「ボクはアスカ、二宮飛鳥」 (38)

書きためです。ちまちま投下していきます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1387627708

 ボクはアスカ、二宮飛鳥。使い古された言い回しを引用させてもらうと、どこにでもいる普通の女子中学生ってやつさ。趣味はヘアアレンジで、例えばエクステを付けてみたり、髪を染めてみたり……。
――髪型っていうのは人の第一印象を決める上で大きな要素になり得るとボクは思っていて、その髪型を定期的に変える事で色々な人間に変化してみたいという深層心理がボクの中にあったのだろう。
思えばボクは、自分という存在、あるいは自分の人生というものに何かしら退屈な感情を抱いていたのかもしれない。だから外見を弄って、生活に刺激を与えていた。
そんな事をしたってボクの退屈な人間像には何の効果もないし、ボク自身の人生に影響を及ぼすはずがないなんて事も、心のどこかでは理解していたんだけど。

 だから、アイドルにスカウトされた時は本当に驚いた。吃驚仰天、驚天動地てやつさ。
確かにボクはそこそこ容姿の整った風貌だと自負している。これは自慢ではなく、自分自身を客観的に評価した結果だけど。
――でも、ボクよりも可愛い女の子、美しい女性なんていうのはそれこそ五万といる訳で。
他になんら取り柄をもっている訳でもないボクがアイドルにスカウトされたのは運命の女神のちょっとした気まぐれとしか言いようがないね。

 アイドルというのはポップカルチャーだ。アイドル全盛期ともいえるこのご時世、世間の話題の中心には常にアイドルがある。

 やれ、あのグループがミリオンを達成したとか、あのプロダクションで新しいユニットが誕生しただとか……

 ちょっと街に出ればそんな会話が嫌って程に耳に飛び込んでくる。
 
 アイドルが成人男性にしか人気が無かった、なんて時代も有ったようだけれど、そんなのは嘘なんじゃないかって言いたくなるくらいにアイドルは社会に浸透しきっている。

 
 実際にボクのクラスではアイドルは男女問わず大人気だし、学校は社会の縮図っていう言葉もあるくらいだから、恐らくはそういう事なんだろうね。 

 ……けれど、そういったクラスメイトの女子たちと違って、ボク自身は其れほどアイドルというカルチャーに傾倒する事は無かった。

 自分自身がアイドルになって、世間からちやほやされたいって言うのなら理解出来なくもない。

 そういう自己顕示欲っていうのはだれもが当たり前のように持っているのだし、それが中学生なら尚更さ。

 けれど、自分のリアルとは全く関係のない女の子たちを、ここが可愛いあそこが可愛いと持ち上げて、身内のように応援する。

 ……あの姿勢が、ボクには理解できないな。彼女たちにはジェラシーはないんだろうか?

 自分の好きな人が自分よりもアイドルが好きだといったら、彼女たちはどのような反応をするのだろう?

 ……話を戻そう。ボクは突然アイドルにスカウトされた。

 青天の霹靂ってやつかな。

 あの日は午後から急に強い雨が降り出していて、朝に天気予報を見逃していたボクは帰宅をするのに難儀していた。

 ボクは他人の傘を盗んで帰る程人間性が欠落している訳ではなかったし、相合傘をして帰る程仲の良い友人もいなかった。

 ……これは余談だけれど、ボクはクラスでは若干浮いている。

 別段ボクが何か仕出かした訳でも、クラスメイトとの歩み寄りを怠っている訳でもない。

 あえて言うのなら、感性の違い、だろうか。ボクは昔から他人と違うという事に喜びを感じる性格だった。どこにでもいる普通の人間でありながら、そういう自分に苦痛を感じる事もあった。

 話がすぐに逸れてしまうのは、ボクの瑕疵かもしれないね。善処する。

 とりあえずボクはバスに乗って自宅の近くまで帰ることにした。

 学校にいても特にやる事は無かったし、もしかしたらこの雨がただの通り雨で、バスが到着する頃には晴れてる可能性だってあるからね。

 ――結論から言うと、ボクの見通しはあまりに楽観的すぎるものだったのだけれど。

 ボクの家からの最寄のバス停(とはいっても家までの距離はまだ大分残っているんだ)にバスが到着した時、雨はまだ本降りで、当然ながら空には雨雲が未だに色濃く残っていた。

