…

  でもこいつは無視できないわー。こいつ、うちの神殿にいたボスじゃんかよー。色が茶色だけど。

カード「よっこいせ…」カチャ

  こいつは核を取り出せば終わりだ。ならこいつの出番だぜ


ウィップ「フックショット~」テッテレテッテテーレーテー

カード「違う!七拾弐式 鉤爪鎖だ!」


              ――――バシュッ ジャララララララ

核「」ビョンコビョンコ

カード「こうやって連射しながら部屋の角に追い詰めてだな……」バシュッバシュッ


  彼は右手で操作しつつ、左手で懐から1枚の札を取り出した。

カード「熱処理だ」【炎符・ファイラ】

核「」

  そして部屋の隅で焼かれた核は、ちょっと焦げた人参に変わっていた。



カード「また人参かよ………」

ウィップ「味噌汁できたよ~」


カード「じゃ、食おうか……待て、他の品は?」

ウィップ「塩鮭とおひたし、おにぎりと卵焼きがあるよ~」


  そう言った彼女の背後に4体のモンスターが待機しているのを見て、彼は天井を仰いだ――――

――――――――――――
――――――――――


骨っ子「おいっしー、です!」マグマグ

ウィップ「それはよかったよ~」

カード「だいぶ身体張ったからな……」ボロッ

  カードの頭には白いバッテン型の絆創膏が貼ってあった。



骨っ子「じゃあ行ってきます!」


カード「気をつけろよ?知らないおじさんやお姉さんには?」

骨っ子「付いていきません!」


カード「不審者を見つけたら?」

骨っ子「相手が気づく前に先制攻撃!」

カード「完璧だ。行ってこい」

ウィップ「ま~ウチらの骨っ子に何かしたら、王の権限フルに活用して潰すけどね~」


骨っ子「わー」トテトテ


―――――――――――――――

  ~王都 ―市場―

骨っ子「♪」

果物屋「おや、骨っ子ちゃん。今日は男の子の状態だね」

骨っ子「あ!おばちゃんおはようございます!」

果物屋「うんうん。今日も元気だねぇ。いつも守ってくれてありがとうね。リンゴ、持っていきなさい」ニコッ

骨っ子「ありがとー♪」


  骨っ子が毎日門の上で吼えているのにはわけがある。
 この子が吼えることで、王都にモンスターを寄せ付けないようにしている。

  というのも、骨三頭犬という種族はモンスターの中でも上位に位置する。
 その咆哮が届く範囲をなわばりとし、侵入する者を容赦なく排除する。
 下位のモンスターはこれを畏れ、なわばりには近づかないのだ。


骨っ子「♪」シャクッ

  骨っ子を見ていると、そのように恐ろしいモンスターには見えないのだが………



「あ、おはよう。骨っ子ちゃん」

「いつもありがとうねぇ」

「よう!パトロールお疲れ!」

「お仕事頑張ってねー」


骨っ子「ありがとー!」

  ちなみに、門の上にはカードが魔方陣を刻んでおり、その上でなら王都全体に声を響かせることができるのだ。
 今でこそ骨っ子の定位置となっているが、緊急の時にはこれが使われたりもする。
 おかげで骨っ子の存在は国民全員が知っており、国民的アイドルの域に達している。

  時折、警備兵に代わって喧嘩の仲裁も行っている。なんだかんだで丸く収まるからだ。

 ただ、骨っ子でも言うことを聞かない喧嘩が起きた場合は、賢者直伝のドS論述でねじ伏せている。
 しかし、その時の口調もドS化するせいで、骨っ子に言葉責めをされたいという国民が一定数いる。大丈夫かこの国。


骨っ子「今日もへいわだなー」

  市場を抜けて、中央広場の公園にやってきた。大きな木があるボクのお気に入りの場所だ。



骨っ子「わー!」トテテテテテ

  着いた途端に大樹に向かって走り出す。いつものように木の下で昼寝をするために。

 でも、今日は先客がいた。


骨っ子「誰だろー?」

   「んん……ムニャムニャ……」


骨っ子「女の子だー」


  その女の子は、陶磁器のような肌の白い子で、あまり見ない白色の髪をしている。

  この周辺の子供達は漏れなく骨っ子と遊んだことがあるので、みんな顔見知りだ。
 だけど、この白い子は、まったく見たことが無かった。

骨っ子「移民の人かなー?」

  この国では移民を受け入れている。だからこの子は最近来た子なのだと判断した。


   「んん……?」

骨っ子「あ、起きた」



   「だ、誰!?」

骨っ子「ボクは骨っ子。キミは?」

   「わ、うう…白っていうの……」モジモジ

  白と名乗った女の子は、どこか恥ずかしそうにうつむきながら薄水色のワンピースの裾を握っている。


骨っ子「何でモジモジしてるの?」

白「え、えっと……私、人前に出るのが苦手で……帽子をいつもかぶってたの……
  でも……帽子が風に飛ばされちゃって……あの、この木の枝に……」

  見上げた木の枝には、大きな水色のキャスケット帽が引っ掛かっていた



白「取ろうと頑張ってみたんだけど……その内眠くなっちゃって……えっと……」カァァ

  必死に説明をする彼女の白い肌が、少し紅潮している。たしかに相当恥ずかしがり屋のようだ


骨っ子「じゃあボクが取ってあげる」

白「え!?でも、すっごく高いし……っ」ワタワタ

骨っ子「大丈夫だよー」スイスイ

  骨っ子は器用に木の幹を上っていく。この姿になっていても、身体能力はモンスターのそれだ。このくらいは朝飯前。



白「あっあっそんな危ない!ああ!」っっ

  胸の前で手を重ね、ものすごく心配そうに汗のマークを飛ばしている。

骨っ子「♪」

  心配されている本人は楽しそうである


骨っ子「取れたー!」つ帽子

  ついに帽子の引っ掛かっている枝まで行って、帽子を掴んだ。
 そのまま白に向かって手を振ってみるけど、白のの赤かった顔面が蒼白になっているのを見て、首をかしげた。

骨っ子「……?どうしたのかな……」


        ――――バサッバサバサッ アーアーッ

骨っ子「うわ!?」

  なんとその枝には、カラスが巣を作っていたのだった。巣に近づく不届き物に、カラス達は攻撃をしかける

骨っ子「うわわわわわわわわ!やめっ痛たたたたた」

  そうするうちにバランスを崩してしまい、真っ逆さまに落ちてしまった。


白「………!」

  骨っ子の視界に地面が迫る。が、空中で身体をひねり、ネコのように着地した。


骨っ子「はい、帽子!」

白「あああありがとうっえっと…骨っ子くん…?」

骨っ子「なあに?」

白「まるでネコみたいだね……」

  なんとなく、以前顔を洗っている時にご主人にネコみたいだといわれたのを思い出した。

骨っ子「よく言われるよー」




白「んしょ…」

  白は肩甲骨のあたりまで伸ばした白髪を手櫛で梳きながら、小さな頭には大きすぎるキャスケットを深くかぶった。


骨っ子「ねぇねぇ!何して遊ぶ?」

白「え……遊んで……くれるの?」

骨っ子「うん!遊ぼう!」スッ

白「………うん!」ギュ

  骨っ子が差し出した手を握って、二人は駆け出した。


  ボクは走りながら白に聞いた。

骨っ子「ねぇ!キミ何才?」

白「えっと……2……じゃない、10才!」

骨っ子「じゃあ今のボクと同じくらいだね!」

  実際にはボクのの年は26歳なんだけど、こういう場合は人間時の見た目の年齢に合わせて答えている。


骨っ子「どこから来たの?」

白「あ、あの…今日来たばっかり……」

骨っ子「そっか!」

 僕らがパタパタと走っていった先には、噴水とそこからつづくタイル張りの人工の浅い川が流れている。



  しばらくその噴水で遊んでいたけど、突然噴水の水量が増した。
 この噴水は1時間おきに放水が活発になるよう設定されている。その素晴らしい勢いたるや、圧巻の一言。らしい

白「きゃっ!」

骨っ子「わっ!」

  ボクもまったく予想していなかったから、なかよくびちょ濡れになっちゃった。


骨っ子「うー」ブルルルルルルル
白「うー」ブルルルルルルル

  そして二人仲良く身体をぷるぷるしたよ。



  夕方

  ~王都 ―公園―


骨っ子「今日は楽しかったー」

白「う、うん!あ……えっと…その……」


白「明日……」

骨っ子「明日も遊ぼうね!」

白「!  うん!」


  新しい友達ができたその日の帰りは、スキップしながら帰ったんだ♪



―――――――――
―――――――
―――――

  ~王城

骨っ子「♪」


      ヒソヒソヒソ…

骨っ子「ん?」

  廊下のつきあたりで、何か話し声が聞こえる…?


骨っ子「むむむ……」


 「国王はあのモンスターをまるでわが子のように育てている……お世継ぎは大丈夫なのか…」

 「おい、あの子をモンスターなんて言うな。わが国の守護をしてくれているのだぞ」

 「モンスターの襲撃の不安を除いてくれているあの子はわが国の宝だ」

 「私達としては国王夫婦に早くお世継ぎを産んでもらわねば不安なのですが……」


骨っ子「むむむぅ……?」


メイド「あら♪骨っ子様。難しそうな顔をしていかがなさいました?」

骨っ子「あ、メイちゃん。ねねね、一つ聞いてもいい?」

メイド「何でございますか?何でもお答えいたしますよ♪」


骨っ子「子供ってどうやって産まれるの?」

メイド「」




メイド(一体全体どうなってるんや!?突然ショタっ子からこんなこと聞かれるなんてとんでもないことやでぇぇぇぇぇぇ!!)

骨っ子「?」キョトン

メイド「え、ええと……今まで一度もそういうことを聞いたことが無いので…?」

骨っ子「うん。まだ幼い頃に、スケルトンにいじめられて、生き方とかを教えてもらう前に群れから追い出されちゃったから……」

メイド「あ…申し訳ございません!」


骨っ子「ご主人が代わりに色々教えてくれたけど、子供がどうやって産まれるのかは教えてくれなかったんだー」

メイド(たしかご主人ってあのメイリ様やろ!?どうして教えといてくへんかったんや!)


  A.そういう知識が乏しかったからである



骨っ子「教えてくれないの?」

メイド「ええと、その………」


骨っ子「ふぅん……メイちゃん…何でも答えてくれるんじゃなかったんだぁ………」ザワ…

  突然、骨っ子の雰囲気が冷たいものに変わった。

メイド「…………っ!?」

メイド(これが噂のドSモードか!ショタにこんなんされたら確かにたまらんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)



  なにこのメイド。キャラ濃すぎる


――――――――――
――――――――
――――――

  三時間後



メイド「はぁ……はぁ……」

骨っ子「」ポカーン


メイド(結局何もかも教えてしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)


  骨っ子のかしこさが30上がった!▼


骨っ子「」ポカーン

メイド「ええと…どうして突然子供について……?」

骨っ子(ちょっと立ち聞きで気になっただけなんだけどなー)


メイド「まさか……発情期(恋)…でございますか…?」


  犬の恋=発情期という考え方は、モンスターにも通用するのか?

骨っ子「よく分からないけどそれは絶対に違うと思うー。でも教えてくれてありがとー」トボトボ

  通用しなかった。

メイド(ああああああああああああほんまにに何なんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
    でもトボトボ歩きもかわええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)


――――――――――
――――――――
――――――


 翌日


  朝の遠吠えを終えた骨っ子は、料理長に作ってもらったサンドイッチをかばんに入れて、元気よく出かけていった。
 時刻は7時を過ぎて、7時半といったところだろうか。

骨っ子「♪」テクテク


  今日は市場に寄り道せず、まっすぐに公園に向かった。


骨っ子「あ、いた!」

  昨日と同じ木の下にいる白を見つけ、そのまま駆け出した。


骨っ子「おーい……―――ハッ」

  黄色い肩掛けかばんに入れたサンドイッチのことを思い出して、ゆっくりとした歩きに切り替える。


骨っ子「おはよー」

白「お、おはよう!」ビクビク

骨っ子「朝からいたの?」

白「う、うん。時間き、決めてなかったもん…」ビクビク


骨っ子「どうしたの?震えてるけど」

白「お、狼の声がしたから……」


  そういえば昨日来たばかりだと言っていたね。白の家族も知らないのかも…

骨っ子「大丈夫だよ!あれはモンスター避けだから!」

白「ほ、ほんと?」

骨っ子「うん!」

白「よかったぁ~」ヘタッ



  へたり込むほどに安堵しているところをみると、狼に悩まされていた村から来たのかもしれない。
 ボクが犬のモンスターだってことは言わないほうがいいかな?怖がらせちゃうだろうし

骨っ子「だいじょうぶ?」ナデナデ

  こんな時は頭を撫でておく!ボクもご主人にされた時は安心したしね……

白「う、うん……  あれ?何かいい匂いがする…」スンスン

骨っ子「ああ、サンドイッチ。ここで朝ごはんにしようと思って持ってき……」

白「……じゅるり」キラキラ


骨っ子「………一緒に食べる?」

白「いいの!?」

  だって欲しそうな顔してたし。



  取り出してみたけど、二種類とも特に崩れてもいなかった。よかった。

 具はみずみずしい生ハムとトマト、もう一つはカリカリに焼かれたベーコンと炒り卵。
 なんと生ハムにはからしマヨネーズが。それぞれレタスに包まれ、内側にバターを塗ったパンに挟まっている。
 すぐに食べると言ったので、パンは表面を軽く焼かれていてほのかにあたたかい。


白「ふわぁぁぁぁ…」キラキラ

骨っ子「一個ずつ食べよっか!」

  サンドイッチは4つあったから、それぞれ1つずつ分けることにした。
 4つは多いと思ってたけど、料理長のことだからたぶんこれを見越して多めに作ってくれたんだろうね。

  後でありがとう言わなきゃ!



「「いただきまーす!」」

  息を合わせて元気に合掌。まずはベーコンの方から。

「「おいしい!」」

  そこまで息を合わせなくても


  ベーコンの濃い味が、甘めに味付けされた卵によく合う。ベーコンのカリカリとレタスのシャキシャキがなんとも言えない。
 だが、食感で言うならパンも負けてはいない。軽く焼かれているのでサクサクしているし、バターの風味が食欲を加速させる。

  パンの内側にバターを塗るのは、パンを具の水気でベチャベチャにしないためだって。

 こないだカードのお兄さんから聞いた知識を披露しながら、二人とも笑顔でモグモグした。



白「うまうま♪」モムモム
骨っ子「うまうま♪」モッキュモッキュ

  ごくん。すごいおいしかった!
 料理長が言うには、本当は玉ねぎも一緒に入れるはずだったけど、ネギ系統は犬には毒だから駄目だって。ボクは犬じゃないよ!


  次はハムの方を食べてみよう。

  かぷっとかじりついた。みずみずしいトマトの酸っぱいような新鮮な匂いが鼻腔いっぱいに広がる。
 噛む力を強くしてみると、トマト独特の食感の後に生ハムがやってくる。
 歯で簡単に噛み切れて、噛めば噛むほど肉の旨みがしみ出してくるようにも思える。

  もう一回かぷり。今度はからしマヨネーズが舌にピリリとした旨みがやってくる。何でハムとマヨネーズってこんなに合うの?



白「はうっ!」

骨っ子「んぐんぐ……どうしたの?」

白「か、かりゃい……」

  若干涙目の白ちゃんが味に抗議する。どうやら辛いものが相当苦手みたい。

骨っ子「あ、じゃあこれ…」ゴソゴソ

  ボクはかばんの中を探って水筒を取り出した。コップに中身を注いでみると、薄茶色いクリーミーな飲み物が出てきた。
 匂いからすると、メイちゃん特製コーヒーだ。ボクの味覚にあわせてミルクと砂糖はたっぷり。


白「んくんくっ……ぷはー」



骨っ子「おいしい?」

白「うん。あ……でも、またこれ食べたら辛い……」シュン


  そんなに落ち込まれるとなー……え?交換?食べかけだよ?こっちのほうが辛くなさそう?まあ、いいけど

 そしてそのまま一口で頬張る。
         ―――ぱくっ

白「……………」


白「~~~~~~~~っ!?!!」

  やっぱりね。



骨っ子「だいじょうぶ?」

白「んくっんくっんくっ!」

  そんなに辛くないと思うけど……ものすごく味覚が鋭いみたい。大変だねー


白「……………」

骨っ子「?」


白「えへへ……」

  恥ずかしそうにはにかんだ白ちゃんをみて、ボクは一瞬ビクッてなった。何だろうこれ……?



「「ごちそーさまでした!」」

骨っ子「おいしかった?」

白「うん!ちょっと辛かったけどね」

  三日月型のあられ菓子くらいの辛さなんだけど、辛いのが苦手な人はそれくらいでも苦しむからね。ご主人がそうだったし


骨っ子「あっ」スッ

  骨っ子は白に顔を近づけて、右の頬をペロリと舐めた。

骨っ子「マヨネーズついてたよ!」

白「」カチーン



骨っ子「ん?」


  ………あ゙

 つい犬の癖で舐めちゃったけど、人間はこんなことしない!ごまかさないと…

  そうだ!


骨っ子「今日は何する?」

白「……え? あ、えっと……え?」


  何事も無かったことにしよう。



骨っ子「昨日来たばっかりって言ってたから、ここら辺のおさんぽでもする?」

白「え?さっきの…え、あ、うん。」

骨っ子「それじゃー市場にレッツゴー」


  ふぅ。これで何とか……

白「……さっきは取ってくれてありがとう」


  なってなかった!でも気にしてないなら…いいかな?



―――――――――
―――――――
―――――

  ~王都 ―市場―

             ガヤガヤ ガヤ   ガヤ


白「………っ」ビクッ

骨っ子「人がいっぱいなのはキライ?」

白「う、うん…」ビクビク


骨っ子「じゃあ市場の中心に行こう」

白 Σ(゜□゜;)!?



骨っ子「あっちにおいしい果物屋さんがあるから!ついてきて!」トテトテ

白「! 待って…」
           ―――ドンッ

白「あぅ……」コケッ


  「ああ、ごめんね。怪我は無い?」

白「は、はいっ」


商人「ちょっと顔見知りの子を見かけたからね……よそ見しちゃってた。 
   家族で旅行に来たんだけど……はぐれちゃってね。キミも迷子?」



白「ええっと…違います……と、友達と……」

商人「そうか、でも子供だけだと危ないからね?十分気をつけるんだよ」

 <お父さーん!

商人「あっ家族だ。お嬢ちゃん、ぶつかってごめんね。さ、友達のところにお行き」

白「はい!」


商人「それじゃあね」ノシ

白 ノシ


白「あ……骨っ子…どこ……?」

それではまた今度。もう寝ます

やあ

なんか後日談というより第二部になりつつあるけど、関係ないよね!


―――――――――

骨っ子「ついたー!」

骨っ子「ここが果物屋さんで……あれ…白ちゃん?」キョロキョロ

  どうしよう…はぐれちゃった


骨っ子「人ごみがキライだから脅えてるかも…早く見つけないと」

          …―――ザワッ

  ふと、背中に冷たいものが走る

骨っ子(この感じ…モンスター?)


  骨三頭犬は視覚・聴覚・嗅覚の他に、魔力を肌で察知する感覚が鋭い。

骨っ子(よりにもよってこんな時に……!)

  骨っ子は心の中で舌打ちをして、人の海に飛び込んだ



  同時刻


白「骨っ子……どこ?」オロオロ

           ―――ドン

白「ご、ごめんなさい!」

           ―――ドン

白「すみません!」

           ―――ドン
           ―――ドン
           ―――ドン



  ~市場 ―路地裏―

白「あうぅ……人、多すぎ……」orz


   「お嬢さん、迷子かな?」

白「う?」

  顔を上げると、シルクハットに燕尾服という格好の人物が、路地の奥に立っている
 声や身体のラインから判断するに、女性だ。

  狭い路地は薄暗く、奥に行くほど影が濃くなっている。女は手招きをしながら言った。

   「おともたちとはぐれたんだろう?あの子はこっちに行ったよ」

白「ほ、ほんと?」

   「ああ、本当さ。さ、ボクが連れて行ってあげよう……」


  薄暗い路地裏を、白は女に手を握られたまま進んでいく


   「ふふふ、デートの途中でいなくなったら、彼氏くんが傷つくよ?」

白「ほ、骨っ子はそんなんじゃ……っ」ワタワタ

   「あの子が大切なんだろう?」

白「……………うん……」







   「でも忘れたらいけないよ?お嬢さんにハ もッ ト  大切な カゾ クが  イルよ  ネ   ?」


白「………!!」

  女の様子がおかしいことを感じて、手を振り払おうとするが、相当な力で握られていて離れない。

白「痛……っ!」

   「オットゴメンヨ。力ヲ入レスギチャッタ」


白「離して!私、忘れてないっ忘れてないから!」

   「ソウ、ソレデイインダヨ。ダッテ君ハ……」


   「ボク達……」

         ―――ゴッ
   「ノ゙ォ………!!?」

  愉悦の笑みを浮かべた女の顔に、誰かの膝が突き刺さる


骨っ子「やっほー」

白「骨っ子…?どうしてここが……」

骨っ子「なんとなく、かなー」


骨っ子「あと、これはなんとなくじゃないけど、おねえさんモンスターでしょ?」

   「グ…ククク  ダッタラ……?」


骨っ子「出てって。この国から……」ザワ…ッ

   「……っ」

  女は少年の纏う雰囲気に気圧され、狼に睨まれているような錯覚に陥った



骨っ子「出て行かないなら力ずくで……」


   「………モウ帰ルカラソウイウノイイヨ」

骨っ子「え゙」

   「………オサワガセシタネ」


   「それじゃあ……ね?」チラッ

白「ひ……っ」ビクッ


  女は鋭い殺気収め、壁を蹴りながら跳躍し、逃走した。すぐに魔力を静めたため、追跡はおそらくできない



骨っ子「何だったんだろー」

  でも、戦わないならそれでいいかな

骨っ子「白ちゃんだいじょうぶ?」

白「うん……だ、だいじょうぶ……」ブルブル


  すごく震えてる……モンスターに出くわしたら、普通の女の子はこうなるよね

骨っ子「ごめんね。もうはぐれないようにするから」スッ

白「…………うん」ギュッ


  これからは、はぐれないように手をしっかりと握っていよう。


――――――――――


  さて、どこに行こうか。


骨っ子「あ、おばちゃん!おはよう!」

果物屋「おや、骨っ子ちゃんおはよう。かわいい彼女とデートかい?」

白「か、彼女じゃ…」

骨っ子「友達だよー」

白「友達……そう、友達…です……」シュン


果物屋「…………おやおや」ニヤニヤ



果物屋「そうだ、このリンゴを持っていきな」

骨っ子「いいの?昨日もリンゴ貰ったけど……」

果物屋「いいのさ。それに……」


果物屋(さっき何かあって、魔力を少し使ったんだろう?デートの途中で変化が解けないように精をつけときなさい)コソッ

骨っ子「おばちゃん……一体何者…?」

果物屋「これでも王家直属の部隊の家系さ。ふふ、女の子の頬を舐めても、おばちゃんをなめたらいけないよ?」


骨っ子「お、おばちゃん…っ」

白「あぅぅ……///」


――――――――――
――――――――


骨っ子「♪」シャクッ

白「♪」シャリッ


  リンゴを食べながら向かった場所は、市場から少し離れた位置にある丘の公園だった。

骨っ子「けぷー」

  どういうわけか力がみなぎる。とりあえずMPは回復したかな?

白「モグモグ…どうしてここに来たの?」

骨っ子「景色もいいからね!おさんぽには最高なんだ」

  実際はさっきの女を警戒して、辺りが見渡せる広い場所を選んだからなのだが、それは言わなくてもいいだろう。


白「ん?あれは……」

骨っ子「箱……?」


  その箱に近づくとガサゴソという音が聞こえ、何かしらの生き物がいるということは分かった。
 白がそろっと覗いてみれば……

白「きゃっ!?」


仔犬「へっへっへっへっ」

骨っ子「い、犬……!『オスです。可愛がってください』系の箱に入った、シベリアンハスキーの仔犬……!!」


白「かわいそうに………チョビ……」

骨っ子「待って!?名前付けるの早いよ!あとその名前は駄目な気がする!性別とかの意味で!」

  その前に、ここで仔犬……!?そんなのって……いろいろまずい


仔犬「わん、わぅん(安心してくだせぇ、旦那)」

骨っ子「!?」

仔犬「わっふわっふわんわんお!(あっしはマスコット枠を狙うつもりはありやせん)」



白「よしよし♪」ナデナデ

仔犬「わほっ、くーん(嬢ちゃん、もっと撫でてくんな)」ペロペロ

白「きゃっあははっ顔を舐めないでよ~」


仔犬「わん(ふむ。やはり幼女の弾力のあるもちもちの頬の味は格別と言わざるを得ない。
      子供であるがゆえのミルクのような風味に、大人になろうとする思春期の甘酸っぱさ。素晴らしいの一言だ)」ペロペロ

骨っ子「えいっ」ペリッ

  とりあえず白ちゃんに貼り付いている犬を剥がしておこう。

仔犬「わぉおん(何すんでい旦那)」


  ちなみに、僕はモンスターだから動物の言葉が分かる。獣人族なんかのハーフは、血の濃さで変わるらしいけど、
 この犬みたいに、可愛い見た目なのに中身がおっさんな奴とも出会うから、そこまでいいものではないと思う。



白「その子……どうしよう……」

  この国では基本的にペットを捨てることは禁止されている。
 僕が群れから捨てられた仔だから、カードのお兄さんがそういう風にしてくれたみたい。

  それでも、こうして捨てる人は後を絶たないんだけどね。

骨っ子「今日のところは、僕の家であずかるよ」

  明日になったら里親を探しに行こう。


仔犬「わんわんお?わんわぉぉぉおん(別に旦那が飼ってくれてもいいんですぜ?旦那からおいしそうな匂いがしますし)」

  まあ骨だからね。でも僕をかじったりしたら、お姉ちゃん達に料理されるよ?


 強火で

仔犬「わぅぅん!?」ゾクッ

  冗談だよ。生き物大好きだから大丈夫だと思うよ。たぶんね



白「…………あれ?」ゴソゴソ

骨っ子「どうしたの?」

白「家の鍵が無い……」サー

骨っ子「ええっ!?」

白「どっどこに落としたんだろう!?」ワタワタ


骨っ子「とりあえず来た道を戻ろう!」

白「………うん!」


  僕は左手で白ちゃんの手を握り、右手で仔犬を抱えて駆け出した。


――――――――――

  ~王都 ―市場―


骨っ子「どう?」

白「ううん。見つからない……」

骨っ子「あの路地裏かな…?」

白「い、行ってみよう?」




骨っ子「相変わらず薄暗いね」

  おまけにあの女の匂いも残ってる

白「う、うん……」ビクビク

骨っ子「怖くない?」

白「だ、大丈夫…………あ」



骨っ子「見つかった?」

白「う、ううん!何もっ!見間違いだった」ビクッ

骨っ子「んーじゃあやっぱり中央公園の方かなー。あ、こら暴れないでってば」

仔犬「わん(私としてはショタよりロリの胸に抱かれたいのだがね……)」

  果物屋のおばちゃんに話して、あずかってもらおうかなー。平均年齢53歳の従業員の人たちに可愛がってもらえるよ

仔犬「わわわん!?(そ、それだけは勘弁してくだせぇ!?)」


骨っ子「よーしじゃあ行こうか」テクテク

仔犬「わほぅ…(へい……旦那………)」


白「………………………」ゴソ…


――――――――――
――――――――
――――――


  ~王都 ―中央公園―



骨っ子「…………………何でいるの?」

   「ぶっちゃけそこまで体力無いんだよ僕」ゼハーゼハー

仔犬「わふふん!(何このねえちゃんめっさ美人!)」

   「ふふふ、お褒めに預かり光栄だよ」

  結構ふざけたことにもしっかり対応してくるほどには気のいい奴なんだろうけど、
 声が聞こえてるってことは、獣人族だとしたらモンスターの血が濃い証拠だ。更に警戒を強める。


骨っ子「君は何者だい?」

   「……ただのモンスターダヨ」ザザ…

  女はシルクハットのつばを持って深く被り、整った顔に影が差す。同時に魔力が波を立てる。



   「ソウイウ君ハ何者ダイ?君カラハ忌々シイ スカルケルベロス ノ匂イガスル……」

骨っ子「…………友達だよ。朝起きないから、僕が起こす役目をもらってるんだよ。ほっとくと昼まで寝ちゃうからあの子」

白「え………」

  とりあえず、嘘を吐いた僕に驚いた目を向けている白ちゃんを左手でかばうように構えたのはいいけど…

 ここからどうしよう……


骨っ子「白ちゃん、わんちゃんをお願い」

白「うぅ…」ギュゥゥ

仔犬「わんっ(うっひょ!薄いけれどもわずかにある柔らかさがたまらない!)」


骨っ子  チラッ

 <ワイワイ ガヤ ガヤ……


  爆発呪文《イオ》系は使ったらパニックになるよね



骨っ子「で、何が目的で来たの?」

   「フフフ、魔物ガ国ニ入ッテクルナンテ、一ツシカナイダロウ?」

  それはもちろん嫌って程分かる。魔王討伐後のここ数年で増えた事件、モンスターによる襲撃だ。

   「マッタク……コノ国ハ厄介ダヨ。スカルケルベロスノセイデ雑魚共ハ逃ゲルシ、君ミタイナ只者ジャナイ子供マデイル」


   「ホント………  厄 介   ダ   ヨ   」

  女が、常人なら息が詰まるほどの殺気を放った。現に白は呼吸が荒くなっている。

 僕も魔王戦を経験してなかったら、動けなくなっていたかも………


  骨っ子は白を背に隠しながら、重心を低く、深く、そして前に構える。

 こんな木の多い場所じゃあ首輪の力は使えないし、白ちゃんも危ない。そうなると―――――


   「武器モ無イノニ、肉弾戦カイ?」ズイッ

骨っ子「っ!?」

  驚いたのは女の顔が一瞬で目の前に迫ったからではなく、女が右手に何かを持っていたからだ。
 右の拳を振るうけれど、少年の身体のリーチでは簡単にかわされてしまう

  女は風を裂く音を鳴らしながら、それを突き出す。


            ―――ガキンッ

骨っ子「あぐぐ……っ」カチカチカチ

   「歯デ受ケ止メルナンテ、本当ニ厄介ナ子ダネ」ハァ

  あきれた。といった顔でため息を吐く女は、後ろ向きに跳躍して元の位置に納まった。

 その右手に持っている武器は―――


骨っ子「鋏……」

  理容師なんかが持っているような、細くて鋭い銀色の鋏だ。

   「フフフ、イカスダロウ?」

骨っ子「リーチは結構変わらないと思うけどなー」

  犬としての立場から言わせてもらえるなら、毛をカットしてくる鋏は結構嫌いだ。僕は骨しかないけど


   「コレハ趣味デ使ッテルカラネ。チョットズツチョットズツ皮膚ヲ裂イテイクノガ愉シインダ……
    狼ミタイニ兎ヲ一瞬デ仕留メタリナンカシタラ、モッタイナイダロウ?」

骨っ子「………悪趣味ー」

   「フフ、褒メ言葉」

          ―――ペロリ

  女は一連のやり取りを一段落させて、赤い液体が滴る 『左手』 の鋏を舐めた



骨っ子「二つ…!?」

   「君ノ血ハオイシイネ…」

白「骨っ子……み、右のほっぺが……」

骨っ子「っ!」

  言われて、ようやく頬の痛みに気づく。どうやら切れ味は相当鋭いらしい。


   「フゥン………コノ血中魔力ノ波長……ナルホドネ」

骨っ子「………?」


   「君、サッキケルベロスノ友達ッテ言ッタノ、嘘デショ」


   「君ガ スカルケルベロス…ダネ……」



白「……っ!?」

骨っ子「………………」


白「……骨っ子………本当なの……?」

骨っ子「………………」

白「何とか言ってよ………」

  おそらくおびえている白ちゃんの顔を見たくなくて、僕は無言で女を睨み続けた。


  モンスターの襲撃が激化した現在、魔物を恐れ、忌み嫌う人間は多い。
 この国の中でさえ、骨っ子を恐れる者がいるのだ。他のところではもっとモンスターの差別が始まっていることだろう
 他所から来た白も、同じような考え方に染まっているかもしれない。



白「そっか………」

  沈黙を是と取ったのか、そんな返事を返す。そして、

           ―――ギュッ……

骨っ子「え………」

  後ろから抱きしめるように手を伸びてきて、思わず女から目を離してしまった。


白「ん……」

骨っ子「ひょぇい!?」

  Tシャツの襟首を口で少しだけずらし、白は骨っ子の首筋にそっと唇をつける。
 冷たい雫がゾクリとした感覚と共に背中を駆け抜け、鳥肌が立った。


骨っ子「ちょっと白ちゃん!?何を……「ごめんね……」え…」


  首にほとんど唇を乗せたまま、もう一度ぼそりとつぶやく。

白「ごめんね」


         ―――ブチィッ
  次の瞬間には、僕の肩から肉が無くなって、代わりに血が噴水のようにでてた


骨っ子「え……あ………?」ブシュッ

白「…………」

  白ちゃんから突き放されて、僕はつんのめる。
 踏みとどまって顔を上げたら、迫ってきていた女の2本の鋏にのどを切り裂かれ、脚で刈るように延髄を蹴られた。

  僕はそのまま地面に這いつくばった。
 脳を揺らされて動けないや……魔王にあごを砕かれた時もこんなになったっけ……あ、僕脳無いじゃん



骨っ子「か……ひゅー……ひゅー」

  裂かれた傷から空気が漏れて、声にならない。それでも目の光はまだ消えていない

   「フフフ、オ得意ノ咆哮モデキナイネェ……」

骨っ子「フーッ……フーッ………!」

   「目ダケハ一丁前ニ鋭イヨウダネ」


 僕が見ていたのは女ではなく、白ちゃんのスカートの裾。そこから見える白くふさふさした尻尾を見ていた。
 いつものキャスケット帽は脱げていて、代わりにピンと立った犬耳が生えていた。

  つまりはそういうこと。


骨っ子「……っスハ……イ゙……ッ!」

  白ちゃんは獣人族だ。



   「ご明察。白は僕が送り込んだ獣人族の仔犬さ。人の血が濃いけど、潜入にはもってこいだろう?」

   「命令はケルベロスの咆哮結界を無効化すること。襲撃にはどうしても君の存在が邪魔だったんだ。
    それなのに、その子はちゃっかり彼氏まで作って遊んでたからね。お仕置きに来たんだけど………
    ちゃんと命令はこなしてたってわけだ。まあ、僕が手を下すことになっちゃったけどね」

白「…………っ」


  女の隣で白ちゃんがおびえた顔をしている。何に対して?きっと僕に対して。

 種族の持つ優劣はモンスターの血にインプットされている。決して抗えない鎖として。


  僕を殺そうとする理由はよく分かる。怖いからだ。血の中の野生には抗えない。



   「さて、行こうか白。僕らは君の咆哮結界の効果が切れる明朝を待って襲撃を開始する」

白「………はい」

   「君は喋れないし、血を流しすぎてる。フフフ、ここの茂みに隠された状態で、次の日の朝までもつかな?」


骨っ子「ヒュー………ヒュー……ヒュ……」

  女は白を抱えて、路地裏の時のように跳躍して去っていった。

骨っ子「……………」


  馬鹿だなぁ……生死を運に任せるなんて………賢者様だったら100%生存じゃん……

骨っ子「コフ……ッ」


  僕の記憶はそこで真っ暗になった

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それではまた来週


  暗闇の中で、緑とも白とも言えないぼんやりとした光が滲んでいる


  自分が一体どうなっているのか、どこにいるのか。
 そんなことは全く疑問に思わず、夢の中のように何もかもを受け入れていた。ここはそういう場所なんだと。


   僕は何をしていたんだっけ……?

  ふいに声が聞こえてくる。高めの声。変声期を越えていないであろう男の声。

  「……骨っ子。君は何をしたい?」


  どこかで聞いたことのある声。でも、それを判別することはできない。
 ただ、そういう声が聞こえるのだという事実を認識することだけしかできない。



   だ……れ………?

  真っ白になった意識の中で、数少ない疑問だけがシミを作る


  そして、声はこちらのシミを洗い流すことはせず、さらに続ける

  「君はどうしたい?」


   どう……って……何を?


  声の主は一切答えず、にっこりと笑みを返した。そんな気がした。

  でも、何も分からない。分からない。分からない。



  滲んでいた光はいよいよ淡くなり始め、黒色に侵される。

  すぐ近くにいると感じていた男の気配も薄くなり、代わりに別の人間が近くにいる気配が強くなる。


   あれ……?

  真っ黒に染まった景色に、再びぼやけた光が生まれる。

  そこで初めて気がついた。


   この闇は僕の目蓋だと


――――――――――
――――――――
――――――


  ~王城 ―骨っ子の部屋―


骨っ子「……ぅ………っ」ピクッ

カード「気がついたか?」

ウィップ「大丈夫骨っ子~?」

  お姉ちゃん達……ここは……?僕はそう聞こうとしたけれども

骨っ子「―――――――っ」

  のどに強い痛みが走って声が出ない



  どうして?

カード「お前は茂みで瀕死になってるところを発見された」

ウィップ「この子が吼えまくって~うるさいってやってきたお肉屋さんが見つけてくれたんだよ~」

仔犬「わふん!(へへっよしてくださいよ!)」


カード「MP切れで変身が解けたのが幸いしたな。骨に戻ったから、血が流れずにすんだらしい」

  でも、声が出ないよ?そう伝えようとする

ウィップ「?」


カード「声が出ない……か……?」

骨っ子「―――ッ――ァ」コクコク


カード「一応治療や回復呪文は一通りやったが……」

カード「のどの傷から、たぶん呪いをかけられてる。解呪しようにも、神父は今忙しいからな……」

ウィップ「うまく喋れないってのも不便だよね~というかなんか違和感~」

カード「まあ、俺達は最初から喋れる状態で出会ったからな。ゾンビ娘なら話せるのかもしれないが……」

ウィップ「どうにかして喋れない~?」


  えー。そんなこと言われても…………

骨っ子 デキルヨー


ウィップ「!?」

カード「久しぶりに聞いたなこの声……声?声かこれ?」

  どっちかって言うとテレパシーに近いかなー



  かつて賢者が唱えたパルプンテのせいで、骨っ子はこんな感じでしゃべれるようになっていた


カード「それで、何があったんだ?」

骨っ子 マチニ……ジュウジンゾクノオンナガ……


    ―――僕らは……明朝を待……襲撃を開……する

骨っ子「!」


  早く襲撃に備えないと……!明日の朝にはモンスターが…!



カード「それについては大丈夫だ」

  お兄さんの声が低くなる。これは…『王様』の声だ。
 王様はベッドから見える位置の窓に近づき、鍵を開ける


  カードは窓を開け放ち、高く昇った太陽の光が差し込んだ。


 窓枠に切り取られた城下町は
               ―――――あちこちから黒煙、怒号、咆哮、悲鳴が上がっていた


カード「―――――もう襲撃は始まってる」



  そんな………

カード「心配するな。別にこの国の防衛システムはお前の咆哮だけじゃない。軍の鍛錬も怠ってないしな」

ウィップ「オーディンと戦わせたあれか~」

カード「今じゃあ15人でオーディン倒せるレベルになったからな」

骨っ子 ヤリスギデショ


  おかげで軍の損害は少ないらしい

カード「襲撃されてるのは王都だけみたいだが、どうも襲撃者は全て獣人族みたいだ」

骨っ子「!」ビクッ

  ちょっと心臓が止まりかけた。今は骨だから心臓無いけど



ウィップ「人間に変化して、商人達に紛れて街の中心部まで侵入してきたから~結構被害がヤバイみたい~」

カード「兵が助けた通行人がモンスターに変化して…ってのもいくつか報告されてるな……」

骨っ子 ……………


  獣人族とはワーウルフ、オーク、ラミア等の人型モンスター、もしくは人間に変化したモンスターが
 人間が交わることで生まれた者達の総称である。
 特徴として、人間の知性・器用さ、獣の超感覚・身体能力、そして通常より長い寿命を持つ。

  それぞれの血の割合によって、通常状態での姿が変わってくる。
 たとえば白。彼女は魔物の血が少なめなので、耳と尻尾が生えている状態がノーマルだ。
  また、獣人族は魔物と人間、どちらの姿にも変化することが可能であり、
 人間状態のまま人のコミュニティーで隠れて暮らしていることも多い。


  しかし、『魔物=人に害をなす』という概念が深く根付いているせいで、恐怖や差別の対象にされやすい一族でもあるらしい



カード「一人捕まえて吐かせてみたが、どうやら普通の襲撃とは少し違うのかもしれない」


ウィップ「末端の人員みたいだったけど~なかなか口が堅くて苦労したよ~」

カード「俺は途中からそいつに同情せざるをえなかった……」ブルッ


骨っ子 イマノジョウキョウハ?

カード「各地で暴れて、それぞれに兵を割かねえといけねえから、兵力は結構分散してる」



カード「まあ……後は………」◇ ヒュッ

  カードが部屋の照明の辺りに札を一枚投げ、指を構えた

カード「【ウォータ】」パチンッ

           ―――バシャァ

  指を鳴らしたのを合図に札から魔方陣が展開し、その中心から水が渦を巻いて降り注ぐ

?「ぎゃっ!?」


カード「結構城の中に侵入してるやつがいる」

ウィップ「ちなみにこれ5人目~」


骨っ子「」



  水の塊をかぶって気を失っているのは、魔法で姿を消していた猫の獣人族だ。

猫娘「きゅ~」

  目がぐるぐるになってる。


カード「ぶっちゃけこの城の中も危ない。いや、俺達は問題ないが……このままだと使用人を巻き込むことになる」

ウィップ「このまま城を出て~最前線で戦ったほうが安全で、兵達の士気も上がるだろうしね~」

カード「それに、きっとお前ならこの襲撃のリーダーも分かるだろう。判別は任せる」


  ようは僕が目覚めるのを待っていたってことかな……

骨っ子 マカセトケ!



カード「後、ついでに姿を人間に変えておくぞ」◇【モシャス】

骨っ子「?」

カード「確認したらスケルトン族の獣人族もいるらしい。万が一の時の為に見た目を区別しとこう」

骨っ子「――――!」


  返事をしようとしたけど、のどが痛くて声はあんまり出したくかった。

ウィップ「のど痛めたらいけないから~あんまり無理しないようにね~」

骨っ子 ワカッタ!


カード「よし、行くぞ!」

骨っ子「………!」タタタタタ

ではではまた今度


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  怖い……

    何も怖くないよ。僕らがいる


  私、こんなことしたくない……

    いいや、君にはその力がある


  そんなの……私が欲しかったものじゃない!

    でも、実際にあるんだ。どうしようもない


  私……ただの子供なのに……っ!

    ただの子供?ハハッ笑わせないでよ



    君の爪は何の為にある?君の牙は何の為にある?君の耳は何の為にある?

    獲物に組み付き、肉を引き裂き、断末魔を聞くためのものだろう?


  違う……違う……私は……っ!

    ほら、自分の頭を抱えただけで、君の爪は皮膚を裂いた。自分すら傷つける生き物が何を言ってるの?

    ただの子供……そうだね。ただの子供だ。それも……




   「 モ ン ス タ ー の ね 」


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白「―――――――は……っ!」

白「………夢……?」


  飛び起きた反動でベッドが軋み、薄明るい静寂の部屋に音を放る。
 それもすぐに闇に吸い込まれて消えていく。荒い呼吸と、存在を主張する心臓だけが鼓膜を震わせている
 背中にかいた冷や汗が、服を貼り付かせて酷く不快だった。

白「…………」

  声を出そうとして、やめた。何を言っても、部屋の隅にできた黒色にかき消されてしまう。
 そのまま闇を見つめていると、自分まで吸い込まれてしまうような気がして、窓の外に目を向けた。

  薄い闇色を体現する空には、他者を寄せ付けない光が弱々しく輝いている。


           ―――あと少しで、夜が明ける




   「やあ、おはよう」

白「………おはようございます」

  どこからともなくあらわれた女に、挨拶を返す

   「君がモーニングコール無しで起きるなんて珍しいじゃない。そんなにはりきってるのかい?」

白「…………………」

   「ふふふ、まあいい。君が役目を果たしてくれるなら何も言わないさ」

白「………っ」


   「ごらん……朝日だ…………」

  女が指した窓の外を見ると、太陽が顔をのぞかせ、夜の暗闇を追いやっていた。
 命の輝きに先ほどまで見えていた淡い光がかき消されてしまっていた。隔てていたものは無くなった。


   「ふふふ、ようやく咆哮結界が解けた…………各地の同胞は配置についた頃だろう」

   「さあ、行こうか。僕らの姫よ……」スッ


白「はい………」

  差し出された手のひらに自らの手を預け、ベッドから降りる。
 チラリと見た部屋の闇は、いつの間にか消えていた。その代わり、傷とも汚れとも言えないシミが居座っていた


   「謡っておくれ。道化師への鎮魂歌を………」

――――――――――
――――――――
――――――



  ~王都 ―中央公園―


  白は二日前に骨っ子と遊んだ噴水の広場に立っていた。

  日はぐんぐんと昇り、早くも真上に来ようとしている。
 雲ひとつ無い晴天だというのに、あちこちから上がる黒煙のせいで煤けたような空しか見えない。


   「さ、ここでなら君の声が地平線まで届く」

  白の足元は噴水の水が浅く溜まっているタイル。そのタイルの上に幾何学模様の陣が広がっていた。

   「スカルケルベロスが使っている魔法陣と同じものだ。さあ……」


        ――――謡え。詠え。うたえ。吼え。叫え。


  役目を果たせ。そう言外に言う女の声を聞きながら、白は大きな樹の方を見つめていた。
 昨日、骨っ子を裏切り、肉を食いちぎり、声を奪った場所を。

  どこにも骨っ子の姿が見えないことを思うと、きっと救助されたのだろう。そう安堵した時、


          ―――パァン

   「はやく……」

白「あぅ………」

  頬を引っ叩かれた。骨っ子がマヨネーズを舐め取った方の頬を。
 口の中に血の味がする。それが骨っ子の血の味を思い出させて、一気に現実に引き戻された。


   「自分の中のモンスターの血を意識して。君のルーツとなったモンスターを……」

白(おかあさん………)

         ―――ザワザワ…ザワッ

   「そう。その調子。そのままイメージを強く……」

白(おじい……ちゃ……)


   「さあ――――――『吼えろ』」


  その日、守護の咆哮しか響かなかった大地に、狼の魔声が轟いた。


――――――――――
――――――――
――――――



       ―――――――――――――――――――ッッ!!!


  遠くから、いや、近くから聞こえる泣き声に、骨っ子は足を止めた。

骨っ子「……ぁ……っ!」

  声が出ないことも忘れて何かを叫ぶ。

    ああ、この声は……


      鬨の声


  心強き味方の存在を主張する勝ち鬨の声。

 『正義は我らにあり』とでも言わんばかりの圧を持つ声。まるで兵を率いる将のようだ。そう骨っ子は思った。



カード「ああ?どこかでモンスターが吼えてんのか?」

骨っ子「…………っ」ピクッ

ウィップ「骨っ子……?」


  自分で言っておいてなんだけど、兵を率いる将ってのはなかなかいい例えだったと思う


         ―――ワァァァァァァァァァァァァァ………

カード「何だ!?外壁のほうから……!?」


仮面の人物「陛下!」

カード「おいおい、陛下とかやめろよ。お前に呼ばれると違和感半端ねぇ」

仮面の人物「うっせぇ!他の兵もいるんだ、俺だってTPOくらい弁える!今決めた!」

ウィップ「何も言わずに斬りかかって来た頃を思えば成長かもね~」


仮面の人物「う、うるせえよ……っ」

カード「はっはっは。照れるな照れるな」ポンポン


仮面の人物「ええいっ頭をポンポンするな! それよりも緊急事態だ!」


    『付近の野良モンスターが一斉に襲撃を開始』

  僕が頭の中でその言葉を反芻するのと、仮面の人物が言うのはほぼ同時だった。

  声の主が放つ叫びが、モンスターを集結させている。



骨っ子「……っ!」

  僕は声の主の下に駆けた。魔力が音に乗って伝わってくるから、大元を探すのにそこまでの苦労は無い

ウィップ「骨っ子~?どこ行くの~」

  もちろん、お姉ちゃん達は置いてきた。


カード「おい!骨っ……」

仮面の人物「お前はこっちの対処!獣人族と違って、野良は兵士以外も無差別に攻撃してる!」

カード「チィッ……!」

  それを聞いて黙っていられるようなら、王ではない。カードはデッキから召喚符を数枚抜き出し、発動させた。



  【オーディン】【シヴァ】【イフリート】【マメ=ゴーレム】【バハムート】

  それぞれ色や大きさの違う魔方陣が展開され、五体の召喚獣が呼び出された。


カード「この街の中心から別方向に分かれ野良モンスターの討伐に行け!間違っても獣人族は殺すな!」

オーディン「相変わらず無理難題を与える主だな……」

ウィップ「君達なら出来るでしょ~?」

シヴァ「ウフフ、そうね」


仮面の人物「本当に化け物だよな(魔力量的な意味で)………今決めた」

カード「本当の化け物はもっとやべえよ」


ウィップ「でもさ~いくら召喚獣といえども~これだけの数だと見逃しも多いよね~」

カード「ああ、俺たちの仕事は、残りの掃除だ……!」

仮面の人物「了解!」


―――――――――
―――――――
―――――


  今の街の状況を完全に理解するものは、4匹だけ。

 1匹は上空から索敵を行うバハムート。彼は円形の街に群がる魔物の群れを見下ろす。

  お菓子に群がる蟻のように、モンスターが黒い点となってやってきている。


   それも『 全 方 位 』から………




  さて、この蟻が群がる街の状況を知る残りの3匹は何をしているのか……


  1匹は笑い、1匹は吼え続ける。そしてもう1匹は………

骨っ子「――――っ」


  声なく唸り、駆けていた。

本日の更新は以上です

何か地の文が多くなってきたな…キャラクターがアレなだけに仕方ないけど

骨っ子の骨しゃぶりたい

犬ってペ○スにも骨があったよな…

何で骨っ子がこんなことに……



  本当はずっと嫌な予感がしてどうしょうもない。
 白ちゃんに肩を噛み千切られたあの時感じた魔力。それも、骨三頭犬のボクでなければ分からないくらい弱い魔力。

 それが音になって響いていている。声の主が叫ぶは義の在り処。などではない。懇願と謝罪だ

骨っ子「……ぃお……ゃ……!」

  白ちゃん。声の出ないのどから無理やり搾り出すと、噴水広場が見えてきた。


  そこにいたのはあの女。そして……

骨っ子 シロ……チャン………?


  美しく妖艶な姿をした銀狼がいた。


  一度だけ本で見たことがある……白ちゃんと同じ綺麗な銀髪の狼。

  数々のモンスターを従え、時には人々からその美しさゆえに幻獣と呼ばれ崇められる存在。


骨っ子 フェンリル……


  鬨の声の主は号令を終えたのか、佇まいを正しこちらに向き直った。
 その瞳は妖しい赤色を、白と同じルビーのような深淵の赤をしていた。
 並のモンスターであれば、その深淵をのぞくだけで魅入られ、自ら従うことを選ぶのではないだろうか。

  銀狼は申し訳ないというような声音で一鳴きすると、目を伏せて俯いてしまった。


  間違いない。あれが白ちゃんだ。


   「やあ、やっぱり生きてたね」

骨っ子「………ッ!」

  ボクは白の傍で飼い主のように立つ女を精一杯睨み付けた。
 昔、この姿で睨んだ時、可愛いだけだと馬鹿にされたけど、今はどうだろう。ちゃんと威圧できてるかな

   「ははは、それで睨んでるつもりかい?むくれてる子供にしか見えないよ」

  むぅ……

   「路地裏で見せたあの殺気はどこに行ったのかな?」

骨っ子「――――――ッッ!!!」

  できることなら今すぐ叫んで、あなたが気絶するくらいの殺気を出したいよ。



   「まあ、できないことは知ってるけど。僕が声を潰したわけだし、君の種族の特性も覚えてるしね」


  女が言うには、ケルベロスとフェンリルは、どちらも『音』を武器にする種族だという。

 ケルベロスは音によって他を衰弱させ、拒絶する。
 フェンリルは音によって他を活性させ、許容する。

  音に感情を、時には殺気を乗せ、相手の内にするりと入り込み、内側から支配する。


   「だからこそ、声を封じられた君はただの子供さ」


  言われたことは全部正解。確かに、今は呪文も使えないからただの子供かもしれない。

  でも、だから何だって話だ。戦わない理由にはならない。重心を低くし、拳を構える。


   ボクだって オトコノコ なんだ


   「おや、本当にやる気なのかい?」

   もちろん。ボクは白ちゃんを止めに来た。それを邪魔するなら容赦はしないよ


   「………そう……じゃアこっちも遠慮は要ラナイね。白……『吼エロ』」


  女の命令に反応して、白がまた吼える。音に乗せた言葉は『集合せよ』


   「街ノ襲撃ヲサセテイタモンスター達ニ集合ヲカケタ」


   「タイムリミットハ15分位カナ?ハジメルナラ早クシタホウガイイヨ」

   そうだね…………あ、その前に一つだけ教えてくれる?

