禁書目録「それはきっと、幸せだった頃の夢」 (122)


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 ——Dear My Friend

    Every day & night Always be with you


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 それは今と同じく年の暮れ。灰色の寒空の下での出来事。

 思えばそれが全ての始まりだった。

 深々と雪の降る街はどこもかしこも暖かな光に満ち溢れ、当たり前のようにお祭り騒ぎで。
 街のあちこちにある教会では、厳かに、けれど誰もが笑顔で、ミサが行われていた。

 それはまるで奇跡のように。
 あるいはきっと必然のように。

 今にして思えば、そう、あのときこそが、私達の歯車が噛み合った瞬間。



 私が彼女と出会ったのはそんな聖前夜だった。



 ……時計の針は三年前まで遡る。

一方その頃

「——あっ!」

聖堂での一仕事を終え、普段の参列者は見る事のない教会の舞台裏。
修道士たちの集まる談話室に戻ってきた私にさっそく声を掛けてきたのは、いい加減見慣れた少年の顔だった。

「お疲れ様です」

流れるような金髪に鳶色の瞳。天使のような笑顔を惜しげもなく私に向けてくる。
まるで飼い主にじゃれつく子犬のようだ……なんて言うと彼は可愛らしく頬を膨らませて抗議するのだけれど。

「はいはいお疲れ。……んで、結局なんでアンタ私よりも早いの?」

「それはもう、居ても立ってもいられなかったので」

「大人しく座っておきなさいよ……ミサはまだ終わってないでしょ?」

半ばぞんざいに彼を扱うようだが、どうか許してほしい。珍しく私は照れていたのだから。
この頃の私は、まだどうにか年相応の精神年齢を持ち合わせていて、でも半分くらいは諦観のようなものを抱き始めていた。

だから、そう。

「さっきの賛美歌、すっ————ごくよかったです!」

そんな風に目をキラキラさせて力説するものだから私は彼から目を逸らさずにはいられなかった。
……そうでもしないと、思わずこの可愛い生物を抱き締めて頬にキスでもしてしまいそうになるのだ。

照れ隠しと意趣返しに、一つ二つからかいの言葉でも投げてやろうと思うが。

「——ん」

酷使しすぎたせいで喉に痒みのような違和感を感じる。

何か飲み物でもいただこうか……と思っていると、彼はすかさずマグカップに入ったホットチョコレートを差し出してくる。
本当によくできた子だ。ただこれ余計に喉が渇かない?

「ありがと」

でもまぁ、彼の好意を無碍にする事もできないので私は苦笑を隠しつつカップを受け取り口を付ける。
柔らかな甘みと熱が暖かく体の疲れを溶かしていくよう。
纏わりつくような感触については気遣いに免じて黙っておいてあげよう。しかしどうせならレモネードが欲しい。

「なんだ、今日も姉弟で仲いいな」

口さがない長髪の神父がからかうような声を掛けてくる。
アルコールでも入っているのだろうか、頬が僅かに紅潮している。生臭坊主め。

ほのかに漂ってくる酒の臭いに私は面と向かって眉をひそめて。

「だから何度も言うけどさぁ……」

「姉弟じゃないですって!」

私の言葉を取るように彼が否定する。
そりゃあおそろいの金髪は端目には姉弟のようにも見えなくもないけれど。

「師弟ですから。姉弟なんて、彼女に悪いです」

「このおちびちゃんがまさか師匠には見えないさ。いいとこ姉弟だろう」

嫌らしい笑みを浮かべる赤い髪の神父は私の気にしていることをずばり言ってくれる。
確かに私は他から見れば若輩者なのだろうけれど、これでも一応達人級の称号を持つ魔術師だ。

イギリス清教の最深遠——第零聖堂区、『必要悪の教会』。

私の所属している組織はそう呼ばれている。

教会とは名ばかりの異端排斥に特化した組織。
魔女狩りと宗教裁判、拷問や処刑がお家芸の魔術師集団だとは一般人は知るよしもない。
どころか表向き万人に開かれる扉からは敬虔な羊達が毎日のようにやってくる。
首都ロンドンの片隅にあるこの小さな教会もその中のひとつだ。

今日はクリスマス・イヴ。

目くらましのパフォーマンス——言い分によればこっちの方が本業らしいが——の一環としてこの教会でもミサが行われていて、
私は人手が足りないからと聖歌隊に駆り出されていた。

そこに誰が教えたのか我が愛しくも愚かしい不肖の弟子が見物に来ていて。
……ああもう、思い出しただけで恥ずかしい。

「いいじゃないか、師匠のカッコイイところ見せてやればいいだろう」

犯人はやっぱりあなたか、クソ神父。

酔っ払って私と彼の頭をぐりぐり撫で回す神父は酒臭い上にタバコ臭い。
こんなのを不良神父と言わずなんと言う。

「それで、疲れてるところ悪いが……一仕事行ってきてくれないかい?」

「仕事って……どっちの?」

「まさかそれをいちいち聞く馬鹿がうちの教会にいるのか?」

それもそうだ。教会内の雑用なんかなら彼がわざわざそんな言葉を使ってくるはずもないし。

「ロンドン塔から霊装を一つと要人を一人、聖ジョージ大聖堂まで届けてくれ」

ため息をついて私はこめかみを押さえた。

「こんないたいけな美少女を寒空の下放り出すなんて。誘拐とか強姦とかされたらどうするの」

「強っ……!?」

ああ、いたいけなというと、この子の方がぴったりだ。
仮にも魔術師だというのにこの手の単語に耐性がなさすぎるのはどうかとも思うけれどできればこのまま無垢なままで居てほしい。

「君がそんな殊勝なタマか?
 明日の朝刊に謎の焼死体が発見されたとかって記事があったら真っ先に君の犯行を疑うがね」

「きっとまた切り裂きジャックよ。あの霊装一式、結局回収できてないままなんでしょ?」

「まあ心配するな。護衛がいるから」

そう言って神父が視線を向けた先には——黒い影のような少女が立っていた。

年は私より少し上くらい。十五、六ほどだろうか。
すらりと長いシルエットはモデルみたいだけれど、だぶついた白のシャツに、片足部分がばっさりと切られたダメージジーンズ、とどめに傷だらけの革ジャン。
アメリカのスラム街あたりにいる不良少女のようなイメージを感じさせる。もっとも、生憎と銀幕の中でしかお目にかかったことはないけれど。

今時ロンドンで東洋人なんて珍しくもないけれど長く綺麗な黒髪に一瞬目を奪われてしまう。
私のこの太陽みたいなブロンドも自慢だけど、彼女のそれには何か違ったもの——泉から湧き出た清流のような美しさを感じてしまう。
なのに。

「………………」

なのに——無言のまま、じぃっと私を見る彼女の目は泥のように沈んでいる。

さながら亡霊。辛うじて人の形を保っているだけの影。
それほどまでに彼女の気配は虚ろで、それはまるで死に瀕した枯れ木のようだった。

「……神裂火織だ」

返事をしない彼女に代わって神父が口にした名前は私も知っていた。
彼女の噂は私も耳にしている。

「カンザキ? ってあの聖人の?」

極東宗派の女教皇だった少女。
そして世界にも稀に見る『聖人』と呼ばれる特殊な性質を持つ存在。
その肩書きは目の前の少女に全く似合ってないのだけどそんな事はどうでもいい。

「聖人が出てくるなら私みたいなザコ魔術師なんか駆り出さなくてもよくない?」

何も自分を卑下する訳ではない。
『この世界』の住人なら承知の上のことなのだ。
聖人が一人いれば万事それで事足りる。

なぜなら聖人の『戦闘力』は常軌を逸している。
『鳳仙花』、『竜殺し』、『独立十字軍』、etc.——呼ばれる忌み名には事欠かない。
もし聖人を仕留めようと思うなら完全武装した魔術師の一個師団を使い潰す気でなければならないと言われるほど。
それこそかつて霧の都を騒がせた殺人鬼など鎧袖一触。そういう存在なのに。

「そういうことじゃないんだよ、これは」

赤毛の神父はカソックの懐からタバコを取り出そうとして、ここが屋内だった事を思い出したのか誤魔化すように手を振った。

「君、異動ね」

「……は?」

年の瀬にいきなり何を言い出すのだろうこの腐れ神父は。
極東の島国では師走と呼ばれるこの時期、当然のように私も大忙しなのだ。
しかもよりによってこんな日に、日付が変わるまでもう何時間もないというのに、何の前触れもなく唐突に神父は一言で言ってくれた。