 太陽光は雨雲に完全に遮られていて、まだ4時だというのにはやくも何処からか暗闇が現れ、辺り一面を横行闊歩していた。

 ボクはというと、バス停の待合室の中で一人、音楽を聞いていた。

 耳元のイヤホンから流れ出る騒がしい音が、一人バス停で黄昏ているという不安な気持ちを和らげてくれる。

 「雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうことだ」なんて格言もある訳だし、大雨の中で傘も差さずに帰るというのもクールで格好良いかな、なんてことも多少は考えたのだけれど、せっかくセットした髪型が崩れるのが嫌で、その案は敢無く脳内会議で否決された。

 ……雨があがらない。

 やがて音楽プレーヤーの充電も切れ、ボクは手持無沙汰でざあざあという雨の音を聞いているはめになった。

 時刻は5時になろうとしている。このバス停に着いたのが確か4時くらいだったから、もう小一時間はここで座っている事になる。

 いい加減迎えを呼んだらいいんじゃないか、なんて思っている人もいそうだけれど、あいにくボクの両親は毎晩帰宅が遅くてね。

 家に電話した所で、誰も出ないっていうのがオチだろう。

 さらに30分くらいの時間が経った。

 雨はまだあがらない。むしろ雨音が強まった気すらする。

 周囲はすっかり暗くなっていて、さすがのボクも一向に良くならない天気に少し苛立ちを感じ始めていた。

 ――その時だった。一台の車がバス停の前に止まったのは。

 営業車に使われるようなバンだ。運転席に座っているのはまだ若い男性のようだ。

 彼は何か悩んでいるような表情を浮かべていたが、やがて何らかの決心をしたような顔をして、運転席の窓を開けた。

 そして、周囲の雨音に負けないように、声を張り上げてこう行った。


 「車、乗ってかないか? 家まで送ってくぞ」

 ボクは無言のまま頷くと、荷物を持ち、躊躇いもせずに助手席に乗った。

 ボクがあまりにあっさりと車に乗り込む様子を見て、彼は一瞬とても驚いた表情をしていたが、すぐに元の表情に戻ると 「家はどの辺にあるんだ?」と言った。

 「……ここから車で10分位かかる場所。とりあえずこの先の大きな十字路を左折かな」 ボクが敬語も使わずそう言うと、彼は黙って頷いた。

 車内は静かになり、車の環境音だけが鳴り響いていた。

 「あのさ、自分で言うのも何だけど」 彼が突然語りだした。「こんな怪しい車によく乗り込んできたね。それも、なんの躊躇いもなく」

 「家に帰れなくて困っていたのは事実だったからね」 ボクは正面を向いたまま言った。

 雨の影響で道路はいつも以上に渋滞している。この調子だと、家に着くにはまだ時間がかかりそうだ。

 もっとも、この人が本当に家まで送ってくれるなら、だけれど。

 「それに、非日常だったから」 ボクはそう付け足した。

 「非日常?」

 「そう。もし何らかのトラブルに巻き込まれたとしても、それはそれで非日常を楽しめるのかもしれないし」

 「日常は、嫌いか?」 彼は小さく笑った後、そう尋ねた。

 「どうだろう。でも、ボクが求めているのはフツウとは違う日常なのかもしれない」

 会話はそこで途切れ、耳に残るのはまた車の駆動音だけになった。

 改めて彼の顔を眺めてみた。

 年齢は20中盤から後半といったところだろうか。30代って事はないだろう。

 営業車に乗ってスーツを着ているのだから、どこかの会社で営業の仕事をしているのかもしれない。

 車に備え付けられている音楽プレーヤーの下のスペースには、今流行のアイドルのCDが積んである。

 こんな真面目そうな大人の男性でも、アイドルの曲を聴くんだな。

 ……いや案外こういう真面目そうな人に限って、熱狂的なアイドルオタクだったりするのかもしれない。

 そこまで邪推してから、ボクは自分が彼に興味を持ち始めているのだと思い知った。

あと半分くらいです