   「何ヲ?」

   白ちゃんのこと。おねえさんに無理やり従わされてるよね

   「ゴ明察。ヨクワカッタネ」

   犬は忠誠心が強いんだよ。嫌々従っていたら態度に出るもの

   「ユックリト調教シタカラネ。子供ハ覚エガ早クテ楽ダッタヨ」


  骨っ子は白の方を向くが、彼女の目はどこかに自我を置いてきたような虚ろな光を宿していた。


 何をされたのか、想像に難くない。



   「君モ同ジヨウニ調教ヲシテアゲヨウカ?」

   遠慮させてもらうよ

   「マアマアソウ言ワズ……アア、デモ………」


   「半殺シニシタ 後  デ ネ 」ズィッ

骨っ子「っ!」

  あの時と同じように、女は一瞬で距離を詰めた。両手には鋏が鈍く輝いている





         ―――ギャリリッ

  だからこそ、骨っ子も同じように鋏を歯で受け止めた。

   「ナ……ッ!?」

  女は頓狂な声を上げたが、それは歯で受け止められたからではなく、
 のどに突き出した鋏の片割れをわざと自らののどに突き刺して受け止めていたからだ


骨っ子「 ツカ  ま エ  た  」

   「――――――ッッ!!?」ゾワッ

  奪ったはずの声に乗せられていたのは、悦楽と憤怒、そして純粋な殺意。
 女は巨大な化け物の舌の上に乗せられているような錯覚に陥った。それは一時的なものであったが、次の行動を一瞬だけ遅らせる


  次の瞬間、僕は右拳を下から振り抜いていた。
 女が咄嗟に背中を反ったせいで鼻を掠めただけだったけど、代わりに女が被っていたシルクハットを弾き飛ばすことができた。


   「ウ、オ……」

  女は骨っ子から距離をとり、頭を押さえて呻く。



  その頭からは茶色の毛をした長い耳が2本生えていた。


  化け兎。それこそが女の正体だ

化け兎「ヨクモ……僕ノ忌マワシイ過去ノ象徴ヲ晒シテクレタネ……」

骨っ子「……………」

  よーく見てみれば、左側に生えている耳には半円型に欠けているところがあった。


化け兎「コレハ人間ニツケラレタ傷ダヨ……マッタク、酷イコトヲスルモノダネェ人間ハ」

骨っ子「ボクもそう思う」

化け兎「ナラドウシテ君ハ人間ノ味方ヲスル?何カノ恩返シカイ?」

骨っ子「それはあるかも。でも、違うよ」



骨っ子「ただ、楽なだけ」

化け兎「楽……?」

骨っ子「人間にとって『イイコ』であり続ければ、ひとまず苦労することは無いでしょ?」

化け兎「ッ…ダガッソンナモノ、タダノ……」


骨っ子「『卑怯者』?別にそう言ってもらってもいいよ」


骨っ子「おねえさんが『そう』じゃないならね」

化け兎「…………ッ!?」


           ――――グシャ



  気がついたら手が出ていた。
 兎の跳躍力を以って踏み込み、右手の鋏で骨っ子の左胸を切り裂いていた。

  だが、彼は痛みなど感じていないというように続ける

骨っ子「やっぱり『そう』なんだね」

化け兎「五月蝿イ……ッ!!」グリッ

骨っ子「……っ」

  突き刺さったままの鋏を捻ると、肋骨にゴリゴリ当たる振動が鋏を震わせる。ここでようやく骨っ子は反応を示した


骨っ子「あ、ぐ…さっき言ったでしょ、おねえさん……ボクらは声に感情を乗せるって………」

化け兎「黙レ」

骨っ子「それができるってつまり……他人の声に乗った感情も分かるってことだよね……?」

化け兎「黙レ、黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ、黙レ……ッ!!!」


  やめてくれ。『卑怯者』の心を見透かすな


骨っ子「おねえさんは……『イイコ』でいたかったんだね………」

化け兎「黙レ………ッ!!!」



  お前みたいなガキが、『あたし』を理解したような口を利くな……っ!!!


           ―――ヒュオッ

  声にならなかった怒りを乗せて鋏を振るった。突き刺した。抉った。はずだった。手ごたえが無かった

化け兎「………ッ!?」


  骨っ子の右目は真っ暗な空洞になっていた。

骨っ子「ようやく、本音を晒してくれたね。おねえさん」ニコッ

化け兎「ウ、ア……アアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

  嫌だ。怖い。助けてくれ。封じたはずの三つの感情が身体を支配して、両手に持った鋏を離させた。


           ―――メキメキメキ…

  体の中の魔力を、モンスターの血を暴走させる。モンスターの姿を取り戻し、目の前にいる少年を潰そうとした。


  しかし…

           ―――ド……ッ

化け兎「…え………」

  少年の姿が右にぶれた。反撃を恐れて目で追うと、移動していたのは自分のほうだったのだと理解した。

 横から、弾き飛ばされたのだ。右に向けた目をさらに下に向けると、銀色の塊が目に映った。


化け兎「あぐ……っ」ズシャァ



化け兎「…し……ろ………?」



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   「さあ――――――『吼えろ』」


  ごめんなさい。どうか、私の為に集まってください。
白「――――――――――――――――――――――――」


  私が声にのせたのは、そんな言葉だった。これから、野良を集めて襲撃させる。
 幼い私にも分かる。それは命をうばうことと一緒だって。

  泣きたくなる位悲しいけれど、私はこうしないといけない。そういう風に教育されたから。



   「よしよし、よくやったね」

  頭をなでられても、骨っ子にされた時みたいな嬉しさはない。
 なのに、ブリーダーの声には逆らえない。感情ののっていない、嘘の言葉なのに、逆らえない。


骨っ子「……ぃお……ゃ……!」

  突然呼ばれた名前に、身体がビクンと反応した。

骨っ子 シロ……チャン………?


  その懐疑の声を聞くと、気分が沈んだ。

白「くぅん………」

  魔方陣の刻まれたタイルの地面を見つめて、鳴くことしかできなかった


――――――――――――

  『吼エロ』

  また命令された。

  身体が勝手に従った。

  また、誰かが死ぬ。


  悲しい。辛い。そう思って、自分の感情を閉じた。それもまた、女に教え込まれた技だった。


  こうなってしまえば、何も感じなくなる。
 骨っ子が刺されようと、街の人が死のうと、野良モンスターが殺されようと、何も……


    ――助けてくれ

白「!」

  閉じたはずの感情の扉に、初めて聞いた『本当の声』が割り込んできた。

  気がついたら、身体が勝手に応えていた


―――――――――
―――――――
―――――


化け兎「…し……ろ………?」

  女は信じられないといった顔をして尻餅をついている。銀の狼もまた、自らの行動に対して驚きを隠せない様子だ

白「え……あ…わたっ私っ」


化け兎「くはははははははは……っ はははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

白「っ!?」ビクッ

化け兎「ッはァ……そうか……白、あんたもあたしを見限るのか………」

白「違っ私は……っ!」


          ―――メキメキメキッ

化け兎「もういいよ……好きに、生きなさい」ニッ



  笑顔の裏で魔力が膨れ上がり、それに比例して女の身体が異形の者に変わっていく。
 同時に、二匹の狼は最後の『本音』に乗せられた感情が少しずつ消えていくのを感じた。


白「な、何……これ………?」

骨っ子「……っ!」

  まずい、このままじゃあ……


骨っ子「『堕ちる』……!」



白「え、おちるってな……」

  白が言い切るよりも早く飛び出していく。もちろん、白の問いに答えている暇は無い。


骨っ子「させない……!【イオナ……】」


        ―――ミシミシ…ボキッ
骨っ子「ズ……?」

  骨っ子の身の丈ほどもある巨大な掌が横から直撃した。
 身体中の骨が軋み、砕ける音が連鎖して、呻くこともできぬまま薙ぎ払われた。



白「骨っ子!」


骨っ子「く……あ………」

  先ほど、化け兎の鋏を回避しようとして、変身を一部分だけ解いていたが、
 そこから少しずつ変身解除が拡がってしまったのは誤算だった。
 むき出しになった本体である骨に直接ダメージが通ってしまった。


骨っ子「う…痛……っ」

  立てない。からっぽになった目に白ちゃんが駆け寄ってくるのが映るけれど、それよりももっと見なきゃいけないものがある。


化け兎「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

  オーディンと比べても遜色無いほどの大きさになってしまっている。


骨っ子「………っ 白、ちゃん……」

白「ほ、骨っ子!あ、足が!?」

骨っ子「おかしな方向に曲がっ、てるのは知ってる……」

  変身も徐々に解けてきてるから、身体中折れた骨がむき出しになってるだろう。
 首の部分は無事なものの、変身が解けてオリハルコンの首輪がのぞいていた。


骨っ子「お願い……この首輪の模様の所に、魔力を流してくれない……?」グググ…

白「え!?わ、私魔法とか使えないよ!」

骨っ子「大、丈夫。声に……声に魔力が通ってるから……直せ…つ……」カシャン

白「骨っ子!?」

骨っ子「……お願い。骨折しすぎて、うまく魔力が……注げないんだ………」


  それにもう……意識が………


白「骨っ子、しっかりして骨っ子!」ペシペシポキリ

  あっちょっ叩くのやめて!肩外れちゃう!ていうか折れた!


骨っ子「………………」ぐったり……

白「ほ、骨っ子ぉ……」


  骨っ子はぐったりしたまま白が動くのを待った。既に変身は解け、骨の犬に戻っている。

  白は意を決したように息を軽く吸い込み、骨っ子の首筋に顔を近づけた。そして、

白「―――」


  あのときのように首輪にキスをして、唇をつけたまま呟いた。

 声に乗せた言葉は―――


白(助けて……っ!)










         【オリハルコンの首輪 ――解放】


  身体中の魔力が極大化し、肉体の容量を超えた。
 あふれ出る魔力は身体を急激に成長させ、種としての完全体へと導く。

  魔力の残滓が作り出した霧の中で、成体となった骨のケルベロスが唸る

  あちこちから聞こえる戦闘音を無視して、文字通り化け兎となった女の叫びにだけ集中する。


      ――――まだ、堕ちていない

  そう確信した時、周囲に足音が増えた。白が吼えてから15分が経過していた。


  彼は三つの口で息を吸い込みながら身を屈め、前足のバネを使って空を仰ぐ。さあ、唄おう。



骨っ子「「「グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」」」


  地平線にまで轟く拒絶の唄を。




      鬨の声《ウォークライ》


  手負いの獣が発すると言われる、孤狼が鬨の声。

 本来は他を遠ざける為だけに存在する叫びだが、この拒絶の声は、聞いただけで命を狩られるような威圧感を持っている。

  
白「…っっ!」

  同じ鬨の声を持つ者でさえ圧倒された。
 そんなものを全身に浴びてなお立ち向かえるモンスターなどいるのだろうか。いや、いない。


  その圧倒的な音圧によって霧は吹き飛ばされ、声の主はその姿を現した。


骨っ子「この姿は」「イッタイ」「なんねんぶりかな」

白「あわわわわわわわわ………」


  すぐそこまで来ていたモンスターたちは拒絶の覇気に当てられ気絶。中には絶命していたものもいる

 縄張りを荒らす者を容赦なく排除する。それが暴君、スカルケルベロスである。


骨っ子「「あ、白ちゃん大丈夫ー?」」ブー?

白「え、あ……うん!」

骨っ子「「よかった♪」」ター


  …………もう一度言う。それが暴君、スカルケルベロスである。



化け兎「ガァアッ!」

  巨大な兎はモンスターの屍骸を踏み散らし、凄まじい速さで距離を詰めて来る。
 今まで一瞬で目の前に移動してきたのも、兎の跳躍力あってのものなのだろう。

白「ひ……っ」

骨っ子「そういえば僕と同じ大きさの相手は」「はじめてだった」「ドウシタモンカナ」

白「ええ!?」


  軽口をたたきながら姿勢を低く構える。
 ふざけながら真面目に戦う、それがあの旅で得た戦闘スタイルだ。まだ賢者様のようにうまくはいかないけど


        ―――ガシャァッ

骨っ子「ぐぅ………っ」

  重い。ただ突進されただけなのに、その馬力は馬鹿みたいな数値をたたき出しているだろう。
 単純な攻撃力だけで言えば……

骨っ子「魔王以上…かも……」ギギギ



骨っ子「これをとめるのは」「骨が折れそうだ…ねッ」ピシッ

白「……物理的に………?」

  確かに今ので肋骨にヒビはいったけどさ……


白「そういえば骨っ子、何かいい匂いがするね……」ジュル…

骨っ子「今それをいってる場…「ちょっとまって、それおいしそうっていみで?」ミシミシ

白「うん!」


  なんて力強い返事だろうか……

骨っ子「あ――犬だも…」

化け兎「グギャァッ!!」ズンッ

骨っ子「――――――ッッ!?」ミシミシミシ…ッ


  ボキリ。膠着状態からさらに一歩踏み出され、胸部から嫌な音がした。

白「はわわっ!肋骨欠けちゃったよ骨っ子!」ワタワタ


  白は骨の欠片を両腕で抱いて、尻尾をパタパタと振っている。
 あまりにも振りすぎてスカートの裾がまくれてしまいそうになっているほどだ。

  骨っ子は三つ頭のうち、真ん中の一つを向け、可愛らしく目を輝かせている白を半眼(をしているつもり)で眺めた。


骨っ子「露骨に嬉しそうな顔しないでよー」

白「……………あ。ほ、骨だけに?」


  …………………。ゴキン。あ、また折れたー



白「ね、ねぇ。これ貰ってもいい?」ジュルリ…

  ご主人に血をせがまれていた賢者様の気持ちがちょっとわかった……


骨っ子「……………ベツニイイヨー」ミシミシ

  たとえ身体半分が吹き飛んだとしても、覚醒を解けばある程度までなら治るし。だから、


骨っ子「それもってちょっとはなれてて」「白ちゃんを気にかけながら戦うのは……キツい」

白「え…あっ ご、ごめん!」タタタタ…


  さて、待たせたね。


化け兎「グルルルルルルルルルル……」ギギ…

骨っ子「………スゥ……………」


  骨っ子は虚ろの肺腑に空気を送り込み、もう一度声を乗せて放つ。今度は彼女の内側に響くよう、一層強く。

化け兎「グァ………ア゙?」ビリビリ

  発せられた声に、まだ女の『心』が残っている。今なら、引き戻せる。


  だが、状況は変わらない。今は突進してきたときの体勢のまま組み付いて動きを封じてはいるが、
 力が拮抗している為、少しでも攻撃に手を回せば、致命的な隙になるだろう。
 つい先ほど吼えた隙に、また一歩踏み込まれてしまい、骨っ子は後ろにずり下がっていた。


骨っ子「ドウシタラ……ッ」


         ―――ジャララララララ……

骨っ子「!」

  吼えたときから開いたままだった口の中に魔力を集め、一番弱い爆発呪文《イオ》を唱える。
 口の中で小さな熱エネルギーが炸裂し、白い閃光が暗闇を呼び込み、爆発音が耳鳴りを生んだ。


化け兎「ギギャッ!?」

  彼女は後ろ向きによろけながら離れた。

  当然だ。目が見えないときに敵が近くにいたら、ボクだってそうする。


骨っ子「あくまで1対1の時だったら、の話だけど」



    「絞縛しろ、【絞鎖鞭・オレイカルコス】」

今日はお終い。おやすみなさい


         ―――ギィィィィィィィン

  光速の鎖が化け兎の首に絡み付き、捕縛された肉食獣のようになってしまった。

 鎖は一切の容赦なくギリギリと締め上げ、鎖自体が悲鳴を上げている。


ウィップ「^^」ゴゴゴゴゴ

仮面の人物「ウチらの骨っ子を傷つけるなんて~いい度胸してるね~……と言ってる」

カード「^^」ゴゴゴゴゴ

仮面の人物「持てる力の全てを以って潰してやろう……と言ってる」


骨っ子「マッテ!?」「あれ堕ちかけてるだけだから!」

カード「^^」

仮面の人物「何?……機嫌が悪いから止めてくれるな?いや、八つ当たりじゃねえか。絶対手出すなよ」


白「え、えっ……!?」オロオロ


カード「骨っ子………」

ウィップ「おねえちゃん達はね~」


カ・ウ「「ガールフレンドなんて許しませんぞ―――――!!!」」

  精一杯溜めに溜めて言い放ったことがこれである。しかも、化け兎が用意した魔法陣のせいで街中に響いていた。


骨っ子「」

白「」

仮面の人物「娘の結婚に反対する親バカすぎる父親かよ……もはやただのバカだ、今決めた」

  これがこの国の王である。

   まったく……ため息をついて頭を抱えたくなる。


骨っ子「い、いやいや!ボクと白ちゃんはそんなんじゃ……っ」///

白「そそそそうですよ!ただの友達…友達ですっ!」///

仮面の人物「諦めろ。もう街中に広まったから」

  おおぅ……なんてことだ………


化け兎「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

  拘束された化け兎が存在を主張するように暴れだした。

ウィップ「む~?」

カード「本当に堕ちかけなのか?完全に堕ちてないか?」


白「あ、あの……」

仮面の人物「ん?」


白「堕ちるって何ですか……?」


仮面の人物「なんだ、知らなかったのか!獣人族なのに?」ズイッ

白「あ、うぁ……わたっ私、まだ小さいから…何も知らなくてぇ……!」ビクビク

カード「やめろ。お前の仮面怖いんだよ」

仮面の人物「うるさいぞ」

白「ご、ごめんなさ…っ」

仮面の人物「………仮面変えよっかな……こればっかりは今決められない……」


カード「で、『堕ちる』が何か。だったな」

白「ごくり……」

カード「獣人族は知っての通り、獣の姿になれる。だが、精神までは獣にはならない。理性が残ってるからだ」


  その理性を捨て去った状態が『堕ちる』ということである。
 主にこの世に絶望しきった者、死に掛けた者が堕ちると言われている。

ウィップ「つまりは~精神的に弱ってるところを~魔物の血が乗っ取ってしまうってことだよ~」


  あの時の、女騎士のように……


仮面の人物「普通は子供でも知ってるんだがな……」

白「あ……私まだ小さかったから教えられなかったのかも………今も 2 才 だし……」


骨っ子 Σ(゜□゜;)!?



骨っ子「10才って言ってなかった!?」

白「見た目に合った年齢を言えって…化け兎さんが……」


ウィップ「成長早いね~」

カード「ま、犬は1才で成犬になるらしいし、遅いほうじゃないか?」

仮面の人物「24歳差か………犯罪だな、犬っころ」

骨っ子「ボクもまだ幼犬だからね!?」


化け兎「アアアアッ!!アアアアアアアアアアアアア!!!」ガシャガシャ

  こっちのことを忘れるなとでも言わんばかりに兎が叫ぶ。

ウィップ「も~大人しくしなさい~」キュッ

化け兎「キュッ!?」




ウィップ「このオレイカルコスは、カードが作ったウチの武器だよ~」

カード「その名の通り、絞めることに長けた鞭だ」


ウィップ「肉を引き千切ったり、絞め殺したりが得意です~どうぞよろしく~」ニコォ…

カード「今は縛るだけに止めておいてくれよ……?」

ウィップ「善処するよ~」

仮面の人物「その返事、不安要素しか残ってないぞ」


カード「だが実際、堕ちたやつを正気に戻すなんて聞いたことも無い」

仮面の人物「普通は殺処分が当たり前だからな。
      ―――でも、もう誰の命も失わせない って、陛下は言った」

  この国をひっくり返した時に誓った言葉だ。かつてこの手で葬った男の顔が脳裏をよぎる。

カード「―――ああ」

仮面の人物「あの時、その言葉を違えないと言ったから、俺は陛下に従う。そう決めた」

ウィップ「うふふ~もちろん違える気は~」


カード「 さらさらねぇよ 」


  4年前の反乱の日。民衆を率いたこの男は、本当に誰一人として犠牲者を出さなかった。

  『有言実行』

 それこそがカードの信念であり、王としての資質である。



  背中を撫で上げられるように鳥肌が立った。
 この感覚を心酔というのか、尊敬というのかは分からないが、思わず笑みがこぼれた。


仮面の人物「さあ、どうかご命令を」

  王の前に跪く騎士よろしく頭を垂れ、目の前にいる男の言葉を待つ。


    今決めた、最期まで見届けてやる。不殺の誓いを守って見せろ……!


カード「……よし、全員戦闘体勢をとれ。今からあいつを……






        ―――半殺しにする」

仮面の人物 Σ(゜□゜;)!?


ウィップ「よっしゃ~」

骨っ子「ぐるるるるるる!」

白「お、おー!」

  カードの号令に従い、3人が飛び出す。

仮面の人物「あっ! おい!」


  一番手はウィップ。鎖を左手の義手の力で引き、兎を無理やり噴水の中に薙ぎ倒す。
 倒れたところに骨っ子が飛び掛り、前足で化け兎の頭を思いっきり叩きつけた。

化け兎「カ………ッ」

骨っ子「「「グルルルルルルルルルルルルル……」」」


          ―――ガゴォッ

  しかし、そこで硝子が砕ける音と共に、骨っ子の右の頭をとてつもない衝撃が貫いた。

骨っ子「「「……ッ!?」」がぁ……ッ」カクン

  四つの目で確認すると、化け兎の拘束は解けていた。


ウィップ「ごめん骨っ子~内蔵魔力が切れた~」

  オレイカルコスはどんなものでも拘束できる代わりに、使用に制限がある

骨っ子「ウウゥ……」

白「骨っ子、大丈夫?」

骨っ子「一撃の威力が……」「エゲツネー」

  化け兎の蹴りをまともに食らい、ヒビの入った頭は、意識を失い項垂れている。

 だが、骨っ子は骨三頭犬。頭を一つ失ったところで…


骨っ子「問題ない!」【イオナズン】

  無数の爆発が化け兎を襲う!▼


化け兎「アアッ!ア゙ア゙ァ!!」ダッ

  拘束を解かれていた彼女は、くるりと向きを変え走り出した。

仮面の人物「ああ!?アイツ逃げるぞ!俺たちが標的じゃないのか!?」

骨っ子「チガウヨ」
白「違います!」


  既に意識のほとんどを侵されている彼女に、標的なんて無い。ただ暴れる。ただ壊す。それだけだ。


カード「どっちにしろ、街の方には行かせねえ!」コンッ


  魔導師の杖で噴水のタイルを穿つ。すると辺りに冷気が漂い始めた。

       ―――パキパキパキ…

化け兎「ア……?」ギギギ

  噴水に浸かっていた兎の体毛が凍り始め、身体の動きが鈍くなる。が、動けない訳ではない。
 化け兎は氷を砕きながら、無理やり進んでいく。その歩みは―――


ウィップ「遅いよ~」

化け兎「ッ!」

ウィップ「よいしょ~」ゴッ

  【義手解放】

  義手の力を使い、自らの守護属性の自然現象を起こす。地面に叩きつけた義手が張り付くほどタイルを冷やしていく。

ウィップ「後はよろしく~」


骨っ子「わぅ!」
カード「任せろ!」


  右前足を振り上げながら飛び掛る骨っ子の背に跨り、カードも化け兎の頭上に位置取る。

カード「骨っ子!【お手】!」

骨っ子「おらぁっ!」ヒュドッ

化け兎「グ……ッ」パキパキッ


  氷の体毛を砕きながら、兎を地に伏せさせる。起き上がらないように押さえつけ、雄叫びを上げた。

カード「よし。これで………」◇

  カードは氷のように冷たい地面に降り立ち、一枚の蒼い魔導符を取り出す

        ―――パキッ
カード「!」


化け兎「……ッ……ラァアア!!!」ボッ

  しまった…近づきすぎた……!

  自らの失態を内心で舌打つ。されど、しなりながら迫る兎の耳は回避のしようがない。
 この速度と彼女の攻撃力で衝突すれば、その威力はそこらの鞭どころの比ではない。冗談じゃなく消し飛ぶ。


カード「く………っ」

  せめてもの足掻き、防御の体勢をとる。その、次の瞬間―――


           ―――ゴワァァァァァァァァァァァァァァァァァン






仮面の人物「ああもうっ! 何考えてるかは知らないけど、少しは説明しろよ!」

  巨大な剣。オーディンの斬鉄剣を地面に突き刺し、盾にしている臣下がいた。

カード「お前……」


仮面の人物「不殺の誓いを立てときながら半殺しって……バカ!?」

ウィップ「殺してないならセーフ。ノーカンだよ~」

白「え、えぇー」


ウィップ「ふふっあの時とはメンバーが違うけど、久しぶりの5人パーティーだね~」

  5人でいる。ただそれだけなのに、絶対何とかなるという安心感がある。今なら、どんなことでもできそうだ。


化け兎「ガァァァァァァァァァァァァ!!!」バキバキバキ

  ふと、目の前にいる兎の姿が、どこか召喚士と女騎士の姿と重なって見えた。


カード「今度こそ、救ってやる……」◇

  カードはもう一度蒼い符を掲げた。


化け兎「―――――ッ!」パキパキ

白「!」

骨っ子「おにいさん早く!」グググ…

カード「ああ……【ウォタガ】!!」


  魔方陣から激流が放たれ、化け兎の身体をもう一度濡らす。

          ―――ピキピキピキ……

化け兎「!?」

  彼女が地面に触れている部分から凍っていく。


仮面の人物「濡れた手で氷を触ったら引っ付くアレか……」ブルッ

  口の中でなったら間違いなく口内炎になるアレである。


ウィップ「ふ~タイルを冷やして氷の代わりにするとか、夏なのに無茶するよね~」ベリッ

白「ヒッ」

ウィップ「あ~カモフラージュの人工皮膚が剥がれた~」


化け兎「……………」

仮面の人物「おいこれ……半殺しっていうか仮死状態にしてない…ませんか」

カード「似たようなもんだ。気にすんな」

仮面の人物「凍死するだろ!今決めた!」

カード「氷が溶けない、そして凍死しない状態で調節はする」


ウィップ「だから二人も頑張ってね~」

骨っ子「うん!」

白「は、はい!」


      ―――すぅ

骨っ子・白「「――――――――――――――っっ!!!」」


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  声に自分を乗せて辿りついたのは、鉛色の淀んだ世界、野性に侵された化け兎の精神世界だ。
 ボクはその中心に震えるうさ耳を見つけた。


化け兎「…………………」

骨っ子「やあ」


化け兎「……帰れ」


骨っ子「帰らないよ。おねえさんを救うまではね」

化け兎「救う?あたしは自分で堕ちたんだ。このまま何もかも壊して殺して、あたしも息絶える。それが望みだ」


骨っ子「そういうこと言わず…ん?ああ……うん。そういうことみたい……うん、任せて」

化け兎「何をぶつぶつ言って……」


骨っ子「あははっ」

  ボクは思わず笑ってしまった。心の世界は隠すものが無いから、思ったことを全部言っちゃう。

化け兎「ああ?笑ってんじゃねえよ!」


骨っ子「おねえさん、猫の皮が剥がれてるよ」

化け兎「!」

化け兎「そんなっ あたしは別に……っ!? な、何で……!?」

  彼女の口から、いままでの丁寧口調が全て無くなっていた。否、出来なくなっていた。
 それは本心しか言えないこの世界で、いままでのが嘘の顔だったということを如実に表している。


骨っ子「ボクはこっちのほうが好きだなー」

  あの口調は賢者様を思い出すし、嘘の言葉は気持ちが悪くなるから嫌いだったんだ。


化け兎「………そりゃどーも」

骨っ子「ふふっ そういう訳だから、『イイコ』のフリをしなくてもいいよ」

化け兎「……っ!?」


化け兎「お前……どこまで知ってる……!?」ガッ


  おねえさんがボクを押し倒し、首を絞めながら、ものすごく取り乱している。でも、それも仕方ない。

骨っ子「おねえさんの声に乗った感情から予想しただけなんだけど……たぶん外れてないと思う」

  自分の考えてることが読まれるなんて、気味が悪いだろうからね。
 ん?キミが悪い?うん、ボクが悪い。勝手にのぞいた訳だしね。


骨っ子「おねえさんは………」


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  黒煙と魔物の呻き声のせいでくすんで見えた空は黒い雨雲で覆われ、
 真上から照らす光を透過して鉛色になっている。どちらにせよくすんだように見えることに変わりない。

骨っ子「………」

白「………」


ウィップ「これは一雨来そうだね~」

カード「雨に降られるとこれの調整が面倒くさいんだがなぁ……あ、後ろ足の方の…そうそれ、少し氷を砕いてくれ」

仮面の人物「何だかんだ言って一呼吸ついた……つきましたね、陛下」

カード「ん?ああ……」

  そう言ったカードの顔は強張ったままだ。


仮面の人物「どうし……いかがしました、陛下」

カード「お前がどうした」

ウィップ「拡声の魔方陣の上にいるって気づいたからでしょ~?さっき皆の前では敬語を遣うって決めたもんね~」

カード「お前素直で律儀だよな」


仮面の人物「そんなことな……ありません」

カード「ま、悪いことじゃないしほっとくけどな。





                     さっき魔方陣潰しておいたがな」ボソッ


仮面の人物「で、何かきになることでもあるのか?陛下」

ウィップ「変わり身早いな~」


カード「………」

仮面の人物「どうした?」

カード「んー。何て言うか知らねえけど、何か 雑 だって思ってな」


ウィップ「この襲撃が~?」

仮面の人物「逆に入念な気もするぞ?潜入の方法や、兵力を分散させる配置もそうだし、
      地形上どうしても警備が薄くなる土地も調べ上げられてるし…」


カード「 だから 変なんだ 」

  声を一段階低くして王は言った。
 その低い声に呼応するようにして、岩を転がすような重低音が雲の上で鳴っていた。


カード「つかまえた獣人族から聞いた話じゃ、この兎がそれらの指示をしたんだろう。
    だいぶ時間をかけて調査したんだろうな。慎重すぎるほどだ」

仮面の人物「それが何か……」


カード「おかしいと思わないか?そんなに慎重なやつがどうして野良モンスターも使ってこの街を襲撃した?
    世界水準を超えた兵力を持ち、骨三頭犬が守護をする、この王都に」

ウィップ「!」


カード「襲撃をするにしても、今回の方法ならもっと簡単に落とせる国もあったはずだ。なのに、わざわざこの街を狙った」

仮面の人物「この国にしぼったとしても、他の街もある……」

ウィップ「襲撃の理由も、ここが王都だからってだけじゃ、なさそうだしね~何かの私怨~?」


カード「俺には、獣人族の背後に何かが潜んでいる気がする……」


カード「それも、この兎を操つれるほどの力を持った奴が」


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骨っ子「誰かに『飼われて』いたね?」

化け兎「……ッ」ギリッ

骨っ子「言うことを聞いているだけのほうが楽だもんね」


化け兎「だまれ……」

  首が絞められてのどが詰まる。

骨っ子「それでいいの?」

化け兎「黙ってくれ…っ お願いだから……」

  流れない涙の代わりに、彼女の言葉が降ってくる。ぽろぽろ、ぽろぽろ、零れてくる。


化け兎「お前も……『同じ』だって言ってたじゃないか……なのに…なのにどうして楽しそうに笑えるんだよ……!」

  のどが詰まる。
 絞められているからじゃなく、むき出しの感情に溺れそうだからだ。

 それでも息を吸い込み、言葉を紡いだ。


骨っ子「……楽って思ったのは嘘じゃないよ。でもね、ボク自身を受け入れてくれる場所を見つけたんだ」

  それはご主人とか、賢者様とか、おねえちゃんにおにいさんとか……


骨っ子「ボクが自分を殺さなくてもいい場所をくれる人たちに、ボクは何が返せるのか、ずっと………探してた」


  でも、あの日のご主人の言葉が……

    ―――「そばにいてくれるだけでいいんだよ……誰もいない200年は寂しい……」

骨っ子「ボクを救ってくれた。居場所を作ってくれた人に、ボクも居場所を作ること、それが恩返しなんだ」


骨っ子「だからボクは笑って、遊んで、みんなを笑顔にする。ボクの、ご主人の居場所を作るために」


化け兎「………そんなもの…あたしには無かった……拠り所なんて…一つも………!!」ギ…


化け兎「物心ついたときには既に飼われて!何をされても文句を言えず!理不尽に堪えるしかなかった……!」

化け兎「その結果がこれだよ……耳だけじゃないさ、左目も見えなくなってる……それに、一応女だからね……」


  彼女の吐露した感情が痛い。暴力的なまでの感情の量。彼女がいままで受けてきた理不尽や暴力の数と同じだけの。
 それはまるで水銀のように重く、纏わりついてくるようなドロドロの液体。
 その液体で満たされたプールの中に、骨っ子は沈んでいる。肺腑の奥まで満たされて、彼女の記憶の断片を見る。

  そこで見たのは、虫唾の走るような仕打ちの数々。今回の黒幕。襲撃の意図。そして………


骨っ子「……ッ―――ハッ」

化け兎「感情が読めるんだろ……?どうだったよ、あたしのは……」

骨っ子「ぅ…く………っ」


骨っ子「……っ 壮大な……自殺だね……」

化け兎「……………」

骨っ子「今回の襲撃は…っ場所の指定だけされてた…っ!でも、それは……!」


  もともと死ぬしかない任務だ


化け兎「もう、あたしは用済みってことさ。ついでに、少しでもこの国を疲弊させろってことだろうな」

骨っ子「そんな……わかったうえで……?」

化け兎「最期くらい派手にいきたかったんでな。どうせ…悲しむ奴なんかいないしさ……」




骨っ子「そんなことない………」


化け兎「あ?」


骨っ子「おねえさんには……悲しんでくれる子がいる………居場所が……ある……!」ギリッ

化け兎「ッ無いって言ってんだろ……!」


骨っ子「いじけて自分の足元ばっかり見てないでもっと周りを見てよ!!!」

化け兎「何が分かる……ッ」


化け兎「周りなんかあてにしても……っ!」

   ――――さ――!

化け兎「!」

骨っ子「ほら、居場所ならあるでしょ?」



化け兎「し……ろ………?」


白「兎さん……」

化け兎「う……ぁ………」


骨っ子「少なくともおねえさんは………」

化け兎「あ……あああ………」

  ボクの首を絞める手から、動揺が伝わ……動揺?いや、怯えてる…?


化け兎「やめろっ 来るな……っ!!!」

白「兎さ…っ」



  ぱちん。

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  しゃぼん玉が弾けるような、微かな音が響いた。

骨っ子「うわ……っ!」ドサッ
白「うぅ…っ」ドサッ

カード「骨っ子!」

ウィップ「何があったの~?」


骨っ子「んぅ……どうしよう……心を閉じられちゃった…!」

仮面の人物「それじゃあ呼びかけも……!」

骨っ子「使えなくなった!」

白「ね、ねえ、兎さんはどうなっちゃうの?」

「「「「………………」」」」


骨っ子「…心を閉ざしたってことは、意識が無いのと同じだから……その…」

カード「事実上、堕ちたってことになる」

白「そ、それじゃあ…!」


        ―――ピキピキピキッ

化け兎『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

  氷の監獄を砕いて飛び跳ねる茶色の毛並みの兎は、氷の削り粉で白く染まり、雪兎と化している。


カード「あいつがこの街を破壊し尽すか、俺たちがあいつを殺すか……だな」

白「そんなの……!駄目!」タッ

仮面の人物「バカ!近づいちゃ……!」


白「兎さん!」

化け兎「ア゙ァ……?」ギロッ

白「…っ も、元に戻って!話を聞い……」

           ―――ミシミシッ

白「て……?」

  気がついたら、兎さんはずいぶん遠くにいました。骨っ子も、遠くに……


骨っ子「白…ちゃん……?」

カード「ウィップ!あの子を頼む!」

ウィップ「言われずとも~」タッ

仮面の人物「一撃であそこまで吹き飛ばした……!?」

カード「くそっだから言ったのに……骨っ子!もう一度抑えるぞ!」

骨っ子「…………」「…………」

カード「骨っ子……?」


  イマ、アノウサギ……ナニヲシタ………?

           ―――ギギ…ギギギギ………

カード「骨っ子、冷静になれ! お前がキレても……!」

骨っ子「冷静だよ、ボクは。反抗期のガキみたいな大人に、ちょっとお灸を据えるだけだよ……」ザワッ


  骨っ子の纏う雰囲気が、いつものあたたかいものから、凍るように冷たいものに変貌した。
 ガチギレした賢者のような声だったと、後にカードは語った。

カード(そういやこいつ……こういう部分だけ賢者寄りなのわすれてた……!)


骨っ子「手加減できるか……」「シラナイケド……」ザリッ

仮面の人物「おい!駄目だ!【待て】!」

骨っ子「ヤダ」ダンッ

  骨っ子は化け兎目掛けて飛び掛った。


カード「どっちが反抗期だよ……!」


――――――――
――――――
――――


ウィップ「大丈夫~?」

白「あ、うぁ……だい…じょーぶです……っ」グググ…

ウィップ「見たところ血は流れてないけど、安静にしないと~」

白「大丈夫です…兎さんを止めないと……」ズリ…


     ―――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

  向こう側から、獣の咆哮が3つ重なって聞こえた。この声は…

白「骨っ子!?」バッ

  首を回して見た方向には、兎の頭を踏みつけ、何度も何度も地面に叩きつけている骨っ子の姿があった。


ウィップ「ガチギレしてるよあの子……」


  骨っ子が呪文を唱えた。威力【中】の爆発魔法イオラだ。
 連続で爆発する音が、すこし遅れてこちらにまで届く。
 そして、兎の上げる悲痛な叫び声もまた、少し遅れて、だんだんと小さくなっていくのが聞こえる。

ウィップ「ちょっと…加減を忘れてない~?あのままじゃ死んじゃうよ~」

白「!」

  怒りで我を忘れている骨っ子では、ありえない話ではない。
 そう判断した白は、すぐに骨っ子を止めるために骨っ子のところに行こうとした。


  あれ?

ウィップ「どうしたの~?」

白「う、嘘……」グググ

  あ、足が……


白「動かない……!」



ウィップ「………! ちょっとごめん、スカートめくるよ~?」

  白の着ていたワンピースの裾を腰の辺りまでたくし上げる。
 ふさふさの尻尾の少し上。腰の中心部分に、紫を通り越して黒っぽくなりつつある痣があった。

白「キャンッ」

ウィップ「あ、ごめんね~」

  恐る恐る触れてみると、ものすごく痛がった。
 ふと思いついて、白の太ももの内側をつねってみた。

白「あ、あの……」

ウィップ「痛くない?」

白「あ、はい…あんまり……」


  なんてこった……


ウィップ「下半身不随……」

白「え……?」

ウィップ「たぶん腰を強く打ったのが原因だろうね~」

白「そ、そんな……!」

  痛覚が、微かにではあるけどもあるってことは、一時的に鈍くなってるだけなんだろうけど……

ウィップ「しばらくは歩けないね……」

白「でも…っ 骨っ子を止めなきゃ……!」


         ―――バンバンバンッババババババババババンッ

白「!」

  音が連なって聞こえた。今度は威力【大】、イオナズンだ。
 全ての爆発を受けた兎は虫の息。生きているのかも怪しくなっていた。


  遠くで骨っ子が右前足を振り上げる。その足には膨大な魔力が渦巻いている。

 骨っ子が口を動かして、呪文を唱える。その口からあふれた言葉が視えた。



   【 イ オ グ ラ ン デ 】


  イオ系、最大の呪文。威力【極大】のイオグランデ。たぶん、塵も残らない。

  足に力を入れても、うまく動かない。今から走っても、間に合わない。
 吼えるしか能が無い私は、自分の弱さを嘆いた。


白「―――――――!!!」


  神様助けて……!!!











           ―――リィィィィィィィィィン


  さっきまで空の上でゴロゴロと鳴っていた雷が、骨っ子と、化け兎を貫くように落ちた。


  雷は骨っ子の首輪を掠めて魔術式をショートさせ、 骨っ子の意識を刈り取った。
 また、モンスターと化した化け兎の身体を焼き焦がし……そこから先は、閃光に隠れて見えなかった。

  雨のせいでずぶ濡れになっていた私達も、少なからず雷の影響を受けた。


  骨っ子を止めようと近くにいた2人は側撃雷で気を失い、
 私を抱えて走ろうとしていたお姉さんは意識はあるものの、しばらくは動けなくなっていた。

  私はというと、少しずつ少しずつ、意識が溶けていくような感じがしていました。
 たぶん、ゆっくりと意識を失うんだと思います。


  白は薄れていく意識の中で、ふと、どこかから鈴の音がしていたことを思い出した。


白(あ…れ……あの人………)



  目で探すと、一人の人物が骨っ子の近くで立っているのに気づいた。
 長い髪と、マフラーを風にたなびかせている綺麗な人でした。


  「………!」

  彼女?彼?の顔は雷の閃光で見えなくなってしまったけれど、見上げている白に気づいたのか、
 寝ている子供の傍で遊ぶ子供をたしなめる保母さんのように人差し指を唇にあてて、口を動かした。


  声にしてはいなかったけれど、白には視えた

  「 皆にはナイショだよ 」


  その人の顔は笑っている。そんな気がしました。

――――――――――
――――――――
――――――


  ~一ヵ月後


  王都にはいつもと変わらない朝がやってきていた。


骨っ子「コケッコッコー!」

白「ちょっと、それは違うんじゃないかな……」

骨っ子「咆哮結界ができればなんでもいいのっ!」

白「ううーん…いいのかな……」


 <ふざけんな――――――!!!

  城の方から、『本音』が聞こえてきた。

骨っ子「何があったんだろー」

白「行ってみよ、骨っ子」


―――――――――
―――――――
―――――


  ~王都 ―王城―


   「お前あたしの格好見て笑ったろ!!!」///

仮面の人物「わ、笑ってない。笑ってな…プフッ」ガクンガクン

   「現在進行形で笑ってんじゃねえか!!」///

カード「いやいや、よく似合って…ブハッ」

ウィップ「そうだよ~かわい…クフンッ」


   「何でだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


骨っ子「何の騒ぎー?」

白「な、何事ですかー?」

  
   「! 入ってくるな――――!!!」



  二人が部屋をのぞくと、顔を真っ赤にした化け兎がいた。―――――メイド姿の


骨っ子「…………」
白「…………」






骨っ子・白「「ブバ―――――――!!!」」

化け兎「笑うな―――――!!!」


骨っ子「お、おねえさん…うん。可愛いと思うよ…プッ」

白「そ、そこまで変じゃないよ兎さ…ンフッ」

化け兎「説得力ねえよ!!!ていうかなんであたしがメイド服を……!」///


カード「逆にテロ起こしといてそのくらいで済むことをありがたがれよ」

ウィップ「そうだよ~街のみんながやさしくてよかっフフウウフフフフフフフフゥッ」

化け兎「その国民がどうしてあたしがメイドになることで納得してんだよ!」

仮面の人物「まあ、今回は犠牲者もいないし?被害のあった民家とか店とかは襲撃した獣人族に復興させたし…ボフンッ」

カード「皆、この国をひっくり返す時についてきてくれた奴らだからな。気のいい連中だ」


カード「ケモ耳の国民が増えるって言ったら全員テンション上げまくったからな……」

化け兎「大丈夫かこの国!変態ばっかりじゃねえか!」


  まったくである。


化け兎「まあでも……あたしの仲間達を国民にしてくれたのは感謝してるよ……」

仮面の人物「何も無いけどな、あそこ」

  あの襲撃のあと、捕らえられた獣人族たちは丁重に扱われ、この王都の東に自治区を与えられた。


カード「新しく街を作る訳で、いろんな奴らに仕事も増えるしな。こっちとしてもありがたい」

ウィップ「テロリストたちを無罪にするのが正しい判断かどうかは分かれるところだけどね~」

骨っ子「ボクはよかったと思うよ。皆も反対してなかったし」

カード「それでも、首謀者であるお前に何の罰も科さないってのはどうかと思ってな……」ゴソッ


  カードは一枚のフリップを取り出した。

ウィップ「こっそり投票をしたんだよ~」

化け兎「!?


  『化け兎に何をさせるかの投票』

     法的な処置    5%
     メイドにする  90%
     [削除されました] 5%


化け兎「」


カード「ちなみに、選択肢の用意はしていない、回答自由な投票だからな」

化け兎「やっぱこの国滅べ!!」

  ごもっともです。


  ワーギャーワーワー

白「ふふっ」

  あの日から一月しか経っていないけれど、みんな笑って幸せそうにしている。

  私が目覚めた時、骨っ子は正気に戻っていて、皆も意識が回復していた。
 そして兎さんは………どういうわけか無傷でヒトの姿に戻っていました。焼け焦げたはずなのに、どうしてだろう……?


  カードさんは雷には浄化の力があるとかで、モンスターの部分が祓われたんじゃないかと言っていたけど、よく分からない。


  でも、こうして笑っていられるなら、どうでもいいかな……


仮面の人物「ははっははは!こんなに笑ったのはいつぶりかな…ふぅ……暑…」カポッ

  仮面を被った臣下は、おもむろに仮面を外した。


白「!」
骨っ子「!」
化け兎「!」

仮面の人物「……何固まってんだよ白骨化三人衆……俺だって暑かったら仮面くらい外すわ、今決めた」ニッ


骨っ子「ははは……」

白「怖いお面つけてるのに……素顔はそんなでも無いんですね…」

化け兎「というかこれといった特徴が無い……プッ」

仮面の人物「ああん!?何笑ってんだメイド服のくせに!」


         ハハハハハハハハ……笑ってんじゃねー!!! ハハハハハッ




骨っ子「今日も平和だなー」

白「そうだねー」

 気がつけば、ボクは白ちゃんの手を握っていた。

骨っ子「いつまでもこんな日が続けばいいねー」

白「うん……」ギュ…


  今日もこの国には笑いが絶えない。本当に、退屈しない毎日だ。



                           後日談 その1  『骨太な人生を』  了

骨っ子編終了。↓はおまけ



  骨っ子「あの……>>170さん……どうして前足を舐めてるの? あっ きゃははっ くすぐったいよー」

  骨っ子「ひゃわあっ!?」ゾワッ
  骨っ子「ひ、>>171さん!? どこを……あっ…ボ、ボク骨だからぁっ 何もでないよぉ……」ビクッビク

  骨っ子「あ……あっだめだよぅ…あ、ふわあああああああああああああああ!!?」



カード「……っ!!!」ガバッ


カード「………夢……か……」


カード「俺は何て夢を見てんだよ……」

  時刻は夜の1時。今日は早くから寝たせいか、どうにも二度寝する気分にはなれない。

カード「……すこし場内をうろつくか…」


――――――――――

カード「うー寒ぃー」ブルッ

  あの襲撃の日から半年、もう冬になっている。

カード「何かあったかい物でも飲んで仕事でもするか……ん?」

  廊下を曲がると、骨っ子の部屋の扉が少し開いていて、そこから光が漏れている。
 灯りを消し忘れて寝たのだろうか。そう思ったカードは扉に近づき、扉を開けようとしたが……




     んん…ぁっ


カード「」

  なんかギシギシ聞こえる。骨っ子の荒い息遣いが聞こえる。何故か白の声も聞こえる。


「白ちゃ……ハッ…ボクもう……っ」

「う、うん……うぁっ 私…も…!」


  きっとツイスターゲームでもしてるんだろうなー夜遅くまで遊んで悪い子達だなー
 あははー邪魔しちゃ悪いから俺は部屋に帰ろうかなー

           ―――ギィ……

  風で扉がさらに開いて、部屋の中がよく見える。そこでは骨っ子と白がベッドの上で―――――


カード「……っ!!」ガバッ


カード「また夢……?」

ウィップ「あ、起きた~」

カード「あ?何で昼なのに俺は寝てたんだ?」

ウィップ「覚えてないの~?骨っ子の報告を聞いて、倒れたんだよ~」

カード「え……と…報告って?」

  嫌な予感がする…


ウィップ「じゃ、もう一度お願い~」

骨っ子「う、うん……」



骨っ子・白「「赤ちゃんできました」」


カード「」

ウィップ「カード~?」

カード「さ……」




カード「先を越されたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


  王の叫びが城内に響き渡った、雪の降るとある一日の出来事。

  本日も平和なり。




               おまけ 終了

2週間ほど更新しません。次はゾンビ娘と賢者編です


  『舌の根の渇かぬうちに』なんて言うけれど、実際に舌が渇く感覚はすごく不快だ。

  嘘を『吐く』って書くけれど、唾と同じで、吐いた嘘は取り返しがつかない。

  嘘を吐けば吐くほど僕の唾液は枯渇して、舌が渇いていく。
 ひび割れてぎこちなくなる舌で言葉を紡げば、言ってることが二転三転する。

  僕の歩いてきた道は吐いた嘘で塗り固められ、途中から赤く、醜く汚れている。
 この道を作り続けることが、僕の罪であり、贖罪なのだろう。だから今日も、カラカラの舌で血の混じった唾を吐く。





   後日談 その2  『血痕』


  再会の花が散る季節。賢者とゾンビ娘は、戦場と化した朱実の街にいた。
 道端にはモンスターと衛兵の死体が無造作に転がっており、あちこちから火の手が上がっている。


賢者「魔王を倒しても、相変わらず魔物が人を襲う……いや、当たり前か」

  以前ケーキを食べたカフェの前で、賢者は冷たくなった女の子に黙祷を捧げた。


  また一人、救えなかった。

 自分の無力さを呪っている間にも、悲鳴があちこちから聞こえる。

ゾンビ娘「賢者様!」

賢者「うん」


  腰のに吊っているホルスターから銃を抜いて、魔力を込めながら悲鳴の元に走る。住人が襲われている。

 狙いをつけて引き金を引き、幼い女の子と母親らしき女性を襲っていたクァールの頭を打ち抜く。
 クァールは内容物を盛大にぶちまけながら絶命した。


「あ…ありがとう……」

ゾンビ娘「お礼なんかいいです!はやく避難所に!」

  震えた女性を逃がし、二人はまた駆け回った。


賢者「街にモンスターが侵入するなんて、どうなってるんだ……?」

  通常、街や村なんかは、魔物が忌避する聖水が流れる水路で囲んでいる為、野生の魔物は侵入できない。
 それなのにモンスターは水路を悠々と越え、全方位から襲撃をしている。


ゾンビ娘「何でもいいです!今は住民の救出を優先しましょう!」

賢者「わかってるよ!」―【激流弾】―


  目に付いたモンスターを片っ端から討伐し救助して回ってはいるが、街が広すぎて全域をカバーできない。

賢者「くそ……っ!先にアイツ等を潰せればよかった……!」

  賢者は珍しく悪態を付き、ひたすら魔物を撃ち続けた。


  ―――――  二人がここにやってきた経緯は、再会の日にまで遡る



―――――――――
―――――――
―――――


ゾンビ娘「~~~~~っっ!!!」ギュゥゥ

賢者「お……ご…………」ミシミシ

  泣きやんだ彼女は賢者に抱きついている。軋むほどに、強く。
 それどころか、幾度となく噛み付いた賢者の首筋に顔を埋め、賢者の匂いを貪り始める始末だ


賢者「ふぉっ!? ちょっと、それすっごい恥ずかしいんだけど!」

ゾンビ娘「知りませんよ!だって80年ぶりなんですもん!」

賢者「暴走しないで落ち着いて!」ワタワタ


  彼女の目は、ゾンビ時の捕食の目。ネコのような目になっている。やばい、喰われる(物理的に)


賢者「待って!?小さい男の子も見てるから!」

ゾンビ娘「え?」


少年「旅人のお姉ちゃん……無事なのはいいけど、こんなところでエキサイトしないでよ…」

ゾンビ娘「ええ?」

賢者「すこし周りを見てみようか……」ハァ…


 <ザワザワ  まったく、最近の若い子はお盛んねー   ザワ……ザワ……

ゾンビ娘「………………」


ゾンビ娘「~~~~~~っ!」///

  とりあえず街中でR-18.Gの惨状を広げるのは阻止できたようだ

ゾンビ娘「はわわわわわわわ///」ワタワタ


少年「続きするなら場所を貸すよ?」ドキドキ

賢者「なんでこんな子供が続きとか理解してるのかを親に問い詰めたいところだけど、
   今は一刻も早くこの場を離れたいから案内お願い」

少年「まかせて!」


――――――――――
――――――――
――――――


  ―大衆食堂―


店長「いらっしゃいまほー お!?どうした孫よ!美女二人を連れてくるってどういうことじゃ!?」

賢者「あ、僕は男ですから」


  ここの子だったのか。客がいるのに、隣室で夜の営みをはじめるあの夫婦の子孫なら、こんな子でも不思議じゃないな


少年「お客連れてきた!」

賢者「なかなかしっかりしてるね、君。まあいいや、オーダーお願いします」

店長「はいはいー」

賢者「シチューを鍋ごとお願いします」

店長「あいよー 鍋!?」


       ―――グゥ~

ゾンビ娘「~~~~っ///」


――――――――――
――――――――
――――――


ゾンビ娘「けぷー」ツヤツヤ

店長「ものの5分で平らげおった……」

賢者「ほぼ『飲んだ』けどね……。あ、すみませんが、少しの間どこかの部屋を貸してもらえませんか?それと人払いも」


店長「構わないが……何か人に聞かれたくない話かね?」

賢者「ええ」

ゾンビ娘「難しい話は勘弁です」

賢者「えぇー」


  すぐに部屋に案内された。昔店主に泊めてもらったときの客室だ。


  とりあえず部屋を見渡してみる。

 店長が置いていったお菓子とカル○ス。それをはさむようにして僕らが座っている。
 そしてドアの向こうで聞き耳を立てている少年と店長。

 『娘が彼氏を連れてきた土曜日の実家』のような配置が見事に完成している。


ゾンビ娘「うまうま♪」

  当の娘は、一口チョコレートを何個も頬張っている。

賢者「あんまり食べると太るよ」【結界呪文】

ゾンビ娘「はうっ!」ガーン

  背中に残った【再生】の刻印が発動し続けている為、太ることは無いのだが黙っていよう。

 しかし、そのせいで彼女の姿は80年前と変わっていない。


賢者「………………」

  ジュースでのどを潤しながら、その艶のある黒髪をじっと見ていると、ゾンビ娘と目が合った。
 今にして思えば、彼女の顔をまじまじと見たのは80年ぶりだろうか。しばらく二人は見つめ合っていた。


ゾンビ娘「…………」

  まだ見つめる

ゾンビ娘「…………///」

  まだ

ゾンビ娘「///」モジモジ

  まだまだまだ

ゾンビ娘「///」プシュー

賢者「さ、本題に入ろうか」

ゾンビ娘「今、私で遊びましたね!?」///

賢者「ははは、さあ?」


ゾンビ娘「むぅ…」ムスー

  すねた。ほっぺをリスみたいに膨らませてそっぽを向かれてしまった。


賢者 ソロ~

         ―――ぷにっ

ゾンビ娘「ぷふぅ! って何するんですか!」

賢者(やっぱりゾンビ娘をからかうのは楽しいなー)プニプニ


ゾンビ娘「というか何で継続してプニプニしてるんですか」

賢者「なんかハマった」プニプニ



ゾンビ娘「他につつくところは無いんですか」

賢者「このぷにぷにの感触はほっぺだけだもん。後は……」チラッ「………駄目だし?」


ゾンビ娘「今一瞬どこを見て駄目って言いました?セクハラって意味で駄目ってことですよね?」


賢者「だってぷにぷにもむにむにもしないじゃん」


           ―――ゴスッ ガッゴッ……
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――


    しばらくお待ちください


――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――


賢者「ねぇ、魔王城の谷でのこと、覚えてる?」ボロッ

ゾンビ娘「………忘れられませんよ。もうゾンビじゃないので脳も腐ってませんし」


  80年前、私達は魔王の討伐に成功し、私は人間に戻りました。
 しかし、主を失った城は、後を追うようにして崩壊を始めたのです。

  もちろん私達は脱出を試みたのですが、私が衰弱していた為に、賢者様と二人で取り残されてしまいました。


  このままでは崩落に巻き込まれて二人とも死んでしまう。
 そう判断した私は、自分を犠牲にして賢者様を生かそうとしました。

  パーティーの一人だったカード君が作ってくれたオリハルコンのダガーナイフ。
 これを自分の心臓に突き刺すと、血液内の魔力を暴走させて爆発的な身体能力を得ることができます。
 その能力を使えば、賢者様を抱えて対岸まで跳ぶ事だって可能なのです。

  その代わり、衰弱しきっていた私の身体は暴走する魔力に耐えられなくて死んでしまうはずでした。


  ですが、賢者様はそれをさせてはくれません。結果私は生き残り、賢者様は瓦礫の下敷きになりました。


  私がダガーを心臓に刺そうとした時、賢者様は刃を手で握って止めてしまいました。
 それはもちろん私だって抵抗しました。文句も言いました。


  でも、賢者様が私の口を―――――


ゾンビ娘「~~~っっ///」

ゾンビ娘(いらんこと思い出しました……!!)


