真美「お願いがあるんだけど」 (17)

 後ろ姿を見ていることが好きだ。
 コトコト煮込んだ鍋を見ながら、ポニーテールをふりふりさせて、鍋をおたまですくう。よし、と小さくガッツポーズをして鍋をまたかき混ぜる。そんな響の後ろ姿を見ていることが真美は好きだ。
「ひーびきんっ」
 真美が後ろから響に抱きついた。
「わ、真美。火を使っているんだから危ないぞ」
「ねえ、クリームシチューおいしそうだね」

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響の注意をあしらって真美は言う。クリームシチューの匂いをいっぱいに吸い込んで顔をほころばせた。
「もうちょっとでできるからな」
「いやー、しかしひびきんのエプロン姿はそそるものがありますなあ」
「な、何を言ってるのさ」
「ちっちゃくて抱きしめがいもありますなあ」
 そう言ってきゅっと抱きしめると響が顔を赤らめる。真美よりも年上なのにからかいがあって楽しくて、愛おしいと思った。

* * *

「なんかこう、双海真美ちゃんって使いづらいんだよな」
「わかる、わかる」
「やよいちゃんが天真爛漫で元気で可愛いキャラだとさ。真美ちゃんはかぶっちゃうし」
「竜宮小町の亜美ちゃんのがはじけてる感じで別路線もいけるんだけどね」
「プロデューサーとかは何を考えて一緒に売り出しているんだろうな」

「なんかこう、双海真美ちゃんって使いづらいんだよな」
「わかる、わかる」
「やよいちゃんが天真爛漫で元気で可愛いキャラだとさ。真美ちゃんはかぶっちゃうし」
「竜宮小町の亜美ちゃんのがはじけてる感じで別路線もいけるんだけどね」
「プロデューサーとかは何を考えて一緒に売り出しているんだろうな」

 布団から飛び起きると汗でびっしょりだった。
 なじみのディレクター二人の陰口が妙に生々しくて、夢で良かったと真美は心から思った。普段から心の片隅にあった不安だった。評価されたり比べられたりする世界だ。真美だってそれくらいはわかる。けれど、あまりにも手痛い夢だった。
「ひびきん……?」
 隣をふと見ると一緒に寝ていたはずの響がいなかった。あわてて布団から飛び起きた。
 ーー寂しくて手を握りたいのに。
 悪夢よりも響がそばにいないことの方が真美の頭を真っ白にさせた。背中を一筋の汗が伝った。
 空が明るんできているものの、普通ならまだ起きない早朝だ。外に出て真美は思わず身震いした。
「お、真美どうしたの。そんな格好で外に出て」

響が真美に声をかけた。
「ひびきんっ」
 思わず大きな声を出してしまった。響が驚いた顔で真美を見つめる。響の手にはいぬ美のリードが握られていた。
「なんか早く目が覚めちゃったからさ。いぬ美の散歩でもしようかと思って」
 響が夢の内容を知るはずもない。けれど能天気に言った様子が無性に許せなかった。さっきまで焦っていた時間が馬鹿みたいに思えた。
「ま、真美……?」
「ひびきんのばかっ」
 真美はそれだけ言うとすぐに響の部屋に戻ってしまった。響の寂しげな顔が頭にこびりつきながらも、帰る支度を真美は始めた。

* * *

 ーーやってしまった。
 真美が大きくため息をついた。

響とけんかしたことが朝からずっと頭を離れない。何も悪くないはずの彼女を怒鳴ってしまった罪悪感で仕事も身に入らなかった。
「元気ないな、真美」
 プロデューサーに声をかけられた。
「兄ちゃんじゃん」
「仕事、のことじゃなさそうだな。撮影はバッチリだったし」
「可愛く写ってたっしょ?」
「ああ。雑誌の担当者さんもほめてたよ」
「そう」
 嬉しくない訳ではなかったが、真美にとって大事なことは今はそれではなかった。
「響とけんかでもしたのか?」
 思わず隣にいたプロデューサーの顔を見た。響との関係は誰にも言っていないし、秘密のままのはずだ。
「その様子だと正解だったみたいだな」
「兄ちゃん、なんで」
「今日は響もこっちのスタジオでな。さっき会った時に事務所まで送ろうかって言ったら真美を待ってるって言ってたから。何かあったのかと思ってな」
「……兄ちゃん」
「何だ?」
「今日はひびきんと2人で帰ってもいいかな」
「ああ、響はAスタジオで俺を待っているはずだから」
 真美はプロデューサーからそれを聞き終わる前に走り出していた。階段を一段飛ばしで降りながら、期待と不安がまぜこぜの気分のままあっという間にスタジオまで着いた。廊下で手持ち無沙汰にしている響がそこにいた。
「ひびきん!」

まみひび?ひびまみ?