「こんな小さな教会で君みたいな逸材を腐らせておくほど我が必要悪の教会も暇じゃないって事さ……君は明日から聖ジョージ大聖堂の所属になる」

聖ジョージ大聖堂。
その教会堂の持つ意味は、我らが必要悪の教会、その中心だ。

つまりこれは通過儀礼なのだと神父は言う。

「何よりこの役は君が適任だよ。届け物はね——」

——Index-Librorum-Prohibitorum

禁書目録と呼ばれる最悪の呪いの塊なのだと神父は言った。

毎度のごとく設定展開捏造の塊となっております。ご注意下さい



始まり方がなんかめちゃくちゃ好きだ。

どのラノベに影響されたのやら

よく似てるな

続きが書けてしまったので少し遅いけど投下

地下鉄でタワーヒル駅まで移動した後、駅構内からロンドン塔への直通通路を抜ける。

もちろん非公式の、一般人には知られていない秘密の抜け道だ。
地下鉄が開発されるよりもずっと前からある道で、狭い左右の壁は古めかしいレンガと漆喰で固められている。
天井付近に点々と並ぶ電灯もケーブルがむき出しの無骨なもので、じめっとした冷たい空気が毎度の事ながら不愉快ではあるのだけれど——。

「ねえ、ちょっと」

「はい?」

暢気な声で可愛らしく首を傾げる金髪の天使の頭を叩いてやりたくなった。

「結局なんでアンタまでついてきてんの!」

聖ジョージ大聖堂に召喚され、霊装と要人の護送任務を受けたのは私だけだ。
後ろをついてくる怪人根暗女は護衛らしいから別としても、彼は無関係なのだからこの寒いロンドンを一緒になって歩かなくてもいい。

「そりゃあ、僕は師匠の弟子ですから」

なのに恥ずかしげもなくそんな事を言う彼。
私はこの一時間で何度目かになるため息をついた。

「よい子はおうちで眠る時間よ?」

「師匠だって中学生じゃないですか」

うるせえ。

「アンタは小学生じゃない」

「そうですけど……」

「ぐだぐだ言わない。師匠の言うこと聞けないっての?」

そう言うと、彼は困ったような、ともすれば泣きそうな目で私を見上げ——やめてよ、そんな顔をされたら私の方が悪者みたいじゃない。

それから彼は、すねたようにそっぽを向いた後、小さな声で、

「……師匠だって女の子なんですから」

などととんでもないことを言ってくれやがる。

よりによってこのチビッコは私を気遣っているのだ。
年上で、しかも魔術の師匠。
そんなことを気にかける必要はまったくないのに、彼は一丁前に英国紳士の嗜みとして私をレディとして扱っている。

……さすがにこんなチビガキ相手に懸想するほど私は初心じゃないけれど、
でもまあ、今日のところはそんな小さな紳士に免じて聞かなかったことにしてやろう。

クリスマス・イヴだし……と言い訳じみた理由を付け足して。

「はいはい、分かったわよ。今から返したところで、結局怖いお兄さんたちに絡まれて身包み剥がされるのがオチだもの。
 どうせ同じ凍死をするならアントワープ大聖堂がいいもんね」

「僕の死に様の心配はしなくていいです!」

見た目だけはわりと感じのいい死に方だと思うんだけどなあ。
あいにく私も件の絵を見たことはないのだけれど。

などと可愛い弟子を弄るのも気休め程度にしかならない。私は軽い頭痛を覚えていた。

それもこれも終始無言で後をついてくる神裂だ。

数ヤード後ろを歩く東洋人は鬱々とした気配を辺り構わず振り撒いていて、それがタールのようにねっとりと纏わりついて離れない。

まるで死神と歩いているような気分。
ウザいとかキモいとかそういう次元を通り越してただひたすらに暗い。
向けられているだけで気分が落ち込んでくるような濃度の視線がべっとりと背中に貼り付いているようだった。

もう片方、天使のような無邪気な視線と比較するとギャップがより一層際立つ。
ところ構わずじゃれついてくる子犬のような彼は普段は時々鬱陶しく思ってしまうのだけど、清涼飲料水のように私の心の平静を保ってくれている。

……はずなのだけれど。

「あのさぁ」

足を止め、振り返る。

「アンタ、ちょっといい加減にしてもらえない?」

私だって仮にも魔術の師だ。普段であれば弟子の前でこういう醜態は見せない。
でも、いくら必要悪の教会きっての穏健派で通っている私でも我慢の限界だった。

この子はとてもいい子だけど、私はどちらかと言えば悪い子だ。
神経を逆撫でしてくるような輩にかけてやる情けはこれっぽっちも持ち合わせていない。

「根暗な空気撒き散らされてると結局こっちまで鬱入っちゃうのよ。
 今日が何の日だか分かってる?
 クリスマス・イヴよ? 『神の子』の誕生前夜、お祭りの日よ?
 なのにアンタってば、さっきから一言も喋らずに……って」

私の声に神裂はようやく表情らしい表情を見せた。
といっても眉を少しひそめて視線をつうと逸らせただけなのだが——。

「話聞いてんの!?」

「あの、師匠……」

ついカチンと来て声を荒げてしまい、直後に失敗したと舌打ちする。
不穏な気配に鳶色の瞳が怯えたような視線を私と神裂、交互に向ける。
つい感情的になってしまうのは悪い癖だ。

けれど彼の苦言に気まずさを感じたのはあちらも同じだったのか。
神裂はどろりとした視線をゆっくりと私に向け。

「——あ——」

搾り出すように、ゆっくりと、言葉を吐いた。

「——あいきゃンのっとすぴィくいンぐりっしゅ」

「「……」」

発音もアクセントもめちゃくちゃだけど言いたいことは分かった。

はぁ……とため息カウントをまた一つ更新し、私は腰に手を当てて彼女に向き直る。

『さすがに日本語は大丈夫よね?』

「——Yes」

『無理に英語使わなくてもいいわよ。日本語、それなりには喋れるし』

『ありがとう。助かります』

……つまり何だ。
もしかして今までの私達の言葉は一切彼女に通じてなかったのか。

「……まさか結局、それで鬱ってたっての……?」

『はい?』

独り言だから気にしないで、と手を振りまた頭に痛痒を覚える。

日本人は英語は元より母国語以外ろくにできないとどっかで聞いたけれど、まさかここまでとは。

『アンタ、それでよく今までロンドンで生きて来れたわね』

外国語が通じないのはここ英国も同じようなものだ。
私みたいな魔術師は日本の敵対組織への対策として日本語を日常会話程度なら支障ない程度に習得しているが、それ以外はお互い様だった。

四つの国から成るこの連合国では、各地で別の言語が使われていたりするが、それでも英語という共通言語がある。

何せ世界共通語を謳うほど広い地域で使用されている英語。
国内のみならず基本的に通じない国はほとんどないと言っていいだろう。

自国内ですらそんな状況なのだ。英語さえ使えればどうにかなる——そういう風潮がある。
たとえ相手が経済大国とはいえ極東の辺鄙な島国の言葉を好んで覚える輩などそう多くはない。

移動を再開しながら軽く話しかけてみる。これで彼女の澱んだ気配が少しでも緩和してくれればいいのだが。

神裂は『はい』とうなずき、

『必要悪の教会に所属している日本人に言葉が通じる店はいくつか教えてもらいましたし、それに』

一度言葉を区切り、

『言葉が通じずとも、仕事にさほど支障がありませんし』

「……」

『三年。多少困る場面もありましたが、何とかなっています』

それで彼女が今までどういう処遇にあったのか理解する。

必要悪の教会は慈善事業ではない。
むしろ国軍、それも表沙汰にはできない分、秘密特務部隊と称した方がしっくりくる。

そんな中に放り込まれた個人級戦略兵器も同然の『聖人』。
恐らく彼女は『あの街』とは無関係なのだろうが、それでもやはり敵国の出身で。

風の噂に聞いた出自からはかなりの引け目があるようだ。
きっと彼女はいいように使われていたのだろう。

三年、という決して短くない時間に同情しない訳でもない。仮にも今は私の護衛で、パートナーだ。
初対面だが、そこに少しばかりの仲間意識を覚えてもいいだろう。そう思い、

