薫「魔法少女?」まどか「超能力者?」(203)

「絶対可憐チルドレン」×「魔法少女まどかマギカ」のクロスSSです

※読者様にお願いしたいこと

・好意的なコメントもそうでないコメントも歓迎
・ただし「ボクの頭のなかの○○ちゃんはこんなキャラじゃない」とか
「原作の○○ちゃんはこんなんじゃない」というのは意味のある議論にならない上に
キャラ批判・原作批判にも繋がりかねないのでご遠慮願います
本作の中ではこんなキャラってことで割り切ってください
・読者同士の横レスもOKですが叩き合いはNG
・まどかマギカと言いながらどちらかと言えばおりこマギカの影響強め、
そしてかずみ勢不参加です。おりマギ嫌いって方は見ない方がいいかと

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373727131

淀んだ夕暮れの空。

廃屋のビルの上に小さな影が浮かんだ。

まるで操り糸の切れたマリオネットのように力なく、それは宙へと投げ出された。

もろくも地面に叩きつけられる、その直前だった。

夕日を浴びて黄金色に輝く細い何かが伸びてきて、落ちていくその影をそっと
抱きしめるようにやわらかく受け止めた。

「――どうして?」

受け止められた儚い影――暗い表情をしたOLは不可解な現象に戸惑う。

「怪我はありませんか?」

そこに駆けつけた、金髪の少女が柔和な笑みを浮かべながら問う。

「え、ええ」

OLはぎこちなくうなずいた。

金髪の少女はまるでアンティーク人形のような服装に、十代半ばと思える年齢とは
不相応によく発達した胸を持ち、どこか非現実的な存在であるような感じがした。

思えば今日ここに来て、廃ビルの上から飛び降りるまでもずっと現実感が無かった。

そして今どうして自分が死んでいないのかもよくわからない。

そんなことを考えていると、ペンキで塗りたくるように急に風景が変わった。

さっきまで寂れた町にいたはずなのに、あたりは暗闇につつまれ
この世のものとは思えない奇妙な生き物がゾロゾロと現れた。

蝶のように舞うハサミ、ヒゲの生えた人面のような花を咲かせる歩く植物。

「なんなの、いったい……」

あまりにも想像を超えた事態に、OLは叫び声をあげることすらできなかった。

「少し、じっとしていて下さいね」

金髪の少女はそれだけ言うと、長大な銃を2挺、スカートの中から取り出した。

どう考えてもそれほど大きなスカートではない、長い銃がどうやって2挺も
収まっていたのか、OLには全く見当がつかなかった。

鮮やかな装飾の施された銃を少女は片手に1挺ずつ持って、踊るように滑らかに
狙いをつけて引き金を引く。

まるでそうなることが初めから決まっていたかのように、化物は銃弾を浴びて
大きく吹き飛んだ。

しかしその隙にも別の化物が少女との間合いをつめて近づく。

金髪の少女は焦りもせず、むしろ何事も無かったかのような自然な動作で
銃を持ち替えてその化物を柄で叩いた。

さらにその銃を再び構え遠くにいる化物を狙撃する。

闇が支配するおぞましい空間の中、少女だけが美しい黄金の輝きを放っていた。

そして、その輝きは決して闇に飲まれることはなく、やがて押し寄せる闇を
すべて払い除けた。

すると、もろいレンガの壁が崩れるように、闇は崩れ去り、そこには元居た
夕暮れの廃ビルが静かにたたずんでいた。

「これって、どういう……」

聞きたいことは山ほどあるが何から聞けばいいのか頭と感情の整理がつかない。

そんなOLに対して、金髪の少女は柔和な笑みを崩さないままに言った。

「ここで見たことは全て忘れてください」


---------------


「――この見滝原市では、最近、失踪・行方不明事件が多発している。
その真相を確かめるのが、今回の任務だ」

メガネの優男が、車を運転しながらそう言った。

それを聞かされている三人の少女たちは後部座席でそれぞれ、
一人はアダルト系の週刊誌を片手にスタミナドリンクを飲み干し、
また一人はチョコレート菓子をつまみ、
最後の一人は株価情報をスマホでチェックしている。

「って、キミたちちゃんと聞いているのか?」

「聞いてるけどさぁ、それってあたしの出番無いじゃん」

優男の言葉に、週刊誌を持った少女が答えた。

癖のある赤毛と強気な目つきが野性的なものを感じさせる。

「ウチも、ただの移動の足としてしか使われへんのは不本意やわ」

株価をチェックしていた少女も、スマホを見ていた顔を男に向けて不満を言った。

黒く長いストレートヘアとメガネが先ほどの少女とは対象的に優等生じみた雰囲気を
漂わせるが、その鋭い目つきと遠慮のない関西弁が攻撃性の高さを主張していた。

「こんな初動捜査みたいな段階じゃ、私だって何をどう調べればいいか……
皆本さんは何か事前調査しなかったの?」


お菓子をつまんでいた少女も同じく不満のようだった。

彼女の紫がかった髪の毛はゆるやかなカーブを描き、発育の良い体格と共に
女性らしさをアピールしているかのようだった。

皆本と呼ばれた優男は、気持ちを整えるようにメガネの位置を少し調整した。

「……それが、聞き込み調査をした結果、この町には『魔法少女』がいて
モンスターを倒しているという情報が何件も寄せられてるんだ」

皆本の言葉に、三人の少女はきょとんとして目を合わせる。

「皆本はん、仕事しすぎで疲れたんとちゃうか?」

「ありゃー、皆本までティムやバレットに影響されちゃったか」

「二次元に走ることで、私たちに手を出したい欲望を抑えているのね」

そして、口々に余計なお世話な発言をした。

「違う、ボクじゃなくて聞き込み調査の結果だ!」

皆本は即座に三人に対して怒鳴った。

「せやったら、ホンマに『魔法少女』なんてもんがおる言うんか?」

「『魔法少女』と普通の人がみたら思うような何者かがいるんだろう」

メガネの少女の質問に対して、皆本は角度を変えた答え方をした。

「魔法少女……変身バンクで裸になったり、戦いでしょちゅうパンチラしたり……
会いたい! あたし魔法少女に会いたい!」

赤毛の少女は、鼻息を荒くして拳を握りしめた。

「魔法少女に会いたい言うだけなら、歳相応の乙女やな。
その動機がエロ親父やけど」

メガネの少女は呆れたようにつぶやく。

「ただのコスプレマニアの高レベルエスパーってことも考えられるわね」

紫がかった髪の少女が、夢も希望もない推測をする。

「それはそれで、頼み込めばパンチラ撮影ぐらいさせてくれると思う」

しかし赤毛の少女は気落ちしないようだ。

「あのな、ボクらはコスプレ撮影に行くわけじゃないんだ。
その『魔法少女』が戦っているという未知の化物とも戦わなければならない
かも知れない。危険性の高い任務だからもっと緊張感を持ってくれ」

「「「はーい」」」


皆本の注意に対して聞き流すような返事で、少女たちは答えた。

そうして、四人の乗った自動車は、見滝原中学校に到着した。

見滝原中学校では、40近いと思われる女性が四人を出迎えた。

「はじめまして。見滝原中学校で英語を教えている早乙女といいます」

「バベルの皆本です。よろしくお願いします」

英語の早乙女先生はまだ20過ぎの皆本に対して丁寧に頭を下げ、
皆本もペコペコとする。

そんな大人同士の定型的なやりとりを3人の少女は退屈そうにながめていた。

「――そういうわけで、再度、超能力診断を実施していただきたく――」

「それは構わないのですが、授業の日程がございますので――」

こんな会話をしばらく続けた後、皆本は「ほら行くぞ」と3人を車に戻した。

「なんや、ウチらの仕事はESP検査のついでかいな」

メガネの少女が不満げにそう言う。

「そういうわけじゃない。『魔法少女』が高レベルエスパーである可能性が
高いから見滝原中学校に超能力診断をお願いしただけだよ」

「え!? じゃあ見滝原中学で『魔法少女』が見つかったらあたしたちは
その子に会えないワケ!?」

赤髪の少女は心底不満そうに顔をしかめる。

「それはどうなるか分からない。善良な存在なら今後の協力や特務エスパーへの
勧誘も考えているし、もし、失踪・行方不明事件の犯人ならば捕まえなければ
ならない」

「それじゃ戦うこともありうるんだ……」

考え込むように赤髪の少女はあごに手を置いた。

シリアスなしぐさに緊迫感を持ってくれていると判断し、皆本は安心する。

そんな赤髪の少女の肩にそっと、紫色の髪の少女が触れた。

「薫ちゃん、『魔法少女』と戦いになったら攻撃するフリして服を破こうって
考えてる」

「あーっ! 紫穂、友達の乙女心を読まないでよ!」

薫と呼ばれた赤髪の少女は、その顔をも赤くして反発する。

「どこが乙女やねん。おっさんの妄想もええところや」

黒髪の少女がすばやくツッコミを入れる。

「おいおい、任務中なんだからもうちょっと緊迫感を持ってくれ」

皆本は自分の中のガッカリ感を押さえ込むように横槍を入れた。

「そうは言っても、どうやってその『魔法少女』を探せばいいのかも
分からないのに何に対して緊迫しろっていうのよ」

紫穂と呼ばれた少女は臆せずに堂々とそう言った。

「探し方については君たちの高レベルエスパーとしての勘をアテにしたんだが……」

「皆本はんもけっこう無計画やなー」

メガネの少女は呆れたようにつぶやく。

「あたしはサイコキノだからそういう感覚は無いし、サイコメトラーの紫穂は
触らないとダメだからどこにいるのか分からないヤツなんてどうしようもないし、
テレポーターの葵だって感覚的には空間認識だけで――」

薫の言うとおり、この三人の少女たちにどこにいるのかも分からない人間を
探し出すような能力は備わっていなかった。

だが――

「ん? なんやあっちの方に違和感が――」

葵と呼ばれた黒髪の少女が何かを感じ取った。

 ヒュンッ

すぐさま葵はテレポートして四人ごとその違和感のある場所へ急行する。

「ここは……病院みたいだが……」

皆本はあたりを見回す。

壁に地震か何かの傷跡のようなひび割れがある他は、いたって普通の病院である。

そのひび割れに、紫穂は触れてみた。

「っ!? 何これ? すごく辛くて悲しくて、憎いような――」

膨大な感情の情報が触れた指先からあふれてくる。

その感覚に紫穂は戸惑った。

「おかしいわ! ただの壁のひび割れにこんな情報量があるわけない!」

「つまり、そこに誰か隠れてるってことか!」

紫穂の言葉をそう解釈した薫はその莫大な超能力のエネルギーを壁に
ぶつけようとした。


「わー! 病院を壊すな!」

あわてて、皆本は薫を羽交い絞めにして止めた。

「せやなくて、このひび割れの中に別の空間があるみたいやわ……」

葵は神経を研ぎ澄ませてそう判断した。

「なんだって!? 超能力による空間歪曲が起きているということか?」

皆本がそう考え込んでいる間にも、少女たちは動いた。

「葵ちゃん、その中まで飛べる?」

「おっしゃ、了解や!」

「え? ちょっと待て、もうちょっと慎重に――」

皆本が止める間もなく、四人はその得体の知れないところへとテレポートした。


---------------


金髪の少女は苦戦をしていた。

生まれたばかりの『魔女』を撃ち殺した……そのはずだったのに、
『魔女』はその口の中からどす黒い大蛇のような本体を生み出して
奇襲を仕掛けてきたのだ。

(一瞬反応が遅れたらやられてたわね……)

そんなことを考えながらも、美しい衣装をひるがえしてきわどく大蛇のような
『魔女』の突進を避ける。

きわどいことは今まで何度でもあった。

それでも冷静に、焦らず、確実に『魔女』を仕留めてきた。

それが彼女の自負であり、今もまだ戦っていられる理由だった。

しかし、ふと思う。

もしここで自分が死んだとして、一体誰がそのことを知るだろうか。

今まで自らの命を危険にさらしながら戦ってきて、それを知る人間は誰もいない。

そうならば、きっと死んでも同じことだろう。

『魔女』の突進をかわした際に振り向きざま、少女は銃で数発の弾を『魔女』に
撃ち込んだ。

すると、『魔女』はまるで蛇が脱皮をするように傷ついた外皮を捨てて
その口の中から新たな体を生み出した。

(これじゃ、キリがない)

まるで不死身のようなしぶとさの『魔女』に対してどう戦えば良いのか。

いや、キリがないのは今だけの話ではない。

たとえこの『魔女』を倒してもまた別の『魔女』が現れる。

おそらくは一生『魔女』と戦い続けることになるだろう、それも何の報酬も無く。

自分は一体何のために『魔女』と戦っているのか、『魔女』と戦うためだけに
生かされているのか。

そんなどうしようもない疑問が少女の脳裏をよぎった。

そうして考えにふけっていたその瞬間、少女は手に持っていた銃を『魔女』に
食べられてしまった。

「しまっ――」

そう言っている隙にも、『魔女』は彼女を丸呑みにしようと大きな口を開けて
頭上から襲い掛かってきた。

 死

恐怖に、少女は一瞬動きが止まった。

そんな少女に容赦なく、闇そのもののような黒い大蛇が押し寄せる。

その時だった。

「サイキック・ディバインバスターっ!」

「ちょ、それは別の魔法少女!」

よく分からない叫び声と共に、強力なエネルギーの塊が撃ち出され、
『魔女』を壁にめり込むまで吹き飛ばした。

金髪の少女があっけにとられていると、いつの間にか黒髪でメガネの少女が
目の前にいる。

「よっしゃ、怪我とかは無いみたいやな」

「え? あ、あなたたちは?」

金髪の少女のそんな問いをかき消すように、紫色の髪の少女が叫んだ。

「本体はその恵方巻きのバケモノじゃないわ! そこの青いちっこいのよ!」

「なに、そっちか!? この、サイキック・ドラグスレイブ!」

赤髪の少女は振り向きざまにまたエネルギーの塊を飛ばす。

「それはもっと違う!」

皆本の叫び声と共に、その小さな人形のようなバケモノは潰れた。

そして、まるでボロ屋敷が崩れるように風景がはがれて行き、やがてそこは
ただの病院の中庭になった。

「サイキック(念動)とヒュプノ(催眠)による悪質ないたずらか……?
空間の歪曲もあったから変則テレポーターでもあるかもしれない。
しかもどれもレベル5以上はありそうな……」

皆本は真剣に考え込む。

それほどの超能力の持ち主が一連の失踪・行方不明事件の犯人だとしたら
中々の強敵だと言える。

もし超能力犯罪組織などが関わっているとすれば考えていた以上に
大きな事件にあたってしまったのかもしれない。

「あの憎悪だとか苦しみだとかの感覚の強さはいたずらじゃないと思うわ」

紫穂も自分の意見を述べる。

「あなたたち、『魔法少女』ではないの?」

そこに、置いてけぼりにされた金髪の少女が呆然としながらそう言った。


---------------


「内務省特務機関超能力支援研究局……バベル!?」

金髪の少女は驚きの声をあげた。

彼女は先ほどまでの演劇のようなアイドルのような衣装とは違い、
見滝原中学校指定の制服を着ている。

少し真面目に学校の授業を受けている学生なら『バベル』という組織の名前自体は
誰でも知っている。

日本の超能力政策を一手に担う公的機関であり、一応内務省の管轄とはなっている
ものの、かなり独立性の高い組織だと言われている。

「見滝原中学校三年生、巴マミ。超能力診断では陰性、つまりノーマルだと
診断されている」

皆本は巴マミと書かれた学生証と見滝原中学校から取り寄せた生徒資料を見比べた。

今目の前にいる少女が巴マミであることは間違いない。

しかし、彼女がとても超能力をもたない、ノーマルだとは思えなかった。


「学生証にも診断にも嘘はないみたいよ」

紫穂はその学生証や資料に触りながらそう言った。

「じゃあ、ホントに魔法はあったんだ!?」

「せやったら、サリィちゃんやプリキャアもホンマにおるんか!?」

薫と葵は感動を隠せないようだった。

「えーと、特務エスパーの方がすごいと思うんだけど?
それこそ、一般人にとっては雲の上の存在よ」

すこしテレ気味に、マミは言う。

「いや、やっぱエスパーと魔法少女じゃロマン的なもんがちゃうやろ」

「そうそう、変身シーンのヌードとか、ちょうど胸と股だけ残して
服が破けるとか!」

乙女の憧れを瞳に宿した葵に対し、薫はまるで発情期のオスのように
鼻息を荒くした。

「悪いけど、変身の時いちいち裸にならないし、そんな服の破け方もしないから」

「ええっ!? そうなの?」

マミの言葉に、薫は激しい衝撃を受けたようだった。

「そんな……」

そしてついに涙までこぼす。

「えっ、え? なに? 何にそんなにショックを受けてるの?」

そうなると焦るのはマミの方だ。

「あー、ほっといてええで。薫がアホなだけやから」

「オタクやエロ親父の妄想にしかいないような魔法少女が実在しないって
知ってショックを受けているのよ」

葵と紫穂は慣れた様子で薫の放置を勧めた。

「そろそろ、話を戻して良いかな?」

仕事そっちのけでたわむれる、ある意味年齢相応の女子中学生らしい一同に
皆本は苛立ちを抑えるように引きつった笑顔でそう言った。

「あ、はい、すいません!」

マミはすぐに姿勢を正して皆本の方を向いた。

一方、葵や紫穂はつまらなそうにそっぽを向く。

「キミが戦っていた……『魔女』と言ったか、あれは一体何なんだい?」

「心に闇を背負った人間を自殺させたり、『結界』の中に取り込んで食べる……
そういう存在です。それ以上のことは私にも良くわかりません。
ただ、魔法少女はその魔女と戦うために存在しているんです」

マミの答えに皆本は頭をひねった。

そんなものが今までずっと存在してきたというのにバベルにも把握できなかった
ということがありうるのだろうか。

サイコメトラーの紫穂が触ったところ、魔女は負の感情ばかりだと言えども複雑な
情緒を持っているようだった。

それにはかなり進化した脳が必要になるはずだ。

ただただ人を食べる化物と考えて果たしていいのかどうか。

さまざまな疑問が皆本の頭の中を巡る。

しかし、それ以上に気になることがひとつあった。

「――キミは、今までずっとその『魔女』と一人で戦ってきたのかい?」

なぜか、表情の見えないうつむき加減で、皆本は聞いた。

「仲間がいたこともあったけど……基本的にはずっと一人で戦ってきました」

「キミの他にも魔法少女がいるということかい?」

マミの答えに対し、皆本はさらに質問を追加する。

「……はい」

なんとなく、皆本の雰囲気が変わったような気がして、マミは戸惑いながら答えた。

 バンッ

唐突に、皆本は机を叩いた。

「何を考えているんだ、キミは!? 命の危険があることを理解しているのか?
どうして今まで公的な組織に事情を説明しなかったんだ!? 
キミや魔法少女たちだけじゃない! 一般人を守るために政府が何もしないとでも
思っていたのか!?」

激しく、叩きつけるように皆本は一気にまくし立てた。

「えっ、あ……」

言われてみればその通りであるように思えた。

無意味に自分も他の人の命も危険にさらしていたのか、
そう考えると自分がどうしようもない過ちをしてしまったかのような
絶望的な気持ちになる。


マミは一気に萎縮し、落ち着かない子供のように不安げな表情で目を泳がせた。

すると、皆本はいったんハァッと大きく息を吐いて自分の表情を落ち着ける。

「――と、本来なら怒りたいところだが」

「もう怒っとるやんか」

葵が冷静につっこむ。

「もしキミが安易に警察などに相談していれば……
あんなわけの分からない化物が相手だ、余計に大きな被害が出ただろう」

「え?」

急な展開の変化にマミは気持ちがついていけない。

「それに魔女や魔法少女について把握できていなかったのはボクらの力不足だ。
本来ならボクらがやらなければならなかったのに、キミがいなければおそらく
より多くの人が犠牲になっていただろう。本当に、すまなかった」

そして皆本は深々と、マミに対して頭を下げる。

「え、そ、そんな……」

まだ若手とは言え、国家トップレベルの行政官庁のエリート官僚である皆本に
頭を下げられて、むしろマミは焦る。

そんなマミに対して、ようやく皆本は表情をゆるめ、いかにも優男な普段の顔に
戻った。

「実は聞き込み調査の時点でね、おそらくはキミに助けられたと思われる人たちが
たくさん見つかってね。みんなキミに感謝を述べたいとか、一人で戦っている
ようだから助けてあげて欲しいとか言っていたんだ。
その声を聞いていたら、キミを責める気にはなれないよ」

皆本のその言葉に、マミは涙腺がゆるんだ。

ずっと、一人で戦ってきた。誰にも知られずに戦い、誰にも知られずに消えていく。

それが自分の運命だと思っていた。

しかし、そうではなかった。

『全て忘れて』なんて言っても、覚えてくれている人は大勢いたのだ。

そして、感謝も心配もしてくれていたのだ。

マミはそれだけで、報われたような気がした。

「だけど、キミがこのまま一人で戦い続けるということを認めるわけにはいかない。
より確実に多くの人を守るためにも、キミ自身の安全のためにもきちんとした
組織が必要なはずだ。そして、行政機関としてボクたちは魔女などという存在も、
キミが自ら危険に身をさらす事も放置できない。そこで――」


皆本はまっすぐにマミの瞳を見つめた。

何を言われるのかとマミは首をかしげる。

「バベルに来て、魔法少女や魔女の研究に協力して欲しい。もしキミが望むので
あれば正式にバベルの特務エスパーとしてキミを採用することも考えている」

「えっ!? 私が……特務エスパー?」

マミは呆気にとられた。

「ってことは、あたしたちの同僚になるんだ!」

薫はうれしそうにマミの方を眺めた。

顔よりも若干下の方に視線がずれているのは、おそらく胸を見ているからだろう。

「まあ、そうするしかないわよね。まさかタダ働きさせる訳にもいかないし」

一方、紫穂は興味なさ気につぶやく。こうなることは予想がついていたらしい。

「タダ働きじゃないって……お給料が出るの?」

まるで考えてもいなかったとでもいうのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で
マミはたずねた。

「それなりの給料は出るで。もっともウチらはその給料、親に管理されてもうて
手元には小遣いぐらいしか入ってこーへんけどな」

葵はメガネを直しながらそう言った。

「それなりなんてもんじゃない。普通に就職するよりは確実に高い給料が出る。
ボクよりこいつらの方が給料が高いからな」

皆本が説明を付け足す。

すると、マミは唖然としたままゆっくりと口を開いた。

「私、親がいないから全部自分で使えるわ。国家1種より高いお給料……」

魔法少女の契約の代償とはいえ、どうして今までタダ働きなどということを
してきたのだろうか。

自分のやってきたことにかなりの貨幣価値があるということに、マミは
今の今までまったく気付かなかったのだ。

そして、そんな自分に唖然とした。

だが――

「少しの間、考えさせてください」


口から出てきたのは慎重な回答だった。

薫、葵、紫穂の三人は意外そうな顔をする。

「そうか。確かに急に決めるというのも無理があるだろう。
これを渡しておくから、その気になったらいつでも連絡をして欲しい」

そう言って皆本は、マミに名刺を渡した。

「はい。ありがとうございます」

マミは礼儀正しくその名刺を受け取った。


---------------


マミは、家族向けマンションの一室に入っていった。

家族向けマンションであるにもかかわらず他に人がいない、
ひとりぼっちの部屋だった。

暗い部屋の明かりをつけるとよく整頓された部屋が現れる。

いや、整頓されたというのは御幣があるかもしれない。

一人では広すぎる空間、学校が終われば魔女退治とあまり家に戻ることがない。

マミは散らかすほど部屋にはいないだけなのだ。

〔やあ、マミ。今日はずいぶん遅かったみたいだね〕

他に『人』はいない部屋だが、何者かの声が聞こえてきた。

「キュゥべえ……来てたのね」

そう答えたマミの視線の先では白く、長い耳を持った小動物が座っていた。

ウサギのようでいてネコのようでいて、どちらとも違う。

何を考えているのか表情を読めないまんまるで真っ赤な瞳が蛍光灯の明かりを
反射してやけに強く光を放っていた。

〔バベルとの話は済んだのかい?〕

キュゥべえと呼ばれた小動物は悪びれもせずにそう言った。

「見てたの? それなら皆本さんたちにも姿を見せてくれればよかったに……」

キュゥべえの行動の意味が分からず、マミは聞き返す。

〔ボクは魔法少女でもその素質者でもない人間の前には姿を現さないからさ〕

それがまるで当然のことであるかのように、キュゥべえは答える。


「……でも、あなたがバベルの人たちと協力してくれたら、
もっと魔女の被害を少なくすることができるはずよ?」

〔それはできない〕

マミの問いを、キュゥべえは即答で否定した。

〔魔法の能力は国や企業といった組織が使うべきものじゃない。
過去にどれだけの魔法少女が政治や戦争に使われてきたか知っているかい?
魔法少女の存在を公にすることは、彼女たちがやがて人間同士の争いのために
利用されることを意味する〕

「でも、皆本さんはそんな悪い人には……」

マミは小さく首を横に振った。

〔個人の善悪の問題じゃないんだ。大きな力はかならず利用される。
それは、キミがさっき会ってきたエスパーたちだって同じことだろう?
あの子たちは他に選択肢があってバベルにいるわけじゃない。
その大きな力のために軍事力として管理され、利用されているのさ。
キミは、魔法少女がそんな風になってもいいのかい?〕

キュゥべえの言うことは理屈としては、もっともなようにマミには思えた。

しかし、何か違和感がある。

あの三人の少女たちには軍事力として管理・利用されているというような
抑圧されたものを全く感じなかった。

あの皆本というバベル職員は本気で自分を叱り、そして励ましてくれたが、
それはただの『管理』や『利用』とは全く別のものに思えた。

普段あまりキュゥべえの言うことに疑問は持たないマミだったが、
そんな違和感がこのときのマミの態度を変えた。

「それじゃあキュゥべえは、魔法少女が戦争に利用されたりしないためには
すこし多くの一般人が魔女に殺されたり、魔法少女が人知れず死んでいっても
構わないというの?」

〔やむをえない犠牲さ〕

めずらしくはっきりとした反論に出たマミに対し、キュゥべえは即答をした。

あっさりと人命を『やむをえない犠牲』と切って捨てるキュゥべえを、
気付けばマミは信じられないものを見るような目で見つめていた。

「……佐倉さんのことも、『やむをえない犠牲』なの?」

〔ああ、そうさ〕

「……分からないわ。私、あなたが分からない」

マミはゆっくり、しかしはっきりと首を横に振った。



---------------


翌日、皆本は急な電話でバベル本部へと向かうことになった。

皆本の普段の仕事は公私にわたる特務エスパーのサポート……

薫、葵、紫穂という三人の中学生の世話や健康管理など、つまりは主夫業である。

実はバベル本部にいることはそれほど多くない。

皆本がバベル本部の入り口ロビーに着くと、その約束の相手はいかにも
待ち構えていたかのように立っていて、まっすぐに皆本の目を見つめてきた。

見滝原中学校指定の制服を着たままの彼女は、おそらく家にも帰らずに
学校帰りに直接ここまで来たのだろう。

「やあ、待たせてすまなかった」

急いできたせいで少し汗をかきながら、皆本は苦笑いを浮かべる。

そんな皆本に対してキリッとさせた顔を緩めもせず、金髪の少女は言った。

「もう一時間待ちました」

その少女の態度に、皆本は苦笑いをさらに苦くする。

「うそ、思ったより早いじゃん」

皆本をつけてきた薫がつぶやく。

「何かあったのかしらね」

「やっぱゼニの問題とちゃうか?」

紫穂と葵も思い思いにつぶやく。

しかし、どことなく張り詰めた金髪の少女の面持ちに、
なんとなく割り込むのはためらわれた。

「……私を、特務エスパーにしてください!」

金髪の少女――巴マミははっきりと皆本にそう言った。

初回投稿はここまで

脳内OP『絶体絶命』真行寺恵里
脳内ED『ミスリード』石川智明

魔法少女要素無しにして、
皆本率いる絶対可憐チルドレンとキュゥべえ率いる本編組(エスパー)が超能力対決する方が面白いと思いました

不特定多数の目に触れる掲示板では「言わずもがな」は通じないと思い
少し念入りに注意書きを書かせていただきました

>>18
それも面白そうですが、書くのが難しそうだなとおもっちゃったりします
ってかむしろ誰かに書いて欲しい

「えー!? それじゃ悠理ちゃんって一人暮らしなの!?」

「うん、パパもママも今はお仕事で外国に行ってて……」

赤髪の少女……薫の問いに、悠理と呼ばれた黒髪の少女は微笑みを絶やさずに
答えた。

「あ、でも『ナイ』もいるよ」

「『ナイ』ってなんや?」

同じ黒髪の葵がたずねる。

「かわいい仔猫なの。たまたま拾ったんだけど人を怖がらないし
お風呂も嫌がらないし、とってもいい子よ」

悠理は満面の笑みを浮かべた。

「人になれてるってことは、もともと飼われてたのかもね。
今度見せてみて、レベル2のサイコメトリーでも単純なことなら読めるかも」

紫穂がそう言うと、悠理はうれしそうにうなずいた。

猫を見せるということは、この3人を家に呼べるということだ。

小学生時代は大人し過ぎて友達が少なかった、そう思っている彼女にとって、
それはとてもうれしいことだった。

「それじゃあ……」

「うん、また明日」

悠理は三人の少女たちと手を振って別れた。

そして、もうしばらく歩いて自宅のアパートへと入る。

アパートの中では、一匹の黒い仔猫が待っていた。

「ただいま、ナイ」

ニャアと鳴き声を上げ、ナイと呼ばれた仔猫は悠理にすり寄る。

悠理はナイを左腕で抱きかかえ、ミルクと猫缶を取り出す。

それらをお皿の上に開けると、ナイはおいしそうに食べ始めた。

「さてと……宿題しなきゃ」

一息ついて、悠理は学習机の椅子に座った。

そのとき突然、悠理の黒髪の色が薄くなり、鮮やかな金髪に変わった。

蒼い瞳には生気がなく、先ほど友達と話していたときの生き生きした目とは
対照的だった。

「アカシ・カオル、サイコキノ(念動能力者)……ノガミ・アオイ、テレポーター
(瞬間移動能力者)……サンノミヤ・シホ、サイコメトラー(接触感応能力者)……
学校では表向きレベル(超度)2としているが、実際は最高のレベル7に該当する」