賢者「どうしたの?」

ゾンビ娘「な、なんでもないですっそれより続きを!」///


賢者「? じゃあ続けるけど………僕は瓦礫の下敷きにはなったけど、運よく生きていたんだ」

ゾンビ娘「ゴキブリ並みの生命力ですね」

賢者「『運よく』。ここ重要」

ゾンビ娘「いつもの運のよさ999ですか……」


賢者「それで………」


  結論を言う前に、一呼吸おいて整理する。いくつか、隠しておかなきゃいけないこともある。

賢者「……生き残ったのはいいけど、色々あって致命傷を負ってね、そのまま死んじゃった」

ゾンビ娘「え!?」


賢者「色々あったよ。―――色々ね」

  そう言って、もう一度口の中を潤す。別に勿体ぶってるわけじゃない。
 ただ、嘘を吐こうとすると舌がカラカラに渇いて、張り付くような錯覚に陥るからだ。

  グラスにつけていた唇を離し、賢者はまた彼女の顔を見つめた。いや、見惚れた。

ゾンビ娘「?  私の顔に何かついてますか?」ゴシゴシ

  たとえ歳を取らなくとも、外見が変わらなくとも、80年という時間は人を変化させる。彼女の顔も、どこか大人びて見えた。


賢者「………綺麗になったね」

ゾンビ娘「ふぇ?―――あ……」

  短い髪からのぞく耳が、熟れた苺のように赤くなっていく。


  80年前は巫女装束だった彼女も、今では何かの花をあしらった着物と袴、そしてブーツ。いわゆる…

賢者「ハイカラさんだね」

ゾンビ娘「私の故郷でこ、こういうのが流行ってたので…っ そういう賢者様も色々かわっ変わりましたね!」///

賢者「ん?僕が?」

ゾンビ娘「その……マフラーとかです」///


  賢者の首には、一人で巻くには長すぎる布がマフラーのように巻かれていた。
 2重に巻いても余るようで、両端を体の前後に垂らしている。

賢者「ああ、これか。これについても話さなきゃね……」


  首に巻かれた布に刻まれた、朧月のような黒白の模様を指先で撫でつつ、彼は語り始めた。
 黒竜との戦いを。導かれるようにして座った、真っ赤に染めた玉座での最期を。

 そして、それからのことを……

―――――――――
―――――――
―――――


  サワサワ、サワサワ、草花がじゃれあう音がする。サラサラ、サラサラ、川が流れる音がする。
 直前まで聞こえていた鈴の音は、いつの間にか目蓋の闇に溶けていた。

  目を開けても、それは同じ。黒色しか見えない。というかこれは…

         ―――もにっ

  額の上に何かが乗っている。
 冷たくて、柔らかい……何コレ。

賢者「ん…ぅ……」

  「ピギー」コロリン

  寝ていた状態を起こすと、何かは膝の上に転がり落ちた。雫の形の輪郭のモンスター。
 だが、色がおかしい。全身真っ黒で目すら無い。黒色が影を飲み込んでしまっているせいで、ハリボテのようだ。


賢者「…………」ツンツン

  「ピッピギー…」モニモニ

  何故か既視感がすごい。


賢者「君、どこかで会ったっけ?」

  「ピギー?」グググ…

賢者「それは首を傾げてるの?それとも体を傾けてるの?」

  「ピギー!」コロリン

  だめだこりゃ。どこかで会ったような気もするんだけど、思い出せない。


     召喚士……絵……部屋……ムチ……


賢者「あ、思い出さないほうがよさそうだこれ」

  「プーギー?」


賢者「んんー…!」ノビー

  立ち上がって、体をほぐす。
 辺り一面は草原。そこに、どこまでも続く一本の川が流れていて、草原を分断している。

  向こう岸とこちらの草原での差異といえば、こちらには赤いリボンみたいな花がたくさん咲いていることくらいだろうか。

賢者「ここは一体……」


男「あの世ってやつさ」

  振り返れば、見知った顔がそこにあった。

賢者「勇者……そうか、僕は死んだんだっけ……」

勇者「ああ」


賢者「それで、僕はどうなる。もうあちら側には戻れないんだろう?」

勇者「………賢者、お前に会わせたい奴がいる」

  「ピキッ!」ピョンピョン

  スライムが跳ねてどこかに行こうとしている


賢者「あ、ちょっと…」

勇者「着いて行け」

賢者「え…」

勇者「行け」


  スライムについて行くと、先ほどまでは何もいなかったはずの場所に、一人の女が立っていた。

女「ふふ、ご苦労様です」ナデナデ

  「ピギ~」スリスリ

  羽衣を羽織った美しい女だった。
 若干ウェーブのかかった長い金髪に、陶磁器のように白くて肌理の細かい肌。
 やわらかい微笑を浮かべる均整の取れた顔立ちと、バランスのよい四肢。

  賢者は一目見ただけで、この女が何者かが分かった。


賢者「というよりも想像通りすぎる」

勇者「そんなものさ、『女神』ってのは」


  女神。勇者はそう言った。賢者自身もそうだと確信を持っているため、特に反論は無いのだが、

女神「うふふ、ぷにぷにしててかわいらしい。『ぜりぃ』みたいで美味しそうですねぇ」

  「ピギー///」

賢者「本当にこれが女神……?ゼリーとか言ってるし…」

勇者「まあ、何回か現世に降臨して、ケーキ屋巡りしてるくらいだし」

賢者「!?」


女神「だって……『けぇき』なるものが大変甘くておいしゅうございましたから……」

賢者「この女神、俗にまみれてない?」

女神「神は仏ではないので、俗にまみれていても不思議ではありませんよ」

  実際、龍の国に伝わる神様とかなんて、酒呑んで馬鹿騒ぎするわ、家の前で脱糞するわ、
 挙句の果てに引きこもったりなんかするし、何でもかんでもやりたい放題である。


女神「神様は自由気ままに何をして遊んでもいいんですよ」

賢者「こんなのが勇者の雷を司ってるなんて頭抱えたくなる……」


勇者「まあ、そう言うなって」【ライデイン】

          ―――ズドォォォォォォォォォォン



女神「………けほっ」プスプス…

勇者「女神の雷とか言いつつ、自分もきっちりダメージ入るんだこれが」


賢者「何このまるで駄目な女神」

女神「名のある刀匠であっても、自らの打った刀で切られたら死ぬでしょう。それと同じですよ」


  わかりやすいような、何か違うような……


賢者「それよりも、色々と聞きたいことがあるんだけど」

勇者「神の御前だというのに、タメ口とは恐れ入った」

女神「あなたの言えたことではありませんよ。それで、何を知りたいのですか?」

賢者「何もかも。でもとりあえずはその子について教えて欲しいかな」

  「ピギー?」コロリン

  僕?とでも言いたげに首を傾げ…ようとしてスライムが転がる。
 女神はそのスライムを赤子を抱くように抱え、口を開いた。


女神「そう……ですね、言いにくいのですが、結論を先に言ってしまえば……



                   この子は『魔王』です」


賢者「……っ!」

  この女神、今とんでもないことを口にしなかった……?

  賢者が目を剥いていると、女神がさらに続けた。


女神「もっと正確に言うならば、新しい魔王の魂です」

賢者「新しい…?」

女神「――――あなたの、対になる存在であり、終になる魔王です」


―――――――――
―――――――
―――――


  曰く、魔王と勇者は対になって生まれてくるという。
 片方が存在すれば、もう片方が存在する。いなくなれば、また対になって生まれてくる。ある意味では双子のような生命。

  勇者の魂は魔王の魂を狙い、魔王の魂もまた勇者を狙う。

  それが勇者の、魔王の在るべき姿。


女神「どうしてこのような体系が出来てしまったのか、私には全く検討もつきません。
   なにせ、私がこの世界で唯一の神になった時から、既にその体系が完成されていましたから……」

賢者「じゃあ、僕が生まれたのは……あの魔王の魂が生きていたから……?」

  僕が倒した魔王は、各地にバックアップを残していた。
 女神の説明からすれば、勇者が死んだ後、それが作用して僕が生まれたことになるのでは…?


女神「いいえ、貴方が倒したのは先代の勇者と対になる魔王。先ほども言ったように、あなたの対になる魔王はこの子なのです」

魔王「…zzZ」


女神「片割れが消えたのならば、しばらくした後に新しい魔王と勇者が一人ずつ生まれます」

  しばらくした後、つまり片割れの後を追ったのちに、ということだろう。

賢者「でも待って。それじゃあどうして僕はあの魔王…先代の勇者の片割れと戦うはめに?」

女神「それは……詳しいことは何もわかりません。
   ですが、魔王が魂を現世に残していたために、体系に乱れが生じたのやもしれません」

賢者「乱れ…?」

  賢者が聞き返すと、勇者が横から口を挟んだ


勇者「いわゆる『喰い違い《バグ》』ってことさ」

  勇者の方を向けば、説明の間暇だったのか、そこら辺に生えている草花を弄んでいた。


勇者「魔王の魂は生き残った。しかし、表面上は『封印』っていう形になって、だ」

勇者「その結果、世界の体系には『存在するが存在しない者』として認識され、矛盾が生じた……」


  少しだけ、彼は間をおいた。弄んでいた草はくたびれ、ついに千切れた。
 千切れた草は勇者の手を離れ、風に流され、小川に吸い寄せられて、沈んでいく。

勇者「その200年後にお前が創られ、生まれた。対になる魔王も、もちろん体系に則って創られた。けれど――」



女神「――同じ世界に、同じ存在は2人も存在できません。
    この子の魂は創られこそすれ、生み落とされることは ―――無かったのです」


  その言葉を聞いた途端、女神の胸で眠りこける魔王の魂が、どこか平面的で重さが無いように感じた。
 それこそ、水面に吸い寄せられた草の重さよりも、軽く。


賢者「で、でも…魔王はもう倒したし……」

女神「片割れが既に死んだ世界では、死んだも同じ。意味が無いのです」

賢者「……………」

  分かりきっていたことだ。それでも、生まれる前に死んでしまうのは、どうしようもなく悲しい。
 草花が種を落とすも、芽が出ず、そのまま風化するような、流れに背く事態はとてつもなく気分が悪い。

  どうしてここまで気分が悪いのか。僕の片割れだからじゃない。僕個人の理由だ。別に人に語るべきことでもない、理由。


  だから僕は……

女神「そこで、貴方には甦ってもらいます」

  どうしようもない現実に……はい?

賢者「今、何て?」


女神「貴方には、更に生きてもらいます」ニッコリ


賢者「蘇生…できるの……?」

勇者「曲がりなりにも神だし、蘇生だけなら楽勝だ」

女神「一言余計ですよ。―――まあ、いくつか条件はありますが」

  そう言って、彼女はゆっくりと歩を進める。賢者との距離は5Mも離れてはいない。


女神「一つ目の条件です」スッ

魔王「…zzZ」

  黒い塊が差し出され、あまりにも優雅なその動作に心を奪われている間に、


         ―――トプン…

  魔王の魂が、賢者の胸に沈んだ。


賢者「……――ハッ  な、何を…っ!」

  そこでようやく正気に戻った。胸に手を当てて探るも、そこにはいつもの胸板があるだけ。


女神「はい。これで貴方の魂は、魔王と一体化しました」

賢者「………」

  開いた口が塞がらない。揶揄じゃなく、実際に。

女神「第一の条件は、『魔王と勇者。その両方の存在になること』です」


賢者「何の目的でそんな……」

勇者「この世界の、勇者と魔王の体系を無効化するためだ」

  またもや勇者が横から話に加わった。

  待て、その手に持った花冠は何だ。女神に話を奪われてから暇すぎて遊んでただろ。


勇者「魔王の魂を、勇者の魂で浄化する。俺が子供の頃に読んだ小説にでも出てきそうなくらい、ありきたりな理由さ」

  魔王の魂は、悪意の塊。勇者の魂は、善意の塊。
 つまり、どす黒い絵の具に白い絵の具を混ぜて、混ぜて、大量に混ぜて、灰色にしてしまえ。という話らしい。

  『普通の人間』と同じ、灰色に。


女神「浄化というよりも、中和ですね」

勇者「これは、時間が経てば……というような簡単なものじゃない。
   魔王の魂は、現世に溢れる『悪意』に反応して、黒色を深くする」

  悪の秘密結社が世界を…とか企んで行動を起こすこと、それが悪意の形だと言う。


賢者「そんなの……終わりようが無いじゃないか」


勇者「『勇者』ならできる。悪意を、片っ端から潰してしまえばいい」

女神「ですが、ただ悪を失くすだけではいけません。バランスを取ることが大切ですよ」


女神「貴方はこれから、勇者ではなく、『管理者』となります」


賢者「管理者……」

  口にすると、なんとも間の抜けた名前だ。

女神「そして、2つ目の条件は―――これを身に着けておくことです」

  女神から、魔王の魂のように真っ黒な色をした布……龍の国で見た、帯というものに似ている何かを渡される。


賢者「これは…?」

勇者「『咎めの帯布』」

賢者「………」イラッ

女神「どうかお気になさらず。名前の無い、ただの布です。彼の中の十二歳を責めないであげてください」


賢者「それで、これが何の役目を果たすの?」

女神「それは―――」


―――――――――
―――――――
―――――



 「隠しておかなきゃいけないこともある」って、僕はそう言っていたと思う。


  だから、僕はここで一つ目の嘘を吐いた。

  なんとなく、この部分の説明は、濁した。


―――――――――
―――――――
―――――


賢者「………」

女神「………あくまでそれ単体としては、魔王の魂の状態を知る目安です。
   黒色が薄れていけばいくほど、魔王の魂は人に近づき、そして……」

賢者「蘇ることに対する『罪』の清算も同じように…って?」


女神「……私の勝手な都合で、こんな重荷を背負わせてしまい、申し訳…ありません……」

  女神が、頭を下げた。神に頭を下げさせるなんて、教会の神父が見たら卒倒するだろう。


賢者「別に責めてる訳じゃない。生き返れるなら、そのくらい……背負うよ」

勇者「…………」


賢者「じゃあ、そろそろ行くね」

  長すぎる布を首に巻いて、賢者は小川へと歩いて行った。
 対岸までが遠く感じていたが、近くに来てみればそれほどでもない。跨いで越えられそうな位だ。


勇者「なあ、一つ聞いていいか?」

  賢者が川を跨いだ時、勇者が呼び止めた。

賢者「いいけど……何?」

勇者「どうして黄泉帰ろうと思った?このまま死んだ方が、遥かに楽だって分かっているのに」


  風で解けかけたマフラーを鬱陶しそうに直し、賢者は答えた。

賢者「んー……よく分かんない」


賢者「ただ、そうしなきゃいけないような気がしたんだ。約束…じゃないけど、『またね』って言っちゃた以上は、ね」


  賢者はにっこりと笑って、今度こそ帰ろうとした。
 しかし、ふと何かに気がついたような顔になった。

賢者「そういえば、この役目を終える前に、僕の寿命が尽きるんじゃないの?」

  不備の指摘、というよりは、それでもいいのかと問うような声音で。


勇者「たぶん、それについては大丈夫だ。100年越えても生きてるよお前は」

賢者「え…?」

勇者「【リセット】の使いすぎで、肉体の時間が止まったんだよ。俺も、お前も」

賢者「え、それって死なないってこと…?」


女神「いいえ、命あるものは必ず死にます。ですが、あなたはおそらく、魂が擦り切れるまで生き続けるでしょう」

勇者「【リセット】の副作用で相当削ったとはいえ、相当な時間が残されてるさ」


  時の流れはが川のようだとするならば、僕らの流れは、せき止められてできた湖といったところだろう。
 その場から流れることは無いが、決して流れが止まっている訳ではない。湖が涸れるまで、生きていくのだ。

勇者「何らかの外的要因でも無い限り、死ぬことは無いさ。お前も、僧侶も、な」ニヤッ


賢者「……?」キョトン…

勇者「……マジかお前……」

女神「救いようがないですね…」ハァ


賢者「?」

  なんだろう? どうしてため息をつかれるんだ。


賢者「まあいいや。それじゃ、今度こそ、さようなら。またね……でいいのかな?」

勇者「会うのは随分先になりそうだけどな」

  二人は笑顔で手を振り合って、別れを告げた。


賢者「じゃあね。―――僕の偉大な、ご先祖様」ニッ


勇者「正確には、俺はお前の先祖じゃないがな。俺、童貞だし」

賢者「!?」ザッ


  もう完全に彼岸を越えてしまったので、それを追求することはできなかった。

―――――――――
―――――――
―――――


賢者「で、気がついたら魔王城の残骸の上。
   後で調べてみたら、僕は勇者の妹の子孫なんだってさ。血族に間違いは無いけど……」


賢者「これが、僕の不思議体け……」

ゾンビ娘「…zzZ」

賢者「この娘は…」ワナワナ


  窓の外を見てみれば、真っ暗になっている。まあ、仕方ないか。
 内心、ホッとしてるのも事実だし。

  80年間逢うことが無かったことについて言及されたら、また嘘を吐かなきゃいけない。もう、口の中はカラッカラだ。


賢者「あ」

  グラスを傾けてから気がついた。いつの間にか、用意された分を飲み干してしまっていたらしい。
 飲みかけではあるが、ゾンビ娘の分を少しだけ失礼して、いただくことにしよう。

賢者「ふぅ……ん?」

ゾンビ娘「うぅ~ん…」モゾリ…


賢者「起きた?」

ゾンビ娘「ふむ、ん…おはようございまひゅ…」

賢者「もう夜だけどね」

  何かもう、顔が勝手に苦笑いしてる。口角が勝手に上がる。何故だろう


ゾンビ娘「そうなんで…ヒック…すかぁ」ポー

  ん? 今何か…

ゾンビ娘「けんじゃさまぁー」ベシベシ

  彼女は自分の左隣の床をベシベシと叩いている。隣に来いってことかな?


賢者「はいは……い?」

  腰を下ろすやいなや、彼女は賢者の胸にもたれかかってきた。


ゾンビ娘「んん~~~」グリグリ

賢者「あの…ゾンビ娘さん…? どうして頭を押し付けてくるのでしょうか……?」

ゾンビ娘「む~~~」グリングリン


  何故だろう。骨っ子が頭をもっと撫でろと催促するときの、鼻で手を掬い上げてくるアレを思い出した。

賢者「撫でろってこと…?」

  恐る恐る撫でてみた。

ゾンビ娘「………はふぅ…」

賢者「何がどうしてこうなった」


  彼女の頬は赤みが指しているし、言語能力も低下している。
 そして、賢者はこんなゾンビ娘について、どこかで見た事があった。

賢者「まさか…!」チラッ

  視線の先には、食い散らかされたチョコレートの包み。一人で大量に食べたらしい。太るぞおい。


賢者「………」パクッ

  かろうじて残っていた1つを口に入れてみる。甘い。そういえばチョコを食べるのは久しぶりだ。
 噛んでみると、一瞬、苦味が通過した。甘くて苦くて、とてもおいしい。

  だがこれは……


賢者「チョコレート…ボンボン……!」

  しかも、アルコールを結構残してるやつ。
 なかなかいい値段するだろうに……店主よ、なぜお茶請けに出した。



ゾンビ娘「ひっく……」

賢者「あ…ああ……」ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ


  駄目だ。この子に酒は駄目だ。大 変 な コト に な る……!!?


  思い出されるのは、魔王城を目指して旅をした、あの1ヶ月の間に起こった悲劇…


―――――――――
―――――――
―――――


賢者「いや、現実逃避してる場合じゃない!」

  回想キャンセル。あの悲劇の話は、また機会があればゆっくり思い出そう。今大事なのは…!


  たたかう
  さくせん 《いのちだいじに》
 →にげる

賢者「この場から逃げることだ!」ダッ



         ―――ガシッ

ゾンビ娘「ひっく……」ユラ…

  しかし回り込まれてしまった!▼

賢者「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

それではまた今度


  いつの間にか、音も無く背中に抱きついていた彼女は、少し背伸びして…

ゾンビ娘「むぅ……邪魔です……」モフモフ

  マフラーに阻まれた。
 両手は塞がっている為、彼女は仕方なく顔でマフラーを押し上げ、賢者のうなじを露出させる。

  首筋にかかる酒気を帯びた吐息が熱い。


賢者「ちょっと!酔ってるにしてもいいかげ……んひっ!?」ゾ…

  チロリ。と、舌先で舐められる。蛇に舐められたかのように、首から腕まで鳥肌が立つ。
 何度も経験した感覚ではあるが、慣れることは一切無い。というよりも慣れるわけが無い。

  彼女はその鳥肌さえも舌先で弱く弄ぶ。それが逆にもどかしく、身悶える。


賢者(何だこの娘…っ 正気を失った時だけテクニシャンになるのか……!?)

  いよいよその説が信憑性を持ってきた。


ゾンビ娘「ん゙~……」スポン

賢者「ちょ…っ」

  マフラーの内側に、頭ごと入ってきた。
 秋とはいえまだ暑い。だいぶゆったりとした巻き方にしていたせいで、意外と簡単に入れたようだ。


ゾンビ娘「あー…あむっ」

  耳たぶを食まれ、

ゾンビ娘「……れぅ…」

  耳のふちに沿って、舐められた。何だコレは、新しいぞ。

  彼女は一旦口を離して、もう一度勢いをつけてかぶりついた。
 背の低いゾンビ娘が引き寄せている為、若干仰け反ったような体勢にさせられるが、
 勢いがついた分、さらに高いところに届いた。軟骨が歯に挟まれて、独特な感触がする。

賢者「――っ」


ゾンビ娘「♪」ガジガジ

  どうやらコリコリとした食感がお気に召したらしい。何度も何度も甘噛みを繰り返している。

賢者「くっ……」

  不意にゾンビ娘が口を離し、ひやりとした外気が耳を襲う。
 その冷たさに気を取られているのもつかの間、


         ―――グチ…ッ

賢者「――――っっ!!」

  首筋に鈍い痛みが走った。実に、80年ぶりの痛みが。

賢者「ぐぁ……ぁぁっ……!」

         ―――ジュル……チュッ…ズズ……

ゾンビ娘「んっ……んっ……」

  彼女は、ゴクリゴクリとのどを鳴らして、賢者の血を唾液と混ぜて飲んでいく。


賢者「ゾンビ化…っ してないのに……! どうして……っ!」

  彼女の喰人欲求は、ゾンビ化する要因であった《喰鬼の刻印》のせいであった。
 それは80年前に解呪したはずで、それなら人肉を貪りたいという欲求は無くなっていなければおかしい。


ゾンビ娘「んひゅひゅ…けんじゃさまおいしいです……」

賢者「まさか味をしめた……!?」ゾワッ

  今まではゾンビの性質上、仕方なく目を瞑ってきたが、そのせいで本物のカニバ娘に……それはまずい

賢者「苺買ってあげるから…っ もうやめなさい!」

ゾンビ娘 ピクッ

賢者(ちょろい…)


  彼女は口を離して、賢者を食すことをやめた


  ……かのように見せかけて、もう一度肩に噛み付いた。先程よりも、深く。

賢者「が……っ!?」

ゾンビ娘「……わたしは…苺もだいしゅきですけろ……けんじゃさまの肉も大好きなんですよぉ…?」

  どうせなら、苺に賢者様の血をかけて食べたいほどに…
 彼女はほとんど唇をつけたままで囁いた。


賢者「いや…っ 本当にやめ……っ」

         ―――カリ…

賢者「ッッ!?」ゾワァ…ッ


  耳を噛まれた。いや、正確には耳のふちギリギリを噛んで、歯を皮膚の上に滑らせるように擦っていた。
 表皮だけをブチブチと千切られ、いつかは耳に到達するのではないかという恐怖が、皮膚を伝って全身に伝播する。


         ―――カリカリ…カリカリ…

  彼女は、犬歯を使って器用に噛み続ける。
 時折感じる吐息が妙に艶めかしくて、熱くて、頭が呆けた。

ゾンビ娘「ああ…もったいないです……」スッ

賢者「あ……」


  肩の傷から血が垂れ流しになっていることに気がついた彼女は、また首筋に移動した。
 垂れた血を舌で掬い、これも唾液と混ぜて嚥下する。そして、深く刻み込んだ傷口に、自身の薄い舌を捻じ込んだ。

賢者「………っ!!!」

  以前、唇を噛み切っていたときに同じことをされたが、今回の痛みはその比ではなかった。

  血の通った肉と肉の間で、舌を奥へ奥へと捻じ込まれていく。
 傷口が、熱い。痛いではなく、熱い。体の内側を蛭か何かに這いずり回られているような、そんな感覚。


         ―――ガジッ

賢者「あ゙ぁ……っ!」

  そして、肩の肉を少しだけ齧り取られた。
 賢者の肉が、彼女の口の中でぐちぐちと下品な音を立てて喰われていく。


ゾンビ娘「ごちそうさまでひた……」

  最後に回復呪文をかけて、肩肉を再生させる。アフターケアまで万全なゾンビ娘の捕食。


ゾンビ娘「おやひゅみなさ……zzZ」

  早いよ。夢うつつの状態で捕食に走るとかどんな野性生物だよ…



         ―――フラ…




賢者「あ…れ……?」

  身体がゆっくりと倒れていく。この感覚は…貧血、だろうか……?
 思えば、80年ぶりの捕食だったせいか、いつもより多くの血を吸われた気がする。


  駄目 だ   意識 が  保 て   な  ……  


  僕はそこで意識を失った。床に倒れた衝撃すらも、覚えてはいない。

―――――――――
―――――――
―――――


  翌朝 

        チュンチュン、チュン


ゾンビ娘「ん……」

  彼女は朝日と鳥のさえずりで目を覚ました。

ゾンビ娘「あともう5分……」ゴロン

  寝ぼけて反対の方向に身体を向ける。すると、何かにぶつかった。
 怪訝そうに眉をよせた彼女が片目を開けると、目の前数cmの距離に賢者の顔があった。


ゾンビ娘「……………」

ゾンビ娘「ほわぁっ!?」ガバッ

  ゾンビ娘は、30cmほど飛び上がってから跳ね起きた。


ゾンビ娘「痛…っ」ズキ…

  急に起き上がったせいか、頭を抱えてうずくまる。言わずもがな二日酔いである。


ゾンビ娘「ああぁあぁぁぁ~~~っっ!! 私、私っ…なんであんなことを……!」/// ジタバタ

ゾンビ娘「! いたたた……」

  悶えては頭を抱えて、悶えては頭を掻き毟る。
 それを3分ほど繰り返して、彼女はようやく落ち着いた。

ゾンビ娘「………///」ズーン

  行動から察するに、ゾンビ娘は泥酔していた時の記憶を忘れない体質のようだ。


ゾンビ娘「あれじゃあ私……まるで痴女じゃないですか……」


賢者「―――――僕の肉を食べたことに対して、何か無いの……?」


ゾンビ娘「あ、おはようございます。おいしかったです。ごちそうさまでした」

賢者「違う……そうじゃない……」ゲッソリ

ゾンビ娘「?」ツヤツヤ


       ―――コンコン

店主「おーい、お二人さん起きたかのう?」

賢者「あ…ごめんなさい……数時間のつもりだったのですが…色々あって……」:貧血

ゾンビ娘「結局一晩泊まることになってすみませんでした」ガチャリ

店主「何、そんなことは気にしなくても……おぅ!?」ビクッ


  扉を開けた瞬間、店主が目を剥いて驚いた。


店主「お、おっ?おっおっおっ?おおおお、おまっお前さん方!?」

ゾンビ娘「? どうしたんでしょうか……賢者様?」クルッ

賢者「う……」

  賢者の青い顔が引き攣った。

ゾンビ娘「?」


  どうやら何も状況が分かっていないようなので、少しだけヒントをあげることにする。

賢者「………口周り」

ゾンビ娘「口周りが何か……」スッ


        ―――ヌルッ

ゾンビ娘「!?」


  口元を触った指に赤い液体が付着し、彼女は動揺している。

ゾンビ娘「え、な何で…? 昨夜はちゃんと処理して…」

賢者「そこまでの記憶しかないのね……」

ゾンビ娘「…?……??」ゴシゴシ

  口の周りを拭いながら、彼女は目で説明を訴えてきた。まったく、自分でやったというのに……


賢者「今日の朝方。君は寝ボケながら、僕の左腕の肉をむしゃむしゃした。
   そして、口周りについた血もそのままに二度寝に突入した。これが真相だよ」

  実際はそれだけじゃない。他にも色々された。最終的には傷の回復すらしない始末だ。


賢者「おかげで今、彼岸で手を振ってる勇者達がうっすらと見え…る……」

ゾンビ娘「賢者様!? しっかりしてください!」ユサユサ


  △
(´∀`)<大丈夫、意外と意識ははっきりしてるから。
 /∪∪
賢者「」

ゾンビ娘「賢者様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? 口から何か出てますけど!?」

  △
(´∀`)<いやいや、すごく清々しい気分なんだ。
 /∪∪
 |/
 /
賢者「」

ゾンビ娘「ああっ、さっきよりも沢山出てるぅ!」


店主「お、おい!血が足りないなら、今すぐ精のつく朝飯を作ってやるからな!それまで持ちこたえるんじゃぞ!」ダッ

  △
(´∀`)<そういえばお腹空いたねー
 /∪∪
 |/
 /
:←
賢者「」

ゾンビ娘「ちょっと糸が切れかけてませんか!? 賢者様!?」


    あははははははー… プチッ 賢者様―――!!


―――――――――
―――――――
―――――

ではではまた来週。ナルガ胴を弱体化させたのは許しがたい。


  結局、僕がまともに動けるようになったのは、その日の夕方だった。

賢者「ああ……宿探ししなきゃね………」

         ―――コンコン

店主「入ってもいいかね?」

賢者「あ、店主さん。お店のほうは大丈夫ですか?」

店主「息子夫婦がやってくれちょるから大丈夫じゃて」


  扉を開けて入ってきた店主の手には、お盆に乗せられた病人食らしき物がある。

店主「お前さんの方こそ、調子はどうじゃ」

賢者「もうすっかり。店主さんのご飯のおかげです」

店主「はっはっは、そりゃあうれしいことをいってくれるねぇ。一時はどうなることかと思ったわい」


賢者「重ね重ねご迷惑をお掛けしました……」ペコリ

店主「何、気にするほどではないじゃろう。それから……その子に一体何があったんじゃ………」



ゾンビ娘「」ガタガタガタガタガタガタガタガタ

  ゾンビ娘は部屋の隅で真っ青になって震えている。


賢者「今回はちょっと見過ごせないレベルで暴走しましたので……
   許可無く噛み付かないように『 言 い 聞 か せ 』たんですよ」ニコォ…

店主「お前さん笑顔どす黒いのぅ!」

  これではどっちが病人なんだか分からんわい。なんて言って、店主もまた笑みを溢した。


―――――――――
―――――――
―――――

  賢者は宿を探すと言って、店を出ることにした。
 街にいる間は泊まってくれても構わないと店主は言ってくれたが、
 流石にこれ以上お世話になるのは忍びない。2人で丁重に辞退させてもらった。

  せめてものお礼に―――というよりもゾンビ娘が無言の圧力をかけてきたため―――クッキーを大量に購入して店を出た。
 ………おおよそ一人どころか二人でも食べきれそうにないのだが……。

  それは今は置いておくとしよう。
 賢者とゾンビ娘の二人は、今日の宿を探して通りを歩きながら、ため息混じりに溢した。


賢者「とは言ったものの……」

ゾンビ娘「どこの宿もいっぱいだとは思いませんでしたよね…」


賢者・ゾンビ娘「「はぁ……」」

  日が落ちて、なおも賑わう通りを眺めながら、本日何度目かのため息をつく。


賢者「ん…? あぁ、そうか。明日は豊穣祭じゃないか」

ゾンビ娘「なるほど……。観光客で宿が一杯、と……」

賢者「街の外で野宿ってのも出来なくは無いけど……ここのところそればっかりだったから、そろそろ柔らかい寝床で寝たい」

ゾンビ娘「私も時計塔の上に隠れて寝泊りしてましたので、体の節々が痛いです」


賢者「―――あそこで……?」

  あの塔は高いところにあるから、風が強かった気がする。
 ましてや、今は秋だ。流石に昼間は暑いが、夜は冷え込むことだろう。

賢者「風邪引くよ……」

ゾンビ娘「私は体調を崩せませんから」

賢者(ナントカは風邪を引かないって言うもんねー)ボソッ

ゾンビ娘「今、何か失礼なこと言いませんでした?」

賢者「いいや、何にも。―――ん?」


  ふと気が付けば、通りの喧騒は遠くなっていた。

ゾンビ娘「通りを抜けたみたいですね」

賢者「だいぶ街の中心から離れたここでも、宿は空いてない、か……」

  ここら一体にあるのは、精々酒場くらいのものである。


ゾンビ娘「もういっそ朝まで飲みますか?」

  この娘は酒には弱いが、意外と酒好きなのだ。

賢者「君は僕を二日連続で貧血にするつもりかな?」ニコォ…

ゾンビ娘「イイエナンデモナイデス………う?」

  ゾンビ娘の視線の先には、『宿』と『空』の字があった。


ゾンビ娘「やった! 賢者様、宿が見つかりましたよ!」グイグイ

賢者「わゎっ マフラーを引っ張らないで……!」


―――――――――
―――――――
―――――

  宿のカウンターでは、中年に差し掛かったばかりといった風の小太りの男性が対応していました。

中年「へっへ……いらっしゃい。女二人かい?」

賢者「…………」

  賢者様は説明するのも面倒だ、と言う顔でげんなりしていました。

  それからチェックイン。
 渡された鍵は1つだけ、賢者様と同室ってことでしょうけど、80年前の旅では度々同室になっていたので気にはしません。

  お金の管理は賢者様が行っているので、そこらへんの説明なんかは私抜きで進められます。
 一瞬だけ賢者様がピシッって音が聞こえるくらいに固まってましたが、何なんでしょうか。


賢者「部屋にいくよー」

ゾンビ娘「はーい」テテテ


―――――――――
―――――――
―――――


         ―――ガチャッ

  部屋は若干広いが、ベッドが一つしかない。そして、言っては悪いが全体的に……ボロい。


ゾンビ娘「あ、壁が一部崩れてますよ」

賢者「待って、気にするのはそこなの?」

ゾンビ娘「だってこれ、隣の人の声とか聞こえちゃいますよ? 内緒話をしていたらかわいそうじゃないですか」

賢者「この娘は本当に……」ハァ…

ゾンビ娘「現にほら、物音が……」


        ―――ああっ んっふ… ぅあ…っ ギシギシ

ゾンビ娘「し…て………あ……」

  ゾンビ娘は耳まで真っ赤になった。


ゾンビ娘「あ、あああの…ここって……」///

賢者「………連れ込み宿だよ」

ゾンビ娘「えええっ!?」///

賢者「もっとも、この場合連れ込まれたのは僕の方になるのかな…」


ゾンビ娘「ちっ違……っ 私、知らな…っ!」/// ワタワタ

賢者「うん。そんな気しかしてなかった」

ゾンビ娘「……………!」パクパク

  それならせめて教えて欲しかったです……!

  私は極度の動揺で声が出ず、口をパクパクさせるだけでした。


賢者「だって……ねぇ?」

ゾンビ娘「何がだってですか!」///


賢者「顔を真っ赤にして慌てふためくゾンビ娘を見るのが面白くて」ニヤニヤ


ゾンビ娘「……!」

  完璧に遊ばれています…!

 ひょっとしてこれからはレイズの代わりにこうやってからかわれるんですか!?

賢者「その通りだよ」

ゾンビ娘「心の声を読まないでくださいっ!」


ゾンビ娘「大体、賢者様は……」クドクド


賢者 スッ

  ゾンビ娘が説教を始めると、賢者はおもむろにクッキーの包みから円形のものを一枚取り出し、部屋の中心に投げた。


ゾンビ娘「はむっ!」ヒュバッ

  フリスビーをキャッチする犬のごとく食らいついたゾンビ娘は、そのままベッドの上に着地する。

ゾンビ娘「サクサク……だからですね…賢者様は…」


賢者「そぉい!」ヒュッ 三○

ゾンビ娘「にゃっ!」ヒュバッ

ゾンビ娘「モグモグ……いっつも私をいじめ……」


賢者「そいやっ!」ヒュッヒュッ 三○ 三○

ゾンビ娘「うっきゃ―――!!!」ヒュババッ


ゾンビ娘「モッキュモキュ……」


賢者「歯、磨いて寝なよ?」

ゾンビ娘「……………はい……」プー

  そっぽを向いてしまった。

賢者「ふて腐れないの」

ゾンビ娘「名前がゾンビだから丁度いいんじゃないですか?」プクー

  ほっぺたがリスのようにどんどん膨らんでいく―――と見せかけて、すぐに萎んだ。
 理由は頬を突こうと人差し指を構えていた賢者を、視界の端に捉えたからだ。


ゾンビ娘「というか、寝床…どうしましょう……」

  驚くのも今更ですが、ベッドは1つです。


賢者「ゾンビ娘が使いなよ。僕は寝袋でも使って部屋の隅で寝るから」

ゾンビ娘「え……でも…こっちで寝たかったんじゃ……」

賢者「屋内で寝られるだけマシだよ。それとも何? 誘ってるの?」

ゾンビ娘「い、いえっ! そそそそういうわけでは……!」///


賢者「冗談だって。ほら、寝る準備をしてきなよ。それで、明日の朝にこれからの相談をしよう」

ゾンビ娘「む~…わかりました」


  私は賢者様に促されるままに洗面所へと向かいました。


         ―――キィィィ……バタン

  ボロいせいなのか、底冷えする部屋に充満する冷たい静寂に、錆付いた蝶番の音がよく響く。

賢者「さて、と……」

  今日は満月の日だっただろうか。窓に寄って夜空を仰ぎ見たが、生憎の曇り空。
 薄いカーテンを通して見たような、鈍い輝きしか感じ取れなかった。


  やがて、賢者も寝る準備を始める。
 腰に吊っている銃を外し、首に巻いた長すぎる布を解いた――――解こうとして、手を止めた。

賢者「……………」

  長布をしゅるしゅると巻き直す。冷たい光を放つ月が寒そうな雰囲気を醸している為か、心持ち、きつく。
 ブーツの紐も結び直し、銃をもう一度腰に吊るす。


賢者「―――――『曇月』……か」

  彼はそう言って、『今宵の月のような色合い』の布を鼻の頭まで上げて、窓を開け放った

―――――――――
―――――――
―――――


           ―――ガチャ…

ゾンビ娘「戻りましたよー…ってあれ? 賢者様?」

  部屋を見渡しても、その姿が見当たりません。代わりに、サイドテーブルに書置きがしてありました。


ゾンビ娘「むぅ? ……『気にせずに寝てて。  ――追伸、僕がいないからってクッキーを食べないように』…?」

  追伸の方が本文じゃありませんか? これ。

ゾンビ娘「でも眠いことは眠いですし、お言葉に甘えることにしましょう」


  一人で使うには大きすぎるベッドと毛布の隙間に身体を挟み込んで、幼児のお昼寝のように丸まる。
 久しぶりのやわらかい寝床でじっとしていると、じんわりと体が温まってきて、頭の中がふわふわとしてきた。


  そして……

―――――――――
―――――――
―――――


  どこか遠くで、硝子の砕ける音がした。

   ―――!――――!!

  誰かが叫んでいる……? でもこの声は誰のでしたっけ……?


           ―――ギシッ

  微睡みの中で答えを探していると、ベッドの軋む音がして、不意にふわふわとした世界が揺らされる。
 流石に寝ている場合ではないと身体が判断したのか、すぐに目が覚めた。

ゾンビ娘「…ん…にゅ……?」


  目を開けると、賢者様が私に覆いかぶさるような形で、ベッドに膝をついていました。

ゾンビ娘「…………き……」


  私が悲鳴を上げようとしたその時。

賢者「ぐ……」ツ…

ゾンビ娘「!」

  毛布の上に染みが一つ、ポトリと落ちた。


  それは賢者様の血でした。
 闇に慣れた目で見てみれば、賢者様の左腕に『何か』が噛み付いています。

ゾンビ娘「賢者様!?」

賢者「―――っの!」

         ―――ターン

  賢者様は『何か』の頭に右手で銃口を押し付け、そのまま『何か』の側頭部を吹き飛ばしました。


ゾンビ娘「一体、何事ですか!?」

賢者「………あいつをよく見てごらん」【真・ホイミ】


屍人「オ……ぁァ………」


  青白い皮膚に、継ぎ接ぎの四肢。生気の感じられないその顔はまさしく…

賢者「本物のゾンビさんだ」

ゾンビ娘「………!!」


  思えば、今まではゾンビに出会ったことがありませんでした。じゃないと、こんなに驚くことは出来ません。

ゾンビ娘「どうして街中に……!」

  言わずもがなこの街にはモンスター避けの聖水路が張り巡らされている。

賢者「……………」


         ―――パチパチパチ…

ゾンビ娘「!」

  突如、部屋の中に拍手の音が鳴り響く。
 その音のする方を見遣れば、拍手の主が、粉々になった窓硝子の傍で壁にもたれかかっていた。

  その姿をどう言い表すかと問われれば、先程のゾンビよりも簡単に説明できるでしょう。


 それも、一言で――――『ピエロ』…と


道化師「おやおや…身を挺してまで助けるとは、流石は勇者でございますねぇ」

ゾンビ娘「……っ!?」ゾワァ…

  おおよそ、サーカスにおける道化師のように陽気な声だとばかり思っていたけれど、その予想は外れた。
 やたら反響がかっていて、ねっとりとした狂気を感じさせる声。思わず鳥肌が立ちそうな気持ち悪さがある。

  だけど、声よりももっと気味が悪いのが、その見た目。
 ピエロと聞いてまず思い浮かべるようなテンプレすぎる服装に、常に笑顔の仮面。
 ここまでなら普通の、と言っても差し支えは無いでしょう。ですが、素肌を晒している部分が、全く無い。


道化師「ふむ…頭を半分消されてしまっては、その子はこれ以上の維持は出来ませんねえ。
    結構気に入っていたのですが……仕方ありません…」

  ピエロが声を響かせると、二人の後ろで呻き声が聞こえた。
 ゾンビ娘は後ろを振り向き、賢者はそのまま道化師から目を離さず警戒する。

賢者「ゾンビ娘、何が起こってる?」

ゾンビ娘「―――~ッ!?」


賢者「どうしたの!?」

ゾンビ娘「――~ッ~~~~!!」

賢者「落ち着いて状況を説明して。じゃないと後で『第三回、ゾンビ娘いじめ講座(30分拡大版)』を開くよ?」

  ゾンビ娘の様子がおかしいため、賢者は懐かしい脅しをかけてみた。

  一秒と空けず即答した。それほどまでに嫌なんだそうで。


ゾンビ娘「ゾンビが腐ってます」

賢者「もともと腐ってるよ。それとも、ほっとかれたからふて腐れてるって意味で?」

ゾンビ娘「そのままの意味です」

  『屍人の身体が急速に壊れていく』と言っている。


賢者「……何をしたんだい?」

道化師「主従契約を切って、魔力の供給を絶ったのでございますよ。
    今まで魔力で腐乱を遅延させておりましたので、反動で一気に腐ったのでございましょうねぇ」

賢者「君は、ネクロマンサーか」

道化師「いいえ、その言い方は正しくありませんねぇ。『人形』使いと言ってほ………」


               ―――ギィンッ

  賢者の持つリボルバーの銃口から、魔力の残滓が硝煙のように燻っている。
 魔道弾は仮面を掠め、道化師の笑顔に物理的なヒビを入れたらしい。賢者の感情も、振り切っている。

賢者「『人』を人形扱いするな」

道化師「おやおや、『くさったしたい』を人間だとおっしゃるので? ―――お優しい人だ」



賢者「………彼を、ゾンビを人と認めなかったら、あの頃の彼女を……人と認められなくなってしまうんでね」


  瞬間、私のただでさえ小さい胸が縮こまり、きゅうっと熱くなりました。

ゾンビ娘「賢者様……」


道化師「おやまぁ…お熱いことで……」

  道化師は、手を左右で軽く持ち上げ、やれやれ、と首を振った。


道化師「ですが、『咎』を負う貴方が、誰かの存在を『証明』するとは……滑稽に酷刑を重ねて、酷稽ですよ」

賢者「………っ」

  賢者様の顔が強張るのを、私は横から見ていました。
 この道化師は、賢者様の何かを知っているのだ。少なくとも、私よりかは

ゾンビ娘「どういう……」


道化師「さて、だいぶいい時間となりましたので、ここで次の演目に移らせていただきましょう」

  私の質問に答える気が無いのか、話題を変えるピエロ。
 私の知る賢者様なら、絶対に自分のペースに乗せるために、何が何でも話を逸らせない人でしたが…

賢者「演目…?」

 その話題に触れたくないとでも言うように、苦しそうな顔で相手の話題に乗ったのです。


道化師「おや! この私めの行った、先程の演目説明をお聞きになっていないのですか!
    それはそれで失礼でございます。失敬に詩形を重ねて詩敬な振る舞いでございますよ」スッ

  道化師はわざとらしく諸手を挙げて驚き、やはり大げさに落ち込んだ態度を見せる。
 同時に、右手に4、左手に4の計8つの小さな球を手品のように出現させた。

道化師「では、始めましょうか…」


―――――――――
―――――――
―――――


  結果と言うか、夜の街での騒動の幕切れ。それは意外と早かった。

  説明する口調になってしまいますが、私からしたら既に過去の出来事なので、こんな風に思い出すのが精一杯です。


  あの道化師は、ピエロらしく取り出した球を器用にジャグリングしながら、長ったらしい口上を述べた。
 細部はよく覚えていませんが、おおよそこんな感じでしょうか?


