える「スケッチブック……?」(106)

える「!?こっ、これは一体……!?」

える「どういうことなのでしょう………」ドキドキ

える「………」ペラッ

える「!!!」

える「そんな……ええっ?」ドキドキ

える「まさか……本当に……」




える「私、気になりますっ!」





折木「平和だ………」

こんな平穏は何カ月ぶりだろうか。

里志が称するところの『女帝』事件に一通りの決着がついて数週間が過ぎた。
古典部の文集は入稿済みで印刷しあがるのを待つばかり。
このところは千反田がやっかいな案件を持ってくることもない。
その結果として俺は、この地学準備室――古典部の部室で文庫本を片手に無為な時間を享受していた。

折木(今日は誰も来ないな……)ペラッ


折木(今日は誰も来ないな……)ペラッ

今日は金曜なので伊原は図書委員の当番に行っているはずだ。
里志も来ないところをみると、あいつもそっちへ行っているのだろう。
そして残る千反田もまだ顔を見せていない。

折木(平和なのは歓迎だが、本を読むなら家で読んでも同じだな)ペラッ

なんで二回言ったん?

今日もってきた本はたぐいまれな観察眼を持つ女鑑定士が主人公のシリーズものだ。
主人公のパートナーであり物語の語り部である記者の視点では主人公の眼の大きさがたびたび強調される。
「猫をイメージさせる」と形容されるその眼は、いかなる違和感も見逃さない……とのことだ。

大きな眼、か。

折木「……アイツはどちらかというと猫と言うより犬だな」

俺は、まだ来ないこの部屋の主の顔を思い浮かべた。

>>6
コピペミスったんだぜ。
つっこんじゃうやーよ。


それにしてもこの主人公も記者も鈍感過ぎはしないか。
色恋に疎い俺ではあるがこうまで描写が露骨だと閉口してしまう。
なんだか白けてしまった俺は、いま呼んでいる章を読み終わったら帰ろうと決めた。
その時


ガラッ

える「おそくなりました……」

この部屋の主、我らが古典部部長・千反田えるが引き戸の影から遠慮がちに顔を出していた。

折木「ん。遅かったな」

える「すみません、掃除当番だったもので」

折木「いや、非難しているワケじゃない。ただ、お前が黙って遅れるのは珍しいと思っただけだ」

える「そうですか」

折木「気を悪くしたなら、済まない」

える「いえ、そんな……」ガタッ


と、そんな話をしながら、千反田もいつもの席についた。
そう、いつも通りだったのだ。
この時までは。


折木「…………」ペラッ

える「………」チラッ

折木「……?」フイッ

える「!………」バッ

折木「…………何だ?」

える「あっ、いえ!何でも、ありません」

折木「ふぅん……………」ペラッ

える「……………」チラッ

折木「…………」

………さっきから何なんだこいつは。
席に着くなり押し黙ったかと思ったらチラチラとこっちを見てくる。
しかも俺の見間違いじゃなければ、わずかに頬が赤いような気がする。
ハッキリ言ってものすごく気になるが、藪をつついて蛇を出す気は毛頭ない。
「やらなくてもいいことならやらない」、だ。