金髪の少女は無感情に復唱しながら筆を動かす。

「その正体は日本国最強のエスパーチーム『ザ・チルドレン』。
彼女たちのように純粋な超能力のレベル7はそれだけでもかなり貴重であるが
それ以上に『ザ・チルドレン』が特別なのは三人の能力を合成できるところにある」

少女の筆は進む。

「単純に能力を上乗せするだけの技術であれば、『ザ・チルドレン』が生まれる
前から実用化されている。プレコグ(予知能力)がその最たる例であり、
一人ひとりでは精度も情報量も少ない予知を、複数の予知能力者の予知の結合に
よってより確実な予知にする技術がすでに多くの国で実用されている。
 しかし、『ザ・チルドレン』の場合は、異種の能力をも取り込めること、
洗脳解除など三人の誰とも違う効果を発生させられるところが特別である。
この現象を技術的に解明し、どんなエスパーでも使えるようになれば、かなり
大きな戦術の変化が起こるであろう。
 我々がこれを自分たちの技術とするためにはより多くのデータが必要であり
今後とも『ザ・チルドレン』の情報を収集すると共に監視を続けなければならない」

そこまで書き上げたところで、少女は一息ついた。

(いくら『悠理』があの子たちと友達になったと言ってもまだ数ヶ月の話。
まだまだ分からないことは多い。『ファントム』で敵に回っての戦闘時の
データ収集は効率的だけど危険性も高い……)

少女は頭を抱えた。

初めに思っていた以上に長期戦になりそうだ。

(『悠理』や『ファントム』はそれでもいいのかも知れないけど、私は早く
お父様の元に帰りたいわ)

そんなことを考えていた時だった。

「ユーリ、まじめにやってるみたいだね」

ひょろりとした体格の青少年がいきなりテレポートで部屋に入ってきた。

すると、さっきまでミルクをすすっていた仔猫のナイが、幼い人間の少女の姿に
なり、手につけた鉤爪をその少年の首もとに突きつけた。

10歳にも満たないであろうその少女は目にバンダナを巻いていて、何も見えない
はずなのに、正確に少年の頚動脈に鉤爪の刃を当てた。

「おいおい、ずいぶんなご挨拶じゃないか」

少年は両手を上げて降参のポーズをとりながらも文句を言った。

「お兄様、ちゃんと玄関からインターホンを押して入ってください。
それに、日本の家屋内は土足禁止です」

「そりゃ悪かった」

『ユーリ』の冷淡な態度に、お兄様と呼ばれた少年は余裕のある表情を全く
変えないまま言葉だけの謝罪をした。

「ナイ、下がりなさい」

ユーリは一応、ナイを引き下がらせる。

ナイは武器を下ろしてユーリの傍によった。

「実は『ザ・チルドレン』の監視から面白い情報を手に入れてね。
ユーリにも協力してもらいたい」

『お兄様』の言葉に、ユーリは少し表情を曇らせた。

『ザ・チルドレン』の監視の情報がこの『お兄様』にも行っているということは
きっと自分自身もまた監視されているということだろう。

そうでなければ自分が任された仕事の情報を他に流すはずがない。

(兄妹で監視させ合う……それがお父様の意思なのかしら……)

思い悩むユーリを気にもかけず、お兄様は話を続ける。

「どうやらミタキハラというところに、『魔法少女』という特殊なタイプの
エスパーがいるらしい。その『魔法少女』を手に入れたいんだ」

思いもかけない兄の言葉に、ユーリは少しの間きょとんとした。

が、すぐに気を取り直して口を開いた。

「お兄様、そういうものが欲しいなら見滝原ではなく秋葉原です。
日本の地名が紛らわしいのは分かりますが場所がぜんぜん違い――」

「いや違う、ジャパニメーションにハマったとかそんなんじゃないから!」

さしもの『お兄様』も焦って否定した。

「大体、ジャパニメーションにハマったのはユーリの方だろう」

そう言って、『お兄様』は部屋の中の棚に視線を移した。

棚には変身少女アニメ「ぜったい!チルチル」の人形やイラストが並んでいる。

「私ではなく、潜伏するための人格『悠理』が集めてきたものです。
それに年齢性別相応なので文句を言われる筋合いもありません」

ユーリの言うとおり、「ぜったい!チルチル」は幼稚園児から中学生ぐらいまでの
女子を対象としたアニメである。

しかし、大きなお友達にも人気があり男性でグッズを集めているオタクも多い。

「まあいい、僕が欲しいのはアニメのグッズではなく、本物の魔法少女だ」


「……まさか、実在すると思っているのですか!?」

ユーリはまさか兄がそういう現実と空想の区別のつかない人になってしまったのかと
ドン引きするような仕草で言った。

「だから、そーいうんじゃないから! 下調べはしてあるからちゃっちゃと
洗脳に行ってくれ!」

『お兄様』はもう必死だった。


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量販店からお菓子をくすねてきたその帰りだった。

「待ちなさい!」

大学生か高校生ぐらいの女が追ってきた。

お菓子を盗んだ少女は面倒くさいと思いながらも、人間離れしない程度の
スピードに抑えながら走って逃げる。

人間離れはしていないとはいえ陸上競技なら県大会クラスのスピードだ。

普通なら追いつかれることはまずない。

が、予想外にもすぐに追いつかれた。

「はぁっ!?」

泥棒少女は驚いて目を丸くする。

「私は特務エスパーです。あなたは逃げられません」

大人しそうな外見とは裏腹に、女は強気な態度で言い切った。

「ちいっ!」

泥棒少女は大きく舌打ちをすると、突然どこからともなくムチのようなものを
振り回して特務エスパーを名乗る女にぶつけようとした。

「なっ!?」

女はとっさにサイキックを発動させて防御する。

その隙に泥棒少女は入り組んだ路地に逃げ込んだ。

(サイキックとヒュプノを組み合わせた攻撃、外見的特徴……間違いないわ)

そんなことを考えながらも、女は空を飛んで泥棒少女を追う。

一方の泥棒少女は路地の物陰に隠れた。

(ついに特務エスパーにまで目ぇつけられちゃったか……)

非常にまずい。泥棒少女はそう思う。

もちろん数回菓子を盗んだ程度で特務エスパーに狙われるなどありえない。

ずっと犯行を繰り返してきたためにマークされていたのだろう。

そうだとすれば、今追ってきている一人を倒したところでどうにもならない。

次はもっと強力なエスパーを持ってくるか人数を割いて組織だって追い詰めてくる。

「投降してください『佐倉杏子』! 我々はあなたを保護します!」

上空から見下ろしてくる特務エスパーは堂々と降参を促す。

(やべっ、名前まで割れてんじゃん。こりゃこの町から消えるぐらいじゃ
逃げ切れねーんじゃねーの?)

佐倉杏子と呼ばれた泥棒少女は冷や汗を流す。

投降するか、逃げるか、あるいは戦うか。大きな決断のいる状況だった。

が、そこに意外なことが起こった。

緊迫した捕り物の中、一人の少女が悠然と歩いて佐倉杏子に近づいて来たのだ。

「なっ、バカ、こっち寄って来んなよ」

上空にいる特務エスパーに聞こえない程度の声で、杏子はその少女に言った。

「お兄様の仕事も雑ね、バベルに捕まるギリギリじゃない」

その金髪の少女は、杏子の制止など意にも介さぬように平然とつぶやく。

「うぜぇ、なにムシしてくれてんの?」

杏子が怒りをあらわにしても、金髪の少女は相手にしていないような態度だ。

「それじゃ『ファントム』、あとは任せたわよ」

そんな事を言ったかと思ったら、急に少女の髪の色が変わっていった。

金髪の色がだんだんと濃くなり、やがて燃えるような赤色になる。

「あ、あんたも魔法少女か!?」

杏子の疑問にも少女は答えない。

不思議は髪の色が変わったことだけではなかった。

これだけのやり取りをしていたら、いい加減上空にいる特務エスパーにバレそうな
ものなのに、全く気付かれていないのだ。

特務エスパーはこちらの方を見ても、何事もなかったかのようにまた他のところを
見回している。

まるでここにいる少女たちが見えてもいないようだった。

「何が、どうなって……」

「ふふふ、あなたがそんなことを知る必要は無いわ。
すぐにお人形にしてあげるから大人しくしてなさい」

謎の少女は楽しそうにそう言って、杏子に対して腕をかざした。

まるで黒い闇があたりを覆うような、魔女の結界に飲まれたときと似たような感覚を
杏子は感じた。

そしてゆっくりと、意識が途切れていった。


---------------


悠理は気がつくと風見野という町に来ていた。

(あれ? 私なんでここにいるんだっけ?)

首をひねって少しの間思い出そうとする。

(あ、そっか秋葉原に『ぜったい!チルチル』のグッズがあるって言われたのを
間違えて見滝原に行っちゃって、その帰りだった)

悠理はそう納得した。

「もう、ぜんぜん違うのに、わたしったらドジだなぁ」

足元には仔猫のナイもついてきている。

「それで、せっかくだから風見野駅までお散歩しようって……」

「ニャー」

悠理の言葉を仔猫が肯定する。

「それじゃ、歩こっか」

悠理は気を取り直して歩き始めた。

できるだけ大通りを歩いているつもりだったが、方向音痴なせいか、いつのまにか
悠理は怪しい雰囲気の裏路地に入り込んでいた。

風見野駅の方向は分かっているので問題ないが、あたりの雰囲気に少し心細くなる。

そんな時だった。

〔本当はこんなことしたくなかった――〕

ふいに頭の中に声が聞こえた気がした。

「え? 誰、テレパシー?」

きょろきょろと悠理はあたりを見回す。

そのテレパシーを送ってきたらしい人間は見当たらない。

〔はじめて洗脳したときは、そう、ただお友達が欲しかっただけ――〕

「誰なの!? 何を言っているの!?」

なんとなく怖くなって、悠理は叫ぶ。

〔人をお人形に変えちゃうことはおかしいってずっと思ってた――〕

「わ、私は……」

やがて、悠理はガクガクと震えだした。

それと同時に辺りは暗闇に包まれ、わけのわからない化物があふれる異空間に
変わる。

その化物たちは悠理とナイを食べてしまおうと大きな口を開けて近づいてきた。

「い、いやあああああああああああっ!」

悠理は絶叫を上げる。

が、叫び終えると急に静かになった。

そして徐々に髪の毛が金色に変わる。

やがて、彼女は落ち着き払って言った。

「テレパスを使った精神攻撃、ヒュプノを使った演出……悪趣味なものね」

そう言いつつ彼女が仔猫のナイに手をかざすとナイは再び人間の少女の姿になった。

「ユーリ様、とても嫌な感じがします」

ナイがそう訴える。

「ええ。私でもエスパー本人がどこにいるのか分からないわ……でも」

ユーリは答えながら、どこからともなく長大な剣を取り出した。

「ヒュプノで私に勝てると思っているなら甘いものね」

ユーリは臆することもなく、化物の群れの中へ向かっていった。


---------------



化物のボスを倒すと、あたりの空間は元に戻っていた。

(エスパー本人は見当たらなかったわね……)

ユーリは首を傾げつつあたりを見回す。

「ユーリ様」

ナイがそう言って、路地の端を指差した。

そこには二人の人間の無残な死体と、その傍らで泣き声も出さずにうつむいている
10歳にもならない幼い少女がいた。

「この人たちもさっきのに巻き込まれたのね」

静かに、ユーリはその少女を見下ろした。

すると、その少女のおでこに火傷の跡があることに気付く。

「……これは、さっきの化物じゃないわね。誰にやられたの?」

自分たちを襲った敵のヒントにならないかと思い、ユーリは少女に聞いた。

少女は黙ったまま、無残な死体に目線を向けた。

「あなたの、お父さんとお母さんが?」

ユーリが再び問うと、少女はこくりとうなずく。

それと同時に、ユーリの脳内にイメージが入ってくる。

わが子を不気味がり遠ざける母親、『父親』はどうやら子供の父親ではなく
再婚相手かただの同棲なのだろう、露骨に「不気味なガキだ」と罵っている。

そして、タバコの火を押し付け――

(今のは……テレパシー? この子、微弱なテレパス(精神感応能力者)だわ)

ユーリはその少女を見つめた。

もともと問題のある家庭ではあったように思えるが、虐待の直接的原因は
この子自身の超能力だろう。

だとすれば、どこかの孤児院などに預けてもおそらくまた同じことが起こるだろう。

まともな学校でもエスパー児童への対応は十分とはいえない。

ましてや貧しい孤児院などがエスパー児童への対応できているはずがない。

この子はどこへ行っても、虐待を受けるか死ぬかしか選べないだろう。

「……哀れなものね」

ユーリは自分の傍らに立つナイを見る。

彼女に視力がなく、目にバンダナを巻いているのは生来の障害のためではない。

いざという時はいつでも始末できるように頭に爆弾を埋め込まれ、そのために
失明したのだ。

バンダナは目を保護するためではなくその手術跡を隠すためのものである。

ユーリはナイがどうして自分たちの組織の手に渡ったのかまでは知らない。

しかし、これが行き場のないエスパー児童の行き着く末路だということは
よく分かっていた。

いまここで行き場を失った少女もやがては同じ道をたどるのかも知れない。

そういうエスパーたちを搾取する側であるユーリは、自分では何もできないことを
知っていた。

ほんのわずかな哀れみを抱いたまま、その場を後にしようとする。

〔――それでも――〕

微弱なテレパシーがユーリの足を止めた。

〔――それでも、生きたい――〕

ユーリが振り向くと、さっきまでうずくまっていた少女は日本の足で立ち上がり、
まっすぐにユーリの方を見ている。

「……お姉ちゃん、お願い、連れて行って」

なおも生きる意思を失わないその強いまなざしに、ユーリは逆らいがたい
何かを感じた。

気がつけば、ユーリはその少女の手をとっている。

「あなた、名前は?」

「ゆま。千歳ゆま」

少女は短く、そう答えた。

そのとき既に、ユーリの中の意思は決まっていた。

(一人暮らしの中学生で猫を二匹飼うのは無理があるわね。
でも中学生と小学生だけの暮らしって言うのもまずい――)

そんなことを考えながら、ユーリは再び帰途についた。


---------------

「――ナイに猫として生活させ続けるのは超能力の消耗が大きいので人間として
生活させたいのですが、さすがに小中学生の子供だけの生活というのは、
世間から見れば明らかに不審です」

ユーリは電話に向かって話す。

≪それで、保護者役が必要ということか≫

電話の相手は初老の男性のようだった。

「はい、お父様。忠実でなおかつ少女に変なことをしない大人を送ってくださる
ようお願いします」

≪いいだろう。護衛も兼ねてハンゾーを送ろう≫

父娘の会話は簡潔に、それだけで終わった。


---------------


「やっほー、呼ばれてきたよー」

明るく元気のいい薫の声が、インターホンから聞こえてきた。

悠理はうれしそうに駆け出し、いそいそと玄関を開ける。

ドアが開くなり、薫は悠理に抱きついた。

「よっ」

「こんにちはー」

その後ろで葵と紫穂も笑顔で挨拶をする。

「こんにちわデス」

「こ、こんにちは」

悠理の後ろではナイとゆま、二人の小学生低学年の少女が出迎えた。

「ふふ、かわいい」

このときばかりは紫穂も腹黒いものを感じない純粋な笑顔になった。

「へー、親戚の子って言ってたのはこの子らか」

葵はしゃがんでゆまに視線を合わせる。

ゆまは人見知りをして少し後ずさった。

「そうそう、それでネ――」

薫は悠理に抱きついたまま、何かを思い出した。

……ような気がした。

(あれ、なんだっけ? あたしたち何を見に来たんだっけ? この幼女たち?
それともイヌ? ネコ?)

つかの間、薫の頭の中は混乱する。

が、まるで差し出されたように正答が見つかった。

「じゃなくて、あたしたちイケメンのお兄さんを見にきたんじゃん!」

薫はまるでクイズで答えが見つかったときのようにすっきりした感じがした。

「もー、薫ちゃんは男の人でも女の子でもなんだっていいんだ?」

わざとらしく、悠理はふくれた顔をする。

「でも本命は悠理ちゃんだよ」

そう言って、薫はまた強く悠理に抱きついた。

そんな薫の言動に、悠理はテレながらも喜んでいる。

「あんたらそれ以上行ったら百合の園から帰ってこられんくなるで」

「まーいいんじゃない、それならそれで競争率が減って」

葵と紫穂が突っ込む。

そんなにぎやかな玄関に長身金髪の男が現れた。

整った顔立ちと全体的にスラッとした体型。

そのイケメンっぷりに薫、葵、紫穂の三人は思わず息を呑んだ。

「ええと、ハンゾーお兄ちゃんは従兄で、執事喫茶ってところで働いているの。
でも、とっても無口でシャイなの」

悠理がそう説明すると、ハンゾーというイケメンはこくこくと黙ってうなずいた。

「へー、もったいないあれでトークもできたら完璧でしょ」

「無口な方がかえって落ち着いてえんちゃうか?」

「そういう人ほど、思いっきり読んでみたいものね」

三人は思い思いに感想を述べた。

〔若い男一人に少女が3人ってのも怪しくないか?〕

悠理と『ザ・チルドレン』の三人が楽しい歓談に入ったとき、ふと『ファントム』が
『ユーリ』に問いかけた。

〔その点は心配ないと思うわ……ほら……〕

『ユーリ』がそう返すと同時に、悠理が口を開いた。

「近所の人に言われたんだけど、男の人一人に女の子三人の暮らしって変かな?」

悠理のそんな言葉に『ザ・チルドレン』の三人は一瞬顔を見合わせる。

「全っ然、変じゃないよ」

「いたってフツーや」

「むしろそういう家庭は多いんじゃないかしら?」

三人とも、口裏を合わせたかのようにそう言った。

彼女たちもまた、表向きには皆本という『親戚のお兄さん』の元に住み込んでいる
という設定になっているのだ。

自分たちが特務エスパーだということを学校やクラスメートにバレないように
するには間違っても『男の人一人に女の子三人の暮らし』を変だということは
できなかった。

〔ね、大丈夫でしょう?〕

〔いや、『ザ・チルドレン』相手限定だろ、ソレ〕

『ファントム』のツッコミがむなしく一人の少女の脳内で響いた。

本日の更新はこれまで
EP②「キャッツ オン ザ ストリート」10が飛んでいますが
ただの番号打ち間違いです、内容は飛んでいないので気にしないでください


以後はもうちょっと更新ペースが空くと思います
エタるつもりはありませんが更新ペースが遅くなるときはスレ落ちの危険も
ありますのでやばそうな時は保守をお願いします

コメありがとうございます

二回アニメ化されててどちらも評判は良かったのですが
なんというか派手な盛り上がりにはならないですね>絶チル

女子大生特務エスパー・梅枝ナオミは急ぎ足でバベル本部の研究室へ向かった。

急ぎ足でも姿勢が崩れず、優雅さを失わないところが、彼女に与えられた教育の
レベルの高さを物語っていた。

「皆本さんっ!」

ナオミが扉を開けると、その中の部屋で、皆本はひたすらキーボードで何かを
打ち込んでいた。

「……テレパシーは送信機能中心、相手の心理を読むのは言語的思考――それも
ごく浅い表層的意思に限られる。しかし、ノーマル相手に中継して相互に
テレパシー通話をさせることができるなど、高度な操作が可能であり……」

ナオミが入ってきたのにもまるで気がついていない。

それほど、皆本は集中しているのだ。

「サイキックについては最大の攻撃……ティロ……なんだっけ?
あ、ティロ・フィナーレだ。それの時にはレベル7の薫に匹敵する威力が
観測された。ただし、これにはヒュプノによる見せ掛けが無いか、さらなる
分析が必要である」

「あの、皆本さん?」

ナオミの二度目の呼びかけで、皆本はようやくナオミの存在に気がついた。

「……あ、ああ、ナオミちゃんか」

普段は愛想の良い皆本が、いかにもな生返事をする。

(やっぱり元々は理系の人なんだ)

ナオミはそんなことに妙に感心した。

「あ、そうじゃなくて……すいません、佐倉杏子を逃がしてしまいました」

大きく頭を下げるナオミに、皆本は寝不足でクマのできた目を向ける。

「……そうか。相手は未知の能力を使う相手だ、仕方がないさ。
研究がひと段落したら、今度はマミちゃんにも行かせて見よう。
それなら佐倉杏子も話し合いをしてくれるかもしれないし、なにより
彼女の保護はマミちゃんたっての希望だ」

そう言って、皆本は強化ガラス越しの巴マミの姿を見た。

ECM(超能力対抗装置)環境下でありながら、マミは問題なく銃を取り出し
謎の光線を発射していた。

「ECMが全く効いていない……!? 『魔法』は超能力とは別物なんですか?」

信じられない光景を目の前に、ナオミが質問する。

「いや、全くの別物とは言えない。脳のデータを解析したところ魔法を使った時、
超能力中枢が反応していることがわかった。それに、超能力反応の波形が一部
暴走時の薫に似ているんだ。おそらく、一般的な超能力とは大幅に帯域が
違うから通常のESP検出にひっかからないだけで、技術的に観測は可能な筈――」

ごく当たり前のことを話すような普通のテンションで、皆本はベラベラと
見解を述べる。

「え、ええと?」

話についていけず、ナオミは固まった。

「あっ、すまない。つまり、いわゆる超能力と共通する部分は多いということだよ」

クマのできた顔で、しかし自信ありげに微笑む皆本。

その様子にナオミは少し心配になった。

「そ、そうなんですね。えっと、それはそうとそろそろ休まれた方が――」

「いや、どうせなら新型のESP検出機を見滝原での診断までに
間に合わせたいんだ!」

ナオミの言葉をさえぎって、皆本は再びコンピューターのモニターに向かった。

その熱心さに、ナオミはもはや言葉を失った。


---------------


「んぐっ、んぐっ、プハァッ!」

早乙女和子は安ウイスキーのソーダ割りを一気に飲み干した。

「ったく、面倒くさいんだから。なんで今の時期に超能力診断なんてするのよ」

「確かに、変なタイミングだな」

クダを巻く和子を尻目に、鹿目詢子はナッツをほおばった。

薄暗い飲み屋の座敷で、この二人のアラフォー女子はもう3時間も粘っていた。

「大体、ウチのがっこは、エスパー児童ゼロだっていうのよ。
超能力診断する意味がないでしょーが!
お国の役人はわけのわかんない仕事ばっかり押し付けてくんだから……」

和子は辛いホタルイカの沖漬けをも丸呑みする。

「でも、それもちょっと不思議じゃねーか? 普通は学校に数人ぐらいは
エスパー児童が居るもんだろ? 全く居ないっていうのも珍しいぞ」

詢子の問いに、和子は大きなため息を吐いて答えた。

「居ないなら居ない方がいいわよ。見滝原中学には専門の指導員も教員も
ないんだから。エスパー児童対応マニュアルだとかなんだとかっていう
ワケのわからない冊子がごちゃごちゃあるだけで、どうしろってーのよ」

和子の『居ない方がいい』という台詞は問題発言にも思えたが、詢子はいちいち
そこにツッコミを入れてことを荒立てるつもりはない。

口に出さないだけで、多くのノーマルが内心ではそう思っているのだ。

そしてエスパーの中にも超能力なんて無かった方がいいと思っている人は居る。

「まー、そりゃ、あたしもイキナリまどかがエスパーだなんて言われたら
どうしていいかわかんないね」

詢子はつぶやくように、遠い目をして言った。


---------------


「――と、言う訳で新型の機器を導入した超能力診断の結果、
鹿目まどかさんは高レベルの超能力資質をもっていることが分かりました」

皆本とか言う若い役人の言葉を、詢子は信じられなかった。

「え、マジ?」

「おやおや」

一方、彼女の配偶者にして専業主夫の鹿目知久はやけに呑気な驚き方をした。

「な、何かの間違いじゃないのか? まどかは超能力資質無いって幼稚園の頃から
ずっと言われてきたんだぞ?」

詢子は皆本にそう質問する。

詢子の傍らに居る鹿目まどか……やけに幼く見える中学2年生の女子は、
当の本人が一番信じられないらしく、小さなツインテールを垂らして
半ば呆然としていた。

「何回も確かめたので間違いはありません。新型の機器では今までよりも
検査能力が上がっていますし、そうでなくとも、最近急に超能力中枢が
発達したという可能性も考えられます」

「ふぅん、まどか、最近何か変わった感じはしなかったかい?」

皆本の説明を受けて、知久がわが娘・まどかに問いかける。

「変わった感じ……私の思い過ごしかも知れないけど……
最近、誰かにつけられているような感じがするの」

まどかは迷いながら、そう答えた。

「なんだって!? それって大変じゃねーか、なんで言わなかったんだ?」

あわてて詢子がまどかに聞いた。

「だって……勘違いかも知れないし……」

強気な母親ともおおらかな父親とも違い、まどかという少女はおどおどしていた。

「ストーカーに狙われていると思うのは、目覚めかけの超能力者にはありがちな
ことで、未熟な超感覚が過敏に反応してるんですよ」

皆本がそう言うと、詢子も知久も目の色を変えた。

「それじゃあ、まどかは本当にエスパーに?」

「もちろん、実際に何者かに尾行されているという可能性も無いわけじゃ
ありませんが、どちらにしても今この場所では判断がつきません。
超能力覚醒時に起こる暴走に対応するためにも、娘さんには一度バベル本部に来て
精密検査をしていただきたいのですが――」

