サトシ「歌う花はシトロン」(35)


まだ少し、肌寒い時期の日だった。
辺りは闇に覆われ、足元さえ見えない状態の中俺達は泊まれる場所を探していた。
隣で歩いているセレナが青い顔をして、時計を何度も見直す。

セレナ「あぁもう…こんな時間よ!どうするの今日!」

今にも泣きそうな顔だ。

サトシ「どうするって言われても野宿するしか…」

俺がそう言うと彼女は目に涙を溜めながら、真っ暗な森の中をきょろきょろと見渡した。
そして、草むらの向こうにキャタピーの大群を見付けると忽ち泣き出した。
そんなに野宿が嫌なのだろうか。

ユリーカ「近くにホテルが無くてもポケモンセンターがあればなぁ…。」

ユリーカが人差し指を薄い唇に当てて、うーんと唸った。
野宿も結構楽しい物だと思うのは俺だけなのだろうか。

ユリーカ「あたしは別に野宿でもいいよ!楽しそうだし!」

考えるのを諦めたのか、ニシシと無邪気に彼女は笑った。
後ろの方でセレナが嘆いている。

サトシ「よし。シトロン、ライト持ってるか?」

シトロン「あ、はい、持ってますよ。どうぞ」

サトシ「さんきゅ。もう遅いし、今日はここで野宿だな。」

シトロンから手渡されたライトを地面に置くと、その光を頼りに俺は野宿の準備を始めた。
セレナも仕方ないと思い直したのか、渋々ながらも動き始めた。
その隣でピカチュウとシトロンが苦笑いしている。

セレナ「…本当にここで野宿しても大丈夫なの…?」

丁度、食卓の準備の最中だった。
やはり野宿は不満なのか、不安そうに木材を抱えながらセレナはそう聞いて来た。

サトシ「大丈夫だって!いざと言う時は俺が守ってやる!」

安心させる様に笑うと、彼女の頬はほのかに赤く染まった。
何か、おかしかっただろうか。



ご飯を食べ終わった後、旅の疲れで直ぐにユリーカとポケモン達は眠りについた。
すやすやと心地好さそうに寝ている。

ユリーカ「…うぅん…おにいちゃ……」

ユリーカが寝言を漏らす。

シトロン「ふふっ、お兄ちゃんはここにいますよ。」

まだ幼い彼女を膝枕で寝かせている彼はそう呟くと、その小さい頭を撫でながら優しく微笑んだ。
その姿は、やはり兄妹さながらの温もりを感じる。
こちらも笑みが零れてしまいそうだ。

セレナ「あ、ねぇ!サトシ!シトロン!」

先程まで片手に鏡を持ちながら髪の手入れをしていたセレナが何か異変に気付いたのか、不意に声を荒げた。

サトシ「どうしたんだ?セレナ。」

セレナ「フォッコ、フォッコ…知らない…?」

彼女の顔は今日、何回青く染まっただろう。
これまでに無い程、顔を真っ青にして辺りをきょろきょろと見渡す。

サトシ「フォッコならピカチュウ達と一緒にそこで寝て…」

俺がそう言って指差す方向にはセレナの言う通り、フォッコの姿は無かった。
シトロンの目が見開く。

セレナ「…っ、私探して来る!」

サトシ「おっ、おい!セレナ!?」

寝巻きのまま裸足でセレナは駆け出して行った。

サトシ「あいつ…!シトロン!ユリーカとポケモン達を頼む!」

シトロン「は、はい!!」

俺は彼女の靴と上着を手に取ると、彼女の跡を追った。


どれくらい走っただろうか。
彼女は今、何処にいるのだろうか。
呼吸が上手く出来なくなる。
走り過ぎて気がどうにかなりそうだ。
ライトも持たず、飛び出してしまった事を後悔する。
ホロキャスターで一回シトロンに連絡するべきだろうか。

サトシ「くそ…」

寒い。
色んな事が頭の中を巡回するためか、集中力が切れて来る。
おまけに眠い。

サトシ「フォッコ!?」

草むらから見付けた赤い葉をフォッコの耳と間違えた俺は勢い良くそれに飛び付く。
手に残った感触が酷く虚しさを誘った。
握り締めた葉っぱを力強く地面に投げ捨てる。

サトシ「どこ行ったんだよ…フォッコ…セレナ…」

帰る訳にはいかない。
二人はもしかしたら、俺よりもっと辛い思いをしているかもしれないから。
ひんやりと土の冷たさが肌から伝わって来る。
視界もぼやけて見える。
そんな状態の時だった。

