P「この中に一人……人狼がいる」 (22)


 俺の言葉に、その時765プロの狭いフロアにいた全員が息を呑んだ。

伊織「嘘……でしょ? あんた、そんな笑えない冗談は……」

 伊織が何か言いかけたが、俺の表情からそれが決して悪趣味な冗句の類でないことを汲み取ったのだろう。

 すぐに顔を伏せ、いつも手にしているヌイグルミを弄り始める。

響「人狼って……お、狼男のことかー?」

雪歩「ひうぅ……おっきい犬ぅぅうううう」

 響の確認するような言葉に、雪歩が人狼の姿を想像してしまったのか、ぶるぶると震えだした。

やよい「私達、食べられちゃうんですかー……?」

 不安そうな表情をしたやよいが、上目づかいで、俺に助けを求めるような視線を送ってくる。

 だがそんな彼女に応じられる力が、俺にはない。その事実に唇を噛みながら、ふい、と視線を外した。

うるふさん「マジっすか……」

 全身毛むくじゃらで、鋭い爪と牙を持つあいつも、いつものワイルドさは何処へいってしまったのか、困惑するように天井を仰いでいる。


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伊織「で、でも。どうしてそんなことが分かるのよ?」

響「そうだぞ! 人狼って、見た目は完全に人なんだろ!?」

 当然といえば当然の疑問に、しかしどう答えようか迷っていると、はっ、と気づいたように雪歩が顔を上げた。

雪歩「も、もしかして……すでに誰か食べられちゃってたりとか……」

響「……そういえば、ぴよ子の姿が見えないぞ……他のみんなは仕事で外に出てるとしても……」

P「……そうだ。すでに、音無さんは犠牲となったのだ……人狼の犠牲にな……」

伊織「そ、そんな……! じゃあもしかして

    小鳥の机の上に、赤い血文字で"ちょっ、やめっ、うるふさ"って書いてあるのは

    ダイイングメッセージ……!」


 伊織の悲鳴に、無言で頷いて見せる。

 そう、あれは小鳥さんがきっと、今際の際、力を振り絞って書き残した伝言のなのだろう。

 いまいち内容は意味不明でよくわからなかったが、人狼の出現を彼女は自らの死で示したのだ。

 人狼が確実にこの中にいるということがわかり、室内の空気が張り詰める。

 ——と、

やよい「あ、歯と歯の間にインカムが挟まってますよー?」

うるふさん「え? ああ、ありがとうっす。後始末を忘れてたっす」

やよい「もうっ。食べた後はきちんと歯磨きしないとめっ、ですよ?」

伊織「……ふっ、ふふ」

響「も、もう。こんな非常時に、何を……」

やよい「はわわっ。ごめんなさーい。でも、歯磨きしないと虫歯になっちゃうから……」

うるふさん「やよいさんはマジ天使っすねぇ。そういうとこ、リスペクトっす」

 こんな剣呑極まる事態の最中でさえ、やよいの持つほわほわとした雰囲気は場を和ませてくれる。

 どうやら全員が、もう音無さんの死を忘れて乗り越えることができたようだ。

 毛むくじゃらのあいつも、鮮血で真っ赤に染まった口元を笑みの形に歪ませていた。


伊織「でも……こうやってずっと笑ってるわけにもいかないわよね……」

 伊織の言葉で、再度、空気が引き締まる。

伊織「話を整理しましょう。まず、人狼はこの事務所内に確かにいる。

   大切なのは、それにどう対処するかってことよ」

雪歩「あのぅ……逃げちゃえばいいんじゃないでしょうか?」

P「それだ! 全然気づかなかった!

  俺はてっきり、これから誰が一番人狼っぽいか投票を行い、そいつに首を吊らせていくもんだと思ってた」

雪歩「ひぃぃぃいいいいいいいい……!」

 俺の発言と同時、雪歩が何かに怯えるように頭を抱えてうずくまってしまう。

 たぶん、いつものように幻覚でも見たに違いない。それほどまでに人狼が恐ろしいのだろう。



響「と、とにかく雪歩の意見は分かったぞ。

  例えこの中の誰か一人が本当に人狼でも、外に逃げちゃえば関係ないもんな!

  あとは保健所が何とかしてくれるぞ。初代いぬ美の時も、そうだったから……」

 何やら過去にトラウマでもあるのか、後半になるにつれて物憂げな口調になっていく響。

 だがまあ、そんなことを気にしてても仕方ないだろう。

 俺は事務所の金庫からありったけの資本金を抜き出し、自分の財布とリュックに詰め込んだ。

 こういう日の為に、金庫のパスワードは調べておいた。抜かりはない。

 だがそうして"さあ、逃げるぞ"という体制が整った瞬間、新たな問題が浮上する。

うるふさん「すんません……さっき入り口という入口は全部コンクリで固めちゃったんすよ……」

伊織「はぁ!? あんた、この非常時になんてことしてくれてんのよ!」

P「落ち着け、伊織! 仲間割れしてどうする!」


 身長2メートル超えの体躯を、しなやかな筋肉の鎧で覆っているあいつから、激昂して掴みかかった伊織を引きはがす。

伊織「でも、でも!」

P「……伊織、こんな時だからこそ、仲間割れはよそうじゃないか。

 疑う心より、信じる心を持とう」

伊織「……プロデューサー……」

 ようやく体から力を抜いた伊織を解放する。

P「大体、お前は前々からちょっと言葉遣いが乱暴だよな。おい、聞いてるか?