「あ」

……そこでようやく思い出す。

護送対象のプロフィールを私は受け取っていない。
聖人である彼女が出てくるくらいなのだからよほどの人物なのだろうが——。

「きっと誰か教えてくれるわよね」

『はい?』

また『こっちの話よ』と手を振り、足を止めた。

「さてと……」

向いた先は一見何の変哲もない通路壁。漆喰が剥がれて下地のレンガが露出しているだけ——に見えるけれど。

「ここですか?」

「そうよ。アンタこっちから来たことなかったっけ」

首肯の代わりにぽんぽんと金髪を叩き、それから少し考えて、悪戯を思いつく。

「じゃあ、ちょっとテストしよっか」

「へえっ!?」

素っ頓狂な声に私は意地悪に笑って、けれど彼は優秀な生徒だから、きっと即答してくれるものと思っている。

今週の開錠キーは確か……。

「——イザヤ書、24章14節」

「ええと……」

私の言葉を彼はすぐに理解したのだろう。思案顔を浮かべるものの両手をレンガに当て、記憶を探るように目を瞑り。


       彼らは声をあげて喜び歌う 神の威光のゆえに、西から喜び呼ばわる
   「——Hi levabunt vocem suam, laudabunt maiestatem Domini, hinnient de mari」



「正解ー♪」

私の声に輪唱するように、ごとりと重い音がした。

聖句に反応し、レンガの壁がぱたぱたと内側に折りたたまれるようにして口を開く。

この道自体は立ち入り禁止区域だけれどセキュリティがない。
ときたま駅の周りを探検している悪ガキが迷い込んだりする。
薄い人払いの魔術が常に展開しているためこんな深部まで来るような子はめったにいないけれど。

だから第二関門としての聖句をトリガーとした隠し通路。
鍵となる言葉は毎週変わるからたとえ仕掛けを知っていたとしてもそうそう潜り込めない。

「さ、行くわよ」

神裂にちょいちょいと手招きをして誘導して穴の中へと一歩を踏み込む。
後の二人が入ったことを確認してから奥の木机に固定されたカンテラを撫でる。
すると背後で先ほどの穴が独りでに閉じ、同時にぽうと灯が点った。

「ようこそ、ロンドン塔へ——と。
 さ、早く済ませちゃいましょ。サンタクロースが来るまで時間もないし」

そう嘯いて奥の古めかしい木戸を、行儀が悪いと思いつつ蹴り開け——。

「ごづっ!?」

……戸板の裏側から硬い音と衝撃と悲鳴があった気がするけど幻聴か何かだと思いたい。

うわぁやっちゃった……と頭を抱え恐る恐る扉の影を覗き込んだ。

「ええと、そのう……ごめんなさい?」

「いや、全然、大丈夫だ。
 扉があるのに誰かが開くかもしれないと思わなかった私にも非はある」

そう言いつつもよろめくように姿勢を正したのは背の高い茶色い髪の少年だった。
……見覚えはない。

どこか別の地域にいた魔術師だろうか——そう思い、

「う……」

まさか——と最悪の予想が脳裏をよぎった。

そんな私の頭の中など知るよしもなく、彼は軽く腰を落とし床を見回す。

「物珍しかったのでつい探検してしまった。
 自然、足の向くままに歩いていたらこんな下層に来てしまったのだが——」

ぶつかった際に落としたのだろう、真鍮フレームの眼鏡を拾い掛け直すと、彼は私に柔らかく微笑んだ。

「偶然、それとも神の導きというやつか。ちょうどよかった」

続く言葉は私の嫌な予感が的中していることを告げるものだった

「『隠秘記録官』、アウレオルス=イザード。
 ローマ正教より出向している。……怡然、君かな。私をエスコートしてくれるというのは」

……これがもし必然だというのなら我らがカミサマというのは随分と悪戯がお好きなようだ。

聖夜の奇跡というにはまだ一日早いわよ。

まだプロローグだけどぼちぼちと更新して行こうかと
何かに似てるらしいけど心当たりがない

盗人猛々しい

残酷歌劇のひと?

ちょくちょくと投下

その後。

姿の見えなくなったアウレオルスを探していたシスター(三十五歳独身)に三十分ほど揃ってお小言を頂戴した。
どうして私まで説教されないといけないのか。はなはだ理不尽だ。

おかげであと十分もしないうちに日付が変わる時刻になっていた。
さっさと帰らないとサンタクロースが来てしまう。

一般開放されていない通路を歩く。
先導は私だ。他の三人はこの場所に慣れていない。
どこへ向かえばいいのか、と聞いても目的の場所と道筋を理解できるのは私だけだった。

『粛然、公開部はガイドに連れられて入ったことはあるが、やはり昼間とは雰囲気がまったく違うな』

乾いた足音に混ざる会話は日本語のものだ。

『了然、歴史の重みというものを感じる。
 当然、ローマにも歴史ある建物は少なくないが、私の関わる建物のほとんどは教会や神殿だった。こういう——』

彼は少し言葉を捜すように視線をさまよわせ、

『実務的な城砦は雰囲気がまったく違うな』

『城なんて別に珍しくもないでしょ。バチカン就きならサンタンジェロ城があるでしょうに』

もっとも両者の歴史的背景には確かな差があるのだけれど——。

『はっきり言ってもいいのよ? 幽霊でも出そうだ、って』

道は直線通路から階段へと変わる。
背後を振り返りながら肩をすくめてやるとアウレオルスはばつの悪そうな顔を見せた。

どうにも彼は知的好奇心を抑えられない性質らしい。
それとも意外と怖がりなのか。魔術師のくせに。

「……何の話をしてるんです?」

小声で尋ねる我が弟子は未だ日本語が不勉強で。師としては不甲斐ない限りである。

「アン王妃の噂話よ。今日みたいな日にするもんじゃないわ」

私の言葉に彼はびくっと肩を震わせる。

このロンドン塔には首のない貴婦人の霊が出るという噂があるのだ。
もっとも頻繁にここに出入りしている私も拝謁の栄に浴したことはないのだけれど。

「博物館の方に回ってみればいるかもしれないわね」

「やめてくださいよぅー」

こういうことで簡単に半泣き顔になるから嗜虐心をそそられるのよね。
定期的に禁欲生活で鬱屈した修道女の群れに叩き込んでいる。
同僚の精神的健康管理にも気を使う私マジ聖女。

「……ん?」

ふと私は疑問の吐息を漏らす。

「どうしたんですか?」

「ねえ、何か——」

私は耳を澄ませ、幻聴ではないことを確かめた後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「——声、聞こえない?」

四人分の靴音に混ざって、かすかに声が聞こえる。
それは女性のもので、狭い回廊に反響しているせいか薄ぼんやりとしていて、どこから聞こえてくるものなのかも定かではないけれど。

「……歌?」

歌詞はかすれていて聞き取れないけれどメロディは分かる。

『Silent night』——多分、世界一有名な賛美歌だ。
日本語では『きよしこの夜』だっけ?