サトシ「…!」

風が吹く。
透き通る様な歌声だった。

でも女性の声じゃない。
中性的な、それでいて強さを感じる。
そう、少年の声だ。
耳に奥に響く、心地好い歌声。
何の歌かまではここからじゃ、遠くて聞き取れない。
近くで、近くで聞きたい。
無意識に足を進ませていた。

サトシ「ここって……」

間違いなかった。
戻って来たのだ。

サトシ「……」

焚き火の炎で紅色に染まった彼。
眼鏡を外しているからか、やけに別人の様に思えた。
瞳を閉じて、彼は唇を揺らしていた。
子守唄だろうか。
綺麗だった。
美しかった。
今まで、彼にそんな感情を抱かなかったのに。
今は何故か。
強く、強く、そう感じた。

…………………………
……………
……

サトシ(あの時、シトロンは歌が上手いんだと知った。)

サトシ(あの時、シトロンの歌声に惹かれて迷子だったフォッコが現れて来た。)

サトシ(あの時のシトロンの表情が忘れられない。)

サトシ(あの時のシトロンの歌声が忘れられない。)

サトシ(いつも考えてしまう。あの時の、シトロンを。)

サトシ(もっと知りたい。そう思う様になった。)

サトシ(同姓にこんな気持ちを抱くなんて今までなかったのに。)

サトシ(男に綺麗とか、美しいとか思った事なかったのに。)

サトシ(あの時を思い出す度どうしてか。)

サトシ(酷く、意識するようになった。あいつ、を。)


ユリーカ『ねぇ、お兄ちゃん』

シトロン『どうしたの?ユリーカ』

ユリーカ『お兄ちゃんはどうしてポケモンさん達とあたしの前でしか歌わないの?』

ユリーカ『とっても上手なのに…』

ユリーカ『サトシやセレナにもお兄ちゃんの歌声聞いて欲しいよ』

シトロン『そう思ってくれるのは嬉しいよ。でも、駄目なんだ。』

ユリーカ『どうして?』

シトロン『どうしても、駄目なんです』

ユリーカ『?』

シトロン『ユリーカはまた聞いてくれますか?』

ユリーカ『勿論!』

それから数日が立ってある日の夜ー…

ホテル

サトシ(……目が覚めてしまった…)

サトシ(寝れない…)

サトシ「」ゴロン

サトシ「!」

サトシ(隣で寝てた筈のシトロンがいない…)

サトシ(トイレか?)

サトシ「なぁ、ピカチュウ」

サトシ「…起きてるか?」

ピカチュウ「ピカ?ピッカー(なんだい?俺のサトシ)」

サトシ「…お前はさ、シトロンの事どう思う?」

ピカチュウ「ピカァ?ピカピカ!(シトロン?うまそうだよな)」

サトシ「ってポケモンのお前に言っても分からないよな、ははっ」

ピカチュウ「ピカァ…(サトシ…俺がいるよ…)」

サトシ「…」ゴロゴロ

サトシ「…」ピタッ

サトシ「………はぁ」

サトシ「寝れねぇ…」

ピカチュウ(サトシ……)

サトシ「…」

ピカチュウ「ピカピカ!ピカ!(よしサトシ、俺を抱き枕代わりにして寝ろ!さぁ早く!)」

サトシ「…シトロン、どこいるんだろ…」

サトシ「…探しに行こ」ギシッ

ピカチュウ「…」

サトシ「」ガチャッ

サトシ「」キョロキョロ

サトシ「」パタン

サトシ「」トコトコ

サトシ「…シトロン」

サトシ「」キョロキョロ

サトシ「…いない」

サトシ「…外か?」トコトコ

サトシ「…」ギィ

サトシ「」パタン

サトシ「………」ブルッ

サトシ「やっぱ外は寒いな…。上着、着て来たら良かった…」

サトシ「戻るのもだるいし我慢するか…」トコトコ

ヨルノズク「ホーゥホーゥ」

サトシ(あれは……ヨルノズクだ)

サトシ(へぇ…カロス地方にもいるんだ)

~♪

ヨルノズク「…………」ピクッ

サトシ「?」

ヨルノズク「ホーホー!」バサバサッ

サトシ「ヨルノズク!?どこ行くんだよ!」

ヨルノズク「ホーホー!」バサバサッ

サトシ「待てよ、ヨルノズク!」ダッ


サトシ(見失ってしまった…)ゼェハァ

サトシ(それにしてもどうしたんだ?あのヨルノズク…様子が変だったな…)

サトシ(………心配だ)

~♪

サトシ「!」

サトシ「何か聞こえる…?」

サトシ(走るのに夢中で気付かなかった…)

~♪

サトシ(…気のせいじゃない。確かに聞こえる…)

サトシ「」キョロキョロ

~♪

サトシ(それにどこかで聞いた事がある声と歌……)

サトシ(!もしかして…っ!)ダッ


サトシ「……はぁ…はぁ……」ガサガサ

サトシ「こっちから聞こえる…」

サトシ(段々と近付いて行ってる筈だ…)

~♪

サトシ(だって声がこんなに近くで…)

サトシ「!」ガサッ

~♪

サトシ(……シトロン)

サトシ(…やっぱり、声の主は)

サトシ(お前、だったんだな……)

サトシ(あの時と変わらぬ様に歌ってる…)

サトシ(心が温かくなる歌声……)

ヨルノズク「ホーホー!」バサバサッ

サトシ(あいつはさっきの…!)