折木「…………」

える「………」チラッ

折木「……何だ、と訊いている」

える「えっとその……何を読んでいらっしゃるのかなと」

折木「ならば最初からそう言えばいい」

える「す、すみません……」ショボン

へこんでしまった。
さすがにキツく言いすぎたか。

折木「……今日はミステリーだ」

える「!」


まぁ、わざわざ隠すようなものでもあるまい。


折木「“面白くて知恵がつく、人の死なないミステリー”だそうだ」

える「人が死なない、ですか」

折木「ああ、俺に合っているような気がして手に取った」

える「折木さんに?」

折木「………人の生き死にに関わるのは、エネルギーがいるだろう?」

える「……そうですね」

折木「お前もこの手のものは好きそうだな」

える「はい。血なまぐさいものよりは」

折木「………読み終わったら置いていく。読みたければもっていけ」

える「!あ、ありがとうございます」

物の貸し借りとは本来それなりのエネルギーを使うのだが相手がこいつなら話は別だ。
借り手が千反田なら、ブツが帰ってこない心配をする必要がない。

とにかく、これで千反田の訊きたいことには答え……


える「……」チラッ


………られてはいないようだった。

「やるべきことは手短に」。
俺は意を決して文庫本を閉じ、千反田に向き直った

折木「……さっきから何だ」

える「なっ、何のことですか?」ドキッ

折木「ごまかすな。さっきから人のことをじろじろと。気になって集中できん」

最初からそれほど集中していたわけではないが、こいつにはこれぐらい言っておいてちょうどいい。

える「す、すみません………」

折木「俺に言いたいことがあるならハッキリ言え、はっきり」


思えばこの一言が分水嶺だったのだ。
久しぶりに訪れた平穏と、
俺の矜持を賭けた闘争との。

える「はっきり……わかりました!」

折木「おお」

える「えっと………そのですね」

千反田は幾分か迷った後、
顔を真っ赤にしながらこう切り出した。





える「お、折木さんは、その………
   男の人が好きなんですか!?」










折木「…………………………は?」

我ながらゾッとするほど冷たい声だった。

いや、ゾッとしたのはもっと別の理由かもしれない。
正直、耳がいかれたのかと思った。

える「だから、折木さんは男の人が恋愛対象として好きなんですか?」

折木「あー、千反田?」

える「やっぱり相手は福部さんなのですか?」

折木「あのな」

える「私、気になります!」



………頭が痛くなってきた。

にわかには信じがたい、というか信じたくないが、
どういうわけか千反田は、俺が男好き……同性愛者だと思い込んでいるらしい。
どういうわけか?
こっちがききたいわ!