「ま、まさかアン王妃が……?」

「ちょっと落ち着きなさいって。よく考えなさい。首なし幽霊に口はないわ」

それはそうですけど、と言いつつも不安げな表情は変わらない。

『……上から聞こえてくるようですね』

ぽつりと呟いたのは神裂だ。
聖人の超感覚が歌声の出所を察知したのだろう。

『どうする? この子は幽霊かもって騒いでるけど、確かめに行ってみる?』

『……いえ、やめておきましょう』

私のからかうような言葉に神裂は首を振る。

『誰かが聖夜を祝っているのであれば、十字教徒として肯定すべきでしょう。
 たとえ相手が誰であれ、私にはそれを否定する言葉は持ち合わせません』

この辺が日本人の感覚なのかなぁと肩をすくめる。

「っと……」

目的地に着いた。
通路の脇にある扉の向こうは塔の外周部分にあたる小部屋だ。
足音が消えたおかげで歌声が小さいけれどはっきりと聞こえてくる。

「結局、幽霊探索はまた今度ね。今はお仕事お仕事」

こん、こん、と二度ノックしてしばらく待つ。

……が。

「返事がないわね。もしかして寝てるのかしら」

件の『禁書目録』とやらは護送が必要なほどの霊装だ。

まさか裸で置きっぱなしということもないだろう。
担当官がいるらしきことは先のシスターからの話で察している。
そうでなければ誰かが受け渡しに随伴しただろうし。

もう一度ノックをするがやはり返事がない。
私は手早く魔術防御やトラップがないことを確認して、周囲に目配せすると、ゆっくりと扉を引いた。

きぃぃ……と古めかしい蝶番が軋んだ音を立て開く。

「いない……わね」

部屋は無人だった。
簡素なベッドと文机、その上に灯の入ったランプが置かれている以外は何もない、酷く簡素な部屋だった。

窓には鎧戸が下ろされ外は見えない。
念のため部屋に首を突っ込み全周を確認したが、やはりそれ以上は何もない。
真冬の切るような空気が感じられるだけだ。

ランプが点っているということは直前まで誰かがいたということだろう。
ほんの少しだけ退席するつもりでランプをそのままにしておいたのだ。

そして私達は塔を上ってきていて、途中誰ともすれ違っていない。ということは。

『神裂。周囲に私達以外の気配があるか探知できる?』

『付近には頭上に一人。ロンドン塔内には、階下や他の塔、ホワイトタワー内にも点在していますが、これは』

『うちの連中か王室関係かしら。一般スタッフが出入りするような時間じゃないし』

気配があるなら幽霊じゃないだろう。多分。

「……予定変更。幽霊探索と行きましょう」

この部屋にいたのはきっと塔の上で歌っている何者かだ。
妖精にでも隠されていない限りは。

「えええ——」

背後で弟子が泣きそうな顔をするが黙殺する。
ついてくると言ったのは彼だ。

「嫌なら結局、帰ってもいいのよ——ステイル」

名を呼ばれ、はっとしたのか、彼の表情はすぐさま真剣なものに変わる。
その端にはまだ怯えが残るけれど、今さら退くつもりはないようだ。

私達は階段を更に上り、塔の頂上へと出る扉を開ける。
瞬間、いつの間にか降り始めていた雪を纏った風が吹き付け目を瞑ってしまっ……、

今、一瞬、視界の端に見えた白い影は——。

その先を考えるよりも早く私の両目は開き、そしてやはり、白い人影を目撃する。

ひっ、と後ろで息を呑む音が聞こえてくるが構わず私は外へと出た。

それは白い修道服だった。

こちらに背を向けているために真っ白な人影が夜闇に浮かび上がっているように見える。
ヴェールの縁に金糸で飾りの刺繍が施されているが、そのパターンの一つ一つが魔術的な意味を内包しているのは一目で分かる。
背は低い。背後の弟子と同じくらいだろうか。

直前まで聞こえていた歌声は止んでいた。

「——こんばんは」

私の声に白い影がゆっくりと振り向く。

「あのさ、私、『禁書目録』ってのを探してるんだけど——結局アンタが持ってるのかしら?
 これからこのクソ寒い中をさっさと聖ジョージ大聖堂まで運ばなきゃいけないの」

「……喟然、君は何か勘違いをしていないか」

背後でアウレオルスが何やら口を挟んでくるがどうにも聞き捨てならないことを言われた気がする。

「自然、彼女が——」

アウレオルスの口からそれ以上の言葉が紡がれることはなかった。

「——メリー・クリスマス」

視線の先、たたずむ『彼女』は両の碧眼を細め微笑んだ。

たったそれだけ——なのに私達は誰一人、聖人と呼ばれる神裂でさえも、一言も発せず、一歩も動けなくなる。

ただ呆然と彼女を見つめる他に許されない。
さながら聖女を前にした竜のように、身震い一つできず立ち尽くすしかなかった。

それほどまでに彼女の笑顔は優しく、神聖で——『真っ白』だった。

「こんばんは、始めまして」

黒い空から雪が降る中、寒風に身を震わせることなくたたずむ彼女は。

一切の物怖じをせず、幼い顔に無垢な笑みを浮かべ。

「私の名前は——」

鈴を転がすような声に重なるようにロンドンの夜に音が響く。

十二時を告げるウェストミンスターの鐘。
日付は変わり、十二月二十五日。





「インデックスっていうんだよ」





——それが、私達の出会いだった。


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   Index-Librorum-Prohibitorum Apocrypha II


                  ファントムケージ
    と あ る 小 鳥 の 幻 想 庭 園



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—— 3 days ago...

   12/22 12:30

視線の先には青空があった。

高気圧に包まれた学園都市はよく晴れていた。
雲ひとつない青空は抜けるようで、けれど清々しさとは一切縁のない色をしていた。

冬の青だ。

混じりけのないただただ純粋な青が広がっている。
その下を行く者にとってはただ寒々しいものでしかないのだが。

そんな一色きりの、けれどよく見ると幽かに渦を巻くような微妙な色彩を帯びている色の隅に飛行船が浮かんでいた。

白い気嚢の側面に設置された超大型ディスプレイは毎日のように発表される新たな研究成果を喧伝している。

今表示されているものは発達障害に対する遺伝子学分野からのアプローチの研究成果だ。
      まほうのじゅもん
どうのこうのと専門用語を並べられてもDNAくらいしか意味が分からないが。

講義を右から左に聞き流しながら何の気なしに謎の横文字羅列を流し読みしていたからだろうか。
ようやく自分の置かれている状況に気付いた上条当麻は自分の迂闊さを呪った。

(出遅れた……)

周囲は既に喧騒に包まれていた。
それは休み時間の教室のもので、午前最後の授業が終わったことを意味する。

教室内にいる生徒の数が明らかに少ない。
通常のおよそ七割程度。別に残りの約三割が欠席しているという訳ではない。
もしそうだとすれば学級閉鎖、授業そのものがなくなっているはずだ。

原因はただ一つ。
学校全体が身震いしているようなこの振動。

昼休みになり、飢えた獣のような連中が購買のパンや数量限定定食の食券を目指して廊下に怒涛となって駆け抜けているからだ。
冬休みが近いからだろうか、全体的に狂暴さが増している気がする。
隣の教室で授業をしていたらしい担任の「廊下は走っちゃいけませんー!」という実年齢にそぐわない可愛らしい声も餓鬼の群れには馬耳東風も同然だ。
けたたましい靴音が廊下に響く。

いつもならそんな連中を横目にいそいそと手製の弁当を広げるところだが、そんな日に限って寝坊した。
提出期限だった課題を昨晩遅くまで必死になってでっち上げていたせいだ。

つまるところ全て自分に責任があるのだが——。

「不幸だー……」

ぽつりとこぼすその決まり文句はもはや条件反射になりつつある。

今から急いで購買に向かってもアンパンの一つも手に入れられないだろう。

……こういうときは決まって目の前で売り切れる。

大丈夫、記憶を失っても自分の生まれ持った性質を弁えている。
そういう星の下に生まれたのだ。仕方ない。
でも神様できればもう少しサービスしてくれてもいいんじゃね?

「仕方ねえな」

ポケットの中に財布を確認して立ち上がる。
学食で安っぽいうどんでも啜るとしよう。
味は大したこともないが腹だけは膨れる。そう仕方なく決断し立ち上がる。

「あん? どこ行くのかにゃーかみやん」

聞きなれた声に視線を向ければ、校内だというのにサングラスをかけ、真冬だというのにアロハシャツに金髪の少年がいる。
その上から学ランを着てはいるが、見ているだけで寒くなってくるので目を逸らした。

「学食」

「いつもの特製弁当は?」

手をひらひらと振る。

「そうかー。俺は舞夏の手作りメイド弁当があるけどにゃー」

「よこせ」

「お断りだぁーっ!」

そう返ってくるだろうと思ってはいたが。

心優しい級友のを当てにして一縷の望みを掛けてみたが案の定無駄だった。
薄情な級友に背を向け重い足取りで学食へ向かう。

「よーし、かみやんが行くなら俺も学食行こーっと。
 たまには教室以外で弁当食うのもいいだろうしにゃー」

などと白々しい言葉を吐き土御門は手に弁当箱の包みをぶら下げたままついてきた。

「なんだそれは。俺に対する嫌がらせか。それとも当て付けか」

「ハズレー。正解は舞夏の弁当の感想を実況して歯軋りするかみやんを見るためだぜぃ」

「殴っていい?」

今なら目の前のグラサンを学食ではなく保健室に叩き込むこともできるだろう。
そろそろ怒りゲージが三本ほど溜まっている頃だ。

「おっといいのかいそんなことをして!」

「おいおい台詞間違えてるぞ。
 そこは『すみません上条さん僕ちょっと調子乗ってました』だろ?」

謎の拳法の構えを見せる級友はきっと悪の研究施設から漏れてきた毒電波でも受信してしまったのだろう。
一発殴って目を覚まさせてやらなければ。しばらく気絶するかもしれないが必要な治療だ。

