イギー「自分語りなんて柄じゃねーが……」 (49)

 ペットショップの臭くて狭いケースのことはよく覚えている。あそこにいたおかげで、今でも四方囲まれた場所で眠ることができねー。縛られている感じがイヤなんだ。

犬「ワンワン」

猫「ニャ~ゴ」

イギー(なんでおれはあんなアホな奴らと一緒に暮らさなきゃあならんのだ……)

 そう思っていた。ガキの時は人間は間抜けな生き物だとはまだ気づいてはいなかったが、媚びて舌を出しながら腹を見せ転がるしか能のないショーケースの中のあいつらの姿にはヘドが出た。

イギー(このクソ箱の中で一生を終えるなんてごめんだねッ)

 『力』に気づいたのもちょうどこの頃だ。

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フール「…………」

 ケース前に犬みてーな奴がおれを見つめていた。

イギー(……なんだよ)

フール「…………」

イギー「ワンワンッ!(……ガン飛ばしてんじゃねーッ!)」

フール「…………」

 吠えてみたが、ピクリとも動かない。

イギー(……張り合いがねーな。ケッ)

 俺を見つめ続けるアイツを観察して早数日。分かったことは3つ。

①アイツはおれ以外の動物には見えてない

②アイツの体は砂でできてる(体から砂がこぼれているのを見て気づいた)

③『アイツ』は『おれ』だ

イギー(どういうことだ……)

フール「…………」

イギー(『アイツ』は『おれ』だ。間違いない……おれが動けばアイツも同じように動く。それ以前になぜか、なぜかは分からないが……アイツは元からおれの中に『いた』んだ。そんな気がする……)

フール「…………」

イギー(…………)

イギー(いいな、お前は。外に出れて。俺は見ての通り囚人生活だぜ?)

フール「…………」

イギー(…………ケッ)

 聞くだけ専門だが、話し相手くらいにはなった。まだあの時はアイツの本当の『使い方』を知らなかったしな。

フール「…………」

イギー(早くここから出てェよなァ~)

フール「…………」

イギー(お前はおれなんだろ? 何とか言ってみろよ)

フール「…………」

イギー(…………)

 そんなある日。

[ピザ]「ほら、お誕生日のお祝いにここにいる動物を何でも買ってあげるからね」

そばかす「わぁ! パパありがとう!」

ババア「一匹だけよ!」

そばかす「分かってるわよ、ママ」

イギー(来やがった……。まぁおれが買われるわけなんかねーんだが)

 そっぽ向いて座り、屁をこいてため息をつく。おれは売れ残りだった。おれは『血統書付きのボストン・テリア』。店のヤツが「こいつは値が高いくせに性格が悪い」と好き勝手言っているのを聞いたことがあるが、それは本当のことらしい。産まれて数ヶ月、店に来た人間どもに見向きもされない。

そばかす「わたし、あの子がいい!」

 目を疑った。小さなそばかすのガキがおれを指さしていた。

デブ「えっ? この子かい?……うぅーん」


 連れ添いのデブも困ってやがる。その後、二時間程悩んでこいつらはおれを買っていった。こいつらには今でも感謝している。

 こいつらのおかげでおれが『人間はマヌケだ』と気づけたんだからな。

 デブ共の家はかなり広かった。こーいうのを『金持ち』って言うんだろ? 車の中でおれはずっとそばかすのガキに抱かれて苦しかったがなんと言っても初めての自由、我慢してやったのさ。

そばかす「着いたわよエディ! ここがわたしたちのお家!」

デブ「エディ?」

そばかす「この子のお名前よ!」

デブ「そうかいそうかい! もう名前を付けたんだね!」

そばかす「おいで! エディ!」

イギー(クソ! やかましい奴らだ! ガキが騒ぐと特にムカつくぜッ!)プイ

デブ「おやおや……」

 その時にはまだ『イギー』なんて名前すらなかったんだ。

 メシはうまかった。ペットショップにいた頃は毎日同じドッグフードだったからな。そりゃもうがっついて食った。

 メシとは別にそばかすのガキが食い物をくれることもあったな。これもうまかった。

そばかす「エディおいで! ガムをあげる!」

イギー(なんだ?)

デブ「こらこら、犬にガムなんか……」

イギー「クッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャ」

 ガムにアイスにケーキ。食わせてくれるもんなら何でも食った。プライドなんてなくなり、いつの間にやら飼い慣らされた犬みてーになっちまった。

イギー(すっかりふぬけちまった……)

フール「…………」

イギー(お前はおれを見てどう思う?)

フール「…………」

イギー(クソッタレ!)