折木「……千反田」ガシッ

える「!」ビクッ


俺は千反田の両肩をしっかりつかみ、
その清楚なイメージを唯一裏切る大きな瞳をまっすぐ射すくめたまま俺はこう切り出した。
出来るだけ声音を抑えることを忘れずに。


折木「お前がそのような……俺が同性愛者であるという 誤 解 をするに到った経緯を詳細に説明しろ。
   一字一句、余すところなくだ……!!」

あくまで「誤解」を強調することも怠らない

える「は、はい……」

千反田の眼には若干怯えの色が浮かんでいる。
だが断言してもいい。
この場で恐怖しているのは間違いなく俺の方である、と。

もう誰も読んでないなら落とそうかな・・・


---------------------------------

える「一昨日のことです」

千反田はそう話し始めた。
一昨日と言えば、家の用で部室には顔を出さずに帰った日だ。
里志には伝えたはずだが。

える「はい。福部さんからもそのように聞きました。
   その福部さんも総務委員の会議があると言って、私たちは特別棟の入口で別れたんです」

える「いつもの通り鍵を開けて部室に入りました。
   そうしたら、机の上にあったんです。
   一冊のスケッチブックが」

スケッチブック。
それが、千反田の荒唐無稽な『誤解』を生んだ真犯人と言うことだ。


折木「つまりお前は………その中身を見たんだな?」

える「………見ました」

折木「そうか……」

まぁ。ほぼ自分たちしか使っていない教室に見慣れないものがあれば思わず見てしまうのが人の性だろう。
……俺は放置するだろうが。

と。
ここまで聞いて大体分かった。
スケッチブックの存在と、今までの千反田の発言。
閃きも洞察力も必要ない。この二つを結び付けれ自ずと想像はつく。




折木「そのスケッチブックに描かれていたのは、俺と里志だな?
   ……………恐らく、異常に仲睦まじい様子の」

あまりの気持ち悪さに思わずマイルドな表現をしてしまったが、早い話が俺と里志の濡れ場………ラブシーンだろう。

える「!!!
   お、折木さんも見たんですか!!?」

折木「見てない。“恐らく”と言っただろう」

そして絶対に見たくない。

える「なら、どうして相手が福部さんだと分かったのですか?」

こいつ、動揺のあまり自分が数分前に言ったことも忘れているようだ。

折木「お前が言ったんだろうが。『相手はやっぱり里志か』、とな」

える「あっ……」

折木「そう。“やっぱり”と言ったんだよ、お前は。
   この言葉は実際に見たり聞いたりしないと出てこない」

そして、それをこいつが実際に目撃することはありえない。
そんな事実は存在しないからだ。

折木「そのことに今の話の流れを合わせれば、描いてある内容は想像がつく」

える「なるほど……さすがは折木さんですね!」キラキラ

折木「感心している場合か!」

える「す、すみません!!」

いかん、柄にもなく大声を出してしまった。

折木「……怒鳴ってすまん。
   で、そのスケッチブックはどうした?」

える「ええ。私、すごくびっくりして……
   それを置いたまま帰ってしまいました」

折木「ここにか?」

える「はい」

折木「ふむ…………昨日はそんなものなかったよな?」

える「ええ。お昼休みにも探してみたんですが、この部屋にはありませんでした」

折木「となると、持ち主の元へ戻ったと考えるのが妥当だな」

える「そうですね……」チラッ

……こいつ、まだ要らん勘違いをしているようだ。

お前を見ているぞ

折木「………何だ?」イラッ

心を鬼にして、俺は努めて冷たい声音で訊いた。

える「あの……折木さんは本当に、そういう趣味はないんですよね……?」

折木「『誤解だ』………そう言ったはずだが?」

同じことを繰り返して言う趣味はない。
エネルギー効率が悪いからな。

そう、これは誤解だ。許されざる誤解だ。
普段の俺ならば、多少の誤解や讒言は放っておく。
誤解を解くのにはエネルギーを使うし、忘れるまで放置するのが一番だ。

だが相手が千反田なら話は別だ。

見てるよ

こいつは口が軽いわけではないが、反面バカ正直すぎるきらいがある。
そして隠し事が絶望的にヘタだ。
誹謗中傷は別として、積極的に言いふらすことはしないにしろ、人に訊かれれば答えてしまうだろう。
そして噂が噂を呼び、俺の高校生活は灰色を通り越して真っ黒だ。
「やらなくていいことなら、やらない。やらなくてはならないことは手短に」。それがおれのモットーでありスタイル。

これは……絶対にやらなくてはいけないことだ!

>>24 >>26 ありがとう。

折木「ときに千反田よ」

える「は、はい!何ですか、折木さん?」

折木「そのスケッチブックに描かれていた絵について、他に覚えていることはないか?」

える「他に、ですか?そう言われましても……」

やはり強烈なファーストインプレッションが邪魔をして上手く思い出せないようだ。
思い切ってカマをかけてみるか。

折木「何でもいい。たとえば……俺が着ていた服とか」

える「……あっ!」ハッ

折木「思いだしたか」

える「はい!確か折木さんも福部さんも制服を着ていました!それも…」

折木「神高の制服じゃなかった、だろ?」

える「!!!」

ビンゴ。

折木「ちなみにそれは……」サラサラ

手近にあった紙に描いて説明してみる。
……我ながら絵心のカケラもないな。
だがまぁ、概ね特徴は捉えられていると思う。
今はこれで十分だ。

折木「こういう制服じゃなかったか?」

える「折木さん……やっぱりあのスケッチブックを見たんですね!?」

折木「くどい。見てないと言っている」

える「でも、その通りです。お二人とも、この制服でした!間違いありません!」

折木「やっぱりな……」

える「やっぱり?どういうことですか?」

折木「………この制服はな、千反田」



折木「俺が卒業した鏑矢中のものだ」



まさかとは思っていた。
根拠は全くない。ほとんど言いがかりレベルの仮説だ。
しかし、その仮説に基づく推論が全て正しかった場合、
やはりそれは「真実」と呼ぶのがふさわしいのだろう。

折木「もう分かっただろ、千反田」

える「はい………」




える「スケッチブックの持ち主は、摩耶花さんだったんですね」

そう。鏑矢中の制服を着た俺たちを知っていて、
なおかつこの部屋に頻繁に出入りしており、
そして千反田が一目で「それ」と分かるほどの絵が描ける人間。
そんなヤツは一人しかいない。

伊原摩耶花。
俺や里志と同じ鏑矢中学出身で古典部員。
さらに漫画研究会もかけもちしているアイツにまちがいない。

折木「伊原はおそらくこの部屋で何らかの作業をしていたのだろう。
   俺たちのいない昼休みを使ってな」

この地学準備室は特別棟の四階。
神高の最辺境だ。
人目を忍んで何かをやるにはうってつけである。

折木「まぁ何をしていたかは……この際どうでもいいだろう」

える「えっ」

折木「そういうことにしておけ。それが伊原のためだ」

千反田がいくら好奇心の塊でも、このことだけは俺の胸にしまっておいた方がいいだろう。
伊原の名誉のために。俺の身の安全のために。
感謝しろよ、伊原。

千反田もしぶしぶと言った具合に俺に先を促す。

折木「ギリギリまで作業をしていたんだろうな。始業のチャイムが鳴って、伊原は慌ててここを飛び出した。
   ここから教室まで、どんなに急いでも5分はかかるからな。
   そして、大事なスケッチブックを置き忘れてしまった、と。
   まぁこんなところだろう」