超能力暴走がありうると言われ、詢子も知久も、そしてまどか本人も抵抗する
意思を失った。

発動する能力や規模しだいでは一人二人の人命どころか大災害にもなりかねない。

高レベルエスパーの卵なら、なおさらだ。

こうして鹿目まどかのバベル本部へ行きが決定した。


---------------


「――そういうわけで、しばらく学校休まないといけないかも」

翌日学校からの帰り道で、まどかはつぶやいた。

「大変ですわね。バベル本部といえば東京ではありませんか」

まどかはクラスメートであり友人である志筑仁美の言葉にうなずく。

「うん、しかも一人でだよ」

心細さを隠そうともせずに、まどかは言った。

「へえ、まどかもなんだ」

そこにショートカットの少女が割り込んだ。

同じくまどかのクラスメートであり友人の美樹さやかである。

「『も』というのはどういうことですか?」

仁美はかるくウェーブのかかったロングヘアーを揺らして首をかしげる。

「うん、あたしも『潜在素質があるからバベルに来て能力開発しないか』って
言われてて」

さやかは話しながらも、目線がどこか上の方を向いている。

何かを考えながら話しているのだ。

「えっ、さやかちゃんも!?」

「うんまあ、あたしの場合は前々から潜在的エスパーって言われてたんだけどね」

目を向けないままに、さやかはまどかの質問に答えた。

「あら、そうだったのですか? そのわりにはリミッターもつけていませんし
さやかさんは完全にノーマルだと思っていましたわ」

仁美もさやかにたずねる。

「今まで超能力の素質があるっていってもせいぜいレベル1、2だって話ださ、
その程度の超能力だったら暴走してもたいしたこと起こらないから別にリミッター
なくてもいいかなって……ほら、リミッターなんかつけてたらそれだけで色々
目つけられちゃうじゃん」

さやかの言葉に、まどかも仁美もうなずいた。

超能力を抑制する道具で、主に装飾品などの小物の形をとっているものをリミッター
といい、エスパーは基本的に公共の場ではリミッターをつけなければならない。

それは超能力の暴走を抑えたり、超能力を使ったイタズラや不正できないように
したり、ノーマル中心に作られた社会にエスパーを馴染ませるための道具だ。

しかし本来の意図とは逆に、エスパーかノーマルかを見分け、区別するための
道具にもなってしまっている。

エスパーだと思われたくない能力未発現の人間や、レベル1ぐらいの低レベル
エスパーの場合はどうしても付けなければならない場合を除いて、リミッターを
していないことも多い。

さやかの場合もまさにそれだった。

「でもさ、今回の診断で最低でもレベル3はあって、伸ばせば4以上も行くって」

「レベル4……ですか!?」

仁美はおどろいた。

レベル4以上はエスパー全体の中でも3%以下しかいない。

「ええ!? そんな高レベルエスパーに目覚めちゃったら、もうこの学校に
通えないんじゃないの?」

まどかも驚いた。

「いや、それはまどかも同じだから」

さやかは慌ててツッコむ。

どうやら数日学校を休むだけでことが済むなどと思っていたらしいまどかの呑気さに
さやかも仁美も小さく笑った。

その様子に、まどかもわざと頬を膨らませてみせる。

「だからあたしもなやんでるわけ。
せっかくそれだけの素質があるなら伸ばしてみたい気もするしね」

顔を真面目に戻して、さやかは言った。

レベル1や2ならば超能力なんて持っていても面倒なだけの代物だがレベル4以上
ならば制限も多い分、恩恵も大きい。

就職を考えても高レベルエスパーはいろんな機関や企業から引く手あまただし、
超能力はいざという時に自分や身の回りの人を守る力にもなる。

メリットもデメリットも大きい決断を、まどかとさやかは迫られていた。

「……もし、お二人がエスパーとして能力開発されるなら、もう登下校も
一緒にできなくなるかも知れませんね」

仁美はうつむき加減でつぶやくように言った。

仁美の気持ちはまどかとさやかにも分かる。

せっかく友達になれたのに、もうあまり会えなくなってしまうだろう。

習い事などを多くさせられている仁美とは、今まででも放課後一緒にいられることが
少なかった。

そんな仁美と別々の学校になってしまえば、滅多に会えなくなるのは必然だ。

「どっちにしても、もっと考える時間が欲しいなぁ」

まどかは空を見ながらそう言った。

---------------


三人はその後、ショッピングモールへ行き、習い事のある仁美が先に帰って、
まどかとさやかの二人での帰り道になった。

もう日は落ちかけていて、あたりは暗い。

「そういやさぁ、『誰かにつけられてるような気がする』って言ってたの、
あれどうなったの?」

ふと、さやかがまどかにそんな質問をした。

「今もなんとなくそんな気がするよ。皆本さん――バベルの人は、私が
超感覚に目覚めかけてるからじゃないかって言ってたけど」

まどかの答えに、さやかはなるほどとうなずいた。

「そっか。なんとなくまどかって狙われやすそうだから心配してたんだけど
それなら心配なさそうだね」

そんな事を言ってさやかは顔をゆるめた。

暗い夕闇時の帰り道なので、さやかはそれなりに警戒していたのだ。

「あ、うんごめんね。人騒がせしちゃって」

まどかがそう答えて、路地を曲がったその時だった。

「え?」

急に、黒い鉤爪が飛んできて、まどかの髪の毛をかすめた。

あまりに突然のことに、まどかは反応できず直立不動で立ちすくむ。

「まどか!?」

やや後ろを行っていたさやかが急いで角を曲がると、その先には黒い燕尾服を
来た少女が居て、手に持った鉤爪を向けてまどかに襲い掛かろうとしていた。

「えええ! ホントに狙われてたーっ!?」

リアクションをとりつつも、さやかはまどかの後襟をつかんで逃げる。

しかし、黒い少女は気がつけばさやかの前に回りこんでいた。

「うそっ!?」

いくらなんでも速すぎる。

人間の動きではない、さやかはそう思った。

「逃がさない!」

黒い少女は立ちはだかるさやかを裏拳で払いのける。

さやかはいとも簡単に4、5メートル吹っ飛んだ。

「さ、さやかちゃん!」

叫ぶまどかに、黒い少女は無情にも斬りかかる。

が、次の瞬間に、何かがぶつかって黒い少女は跳ね飛ばされた。

「……え?」

まどかが呆気にとられていると、その目の前に全身タイツにイボがいっぱい生えた
ような奇妙な服を着た人影が浮かび上がった。

まどかもテレビで見たことがある。

それは、姿を消すことのできる日本国の最新技術・光学迷彩スーツだった。

「そこまでだ。そこのエスパー犯罪者、現行犯逮捕する!」

ヘルメットをとったその人間は、バンダナを額に巻いた少年――おそらくは
まどかやさやかと同年代だった。

「くっ、思わぬ邪魔が……、でも、私はあきらめない!」

黒い少女はすぐに立ち上がり、今度はその少年に襲い掛かる。

少年は銃を構えたままで、決して油断をしているようには見えなかった。

しかし、それでも気がついたときにはふところに潜り込まれていた。

「なっ、速い?」

とっさに、少年は銃を撃った。

そこから出てきたゴム弾を、黒い少女はきわどくかわす。

その隙に少年は再び間合いをとった。

二人の間に距離が開き、仕切りなおしになる。

そう思われたその時だった。

突然、黒い少女の足元で爆発が起こった。

「え!?」

少年は目を見開いて思わず叫ぶ。

爆発したところからはもうもうと火の手が上がっている。

「あ、あの……助けてもらってなんだけど、やりすぎじゃあ……」

おそるおそるまどかが口を開いた。

「いや、オレは知らない、あんな攻撃していない!」

少年はあせって首を横に振る。

「ふぅ、あぶないあぶない」

しかし、心配するまでも無く黒い少女は電柱の上でしゃがんでいた。

どうやらギリギリでよけられたらしい。

そして黒い少女はまどかに向かって鉤爪を投げる……

フリをして、ぜんぜん違う方向に投げた。

すると『カンッ』と金属同士がぶつかった堅い音が響いた。

黒い少女はすぐにその音のした方へ飛ぶように走った。

その次の瞬間、黒髪ロングでコスプレじみた奇妙な改造セーラー服を着た少女が
唐突に黒い少女の後ろに現れた。

そしてためらいなく銃を構える。

少年はわけのわからない第三者の登場に一瞬混乱した。

黒い少女は、新たに現れた少女の撃った弾を、いとも簡単にかわし鉤爪で
斬りかかる。

しかし、セーラー服っぽい少女の方は急に姿を消してまた黒い少女の後ろに現れた。

(あっちはテレポーターか? しかし、何がどうなっているんだ?)

少年は頭の中に疑問符をやまほど浮かべながらも決断した。

「両方、逮捕する!」

少年は手を前にかざし、超能力を発動させる。

すると、セーラー服っぽい少女の撃った何発かの外れ弾がまるで溶けた金属のように
うねうねと伸びて、相争う二人の少女を拘束しようと蛇のように巻きついた。

「しまっ――」

目の前の敵との戦いに気をとられていたセーラー服っぽい方の少女は反応が
間に合わずに拘束される。

少年はそこにすぐに駆けつけ、その少女に手錠をかけた。

が、もう一方の黒い少女の方は普通ならどう考えても間に合わないタイミングで
あるにも関わらず、寸前で抜け出し、そのまま逃げ出した。

「片方逃がしたか……」

少年は銃を撃って黒い少女に追撃を加えるが、ゴム弾は彼女に追いつかなかった。

「えーと、こんなにいっぱいつけられてたの?」

その様子を眺めていたまどかが言った。

計三人、これだけ尾行されていればいくら鈍くても多少は感づいて当然だろう。

その事実に驚きながらも、まどかは倒れたさやかに応急処置をしている。

「ってか、アレ転校生じゃないの?」

さやかは仰向けに倒れたまま、セーラー服っぽい少女を見て言った。

---------------


皆本は、急遽見滝原中学校の一室を借りた。

皆本の他に、まどかとさやか、バンダナの少年と銀髪の少年。

そしてセーラー服っぽい衣装の黒髪ロングの少女は拘束された状態でそこにいた。

「状況を確認する前に、ひとつ謝っておかなければならない。
無断でバレットに尾行などさせてすまなかった。まどかちゃんが襲われるという
緊急の予知があってやむなくこのような形になってしまったんだ。
尾行させていたのは今日の登下校だけで、それ以上のプライバシーの侵害に
なるようなことは一切行っていない。それだけは信じて欲しい」

皆本がそう言って頭を下げると、バンダナの少年も一緒に頭を下げた。

「その男の子については分かったけど……それじゃ、こっちは?」

さやかは目線を、やけにいびつな形をした改造セーラー服っぽいものを着る
黒髪ロングの少女に向けた。

「「「知らない」」」

皆本と、バレットというらしいバンダナの少年と、もう一人の金髪の少年は
声をそろえてそう答えた。

「キミたちのクラスメートじゃないのか?」

「うん、そうだけど分からないって言うか――」

皆本の問いにまどかはしどろもどろに答える。

「わ、私は無関係よ。たまたまクラスメートが襲われてるところに出くわしたから
戦おうとしただけ。だから早く解放してちょうだい」

黒髪ロングの少女はあくまで気丈にそう言うが、周りの目線は疑いしかなかった。

出てきたタイミングからしてまどかとさやかの二人をつけていたことは、ほぼ
間違いないように思われる。

「見滝原中学校2年生・暁美ほむら、つい数日前に見滝原中学に転入。
それまでは病気で入院していた。病院の記録では超能力反応は無かったが……」

書類を眺めながら皆本が言う。

見滝原中学校の生徒であるにもかかわらず、学校指定のブレザーではなく
まるでコスプレ衣装のような変なセーラー服を着ていることも、黒髪ロングの
少女・暁美ほむらの怪しさを倍増させていた。

「ただし、超能力中枢が形成されかけていたとの診断もあることから、
ごく最近超能力に目覚めた可能性が高い……」

「おそらくテレポーターです」


皆本の説明にバレットが付け足す。

「ちゃんと身元も確認したなら解放してくれていいでしょう?」

暁美ほむらは解放を求め続ける。が、皆本は首を横に振った。

「最近急に超能力に目覚めたとしたら暴走などの危険性も高い。
悪いが親御さんにきちんと連絡をとってから検査させてもらう」

「あたしたちをつけ回してたってこともちゃんと親御さんに連絡ね」

さやかがそう言うと、ほむらはキッと睨んだ。

が、拘束されている状態ではどうしようもない。

「さて、それでここからが本題だが……この子のこともあるし、
逃げたあの鉤爪の子はさやかちゃんに暴力をふるい、まどかちゃんに刃物を向けた。
本当に危ない相手だ。だから、今後もキミたちには護衛が必要だと思う」

「……はい」

護衛が必要という皆本の言葉に、まどかとさやかはうなずいた。

「そこで、ここにいる二人の特務エスパーが護衛として主に登下校時に随行する
ことを認めて欲しい」

「バレット・シルバー特務技官であります!」

「ティム・トイって言うんだ、よろしく」

二人の少年が少女たちに挨拶をする。

バンダナの黒髪の少年がバレットであり、銀髪の少年がティムだ。

まどかとさやかはどうしようと言った感じで顔を見合わせる。

「認められないわ! まどかは私が守る!」

そこになぜか、ほむらが横槍をいれる。

「……でも、あったばかりの子にそんなこと言われても」

まどかは引いたしぐさをする。

「ってか、あんたからあたしたちを守るために護衛が必要ってことだから」

さやかは容赦なくつっこんだ。

「会ったばかりっていうならこの男たちの方がなおさらじゃない」

ほむらはなおも反発する。

「この人たちはお国の役人さんだし」

「悪いけど、信頼度が違いすぎるよねー」

しかしまどかとさやかの意見は変わらなかった。

「くっ……」

「そもそも護衛能力が疑問だ。さっきは拳銃を片手撃ちしていたがその体格だと
力が足りない、狙いがぶれて敵に当たらなくなって当然だ。
それにいまどきメタルフレームのM9とはいかにも見た目重視で古臭い」

バレットもほむらにつっこむ。

「こう見えても体力は問題ないわ。それに、にわか人気のポリマーフレームなんかに
比べてこのベレッタM92FSが劣るとは聞き捨てならないわね」

ほむらは激しく反論した。

「重量や、衝撃吸収性などあらゆる面でポリマーフレームの方が優れている。
メタルフレームの過剰な耐久性はほとんどの局面においてデッドウェイトにしか
ならない」

バレットも負けじと言い返す。

「そんなこと言ってると暴発時に腕ごと持っていかれることになるのよ。
それとも、非力なあなたには重いメタルフレームは使えないのかしら?」

「日ごろの手入れと正しい使い方に気を配っていれば暴発の心配などありはしない。
そんな動きにくそうな格好で体格に合わない銃を使っていればいつ起こっても
不思議じゃないがな」

「ゴム弾なんかを使っている分際で、それ以上ベレッタM92FSと私をバカに
するんじゃないわよ。非殺傷にしても一撃当てれば行動不能にできる麻酔弾に
すれば敵を捕まえられたかもしれないのに――」

「予告もなしに爆弾を使った奴がよくも言う」

「違うわ、あれはロビエト製のモロトフ火炎手榴弾よ。
爆発が起きれば何でも『爆弾』って言っちゃうなんて素人丸出しだわ」

なにやら二人は議論に熱が入り始めてきた。

「あれは何語をしゃべっているの?」

まどかを初めとした周りはほとんど完全に置いてけぼりを食らった格好だ。

「い、いちおう日本語だよ」

銀髪の少年、ティム・トイが冷や汗を流しながら答える。

その台詞を聞いてティムの方を振り向いたとき、まどかは彼のスマートフォンに
付いているストラップに目をとめた。

「――あ、それ『チル・バイオレット』だ!」


「え、ああ。うん、そうだけど」

「ティヒヒ、私も『ぜったい!チルチル』好きなんだぁ」

そう言ってまどかは自分のスマートフォンの背をティムに見せびらかした。

そこには『ぜったい!チルチル』のメインヒロイン『チル・バーミリオン』の
絵柄が描かれていた。

「わぁ、すごい……これって限定品のスマホカバーじゃないか!」

ティムは思わず目を輝かせる。

「ヒヒ……私はバーミリオン派で、さやかちゃんはセルリアン派だよ。
ティムくんは?」

「もちろん、バイオレット派! このストラップだって天才原型師『Mr.9』の
デザインだよ」

まさか女の子と話題が合うとは思っていなかったティムはテンションが上がる。

「……こっちは、仲良くやっていけそうかな?」

その様子を眺めて皆本が言った。

「あっちもじゃない?」

そう言ってさやかがバレットとほむらの二人を指差す。

「そんなのは邪道だ……『ゴッドロボ』は1st以外は認めない!」

「『ゴッドロボ』はZEEDが最高に決まってるでしょうが!」

気が付けばその二人もアニメの話で激論を戦わせていた。

(あれ? オレは……)

(私は……)

((何の議論してたんだっけ?))

そして二人とも、当初の目的を忘れていた。

本日はここまで

やや変態ほむらさんよりです

乙です

>>62
早いよ!
……ありがとう

「マーミさんっ♪」

陽気な声と共に、巴マミは背後から伸びてきた手によって胸を鷲づかみにされた。

「きゃっ、ちょっと、やめっ、明石さん!」

マミは身じろいで抵抗するが、揉んできた明石薫は決して手を離さなかった。

「マミはん、薫が相手やったら本気で抵抗しても構わんで」

「まあ、私達としては薫ちゃんのセクハラ対象から逸れるからありがたいけどね」

野上葵と三宮紫穂が言う。

「……本気で、良いのね?」

その瞬間、マミの目の色が変わった。

そうかと思うと、薫の足元からシュルシュルと黄色いリボンが伸びてきて、
それは薫を蓑虫のようにグルグル巻きにしてしまった。

そして、黄色い蓑から首だけを出した薫に対してマミは、その頭と同じぐらいの
太さのバズーカを向ける。

「わー、やめてー、美神さんかんにんやーっ!」

薫は変な悲鳴をあげる。

「美神さんって誰や?」

「あたしたちよりそっちの方が有名かもね」

葵と紫穂はそんなことをつぶやきつつ、決して薫を助けなかった。


---------------


「マーミちゃんっ♪」

またも、マミはその胸を鷲づかみにされた。

「きゃっ……か、管理官!?」

マミは振り返るとともに驚きの声を上げた。

セクハラをしてきた相手は美しい銀髪をした巨乳(マミ以上)の女性。

それもバベルの最高権力者にして日本最強のエスパー、蕾見不二子その人だった。

まさかそんな人からセクハラを受けるとは思っていなかったマミは硬直してしまう。

その隙を狙っていたかのように不二子はマミの唇を奪った。

「んーっ、んっー!!」

マミは言葉にならない悲鳴をあげる。

「んふふ……」

妖しげな笑みをこぼして、不二子はマミから唇を離した。

「わ……わたしのファーストキス……」

マミは目に涙を浮かべている。

「美味しかったわ。ごちそうさま」

不二子は満面の笑みを浮かべてそう言うと、マミの前から離れ、
皆本の元へ向かった。


---------------


「管理官……」

真剣な表情で、皆本は言った。

「あら、皆本クン、どうかしたの? 何か怒ってる?」

不二子は皆本の背後に回り、自分の豊満な胸を押し付けながら問う。

「そーいうセクハラをやめて下さい! さっきマミちゃんからテレパシーが
ありました! このバベルのセクハラが許される風潮をどうにかして欲しいと!」

皆本は不二子を振り払いながら怒鳴った。

もちろん皆本とて健全な若い男だから女性に興味がないわけではない。

しかし、いくら抜群のスタイルと20代の容姿を持つとはいえ――

「だいたいあんたもう80過ぎでしょうが! 歳考えてくださいよ!」

そう、皆本の言うとおり、蕾見不二子管理官は戦中には兵士として活躍した
超シニアであり、超能力で無理やり若作りをしているだけに過ぎないのだ。

その80過ぎの老婆にセクハラされて、皆本が喜ぶはずもなかった。

「おだまり! 女性に年齢のことを言うなんてデリカシーの無い男はダメよ!」

「ぶがっ!」

不二子は皆本をサイキックで突き飛ばして壁に叩きつけた。

「あがが、メガネが……で、何か読めたんですか?」

いがんだメガネを直しながら、皆本はふいに質問した。

不二子はサイコメトリーも持っている。

不二子がセクハラのふりをしてマミのことを透視したのは皆本には分かっていた。

「あまり読めなかったわ。なんか読みづらいのよね、情報量が少ないっていうか
……特に、魔法少女を作るって言うマスコットについては何の情報も無かったわ」

肩をすくめて『やれやれ』のポーズをとりながら不二子は言う。

「まさか、透視に対してプロテクトを?」

皆本の問いに、不二子はこくりとうなずいた。

「それも、たぶんマミちゃんが自分でやっているわけじゃないわ」

「だとすれば誰が……」

皆本は考え込む。

「ところで、暁美ほむらって子は逃がしちゃったのね?」

そこで急に不二子は話を変えた。

「あ、はい。逃げられました。ECM環境下で手錠を外したところテレポートされて
しまって。住所や連絡先は分かっていますがもう現行犯ではないので拘束は
無理です」

「そっか。ECMが効かないってことはその子も魔法少女の可能性があるわけね。
で、もう一人の鉤爪を使うって子は?」

「ティムのデコイに追跡させましたが見滝原の隣町の風見野で振り切られました。
広域の監視にも引っかかっていないので風見野周辺に潜伏しているものと
思われます」

そこまで皆本の説明を聞いて、不二子は『ハァッ』と大きくため息を漏らした。

「何やってんのよ皆本クン、どっちも逃げ切られてるじゃない」

「本来なら鹿目まどかの護衛には『ザ・チルドレン』を出動させるべきでした。
しかし、友達の家に遊びに行きたいと言われて――」

皆本は困ったように言う。

幼い頃から普通の子供から隔離され、レベル7のエスパーとして特別扱いされて
育ってきた『ザ・チルドレン』の三人に、できるだけ普通の中学生の子供として
いさせてやりたい。

そんな思いから「友達の家に遊びに行きたい」という彼女たちの希望を裏切ることは
皆本にはできなかったのだ。

「まあいいわ。風見野のあたりなら私にちょっとしたアテがあるから、
そっちに関しては私に任せてちょうだい。皆本クンはしばらく大人しく研究に
没頭してなさい」


「く……」

不二子の少しトゲのある言い方に、皆本もいらだちを感じないではなかったが
ミスをしたのも、今しばらくは研究が必要なのも間違いないことであり
結局はぐうの音もでなかった。


---------------


「織莉子(おりこ)ちゃーん♪」

明らかな作り笑顔で、不二子は少女に近づいた。

少女……と、言ってもかなり背が高く胸もあり、スーパーモデルのような
体形をしている。

その少女は、ウェーブのかかった白いサイドテールをゆらして不二子に振り向いた。

「いまさら何用ですか、お婆さま?」

その瞳はあくまで冷めていて、まったく親しみを感じさせない。

「ち、ちょっと『お婆さま』はひどいわ、
前から『お姉さま』って呼びなさいって言ってるでしょ?」

ショックを受けはしたものの、不二子はなんとか作り笑顔を維持する。

「用件は何かと聞いているのです」

織莉子と呼ばれた少女はツンとした態度を一切崩さない。

「んもー、十年ぶりに会ったって言うのに連れないわねー……
昔はもっと愛想もよくて可愛かったのに」

そんなことを言いながら抱きつこうとする不二子を、織莉子はかわした。

「お父さまを見捨てたあなたに向ける愛想などありません」

きっぱりと、織莉子は拒絶を示す。

「み、見捨てただなんて人聞きの悪い……不二子もあの時はすんごい眠くて
どうしようもなくて、ほら、私ももう歳だからどうしてもさ――」

「都合の良い時だけご年配にならないでください、『お姉さま』」

取りつく島もない状態とはまさにこのことだ。

いまさら過去のことを取り繕おうとしても仕方ないと、不二子はあきらめて
大きなため息を吐いた。

「仕方ないわね、それじゃ用件だけ言わせてもらうわ。
織莉子ちゃん、あなたこの辺りで黒い短髪であなたと同じぐらいの歳の
エスパー知らないかしら?」


不二子がそう言うと、織莉子はしばし無言で不二子を見つめた。

そして、フッと小さく息を漏らす。

「そんなエスパーは知りませんが……『魔法少女』なら知っているわ」

「『魔法少女』……ですって!?」

バベルにとっても最新情報のはずの『魔法少女』をどうしてこの少女が
知っているのか、不二子は不審に思った。

そんな不二子の背後に、黒髪ショートカットで燕尾服のような衣装を着て
眼帯をつけた少女が現れた。

「え、うそ!? この子は……」

黒い少女のいでたちは、不二子が美樹さやかをサイコメトリーして読み込んだ
襲撃者そのものだった。

「織莉子ちゃん、あなたが黒幕だったの!?」

不二子の知る限り、美国織莉子はただの政治家の娘だったはずだ。

その政治家である父親がバベルとかかわりが深く、エスパーの知り合いも
多かったので、織莉子も近所のエスパーは大体知っているはずだ。

だから今回は情報を求めて織莉子に接触したに過ぎない。

しかし、まさかその美国織莉子当人が黒幕で、しかも魔法少女について
知っているとは不二子には思いもよらなかった。

「バベルの影のドンが人様を『黒幕』扱いするなんて、よく言えたもんだね」

黒い少女がそう言って腕を軽く振ると、彼女の手に数本の大きな鉤爪が現れた。

「どうして、エスパーの卵の子たちを襲ったりしたの?」

質問をしながらも不二子は構えを取った。

後ろに黒い少女、前には織莉子、挟み撃ちの状況であり不二子は警戒したのだ。

「世界を救うためです」

「はい?」

これまた思いもよらない織莉子の大げさな表現に、不二子は眉をひそめた。

「つまりはこういうことよ」

織莉子がそう言うと同時に、不二子の脳内に急にとあるイメージがわき出てきた。

荒れ果てた瓦礫の大地、暗い空を貫く巨大な樹木かあるいはイソギンチャクの
ような何か。


「テレパシー? でも、このイメージは何なの?」

「『終末の魔女(クリームヒルト)』。この魔女によってこの星の全ては
吸い尽くされ、滅びを迎える。……それが、私の予知よ」

おごそかに、織莉子は語る。

「プレコグ!? このテレパシーもそうだし、あなた高レベルエスパーに……」

その不二子の問いには織莉子は首を横に振った。

そして、小さくターンをしたかと思うと、その服装がいつの間にか
教会の司祭が着る礼服のような衣装にかわっていた。

「私もキリカも『魔法少女』です、お婆さま」

不二子はじりじりと横に逃げて織莉子と、『キリカ』と呼ばれた少女の二人から
距離をとった。

巴マミのデータを参考にする限り、魔法少女はエスパーに換算すれば複数の能力を
高レベルで兼ね備えた複合・合成能力者にあたる。

不二子は単体では最強クラスのエスパーだという自負を持っているが
それでも今のこの状況は不利に思えた。

「初めの質問に答えなさい、どうして見滝原の子たちを襲ったの?」

はじめの猫なで声とは打って変わって緊迫した声で、不二子は聞いた。

「『終末の魔女』が、鹿目まどかの成れの果てだからさ」

黒い魔法少女――キリカが言う。

「世界を救うには、『終末の魔女』になる前に鹿目まどかを始末しなければ
なりません。それが、私達が彼女を襲った理由です」

織莉子も答えた。

「人間が魔女になるっていうの?」

不二子は確かに皆本からの報告で『魔女』が人間並みに高度な感情をもっている
ことを聞いていた。

それでもにわかには信じにくいことである。

「ええ、そのとおりです」

しかし、織莉子はきっぱりと言う。

「だから、そうなる前にまどかちゃんを殺そうって言うの?」

不二子が再び聞くと、織莉子とキリカは無言でうなずいた。


織莉子とキリカの答えに、不二子の意思は決まった。

「そんなの……許されるわけない!
予知を理由に何もしていない子を手にかけるなんて、私は絶対許さないわ!」

不二子の脳裏に、終戦直前の、とある事件がよぎった。

「美国織莉子、あなたは殺人未遂事件の重要参考人として私が拘束します!」

きっぱりと、不二子は宣戦布告をする。

「……やっぱり、こうなってしまったね」

呆れたように、キリカが言った。

「お婆さま、なぜ私達が逮捕される危険を犯してまで、あなたに重要な情報を
教えて差し上げたと思いますか? あなたを逃がさない自信があるからですよ」

織莉子は暗い微笑みを不二子に向ける。

それと同時に、室内の風景が暗転し、まるでお化け屋敷の中のような奇妙な
場所に変わった。

「なに、これは!? ヒュプノ?」

「そっか、蕾見不二子ははじめてだったんだね……これが、『魔女』の『結界』さ」

そう言いながら、キリカは不二子に切りかかった。

不二子は緊急にテレポートをしてそれを避ける。

だが、うまく空間が把握できず、思ったほど遠くへいけなかった。

すぐにキリカに追いつかれ、また切りかかられる。

「ここでは空間が大きく歪んでいるわ。並みのテレポーターでは普通に
テレポートするだけでも困難。ましてやお婆さまは本来はただのサイコキノ。
空間認識能力はレベルのわりに低い」

そんな織莉子のせりふを聞く余裕も無く、不二子は必死でキリカの攻撃を防ぎ、
避け、耐えしのぐ。

「つまり、キミは、ここから逃げ出すことはできない!」

キリカは大きくその鉤爪を前に突き出した。

不二子はなんとか直撃はさけるものの、腕に切り傷を作った。

そのかわりに、カウンターでサイキックをぶつけ、キリカを突き飛ばす。

「……っく、わけのわかんないことばっかり、ふざけんじゃないわよ」

そんな愚痴をつぶやく不二子の前に、今度は大きな化物……猫の顔が
二つ組み合わさったような頭部に8本の腕を持つ奇怪なものが立ちふさがった。


「うわっ、何これ、キモい!」

不二子はそれもまた弾き飛ばす。

そうしている間にまたもキリカが鉤爪を振りかざして襲い掛かってきた。

息をつくまもなく、不二子はかろうじて避け続ける。

(ダメだわ、こんなんじゃもたない――)

そう思いながらも、不二子は織莉子が攻撃をしかけてこないことを不思議に思った。

見てみると、織莉子は自分やキリカに襲い掛かる使い魔を倒し、魔女を牽制する
ことに徹している。

(魔女や使い魔が襲い掛かる相手は無差別なのね……)

だから、この状況では完全な2対1にはできないのだ。

なぜそんなに不確かな戦い方をするのか?