サトシ(……そうか)

サトシ(ヨルノズクはシトロンの歌声に惹かれて…)

サトシ(よく見てみるとあちらこちらでポケモンが集まって来てる…)

サトシ(ポケモンも惹き付けるなんて、凄いな…)

サトシ(………シトロン)


サトシ(真夜中の)

サトシ(小さな森の中で)

サトシ(小さな切り株に座る君の姿は)

サトシ(月明かりで白く輝いて)

~♪

サトシ(その歌さえも)

サトシ(俺を魅了する)

サトシ(………綺麗だ)

サトシ「……」

サトシ「フッ…」ドヤッ


サトシ(シトロンはこうして毎晩、外へ出て歌っているのだろうか)

サトシ(それを知らずに俺はその間ずっと寝て……)

サトシ(勿体無い事しちまったな…)

サトシ(これまでに何回もシトロンの歌声を聞けるチャンスがあった訳だ。)

サトシ(それをまんまと逃がして…)

サトシ(どうして気付かなかったんだ、俺は。)

サトシ(だが)

サトシ(シトロンの秘密を知ってしまった以上、)

サトシ(俺はもう迷わない!!)

サトシ(これからはそう…)

サトシ(この姿を毎晩拝めてやるぜ…)

サトシ「………ぐふ」




ユリーカ『ねぇ、お兄ちゃん…』

シトロン『どうしたんだい?ユリーカ』

ユリーカ『あたしね、昨日…怖い夢を見たの…』

シトロン『怖い夢?』

ユリーカ『うん。凄く…怖くてね……お兄ちゃんがあたしの傍から……消えちゃうの…』

シトロン『僕が、ですか?』

ユリーカ『うん…。何も言わずに、ただ静かに消えて……いって…。その夢が……今でも忘れられないの…』ジワァ

シトロン『ユリーカ…』

ユリーカ『うぐっ……ふぇ……ぐすっ…』

シトロン『……大丈夫だよ、ユリーカ。お兄ちゃんは絶対にユリーカを放っていったりしない』

ユリーカ『本当…?』

シトロン『本当ですよ。僕はずっとユリーカの傍にいます』ニカッ

ユリーカ『!うん…!あたし、お兄ちゃんの事信じる!勝手に消えたりしないでね!約束だよっ!』

シトロン『はい!』

……………………
…………
……

チュンチュン

シトロン(……んんぅ………ヤヤコマの……鳴き声……)

シトロン「」パチッ

シトロン「………もう朝か」

シトロン「んん~」ノビー

シトロン「…夢、かぁ…」

シトロン「久しぶりに見たなぁ…」

シトロン(昔の、まだ小さかった頃のユリーカとの約束)

シトロン(その後、指切りげんまんして、子守唄歌ってあげたんだっけ?)

シトロン(ふふ、懐かしいなぁ…)

シトロン「…さてと」

シトロン「サトシ!サトシ!」ユサユサ

サトシ「………ん…」

シトロン「サトシってば!朝だよ!起きて下さい!」ユサユサ

サトシ「うーん…」モゾモゾ

シトロン「サトシ!」ユサユサ

サトシ「もうちょっと……」

シトロン「駄目ですよぉ!セレナ達が食堂で待ってます!」

サトシ「あとちょっとだけだから………」

シトロン「だーめーでーすー!」ユサユサ

サトシ「うーん……」

ピカチュウ「ピカピカ!(シトロン離れてろ!)」クイクイ

シトロン「?離れろ、と言っているのでしょうか?」サササッ

ピカチュウ「ピガアァァ!(くらえ!俺の愛の10万ボルト!これで目を覚ますんだサトシ!)」

ビリビリビリビリビリビリビリッーーーー!!