える「待ってください折木さん」

折木「何だ?」

える「普通、そんな大事なものを忘れたと気づいたら、急いで取りに来るんじゃないでしょうか?
   もし私が摩耶花さんなら、放課後すぐに…」ハッ

折木「取りに来れなかったのさ。
   一昨日は漫研の活動日だったからな」

里志から伝え聞いた話だが、今現在漫研において伊原の立ち位置は芳しくないらしい。
そうでなくても俺たちは一年生だ。
休んだり遅れたりして先輩方から無用な不興は買いたくないだろう。

折木「それでも隙を見て取りに行くことはできただろうな。
   お前がそれを見て、顔を真っ赤にしながら逃げ帰るには十分な時間が経った後だろうが」

える「折木さん!」カァァ




折木「と、ざっとこんなところだろう」

これで状況の説明は出来たはずだ。
このお嬢様の誤解も……

える「………………」

………………解けていないというのか?


折木「どうした。まだ何か納得いかないことがあるか?」

える「スケッチブックの持ち主が摩耶花さんだということも、それがこの部屋に合った理由も分かりました。
   ですが……」

折木「何だ?」






える「それって折木さんが同性愛者じゃないことと何の関係もないですよね?」

折木「」


バレた。

書き溜めが尽きた。
学校休みだしゆっくり書く。

その通り、
俺は何でそんな気色の悪いものがこの部屋にあったか、という状況に理屈をつけただけで、
こいつの最初の問いには何も答えてはいない。
俺のホモ疑惑は未だ晴れていない……!
やばい、冷や汗が出てきた。

折木「あー……千反田さんや」

える「やっぱり……折木さんは、福部さんとただならぬ関係に!」

折木「千反田」

える「はっ、はい!」

折木「これから俺の言うことに深い意味はないからそのつもりで聞け」

そうだ、これはあくまで「やらなければならないこと」なのだ。
他意はない。あるわけがない。
俺はさっきのように、千反田の両肩をつかみ、
紫苑の瞳をまっすぐ見つめてこう言った。


折木「いいか。俺は恋愛というものがよく分からん」

える「………はい」

折木「とにかくエネルギー効率が悪いし、俺にはとても耐えられないとすら思う」

える「そう……ですか………」

まて。下を向くな。そんな悲しそうな顔をするな!
俺はまだ何も肝心なことは言っていない。

折木「だけどな」





折木「もし俺が誰かを好きになるとしたら、それは間違いなく女だ」

える「えっ……?」

俺の言葉に千反田は再び上を向いた。

折木「そんなスケブごときの内容なんて気にするな」

える「あの……折木さん。私、その……
   そういう方たちに対して差別的な感情を持っているのではないのですよ?」

折木「!」

コイツ、この期に及んで何もわかっていない!!

える「その、人を好きになるというのはとても素敵なことですし!
   たとえそれがどんな形であっても立派な一つの愛というか……」

折木「ちがう!!」

ああ……
結局コレを言うしかないのか。
この一言を言うのが、一番疲れる。
だから言いたくなかったのに。
だけどこうなっては仕方がない。

それが、




俺の「やらなければいけないこと」だから。

折木「いいか!お前の知ってる通り俺の主義は省エネだ!
   やらなくてもいいことならやらない、それが俺だ。折木奉太郎だ!」

える「折木さん…………」

折木「本当だったらな、こんな下らないデマ放っておくんだ。
   聞いた人間全員の誤解を解くなんて体力の無駄だからな。
   みんなが忘れるのを待つのが一番手っ取り早いんだ!」

折木「その俺がこんなにみっともなく声を荒げている理由がお前に分かるか!」





折木「お前には!お前にだけは!そんな誤解をしたまま俺に接してほしくなかったんだ!!」

える「!!!」

みっともない。
さっき自分で言った通りだと思った。
こんな狭い空間で、女子の肩を掴んで、声を張り上げて。
くそっ。
コレでは省エネ主義の名折れだ。
里志が見たらさぞ笑い転げることだろう。

える「」ポーッ

見ろ。千反田も面食らっている。
こいつは神高一年屈指の優等生だ。
今まで人に怒鳴られた経験があまりないのだろう

折木「…………すまない。肩、痛かっただろ」スッ

える「あっ……いえ」

俺は千反田の肩に掛けたままの手を下し、
脱力するように椅子に腰を下ろした。

折木「………さっきも言った通り、深い意味はない」

える「……はい」

折木「ただ……俺がどれだけ必死かは伝わったか?」

える「はい!」ニコッ

今日初めて、千反田が笑った顔を見た。
あーくそ。顔から火が出るとはこのことか。


える「折木さん」

折木「…………何だ」

俺は千反田から顔をそむけたまま答えた。
というよりも、今はまだ千反田の顔をまともに見れそうにない。

える「私の誤解の所為で、折木さんを傷つけてしまったみたいですね」

折木「そういう言い方はやめてくれ」

人を乙女みたいに言うな。



える「本当にすみませんでした」

折木「っ………」

千反田が深々と頭を下げるところは初めて見た。
何故だろう。強烈な罪悪感がわいてくる。

折木「頭を上げてくれ。………俺も言いすぎた。
   乱暴な物言いをしてすまなかったな、千反田」ペコッ

俺も一緒に頭を下げる。

える「いえ!折木さんは悪くありません!私がその……ヘンな早とちりをしたせいで」

折木「そうか。じゃあ……お互い様、だな」フッ

える「……ですね」フフッ

部室に残された一冊のスケッチブック。

それをきっかけにこの部屋で起こった「コップの中の嵐」は、
俺たちの「仲直り」によって幕を閉じたのだった。












折木「ところでそのスケッチブックのことなんだが」

える「はい?」



………………それで済むはずがないだろうが伊原ぁ!

える「そういえば、摩耶花さんはどうしてあのような絵を描かれていたのでしょうか?
   ほ、本当のことじゃ、ないんですよね?」

伊原よ。あとで存分に後悔するがいい。

折木「ああ、そんなものはすべて伊原の妄想の産物だ」

自らの恥部とも言うべきスケブをこんな場所に置き忘れたことを。

える「ええ。でも、その、摩耶花さんは福部さんのことが、その……」カァァァ

折木「そのことなんだがなぁ、千反田。
   俺に一つ仮説がある」

そして俺はお前に恥をかかされた分、

折木「伊原はな、腐女子なんだよ」



―――お前の恥を全力でブチ撒ける!!

える「婦女子……?見ての通りだと思いますが」

折木「あー、それは字が違う。俺が言ってるのはな、『腐った女子』と書いてフジョシと読むんだ」

える「なっ……!折木さん!言っていいことと悪いことがあります!」プンプン

うむ。思った通りの反応だ。

折木「違うんだよ千反田。これはある特定の作品群を愛好する女子の総称なんだ」

える「作品群………?」キョトン

折木「BL……ボーイズラブと言ってな。
   男同士の恋愛を描いた作品を愛してやまない女性諸君が、
   自嘲気味に生み出した呼び方が腐女子なんだ」

える「お、とこどうし……」ハァァ

おかしいと思うことは今までいくつかあった。
伊原は文集の台割りの作り方を知っていた。
普通の高校生……ついこの間まで中学生だったヤツが知ってることじゃない。

つまり。

折木「伊原は恐らく今までに自分で本を作ったことがあるんだ。
   同人誌、ってやつだな」

える「同人誌……?アララギ派文学などの、アレですか?」

さすがは優等生。言葉の正しい意味を知っている。

折木「本来はそういう意味なんだがな。今では自主製作の本や漫画を指すことが多い
   そしてこの同人誌製作に手を出すのはもう救いようのないレベルの腐女子ばかりだ」

える「そう、なのですか?」

折木「そうだ」コクン

俺は今日で一番力強くうなずいた。

同人誌とは、自分の精神世界の結晶。
いや、精神そのものと言っても過言ではない
そしてそれを見られるということは、
自分の恥部を、いや、頭の中をカチ割って覗かれるも同義なのだ。

折木「だから伊原ははぐらかしたんだ。千反田に『台割りの書き方なんてどこで覚えたのか』と聞かれたときにな」

える「はぁ………でもそれだけじゃ」

折木「もちろんこれは俺の推測だ。
   ―――だから確かめに行く」

える「確かめる?」

折木「あぁ」

える「でも、どうやるんですか?
   それはその、摩耶花さんにとって恥ずかしいことなのでは……」

折木「心配するな。策はある。
   伊原が恥をかかずに、俺たちだけが真実をしる方法がな」

える「そんな方法が?」

折木「ある。あのな――――」








―――図書室


伊原「あ、ちーちゃん!………と、何だ、折木も一緒か」

いきなり御挨拶だな。

伊原「今日はどうしたの?何か必要な資料でもある?それなら一緒に探すけど」

える「いえ、その」モジモジ

伊原「……ちーちゃん?」

さすがの伊原も、千反田のただならぬ様子に気がついたようだ。

即興なのかね?書き溜めなし?