ちょっと抜けます。一時間くらいしたら再開します

ありがとうございます。再開します

 「ああ、この辺で降ろしてもらって結構です。家、すぐそこなんで」

 15分程のドライブの末、ボクはようやく自宅の近くまでたどり着いた。

 彼は本当にただの善意の人だったらしい。

 空はもう晴れていた。とは言っても夜ももう6時近いから、外は暗いままだったけれど。

 ――ありがとう、と再三お礼をして、ボクはそこから立ち去ろうとした。

 「あのさ、ちょっと待ってくれ」 その時だった。

 彼はボクを呼び止めると、スーツの内ポケットに入れていた名刺入れから名刺を一枚取り出し、慣れた手つきでボクに手渡した。

 「これはただの営業なんだけど」 彼は真剣な先程までとは違う真剣な目つきでボクを見つめながら話を切り出した。

 「興味があったらでいい、連絡を寄越してくれないか? ……出来れば2、3日以内だとありがたい。その頃までならまだこの辺りにいるし、ちゃんと話す機会も作れると思うから」

× 彼は真剣な先程までとは違う真剣な 
○ 彼は先程までとは違う真剣な 

 じゃあ、これで。

 それだけ言ってから彼は営業用のバンで去って行った。

 ボクは呆気にとられて、しばらく立ち竦んでいた。あれが所謂、ナンパってやつなのだろう。

 ――ボクにとっては人生で初めての経験だったけれど。

 ……それにしても気障な男だったな。営業なんて言葉を使ってナンパするなんて。

 ――でも、悪い気はしなかった。

 今思えば、彼がボクを車に乗せてくれたのは下心があったからに違いないけれど、だからと言って彼に嫌悪感を覚える事は無かった。

 むしろ、動機が分かってほっとした。無償で人の手助けを所望する人間なんて、気味が悪いだけさ。

 そこまで考えてからボクは家に帰る事にした。貰った名刺は一瞥もくれず、上着のポケットの中にしまい込んだ。

 家まで送ってくれた彼には感謝してるけれど、連絡をする気はなかった。

 次にその名刺の存在を思い出したのは、その日の深夜、上着のポケットから財布を取り出した時の事だった。

 財布と一緒にポケットに入っていたその紙切れは、財布を取り出す際にひらりと床に着地した。

 ボクは名刺を拾い、ついでに何となしに名刺に目を通した。

 『株式会社シンデレラプロダクション』 名刺の一番上には太字で会社の名前が書かれていた。

 その下に大文字で書かれていたのは、恐らくこの名刺をくれた彼の名前。名前の横にはアイドルプロデューサーという肩書が控え目に刻まれていた。

 別れ際の彼の台詞がフラッシュバックする。

 「これはただの営業なんだけど」――あの言葉は、気障な口説き文句なんかじゃなかったんだ。

 先程まではポケットの中で埋もれていた紙切れが、今は非日常へ続くチケットのように輝いて見えた。

 ……でも。ボクの中で新しい疑問が発生する。――何故、ボクはスカウトされたんだろう?


 「連絡をくれたって事は、アイドルに興味があるって考えていいのかな?」


 二日後の午後、この前のバス停の近くの喫茶店でボクは彼と再会した。

 ボクが指定された喫茶店に入った時、彼は既に窓際の席にいて、コーヒーを片手に仕事で使う書類らしきものに目を通している所だった。

 彼はボクに気が付くと手を招いてボクを向かいの席に座らせ、店員を呼んでコーヒーをもう一つ頼んだ。

 そしてボクの覚悟を確かめるようにじっと目を見つめ、上述の台詞を口にした。

「興味があるか無いかで言ったら、ないかな」 ボクははっきりとした口調でそう言った。

ちなみに今日のボクは黄色のエクステを付けている。この前彼にあった時は学校帰りだったから、そんなもの着けていなかったけれど。

「じゃあ、なんで俺に連絡をくれたんだ?」

アイドル関係者にアイドルに興味がないと言ったのだから、喧嘩を売ったと思われても仕方が無いのだけれど、彼は不快な表情をするでもなく、かえって面白いものを見るような目でボクを見ていた。