(私を逃がさないため? でも、負けたら意味がないはずだわ)

仮にもバベル最強のエスパーであるはずの自分に対して、どうして織莉子たちは
そんなに自信を持てるのか。

すぐに、その答えが不二子の中に浮かんだ。

(美国織莉子は、私の敗北をすでに予知している!)

そう思った瞬間、不二子の太ももをキリカの爪がかすって血がしたたる。

不二子はいったん短距離テレポートをして間合いをとった。

「織莉子ちゃん、あなたは予知を実現させる方法は知っているみたいだけど
予知被害を最小に抑える方法は知っているかしら?」

不二子は普段から予知された被害を抑え、あるいは良い予知を実現させるために
動いているバベルのトップだ。だからこそ知っている。

予知を実現させるには、予知されたシーンに近い状況を整えることだ。

織莉子がキリカにばかり攻撃させて自分は攻撃せず、魔女や使い魔にも必要以上の
干渉をさせない理由は何か?

おそらく、織莉子が予知したシーンでは不二子はキリカに切り殺されるのだ。

そのシーンを実現させるためにはなるべくキリカに攻撃させた方がよい。

織莉子はそういう実現方法を知っているのだと不二子は思った。

「それはもちろん、予知を覆すことです」

織莉子は不二子の問いに答える。


そんなやり取りをしている間にもキリカはまたも不二子に襲い掛かる。

「所詮は実務経験の無い引きこもりの考えね……
予知被害を最小に抑えるにはね、予知を実現させるのが一番なのよ!」

そう言うや否や、不二子はキリカの攻撃を避けもせず、その体で受けた。

「なっ!?」

予想外の不二子の行動にキリカは驚く。

彼女の鉤爪は不二子の肩に深く突き刺さっていた。

織莉子も唖然とした。

確かに、これで予知とほとんど変わりの無い光景が実現した。

しかし、不二子がダメージを受けたのはあくまで肩の一部分だ。

それなりのダメージではあるが決定打にはならない。

本来なら蕾見不二子を殺害できるはずだったのが、その程度のダメージに
軽減されてしまった。

「それに、こうすれば簡単に全力で反撃できるわ!」

そして不二子は強力なサイキックをキリカにぶつけた。

爪が刺さったままのキリカは避けることも防ぐこともできずもろに直撃して
叩き飛ばされ、結界の壁に激しく打ちつけられた。

「キリカ……許さないっ!」

大ダメージにキリカは気絶したようだった。

織莉子はビードロ玉のような魔法の玉を操り、不二子に向けて飛ばす。

「こっちに攻撃してる場合かしら?」

不二子は織莉子の攻撃を難なくサイキックで防ぎきると、
今度は魔女をテレポートさせ、キリカの前に出現させた。

気絶した魔法少女は魔女にとって格好の獲物のようだ。

すぐさま魔女はキリカを食らおうと大きな口をあける。

「なんて卑怯なっ! キリカ!」

戦闘不能状態の相手に非情な攻撃をする不二子にさらなる憎しみを募らせつつも
織莉子はすぐに攻撃対象を魔女に切り替える。

無数の魔法の玉が織莉子の周囲に現れて、いっせいに魔女を撃った。

大きな魔女は燃え上がり、結界が崩れだす。

「オッケー! これで私でもここから逃げられるわ、それじゃーね」

不二子はそう言うと、すぐさまテレポートしてその場から消えた。

「……逃げられた」

織莉子は崩れ行く結界の中、拳を握り締めて立ち尽くした。


---------------


肩を抑えながらよたよたと、不二子はバベル本部の中を歩いた。

そして、医療室に着くなり、勝手にベッドの上に倒れこむ。

「管理官どの、一体どうしたんですか!?」

白衣を身にまとった色黒の男が慌てて不二子を覗き込んだ。

「やられたわ。賢木クン、治療して」

簡潔にそれだけ言って、不二子は仰向けになる。

「管理官がこんなに? 一体何が……」

そう言いつつも、賢木と呼ばれた男は不二子に触れてみた。

その指先から不二子の身体状況の情報が流入してくる。

肩を貫かれているものの、血管や骨格の重要な部分には損傷がない。

(おそらく超能力で重要な部分を保護しながら攻撃を受けたな。
……これは、わざとか?)

賢木も高レベルのサイコメトラーだがレベル7の紫穂ほどは透視できないし
不二子のような高レベルエスパー相手ならばなおさら読める情報は限られていた。

そこに、筋骨隆々とした大男がやってきた。

「賢木クン、管理官どのが怪我をしてふらついてると職員たちが――」

そして、当の管理官がそこにいることに気がつき口をつぐんだ。

「局長、管理官は一体誰にやられたんですか?」

「それはワシの方が聞きたい」

賢木と局長こと大男がそんなやりとりをしていると、
不二子は少ししんどそうに口を開いた。


「美国織莉子――美国クンの一人娘よ」

「え? 美国先生の娘に会ってきたのですカ? そりゃ恨まれていたでしょう」

局長は少し驚いた様子だった。

「恨まれてたどころか、この通り殺されかけたわよ」

不二子は傷ついた体で無理に苦笑いを浮かべる。

「あの、話が分からないのですが?」

そこに賢木が口を挟む。

「美国先生……数年前に汚職疑惑で自殺した美国議員のことだヨ。
バベルも彼にはずいぶんお世話になっていてネ。彼がいなければ今のバベルは
無かったと言っても過言ではないヨ。だが我々バベルは彼に収賄疑惑が
持ち上がったとき何の助け舟も出せなかっタ」

汗をぬぐいながら、局長が答えた。

「だから、見殺しにしたって思われてるのよ」

不二子も短く話す。

「実際、下手なことをすればバベルが無くなっていたかも知れないヨ。
美国先生が全部一人で罪を背負ってくれていたからネ」

局長の説明を聞いて賢木は冷や汗をかいた。

(バベルって結構ヤバいのかも)

「……そっくりだわ、あの子」

脈絡無く、不二子はそう言った。

「美国先生とその娘がですカ?」

局長の言葉に、不二子はうなずく。

「思い込んだらトコトンで、何にも言わなくても汚れ役やってくれちゃって――」

不二子は少し遠い目をした。

以上で今回の更新は終了です

原作の方もユーリが佳境に入ってますね

 ドサッ

重量感のあるバッグが波止場の上で投げ落とされた。

派手なスーツを着てサングラスをかけた、いかにもな悪党が近づき
バッグの中をまさぐる。

「なんだ、こりゃあ? 全部偽札じゃねーか、なめてんのかテメーっ!」

サングラスの男が激昂すると、それにあわせるかのように男の背後に居た
十数人の黒服たちがいっせいに取引相手に銃を向けた。

「いいじゃん、別に。たいがいのトコはこの金でも使えんだし」

その取引相手……まだ中学生ほどに見える少女は退屈そうに風船ガムを
膨らましながら言った。

暗い夕暮れの中でも彼女の真っ赤なポニーテールはよく映えて、
物騒な雰囲気の中でまるで別物の存在感を放っていた。

「ふざけんな、やっちまえ!」

サングラスの男の指示で、その少女に向かっていっせいに銃弾が放たれる。

しかし、奇妙なことにその銃弾はすべて少女の体をすり抜けた。

「へっ、バーカ、ただのちゅーがくせーの子供がこんな取引するわけないじゃん」

少女は相手を小馬鹿にした笑い声をもらした。

「ちっ、高レベルエスパーか! ならば、ECMだ!」

サングラスの男がまたも指示を出すと、黒服たちは今度はスーツケースに
偽装した大型のECMを起動させた。

「フハハ、これでお前はただのガキ――っ!?」

勝ち誇るサングラスの男の腹部に、どこからともなく出現した槍が刺さっていた。

「わりぃ、あたしにはそれ効かねーんだわ」

そう言って、赤いポニーテールの少女は槍の柄を持った腕を、さらに突き出した。

あっさりと、槍は男の腹筋を突き破り、背中に抜けた。

少女は串刺しになった男の体ごと、その槍を投げ捨てて、またもどこからともなく
新しい槍を取り出した。

「ひっ、ひい!」

黒服の男達が半ば錯乱気味に少女に銃弾をあびせる。

だが、結果は前と同じで、ただ弾がすり抜けるだけだった。

「それともうひとつ謝っとくかな。今回の取引自体がダミーでさ、
クライアントからの依頼はあんたらの皆殺しなんだわ」

淡々と、少女は語る。

「に、逃げろ! 逃げるんだ!」

黒服の一人が叫び、真っ先に逃げ出した。

少女は大きくのけぞって、そして一気に体を前に倒し槍を投げる。

槍は目にも留まらないスピードで、その逃げた男の胸板を貫いた。

「ま、あたしにとっちゃ楽しい仕事だけどね」

先にサングラスの男を殺した時についたのだろうか、血に汚れた頬にえくぼを作り
少女はニカッと笑って見せた。


やがて、一方的な殺戮が繰り広げられ、波止場は赤黒く染まった。

「さっきは楽しいって言ったけど、こうも雑魚ばっかってのもねぇ」

少女は退屈そうに槍を振り回し、半死半生ではいつくばる男の首を切り飛ばした。

「これで全滅っと」

そう言って、その場を後にしようとした少女の足が止まった。

いや、止められたと言った方が正しい。

「動かない?」

少女は自分の足元を見る。

両足ががっしりと何者かの手でつかまれていた。

まだ半死半生でもがいている者がいてそれにつかまれたわけではない。

何も無い空間からニュッと二本の手だけが生えてきて彼女の足をつかんでいるのだ。

「ブラックファントムの洗脳エスパー、一匹確保」

どこからかそんな声が聞こえてきた。

少女はその声の方を振り返る。

すると、倉庫の屋根の上、金髪のシニヨンの、同年代と思われる少女が立っていた。

金髪の少女は不思議なことに腕が途中で途切れているように見える。

「澪、どこが確保よ、足止めしただけじゃん!」

さらに黒髪ポニーテールの少女が現れ、血まみれの赤い少女に対して
ひも状の何かを伸ばしてきた。

「カズラ、あたしのはただ掴んでるんじゃなくて念波干渉してんの。
こいつ、多分あたしらと同じ変則テレポーターだし」

「どーだか、あんたそんな細かい芸できたっけ?」

澪とカガリという二人の少女はずいぶん余裕な態度でおしゃべりする。

「なにあんたら。その態度マジむかつくんだけど」

そんな事を言いながら、赤い少女は自分に迫るひも状の何かを槍で切りつけた。

「は!? きれない?」

赤い少女が驚いたのも無理はない。

そのひも状のものは刃物にあたっても切れず、向かってくるのも止まらず、
ただゆるやかにぐにゃりと曲がったのだ。

「残念、あたしのもテレポートベースだから物質的な攻撃じゃ切れないよ」

ポニーテールのカズラは得意げにそう言った。

よく見るとそのひも状の何かは彼女の腕が伸びてそのままひもになっていた。

彼女の言葉が正しければ、実際に腕が伸びているわけではなくそのような形に
空間が歪んでいるのだ。

「さて、悪いけどあんたの個人情報読んじゃうよ」

そして、そのひもはぐるぐると赤い少女に巻きついた。

その次の瞬間だった。

いつの間にか、縛られた赤い少女の横に、全く同じ顔と姿をした赤い少女が
立っていた。

「は、分身!? あたしと同じ技をっ!」

金髪シニヨンの澪は思わず叫んだ。

「ちょ、澪、テレポート妨害できてないじゃない!」

カズラもあせる。

「ばーか、あんたら何か勘違いしてんじゃね?」

そんな二人をよそに、赤い少女の分身は自分が殺した男たちが持っていた
ECM装置を拾い上げ、起動させた。

それと同時に、もう一体の赤い少女を縛っていたカズラのひもは消え去り、
カズラの腕はただあたりまえの人間の腕になっていた。

さらに、赤い少女の足をつかんでいた手もそこから無くなって
澪の元へと戻った。

「あ……」

「ま、まずいかも……」

澪とカズラの超能力は封じられたというのに、二体に増えた赤い少女は
ECMを起動させてもその能力に制限がかからないらしい。

それぞれがどこからともなく長大な槍を取り出した。

そして、一方が澪に、一方がカズラにせまってくる。

「い、一時撤退!」

「以下同文っ!」

澪とカズラは猛ダッシュでECMの圏外へ出ると、そのままテレポートをして
消え去った。


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「新しい洗脳エスパーの評判は上々、ECMが効かないという使い勝手の良さが
特に評価されています。現に『パンドラ』のエスパーの撃退にも成功しました」

ひょろりとした青年が報告をする。

「そんなものはどうせすぐに対応される、今だけのアドバンテージだ」

初老の男が、吐き捨てるように答えた。

「父さん、『魔法少女』がなまじのエスパーより使い勝手がいいのは事実です」

青年は食い下がってそう答えた。

「……まあいい。ギリアム、それよりもこれを読んでおけ」

初老の男はギリアムと呼んだ青年に一冊のボロボロの冊子を差し出した。

「『Puella Magi』?」

ギリアムは不審に思いながらそれを受け取る。

「合衆国超能力捜査局……通称USEIの長官だったエイジ・サオトメによる
報告書だ。もっとも、原本は大統領府宛で我々にはコピー冊子だけだがね」

父親の言葉を聞きながら、ギリアムはざっと目次やサブタイトルに目を通す。

「かなり昔の報告のようですが、そんなに前から『魔法少女』について
把握されていたのですか?」

「その本のあまりに現実離れした内容にただの妄言だとしか思っていなかった。
我々も……合衆国もな。だが、キョーコ・サクラのような存在がある以上、
荒唐無稽な話と無視するわけにもいくまい」

ギリアムはさらに、部分部分に目を通す。

「『終末の魔女(クリームヒルト)』……世界の滅亡!?」

ギリアムも、その目を疑った。


---------------


「断固! 美国織莉子による鹿目まどか暗殺を阻止します。
そのためには無理やりにでも鹿目まどかをバベルに収容しなさい!
これは命令よ!」

なかばやけくそ気味に、蕾見不二子はまくし立てた。

「それは、分かりましたが……管理官はその予知を事実だと思いますか?」

「まさか」

皆本の問いに、不二子はきっぱりと答えた。

「バベルの予知部にも伊9号にもそんな予知は無かったわ。
自分の中の妄想と予知の区別がつかなくなるのは『なりたて』のプレコグには
よくあることよ」

「そうですか……」

皆本はあまりに簡単に切って捨ててしまう不二子の態度に感情的なものを感じた。

だが、どちらにしても鹿目まどかの命が狙われている以上、
放置は出来ないのも事実だ。

美国織莉子に対しては後日、美国邸に警察や特務エスパーを派遣したが、
予知されていたらしく屋敷はもぬけの空だった。

つまり、現在美国織莉子とその仲間・キリカは行方不明なのだ。

いつどこでどういう風に鹿目まどかが襲われるか分かったものではない。

(なんとか上手いこと言ってバベル内に拘束するしかないか……)


---------------


「ええっ!? 今日は検査だけじゃなかったんですか?」

鹿目まどかは目を丸くして言った。

「あ、ああ……その予定だったんだけど、検査の結果想定以上にキミの超能力資質が
高いことが分かってね。暴走の危険とかいろいろあるから、もうちょっと精密な
検査をと……」

冷や汗を流しながら、皆本は説明を続ける。

「うー……」

まどかは納得がいかない様子だ。

「まどか、ここは言うこと聞いておいた方がいいと思うよ。
あたしも一緒にいるからさ」

そんなまどかをさやかが諭す。

(……別にさやかちゃんは居なくていいんだけどな)

内心、皆本はそんなことを思う。

狙われているのが鹿目まどかだと分かっている以上、さやかが残る必要は無いのだ。

皆本のそんな雰囲気を見抜いてか、さやかはキッと皆本をみつめた。

「っていうか、居させてください! エスパーになると決めた以上は
最低でもレベル4以上に!」

そしてつめよる。

「か、確実にレベル4以上になれるかは分からないけど、能力開発するには
確かにここにいるのが一番いいだろう」

苦笑いを浮かべながら、皆本は承諾した。

「さやかちゃんがそうなら……」

まどかも渋々ながら居残りを認める。

皆本はホッと一息をついた。

「それじゃあ、宿泊室までは僕たちが案内するよ」

「命に代えても護衛します!」

そこに、二人の少年が現れる。

銀髪の少しあどけない感じの少年・ティムと、黒髪バンダナでやけに軍人ぶった
態度をとるバレットだ。

「あ、ティムくん、バレットくん」

まどかはうれしそうに微笑む。

「『命に代えても』って、またおおげさな」

一方さやかは少しあきれた感じでツッコミを入れる。

実はおおげさでもない。

それを知っている皆本はまた冷や汗をかいた。

「バベル本部の中ってそんなに危険なの?」

少し不安になったまどかが聞いた。

「そんなことはないよ。多分、世界で一番安全さ」

ティムがすばやくフォローを入れた。

「あくまで言葉のアヤであります!」

バレットも言い過ぎを自分で認める。

「世界で一番は言い過ぎかもしれないけど、日本中探してもここより安全な場所は
滅多に無いよ。ESPや火器の感知システムは最新鋭、クレヤボヤンス(遠隔透視)
能力を持つエスパーによる監視も行き届いて不審者も不審物もまず見逃さない」

皆本は、そこには自信を持っていた。

超能力や火器に対する防衛策のみではない。

試験段階ではあるが『魔法』に対する感知システムもすでに導入した。

皆本はそのために寝る間も惜しんで働いたのだ。

破られてなるものかと皆本は思う。

そんなやりとりをしている一行の横を、中年男性と大学生ぐらいの女性、
それに縄に縛られている中学生ぐらいの少女が通り過ぎた。

「ほら、とっとと歩け」

中年男性はタバコを加えながら言う。

「まさかバベル本部に侵入してくるなんて……」

大学生ぐらいの女性、特務エスパーのナオミは縄をぎゅっときつく締める。

「――くっ、この私が捕まるなんて」

そして縛られている人物は、黒髪ロングの暁美ほむらだった。

その様子に、まどかとさやかも、皆本たちもしばし絶句する。

「……このとおり不審者は見逃さない」

「え、あ、あの子ほむらちゃんじゃ?」

「ここまでストーキングしにきたわけ?」


一同は運ばれていくほむらをただ眺めるだけだった。


---------------


「どうして、こんなところに忍び込もうと思ったんだ、あァ?」

タバコの煙をふかしながら、中年の男は威圧的に構えた。

どうしてこうなってしまったのかとほむらは思う。

暁美ほむらは時間を止める能力を持っている。

……と言っても、本当に完全に時間を止めてしまえば自分も動けない。

だから、自分の周りとその他との時間の流れを断ち切る能力と言った方が
正確だろう。

ほむらは時間を止めて、まどかたちの先回りをし、バベル本部の中に進入した。

そこまでは良かった。

しかし、時間を止めたままでは当然、どれだけ待ってもまどかは来ない。

それでは先回りした意味がない。

だから、バベルの内部で時間を動かしてしまったのだ。

それも、人に見つからずに動き回るため断続的に時間を止めたのがまずかった。

バベルの最新鋭設備は魔法をも検知し、即座にエスパーがほむらを捕らえに来た。

逃げ出そうにもあたりは高レベルエスパーだらけで狭い建物内。

ほむらの能力の性質上、至近距離では時間停止の効果がない。

そのため『誰も動かさずに』時間を止めたまま逃げることなど出来なかった。

テレポートで瞬間的に目の前に現れた敵に気を取られた隙に、後ろから縄が
飛んできて、あとはグルグル巻きに拘束されてしまった。

縛られている状態では時間を止めても動けないのだから意味がない。

あとは大人しく従うしかなかった。

「なんとか言えよ」

この谷崎とか言うやけにヤニ臭い中年男がうっとおしい。

しかし、本当のことを言うことも出来ない。

ほむらはただひたすら黙秘を続けた。


しばらくして、谷崎という男は電話を受けて慌しく部屋から立ち去った。

「?」

当然、ほむらには何が起こっているのかわからない。

すると今度はガタイ良い白人系の老人と、メガネをかけたこれまた白人系の
間抜けそうな男が入ってきた。

(え!? コメリカ軍!?)

彼らの襟についているバッジから、コメリカ軍関係者ということは分かる。

しかしなぜ、コメリカ軍の人間がバベルに現れたのか。

「それは、我々がバベルにキミの身柄の引渡しを求めたからだよ」

老人は聞かれもせず、ほむらが心の中で思っただけのことに回答した。

(テレパシー……『魔法少女』ではなく『超能力者』の高レベルテレパスね)

「その通り。しかし、『プエラ・マギ』が実在したとはエイジ・サオトメが
書いていたことは嘘ではなかったようだね」

老人の言うことは、ほむらにはよく分からなかった。

「グリシャム大佐、この少女に間違いありまセン! わが軍の基地から多数の
銃火器を盗んだ犯人です」

メガネの外国人が言った。

(!? 基地内では誰にも見つからなかったはず……)

ほむらの顔に驚きの色が浮かぶ。

「ミーはクレヤボヤンス使えます。本気になればトーキョーからキョートを
見通せるよ」

そんな高レベルのクレヤボヤンスから見つからないように武器を盗んで逃げるなど、
時間停止の能力があっても不可能だ。

この二人はそこんじょそこらのエスパーではない。

相手が悪かったとしか言いようの無い相手だ。

おそらくコメリカでもトップクラスのエスパー人材なのだろうとほむらは思う。

はたして、それを相手に逃げられるか、逃げるチャンスが来るのか。

さしものほむらも自信を持てなかった。

「安心したまえ、我々は手荒な真似はしない……キミが大人しくしている限りはね」

グリシャムと呼ばれたこの老人の言葉にひとまずほむらは従った。


---------------


バベルの建物から出ると、ほむらはECM付きの檻車に乗せられる。

グリシャムという老人ともう一人の男は別の車……檻車を先導する車に乗り込んだ。

そして、2台の車が動き出す。

が、動き出すとすぐに、ほむらを乗せた檻車は華麗なターンを決め、
先導された方向とは逆に走り出した。
「一体どうしたっていうの?」

「へぇ、この車が逆走していることがわかるのかい?」

檻車の運転手はよく意味の分からない質問返しをした。

「何が起こっているのか聞いているのよ」

「心配しなくていい。キミの身の安全は保証するよ」

またも、運転手はちゃんと答えない。

運転手の声は、どこか少年のようなあどけなさの残る印象を与える。

だがうしろからわずかに見える髪の毛は高齢者のように完全なまっ白髪だった。

「ただ、『魔法少女』について教えて欲しいだけさ。
ボクたち『パンドラ』のアジトでね――」

そう言って白髪の男はにやりと微笑んだ。

本日のアップは以上です

「これが……エスパー犯罪者組織『パンドラ』……」

暁美ほむらは洋上に浮かぶ大型船の甲板の上にいた。

そのほむらを年齢も性別もバラバラな何十人かのパンドラメンバーがしげしげと
ながめていた。

「ふぅーん、この子がねぇ」

同年代であろう少女達も、興味深げにほむらを見る。

「ボクたちはただの犯罪組織じゃない、エスパーのための世界を作るという
使命と目標を持った仲間達だ」

白髪に学ランという不釣合いな姿格好で、男が言った。

「兵部京介、第二次世界大戦当時は日本軍最年少エスパー兵士にして撃墜数トップ。
零式艦上戦闘機――通称『ゼロ戦』との一騎打ちは今なお語り草になっている」

ほむらはスラスラとそんなことをしゃべりはじめた。

「へぇ、中々詳しいみたいだね」

白髪の男は少し驚いた顔をした。

「多少なりとも軍事に興味のある人間なら、あなたのことは誰でも知っているわ。
兵部京介中尉……いえ、二階級特進で少佐かしら?」

(軍オタか……)

(ミリオタだな……)

ほむらはなんとなく、自分の台詞で白い目線が集まったような気がした。

その様子に、白髪の男――兵部京介はクスリと笑ってみせる。

「それじゃあ、これも知っているかな」

兵部は前髪をかき上げて見せた。

その額には、丸い銃痕がくっきりと残っている。

今なお生々しさを失わないその傷跡を見ても、
ほむらは年齢不相応に落ち着きを崩さない。

「あなたは日本の全面降伏の間際、上官によって粛清されかけ銃撃された。
しかし、逆襲してその上官含め、当時の日本軍超能部隊関係者を多数殺害。
そのまま行方をくらませた……」

「ご名答、日本のマスメディアには緘口令が敷かれているのに
よく知っているもんだ」

自分の犯罪を口にされても、兵部もまた涼しい顔を崩さなかった。

「いまどき、ググればそのぐらいの情報誰でも手に入れられるわ。
それより、どうして私をこんなところに連れてきたのかしら?
私はエスパーとノーマルの争いなんかに興味はないわよ」

ほむらも対抗して、その態度を崩さないようにつとめた。

「知識があるだけじゃなく、中々の意地っ張りでもあるようだね」

その兵部の微笑みは、彼の本来の歳相応の姿であれば好々爺にも見えたであろう。

しかし学ラン姿でまるで少年のような彼の容姿では、まるでバカにされているように
思えて、ほむらは少し腹が立った。

「実はボクたちの敵にキミと同じ『魔法少女』がいると分かってね。
キミにとっても放っておけない話だろ?」

兵部の口から『魔法少女』という言葉が出てきたことは、確かにほむらにとっても
放っておけることではなかった。

「……どこまで知っているの?」

「ふむ、魔法少女のテレパスはあまり深く心をのぞくことはできないみたいだね」

ニヤニヤとして、兵部は言う。

ただで情報を与えてしまったことに、ほむらは小さく舌打ちをする。

だが、その程度のことが情報になるということは『パンドラ』は魔法少女に関して
大した情報を持っていないということだ。

ほむらは小さな安心を抱いた。

「少佐、いい加減本題に入りましょう」

ほむらがそんなことを真剣に考えていると、長髪長身でヒゲの生えた男が
兵部をたしなめた。

「ああ、そうだった。――すまない、別に腹の探りあいをするつもりは
なかったんだ。キミの反応が面白くてついね」

あまり謝っているように見えない態度で謝った後、兵部は手近に居たポニーテールの
少女を手招きで呼び寄せた。

ポニーテールの少女はテレポートで兵部のすぐ近くに現れる。

「この子の名前はカズラ、テレポートとサイコメトリーを併せ持つ合成能力者だ。
カズラが『ブラック・ファントム』に洗脳された手先に接触したところ、
その洗脳された者が魔法少女だと分かった」

「まー、もっとも、取り逃がしちゃったんだけどね」

サイドテールのカズラはペロリと舌を出した。

「『ブラック・ファントム』はエスパーを洗脳して犯罪に利用し、邪魔になったら
自殺させる組織だ。魔法少女も同じ目にあっているとすれば、許せることではない」

ずっと人を小ばかにしたようなニヤケ面をしていた兵部の表情が、このときだけは
真顔になった。

(……犯罪組織のリーダーが、何を青臭いことを言っているの?)

