「アイドル人生、スタートです!」 (15)



「志望動機を聞かせてください」

「は、はい」



アイドルオーディションの面接会場。

二人の面接官を前に私は今までに無い緊張を感じている。



「え、えっと……私の知らない世界に飛び込んでみたかったからですっ」

「……そう」

「…………」



冷たい反応に頭が真っ白になりそう。

面接を受けようと決めた日から考えた、嘘偽りの無い気持ちだった。


私が生まれる少し前から設立され、数多くのアイドルを輩出している大手事務所。


アイドルデビューするならここしかない……

そう思っていただけに、ショックです。


「……それだけ、ですか?」

「……っ……っ」

「緊張しなくていいから、深呼吸をして、思ったことを言ってみて」


もう一人の、優しい声が私を救ってくれた。


「すぅ……はぁ…………」


少し、落ち着いたかな。


「じゃあ、志望動機は後回しにして、世間話程度で。……両親はこの面接のこと知ってるのよね?」


う……
やっぱりこの質問が来た……


「し、知りません」

「合格したら知らせるってこと?」

「…………えっと……その」

「あのね、こんな質問に答えられないようじゃ、時間の無駄なのよ。
 他にも面接をしなきゃいけない子がいるんだから」

「……っ」


とげのある言葉が私をチクチクと刺していく。

厳しいのは知ってるけど、怖い。



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「あの、もう少し穏やかにいきませんか……?」

「時間が無いって言ってるでしょう……」

「……はい」

「……っ」


身の縮む思いですっ。


「えっとね……好きな食べ物はなんですか?」

「きんぴらごぼうです」

「即答ね。……どうしてきんぴらごぼうが好きなんですか」

「お父さんの得意料理なんですっ」

「いいですね。父親が好きなんですね」

「はい」

「……」


友達にもよくファザコンと言われる。

だけど、それはしょうがない。好きなんだから。


「それでは、慕っている父親に内緒で、この面接を受けている理由を聞かせてください」

「……」


再び棘が突き刺さる。

けど、これは大切なことですから。思ったことを言います。


「……お父さ——父は今、体を悪くして入院しています」

「…………」

「…………」


面接官二人の表情に真剣さが増していく。


「私が生まれる前に……生死を分ける大手術を受けたそうです……」


病気を患っていたお父さん。

私が3歳になるまで入退院を繰り返していたと、お母さんから聞いた。


「病気の不安は取り除かれました…けど……身体機能は低下したそうです……」

「……」

「2ヶ月前までは…仕事をしていたのに……10年近く元気でいたのに……また……入院することになりました……」

「……それで?」

「お父さんに……私を……アイドルとしての私を見て欲しいから」

「……」

「なるほど。それが志望動機ですか」


そうだった。

私は、お父さんに元気になって欲しいからアイドルになりたいんだ。



お母さんが言っていました——


「面白いじゃない」

「それじゃ、今度は私から質問をしますね」

「はい……?」

「世の中には数え切れない程の音楽が出回っていますね」

「……」

「その中で、デビュー曲を選ぶとしたら?」




「『9:02pm』です」




「どうして、その曲を選んだのですか?」

「そ、それは……」

「まぁ、いいわ。とりあえず、明日、うちの事務所に来なさい」

「あ、ありがとうございます、律子さん!」

「名前で呼ばない。私とあなた、今はそんな関係じゃないんだから」

「厳しいなぁ……」



お母さんのデビュー曲だからです。



お母さんが言っていました—— 大好きだったその人は、プロデューサーとしていつも私を支えてくれたって。

嘘つきの続きか!
期待



※ 注意 ※

前作 あずさ「嘘つき」の続きです。
アイマスの二次創作というよりオリジナル要素の強い内容になっています。
オリキャラ中心に話が進み、765プロのアイドルたちはほとんど出てきません。