 そういう攻撃的な言動は、どうかと思うぞ? おい、ごめんなさいって謝れば済むと思ってんのか?

 ま、まさか貴様が人狼か! 前々から怪しいと思ってたんだ! その凸の生え際は人にあらざるものだと——」

 伊織は泣きながら、ロッカーに引きこもってしまった。



響「言い過ぎだぞ……どんびき……」

やよい「プロデューサーは、ちょこーっと反省するべきかなって」

P「俺は悪くないぞ。あのツルピカデコヒカリがいけないんだ」

雪歩「下衆のにおいがぷんぷんしますぅ……」

 なんというふるぼっこ。

 やっぱり、こういう時は律子みたいなまとめ役が必要だな。

 何かにつけて小うるさいので、昨日つい"ぱちんっ"ってしてしまったことを後悔した。


 まあいい。

 こんな仕事上の付き合いでしかない小娘どもの戯言に、俺の貴重な人生を浪費する気はない。

 やいのやいのと降りかかってくる非難の言葉を無視して、伊織のいるロッカールームに向かう。

 あの後すぐ、野生剥き出しのあいつが慰めに行ってくれたので、そろそろ泣き止んでるだろう。

 ——そんな俺の予想は、ロッカールームを開くと同時、

 鼻腔を侵食してきた強い鉄錆の臭いによって否定されることになる。


P「い、伊織ィィィイイイイイイイイイ——!」

 叫ぶが、ロッカールームに散らばる肉片から、返事が返ってくるわけもない。

P「ちくしょうッ、許せねえッ! こんな邪悪はみたこともねえ!

 765プロの大事な仲間の伊織を! てめーの食欲で!」

 はっ。そうだ、あいつは無事だろうか。

 拳銃弾程度なら苦も無く弾き返せる、強靭な毛皮を纏ったあいつは。

うふるさん「はぁ……はぁ……」

P「お、おい。大丈夫か!?」

 子供位なら丸呑みできそうな大きな口を持つあいつは、苦しげな様子でロッカーにもたれかかっていた。

うふるさん「やられちまったすよ……くっ、全長10メートルは有りそうな人狼が、

       俺っちの前で伊織ちゃんを……! 俺は奴に、全く歯が立たなかった……!」

P「そうか! もういい! 喋るな! お前、血まみれじゃないか!」

うるふさん「あ、大丈夫っす。これ全部返り血なんで」

P「そうか。なら平気だな」

 あと、全長10メートルって、このロッカールームに入らない気がするが、

 そこはまあきっと体育座りとかで乗り越えたに違いない。

わろた


響「そんな……伊織が……」

雪歩「ひ、ひぃぃぃいいい……全長10メートルのおっきな犬ぅぅうううう……」

やよい「うっうー……」

 伊織の訃報に、再び事務所の空気が重苦しいものに変わってしまった。

P「現場に手がかりは残されていなかったな……」

響「ああ……床に血文字で"慰めるふりをして襲いかかってきた"って書いてあったけど、
 
  事件との関わりは全く不明だぞ……」

雪歩「伊織ちゃんの遺体の手に服のボタンが握りこまれたけど、その意味もわかりません……」

やよい「あ、うるふさん、袖口のボタンがとれちゃってますよ!」

うるふさん「あ、ほんとっす。外回りの時っすかねえ……」


響「……そういえば、さ。生きてる伊織と最後に会ったのって……」

 ふと。会話の途切れた隙間に迷い込んだかのように、響の奴がぽつりと、そんな言葉を呟いた。

 彼女の怯えるような視線の先には、

 歯の間に挟まったヌイグルミの綿らしきものを一生懸命取ろうとしているあいつの姿が。

響「あの、人狼って、もしかしたら……」

P「我那覇ぁ! 腹に力籠めろォ!」

 瞬時に激昂した俺は、拳を握りしめて響に躍りかかる。


響「わ、わああああ!?」

雪歩「落ち着いてくださいプロデューサー!」

 咄嗟に俺の前に立ちふさがった雪歩が、常に常備している謎の薬物を俺に注入。

 足に力が入らず、無様に床に倒れ伏すが、しかしそれでも、俺は声を張り上げた。

P「これが落ち着いていられるか! こいつ、仲間を疑いやがった!

 畜生許せねえ……既に大切な仲間が殺られてるっていうのに!

 殺人はなぁ! どんあ理由があろうとも許しちゃいけない、最低最悪の犯罪行為なんだよ!