数え切れないほど、この一ヶ月を繰り返してきたのだ。

ほむらは知っている。

『ブラック・ファントム』のような犯罪組織を知っていて、見逃している大人が
山ほどいることを。

取り締まる側であるべき人間が多く、その悪事に加担していることを。

それを知っているほむらには兵部の言葉はあまりにも浮世離れして思えた。

「……悪いけど、興味ないわ。『ブラック・ファントム』がどうだろうと、
魔法少女の運命は大して変わらないわ。洗脳されて自殺した方がまだマシかもね」

自嘲気味にそう言って微笑み、ほむらはその場を後にしようと兵部に背を向けた。

しかし、兵部はすぐにテレポートしてほむらの目の前に現れる。

「それが本当なら、なおさらキミをこのまま行かせるわけにはいかない」

「え?」

兵部の行動に、ほむらは思わず、素になって戸惑う。

「わ、私の言った意味を分からないの? 余計なことに巻き込まれたくなければ
放っておいてと言っているのよ」

「余計なことじゃないさ……洗脳されて自殺した方がマシだと思えるような何かを
キミは抱え込んでいるんだろう? キミのような子供にそんなものを背負わせる
ヤツをボクは許せない」

「……は?」

いまどきアニメの中のヒーローでも言わないような臭い台詞に、
ほむらはどうすべきか分からなかった。

「あーあ、出たよこのロリコンジジイ」

ボサボサの髪をした青年がヤジを飛ばす。

「ほう?」

兵部が彼をにらむと、青年は慌てて横を指差す。

「って、真木さんが言ってました!」

「じゃかしい、言ってねえ!」

真木と呼ばれたヒゲの男は必死で否定する。

その様子を眺めていて、つい無意識にほむらの口から「クスッ」という
小さな音が漏れた。

「あっ」

そんなつもりは無かったのに、つい『パンドラ』に気を許してしまったような
態度をとった自分に慌て、ほむらはとっさに澄ました顔を作ろうとした。

「いや、それでいいんだキミは。 何かを諦めた様なさっきまでの顔よりも
歳相応に笑うキミの方が何倍も美しい」

兵部はそんな台詞を真顔のまま言ってみせる。

崩れたところに追撃をされて、もうほむらは澄ました態度という陣形を
維持できなかった。

「は、八十代のおじいちゃんが何言ってるのよ!」

必死に言い返すその顔はほのかに紅潮していた。

「よし、もう決まりだな」

そんなほむらに、金髪シニヨンの少女・澪がテレポートで近づく。

「え、何が?」

「艦内の案内してやんよ、『新入り』!」

強気な笑顔で、澪はほむらの質問に答えた。

「ちょっと、私はまだ何も……」

「いいじゃん、どうせあんたコメリカ軍に追われてんだから、かくまえるトコは
ウチぐらいしかないよ」

「だからって、勝手にあなたたちの仲間に――」

ゴチャゴチャ言い合いしながら、澪はほむらをテレポートで連れ去った。


---------------


「えー、すごい! ティムくん劇場配布のねんどチルチル持ってるんだ!」

「うん、本当は全部集めたかったんだけど、バイオレットしか出なくて――」

まどかとティムは目を輝かせて少女アニメのトークに花を咲かせている。

「うーん、やっぱりあたしはゴッドロボはトリプルXが――」

「まさか、それほどの猛者だったとは……」

一方、さやかとバレットはロボアニメのトークだった。

そんな四人の目の前に、とつぜんヒュパッと三人の少女が現れる。

「へぇー、最近あんたらええ気になっとる思うたらこういうことか?」

その一人、葵はメガネの位置を直しながら四人を凝視した。

「ふぅん、バレットとティムのくせに」

紫穂は横目で見ながら含み笑いをした。

「こんな可愛い子たちを独占とかずるいっ!」

そして、薫は憤慨する。

「いえ、決していい気になってなどは――」

「あ、あくまで護衛の任務だから」

バレットとティムは冷や汗を流しながら弁解を始める。

その言葉を聞いて、まどかが少し悲しそうな顔をした。

「え……あんなに楽しくお話してたのに、ただの任務だったんだ」

「そ、そういう意味じゃないよ!」

思いもよらない方向からの攻撃に、ティムはなおさらあわてた。

「てゆーか、あんたたち誰?」

混乱しそうな事態の中、さやかはあえて素で質問する。

「あたし、明石薫、サイコキノ」

「ウチは野上葵、テレポーターや」

「私は三宮紫穂、サイコメトラーよ」

三人の少女はあくまで簡潔に自己紹介した。

「ここにいるって事は、この子たちバベルのエスパーだよね?
レベル高そうだし、もしかして特務エスパー?」

さやかは横に居るバレットに聞く。

「はい。もともと俺たちは彼女達の護衛だったのですが、前の事件を受けて
あなたたちの護衛に回されたのです」

バレットはさっきまでとは変わって目上に対するような言葉遣いになる。

「ああ、それで」

さやかはこの三人の少女たちが絡んできた理由に納得がいった。

「あたしは美樹さやか、能力未定」

さやかはそんな言い方をしておどけてみせた。

「あ、私は鹿目まどかっていうの。えーと、私も能力未定……かな?」

まどかも三人の少女達に対して自己紹介をする。

「ええ。よろしくね」

そう言って紫穂が差し出した右手を、まどかは何の疑いも無く握った。

「「「あっ」」」

何人かの声が重なる。

「まどかちゃん、紫穂さんはサイコメトラーだよ?」

ティムが恐る恐るそう言った。

「え!? あっ」

言われて初めて、まどかはサイコメトラーともろに接触してしまったことに気付く。

「ひ、ひどいよそんな騙まし討ち」

そして涙ぐんだ。

(萌えキャラやな)

(なにこの子、萌える)

葵と薫はなごやかな表情でそんなまどかを見守る。

しかし、紫穂だけは唖然としていた。

(うそ? 私が何も読めなかった?)

しっかりと手を握ったはずなのに、最高のレベル7であるはずの紫穂に何も
読み取れなかったのだ。

たとえ、相手が蕾見不二子管理官やパンドラの兵部京介でも紫穂に対して
ここまで完璧に情報を隠すことはできないだろう。

何かがおかしい、そう思った紫穂はさやかに触れようとした。

「おっと」

しかしすばやく、さやかは後ずさって紫穂の手を避ける。

「ちょっと、なんで逃げるのよ?」

「心読まれたりしたくないから」

紫穂の問いに、さやかはきっぱりとそう答えた。

「ふぅん、知られたくない何かがあるのね?」

紫穂は、はじめはただ自分の超能力が正常に働いているかどうか確かめるだけの
つもりだったが、さやかの態度にますますサイコメトリーしたくなった。

「えいっ」

紫穂は思いっきり手を伸ばす。

しかしさやかは軽快にかわした。

「いさぎよく、触られなさいよ」

「嫌だ」

そうして紫穂とさやかは追いかけっこをはじめた。

さやかの運動能力は悪くないようで、中々つかまらない。

「こんだけ堂々と逃げるヤツも珍しいな」

「半端な気遣いされるよりはかえっていいかもね」

その追いかけっこをながめながら、葵と薫はつぶやいた。

「紫穂、葵、薫、そんなトコで遊んでないで行くぞ!」

そこに皆本の声がかかる。

「ハーイ」

三人はヒュパッと消えたかと思うとすぐに皆本のそばに現れた。

「おおっ、また全員一気にテレポートだ。 あの子たちかなり
レベル高いんじゃないの?」

さやかが少し驚いたように言った。

「高いも何も、彼女たちは全員レベル7ですよ」

バレットが答える。

「え……っていうことは、あの子たちが『ザ・チルドレン』?」

まどかも驚く。バベルに入ったからには最高のレベル7の三人で構成される
最強チーム『ザ・チルドレン』のことも聞かされていたのだ。

「コードネーム通り、ホントに子供……っていうかあたしたちと同じぐらいなんだ」

「ちょっと上ぐらいかな?」

そんな会話をするさやかとまどかにティムが答えた。

「いや、『ザ・チルドレン』は全員中1だから、まどかちゃんやさやかちゃんより
一個下だよ」

「え!? ひとつ下?」

まどかはその事実にショックを受けた。

『ザ・チルドレン』の三人は全員背丈はそこそこあるし、
一名を除いて胸も大人並で、高校生と言っても通用しそうな発育の良さである。

それに対してひとつ上であるはずのまどかは背は低く、胸も小さく
小学生と言っても通用しそうな体格だった。

以前、さやかの思いつきで小学生料金で映画館に入ったこともあったが
まったく気付かれなかったほどだ。

落ち込んでうつむくまどかにさやかはやさしく肩に手を添える。

「いや、まどかどののようなタイプもそれはそれで需要が――」

「むしろその体はステータスだ!」

バレットとティムはダメな慰め方をする。

「あんたたち、そんなこと言ってるからフラグ立たないのよ」

とりあえずさやかはツッコンでおいた。


---------------


「魔力変動確認! 葵、テレポートだ」

「了解や!」

皆本が指示を出すと、葵は自分と薫・紫穂・皆本まとめて魔女の結界の中へと
テレポートした。

今までのところ、自由に結界の中に出入りできるのは魔法少女であるマミを除けば
葵だけだった。

葵が難無くやってのけるので初めは分からなかったが、高レベルのテレポーターでも
普通は魔女の結界に出入りできない。

オールマイティーな不二子のようなタイプだけでなく、純粋なテレポーターでも
葵以外には無理だった。

つまり、唯一の例外である葵を除いて魔女を倒しに行けるのは魔法少女しかいない。


(魔女対策を万全にするには魔法少女を組織化するか、魔法の科学的解明をより
進めるかしかない)

それらはどちらにしても時間も予算も食う大きな仕事だった。

今回の魔女の結界の中は青空の中に浮いているような空間だった。

わざわざご丁寧に足場を用意してくれているのか、あちこちにロープが張られていて
そこになぜかセーラー服がつるされている。

もっとも、宙に浮くことができる『ザ・チルドレン』にとっては足場は必要ない。

「うっわー、ブルセラ好きにはたまらないトコだね」

大量のセーラー服に反応し、薫はやや上気した顔で皆本に同意を求めた。

「いや、しらんがな。 それより油断するな」

皆本の言葉にタイミングを合わせるように、どこからともなく椅子や机が
飛んで来た。

「わっと、あぶなっ!」

薫はサイキックでその全てを払いのける。

「……わかったわ! 魔女の本体はあっちよ!」

その間に、手近なロープに触れて情報を読み取っていた紫穂が言った。

「おっしゃ、そこまで飛ぶで!」

葵のテレポートで一気に距離をつめ――

「サイキック・イノケンティウス(魔女狩りの王)!」

薫の渾身の攻撃で、魔女は見事にその胴体をくりぬかれた。

すると魔女の体と結界が同時に崩れ去り、あっという間に普通の空間に戻る。

(こうしてあっさり魔女に勝てたのはあくまでこの3人だったからだ。
たとえ葵の他に結界に入れるテレポーターがいたとしても、
純粋高レベルのテレポーターでは魔女を倒すだけの攻撃手段が無い。
逆に高レベルサイコキノだけではこっちから魔女に干渉できない)

基本的に、魔女には魔法少女以外は関われないつくりになっているようだ。

そして、魔法少女の性能はまさに魔女退治のために作られたと思える。

しかし、皆本の頭の中には妙なしこりが残った。

魔女によって強さや能力が違うらしいが魔法少女の性能は一般的な魔女をやっと
倒せるぐらいでしかない。

まるで娯楽のためにつくられたビデオゲームのように計算されたバランス。

そこが皆本にはどうにも不自然に思われた。

「『グリーフシード』はあっちよ!」

地面に触れて、紫穂が見つけた。

「回収っと」

その『グリーフシード』を葵が手元にテレポートさせる。

「これ持って帰ったらマミさんも喜ぶね」

そう言って薫が見つめるその物体は、工芸品のような意匠をこらしたデザインをした
数センチの小さなものだった。

巴マミの説明では、この『グリーフシード』を使って魔法少女は魔法を使うための
エネルギーを回復するという。

(つまり、魔法少女であるためには戦い続けなければならないことになる……
魔法少女を『作る』存在はそんな休息が許されないシステムで戦わせているのか?)

そうだとすれば、かなりひどい搾取だと皆本は思った。

町の人々を魔女の手から守りたければ、魔法少女は戦い続けるしかないのだ。

それも、続けていくための見返りが何もないにもかかわらず。

仮にも人々の命を守るための仕事ならばもっとまともな待遇があるはずだ。

そしてその搾取をもたらしている存在、魔法少女を作る者は透視にも予知にも
映らない。

(透視や予知を妨害しているのか? 世界全体に対してそんなことが出来ると
すれば、エスパーに換算すればレベル7の基準をもはるかに上回っている)

そんな脅威の存在が、なぜこんな回りくどいことをするのか。

皆本には理解しかねた。


---------------


「えー!? また予知システムにトラブル?」

怪訝な顔で、不二子は言った。

彼女はまだ傷のいえない肩を包帯で覆っている。

「ええ。どうやら予知部のエスパーにテレパスに目覚めかけている者がいるようデ、
その影響で予知にノイズがはいってしまうようでス」

冷や汗を流しながら、バベル局長・桐壺が説明をした。

「それじゃ、いったんその子を外せば解決じゃない」

その程度の問題に何を手間取っているのかとでも言いたげに、不二子は頬を
膨らませた。

「それガ、少し気になる点がありまシテ――」

桐壺はリモコンのボタンを押してモニターを再生する。

すると、モニターの中にはこの世のものとは思えない光景が映し出された。

空を貫くような巨大な樹木のような何かが、ありとあらゆるものを吸い寄せ、
呑み込んでいっている映像だ。

それはつい先日、不二子が美国織莉子に見せられた予知とほとんど
同じシーンだった。

「これは……」

不二子は唖然としてその映像を眺める。

「そのテレパスに目覚めかけている予知部のエスパー・三橋姫子クンの予知デス」

桐壺の答えに不二子は言葉も無くゆっくりと首を横に振った。

これで、複数のプレコグ持ちがこのありえない未来を予測していたことになり、
まったくの荒唐無稽な予知とは言えなくなってしまったのだ。

「この予知が事実なら、『ザ・チルドレン』の未来はどうなるの!?
あの子たちが世界中のエスパーを率いて反乱するっていう7年後の予知は!」

不二子はいかつい体格の桐壺の胸元につかみかかる。

「わ、分かりませン。ただ、姫子クンの予知にはこれ以降のことは
一切でてきませン」

桐壺は不二子をおちつけるように「ドードー」のジェスチャーをする。

「『これ以降』って、この予知はいったい何時のことなのよ?
何年何月何日何分何秒っ!?」

不二子はカツアゲでもするように掴んだ襟首から桐壺を激しくゆすった。

「や、約一ヵ月後でス」

「一ヶ月ぅ!? なにそれ、もしこの予知が当たってたらこの世はあと
一ヶ月しかないワケ!? 冗談じゃないわよ!」

さらに激しく、不二子は桐壺をゆするのだった。

今回の更新はここまで

34巻の、ブカブカの軍服を上だけ着て下半身裸のショタ(ロリ?)はあまりにあざといと思う

レスありがとうございます

ああ、確かに言われてみればっ
違いとしてはエスパーのほとんどは自然発生というところでしょうか

パンドラ=聖カンナだとしたら……まさか、ブラックファントム=プレアデス聖団!?

ユウギリやクローンたちには感情移入しそうですね>カンナ

洗脳自体は海香でもできそうですが、ブラックファントムぐらいに大規模となると専門家が必要かもしれませんね

というわけで続きアップします

「テテテテーテーテーテッテテー♪」

リズムよく、さやかは口ずさんだ。

「さやかちゃんはサイキック・レベル3を覚えた」

「わー、すごーい!」

まどかはさやかに拍手を送る。

「って言ってもレベル3かぁ。実はレベル5でしたーみたいな展開を
期待してたのに」

さやかはそう言って超能力診断結果の書かれた紙を複雑な表情で眺めた。

「サイコキノはエスパーの中でもメジャーな方だしねぇ」

まどかはさやかの言葉にうなずいた。

レアスキルならまだしも、わりとよくある能力でレベル3。

これではせっかくエスパーになったのにそれほど重宝されそうにない。

「なに、落ち込むことはないよ。むしろはじめからレベル3もあれば十分さ。
ウチのエスパーにだって後からレベルが上がった人も多いんだ」

皆本は明るい顔でさやかをさとす。

「それで、レベル3ってどのくらいのことができるの?」

なんにせよ、友人がエスパーに目覚めたということにテンションの上がっている
まどかが聞いた。

「それじゃあせっかくだし、さやかちゃん、何かやってみせて」

皆本がそう指示を出すと、さやかはこくりとうなずいた。

そして、右手を前に出して広げ、左手でその手首を支える。

そうやって念動力を一ヶ所に集中させているのだ。

「サイキック・チンカラホイッ!」

さやかは叫んだ。

それと同時に、激しい上昇気流が起こり――

その気流はまどかのスカートを思いっきりたくし上げた。

「きゃああああああっ!」

まどかの悲鳴があがる。

「ふむ、今日は清楚な白か」

満足げに、さやかはつぶやいた。

「ちょ、なにやってんだ」

皆本は慌てて言った。

「あー、いや、あたしとまどかの間ではこのぐらい日常茶飯事だから」

「でもひどいよ、皆本さんのいる前で」

さやかに対して、まどかは泣きながら笑うような顔をして抗議した。

「えーと、ここではセクハラ厳禁で」

皆本は軽く咳払いをして気を取り直した。

「今後、さやかちゃんが希望するならバベルでの能力開発を継続し、
正式に特務エスパー候補生になることも可能だ。
ただし、特務エスパーになるのは純粋なサイコキノだとレベル5は必要だ。
レベルを2つ上げるということは簡単でないことはわかっていてほしい」

「はいっ!」

皆本の説明に、さやかは大きく威勢のいい返事をした。

「あ、あのー、私は?」

まどかが不安げにたずねる。

「まどかちゃんも焦る必要は無い。きっと超能力の資質が高い分、使えるように
なるのにも時間がかかるんだよ」

「……はい」

まどかはさやかとはうってかわってしょんぼりして答えた。

透視テストや予知テストなどの超感覚検査も、念動やテレポートのテストも
何をしても一向にまどかの超能力は発動しなかった。

見滝原から東京に出てきて何の成果もなしではまどかが落ち込むのも無理はない。

(しかし、計測される数値は異常なまでの資質を示しているのに何の影響も
与えないなんてことがありうるのか?)

皆本はまどかに対してはそんな疑念をずっと抱いていた。

「あら、その子達ね。見滝原から来た特務エスパー候補っていうのは」

そこに、金髪縦ロールの髪をした少女が入ってきた。

「ああ、マミちゃんどうしたんだい?」

皆本はその少女の方を振り向く。

「皆本さんが最近ずっとお忙しいようですから、差し入れを持ってきたんです」

そう言ってマミと呼ばれた少女は紙袋を手渡した。

皆本がそれを開けると、中にはラッピングされたパウンドケーキが入っていた。

「ありがとう。……でも、ちょっと量が多くないかな?」

皆本はまるまる一本のパウンドケーキを平らげるほど甘党でも食いしん坊でもない。

「いえ、『ザ・チルドレン』への差し入れも兼ねてです。
皆本さんが家事を出来ない間、あの子たちも大変でしょうから」

マミはにっこりと柔和な笑みを浮かべる。

「ああ、それはすごく助かるよ」

皆本も思わぬ気の利かせ方に少し感激したようだった。

「うっわー、女子力たかいなー」

その様子を眺めていたさやかがつぶやいた。

「特務エスパーさんだよね?」

マミの着ている服がバベルの特務エスパーの制服だと気が付いたまどかが言う。

「ええ。私もあなたたちと同じ見滝原出身で、一応特務エスパーってことに
なっているの」

マミはさやかとまどかに向かってもその笑顔を向けた。

「へぇー、見滝原から特務エスパーが出てたんだ」

「でも、『一応』ってどういうこと?」

さやかとまどかの質問には皆本が答えた。

「マミちゃんにはつい最近特務エスパーになってもらったんだけど、
本当はエスパーじゃなくて……『魔法少女』なんだ」

「え?」

「は?」

その言葉に、まどかとさやかは一瞬、唖然とする。

「ってことは、魔法少女なんてものが実在するってこと?
コスプレ好きの高レベルエスパーとかじゃなくて」

「じゃあ、じゃあ、チルチルやプリギュアもホントにいるの!?」

歳相応の少女らしく、二人はくいつく。

「チルチルやプリギュアが実在するかどうかは分からないけど、マミちゃんは
普通のエスパーとは明らかに異なる。だからその『魔法少女』について科学的に
調べるために協力してもらっているんだ」

皆本がそう説明し、マミはうなずいた。

つまり、本人が『魔法少女』であることを肯定しているのだ。

「ちなみに、『ぜったい!チルチル』はイターシャ派よ」

さらにマミは付け足した。

「本物の魔法少女も見てるんだ!?」

「イターシャ派とは通だね」

まどかとさやかの二人、特にまどかのテンションはかなり上がっているようだ。

(これで見滝原に帰るとか言い出すことはないだろう)

皆本はまどかをバベルにつなぎとめるために、『魔法少女』についてバラしたのだ。

そしてその思惑通りにまどかが乗っかってきてくれたことにホッとした。

そのとき、皆本の携帯がけたたましい音を立てて鳴り響いた。

「――これは! 確率変動値7の災害予知だ!」

その言葉に、マミの表情にも緊張が走る。

まどかとさやかは何が起きたのか分からずキョトンとしていた。

「マミちゃん、すぐ出るぞ」

「はい、皆本さん」

そう言って皆本とマミは、まどかとさやかを置き去りに走っていった。


---------------


「むー……」

千歳ゆまは、慎重にブロックを引き抜いた。

ブロックは完全に抜けるその直前でひっかかり、脆弱な構造のタワーを
大きく揺らした。

そして今度はそのブロックを上に積み上げる。

またタワーは大きく揺れるもののかろうじて崩れない。

「では、こうデス」

一方、ナイはごく自然な動作でブロックを引き抜き、それを上に積み重ねた。

まるで無造作と言ってもいい動きにもかかわらず、ジェンガはほとんど
揺れもしなかった。

「……本当に見えてないの?」

いかにも疑わしいといった目でゆまはナイを凝視した。

「見えてないデス」

両目をバンダナで覆ったナイの表情はわからない。

それでもゆまにはなんとなく、ナイが嘘をついていないということが分かった。

そして、ナイにはゆまにはない感覚があることも感じ取れた。

「むー、なんかズルい」

ゆまは頬を膨らませる。

「そんなこと言って、ゆまだってババ抜きでは負けなしでしょう?」

そこに悠理が入ってきて、すねたゆまをたしなめた。

「でもジェンガは勝てないもん」

だがゆまは納得いかないようだ。

「わ、わかりました。次はもっと手を抜きマス」

ナイがそう言うと、ゆまはブンブンと首を横に振った。

「それじゃ意味がないもん!」

そう言って、ゆまはさらにすねる。

その我の強さに、悠理は思わず「フフッ」と笑いをこぼした。

あくまで正々堂々と戦って勝ちたいというこだわりを、ゆまはその微弱な
テレパシーにのせて送ってくる。

おそらく本人は自覚すらないのだろう。

レベル1ぐらいのエスパーとはそんなものだ。

しかしそんな微弱なテレパシーでも、真剣な思いを心の中に直接送られてくると
どうにも「ノー」とは言いづらかった。

「そうね、ナイ、本気でやらないと相手に失礼よ」

「わかりまシタ」

悠理の言葉にナイはうなずいた。

そして再び、ゆまとナイはジェンガの勝負に戻った。

そんな折、今度はハンゾーが入ってきた。

「ユーリ様、確率変動値7の災害が予知されました」

ハンゾーの言葉に、悠理の表情が固まる。

そしてすぐに悠理の髪は鮮やかなブロンドに変わった。

「……シゴト、なの?」

不安げな表情で、ゆまがたずねた。

「ええ。悪いけど、お留守番をお願いね……ハンゾーも一緒に残りなさい。
ナイは私と一緒に出るわよ」

ユーリはテキパキと指示を出す。

そんなユーリを、ゆまはじっと見据えた。

ゆまは自覚すらも無く、その思いをテレパシーに乗せて送ってくる。

置いていかれる事の寂しさ、役立たずと思われることへの不安、
愛玩動物のように扱われることへの嘆きと苛立ち。

実際にゆまを愛玩動物として扱っていることを否定しきれないユーリの心苦しさも
きっとゆま本人に伝わってしまっているだろう。

しかしそれでも、こればかりはゆまの思うとおりに連れて行くことはできなかった。

ただの小学生低学年、エスパーとしてもレベル1程度、そんなものをレベル7の
エスパーとの戦いに連れて行けるわけがない。

「いいわね、ゆま、あなたはお留守番よ」

それだけを言い捨てて、ユーリはナイを連れて外に出た。


---------------


液化ガス貯蔵施設の周辺は、バベルによって包囲されていた。

ユーリは当たり前のように、バベルの車両の前を通って施設内に入っていく。

(特務エスパーに活動させるためにECMを作動させていないわね。好都合だわ)

レベル7のヒュプノであるユーリにとってはあまり意味のない警備だった。

念のためにヘルメットをかぶって外見で素性がばれることがないようにはしているが
悠々と、逃げも隠れもせずにあるいていく。

その足元を一匹の黒い仔猫がついてくる。

(ここで予知されている災害を防ぐために『ザ・チルドレン』がやってくる。
私はナイを使って、『トリプルブースト』のデータを手に入れる)

ユーリは今日の予定をまた、頭の中で反復した。

『トリプルブースト』とは『ザ・チルドレン』の三人による超能力の合成のことだ。

それをすることによって威力の上乗せや、三人のどれとも違う能力を発揮すること
がある。

場合によっては高レベルのヒュプノによる洗脳すら解除してしまう。

洗脳したエスパーを殺し屋として使う『ブラック・ファントム』にとっては
天敵のような存在かもしれない。

だがそれ以上に、ユーリには気にかかることがあった。

(ナイは洗脳が解けたら頭に埋め込まれた爆弾が爆発してしまう……)

つまり、ナイに『トリプルブースト』を食らわせてデータを得るということは
ナイを死なせることとほぼ同じ意味だ。

そして、それこそが今回のユーリの任務である。

(同情しても何の意味も無いわ。私は『ブラック・ファントム』の娘。
それに、今までも十分すぎるぐらいこの手を汚してきたじゃない)

ユーリは必死で自分に言い聞かせた。

そんなユーリの脳裏を、ゆまの顔がよぎる。

ゆまはきっと、ナイがいなくなれば残念がるだろう。

レベル7のヒュプノであるユーリが本気を出せば、ゆまに
『ナイなんて子は初めから居なかった』と思わせることはたやすい。

ゆまを笑顔にすることぐらい簡単だ。

だが、それで本当にいいのか。

「ユーリ様!」

突然のナイの叫びで、ユーリは思考から現実に引き戻された。

気付けばすぐ目の前を、黄色いリボンが触手のように伸びてユーリに
向かってきていた。

「なに、この攻撃は? ナイっ!」

ユーリはきわどくリボンをよけるとナイに指示を出した。

ナイは長い鉤爪を使って、リボンを切断する。

(この攻撃は『ザ・チルドレン』じゃないわ……なぜ?)

確率変動値7の予知というものは、レベル7以上のエスパーでなければ覆せない。

日本にはレベル7のエスパーは『ザ・チルドレン』しかいない。

だから、今回は絶対に『ザ・チルドレン』が出てくるはずなのだ。

しかしそれならなぜ全く違うエスパーから攻撃されるのか。

と、そんなことを考えている間にも、今度は黄色い光の玉のようなものが
すさまじい速さで飛んで来た。

ユーリはヒュプノで自分の位置がずれて見えるようにしていたため避けなくても
当たらないが、まったく予想外の攻撃にユーリは戸惑う。

「ナイ、テレポートで敵のエスパーがどういう者か見てきなさい」

「はい!」

ナイはユーリの指示に従い、影にまぎれて姿を消した。

ナイのテレポートは影から影だけの移動で、しかも自分ひとり限定だ。

ユーリは一緒に行けない。

ユーリは走って姿を隠そうとした。

が、その逃げていく方向にスーツ姿のメガネの優男が見えた。

(――あれは、『ザ・チルドレン』の指揮官のミナモト!)