ピエロ「さあさあお立会い。先程の演目『腐獣の男』はお楽しみいただけたようで何よりでございます。

    これより始まりまするは、私めの十八番。
    先程と同様にお客様参加型の演目ではございますが、抱腹絶倒スリル満点、ご満足いただけること間違い無し!
    お客様には是非とも心ゆくまで互いの滑稽さで笑って頂きたく存じます。

    それでは、第二の演目――――『喜劇・逃走』」


  そう言うやいなや、道化師は逃走しました。脱兎のごとく? いいえ、盗人のごとく。



  その逃走方法を説明するよりも先に、相手がピエロであること、怪しげな球でのジャグリング、
 この2つから、ある程度の予測はついているのではないでしょうか。


  お察しの通り、道化師の持ち出した球は、全て煙幕でした。

  私の故郷に伝わるニンジャのトウソウジツかと思いましたよ。


  私達は道化師を追い、そして―――


―――――――――
―――――――
―――――

  ―――そして場面は2日後。王都へと移る。


  そこまでの空白の時間はどうなったのか? その答えは至極簡単なものです。


  結論から言ってしまえば、特記すべき事が何も無かったのです。ただ、馬に乗って移動していただけなのですから。
 何か一つ、道中にあった出来事を上げるなら、賢者様のウエスト(推定58cm)に悶々としていたことくらいでしょうか。


  なので、ここに記すようなことは一切無かったのです。
 何も無いまま、私達は王都にたどり着いたのでした。


―――――――――
―――――――
―――――

  ~王都 ―中央公園―


ゾンビ娘「時計塔の街から王都に向かうと、どうにも時間がかかっていけませんね」

賢者「山脈を大きく迂回するルートしか無いからね」

ゾンビ娘「あの道化師はどうしてこの方角に……いえ、そもそもこの王都にいるんでしょうか」


  僕らは無駄にカラフルな煙幕を抜けることに苦戦し、逃走する道化師の姿を見れてはいなかった。
 『つかまえてみなさい』と言う旨の長ったらしい書置きがあっただけなのだから、どこに行ったかなんて分からないのだ。

    ―――が、

賢者「いや、確実にここにいる」

  僕は確信を持って答えた。首に巻いた新月色の布を、胸の前で握り締めながら。


ゾンビ娘「……そういうものですか? まあ、賢者様が言うならそうなんでしょうけど…」

           ―――ドンッ

?「きゃんっ」コケッ

ゾンビ娘「ああっ ごめん! 大丈夫!?」

?「はい、なの! あ……ぶつかっちゃってごめんなさい、なの…」シュン

  ゾンビ娘にぶつかり、尻餅をつくようにしてこけたのは、薄桃色のパーカーを着た幼い女の子だった。

幼女「……じぃ…」

ゾンビ娘「? どうしたの?」

幼女「おねえちゃん、いい匂いがするの!」ダキッ

  幼女がゾンビ娘に抱きついた。
 そして、千切れんばかりに 尻 尾 を振っていた。


賢者「君は……」

幼女「う? うん、そうなの!獣人族、なの!」モフモフ

  彼女はその大きくてもふもふした尻尾を抱きかかえ、にぱぁと笑っていた。
 「耳もあるの!」と、花が咲いたような笑顔で、フードの下に隠されていた耳を見せてくれた。
 生後数ヶ月の仔犬のような、へにょんと折れている耳だった。

ゾンビ娘「うんうん、かわいいね~」ナデナデ

犬耳少女「えへへ~。ありがとう、なの!」


   「――――…~い」

  少し離れたところから、声が聞こえる。

犬耳少女「あ、パパだー! おーい!なの!」


  それは、若干幼さを残す一人の青年だった。
 歳は18~20くらいだろうか。身長は僕を大きく超えて180cmほど。
 その顔は、庇護欲をかきたてられるような可愛らしさを内包していて、とてつもなく整っていた。


青年「どうもこんにちわ。うちの子が何かご迷惑をお掛けしたりしませんでしたか?」

ゾンビ娘「いえいえ、とっても可愛らしい女の子ですね」

青年「でしょう? もう天使そのもので……将来は貴女のような女性になると思うんですよ!」

  親バカだった。


犬耳少女「パパ、口説いちゃ駄目、なの! ママに言いつけちゃうの!」

青年「僕が口説くのは、後にも先にも、僕のお嫁さんだけだよ」

  そして、愛妻家のようだ。


犬耳少女「もー…パパー」

青年「んー? どうしたんだい?」

犬耳少女「いつもと喋り方が違って、  気 持 ち 悪 い の !」


         ―――ズギャギャギャッ

  痛恨の一撃が決まった音がする。

青年「うううううん、そそこまで言うならららワカッタ……こ、これならいいよねー?」

犬耳少女「どっちかって言うと、ママみたいになってるの!」


ゾンビ娘「?」

賢者「……ああ、そういう…」

ゾンビ娘「???」

  ゾンビ娘だけが、その状況を把握できていなかった。


  青年は少女とよく似た笑みを溢して、種を明かした。


青年「いやー対等な立場で会話するってのも、なかなかおもしろかったねー」

ゾンビ娘「え? え、えっ!?」

賢者「まだ分からないの?」


青年「僕だよ。久しぶりだね、ご主人!」

ゾンビ娘「……………。」

骨っ子「♪」

ゾンビ娘「……えぇ――――――!!?」


―――――――――
―――――――
―――――


  少女と遊んであげながら、その合間に事情を説明する。


骨っ子「ふーん。道化師を追ってここまで、ってことなんだね……
    でも、そいつは追ってまで処理しなきゃいけないような敵なの?
    僕には話を聞く限り、そんな風に思えないんだけどなー」

ゾンビ娘「んー私もよくは知らないんだよねー。賢者様は全部分かってるみたいだけど……」

骨っ子「………」

  骨っ子が訝しげにこちらの目を覗き込んでいる。
 その瞳をまっすぐ見つめ返したまま、僕は答えた。


賢者「……あれが近々どこかで襲撃を起こすのは確実だよ。
    ―――75年前だって、あいつ『等』が一枚噛んでた」

骨っ子「………」


ゾンビ娘「え、75年前って何の……」

  骨っ子は主人の発言を遮って言った。

骨っ子「そういうことなら王城に行こ? 王様が何か援助をしてくれるかも」

犬耳少女「え~ まだ遊びたい、なの!」


骨っ子「………」スッ

  無言でキャラメルを取り出す。

犬耳少女「ふ!? ぅ…ぅ……まだ遊ぶの!」

骨っ子「えぇー」


賢者「骨っ子、骨っ子」チョイチョイ

骨っ子「ん?」


賢者「これを…」つ● スッ

骨っ子「それは……!」

  80年前に骨っ子が見つけたボールだ。骨っ子に投げ渡し、少女の目の前に出す。

犬耳少女「!」キラーン


  まずは投げるフリをして3mほどフライングさせる。
 次に、ボールを捜してキョロキョロしているところにボールを出し、
 「はやく、はやく!」と催促する尻尾の振れ幅が最大になったところで、力の限りぶん投げる。

  投球先は王城。人間に変化している骨っ子でも、身体能力はモンスターのそれだ。軽く投げたって届く。

犬耳少女「まてー、なの!」ダダダー

ゾンビ娘「わわっ!? 一人で行っちゃだめだよ!?」ダッ

  さて、一仕事終わった。
 しかし、犬が犬にボールを投げてもらうとはいかがなものか…

―――――――――
―――――――
―――――


賢者「さ、僕らもぼちぼち行こうか」

  二人が見えなくなるまでじっとして、二人の保護者が残された。
 さすがにそろそろ行ったほうがいいと思ったので、足を踏み出した。

            ―――ガシッ

骨っ子「………」

  骨っ子に肩を掴まれた。

賢者「骨っ子? どうしたの?」

  僕は振り返って、相対する。

  骨っ子は賢者の目を見据えて、はっきりと告げた。


骨っ子「『おにいさん』は―――だれ?」


賢者「………っ」


  舌の根が、ずきりと痛むのを感じた。僕は痛む舌に鞭打って、言葉を続ける。

賢者「忘れちゃったの? 僕だよ」

骨っ子「うん、そうだね。おにいさんは賢者様だ。でも―――」


   『―――でも、賢者様が本当に賢者様なのか、確信を持てない』

  僕は『でも―――』に続く言葉を、心の中で先回りした。

  実際に、一字一句間違いは無かった。


  キリキリと、舌が痛む。


骨っ子「賢者様を見てると、何かが半分欠けて足りないような……半分が別物のような、そんな感じなんだ」

  キリキリ。


骨っ子「僕の記憶違いじゃなかったら、見た目はほとんど変わってない。賢者様本人だと言ってもいい。
    だけど、断言は出来ない。だって、何かが半分足りないから。……半分位しか、信じられない」

  キリキリ、キリキリ。


骨っ子「匂いもそう。懐かしい賢者様の匂いに 似た 感じ。でも、やっぱり違う」

  ギリギリ、ギリギリ、ギュリ。


骨っ子「本当に、おにいさんは、僕の知る、賢者様、なの?」


  ギリギリ、ギリギリ。舌が捻じ切れないのが不思議なくらい、痛い。


  僕は苦しみながら声を絞り出した。
 嘘で汚れた雑巾みたいな心が、ぐしゃぐしゃになって本音が零れた。

賢者「………僕だって、自分が『何』なのか…知りたいよ……!!」


骨っ子「………」


賢者「……なんてね。僕は賢者だ。魔王を倒した、勇者の血族。―――『僕は…賢者なんだ』」

  自分に言い聞かせるように、何度も何度も呟いてきた『嘘』を吐いた。


骨っ子「………それ『だけは』、賢者様の本心なんだね……」

賢者「……………。」

骨っ子「行こう、賢者様。二人が待ってるよ」

  俯いた僕の肩を叩いて、骨っ子が追い抜いていく。

賢者「……………。」


  僕は何も言葉を返せなかった。肩に置かれた骨っ子の手が、酷く、重いものに感じた……


―――――――――
―――――――
―――――

  ~王城

賢者「で、どうしてこうなった」


  王城の敷地に入ると、その中庭でとんでもない光景が広がっていた。

ゾンビ娘「あわわわわわわわ……」

犬耳少女「兎さーん、なの!」

兎メイド「ぎぎぎ……いい加減降りやがれ! おやつ抜きにすんぞ!」


  うさ耳の生えたメイドがゾンビ娘を押し倒していて、その背中に少女が抱きついている。

骨っ子「おねえさん…説明よろしく……」


  事の顛末は以下の通り。

兎メイド「庭を掃除してたら恐ろしい速度でボールが落ちてきたんだよ」

  曰く、土を十数cm抉ったらしい。


兎メイド「本当、ギリギリで避けたからな、体勢を崩して尻餅をついてる所によぉ…」

犬耳少女「ただいま、のハグ、なの!」

兎メイド「何がハグだ。イノシシ顔負けの突進だったじゃねえか」


骨っ子「僕と白ちゃんの遺伝子を継いでるからねー」

兎メイド「フェンリルとケルベロスの子とか、本当にとんでもねえサラブレッドが誕生したもんだな!
     遊び相手をさせられるあたしのこともちったあ考えてくれ…… 長男の時とか地獄だったぞ……」


ゾンビ娘「長男……?」

骨っ子「ああ、うん。この子は2人目。先月産まれたばかりなんだ♪」

賢者「その長男はどこに?」

兎メイド「今はご友人と佩爪の街に旅行中だ」

賢者「佩爪……獣人族が自治権を与えられたあの街か。あの事件から75年でだいぶ成長したみたいだね」


兎メイド「まあ、捨て身でがんばった副産物だけどな……って待て。
     なんで75年前を知ってるんだ。あれは文献にもあまり残さないようにした機密情…」

犬耳少女「難しい話ばっかはやなの!」ズドンッ

兎メイド「ごふ……っ!?」

  横っ腹に頭突きがヒットした。何で小さい子は頭突きで突進してくるんだろう。


兎メイド「う……」フラ…

  女性の中では高いほうに入る兎メイドの身体が、ゆっくりと倒れる。

     ―――ゾンビ娘の方へ


ゾンビ娘「え、あ、え…!? また!?」

          ―――ドサッ

犬耳少女「♪」フンスッ
兎メイド「ぐぎぎ……」
ゾンビ娘「あわわわわ……」


  つまり、そういうことだったらしい。
 ボールを掘り起こしてしっちゃかめっちゃかしてるうちに、体勢を崩して押し倒した、と……


骨っ子「怪我が無くてよかったよー」

兎メイド「いいもんか! どうすんだこの花壇!」


  花壇は……なんかもう、酷いことになっていた。泥んこ遊びの現場みたいになってる。

賢者「あっちゃー…」

ゾンビ娘「これは酷い」

骨っ子「ん? でも待って。ここに花なんて植えてあったっけ?」

兎メイド「あ゙……」ギクッ


兎メイド「ええと…それは、だな……」


犬耳少女「こないだ兎さんが植えてたの! パパとママの結婚記念日にって!」

兎メイド「わーっ! 馬鹿!」

犬耳少女「ふがふが、なの!」

  急いで口を塞ぎにきたけれど、もう遅い。ばっちり骨っ子に聞かれている。


兎メイド「……あ…ぁぅ……」/// ギギギ…

  メイドは滑りの悪い車輪のようにゆっくりと首を向けた。

骨っ子「にっこり」

兎メイド「うわあああああああああああ!!!」///


  いつぞやのように、かわいそうな叫びが響いた。『まだ』、この国は平和だ……

―――――――――
―――――――
―――――

今日はここまで


  ~王城 ―広間―


  骨っ子に案内されてやってきたのは、ただっ広い部屋。
 特に豪華な装飾がされている、という訳でもないらしい。むしろ質素な部屋だ。

  その部屋の中央に立っていたのは、顎に髭を蓄えた渋い男。

王「ふむ、お前が賢者か。確かに女みたいな男だな」

賢者「おや? 僕らの事を知っているので?」

王「あたりまえだ。世界を救ったパーティーだ。知らないやつのほうが少ない。
  もっとも、80年が経った今も、変わらず生きてるなんて思いもしなかったがな。
  前もって聞かされてなかったら、誰が信じられるものか……

  今も、若干信じられぬがな……お前からは話に聞く賢者らしさが無いように思える」

賢者「………」

  「まあ、所詮人伝えに聞いた人物像だ。差異くらいはあるだろう」
 何て、後から付け加えられたところで何のフォローにもなってはいない。

  むしろ、そのままでも的を得ていたくらいだ……


王「……これ以上は何も言うまい。祖父母が言うには、あまり言い過ぎても後が怖いらしいからな」

ゾンビ娘「?」

骨っ子「王様のお爺さんとお婆さんは、カードのお兄さんとお姉ちゃんなんだよ」

賢者「まあ、カードが興した国ならあたりまえだけども……しかし……」

王「何だ?」

賢者「いや、…ね……」

  じっと王の姿を見る。体格はカードに良く似ているが、顔はそこまで似てるようには思えない。
 むしろ渋い顔立ちのせいで『ちょっとシックなおじさん』みたいな雰囲気が……

  要は大人の魅力が滲み出てる分……

賢者「カードはこんなにイケメンだったかなぁ……」

  前々代の王を馬鹿にするとは、失礼にも程がある発言だった。


  王は顔を背けながら話を続けた。気分を悪くしてしまったのだろうか?

王「………私は祖母の父親にそっくりだそうだ…」

兎メイド「ああ~そういえばウィップが顔を見ながら泣いてたこともあったなぁ…」

ゾンビ娘「なるほど、それでどこかで見た事があると思いましたよ。昔、ウィップさんの家に飾ってあった写真の人ですね」


王「ええいまどろっこしい。世間話をしにここまで来た訳ではないだろう。早く本題に入れ。私も、忙しい身なのでな」

賢者「…っ」

  それは、不機嫌とはまた違った低さを持つ声。思わず萎縮するような圧を持った声。
 これはまさに『王の声』だと、賢者は思った。


  しかし、間髪いれず骨っ子が発言した。

骨っ子「形だけの王様でしょー」


賢者・ゾンビ娘「「……はァ?」」

  僕とゾンビ娘、二人は同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。


王「何を言う、形だけであろうと、仕事が無い訳ではない。むしろ多いくらいだ」

骨っ子「面倒な役だよねー」

王「まったくだ。祖父はこの役目を、よく進んで出来たものだな」

ゾンビ娘「ちょっ ちょちょちょ、ちょっと待って!」

賢者「二、三質問よろしいか!?」


  賢者とゾンビ娘は、二人の会話を無理矢理止めた。そうでもしないと、理解しないまま勝手に話が終わってしまう。


王「何だ」

賢者「形だけってどういう……!?」

王「そのままの意味だ。この国は革命が起きた日、民主主義国家になった。実質、王様なんてものは必要が無いんだ」


  この国における王の仕事は、議会の決めた法案等の確認、訂正、および微調整が主だという。
 あとは、国民の意見と言う名目で寄せられる、民の不安を解消するのだそうだ。

  それでは何故、今現在も王が存在し、立派な城まで維持されているのか。

王「単純に、他国との兼ね合いだ。
  国としては代表者が欲しい上に、まだ世界は王制の国の方が多いのでな。格好がつかないんだ」

骨っ子「要は舐められない為の処置って事だね」

  なるほど。僕は政治とかを気にする暇が無かった為に政治制度には疎いけれど、一応の納得はできるか……

賢者「でも、実権が無いんじゃ結局舐められるのでは?」


王「いや、権力自体は持っている。動かそうと思えば軍だって動かせるし、何だろうと好き勝手できる。
  ただ、あえてその権力を使わないようにするという暗黙のルールに則ってるだけなのだ」

ゾンビ娘「ルール、とは…?」

王「『非常時以外において、無闇に権力を振りかざすことを禁じ、民の為に身を尽くせ』というものだ。
  いや、ルールというよりも……遺言と言った方が正しいのだろうな……」

  そう言って王は、目じりにしわが刻まれた目を細めた。
 もちろん、賢者も『誰の』、とは聞かなかった。
 こんなに人のことばかりを考えるのは、賢者達の知る限りでは、彼しかいない。

  不殺の王と呼ばれ、今も人々から敬意を持って語られる人物。
 目の前にいる者も、心から尊敬しているからこそ、その遺言を律儀に守っているのだろう。


  かつての仲間が偉大な人物になっていることを面白く思うが、その仲間は既にこの世にいないという。
 賢者は内心複雑な気持ちで笑いを噛み殺していた。

―――――――――
―――――――
―――――


賢者「―――という訳でして」

  賢者は、王に事の顛末を詳しく語った。

  時計塔の街の路地裏で、襲撃の準備をしていた道化師との交戦から始まり、
 その口ぶりから何かしらのモンスターを支配下に置く能力を持っているのではないか、という考察までを話し、
 「何かしらの情報はないか?」という問いかけで締め括った。本日二回目の説明なので、もう慣れたものだ。

骨っ子「ネクロマンサーか……十中八九死体を使っての襲撃になるんだろうね……」

王「道化師という名前、その口調、先日城にやってきたあの男で間違いはなさそうだな」

ゾンビ娘「! 既にこの街に!? それで道化師は何を……!?」

王「芸を披露しに来ただけであった」

賢者「え……」

兎メイド「本当だ。ただ芸をみせてるだけだった。まぁ、面白くも何とも無かったから、即追い出したけどな」

賢者「扱い雑っ!」


兎メイド「ああでも、そうさなぁ……帰り際に、気になることを言っていたぜ。おそらく、次のアクションに関係してるはずだ」

賢者「それで、道化師は何と?」

兎メイド「んーあぁ……コホン、確かこんな感じじゃなかったかねぇ……

     『どうやらこの芸はあまり置きに召さなかったようで……
      次にお目にかかるときはもっと面白い演目をご用意いたしましょう。
      おや? それはいつなのか、でございますか? え? 何も言ってない? それはそれでいいでしょう。

      それではまた今度お目にかかりたく存じます。
      役者が揃い次第、第三の演目をお見せいたしましょう』ってな」

  言わずもがな、ここにいるメンバーは全員、このセリフの意味を理解した。
 この場合、『役者』は賢者とゾンビ娘。『第三の演目』が襲撃にあたるものだと推測できる。

  問題は道化師がいつやって来るのかということだが、待ち伏せをしてしまえば全く問題ないと判断した。

  その為、賢者とゾンビ娘には、それぞれ別の客室があてがわれ、今日のところは休息をとることにした。

―――――――――
―――――――
―――――


  説明の最中は常に笑いを噛み殺していた賢者様ですが、現在は苦虫を噛み潰したような複雑な顔をしています。


ゾンビ娘「いえ、そこまで嫌がられたら傷つくんですが……」

賢者「こんな扱いを受けている僕の気持ちも考えて」

ゾンビ娘「それは、まぁ……気の毒だと思いますが……」


  私は人事のようにぼんやりとした返事しかしなかった。実際には人事どころか、私こそがこの緊張状態の元凶なのですけれど。

  ちなみに、現在は日が完全に落ちた夜。私たちは王城の一室に閉じ込められています。
 一室に閉じ込められたと言っても、ここは開かずの間ではなく、賢者様にあてがわれた客室です。

  私はベッドの上に正座で座り、賢者様は扉を背にして私を警戒している。

ゾンビ娘「だからってなんでこんなにあからさまに警戒されなきゃいけないのですか!」


  A、賢者が死に掛けた原因第一位だから。


賢者「く……っ ドキッ女だらけのパジャマパーティー(笑)をするっていうから、ようやく安心して寝られると思ったのに……」

ゾンビ娘「(笑)付けないでください」

  私、兎メイドさん、そして骨っ子のお嫁さんの3人だけの平均年齢154歳の女子会ですけど。
まあ、その平均を跳ね上げてるのは私なんですけれどね。


ゾンビ娘「私がまだ食人癖があるって言った瞬間に、この部屋に放り込まれたんですもん。おのれ骨っ子……」

賢者「ナチュラルに骨っ子がその女子会に参加していたことは突っ込んじゃいけないのね……」

  賢者様は半ば諦めの表情だ。

賢者「ドアは向こうから閉じられてるしなぁ……完全に生贄にされた」


ゾンビ娘「本当にごめんなさい……」シュン…

賢者「う……ま、まぁいいさ。こないだ捕食したばかりだから、たぶん大丈夫でしょ……」


         ―――ポフポフ

  賢者様が、腰掛けているベッドの反対側を手ではたいている。

賢者「さっさと寝よう。明日は朝から気張らなきゃいけないから、早く休んだ方がいい」

ゾンビ娘「えっと…え、あ……はい」

  早鐘のように鳴る心臓を押さえつつ、私は賢者様のすぐ隣に腰を下ろした。

賢者「…………」ポリ…

  賢者様は一瞬だけ目を丸くすると、すぐにまた目を伏せて頬を掻く。
 そして、しばらくの沈黙の後、「よし」と何かを決めて立ち上がり、部屋の隅に置いてある荷物へと歩いて行った。
 そこから寝袋を取り出して小脇に抱え、その足で二人掛けのソファーへと向かう。

ゾンビ娘「え……」

賢者「それじゃ、おやすみ」ゴロン

ゾンビ娘「えっ あ、あの……」

賢者「…zzZ」

ゾンビ娘「こっちで……寝ないんですか……?」

  最終的に、ポカンとした顔の私だけが取り残されるのでした。


――――――――――
――――――――
――――――


ゾンビ娘「…………ケホッ」

  眠れない。

 いつもなら布団に潜りさえすればすぐに眠れてしまうのに。今夜は何故か、眠れません。

  唯一布団から出ている顔には、夜の暗闇に溶け込んだ冷気がまとわりついて、のどと鼻腔を痛めつけてくる。


ゾンビ娘「………ん」モゾ…

  身体の向きを変えて、布団を頭まで被る。

ゾンビ娘(頭寒足熱とは言いますけど…これは行き過ぎです)


  日中は過ごしやすい。しかし、夜はどうにも冷え込んでくる。
 そういう季節になってきた、というのが正しい理由ですが、王城が石造りだというのも原因の一つでしょう。

  しばらくその体勢でじっとしていると、くしゅんっ という音が静寂を破った。

賢者「くしゅっ くしゅん…っ!  ズズ…」

  布団越しに賢者様のくしゃみが聞こえてきたので、布団を少しめくって覗き見る。

賢者「寒っ……」ブルルッ

  隙間から見えた賢者様は、こちらに背を向けて身震いしていました。


ゾンビ娘(確かあの寝袋……夏用の薄いやつでは……?)

  私も長年旅を続けてきましたから、その辺りには詳しい。

  寝袋は結構かさばるので、夏用冬用を2つ持っているよりも、必要に応じて買い換えた方が効率がいい。
 だから、あの寝袋は相当寒いはずで、おそらくこの部屋は、外より寒いと思う。


賢者「ぅぅ……」モゾ…

  足を抱えて丸くなろうとするが、ソファーの上でそんなことをしようものなら……

         ―――ズデンッ
賢者「ゔく……っ!?」

ゾンビ娘(あ、落ちた)

賢者「いててて……あ、起こしちゃったりしてないよね…?」チラ


  賢者がお尻を撫で擦りながら顔を上げると、彼の碧眼が布団の隙間から覗く二つの黒い瞳を捉えた。


賢者「……………」

ゾンビ娘「……………」


  夜の帳が降りる一室で、二人の目線が絡み合ってから、暫しの沈黙。
 廊下にある大時計の秒針が、生真面目に5回時を刻んだ。


ゾンビ娘「……こっちに来ます?」

賢者「いや……常識的に考えて、駄目でしょ」

  結構思い切ったことを提案したけれど、あっさり却下されました。


ゾンビ娘「私はかまいませんよ」

賢者「でも……さ、」


ゾンビ娘「ゴチャゴチャ言ってると、また貧血で無理矢理寝かしつけますよ?」

  賢者は不承不承といった体で従った。

――――――――――
――――――――
――――――


  眠れない。

 理由? 単純に寒いからですよ、コノヤロー。


ゾンビ娘「……ん…」チラッ

  片目を開けて、賢者様を見ると、相変わらずベッドの上でこちらに背を向けていた。
 そのせいで布団とベッドの間に隙間が空いて、外気が侵入し放題なのです。

賢者「………スー…」

ゾンビ娘(寝て…ますよね……?)


        ―――モゾモゾ…

ゾンビ娘「……………」ギュ


  私は賢者様のシャツを握り、額を首筋に押し付けて密着した。

ゾンビ娘(暖かい…)


  幼い子は、寝ている間近くに人がいると、無意識的に温もりを察知してじわりじわりと近づいていくという。

ゾンビ娘(私がそうだったと、お父さんが言っていた気がします)

  もう、随分と昔の話。今となっては、記憶も曖昧なものになってしまっていた。


ゾンビ娘「……スンスン」

  戯れに、賢者様のシャツを嗅いでみた。

ゾンビ娘「……………」


ゾンビ娘「―――――~っ」///

  シャツを強く握り締めて、静かに悶える。

ゾンビ娘(あ、危なかった……! あと少しで噛み付くとこでした……!)

  まぁ、今まで捕食の度に少なからず嗅いでいたわけで、軽く条件付けされかけていたようです。


ゾンビ娘(こ、これ以上は駄目です…っ  ……でも)

  駄目だと思ったら、余計にしたくなるのが人間という生き物でして。
 私は誘惑に流されるまま、賢者様の匂いで肺腑の奥底までを満たし、目蓋を閉じました。





賢者「――――ねぇ…」


ゾンビ娘「ぴゃっ!?」ビクッ

賢者「何をしているのかな?」

ゾンビ娘「あわ、あわわ、あわわわわ……」

賢者「何をしていたのかな?」

  も、黙秘権を……!


賢者「却下だよ」

  だから心の声にまで対応しないでくださいってば。


ゾンビ娘「こ、これは…ね……」

賢者「んー?」

ゾンビ娘「寝相です……!」


賢者「ほぅ…?」

ゾンビ娘「ね、寝相ったら寝相なんです。ぐーぐー」

賢者「寝苦しくないのかい?」

ゾンビ娘「………」


  寝苦しくないって言ったら嘘になりますけど……

ゾンビ娘「もう、少しだけ……」ギュゥゥ

賢者「分かったよ……」


  もう一度しっかりとしがみついて、賢者様の匂いを貪るけれど、
 目の前に無防備な肩があるのは、ものすごく目に毒で……


ゾンビ娘「……噛んでもいいですか…?」

  少しでも気を紛らわせたくて、そんなことを言った。

賢者「………」

  返答は無い。
 このまま噛み付いてもいいけれど、許可無く噛み付かないように『言い聞かせられた』ので、ぐっと我慢。

ゾンビ娘「強くは噛みませんから……」

賢者「……それ、『先っちょだけだから』に匹敵するくらい信用ならない言葉だからね?」

ゾンビ娘「ぅ……」

 少しくらい信用してもいいじゃないですか……。あ、今までの言動から鑑みたら当然だった。


賢者「まあいいか。今の君は正気みたいだし、大丈夫でしょ」

ゾンビ娘「……ありがとうございます」

  正気じゃないときの私、何をやったんでしょうか。


          ―――カプ

  まあ、そんなことは置いておいて、とりあえず噛み付いた。

  怪我をさせないように気をつけながら、肉の弾力を確かめていく。
 歯ごたえだけでも意外と満足するもので、捕食したいという欲求は次第に治まっていった。
 考えてみれば、これは幼児が指をしゃぶっているように、口寂しいとかそういう類のものだったのでしょうか。

ゾンビ娘(賢者様=おしゃぶり……? いえ、何を馬鹿なことを……あれ?)


  夢中で噛んでいた肩肉に、何か違和感を見つけた。普段だったら気にも留めないような、小さな違和感。


ゾンビ娘「賢者様……何か、肩が凝っていませんか?」


  肩から口を離しながら喋った。

  私の知る賢者様の肩は、いつも力を抜いて飄々としているからなのか、
 まったく肩が凝っていなくて、程よいやわらかさでおいしかった。

  でも、今の賢者様は何かに対して気を張り詰めて過ぎている。
 いえ、それを隠そうとして、逆に力が入っているような………とにかく、筋張った肉のように硬かった。



ゾンビ娘「何か…私に隠してませんか、賢者様?」

賢者「……………」


  賢者様はすぐには返事をしなかった。


  そこからは、ただの押問答でした。


賢者「―――何も……隠してなんかないよ」

ゾンビ娘「いいえ絶対隠してます」

賢者「『隠してない』」

ゾンビ娘「だって賢者様、なんだか苦しそうです…」

賢者「『苦しくなんかない』」

ゾンビ娘「でも……!」

賢者「そう思うのは……『気のせい』だよ」


  私は何も言えなかった。そして、気づいてしまった。
 賢者様がさっきから、まるで自分に言い聞かせるかのように喋ってることに。

  私は何も言い返せないことが悔しくて、言わなくてもいい事を、言ってしまった。


ゾンビ娘「そんなの…… ―――『嘘』です」




賢者「君に何が分かる……っ!!!」


ゾンビ娘「………っ」

  私の言葉が琴線に触れたのか、普段温厚な賢者様が、声を荒らげた。
 綺麗なアルトの声も、この時ばかりは音が割れたようなただの叫びでした。

  そう、まるで悲鳴。

  声を出した本人ですら叫んだことが信じられないようで、その動揺が背中から窺い知れた。


ゾンビ娘「賢……」

賢者「怒鳴ってごめん」

ゾンビ娘「え…」


賢者「でも、本当に何でもないんだ…… それに、君にも関係ないことだ……」


  今度は、私のほうの琴線に触れた。


ゾンビ娘「関係あります!」

賢者「……無いよ」

ゾンビ娘「あるったらあるんです! だって、私は賢者様の……!」


  そこまで言ってから、ようやく気づいた。

     ――私は、賢者様の……『何』…?

  大切な何かがごっそりと抜け落ちたかのように、答えが、見つからなかった。


ゾンビ娘「私…は……」


賢者「……………」

           ―――ギッ……

  賢者様が見かねたように上体を起こし、緩慢な動作で私の頭の横に、片手をついた。
 もう片方の手で私の髪を撫でてきたので、私は身をすくませた。

  賢者様はそのままの体勢で撫でて、撫でて、撫で続けて、最後に、


賢者「もう寝なよ……【夜】なんだから……」


  そう囁いた。

  その声を聞いた途端、急に眠気が襲ってきた。
 自然に眠りに落ちるときの、ふわふわと浮かぶような感覚ではない。無理矢理、沈められるような……


   ――――  ――――

  そこで、私の記憶は途絶えた。

今回はここまで。
ハロウィンのお話書けなかったな……


―――――――――
―――――――
―――――


ゾンビ娘「…………スゥ…スゥ……」

賢者「ごめんね……。僕は、嘘吐きじゃないと駄目なんだ」サラ…

  賢者は彼女の顔にかかった前髪を、指先で横に流しながら言う。

賢者「嘘を吐くのは苦しいけどさ、まだ嘘を吐いて、嘘の確信に縋り付いて、嘘に甘えていたいんだ……」

  「ハハッ」と、自嘲気味に笑う賢者の顔は、だらんと垂れた髪に隠されて窺えない。
 その顔をはっきりと見ることが出来るのは、眠らされている彼女だけだ。


賢者「矛盾してるって君は怒るかもしれないけれど、
   人間ってのは少なからず自分に嘘を吐いて、周りに合わせる生き物なんだ。その方が楽だからね……」

賢者「だからと言って僕の嘘が許される訳じゃないけれど、少なくとも必要なんだ―――」



         ―――僕が僕でいるために


  賢者は、最後の『本音』だけは口にしなかった。誰に聞かれるというわけでもないのに……

賢者「僕が言ったところで、説得力に欠けるしね」

ゾンビ娘「……んん゙~」

  賢者が自虐的にひとりごちていると、それをうるさがるように、寝言で抗議が入った。
 呪文で眠りに落としたため、朝まで起きることは無いのだが、賢者は申し訳なさそうに首を竦めながら彼女の顔を覗く。

  この安らかに眠る、穢れ無き彼女の顔に、どうしようもなく惹かれてしまうことがある。
 それはさながら、街灯に群がる蛾のように。


賢者「さて、と……」

  賢者はベッドから降りて、しっかりと彼女に布団をかけてやってから、ドアへと向かった。


  一応断っておくけれど、僕は別に小説の主人公よろしく『鈍感』のステータスは保持していない。
 それ故に、彼女が僕に向ける『好意』にも、当たり前に気づいている。

賢者「ま、だから何だって話なんだけど……」

  いくら好意を向けられようとも、それは『80年前の僕』に対しての想いであり、『今の僕』には関係ない。

  無論、というのもおかしな話だが、この80年間で女性から好意を寄せられることは、正味の話、結構あった。
 それは『80年前ではない僕』を好いてくれた、ということでうれしくはあったけれど、どうでもいいことだった。


  嘘で足元を固めている僕には、それに応えるような資格なんて無いのだから。


賢者「………不誠実だとは思うのだけれど……」


             ―――キィ…

  閉じられていたはずの扉は、風に舞う木の葉より軽く、簡単に開いた。


  廊下では、骨っ子がワインとグラスを二つ持って、立っていた。

骨っ子「おぅ? ベストタイミングってやつだね」

賢者「……やっぱりドアを塞いでたのは骨っ子だったか……」

骨っ子「ふふん♪ まあね。それより、一杯どう? そろそろ呑みたくなる心境なんじゃない?」

  骨っ子は全てを見透かしたような眼で笑い、グラスを片方よこした。賢者はそれを受け取らずに、聞き返す。


賢者「……どこまで聞いた?」

骨っ子「んーん、何も。  あ、でも―――」



骨っ子「楽でいる為に苦しむより、居場所を探す為に苦しんだ方がいいよって、助言はしとくかなー」

賢者「全部聞いてるじゃん……」

骨っ子「あははー。後はご主人の気持ちを代弁して……
    『5や6を小出しにするなら、いっそ1から10まで説明して欲しい』かな?」


  流石に鈍感な彼女でも気づいてはいるのかな……?


賢者「………まあ、どちらにしろ酒を呑む気にはなれないけど……」

骨っ子「ありぃ、下戸だった?」

賢者「僕と酒を呑むなら、樽ごと持って来い。とだけ言っておくよ」

骨っ子「そ、それはすごいね……でも、酒の力でも借りないと、寝付けないんじゃない?」

賢者「別に……ここ数年は全く寝てないし……」

  呪文を使っても眠ることができない、と言った方が正しいけれど。

骨っ子「え……」


  そのままの意味で、僕は長い間睡眠を摂っていない。嘘吐きであることを自覚してからは特に。
 正直、ゾンビ娘に貧血で寝付かせられた(?)のでも、3年ぶりの睡眠だった。

骨っ子「クマとか出てないけど……」

賢者「クマだろうと疲労だろうと、回復呪文でまかなえないものじゃないからね……きつくは無いよ」

  肉体的にはね。一人でボーっとする夜に、何度狂いそうになったかわからない。


骨っ子「……………」

賢者「あ、そうだ。よかったら組み手、付き合ってよ。箪角弾だけにするから」

骨っ子「本気のバトルでしょーそれ。モンスターフォームでいいなら付き合うよー」

賢者「あはは」

骨っ子「じゃ、訓練場に行こっか」テクテク


  そして、二人は月明かりが差し込む廊下を歩いて行った。
 厭味なくらい明るくて、絡み様が無いほど雲が無い、そんな満月の夜だった。


―――――――――
―――――――
―――――


  ―――――――――

  途切れていた記憶が再びつながったのは、その9時間後。朝8時を回った頃でした。

ゾンビ娘「賢…者様……?」

  寝ぼけ眼のまま布団の中を探るけれど、既に賢者様は起床しているようだ。

  シーツの冷たさが、彼の不在を知らせていた。

ゾンビ娘「………」ボー


ゾンビ娘「 ―――ハッ!?」

  ようやく意識が覚醒する。
 今日は道化師に備えなければならないのだが…

ゾンビ娘「このままじゃ朝ごはんを食べ逃しちゃいます!」

  彼女にとって、そんなことは二の次のようだ。


  すぐに身支度を整え、ドアノブに手をかける。

ゾンビ娘「早くしないと朝ごはんがブランチになりかねません!」ガチャンッ

賢者「焦る基準がよくわからない」

ゾンビ娘「ひゃあっ!?」


  ドアの向こうには、賢者様が立っていた。

ゾンビ娘「ど、どうして……」

賢者「どうしてって……朝ごはん持ってきたんだけど……」

  その手には二人分の朝食を乗せたトレイがあった。まだほのかに湯気が立ち上っている。

賢者「とりあえず部屋、入らない?」

ゾンビ娘「あ、はい」

  ・
  ・
  ・


  ・
  ・
  ・

  賢者様も色々あって朝食の時間を逃したらしく、料理長に無理を言って作ってもらったそうで。
 有り合わせで作ったと言っていたそうですが、献立はハムエッグにオムレツ、ソーセージ。
 ついでにサラダやヨーグルトという豪勢なもの。あと、何故か私にはフランスパンが丸まる一本用意されていました。

  まあ、ありがたくいただきますけれど。

賢者「いただきます」人
ゾンビ娘「いただきます」人

  まずはオムレツを一口。バターの風味が生かされていて、なんとも言えない旨みを引き出している。
 ハムエッグの方は、ハムの塩気と卵の淡白さのバランスが絶妙で、これが有り合わせだとは思えない。

  そして次にソーセージを……


ゾンビ娘「あれ? ケチャップ……」

賢者「あーごめん、忘れた」

ゾンビ娘「……」シュン

  ゾンビ娘は目に見えて小さくなった。


ゾンビ娘「何か代用品……」チラッ

賢者「何故僕を見る……?」

ゾンビ娘「いえ別に」モッキュモッキュ

  色が同じでも意味が無い。
 ケチャップはケチャップであって、賢者様の血と言えど代用品にはならない。


ゾンビ娘「そのくらいの分別はありますので」

賢者「それは常識と言うんだよ……」

  賢者は寝に見えてげんなりした。


  ふたりはソファーに並んで座ったまま、食事を続けた。

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ゾンビ娘「ところで何故私だけ、」

         ―――ガガガガガガガガガガガガガガガガガ

ゾンビ娘「フランスパン1本丸ごと?」モッフモッフ

賢者「君が一瞬でパンの半分を削るからだよ……
   僕は料理長に何も言ってないから、見抜かれたんじゃないかな? あっちは食のプロなわけだし」


ゾンビ娘「………」

  ……会ってもいないのに大食いキャラだと見透かされた……。

         ―――ギュガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

  何か負けたような気がしたので、残りのパンを全て口に放り込んだ。もちろん賢者様の分も。
 ムシャムシャしてやった。今は反芻している。


ゾンビ娘「そう言へふぁ、 んぐ、 見張ってなくていいんですか?」

賢者「ん、ずっと見張ってたとして、視線で道化師に気づかれてもいけないからね。
   奴が来たら、骨っ子が知らせてくれる手筈になってるよ」

ゾンビ娘「そういう訳でしたか。納得です」

賢者「分かってもらえて何よりだよ。  ――ところでゾンビ娘、」

  話が一段落したところで、賢者様が私の顔をじっと覗き込む。

ゾンビ娘「は、はい。何でしょう……?」

  賢者様は親指で私の口の横を拭うと、


賢者「パンくず、ついてるよ」

  そう言ってパンの切れ端を口に運んだ。
 彼女の顔がケチャップのような朱色に染まったのは言うまでも無い。

―――――――――
―――――――
―――――


  時計の針が10時を回った頃、王城に道化師が現れた。
 その知らせを受けて、城内は静かに、それでいて慌しく動いていた。

賢者「奴が来たって?」

骨っ子「うん、あそこ」

  物陰から身を潜めてその姿を窺えば、いつか見たピエロがそこにいた。
 どうやら兎メイドが対応に当たっているらしく、耳をすませばそのやり取りが聞こえてきた。


兎メイド「ですから、何度も申し上げているように、本日は我が王の公務が忙しく、
     その演目とやらを見る時間を作ることができないのです」

  伊達に75年もメイドを務めていない、言葉遣いは完璧に使い分けていた。

  対する道化師の反応は、

道化師「おや、どうしたものでしょうか……」

  だけだった。


  だけだったのだが……

賢者「………っ!?」

ゾンビ娘「あれは……!」

  賢者とゾンビ娘は、驚愕の表情で固まっていた。


骨っ子「どうしたの…? ご主人?」

ゾンビ娘「―――違う」

骨っ子「え……?」


賢者「声が違う……! あいつは別人だ……!」


  そう、声が違う人物のものだった。

  口調こそ同じであるとはいえ、あのどこか反響したような甲高い音ではなく、
 固まったラードのようにねっちょりとした、肉感のある声だった。


道化師(?)「ふむぅ。それでは、誠に勝手ながら、私めの独断で始めさせていただきましょう。
       ―――幸い、役者も揃っていることですし……」

  偽の道化師が、その首をゴキリと回し、賢者達の隠れている方向をチラリと見る。


兎メイド(こいつ…気づいて……!?)


道化師(?)「まずは……貴女から始めることにしましょう………」グリンッ

兎メイド「……ッ!?」ゾクッ

  首を面白いくらい柔らかく回し、兎メイドの顔を覗き込む泣き笑いの仮面。その魔の手が、彼女へと伸びる。


道化師(?)「あぁ……よくぞここまで育っ……」









賢者「 黙 れ 」ヒュオッ


          ―――メギャ…ッ

  腰から抜刀するように薙いだ銃のグリップが、仮面をがっちりと捉えた。


  泣き笑いから号泣の仮面へと歪んだ仮面に食いつくようにめり込んだグリップには、
 バランスを取って照準を付けやすくする目的で重りを仕込んでいた。

  おそらく、軽い金鎚を振った程度の衝撃がこの刹那に走っていることだろう。


道化師(?)「……グ…ッ ガ………?」ミシミシミシッ

賢者「吹っ飛べ……ッ!!」ギシッ

          ―――ゴシャァッ

  そのまま上半身のバネを限界まで使い、銃を振り抜く。
 その一撃は道化師の仮面を粉砕し、偽者の道化師を薙ぎ倒した。

  薙ぎ払いに寄って生じた慣性に従い、賢者は回転しながら『着地』する。
 賢者は、この一連の動作を全て空中で行っていたのだ。

賢者「ぐ……」

  だが、地に足を着けず、上半身の筋力のみで放った一撃はそれなりに無理があったらしく、片膝をつき、腰の筋を痛めていた。


  賢者が遅れてやってきたゾンビ娘の肩を借りて立ち上がる間に、
 骨っ子が道化師の上に乗りかかり、その動きを完全に抑え込んだ。

骨っ子「御用だー」ズンッ

道化師(偽)「む……っ」ミシミシ

  道化師は苦悶の声を上げ身をよじるが、まったく動けない。
 というよりも、上に乗っかっている青年の重さが半端なものではなかった。


賢者「体重だけ変身を解いたってところ……かな」ヨロ…

ゾンビ娘「わわっ、よっこらしょっと。……あの子の本当の重量ってえげつないでしょうからね」

兎メイド「あいつ飲んだ牛乳のカルシウム、全部吸収するから骨密度やばいぞ」

  化け兎との戦いで骨が折れたことを反省して、毎日飲んでいたそうだ。75年間ずっと、である。


道化師(偽)「………くくく」

  不意に道化師が笑い始めた。額を床に押し付けている格好の為、その素顔を知ることは叶わない。


兎メイド「何だ……こいつ……?」

道化師(偽)「くはははは、本当によく育ったなぁ……この俺の正体を……」ス…

  道化師はゆっくりとその頭を上に向かせる。彼らは、その素顔を初めて見ることになる。


         ―――1人を除いて。



道化師(偽)「かつての飼い主だと気づかないほどに」

兎メイド「………っ」


  男の顔は、どこにでもいるような、平凡な顔だった。
 ただ、醜く歪め、笑みを浮かべたその顔の中で、二つの眼だけがぎょろりと輝いている。


骨っ子「飼い主……まさかお前は……!」

  75年前、化け兎の襲撃の際、その背後に命令を下した人物がいた。
 それは化け兎をペットとして扱い、最後には見捨てて処分した、あの襲撃で唯一尻尾をつかめなかった関係者。

  それが、自分が押さえ込んでいる男だという。

道化師(偽)「まぁ? 尻尾がつかめないのも当然だよなぁ? 俺には尻尾が無いからなぁ!」


骨っ子「………ッ」ブチィッ

  カッとなって、骨っ子は男を渾身の力で叩き潰した。


          ―――ガゴォッ

  しかし、広間に響いたのは石の床を砕く音だった。

骨っ子「なっ!?」

ゾンビ娘「いない……!?」

賢者「いいや……。骨っ子が男を叩き潰す直前、男の身体が萎んでた。……これも言い方が違うか」

  道化師の服を残して、男の身体が消えた。まるで初めから何も無かったかのように。


骨っ子「どこに行った!」

         ―――ガンガンッ

  骨っ子は取り逃がしたことが悔しいのか、何度も残された服を踏みつけていた。

兎メイド「やめておけ骨っ子……あのクソやろうには、尻尾どころか身体すらも無い!」

  メイド服を改造して作ったスリットからスカートに手を入れ、
 腿にナイフよろしく隠し持っていた鋏を抜き出し、彼女は重心を落として攻撃に備えた。


  やがて、男は兎メイドの背後に現れた。

道化師(偽)「その通り。俺は『ゴースト』だぁ」

兎メイド「くそがっ!」ヒュッ

  彼女は振り向きざまに鋏を閃かせるが、鋏は男の身体をあっさりと透過した。

道化師(偽)「無駄無駄ぁ、俺には物理攻撃は効かないぜぇ?」



賢者「………えい」―【箪角弾】― ズガンッ

道化師(偽)「ぐおふっ!?」

ゾンビ娘「まあ、呪文なら効きますよね……」


賢者「とりあえず聞こう。君の本当の名前は何だい? 道化師…ではないんだろう?」

道化師(偽)「く、うぅ……まあな。俺はあくまであいつの協力者、だからよぉ。

      そうさなぁ…俺に名前はねえが、今取り憑いている男の名前を借りて……領主、だぁ」

ゾンビ娘「領…主……」

領主「んぁ? お前さん、なかなか俺好みの……」


             ―――ズガンッ

  男の身体を、再び衝撃が走る。賢者が構えた銃の先からは、硝煙の臭いがしない煙が立ち上っている。

賢者「返答以外では喋らないで」

骨っ子「質問は既に拷問に変わっているんだぜ」

兎メイド「骨っ子、こないだ読んだ小説からセリフを取ってくるな」


ゾンビ娘「それで……一体どこの領主なんですか」

領主「くくく、みんな大好き朱い果実の街だぁ……っと、そろそろか」

  領主は時計を気にし始めた。

賢者「……?」


       ―――バァン

  その時、勢いよく扉が開いた。


伝令役「陛下!陛下は何処に!」

  そこには、慌てふためく衛兵がいた。

兎メイド「どうした、とりあえず落ち着いて状況を話せ」

伝令役「ああっ!メイド長! つい先程、通信用魔方陣から伝令が届きました! 発信元は朱実の街です!」


  全員が領主の方向を見た。

兎メイド「………続けろ」

伝令役「はッ。 伝令には、『朱実ノ街ニテ襲撃開始。魔物ガ聖水ヲ飲ミ干ス異常行動アリ。至急援軍ヲ求ム』とのこと!」


骨っ子「そんな……!」


領主「くけけ、朱実の街で本物の道化師がお待ちかねだぜぇ?」


  俺も、一足先に行って、待っててやるよぉ……

 領主はそう言いながら、その身体をゆっくりと空間に溶かし始めた。


賢者「待て!」―【雷撃弾】―  ズガンッ

  賢者が放った雷光は、むなしく虚空を撃ち抜く。
 同時に、賢者が首に巻く漆黒の布が白い輝きを取り戻し始めた。


賢者「くそぅ……」

  逃げられた。


ゾンビ娘「賢者様!」

賢者「うん、行こう!」

  賢者達が朱実の街へと向かおうとすると、それを呼び止める者がいた。

王「待て」


骨っ子「王様! 今は急がないと…!」

王「分かっている。だが、その前に賢者よ。お前に渡さねばならぬ物がある」

賢者「だったら早く!」

王「ここには無い。ついて来るがいい」

  王は踵を返して通路を歩いて行った。

―――――――――
―――――――
―――――


  ~王城 ―研究室―


  王の後を追って、賢者は火薬と鉄の臭いが充満する部屋にやってきた。

賢者「どうしてこんな所まで……こうしてる間にも……」

王「……だが、それを押してでも必要なことだ」

  彼は部屋の中心にある机の上に置いてあったケースを手に取り、賢者の目の前に差し出した。


賢者「これは?」

王「我が祖父の、最期の作品だ」

  カードの…?

  賢者はケースを手に取り、中身を検める。
 するとその中には、圧倒的な存在感を放つ一挺の銃がクッションに沈んでいた。

王「型は同じものだそうだ……君に渡すよう、遺言と供に遺されていた」


  グリップの底には、銃の銘と、製作者の名前が刻まれている。


  使い慣れた銃と同じ型の回転式大型拳銃  ―――銘を【紺鉦】

 製作者はカード。そして、もうひとり。


王「錬金士。祖父が共同制作を許した、唯一の臣下だった」

賢者「…………」

  賢者は無言で銃を握り締めた。初めて持つのに、まるでそうあるべきだと言わんばかりにすんなりと馴染んだ。


賢者「……それでは、僕はこのまま…」

王「待て。もう一つ、渡すものがある。 白…」


  王が賢者の背後を見据えながら、その名を呼んだ。
 振り返れば、髪と肌が異様に白い女が立っていた。歳は……20代後半に見える。

白「は、はい!」

  女は俯きながらもはっきりと応えた。

王「鍵を……」

白「はい、こ、これ…を……?」

  言われたものを渡す為、顔を上げた瞬間。
 彼女の白い顔が驚きでさらに蒼白になった。その眼は賢者の顔をまじまじと見ている。

白「あ、あなたは……!」


  ああ、そうか。

 賢者はそこでようやく気がついた。


  人差し指を立てて、唇に当てる。王に背を向けているため、この動作を見咎められることも無い。

白「!」

  彼女も何かを察したのか、それ以上は何も言わなかった。


賢者「はじめまして。骨っ子の…お嫁さん……だっけ?」

白「は、はい。白と言います。はじめまして……あ、あの、これ……」

  そう言って彼女は、【鍵】と呼ばれた物を、オズオズと差し出す。


  それは、鍵というよりもペンダントと言った方がしっくりくる代物だった。
 小さな銀鎖でがんじがらめになっている丸い物体を金色の鎖でつないで、首から下げられるようになっているというもの。


王「このケースには、どこかに鍵穴がある。そして、そこには祖父母が君宛てに遺した何かがある、と」

賢者「でも、こんなに鎖で絡められてたら……」

王「祖母の使っていた鎖鞭を材料に作られたものだ。その封印の力で、ずっと守ってきたのだ。……詳しくは白に聞け」


  賢者は再び白の方を向いた。

白「えと、これは私がウィップさんから直接預けられた物で……
  ウィップさんは、『自覚した時に解放されるよ~』って言ってました」

賢者「自覚した時……」

王「何にせよ、失くさないようにするのだな」


  言われた通りに、すぐに首から下げて服の中に仕舞った。……僕の首周り、装備品多いな。

―――――――――
―――――――
―――――



  その後、賢者とゾンビ娘は骨っ子に乗せてられ、朱実の街へとたどり着いた。

 日は既に傾いており、西に広がる平原には、真っ赤に熟れた苺のような太陽が輝いていた。


  彼らはモンスターを蹴散らしながら駆け回り、時は再び冒頭へ遡る。



―――――――――
―――――――
―――――

特に何も言わないけれど、これでも>>447に激怒している。何これ。
あ、今週はここまでです。


  あれから数時間、日は完全に落ち、走り続けた賢者の脚も、次第に疲労でもつれ始める。
 若干欠けた月が煌々と輝く夜空の下、各所に焚かれた篝火が、闇に沈む街を幻想的に照らしていた。

賢者「一体いつまで続くんだ…」

ゾンビ娘「最悪の場合、ここら一帯のモンスターを全滅させるまで、ですかね」

賢者「途方もない話だよ、まったく……」


賢者「おまけに日が落ちたせいで、暗闇に隠れるモンスターも出現し始めてる。厄介なことにね」

  いくら篝火を用意したところで、その数はたかが知れている。
 どうしても照らしきれない暗闇というものが、光の死角があるのだ。


ゾンビ娘「個々が弱くても、数の暴力には流石に対処しきれませんからね」


  彼女が賢者に向き直って話しかけると、
 その背後にある篝火の届かない暗闇の中で、何かしらの影が揺らめくのが見えた。

ゾンビ娘「! 賢者様、後ろ!」

賢者「!」

 「キキッ」

  暗闇の中から飛び出してきたのは、蝙蝠型のモンスター。
 蝙蝠は一目散に賢者の首を目掛けて飛翔した。

賢者「く……ぉっ!」ヒュッ


          ―――ゴッ

  賢者は咄嗟に身を捻って反転し、細身の銃身で弾き飛ばす。
 蝙蝠は民家の壁に叩きつけられ、その破片と供に地面に崩れ落ちた。


  通常、銃身を使ってこれほどの威力で殴り飛ばせば、フレームが歪む。
 オリハルコン製でなければ―――規格化された大量生産の銃であったなら、間違いなく不具合を起こすだろう。

賢者「おお……流石はオリハルコン、傷ひとつ無いよ……」

ゾンビ娘「打つんじゃなくて撃ちましょうよ。カード君泣きますよ?」

賢者「カードが啼くのはいつものことだよ」

ゾンビ娘「言葉の意味が違いますが……」


          ―――カラ…

賢者「む…」

  音がした方向を見遣れば、蝙蝠がふらつきながら起き上がろうとしている。
 それを見て、二人は弛みかけた緊張を再び引き締める。


賢者「……戦ってる間、ずっと思ってたことがあるんだけどさ、」

ゾンビ娘「ええ、奇遇ですね。私も薄々感じてたんですよ」


  今回の襲撃に関わるモンスター達の様子がおかしい。
 戦闘中に感じていた違和感が、目の前にいる蝙蝠によって確信に変わった。

  蝙蝠は傷ついた足を庇いながら、こちらを威嚇している。


ゾンビ娘「この種族には、やや攻撃的なところはありますが、ある程度のダメージを負えば逃げる習性があるはず……
     でも、この子はそのある程度を完全に超えているのに、逃げません……」

賢者「うん。こいつだけじゃなく、他にもそういう習性を持った種族も結構いたけど、
   例外なく、この襲撃においては死ぬまで向かってきた」


  相変わらず、この国を取り巻く襲撃の問題は、他国のそれと比べて一筋縄ではいかないらしい。


 「ギキャッ」

  蝙蝠が苦しげな声を上げながら羽を広げ、一直線に噛み付きにかかる。
 賢者は、その苦しみから一刻も早く救おうとするかのように、銃口をピタリと構えた。

  その時、

        ―――ゴシャッ

  巨大な骨の前足が、蝙蝠を踏み潰した。道端に転がっているその他の屍骸と同じように、哀れな最期だ。


骨っ子「数が多すぎてカバーしきれないよ!」

ゾンビ娘「骨っ子!」


  その足の持ち主は骨っ子だった。

  しかし、その姿は魔王城で見た完全体の大きさではなく、路地をギリギリ走り抜けられる程度のサイズ。
 こちらを見下ろす頭も、恐ろしい巨大な狼の頭蓋があるだけで、他の二つは見当たらない。

  地形に合わせて戦いやすいように、真新しい首輪で調整をしているらしい。これが省エネってやつか。


賢者「やあ、骨っ子、大型種の方はどうなった?」

骨っ子「今のところは粗方片付いたかなー。街の外にも遠征したし」

  こっちも状況は似たようなものだ。
 だったら、この襲撃の謎を少し考察してみよう。


―――――――――
―――――――
―――――

骨っ子「生態を外れた行動……かー」

ゾンビ娘「骨っ子のほうでは何かおかしなことはなかった?」

骨っ子「んんー? どうだろー。もともと大型種は好戦的なのが多いし……
    あ、一つだけ言うなら、戦い方が 雑 かな?ってくらい」

賢者「雑?」

骨っ子「うん。防御を捨てた特攻ばっかりで、戦いたいっていうより、ただ暴れたいって感じだった」


賢者「全部まとめて、攻撃以外の選択を消されたかのような行動……」

  そういえば、忘れてはならない情報があった。
 水位が下がっているとはいえ、モンスターは聖水の水路を越えて来ている。
 その水位を下げた直接の原因、聖水を飲み干したという個体の話も気になる。