イギー(さて、寝るとするか)

そばかす「あ! エディおやすみのキスを忘れてるわよ!」チュッ

イギー「ワンッ!(何すんだこのアマッ!)」

そばかす「ウフフ」

デブ「よしよし」ナデナデ

イギー(クソ、ナメやがって……)

 そばかすのガキもデブも気持ち悪かったが、一番いけすかないのはババアだった。ヒス持ちでおれをよく『運動不足だと太っちゃうわ』と言って犬用のジムに連れて行かされるんだ。たまったもんじゃあねー。

 あれは偶然だった。ジムのプールで体を押さえ込まれ沈められ、溺れそうになった時だ。『アイツ』の使い方を知ったのは。

ババア「プールで泳ぐのよ!」ザボッ

イギー「ガボッ(バ、ババア! テメー何しやが……!)」

ババア「お上手に泳いでいるわね!」

イギー「ガボッガ……(し、死ぬ! このままじゃあ死んじまうッ!)」

フール「…………」

イギー「ゴボゴボッ(何ボサッとして見てやがるんだ、テメーはよォー! おれが死んだらお前も死ぬんだぜ!?)」

フール「…………」

イギー「グ……(空気が……)」

 水の底、気付くとおれはドームの中にいた。触れるとドームは砂でできていると分かる。『アイツ』だ、『アイツ』がやったんだ! アイツが変形しておれを守ったんだ!

イギー(へ、へへ……やりやがるじゃあねーか)

フール「…………」

イギー(とんだ『愚か者』だぜ、テメーは……おれをギリギリまで溺れさせてから助けるなんてよ……)

フール「…………」

 それからおれは『アイツ』をうまくコントロールする為の特訓を始めた。最初は子犬だったおれが成長するのと同じく『アイツ』も成長していった。

イギー(車だ! 車のようになれ!)

フール「…………」ズゴゴ~ン

イギー(上出来だ! よし、次は靴を取ってこい!)

フール「…………」

 靴集めはこのつまらねー家をどうにかマシにする為に思いついた『趣味』みたいなもんだ。靴箱の靴はおれの身長より高い場所にあるから『アイツ』に取らせた。

イギー「アグアグ……(噛み心地がたまんねーッ)」

ババア「あらッ!」

イギー(ヤベッ! 見つかった!)

ババア「わ、私の靴をッ! よくも……」

イギー(な、なんだよ)

ババア「糞ッ! ボゲが! 高かったのよ!? 犬の分際でッ!」バキッバキッ

イギー「ギャンッ!」

 傘で殴られた。今までいろんなやつらとやりあってきたが、あれが一番ヤバかった。

イギー(なんだってんだ……。たかが履きもんを噛まれたくらいでよォ……)フラフラ

そばかす「エディ? どうしたのエディ? フラフラしてるわよ?」

イギー「ワンッ!(やかましい! ほっといてくれ!)」

そばかす「怯えてるのね。おいで! ……ママにやられたんでしょ?」

イギー(……)

イギー(少しだけだぞ)

 2日ばかり匿ってもらって『やった』。ババアのヒスに付き合うのはもうごめんだ。

 人間はマヌケだ。自分が世界で一番偉いもんだと思ってやがる。お互いそれを当たり前のことだと思って疑問すら持たねー。人間以外を畜生と見下してるそのアホな考え、マヌケでしかないねッ。

イギー(そんなおれが……)

そばかす「よしよし……」ナデナデ

イギー(こんな乳くせーガキにアホみたいに撫でられてるたぁ)

イギー(腹が立つ)

そばかす「わたしね、リディ」

イギー(ん?)

そばかす「あなたはこの家には……その……合ってないと思うの」

イギー(奇遇だな。おれも今そう思ってたとこだよ)

そばかす「『いいや、そんなことないよ』って?」

イギー(おい)

そばかす「でも、わたしはそう思うの……」

イギー(……)

そばかす「あなたはもっと……そうね、広い場所で自由に暮らすべきなの」

イギー(広い場所ね……。おれはペットショップと『ここ』ぐらいしか知らんが)

そばかす「仲間と一緒に暮らしたり、冒険したり……危険なことだってあるけど」

イギー(ケッ、くだらん。おれは『危険』なことなんてしたくないね。平和に暮らしたいのさ)

そばかす「わたしばっかり話していちゃあダメね。……あなたは今一番何がしたい?」

イギー(…………)

そばかす「犬と喋れるわけないのにね」

 出ていくことはもう決まっていた。ただ、黙って出て行くのもシャクだ。この家をめちゃくちゃにしてから行こう。

イギー「アギアギ(靴を噛んでババアをおびき寄せる……)」

ババア「ま、また! このクソ犬! 今日という今日は許さないッ!」

イギー(予想通りッ! 傘でおれをぶん殴るつもりだな)

ババア「保健所送りにしてやるわッ!!」ドガッ

イギー「ギ……」バキッ

イギー(殴りやがったな? ……殴りやがった。これでおれがこれからテメーに何をやっても『正当防衛』だ!)