だが土御門はゆらりと円の動きで右手を学ランのポケットに入れ。

「これを見てもそんな事が言えるのかねぃ!」

そう言ってズビシッ!と突き出してきた手の先には紙切れがあった。

「B定。三八〇円」

「すみません土御門さん僕ちょっと調子乗ってました」

腰を九十度に折り恭しく手を差し出すが、

「カミやん……何か忘れてねーかにゃー」

「ん?」

「いくらカミやんだからってタダでって訳にはいかねーぜぃ」

「俺ら友達だろ?」

「それとこれとは話が別だにゃー。
 うっかり連帯保証人になんかなっちまうと後で大変な目に遭うからにゃー」

「ちっ。ケチ臭せえ」

ポケットから財布を取り出し引っくり返す。小銭が数枚、掌の上に転がり出る。

「……」

十円玉が二枚、一円玉が三枚、そして輝く五百円玉様が一枚。

「ほい毎度」

何か言うよりも早く土御門は五百円玉を奪い取り、換わりに食券を手の上に乗せた。

「あ、おい……!」

「今から行ったところでうどん以外に何か残ってると思うか?」

「くっ、足元見やがって!」

手数料でジュースを一本奢ってやったと思えばいい。
そう思い込もう。その方が精神の健康にもいいだろう、きっと。

「で、これどうしたんだ? 弁当あるならわざわざ買いになんかいかないだろ」

「隣の組のハナちゃん分かる? 陸上部の。
 あいつ最近彼女出来たとかでさ、今日手作り弁当を貰ったとかなんとかで。
 二時間目の休み時間に先走って買ってたのをありがたくいただいたって訳。
 ありゃあ足が床についてなかったぜぃ。思わずケータイで激写しちゃったもんねぃ」

「で、それから?」

「新聞部にあることないこと吹聴してきた」

親指を立て合い、それからふと首を傾げて。

「あれ……『いただいた』……? ……元はタダ?」

疑問を土御門に問いただそうとする。
が、そちらを向けば、直前まで隣を歩いていたはずの級友の姿はない。

「先行って席確保しておくにゃー!」

「おいテメエ土御門……!」

逃げる金髪サングラスを追って上条は廊下を走る。





   本日十二月二十二日

  クリスマス
   冬休みまであと三日——

発作が起きて突発的にスレ立てしたけれど

今回は追憶編と望郷編のスレ内並走となっております
2スレで分割しながら同時進行とかやろうと思ったけど無理でした

流出してる方はどうかのんびり。こっちものんびりと

こういう発作なら大歓迎。

乙!

新作きてた!

今回も楽しみにしてます

次回更新はどう頑張っても来週以降のようです

期待

面白そう、期待

期待

まだか…

まだか

最近忙しくて。スマヌ
明日くらいに更新できたらいいなあ

待ってる

ちょこっとだけ書き溜めあるけど唐突に短編書きたくなったのでもうしばらく待っててくだしあ
スマヌ スマヌ

期待して待ってるよー

まだか


—— 3 years ago...

   1/14 13:18

アパートメントの庇に入ると季節ながらの薄寒い空気が首筋から入り込んでくる。
私は思わずコートの合わせを掻き抱き、ほう、とため息をついた。

狭く薄暗い階段を軽やかに一段飛ばしで駆け上がる。
狭い踊り場にステップした右足を軸にくるりと半回転すると、コートの裾がふわりと広がる。
バレリーナには程遠いけれど、何故だか可笑しくて、私は薄く笑みを浮かべてしまった。

この年代物の建物にはエレベーターがない。
おかげで毎回階段を使わなければならない。
私自身はなんだかんだで結構体力はある方だからいいのだけれど、そうでない連中からはかなり不評だ。

三階まで上り、小ぢんまりとした中庭に面した廊下へと出る。
見下ろせば白髪の老婦人がベンチに座って編み物をしていた。
セーターを編むには今からでは遅すぎるような気もするけれど。

「さて」

目的の部屋の前に立ち、私は抱えた紙袋を左手に持ち直すと、右の人差し指を立てドアに触れる。

ちり——と微かな痺れにも似た違和感がある。
注意していなければ冬の空気に冷え切ったドアの冷たさとも、年季の入った金属特有の爪を立てるような痒みとも思えるが。

——魔力の残滓が残ってるわね。

感触から察するに、人払いと防護の結界。
それと、無理に抉じ開けようとした場合に引っかかるように何かが噛んでいる。
恐らく容赦のないタイプの攻撃魔術。住宅地のど真ん中ということを加味すれば、事故に偽装しやすいように、扉自体が外側に爆裂するものだろう。

となれば、マグダラのマリアに因む逸話と、それに由来する言葉を冠した植物を基礎とするものか。
神裂を意識しているのは明白だった。

地雷を踏んでしまった時の自分の姿と、万が一のために即座に回避できるように魔術式を頭の隅に思い浮かべながら、解錠キーとなる印をドア表面に指運で刻む。
私の心配をよそに鍵は軽い音を立てて開いた。

魔術錠は鍵を持ち歩かなくて済むけれど、もし仮に結界そのものが破壊されてしまえば意味がない。
そういうところ少し不用心よねと毎度のように思いながら私は凍えたドアノブを引き開けた。

きぃ——と小さい軋みを立て開いた中から暖かな空気が溢れる。
滑り込むようにして中に入り後ろ手に扉を閉めると、自動的に魔術で再び錠が掛けられた。

一息、私は軽く髪を整え、頭に載せた帽子の位置を直す。

そして短い廊下を足早に抜け、奥の扉を開いた。

「やっほー、お待たせ」

部屋の中、向かい合わせの机に着いていた二人がこちらに顔を向ける。
少女は華やかに、少年は穏やかに、形は違えど同じく笑みだった。

「はいこれ。ご注文の品よ」

「!」

少女は私の差し出した紙袋を受け取ると、またぱっと花咲いたように笑った。

「ありがとー!」

それからすぐさま袋に手を突っ込もうとして、止まり、恐る恐るといった様子で少年の方を振り向いた。

「晏然、一息入れるのもいいだろう。お茶にしようか」

「わーい!」

ともすればくるくると踊りだしそうな勢いで、全身で喜びを表しながら少女は紙袋から早速中身を掴み出して頬張った。

袋の中身は一杯のポテトと、タラのフライだ。

いわゆるフィッシュ・アンド・チップス。
イギリスの名物料理とか言われているけれど、実際のところただ切った芋と魚を揚げただけの代物だ。
この辺がイギリスの料理は云々と言われる要因でもあるのだろう。

ぱたぱたと机の上を片付けている二人を背後に私はケトルに水を入れレンジにかける。
魔術で手早く済ませてしまうのもいいのだけれど、いささか風情に欠ける。

ちりちりと金属の熱せられる音が耳に心地良い。
科学も魔術も発達している今日、お湯を沸かすのなんて一瞬で事足りる。
けれど、こういう時間の経過をゆっくりと感じられるものこそが貴重なのだとふと思うのだ。

……なのに。

「お茶くらい待てないのアンタはっ!」

視界の端でぱたぱたと動いていた白いフードの少女は流れるような動きで、
袋一杯のフライドポテトを大皿にざらざらと空け、そのまま両手で鷲掴みにして頬張っていた。

「ふぉうふぁいっへほふぇほはえひ」

「飲み込んでから喋れっ!」

白い修道服に身を包んだ、銀髪碧眼の少女の名はインデックス。

またの名を禁書目録。
英国の誇る叡智の結晶にして最悪の呪いの坩堝。
あらゆる毒を飲み干すためにだけ存在する白紙の魔道書。

……そう聞いた。

だが、クリスマスから始まった私たちの関係はそろそろ一月近くが過ぎ。
今では私の中の彼女の印象は最初と比べるとまるで大きく変わっていた。

そう、実際のところは、両手を油でべとべとにして口一杯に芋を詰め込む食欲の権化だった。

きた!

待ってた!

うぐぐ……途中で止まっちゃってるのかな、生殺しだ

>>1は白井「デートしましょう」とか書いてるぴぃの人?

頬を栗鼠のように膨らませながら何やらもごもごと抗議の声を上げる白い少女だったが、何を言っているのかさっぱり分からん。
小動物の世話は弟子だけで手一杯なのだ。うちはこれ以上飼えません。

「アウレオルス、任せた」

「えええ……」

外国人には分からないかもしれないが、イギリス人にとって、この紅茶を淹れる時間というのは神聖な儀式のようなものなのだ。
私の家は北欧系の移民だけれど、私自身は生まれも育ちも英国だ。ブリテンっことしては譲れない。

ティーポットにお湯を注ぎ、私は腕時計を見て時間を測る。
手巻き式の、百年近くも前の年代物。
去年、骨董店で一目惚れして、必要悪の教会の安い給金を叩いて購入したものだ。
お陰で二ヶ月ほど極貧生活を強いられたが、お茶の時間だけは充実した。今ではよき相棒となっている。

金属機構の奏でる音を聞きながら長年培ってきた経験と勘で最適な時間を計る。
錬金術にも似たこの工程を楽しいと思えるのは、私が根っからの魔術師だということを表しているのだろうか。

そうしてカップに渾身の作のお茶を注ごうとポットを傾けた、ちょうどそのときだった。

扉の開き、閉まる音。それから足音。来客だ。

「さ、寒い……!」

いったい何が起こったのか。想像に難くない。
柔らかな金の髪に雪の粉を纏わりつかせたまま部屋に入ってきたのは、我が不肖の弟子、ステイル=マグヌスだった。

「……いつもながらアンタ、どうしてこう、タイミングだけはいいの」

「え?」

きょとん、といった様子で首を傾げるステイルに湯気の立つカップを押し付けた。
人数分のお茶を淹れ、大振りなタラに直接齧り付いているインデックスの頭を叩きながら机に並べる。

それから私は、

「神裂も飲むでしょ?」

ステイルの背後で身を縮こまらせている東洋人の少女に、お気に入りの猫のイラストが入ったマグカップを向けた。

「あ、ええと、あの」

「つーかもう淹れちゃったし。飲め」

「す、すみません……頂きます」

元々頭はいいのだろう。最近ようやく、英語が少し使えるようになってきた。
一ヶ月程度でこの調子なら、夏頃には日常会話くらいは普通にこなせていることだろう。

「アンタももう少し勉強しないとね」

「はえ?」

とぼけた顔で私を見返すステイルに私は大きくため息をついた。
ああ、先が思いやられる。

五人もカップを置けば、元々それなりの大きさのはずのテーブルでも随分と狭く感じる。
フィッシュ・アンド・チップスは早々にお亡くなりになり、ステイルの買ってきたスコーンやらをインデックスの魔手から防衛しながら齧る。

「勉強っていえば、結局そっちはどうなの」

マーマレードをスコーンに乗せながら尋ねると、アウレオルスが応えた。

「愕然、彼女の理解力には感服するしかない。流石はイギリス清教の秘蔵っ子といったところか。
  『一を聞いて十を知る』は神裂の国の言葉だったかな。私の方が教えてもらうことすらあるほどだ」

「すこぶる順調な訳か」

アウレオルスが我らが悪名高きイギリス清教に招聘されたのは、言うまでもなくこの白い暴食の化身のためだ。

禁書目録、インデックス・ライブロラム・プロヒビトラム。

将来的には、現在確認されている一〇万三〇〇〇冊を超える魔道書、その全てを保管するための大魔道図書館。
どうしてだか魔術の毒を一切受け付けない少女は、毒素そのものと言っても過言ではない魔道書を無傷で扱える。

真っ当な人間……魔術師であるかないかに関わらず、それこそ小学生程度であろうとも知性を持つのであれば、
並んだ文字列を読まずとも、眺めただけで精神がやられる。それが魔道書だ。

私自身、魔道書という魔術界における核とでも言うべきものに少なからず携わっているため、その恐ろしさと扱い辛さは嫌というほど身に染みている。
それを、一切の魔術障壁も精神防護もなしに、裸眼で読めてしまう彼女のデタラメっぷりといったら。

ありとあらゆる魔道書を咀嚼し消化してしまう、悪食そのもの。
ああ、だから五月蝿の王も真っ青の暴食っぷりなのか。

アウレオルスはそんな彼女の家庭教師とでもいうべき役を仰せつかり、わざわざロンドンくんだりまで呼び出された訳だ。
ローマ正教で隠避記録官という職に就いていた彼は、魔道書を制する魔道書とでも言うべきものを作成する専門の知識を持つ。

バチカンが誇る、僅か十五歳の若きエース。
そんな彼の招聘に必要悪の教会上層部がどれだけの政治的対価を支払ったのかは見当も付かない。
私にとっては、インデックス共々、面倒な奴の子守りを任されたものだという程度の認識しかなかった。

アウレオルスはともかくとして、インデックスが問題だった。

毎日毎日アパートの一室に篭りきりでお勉強三昧。
お陰で、やれフィッシュ・アンド・チップスが食べたいだのチョコバーを買って来いだの、パシらされるのが私の仕事になりつつある。
二人の護衛に神裂がいるといっても、その監視も私の仕事だ。異邦人で、しかも異端の教皇を務めていた彼女の信頼度はまだまだ低いのだろう。

つまりオフの時間がない。
ステイルの修行にもほとんど付き合ってられないし、唯一の家族である妹ともここのところ、ろくに会話できずにいる。

ただ……忙しい分、充実していると見るべきだろうか。
実際、この状況を少し楽しんでいる自分もいる。
それが自覚できてしまって、恥ずかしくもありこそばゆくもあるのだ。

インデックスは少々我侭なところと大食漢過ぎるところに目を瞑れば、場を賑やかしてくれるムードメーカーだ。
料理を作れば何を出しても美味しい美味しいと言って食べてくれる。
他国からは不味いと不名誉な評判を得ているイギリスだからだろうか、背筋がむず痒くなる。
世間知らずなところもあって、勉強の時間が終わればあれこれお姉さんぶって教えている。

神裂はというと、日本語が流暢な私がよほどお気に召したのか、何かにつけて付いて回るようになった。
噂の超兵器聖人様も歳相応──いや、私にとってはステイルと同レベルのワンコ状態だ。
日本人らしく人見知りをするタイプのようで、ロンドン市街を連れ回していてもだいたい私やステイルの後ろで縮こまっている。
小耳に挟んだところによると神裂が英語を習得するのと、ステイルが日本語を覚えるのと、どちらが早いか競っているようだ。
あの小動物の前では、似たもの同士ということもあって警戒心も薄れるらしい。

アウレオルスは、周囲にこういう落ち着いたタイプの男性というのがいなかったので新鮮だ。
教会で同僚のシスター達とすれ違うたびに「あのローマの子と上手く行ってる?落とせそう?」なんて邪推され辟易しているけれど。
確かに見た目はそこそこだし、キャリア持ちだし、欠点っぽいところがあまり見つからないけれど、かといって恋愛感情のようなものはまったく生まれない。
というか私の周りにいる男って、馬鹿弟子か不良神父くらいだし。言ってて悲しくなるけれど。

ステイルは……何やらインデックスが気になっているようだった。
会話のたびにしどろもどろとしているのは見ていて微笑ましい反面、自分が歳を食ったように思えて鬱になるという諸刃の剣だ。
近い年頃の異性が周りにいなかったせいだろう。一番身近な異性といえば私だし、次点ではうちの妹くらいか。実に交友が狭い師弟だ。
それと、アウレオルスにも懐いている。生来の弄られキャラだからだろうか、年上には大抵いいオモチャにされてしまうのだ。
けれどアウレオルスは根っからの人が好い性格なのだろう。気付けば兄貴分のような立ち位置になっていて、師匠としては少し悲しい。

……うん、はっきり言ってしまおう。
予想外にこの状況は楽しい。

私もまだ十四歳の少女だ。
本当なら学校でもう少し青春っぽいものを謳歌しててもいい年頃だけど、頑張りすぎた弊害というべきか。
近頃では魔術師としてそれなりに名が通ってきたお陰で泥臭い仕事は後を絶たないし、その上この歳で弟子の育成だ。

ステイルはいい子だけど、馬鹿だし、何もないところで転ぶし、たまに『仕事』についてくるとすぐ死にそうになっている。
手が掛かるという点で論じるならば、これ以上ないほどの逸材だ。
そのくせ魔術の素質はあるから数年もしないうちに私なんて抜かれてしまうだろうけど。

……と、ステイルの話はいい。今はそれよりもインデックスだ。
現在、彼女はアウレオルスに魔道書の扱い方についての講義を受けている真っ最中だ。

魔道書と一言に言ってもその性質はまるで異なる。
宗教間の差異、時代による変性、風土による違い、筆者ごとの癖。
パターンのようなものはほぼないに等しい。一冊ごとにまったく別の宇宙を内包していると称してもいいくらいだ。

そして、それを見極められるように、魔道書を扱うためのありとあらゆる知識を叩き込む……それがアウレオルスの仕事だった。
一〇万三〇〇〇の宇宙法則を寸分の狂いなく読み解けるようにするのだ。生半可な仕事ではない。
インデックスについては考えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどなのでもう諦めたが、それを任されたアウレオルスも大概だろう。

「当然、と言うべきなのだろうな、この場合。持参した魔道書の大半が既に消化されてしまった。
 暇を見つけては書いているが、追いつかないだろう。まったく、完全記憶能力というのも厄介だな」

苦笑する彼だが、言葉の調子に険はない。
元々、隠避記録官という役職は魔術の知識を正しく得るために生まれたものだ。
真綿が水を吸うように知識を咀嚼してしまうインデックスは、彼にとって最高ともいえる生徒なのだ。
多分私が、作った料理を残さず平らげてしまう彼女から感じるのと同じような性質のものを得ている。スケールは違うけど。

「うちのババアは夏までに仕上げろって言ってるけど、どうよ?」

「彼女の飲み込みが予想以上だ。了然、私のペン次第だろう。
 それゆえに私がどこまで彼女に追いつけるかとい点に掛かっている……ババア?」

「最大主教。ローラ=スチュアート」

「ちょっと師匠、またそんなこと言って、本人に聞かれたらまた対竜砲撃ぶち込まれますよ」

「……惻然、たまに思うのだが、イギリス清教は少し……ええと……おおらか過ぎるきらいがあるような」

「いーのよ。アイツってば黒幕の例に漏れず女狐なんだから。
 日本風に言うなら、古狸だったかしら? 信用したら絶対に痛い目を見るわ」

実際のところ、この部屋にも無数の監視系が張り巡らされていて私の愚痴もアイツの耳には届いていると思う。
だが彼女もここのところずっと多忙の日々を過ごしている。アウレオルスの件も含めて、インデックスへの便宜に東奔西走しているのだろう。
私みたいな下っ端の不遜な発言に一々構っている余裕はないはずだ。本人の目の前で言うならいざ知らず。

そう言って肩をすくめスコーンに齧り付いた私に物言いを付けたのはインデックスだった。

「駄目だよ、そんなこと言っちゃあ」

しまった、と私は内心舌を打つ。
忘れていた。この子は純粋すぎるというか、人を疑うということを知らない生き物だ。
無垢というか無邪気というか、馬鹿というか、それは人それぞれだろうけれど、嫌味がない分、私も苦笑して反省するしかない。

「ローラはいい人なんだよ。いっつもお菓子くれるし」

……アウレオルスにはこの子に人を疑うということも教えて貰わなければならないかもしれない。

ようやく以前の調子が戻ってきたようで
……あっちのスレ、一度落としたほうがいいかなあ

乙!
更新が多くなってきて嬉しい

きた!
超楽しみにしてるが、ちゃんと完結するよね…?

ぴぃの人なのか?

そうなのか?

夜には投下予定

わくてか

投下ー

アフタヌーン・ティーが終わり、インデックスは再びお勉強の時間だ。
邪魔しては悪いので私達は二人の勉強机から少し離れたソファに腰掛ける。

神裂はなぜか立ったままがいいらしく、部屋の隅で影のようにじっと直立不動の体制を取っていた。
言うまでもなくその方が遥かにやり辛いのだが、そう言うと泣きそうな顔をされたのでそれ以上強く言うことはできなかった。

お茶を淹れなおしガラステーブルに置く、かちゃ、という小さな音を合図として私は隣に座ったステイルに向き直る。
さて、と前置きして。

「ちょうどいいし、アンタもお勉強と行きましょうか」

「うえっ!?」

まさかこの場所、このタイミングで来るとは思わなかったらしい。そんな訳があるか。

確かにお目付け役としての任が優先だ。
けれど現時点で特に脅威観測の報も入っていないし、何より『聖人』という存在がある。
処女王の名を頂いた、かの名高き英国艦隊旗艦よりも強力な戦力が真横に突っ立っているのだ。

そして何より。

「ここんところアンタに付き合ってあげられなかったしね」

唐突な人事異動に加え、護衛という名の監視。それも三人分だ。
一気に手間が四倍に増えたと言ってもいい。
いや、ある程度放置しておけるステイルに比べればそれどころではない。

もっとも──その実態はほとんどがパシリとロンドン観光案内であるのは前述の通りだが。

私がそう言って肩をすくめると彼もばつが悪そうに苦笑を返した。

「僕も、師匠とあまり話せなくて少し寂しかったです」

「──」

予想外の返しに思わず私は面食らった。動揺をできるだけ顔に出さないように、ステイルの顔を見る。

朗らかな、無邪気な笑み。
魔術なんて暗澹とした世界には似合わない、陽だまりのような笑顔。

ついこの間までは歳相応の、無邪気な溌剌とした、燦々と降り注ぐ陽光のようだったものが、
最近では何か──午睡を包む柔らかな木漏れ日のようなものになっている気がする。

多分これもインデックスの影響だろう。
今のステイルの笑顔は彼女のそれとよく似ている。

「……兎は寂しいと死んじゃうって言うしねえ」

「ぼ、僕は兎じゃないですよぉ」

「そうね、アンタ兎っていうより犬っぽいし」

などと言ってやると、ほら、すぐ泣きそうな顔する。
そういうところが犬っぽいんだって。

芝居がかった咳払いを一つ。

「それじゃ、始めましょう」

私の言葉にステイルが目を細め、同時に眼光の質が変わった。

目の前にいるのは十一歳の少年ではない。
我が不肖にして唯一の弟子であり、現『必要悪の教会』内における最年少魔術師だ。
    マグヌス
この『偉大なる』の姓を持つ少年は、今、最も将来を有望視されている。師匠の私を差し置いて。

本人は気付いていないし周囲も気付かれないようにしている。
しかしどうにも『必要悪の教会』は私を含めた若年層の魔術師数名を、いわゆるエリート養成しようとしている気風がある。
そしてその中にステイルの名もあるのだ。

何せ彼ときたら、魔術に触れてからまだ半年だというのに、
すでにその才能を開花させつつある──どころか既にその片鱗を十二分以上に発揮してしまっているのだ。

……先月の頭のことだ。

とある調べ物をする際、大英図書館に彼を伴って赴いたことがある。
私は書庫を引っくり返しながら目的の本を探していた。

片付けるのも億劫で、本をぱらぱらと流し読みしては積み上げるという作業を繰り返していた。
恐らく一日がかりになる作業。彼に構っている余裕はなかった。
だから私は手持ち無沙汰そうにしていたステイルに、適当に本でも眺めて自習していろと投げっぱなしなことを言った。

言ってしまったのだ。

純朴な少年は師である私の言葉を忠実に実行に移した。

いつもの無邪気な笑顔を浮かべ返事と共に頷き、
ちょうどそのとき私が本山に追加した北欧の古典魔術に関する学術書──ルーン・ストーンに関する研究書の一冊を手に取った。

私がようやくお目当ての本を見つけ出したのはそれから四時間後のことだった。

積み上げた本の山は山脈となって狭い通路をさらに狭めていた。
私のスマートな体でようやく通れる程度の隙間しか空いていなかった──念のために弁明しておくが当時の私はまだ二次成長期の途中で、
だから難なく紙と羊皮紙とパピルスの回廊を抜けることができたのだが──
ともかく私の努力の成果の間を縫って弟子の姿を探していると、彼は四時間前に私が自習を命じたまさにその地点にいた。

そのときの光景は異様としか言いようがなかった。

彼の座っている周囲だけが、まるでミステリーサークルのように本の山が消え失せ、代わりに元通りの場所に本が納まっていたのだ。

その中心で、座り込んで本を読んでいた彼はちょうど読み終わった本をぱたんと閉じると、そのまま本棚に納めた。

ようやく私に気付いたのか、無邪気な笑顔を浮かべて、「探してた本は見つかりましたか?」と何事もなかったかのように言ったのだ。

そう、たった四時間の間に、彼は私がおもちゃ箱を引っくり返したようにぶちまけていた本数十冊を残らず平らげてしまっていたのだ。

どころか、座っていた場所の横に一冊だけ残していた本を開いてその中の一節を私に見せると、古代語の翻訳の間違いを指摘してみせた。
私ですら一見しただけでは見逃してしまうほどの小さな、しかし決定的な間違いを、まだ魔術に浸って半年の雛が見破った。

私はまだ彼に魔術の基礎中の基礎しか教えていなかった。
確かに私の専攻はルーンを扱うものだけれど、彼には碑文の解析法も、ルーン魔術の行使も、その一切を教えてはいなかったのだ。

後に判明することだが、彼は言語学、特に古ノルド語に代表されるルーンに恐ろしいまでの適性を持っていた。
そのとき既に──恐らく生まれて初めて本格的にルーン文字に触れたであろうその時点で、彼はルーンのうちの三字について七割方会得してしまっていた。