賢者「聖水の方は道化師が一枚噛んでそうだけど、
   モンスターの生態異常は、偶然の自然発生、で片付けることもできてしまうからなぁ…」

骨っ子「どっちの謎も、今のボクらじゃ情報が少な過ぎて手に負えないよ」

ゾンビ娘「それは…そうなんだけど……」


  結局のところ、その先にたどり着けずに行き詰ってしまった。
 徒労に終わって感じる、愕然とした疲労感。散々めぐらせ、無駄になった思考。

  迷路の中、ゴールを見ることが出来ても、今の場所からは絶対にたどり着けないと悟ったならば、
 その消費した二つの無駄が、次第に口数を少なくさせるだろう。

  それと同じように、賢者達の言葉も静寂に奪われてしまった。

「……………」
「……………」
「……………」

  無音という耳鳴りが、耳の中で木霊している。


賢者「………おかしい」

ゾンビ娘「へ? そりゃあ今回の襲撃はおかしいところがいっぱいですけど……」

  違う。

 僕が感じた不自然さはそこではない。


  僕らが襲撃の謎を解明できなかったからこそ気づけた変化。





賢者「静か過ぎる……!」


ゾンビ娘・骨っ子「「!」」


  いつからそうなっていたのか。
 夜の帳が下りた街を満たしていた喧騒が、跡形もなく消え去っている。

  耳を澄ましても、聞こえるのは篝火の灯が弾ける音と、静寂が聞かせる耳鳴りだけ。

ゾンビ娘「どうなって……」

賢者「! まさか……」【真・ライブラ】

  賢者は魔力を波のように広げ、それに反響する魔力の流れを察知しようとする。

  すぐ隣に感じる彼女の魔力。とてつもない拒絶の波長を宿した、ケルベロスの魔力。
 街に点在する衛兵らしき人間の魔力。そして、町の中心に集まる一際大きな魔力の塊、住民。

  賢者の呪文が捉えたのは、たったそれだけのものだった。


賢者「生きている魔物が――― 1匹もいない……!」


  どうして……?
 新しい謎に意識を集中させたその瞬間、乾いた音が静寂を打ち破った。

           ―――パチパチパチパチパチ……

   「まさか被害をここまで少なくするとは思っておりませんでしたよ」


賢者「!」バッ

  声の発生源を辿り、辺りの民家よりも高い位置にいるその姿を仰ぎ見る。
 そこには、普段ならこの国の国旗が垂らされていたであろう、民家の屋根から伸びる鉄芯に立つピエロが一人。

  少々欠けていながらもいやらしいほど眩しく輝く月を背景に、僕らを見下ろしていた。


道化師「どうも、お久しぶりでございますねぇ……!」

  のっぺりとした仮面の向こう側で、彼の顔が嗤っているのが手に取るように分かった。


道化師「どうやら、何も掴めてはいないご様子で。流石の私めも失笑に嘲笑を重ねて、失嘲を禁じえませんよ」

  数日前と何一つ変わらない、甲高い金属質の声。
 長ったらしく、人の神経を逆撫でする口調。間違いようがない。

賢者「道化師……!」

道化師「その通りでございます。ふふふ、この状況も面白いのですが、僭越ながら私めが2、3ヒントを差し上げましょう」

  彼は楽しそうに両手を広げ、胸の前で拍手を一つ。
 再び開かれた手には、月明かりを反射して輝く水で満たされた小瓶が。

  そして、左手でその小瓶の上端を持ち、紹介するような手つきで続ける。



道化師「さぁ~皆さん! 本日ご紹介するのは、高純度!高品質の『聖水』でございます!
    見てください、この、スタイリッシュでかっこいいデザインの、ボデェー↑!!!」


             ―――ブチィッ

賢者「―【激流弾】―!!!」ズガンッ

  流石に僕もキレた。


  無言で撃った魔力の弾丸は聖水の小瓶を掠め、瓶はその手からポロリと逃れ落ちる。

道化師「わっわっわっと…」

  お手玉をするかのように、幾度となくその瓶をはじきながらも、指先でキャッチ。
 その慌しい動きだけを見れば、陽気なピエロそのものに見えなくもないが、賢者は警戒の色を強める。

  その目は、あれだけ暴れたのにもかかわらず、鉄芯の上で微動だにしない男を見据えていた。


道化師「まったく……失礼な方ですねぇ。失礼に失礼を重ねて失2礼な方ですねぇ」

賢者「……なんだかつっこむのも面倒になってきた」

ゾンビ娘「賢者様、しっかりしてください」

道化師「ふふ、では話を戻しましょうか。
    先程ご紹介した聖水、モンスターにとって毒となるアレ、でございます。

         ―――たとえば……」キュポン


  道化師は瓶の栓を外すと、賢者達がいる路地全体に散らすように撒いた。
 狐の嫁入りのような、少量の水滴。その一粒一粒が、宵闇の中では金剛石の輝きのようにも見えた。

  賢者とゾンビ娘は、その雨を鬱陶しそうに腕で遮り、顔を覆ったが……



          ―――ジュゥゥ……

骨っ子「くぅ……ん……っ」

ゾンビ娘「! あぁ……!」


  何かが焼け付く臭いや苦しげな泣き声と供に、骨っ子の体から小さく白煙が立ち上る。
 聖水は、その骨の表面を舐めるように溶かしていた。

  忘れてはならない。人間を慈しむ心を持つとはいえ、彼の力は、身体は、モンスターのそれなのだから。


道化師「――このように、魔族に対して絶大な効果を持つため、街の守護等に用いられます」

  道化師は半分ほどに減った小瓶を、自らの顔の前で振りながら、くっくっと楽しそうにのどを震わせている。

道化師「流石は高純度。高位種のスカルケルベロスにも効果があるとは……
    あの領主も、随分といい物を用立ててくれましたねぇ。

                 まぁ、もう必要ありませんが」スル…


  瓶の上端をつまんでいた指を緩め、瓶はするりとその手から離れていく。

賢者「……そろそろ降りてきたらどうだい? 結構首が痛いんだよね、この体勢」

  対して、賢者は自由落下する聖水には目もくれず、道化師から目を離そうとはしなかった。


           ―――ガチャン

  レンガの路地と激突し小瓶が砕けようとも、彼は何の反応も示さない。
 耳をつんざく音にゾンビ娘がびくりと身体を強張らせたのが分かったが、それだけだ。


道化師「これはこれは。そこまで気が回りませんで、申し訳ございません。

    ―――ああ、最後まで説明したかったのですが、時間切れです」クッ


  道化師は指を構え、そして鳴らした。



           ―――ズズンッ

賢者「わっ!?」

ゾンビ娘「きゃっ!?」

  しかし、賢者の耳に届いたのは軽やかな指の音ではなく、地響きが鳴らす、重低音の警鐘だった。


賢者「な、何だ……!?」

  あまりの揺れに立っていられなくなった賢者が叫ぶ。

           ―――ズン……ズン……ズズン……

  地響きは依然として続く。


ゾンビ娘「足…音……?」

骨っ子 ピクッ

  骨っ子がはじかれた様に西の空を振り向いた。
 飼い犬や猫が時折そうするように、虚空をじっと見つめたまま、彼はぽつりと呟く。


骨っ子「巨人族……?でも、この心音は――」

道化師「止まっていますよ。彼らは私めが動かしているだけの、ゾンビですから」


骨っ子「死体……? これ、全部?」

道化師「ええ」

骨っ子「そんなっ! だってありえない!」

  その大きな身体を震わせながら、彼は絶叫する。



骨っ子「15体同時なんて……!」


賢者・ゾンビ娘「「!」」


道化師「ええ、その通りです」

  当然でしょう? とでも言わんばかりに自身に満ち溢れた短い返事。
 今までゾンビに深く関わってきた3人だからこそ思い知らされる。このネクロマンサーの異常性を。


  ―――――――――

   【死体使役術】

  死体に特殊な術式を組み込み、意のままに操ることを可能にする術。
 なお、現在は倫理的な観点から、禁術とされている。


ゾンビ娘「その実態は、自らの意識の一部と同調させ、延長された肉体を動かすように脳で命令する。

     なんて、難しい言い方をしますが、早い話が『操り人形』ってことです」


  だが、操れるゾンビの数は2体。無理をしても精々3体。
 一つの脳でそれだけの数の身体を操るのだから、決して超えることの出来ない限界。
 マリオネットを操る芸人も、その手の数以上の人形は操れないことに準ずる道理である。


賢者「それは、人間であれ、魔物であれ、絶対に覆せない。なのに15体……。君は一体……」


道化師「はて、そのようなことをおっしゃっている場合でしょうか?
    既に演目は、次の章にまで進んでいるのですよォ……?」



           ―――ズズ……ガゴォッ

  街の外周で、何かが壊れる音がする。

  まさか、巨人を一直線に避難所に向かわせるというのか……?


道化師「さあ、高遠で宏遠な好演を公演いたしましょう」


―――――――――
―――――――
―――――




           ―――グシャッ

  これは、何の音だ……?


ゾンビ娘「   ッ!!」

  彼女は、誰の名を呼んでいる……?


賢者「――――…ァ……」

  真っ赤な視界の中で、少年は立ち尽くす。


  血で霞む瞳に、高速で跳ね回る数個のゴム鞠が映る。
 どうやら、僕を中心に跳ね回っているらしい。

  自分の目が捉える人影がさらに一球を投じると、ゴム鞠同士が作用しあい、全ての球が僕を襲う。

  ゴム鞠は高速で動いているのにもかかわらず、賢者の意識にはゆったりとした時間が流れていた。
 やがて、ゴム鞠は賢者の身体に到達し、保有する運動エネルギーをぶつけては離れていく。


           ―――グシャッ

賢者「―――ぅ…あ……」


ゾンビ娘「賢者様ぁ!」

  彼女の声は、今にも泣き出してしまいそうなくらい、震えている。
 いや、それとも僕を中心に飛び回るゴム鞠に阻まれて、僕に近寄れないことに歯噛みしているのか。


  ついに膝をつき、賢者は為す術なく地に伏せる。

  傷だらけの右腕には銃を。その力は弱々しくも、決して離さずに握り続けている。
 直前まで左手に握っていた予備の弾倉には、発動限界ギリギリまで充填した雷角ノ神弾が6発分。あったはずなのだが……

  倒れた拍子に取りこぼしてしまい、どこかへ転がって行ってしまっていた。


賢者(どうして………)


           ―――ゴシャッ

賢者「ガフ……ッ!」

  賢者が倒れ伏している間にも、対峙している男は容赦なく追い討ちをかけてくる。

道化師「くくく……」


ゾンビ娘「どうして、賢者様が―――」


  賢者の身体はボロボロだった。いたるところに打撲や擦過傷。
 彼女の記憶にある賢者は、たとえ魔王戦でもここまでの窮地には追いやられてはいなかった。

  だからこその、「どうして」


ゾンビ娘「どうして賢者様が、一方的に……!」

  嬲られているのか。
 そして、その疑問の根本に位置する、最大の謎。



賢者(―――どうして僕の攻撃が、ダメージを与えられないのか……)


  迫りくる巨人族を骨っ子に任せ、彼らは道化師を直接叩くことに決めた。
 ここまでは良かった。巨人族は現に抑えているし、おかげで彼らは道化師に集中することが出来た。

  だが、唯一の誤算が、地理的条件と相性の悪さだった。


道化師「おやおや、もうお疲れのご様子。まだまだ演目はこれからだというのに、もうお帰りになられるのですか?」

賢者「うるっ…さい……!」ガッ

  地面に殴りつけるように左手をついて、上半身を起き上がらせる。
 さっきから痛みでうまく動かせない右足を無理矢理踏み出し、体勢を固定。

賢者「あ、あああああああっ!! ―【雷角ノ……」



             ―――ガシュッ

  賢者の右頬に、鉄球のように重いゴム鞠がめり込んだ。

賢者「あ…ぐ………っ」

  その衝撃で左に薙ぎ倒されながら、指が反射でピクリと動き、引き金を引いた。
 いわゆる「ガク引き」という状態。ブレるせいで命中精度なんて当てにはできないが、
 女神と勇者の力を込めた弾丸は、運良く道化師へと直進していった。


道化師「ほぅ――」スッ

  道化師は真っ白な手袋で覆われて、素肌が一切見えない左手を突き出しただけで、避けようともしない。

  賢者の魔法弾はその手に触れた瞬間、まばゆい光を放ちながら散らされた。
 まるで、道化師の前に透明な壁でもあるかのように、弾丸は拡散してく。最後には、握りつぶされた。


ゾンビ娘「また……止められた………?」

賢者「どうし……て…」


  わけが分からなかった。

  魔王でもなければ、一撃で沈められると言っても過言ではない、雷角ノ神弾。
 女神の呪文【ライデイン】と勇者の破壊呪文【アポカリプス】。
 それらを一つの弾丸に融合させた最強の一撃であるはずなのに、いとも容易く止められた。

  いや、雷角ノ神弾だけではない。箪角弾も、激流弾も、賢者の呪文も、何もかもが通用しなかった。



           ―――グシャッ

賢者「――――……」

ゾンビ娘「賢者様!」

  もう何回目かも分からない、ゴム鞠による一斉攻撃。賢者は苦悶の声すら上げられないほど衰弱していた。

  狭い路地の中、道化師とゾンビ娘の間には、賢者の周りを高速で跳ね回るゴム鞠が道を塞ぐ。
 彼女は道化師に攻撃をすることも叶わず、賢者の傷を治そうにも、ゴム鞠に阻まれて近づけない。


ゾンビ娘「この――っ」

           ―――ビチッ

ゾンビ娘「あぅ…っ」

  無理に近づいて鞠の動きを止めようと手を伸ばすが、彼女のか細い指では、弾かれるばかり。


賢者「……【――――】」ボソボソ

道化師「どうやら回復の呪文を唱える声も嗄れているようで……」


           ―――ガキンッ

道化師「む?」

賢者「ハァ――ハァ――」

ゾンビ娘「あ……」

  賢者は銃口を地面に押し付けるような形で起き上がる。
 その手の震えで銃をカチカチと鳴らしながら、それを支えに中腰の体勢になる。


賢者「ゾンビ娘……『準備』よろしく………」フラ…

ゾンビ娘「!」



賢者「 ―――……―【爆裂弾・三点撃】―」


  瞬間、足元が膨張した。


道化師「な……っ!?」

  地面が泡のようにぶくぶくと膨らみ、賢者の動かない身体を持ち上げる。そして、


           ―――ぱちんっ

  熱風を撒き散らしながら、はじけた。
 賢者は爆風に身を任せ、爆風に身を焼かれながらも、爆風に運ばれた。


賢者「……―――――」


  賢者のHPは、そこで尽きていた。


道化師「自滅……!?」


  だが、そこで賢者の体が光に包まれる。生気を失った身体に、再び火が入る。


賢者「ハロー」

道化師「―――リレイズ……!?」

  賢者は、道化師のすぐ目の前にまでやって来ていた。


  道化師のニタニタと笑っている仮面を左手で掴み、銃を振りかぶる。

賢者「ようやく、捉えた―――」ヒュッ

  賢者は握り締めたその銃把を用い、道化師の額に振り下ろした。






道化師「さて、それはどっちの台詞でしょう?」


           ―――パァーン

  乾いた音が響いた瞬間、再び街に静寂が訪れた。


道化師「ふふふ、一度言ってみたかったんですよねぇ。『つかまえた』からの『それはこっちの台詞だ』というのを」

  立ち込めるのは、硝煙の不快な臭い。
 その発生源は、賢者の脇腹。そこに押し付けられた、回転式小型拳銃からだった。

賢者「かは……っ」

  地面にボタボタと血が落ち、賢者は膝を屈した。


道化師「もう最近では、このような銃も一般的になってきているんですよ?」

  その可能性を考えなかったんですか? と、道化師は嘲笑った。


道化師「惜しかったですねぇ。あと少しで、本当に私めの事を捉えられたというのに……」

賢者「……………」

  賢者は無言。


           ―――カチャッ

  代わりに、撃鉄を引く音が応えた。


  ――――捉えたのは、お前じゃない。と……


  賢者は銃を下に向けて構えていた。
 自らの血で濡れた地面の上、そこに転がっている、底面を上に向けた予備の弾倉に向けて。


賢者「―【雷角ノ神弾】―」


           ―――リィィィィィィィン

  弾倉に込めていた6発分の魔力が、賢者の放った雷角ノ神弾を火種に、暴発した。


  発動限界まで充填した魔力は全て、地面に向かって放出される。
 弾倉はその反作用によって音速の壁を越え、高速で打ち上げられる。

  今度こそ、賢者の攻撃が道化師の仮面に減り込んだ。


道化師「ぐぶ……っ!?」

  道化師の視界の中で、火花が散る。


           ―――ターン ターン

  その手に握った銃を、無茶苦茶に撃ち鳴らす。
 手ごたえ……と言うのもおかしいが、当たったという実感は無かった。


道化師「ぐおお……」

  ようやく道化師の視界が回復すると、賢者もゾンビ娘も、どこにも見当たらなかった。


道化師「ふふ、ふふふ。いいでしょう……。次の演目は『かくれんぼ』といったところでしょうか。付き合ってあげましょう…」

  そして、道化師は静かに歩き出した。


  やがて、誰もいなくなった路地に、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
 遠くでは、狼の遠吠えらしきものが3つ、重なって聞こえていた。


―――――――――
―――――――
―――――


  ~朱実の街  ―路地裏―


  しとしとと雨が降っている街の中で、賢者とゾンビ娘は酒場の入り口に座り込み、雨をしのいでいた。

ゾンビ娘「―――ん…」

  ゾンビ娘は、自らの左胸に突き刺していたダガーを引き抜いた。
 着物ではなく、王城で貸してもらった身軽な服装の襟元を直しながら、手を入れて自分の胸を確かめる。


ゾンビ娘「相変わらず、傷が残りませんね……」

賢者「残ってたら死んじゃうじゃないか」

ゾンビ娘「それもそうですね……というか、初めてこのダガー本来の使い方が出来た気がします」

賢者「ああ……カードも、戦闘離脱用に創った能力だって言ってたしね……」

ゾンビ娘「本当に、人為トランスが無かったら危なかったです……」


  あまり使うことも無かったために、そろそろ記憶から薄れ始めていたこの能力。


 ―― 『人為トランス』

  かつてのパーティーの一人、そしてこの国の先々代の王、カードが作ったオリハルコン製のダガーナイフ。

  これを心臓に突き刺すと、血液内の魔力を暴走させて爆発的な身体能力を得ることができる。
 そのステータス上昇は、か弱い女の子であるゾンビ娘ですら、肉体強化を施した魔王と互角に立ち回れるほど。


  賢者の一撃によって道化師の視界から二人が外れた瞬間に、ゾンビ娘が人為トランス。
 そのまま目にも留まらぬ速さで賢者を抱え、戦線を離脱。そして現在に至る。


賢者「なんだろう、よくよく考えてみれば僕らはカードに命を救われてばっかりだね」

ゾンビ娘「まあ、カード君は歴史に残る偉人になってしまいましたからね……」


  公に残るカードの経歴を振り返れば、かつての勇者のパーティー、魔導師の子孫。
 魔王討伐後、民を苦しめていた王制に反旗を翻し、そのまま王になり、その偉業により後に不殺の王と呼ばれる。

  魔道具の開発にも勤しみ、様々な新しい魔法を創る。科学の分野にも手を出し、今の蒸気機関の原型も造ったとされる。


賢者「一般人からしたら、僕よりカードの方が有名なんだよね」

ゾンビ娘「というか何ですかこの完璧超人」

賢者「実物はウィップの尻に敷かれた色々残念な男なんだけど……痛てて…」

ゾンビ娘「! 賢者様、傷は治しましたか……?」

  彼女は心配そうに、左手の甲を押さえる賢者の顔を見つめた。


賢者「ああ、うん。擦り傷と打撲ばっかりだったから、すぐに治ったよ」

  そう言って賢者は笑うが、その左手からは依然として血が流れ続けていた。


  その傷は、小指から手の甲の中心までを斜めに横切る、一本の線のようだった。

ゾンビ娘「でもこの傷……」

賢者「―――何故か、治りにくいんだよね……いつ怪我したのかは知らないけれど」

ゾンビ娘「だったら手当てを!」バッ

賢者「いいよ、そこまでしなくても」

  賢者は、バッグから色々と取り出そうとする彼女を、手振りで止めた。


ゾンビ娘「で、でも……」

賢者「この程度の傷なら、舐めときゃ治るって」ヒラヒラ

  その左手を振って、大丈夫だ、というアピールをしてくる。


           ―――ガシッ

  彼女はその手を握って、言った。


ゾンビ娘「だったら――――私が舐めても……いいですか?」


賢者「え゙……」

  彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。

賢者「え、えーと……」

  賢者はどうしたらいいのか分からず、目を泳がせている。

賢者「え、あ……  欲しいの……?」

ゾンビ娘 コクリ

  躊躇いがちに頷いて、彼女は言う。



ゾンビ娘「お腹……空きましたもん」


  そういえば、昼も晩も、何も食べていなかった。

―――――――――
―――――――
―――――



           ―――ちゅ…ち……

  雨の音に紛れる、血を啜る音。

  手の甲に走った赤い線を舌でなぞり、皮膚を伝っていく血液を絡め取る。
 露わになった傷口を何度も唇で食んでは、その度に滲む血を口の中に溜めていく。

  そして、その柔らかな口唇をぴたりと押し付けて、吸う。
 組織を傷つけはしないように、あくまで、いたわるように優しく。

ゾンビ娘「ん、く………」

  はぁ……


  しばらくして、口の中に溜め込んでいた血液をこくりとのどを鳴らしながら飲み込み、艶めかしい吐息を吐く。

  手の甲の傷は、血が止まったようだ。


  賢者は彼女に手を預けながら、その顔を見ていた。
 彼女が手の甲から小指へと口を移す時、その上目遣い気味な双眸と視線が絡まる。


ゾンビ娘「あ、あぅ……」

賢者「ん?」

ゾンビ娘「……み、見ちゃダメ…です」

  声が少しずつ小さくなり、最終的にはゴニョゴニョと口ごもりながら俯いた。


賢者(あ、耳まで真っ赤……)

  こんなことをしているのが、どうにも恥ずかしいらしい。
 食欲が発端とはいえ、今更自分の行動を恥らうとは、一体どういう風の吹き回しだろうか。

  いつもの彼女なら……と考えたところで、今の彼女は正気だったと思い出す。


ゾンビ娘「と、とにかくっ! 見ないでください…!」


  若干慌てながら、小指の傷に口を寄せる。
 こちらの傷は放っておいたせいか、傷口から溢れた血が、小指の先まで垂れていた。

  いちいち舐めるのも面倒になったのか、小指を根本まで咥えて、吸った。
 小指とはいえ、根本まで口の中に入れてしまうと、それなりに苦しい。
 それに、口と指との間に隙間が生じ、吸うたびにじゅるじゅると下品な音が響く。


賢者「……………」フイ

  顔を背けて、賢者は頬を掻いた。

  彼女が自分の指を口に含み、もごもごとしているのは……何と言ったらいいのだろうか。見ているこっちが恥ずかしくなる。

ゾンビ娘「ん……ふ………」

           ―――ち……ぢゅ……


           ―――ちゅる……

  指を吸いながら、ゆっくりと口を引いていく。
 唾液と血液とを啜る音が途切れ、彼女の口は完全に指を離れた。

  舌を覗かせて唇を小さく舐める彼女の口と、賢者の小指の間では、唾液が透明な糸を引いていた。


ゾンビ娘「……………」

賢者「……………」


賢者(何この雰囲気。誰か助けてください)

  結局のところ、ノリでこんなことをしてしまっていた彼らの間に、気まずい沈黙が訪れる。

賢者「えーと……」

  左手を服の裾で拭いながら話題を探すが、この状況を打破できるようなものが見つからない。
 それでも必死に考えていると、隣から何やら奇妙な音が聞こえてきた。


           ―――きゅるるぅ~

ゾンビ娘「………」///

賢者「おおぅ…」

  空気を読まない腹の虫に、賢者はげんなりした。
 だが、そのおかげでようやく思い出したものがある。


賢者「あ~…そういえば……あった。 はい」スッ

  ポーチから四角い包みを取り出し、ゾンビ娘に差し出す。

ゾンビ娘 キュルル~?

賢者「携帯食料。最近は食べるものに困らなかったから、一個残ってたの忘れてたよ」

ゾンビ娘「でも、そんなの悪いですよ」キュルリ…


賢者「腹の虫で返事をしたり、涎を啜る擬音を表現するくらいなら、さっさと食べなさい」

ゾンビ娘「………それなら、半分だけ…」


ゾンビ娘 モッキュモッキュ

賢者 モグモグ

  黙々と携帯食料をもぐもぐする二人。
 ………相変わらずこの携帯食料は口の中の水分をほとんど持っていく。


ゾンビ娘「ご馳走様でした」

賢者「満足……はしないよねぇ…」


  ポーチの中をもう一度漁るも、特にめぼしいものは見つからない。
 あれが正真正銘、最後の一個だった。


ゾンビ娘「無いよりはマシですよ」キュルゥ…

  そう言って彼女は笑った。
 この際、不満そうな腹の虫は聞かなかったことにしてあげよう。


ゾンビ娘「……くしゅっ」

賢者「寒いの?」

ゾンビ娘「い、いえ……」ブルッ

  夜になって、気温は急激に冷え込んだ。加えてこの秋雨。
 座り込んでいる酒場の石畳は、じわじわと冷気を帯びてくる。

  それに、彼女の着物に比べれば、今着ている洋服は若干寒い。彼女が寒く感じるのも、当然だ。


ゾンビ娘「大丈夫ですから気にしないでください……くしゅっ」

賢者「いや、気にするよ……」

ゾンビ娘「むぅー」


賢者「―――じゃあ、こういうのはどう?」

―――――――――
―――――――
―――――

今日はここまで。さて、彼らは何をするのか……(ストック切れた)

おまたせしました。少ないですが投下します。


ゾンビ娘「じゃんけん?」

  有名な、石、鋏、紙の三竦みによるゲームだ。

賢者「うん。で、負けたほうがあれを取って来るの」

  彼が指し示したのは、向かいの店先に焚かれている松明。
 都合よく屋根の下に配置されていて、この雨の中でも火力を保ったままパチパチと燃えている。

  確かに、あれに当たれば少しは暖かいかもしれない。
 だが、篝火を取りに行くまでに濡れてしまっては、今以上に寒いはずだ。


賢者「どうせ僕が取りに行くって言っても、遠慮して行かせなかったでしょ? もしくは自分で行くか」

ゾンビ娘「う……」

  図星だった。


賢者「だからじゃんけん。これなら公平だろう? 僕も寒いとは思ってるし、いい案だと思うよ」

ゾンビ娘「……わかりましたよ」


賢者「それじゃ、準備はいい?」

  じゃーんけーん……


ゾンビ娘「ポ……
賢者 【ストップ】

  賢者が無言で発動した呪文により、ゾンビ娘の時間が止まる。
 その手は、鋏の形になろうとしている最中で固まってしまっていた。

ゾンビ娘「」ピタァ…

賢者「ふむふむ、鋏か……」

  汚すぎやしないだろうか。


賢者「公平だと言ったね、あれは嘘だ」

  賢者はそう言いながら、自分が出す手を決めた。

  そして、止めていた彼女の時間が動き出す。


  誰が火を取りに行かされるのか、言うまでも無い。まさに、火を見るより明らかだった。


―――――――――
―――――――
―――――


  「くしゅんっ」パシャパシャ

  さらに強くなっていく冷たい雨の中、水が跳ねる音とくしゃみが聞こえる。


 火を手に入れた後は、松明を濡らさないよう、雨粒をはじきながら走った。結構、洒落にならない水量だった。




賢者「はい、取ってきたよ」ポタポタ…

  彼は自らの髪の先から雫を滴らせながら、笑顔で火を持ってきた。


ゾンビ娘「ふふん♪ くるしゅうない、です!」

賢者「くっ、これが言いだしっぺの法則ってやつか……!」

  そういった彼の顔は悔しそうに歪みながらも、目には微笑ましい暖かい光を宿していた。


  組まれていた木をばらし、簡易的な焚き火の形にしてそれも燃料にした。
 これで、幾分かはマシになるだろう。

  しかし、酒場の店先で焚き火なんてしていいのだろうか。もし煤が残ってしまったら謝ろう。


ゾンビ娘「どうしてこんなに寒いんでしょうか……。私の記憶違いでなければまだ、秋ですよね……?」

賢者「この辺は毎年こんなものだよ」

ゾンビ娘「私の故郷ではまだ暖かかった気がするんですが」

賢者「そりゃあ場所が違えば気候も違うさ。というか80年も彷徨ってたのに、記憶に無いの?」

ゾンビ娘「後半は気が狂って意識がほぼ無かったんですよ! 言ってませんでしたっけ!?」


  賢者にしてみれば、初耳である。時間があれば、今度聞いてみようと心に決めた。


  ちなみに、この国はどちらかと言えば北国の部類に入る。
 対して、ゾンビ娘の故郷である龍の国は比較的温暖な気候にあるため、当然気温や天気にそれなりの差がある。

賢者「まあ、その違いは冬が一番顕著かな? 最低気温10℃違うらしいし」

  最後の一言がとどめとなって、彼女は頭を抱えた。


ゾンビ娘「………こたつが欲しい…」

賢者「KOTATU?」

ゾンビ娘「龍の国に伝わる、私が知る限りで最強の暖房装備です。ぬっくぬくでほっこほこなんですよ」

賢者「へぇ、それは見てみたい」

ゾンビ娘「ただし、この装備は呪われています」

賢者「えっ」


  彼らは、撤退して隠れていることも忘れて、そのこたつの呪いとやらについて詳しく話をした。

  それによれば、なんと、人を惑わせ、一度囚われれば簡単には脱出できないという。
 しかも、犬や猫などの動物も例外ではなく、どんな生き物も骨抜きにされるらしい。

  骨っ子が囚われたら、存在そのものを消されかねないのではないか? おそろしやおそろしや。


賢者「あははははは! はー…おっかしい…  」


  賢者はひとしきり笑ったのち、俯いて呟いた。

賢者「呪い、ね……」

  俯いて、絡めた左右の指を見て、 ―――勇者が咎めの帯布と呼んだ真っ黒な証を視界に入れた。


  その行為を、彼女は左手の傷を見ているものと思ったらしい。
 賢者の言う呪いとは、まったく異なることを言った。

ゾンビ娘「呪い……そうですね、その傷が治らないのも、回復阻害の呪いでは?」

賢者「ん? あ~そうだね。そうかもしれない」

  彼はあやふやな生返事を返しながら、左手を目の前に持ってくる。
 その手で、何も無い虚空を、冷たい空気を掴もうと、握ってみた。

  甲の皮がつっぱり、痛みを訴えてくる。
 その傷口はじくじくと水気を持ちながらも、少しずつ固まってきていた。


賢者「―――血が凝固する感触なんて、何十年ぶりだろう……」

ゾンビ娘「そうですね……私も回復呪文を覚えてからは、そういうのを体験した覚えがありません」

賢者「僕もだよ。傷がすぐに治らないなんて、意外と不便なんだね」


  しかし、同時に彼はこうも思っていた。

賢者「でも、『生きている』って感じはするかな……少なくとも、『僕』が………」


ゾンビ娘「まあ、私はそれを感じる機会は一生無いのでしょうけど」

賢者「あ、ごめん」

  彼女は、再生の魔道式を身体に刻み込まれている為、傷は片っ端から治ってしまう。

ゾンビ娘「いいんです。これのおかげで得た物も多いんですから。
     それより、その傷、本当にどうやってついたんでしょう……。切り傷のように一直線ですし……」


賢者「………さあ?」


  本当は、この傷がいつ、どうやってついたのか知っている。
 ただ、言いたくないだけだ。言ってしまったら、きっと彼女は余計なことに気がついてしまう。

  ここで彼女に『嘘』を吐くのは、これが贖罪だからではないし、僕が嘘吐きだからでもない。

 ただの、男としての意地だ。


賢者「……………」

ゾンビ娘「……賢者様?」

賢者「……………」

  ゾンビ娘が呼びかけても、賢者は火をじっと見つめたまま微動だにしない。
 その目に映り込んだ火が揺らめき、まるで涙で瞳が潤んでいるようだった。


           ―――パキッ

  焚き火の中で、木がはじけた。
 火は煌々と輝き続け、二人の顔を照らしていた。


賢者(僕はいい格好しいだな……)

  賢者は誰にも弱味を見せたがらなかった。殊に、彼女には。


  女神の行った黄泉還りの際、賢者は自分を見失った。それは呪いとして精神を蝕み、やがて身を滅ぼす。
 誰にも打ち明けられない呪いに、隠す為に吐いた嘘に、どんな人間も参ってしまう。

  勇者は説明の際、「苦しいなら嘘なんかに甘えず、誰かに甘えて、慰めてもらえ」と言っていた。
 その誰かは彼女しか考えられなかったが、賢者は『嘘』を選んだ。

賢者「ハハ…」

ゾンビ娘「………?」


  今まで歩んだ人生を振り返ってみれば、真っ赤な絨毯を敷いたような紅蓮の道が伸びていた。
 この赤は全て、僕の血だ。僕が吐いた、嘘だ。

  たとえこの道をさらに伸ばしてでも、彼女に弱味を見せたくなかった。


賢者(でも……それはどうしてだろう……)

  自分をまるで完璧な存在であるかのように慕ってくれる彼女を、失望させたくないから?

賢者(いいや違う)

  それを否定して、火に当たる彼女の顔を盗み見る。
 焚き火の温かみに触れて、顔を綻ばせている彼女は、とても眩しかった。

  だから僕は……



賢者「憧れてたのかな……」


ゾンビ娘「ふぇ?」

  他人に運命を捻じ曲げられ、振り回されようとも、どんな時も屈託なく笑う彼女を、尊敬してきた。
 尊敬する人の前では、必要以上に自分を良く見せようとする、そんな人間らしい心理が働いたのだろう。

  憧れはいくら手を伸ばそうとも届くことは無い。いや、憧れる為に遠ざけている。


賢者「だから僕は甘えようとしなかったのか……」


           ―――パキッ

  また、はじける音がした。
 はじけたのは、どの薪なのだろう。揺れる火を見つめるが、分かるはずも無い。

  そして、数秒の静寂。雨が止み、全てが口を噤む、眠りの夜。
 静寂が鼓膜を震わせる中、賢者は力を抜いて、壁に身を預けた。

  ようやく一息ついて、力を抜いて、抜きすぎて……


  僕は意識を手放した。



           ―――トサ……

ゾンビ娘「え……?」

  彼女が音に反応して横を向いたとき、賢者は壁伝いに横倒れていた。赤い、水溜りの上で……


ゾンビ娘「賢者様、賢者様!」

  閑散とした路地に、少女の声が転がった。
 他の誰にも聞かせるつもりの無かった声を、賢者は受け止めることなく取りこぼした。

  顔からは血の気が失せ、赤い水溜りは依然としてじわじわと広がっている。

ゾンビ娘「しっかりしてください……!」

  いくら呼びかけても、いくら揺すっても賢者は反応しなかったが、その脇腹から止め処ない血が溢れる。
 血の量に比例するようにして、彼女も叫ぶ。そのたびに届かなかった声は転々と路地を行く。


  そして、その転がった声を拾った者が一人。

           ―――コツ コツ

  靴底を鳴らして近づいてきた。


ゾンビ娘「賢者様……!!」

  叫び続ける彼女だけが、その音に気づかないでいる……。

―――――――――
―――――――
―――――

今日はここまでです。
しばらくの間は更新がまばらになりますが、ご了承ください。


  手放した意識を再び掴んだ時、賢者はベッドの上にいた。
 真っ白なシーツの上に横たえられた賢者の身体は、同じように白く清潔な包帯がそこかしこに巻かれている。

賢者「…ぅあ……っ」ギシッ

  痛みに呻きながら上体を起こして、ベットに腰掛ける。彼は状況が理解できず、辺りを見回していた。


賢者「ここは……宿? 僕は確か……」

  恐る恐る左胸に押し当てた手は、トクントクンと脈打つ鼓動を、はっきりと感じ取っていた。

賢者「はぁ……」ホッ


??『ホッとするのは早いと思うよ』

賢者「!」

  胸をなでおろした瞬間に、その声は話しかけてきた。
 百年近く付き合ってきた懐かしい声。そして部屋の中央に、懐かしい姿があった。


賢者『おはよう。そして、久しぶりだね、「僕」』

  それは80年前の、死ぬ直前の彼の姿だった。

賢者「………嘘でしょ?」

賢者『「僕」と違って嘘は吐かないよ』


賢者「知らないうちに頭打ってたかな……幻覚を見るなんて……」

賢者『そっちなのか――……』

  彼は目に見えてげんなりした。賢者と、まったく一緒の仕草で。


賢者「……冗談だよ。で、何で君は僕の前に現れたんだい、幻者?」


幻者『濁点をつければ区別できるとでも思ってるのかい?』

  というよりも、あながち冗談にしていない。



幻者『それに、僕らは区別することに意味は無い。
   なにせ、僕は君で、君は僕だ。区別して考えることなんてできないよ』

賢者「ふざけないでよ。僕と君じゃあ、決定的な違いがあるだろう?」


  幻者、かつての賢者の姿をしている男は、死んだときの姿をそのまま持ってきている。
 つまり、『彼』には左腕が無かったし、咎めの帯布も巻いていない。

  対する「賢者」は―――


賢者「僕には、【名前】が無い」



幻者『うん。「僕」は名前だけじゃなく、その存在を証明するあれやこれを失くしている。
   それは哲学者が難しく考えすぎた結果、アイデンティティーの喪失を連呼するような生易しいものじゃない。
   そんなもの、『僕』に言わせればただの考えすぎ。痛々しい十二歳の病だとしか言えないよ』

  『彼』は厳しく吐き捨てた。まるで、自分のことのように。


賢者「朝起きて鏡を見たとき、写り込んだ人間を瞬時に自分だと認識できないってのは、結構来るものがあるからね……」

  自分の記憶にある、自分の顔と照らし合わせて、機械的に理解するしかない。


幻者『でも、僕が苦しんでるのは、それが原因ではない』

賢者「……………」


  女神が僕にかけた呪い。

 魔王に関わった者から知覚されず、自分も彼らを知覚できなくなる
 『すれ違いの呪い』は、時間が経てば解けると説明されていたし、僕を守る為だと割り切っていたから、辛くは無かった。

  現に、この呪いは既に解けている。


  また、自らの存在を証明する、名前を含めたあれこれを失うことは、呪いでも何でもない。
 それは魔王と僕、二人分の黄泉還りの代償だから後悔はしていない。

  ただ、僕を苦しめているのは―――


幻者『『僕』を葬ったこと、だろう?』


賢者「………そうだよ」

  僕は苦笑して、その時を思い出す。


―――――――――
―――――――
―――――


  気がついたときには、魔王城の残骸の上にいた。
 ゾンビ娘にはここまでしか説明しなかったが、勿論この先のエピソードだって存在する。

  僕にとっては思い出す度に胸中が悪くなるような苦いエピソードなのだが、この際向き直ってみるのもいいだろう……


  僕は大理石の玉座の上で最期を迎えたが、目を覚ましたのは玉座ではなく、ただの瓦礫の上だった。

  服は着ていたけれど、銃や鞄、その他諸々は見当たらなくて、その身一つで辺りをうろついた。
 正確には、荷物があるかもしれないと思って、玉座を探していた。


賢者「そうしたら、案の定玉座の上にあったんだよ……」

幻者『『僕』と一緒に?』

賢者「……うん」

  つまり、玉座の上には生命活動を停止した『僕』がいた。
 それはもう大慌てで手鏡を見たが、そこには玉座で眠る男と同じ顔が写るだけ。

  隻腕で、血だらけで、薄汚れた服を着ていて、涙の跡をくっきりと残した女顔。
 この時ばかりは、瞬時に『これ』が『僕」だと認識できた。まあ、自分の顔を認識できる最初で最後の機会だったわけだけど。


賢者「たぶん左腕が原因かな」

幻者『盛大に喰い千切られたからね』

  僕は死ぬ直前、竜の首だけになった魔王に左腕を喰われていた。
 どこかの森の山犬の最期よろしく、油断していたところをこう……肩からブチッと。


賢者「そりゃあ左腕が無い状態で生き返らされても困るけど」

幻者『神に出来るのは創造と破壊だけだからね、腕を引っ付けることは出来ないもの』


  そうでなくとも『僕』の肉体は腐敗が進んでいた。
 血は酸化して黒ずみ、ツンとくる悪臭が漂う。おそらくは死後2~3日。

賢者「説明を終えてからの蘇生じゃ間に合わなかったんだろう。女神は新しく僕の肉体を創ったんだ……1gの違いも無く」


  しばらくは愕然として、微動だに出来なかった。
 ようやく思考が回復したとき、僕は『彼』の死体の処理を第一に考えた。

  すれ違いの呪いは、あくまで魔王と僕個人を直接知っている者にしか働かない。
 一般人、第三者が見れば、死んだ賢者と瓜二つの人間がいることになる。それでは女神が懸念した事態になりかねない。

賢者「埋めても良かったんだけどね。でもそれだと万が一掘り返されてしまったときに、
   勇者の遺体だ、やれ聖骸だとか言われて一大事になるだろうし、あの体がそうなるのを見るのは嫌だったからさ……」


  呪文で消し去った。

幻者『骨すら残らないほど跡形も無く、ね』

賢者「うん……。呪文を使えるってことが、僕が賢者だっていうことの証明なのかもしれないけれど、
   この一件で、僕は自分は賢者ではない、別人なのかも知れないって思うようになった」


  自分の死体を見た。処分した。
 ならば、「それを見ている。それを行った自分は何者なのか?」

  ずっとずっと、一人でそんな問いを投げ掛け続けて……


賢者「今の今まで、答えを出せずにいる……」


  賢者は、もはや癖となった嘲笑を浮かべる。勝手に、涙が零れた。

賢者「僕は『賢者』でいたかった……。名前も何もかもを失っても、そうだと信じていたかった……!」

幻者『………』

賢者「だから「僕は賢者だ」なんて嘘を吐いて、自分を嘘で慰めて……。
   知り合った人に賢者と呼んでもらって……! 嘘の名前で不安を誤魔化して……!」


賢者「夜に膝を抱えて自分を責めて……生きてきたんだ……」


  我ながら、暗い人生だ。
 全てを吐き出した賢者は、どこか疲れた顔で吐き捨てた。

  一方の『彼』は苦笑する。

幻者『弱ってる自分を見るのって、なんだかすごく恥ずかしい』

賢者「………人の真剣な悩みに対して何を……―――幻覚のくせに」

幻者『あはは、じゃあその幻覚はそろそろ消えるとするよ』

  彼は踵を返して背を向けた。


幻者『あ、そうだ。その悩み、ゾンビ娘に言ってごらん。
   きっと、悩んでたのが馬鹿らしくなるよ……彼女は「僕」みたいに難しく考えたりしないから』

賢者「……能天気な馬鹿だって罵倒してない?」

幻者『あはは、さあ? んじゃ、本当に消えるとしよう……』


幻者『―――頑張れよ、僕』


  そう言って幻覚は消えた。賢者は再びぽつんと取り残される。

賢者「……彼女に僕を否定されるのが怖いから、言いたくないんだけどな……」

  だが、逃げ続けるのは男らしくないし、何より彼女に不誠実だ。
 逃げていては、経験値も積み重ならない。逃げるたびに何かを失っていくばかりだ。


賢者「腹、括ろうか」


  覚悟を決めた賢者のもとに、ゾンビ娘拉致の報が入るのはその数十分後だった。

―――――――――
―――――――
―――――


兎メイド「うっわまじか……。傷がもう引っ付きかけてやがる。どうなってんだお前の体」シュルシュル

  朝一でこの街に着いたという彼女は、賢者の身体に巻かれていた包帯を取り替えながら言った。

賢者「いたって普通の人間ボディだけど?」

兎メイド「普通の人間はこんな馬鹿みたいな魔力量してねえ、よっ!」ギュッ

賢者「△●◇&#$☆――ッ」


兎メイド「おっと悪いなきつく締め過ぎちまったぜ(棒)」

賢者「けほっ……あんまり乱暴はやめてよ? 身体は人間なんだから」

  実際は『女神の加護を受けている』という一文が頭につくのだが、間違っても口には出来ない。
 賢者は包帯の上から脇腹を左手で擦り、その甲に出来た瘡蓋を見ながら話を続けた。

賢者「……それで、この傷は一体何だい? いくら回復呪文をかけても治らなかったからそのままにしたけど」

兎メイド「そんなにでけえ銃創をそのままにすんな」

賢者「【ストップ】で血の流れを止めておいたからね」


  まあ、それでも痛みは止めようがないし、そのせいで気を失ったわけだが……。


兎メイド「何にせよ、そうしてなかったらお前さんは今頃失血であの世行きだ」

賢者「………」

  相変わらず賢者は貧血や失血、血に関わる何かによって死に掛けることが多いらしい。
 魔王戦でもそう、ゾンビ娘の捕食でもそう。もはやそういった星の下に生まれているとしか思えないレベルだ。

兎メイド「呪文が使えないのが厄介でな、仕方ないから縫合による外科手術で治療させてもらった」

賢者「やっぱり何か、呪いがかけられていたのかい?」

  呪いにはステータス低下の呪いや、油虫やカエルにされる呪いなど、多種多様な呪いが確認されている。
 今回は回復阻害の呪いでもかけられているのではないかと、賢者は疑った。


兎メイド「惜しい、けれど違う。大体、呪いだったらお前さんだって解けるはずだ」

賢者「そりゃあ、まあ……」

兎メイド「呪いを受けた者には、魔力の波長に何かしらの乱れが生じるが、お前さんからはそんな物は一切感知されなかった。
     だから、これは呪いなんかじゃない。もっと別の、呪いよりも性質の悪いもんだ」

  賢者の身体が少し強張る。腹の傷が痛んだが、顔には出さないように取り繕った。


兎メイド「『魔力障壁症』って言うんだよ。お前の傷は」


賢者「魔力障壁?」

  その単語は聞いたことがある。ここ十数年で急に発展した科学技術だ。
 魔力を一切通さない特殊な波長を用いて、防壁等に魔力障壁を発生させ、対魔法防御を上げることができる。

  だが、それは防御にしか用いることが出来ず、さらには大規模な機材が必要だったはずだ。


兎メイド「そこなんだよなぁ……やつらはどういうわけか武器に障壁を付与して、さらにはそれで作った傷にも付与している。
     いや、どっちかと言うと感染されてんだよな。病気みてぇに」


賢者「二次感染……そういう感じの技術に進化させたっていうのかな……」

兎メイド「要はあいつ等の武器……防具もか。それらは回復不可、おまけに魔法無効って? チートじゃねえか」


  それなりに絶望させられる情報を手に入れてしまい、彼女は吐き捨てた。


賢者「その障壁って、効果時間はどれくらい?」

兎メイド「ああ? ふつうは半永久的にだが……二次感染だからな……」

  そうだ、と手を叩いて、彼女は賢者の手の甲の傷を見た。


兎メイド「障壁がかかってるものは紫の光が薄く漂ってるんだが……だいぶ弱いな。まあ、大体1日ってところだな」

賢者「1日……」

兎メイド「んじゃ、朝飯を取ってきてやんよ」

  そう言って立ち上がったメイドは、ドアのほうに歩いて行った。


賢者「ありがとね、え~と……何て呼んだらいい?」



兎メイド「あん? そうさな、今は兎メイドって呼ばれてる。白たちみてえに親しみを込めて兎さんって読んでもいいぜ?」

賢者「じゃあ兎さん、ゾンビ娘はどこ?」

兎メイド「……っ あ~…え……」

  兎さんは、すこしだけ返答に詰まったように見えた。


兎メイド「それよりも前に、身体を休めろ。ぶっちゃけ半日で目を覚ますとは思ってなかったがよ、
     お前さんが九死に一生を得たのは、腹の傷だけじゃないんだからな。

     それが無けりゃ、思いっきり心臓撃ち抜かれて死ぬとこだったんだぞ」


賢者「……わかったよ」

  首から下げた鎖を胸の前で握り締めて、賢者は俯いた。


―――――――――
―――――――
―――――


  中途半端な時刻に目を覚ましてしまったので、朝御飯はまだ用意できていないらしい。
 未だに薄暗い6時前。何となく手持ち無沙汰で、顔を洗いに洗面所までやって来た。

           ―――パチャパシャ

賢者「ふぅ……」

  前髪の先から雫を滴らせながら、鏡に映る男を睨みつける。
 先程見た幻覚と、あまり変わり映えのしない女顔。15歳の、子供の体。

  そしてその男は、これ以上成長も、老いもしないらしい。


賢者「髭が生える前だったから、剃らなくていいのはありがたいけども……ん?」

  首に巻いた布の影に、ちらりと傷が映った。
 全身の傷を手当てされているはずなのに、この傷だけは布のせいで見えなかったのか?


           ―――シュル……


  左手で少しだけ布を緩め、傷の全貌を鏡に映した賢者は、一瞬それが何か分からなかった。
 左肩についた、円形の、小さな赤い傷……  女の、噛み傷。


賢者「これ、は……」

  賢者はそこで口を噤む。ようやく、理解したのだ。この傷の意味を。
 もう一度鏡を睨みつけ、普段は出さないような低い声で問いかける。


賢者「ゾンビ娘はどこにいった……?」


   「……………」

  鏡に映る顔は答えない。だが、賢者が睨んでいたのは鏡に映る顔ではなく、その顔の向こうにいる者だった。


賢者「ねぇ、骨っ子」


骨っ子「……………」

  叱られている子供のような顔で居心地が悪そうに俯いている彼は、
 口を、むっと引き締め、喋らないようにしようと足掻いていた。


賢者「彼女は今、どこにいる?」

  鏡に映る傷に触れながら、もう一度。少年の姿の骨っ子に問いかける。

骨っ子「……………」

  彼は答えなかった。


賢者「答えろ」


  怒気を孕んだ声で言った。その目は依然として、鏡を凝視している。
 やがて、骨っ子は観念したように口を開いた。



骨っ子「……この街から西に、馬を走らせて数時間の所にある遺跡」


  何故? などとは言わない。そんなものは分かりきっていた。
 首筋に居座る噛み傷が、歯の根が合わないほどに怯えた彼女の心情を、十分に伝えているのだから。


骨っ子「ご主人は…… 道化師に連れ去られた」


           ―――ビキッ

  虚像の傷に触れた左手を基点に、何本もの亀裂が鏡面に走った。
 鏡に映っていた男は幾人にも増え、その全てが賢者を責めるように睨みつけていた。


―――――――――
―――――――
―――――


           ―――ガチャッ

兎メイド「う~い、飯持って来てやったぞ……って……」

  部屋に入った兎メイドが見たのは、泥で汚れた愛銃の部品を見下ろす、賢者の横顔だった。
 その顔には―――否、その眼差しには、強い意志が感じられた。

兎メイド「お前、何を考えてやがる……?」

賢者「――――」


  銃の一部品を机の上にコトリと置いて、賢者はメイドに向き直る。
 そして、開口一番に飛び出したのは、こんな言葉だった。

賢者「彼女を、連れ戻しに行く」


  メイドの目が、かっと見開かれる。誰だ、教えたのは。

兎メイド「おい、分かってんのか? お前の身体は……」


賢者「関係無い」


  メイドの発言に被せるようにして、きっぱりと言い放った。


  彼は履きなれたブーツと黒のスキニー、白のシャツを着用し、その上からコートを羽織っていた。
 その下には、まだ縫合して間もない傷が、我が物顔で居座っているというのに……。

兎メイド「あのなぁ! お前はまだ安静に……」

骨っ子「何を言ってもムダだよー」

  声に反応して右を向けば、鈍色の毛皮を有する仔犬の姿で、骨っ子がベッドの上で寝転がっている。

兎メイド「骨っ子……っ! お前っ」

  滅多に見られない骨っ子の狼姿。賢者に言ったのはこいつか……!

骨っ子「これでも止めたんだからね」


  だが、巨人ゾンビとの戦いで途方も無く力を消耗した骨っ子では、相手にならなかった。
 ちなみに、万全とは言いがたい体調だった賢者の決まり手は、

   「ブラッシングとマッサージしてあげるから見逃して」の一言だった。


兎メイド「安いなお前! つーか先週、あたしが白のついでにブラッシングしてやるって言ったら拒んだくせに、コレか!?」

骨っ子「だって兎さんのブラシ、雑で痛いんだもん。骨がゴリゴリいうんだよ?」

兎メイド「骨だけのやつが何を言ってやがる!」


 っ子「その点、こっちはとんでもない技量の持ち主だよー。骨抜きにされて動けないもん……」デローン

兎メイド「それお前のアイデンティティー消えてないか!?」


       ワーワー ギャーギャー 


賢者「……………」コソコソ

  さて、この隙に乗じて行くとしようか。

           ―――キィ……パタン


賢者「なるほど、骨抜きにされたら、動けなくなるのか……じゃあ、こたつも同じかな?」クスッ

  ゆっくりと戸を閉めた後、ゾンビ娘と最後に交わした会話を思い出して、賢者は一人忍び笑う。


  目指すは遺跡。さし当たっての問題は、その距離と魔力障壁。そして―――武器。


賢者「オリハルコンの銃が使えないなんてね……」

  長年使ってきた銃は、さっき部屋を出て行くときにサイドテーブルに置いてきた。
 使うには手入れが必要だったから、服を着替えた後、分解をした。部品が多すぎて、持って出て行くには手間だった。


賢者「その前に壊れてたけど、さ」


  彼が言ったのは紛れもない真実。
 供に戦ってきた相棒とも言える彼の愛銃は、その銃身に刻まれた魔道式を破壊されている。

  80年前に賢者がオリハルコンを掘り当て、カードが加工し、魔道式を刻んだあの銃は、もう二度と使えない。


賢者「目に付いた魔道式を片っ端から切断して、ご丁寧に魔力障壁までかけている、って……性格悪いね」

  道化師たちも賢者には言われたくないだろうが、それほどまでにいやらしい細工を施している。
 おそらくは障壁をかけたナイフか何かで引っ掻いたと思われる。それらしい傷が、沢山あった。


賢者「こう言ったらあの銃に失礼かもしれないけど、カードが遺していてくれて助かったな……」

  賢者の手には銃の代わりに、四角いケースが提げられている。


賢者「……これ、前の銃より若干重いんだけど……何か機能付け加えられてたりする?
   もし何か変わってるんだったら、説明書でも付けといてくれればいいのに……」

  宿の玄関戸に手をかけながら、ケースの取っ手を握り直す。

賢者「あれかな? 毎分300発の連射が出来るとか……」







   ――「無茶言うな馬鹿! それもう別の銃になるわ!」


賢者「……っ!?」バッ

  何か懐かしい声が聞こえた気がして、賢者ははじかれたように振り返った。
 しかし、そこにかつての仲間、かけがえの無い友の姿は見つけられない。

賢者「本当にに頭打ったかな……?」クスッ

  何となく不安になったが、何故だか、背中を押されたような気がする。


賢者「……いってきます」

  帰ってくる時は、彼女と一緒に、二人で帰ってくる。
 そう決意して、賢者は戸を開け放った。


           ―――ギィィ……

―――――――――
―――――――
―――――

今日はここまでです。年内にもう一回投下出来たらいいな~

賢者の呪いがよく分からん
すれ違いの呪いってのは、80年の間一度も顔を出さなかった期間の事か?