ババア「くたばりやがれェッ!」ガッ

ババア「……な、殴れない」

イギー(どうだ? 見えない『アイツ』に押さえつけられる気分は……)

イギー(今までのお返しだッ!)

フール「…………!」ドガッ

ババア「がァッ」

フール「……!!」ガッガッガッ!

ババア「」

イギー(おれが来る前は、そばかすのガキも傘で殴ってたんだってな。聞いたぜ)

イギー(テメーはもう『再起不能』だ。ざまーみろ)

 とにかく家にある物という物を皆ぶち壊してやった。人間にとっちゃあ価値があるもんらしいが関係ない。それに執着するあたりやっぱり人間はマヌケだ

イギー(これもだ!)ガシャーン

フール「…………」ベキベキ

イギー(全部ぶっ壊しちまえ!)

デブ「こ、これは……!」

イギー(テメーもだデブ!)ピョン

デブ「ムグ……顔に……!」

イギー(今日からテメーは『デブ』で『ハゲ』だ!)ブチブチブチブチ

デブ「ひぃぃぃッ!?」

イギー(…………)

イギー(…………)プ……

デブ「」

イギー(こりゃあスカッとするぜッ)

 気がすんだおれはサッサと出て行くため、とりあえずババアとデブが倒れてるこの部屋を出ることにしたんだ。

イギー(さてと……)

そばかす「リディ!」

イギー(げ、そばかすのガキ!)

 さすがにガキはしばけない。ここは家の二階だ。

イギー(おい! ガラスを割れ! 『飛ぶ』ぞ!)

フール「…………」ガシャアン!

イギー(しっかり掴めよ……)

フール「…………」グッ

そばかす「リディ! もう行っちゃうのね!?」

イギー(こんな場所。いや、こんなマヌケな奴らに飼われるなんてごめんだからな)

イギー(行くぞ!)

 『アイツ』はおれを掴んで羽を広げた。天気は良く、風に乗りゆっくりと飛んでいく。

そばかす「さよならリディ! あなた飛べるのね! きっとどこまでも行けるわ!」

イギー(風に乗って紙飛行機の要領で落ちてるだけだが)

 ガキはおれの姿が見えなくなるまで何やらずっと叫び続けていた。

 アホでマヌケな人間どもとの生活。クソみたいな名前まで付けられ、クソッタレな出来事が多かったが、あのガキは、あの犬好きなガキは嫌いじゃあなかった。

イギー(ここは……どこだ? くせー路地だな)

イギー(名無しの野良犬生活か……)

イギー(ま、気楽でいいもんだぜ)ゴロリ

 迷い込んだ路地裏。そこで、おれは犬の中ではケンカが滅法強いことに気付いた。最初は調子こいてちょっかい出してきたドーベルマンのヤローも、少しシメてやればすぐおれにヘコヘコしだすくらいだ。

イギー「ワンワンワン!(ガム持ってこい。コーヒー味じゃなきゃあ承知しないからな)」

犬「ワンワン!」ヘコヘコ

イギー「ワン(持ってきたか、早いな。どれ……)」

イギー「クッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャ」

 いつの間にか野良犬の帝王とも呼ばれるようになり、そこらで知らないヤツはいないくらい有名になっていた。

SPW財団職員「……あのォ」

ブ男「…………」

SPW財団職員「……あ、あの、すいませェん」

ブ男「何かね」

SPW財団職員「あなたの占いには、本当にこの路地裏に『ヤツ』がいると出たんですか?」

ブ男「私の占いの結果がデタラメだとでも言いたいのかね?」

SPW財団職員「い、いえッ! 滅相もございません!」

ブ男「そして『ヤツ』ではない。『彼』だ。『彼』はこの路地裏に住んでいるとの裏付けも取っている」

ブ男「今はもしかしたら出かけているなどして、いないかもしれない。だが私がニュー・ヨークにいる内、『彼』に出会えないなんてことはないだろう」

SPW財団職員「それも占いで出たものなのですか?」

ブ男「いや、これは『必然』だ。『スタンド使いは引かれ合う』ものなのだよ」

SPW財団職員「???」

ブ男「だから『イギー』、私は必ず君をエジプトまで……!」

SPW財団職員「『イギー』?」

ブ男「『彼』の名前だよ、私がさっき付けた。恐らく『彼』はなにものにも縛られることを嫌うタイプだろうから嫌がるだろうが、ずっと『彼』だの『あの犬』だのとばかり呼ぶのは気が引けるからね」

SPW財団職員「な、なるほど」

ブ男「さて! 君たちはあちらの方を探してくれ。私はそちらを探す」

SPW財団職員「はいッ!」ザッ

ブ男「……タロットカードは0番目。『THE FOOL(愚者)』。イギー、彼が来る決戦を援護してくれる……はず!」

イギー(なんだァ? さっきからあのブ男は独り言をブツブツと……)

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