—前作のあらすじ—

難病を患っていた765プロのプロデューサー。
医者に宣告され命を落としてしまった世界では三浦あずさ、彼女が彼の意思を継ぎ765プロのプロデューサーとなっていた。

突然の別れに傷ついたアイドルたち。
三浦あずさは彼女たち一人一人と少しずつ前進していくが、
それでも想いは残り、想いはいつしか願いに変わった。

その願いを聞いた『旅行者』と名乗る異世界人により、
時間を早送りしてもう一度彼の居る世界へとたどり着く。

『旅行者』は語る。「宇宙は何度も繰り返している」と。


彼の居なくなった時間を早送りすることで三浦あずさとアイドルたちの記憶が微かに残り、
再び訪れた時間ではプロデューサーの命を紡ぐこととなった。


今作はその後の物語。


アレの続きか、期待


—— 候補生・初日 ——


律子「今日からあなたは、『ゆみ』で活動していくから」

「……」

律子「なによ、その嫌そうな顔は」

「だ、だって……お父さんとお母さんが名づけてくれた名前があるんですよ……?」

律子「あのね、実名でデビューしたら、あなたは親の七光り的扱いを受けるのよ?」

「……はい」


それは嫌です。


お母さんは伝説となっているそうです。

お父さんと二人三脚で2年近く活動して、トップの更に上、頂点に立って引退したんだよ。
と、小さい頃にやよいさんから聞いています。

その後、結婚をして、私が生まれて。

私は今、15歳。中学三年生。



律子「いいわね、ゆみ?」

「……い…や……ですっ」

律子「芸名であって、本名を変えろといってるわけじゃないの。理解しなさい」

「……はい」

「梓弓 引かばまにまに寄らめども 後の心を知りかてぬかも〜ですね、律子さん」

律子「まぁ……そうなんだけど」

「……春香さん、この名前でいいと思いますか?」

春香「うん。いいと思う。律子さんが決めてくれた名前だから。お母さんの名前も入ってるでしょ?」

「……入っていません」

春香「あれ、梓 弓。ではないと?」

律子「『弓』の一文字よ。別の名があれば聞くけど?」

春香「そうですね。……夏香とかどうでしょう。春の次〜♪」

律子「どう?」

「……弓がいいです」

律子「じゃ、決定ね」

春香「私の案は却下なのね」

「律子さん、あゆみではだめですか?」

律子「……そうねぇ」


お母さんの頭文字を借ります。


律子「それもありだけど、どうせなら一文字違いの『あずみ』でいきましょうか」

春香「ちゃんと本名の一文字も残ってますからね」

律子「そういうこと」

「『あずみ』……!」


春香「それじゃ、改めまして。あずみちゃん、765プロへようこそ!」


あずみ「よろしくお願いします!」


律子「うん。頑張っていきましょう、あずみ」



あずみ「よろしくお願いします、律子さん!」

律子「駄目よ、名前で読んじゃ」

あずみ「え……」

春香「律子さん、昨日の面接も厳しかったように思いますけど……」

律子「社会に出るんだから、厳しくしないとダメじゃないの」


そうですね。
律子さんたちに甘えていては自分の力を発揮したと言えませんから。


律子「これからは、プロデューサーと呼びなさい」

あずみ「わ、わかりました、プロデューサー」

律子「よし」

春香「小さい頃から厳しいですよね〜」

律子「親が甘いんだから、私が厳しくするしかないじゃない」

春香「怖いよね〜?」

あずみ「律子さん、厳しくて怖い時ありますけど、大好きですよ」

律子「そ、そう……」

春香「そういうだろうなとは思ってたけど……。えっと……どこへやったっけ」


春香さんは手に持っている小型機械を操作して情報を引き出そうとしているみたいです。
なにか見せたいものがあるのでしょうか。


春香「さっそくですが、あずみちゃんにレッスンの予定を組み込んでみました」

律子「悪いけど、春香。あずみは765プロからデビューしないのよ」

あずみ春香「「 そうなんですか? 」」

律子「ここで話をするわけにもいかないから、会議室に来て」

あずみ「は、はい」


とても大きな建物なんですね。