「ここにいたか、『ファントム・ドーター』!」

皆本もユーリに気付き、すばやく銃を構える。

しかし、ユーリの方がすばやかった。

ユーリが右手をかざすと、そこから無数の鎖が飛び出てきた。

「しまっ――」

なすすべもなく、皆本は鎖に拘束される。

もちろん、ヒュプノであるユーリに実際に鎖を動かして人を拘束する能力はない。

あくまでヒュプノによって作り出された偽のイメージである。

当然、皆本もそれは分かっているが、それでもその幻覚の鎖を破ることは
出来なかった。

「ちょうど良かったわ。 ひとつ聞きたいんだけど、
今日は『ザ・チルドレン』は出ていないのかしら?」

ユーリは皆本に銃を突きつけてたずねる。

「……ここにはいない」

皆本はやむなく答えた。

「でも、今回は『確率変動値7』なんでしょう?
レベル7の『ザ・チルドレン』がいなければ予知を防げないはずよ」

「――っ!? そんな情報まで得ているのか?」

ユーリの言葉に、皆本は驚く。

が、ユーリは無駄口を叩くなといわんばかりに皆本のこめかみに銃口を押し付けた。

「質問にだけ答えなさい」

ユーリは冷淡にそう言い放つ。

(……こいつ、前と雰囲気が違うような)

そんなことを思いながらも皆本は口には出さなかった。

おそらくレベル7クラスである『ファントム・ドーター』のヒュプノなら
幻覚だけでも人を殺せてしまうだろう。

たとえ今押し付けられている銃が幻覚だとわかっていても従わざるを得なかった。

「お前が『ザ・チルドレン』を狙っているようだから今回は外した。
『レベル7相当』の別の特務エスパーが出動している」

そう答えると、ヘルメット越しの『ファントム・ドーター』の顔が少し笑顔に
なったように皆本には見えた。

「レベル7『相当』? まあいいわ……それならここにいる意味が無いから
私は撤退するわ」

そうして、ユーリが立ち去ろうとしたときだった。

「待ちなさい!」

聞きなれない少女の声で、ユーリは呼び止められる。

「凶悪エスパー犯罪者『ファントム・ドーター』、逃がすと思って?」

ユーリが振り向くと、黄色い髪、黄色い衣装の少女が、ふるめかしいマスケット銃を
構えて立っていた。

「この子がレベル7相当?」

ユーリはすこし首を傾げてみせる。

「マミちゃん、敵はヒュプノ使いだ! 敵のペースに乗せられるな!」

捕まりながらも、皆本は黄色い少女に指示を出した。

「まあ何でもいいわ。人質をとられているのは分かるでしょう?
それに、私は今日はこれ以上あなたたちの仕事の邪魔をするつもりもない。
この辺で手打ちにできないかしら?」

ユーリの言葉に対し、マミと呼ばれた黄色い少女はきっぱりと首を横に振った。

「悪いけど、泥棒に待てといわれて待つおまわりさんはいないのよ」

そう言うと、マミは待ったなしで発砲してきた。

(!? ずいぶんと無茶な子ね)

まさか、公的機関であるバベルの特務エスパーが警告もなしに発砲するとは
さすがにユーリも思わなかった。

だが、ヒュプノ使いにまともに銃弾があたるはずなどない。

マミの撃った何発かの弾はすべて外れた。

そして、ユーリは逃げようと後ろを向いて走り出した。

しかし――

「今だ!」

「はいっ!」

皆本が叫ぶと同時に、マミの撃った外れ弾からにょろにょろと黄色い触手のような
リボンが伸びてきた。

それはユーリを取り囲み、避ける隙間すらなく襲いかかってユーリを捕縛した。

「どんなに能力が高くてもヒュプノは催眠・幻覚でしかない。
こうして完全に包囲すれば確実に捕らえられる」

皆本は自分もまだ鎖に捕まった状態ながらも余裕の態度でそう言った。

「『ファントム・ドーター』、あなたを逮捕します」

マミは手錠をもって黄色いリボンでグルグル巻きになったユーリに近づく。

「ナイっ!」

そのとき、ユーリが叫んだ。

「ハイッ」

そして、いきなりマミの帽子の中から鉤爪が伸びてきた。

「きゃぁっ!!」

マミはあわてて自分の帽子を手に取った。

その帽子に出来た影の部分から、幼い少女の顔と腕がニュッと伸びてきている。

「ええっ!? 何これ?」

とりあえず、その幼い少女が敵であることは間違いなさそうだ。

マミは、自分の帽子を放り投げた。

幼い少女ことナイはマミを攻撃しようと腕を伸ばすがそれより先に、
帽子は遠くまで飛ばされてしまった。

「……あ……れ?」

すると、なぜか攻撃を受けていないマミがクラクラとして、バタリと倒れた。

「マミちゃん!?」

「えっ?」

「……?」

敵も味方も、いきなりマミが倒れた理由が分からず一瞬呆気にとられる。

「に、逃げるわよ、ナイ!」

ユーリはすぐに気を取り直してナイを連れて逃げ出した。

皆本はユーリを追うよりも先に、マミの状態確認を優先して駆け寄った。

「どうした、しっかりするんだ!」

皆本が呼びかけるが、マミは全く反応しない。

すぐに皆本はマミの脈を測る。

ほとんど動いていないように思える。

次に呼吸を確認する。

呼吸音が聞こえない。

悪いと思いながらも胸に耳を当て、心音をさぐる。

しかしその音すら聞こえない。

「そ、そんな……死んでるじゃないか……」

皆本は呆然と立ち尽くした。

以上で今回のアップは完了です

生存報告

ちょっと本業が立て込んでて執筆が遅れておりますが生きています

マミが目を覚ましたのは救急車の中だった。

皆本は呼吸も脈拍も停止し死亡したと思われた巴マミと、
『遺品』のアクセサリーを一緒の車に乗せた。

その次の瞬間、マミは何事も無かったかのように伸びをして目を覚ました。

「え? な、な、なんで生きてんだ!?」

エスパードクターの賢木が驚いている。

「ここは……救急車ということは私、負けちゃったんですか?
どういう攻撃を受けたのかも分からなかった……」

気落ちした様子を見せるマミだが、賢木はそれどころじゃないといった慌てようだ。

「あ、ありえん! 何がどうなってんだ!?」

「賢木、お前医者だろ! どうにかしろ!」

皆本も同様にあせる。

「皆本さん、賢木先生、どうしたんですか?」

かわいらしく首をかしげるマミに、皆本と賢木はブンブンと首を横に振った。


---------------


「もっと早くにこうするべきでした」

そんなことを言う皆本の目の前には二つの小さな工芸品が並べられている。

ひとつは黄金色に輝くソウルジェム、もうひとつは灰色のグリーフシード。

「ソウルジェム取り上げて、マミちゃんの方には問題ないの?」

蕾見不二子が問う。

「宿直室の巴マミはぐっすりとお休みです。呼吸も脈拍も異常なし。
この距離ならソウルジェムの機能は問題無いようだ」

賢木が答えた。

「ソウルジェムもグリーフシードもレアメタル結晶のように思念を保存する性質を
持ちます。そして『魔法少女』はソウルジェムにある思念からテレパシーで連絡を
とって人間の体を動かしている……」

皆本が見解を述べると、不二子が顔をしかめた。

「ちょっと待って、レアメタルに思念を保存することはできてもそれはあくまで
残留思念よ。生きた人間をそのままこんなモノの中に押し込めることはできないわ」

「考え方しだいでは、現存するのは巴マミの残留思念のみで本物はもう死んでいる
とも言えます」

皆本がそう説明すると賢木もうなずいた。

「医学的見地から言えば巴マミの肉体は生存していますが、ソウルジェムから
切り離してしまえば脳死状態になる。つまり、ソウルジェムに保存されている
残留思念によって体を動かしているだけの状態です」

「なにそれ、生きた体の方は操り人形に過ぎないって事?」

不二子が再び質問すると、皆本も賢木もうなずいた。

「ただ、人形と言ってもソウルジェムに高度に適応させられています。
巴マミの脳の超能力中枢を調べたところ、通常のエスパーとは明らかに異なる
構造が見つかりました。おそらくソウルジェムとの通信に特化しているものと
おもわれます。魔法少女のテレパスはその副産物と言えるでしょう」

「……」

皆本の言葉に不二子はしばらく黙りこくる。

「ねえ、皆本くん、賢木くん。もし私達がそれだけのことをやろうと思ったら、
どれぐらい研究期間が必要かしら?」

そして出てきた不二子の問いに、皆本と賢木は顔を見合わせた。

「たぶん、オレたちの生きてるうちには無理だ」

それが、賢木の出した答えだった。

「オーケー、そっちはもう分かったわ。で、このグリーフシードっていうのは?」

「こちらも思念を保存する機能を持ち、その性質はソウルジェムと酷似して
いますが……」

皆本は賢木に続きの説明を求めて顔を向けた。

「こっちに入っている思念はまともな人格の形をしていません。サイコメトリー
してみたところ、断片的な思念しか存在を確認できなかった。しかも、見事に
みんな負の感情ばかりです」

肩をすくめて見せる賢木に、不二子はうなずいた。

「魔女が負の感情の集まりだっていうマミちゃんの説明に一致するわね。
このグリーフシードを核に集まった負の感情を元に形成されたものが魔女と
考えて間違いなさそうじゃない」

「それはそうなんですが……」

賢木は妙なためをつくった。

「何よ?」

「グリーフシードの中身は末期的な精神病患者……いわゆる廃人の精神に極めて
似ているんです。たとえば、ソウルジェムに入った誰かの精神を木っ端微塵に
破壊してしまえば、工学的にも精神医学的にもそれはグリーフシードと見分けが
付かない」

「……っ!?」

不二子は絶句した。

賢木の指摘したことが何の可能性を意味するか、分からない不二子ではなかった。

人間は魔法少女になる、そして魔法少女は魔女になるとしたら――

(人間が魔女になる!?)

美国織莉子の言っていたことにまたも裏付けができてしまったのだ。

「……今すぐ、鹿目まどかの宿舎周りの警備を強化して!
皆本くんと賢木くんは普段からまどかちゃんの様子を普段から探るように!」

不二子は即座に指示を出した。


---------------


「どうだい、九具津?」

白髪学生服の男、兵部京介はまるで機嫌でも聞くような気軽な口調でそう聞いた。

九具津と呼ばれたメガネの男は、考えるようなそぶりでメガネの位置を直した。

「ふざけています。なんなんですか、このデタラメな技術は?」

そう言って目にも留まらぬスピードでキーボードを打ち、さまざまなデータを
呼び出した。

「ほう……」

その画面を眺めて兵部はつぶやいた。

「結論から言えば、子供の脳をいじくって脳死させた挙句、残留思念を
精神記憶媒体に移していかにも生きているように偽装しています」

「虫唾のはしるクズだな……」

兵部の額の傷が、わずかにうずく。

「主に二次成長期の子供を魔法少女にするのは、おおくのエスパーはそのころに
超能力中枢が成熟するからでしょう。成熟しきった超能力中枢は改造しても新しい
使い方には対応しにくい、超能力中枢が全く形成されていない状態では使えない。
脳をソウルジェムに適応させるには未成熟の超能力中枢が必要です」

兵部は九具津の説明を黙って聞いているが、その眉間には険しい皺がよっていた。

「そして、このグリーフシードですが、物質的な構成はソウルジェムとほぼ一緒。
中身は崩壊しきった人間の精神が入っています。暁美ほむらが言っていた魔法少女が
やがて精神崩壊して魔女となるという説明と矛盾しません」

「どうしても最後には魔女になるようにできているのかい?
それとも健やかに過ごせばそのまま魔法少女として生きていけるのかい?」

九具津の説明に、兵部が質問をはさんだ。

「健やかに過ごせばそのまま生きていけるという可能性はゼロではありませんが
あまり現実的ではないでしょう。私のような人形やモノに意識を乗り移らせる
ことの出来るタイプのエスパーは体感的に理解していることですが、生身の肉体
から切り離された精神は安定しません。ましてやこんな無茶なことをしていれば
いつ発狂してもおかしくありませんよ」

「ふむ、『健全な精神は健全な肉体に宿る』ならば肉体の存在しない精神は
健全たりえないか」

兵部はふと哲学的な感想をもらす。

『健全な精神は健全な肉体に宿る』という言葉は兵部の若い頃、日本の同盟国
だったドクイツ帝国で流行ったスローガンである。

「おそらく長生きしている魔法少女たちの多くはグリーフシードからの
エネルギーで無理矢理精神を維持しているのでしょう」

「長生きってどのぐらいだ?」

「暁美ほむらによれば、魔法少女になってから一年ももてば十分長いようです。
憑依系エスパーの研究による各種データからも同様の結論が類推されます」

九具津がそう答えたとき、兵部は以外にも落ち着いた顔していた。

「クッ……フフ……」

そして笑い出す。

「……少佐?」

恐る恐る、九具津はたずねた。

「まるで、捜し求めていた恋人に会えた気分だ」

「は?」

まったく予想外の兵部の感想に、九具津は呆気にとられた。

「僕の憎しみの全てをぶつけられる相手に出会えた。
この所業をしたクソ野郎を殺せるのなら他に何もいらない」

「え、しかし少佐、ブラックファントムとの戦いは?」

九具津の問いに、兵部は鋭い目つきを向ける。

「あと回しだ。こいつだけは絶対に許さない……」

(うっわー、スゲー気分屋だこの人! わかってたけど!)

九具津はそんなことを思いながらも有無を言わせぬ兵部に恐れをなし
何もいえなかった。

---------------

「アイツ、許さないわ!」

暁美ほむらは冷静に見える外見と裏腹に、熱い怒りを吐き出した。

「まーまー、そんな怒ることかよ」

それをカズラがなだめる。

「っていうか、これ出来いいじゃん。あたしも作ってもらおうかな?」

一方、澪はなにやら人形をいじくっていた。

その人形は、前髪ぱっつん黒髪ロングの少女――つまりほむらのフィギュアだった。

「私は科学的研究だと言われたからこの身を預けたのよ。
それがどうしてあんなオモチャ作りに協力させられてるのよ!」

『今回』の世界は『今まで』と比べて超能力分野に関して特に科学が発達している。

ほむらはそこに期待を託して、可能な限り『パンドラ』の研究に協力してみたのだ。

それがどうして、自分がモデルのオタク向けフィギュアの完成になってしまうのか。

「九具津って昔っからそーいう趣味だし」

怒り冷めやらぬほむらに対し、澪は平然とそう言った。

「それにさ、あいつアレでも仕事は間違いなく出来るヤツだから。
余計な仕事もするけど」

カズラも大して問題だと思っていないらしい。

九具津の作る精巧なフィギュアがパンドラの資金源のひとつになっていることを
彼女達は知っているから自分に被害が及ばない限りは文句を言わないのだ。

「そういう問題じゃないのよ。そんなもの作られて、どんな風に使われているか
想像しただけで悪寒が走るわ」

ほむらは自らの肩を抱いてその嫌悪感をあらわした。

しかし――

「……どんな風にって、ただ飾ってるだけじゃん」

いったい何を言っているのか分からないといった様子で澪は言った。

「せいぜい着せ替えとか? ちっちゃい子のお人形遊びと変わんないよね」

カズラはいかにも、男は幼稚だとでもいいたげに笑ってみせる。

(えっ!? なにこれ? 本気で言ってんの?)

ほむらは澪とカズラの目を見てみるが、あくまで素だった。

(パンドラの性教育に問題ありね。 ……それとも私が余計なことを
知っちゃてるのかしら)

ほむらは迷った末、

「だ、だから、大の大人が小さい女の子みたいなマネしてるのが気持ち
悪いって言ってるのよ」

適当にごまかした。


---------------


『ソレ』は平然とバベル本部のロビーを通っていった。

「あれ、今何か見えたような?」

受付のエスパーがふと何かに感づく。

「奈津子、それホント?」

隣にいたもう一人の受付嬢エスパーは神経を研ぎ澄ませてみる。

「……何も感じないわよ?」

「そうね、やっぱり何も見えないわ。ごめん、ほたる。気のせいだったみたい」

受付嬢たちはそんな会話をして、ほんの少しの違和感を無かったことにした。

(……ふぅ、さすがにここに出入りするのは油断ができないや)

『ソレ』は悠然と歩いて、さらにバベル本部の奥へと入っていく。

四足でのびのびと歩きながら、ふと天井にある機器に目を留めた。

(もう魔法を感知できるセンサーを完成させているのか……想定よりずいぶん早い)

何人かのバベル職員やエスパーたちの足元を、『ソレ』は縫うように歩いた。

猫ほどの大きさのものが屋内にズカズカと入ってきているというのに、
誰も気付かない、気付いても気のせいだとしか思わない。

(この分だと、この星を利用できる残りの時間はあまりない。
やはり、急がなければならないようだ)

誰にもとがめられることも無く、『ソレ』は奥へ奥へと入っていった。

「サイキック・ヒャパキラ!」

『ソレ』が宿直室へ入るとその中に居た少女がやおら叫んだ。

(えっ!?)

ちょうど自分が部屋に入ったタイミングで叫ばれたので『ソレ』も一瞬戸惑った。

「……やっぱり何もおきないや」

薄桃色の髪をしたその少女はがっかりしたようにつぶやいた。

「いま一瞬、何かを感じたと思ったんだけどやっぱ勘違いだよね」

(……ボクの気配を感じていたのか? だとすれば並の超感覚ではない)

『ソレ』は少女の独り言にただならぬものを見た。

「さやかちゃんはもう本格的な訓練に移ったのに、私はまだ何の超能力もない。
皆本さんが言うような凄い素質が本当にわたしにあるのかな?」

少女はベッドに腰掛けてうつむいた。

(なるほど。超能力中枢はたしかにまだ形成途上だ。これでははっきりとした形で
発現させるのは難しいだろう。だが、その資質はすさまじい……)

『ソレ』はしげしげと少女を眺めた。

(リスクもあるけど、どちらにしてもこの星を利用できるのはあとわずかだ。
一発でノルマ達成できるなら何もためらう必要はない)

意思を決めると『ソレ』はずいっと前に出た。

「え? あっ! なにこれ!?」

少女は、さっきからこの部屋にいた『ソレ』がまるで今急に現れたように
おどろいていた。

「ボクはキュゥべえ。魔法少女になってくれる子を探してここに来たんだ」

猫のような小動物が流暢に日本語を話す。

キュゥべえと名乗る『ソレ』の言葉の内容よりも、動物がしゃべっていることに
少女は驚いていた。

「てぃ、ティムくんのイタズラ?」

少女はとっさに思い当たることを言ってみた。

しかし、『ソレ』は首を横に振る。

「違うよ。ティムなんて人は知らないし、イタズラじゃなくて真剣だよ」

「真剣って?」

少女はまだ半信半疑のまま『ソレ』に質問をした。

「ボクと契約して、魔法少女になって欲しいんだ」

「魔法……少女? チルチルやマミさんみたいな?」

少女の言葉に、『ソレ』はうなずいた。

「巴マミのことを知っているなら話は早い。彼女もボクと契約して
魔法少女になったんだ」

少女は『マミ』としか言っていないのに、『ソレ』は正確に『巴マミ』の名を
言い当てた。

(やっぱりティムくん? それとも本物?)

少女はなおさら判断に迷う。

本題よりも、自らの正体を探ろうとする少女に、『ソレ』はまずいと思った。

疑いよりも興味が勝るようにしなければ、『ソレ』のしようとしていることは
成り立たないのだ。

「もちろん、ただで魔法少女になってくれとは言わない。
魔法少女になってくれるなら、どんな願いでもひとつだけかなえてあげるよ」

「どんな願いでも……魔法少女になれる上に、お願い聞いてくれるの?」

思いもかけない言葉に、少女はさらに驚いた様子だった。

だが――

「それじゃあ、まずは願いを10個に増やしてもらおうかしら」

突然別の声が聞こえたかと思うと、『ソレ』は黄色いリボンでがんじがらめに
縛られた。

「やあ、マミいきなりご挨拶だね」

悠長にしゃべる『ソレ』に対して、唐突に現れた少女・巴マミは明らかに
敵意を向けていた。

「ま、マミさん? どうしちゃったの?」

いきなりの修羅場に、もう一人の少女は戸惑った。

「鹿目さん、いきなり押し入ってごめんなさいね。
でも、問い詰めないといけないことがあるのよ」

マミはそう言って、鹿目と呼んだ少女・鹿目まどかに対して微笑んだ。

そして、猫のような『ソレ』に対しては厳しい表情を向ける。

「願いを増やすという願いはナシだよ」

『ソレ』はマミがいらだっているのを無視するかのように平然と答えた。

「キュゥべえ、それじゃあ、どんな願いでもっていう話は嘘なのかしら?」

「嘘をついたつもりはないけど、表現に誇張があったことは認めよう」

キュゥべえと呼ばれた『ソレ』は、玉虫色の表現を使う。

その会話を見ているまどかにも、キュゥべえの言うことは疑わしく思えた。

「……それともうひとつ、どうして私をあんなちっぽけな石ころの中に
閉じ込めたのか、説明をおねがいしようかしら」

水掛け論をするつもりはないマミは、話題を変える。

「生身で戦うのは危険だから必要な処置をしただけだよ」

「無断でそんなことをする理由になってないわ」

「ボクはちゃんとお願いしたはずだよ。魔法少女になって欲しいってね。
魔法少女がどういうものかって説明は省いたけどね」

「!?」

キュゥべえと呼んだその物体の物言いに、マミは絶句した。

魔法少女がどういうものか説明せずに『なって欲しい』とは、事実上
白紙委任しろと言っているようなものではないか。

(私の場合は仕方なかったとしても……他の子はあまりに理不尽だわ)

この物体が何なのか、マミはようやく分かった気がした。

「あなたは……居ない方がいいわ」

マミはどこからともなく取り出した銃を、キュゥべえに向けた。

魔女を倒すための方法は皆本たちが研究してくれる。

ならば、この害悪を振りまく生き物は存在する必要がない。

アンバランスな精神状態の中で、マミはそこだけは冷静で冷徹に考えていた。

「あっ、ちょっとマミさん!」

撃ち殺すのはあんまりだと思ったまどかが止めに入る。

「悪いけど、鹿目さんは黙ってて!」

とっさにマミはまどかをもリボンで拘束する。

 パーンッ

そして銃でキュゥべえを撃った――次の瞬間だった。

「銃声!? どうしたんだ!」

その部屋に皆本が駆けつけてきたのだ。

「ま、マミちゃん、なんてことを……」

皆本は唖然とした。

マミがまどかを拘束し、当てはしなかったものの銃弾を発射した。

とても、まともな状況ではない。

「皆本さん!? こ、これは違うの! キュゥべえが……」

あまりのタイミングの悪さに慌てながら、マミは銃で撃ったはずのキュゥべえの
方を見た。

しかし、そこには何もない。

「え? あれ?」

まどかも突然キュゥべえが消えたことに驚き唖然としている。

「……まどかちゃんを解放するんだ。話はそれから聞こうか」

「は、はい」

ドツボにはまった。

こうなってしまっては下手な申し開きは逆効果だ。

マミはやむなくおとなしく従った。

今回のうpはここまで

乙!
やっぱ自分が原因で契約しているのが居ないと、マミは精神的に安定するな。

ほむほむフィギュア一つおくれ

むしろそういう連想するほむらの方が汚れてるような

しかし、絶対チルとマドまぎってどっちのほうが強さ上なんだ?まどかが神様状態になってた次元に影響及ぼしたり、
世界を魔女化して滅ぼしたりしてるし、ワルプルギスの夜とかなら結構厄介かもだけど本格的な対戦車・
対戦闘機戦闘も絶チル可能だし。
本体を倒さない限り、再生するってのなけりゃ普通に絶チルが強い気がするが。クロス系の作品内バランスを保つのは例外。

>>142
さてはてどうなるでしょうか

>>143
ほむほむフィギュアはパンドラ本部の直販になります
詳しくは、カタストロフィ号までテレパシーでのお問い合わせをお願いします

>>144
何度も同じ一ヶ月を繰り返してピュアなままでいることは不可能でしょう

>>145-146
基本的にはあまり偏らないようにしています
ドラゴンボールとサザエさんとか明らかに違い過ぎる場合を除いてあまり差をつけない方が
無難でしょうし、物語としても面白くなると個人的には思っております


と、いうワケで更新いってみようと思います

(さて、この分だと、鹿目まどかを魔法少女にするには手間がかかりそうだ)