>>6
ひびまみのつもりです

響が真美に声をかけた。
「ひびきんっ」
 思わず大きな声を出してしまった。響が驚いた顔で真美を見つめる。響の手にはいぬ美のリードが握られていた。
「なんか早く目が覚めちゃったからさ。いぬ美の散歩でもしようかと思って」
 響が夢の内容を知るはずもない。けれど能天気に言った様子が無性に許せなかった。さっきまで焦っていた時間が馬鹿みたいに思えた。
「ま、真美……?」
「ひびきんのばかっ」
 真美はそれだけ言うとすぐに響の部屋に戻ってしまった。響の寂しげな顔が頭にこびりつきながらも、帰る支度を真美は始めた。

* * *

 ーーやってしまった。
 真美が大きくため息をついた。

響とけんかしたことが朝からずっと頭を離れない。何も悪くないはずの彼女を怒鳴ってしまった罪悪感で仕事も身に入らなかった。
「元気ないな、真美」
 プロデューサーに声をかけられた。
「兄ちゃんじゃん」
「仕事、のことじゃなさそうだな。撮影はバッチリだったし」
「可愛く写ってたっしょ?」
「ああ。雑誌の担当者さんもほめてたよ」
「そう」
 嬉しくない訳ではなかったが、真美にとって大事なことは今はそれではなかった。
「響とけんかでもしたのか?」
 思わず隣にいたプロデューサーの顔を見た。響との関係は誰にも言っていないし、秘密のままのはずだ。
「その様子だと正解だったみたいだな」
「兄ちゃん、なんで」
「今日は響もこっちのスタジオでな。さっき会った時に事務所まで送ろうかって言ったら真美を待ってるって言ってたから。何かあったのかと思ってな」
「……兄ちゃん」
「何だ?」
「今日はひびきんと2人で帰ってもいいかな」
「ああ、響はAスタジオで俺を待っているはずだから」
 真美はプロデューサーからそれを聞き終わる前に走り出していた。階段を一段飛ばしで降りながら、期待と不安がまぜこぜの気分のままあっという間にスタジオまで着いた。廊下で手持ち無沙汰にしている響がそこにいた。
「ひびきん!」
「わ、真美。プロデューサーが来ると思ってたのに」
「兄ちゃんには2人で帰るって言った」
「え?」
「一緒に帰ろ」
 どういう風に言えば良いかわからなくて思わずそっけなくなってしまった。

 ほうっと吐き出した息が白く染まる。お互いに何も話さない空間で手持ち無沙汰になってしまい何度も繰り返していた。真美から謝るべきなのにそれができなくてもどかしかった。
「ま、真美」
 しびれを切らしたように響が口を開いた。

「何?」
「ごめん!」
 予想外の言葉だった。
「なんでひびきんが謝るのさ」
「ちゃんと理由はわからないけど、真美が寂しそうだったから。隣にいて欲しい時にいてあげられなかったから」
 どうして響にはわかってしまうのだろう。
「だから謝りたいんだ。自分にできることなら何でもするぞ」
「じゃあ、さ」
 泣き出しそうになるのをこらえながら言った。
「お願いがあるんだけど」

「何?」
「ポニーテールを触らせて」

* * *

「ひびきんのポニーテールってすごく綺麗だね」
「ま、真美だって髪の毛縛ってるし、珍しいものでもないぞ」
「さらさらで気持ちいい」
「あんまり言われると恥ずかしいぞ」
 響の部屋でじゃれあう。暖かい部屋の中でゆっくりと髪に手を入れる。くすぐったいのか時おりびくっと体を震わせる様子も微笑ましかった。もっと困らせたくなった。
「ひゃっ」
「うなじも綺麗だねひびきん」
「そこはだめだってば」
「何でも言うこと聞くって言った」
 いつもいたずらを仕掛けるような顔で笑って言えた。そう言うと響は何か言いたげではあるものの大人しくされるがままになった。
「あのね、ひびきん」
「うん」
「怖い夢を見たの」
 夢の内容を話した。全然まとまっていないままに話したのに、響は優しく相づちを打ってくれた。
「真美だって頑張ってるのに。あんな風に思われてるかもしれないって考えたら怖くなって」
「頑張ってたら評価される訳じゃないぞ」
「そうだけど……ひびきん厳しいね」
「でも真美だってどんどんファンを増やしてて前に進んでる。着実に前に進んで評価されてる」
 ーーちっちゃくて可愛いのに、真美よりもひびきんは大人なんだ。
「そして自分は真美の頑張りをちゃんと評価してるんだぞ」
 響が振り返って真美の頭をなでた。
「も、もうひびきんってば」
 恥ずかしくて、そして気を緩めると泣いてしまいそうで思わず響から顔をそらした。
「優しくなでてやるとハム蔵やいぬ美たちも喜ぶんだ」
 頭をなでてくれる、ただそれだけのことで、いつの間にか夢の内容なんてどうでもよくなっていた。優しく頭をなでてくれる手のひらにだけ集中しているのだった。
「あのねひびきん」
「何?」
「怒鳴ってごめんね」
「なんくるないさー」
 響がにかっと笑う。つられて真美も笑うのだった。

終わりです。ありがとうございました。

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