黄泉還りの代償で存在証明をなくすってのは、「賢者」という役職はあっても「賢者」自身の名前がなくなったってことか?
よく分からん

>>570
おそらく、後ほど本編で追加説明するかもしれませんが、
呪いについては「知り合いに一切会えない、かつ姿を遠目で見ることも出来なくなるもの」
「人間の人生一回分の時が過ぎれば、その効力を失うようになっていた」と考えていただければ…

名前に関してはその解釈で正解です。

中二病をこじらせ過ぎた稚拙な文ではございますが、最後までお付き合いください。


  一方その頃。


骨っ子「ーーーからさぁ、やっぱりブラシも毛が柔らかいやつのほうが……」

兎メイド「櫛は硬いほうが使いやすいだろうが!」

骨っ子「それはする側の意見であって、される側からしたら柔らかいほうがいいんだよー
    白ちゃんの毛とか細くて柔らかいからさ、そっちのほうがいいよ。白ちゃんが言ってたし」

兎メイド「ぐぬぬ……」


骨っ子「………手ですると気持ち良さそうに身を捩るしね」ボソッ

兎メイド「手櫛の話だよな!?」


  まだやってた。


骨っ子「手櫛っていうのは頭を撫でる事にも繋がるから、とっても安心するんだよ。ねぇ、そう思うでし……」

  骨っ子は首を回して賢者に同意を求めたが、賢者はとっくの昔に部屋から出ていっている。

兎メイド「……いねぇ!」

骨っ子「いないねー」

兎メイド「あいつどこいきやがった……!? くそ…っ 探しに行くぞ、骨っ子」

骨っ子「ボクも一応怪我人なんだけど……」ヨッコラショー

  ドタバタと忙しなく動き始めるメイドと、気だるげに身体を起こす狼。
 これだけを見ると、冬の朝散歩に行きたがらない犬と飼い主の争いにしか見えない。
 75年前は互いに敵として対峙し、瀕死にし合った仲だというのに、その事実はどこへやら……。

兎メイド「早くしろ!」

骨っ子「……歳をとってさらに性格がはっちゃけてきたー」

兎メイド「うっせー、バーカ。まずは賢者を捕獲だ! そんでもって後で手櫛(意味深)について詳しく……!」

骨っ子「やれやれ、兎さんの白ちゃん好きも大概だよね……」

  そう言って、骨っ子は賢者の匂いを辿り、部屋から駆けていった。

ようやくちょっとだけ時間が出来ました
>>578>>579は無視してください。


  一方その頃。


骨っ子「―――からさぁ、やっぱりブラシも毛が柔らかいやつのほうが……」

兎メイド「櫛は硬いほうが使いやすいだろうが!」

骨っ子「それはやる側の意見であって、される側からしたら柔らかいほうがいいんだよー
    白ちゃんの毛とか細くて柔らかいからさ、そっちのほうがいいよ。白ちゃんが言ってたし」

兎メイド「ぐぬぬ……」


骨っ子「………手ですると気持ちよさそうに身を捩るしね」ボソッ

兎メイド「手櫛の話だよな!?」


  まだやってた。


骨っ子「手櫛っていうのは頭を撫でることにもつながるから、とっても安心するんだよ。ねぇ、そう思うでし……」

  骨っ子は首を回して賢者に同意を求めたが、賢者はとっくの昔に部屋から出て行っている。


兎メイド「……いねぇ!」

骨っ子「……いないね」

兎メイド「あいつどこ行きやがった……!? くそ…っ 探しに行くぞ、骨っ子」

骨っ子「僕も一応怪我人なんだけど……」ヨッコラショー

  ドタバタと忙しなく動きはじめるメイドと、気だるげに身体を起こす狼。
 これだけを見ると、冬の朝、散歩に行きたがらない犬と飼い主の争いにしか見えない。

 75年前には互いに敵として対峙し、瀕死にし合った仲だというのに、その事実は何処へやら……。


兎メイド「早くしろ!」

骨っ子「……歳とってさらに性格がはっちゃけてきたー」

兎メイド「うっせー、バーカ。まずは賢者を捕獲だ! そんでもって後で手櫛(意味深)について詳しく……!」

骨っ子「やれやれ、兎さんの白ちゃん好きも大概だよね……」

  そう言って、骨っ子は賢者の匂いを辿り、部屋から駆けていく。


  誰もいなくなった部屋では、役目を終えた銃の部品が、寂しそうに転がっていた。


―――――――――
―――――――
―――――

  ~朱実の街 -裏路地-


骨っ子「ハ…ッ ハッ」

  宿を抜けてから数分後、街の西側にある路地裏で、息を乱した骨っ子と兎が走っていた。

骨っ子「――ハッ ハ……ッ ――っ だいぶ前に通ったみたい! これ、追いつけ…っ る……!?」

  息も絶え絶えに、骨っ子が言う。


兎メイド「お、おい、大丈夫か……?」

骨っ子「心配するの遅いよ!?」ガウッ

兎メイド「わ、悪い。 ……しっかし、腹に風穴を開けられたばっかりだって言うのに……よく動けるもんだ」

骨っ子「本当にねー」



骨っ子「―――開通後は痛くて動きたくないらしいのに……」ボソッ

兎メイド「銃創の話だよな!? 今日のお前どうした!?」


  やはり戦闘中に頭をやられていたか……。
 いや、そもそもの話、骨っ子に脳と呼べる物は存在しないのだけれども。


骨っ子「もう随分前の匂いだから、既に追いつけない距離にいるかもねー」ゼェゼェ

兎メイド「くそ……、手櫛談議に時間を割きすぎたか……!」

骨っ子「あははー馬鹿だよねー」

兎メイド「うっせえ! あたしが馬鹿ならお前も馬……っ」

           ―――ガッ


  骨っ子のほうを向いて怒鳴っていたせいか、足元に気を配っていなかったメイドの足に、何かが引っ掛かった。

兎メイド「おろ……?」ヨロ…

骨っ子「えっ ちょ……」

           ―――グシャッ

骨っ子「ふぎゅ……っ!?」

  その結果、骨っ子がメイドの下敷きになった。


兎メイド「痛てて……。あ゙……」

  のそりと起き上がって、メイドは自らが下敷きにしたものに目を移す。

骨っ子「きゅー…」

兎メイド「わ、悪りぃ……大丈夫か?」

骨っ子「ひぃ…酷いよ兎さん……僕、これでも結構な重症なんだよ…?」フルフル

  骨っ子は足を震わせながら、その小さな身体で立ち上がる。
 先の戦いで、体のほとんどを失ってしまったがために、現在は省エネを兼ねてサイズダウン中である。


           ―――シュゥゥ…

骨っ子「あ」

兎メイド「変化が解けたな……」


兎メイド(あっぶねぇぇぇぇぇぇぇ!! 骨の状態で押しつぶしてたら、あたしが串刺しになるとこだった……!)

骨っ子「危うくご主人の胸みたいになるとこだった……」

  ペッタンコとでも言いたいのか。


兎メイド「にしても……あたしは何に引っ掛かったんだ……?」チラリ

死骸「………」

兎メイド「こいつかよォ……」

  足元に目をやると、巨大な蝙蝠の死骸が転がっていた。


骨っ子「あれ? これって……」

  その死骸には見覚えがあった。というより、身に覚えがあった。
 昨夜、骨っ子が叩き潰したモンスターである。改めて見分してみると、潰した時の感触を思い出してしまった。

骨っ子「………」ザリッザリッ

  骨っ子は、地面を掘る時のように、何度も前足で地面を掻いていた。
 一度生き物だったものと認識してしまうと、後味の悪さがこびりついて離れない。


           ―――パキキッ

兎メイド「あ?」


  近くで死体をまじまじと見ていた兎メイドが、何かを踏んだ。
 それを指先で慎重につまむと、空に透かしてじっくりと眺める。


兎メイド「ガラス、か……?」


  蝙蝠の傍らには、沢山の破片が散らばっていた。
 よく目を凝らして見ていれば、死体にも幾らか突き刺さっている。

兎メイド「……死んだ後にぶっ刺さったみてえだが……不運な死体だなぁ。南無南無…」

骨っ子「むぅ……」

  本当に後味が悪くてどうしようもない。


           ―――スン…

骨っ子「!」ピク

  その時、骨っ子の鼻が、僅かな異臭を捉えた。発生源は目の前の死骸。
 腐敗こそ始まってはいなかったものの、獣独特の臭いに混じって、苦味を覚える臭いが薄く漂っている。

骨っ子「何だろ……この臭い……?」

  どこかで嗅いだことはあるはずなのに、微妙に思い出せない。骨っ子は記憶を反芻するように、空を仰いだ。


兎メイド「おぅ…? 何だこの蝙蝠、羽のとこに赤い……斑点…か?」ソォ…

  蝙蝠の黒い体色の中で、一部分だけが別の色に変化している。
 メイドは、おそるおそる、その変色した部分に手を伸ばした………。


           ―――ピチャッ

骨っ子「うわぅっ!?」

兎メイド「ひゃっ!?」ビクッ

  骨っ子が変な声を上げたので、メイドは伸ばしかけた手を引っ込めて飛び上がった。


兎メイド「な、何だよ!(今、声裏返ってなかったよな……?///)」

骨っ子「ふがっ ふがが……っ」


  骨っ子は、不快そうに鼻先を振り回していた。


兎メイド「どうした、そんなにバタバタして……」

骨っ子「はな、は、鼻に……っ」

兎メイド「鼻ぁ?」


骨っ子「水が入った…!」ワタワタ


兎メイド「あぁ、そう……」ゲンナリ

  お前骨だろ……。とはつっこまなかった。もう面倒くさい。

  メイドは呆れた顔で空を仰いだ。丁度真上に、旗柱が見える。
 夜通し降っていた雨が、あれを伝って落ちてきたのだろう。


兎メイド「―――何か、妙な胸騒ぎがするんだよなぁ……あいつらに何も無けりゃあいいが……」


  そう呟いて目を細める彼女の頬にも、光を吸った雫が一滴、落ちてきていた……。

―――――――――
―――――――
―――――



           ―――ピチャ……

  真っ白な頬に、僅かな雫が落ちた。
 針の如く突き刺さる冷たさが、意識を覚醒状態に押し上げる。

ゾンビ娘「―――ぅ……」ギシッ


  その次に感じたのは、石の硬さ。どうやら、石の床に横たえられていたらしい。

  凝り固まった身体の節々を解しながら身を起こすと、床に接着していた肌がひりひりする。
 濡れる左頬とは対照的に、右の頬はタイルと小石の痕が張り付いていた。


ゾンビ娘「ん……ぁ、れ…? ここは……」

  一体ここは何処だろう。妙に薄暗く、不気味な場所だ。
 もともと気を失っていたために、目はすぐに慣れたが、この場所には全く見覚えが無い。

ゾンビ娘「壁だらけです……」


  彼女がいるのは、全面が壁の部屋。窓も隙間も無く、自分がどうやってここに入ったのかさえ分からない。

  その圧迫感に息が詰まりそうで、思わず両手を胸に押し付けていた。
 床から伝わる冷気が体温をゆっくりと侵食し、微かに生じた不安を煽っている。


ゾンビ娘「右も壁、左も壁、前後も壁。  壁、壁、壁、………」







ゾンビ娘「―――そしてここも壁、と……」ツルペター

           ―――シーーーン……


ゾンビ娘「……いやいや、壁じゃなくてまな板ですってば…ははは……」ツルペター

           ―――シーーーン……


ゾンビ娘「………。……自分で言ってて悲しくなってきました」

  渾身の自虐ネタも、精神的に自滅しただけで、この不安を打ち消してはくれなかった。
 普段なら賢者様がさらにネタを被せてくれるはずなのに、今は誰も反応してくれない。

  それ以前に、彼女以外この部屋にはいないのだ。


ゾンビ娘「えっと……私はどうしてここにいるんでしたっけ……?
     賢者様を非常食で、焚き火でじゃんけんが、こたつは呪いの……あれぇ?」

  記憶が混線している。
 思い出そうとすると、頭の中が空腹を訴える胃袋のような音をたてながら回っているようで、気分が悪くなった。

  ぐるぐる、ぐるぐる。
 音を吸うような静寂に包まれた部屋とは逆に、ひたすらに鳴っている。この音もまた、彼女の不安を助長させるだけだ。


           ―――きゅるるぅ……

ゾンビ娘(お腹、空きました……)

  思考も、不安も、そして腹の虫も、治まってはくれないらしい。


ゾンビ娘(腹時け……コホン、体内時計の感じからして、夜は明けたんでしょうけど……外の光が一切感じられませんからね…)

  もう一度部屋を見渡して、窓が一つも存在しないことを改めて認識する。
 おかげでとてつもなく暗い。その代わり、いたるところに群生している苔が幻想的な光を仄かに放っていた。


ゾンビ娘(ヒカリゴケ? どうしてこんなところに……)

  それは主にダンジョンや遺跡に生える、魔力を宿した苔。
 ゾンビ娘が賢者と出会う前、隠れ住んでいた森の奥でも見かけたものだ。

  けれど、少しばかり元気がないようにも感じられた。


ゾンビ娘「何がなにやら分かりませんが、光があるなら若干心強いです。もう少し近くで……」

  そう言って立ち上がろうとした瞬間に、


           ―――ガシャン

  酷く重たそうな金属の音が、部屋を満たした。


ゾンビ娘「……っ!?」

  それは自身の左足、そこに取り付けられた鉄の足枷が鳴らした音だった。


ゾンビ娘「何、ですか、これ……っ!」ガチャガチャ

  いくらつついてもビクともしない枷からは、恐ろしくごつい鎖が伸びていて、
 まるで犬にそうするかのように、部屋の中心に突き立てられた杭とつながれていた。


  よくよく見てみれば、自らが着ている服も、別の物に変わっていた。
 王城で借りた動きやすい服ではなく、ただひたすらに荒い布で作られた奴隷服の様なもの。

ゾンビ娘「寒……」ブルッ

  全面石造りの部屋は、先程から体温を容赦なく奪っていく。
 加えて、この薄い奴隷服。背中の刻印がある程度の体温を保ってくれるとはいえ、あのまま寝ていたら凍死もあり得ただろう。

  鎖の長さは、せいぜい1メートルといったところだろうか。
 部屋の中心から半径1メートルの円が、彼女の行動できる範囲というわけだ。


           ―――くちゃ…

ゾンビ娘「ゔ……」

  その範囲の中に、ヒカリゴケが密集している部分があった。
 この苔、保有する魔力を素に光を放っているのだが、実は仄かに暖かい。

ゾンビ娘「だからって上に乗りましたが……うぅ…地肌にこの感触は……」

  もさもさというか……もちゃもちゃというか……女の子としては敬遠したい。


ゾンビ娘「というか、ここは一体どこなんでしょう?」

  何度も言うが、見覚えが無い。もちろん身に覚えも無い。
 こめかみと眉間をぐにぐにと押しながら、昨夜の記憶をこね回す。

ゾンビ娘「むむむぅ……」グニグニ


           ―――ジャリッ

ゾンビ娘「あて…っ」

  眉間を押していた人差し指を額の方にずらした時、
 付着していた砂の粒が、皮膚の間でゴリゴリと転がった。それなりに痛い。


ゾンビ娘「しじみの中に砂が残ってたのと同じくらいイラッときますね……」ジャリジャリ

  人差し指に移動した砂粒を、親指とで挟んでこね回す。
 石同士が擦れる感触は、黒板を引っ掻いたときみたいに爪がムズムズするから嫌いです。


ゾンビ娘「でも何か嫌いなものでも、やってみたくなるんですよね……」ジャーリジャーリ

  ジャリジャリ続行。どうせなら限界に挑戦してみたい。


ゾンビ娘「………うぅ…」ムズッ

  僅か3秒。思いのほか短かった!

  ムズムズが我慢できなくなったので、指を離して砂を落とす。
 そうして私の手に目を落とすと、丁度賢者様が銃を握っているような形、指鉄砲になっていた。


  ……何だか、これを見ていると胸がもやもやする。
 締め付けられるわけでもないのに苦しい。銃を連想してから何か―――


           ―――ヂリ……ッ

ゾンビ娘「うぁ……っ!」ズキッ

  ボーとした頭の中で、火花のような痛みが走り、混線していた記憶が一本の線になった。
 しかし、それは忘れていた―――否、忘れたかった記憶が与えた、どうしようもない痛みでもあった……。

―――――――――
―――――――
―――――

今回はここまでです。
最近あまりPCが使えないので、またしばらく空けます。


  それは遡ること数時間。

 赤色が纏わりついた、不吉な記憶……




           ―――カラン

ゾンビ娘「――ぁ…か……っ」

道化師「ふふふ、いい声を上げますねぇ」


場所は朱実の街、その小さな路地の一角。
  肺が酸素を渇望する声と、道化師の不気味な笑い。そして金属が地面に衝突する耳障りな音が響く。
 首と右手首を壁に押し付けてぎりぎりと絞め上げながら、道化師はせせら笑う。


道化師「たかが一本のダガーナイフでこの私と戦おうなんて、無謀もいいところでございますよ?」

ゾンビ娘「く……ぁ…」

道化師「先程、私が勇者を嬲っていたのを見ていなかったのでしょうか?
    見ていたのなら、もはや無謀ではなく勇者以上の、馬、鹿、の所業ですねぇ……。
    ……あちらが勇者で、貴女は 愚 者 とでも名乗ってはいかがでございますか?」

ゾンビ娘「っ! こ、の……っ」グッ


  言わせておけば……!

  ゾンビ娘が激情の色を露わにした瞬間、


           ―――ボキ…ッ


  腹部、それも鳩尾の下側を、抉るような衝撃が襲った。


ゾンビ娘「―――っっ!!? …か…ひゅ…っ」

  息が詰まった―――否、絞められていた気道をこじ開けて、肺の中の空気が逆流した。


ゾンビ娘「ご……っ ごほ…っ む、ぐ……」

  何度も咳き込んで胃の中のモノまで吐き出しそうになるも、絞める力が強まって、無理矢理吐き気を飲み込ませられる。
 道化師は、ゾンビ娘の腹にめり込んだ膝を下ろしながら、優しく問いかけた。


道化師「何を、しようとしていたのですか?」

ゾンビ娘「………っっ」


  吐き気を強制的に我慢させられる苦しみに顔を歪ませていると、その鈍い痛みは後からやってきた。

 身を折って悶えたくなる痛みに耐え、その熱さが薄れてきた頃には、彼女の顔は真っ赤に染まり、涙が零れていた。



道化師「おっと、これはしたり。首を絞めていては喋れませんよねぇ………さぁ、どうぞ?」

ゾンビ娘「―――ぁ…っ はぁ……っ」ギリ…ッ

  ふざけるな。

 口の中に広がる苦味を噛み潰しながら、私は道化師を睨みつける。



道化師「おやおや……そんなに物欲しそうな締まりの無い顔をされては――」ス…


  フ、と道化師が首から手を離し、


           ―――グォッ

ゾンビ娘「っ!?」

  次の瞬間には、私の身体は宙を舞っていた。



道化師「――もっと、愉しませて差し上げたくなってしまうじゃないですか」



           ―――ガシャァァン……ッ!

  酒場の窓を、ゾンビ娘の体が突き破った。


ゾンビ娘「……っ、か…ぅ……!」

  背中から古い木材の床に叩きつけられた私は、今度こそ息が詰まった。
 ガラスの破片を巻き込んでしまったせいで、背中や肩にいくつものガラスが食い込む。


ゾンビ娘「はぁ……っ は……っ けほ…っ」


  肺が、身体が酸素を欲している。

ゾンビ娘(…呼吸って、ど、どうするんでし、たっけ……)

  ほとんど酸欠状態だ。頭に酸素が足りてない。

ゾンビ娘(こ、呼吸…呼吸……骨っ子がこ、呼吸法についてなんか言ってたような……)



ゾンビ娘(……十分間息を吸い続けて、十分間吐き続けるんでしたっけ…?)


  ……本格的に酸素が足りていない。

ゾンビ娘「すぅぅ……   ―――、はぁ……」

  何よりも先に、息を大きく吸い込む。
 生憎、5秒間ほど息を吸い続ければ正気に戻ったようなので、骨っ子の豆知識(?)は無駄に終わった。


ゾンビ娘「無駄でよかったですよ……本当に」

  何を考えていたんですか、さっきの私。

  ゾンビ娘は、思わずため息をついた。


           ―――バギャッ

ゾンビ娘「ひぅっ!?」ビクッ

  一息ついた瞬間に道化師が酒場の扉を蹴破り、修理費なんざ知るかと言わんばかりの乱暴さで入店する。


道化師「……お邪魔しますよ」

  い、いらっしゃいませ。


道化師「………」ギシ…

ゾンビ娘「っ!」バッ

  道化師がさらに一歩踏み入れた瞬間、私は赤い手で床に散らばるガラスの破片を反射的に掴み、ナイフのように構えていた。


道化師「ふふっ」

ゾンビ娘「……? どこに鼻で笑う要素が…」

道化師「失礼……ぷふっ…本当に失礼いたしました。……失礼に失礼を重ねて失2礼いたしました」

ゾンビ娘「その言い方のほうが失礼ですけどね…!」

  道化師は恭しく頭を下げているが、その肩は笑っている。


道化師「いえね、あれだけ無様を晒すほど弱くていらっしゃるのに、
    性懲りも無くまた向かってくるというのがおかしくておかしくて……」


ゾンビ娘「ぐぅ……」

  そう言われたらぐうの音も出な……出ましたね。


  実際、私のナイフの腕はひのきの棒を持った12歳の男の子くらいのものでしょうから、特に憤りはない。
 80年前の戦いではゾンビの膂力で力押ししていたし、人為トランスによる動体視力の向上なんかもありましたしね…

  はっきりと言ってしまえば、格闘戦ができない私はお荷物だ。
 それを気にして、かつてのパーティーの面々に相談したこともあるのだが……


   「元々後方支援職だからな。仕方ない (18歳・魔道具使い)
    「まあ、僧侶&弓使いだもんね~  (21歳・魔道具使い)
   「ご主人は女の子だもん!      (21才・犬)
  「……… メ イ ン 盾 だからね  (15歳・賢者)


  それぞれがこう答えて、最後は必ず 『 小さい ことは気にするな!』 で締め括られた。


ゾンビ娘(………今思い返せば、一人だけニュアンスが違いませんか……?)ツルペター

  すぐそこの路地で倒れているその一人が回復したら、絶対に制裁を加えてやる。


ゾンビ娘「……まぁ、私が弱いっていうのは動かざる事実ですからそう思うのも当然でしょうが…」

道化師「おや、わかっているならどうしてお逃げにならないのですか?
    みっともない負け犬のような姿で這うように命乞いをすると言うなら、邪魔はいたしませんのに……
    『命あっての物種』とも言いますし、あなたも惨めなぼろ雑巾のような死体にはなりたくないでしょう?」

ゾンビ娘「………」


  安い挑発だった。

  自らの力に誇りを持つ者ならばカチンと来たかもしれないが、ゾンビ娘には効果が無い。
 彼女は自らの弱さを認めているのだから当たり前のことだ。『理由』が無ければ、彼女も言う通り逃げていただろう。

  けれど、 『理由』があったから、彼女は戦っている。


ゾンビ娘「…『賢者様』を、見捨てられませんから」


道化師「ふむ……」

  道化師は考え込むような仕草をした。


道化師「確かに、パーティーを見捨てて逃げるような人間を、見たことはありませんねぇ……」

  少しだけ、納得したような、残念がるような声色だった。


道化師「できれば、貴女のような女性はいたぶりこそすれ、手に掛けることはしたく無いのですが……ねぇ」


道化師「あの勇者を殺そうとすれば、貴女は何があっても守ろうとするのでしょう?
    そうなればもれなく貴女も殺さなくてはならないようですねぇ……ならば――」



  ―――致し方ない


ゾンビ娘「……っ」ゾクッ

  小さな酒場が、殺気で満たされた。


  道化師は一歩ずつゆっくりと近づいてきて、私はジリジリと後ずさる。

           ―――トン

  やがて、背中が硬いものを感じた。
 酒場の構造からすると、カウンター席の一角だろうか。

  息を呑んで道化師を警戒する彼女の目には、怯えの色がある。


道化師「………」

ゾンビ娘「………」


  道化師がガラスの破片を踏み締め近づいてくる音が、やけに大きく聞こえる。
 互いに無言で、自分は全く動いていないというのに、耳の横にあるんじゃないかと思えるくらい心臓の音がうるさい。


  私が手に持ったガラスを握りなおしたその瞬間。


           ―――パァァァン…ッ!

道化師「っ!?」ピタッ

ゾンビ娘「ひ…っ」ビクッ

  それが骨っ子の使った呪文だと理解するのはもう少し後のことで、
 私は飛び出そうになる心臓を押さえつけるのに精一杯だった。

  飛び上がるほどの驚きが酒場のカウンターをガタリと揺らせば、視界の端でカウンターから何かが落ちて来た。


           ―――カ、カラン……

  それが床に衝突すると同時に、小さく灰塵が舞う。


ゾンビ娘(これって……)

  クワリクワリと円を描いて転がるそれは、金属製の薄い灰皿だった。


道化師「………」

道化師「いやはや、灰皿交換を怠るとは、意識が足りていない酒場でございますねぇ」

  一瞬だけ、道化師の顔が曇る。
 仮面に隠れていて顔はわからないのだけれども、私は何となく雰囲気でそう感じた。


ゾンビ娘「どう見ても、襲撃の際に慌てて逃げてそのままって感じなんですが?」

  つまりはお前の、お前らのせいだ。


  店内を見渡してみれば、グラスが置かれたままの席がちらほらと見受けられる。
 ゾンビ娘の視線を追って道化師もカウンターを見回し……

道化師「む……」

  特徴的な酒瓶に反応を示した。


道化師「どうしてこれがここに……いえ、そういえば酒場でございましたね、ここ」

  道化師は、嫌悪感を隠そうともしなかった。

ゾンビ娘「あれは確か……」


  通称:『雫忘れ』

  アルコール度数が相当高く、スライムが摂取すると自らの輪郭を忘れるほどに酔うとされる。
 けれど、割って呑む分には十分おいしくいただける、この国の代表的なお酒の一つである。


  その昔、魔王城を目指していた頃に賢者様に謀られて原液で飲まされたことがある。
 何故か味を思い出そうとしても、血の味しか浮かばないのは、いったいどうしてだろう?

  そういえば、先日食べたチョコレートボンボンの中に入っていたのも、度数を落としたこれだったような……


ゾンビ娘「個人的にはふわふわしてお腹いっぱいになるから好きな銘柄ですが……嫌いなようですね」

道化師「ええまあ、その………下戸、でしてねぇ。アレにはあまりいい思 出がありませ で…」ギギ…

  道化師は肩を竦め、首を左右に振って感情を表現する。


ゾンビ娘「?」


道化師「……っと、そういえばもう時間が無いのでしたねぇ……。
    早めに勇者を処理しなくては……75年前のようにまた邪魔されても煩わしいですしねぇ」

  そう言うと、道化師はゾンビ娘に近づいて来た。今までの緩慢な歩調から、少し急いた歩調で。


ゾンビ娘「……っ す、少し待ってください! 75年前って何のことですか!」

道化師「いいえ待ちません。すぐに勇者も送って差し上げますから、あちらで存分にお聴きすればよろしいかと…」

ゾンビ娘「そんな……」


  時間稼ぎも出来ないなんて……。

  どうすればいいんですか? どうすればこの状況を打破できるんですか!?
 武器はガラスだけ。どういう訳か魔法が効かない。人為トランスによる逃走をしようにも、ダガーは外に落としたまま……。


  どうする? どうする、どうする! どうする!?



ゾンビ娘(賢者様……っ)


           ―――ザザ…ザ……


  「これ、すっごく甘くておいしいから飲んでみなよ! そう、グイッと……」

   「え、おい待てそれって……むぐっ」

  「いーからいーから! ほらほら!」


    「……グビッ…  んぶっっ!! ……何ですかこれ!」

  「よっし! 引っ掛かった!」

   「ゴシュジンサイナンダネ!」


    「まったくもう………ヒック……はれ? なんれこんなにふわふわ……」ユラリ…

  「あっはっはっはっ……え? ちょ…っ 急にどうし……ギャ――――――ッ!!!」

   「ケンジャサマモサイナンダー」

   「原液で飲ませたらスライムでも火が点く代物を、騙して飲ませた罰が当たっただけだろ……ったく」


           ―――ザザ……

ゾンビ娘「!」


  どうしてあの記憶がフラッシュバックしたのかは分からない。
 店内に充満する酒の匂いがそうさせたのか、懐かしい酒瓶を見たからなのか……

  何気ない、とある夜の出来事だったのに、私はそれを思い出していた。


           ―――ギチ…ッ グチチ……ッ

ゾンビ娘「…っ!」

  持っていたガラス片で左腕の肘から手首までを掻っ切る。
 私はそのまま立ち上がって、噴き出した赤色を道化師の歪んだ顔面目掛けて思いきりふっかけてやった。

道化師「……っ!? んな…っ」ビチャッ


  道化師が怯んだ隙をついて、その脇を駆け抜ける。


ゾンビ娘「……っ」グチッ

  行きがけに、私は肩に刺さったままの大きな破片を片手でバラバラとはたき落としていく。
 小さな破片がさらに深く押し込まれたような気もするが、脳が興奮状態にあるのか、あまり痛みは感じなかった。


ゾンビ娘「えいやっ!」

           ―――メキャァッ


  私は道化師が使ったものとは別の扉を乱暴に開けて店を出た。
 扉は勢いよく開けられた反動で蝶番が歪む音がしたけれど、そんなことは知ったことか。


ゾンビ娘「賢者様!」

  私は軒先で倒れている賢者様の傍に、半ば飛びかかる勢いで膝をつく。
 そして、これ以上私の好ぶt……血が流れ出ないように、その体をゆっくりと抱きかかえた。


  そうしていると必然、道化師がすぐ傍まで追いついてくる。


ゾンビ娘「…っらぁ……!」ヒュッ

  だから私は、半ば賭けで『それ』を水平に振り回し、扉にぶつけながら叩き割る。

           ―――バシャ…ッ

 こっそりと回収しておいた『それ』の中身は、道化師の服と床に赤黒い染みを作った。


道化師「……!   こ、これは…! この匂いは……!」

  その必死な反応を見るに、どうやら賭けには勝ったらしい。
 私はその通りだ。と無い胸を張り、割れた『それ』の半分を見せ付けた。


道化師「『雫…忘れ』……!」


  その原液はスライムが己の輪郭を忘れるレベルの泥酔状態を引き起こし、
 そのまま火を近づければ、その身体を蒸発させるほどに燃え上がると言われるお酒。


ゾンビ娘「そして、私の手には―――」ガラ…

賢者「………」


  煌々と燃える、賢者様が持ってきてくれた炎がある。


道化師「………」ゴク…

ゾンビ娘「……火が、嫌いなんですよね?」


  道化師が嫌な反応を示したのは酒気ではなく、火気。
 今にして思えば、飄々としていた道化師が唯一感情を露わにしたのは、【爆裂弾】や灰皿とか、火を連想させるものだった。


道化師「す、少しお待ちに……」

ゾンビ娘「なるわけないでしょうが!」


  私は迷い無く、お酒の導火線に火を点けた。


           ―――ゴォ…ッ

道化師「ひぃ……っ   ギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


  道化師は瞬く間に炎に包まれた。


  血よりも赤き業火の中で蠢く影は、その頭を掻き毟り悶え苦しむ。
 時折悲鳴に交じって聞こえる命乞いの声は、私の心には届かない。


  私は踵を返し、すぐさま逃げようとした。その時、


           ―――ギギ、ギ… ベキッ

ゾンビ娘「あ゙」

  なにやら蝶番が壊れる音が………

ゾンビ娘「ろ、老朽化ですよね…? 私のせいじゃ、ないですよね……?」


  そんな私の前に、カランと渇いた音を立てて小さな木製のプレートが目の前に落ちてくる。
 扉に掛けられていたであろうそれに書かれた『またのお越しをお待ちしております』という文字が悲しい。

  お、お邪魔しました……。


ゾンビ娘「え、えと、その……復興したら呑みに来ますので…」


  誰に向かって謝るという訳でもなく、物言わぬプレートに頭を下げ、彼女は走り出した。


   「キィ、ギィヤァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!!」

  背後から纏わりついてくる悲鳴を振り払いながら…… 一歩一歩、忙しなく。

―――――――
―――――
―――

お久しぶりです。ようやく面倒事が片付いたのでぼちぼち更新していきます。

とりあえず今回は少ないですがここまでです。おやすみなさいませ。


  その僅か数分後。彼女は……


ゾンビ娘「―――ぁ…っ はぁ……っ」

  野性を失った家猫の如くぐんにゃりとした賢者を抱えたまま、足早に路地を抜けていた。


ゾンビ娘「賢者様を尋ねて何千里のおかげ、で…っ 体力はあるつもりでしたが……はぁ…」

  流石にこれは想定外だとため息をつく。

  あの酒場で生死の駆け引きをしていた時には予想だにしていなかったことだが、
 彼女は今、この街を東西に区切る大通りの端にいる。避難所まで目と鼻の先というところで、尻餅をついていた。


  はてさて、何故このような状態になっているかというと……

ゾンビ娘「・・・・・・・・・  ―――階段・・・」

  大通りと小さな路地とが交わる点に、3つの段差が設けられていた。
 彼女達が走ってきた方向から見れば、下りとなる階段だ。

ゾンビ娘「加えてこの雨……」


  お察しの通り

ゾンビ娘「足が滑りました……!」


  賢者様を前から抱いていたせいで、全く足元が見えてませんでした……!

  言い訳をするなら、人為トランスとリストカットの出血のせいで、体力もMPも底をついていた。
 おかげで私は「へぐ…っ!?」なんて間抜けな声を上げながら、お尻をしたたかに打ってしまう破目に……。

ゾンビ娘「うぅ~……お尻痛い…」ヒリヒリ


  「『へぐ…っ』て……あははっ! 何それ、こんな小さな階段から落ちた挙句『へぐ…っ』て……あはっあははは…」


ゾンビ娘「―――ハッ… どういうわけか賢者様の声の幻聴が……!?」

  しかもなんで馬鹿にしてる感じで!?


ゾンビ娘「…流石に血を流しすぎましたか……ねぇ、賢者様……」

賢者「………」

ゾンビ娘「………」


ゾンビ娘「でもまあ、賢者様には指一本触れさせませんでしたし。
     私もこれだけのダメージで切り抜けられたのは、結構頑張った方だと思いませんか?」フンスッ

  彼女はきもち誇らしげに、無い胸を張ってみせた。


賢者「………」

  けれど、賢者の体は彼女の腕の中で力無くだらりと下がるばかり。何の反応も示そうとはしない。


ゾンビ娘「賢者様」

賢者「………」

ゾンビ娘「ねぇ、賢者様」

賢者「………」

ゾンビ娘「かまってください」


  孤独な旅の中で、ほとんど気が狂いかけていたこともあった。

  そのせいでしょうか?

 賢者様にからかわれたり、遊ばれていたりすることに安堵している。そんな私も、確かにいるのです。


ゾンビ娘「こんなことで拗ねたって仕方ないって分かってますけど…でも……」

  せめて幻聴くらい、褒めてくれてもいいのに。


ゾンビ娘「……はぁ…やめましょう。ひとりごとばっかり言ってても、余計に疲れるだけです」

  不安をため息と一緒に吐き出して、考えをリセットする。


ゾンビ娘「まだ完全に助かったわけじゃ、ないんですから」

  賢者様はいまだに目を覚まさないし、少しずつ冷たくなってきている。
 雨は次第に止みつつあるとはいえ、濡れたままでは体温を奪われ続けてしまう。


ゾンビ娘「急ぎましょう、賢者様」

賢者「………」


  ―――こくり。


  立ち上がるため一旦彼を座らせた拍子に、賢者様が首を縦に振った。……ように見えた。

ゾンビ娘「………。  ふふっ」

  それが何故だか嬉しくて、体が少し、軽くなった。




           ―――グル ル  ル……


ゾンビ娘「っ!?  ――え…」

  呻くような声に振り返ったゾンビ娘は、戦慄した。


  「グル ルル  ル……ピチャ、ペチャ…」

  自らの隣で、その濁った目を爛々と輝かせたクァールが、
 泥水で希釈された賢者の血を何食わぬ顔で啜っている。


ゾンビ娘「そんな…っ どうしてですか……!?」

  賢者は先程、魔物は一匹もいないと言っていた――


           ―――バシャッ


  けれど、盲信と信頼は違えてはならないと、彼女は知る。


ゾンビ娘「え…あ……」


  「オォ、オ…」

  頭を半分失ったゴブリンが、棍棒を気だるげに引きずり、

  「キ、キッ」

  翼のもがれた蝙蝠が、慌てふためく雄鶏のように跳ね回る。

  「カ …オ ァア……ッ! 」

  泥水を舐めていたクァールが咳き込めば、腹から零れた臓物が振り子のように揺れる。

  一匹、二匹。荒れ果てた町並みの風景と同化していた魔物たちが、次々に起き上がっては叫び声を上げる。


ゾンビ娘「あ…あぁ……」カタカタ…

  体が震えるのは雨に濡れたせいだけではない。
 本能が警鐘を鳴らす、根源的な恐怖によるものだ。


  ゾンビ娘は賢者を隠すように……実際には縋りつく思いで覆い被さる。


  そして、肩越しにクァールの瞳を見つめ、ようやく思い至った。


    ――「君は、ネクロマンサーか」

    ――「いいえ、その言い方は正しくありませんねぇ。『人形』使いと………」


ゾンビ娘(道化師は……まだ生きている)

  いつしか、耳を澄ませば聞こえていた甲高い悲鳴が聞こえなくなっていたことに気がついた。
 しかしそれは、道化師が息絶えた証明には成り得ない……。

  代わりに、道化師の生存を伝える者達が、じりじりと近づいてきている。


ゾンビ娘「なん、で……こんな―――」

  「ガァアアッ!!」

  続けるべく紡いだ言葉は遮られ、
 タールのような曇り空に響くのは――甲高い悲鳴でも、狼の咆哮でもなく……


―――――――
―――――
―――


ゾンビ娘「うあ゙ぁあ……っ」

           ―――ギギ、ギチ…ッ

  「ヴヴゥッ!」

  一番初めに噛み付いたクァールが私の腕を噛み千切ろうと、狂ったように首を振り回している。
 片方の口が裂けているのか、その顎には牙を突き立てる程度の力しかなく、延々と咬み続けていた。

  通りの中央まで引きずられた私の体は、他の個体にも貪られながら、
 絵の具を溶かした水を、バケツごとひっくり返したような赤色に沈んでいる。


ゾンビ娘「痛い! 痛い…っ! ああ゙あ゙あああ゙あ゙あ……っ!」

  再生を続ける身体は、どれほどの痛みを与えられようとも、
 その痛覚が麻痺することはなく、常に鋭敏な感覚であり続けた。

ゾンビ娘「け、者さま……ぁ゙…っ」ズリ…



           ―――ペキッ

ゾンビ娘「―――ッッ!!!」

  助けを求めるように伸ばした右手が、潰された。


ゾンビ娘「う、く……あぁぁッッ」ギリッ

  「クォ、クォ、ォオオ……」

  涙で歪んだ瞳で睨みつけた先には、
 棍棒を振り下ろしたゴブリンの、愉悦に歪んだ半分だけの顔があった。


  反対に曲がった指の向こう側に、私の血を被った賢者様が眠っている。

  幸いにも、このゾンビ化した魔物たちは、死にかけの肉には興味が無いらしく、賢者様には見向きもしない。


           ―――ブチィ…ッ

ゾンビ娘「いぎ…っ」ビクッ

  口端の裂けたクァールが、ようやく左腕の肉を齧り取ることに成功したようだ。
 毟られたような傷口から盛大に血が噴き出し、周辺の水溜りはその赤色をさらに濃くする。


  けれど、そのおかげで毛皮の枷が一時的に外れ、両腕が自由になった。


ゾンビ娘「あああ…ッ くぅ…あ゙ぁ……!!!」グォッ

  右腕の肘を地面に接地させて状態を反らし、
 鞭のように振り回した左腕で、下半身に群がる獣を薙ぎ払


           ―――ガッ

  次の瞬間、強い衝撃と鈍い痛みが、稲妻のように脳を駆け回った。


ゾンビ娘「あ゙…ぅ……」

  残念ながら、そのどちらも左手からではなく、地面に叩きつけられた頭部に感じたものでした。
 遠心力のままに振り回した腕は馬鹿みたいに空を切り、肉を嚥下したクァールにもう一度噛み付かれるだけ。


  側頭部に感じる硬質な物体が、棍棒だということにはすぐ気がついた。

  ニタニタと笑っているゴブリンの顔が、容易に想像出来る。


ゾンビ娘「あ゙……ゔあ、ぁ… うぁ…ぁぁぁあああぁあああ……」


  気づけば、眦から滔々と涙が流れていた。
 泥と血で汚れたその顔に、傍目から見ても分かるほどの涙の軌跡が刻まれた。

  ここ数日手入れに気を配っていた黒髪は血を吸った泥水で汚れ、
 手で梳けば今にもキシキシと音が鳴るだろう。城で借りた白い服など、今では見る影も無い。


  状況は、全く変わらなかった。
 いや、どちらかといえば、むしろ悪化していると言える。


ゾンビ娘「―――ぁ…」

  滲んだ視界に映る指が、いまだに空を差していた。


ゾンビ娘(流石に……血中魔力も限界みたいです、ね……。再生が、こんなに遅くなってる、なんて・・・―――)

  激痛に苛まれたおぼろげな視野には、常に賢者がいる。
 無意識に目で追っていた、などというレベルの物ではない。

ゾンビ娘「――ん、者さ、ま……」

  生を諦めかけた彼女には、
 もはやそれしか、生への執着が見つけられなかったのだ……。


           ―――コツコツコツ

ゾンビ娘(……。 !)ゾワッ

  賢者だけを捉えていた視界に、無許可で侵入してきた者がいた。
 この喰鬼とでも呼んだほうがしっくりくるような、品のないゾンビ共を量産したその者だ。


ゾンビ娘「道…化師……っ、ぃ…!」

道化師「………」


道化師「……ふふ」

  その道化は、赤茶けた泥を被った私を一瞥すると、
 ヒビの入った人を小馬鹿にしたような笑みで、くすりと笑った。

  「ヴゥ……ゥッ!!」

           ―――ミチミチッ、ミチ…ッ

  それを皮切りに、ゾンビ達の行動は一層激しくなった。


ゾンビ娘「…っ ……あ、ぁぁあああぁあ…っっ!!」ギリ…ッ

  思えば、200年をゾンビとして死に続け、蘇ってからの80年をゾンビのように生きてきた。


     悔しい……。


  その私が、ゾンビによって死の淵に追い返されるなんて、何とも皮肉な話だ。


     悔しい…、悔しい…っ!


  もっとも、一番皮肉なのは身体が無駄に熱を持ってる今の方が、死を身近に感じるって所だろう―――


  けれど……!


    ――「死ぬのが怖くて、200年もさまよっていたんだろう? 」


ゾンビ娘「『たかが』……『この程度』のことで…」


    ――「君が世界を諦めても、僕らはまだ、キミを諦めていないよ。
       それに、仲間を見捨てたら、勇者にだって顔向けできない。 だから…」












    賢者「僕らと一緒に、生きてください。最期まで…」


ゾンビ娘「私が、勝手に……諦めていいようなものじゃ、ないんですよ………っ!!」


ゾンビ娘「うぁあ…っ っぁぁあああ……!!!」グググ…ッ

  短時間に大規模な修復を繰り返した代償だろうか。
 背中の刻印が、その魔導式を焼き切ってしまいそうな程に熱く燃えている。

  狂ってしまいそうな激痛の中で、この熱さだけが確かだ。
 縋りつくように、この熱を見失わぬように、正気を、生気を手繰り寄せる……!


  「クゥ、ウウ……!?」


ゾンビ娘(こちとら、300年近く『ゾンビ娘』やってる大先輩なんですよ……)

  それを、たかだか数分前に生き返らされたばかりの新米ゾンビごときが―――


ゾンビ娘「邪魔すんじゃねぇ、です!!!」


           ―――ミシ、ミシミシ…ッ

  あちこちに後輩共が食いついた状態のまま、
 身体の節々が軋む音を無視して、無理矢理に起き上がる。

  その燃える瞳に映り込むのは、賢者の額に銀の小銃を押し付ける、道化師の姿だった。


ゾンビ娘「私の『賢者様』に……触るなぁぁあああ!!!」


  その瞬間、私の中の何かが音を立てて外れるのを、確かに感じた。


  四肢のあちこちを食い散らかされているというのに、身体が自由に動く。


  普通のゾンビをイメージしてもらえれば話が早い。
 傷だらけの身体には動ける要因などありはしないのに、尚も襲い掛かってくる。そんなゾンビを。


  ゾンビ娘は、生きながらにしてその境地に辿りついた。


  ……もはや本当にヒロインかどうか疑わしくなる絵面である。


ゾンビ娘「うるっさい、です…っ!」グオッ

道化師「っっ!?」

  道化師が振り返ったときには、
 ゾンビ娘は不自然な方向に折れ曲がった指を目一杯広げ、
 そのひび割れた仮面に届こうかというほどに肉の欠落した腕を伸ばしていた。


道化師「ぬ……!」

  道化師は彼女の行動にひどく驚いた様子を見せたが、
 すぐに小銃の狙いをゾンビ娘の顔につけて、引き金を、引いた。


  ゾンビ娘は咄嗟に首を右に反らせて射線上から逃れたものの、
 その不吉を撒き散らす口から散った閃光と、焦げた火薬の破片までは避けきれない。

  小さく燃え尽きようとしている塵は、
 夜空を映し出しているような黒い瞳に吸い込まれ、その粘膜を焼いた。


ゾンビ娘「―――くぁ…っ」

  左の眼窩に走る不測の痛みに目を瞑るものの、

 彼女は暗闇の中で、銃を構えた道化師の左腕を―――取った。


ゾンビ娘「ん、のぉ……っ!」グッ

  目が見えていない今の状況で、躊躇は不要!
 片手で手首を掴んで、その腕をねじり上げる。そして肘から先を力任せにへし折る。


           ―――…ギギ……グキュ…ッ

道化師「  、ぁっ!」


  道化師は肘を壊される感触に無声の悲鳴を短く上げるが、
 もちろん、これだけで終わらせるはずもない。


           ―――ギュリッ

ゾンビ娘「……ぁ…お、ぁぁぁああああああああ…っ!!!」ブチブチブチッ

道化師「っ…!」

  へし折った腕を取ったまま反転し、背負い投げる。

  傷ついた左足の筋繊維が断末魔を上げた気がするが、きっと気のせいだろう。
 もう身体中、あちこちで警告が鳴りっ放しになっている。今更一つ増えたところで分からない。


           ―――バシャッ タッタッ

道化師「………」

  道化師は綺麗に受身を取り、こちらに向き直った。
 後輩達は、その後ろで指示を待つようにじっと私を睨んでいる。


ゾンビ娘「……っ」

道化師「………」


  おかしくなりそうな激痛の中、左目の痛みだけが妙にはっきりしていた。

  目に砂……赤熱した砂が入った感じとでも表せばいいのでしょうか。
 身近な物で例えたら、だいたいそんな感じになる、誰でも体験したことはある痛みですね。


           ―――ぐらり、

  左側が暗んだ世界に思いを馳せていると、視界が急に歪んだ。

ゾンビ娘「――ぅ…」フラ…


  馬鹿なことを考えていたせいで、一瞬だけ痛みに意識を持っていかれそうになった。


ゾンビ娘「ま、だ……―――え・・・」

  しっかりしろ。と、左目を押さえながら頭を振って、再び前を見据えた時。
 私の視界に映ったのは、白に縁取られた黒色でした。


           ―――ミシ…ッ

ゾンビ娘「ぁ、が……っ!」

  道化師のアイアンクロー。
 彼女の小さな頭は引っ掴まれ、頭蓋が悲鳴を上げる。

ゾンビ娘「……っっ ん、ぎぃ――――」ミシミシ

道化師「んふふ………。 ――!?」


           ―――ブツンッ


ゾンビ娘「…… ペっ」


           ―――ベチャッ


道化師「……っ!? …! ……??」

  道端に吐き捨てた肉片を見て、道化師が驚きを露わにした。


  それもそのはず。私は道化師の掌を、手袋ごと食い千切ってやったのだ。

  味は―――どこか覚えのある生臭さも相まって、腐肉以下。
 『まだ泥水を啜っていたほうがマシなんじゃないだろうか』とさえ思う。


ゾンビ娘「おいしくない……」


  おいしくはない、のだけれど……
 このおかげで、道化師を退ける糸口が見つかった。――見つけてしまった。


  それを行う為には、、、

ゾンビ娘 チラッ

賢者「………」


  1、賢者様がすぐ近く。こちら側にいて、

道化師「…… …! ……!!! …?」


  2、道化師が私を注視している。

  そして――・・・

  「―――! ~~?」 「――ッ! ――~だ!」


  3、先の銃声に気づいた衛兵が、近くまで来ていること。


ゾンビ娘「はは…っ」

  なんだ、みんな揃ってるじゃないですか。


ゾンビ娘「…すぅ ―――」

  夜の刺す様に澄んだ空気を、一服を行う兵士のように肺腑の奥まで満たし……


ゾンビ娘「―――……うん…)


  誰にも聞かれないように頷いて……私の腹は決まった。


何一つ面倒事が片付いていなかったどころか、面倒事が増えていた新年度。

おそらくもう一回更新するまで地の文多めになってると思います。
できる限り早めに完結させるのでご容赦を。 おやすみなさいませ。


道化師「……!? …!」

  道化師が一瞬うろたえたのを背中越しに感じながら、ゾンビ娘は賢者に向き直っていた。


  「ヴヴゥ……ッ」
           ―――バシャシャシャッ

  その場に片膝をつくと同時に、いくつかの水音が重なって聞こえる。


ゾンビ娘(そりゃあ戦闘中に背を向けたら――)

  こつりと、硬い物が後頭部に当たる。
 道化師の持つ小銃の口が、泥と血で着飾った私の髪へ情熱的な接吻をしてくれている。

ゾンビ娘(襲ってくださいって、言ってるような物ですからね……)

  こうなるのも当たり前ですとも。



  でも、

ゾンビ娘(黙って見てろ……っ)グチッ


           ―――リ゙ィィィィィィン…ッ


  粘土のような質感を思わせる夜空に、くすんだ鈴の音が吸い込まれていく。

           ―――


  ……暫しの静寂。


  「ガ…ォ、ァ……」
           ―――ベシャッ

  それを破るは後輩の断末魔。


道化師「……っっ!」

  そして、道化師が背面から倒れる音。



           ―――ガシャ…

ゾンビ娘「か、っぁ……は…ッ! ゲホッ ゲホ……」

  ゾンビ娘は血反吐を吐きながら、自らの腹部に押し当てていた物を落とした。

  それは、賢者の銃。
 その先端が鮮やかな紅をさしていること意外は、腰に吊っていたときのものと何ら変わりは無い。


ゾンビ娘(いいえ、訂正一つ、です…)

  鼻腔をくすぐる焦げ臭さは、口以上にものを言う。


  喰いちぎられて、ダイエットに成功した脇腹に風穴が開いている。
 その穴を覗き込めば、仰向けに倒れる道化師を見ることが出来た。


  よって、訂正を一つ。銃に込められていた【雷角ノ神弾】が消費されている。

  穿ちし場所はもちろん……


ゾンビ娘「はは っ…ゼ…ヒュー… おそろい、ですね…っ 賢者様…!」

  彼女は弱々しい笑みを浮かべながら、賢者に話しかける。

  その視線は賢者の腹側部を刺している。
 賢者の『おそろい』にあたる傷には血を吸った服が張り付き、既に凝固が始まっていた。
 これ以上の出血は、そうそう無いだろう。



道化師「…む…っ ……っっ!」ググ…

ゾンビ娘「……そういえ、ば…ヒュー…あなたも、おそろいにな、ヒュー…ったんでし、たね…。非常に不本意です、が」

  肩越しに振り返ると、道化師が仰向けに倒れているのが見えた。その腹部には同じく『おそろい』がある。


道化師「っ っ! …  …っ!!」グググ…

  どうも当たり所が悪かったらしく、道化師は身体が自由に動かせないようだ。

  銀の小銃も傍らに投げ出して、道化師は首だけを起こしてこちらを見ている。
 ひびの入ったその笑顔の仮面が、今は苦しそうな笑みにすら見えた。


  「ヴ ルルル …  …」
  「キ、キキ  ィッ」

  けれど、道化師の僕たちが虎視眈々と私を、賢者様を狙っている。
 分かっていた。道化師を無力化しても、息の根を止めなければどの道全滅だって。

  だからこそ、私が賭けたのはここまでの行動じゃない。ここからの、だ。


ゾンビ娘「道…化師……ヒュー…さっきから全、然喋りませ ヒュー…けど……」

道化師「………」

ゾンビ娘「聞ける耳…は、あるんでしょう……?」

道化師「………」

ゾンビ娘「だった、ら……そのまま見て…ヒュ…といい、です」

道化師「………」


  彼女は自らの傍で眠る賢者に目を戻し、泥と血で汚れたその髪を撫でつける。

ゾンビ娘(いつ見ても…思いますよ。本当に、何もしなければ女の子にしか見えません、って)


           ―――シュル…

  彼女は、賢者が巻いている首の長布をはだけさせ、その白い肌を露出させた。

ゾンビ娘「ん――」

           ―――かぷっ

  そして、吸い寄せられるかのように、いつもの低位置へと噛み付く。

  そこでなければならないということは無いにもかかわらず、
 そうしたい。そうあるべきだという直感が彼女をそこへ導いた。


  八重歯を突き立てた白い肌から、じわりじわりと赤色が滲み出す。
 音も無く流れ込んでくる賢者の血は、その冷えた身体に反して、熱い。

  けれど、これまでの無理が祟ったのか、脈拍は酷く弱々しい。

  思ったほどの血は出てこなくて、まだ私の唾液のほうが多い。

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           ―――ちゅ…

  傷口を食み、ほんの少しだけ吸う。
 ここだけが、いつもと違う。本来なら溢れ出た血を啜っているだけ、なのに今日は吸った。

  まるで、吸血鬼にでもなった気分です。

  ………まあ、実際は吸血鬼よりも厄介なゾンビですけどね。


ゾンビ娘「は……」

  私は口を離して、舌下に溜めた桁違いの魔力を有する赤色を、何度も口の中で転がした。

ゾンビ娘(…あ゙……)

  賢者様の命の欠片が私の唾液と混ざり合った頃、それにはたと気づいた。


  血の気の失せた柔肌に、人肉色の痕がほんのりと咲いている。


ゾンビ娘(若干薄いけど! これは俗に言うキスマーク……!)