猫のような小動物がたんたんと路地を歩いている。

誰も見ない、誰も気に留めない。

しかし、ふと一人の少女が足を止めた。

モデルのような長身かつスマートなボディ、それに整った顔立ちを見れば、
彼女を「少女」だと思う人は少ないかもしれない。

それでも彼女は――美国織莉子は本来なら中学校に通っている年齢である。

「あら、キュゥべえ。お久しぶりね」

柔和な、しかしどこか作り物のような笑みを浮かべて織莉子は言った。

「やあ、織莉子か。行方不明だって聞いたけど元気そうだね」

「ええ。そういうあなたは、何か考え事があるようね」

ごく当たり前のように、織莉子は猫のようでいて何か違う不思議生物と会話をする。

「織莉子は僕の考えが読めるのかい?」

「まわりに目もくれず下を向いて歩いていれば誰だって考え事していると思うわよ」

織莉子はくすりと笑って見せた。

「なるほど。実は、魔法少女になって欲しいと思っている子がいるんだけど、
いまいち契約してくれそうにないんだ」

まるで何も悩んでいないかのような淡々とした口調で、キュゥべえは打ち明ける。

「キュゥべえも大変ね。……その子とは違うけど、素質のある子なら知ってるわよ」

親切そうな口ぶりとは裏腹に、織莉子の口元が苦々しくゆがむ。

「へえ、どこの子だい?」

「六中の近くのアパートに住んでいる、千歳ゆまという子よ。
まだずいぶん幼いけれど、素質は保障できるわ」

「ああ、その子は難しいよ。何しろ同居人が超度7のエスパーだ」

「その点は心配要らないわ」

織莉子はきっぱりと、そう言った。

「明日、千歳ゆまは必ずお留守番になるわ。
その時なら、あの『ブラックファントム』の娘にもバベルにも邪魔されないわよ」

「そうか、いい情報をくれて助かるよ」

それだけ言うと、キュゥべえは家と家の間の細い隙間に入り込んで姿を消した。

「あえてキュゥべえに手を貸すの? なんだかなぁ」

織莉子とキュゥべえのやりとりを見ていた少女が言葉を発した。

ボーイッシュさをかもしだす黒髪短髪で、見滝原中学校指定制服をわざと着崩して
いるところが彼女独特のファッションセンスを思わせる。

「キリカ、わたしも好きでやってるわけじゃないわ。
でも、こうすることで一時的にでもバベルを弱体化させられる……」

「鹿目まどかを始末する隙もできるってことだね」

キリカと呼ばれた少女はニヤリと微笑んで見せた。


---------------


「サイキック・サウザンドウィンド!」

薫の叫び声で濁った空間に隙間が生まれた。

「よし、今や!」

そのわずかな瞬間を見逃さず、葵は上空までテレポートする。

「ひどい状況ね……」

紫穂が言った。

眼下には一面、黄色っぽいモヤに覆われた森林が広がる。

「超能力で人工的に増量された花粉よ。それをヒュプノでさらに量も効果も
大きいように見せかけているわ。まともに食らったら一発で終わりね」

花粉に巻き込まれた一瞬の間に、紫穂はそれだけの情報を読み取っていた。

「また、あのファントム・ドーターとか言うヤツ?」

薫の質問に、紫穂がうなずく。

「にしたって、なんやこのただの嫌がらせみたいな犯罪は?
何をやらせたいねん」

葵は苛立ちを隠しきれない様子だ。

「目的までは分からないけど、あいつはこれを『遊び』だと思って楽しんでるわ」

「今までもわりとそんな感じやったな――」

「そんなことのためにマミさんのおっぱいを……
いや、命を危険にさらしたなんて許せない!」

幼少期から特務エスパーとして戦ってきた三人にとっては、この程度の危機は
たいしたことではない。

しかし、目的の読めないこのファントム・ドーターはやりにくかった。

〔――『ザ・チルドレン』、こちらバレット。準備できました!〕

そんな三人のもとに、バレットの通信が入る。

〔了解。それじゃ計画通りに投下して〕

紫穂がオーケーを出すと、バベルのヘリから近くの池に爆弾が投下される。

「サイキック・人工降雨!」

舞い上がった大量の水を、薫がサイキックでバラバラにして雨のように降らせる。

それによって、花粉の多くは水分に吸着し、森を覆っていたモヤが晴れた。

その森の中心部には、ヘルメットをかぶった少女と、砂漠の隊商のように体中を
布で覆った男がいた。

「よっしゃ、皆本はんの作戦通りや」

雨が止むと葵のテレポートで即座に、『ザ・チルドレン』はその二人の目の前に
現れる。

「これで終わりよ、ファントム・ドーター!」

迷い無く、紫穂は変な形の銃の引き金を引いた。

すると、いくつものワイヤーが飛び出し、ヘルメットの少女の体に突き刺さった――

はずだった。

しかし、そのワイヤーの全てが少女の体をすり抜けた。

それと同時にヘルメットの少女の姿は消える。

「また幻覚!? とりあえず、こっちを確保!」

薫はすばやく攻撃目標をもう一人の男の方に切り替える。

「うげっ」

男は薫のサイキックによる打撃をまともに受け、よろよろしているところを
ESP錠で拘束された。

「これで一件落着やな? あのヘルメットは逃がしてもうたけど」

〔まだです! 花粉が収まりきっていません。それに水も足りません!〕

いかにも落ち着いたといわんばかりの葵に対して、バレットの声は必死だ。

「これだけの量の粒子、今の風向きだと確実に町にも被害が出るわ」

「でも、あたしの力だけじゃ……」

薫は途方にくれた。

大気そのものを操るというのは、超能力を持ってしても莫大なパワーと高度な
技術が必要だ。

広域にわたって宙に舞う花粉を全て鎮圧するほどの力は薫にはなかった。

そこに、携帯が鳴った。

〔聞こえるか、薫、状況はバレット君からのデータで把握した。
トリプルブーストの使用を許可する。足りなければバレット君も使うように〕

メッセージを送ってきたのは今バベルの研究室にいるはずの皆本だ。

「皆本!? 了解!」

薫がそう答えたときにはすでに彼女の腕時計型のリミッターは完全に
制限解除されていた。

「葵、紫穂、トリプルブーストだ! ……ついでにバレットも」

「おっしゃ、了解や!」

「ま、それしかないわよね」

「え、自分はついででありますか!?」

二人の少女と一人の少年は薫を中心に体をくっつける。

「サイキック・ハリケーンアッパー!」

四人分の力を全てサイキックに変えて、薫は巨大な気流の渦を作り出した。

その圧倒的なエネルギーにより全ての花粉は空高く打ち上げられ、やがて上空の
ジェット気流に乗って薄く広く拡散していった。

「今度こそ、終わったわね」

紫穂はそう言ってため息をついた。

「これやると疲れるのが難点だね」

薫もへたりこんだ。

「うちもうテレポートできへんからバレット運転して」

葵はバレットに命令する。

「葵どの、自分は未成年ですから緊急時以外は運転できません」

「せやったら、さっさとバベルの誰か呼んでや」

「はっ」

バレットはあごで使われても嫌な顔をせずに従った。

「皆本さんが来てくれてたらこんなことで苦労しなくて済むのに」

車を待つ間、紫穂がぼやいた。

「ホント、指揮官が現場にいないとかおかしいでしょ」

薫も少し腹を立てたようにうなずく。

「またマミはんのことで研究室ちゃうか? なんか最近大変らしいし」

葵がそう言うと、薫はいじけたような表情をした。

「皆本もしょせんはおっぱいかよ。確かに中学生であんなのは他にいないけどさ」

「一番そこに固執してるのは薫ちゃんだと思うわよ」

「くっそー、バベルに帰ったら思いっきりもんでやる」

紫穂のつっこみも、薫にはあまり聞こえていないようだった。


---------------


ハンゾーはゆまを連れて歩いていた。

ゆまは、一人で置いていかれることに強い不安を感じている。

それを感じ取ったユーリの指示だ。

そのユーリはナイを連れ、『仕事』に行っている。

(ユーリ様とナイと、『ブラックファントム』からの増援1名……
果たして『ザ・チルドレン』相手に無事かどうか)

ハンゾーの脳裏にあるのはそのことばかりだった。

「むー、はんぞーつまんない」

ゆまは頬を膨らませる。

「すまない」

ハンゾーは生来無口である。

精一杯しゃべってこの四文字だけだった。

「悠理おねえちゃんとナイはどこへ行ったの?」

ふいに、ゆまは質問をする。

ハンゾーは首を横に振った。

『答えられない』という意味だ。

「ナイはどうして目が見えないの?」

今度は今まで何度も聞いてきた質問だ。

これにもまた、ハンゾーは首を横に振る。

「なんで答えられないの?」

ゆまはさらに質問を重ねる。

ハンゾーは何も答えられず、たじたじと後ろずさるしかなかった。

「こらこら、その辺にしておかないと、お兄さんが困ってるでしょ」

そこに、落ち着いた声の女性が割り込んできた。

「おねえちゃん、だれ?」

ゆまは、その声の方を振り返る。

その先には、長身白髪の大人びた……しかし若い少女がいた。

「ただの通りすがりよ。あなたたちのやりとりが面白くって、
つい声をかけちゃったの」

通りすがりを名乗る少女は、柔和な笑みをうかべた。

その様子にただの近所の人だろうと思い、ハンゾーは安堵し、会釈をした。

しかし、ゆまにはなんとなく、少女の奥深くにもがき苦しむような暗さを感じた。

(この人、なんとなく悠理おねえちゃんに似てる……?)

不思議そうに自分をながめるゆまに対して、白髪の少女はクスリと笑って見せた。

「そんなに聞き分けが悪いと、捨てられちゃうかもしれないわよ」

「!?」

その言葉に、ゆまは雷が直撃したかのような衝撃を受けた。

白髪の少女はあくまで子供をからかうような、おどけた口調である。

しかし、ゆまにとっては冗談で済ませられる内容ではない。

『――かわいいだけの、役立たずさん』

ゆまにだけ聞こえるように、白髪の少女はテレパシーを送る。

そして、呆気にとられるゆまを置き去りに、きびすを返した。

「あら、私としたことがちょっと言い過ぎちゃったみたい。ごめんなさいね」

悠然と、少女は去っていった。

「ユーリ様は、捨てたりしない」

ハンゾーはそう言って、そっとゆまの肩に手を置いた。

しかし、その言葉には何の確証も無い。

ブラックファントムという組織にとって人の命など使い捨てでしかないのだ。

ユーリも、上にナイを捨て駒にしろと命じられれば従うしかない。

ハンゾー自身も今まで裏社会の中の暗殺などに関わってきた。

今の主であるユーリがそういうことを命令しないから最近は直接殺害するような
ことが無いだけだ。

それでも、ユーリはきっとゆまに不安を与えることを望まない。

だから、忠義の士を自認するハンゾーはあえて嘘になるかもしれないことを言った。

そんなハンゾーを、ゆまはその大きな目で嘘を探ろうとする。

ゆまのまなざしに耐えられず、ハンゾーは目をそらした。

その時だった。

(何奴!?)

ハンゾーはふところから素早くクナイを取り出して投げる。

建物の物陰がわずかに動き、黒い影が逃げ出した。

「ここでじっとしていなさい」

ハンゾーはゆまにそれだけ言うと、その黒い影を追って飛んだ。

黒い影は中々すばやいが、忍術と超能力を駆使するハンゾーの速さには勝てない。

民家の屋根の上を飛び回りながら、徐々にハンゾーは黒い影を追い詰めていく。

やがて、ハンゾーはクナイを手持ちにして切りかかった。

 キンッ

高い音と火花を散らしてクナイは止まった。

黒い影――短髪黒髪の少女が右手につけた鉤爪でハンゾーのクナイを防いだのだ。

ハンゾーは黒い少女に蹴りをいれようとする。

が、黒い少女はすばやくかわし、すぐさまハンゾーの後ろに回りこんだ。

(――さっきより速い!?)

ハンゾーは高く跳んで背後からの攻撃を回避する。

それに対して黒い少女は鉤爪を投げて追撃した。

逆光でハンゾーの姿ははっきり分からないが、空中では急な方向転換が
できない以上、的を絞る必要も無かった。

キリカは何本も鉤爪を投げつける。

そのうち2、3本が、ハンゾーに直撃した――かに思われた。

 ドサッ

「な、なんだ、コレ!?」

撃ち落したそれを確認して、キリカは絶句した。

鉤爪の刺さったそれは人ではなく、丸太の切れ端に布をかぶせたものだった。

「代わり身の術……かな?」

首をかしげる黒い少女の背後に、すぐさまクナイを手にしたハンゾーが襲い掛かる。

(勝った)

ハンゾーは確信した。もはや人間の反射神経で間に合うタイミングではない。

が、黒い少女は目にもとまらぬ速さでハンゾーの攻撃をかわし、振り向いた。

「驚いた、キミは本物の忍者なのかい?」

そして、勢いよく斬りかかってくる。

ハンゾーは左右ともクナイを手にして応戦した。

金属音を響かせて、しばらくの間は互いに譲らぬ勝負を続ける。

「すごいすごい、この速さでも着いてこられるなんてキミが初めてだよ!」

しかしやがて、ハンゾーが押し負けしてきた。

パワーで負けているわけではない。スピードで勝てず間に合わないのだ。

 ズシャッ

徐々に、ハンゾーは後ろずさり、斬り傷も増えていく。

(勝てない――だがここで死ねとは命令を受けていない)

ハンゾーは勝てないと判断し、すぐに行動に移した。

激しい斬り合いの中で小さな爆弾のようなものを取り出し、火花で着火した。

 ボンッ

大きな音が鳴り、あたりに煙があふれ出した。

「なっ!?」

視界を奪われた黒い少女は攻撃をやめ、防御に徹する。

しかし、ハンゾーからの攻撃は無かった。

しばらくして煙が流されると、すでにハンゾーの姿は消えている。

「……逃げられた? ま、いっか。時間稼ぎは十分でしょ」

黒い少女は独り言を漏らしてどこかへと跳び去った。


---------------


ひとり残されたゆまは、ハンゾーの言いつけ通りじっと待っていた。

虐待を受けていたとはいえ、一般家庭で育ったゆまから見れば悠理たちの生活は
明らかにおかしい。

それでも、彼らが自分に対して悪意をもっていないことだけは分かっているし、
他にいくあてもないから本人なりに出来る限りいい子にしているつもりだった。

しかし――

(『――かわいいだけの、役立たずさん』)

さきほどの白髪の女性の言葉が何度も脳内で再生された。

悠理たちは何か大きな使命を持って働いているようなのに、自分は何の役に
立っているのか。

役に立たない自分がいつまでもこの場所にいられるのか。

いやがおうにも、既に亡き自分の両親が思い出される。

彼らとて、決して初めからゆまを憎み、疎んでいたわけではない。

(でも、私は役立たずで不気味だった)

微弱なテレパシー能力を持って生まれてしまったゆまには、言われなくてもそれが
わかってしまったのだ。

そして、内心を見透かされることで、両親はなおさら何かに追い詰められたように
ゆまを疎み、憎むようになっていった。

悠理やハンゾー、ナイもそうならないか、ゆまにとっては分かったものではない。

そんなことを思い悩むゆまの横に、ひょこっと小さな影が寄り添った。

「そんな風に下を向いているのは何か考え事をしているのかい?」

ゆまが声の方を見てみると、白い猫のようでどこかちがうヘンテコな生き物がいた。

「……だれ?」

小動物がしゃべるというありえない現象にゆまは目を丸くする。

「ボクはキュゥべえ。キミは?」

「ゆま。千歳ゆま」

小動物と普通に自己紹介する。こんなことがあるのだろうか。

悠理たちと関わってから変なことが多くてマヒしかかっているゆまの中の
常識がひさびさに全力で稼動する。

「千歳ゆま、実はキミにお願いがあってここに来たんだ」

名前も知らない相手にお願いするために尋ねてくるなんてことがあるのだろうか。

ゆまは不気味な気がした。もっとも小動物に名前を知られていても不気味だが。

「ボクと契約して、魔法少女になってよ」

不安がるゆまを前にあっけらかんと、キュゥべえと名乗る小動物はそう言った。

本日のアップはここまで

忠臣&暗殺者という何気に共通点の多い二人

生存報告さげ
祭りの時期は忙しいね

「さて、きみの見たものをきちんと説明して欲しい」

小さな面談室で、皆本とマミは向かい合った。

「こ、こんなのです」

マミはホワイトボードにささっと小動物の絵を描いてみせる。

一見猫のように見えるがヒゲは無く、ウサギのように赤い目をして、
耳が二重構造になっているかのように猫耳の中から更に耳が生えていた。

「昨日、猫やウサギなどの小動物の侵入は無かった。
最新式の警備機器を設置し、高レベルエスパーがあちこちにいる
このバベル本部ですら一切見つけられなかったんだ」

「……でも、嘘ではありません」

萎縮しながらも、マミははっきりとそう言った。

「僕の立場では何の証拠も無くその言葉を信じるわけにはいかない。
そしてキミは最大時にはレベル7相当の出力を持ち多数の能力を操る危険度の高い
エスパーだ。 ……これが何を意味をするかはわかるかい?」

皆本はそのおだやかな顔に苦味のある表情をうかべていた。

「私の身柄を拘束する必要がある……と言うことですか?」

マミの回答に、皆本はこくりとうなずく。

「すまないがそのとおりだ。この間の突然の気絶のこともあり、
キミには不安要素が大きい。しばらく特務エスパーとしての任務もできない」

そう言われて、マミは不安げにうつむいた。

より人々の役に立つためにバベルに来たはずなのに、
どうしてこうなってしまったのか。

考えても答えは出ない。マミはただ冷たい床を見つめるだけだった。

「だが、信じて欲しい」

そんなマミに皆本は言った。

顔を上げたマミと皆本の目がぴったしと合う。

「キミにとって悪いようにしないために、最大限できるだけのことはするつもりだ。
だから、今は落ち着いて、こらえていてくれ」

「……はい」

至近距離で見つめ合うのに少し照れながら、マミはちいさくうなずいた。


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「ふぅっ、ちょっとぶりの日本だ」

ウェーブのかかった髪の毛をした少年が空港に降り立った。

「しかし、ギリアム様が直接動くほどのことなのでしょうか?」

その少年のすぐ後ろに付き添う男がうやうやしくそんな質問をした。

「ふふ、テオドールの言うとおり必要があることではないかもね。
でも、どうしても会いたくなったのさ」

テオドールと呼ばれた男はギリアム少年の言葉に首をひねった。

「それほどまでにユーリ様に?」

ギリアムはユーリの実の兄にあたる。

だが、彼らの家に仕えるテオドールにとってギリアムがわざわざユーリに会いに行く
というのは奇異なことに思えた。

ギリアムとユーリの間にわざわざ国境を越えて会いに行くほどの親愛の情が
あるようには見えないのだ。

なにしろ、エスパーとして優秀で父親から大事にされたユーリと違って、
ギリアムは――

「まさか。会いたいのはユーリじゃないよ」

「ほう、では誰ですか?」

ギリアムはテオドールの質問には答えずに虚空に向かって手招きをした。

「あいよ、お待ち」

するとまるで立ち食いソバ屋のような掛け声で赤い髪の少女が高いところから
軽快に降りてきた。

「杏子、日本に滞在している間の僕たちの護衛を頼むよ。
あと、『彼』を見つけたらすぐに捕まえて報告するように」

ギリアムの命令をきちんと聞いているのかいないのか、そっぽを向いたような
姿勢のままで、杏子と呼ばれた少女は生返事をした。

「ほう、『彼』とはまさか『アレ』のことですか?」

「テオドール、『アレ』とは失礼だよ。おそらくは『彼』も立派な知的生命体
じゃないか」

テオドールの再度の質問に、ギリアムは含み笑いを浮かべて見せた。


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美樹さやかは屋上が好きだ。

特に昼休みに屋上で空を眺めながら弁当を食べたり昼寝をしたりするのが好きだ。

見滝原中学校でもよく昼休みを屋上で過ごしたものだった。

そしてそれは、ここバベル本部に来ても変わらない。

今日もさやかは屋上に来て、その中でもひときわ高い階段部屋の上に寝転がる。

中学校から見る見滝原の空も、バベル本部から見る東京の空もあまり違いはない。

違うのは、最近はまどかと時間帯が合わないために一人で屋上に来ることが
多くなったことだった。

「――の、バカヤローッ!」

のんびりと仰向けになって空を眺めるさやかの耳に、そんなのどかな気分には
につかわしくない叫び声が入ってきた。

何事かと思い、さやかは下をのぞきこんだ。

そこには短めのポニーテールの少女が居て、大きなシャチフロートと戯れている。

いや、戯れているという表現はこの光景を表現するにはかわいらし過ぎた。

「あんの、陰険メガネ男に、色ボケセクハラドクター、それに、妖怪ババア!
私のせいでもないのにみんなして好き勝手言ってくれんじゃないわよ!」

少女はシャチフロートに体重を乗せた渾身のエルボーをぶつけ、
さらにそのまま掴んでスープレックスをかました。

(うっわー、コンクリでスープレックス失敗したら大怪我しかねないのに
よくやるなぁ)

さやかは少女の気迫に驚くよりも先にそんなところに内心ツッコンだ。

「あ」

スープレックスを決めた体勢がたまたま階段部屋の上に向いて、少女はかたまった。

その視線の先にさやかが――少女にとって見知らぬ人間がいたからだろう。

「ププッ」

どうしようと戸惑う少女に対し、さやかは小バカにしたような笑いをして見せた。

「妖怪ババアとか陰険メガネとか誰のことかなぁ?」

「え、あ、ちょ、タンマ! 今のは見なかったことにして! ね、お願い!」

あわててポニーテールの少女はさやかに頭を下げる。


「んーまあ、あたしはどっちでもいいんだけどさ、ちょっとノド渇いたなぁ」

さやかはそっぽを向きながらそんなことをつぶやく。

「はっ、すぐ飲み物を用意させていただきます!」

少女は敬礼をして自販機まで駆け出した。


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「三橋姫子、プレコグ(予知)レベル4で予知課所属よ」

「あたし美樹さやか。サイコキノ、レベル3の訓練生」

甘い缶コーヒーを飲みながら、二人は簡単な自己紹介をした。

「しっかし、バベルも結構ストレス溜まる職場なんだ。
あわよくば特務エスパーなんて考えてたけど、それも考え物かなぁ」

さやかは少し遠い目をしてつぶやく。

「世間から見ればレベル3か4もあれば立派なエスパーだけど、
バベルからしたら私達ぐらいのエスパーは半端者でしかないのよ」

「なるほどねぇ」

姫子はノーマルの支配する世間と超能力の能力主義のバベルの両方を
知っているようだ。

その説得力にさやかは自然とうなずいた。

が、それでただしんみりするさやかではない。

「……で、実際のトコ、予知課だったら給料どのぐらい出るの?」

「え!? いきなりそこんとこ聞く、普通? ……えーと、このぐらい」

姫子は指でその数を示して見せた。

「結構もらってるじゃん。 半端者にしては十分すぎるぐらいじゃないの?
予知課は特務エスパーとは違ってスクランブル発進や残業もないのにソレでしょ?」

さやかは給料の良さに食いついた。

さやかからしてみれば不満を持つには贅沢なぐらいもらっているように思える。

「さっきのは別に給料の不満じゃないわよ」

姫子は冷や汗を流しながらそう答える。

「むしろね、職そのものの危機なのよ。 私いま、テレパスにも目覚めかけてる
らしくて、そのせいだと思うんだけど私だけ他の人と全然違う予知が出て、
全体の結果を乱しちゃうの。 おかげで当分の間戦力外扱いよ」

自分で説明をしながら、姫子はへこんでうつむいた。

「違う予知が出るって、結果が出るまでどっちが正しいかわかんないわけでしょ?
えと、あんたの方が正解ってことも――」

さやかは質問する。

「姫子でいいわ。 100%私の方が間違った予知をしてるとは言い切れないけど、
レベル6含む複数名のチームの予知と、レベル4の私一人の予知とどっち信じる?」

姫子の説明に、今度はさやかはうなずかなかった。

「そんなの結果が出てからじゃないとわかんないじゃない。
すっごい理不尽だよ、それ」

比べるまでもない、そう思っていた姫子はさやかの答えにきょとんとした。

「なんかあたしもバベルの上の連中に腹立ってきた。 こうなったら姫子の予知が
当たるようにテルテル坊主にその予知の内容を書いて――」

そして、さやかのノリにクスリと笑う。

科学的に証明された超能力の予知に対して、テルテル坊主で対抗しようとは
なかなか無茶な挑戦である。

「気持ちはうれしいけど、私の予知は当たらない方が良い予知なのよ。
なんせ1カ月後には世界がなくなっちゃってるんだから」

姫子は少し自嘲的におどけて、そう言った。

その時だった。

〔災害予知発生! 確率変動値7! 『ザ・チルドレン』の出動を!〕

けたたましく予知警報が鳴り響く。

「お、なんか起こるみたい。あの子たちも大変だ」

さやかはまるでひとごとな感想を漏らした。

「はぁ、私がこうしてる間にもみんな仕事してるんだ」

姫子は自分がチームから外されていることを改めて思い知らされてへこんだ。

「ちなみに、姫子には何か見えてるの?」

いかにも興味本位といった気楽な感じで、さやかは姫子に聞いた。

「うーん、空港での災害みたい……でも、それは囮で本命はこのバベル本部……」

そんな予知を披露する姫子を、さやかは目に穴の開きそうなほど凝視する。

「いや、それ当たってたら大変じゃん! ノンビリしてる場合じゃないよ!?」

「大丈夫よ、今の私の予知は当てにならないから……ハァ」

姫子はあっけらかんとそう答えた後、自分の言葉にへこんだ。

「……どんまい」

さやかはそれしか言うべき台詞を思いつかなかった。


---------------


「なんや、ウチらご指定かいな」

予知警報を聞いた葵がつぶやいた。

「マミさんでもいいんじゃなかったの?」

薫はドリンク剤を飲みながらぼやいた。

「マミさんは前の出動で何か問題があったみたいよ」

紫穂がそう言うと、薫と葵は不承不承といった様子で荷物などをまとめはじめた。

「ほら、お前らつべこべ言ってないで行くぞ!」

そこに皆本がかけこんでくる。

「皆本、マミさんどうしたの?」

薫は率直にたずねた。

「ああ、しばらくは出動させずに様子見だ。
魔法少女の能力はずいぶんと不安定だということが分かってね」

皆本はそつなく答えた……つもりだった。

しかしそれで追求をやめる『ザ・チルドレン』ではない。

「ふぅん、それで最近マミはんと二人きりで話すことが多いんか?
正規の担当のうちらをほっぽらかして」

葵がツッコみ、

「へっ!? いや、そんなつもりは――」

「マミさんとふたりっきりで何を話しているのか、見せてもらいましょうか?」

紫穂が皆本に手を伸ばす。

「待った! 職務に関する機密事項だ。透視は厳罰だぞ!」

皆本の言葉に、さすがに紫穂も手を止めた。

「そう言っといて実はマミさんのおっぱいを見るのが目的じゃないだろうな?」

薫はキッと皆本をにらみつける。

「断じてそれはない」

皆本はきっぱり答える。

「皆本はんにその気が無くても、相手がどうかはわからへんな」

「一度マミさんもシメとかないといけないかもね」

葵と紫穂は黒い含み笑いを漏らした。

「き、きみたち、くれぐれも余計なことはしないように。
っていうか任務だ、早く行くぞ」

「「「はーい」」」

必死な皆本に対して、『ザ・チルドレン』の三人は気のない返事をするだけだった。


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「『ザ・チルドレン』はユーリを使って現場に出させた。
後は、うちの洗脳エスパーがキミの言う侵入経路を使って目的を果たすだけさ」

ギリアムは穏やかな笑みを浮かべて語る。

「杏子はキミのところの洗脳エスパーである前に、ボクの魔法少女なんだけどね」

そのかたわらで、猫のようなウサギのような、変な小動物が人語を発した。

「どっちでもいいじゃないか。これはお互いにとって利益になることだよ」

「そうかい。本当に他意がなければいいんだけど、人間は言っていることと実際の
行動が食い違うことが多々あるからね」

小動物は疑り深くそんな言葉を漏らした。

「そこは信じて欲しいな。僕ら『ブラックファントム』はあくまで商売人だからね。
取引相手に損をさせるようなマネはしないさ」

「そうあることを祈るよ」

小動物はそれだけ答えると、するすると流れるように机から降りて、姿を消した。



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巴マミはバベル本部の一室を与えられ、そこで寝ていた。

いや、与えられるという言葉は大人しすぎるだろう。

もはやマミは自分の意思でその部屋から出ることすらできないのだ。

監禁と言っても間違いではないだろう。

そんな中でもすやすや眠るマミの枕元に、小さな影が落ちた。

「おきろ、ズラかるよ」

その言葉に意識が目覚めたマミは、重いまぶたをこすりながら相手を眺めた。

小柄な体、赤く長い髪を乱雑にまとめたポニーテール。

その容姿に、マミは見覚えがあった。

「え、きょ、杏子!? なんでこんなところに?」

マミは呆気にとられて動きを止める。

「感謝しろよ、マミがここに捕まってるって聞いたから助けに来てやったんだ」

杏子と呼ばれた少女はニヤリと微笑みながらそう答えた。

「嘘でしょ!? そんなことのためにバベル本部に侵入したって言うの?」

「ああ、そういうのは後。とにかく逃げるよ」

杏子は強引にマミの腕を引っ張った。

「ちょっと待って、私はここから逃げるわけには――」

理由無く監禁されているわけではない。

マミはそれが分かっているから抜け出そうなんて今まで考えてもいなかったし、
今こうして杏子に脱走を持ちかけられても抵抗した。

杏子は、そんなマミの肩を握り、まっすぐに瞳を見つめた。

「マミ、あたしを信じろ」

まるで愛の告白のように真剣に堂々とそう言われて、
マミは思わずうなずいてしまった。

今回のアップは以上になります

姫子いいよね、ゲストキャラには惜しい

「――だからさぁ、バベルみたいなトロい組織に魔法少女のことなんて
分かるわけないじゃん」

ドアを破壊して悠々と、杏子は語る。

「で、でもこんなことして……」

マミは杏子について行きながらもまだ戸惑っていた。

「災害救助とかさ、そんなことして何のトクがあるわけ? バカバカしい」

過ぎた年月がそうさせたのだろうか、杏子がより社会に対する敵意を強めている
ことにマミは不安を感じる。

「だって見捨てるわけにはいかないでしょ?」

「別にいーじゃん。 バベルとか普通の連中はさ、勝手に危険だとか決め付けて
魔法少女だろうがエスパーだろうが隔離したり始末しちまおうって考えてんだから」

「そ、それはそうだけど……」

現に自分が軟禁されていた以上、マミは杏子の言うことを否定しきれなかった。

「よっと」

気軽な掛け声で杏子がまたも扉を破壊すると、ついにアラームが鳴った。

(ようやく? ここまでバレてなかったなんて……
まさか杏子がバベル本部のセキュリティホールを知っているとでもいうの?)