 ぶっ殺してやろうか! 三年前のあの時のようによぉ!?」

雪歩「で、でも! こんな状況ですし、仕方ないと思うんです!」

P「こんな状況だからだろ!? こんな状況だからこそ、仲間を信じなきゃいけないだろ!?

 それなのにこのさーたーあんだぎー野郎は!

 大体なぁ、犯人云々言い出したら、てめえが一番怪しいんだよ!」

響「な、なんでだよ! 自分、潔白だぞ!」

P「獣くさい」

響「え?」

P「くさい」

 響は泣きながら、会議室に閉じこもってしまった。

事件は会議室で起きたか…

シリアスかと思ったら全然違かったでござる


P「が、我那覇くゥゥゥゥゥゥゥゥン!」

 会議室に踏み込み、目の前に広がった惨状に絶叫する。

 ——ちなみに会議室に入るまでの過程は伊織の時とほぼ同じなので割愛する。

 今回は雪歩ドラッグで体が痺れていたので、薬が抜けるまで少々時間がかかってしまったが。

 その間、会議室に引き籠った響の説得は、ここ数分で急速にお腹がぽっちゃりしてきたあいつが向かってくれた。

 しばらく会議室からは「うぎゃー! 食べられるー!」という悲鳴が上がっていたが、やがて聞こえなくなった。

 そして響の説得が終了したのだろうと思って、会議室のドアを開けたら、これだ。

うるふさん「はぁ……はぁ……」

P「だ、大丈夫か!?」

うるふさん「ま、また守れなかった……全長20メートルのあいつが、響さんを……!」

P「全長20メートル?」

 ふと、違和感が俺の脳を支配する。

 ——こいつはさっき、ロッカールームで見た人狼の全長は10メートルだと言っていた。

 それなのに、今の証言と矛盾する……もしかして、これは、

P「戦いの中で成長しているのか……大した奴だ……」


 とうとう生き残りは俺たち四人だけになってしまった。

 もはや、誰の顔にも怯えの色が張り付いている。

やよい「やっぱり、犯人が誰だか分からないんですかー?」

P「ああ、狡猾な奴だよ。証拠を一切残していない……現場に残っていたのは、

 ラッカースプレーで大きく書かれた"人食いうるふ参上!"という意味不明の落書きだけだ」 

うるふさん「マジっすか……完全に迷宮入りじゃないっすか……」

 入社前は元ヤンだったという、意外な一面のあるあいつも、困ったようにソファの上で縮こまっていた。

これは突っ込んだらいけないやつ


雪歩「う……うう……」

P「雪歩? どうした?」

 今まで黙り込んでいた雪歩が、呻きながらふらふらと立ち上がる。

 その手には、スコップが握られていた。

雪歩「も、もうこんな事務所にはいられませんんん! 穴掘って逃げますぅ!」

 そう叫ぶと、一気呵成に事務所の床を単分子スコップでくりぬいて行く。

P「や、やめろ雪歩! 修繕費が……!」

 止める間もなく、尋常じゃない速度で床に潜っていく雪歩。

 それは、どう見ても人間業だとは思えない……人間ではない?

P「や、やっぱり……人狼はお前だったのか、雪歩……」

雪歩「ふぇ? 何を言って……?」

P「しらばっくれるな! GO!」

うるふさん「グルゥゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 俺の合図とともに、秘められたジャングル大帝魂を開放したあいつが、雪歩に襲いかかる。


P「これで、事件は解決だな! いやあよかったよかった!」

やよい「うっうー! 助かりましたー!」

うるふさん「もうお腹いっぱいっす!」

 汚らしい人狼の血で真っ赤に染まった事務所の中で、俺たちは互いの無事を喜び合っていた。

やよい「でも、これもプロデューサーのお陰です! プロデューサーがいなかったら、事件は解決しませんでした!」

P「はは……俺は、大したことはしてないよ。ただ、仲間を信じていただけさ。

  ふう……安心したら、なんだか眠くなってきたな」

やよい「あ、じゃあココアでも淹れてきますね! それを飲んで、ゆっくり休んでください!」

P「悪いな、やよい……」

うるふさん「俺っちも手伝うっす」

 やよいと、人狼を生でむしゃむしゃしてくれたあいつが、仲良く給湯室に入っていくのを、俺は見送った


長介「——ねーちゃん! この鍋すげー美味いよ!」

やよい「ふふ、いっぱい食べてね!」

長介「特に何だろ、この肉……すげー脂が乗ってて……ねーちゃん、料理のコツとかあるの?」

やよい「うーん、特に何も。今回のに関しては、料理の仕方より素材が良かったかも」

長介「そっかー。じゃあ、選ぶコツとか教えてよ!」

やよい「うん。それはね……」






やよい「——たーっくさん餌を食べさせて、よく太ったところを狙うべきかなー、って!」



≪人狼勝利ED!:"人の形をした狼"≫

終わりです。ありがとうございました

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