たて
引き籠り「きみ誰」
宇宙人「わたしは宇宙人だよ」
引き籠り「俺らと変わらない人間に見えるけど」
宇宙人「たまたまだよ」
引き籠り「何か用でも」
宇宙人「遊びに。それと、きみとお話に」
引き籠り「そうか。じゃあ自己紹介でもしてよ」
宇宙人「わたしは宇宙を旅するひとつの生命。年齢は多分この星と同じくらい」
引き籠り「ずいぶんと長生きなんだな」
宇宙人「確かに、この宇宙の中では年長の部類に入る。でもそんなに改まらなくてよいぞ」
引き籠り「いや、そんなつもりはもともとないけど」
宇宙人「とにかく、いかんせん暇でね。話し相手になってほしい」
引き籠り「いいよ。こっちも暇だ」
宇宙人「じゃあ話そう。どうして引き籠っているの」
引き籠り「やることないし、外出るの面倒くさいからな」
宇宙人「それで大丈夫なのかい」
引き籠り「蓄えはある」
宇宙人「まあいいや。じゃあ、そんな狭い世界で生きているきみにこの宇宙のことを教えてあげる」
引き籠り「それはどうも」
宇宙人「何がいいかな。やっぱり他の惑星の文明のこととか」
引き籠り「ここ以外にも文明があるのか」
宇宙人「そりゃ、ここにわたしという宇宙人がいる時点で」
引き籠り「それもそうか」
宇宙人「宇宙人と言われて、きみはどんなものを想像する?」
引き籠り「そりゃ、グレイみたいなやつとか、タコみたいなやつとか」
宇宙人「地球人でも今どき珍しいくらいのステレオタイプだね。まあそういうのもいる。
でも、生命の形ってきみらが思っている以上に多様なんだ」
引き籠り「というと」
宇宙人「例えば雰囲気のように大気の中を漂っている生命がいる。光線のように宇宙を駆け巡る生命がいる」
引き籠り「ちょっとどんなのか想像もつかないな」
宇宙人「きみらと似たような生命でも、築き上げる文明の種類は実に様々だ。
最終的に、全員がきみのような引き籠りになってしまった社会もあった」
引き籠り「それは素晴らしいな」
宇宙人「素晴らしい?」
引き籠り「だってその文明では誰も働かなくてよくなったんだろう?」
宇宙人「そうだけど……。きみらの社会の中の狭い価値観でも、引き籠りはあまり褒められたものではないんだろう?」
引き籠り「それはそうだな。だけど俺は引き籠りが好きだ」
宇宙人「分からないな。そうだ、せっかくだから相談に乗ろう。出会って間もない他人だけど、
だからこそきみに言えることがあるかもしれない」
引き籠り「相談? 俺が何を相談するんだ?」
宇宙人「悩みがあるから引き籠っているんだろう?」
引き籠り「そういうわけじゃない」
宇宙人「ではなぜ」
引き籠り「俺は生まれたときから生きるのが嫌いだった。しかし自殺は痛そうだし面倒くさい。
だからこうして引き籠りながら死んでいるのと変わらないように生きている。そんなところだ」
宇宙人「その『生きるのが嫌い』っていうのにも何か事情がありそうだけどね」
引き籠り「……引き籠る前に俺はありとあらゆる社会的成功を収めていた。むしろ羨まれる人生だったぜ」
宇宙人「分からない。それなのにどうして引き籠る」
引き籠り「だから、生きるのが嫌いなんだって」
宇宙人「スケールの話をしよう」
引き籠り「うん」
宇宙人「例えばこの地球をリンゴだとすると、大気のある層はリンゴの皮程度の厚さしかないって話」
引き籠り「聞いたことがあるな」
宇宙人「地球ですら気の遠くなるようなスケールだろう?」
引き籠り「そうだな」
宇宙人「わたしはここに来る前、遠い別の惑星にいた。そこから地球まで光の速度で移動してきたが、二億年かかった」
引き籠り「想像もつかないような長さだ」
宇宙人「わたしからしてみれば、この社会でのことなど取るに足らない瑣末なことだ」
引き籠り「それは、この雄大な自然を見るとちっぽけな悩みなんて吹っ飛んじまうぜ的なアレか」
宇宙人「多分そうなんだろう」
引き籠り「何故そんな話を」
宇宙人「きみを勇気づけようと思って」
引き籠り「そんなことをされるいわれはない」
宇宙人「きみはこの部屋から出ずに日々を過ごしている。かたやわたしはこの広い宇宙の隅々まで旅をしている。
それぞれ対極に位置する存在だ」
引き籠り「確かにそう言えるが……」
宇宙人「実は尋ねる家を無作為に選んだわけじゃないんだ。きみが引き籠りだと知って来たんだよ」
引き籠り「広い世界を教えてあげようとでも?」
宇宙人「そんなところ」
引き籠り「傲慢だな」
宇宙人「そうかな」
引き籠り「例えば仕事に疲れた会社員が休暇でエアーズロックに行ったとしよう」
宇宙人「うん」
引き籠り「彼は感動する。こんな雄大な自然の前では日常生活のストレスなんて取るに足らないものだ、と」
宇宙人「いいね」
引き籠り「しかし翌日には彼は日本に戻らなければならない。そしてまた仕事が始まる」
宇宙人「……」
引き籠り「しばらくしたら目の前に積まれた仕事の重みがエアーズロックの思い出なんか押し潰してしまうだろうぜ」
宇宙人「夢も希望もないようなことを言うね、きみは」
引き籠り「いや、夢あるだろ。仕事のストレスが大自然を超えられるんだ」
宇宙人「しかしそんな悩みだって一過性のものにすぎない。時が経てば忘れるだろう」
引き籠り「そんなのは問題じゃない。今、この瞬間存在する苦しみだけが問題なんだ。
終わってみればいい思い出なんてのは自分が安全地帯にいるから言えることだ」
宇宙人「そうかなぁ」
引き籠り「ある大人は子どもの悩みを『可愛い悩み』と言う。当事者じゃないからそんなことが言えるんだぜ。
部外者である大人から見たらたいしたことないかもしれないが、子どもにとっては命が懸かっているんだ」
宇宙人「きみの言い分は分かった。第三者から見た重大さや、客観的なスケールは問題じゃないということだね」
引き籠り「そんなところだ。俺にとってこの六畳一間はお前にとっての宇宙より広いよ」
宇宙人「では話をきみの引き籠りに戻そう」
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