マミがそんなことを考えている間にも、バベルのエスパーが駆けつけてきた。

「そこまでです!」

そう言って銃を向けるエスパーにマミは見覚えがある。

常盤奈津子、透視能力者だ。

「マミちゃん……あなた!?」

侵入者にマミがついて来ていることに、奈津子は驚いた表情をした。

「二人とも、武器を捨てて両手を挙げなさい!」

驚きながらも、奈津子は毅然と警告を発する。

「は? 拳銃? あんたあたしらを舐めすぎだよ」

杏子はまるで従う様子を見せない。

奈津子はやむなく、狙いを外して警告射撃を発砲した。

銃弾は杏子のすぐ足元の床をえぐる。

「へえ、マジで撃ってくんの? ってことはさ、反撃されても仕方ないよね?」

「え?」

奈津子とマミが戸惑う暇もなく、杏子は持っていた槍をさらに大きくして、
投げるフォームに入った。

「本気なのっ!?」

杏子の目はまっすぐに奈津子に狙いを定めている。

本気で狙いを定め、殺すつもりだ。

それを悟ったマミは急いでリボンを召喚した。

そして杏子の手足を縛り、攻撃を中断させる。

「は? マミ、なんやってんの? 敵は向こうだぜ?」

「杏子、あなたこそ何てことをしてるのよ!?
私の目の前で人殺しなんてさせないわよ」

「……ハァッ」

杏子はマミの言葉に大きくため息をもらしたかと思うと、すり抜けるようにマミの
リボンの拘束から逃れた。

「仕方ないなぁ……二人とも口封じしないと――」

そう言って杏子は巨大な槍を振り上げたかと思うと、それを思い切りマミに向かって
振り下ろした。

「え? ちょっ――!!」

命がけでマミを助け出そうとしていたはずの杏子があっさりと自分に刃を向ける。

その異常な事態に戸惑いながらも、マミはきわどくその攻撃をかわした。

「マミちゃん、伏せて!」

そして考える暇も無く、常盤奈津子が銃弾を発射する。

そして杏子に直撃した……はずだった。

しかし、銃弾は何事も無く杏子を通り抜け、その背後の壁に傷を作った。

「うそっ!? 幻覚?」

奈津子は驚く。

透視能力の持ち主である奈津子を幻覚であざむくなど、できないはずなのだ。

「実態のある幻覚――ロッソ・ファンタズマよ!」

いたって真剣な表情で、マミはつぶやいた。

「え、ろっそ……なんて?」

奈津子がけげんな顔をしているがマミの目には入らない。

すぐに大砲を召喚して巨大な光線を放つ。

「へぇ、案外ためらいないな」

杏子は平然とした表情でそんなことを言いながら光線の直撃を受ける。

そして光が去った後には杏子の姿も跡形も無く消え去っていた。

「倒した……の? 何が一体どうなって……」

人一人を跡形も無く消すなんて凶悪な攻撃をマミがするとは思えない。

奈津子はわけのわからない事態に少し混乱気味だった。

「いいえ。分身を消しただけです」

そう冷静に説明しながらもマミは気落ちしていた。

マミを逃がしに来るのが主目的ならば分身だけをよこし、思い通りに行かなかったら
殺そうとするようなことはあり得ないだろう。

おそらく杏子は別の目的で動いていて、マミを逃がすことが陽動になると
考えたに過ぎない。

(そこまで変わってしまったのね)

うつむいたマミを奈津子が不安そうに見つめる。

奈津子は本来ならマミがあの赤い髪の侵入者に連れられて逃げ出そうと
していたように見えるこの状況を質問したかったがなんとなくためらわれた。

そうしていると、マミがキッと首を上げ目を前に向けた。

「常盤さん、透視で探してください。まだ侵入者は逃げていないはずです!」

マミはきっぱりと、杏子を捕まえるという選択肢をとった。

「わ、わかったわ!」

奈津子はすぐさま従った。

緊急事態である以上、責任追及は後、侵入者の捕獲が先である。

(杏子、あなたがそのつもりなら、私も手加減はできないわ)

マミは灰色の廊下の壁を見つめながら、決意を胸に宿した。

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深夜の静寂を切り裂くように、サイレンが鳴り響く。

赤い影がその真っ只中を駆け抜ける。

「お嬢ちゃん、こんなところに一人ではいってきちゃ危ないぜ?」

そこに色黒で白衣を着た男が警棒を構えて立ちはだかった。

「雑魚は引っ込んでな!」

獣のように俊敏かつストレートな動作で、赤い影――佐倉杏子はその男に向かった。

「サイコメトラー・賢木修二、解禁!」

白衣の男――賢木は自分のリミッターを解除した。

彼は医者であると同時に超度6のサイコメトラーである。

それゆえ、人体の弱点について熟知している上に触れるだけで相手の心理や
攻撃を読むことができる。

そして今、手に持っている警棒は賢木のサイコメトリーに対応している。

なので、鍔迫り合いからも賢木は敵の手を読めてしまうのだ。

サイコメトリーという能力は一見、実戦には不向きだが、少なくとも賢木の場合は
そう認識することには大きな間違いがあるといっていいだろう。

なぜなら賢木と戦う相手は常に隙や弱点を晒し続けることになるからだ。

賢木は杏子の繰り出してきた槍をその警棒で受けた。

そして、何か情報を読み取ろうとした。

そのとき――

「とろい!」

槍がいきなりやわらかくなって鞭と化し、

警棒で止まらなくなった。

そしてあえなく、その鞭は賢木の顔面をとらえる。

 バチンッ

大きな音がして、賢木は鞭の直撃をくらい、ぶっ倒れた。

「雑魚が」

「ぐあっ!」

起き上がろうとした賢木の頭を踏んづけて、杏子はそこを通り過ぎた。

(あ、あれ? オレこれだけで終わり?)

そう思っても賢木は立ち上がることが出来なかった。

いくら手の内が読めても対応する前にやられては完全に無意味だった。


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そうしてバベル本部の中を走る杏子に、今度はいきなり大きな狼が噛み付こうと
飛び掛ってきた。

たとえ身体能力だけ強化しても人間の反射神経で獣に勝てるはずがない。

杏子はなすすべも無く、その人と同じぐらいの大きさがある獣に噛み付かれた。

――ように周りからは見えた。

しかし、噛み締めた牙は空を切り、狼はいつのまにか杏子の体をすり抜けていた。

「?」

狼は首をかしげる。

杏子はそんな狼の足元を狙い、槍を振る。

すると、狼から翼が生え、なんと空を飛んでその攻撃をかわした。

「あ? なんだコイツ?」

杏子が唖然としている間にも、獣はいつのまにか鳥足に変化した足の鋭い爪を
向けて、空中を杏子に向かって突進してきた。

しかしその攻撃はまたもすり抜け、獣は何事も無かったかのように
杏子を通り過ぎてしまった。

「へ、バーカ」

そして、杏子は一見無造作な動きで槍を振った。

獣は俊敏に刃を避けるものの、杏子が槍を一回転させたため、石突での打撃を
くらった。

獣は倒れこみ、ヒュプノによる偽装がやぶれて人間の少女の姿が現れた。

杏子はそんなものには興味もない様子でそのまま過ぎ去ろうとする。

が、そんな杏子の足を、痛みにもがき苦しむ少女が掴んだ。

「触れ……タ」


「この……カスの分際で……」

杏子は思い切り少女を蹴飛ばした。


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「どうなってるの? 一体?」

深夜の突然の警報で起こされた蕾見不二子が言った。

〔Bブロック、侵入者アリ〕

〔Dブロック、同じく赤い髪の進入者!〕

無線からはあちこちてんでバラバラに侵入者の報告が流れてくる。

「監視カメラの映像からハ、侵入者はエスパー犯罪者の情報記録にある『佐倉杏子』
だと思われマス」

いかつい体格をした男、桐壺帝三が不二子に言う。

「と、言うことは『魔法少女』ね。
いくら魔法って言ってもここまでデタラメなワケ?」

呆れたように、不二子は頭をかかえる。

〔Aチーム3班、奪われた催涙弾を使用され行動不能、同じく1班はムチで
拘束された模様〕

〔『ザ・ハウンド』侵入者に敗退しました〕

一方的な敗北が次々に音声に乗って流れてくる。

「……仕方ないわね、私が行くわ」

「待ってくだサイ。あなたはまだ美国織莉子にやられた傷が癒えていませン」

自ら出陣しようとする不二子を桐壺が止める。

「じゃあどうしろって? 『ザ・チルドレン』は現場で呼び戻せないわよ!?
今すぐ戦えるのがあとどれだけ残ってるって言うのよ?」

「しかし、狙いも分からない侵入者を相手に大将を出すわけにはいかんでス」

「大将は桐壺クンでしょ!」

「だったら私の指示にしたがって下さイ!」

そんな言い争いをしている時だった。

ふと、監視カメラのひとつが捉えた人影を不二子は見逃さなかった。

(あの子達……まさか?)

「わかったわ。 私は最悪の事態に備えてまだしばらく待機しています」

不二子は急に態度を変える。

「だからですネ、そういうわけには――え? あ、ああ、それでいいんでス」

桐壺はその心変わりに気合が空回りした。


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赤い影はなおもバベル本部の中を突き進む。

「そこまでです!」

そんな叫び声と同時に、目に見えないエネルギーの塊が赤い影を突き飛ばした。

「ちっ、邪魔すんな!」

赤い影――杏子は突き飛ばされてもすぐに立ち上がり、槍を相手に向けた。

「あなたは……佐倉杏子!? 今度は逃がしません」

杏子に襲い掛かったエスパー、梅枝ナオミはそう言って手を前にかざした。

それに対して杏子はためらいもせずに槍を投げる。

槍はあっさりとナオミにはじかれた。

が、同時に杏子は跳んで上から攻撃をしかけてくる。

(防御は間に合わない、それなら――)

ナオミはエネルギーを凝縮して弾丸のように鋭く発射した。

相手を撃ち落すのが目的の、怪我をさせてしまう可能性のある攻撃だ。

しかし、杏子は怪我をするどころか何事も無かったかのようにそのエネルギーの
塊をすりぬけた。

「えっ!?」

ナオミが驚く暇も無く、杏子の槍が襲い掛かる。

後ろに跳んで、ナオミはそれをかわそうとするが、避けきれず右腕に
浅く傷を負った。

(痛い……とても幻覚とは思えない……)

幻覚で人に傷をつけることなどできるはずはない。


だが幻覚でなければこちらの攻撃がすり抜けるはずもない。

矛盾したこの現象に、ナオミは困惑した。

そうして考えている間にも、杏子は再び襲い掛かってきた。

ナオミは反撃を考えず、隙を見せずかわしつづけることに専念した。

サイキックで壁を作って槍をいなし、素早く動いて死角に回る。

(幻覚だとしても本物だとしても、いずれは消耗するはず)

が、そんなナオミの判断はあっさりと裏切られた。

「ちっ、うぜえ!」

そう言って杏子は槍を投網のように拡散させる。

「しまっ――」

それはまるでタコやイカの触手のように巻きついてナオミを捕らえようとする。

そのとき――

「サイキック・エアロガ!」

よく分からない技の名前とともに、ナオミの体が横に突き飛ばされた。

そのおかげでナオミを捕らえようとした杏子の攻撃は大きく外れる。

「あ、なにアンタ?」

露骨にいらだった声で、杏子は邪魔をした人間の方を振り向いた。

そこには青いショートカットの少女がいる。

「美樹さやか、特務エスパー候補生」

凛として、その少女――さやかは答えた。

「うぜえっ!」

杏子は刃を大きくした槍を手にさやかに襲い掛かる。

「右よ!」

そこにまた別の声が入ってきた。

その声に従ってさやかが右によけると、杏子の攻撃は見事に空振りした。

「にゃろーっ!」

杏子は空振りした槍をそのまま横薙ぎに振るう。


「次、下!」

またも指示が飛び、そのとおりに動いたさやかはきわどく杏子の槍を避けた。

「今よ!」

そして、さやかは杏子に飛び掛り、サイキックを込めた全力のパンチを振るった。

杏子は槍をフルスイングした体勢を元に戻しきれず、その拳を顔面で受けた。

 バシン

確かに打撃音がして、さやかの拳が杏子の頬にめりこんだ。

「――だっ!」

だが、杏子はふらつきもせず、腕で払いのけるようにさやかを突き飛ばした。

「うわっ」

さやかはそのまま壁に叩きつけられそうになる。

が、壁にぶつかる直前でピタッと止まった。

「おかげで助かったわ。でも無茶はしないで」

そう言ってナオミがさやかをかばうように前に立つ。

「さっすが本物の特務エスパー。人一人を完全に空中静止させられるなんて」

感心したようにさやかが言った。

「あなたこそ、訓練生にしては動きがいいわ。将来有望ね」

ナオミはさやかににっこり微笑みかける。

「いやぁ、あれは姫子のおかげで――」

そんなことを話していると、杏子が槍を投げつけてきた。

「うぜぇ、あたしの前で余裕こくんじゃねえ!」

そして、自分で投げた槍と歩調を合わせるように襲い掛かる。

「それは梅枝さんがガード、さやかは槍が止まると同時に反撃、でもすぐ逃げて!」

またも誰かの指揮が飛ぶ。

ナオミは半信半疑のまま、その声に従って超能力で防壁を作る。

見えない防壁にぶつかって投げた槍がはじかれ、杏子が手に持った槍も止まった。

その瞬間に、さやかは飛び込み、またも全力のパンチをふるう。


「くっ、てめ……」

杏子は今度はさやかのパンチをなんとか腕でガードした。

そしてすぐに槍で反撃に出る。

「っとあぶない」

が、さやかもすぐに後ろに跳んで間合いを開けたためカウンターを免れた。

(なんて的確な指示……皆本さんより有能かも?)

ナオミはまるで一瞬先の未来を見越したような完璧な指揮に驚いていた。

「……わかった。 あんたたちじゃない。 あっちが先だ!」

杏子はそう言って後ろに槍を投げる。

その槍は廊下の曲がり角の辺りで突き刺さった。

「――ひっ」

そしてその曲がり角のあたりから小さな悲鳴が聞こえた。

「やっぱ、そこか。 さっきからウゼェ口出ししてたヤツは!」

杏子は後ろにナオミとさやかを置いたまま全力でそこに向かって走る。

杏子は逃げる獲物を追うつもりだった。

姿を隠して指示を出し、槍が飛んできたら悲鳴をあげるような相手だ。

直接的な戦闘能力はないに違いない。

だから自分が狙われたら真っ先に逃げ出すだろう。

そう考えていた。

しかし――

「来たわね」

曲がり角まで行ったとき、その指揮をしていた人物――三橋姫子は壁に姿を
隠しながらも全く逃げていなかった。

それどころかスタンガンを構えている。

「なっ?」

予想外だったせいで、杏子は反応が追いつかなかった。

「自分が襲われることを、私が予知してないと思った?」

そんな言葉と同時に、スタンガンを杏子の胸部に直撃させた。

「……ぐっ」

さしもの杏子も倒れこむ。

そこに後ろから追いついたナオミとさやかがサイキックで追撃を加えた。

杏子はしばらくもがき苦しんだかと思うと、突如霧のように霧散した。

「……消えた? やっぱり幻覚の一種?」

さやかがつぶやく。

「だとしたら、なんで攻撃を加えたり受けたりすることができるのかしら?
こっちの攻撃がすり抜けることがあるのも良く分からないわ」

超能力戦のプロであるはずのナオミにもその答えは出せなかった。

そして、ナオミとさやかはどうしてと尋ねるようなまなざしを姫子に向ける。

「わ、私にはわからないわ。 予知でああやったら敵をやっつけられるってのが
見えただけだから」

あわてて姫子は首を横に振った。

「それよりも、これで終わりじゃないわ。
さっき敵に近づいて読めちゃったんだけど、こっちは陽動よ」

姫子は目覚めたばかりのテレパス能力も披露する。

「一体何が目的の侵入者なの?」

ナオミの質問に対して、姫子は目を閉じて超感覚を研ぎ澄ませた。

そしてしばらくしてキッと目を見開く。

「宿直室に小学生ぐらいの女の子がいない? 桃色の髪の。 狙いはその子よ」

「桃色の髪、宿直室!? まどかだ!」

姫子の言葉を受けて、さやかが叫んだ。

今回のアップはここまで

サブタイが足りなくなるかも知れないので今回から被り有りで行きます

緊急事態を告げるサイレンで、まどかは目覚めた。

訓練生は部屋から出ないようにとスピーカーが告げる。

言われたとおりに部屋でじっとしているのが一番安全だろう。

なにしろ、世界でも有数の警備を誇るバベル本部だ。

そうは思っても、なぜかまどかは心の中の不安をどうしても拭いきれなかった。

不安なとき、心を落ち着かせるのは友人の存在である。

まどかは枕もとの電話の受話器をとって、内線でかけなれた部屋番号を押した。

そして、電話がつながるのを心待ちにする。

しかし、いつまでたっても受話器は呼び出し音を続けるだけで、
どこにも繋がらなかった。

「さやかちゃん、寝てるのかな?」

まどかの不安はさらに増大する。

こうなると、落ち着いて眠ることもできない。

まどかは寝床から飛び起きて、だが扉を開けるほどの勇気も無く、
ただただ部屋の中をうろうろとした。

「なんだ、落ち着かないヤツだなぁ」

どこからか声が聞こえてくる。

「だって、怖い侵入者が入ってきたって言うのに私はここでひとりなんだよ?」

そう答えてから、まどかはハッときがついた。

「……誰?」

おそるおそる、まどかは尋ねる。

「こわーい、侵入者」

あっけらかんとそんな風に答えて、外からすり抜けてきたように
壁から赤い人影が湧き出てきた。

「え、え!?」

まどかの脳裏には逃げるという選択肢は浮かんでこなかった。

あまりのわけのわからなさに、ただただ混乱するだけだ。

その人影――赤い髪の少女はどこからとも無く長大な槍を取り出した。

「それって――」

まどかが恐る恐る赤い少女に何か聞こうとしたそのとき、

 ドンッ

と大きな音がして、いきなり扉が倒れた。

巻き込まれそうになった赤い少女はまどかから離れるように扉をよける。

「サイキック・パワーチャージ!」

そのよける先をまるで知っていたかのように的確に、また別の少女が部屋に飛び入り
赤い髪の少女に体当たりをした。

「さやかちゃんっ!」

まどかは驚きの声を上げる。

「チッチッチ、イエス、アイ アム!」

体勢を立て直した青い髪の少女は指を振ってそう答えた。

「もう、余裕見せてないで早くESP錠を!」

そこにまた、長い黒髪の女性が入ってきて、すばやく手錠を投げつけた。

手錠はふらつく赤い髪の少女の腕に正確に飛んで行き、ちょうど腕で閉じた。

「佐倉杏子、あなたを逮捕し――えっ、また!?」

長い黒髪の女性、ナオミは目を見張った。

ESP錠が赤い髪の少女・佐倉杏子の体をすり抜けてしまったのだ。

しかも、さっきのさやかの体当たりはあたったはずなのに。

「そいつも分身よ!」

さらに、サイドテールの姫子も追いついてまどかの部屋に入る。

「っち、うっぜーな、ゾロゾロと」

杏子は集まった面々を見てそうつぶやくと思い切り槍を振り回した。

その途中で槍は化け、鞭のようにしなって全員を襲う。

「まどか!」

さやかはとっさにまどかの前に出てかばう。

そのさやかが広げた右手に、しなった槍の柄が直撃した。

「うっ――」

思わずさやかは右手を抱えてしゃがみこむ。

「さ、さやかちゃん……」

「大丈夫、サイキックでガードしてるから」

不安げなまどかに対してさやかは微笑んでそう返すがその顔は少しひきつっていた。

「三橋さんは大丈夫?」

「は、はい、ありがとうございます」

一方、ナオミは無事に超能力で敵の攻撃を防ぎなおかつ姫子を守っていた。

(レベル3でどうにかなる威力じゃないわ、やっぱり私がなんとかしないと)

そう思い、ナオミは手のひらにサイキックを込めて杏子に叩きつけようとした。

「ダメです! その動きは読まれて――」

姫子が叫ぶがナオミは急に止まることもできずそのまま杏子に攻撃した。

しかしまたしてもその攻撃は杏子の体をすり抜ける。

「ハッ、バッカじゃねーの?」

杏子は平然と歩いてナオミの体をすり抜けて通り抜けると、去り際に一撃、
槍を叩きつけた。

「きゃっ!」

ナオミは防御が間に合わず壁まで叩きつけられる。

「さて、これで戦えるヤツはもういねーな」

杏子は悠然と槍を構えた。

「何を、こんくらいで!」

うずくまっていたさやかが飛び掛る。

(――ダメ、やられる!)

「右!」

慌てて姫子が叫んだ。

その声に反応してさやかはとっさに右に飛ぶ。

すると、さっきまでさやかが居たところピッタリに、杏子の槍が通った。

「あっぶなっ! サンキュー、ひめ――」

さやかがそういいかけたとき、

「きゃああああっ!」

まどかの甲高い悲鳴が鳴り響いた。

「あ、しまっ……」

姫子は唖然とした。

さやかに当たる攻撃を予知していながら、そのすぐ後ろに居たまどかのことまで
頭に入っていなかったのだ。

振り向いてみると、槍はまどかの頬に赤い線を作り、さらには髪留めの片方を
破壊していくらかの髪の毛を床に散らしていた。

「あ……あ……」

まどかは怯えて腰が抜けたのか、その場にへたりこんだ。

「このっ、まどかに手を出すな!」

さやかはまたも杏子になぐりかかる。

しかし、その攻撃はあっさりとすり抜けて、逆にすれ違いざまに殴られた。

そしてさやかもナオミとは逆の壁に叩き飛ばされる。

「うぜぇ奴らだなぁ、邪魔すんなよ」

杏子は再び槍をまどかに向けて構える。

「やらせないわよ!」

槍が振り下ろされる直前、姫子が杏子にしがみついてその腕を止めた。

「雑魚が何調子にのってやがる!」

杏子はいとも簡単に、人間離れした力で姫子をはじき飛ばした。

が、その次の瞬間、杏子自身が背後から強力な力で押し飛ばされ、
勢いよく壁に叩きつけられた。

ミシミシと、壁に人型の割れ目ができる。

「やっと分かったわ」

手にサイキックを込めながら、ナオミが立ち上がった。

「あなたの能力は実体の有無を切り替えられる分身。
実体無しでは攻撃できないから、当然攻撃するときには実体のある分身になる。
だから、その時を狙って不意打ちや素早い攻撃で実体の無い分身になる前に
攻撃すればいい」

ナオミの発言に、杏子は顔を振り向かせる。

「ご、ご名答じゃん。……でもさ」

杏子はナオミのサイキックにもがいているかと思ったら、
急にすっぽ抜けたように地面に落ちた。

そしてひょいっと立ち上がる。

「食らってる最中でも抜けられんだぜ?」

杏子はまたも血のついた槍を構える。

しかし――

「あ、やっぱもう帰る。なんか十分らしいから」

そんなことを言ったかと思うと、杏子は窓を破って部屋の外へ飛び出て行った。

「え? あ、待ちなさい!」

ナオミはあわてて超能力で攻撃を飛ばすが、案の定杏子の体をすり抜けてあたらず
あっさりと逃げられてしまった。

「嫌な感じが……、追わない方がいいと思います。
それよりも安否確認を」

姫子がそう言うと、ナオミはしぶしぶうなずいた。


---------------


杏子が屋上に行くと、もう一人の杏子が待ち構えていた。

上がってきた杏子が無造作に槍を投げつける。

待ち構えていた杏子はいかにも余裕と言った緩慢な動作でそれをキャッチした。

すると、上がってきた方の杏子は闇夜に溶けるように影が薄くなり、
やがて消滅した。

そして、残った杏子は携帯電話を取り出して手早くコールした。

「これで任務完了でいいんだな?」

〔ああ、多少足りない分は妹たちのを使えばいい〕

受話器の向こうの若い男の声はそう告げる。

「なんだよ、足りないんだったらまた取ってくるよ?」

杏子は少し不満げにそう返した。

〔その必要は無い。能力の種明かしをされた上に予知能力者が敵にいるからね。
これ以上の長居は避けた方がいいよ〕

「あいよ」

杏子は不満げにうなずくと、闇夜に大きく跳躍した。

 パンッ

その時、発砲音がなった。

「――なっ!?」

杏子が振り向くと、黄色い光の弾が自分に向かってきているのが見えた。

「ちいっ!」

とっさに新たな槍を取り出して投げつけ、光の弾にぶつけて相殺する。

そして杏子は後ろを向いたまま近場のビルに着地した。

「悪いけど、もう一仕事できたみたいだ」

そう言って顔を上げた杏子の視線の先、さっきまで居た屋上の上に、
一人の少女の姿があった。

「このあたりにいると思ったわ。あれだけの数の分身を正確に動かすには
あまり遠くでは不可能。でも本体を危険にさらすわけにはいかない。
だから分身で騒ぎを起こしておきながら本体は近くに隠れている。
あなたがよく使っていた手よ」

美しく整えられた縦ロールの髪の毛を輝かせ、アンティーク調の服装の
白い胸部とともに闇夜に浮き立っている。

「……杏子、逃がさないわよ!」

その少女――変身した巴マミは二丁の銃を両手に構えていた。

〔ほどほどにしてくれよ〕

「それですめばいいけどさ」

そんな短い返事を返して、杏子は携帯電話をしまった。

直後、黄色い銃弾が杏子を襲う。

杏子は上に跳んでそれを避けるが、ビルにめり込んだ銃弾からさらにリボンが伸びてきて杏子を追った。

杏子は空中で、血のついた槍を小瓶のようなものに変えて懐にしまうと、
新たな槍を出した。

しかし間に合わず、触手のように意思を持って動くリボンに捕まってしまう。

杏子を捕まえたことを確認して、マミはそばに飛び移ろうと大きく跳んだ。


一方、杏子は自分は捕まったまま、分身を出して槍を投げつける。

「やっぱり本気なのね」

そう言いながらも、マミは空中で銃を連射して杏子の槍をはじいた。

その間に、杏子は分身にリボンをちぎらせて、飛んでくるマミを迎え撃とうと
槍を構えた。

それに対してマミも、長大な銃を逆さに、鈍器のように構える。

 ガキンッ

大きな衝撃音がして、宙にいるマミと迎え撃つ杏子の武器が激しくぶつかった。

マミはその衝撃を利用して、さらに宙に舞い、杏子の背後に着地する。

が、その先にはまた杏子の分身がいて、マミの頭に刃を突きつけた。

「死にたくなきゃ動くなよ」

背中を向けたまま、本物の杏子が言う。

「同じ言葉をそのまま返すわ」

「は?」

マミの言葉に一瞬、杏子は戸惑ったがすぐに意味を理解した。

さきほど槍で叩き割ったマミの銃からリボンが伸びてきて、
いつの間にか杏子の首にしっかりと巻きついているのだ。

「ちぇ、互いにチェックメイトか」

そう言ったかと思うと、杏子はやおらに携帯電話を取り出した。

「ちょ、動かないでって――」

「ああ、ちょっとタンマ。電話ぐらいいいじゃん、どうせ動けないんだし」

確かに攻撃をしかけてくる様子は無い。

マミは最大限警戒しながらも、それ以上電話を止めはしなかった。

「――つーことでさ、この状態で敵の増援が来たらまじぃんだけど」

〔それは困った。さすがにボクらもそこに救援を送るのはむずかしい。
どうにか逃げられないかい?〕

そんな会話がマミの耳にもれ聞こえる。

(誰? 皆本さんの言っていた『ブラック・ファントム』かしら?)

警戒しながらもマミはそんなことを考える。

「逃げられない場合は?」

〔その時は自殺してくれ。でも、今回の作戦は出来る限り生きて帰ってきて欲しい〕

自殺を命じられたというのに、杏子の表情は全く曇ったりしない。

それどころか緊迫感すらなく恐ろしいほど平然としている。

その感覚に、マミは不気味なものを感じた。

「自殺よりも『魔女化』すれば何名か特務エスパーとかバベル職員を巻き込める。
今のソウルジェムの状態なら『魔女化』が可能だ――」

杏子は自分からそんなことを提案した。

〔いや、今はいい〕

受話器の向こうの相手はすぐさま却下する。

(『魔女化』!? なにソレ?)

聞き覚えの無い、しかし何か不吉なものを感じるその言葉に、マミは一瞬、
集中力を奪われた。

「お、緩んだ」

杏子がそんな台詞をもらす。

「あ! しまっ――」

マミがそう言っている間にも杏子の本体はリボンを破って逃げ出す。

それを追おうとマミが動くと、杏子の分身が槍で切りつけてきた。

とっさに、銃を盾にして直撃を防ぐが、空いた下半身に蹴りをくらい、
マミは倒れた。

(まずいわっ!)

マミは分身の杏子を見上げる。

が、予想していた追撃は無く、そのまま分身は薄くなり消えていった。

マミが見渡すと、すでに本物の杏子は追いつけないところまで逃げている。

「杏子!」

マミは出せる限りの大声で叫ぶ。

杏子は小さく振り向いた。

「絶対に、このままでいさせないわ!」

杏子はマミの方を向きながら、槍を構えて後ろに跳んで逃げている。

話を聞くためか、銃撃に警戒しているのか、この距離では判断がつかなかった。

「絶対にあなたを取り戻して見せる!」

マミのその言葉が終わると、杏子は向き直ってマミに背を向けて跳んで行った。

なんとなくだが、杏子が感傷的な意味で振り向いてくれていたような、
マミはそのような気がした。



本日のアップはここまで

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