ゾンビ娘(…歯型のせいで色気なんてあったもんじゃないですね……)


  こんな物しか残せないのが、この方法を取ったことへの、唯一の心残りだ。


ゾンビ娘(まあ、私には他の選択肢なんて、選べませんでしたけど……)

  私一人が助かる方法ならば、いくらでもあった。
 あるいは、賢者様に意識があったならば、二人が助かる可能性もあった。


  それでも、私は―――

ゾンビ娘(ごめんなさい、賢者様……)


           ―――グォォァァアアアアアアアアアアア!!!

  遠くの空で、骨っ子の咆哮が轟く。さながら、猛将の勝ち鬨のように。
 骨っ子は巨人ゾンビの大群を相手に勝利を収めたらしい。

ゾンビ娘(骨っ子、勝ったんだ)

  私は遠くの空を見つめながら、申し訳なさそうに祈った。

ゾンビ娘(ごめんね、骨っ子。君のご主人様は……)




  ―――これから、敗北を選ぶのだ。


           ―――ゴク…

  賢者様の魔力を、その血液ごと嚥下する。
 唾液と完全に混ざり合ったそれは、びっくりするくらい自然に、私の一部になった。








           ―――ドクン…ッ

道化師「!」

ゾンビ娘「…っっ あ、ぐ……っ!?」ビクッ

  何度も何度も、心臓が――心臓に干渉する刻印が脈を打つ。


  背中の刻印が、起動した。


  刻印は赤く紅く燃え上がり、闇の中でその全貌を浮かび上がらせる。


  瞬間、全身の細胞に魔力が巡った。
 細胞の一つ一つが賢者様の力を歓迎し、喜ぶように熱を持ち始める。

  同じように、背中の刻印までもが一段階輝きと痛みを……え?

           ―――ジュゥゥゥゥゥ…

ゾンビ娘(……あれ?)

  刻印が、かつて無いほど熱く疼いている。
 というか……熱すぎません? とどまるところを知らないって感じで痛みが増してるんです…が……


  そういえば、身体の2割近くを失ったゾンビ以外の状態で再生するのは初めてだった。


           ―――バクン…ッ

ゾンビ娘「う…っ ぁ゙、っっ!?」ビグッ

  一瞬だけ、張り裂けんばかりに心臓が膨れ上がる。
 次いで全身のあちこちから異様な音を立てて細胞が鳴いた。

  魔力が増減する吐き気を堪えながら自身を抱く彼女の右目に、ぼこぼこと泡立つ傷が映る。

  焼け付く背筋に肌が粟立つのを感じて、彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。


  ・・・―――再生が始まる…


ゾンビ娘「ッ、オ・・・――ッ あああああああああぁぁぁぁぁあぁああぁぁああああ…っっ!!!」


  肉が盛り上がり、喰いちぎられた神経が復元し結合する。


  潰れた細胞が塵と化し、塵が集まり凝固して、新たな細胞を形作る。


  ゾンビであった頃よりも速い再生。
 ある日塔の上で少年に聞かせたように、【死人】の術式が消えた今、
 本来の再生力が強化されてこの恐ろしい速度の再生が生まれたのか。


  けれど、その速度の再生に人間の身体が追いつかない。


  『再生』のくせに、傷を負う以上の痛みを与えてくる。
 何かに……賢者にしがみついて痛みを紛らそうとしたのか、正しい方向に曲がった指先が伸びる。


ゾンビ娘「――~っ!!」


  しかし、すぐに手を引いて背筋を伸ばす。
 道化師に、『 背中の刻印 を 見せ付ける 』ために。


ゾンビ娘(よく見ろ、道化師……! あなたが望むのは、これでしょう…!?)

  私のカンが正しいなら、奴は私を―――私の刻印の法を欲しがるはず…!


  道化師の正体はネクロマンサー、"死体を使役する者"だ。
 それならば、"使役する死体の鮮度維持"は永遠の命題になる。


  ゾンビ娘は真っ黒に滲む空に吼えた。

ゾンビ娘(――っっ さあ…! ど、…しますか道化師!!
     あなたの、欲しい物は…すぐ目の前で、すよ……っ!?)


  刻印をやるから賢者を見逃せ。

  彼女は言外にそういった取引を持ちかけたのだ。


ゾンビ娘「う、ぁ……」クラ…


           ―――トサッ

  彼女は賢者に覆い被さるように倒れこむ。再生が、終わったのだ。


ゾンビ娘「はぁ……っ は…っ――・・・ハ…」


  流石に、気力が尽きた。意識が身体から剥がれていく。

ゾンビ娘「はぁ……ヒュー… ――ぅ…?」


           ―――グググ…

  紅く染まった借り服が、何者かに引っ張られている。
 道化師は動けないうえに……背中に感じる、唸るような息遣いから、おそらくはクァールの一体。


  どうやら取引には応じるつもりのようだ。

  だが、私を引っぺがした後、賢者様に危害を加えないとも限らない。
 もちろん取引を反故にされないようにする手段はある。が、思ったよりもタイミングが合わなかった。


ゾンビ娘(だからもう少しだけ、時間を稼がせてもらいますよ……)ズル…

  彼女は朦朧とした意識のまま賢者の身体に引っ付く。それはもうぴっとりと。


  「ヴ ヴゥ… …ッ!??」

  クァールは 何で動かねえの!? と言わんばかりの戸惑いの唸りを上げた。


ゾンビ娘「……フ…」

  それを聞いて、ゾンビ娘は息遣いだけで笑った。


  後輩のために説明をしてあげましょう。
 『バンユウインリョク』という言葉を聞いたことがあるでしょう。

  賢者様にはこの力があるのです。


  そう、『まな板を誘惑して引き付ける力』! 『板誘引力』が!


  「グ ォ…!??」



  ……ええ、まあ、嘘ですけど。

  ただ単に、私が離れたくないってだけですから……。


ゾンビ娘「   」

  馬鹿なことを考えている間にも、意識はどんどん身体を離れていった。
 全身の感覚が鈍くなり、右目の視野も狭くなってゆく。

 ……あれ? 左目治ってない……けど、まあいいか……。もうだいぶ――疲れたし―――


           ―――バタバタバタ

  「――・・・っおい! さっきの破裂音と女性の悲鳴はこっちか……らぁ!?」
  「んな…っ! ま、まだ魔物がこんなにいたんスか……!?」

  ――ようやく、衛兵が間に合った。

  狭くなった視界の端に、小隊の軍靴を。
 賢者の鼓動を聞いていた耳に、希望の靴底を捉えて安心しきった彼女の身体から、致命的なまでの力が抜けた。


           ―――ズズ、ズ…ッ

  名残惜しいけども、賢者様の体温を感じるのは、ここまでです……ね…


ゾンビ娘「……ぅ゙…っ!?」

  一瞬の浮遊感の後、腹部に強い衝撃と圧迫感。
 その衝撃を基点に、指一本かかっていた意識が離れ始めた。


  薄れゆく意識の中で、彼女の右目は離れていく賢者を捉え続けていた。


  もう、音は聞こえていない。代わりに、賢者の姿だけがはっきりと見えている。
 雨に濡れて張り付いた前髪。赤色に染まってアバンギャルドなファッションになったシャツ。

  そしてこの記憶の最後に見たのは―――首筋に残した朱色と……


  賢者の左胸に咲いた紅い花が、彼に残った僅かな生気を吸っていく光景だった。


ゾンビ娘「―――ぇ……?」


  狭くなった視界は、倒れる道化師と、硝煙を吐き出す小銃を持つ道化師。
 『 二 人 』の道化師の姿を映すことは無かった……。


  ただ、賢者様の傍らに、鎌を振り上げる死神のような影を見つけ、




  彼女の意識は、赤色に沈んだ。


―――――――
―――――
―――


  時間は急速に流れ、舞台は壁だらけの部屋に戻る。


ゾンビ娘「うぁ……っ!」


  フラッシュバックした記憶の痛みに頭を抱えながら、彼女は大粒の涙を零した。

ゾンビ娘「ゔあ゙ぁ゙ぁぁぁああああああぁぁあぁぁあああああぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああ…」


ゾンビ娘(また……っ また…っ 目の前で……!)


ゾンビ娘(私の、目の前、で……っ 何も、出来ないまま……っ あの時の…魔王城の時みたいに……)



  また、賢者様を―――



ゾンビ娘「あ、あぁああ……、ぅぁああああああああああああああああああぁぁぁぁぁあああああああ―――・・・・・・っっ!!??」


  がりがりがりがり。

  彼女は頭を抱えたその指で、何度も何度も掻き毟った。
 左右8つの赤線は、刻まれた端から治って、治っては刻まれるの繰り返し。


  がりがりがりがりがりがりがりがり。

  血は流れない。流れる前に塞がってしまう。
 爪の間に溜まる皮膚や血も、塵のように砕けては散ってゆく。


  がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。

  酷く無意味な自傷行為。
 ただ悲しいだけの自傷行為。


ゾンビ娘「―――――――――――――――――――――――――――――――――・・・…っっ!!!」

  いくら叫んでも、喉は潰れない。私の身体は、壊れることが出来ない。



  どれだけの間、叫んでいただろうか。

  瞳からあふれる無力さの象徴を拭うこともせずに垂れ流していると、
 ある時、「プツン」という何かが切れる音がして、私はがっくりと項垂れた。


ゾンビ娘「………」

  4割ほど狭くなった彼女の世界に映るのは―――


ゾンビ娘「……あは、っ  けんじゃさまのちだぁ………」


           ―――ちゅぷ、ぢゅるるるるるるる…



  少女は黒ずんだ赤色がこびりつく指先を含みながら、その意識を 深く、沈めた。

―――――――
―――――
―――

今回はここまでです。
賢者の出発と、骨っ子たちのシーン、このあとに書けばよかったと今更ながら後悔。


           ―――ピチャン…

  深い深い闇の中で、仄かな光が一対の線を描く。
 夜空に透明な橋が架かったかのような幻想的な光景。それが、彼の往く道となる。


  「すぅ――……」

  吸い込む空気は煩わしく、咳き込みそうだった。
 それでも彼は呼気を飲み込み歩を進め、やがて大きな広間へと辿りつく。


  そして、そこは―――


大茸「ヌ」

毒茸戦士「ォォ…」

菌糸蟹「ギシャ、ギシャ」




賢者「―――"菌糸の楽園"だ」


  ~西の遺跡 -地下階層1-


           ―――パシャ、バシャッ

賢者「おっと、」

  遺跡の周辺には、妙に澄んだ河があった。
 そのせいか、壁から染み出した水で床は所々薄く浸されている。

  音を咀嚼する暗闇の中では、その水音はよく響き渡ったことだろう。

  けれど、何者も賢者の姿を咎めることは無かった。


賢者(彼らも歩き回っているから、音が一つ増えたくらいで気づくわけが無い、か……)

  出来ることなら交戦は避けたい。
 なんて思いながら、咄嗟に身構えた自分は馬鹿だろうか。


  ヒカリゴケの光が通路や部屋の輪郭を形作ってはいる。
 それでも、この空間は闇に沈んでいると言っても言い過ぎではない。

  黒の外套に身を包む賢者は、闇と一つになっている。


賢者(闇と一つに……見た目だけの話じゃあ、ないよね―――)ギュ…


  胸を押さえ込む行為。その意味でさえ、溶け込んでいた。


  僕は魔物の間を縫うように進んでいく。


  菌糸系の魔物には、多くの場合目や耳になる器官が存在しない。
 こちらから触れたところで、はたして気づかれることはあるのだろうか。


賢者(こんな空間にいると、自分が透明にでもなった気分だ)


  賢者は魔物ひしめく大部屋から早足で抜け出し、下りの階段を降り始めた。

           ―――コツ、コツ


  誰の目にも映らない。
 それは、出来ることならあまり味わいたくない感覚だ。

  何故なら――


賢者(――思い出したく、ないのに……)


  75年前の、あの日。

  この国が獣人族による大規模な襲撃を受け、
 骨っ子に家族が増えるきっかけとなった、あの日。


賢者(僕は確かに、あの場に居た)

  道化師と対峙し、傷ついた人々を癒し、狼と兎の不毛な争いを終結させた。


賢者(今にして思えば『管理者』としての運命に呼ばれたのかもしれないけど、
   僕があの場にいたのは、もっと個人的な理由があったからだ……)





賢者「彼女に…みんなに会いたかった。ただ、それだけだったのに……」


  その結果は、どうだった?

  誰も僕の姿を見ることは出来なかったし、僕の声も届かなかった。
 触れようと伸ばした手は、金縛りにあったかのように寸前で動かなくなった。


賢者(神との制約は生半可な物じゃないって、思い知―――)


           ―――ズキッ

賢者「……ッ!」


  不意に走った疼痛が、僕の意識を現実に引き戻した。

賢者「―――ぁ……そうだった…」

  今は、階段を降りている途中だ。

  足元をよく見ていなかったから踏み外したのだろう。
 転落こそしなかったものの、着地の衝撃が脇腹の傷によく響く。


賢者「――すぅ…  はぁ……」

  出来るだけ交戦は避けたいって理由はこれだ。

  兎さんは回復の早さに驚いていたが、本来なら動けない傷だ。
 それなりの無理をした場合で、戦えたとしてもあまり長くはないだろう。


賢者「っ はは……せめて痛み止めの薬くらい飲ませて欲しかったなぁ…。―――って…」

  言ってから気づいた。


賢者「飲む前に逃げてきたの、僕のほうじゃん……」


―――――――
―――――
―――

  ~朱実の街 -東の大通り-


           ―――カサッ

骨っ子「んぅ?」

兎メイド「………」ブツブツ

骨っ子「兎さん? 何か落としたよー?」

兎メイド「…どうにも納得いかないんだよなぁ……」ブツブツ

骨っ子「兎さんってばー……  はむっ」

  ボクは地面に落ちたそれを咥えて、先を歩く兎さんに駆け寄った。


骨っ子「んーんー!」ペシペシ

兎メイド「何かなぁ……って、骨っ子? どした?」

骨っ子「んー!」 オトシタヨー

  咥えた物を差し出しながら、兎さんに語りかけた。口が塞がってても喋れるって便利。


兎メイド「ん、ああ。痛み止めか」

骨っ子「痛み止め?」

兎メイド「賢者の分だよ。あんにゃろう、せめて飲んでから行きやがっれてんだ」

骨っ子「………」

  そもそも飲ませてたら断固として行かせなかったよね? と目で訴える。

兎メイド「ん? まあそうだな。痛みがあるうちは満足に動けねえが、無理もしないからな」

骨っ子「何だかんだやさしい、兎さんー♪」

兎メイド「黙れ」ゴソゴソ

  そう一喝して、兎さんは受け取った包みを胸元にしま……

  ちょっと待って?

  うちのメイド服、いくら兎さんの分は改造してるって言っても、
 そこにポケット類は無かったよね!? 今どこに仕舞ったの!?


兎メイド「女だけが持ってる収納場所だ」

骨っ子「………」

  ご主人が見たら発狂しそう……。


骨っ子「そういえば、もう追わなくていいの?」

兎メイド「賢者を止めるのは間に合わないんだろ?」

骨っ子「うん……」

  怪我人のくせに、とんでもなく移動が速い。
 今のボクの足じゃあ遅すぎて追いつけそうにない。


兎メイド「だったら、こっちはこっちでやれることをするしかねえだろ」

骨っ子「やれることって……これがいったい何に役立つのー」

  仔犬骨体の背に蝙蝠の死体を乗せられた骨っ子が、不機嫌そうに言う。

兎メイド「いや~ なんかその浮き出た赤い斑点が気になってよ」

骨っ子「じゃあ兎さんが運んでよー。ボクこれでも結構消耗してるんだから……」


兎メイド「やだ」

骨っ子「即答!?」

兎メイド「だって触ったら何か病気うつされそうだしよ」

骨っ子「理由がひどいっ!」


骨っ子「よよよ…。どうして年下にこき使われるのー…」

兎メイド「じゃあ年上をおねえさんとか呼ぶなよ」

  そもそもお前からしたら誰でも年下だろ……と、肩を竦めてみせる。


骨っ子「失敬な! ご主人はボクよりも年上だもん!」


兎メイド「………」

骨っ子「むふー」フンスッ

  それ、根本的なことは何も変わってねえよ……
 肩を落としながら、二人(二匹?)は兵達の詰め所に向かう。

  その道中、

兎メイド「あ゙ぁ!?」

骨っ子「……うっそーん…」


  彼らは目的地から悲鳴と、夜の闇のような黒煙が上がっているのを視たのだった。

―――――――
―――――
―――


  ~西の遺跡 -地下階層2-


  長い折り返し階段を下り切った賢者は、平坦な道に足をつけた。

賢者「っ は…っ はぁ……  ―――ぃっ痛……」


  腹部の疼痛は一度意識してしまうと、
 かまってかまってと騒ぎ出してしまい、言うことを聞いてくれない。

賢者「これでまた階段が続くようなら、地獄だ…」



賢者「…けほっ ……?」

  地下に降りるほど、その空気が淀んでいく。
 それに比例するようにして湿度もそれなりに高くなってきている。


賢者(死体でもあったら、即腐りそうだな…)

  賢者は魔王城の気候も、これに近いものがあったと、思い出していた。


賢者(だから『僕』は、あんなに酷く傷んでたんだろうか……いや、)


           ―――バシャッ

  水を蹴って、頭を振った。

賢者(気をしっかり持て)


  余計なことを考えてしまうのは、きっとこの空気のせいだ。
 けれど、辺りを照らすヒカリゴケにとっては、この環境こそ楽園だろう。

  そのヒカリゴケに元気がないように見えるのは、
 魔力障壁を持った道化師が関係しているのかもしれない。


賢者(気をしっかり……)


           ―――ォァアアァア……

賢者「!」

  通路の奥から、何かが出てくる。
 闇の中からぬるりと現れたそれは……


     「ァア、オォアォアアア…」

賢者「ゾンビ……」

  いや、

賢者「菌糸ゾンビか」


  ぐずぐずに朽ちゆく肢体。
 こそげ落ちた肉体の隙間から見え隠れする繊維質の糸。

  菌糸系モンスターに寄生された、死体。

  それなりに強い固体であると同時に、2、3……5体。数が多い。


賢者(時間も無い、どうにかやり過ごして……)

  そう考える頭とは裏腹に、
 ゾンビたちに『自ら』の最期の姿が重なって身体が動かない。


賢者(やめろ、考えるな…見るな……!)

  どうあっても目が離れない。
 それどころかじっくりと観察している始末だ。


  頭が無い個体。ほとんどが菌糸で補われている個体。

  そしてその奥に……

賢者「……!」


  肩から先、左腕が無くなった個体。

 『僕』の姿が完全に重なったそいつは、「僕」に語りかけてきた。


  『どうしたの? 何を怖がってるの?』

賢者「あ……あぁ…」

  『「僕」にとって、『僕』は幻覚なんだろう?』

賢者「うるさい…」


  お前に構ってる時間は無いんだ。
 今こうしてる間に、ゾンビ娘が無事だという保証は無い。

  急がなきゃ、ならないのに……!

  『急ぐ? そりゃあ急ぐだろうねぇ。自分の尻拭いの為だもん……』

賢者「何だって?」


  『だって「僕」、こう考えてるだろ?』



    ―――「僕が意識を失っていたばかりに、僕を護ろうとしたばかりに……また彼女が傷ついた」



  『「また」、そう、「また」なんだよ』

賢者「黙れ……」


  『魔王城の時と同じ。ゾンビ娘は何度も死に掛けながら、何度も死にながら、「僕』を護ろうとした』

賢者「黙れ……!」


  『「僕」はいつもそうだ。後手にしか回れないから、大事な人を傷つける』


賢者「黙れよ……!」


  『「僕」は結局変わらない。これまでも、これからも……』


賢者「黙れぇ……!!!」
           ―――カチッ


           ―――リィィィィィィィン…


  目を背けたい、耳を塞ぎたい。

 僕が引き金を引く理由には、それで十分過ぎる程だった。


  引き金を引くたびに、鈴の音が連なる。

  死体蹴り? いいや死体撃ち。


  跡形も無くなるまで撃った。暴れた。走った。


賢者「はぁ…っ はぁ……っ」


  あれ…? 僕はどうしてここに来たんだっけ……?


  増していく腹部の疼痛は、
 左肩に残したままの《理由》さえ呑み込んでいた。

―――――――
―――――
―――

隔週更新が安定してきた。今回はここまでです。


兎メイド「……っらぁ!!」

           ―――ギャリリッ

  閑散とした通りに、金属同士が擦れ合う音が響く。


兎メイド「あ゙ぁ゙? 何あたしの鋏を受け止めてんだゴラァ!!」

骨っ子「! 兎さん後ろ!」

兎メイド「! く…っ」チャキッ


  声を受けて反転。
 右手に持った鋏を指の上で回転させ、そのまま振りぬいた。

  「ご…あぁぉ…… ぉ…」

  逆手鋏が確かな手応えを捉え、背後にあった気配が絶える。


  「おおぁあああ……!!」

兎メイド「!」


           ―――ミシッ


  「ぉ…ああ……」

  彼女の鋏を一度受けたソイツが、
 背を向けた兎メイドに襲いかかろうとした瞬間、ガクリと膝をついた。

骨っ子「……うっわー…」

  見れば、その股の間に、メイドの後ろ蹴りが突き刺さっている。


骨っ子「………」ガクガク

兎メイド「ふぅ……とりあえずこれで全部、か?」

  兎さんはテンションが非常に低い声音でそう言ったけどもボクにとっては今それどころじゃなくてボクどころか男全員…


骨っ子「あわ、あわわわ……」ブルブル

兎メイド「なに震えてんだよ骨っ子」

骨っ子「な、何でもないよ……」キューン


骨っ子(兎さんはその名の通り兎の獣人族であって、
    その脚力から繰り出されるキックなんてものは、下手をすればボクの骨を粉砕しかねない危険な技で……!!)


  骨っ子の後ろ足が、若干内股気味になった。



兎メイド「しっかし、言っても仕方ない事とはいえ……やりづれぇことこの上ねぇんだけど…」

  彼女は傍らに倒れる2体の亡骸を見て、そう言った。


兎メイド「なぁ、本当に死んでたんだよな? あたしが止め刺したわけじゃないよな?」

骨っ子「大丈夫だよ。魔力はすっごく淀んでたし。元々死んでたよ ―――多分」

兎メイド「多分!?」


  ザッケンナテメゴラァ! ウワッ ウサギサンヤメ……ッ ニ゙ャ――――ッ!!!


  言い争いを続ける狼と兎の傍で物言わぬ屍となったそれらは、『衛兵』の姿をしていた。


―――――――
―――――
―――


  兵たちの詰め所から火の手が上がっていることを目撃した彼らは、大急ぎで現場に駆けた。


  すると、向かう途中で20名からなる兵の隊とすれ違う。

兎メイド「お前ら、何があった?」

  「………」

兎メイド「おい、無視すんじゃねえよ!」

  「………」

  その衛兵達は、何も答えようとしなかった。


兎メイド「無視すんなって言ってんだろ! 兎は寂しいと死んじゃうんだぞ!?」バッ

  メイドがしびれを切らして衛兵の肩に手を伸ばした時、先に行った骨っ子の声が聞こえた。


骨っ子「兎さん、詰め所は壊滅してる!」


兎メイド「な……っ!?」

  慌てて振り向くと、骨っ子が息を切らして飛び出してくるのが見えた。

骨っ子「そいつらから離れて! 『そと』の匂いがする……!!」


兎メイド「……!」

  骨っ子の言う『そと』の匂い。

 それは突き詰めた話、民を脅かす魔物の波長のことだ。


  「おぁああ…!」

  それを理解するが遅いか速いか。隊列の最後尾に居た2体が襲い掛かってきた。


兎メイド「う、ぉおお…っ!?」バッ

           ―――ガキッ

  片方が突き出した槍は間一髪避け、
 もう片方の振り下ろす剣は、咄嗟に抜いた鋏で受け流す。

兎メイド「……っっぅ…骨っ子ぉ! そういうことはもうちょい早く言え!」

骨っ子「"すす"の匂いがきつくて分かりにくいんだよぉ! てか前見て、前!」

兎メイド「!」


  そして、戦闘が始まった。


―――――――
―――――
―――


骨っ子「うぅ……危うく去勢されるところだった…」

兎メイド「おいおい、お前の場合普段は"玉"が無いだろうがよ。それは去勢じゃなくてパイプカットだ」

骨っ子「それもなんか意味が違くない!?」


兎メイド「安心しろ骨っ子。お前が白を泣かせでもしない限り、ちょん切ったりはしねぇよ」

骨っ子「むぅ……それはまあ大丈夫だけど…」

  骨っ子は、昔「う、浮気とかしたらだだだ駄目なんだからね…っ!」と言われていたのを思い出した。


兎メイド「そうそう、それでいい。ま、あたしも


     『もしも時は遠慮なく切っていいから』


     って白に言われてっけど。出来れば、そんなことには使いたくないからなー」

骨っ子「うん。 ……―――え?」


兎メイド「で、だ。こいつらはゾンビってことでいいのか?」

骨っ子「え? ちょ、えぇ?  ……あ、うん。ゾンビで間違いないと思う…… けど、え?」


兎メイド「そんでもって、報告にあった道化師ってのはネクロマンサー。だな?」

骨っ子「……うん」

兎メイド「お前の主人を連れ去った魔物と一緒に逃亡したっていう報告とは食い違うが、
     もしかしたら、道化師はまだこの街にいるのかもしれねえな」

骨っ子「……あ、うん。そうだね」

  そうだとしたら、あれきり姿を見せない領主と一緒に、どこかに潜伏してるのかもしれない。

  兎メイドは、真面目な声音で骨っ子に問い掛けた。


兎メイド「骨っ子、こいつらに足止めされたせいで見失っちまったが……」


  ―――今度は、匂いを辿れるか?


骨っ子「………」


骨っ子「へっへっ」

  骨っ子は悪戯っぽく、犬っぽく息を繰り返して、こう言った。



骨っ子「朝飯前だよ!」


兎メイド「よし来た! 頼むぞ骨っ子!」

骨っ子「うん!」

  骨っ子は、くっきりと残った匂いを、そして音を頼りに駆けて行った。





   「……ねぇ、白ちゃん本当に言ってたの…?」

    「言ってた。満面の笑顔で」

   「……くぅーん…」

―――――――
―――――
―――


  その、数分後のこと。


骨っ子「着いた……ここだよ」

兎メイド「ここって……おいおい………」

  向かってる方向で、途中から嫌な予感はしていたが、ここは……


  ~朱実の街 -中央役所-


  街の中でも一二を争う、豪華な建物。
 国政のために用意した役所であり、そして

兎メイド「領主の、屋敷じゃねえか……!」

  この地を任された者と、その家族の住処でもあった。


兎メイド「ふざけてんのか!? ここは真っ先に衛兵が調べたんじゃなかったのかよ!」

骨っ子「あっ、わっ、まっ、」チョット、シャベレナイヨー ペシペシ

  骨っ子を両手で抱き上げて、揺さぶる。
 首の関節がぐわんぐわんと振り回されて、なかなか面白い。

  骨っ子は前足でぺちぺちと叩いて、降ろして欲しいと意思を表明した。


骨っ子「もう……もげたらどうすんのさ」

兎メイド「悪りぃ。でもここは……」

骨っ子「もう調査済みって言うんでしょ? もぬけの殻だったってことはボクも知ってるよー」

兎メイド「なのにどうしてここが……」


骨っ子「屋敷を捜したから見つからなかったんだよ」

兎メイド「あ?」

骨っ子「ボクには聞こえてる」


  風が隙間を抜ける音が、この屋敷の外から。


骨っ子「………スンスン……」トテトテ

  骨っ子は屋敷の庭を歩き土の匂いを嗅ぐと、抑揚も無く吼えた。


骨っ子「わんわん」

兎メイド「……ハァ?」

骨っ子「わんわん」ホリホリ


           ―――ボコッ

兎メイド「!」

  骨っ子が掻いた地面に、大きな穴が開いた。

  その穴を覗き込めば、恐ろしいことに舗装された地下通路が見えた。


兎メイド「んな……」

骨っ子「ここ掘れわんわん、だよ♪」


兎メイド「こんなもんがあるなんて……」

骨っ子「先に来た奴らが使った入り口じゃなくて、多分欠陥があって使われなくなった通路じゃないかなー?」

兎メイド「そ、そうか」

  大方作ったはいいが、屋敷の基礎に近すぎたのと、地表ギリギリに作ってしまったせいで
 見つかりやすくなったのを後から気づいて、放置していたものなのだろう。

  よく見れば、通路の床や壁、あちこちにひびが見受けられる。


骨っ子「よっと」スチャッ

兎メイド「お、おい?」


骨っ子「むー……」キョロキョロ


骨っ子「大丈夫だよ兎さん。敵はいないから」

兎メイド「あぁ、わかっ……」

  そう言って、身を乗り出した瞬間。


           ―――ボロッ

兎メイド「え」

骨っ子「ぁー…」

  地面が崩れ、彼女は諦観の声を上げる骨っ子の上に落ちていった。



骨っ子「ふぎゅっ!?」
兎メイド「きゃんっ」


兎メイド「あいったたた……」

  思いっきり尻から落ちてしまった。


兎メイド「んっ!?」ビクッ

  しばらくその痛みに堪えていたメイドの兎耳が、ピンと伸びた。


           ―――もぞっ もぞもぞっ

兎メイド「あっ や、ちょ…っ やめっ んんっ!」


骨っ子「ぷはっ」

  骨っ子がメイドのスカートの中から這い出てきた。


骨っ子「ほ、本日二回目……」フルフル…

兎メイド「………」プルプル…

骨っ子「あの重さがかかっても折れなかったボクの骨強い……」フルフル


兎メイド「お、重いとか言うなー!!!」///


骨っ子「うわっ!?」ヒョイッ
           ―――ビシッ

  メイドの殺人キックが、レンガで無理矢理閉じられていた壁にヒット。ひびが走る。


骨っ子「危ないじゃんか!」

兎メイド「うるせぇっ!」ヒュッ

骨っ子「ひ、ひえぇっ」
           ―――メギャァッ

  もう一度ヒット。ひびがさらに広がり……


           ―――ガラッ ガララ……

  壁は見るも無残に砕け散り、よく整備された通路へとつながった。

骨っ子「ほらっ! 道が出来たから! 早く道化師を潰さなきゃ!」ワタワタ

兎メイド「その前にてめぇのムスコをちょん切ってやる……」

骨っ子「何で――――――――!!?」

―――――――
―――――
―――

今回はここまでです。
どうしてこの食物連鎖コンビが一番書きやすいのか……


  ただっ広い空間。男は両手を擲ち夜を仰いでいた。

  広間の端から聞こえてくる水の跳ねる音。
 仄かに暖かい苔の絨毯に寝転び、暗闇に浮かぶ輝きを数えていた。



           ―――ポタ、ポタ、ポタ…

  「………」

  星が見えるのはどうしてだろう。

 ここは地下深くであるというのに、仰いだ闇は見事な夜空だ。



  男の記憶が正しければ、その星々は昨夜の夜空とよく似ているように思う。

  この遺跡に入り浸り始めたのはつい最近のことだ。
 調べた所、どうやらここは『星読み』を行う為に古代人使っていたらしい。

  どういうわけかはまったくもって理解が追いつかないが、
 ドーム状の天井で輝く苔たちは、今夜の星と同じ位置で光る。


  星見の静寂を殺すのは、端の水滴とひとりごちる男の声、そしてもう一つ。


   「天候に左右されず、比較的近距離から観察できると知ったら、
    世の天文学者はどういった反応を見せてくれるのでしょうかねぇ……」

  ズリ、ズルリ。男の声に、靴底が答える。音は、すぐ近くまでやって来ていた。


   「……やぁどうも。流石に女神の使い、しぶといとは思っていましたが……ここまでとは……」


           ―――キィ……

  鉄が擦れる音がした。
 大方、私に効きもしない魔法弾を撃つ為に、撃鉄でも起こしたのだろう。

  全身、肌を余すところ無く覆うこの服には、
 魔力自体を非力なものに出来る力・魔力障壁を付与している。

  男は三日月の笑みを貼り付け、楽しそうに言った。


   「私の名は道化師。人々の喚声を浴び、自らを満たす者。―――貴方は?」

  「………」

道化師「……結構」クスッ

  嘘吐きは何も答えなかったが、それで十分だ。
 道化師は、通路へと目を向けることにした。


  それは悲愴と言うよりも、愚昧。
 自らが偽物であることを否定しながら、偽物であることを自らに強いる、歪みを内包した子供。

  幽鬼の如き雰囲気を、ボロボロの服と共にその身に纏う、傷だらけの『勇者だった少年』。

  魔の道に堕ちた者からすれば、紛うことなき『本物』の存在であると言うのに、常に本物であろうとした愚か者。


  彼の仲間からは、『賢者』と呼ばれる男。今の彼に、名前は無い。


道化師「そんなに虚ろな顔をして、いかがなさいました?」

賢者「………」

  楽しそうに話しかけるも、彼は無言で、こちらに歩いてくる。
 その足取りは、重心が定まらないかのように覚束なかった。

道化師「……おやぁ? その右手、とっても素敵な"装飾品"ですねぇ。どこでお拾いになられたのでしょう?」

賢者「…ぅ、あ……」

  所々引き千切られたような外套をその身に纏い、彼は呻きながら歩いてくる。


菌糸屍人「…ヴゥ…ッ…!」ギチギチ

  
  妙齢の淑女のような細腕に、齧り付く頭の装飾品を見せつけながら……。


賢者「……っ、は、ぁ…」

道化師「………」

  彼は、何でも無いように、見えていないかのように、道化師の横を通り過ぎようとしている。


道化師「無視、だなんて。酷いではありませんか」

  道化師は仮面の下で三日月の笑みをニタリと浮かべ、
 半ば擦るように歩む彼の歩の内側へ、軽く脚を差し込んだ。

           ―――ガッ

賢者「っ ぁ…っ!」


           ―――ずちゃっ

  掬うように差し込んだ足を払えば、彼は苔の絨毯へ仰向けに倒れた。


菌糸屍人「ヴォッ…!?」ゴスッ

  少し遅れて、イかした腕のアクセサリーが、苔の無い堅い石畳へ叩きつけられる。
 顎骨の砕けたそれは、面白いように跳ね、転がっていった。


賢者「あ、ぅ……」ズ…

  ぬちぬちと音を立てる苔に爪を食い込ませ、彼は起き上がろうと足掻く。
 上体を少しずつ持ち上げながら、ゆっくりと。あの少女がそうしたように、彼は左手を伸ばした。

  その姿に道化師は少しだけ近づいて、

道化師「……まるで、赤子のようですねぇ。それも、聞かん坊、の…ッ!」


           ―――ゴキュッ

  扁平な靴底で、彼の手をしっかりと踏みにじり、
 いつぞやの手品の如く、三つの鞠球を降らせた。

賢者「か、……っ」

  苔むした床に挟まれたその身体から、
 肺に残った空気を全て搾り出すような声が飛び出す。


  道化師はすかさず片手を彼の首元へとあてがい、くっ と締め上げた。
 それは彼の細首が陥没しているのがありありと分かるほど、強く、強く締め付けていた。


賢者「……―――」

  最初から虚ろだった彼の目が、ゆっくりと彩度を失っていく。


道化師「……」

           ―――グリッ
賢者「っっ、ぁ……」

  道化師は体重を掛けながら、彼の脇腹へ、わざとらしく膝をつく。
 じわり。と、道化服にぬるい水が滲み、白い膝当てを紅く染め始める。


道化師「貴方も、彼女も、聞こえてはいないでしょうが、どうか悪く思わないでくださいよ……?」

  道化師は彼の頭へ小銃を押し付ける。


道化師「あと、少しなんですよ……。あと、少しで……」


  引き金を引いて。弾が飛び出て。頭蓋の中をめちゃくちゃにして。
 後はじっと待つだけ。それで、ようやく私は解放される…――




           ―――カチンッ

  彼の身体はビクンと跳ねて、面白いくらい痙攣して、動かなくなった。
―――――――
―――――
―――


  無機質な白い通路を、骨っ子と兎メイドが駆けている。

骨っ子「兎さんあそこ! さっきの屍兵だよ!」

兎メイド「わーってる! 急ぎゃあいいんだろ!? じっとしてろ……よっ」

骨っ子「え、わっ!?」


  ようやく目標を視界に捉えた。
 メイドは骨っ子の腰骨をむんずと掴んで小脇に抱え、兎の脚力を以って加速する。

  しかし、はるか前方の屍兵たちは突然進路を変え、別の通路へと入っていく。


兎メイド「逃げんじゃねえ!」

骨っ子「あっ わっ ちょっ」カチャカチャカチャ

兎メイド「カチャカチャうるせえ!」

骨っ子「酷いっ!」

  誰かが持ったりしたら鳴っちゃうのは仕方ないのに!


兎メイド「とりあえずさっさと追いつくぞ!」

骨っ子「待って! こんな細い通路の角で待ち伏せされたら……!」

兎メイド「知るか!」

  メイドは一喝して、ブーツの底を削るように急制動をかける。
 もう一度地面を蹴って、急加速。そのまま屍兵たちが消えた通路へ突入した瞬間のことである。


           ―――ガゴン…ッ

兎メイド「え?」

  背後から聞こえた大きな音と、強烈な揺れに振り向いた時には、
 ついさっき入ってきた通路の入り口が、のっぺりとした『 壁 』に変わっていたのだった。


兎メイド「!?」キキーッ

骨っ子「ご、ご主…っ いや、壁!?」

兎メイド「お前……」


           ―――チャキッ

  二度目の急制動と時を同じくして、何かを構える音がした。


  音がした前方を、再び振り返ると……

兎メイド「なん ――――ボウガン…!?」

衛兵「………」キリキリ…


  ボウガンを構えた兵が、ざっと見ただけで15人。
 3列に並ぶ15対の虚ろな瞳が、全て兎メイドに狙いを定めている。

  メイドの勝気な笑みが引き攣った。


兎メイド「じょ、冗談だろ……? こんな狭い通路で面攻撃とかシャレになんねぇぞ!?」


衛兵「………」キリキリ…ギリッ

兎メイド「! ―――ちっ」


  来る……!

  矢が放たれると同時に後ろの壁まで跳躍したメイドは、苦しげな表情を浮かべた。

兎メイド(ダメージは、避けらんねぇか……っ)


  ―――そこに…

骨っ子「兎さん危ない!」バッ

兎メイド「……へ?」


  矢とメイドの間に、骨っ子が飛び込んできた。

兎メイド「骨っ子!?」


  お前、まさか盾に……



兎メイド「…って―――」







骨っ子 スカッスカスカッ


兎メイド「お前盾んなっても意味ねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


骨っ子「あり…?」
           ―――ズダダダダッ

  15本の矢は全て骨っ子の骨の隙間をかいくぐり、兎メイドに襲い掛かっていったのだった。


骨っ子「おぉぅ…… なんて骨体…」

兎メイド「ナンテコッタイ……はこっちが言いたいわ! バカ!」


  メイドは壁に張り付いたまま、どこかで見たような体勢で矢を避けていた。

   神回避。


骨っ子「あははー。兎さんどこかのサボテンみたいだよー?」

兎メイド「笑ってる場合か!? 前見ろ、前!」


衛兵「………」キリキリ

  操られた衛兵達が、2射目の用意をしている。


兎メイド「くそ…っ 流石に2度目は―――」


           ―――ビンッ

  腿に隠した鋏に手を伸ばそうとした時、彼女の体が、何かに引っ張られる。

兎メイド「んぁ?」

  見れば、スカートの裾が矢で縫い止められていた。

  一般的なそれよりも短い、膝下までのメイドスカートであろうと、
 給仕服が女中仕事の為に存在する制服である限り、それは戦闘の枷でしかない。。


衛兵「………」キリキリ…ギリッ


兎メイド「え……ちょっ 嫌…っ」

  彼女は耳を押さえてしゃがみ込み、ぎゅっと両の目を瞑った。








           ―――ゴシュッ


           ―――パラパラ…

兎メイド「~~~っ」ピクピク


兎メイド「………はれ?」

  押さえた兎耳の先に何かが降りかかるのを感じ、むず痒さに目を開ける。


  「………」

  屍兵達はバラバラの状態で一まとめにされており、
 その潰しただけの肉塊を現在進行形で作っている物体が目に飛び込んでくる。

骨っ子「あわわ、あわわわわ……っ」


  骨っ子の、『右前足』だ。

  本来の大きさ。とまでは行かないものの、
 通路に並ぶ兵を一網打尽にする程度には大きくなっている。

骨っ子「ちょちょちょっ これ何ー!?」ワタワタ

兎メイド「おおお落ち着け骨っ子! おまっ 何でそれ……」ビリッ「あ゙…」


  骨っ子は、右の前足だけ巨大化させていた。


           ―――シュゥゥ…

骨っ子「あ、縮んだ」

  巨大な骨は少しずつ透過し、よく見慣れた中型犬位の前足に戻ってゆく。

骨っ子「び、びっくりしたー。今までこんなこと出来なかったのに……。ね、兎さん?」


兎メイド「…………そだな」ズーン…

骨っ子「あり? どうしたの?」

兎メイド「………何でも…ない……。先、進むぞ……」

骨っ子「え、あ? …あぁ、そういう…… …待ってよ兎さーん!」テテテッ


  骨っ子は先程の壁に、縫い付けられたままな給仕服の裾端を認めると、急いで後を追った。



   「元気出してよー。また白ちゃんに直してもらお? ね?」

    「……うん…」

―――――――
―――――
―――

遅くなりました。少し分量が多くなったので今日明日で分割します。


  しばらくして、まるで研究室のような部屋にたどり着いた。

  結果としては、ぐるっと回って、屋敷の地下に戻ってきたような形だろうか。
 この部屋だけは妙に生活感があふれているが、どうにも『日常生活』とは無縁の匂いが漂っている。


兎メイド「何だぁ、この臭い…?」

  鼻の頭にしわを寄せながら、若干テンションの低いメイドが零す。

兎メイド「気味が悪いって言うか……何て言うか……お?」


  埃と書類が乱雑に積み上げられたデスクの上に、皿に乗った木の実を見つけた。
 種のない苺……。いや、確かに赤いが、萎びていてそこまで大きくは無い。それに、どこか見覚えがある。

  ひとつだけ摘んでみて、鼻先で臭いを嗅いでみる。


兎メイド「スンスン……わっかんねぇ。骨っ子、これ―――」

  どうにも正体が思い出せそうに無いので、大人しく骨っ子の協力を仰ぐことにしよう。




骨っ子「( ><)」ムー

兎メイド「うおっ!?」ビクゥッ


兎メイド「……どした?」

骨っ子「ん、何か…お鼻がぴりぴりして……」

  骨っ子は、骨のままなのに、何故か泣きそうだと読み取れる表情を浮かべた。


兎メイド「ピリピリって、この臭いがァ?」

骨っ子「うん、たぶんそう。しかもこれ、さっきの蝙蝠と同じやつだし……
    ていうか今気づいたけどさー、この臭いって、『珈琲』、だよね……?」


兎メイド「ん? ぁぁああああ!」

  そうだ、これは珈琲の実だ。
 気になるのは、何故木の実の状態で焙煎された時の匂いがするのか、というところだが。


兎メイド「そんなに嫌な臭いか? どっちかって言うと、結構……」

骨っ子「ソレとは違う臭いがするんだよー…。多分どこかで加工されてる……」

兎メイド「加工って、まさか……!」


           ―――ガシャーンッ

骨っ子「!」 兎メイド「!」


  部屋の奥、鉄柵の扉から、
 鉄が軋んで、歪んで、破れる音が響く。

兎メイド「……何か、居やがんのか?」

骨っ子「気配、だけなら…ね」


  鉄柵の隙間から覗くのは、黒。
 照明の位置が悪いのか、はたまたそこに黒色の何かがあるのか。

  それとも、闇の中からこちらを睨み返しているのか……


           ―――パキッ

骨っ子「……開けるよ」

兎メイド「――あぁ」

  やや大振りな鋏で錠前を切断し、骨っ子が鼻先を戸の縁にあてがう。
 簡潔な骨っ子の確認に短く頷いて同意を示すと、鉄柵は弾かれるように開け放たれた。


骨っ子「…へぇ……」

  そしてその奥に潜むのは果たして……?


  頑丈な立方型の鉄柵が、左右の視界をを天井まで遮り、一直線の道を作っていた。

  鉄柵……いや、檻と称するべきその内側には、何十という生物だったモノが転がっている。


兎メイド「レッサークァールに、大蝙蝠……ゴブリンの子供まで……。
     ―――いや……それよりも……」

骨っ子「………」

兎メイド「…おい、骨っ……」

骨っ子「大丈夫ー」

兎メイド「いや、その」

骨っ子「まだ冷静だから、安心してよー」

兎メイド「………」


  檻の中で息絶えた彼らは、身体中に赤い斑点が浮かんでいた。
 檻に身体を激しく打ちつけたであろう自傷の痕も目立つ。

  おそらくは研究の実験体として扱われていたのだろうが、特筆すべきはその種類だ。


  魔物だらけの中で、最も死骸の数が多い種族。それが――――『狼』だった。


骨っ子「……」

  骨っ子は気にしないかのように奥へと進んでいく。
 死に絶えた空間の中で、檻で作られた道の終着点へと、まっすぐに。

  何と声をかけたらいいのか分からないまま
 骨っ子の後をついて行った先の行き止まりで、それはつくねられていた。

   「………」
  「………」
     「…………」

  元が何人であったかも判別できないほど一つになった、人屍の山。
 ちらちらと見える白い服は、この場所で研究に携わっていたクズ共だろう。

  そのクズで捏ねた椅子に鎮座するのは、
 泣き笑いの仮面のみで身を隠す、先日城に来た道化師―――否、領主の入れ物だ。


兎メイド「骨っ子、あのキング・オブ・クズは"いる"のか?」

骨っ子「さっきと同じ。( ><)ムー ってなっちゃうからわかんない。
    そもそもさー、あのキング・オブ・ゴミはゴーストだから臭いしないよ?」

兎メイド「っあ゙ーそっか……」

  それを失念してたわ……。
 あの汚物みてーなカスはそういう奴だった。


骨っ子「……でも多分、まだあれに入ってるよ」

兎メイド「あ゙?」

  骨っ子がゆっくりと姿勢を低くした。
 その反応に、メイドも持っていた鋏を構え、殺意を滲ませる。

  それでも、仮面以外に一糸纏わぬ姿の入れ物は動かない。

兎メイド「なぁ骨っ子。さっきからチラチラと見えてるあの粗末なもん、去勢したくて仕方ないんだが」

  そしてメイドが殺意を滲ませるどころではなくなった時―――

骨っ子「!」

           ―――ウジュル……

  ようやく、捏ねられたクズの山が、形を変えていることに気がついた。

  その全てに赤い斑点が浮かび上がり、紅く発光を始める。
 血の巡らない筋肉が膨張し、必要ない部位は圧縮され、破れた血管からは噴水が吹き上がる。


           ―――メキメギ…ッ ゴギュ……ブチュッ

  不快な音がくぐもって、少しずつ少しずつ、入れ物を取り込みながら一つになっていく。

  「ォ、あァ……」
 「あアぉ、ゥぁ、ぁ……」


  肺すらも圧縮され、押し出された空気が呻き声の連鎖を生む。


兎メイド「おい、骨っ子……」

骨っ子「大丈夫。幼体でも十分に動けるよ。兎さんこそ準備は?」

兎メイド「誰に聞いてんだ。こちとら機動力が売りの兎だぜ」


           ―――ミシ…ッ

  ついに2本の脚が出来上がり、二足歩行を開始するクズの集合体。
 狭い通路とはいえ、天井や壁が軋むほど膨れ上がってなお、それは下半身のみの不完全な体である。

  両側に並ぶ檻を破っては、中に眠る彼らの身体に手を伸ばし、取り込む。

  そして一歩、踏み出す。


  また檻を破って死体に手を伸ばしては、取り込む。

  そして二歩、踏み出す。


  それに呼応するように、骨っ子達は一歩二歩と後ずさり……


       ―――― 三体は弾けるように駆け出した。


  その長い耳と虚の耳に聞こえるのは、破壊が迫ってくる音だけだった。

  屑の巨体は実験体の死骸を取り込むたびに大きくなる。

  両側の檻を圧し曲げ、天井の石土を砕氷船の如く砕きながら、
 一歩、また一歩と加速して骨っ子たちを追いかけてくるのである。


           ―――ズズン…ッ

骨っ子「うわっと」ヒョイッ

  天井の一部が落ちてきた。
 小さな体躯を生かしくるりと避ける。

  駆けながら見た通路の長細い天井には、
 駆ける三体の誰よりも速く、稲妻の亀裂が伸びていた。


           ―――バキバキバキバキ…ッ

骨っ子「くぅ…っ」

  亀裂が走る大元の音が、すぐ後ろから聞こえる。
 落ちた天井を踏み砕く巨足の振動がすぐ近くに感じる。

骨っ子(天井を砕きながらの移動でも……っ ボクと歩幅が圧倒的に違う……!!)

  前を跳ぶ兎も、骨っ子を気にして速度を出せずにいる。


  先程のように抱えてもらうことが最適解だったと後悔するのは遅い。

兎メイド(あれじゃあ抱える時の減速でどっちもぺったんこだ……!)