サトシ「」プスプス

シトロン「さ、流石ピカチュウ……」

ピカチュウ「ピッ…」ドヤッ

食堂

セレナ「あっ、来た来たー!二人とも遅かったねー!早く朝食、食べちゃいましょ!」

ユリーカ「お兄ちゃん、おそーい!」

シトロン「ははは…すみません」

サトシ「………」

セレナ「って…何でサトシ黒焦げなの…」

サトシ「…これには理由があるんだよ…。深く聞かないでくれ…」

ピカチュウ「ピッピカ!」

セレナ「そ、そう……」

サトシ(くそ…ピカチュウめ…。折角のシトロンとの時間を寝たふりで誤魔化して満喫してたのに……)

シトロン「それじゃあ、朝食頂こうか!」

セレナ「ええ!」

ユリーカ「いただきまーす!」

サトシ「いただきます…」

サトシ「」モグモグ

サトシ(…昨晩はあと後、シトロンが帰って来るまでに何とか見付からずホテルに戻って来れた訳だが…)

サトシ「」モグモグ

サトシ(何にせよ、シトロンが戻って来るまでに俺が部屋にいて、寝てるふりをしてないとな…確実に怪しまれる…)

サトシ「」モグモグ

ユリーカ「デデンネにもご飯あげるねー!はい!どーぞ!」⊃ポフレ

デデンネ「デデンネー!」

シトロン「ふふっ、微笑ましいな」

サトシ「」チラッ

サトシ「……はぁ」モグモグ

セレナ「………」

セレナ(今日のサトシ…何だか元気ないわね…。口数も少ないし…)

セレナ「」チラッ

サトシ「…」モグモグ

セレナ(何か、あったのかしら…?)

サトシ「…」モグモグ

サトシ「はぁ………」

サトシ「…」モグモグ

サトシ「はあぁぁ……」

セレナ「…」

シトロン「サトシ?元気ないですよ?何か悩み事があるなら言って下さいね」

サトシ「!」ガタッ

シトロン「」ビクッ

サトシ(誰も俺の変化に気付いてくれなかったのに唯一気付いてくれたっ…!)

サトシ(つか、その為にわざとため息繰り返してたんだけどな!)

シトロン「ど、どうしましたか…?」

サトシ「あっ、いや!何もない何もない!はははー!」

サトシ(いやー、シトロンさんまじ天使だわうん)

シトロン「…?」

セレナ「…」

ユリーカ「」モグモグ

ユリーカ「」モグモグ

ユリーカ「ふうぅぅ……」

ユリーカ「おかわりー!!」ガタッ

デデンネ「ンネー!!」

セレナ「ふふっ、二人ともよく食べるわねー」

シトロン「僕も負けませんよぉっ」モグモグモグモグ

ユリーカ「ああっ!そんなに慌てて食べると喉詰めt」

シトロン「ぐえぇぇっ」ゴホッゴホッ

ユリーカ「言わんこっちゃない……」

デデンネ「デネェ……」

セレナ(……今日ものどかね。)

セレナ(…ただ、一つ違うのは…)チラッ

サトシ「…」モグモグ

セレナ(サトシ…)

朝食後…

サトシ「おし。んじゃ、そろそろ出発するかー」

ユリーカ「次の街まで張り切って行こう!」

シトロン「次は確か…」

セレナ「ちょっと待ってね…今マップを出すから。」ゴソゴソ

シトロン「すみません…」

セレナ「いいのよ、これぐらい!」⊃マップ

サトシ「どれどれ…」

セレナ「現在地がここね」

ユリーカ「ふむ」

セレナ「そして次のシティへ行くには……」

セレナ「…洞窟を抜けなきゃならないわね…」

サトシ「燃えてくるな、洞窟!どんなポケモンがいるのかワクワクしてくるぜ!」

シトロン「では早速洞窟目指して出発しましょう!」

オー!!

洞窟

トコトコトコ…

セレナ「…そ、それにしても薄暗いわね…」

シトロン「足元に気を付けて下さい…」

バサバサアァ!

セレナ「きゃあぁあっ!!」ズテンッ

サトシ「!大丈夫か!?セレナ!」タタタッ

バサバサッ

ユリーカ「ズバットだぁ」

シトロン「飛んで行ってしまいましたね…」

セレナ「いったぁ……」

サトシ「ほら」スッ

セレナ「あ……」ドキン

セレナ「あ、りがとう……」

サトシ「おう!」ニカッ

すまん、トリップ付けるの忘れてたンゴ
>>33>>1ンゴ

ユリーカ「おーい!二人とも早くー!!」

サトシ「おう!今行く!」

サトシ「セレナ、歩けるか?」

セレナ「!む、無理かも……」

サトシ「…そうか」

サトシ「んじゃ、おんぶしてやるから乗れ」

セレナ「えっ!?」

サトシ「ほら、早く」

セレナ「で、でも…」

サトシ「二人が待ってる」

セレナ「う、うん…」

サトシ「よいしょっと…」

サトシ「…」トコトコ

セレナ「…」ドキドキ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom