ぼく「学園都市?」 (36)

夢を抱くことによって人間は人間と呼べるんだ。
これは彼がぼくに口癖のように言っていた言葉。 恐らく彼は人間と他の動物との決定的な相違点は言語 を使用することでもなく、技術を開発することでもな く、夢を持つことだと言いたいのだろう。
夢、とは言ったが当然それは睡眠時に起こる体験現象 の事ではなく将来の夢や希望、それに期待といった事 を指している。
確か彼はよくそれを幻想と表していた 気がする。
その考えにぼくは同意はできなかったし、かといって否 定もしなかった。ありていに言えばどうでもよかった からだ。
そんなぼくの考えを聞くたびに彼は苦笑いしながら決 まって「まぁお前はそうだろうさ」と失礼な事を言っ ていた。 しかし、彼はそんなメルヘンチックな持論を持ちなが らも、他人の幻想を殺している。それもかなりの数を。

ぼくは彼がこの話を始めると必ずと言っていいほどそこ を指摘するが、これも決まって「それはそれだ」と棚 に上げてしまう。
この事も正直どうでもいいと感じているぼくはそれ以上 むやみに彼に追求することは無かった。

「つまり、君は人殺しと同じなんだね」

「否定はしねぇよ、人殺し」

「ぼくは人殺しなんかしたことがないさ」
「嘘つけ」

「まぁね」

これも決まって成される会話。 彼は自覚しているし、ぼくは堕落している。 お互いに青い少女を起点とし、基点とし、機転として いる者だからこその会話だとも言える。 それも、それは終点の無い物語だと言うことも同じ だった。

「でも、君とぼくとは違うんだよね。根本的に」

「ああ、鏡写しですらねぇよ。抜本的に」

彼は主役で、ぼくは観客。正反対でも、間逆でも、同義 でもない存在。消して交わらない平行線。ぼくは舞台に立つことはできない。物語関わる事はして はいけない。 彼は舞台から降りることができない。物語から外れる ことができない。

「そろそろ幕が上がるんじゃないかい?ヒーローさ ん」

「それならとっとと舞台から降りろよ、傍観者」

これでぼくたちは会話を止めなければならない。 また一つ物語が始まるのだから。 それは喜劇か悲劇かそれとも両方か、そんなことはぼくの知ったことではないけれど彼はまた物語の主役にな るのだろう。 それならば、ぼくはただその流れに身を任せて流れるだ けだ。

「それじゃ、幻想殺し」

ぼくは無理やり微笑んだ。

「じゃあな、戯言遣い」

彼は、笑わなかった。

登場人物紹介

上条当麻―――――――――――――無能力者

御坂美琴―――――――――――――超能力者

月詠小萌―――――――――――――教師

ステイル=マグヌス――――――――魔術師

神裂火織―――――――――――――魔術師

インデックス―――――――――――禁書目録

ぼく―――――――――――――――語り部

哀川潤――――――――――――――人類最強の請負人

七日目(1)―――――――幻想殺し

登場人物 インデックス 魔術師・禁書目録



殺せ殺せよ殺しなさい



ぼくが学園都市に来て七日目となる朝は、 夏休み初日らしく晴れ渡る空に浮かぶ太陽によって尋常じゃないほどに熱された室内から始まった。
普段からあまり冷房を使用しないぼくでも流石に滅入 るほどの熱さであり、 備え付けのエアコンを作動しようと枕元にあったリモ コンを操作するも反応は無く、気だるい体を無理やり起こし、手動で作動させようと するが、これまた反応無し。

つまり、故障していた。

「…………」

心頭滅却すれば火もまた涼し、という言葉があるが、生憎とぼくは我慢強い人間ではないため、さっさとベランダへ続く掃きだし窓を開け空気を入れ 替える。
その時、隣の部屋のベランダになにやら白い物体が 引っ掛かっていたように見えたが、 きっと布団だろうと部屋に戻り、これまた備え付けの ベッドに腰を下ろす。

あまり部屋の中に物を置くのを好まないぼくは、必要 最低限の家電製品や、取り外しの出来ないもの意外は 初日に撤去しており、そのため、現在はとても殺風景な部屋となっている。
その分、実に風通しがいい。 ベランダから入り込む風で、滲んでいた汗も引き、幾 らか爽やかな気持ちになったかと思えば、 所詮は自然風。あっという間に熱風へと代わり再び額 に汗が浮き上がる。

そんなわけで、最悪の目覚めである。

未だに思考が正常に機能していないので、まずどうし てぼくが普段住んでいる京都の骨董アパートではな く、 学園都市という科学都市の学生寮、それも高校の指定 寮で目を覚ましたのかを思い返してみた。



「ちょっと学園都市で探し物をしてくれ」とまるで近 くのコンビニへお使いを頼むように哀川さんは ノックもせずにぼくの住んでいる骨董アパートのドア をぶち破り(文字通りぶち破った。
弁償はしてもらえ たが) 姫ちゃんの件を運んできた時のように、にこやかな笑 顔でそう言い放つと、ぼくのTシャツの襟をつかみそ のまま鞄のように持ち上げ、
そのまま肩に架け、そのまま部屋から出て、そのまま 駐車場に留まっていた真っ赤なコブラの後部座席に投 げ捨てられたのだ。

まぁ前回のようにスタンガンを使用されなかっただけ でもマシな方だろう。

そして「いーたん、明日から高校一年生だから」と助 手席に置かれていただろう 学生服と学生証(偽装)と冒頭にあった“探し物”の写真 を渡された。というより投げつけられた。

ぼくはその写真を一瞥すると、どうせ着替えさせられ るであろうと予想し学生服を手にとり、後部座席で着 替えを始めた。 また女子生徒用の物ではないかと内心ヒヤヒヤしてい たが、今回は普通に男子生徒用の制服だった。

「お、いーたん何も言ってないのに着替えるたぁ良い 心掛けじゃねぇか。それによく似合ってるぞ《瞬間記 憶能力者、ただし記憶喪失。みたいなっ!》」

「……この場合、その素敵比喩は馬鹿にしているだけで しょうよ」

それでも、何も言わずに着替えるあたり、奴隷根性が 身に付いているのかもしれない。 いやだなぁ。

「いやいや、本当に似合ってるって。いーたん童顔だ からなー、思ってたより全然高校一年生だわ」

「全然高校一年生っていう表現が全然理解できないん ですが」

相川さんはぼくの言葉にニヒヒと邪悪な微笑を浮かべ ながらコブラのキーを回す。
とてつもなくでかい排気音と揺れを感じながら着替えを終え助手席に移動し、 シートベルトを装着する。

「それで、今回ぼくはどこに連れて行かれるんです か?哀川さん」

頭の後ろに手を回し、心底面倒くさそうに言い放って みる。

「あたしのことは名字で呼ぶな。あたしを名字で呼ぶ のは敵だけだ……ってお前あたしにこの台詞言わせたい だけじゃねえのか?」

どこぞの委員長の気持ちが分かった気がするなぁ、と 何処か遠い目をしながらもぼくへのチョップは忘れな い。

「……で、どうなんですか。潤さん」

叩かれた額を押さえながら、車を発進させる為にギア を掴む哀川さんへと再度質問を投げ掛ける。 その質問に返答は無く、哀川さんは車を発進させ、駐 車場を出て、国道に出る頃にようやく口を開いた。

「だから初めから言ってるだろ?学園都市だよ、が・ く・え・ん・と・し」

「ああ、あの兵庫県にある」

「あそこも確かに学園都市だけどな……一応言っておく けど面白くねぇぞ」

あう。 だが確かに自覚はあった。

「東京の西にある馬鹿でかい都市だよ。その名の通り 学生が人口の大半を占める場所で、 機密、防衛、規模から見れば、一つの国と言っても過 言ではないね。つーか、いーたん本当に知らねぇ の?」

「聞いたことくらいはあるような気がしますけど……」

はっきり言って知らない。しかし日本という国にそう いった国家レベルの自治区があるとは、いかにもきな 臭い。

「とにかく、そこのとある高校に編入して、潜入し て、その写真に写る探し物を回収するんだよ」

「はぁ……」

曖昧な返事を返してぼくは先ほど渡された写真を取り 出す。

「でも、これを探すってのは、なかなか骨が折れます よ」

「大丈夫だ。期間は腐るほどあるし、ソレも腐るほど ある」

「へぇ……」

もはやぼくのスケジュールなどガン無視である。それ が哀川さんらしいといえば、これ以上なく、らしい。 ぼくは、哀川さんの言葉に若干ではあるが、この写真 に写る探し物に興味が湧き、少しその学園都市なる場 所に思いを馳せてみる。 戯言だけどね。

「でも、何であいか……潤さんが直接行かないんで す?」

「ちょっと別の依頼と被っちゃってなぁ……長期になり そうなこの依頼と平行してやる訳にはいかなくて……」

「それで、ぼくを利用すると」

「ひっでーな。利用なんて言うなよ。持ちつ持たれつ 縺れつつ……ようは助け合いだよ、助け合い」

こんな一方的な助け合いもないと思うが、それを口に 出すことはしないでおこう。 なんか哀川さんの表情はにこやかだけど、依頼の話に 触れたら若干不機嫌になってるし。 それなりの付き合いを経て、多少の感情なら読めるよ うになってきたぼくである。特に怒りには敏感だ。

「わかりましたよ。どうせもう手続きも済ましてるん でしょう?それなら戯言遣いは流れ流され働きましょ う」

「お、さっすがいーたん!お礼は千賀ひかりの声帯模 写でのマニアックプレイでいいかな?」

「おいやめろ」

強い口調で静止したぼくに「相変わらずこの手の冗談 が通じない奴だな」とウインカーを点滅させる哀川さ ん。 気が付けばもう高速の乗り口だった。

「そういえば、東京なんですよね、そこ」

「ああ。片道三時間ってとこかなぁ」

「いや、どんだけ飛ばすつもりなんですか」

「あたしが走れば一時間で到着するけどな」

「それは無理でしょう……いや、無理ですよね?」

この人なら実際にやりかねないから、たちが悪い。

「それじゃ、めくるめく超能力の世界へ言ってみよう か」

料金所を通過し、本線に乗るやいなやアクセルペダル をベタ踏みし、哀川さんは楽しそうにそう言った。

哀川潤。 真っ赤な人類最強の請負人は、ハードボイルド映画の 主役のような、ニヒルな笑みを浮かべていた。



そんな事情でこの学園都市にやってきたぼくは、流れ るように編入手続きを済ませ(本人確認が必要な書類 だけは残っていた) 流れるように寮へと引越し、流れるように転校生とし て紹介され、流れるように七日間を過ごしたのであ る。

「夏休み一週間前に転校生なんて可笑しな話だろ」

回想が終了し、色々と突っ込みたい所はあるものの、 とりあえずそう呟いておいた。 とにかく一週間、ぼくはこの学園都市の技術レベルに 驚きながらもなんとかこうして生きている。

いや、別に脱出不可能な孤島に居るわけでも、連続通 り魔殺人の犯人に合ったわけでも、 狂った研究施設に居るわけでもないので、生きていて 当然なわけなのだが。

自動で町を清掃するロボットや、実用レベルで使われ ている巨大風車の数々や、 的中率百パーセントの天気予報にも驚いたが、それよ りも驚いたのが超能力の存在だった。

超能力。

それはテレビで見かけるスプーン曲げや、伏せられた トランプの数字を当てるというお馴染みのものから、 発火能力、瞬間移動、水流操作、電撃使い、などな ど、
フィクションの世界でしか見たことのないものまで、この学園都市の学生は使用できる。 というか学校の授業の中に、開発という物騒なものが 混じっている辺り、決してあの研究所と変わりは無い のかもしれない

だが全員が能力を使えるわけでもないらしく、その多 くは無能力者という分類に分けらており、身体検査と 呼ばれる調査によってその強度が判明するらしい。
レベルは0から5までの六段階で評価され、レベル5 までいくと軍隊と渡り合えるほどの強度になるそう だ。

ちなみにぼくも手続きの際に検査を受けたが、当然ながら無能力者だった。

実際に隣人であり、クラスメイトとなった上条くんに 学園都市の案内をしてもらっている時にその内の一人 と遭遇したことがある
。 レベル5の電撃使い。 その姿こそ可愛らしい女子中学生だったが、うん。こ れ以上の説明は止めておこう。 思い出すだけでも身震いしてしまう。

そんな訳で、ようやくこの町に慣れてきたぼくだけ ど、一向に探し物を見つけ出すことが出来ていなかっ た。 いや、それに限りなく近いものなら見つけたのだが、 あの時の哀川さんから受けた説明を参考にすると、ど うやら違うらしい。

「さて、どうしようか」

そんなことを呟いてみる。

夏休みといえど、この町に引っ越してきたばかりのぼ くは出歩こうとも思わないし、かといって遊びに行く ような友人もいない。 なので、絶賛暇人である。

エイトクイーンでもやろうかと、目蓋を下ろすがいか んせん暑さのせいで集中が出来ない。いや、元より集中力があるわけではないのだけれども。
と、暇を持て余した戯言遣いの遊びを展開しようとし た時、隣の部屋から「あれぇぇええええええええええ えええええええ!?」という絶叫が聞こえてきた。 なにやらまた、上条くんが不幸に見舞われたのだろう。

彼に出会ってから一週間だがその間にも様々な不幸体 質っぷりを見せ付けてくれた。

鳥にフンを引っ掛けられたり、不良に絡まれたり(こちらではスキルアウトと呼ぶらしい) 財布を落としたり、自動販売機にお金だけを飲み込まれたり、前述した少女に追い掛け回されたりと、 散々な生活を送っている。

ぼくは数秒考えてから様子を見に行くことにし、立ち 上がり、玄関を出て、直ぐ隣の部屋のドアをノックも なしに開く。 開いてからノックをし忘れたことに気が付くがもう遅 い。

というか、もう終わっていた。

リビングまでの扉は全て開放されており、ぼくの目に は余すとこなく惨状が飛び込んできた。

「あぁ!いーさん!これは違う!五階だ!いや誤解な んだ!止めて!普段より死んだ目で死んだ魚を見るよ うな目は止めて! ちょ、ちょっと携帯を取り出して何をやってるんでせ う?警備員?警備員へ通報するつもりなのか!?止め ろ!止めてくれぇぇえええ!!」