           ―――ガラ……

兎メイド「!」

  通路の終わりまであと少し。
 と認識した瞬間、前方に天井の破片が落ちて来るのが見えた。

  メイドは壁を蹴って加速。落下地点を通過し反転すると、祈るように叫んだ。


兎メイド「避けろよ、骨っ子ォ……ッ!!」



  化け兎の血を、限界まで爆発させる。
 肌が毛羽立ち、一時だけ、全力に近い力を発揮する。

  接着した靴底から蜘蛛の巣状に亀裂が走り、ほぼ直角の軌道で破片が飛んでいく。


骨っ子 スカスカッスカッ


  砕け、広範囲の攻撃となった石弓の散弾は、全て歪な巨人に食い込んだ。


兎メイド「来いッ!」

骨っ子「……ッ!」

  減速する巨躯の敵を尻目に、
 骨っ子は飛ぶようにメイドへ駆け寄り、メイドはそれに手を伸ばす。



  ―――が、奴にとって必要な死体の数が揃ったのは、丁度その時だった。


  鼓膜を劈くような轟音とともに、
 彼らにとっての天井が―――地上にとっての地面が、弾け飛んだ。



  彷徨い続ける悪霊の、入れ物の強化が完了したのである。


  泣き笑いの面を顔とした巨躯が立ち上がるのは、
 自らがとり憑いている男の屋敷。そのエントランスホール。

  瓦礫の山に埋もれた地下通路から脚を引き抜いて、悪霊は辺りを見回してみた。


領主「くけけ……ちとやりすぎちまったかぁ?」

  相も変わらず、獣脂のようにねっちょりとした不快な声が響き渡る。


  埃が舞う以外に、この場を変革する事象は存在しない。


領主「何だァ? 尻尾巻いて逃げちまったってかぁ? けけけ……」



    「――るせぇな……」

           ―――ガラ…

  地下通路の瓦礫が、中から掻き分けるように崩れ、
 ピンとした茶色の耳が、額の赤色を拭いながら現れた。


兎メイド「生憎と、尻尾巻く前から尻尾が丸いんでな……巻ける尻尾なんざねぇよ」


  さらにメイドを覆うように構える、四足の獣が口を開く。

骨っ子「そうそう。ボクは狼だけど、この尻尾は仔どもをあやす為にしか使わないからねー」


  軽口を叩くその体躯は、先の仔犬のように頼りなくは無い。

  一つだけの口で喋るその姿は骨三頭狼からは遠く離れているものの、
 3メートルを裕に越す屈強な骨狼にまで、力を取り戻していた。


領主「ま、なんにせよ、だぁ。久しぶりだなぁ、化け兎ぃ」

兎メイド「出来ることなら二度と遭いたくなかったぜ、ゴミ屑」

領主「冷てぇなぁ……なんならまた『お帰りなさいませ、御主人様』くらい言いやがれよぉ」


兎メイド「さっさと地獄にお帰りくださいませ、穀潰し様」


領主「つれねえなぁ、本当によぉ……」

  そう言って領主は入れ物の肩を竦めた。

骨っ子「………」


  改めて、その全貌を観察する。

  数十の死体が寄せ集められて完成した真っ赤な肢体。
 その巨大な腕は樹齢云百年の樹木幹のようで、指一本をとっても、丸太のように太い。

  対して下半身はというと、どうやってその巨大な上半身を支えているのか
 不思議なほどアンバランスで、小さく感じるが、比較する対象が違えば、大きいと感じるはずだ。


領主「でぇ? そこのクソ犬は何をそんなに怒ってやがるんだぁ?」

  領主は丸太の指で骨っ子を指し示した。
 巨大さ故に、末端までの伝達は拙く、初動自体は虫が止まるように遅い。


  骨っ子は、低く唸って問う。

骨っ子「あの実験、何をしてたの……」

  魔物を、狼をあんなにしてまで、何を研究していたというのか。
 どうせ胸糞悪い答えだろうが、何を言おうと喉笛を噛み千切ってやる。


領主「……クソ犬、お前はこの赤色を見ただろぉ?」

  領主は入れ物を見せつけながら言う。


  …………よりにもよって質問に質問で返しやがった……。今すぐ噛み千切ってやる、そうしよう。


領主「篝火の赤で夜間は気づかなかっただろうがぁ、お前が叩き潰した魔物たちにあったやつだぜぇ?」

骨っ子「……!」

  どこかで見ていたというのだろうか。
 少し気が変わった。もう少しだけ聞こう。


領主「このみんな大好き朱実の街は元々、その名の通り赤い果実の生育で富を築いた国だった。
   コイツの記憶によれば赤色の恵み………苺に林檎、野菜じゃ唐柿なんかにも手を出してきたらしぃ」

骨っ子「それは知ってる。ボク、ここ産のトマト好きだもん」

領主「そいつはありがとうよぉ、入れ物に代わって礼を言うぜぇ。
   でぇ、だ。
   一応言っとくが、ここの生育は魔方陣を使った歪なもんでなぁ……。
   だから珈琲だの酸漿だの、薬に使えるモノも生育条件関係なく手に入る」

  ゴーストとして、入れ物の中から領主は語りかけてくる。
 酷く耳障りな肉感の声は、入れ物に関係なく生来のものであると、兎も狼も知っている。


領主「で、この入れ物は魔法薬の研究にも乗り出したんだがなぁ、毒になる薬ばっかりが出来ちまったんだぁ」

兎メイド「……毒だ?」

領主「あぁ、毒だぁ。中でも、興奮して、暴れないと息が詰まっちまう薬が魔法陣から出来た時は驚いたぜぇ。
   んでぇ、道化師の野郎が、『これは使えますねぇ』とか言いやがるからよぉ、
   片っ端から研究員に乗り移っては、薬の量産と改良をしてたって訳だぁ」


  その症状に、覚えがあるだろう?
 と、領主は言葉を括って、骨っ子たちを見下ろした。

骨っ子「じゃあ今回の襲撃に不自然な魔物が多かったのは……」

領主「まぁ、そうなるなぁ。道化師がどうやって撒いたかはしらねぇがなぁ」


骨っ子「………」

領主「いやぁ、こいつは本当に面白い毒だったぜぇ?
   試しに一匹、狼をガチガチに拘束してから投与してみたが……」

骨っ子「………」

領主「ここ十年で一番の傑作だったぜぇ!
   暴れたくても暴れらんなくて、途中から血の泡吹いてよぉ! ぎゃはははは……っ」

  領主は口角泡を飛ばしてギャハギャハと汚らしく嗤う。


  うん。よ~く分かった。




骨っ子「……殺すところから始めよっか♪」

  獣の本能のままに、肉塊と見なしたそれへと飛び掛った。


   「ヴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッッ!!」

  殺意という名の拒絶の咆哮。
 領主の入れ物はエントランスの扉の前へ、両手を接地するように存在していた。

  骨っ子はホールの中心にある幅の広い階段の横から、飛び出したような形である。


           ―――ギギギ……

  領主が巨木の右腕を拳として振り上げた。だが―……

骨っ子「遅い…ッッ!!」

  その拳で打ち落とすよりも、ボクの牙の方が速い…ッ!



  …………骨っ子の予測は間違ってはいなかった。
 拒絶と爆裂の力が逆巻く牙は、確かに領主の首に届いた。


           ―――ガキッ
骨っ子「ぇ、な…っ」


  それでも、不完全で未熟な牙では圧縮された肉の鎧を貫けない。

 何よりも、骨っ子の予測は間違っていなかっただけで、正しくは無かったと知った。


骨っ子「ぅそ、だ……」

  牙を弾かれ、空中で体勢を整える骨っ子の虚の眼窩に、
 血の気が引くには十分なほどの光景が飛び込んできた。


  入れ物の右腕が、まっすぐ、振り抜かれていた。

  その拳の先に存在していたはずの石の床が、抉れていた。

  その余波だけで、堅牢で大きな階段が、ただの瓦礫になっていた。


骨っ子「……っッ!?」

領主「っチィ……やっぱり歪な人型じゃあ、動かすのにズレがありやがんなぁ…」


  確かに、拳で打ち落とされる前に牙は届いた。
 けれどもそれは、領主が入れ物の操作に慣れていなかっただけで、
 『 運がよかった 』、の一言で片付けられてしまう及第点に満たない答えだ。


骨っ子「どうして……!? あんなに動きは遅いのに……」

  着地して距離を取った骨っ子が喚く。
 それに答えるのは、いつも兎メイドの役目である。


兎メイド「ああもう……先走りやがって。あの屑の左手を見てみろ」

骨っ子「左……?」


  言われるがまま、一つしかない頭ごとその方を向いて、骨っ子は目を見開いた。……心情的に。


  石の大地に、巨木が根を張っていた。

  正確には、丸太のような指が五本、大地を握り込むかのように突き立っていたのである。


兎メイド「あいつは左腕を使って、無理矢理攻撃を加速させたんだ」

  敵の挙動に警戒しながら、メイドは言葉を繋げる。

兎メイド「人は殴る時、腕だけでは殴ったりしねえ。背骨を軸に、半身を突き出しながら拳を加速させてる」


  領主はあれほどの重量だ。自重という枷で、寄せ集めの筋繊維ではどうしても鈍くなる。
 だからこそ、機動に用いることのない脚を軸に、左腕で回転の加速を加え、拳を突き出していたのだ。


兎メイド「ただ左半身を動かすだけじゃあどちらにせよ遅いだけだが、
     あいつ、硬ぇ地面の石を使って、無理矢理力を通らせやがった……」

  その特性上、攻撃の手段はストレート、フックと限られるが、
 あの攻撃速度と威力は、絶対に食らいたくはない一撃に他ならない。


骨っ子「ウルルルル…ッ」


  それでも、骨っ子には近接以外に戦う手段は無い。
 自分は死ににくいのだから、相打つことも覚悟の上で……

  と身体のバネを沈ませた骨っ子の視界へ、領主の姿を遮るように、茶髪の女中が割って入った。


骨っ子「ちょっ 兎さん邪…魔ぁ゙…っ!?」

  骨っ子は、背を向けたままのメイドに、顎を蹴り上げられる。

骨っ子「何すんだ! 痛いじゃんか!」

兎メイド「るせぇ、運よく当たった攻撃も効かなかったくせにしゃしゃってんじゃねえよ。
     黙ってあのゴミを処分できるくらいの力を溜めやがれ」

骨っ子「でも…っ ボク以外が相手にできるわけが……っ」

  兎メイドとて、化け兎の血が強すぎて、堕ちる以外で完全な兎には成れないというのに……


兎メイド「あー。あー。うるせえ。いいからしばらく黙ってな」

  兎は有無を言わさぬままそれだけを吐き捨て、黙ったまま大振りな鋏を構えている。


  その背中は何故か、「楽勝だぜ」と言っているような気がした。

今回はここまで。
>>711 からが昨日と今日の分の投下になります。


―――――――
―――――
―――

           ―――カチンッ

  金属が擦れ、がっちりと噛み合う音がした。

  ただそれだけ。それだけで、
 僕の身体はビクンと跳ねて、面白いくらい痙攣して、動かなくなる。



  いつも、その光景を他人事のように見届けてから、僕はそこに辿り着く。




賢者「……はぁ…」


  遺ったのは、諦めにも似た、小さな息が一つだけ……。


   ――――
      ―――
       ―‐――――


  時間は枝分かれする川の様で、いくつにも分岐する。
 それなのに、未来ってやつはどんな時も、1か0かの結果にしか辿り着かない。


  そんな分かりきった河川の流れを少しでも長く続かせるために、
 僕は一体どれだけの『0』を経て、この分水嶺まで遡ってきたのだろう……。


  もう何回目になるかもわからない自問自答を繰り返す。


  それを僕に科せ続ける、奥底に刻まれた勇者の文。

  偉大なる勇者の力。他と一線を画す能力。紛れもない本物の"魔"法。原生なる生命の力。

  一般に、『 呪文 』と呼ばれるこれは、まさしく―――


賢者「ただの、呪いだ……」

  絶望した声色。
 この呪いを唱えるとしたら、これ以上に似合う声色は無いだろう。

  そんな弱った声で、また繰り返す。


賢者「自ら命を絶つことすらも許されない、そんな呪いだろう……」


  僕は輪郭があやふやな身体を抱いて、蹲る。

  自分を嘘でしか保てなくなったあの日も、僕はここに来た。
 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……
 ここに来ては、トリガーを引く前に戻された。ナイフを突き立てる前に戻された。

  そしてここに来るたびに『僕』が現れて、馬鹿にしたように嗤う。もっと苦しめと、嗤う。


           ――― ぺた……


賢者「……ん…」

  じっと、足元の分水嶺を睨み続ける僕の前に、誰かがいる。

  十中八九見慣れた顔嗤ってるのだろうけど、他にどうすることも出来ない。
 仕方が無いから、僕は抱え込んだ膝から顔を上げて、喚いてやろうと思っていた。



賢者「今度は、誰……? また、『僕』、だったり、し……」


  …………。

  ある意味では時間を止めることのできる僕でさえも、
 本当に時間が止まるとはどういうことかって、教え込まれた気分だった。


ゾンビ娘「………」

賢者「…ぇ、な……」

  今度の僕が作り出した幻覚は、よく見知った女の子の姿をしていた。


賢者「――…っ、……」

  声が出ない。

  そもそも、言葉が思いつかない程の絶望が、頭を覆い尽くしていた。


賢者「ひ…っ」

  一糸纏わぬ彼女が、目線を合わせるように膝を下ろす。
 たったそれだけの動作に、怯えきった僕の肩がびくりと震えた。

  怖いのに、目は離せなくて。
 瞳に映りこむ自分の顔に、向き合わなければならなかった。


  幻覚だと頭では分かっているのに、僕の何かが割り切ることを拒む。


  一言。「ごめん」と言いたくても、声は掠れて言葉にならなくて……


  ようやく搾り出せた言葉は短かった。

賢者「どうして……」


  それは酷く情けない声色で、口を開いたことを後悔した。
 声が出なかったのは、言葉が無かったからじゃないと分かったからだ。


  吐き出さずに腹の中に溜め込んでいたそれらが、多すぎたのだ。


賢者「どうして…だ……」

  嘘の代わりに飲み込んでいた何かが氾濫して、堰を押し流す。



賢者「どうしてッ 君なんだ……!!」


  今度は、君が僕を苦しめるっていうのか!?

 ずっと、ずっと、僕が諦めて救えなかったことを、責め続けるのか……!!?


賢者「やめてくれ……、やめて、くれよぉ……」

  咽喉がきゅぅと絞まり、声が弱々しく、高くなる。


賢者「――っ ぁあ…ぅあぁぁあああああああああぁああぁぁぁぁぁ……ッッ!!」


  紙の上で筆が暴れたような悲鳴を上げ、激情のインクを叩き付ける。

  後から顧みれば、馬鹿みたいだと思う。


  目を背けて。

  泣き喚いて。

  抑え付けて。

  きっと最後は拗ねるのだろう。

  これを馬鹿みたいだと評さずに何と言う?
 まるで、不器用な子供が癇癪を起こしているようじゃないか。


  ―――ああ、そうか。

  どれだけの月日を重ねても、僕の時間は子供のままだったね……


  急に泣く事すらも馬鹿らしくなって、力が抜けた。
 そしてどういうわけか、カラカラに渇いた舌が、珍しく言うことを聞いてくれる。

  たとえそれが弱った子供の愚痴だとしても、嘘を吐いていないだけマシに思えた。


賢者「もういやだ……」

  疲れた。


賢者「どうして僕がこんなに苦しまなきゃいけないんだ……?」

  誰でもない、僕として死にたかっただけなのに。


賢者「もう、何もかもが分からないよ―――」


  嘘よりは上等な言葉を垂れ流し、膝を抱える僕の曖昧な輪郭に、僕ではない誰かの輪郭が混ざる。


賢者「……?」

ゾンビ娘「―――」

  上げた視線のすぐ目の前には、女の子の顔。
 声は、聞こえない。彼女はただ、僕の顔に手を添えていた。


賢者「あ…ぁ………?」

  目元に寄せた親指が濡れている。僕は、泣いているのか……?


賢者「―――ごめ…ん、ね……」


  誰かの前で涙を見せるほど、僕が弱い人間だったなんて、思ってもみなかった。


賢者「君との約束を、守りたかっただけなんだ……」

  零れた雫が、一筋の経路を辿る。
 それを『僕らしくない』と、彼女は言うだろうか?

  違うよ。これが僕なんだ。

  散々迷って、動けなくなって、悩むことしか出来ない子供が、僕なんだ。


  子供だから、純粋に約束を守りたいと思った。


賢者「……でも、僕は弱い…から……っ 逃げ出したく、なったんだ……っっ」

  嗚咽を噛み殺しながら、必死に懺悔の言葉を紡ぐ。

賢者「あ―――」

  そして、彼女の手が頬から離れていく。
 名残惜しそうに上げた僕の声は、彼女に届いているのだろうか。

  むしろ、届いて欲しくないとさえ思う。


  もしも僕の声が聞こえているのならば、
 彼女の手が離れていくことは、幻滅された、嫌われたということに他ならないと思ったからだ。

  僕はそれが堪らなく恐ろしい。

  だから、頬を離れた彼女の手は僕を慰めてはくれない。


   急に、全てがどうでもよく思えた。


  逃げ出して、投げ出してしまおうと、強く思った。そして―――


賢者「こんなに苦しいなら……あんな約束、しなければよかった」


  と、思ってしまった。
 それは、とても重たい言葉のようで、大切なものが掌から零れていく感触がした。









           ――― ぺちっ


賢者「…っ、あ……?」


  頬骨を震わせる渇いた音が、連鎖的に鼓膜で響く。
 同時に、頬を伝う雫が弾けた。視界が右に滑り、疑問符を頭に浮かべる。

  頬を打たれたと気づいたのは、もう一度、彼女に叩かれてからだった。


ゾンビ娘「……っ」

賢者「っえ、ぁ、ま……」

  待って。理解が追いつかない僕は舌が縺れ、それすらも言えない。


ゾンビ娘「――ッ!」


  彼女は涙をその眦に溜めながら、僕をキッと睨み付けた。
 濡れた頬を張り、遮ろうとした腕を振り解き、冷え切った胸を拳で叩く。


賢者「ごめん…、ごめんね…っ」

  泣きながら謝る僕を打つ手は、次第に弱くなっていく。
 それが、何よりも痛かった。謝ることすらも、許されないような気がした。

  だけど、僕のこれが精一杯なのだ。


ゾンビ娘「…っ、………!」

賢者「っ!? うゎ――…」

           ―――ドサ…


  弱々しい拳で叩かれて、転がるように押し倒される。
 そのまま馬乗りになった彼女は、なおも僕を叩き続けた。


  胸を叩くその合間に、ぴちゃっ、と生温い雫が跳ねる。


賢者「…ぁ……?」

  僕の胸に水滴が垂れている。
 同じ場所に、もう一滴降ってくる。

  見上げた彼女の瞳は、決壊した涙が止め処なく溢れていた。


ゾンビ娘「……、………」

  彼女はハッと気づいて顔を覆ったが、指の隙間からは、依然として涙が零れてくる。


  何故か、噛み殺した泣き声だけは、聞こえるような気がした。


賢者「…………、あっ!」


  気づくのが遅かった。

  どうして彼女が、あんな風になるまで僕を捜し続けてくれていたのかを。

  何があっても、彼女が僕を待ち続けてくれた理由に。



    ―――『………またね』


  絶対に生き残って、仲間の元に帰る。
 そのための決意を縛り付けた、約束のような言葉。

  それは僕だけを支え、苦しめていたものではない。

  だからこそ、気づくのが遅かった。


  僕は、彼女を生かし続けた言葉を、自分で否定したのだ。


  その結果、僕は彼女を、泣かせた。
 たとえ幻覚であろうと、僕は死んでしまいそうな程の後悔に苛まれる。


賢者「ゾンビ、娘……。いや―――メイリ……」


  幻想の彼女に手を伸ばす。そして、首筋が痛んだ。

賢者「――――、……っ」


  首筋に居座る、薄桃色の花。


  その傷は、誰が残したものだった?

  その傷は、誰に残したものだった?


賢者「そう、だよね……」


  痛みが告げる。存在の意味を思い出せと。

  自身を定める。奮い立たせた己の意思が。



賢者「僕はもう…"自分"が思い出せない……」


  でも、それが足掻けない理由であっていい筈が無い。


賢者「もう一度だけ、がんばるから。もう一度だけ、"自分の足"で立ってみせるから……!」


  だから、泣かないで……


賢者「『僕」は、もう一度――― ……」



       ―‐――――
      ―――
   ――――


  火が入る。


  冷えた身体を、焔が染める。

  虚に喰われた瞳に、灯が燈る。


  そして、眠れなかったココロにも――― 煌々と。


―――――――
―――――
―――


           ―――キィーーーーーン…

  耳鳴りが、酷い。


  それが酸欠によるものなのか、銃声によるものなのかは定かではない。

  ただ、耳鳴りが酷い。


賢者「………」

道化師「っ、……な…」


賢者「……離さないよ」


  薄っぺらい笑顔が視界を覆う、最悪な目覚め。
 賢者はそう言って、道化師の腕を掴む手に力を込めた。

道化師「く、……っ!?」


  人差し指を根本から圧し折られたままの左手。
 満足に握れない手とはいえ、それでも射線を逸らせるには十分だ。


  なら、この右手には何が出来る?


賢者「………」ギュ…

  賢者は、その柔らかな掌に、勇気を握り締めた。


賢者「ねぇ、僕は生まれて此の方、人を殴ったことが無いんだけど……。
   もしこの手で誰かの顔面を思いっきり殴れたとしたら、どうなるかな……?」


道化師「……っっ な、なんっ 何を馬鹿なことを……
    貴方のような華奢なお人が、慣れない拳を振るったところで……」

賢者「……知ってる」


  成長しきらない未熟な拳。

  女のような柔らかな掌。

  折れてしまいそうなほど細い指。


  筋力だって、人並み以下だ。こんな拳を使ったところで、鼻血すら出ないだろう。
 出せたところで精々鼻水程度。そも、こっちの手を傷めるだけで終わる可能性だってある。


賢者「【―――――】」ボソッ

道化師「……っ!?」


  この拳が、薄っぺらな三日月の笑みに届かないって言うのなら、『作り変えて』しまえばいい。


  僕が呟いたのは、そういう呪文だ。

賢者「【―――――】」

  もう一度呟く。道化師が少し狼狽えた。

賢者「【―――――………」

  早口のように連続で呟く。
 慌てた道化師が腕を引き抜こうともがき、それに合わせて体を起こす――……



           ―――ミ゙シ…ッ

道化師「――――ッッ!!??」

  ついに、炸裂した。


  魔力が廻り、筋力の限界を壊す。

  肉体強化呪文の重ね掛け。

  何回掛けたかなんて覚えちゃいない。
 ただ、あの汚らしい笑みを砕ければ、それでよかった。


  だから、指と腕の骨が軋む。悲鳴を上げる。痺れる。衝撃が肩を、脊髄を伝って、脳を焼く。


  軋む。

  「やめろ」

  痺れる。

  「うるさい」

  痛い。

  「黙ってろ」

  熱い。

  「ああそうだ」


  砕けた……。



賢者「だから…  ―――何だ……ッッ!!!」


  感情が振り切れた。神経は焼き切れた。
 僕の拳は、自身を、仮面を、余裕を、頭蓋を、全てを砕いた。


           ―――グシャ…ッ


道化師「――っ、ゔぇ…ぁ゙……っ ガ……」

  仮面が鼻骨ごと埋没したまま、道化師は弾き飛ばされる。


賢者「ぅ゙ぁ、ぁぁああああぁああぁぁぁぁああああああああ……っっ!!」

  拳を振り抜いた反動で背後に回る左腕で床を跳ねた。
 そして、衝撃で地面から足が浮く道化師へ、壊れた二撃目を叩き込む。


           ―――ぐちゃ…っ

道化師「ご、プ……っ」

  その音は道化師の腹、賢者の拳、いったいどちらのものだろうか。
 道化師は苔むした地面を数回跳ねた後、転がりながら壁にぶつかった。


賢者「――――――~~っっ!!!」ギリッ

  脂汗を浮かべた賢者が、歯を食い縛りながら笑う。


賢者「――っ、は………。……思った、程……、じゃぁ、ないね……」


  ボタボタと、薄く水が張った地面に赤色が染みていく。
 だらりと垂らした右腕は、辛うじて手の形状を保ったまま、真っ赤な手袋をしていた。

賢者「はぁ……は…、立ち、なよ……」


  『痛い』とか、『苦しい』なんて言葉は吐かなかった。

  代わりに、嘘を吐いた。


  歯を食いしばって、笑って、囚われの姫をを救う者に似つかわしくない言葉を飲み込む。

  今は『我慢する』っていう嘘があってもいい。そう思った。


  僕は、自分に嘘を吐いた。吐き続けてきた。

  だから―――


賢者「ここで、終わりにしてやる……」


  お前も、嘘吐きも……!

―――――――
―――――
―――

今回はここまで。


  ずるり、ずるり。ぎちぎちぎち。ずるり、ずるり。ぎちぎちぎち。


  ……――終わりが近い。


   「―ォ...ぁ…」

  咽喉はとうの昔に詰まり、声は奪われた。
 比較的丈夫だと自負していた関節すらも、今は悲鳴を上げている。

  死という幕が下りるのも、時間の問題に思えた。


   (急がなければ……)


  ずるり、ずるり。ぎちぎちぎち。ずるり、ずるり。ぎちぎちぎち。


  目指すは一人の少女がつながれた一室。

  壁をまさぐり、感覚の無い手でせり出したレンガを押し込む。
 入り口といえば……の典型とも言える仕掛けを作動し、私は中に入った。


    「ちゅぷ…ち、ぢゅる……―――」


  酷く下品な水の音が、破れかけた鼓膜を震わせる。

  少女は以前見た姿とは比べるまでも無くみすぼらしくなっていた。
 仄暗い闇の中、僅かに面積の足りていない襤褸切れから露出した脚が寒々しい。


    「ん、へへ…ぇ、けん、じゃさまぁ……」

  指を舐り続けている少女。
 襤褸を纏わされているとはいえ、胸元やら何やらを肌蹴たまま、というのはいただけない。

  ……と、そのとき―――

           ―――ぐらり。

  視界が歪む。ついに視神経すらも侵され始めた。どうも、時間が来たらしい。


  私は持ち出した「ソレ」を半ばはだけた少女の胸にあてがい、
 もう片方の手で握り込んだ重い物体を持ち上げる。


  ずるり、ずるり。ぎちぎちぎち。ずるり、ずるり。ぎちぎちぎち。

  ……――終わりが近い。

―――――――
―――――
―――


           ―――キシ…

  歪に擦れる、刃物の音を響かせた。
 潰れ、捻じ曲がった刃が干渉しあって、閉じることができない。

  顔の縁を、玉の汗が流れ落ちる。
 巨木が薙ぐ風圧に何度も削られ、給仕服は襤褸と化していた。


兎メイド「はは……、硬ぇ…」ツ…

骨っ子「兎さん! 血がっ」

兎メイド「ん? あぁ、汗じゃなくて血かよ……冷や汗かと思って焦ったぜ」

骨っ子「そっちの方が問題だよ! やっぱりボクが…っ」

  メイドは、立ち上がろうとしている骨の軋みを、背中越しに聞いた。


兎メイド「……いいから」

骨っ子「でも!」

兎メイド「いいから! 満足に相手できねぇで何言ってやがんだ。
     お前がやられたら、あたしは完全変化でしかあいつを倒せなくなる」

骨っ子「くぅ…ん……」


  骨っ子は答えに窮し、鳴いた。

兎メイド「そう、それでいい」

  完全変化すれば、ほぼ確実に堕ちる。
 たとえあたしが生き残れたとしても、お前がいなけりゃ白は泣くだろう。

  寿命の長い獣人族を、未亡人なんかにするもんじゃねぇ。


領主「おいおい、もう終わりかぁ? 何なら化け兎になったっていいんだぜぇ?
   暴れる兎を組み伏せてぇ、犯しながら肉を潰していく方が、まだ面白みがあるってもんだぁ」

兎メイド「あ゙?」

  思考を裂く腐りきった声に、意識を引き絞めた。


領主「いや、せっかくならあれだなぁ……。その耳、左右お揃いにしてやろうかぁ?」

兎メイド「……っ。―――余計なお世話だ、下衆が…」


  ずきん。と、折れ曲がった左耳が痛んだ。

  埋められるほど壁に押し付けられて、杭で縫い付けられた耳の痛み。
 獣のように後ろから貫かれて、ひたすらに欲望を吐き出され続けた嫌悪感。

  憎悪に身を灼くには、十分すぎる記憶だ。


  怒りに打ち震える身体に、巨木のような腕が伸びる。
 不埒な動機で迷い子に差し伸べる手のように、受け皿にした手が、ゆっくりと。

  その圧迫感が、視覚から感じるほど近づく。

領主「今ならなぁ、また可愛がってやっても……」


           ―――ボトッ

領主「あ……?」

  領主は最初、どうなったのか理解できていないようだった。

  五つに枝分かれした丸太のような指が一本、消失したことを。


兎メイド「……あたしはまだ、まともに一発も食らっちゃあいねぇぞ」

  レースの付いた袖で、乱暴に目の上を拭う。
 まだ、床の破片が掠っただけの傷しか受けていない。


領主「この…一体、何をしたぁ……」

兎メイド「はて? あたしは目の前に品のない枝があったから、剪定してやっただけさ」

  レースが赤くなった手で、くるりと回す。


兎メイド「コイツで切り裂く獲物としては……てめぇごときじゃ些か役者不足の感じが否めねえけどな」

  それは、刃渡り30cmに及ぶ、大振りな鉄鋏。
 鏡のような研き抜かれた刃には、不機嫌極まりない紅い眼が映りこんでいる。

  改造スカートが破れてからは落とさないかとひやひやしたが、
 無理をしてでも、持ってきて正解だった。


領主「あぁん? 鋏を面白半分で使うように命じたのは俺様だがぁ……まぁだ律儀に守ってんだなぁ」

  感慨深そうに言葉を並べた。
 同時に感じるねっとりとした視線が、酷く不愉快でもある。


兎メイド「ハッ、実際チマチマ削っていくのは性に合わないんだが……。
     なまじ初めのインパクトが強烈だったせいで、プレゼントがことごとく鋏系だったもんでな」

骨っ子「えっ」

  後ろのほうで驚きの声が上がる。


  いや、「ちょっとずつ皮膚を裂いていくのが愉しい」とか、
 どう考えてもあたしの性格には合ってねぇだろう? むしろ狼を一発で仕留める方だろう?


  ていうかお前は回復に専念しろよ。


兎メイド「それでも、コイツは気に入ってるんだ」

  ちらと視線を流す銀色の刃は、
 白と骨っ子が、メイド長になったあたしにお祝いとしてくれた物だ。


兎メイド「何せ、わざわざ遠国にまで出向いた、オーダーメイドの品だからな」

  持ち手に刻まれた作者の紋は『 <●> 』と、
 意味不明な模様ではあるが、その性能はお墨付きらしい。


  銘を、『Zwei Klingen』

  なお、骨っ子がふざけて『二刃(にんじん)』なんて呼びやがったため、
 今では専ら、愛称としてのその名が定着してしまっている。


兎メイド「ま、兎にはお似合いだろ―――」

  メイドはその豊かな胸の前で、武器を軽く宙に放る。

  鋭く回りながら再び胸の高さまで降下してくるそれは、
 木漏れ日のような斑に差し込む白い陽をかき散らし……―――


           ―――ギャリ…ッ

  『 二 つ 』の白陽へと化した。


兎メイド「よっ、と……」パシッ

  右と左にそれぞれ一つずつ。
 白銀の残像を宥めつつ、逆手持ちのダガーのように握りこむ。


骨っ子「鍛鋼の、双小剣……」

  それが、この武器本来の正しい用法である。

  鋏としてあるべきの固定ピンは存在せず、
 片方に少しの突起と、それに噛み合うだけの切れ込みを有するもう片方。


兎メイド「あたしの本性にも、ぴったりだろ?」


  鋏の形を隠れ蓑にした、双剣と、

  押し付けられた性格に隠れていた、獰猛な野兎の牙。

  それが、この双剣とよく似た彼女の本性。
 そしてこれは、そのことを暴いてくれた者達から贈られた、祝いの品でもあるのだ。


  自分にとって、これ以上の物は無いと断言できる。


領主「ぎゃは…っ」


  同意の代わりに、短く笑う声がした。

領主「ぎゃはは…っ そういうふざけた武器は大好きだぜぇ!」

兎メイド「ははっ、そうかい。お気に召したようで何よりでございます、だ。
     股の一物を、腹の一物ごと去勢されるんだから、面白い武器の方がいいだろう?」


領主「その虫みてえに粗末な刃でかぁ? それこそおもしれぇ。
   俺様の塔を打ち崩せるってぇ?

             ―――やれるもんなら……やってみろ。逆にテメェを逝かせてやんよォ…!」


兎メイド「かしこまりました、下衆人様。お望み通りにしてさしあげましょう。

             ―――1発で萎えたりすんなよ? 昇天するまで責めるんだからさぁ……!!」


  メイドの露出した肌に羽毛が毛羽立ち、勝気な瞳が赤く輝く。
 歪な巨人の比較的貧弱な脚が痩せ細り、豪快な巨木腕が太く熟す。


  舞台も役者も整った。待つのは開演の時ばかり……。


兎メイド「……初っ端から、激しくいくぜ」ザワッ

           ―――ギギ、ギ…ッ


  ぞっとするほどの、気配が渦巻く。
 その刹那、メイドのブーツが地を蹴り潰す破砕音と、歪な巨人の左腕が床に根を張る圧潰音、全てが重なった。


  陽光を啄ばむ小鳥が慌てたように羽ばたき、穿られた土を、天井の瓦礫が叩き均す。

  天窓のように開いた穴から差し込む、いまだ傾いたままの光芒。
 それは巻き上がる土埃に縁取られ、舞台を駆ける女優を照らしていた。


           ―――ズドン

  直線で撃ち込まれる、初速度を力で捻じ伏せた巨木の一撃。
 交錯する俊足の兎と豪力の腕を、巻き上げた埃と破片が一瞬にして覆い隠す。


兎メイド「……けほっ」ヒュッ

  その中から纏わり付く粉塵を振り払い、風を切り裂くメイドが姿を現した。
 根を下ろすが如く床に突き刺さる腕を橋にして、呆れるほどの前傾姿勢で駆け上がる。


           ―――ザシュ…ッ

  一度、二度、三度。

  差し込む陽光が刀身を輝かせる度に、駆け登るメイドが加速する。


  削いだ肉の断面を抉り、蹴り、駆ける。
 阻害する手を蹴り上げて、俊傑の脚を保ったまま頭部に肉迫する。

  そして銀色の光を、一閃。


兎メイド「……っ、らぁ!」

領主「ぐ、ぉあ……っ!」

  泣き笑いに開く左の眼窩へ、刀身を押し込んだ確かな手応えがあった。
 刺突に向いた銀の刀身に刻まれた血流しの溝に、どろりとしたモノが伝う。


  左腕を捻り抜き取る間にも、高速で思考を回す。


兎メイド(動き続けろ…、時間を稼げ…っ 全部避けて削り続けろ…!)

  肉の地面が蠢き震え、振り落とされても思考は止めない。


  落ちながらにして頭部を蹴り潰し、
 加算される落下速度の衝撃を、着地と同時に転がり、僅かばかり流す。

  散乱した小さな石片が、ゴリュ、と音を立てて背中に食い込んだ。

兎メイド「ぐ…、ぅぅ……っ」


  鈍い痛覚に、一秒にも満たない間だけ世界が暗転する。
 慌てて眦に雫を溜める目を見開くも、そのそり立つ壁のような背に圧倒された。

兎メイド「―――――」

           ―――ゾク…


  端と傍とでは、同じ「見る」でも違い過ぎた。

 未熟な赤子と成熟した男ほどの条件差に、不安の種が芽生える。


  巨大なモノに対する恐怖を、人は「懾れ」と言う。
 それは全ての生物に共通する感覚であり、誰であろうと例外ではない。


兎メイド「っ、ぁ……。―――舐めんなッ!」ギシッ


  あんなもの、ただの肉襦袢みたいなものだ。

  仔兎のように震えた脚にそう言い聞かせ、
 今一度、骨っ子の姿を覆い隠す巨大な赤背を間合いに収めるべく、瓦礫を蹴った。


  その左足を最高の間合いに収め、床を叩き割るほどに踏み込む。
 自らの最大膂力を溜め込み、両の刃を身体の右側へ構える。

  重心を落とし、構えた双刃を後へ、後ろへ。全身のバネが軋みを上げて、『威力』の一点に収束する。

           ―――ギシ…ッ


兎メイド「――――ッッ!!!」


  一閃。

  そう見紛う程に剣閃が重なった、自他共に認める会心の一撃。


  跳躍の脚力をそのままに、全身を使った斬撃の回転を乗せる。
 それは『二刃』のポテンシャルと合わさり、巨人の片足を断つに至った。


兎メイド「――はっ! 上々!」

  振り抜いた双刃の勢いに引かれ、メイドは目を合わせる高さから巨人に相対する。

  目に値する入れ物を失った巨人は、その歪さからか容易く重心を見失い、斜めに傾き始めていた。


兎メイド「ざまぁ、みやがれ!」


  元々、満足に支えることなど出来ない脚だった。
 慌てて体を支えに動かそうとも、伝達の遅い腕は絶対に間に合わない。

  圧倒的過ぎる質量も、一度沈めばただの重石となる。


兎メイド(それだけでも……十分な時間が――)

  稼げる。

  そう口の中で転がす声を、劈くような呼びかけが飲み込ませた。


骨っ子「兎さん…ッ!!」

兎メイド「んっぐ…っ!? なん……」


           ―――ぞわり

  本能が危機を感じるまで、その可能性に至らなかった。

  地を跳ねる兎でありながら、足場の無い恐ろしさを忘れていた。


  「ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


  大気を押し退ける力の大樹が、嵐のような速度で迫っていた。


  巨大な左腕が大地に掌を突いている。
 全ての攻撃と同じように回転を用いた、高速、豪速の薙ぎ。


  だが、それだけではない。


  領主は体勢を崩し、傾き、倒れゆく入れ物に、左の巨腕で急制動をかけた。

  倒れ往く胴体に手を引かれようともその場に留まろうとした右腕は、
 転倒の衝撃と制動の慣性により、鈍間な伝達を廃し、初動を省略していたのだ。


兎メイド「マジ、かよ……」


  重力に任せた自由落下には、未だ触れ得ぬ地は遥か遠くに感じる。

  頬が引き攣る彼女を含めた範囲を、
 頭を無くした巨人が、全てを一掃する力で振り薙いだ。



  「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


  まるで濁流のように瓦礫を巻き込みながら迫る腕。
 飲まれてしまえば、そこで終わる。災害のような馬鹿げた力。


  会心の一撃のため地を蹴り跳ねた兎に、それを回避する術などありはしない。
 押し退ける大気が更なる風を呼び込み、メイドの身体を引き寄せる。


骨っ子「兎さ―――」

           ―――ゴォウ…ッ!!


  全力で駆け寄り、先程よりも随分と近くから聞こえる骨っ子の声も、
 頬に打ち付ける、家屋を揺るがす大嵐のような大気の塊に掻き消され……


兎メイド「――ッッ」

  硬い何かに触れる衝撃。

  骨が軋み、歪み、圧し折れる振動が、全身を伝って鼓膜を振るわせた。
 肺腑の空気が破裂したような悲鳴を上げ、無機質な石の壁に叩き付けられる。


兎メイド「か、は―――」

  衝撃が壁を介して跳ね返り、メイドはボロ雑巾のように転がった。

  それでも、身体の痛みが意識を手放すことを許さず、
 彼女は激痛に喘ぎ、萎んだ肺に埃の舞う空気を吸い込む。

兎メイド「けほ…っ ―――~っ!?」


  案の定むせた上に、身体に激痛が走った。

兎メイド「ぐ、ぎ…ぃ…… ぢ、くしょぉ…っ」ギギ…

  死ぬほど痛いが、死んではいない。
 衝撃で鈍くなっているが、四肢もきちんと動く。


兎メイド「まだ…、あたしはやれ、……ぇ?」


  待て。

  『どうして死んでいない?』『どうして五体満足でいられる?』

  あの超質量の一撃を受けて、何故?


           ―――ガシャン…

  その問いに答えるかの如く、音が鳴る。


兎メイド「………」ズ、ズ…

  地を舐めるまでに伏していた頭で、剥がすように見上げた。


  音がしたその床には、大好きな妹分の髪と同じ色の骨片が転がっていた。


骨っ子「ヴ、ゥ゙ゥ……」ギシ、ギシ…

兎メイド「骨っ、子…!」


骨っ子「よかっ…た。間に合ったみたい、だね」バキ…

兎メイド「馬鹿…っお前……!!」

  一つしかない頭蓋の右半分を失いながら、
 その全身に致命的な亀裂を走らせながら、骨っ子は笑いかける。


骨っ子「ごめんね、【咆哮】、あんまり効かなく…て。ボクにぶつかっ…の、痛かったでしょ…?」

  幾重にも重なった死肉の層。
 入れ物の奥までは、拒絶のステータス極小化も届かなかった。

  兎が斬り裂いた傷口を通し、自らを盾にしてなお、威力を殺しきれなかった。


骨っ子「それに、見なよ、あれ」

  骨っ子が言葉で示したのは、兎が切り落とした脚だ。


           ―――ズズ…

  切り開いた断面同士が近づき、引っ付こうとしている。


兎メイド「そん、な……」

骨っ子「違う…よ。見るのはそっちじゃない。断面の間の方……」


  骨っ子が更に促した観点へ、少しだけ登った陽が差し込む。
 近づきつつある死肉の脚には、光に照らされた蜘蛛の糸のような白色を纏っていた。


骨っ子「あれ、道化師と…同じ臭いがするんだ……」

  その意味が、わかるよね? と、骨っ子は言葉を結ぶ。


兎メイド「でも、今はそんなの、どうだって……。お前の力が無かったら……もう……」

骨っ子「そっちこそ、どうだっていい……。ボクが、黙っていられるワケ、ないじゃんか。
    白ちゃん…が、兎さんに殴り飛ばされたこ、で、我を忘れたくらい、なんだよ?」

兎メイド「…ッ」

  ここでそれを引っ張ってくるのか。


骨っ子「それに、さ」

兎メイド「?」

骨っ子「ボクが帰った時、兎さんがいなかったら……白ちゃんが泣いちゃうよ」


           ―――バンッ

  なけなしの魔力を費やし、一度だけ、全力の爆発を起こす。

  巨人の巻き起こす嵐にも負けない爆風が、歪な腕を押し戻し、巨人を仰向けに転がした。


兎メイド「でも…っ」

骨っ子「 大丈夫 」

  メイドの逡巡を、力強い肯定が押し退ける。


骨っ子「ボクは、護り続けるケルベロスの系譜なんでしょ?
    だったら、この程度の肉塊、三つの口で軽く噛み砕けるくらい骨のある男でいなきゃ…ね」


  最上位種にカテゴライズされる、極めて珍しい『雑種』・スカルケルベロス。
 自らの系譜を遡った先にある孤高の番犬。祖の血に裏付けされた圧倒的な自信が、彼の戦意を滾らせていた。


兎メイド「―――っ、ははは…っ」

  メイドが少し笑う。
 収縮する腹筋に全身が痛みという野次を飛ばすも、構わない。

兎メイド「あっはっは…っ お前骨"のある"男って言うより、骨"しかない"男だろうが!」


骨っ子「むむぅ……。言葉のあやじゃんかー」

兎メイド「あっはっはっはっは!! あ――…おっかしぃ……」

  骨っ子は不服そうな仕草になるものの、笑いは止まらない。
 肩で息をしながら、必死に攣りそうな腹筋を宥め、眦の涙を払う。

骨っ子「そんなにおもしろい……?」

兎メイド「ここ最近じゃあ、いっちばん」

骨っ子「エェー」


兎メイド「はは、まぁいいさ。分かったからよ。
     …………もう一回あいつの脚を潰す。そこに何とかしてでかい一撃をぶちかませ!!」

骨っ子「! うん!」

  命令を与えられた骨っ子は、嬉しそうに尻尾を揺らし――


           ―――ガチリ

  自らの中で、何かが開く音を感じ取っていた。

―――――――
―――――
―――

今回はここまで。それではまた今度。


           ―――ぐちゃ、ぐち…っ

  赤く染まった右手の指を曲げた。
 捲れた甲の皮が、溢れ出る血で音が鳴る。

  仄暗い闇の中で、四本の指の根本が僅かな紫色に発光していた。


賢者「―――あ゙ぁ゙ッ!」


           ―――ゴッ

道化師「ォ、ご……ッ」

  仮面の頭が、拳と岩壁の間で叩き潰される。
 振り抜いた威力の分だけ、岩の抗力が仮面を伝って還ってきた。

  岩を裂くような音と共に、賢者の腕を裂き砕いてゆく。


           ―――ベキベキ、ベキ…ッ

賢者「――~ッッ」

  このくらい、分かっていたことだ。
 だからこそ全力を込めた。それこそ、腕を一本、使い潰す程に。


  身の丈にそぐわない殴撃を、それから数度叩き込む。
 皮だけと言わず、指から肘までの骨、関節が全て砕かれ、重ね過ぎた強化呪文の反動で筋肉が千切れる。

  その度に、賢者はこう叫ぶのだ。


賢者「……【真・ホイミ】ッ!」


  魔力を薪に、右腕が燃える。
 噴き出す血は蒸発が如く塵となり、焔のように纏わりついた。

  不死鳥の吐く生命の劫火のような、魔力から変換した治癒エネルギー。
 焔は傷を焼き塞ぎ、砕けた骨を溶かして繋ぐ。そしてその温かさで、疲労すらも焼き払う。


  それでもなお、グズグズに潰れた傷は治らない。
 紫色の靄だけが、飲み込まれまいと必死に焔を拒絶していた。


  賢者が腕を振りかぶる。
 すると、その腕に引かれるように、バウンドした頭がついてくる。


賢者「いい加減…ッ 砕けろ……ッッ!!!」


  繰り返すだけの攻撃に焦れた賢者が、
 少しだけ「溜め」をつくり、その顔面を鷲掴みにした。


  ずるりと滑る苔を踏み潰して、
 跳ね返る勢いのまま前のめりで倒れる道化師の体を押し戻す。


           ―――ドゴォ…ッ

道化師「ぶ、む…ッ」

賢者「あぁあぁぁぁぁあああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!」


  これがとどめだと言わんばかりの声を上げ、
 フィードバックする衝撃すらも力で捻じ伏せて。
 賢者はバウンドする道化師の頭を掴む腕へ、全力を込めた。


           ―――


  もはや言葉で表すことが困難な程の轟音が響き渡り、岩石の壁に樹状のひびが走る。


  肉体の限界を超えさせる呪文を、腕が壊れるまで。
 足りない力を補う無尽蔵の回復を、同じだけ。

  そして、痛みを受け入れた覚悟を内包した拳。


  それはまさに、痛恨の一撃であった。


           ―――パキッ カラン……

  上半身を壁にめり込ませ項垂れる道化師の頭から、仮面の欠片が落ちる。

賢者「はぁ……、はぁ……っ」

道化師「………」

賢者「はや、く…行かなきゃ……」

  賢者はぴくりとも動かない道化師に踵を返し、重い身体を引きずった。

  相当の無理を通した為か脇腹の傷が完全に開いている。
 そのうえ、先の一撃が賢者にとってのとどめにもなった。

  右腕の指には全てひびが走り、依然として血を垂れ流し続けている。


賢者「はやく、あの子の、所へ……」

  行かなきゃ。行かなきゃ。行かなきゃ。

 首筋を走るチリチリとした痛みが、蒙昧とした頭を急かす。

賢者「僕は……その為に……」



道化師「―――狂人。としか言えません、ねぇ」


賢者「……!」

  聞き飽きた声が天望の地下窟に響き渡る。
 奥へと進む通路への入り口で、道化師が鞠球を弄んでいた。


賢者「な…っ!?」

道化師「先程は肝を潰されましたよ」

賢者「そんな―――」バッ

  僕は弾かれたように振り返った。
 脇腹に張り付く濡れたシャツが、一段とぬるくなる。

  けれど僕が目にしたのは……


   「………………」

  物言わぬ屍と化した道化師が、先と変わらず潰れている姿だった。


賢者「これは……―――」

  いったいどういうことだ。

  そう言葉を続ける僕は、二人目の道化師に向き直る


道化師「 どちらを向いていらっしゃいますか? 」


  その直前、道化師が、耳元で囁いた。


賢者「……っ」ゾワ…

  姿は見えずとも、鼓膜が、肌が、警鐘を鳴らす。

  まずい。

  まずい、まずい、まずいまずいまずい、まずい…!!


賢者(どうして気付かなかった…! 咎めの帯布は、知らせてくれていたのに……!!)

  遺された傷の意味ばかりに気を取られ、女神からの選別が与える警鐘の意味を忘れていた。


  完全に、間合いを詰められた…ッ!!


道化師「道化を演じる役者から目を離しては……失礼でございましょう?」


賢者「―――っ、ぁ……」

           ―――ドス…


賢者「が…ッ ぁ――――」

  鈍い衝撃が血塗れの脇腹を穿つ。
 内臓を引き摺りでも出すような激痛に、賢者はガクリと膝をついた。


賢者「ぐ、っげ、ぇ…… ごほ…っ」ボタボタ

  胃液が逆流する。赤色交じりの饐えた苦味が、地面に広がる。

賢者「お、前…ぇ……」

  賢者は嘔吐感を鉄の味ごと飲み込み、力無い目で道化師を睨み付けた。


賢者「どうし、て……」

道化師「んふふ……」

  賢者にめり込ませた膝を地に落ち着けながら笑う道化師の声は慎ましい。


  それでいて、癪に障る。

賢者「離、れろぉ…!!」ギリッ

           ―――ヒュォッ


道化師「おっと」

  突き出した拳は、後方に跳躍した道化師に届くことはなく、寂しく空を切った。


賢者「ぐ、ぅ――― けほ…っ」バシャッ

  痛みに呻きながら、薄く張った水に手をつける。

  倒したはずの道化師が、二体になっていた。
 一人は背後で脳漿をばら撒いて、もう一人は無傷でそこに立っている。

  頭がパンクして、どうにかなりそうだった。


道化師「何が何だか分からない。といった顔ですねぇ……」

賢者「は……っ はぁ…っ」

道化師「私の正体は、そこまで不可解でしょうか?」

  道化師は、くっくっと、咽喉の奥でくぐもった声を上げる。


道化師「貴方は過去に、私と似たような者と何度も戦っているはず……」

賢者「…? ……?」

道化師「おやまぁ、まだお分かりにならない?」


  簡単な問題を解けない子供を窘めるような声音で嗤い、
 道化師は「では、答えあわせでございます」と、仮面に手を掛ける。

  そして、傷ひとつ無い仮面を剥いで、大きく口を開けて見せたのだった。


道化師「……見えますか」

賢者「なっ、ぁ……?」

  道化師は、吐き気がするようなおぞましい顔をしていた。


  その皮膚が、肉が、蛆が湧くほどグズグズに朽ちている。

  剥き出しの筋繊維が乾燥し歯茎を露出させるほど張り詰め、
 落ち窪んだ眼窩に穿たれた穴からは、蟲が出入りしているのだ。

  そして大きく開け放たれた口には、毒々しいキノコが一つ―――


道化師「今なら分かるでしょう。私の正体が」

賢者「いや、まさか、そんな……でも―――」

道化師「もう、答えは出ているのでしょう? 口にするだけではありませんか」

  キノコに刻まれた小さな口から、道化師の声が響く。



賢者「――っ ゾンビ…なのか……?」

道化師「……ええ、その通りでございます」


  何とも言えない空気が、辺りを漂う。

道化師「死体に寄生する菌糸系モンスター、それに操られていた死体。それが、私でございました―――」


  曰く、その死体には残留思念のようなものがあったと言う。
 寄生茸はそれすらも吸い上げ、やがて、残留思念がモンスターの意識を乗っ取った。

  それが、道化師誕生の瞬間。


  同時に、道化師にとっての地獄の始まりでもあった。


道化師「私からしてみれば、生き返ったにも等しい状態。
    それなのに、全く以って喜ぶことが出来はしなかったのでございます」

  それは何故か?

  答えは一つ。死が、常に隣にあったからだ。


道化師「お分かりになられますか? じわじわと朽ちていく身体のおぞましさが……。
    真綿で首を絞められていくように、ゆっくりと死が追いかけてくる恐怖が……!」

賢者「……残念ながら」

  僕にはその片方しか経験が無い。

  それも、一回だけだ。


道化師「私は慌てて新たな死体に寄生し、生き長らえましたが、それも結末は同じ……」


  道化師は、それを何度も経験してきたのだろう。
 何よりも恐ろしい『死』を、二度と経験したくないがために。


道化師「酷い日々でございました。死体以外には寄生することは敵わず、
    温かい身体を手に入れることは……長い年月を掛けても、終ぞ叶わなかったのでございます………」


  しかし、道化師は見つけたのだ。自らに安寧をもたらす、唯一の方法を。



  喰鬼を数百の魂からなる集合体とすることで蘇生呪文に対抗する『喰鬼ノ王』

  【反転】の術式を刻み、蘇生呪文に耐性を持たせた喰鬼、『耐性個体』

  そして、限りなく生者に近い状態で肉体を維持し、
 蘇生時における魂魄のギャップによるダメージバックを減らした屍人―――『ゾンビ娘』


  魔王が研究していた三種類に亘るアンデッドの構想は、
 人語を介する魔物を通じて知れ渡ったのか、今も様々な地で囁かれ続けている。


  道化師が急に声を張り上げて、狂ったように叫ぶ。

道化師「だからこそ、あの娘の刻印を見たときは心が奪われた!
    あれこそが! かの有名な失われてしまった魔王の秘術! まさか現存しているとは!」

  ゾンビ娘の構想から、道化師は肉体の維持方法を見出したのだ。


賢者「ぐ……っ」

  280年前、彼女を苦しめる発端を作った魔王。
 それが、廻りまわって現在の彼女を苦しめる。どこまで迷惑なんだと、賢者はかつて屠った魔王を恨んだ。


道化師「ですが―――あの娘は非常に面倒でございます」

賢者「……面倒?」

道化師「私は生者には寄生できないと言ったでしょう。
    肉体に魂が残っていては、私がそうであったように、意識を乗っ取られかねないのですよ」

  道化師は目の上の瘤とでも言わんばかりに額を押さえて首を振った。


道化師「あの刻印、元々がゾンビ化の為にあったものですから、
    殺しても精神を定着させ続けてしまうんですよねぇ……本当に、面倒でございますよ」


賢者「じゃあ、彼女は無事なんだね」

道化師「今のところは、ですが。拘束こそさしておりますが、どうしたものか決めあぐねているもので……」

賢者「そう、か……」ホッ

  安堵の息は饐えた臭