「ボクがキミのお眼鏡に適った理由を聞きたくて、だね」

ボクは正直にそう言った。二日前に彼に名刺を貰ってから、ボクはその事ばかりを考えていた。

なぜボクがアイドルにスカウトされたのだろう。

ボクは異質に憧れている。でも、普通の人間だ。

「……この前、車の中でした会話を君は覚えているかい?」

暫くの静寂のあと、彼がふいにそう言った。

会話? 会話なんてしただろうか。この前の車の中では、延々とエンジンの駆動音を聞き続けていた記憶しか無かった。

「あの時、君は非日常を楽しみたいと言っていた」

ボクの訝しげな表情を伺うでもなく、彼は言葉を続けた。

……そういえば、そんな会話をした記憶がある。

 「正直、痛い子だなって、思ったよ」 そう言って彼は小さく笑った。

 「よくそう言われるよ。自分でも自覚有るしね」 実際ボクはよく痛い子だとか、中二病だとか言われる事があった。

 けれどボク自身それは嫌ではなかったし、むしろ嬉しいことだった。自分は他人とは違うんだってことが証明されたようで。

 「……でも、アイドル向きだと思った」 彼は真面目な顔に戻っていた。そして、こう続けた。

 「なあ。トップアイドルになるのに必要なものって、なんだと思う?」 

 「ルックスは勿論、歌唱力とダンスの才能だろうか。あとは、個性とか」

 彼はゆっくりと首を横に振った。「確かに君が今言ったものは大切な要素だが、もっと必要なものがある。……貪欲な欲望だ」

 彼はすっかり冷めたコーヒーを一気飲みしてから、話を言葉を続けた。

 「君にはそれを感じた。平凡な日常を脱出して、非日常の世界に飛び込みたいという強い願い。その願いを叶える為なら、君は辛いレッスンに耐える事が出来るだろう。厳しいプレッシャーの中で最高のパフォーマンスを発揮する事も」

 これまでにない、強い口調だった。

 彼の言葉に、ボクの心は知らず知らずのうちに突き動かされていた。

 コーヒーが運ばれてきた。

 ボクはブラックのままのコーヒーに口をつけた。

 ……熱い。そして苦い。予想以上の苦さに顔をしかめたボクを見て、彼が笑った。
 
 「君はやっぱり、ブラックで飲むと思っていたよ」

 「中二病だからね」ボクもそう言って、控え目に笑った。
 
 再び沈黙が場を支配した。ボクも彼も、口数が多い人間ではないから。

 でも彼との沈黙は、心地いい沈黙だった。……それが、決め手だったのかもしれない。
 

 「ボクは捻くれてるから、斜に構えるよ」 「そんなアイドルも斬新でいいじゃないか」

 「気の利いた事も、空気を読んだ発言もできない」 「アイドルは、ステージで魅せればいい」

 「敬語だって苦手さ」 「お前、初対面から俺にタメ口だったもんな」 そういって彼はまた笑った。


 ……決めた。

 「アイドル、やってみようと思う」

 非日常の為に。他ならぬボクが、新しい世界を得る為に。

 そうしてアイドルになる事を決めたボクは、今は静岡を離れて東京にいる。

 プロダクションが所有する女子寮への引っ越しを終えたのが今日の午前中の事。

 今は散歩の途中で見つけた喫茶店でくつろいでいる。帰ったら女子寮の人たちにあいさつをしないといけないし、明日からはプロダクションでのレッスンも始まる。
 
 中々忙しくなりそうだ。

 

 あの日と同じようにブラックコーヒーを飲む。正直苦くて、ボクにはまだ早い大人の味。
 
 ボクはアスカ。二宮飛鳥。――今はまだ、どこにでもいる普通の女子中学生。

以上です。飛鳥ちゃんにハートをシューティングされたので衝動的に書きました
口調が安定しないのは力量不足です。難しいです
飛鳥ちゃんは一人称で書くのが映えるキャラだと思うのです

お付き合いありがとうございました。依頼出してきます

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom