唯「ツー・ショット」 (53)

▶一年の春―帰り道

唯「へ~、じゃあムギちゃんは子供の頃からピアノを弾いてたんだ」

紬「えっと……ムギちゃんですか?」

唯「うん。つむぎだからムギちゃん」

紬「ムギちゃん…」

唯「もしかして嫌だった?」

紬「いいえ。とても気に入りました!」

唯「ならよかったよー。でね、ピアノの話だけど」

紬「ええ。幼い頃からピアノは続けていたんです」

唯「それでみんなのなかで一人だけ上手だったんだ」

紬「平沢さんは?」

唯「唯でいいよ」

紬「えっと、では唯ちゃんと呼ばせてもらってもいいですか?」

唯「うん!」

紬「唯ちゃんは楽器を弾いたこと全くないんですか?」

唯「学校の授業でちょっと触ったぐらいかな」

紬「そうでしたか」

唯「ちょっと心配だよ~」

紬「えっと……上達できるか心配ってことでしょうか?」

唯「ううん。楽譜を読めるかなーってこと。アレって暗号みたいでしょ」

紬「暗号……くすっ」

唯「むぅ」

紬「ごめんなさい。でも大丈夫。楽譜なんてすぐに覚えられますよ」

唯「そうかなぁ?」

紬「心配なら私が教えてあげますよ」

唯「やったぁ! ムギちゃん優しい」

紬「うふふ」

唯「あ、そうだ。ムギちゃん」

紬「なんでしょうか?」

唯「えっとね、お願いがあるんだ」

紬「……?」

唯「メールアドレス教えてくれないかな」

紬「えっと……ケータイのですよね」

唯「うん」

紬「ごめんなさい。ケータイは持っていないんです。パソコン用のメールアドレスならありますけど」

唯「そうなんだ」

紬「本当にごめんなさい」

唯「いいよいいよ。でもどうしてケータイ持たないの? やっぱりお金の問題?」

紬「いいえ。特に持たない理由もないんですけど、今まで必要なかったから。でも……」

唯「……?」

紬「唯ちゃん達とメールするなら買うのも悪くないかもしれません」

唯「うんうん。それがいいよ」

紬「はい。あ、でも、どんな機種がいいんでしょ」

唯「じゃあさ、今度に日曜日一緒に買いに行かない?」

紬「いいんですか?」

唯「うん。勿論だよー」

紬「お出かけ……」

唯「どうしたの、ムギちゃん?」

紬「友達とお出かけなんて、楽しそうだなって」

唯「くすっ、変なムギちゃん」

▶日曜日―ケータイショップ

唯「とーちゃく」

紬「ここがケータイショップ……」

唯「来るのはじめて?」

紬「はい」

唯「ムギちゃんはどんなケータイが欲しいの?」

紬「えっと、どんなケータイがあるんですか?」

唯「えっとね。まずは二つ折りの……こういうのと、こっちの細長いやつがあるよ」

紬「唯ちゃんのは?」

唯「私のは二つ折りだよー」

紬「じゃあ私も二つ折りで」

唯「後はね、テレビが見れるのとか、写真が撮れるのとか」

紬「唯ちゃんのは?」

唯「私のケータイは古いから、どっちもついてないんだ」

紬「じゃあ私も……」

唯「ねね、ムギちゃん」

紬「どうしました唯ちゃん?」

唯「カメラはついてたほうがいいと思うよ」

紬「そうなんですか?」

唯「うん。最近のケータイはカメラで撮った写真を友達に送れたりするんだ」

紬「へぇ~」

唯「私も機種変更したらカメラ付きに変えようと思ってるから、ムギちゃんもそっちのほうがいいよー」

紬「なら、これにします」

唯「この青いやつ?」

紬「はい。えっと、後は契約を……唯ちゃん。ちょっと待っててください」

▶30分後

唯「終わった?」

紬「契約は終わりました。でも在庫がないので受け取りは明後日になるそうです」

唯「そっかぁ。すぐに使えないのは残念だねー」

紬「あの……唯ちゃん」

唯「どうしたの?」

紬「よかったらこれからドーナツを食べに行きませんか? 行ってみたい店があるんです」

唯「ドーナツ?」

紬「付き合ってくれたお礼に奢らせてください」

唯「いいの?」

紬「はい!」

▶水曜日―部室

紬「ふふ~ん」

律「ムギ? 楽しそうだけど何かあったのか?」

澪「あぁ、ムギのそんな楽しそうな顔を見るのはハンバーガーショップ以来だ」

紬「じゃ~ん!」

律「あ、ケータイ買ったんだ」

澪「お、新型だな」

紬「はい! 唯ちゃんに一緒に選んでもらったんです」

澪「誘ってくれれば私も行ったのに」

ガラッ

唯「あ、ムギちゃん。それ」

紬「うん。昨日取りに行ったんだ」

唯「えへへ、さっそくメールアドレス教えてよ」

律「あ、私も」

澪「もちろん私にも」

紬「えっとね……」

▶電話番号&メールアドレス登録中

唯「これでメールできるね」

律「ああ」

紬「ね、ね。みんな」

澪「どうしたんだ、ムギ?」

紬「みんなの写真を撮らせてもらえませんか?」

律「いいぞ。な」

唯「うん!」

澪「あぁ、いいぞ」

紬「はい、ちーず」

パシャ

紬「うふふ」

唯「うんうん、ムギちゃん楽しそうだね」

紬「はい。とっても楽しいです」

澪「今夜メールするから、返信してくれよ」

紬「はいっ!」

律「じゃあそろそろ練習……じゃなくてお茶を飲むか」

澪「……まぁ唯の楽器がまだないからな」

唯「あはは……」

紬「すぐにお茶の準備しますね」

▶一ヶ月ぐらい後―帰り道の途中にあるベンチ

紬「へー。じゃあ夜までずっと練習をしてるんですか」

唯「うん。ギー太はねー。凄いんだよー。頑張れば頑張るほど凄くなるんだ」

紬「ふふ。最近唯ちゃんすっごく上達してますよね」

唯「ムギちゃんに褒めてもらえると嬉しいよー」

紬「そうなんですか?」

唯「うん。ムギちゃんは私のお師匠様だから」

紬「私、何か唯ちゃんにしてあげましたっけ?」

唯「楽譜の読み方を教えてくれたじゃん」

紬「あれはほとんど唯ちゃんが本を読んで理解してしまったような……」

唯「それでもお師匠様なの。メールで色々教えてくれたもん」

紬「では、そういうことにしておきましょうか」

唯「あ」

紬「どうしました?」

唯「結構話こんじゃったけど、今何時だろう?」

紬「あ、憂ちゃんを待たしちゃいけませんね。えっと……4時37分です」パカッ

唯「それならまだ大丈夫。あ、そのケータイの待受」

紬「はい。あの時の写真です」

唯「……」

紬「唯ちゃん?」

唯「ね、この写真待ち受けにするのやめなよ」

紬「どうしてですか?」

唯「だってムギちゃんが入ってないじゃん」

紬「でも、みんなとの写真はこれだけですし、私は別に……」

唯「ちょっとケータイかして」パシッ

紬「あっ」

唯「ほら、ムギちゃん、顔をこっちに寄せて」ポチポチ

紬「ゆ、唯ちゃん!?」

唯「ケータイを逆向けにして……3、2、1、ちーず!」

パシャ

唯「どうかな」

紬「あ……」

唯「ね、いい写真がとれたでしょ」

紬「うん……」

唯「もうちょっと貸して。待受画像に設定しちゃうから」ポチポチ

紬「唯ちゃん……」

唯「なぁに」

紬「ありがとうございます」

唯「今度ね、みんなで写真撮ろうよ。さわちゃんに頼んで」

紬「……ふふ、さわ子先生だけ仲間はずれにしたら泣いちゃうかもしれませんよ」

唯「タイマー機能があればいいんだけど……仕方ないから和ちゃんにでも頼もっか」

紬「ふふ、楽しみです」

唯「ねね、ムギちゃん。話は変わるんだけど、今度の日曜日……」

紬「どうしました?」

唯「あのね……美味しいお好み焼き屋さんが……

………
……

▶五ヶ月ぐらい後―帰り道

唯「ねーねームギちゃん」

紬「どうしたの唯ちゃん」

唯「もうすぐ文化祭だね」

紬「うん。とっても楽しみ~」

唯「私も! やっとギー太をみんなの前でお披露目だよ!」スリスリ

紬「ふふ、唯ちゃんはそのギターが本当にお気に入りねぇ」

唯「うんっ!」

紬「あ、そうだ。ちょっと寄り道しませんか」

唯「いいけど、どこに寄ってく」

紬「実はしずかちゃんから美味しいクレープの店を教えて貰ったんです」

唯「クレープ!? 行く行く~」

▶クレープ屋―食事中

唯「むひちゃん、これとってもおいひーよー」モグモグ

紬「ああ、もう、唯ちゃん。しゃべるのは食べてから、ね」フキフキ

唯「あ、ムギちゃんありがとー」

紬「でも本当に美味しいわ~」パクッ

唯「うんっ!」パクッ

紬「……うふふふ」

唯「うん? どうしたのムギちゃん?」

紬「唯ちゃんが本当に美味しそうに食べてるから嬉しくなってしまって」

唯「そっか」

紬「あ、唯ちゃん。ちょっと写真をとってもいいですか?」

唯「え、もう食べかけだけど」

紬「クレープじゃなくて食べてる唯ちゃんを撮りたいんです」

唯「べつにいいよ」

紬「では、はいちーず」

唯「ちーず」

パシャ

紬「……うん!」

唯「上手に撮れた?」

紬「うん」

唯「いいなぁ、ムギちゃんのケータイ」

紬「え」

唯「私もカメラ付きケータイだったら、ムギちゃんの食べてるところ撮れるのに」

紬「私の食べてるところを撮っても面白くないと思うけど……」

唯「そんなことないよー。ムギちゃんとっても綺麗だし」

紬「ゆ、唯ちゃん//」

唯「あ、そうだ。ケータイ貸してよ。ムギちゃんの写真撮るからさー」

紬「え」

唯「ほら、貸して……チーズ」

紬「あ、まだフォークの準備が――」

パシャ

唯「慌ててるムギちゃんの写真ゲットだよ!」

紬「ゆ、唯ちゃん!」パシッ

唯「ふふ、最近ムギちゃんいい感じだね」スカッ

紬「?」

唯「ううん。こっちの話。あ、この待受」

紬「うん。この前和ちゃんに撮ってもらったみんなが写ってる写真を待ち受けにしたの」

唯「そっかぁ、ムギちゃんはこれを待ち受けにしたんだ」

紬「……?」

唯「なんでもないよ。じゃあ、そろそろ帰ろっか」

紬「あの、唯ちゃん?」

唯「なぁに?」

紬「ちょっと元気がないように見えるんだけど、大丈夫?」

唯「そんなことないって、さ、行こ」ギュッ

紬「あ、手」

唯「駅までダッシュだよっ!!」

紬「ゆ、唯ちゃん!」

▶一週間くらい後―部室

澪「なるほどなぁ」

紬「うん。澪ちゃんは何か心当たりないかしら?」

澪「ないなぁ、そもそも私には普段通りに見えるぞ」

紬「そっかぁ」

澪「ムギの勘違いじゃないのか? 最近唯が元気がないなんて」

澪「昨日だって満面の笑みでケーキに飛びついてたし」

紬「澪ちゃんがそう言うなら、そうなのかも」

澪「あっさり引き下がるんだな」

紬「うん。私も確信があるわけじゃないから」

澪「……えっと、ムギは唯のどこが変だと思ったんだ?」

紬「最近いつもより紅茶を飲むスピードが早いの」

澪「えっ」

紬「いつも唯ちゃんが飲み終わる時間に合わせておかわりを用意してるんだけど、今週だけで3回間に合わなかったし」

澪「そんな気遣いをしてくれてたんだ」

紬「他にもあるの」

澪「なんだ?」

紬「最近以前よりよく笑うようになった気がするの」

澪「それはいいことじゃないのか?」

紬「うーん。たしかにそうだし、無理して笑ってる感じでもないんだけど……」

澪「……?」

紬「なんだかちょっとだけ違和感を覚えてしまって」

澪「なるほど……ムギは唯のことよく見てるんだな」

紬「うん。唯ちゃんは……だから」

澪「じゃあ唯が変わったきっかけに何か心当たりはある?」

紬「この前クレープを一緒に食べに行ったんだけど、その時からかな」

澪「その時どんな話をしたんだ?」

紬「えっと、とりとめない話が多かったと思うわ」

紬「あ、それから唯ちゃんの写真をケータイで撮って、私も唯ちゃんに撮ってもらって」

澪「ふぅむ。その写真を見せてもらってもいい?」

紬「うん」

澪「うん。二人共いい笑顔だ。あれ、この写真は?」

紬「あ、これはずっとまえに撮ってもらったの」

澪「撮ってもらった?」

紬「うん、私が私の入ってない写真を待受画像にしてたから、唯ちゃんが撮ってくれて……」

澪「今はもう待ち受けじゃないんだ」

紬「うん。みんなで撮った写真に変えちゃったから」

澪「そっか……」

紬「澪ちゃん?」

澪「えっと、ちょっと考えさせて欲しいんだ」

紬「うん、いいけど」

澪「……」

紬「……」

澪「……」

紬「……」

澪「うん。決めた」

紬「えっと」

澪「この前唯のケータイの待受けを見せてもらったんだ」

紬「唯ちゃんの?」

澪「その写真がこれだった」

紬「え」

澪「たぶん、そういうことなんだと思う」

紬「でも、どうして唯ちゃんがこの写真を?」

澪「メールに添付して送ったんだと思う。心当たりない?」

紬「……」

澪「ムギはどうするんだ……ってそれは今から決めることか」

紬「うん。ね、澪ちゃん」

澪「なんだ」

紬「相談に乗ってくれてありがとう」

澪「これで差し引き4だから」

紬「4?」

澪「私がムギに相談に乗ってもらった回数が5回で、今回で1引いて4」

澪「だからさ、ムギ。後4回ぐらいは気軽に相談に来てくれ」

紬「澪ちゃん……ありがとう」

澪「どういたしまして」

▶次の日―帰り道

唯「ふ~最近寒くなってきたねー」

紬「そうねぇ」

唯「こういう日は暖かい焼き芋が欲しくなるよ」

紬「焼き芋?」

唯「ムギちゃん焼き芋食べたことないの?」

紬「うん」

唯「焼き芋はねー、ほっかほっかで甘いんだよ―」

紬「えっと、サツマイモを焼いたものじゃないの?」

唯「うん。でもとっても甘いんだ―」

紬「そうなんだ。食べてみたいわー」

唯「じゃあ今度一緒に作ろうか」

紬「え、作れるんだ?」

唯「うん。落ち葉を集めて火をつけて、アルミホイルで包んだ芋を投げ込むんだ」

紬「楽しそう……!」

唯「うん。とっても楽しいんだよ」

紬「うふふ、今から楽しみだわ」

唯「うんうん。楽しみだねー」

紬「あ、そうだ」

唯「どうしたの、ムギちゃん?」

紬「手を繋がない」

唯「えっ」

紬「手をつなげば暖かくなると思って」

唯「あ、なるほど」

ギュッ

唯「うん。ムギちゃんの手ほっかほっかだよー」

紬「ふふ、唯ちゃんの手もあったかいわ」

唯「え、私の手は冷たいと思うけど」

紬「ううん。唯ちゃんの手もとっても暖かいわ」

唯「そんなことないと思うけど……」

紬「……ね、唯ちゃん、覚えてますか」

唯「え、なにを?」

紬「ケータイショップに行ったこと」

紬「お好み焼きを食べに行ったこと」

紬「プールに泳ぎに行ったこと」

紬「二人でお買い物に行ったこと」

唯「うん。もちろん覚えてるよ。でも、突然どうしたの?」

紬「私もね、全部覚えてるんだ」

紬「唯ちゃんにしてもらったことは全部覚えてる」

唯「……」

紬「ね、いつだったか唯ちゃんは二人で写真を撮ってくれたよね」

唯「うん」

紬「あの時ね、本当に嬉しかったんだ」

紬「唯ちゃんが本当に暖かい子なんだなって気づいたの」

紬「だから、唯ちゃんの手もとっても暖かいんだよ」ギュッ

唯「ムギちゃん……」ギュッ

紬「唯ちゃん。私、ケータイの待受け変えたんだ」

紬「私はこれからも唯ちゃんといっぱいいっぱい遊びたいし」

紬「お出かけだってたくさんしたいし」

紬「こうやって手を繋ぐことだってしたいって思ってるの」

紬「ね、唯ちゃん。唯ちゃんはどう思ってますか?」

唯「……ムギちゃんはちょっぴりズルいよ」

紬「え」

唯「私の答えなんてわかってる癖に」ギュッ

紬「……うん」ギュッ


おしまいっ!

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