私がこの事務所に来たのは今日が初めてになります。

お母さんもここで働いているはずですけど、今は外に出ているみたいですね。

小さい頃に、もう一つの事務所で遊んだことがあるとやよいさんから聞きましたけど、
残念ながらその頃の記憶はありません……

あずさ「約束を」の人かな?娘はやっぱアイドルデビューするのか

前作だったらあずさ「約束を」で嘘つきは前々作になるんじゃ…


律子「さ、入って」

あずみ「し、失礼します……」

春香「……緊張してるっ、かわいい」

律子「春香、あなたの仕事はどうなってるのよ」

春香「私もあずみちゃんをプロデュースしたいと思っていました」

律子「そうね。……話を聞くだけならいいでしょう」


春香さんも律子さんと同じくプロデューサーとしてこの事務所で働いています。
もし私の担当になってくれたら心強いと思いますけど、そう上手く話は進みませんね。


通された場所は広い部屋で、大きなテーブルが中央にあり沢山の椅子が並んでいます。


「きゃははっ」


大型スクリーンに映し出された映像、それに合わせた笑い声。

ひょっとして、この事務所の……


律子「こら、幸子!」

幸子「ほへ?」

律子「また、こんなとこでサボって……!」

幸子「違うさ、見てわからないか、律子?」

律子「なにがよ……」

幸子「あたしは今、テレビを見て研究してんのさ」

律子「お菓子食べながら笑ってたでしょ。この部屋を使うんだから、出て行きなさい」

幸子「ん? あんた誰さ?」

あずみ「え、えっと……」


口調が響さんに似ていたから……安心してしまいました……


あずみ「あずみ…と……いいます……」

幸子「ふーん……誰かに似てるような……?」

あずみ「…………」

幸子「なにさ、新入りのくせに先輩の顔をジロジロとみて」

あずみ「す、すいません」

律子「……先輩を気取るほど長く居るわけじゃないでしょ」

幸子「先輩には違いないさ」

春香「幸子ちゃん、圭治くんと一緒じゃないの?」

幸子「うげ、その名を出さないで欲しいさ」


コンコン


律子「どうぞ」


ガチャ


「お忙しいところ失礼します」


髪の長い、綺麗な女性が入って来ました。

落ち着いた服がその人の柔らかい印象を映しています。


あずみ「何をしているんですか?」

幸子「見てわかるだろ、話しかけるんじゃないさっ」


椅子に身を隠していますね。


「あのぅ……律子さん……こっちに」

春香「そっちですよ」

幸子「バラすなんて卑怯さ、春香ぁー!」

律子「逃げるなっ!」

幸子「うぐっ」


律子さんの右手が幸子さんの首根っこをつかまえました。


律子「はい。ちゃんと捕まえておく」

「すいません。……圭治さんが探しています。行きますよ、幸子ちゃん」

幸子「うげー……」

あずみ「……」

幸子「あんた、候補生?」

あずみ「そ、そうです」

幸子「この世界、つまんないから辞めた方がいいさー」

あずみ「え……?」

律子「こら!」

「もぅ、駄目ですよ、そんなこと言っては」

律子「口の利き方以前に。そんな精神でいるのなら周りにも悪影響よ、嫌なら事務所を辞めなさい」

幸子「へぇ、代わりはいくらでも利くってことかい?」

律子「……」

幸子「うへぇ、怖い怖い」


律子さんは怒ったわけじゃないですよ。

悲しい顔をしたんです。


あずみ「幸子さん」

幸子「あん?」

あずみ「幸子さんが思う、アイドルってなんでしょうか」

幸子「はぁ?」

あずみ「私は、周りを元気付けることだと思います。やよいさん、響さん、真美さん、みなさんを見ていましたから」

幸子「これはまた過去の名前を挙げたもんさね。それでー?」

あずみ「私も、そんな人になりたいんです」

幸子「ふぅん……。それはいいけど、いくら練習をしても、運には勝てないさ」

あずみ「運ですか?」

幸子「そうさ。オーディションで合格するのは事務所の力でもない、その時の空気の流れがあってさー」

あずみ「???」


運はなんとなく分かりますけど、空気の流れとはどういう意味でしょう?