必死になって弁解をする上条くんだったが、残念なが ら言い逃れは出来ないだろう。

「だって、上条くん。その目の前で仁王立ちしている のは……」

「だからこれはですね……」

そんな混乱状態の上条くんを他所に、それは未だにド ヤ顔で仁王立ちを続けている、 まるで彫刻のような白い肌のそれは――

全裸の銀髪の少女だった。



「へぇ、それで君はベランダに引っ掛かっていたの か」とぼく。

「そうなんだよ!あなたはこの人と違って話が分かる 人かも」と青髪の少女。

「それにしても魔術……ねぇ。超能力だけでも驚きなの にそんなものまで用意されてるとは。流石は学園都 市」とぼく。

「いや、魔術は違うんだけど……」と上条くん。

あの惨劇から数分が経ち、ぼく達は上条家のリビング に円を描くようにして座り三人がそんな話をしてい た。

上条くんの右手の力によって布地に戻ってしまった修 道服を、安全ピンで何とか修復し(上条君はアイアン メイデンと称していた) 着用した少女からいきさつを聞き、ぼくは「一応信じ ている」という、そんなリアクションをとってみた。
すると自分の言っていることを信じてもらえたことが 嬉しいのか、現在少女は満面の笑みを浮かべながら 「魔術結社」だの「十万三千冊の魔道書」だのと説明をしている。
ちらりと上条くんへ視線を移せば深い深い溜息をつい ている、ちなみに彼の体の数箇所には少女の歯形が くっきりと残っていた。

「そうだ、いーさん。上条さんは補習に行かにゃなら んのですよ」

わいわいと話す少女と、それをただ聞き流しているぼ くの会話に割り入って上条くんがそう言った。 あぁ、確かに上条くんは成績や出席日数が芳しくな かったな。
通っている大学をしょっちゅう休んでいるぼくに心配 されたくもないだろうが。

「あの先生?」

「あの先生」

たった一言で会話を終了させるぼく達についていけない少女は小さく首をかしげているが、説明するほどのことではないのでそれについては触れないでおいた。
あの、なんというか。容姿から、性格まで独特な特徴を持つ先生のかとが、ぼくは苦手だ。

「っと……これ以上ここに居たら遅れちゃうな。どうす る、まだここに居るか?」

「あの……私も行くよ」

立ち上がる上条くんに次いで少女も立ち上がる。修道 服にくまなく刺された安全ピンが一斉に揺れ動く様子 はとてもシュールだ。

「べつにもうちょっと休んでてもいいんだぞ?イン デックス」

上条くんが少し真面目な表情の少女を気遣うようにそ う言った。

インデックス。

それが彼女の名前らしい。いや、どう考えても偽りの それだが、とりあえずここはそう呼んでおこう。 とにかくこのインデックスちゃんは何者かに追われて いるそうだ。
その相手が少数なのか、大人数なのかは分からないが 「連中」といっているので複数人はいるのだと思う。 だからこそ余りここに長居はしたくないのだろう。

当然、こんな眉唾モノの話など徹底的に現実的にリア リストなぼくは信じることはないのだろうが、 事故頻発性体質並びに優秀変質者誘引体質のトラブル メイカーと称されるぼくと、
不幸頻発性体質並びに優秀厄介事誘引体質の超絶不幸少年と称される上条くんが呼び寄せてしまった彼女に、何もないはずがない。
実際にベランダに引っ掛かっていたのは事実だし、学 園都市の人間ではないし、なにより異能の力で作られ た修道服に身を包んでいるのだ。

認めたくはないが、インデックスちゃんは確実に何か しらの事情を有しているということを、ぼくは理解し てしまった。 恐らく、彼女の話した内容は事実だと。

「まぁそう慌てずに、もうちょっとお喋りしようよ」

だから、ぼくは彼女を引きとめた。 なんでこんなことをしたのかは分からない。

可哀相だと同情しているのか。 不幸な少女だと哀れんでいるのか。 なにかしてやりたいと使命に燃えているのか。

それとも単純に彼女が青に近い銀髪だからなのか。

そんなことは、ぼくには分からなかった。

「……いい。出てく」

ほんの一瞬であるが、何かにすがり尽きたそうな目を ぼくに向けた後、すぐに無邪気な笑みを浮かべ玄関へ と向かっていった。
普通ならそのままさようならだが、なぜだか今日に 限って往生際の悪いぼくは素直に帰す気にはなれない。やれやれ、こんな手は使いたくはなかったんだけど な。

「ぼくの部屋の冷蔵庫には沢山の食べ物があるよ」

ピタリ、とまるでインデックスちゃんだけ時間が停止 したように動きが止まる。 なるほど、上条くんから痛んだ冷蔵庫の食材を全て食 べきったという情報は正しいようだ。 たぶん。インデックスちゃんは、食べ物に目がない。

「そうだな、偶然にも手に入った最高級の牛肉(哀川 さんの置き土産)もそのままだし、京都名物八橋(み いこさんからの仕送り)もある。
それに名古屋名物ういろう(姫ちゃんから返却された お土産)も残りがあるし、昨日買ったアイスもそのま まだったな。
しょうがないあれは ぼく一人でどうにかできる量じゃないから、今日の夜 あたりに上条くんの部屋でパーティーをしようか。ほら隣の住人もお誘いあわせの上で って感じにしてさ」

ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえてくると同時にま るで地震のような腹の虫を鳴かせるインデックスちゃ ん。 ここまでくれば落ちたも同然だ。

「本当はインデックスちゃんと一緒に食べようかと 思ったけど、行っちゃうならしかたないよね。上条く ん、夜にここで」

「ちょーーーーーーーーっとまってほしいかも!!」

ぼくの言葉を完全に遮ってインデックスちゃんがリビ ングへと戻ってきた。いやダイブしてきたと表したほ うが正しい。
まるでブラックバス並みに食いつきの良いこの娘に呆 れながらも、よくここまで逃げて来られたものだと感 心した。 警戒心無さ過ぎるだろう。

「確かにもう行くとは言ったけど、よくよく考えれば そこまで焦る必要はないのかも!急がば回れ、腹が 減っては戦ができぬっていう 言葉もこの国が発祥なんだよ!だから郷に入っては郷 に従えの精神に則ってあなたの家にお邪魔するんだ よ!」

こんな寸劇の後に、 誰かこのシスターに親しき仲にも礼儀ありという言葉 を教えてやってくれ、という呟きを残して上条くんは 補習へと向かい、 ぼくら二人はぼくの部屋で朝っぱらから焼肉パー ティーを催すこととなった。



「それじゃあ、話を聞かせてもらおうかな」

テーブルの上で幾重にも積み重なっていた食器の最後 一枚を洗い終え、ぼくはベッドに腰を下ろしテーブル を挟んで床に座るインデックスちゃんへと問いかける。
来客用の食器など、ろくに揃えていないぼくだったが まさか全てフル出動させる時が来るとは思ってもいなかった。
ちなみにインデックスちゃんは本当にぼくの冷蔵庫の中身を空にし、とても幸せそうな光悦の表情を浮かべ ている。
さて、事が終わったら上条くんに教えてもらったスーパーに行かないといけないな。

「ええと、でもさっき話したことで私の事情は話し きっちゃったよ」

口元をティッシュで拭きながらインデックスちゃんは 「これ以上何を話すのかな?」と言いたげに首を傾げ る。

「ああ、ごめんね。ぼくが聞きたいのはそんなこと じゃない」

そんなこと、と自身の抱える事情を表されたことに苛 立ちを感じたのか、眉間に皴を寄せ、頬に空気を溜め 込み膨らませるインデックスちゃん。 恐らくは起こっているのだろうが、残念ながら全く もって迫力が無い。リスみたいだし。

ぼくは本棚の上に置いていたシャープペンをとると、 一冊のノートを取り出しメモを書く体勢をとる。 カチカチとシャープペンの頭をノックする音だけが、 室内に木霊する。

「ぼくが聞きたいのは君のことだ」

彼女が抱える事情ではなく、彼女自身の事。

「君が追われていることや、魔術師がどうとか、歩く 教会が壊れただとかはぼくの興味の対象外でね。それ よりも君自身の事を聞いてみたいんだ。 まぁ話したくなければ無理に聞こうとはしないけども ね」

シャープペンの頭を押したまま芯を押し戻し、また二 回、頭をノックする。

カチカチ。トン。 カチカチ。トン。 カチカチ。トン。

今、この部屋には規則的に流れる不規則なリズムだけ が響いている。

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