>>77
>>41の時点で書き溜めは尽きました。
そこからはノリと即興です。

伊原「折木、アンタちーちゃんに変なことしたんじゃないでしょうね!?」

デカい声で人聞きの悪いことを言うな。
誰が変なことなどするか。

える「違うんです。……摩耶花さん!」

ちょっと要らない知恵を吹き込んだだけだ。


伊原「な、何?」

える「せ……」

伊原「?」




える「『攻め』の反対は何ですか?」

伊原「!!!!!!?」






10分前

える『それだけでいいんですか?』

折木『ああ。「攻め」の反対は何か?………そう訊けばいい』

える『えと……守り、ですよね?』

折木『そうだ。伊原が迷いなくそう答えたらシロ。
   一瞬でも言い淀んだり、動揺したりしたらクロだ』

える『????』

折木『………ま、訊けばすぐに分かる。行くぞ』

える『はい』



現在

伊原「ち、ちーちゃん?それはどういう……?」ワナワナ

える「……折木さん」クルッ

折木「クロだな」

伊原「!!!!!やっぱりアンタかおーれーきー………!!!!」ギヌロッ

怖い怖い。
伊原は俺を視線で殺さんばかりの勢いで睨みつけてきた。

伊原「八つ裂きにしてやる……!!」

だが残念。そんな気迫だけで俺は殺せん。
何せ、俺は先ほどお前の不始末の所為で社会的に抹殺されるところだったのだからな。

折木「よかったな伊原。千反田はお前の性癖で友達付き合いを改めるつもりはないそうだ」

伊原「アンタ……あれを見たのね!?」

折木「いや、見たのはコイツだけだ」

伊原「なっ!!
   ほ、ホントなの、ちーちゃん?」

える「摩耶花さん」

伊原「」ビクッ

える「摩耶花さんの嗜好を、私は否定しません」

伊原「あ…あ……」カァァァァ






える「いつか、読ませてくださいね。
   摩耶花さんの描いた作品を」ニコッ

ゴツン!

という鈍い音が図書室に響いた。
伊原が貸出カウンターに突っ伏して頭をぶつけた音だ。





伊原「……………死にたい……………」プシュー



ショートカットからわずかに見える耳まで真っ赤になっている。
………勝った。
こいつとは里志以上に長い付き合いだが、ここまで完膚なきまでに叩きのめしたのは初めてだった。

今日は初めてづくしだ。

折木「用は済んだ。行くぞ、千反田」

える「え?あの、摩耶花さんは?」

折木「糸魚川先生も里志もいるし、心配ない。俺たちは『部活』の続きだ」スタスタ

―――あれ?どーしたの?だいじょーぶかい摩耶花?

―――伊原さん?どこか具合でも悪いの?

折木「……な?」

える「………はい」タタッ


そのまま俺たちは、敗残兵を振り返ることなくその場を後にし、部室へ引き返した。





える「………折木さん」

折木「何だ?」

図書室が見えなくなったところで、千反田がそう囁きかけた

える「部室で折木さんが言ってくださったあの言葉」

おいやめろ。
せっかく勝利の余韻に浸っているのに思い出させるな。






える「あれを聞いた時、私もほっとしたんですよ?」

っ…………
本当に、このお嬢様は………





折木「お互い様、か?」

える「ですね!」ニコッ




おしまい

これで本当に終わりです。
VIPでは初のスレ立て・SSでしたが完結出来ました。
保守・支援本当にありがとうございました。

ナチュラルにクドリャフカのネタバレもどきをかましてしまってすみませんでした。
分からない方はアニメの放送を待つか原作をお買い上げください。


大天使チタンダエル万歳!

本当はほうたるが無駄に同人界隈の事情に詳しい理由とか、
中学に上がるまであまり口も利かなかった摩耶花ちゃんが
ほうたるに対して露骨に悪態をつくようになった理由とか書きたかったんですが
話の都合上すっ飛ばしました。

こんどは奉えるチュッチュSSで会いましょう!

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年04月06日 (水) 08:04:38   ID: XBpQYvFw

文体も構成も綺麗で普通に短編良作だわ

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