幸子「自慢じゃないが、あたしは今まで8回のオーディションを受けたが全部不合格〜」

春香「……」

「もぅ、自慢になりませんよ」

律子「……喋らせてみましょう」

「は、はい……」

幸子「どうして不合格になったか分かるか?」

あずみ「いいえ」

幸子「不戦敗だからさ」

あずみ「……?」

幸子「オーディションの時間に間に合わない。風邪を引いての参加。前日に怪我……これ2回ずつ」

あずみ「……」

幸子「他には何があったっけ?」

「わ、私が……申し込みを別の企画に提出したり……」

幸子「そうそう、圭治のヤツが忙しくてあんたに任せたんだよな」

「け、圭治さんが悪いわけでは……」

幸子「結果はあたしの負けなんだから、同じことさ」

あずみ「……」

幸子「相手の実力が上で負けるならまだいいさ。だけど、こればっかりはどうにもならない」

あずみ「名前の割には幸薄いってことですね」

幸子「……まぁね。あたしの不幸は折り紙つき。この事務所にも少なからず影響しているかもね〜」


ふと、お父さんの事が頭を過ぎりました。


あずみ「私のお母さんは、運命——お父さんを掴まえましたよ」

幸子「え……?」

あずみ「その運命があったから、私は今、生きています」

幸子「…………」

律子「はい、終わり。これから先は自分で決めることね、幸子」

幸子「……辞めるさ。世話になったね、律子、春香」

春香「……」

「本当に、それでいいんですか?」

幸子「神様の忠告なんじゃない? 諦めろ〜って」

あずみ「……」

律子「幸子、この子の親、誰だか分かる?」

幸子「ん?」

律子「二人の雰囲気、あるでしょ?」

幸子「…………」

あずみ「……」

幸子「まさか、所長と……」

律子「そう、三浦あずさ、二人の子よ」

幸子「……!」

あずみ「……」

律子「ちなみに、この事務所からはデビューしない」

幸子「ど、どういうことさ」

律子「ここを辞めるあなたには関係ないでしょ。ほら、邪魔だから出て行く」

幸子「……」

「失礼しました」


呆然とする幸子さん。柔らかい笑みで出て行った人は……誰なんだろう。


律子「さ、座って」

あずみ「はい」

春香「…………」


春香さんの表情が重たい気がします。


あずみ「春香さん……?」

春香「なに?」

あずみ「……いえ、なんでもないです」


すぐに笑顔で返してくれました。


あずみ「律子さん、幸子さんは辞めてしまうんですか?」

律子「人のことはいいから、自分の事に集中しなさい」

あずみ「……」

律子「こっちはこっちで色々あるのよ」

春香「……」


詮索するなってことなのかな……?


律子「さてと、……お母さんはアイドルになることについてなんて言ってたの?」

あずみ「『血は争えないわね〜』」

春香「うぅん……ダブってみえた……」

律子「そうね、あずささんがあの頃の6年若返ったらこんな感じだろうな…って、雰囲気だったわ」

あずみ「お父さんには言っていません」

律子「……どうして」

あずみ「退院してから、教えます。それまで頑張ります」

律子「わかったわ。とりあえず、今のこの事務所の状況を説明しておくわね」

あずみ「はい」



お父さん……春香さんはプロデューサーさんと呼んでいます。


この事務所の所長を務めているお父さん。

2ヶ月前から入院しているため、今はお母さんが所長代理をしているそうです。

今日までお母さんと律子さんの二人で代理をしていたけれど、
律子さんは私が候補生になったことで一度外れることに。


律子「私の代わりに、春香とやよいが跡を継ぐこと」

春香「わかりました。あずみちゃん、やよいには知らせたの?」

あずみ「はい。昨日電話で伝えました」


やよいさんは私が小さい頃から……物心付く前から面倒を見てくれていました。
だから無意識に頼ってしまいますけど、今回は頼ってはいけないと思い私自身で決めました。

春香さんと同様、やよいさんもプロデューサーとしてこの事務所で働いているはずです。
姿が見えないということは、もう一つの事務所にいるのかもしれません。

春香さんかやよいさん、どちらかが私のプロデューサーになってくれたらいいな、
なんて昨日の夜から夢想していました。


律子「本当に、自分の意思だけでオーディションの面接を受けたのね」

あずみ「そうです」


そして、私ができること、お父さんを元気にしたいことを伝えました。

これは、私にしかできないことだと思います。

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