……師匠の面目に関わるのでこれ以上を語るのはよそう。
ともかく、十二歳にして達人級の称号を獲得し、天才とまで言われた私をも遥かに上回る素質をステイル・マグヌスは有していた。

彼がこのインデックス・パーティとも呼べる一群に名を連ねているのは単に私の弟子だからという理由だけではないだろう。
彼の稀有な才能について私は伏せておいたつもりだったが、最大主教の目は誤魔化せなかったらしい。化け物め。

今この場にいる、禁書目録司書官ことインデックス嬢に関わる四人全員があの女狐の思惑によって配されている。
それはステイルとて例外ではないのだ。

「……」

そこまで考えて、私はゆっくりと周囲を見回す。
何の因果か古臭いアパートメントの一室に同席した魔術師達を。

魔道書を束ねその毒を呑み尽くす役を負ったインデックス。

イタリア、ローマ正教の若きエース、アウレオルス・イザード。

極東島国にある十字教の一派を治めていた聖人、神裂火織。

元の位置に戻し、まだ未熟ながらも天賦の才を持つ最年少魔術師、ステイル・マグヌス。

この四人──いや、私を含めれば五人か──の共通項に気付いているのは、もしかすると私だけだろうか。

ローラ・スチュアートが何を考えてこういう形を作ったのか、私には分からない。
分かりたくもないし、どれだけ考えようとも分かるとも思えない。

けれど必ず意味がある。
それが良い方に転ぶか悪い方に転ぶかは別として。

「そうね、今日は……」

アウレオルスのペン先が描く静謐な音を脇目に、私は弟子の真剣な瞳に向かって言った。

「魔道書について、話しましょうか」

多分次は現代編です


早く読みたいけど待ってる!

今更だけど乙
続きを楽しみにしてます

そろそろ2ヶ月経っちゃうな……

最近いろんなことに手を出しすぎて執筆が疎かに
ちょい書き溜め中……

>>96
生存報告キター

気長に待ってるよー


——3 days ago...

   12/22 12:38

食堂は早くも盛況のようで、食欲旺盛な生徒たちの喧騒に満ちていた。

きっとどこの学校でも同じなのだろうが、昼休みの学生食堂は戦場さながらだ。

友人グループの中の幾人かが席を確保するために分かれたのだろう。
空席をいくつも占拠しているそこに文句をつけるグループ。それを遠巻きに眺めながら丼を掻き込む女子生徒。
飢えた育ち盛りの運動部員はスクラムを組み焼きそばパンを確保せんと突撃。同時に悲鳴と怒声が上がる。

惣菜パン争奪戦を横目に上条はカウンターの前に形成されている列に並ぶ。
こちらも長蛇の列だが、その前に立ちはだかる券売機をスルーできるのは不幸中の幸いというところだろうか。
その分土御門に支払った対価は大きいかったが。

並んでいる間手持ち無沙汰だったので、今日の日替わり定食は何だったっけ、とメニューボードを探す。
普段あまり学食を利用しないのでうろ覚えだったが、券売機の横にあったはずだと思い出し、そちらへと視線を彷徨わせた。

あった。券売機に並ぶようにして立てられている。
けれどそこに書かれている文字を読む前に、他のものに視線を奪われた。

券売機にすがり付いて泣き崩れている女子生徒がいた。

「……」

喧騒に混じって「売り切れ」「楽しみにしてたのに」「目の前で」「あんまりだ」などという呟きが断片的に聞こえてくる。
彼女の後ろには順番待ちの大渋滞が起きているのだがお構いなしだった。

どうりで自分の後ろに誰も並ばないはずだ。
世の中には不幸な奴もいるもんだなあと他人事のように(実際他人事なのだが)思いながら心の中で合掌しておく。

他人事ではある。が、知り合いでもある。
同学年別クラスだが、合同授業などで一緒になる。
放課後一緒に遊びに行ったりという親しい付き合いはないものの、廊下で会えば他愛のない雑談をする程度の仲だ。
しかしそこまで食い意地の張った性格だとは思わなかった。

こういう手合いは同居人の白いシスター一人くらいなものだと思っていたが、学園都市の人口は実に二三〇万。
その中には似たような食欲の権化みたいな奴がいてもおかしくはないのだろう。身近にいたのは驚愕の事実だが。

そして、年頃の少女が臆面もなく泣き崩れるほどにも魅力的なおかずだったのかとメニューボードへと目をやれば、

(A定は唐揚げかぁ……)

もはや多くを語るまでもない定番の人気メニューだ。

だが日替わり定食と言えどその分回転は早い。
元より学食、そこまで多くのレパートリーを持つわけではないのだ。
これが常盤台だの長点上機だのといった名門校(という区分の金持ち学校)ならいざ知らず。
路傍の石にも似たこんな無名の学校にまで望むべくもない。

だから早ければ来週、そうでなくとも再来週にはまた唐揚げのターンが来るはずなのだが、それをここまで大仰に嘆くというのはいかがなものだろうか。

少女は未練がましい視線を券売機に送ったあと、諦めたのか五百円玉を投入。
吐き出された食券とつり銭を握って上条の並ぶ列へととぼとぼとやってくる。

「おっす」

「うぃー……」

軽く手を挙げたが帰ってくる返事は力ないものだった。

「ああー……不幸だわー……」

「おい俺の台詞取るなよ」

「アンタの気持ちがよく分かったわ。確かにこれは不幸だって言わないとやってらんないかも」

また大げさにため息をつく。

「まぁまぁ。唐揚げは週イチくらいで回ってくるだろ」

「はぁ?」

上条としては慰めたつもりだったのだが、なぜか眉を立てられた。

そこでようやく思い当たった。
もう二学期も今日を入れて残り二日。ともなれば今日は今年最後の唐揚げデーだったわけだ。

だから、券売機にすがり付いておよよと泣き崩れる女子生徒がいてもおかしくはないのだ。きっと。

「ああ、うん、ええと……唐揚げ食わないと世界が終わるわけじゃないんだし……」

しどろもどろになりながらついフォローを入れる自分はきっと不器用なのだと思う。
こういうのが相手の神経を逆なでしているのだと分かっていながらも、つい反射的に口にしてしまう。
その結果が噛み付きやら電撃やらの物理的攻撃力に変換されるのは理不尽としか言いようがないが。

けれど目の前の少女は胡乱な視線を上条に向けるだけだった。

「アンタさっきから何言ってんの?」

「……唐揚げじゃねえの?」

「ん」

と彼女が差し出して見せたのは燦然と輝く四八〇円のA定食券。
思わず拝みそうになりながらも上条は首を傾げる。

「は? じゃあお前、なんでさっき……」

「B定が欲しかったのよぉぉ」

「……」

少しの間逡巡したあと、上条はポケットに突っ込んだままだった食券を取り出し、目の前の少女に突き出した。
小さな紙片に印字されているのは『日替わり定食(B) 三八〇円』の文字。

彼女はぱちぱちと何度か瞬きし、うろたえるように左右に目を泳がせ、

「いいの……?」

と上目使いに、おずおずと尋ねてきた。

「念のため言っておくけど交換だからな?」

「やった──!!」

ともすれば抱きついてきそうな勢いで小躍りする少女。
周囲の人の目が集まるが気にもしないようだった。

裾の短いスカートから伸びる足につい視線が行きそうになるが、ここでそれをしてしまうと何かしらの暴力が待っているのは経験から学んでいる。
諸手を上げて飛び上がるとスカートの中身まで見えてしまいそうになるのだが必死に我慢する。

「結局、最後の最後で頼りになるのは友人よね!
 ううん、これを機会に親友と呼んであげてもいいわ! 感謝しなさいよね!」

「なんでツンデレ風やねん」

とツッコミを入れつつ、ここまで喜んでもらえるなら交換を言い出した甲斐もあったというものだった。
自分が寝坊したことが巡り巡って彼女を喜ばせることになったのは偶然としか言いようがない。
が、たまにはこんな『不幸』もいいかもしれない。

「あ、差額はいいから! ありがと!」

「お、おう……」

それでも結果的には二〇円のマイナスなのだが言わぬが花というものだろう。

差し出された食券を交換し合って、遅々として進まない列に並びながら上条はふと尋ねた。

「それで、今日のB定ってなんなんだ?」

「サバ味噌」

ようやっと一段落ついたので。短いけど
週イチくらいでは更新していきたひ……

乙。一気読みしたが面白いし、実が入ってていいな


週一ペースは楽しみだ

乙!
2013年も名作安定だな

フレンダかわいい

香ばしい味噌の香り。どこか郷愁を感じさせるこの匂いに自分は日本人だということを再確認させられる。

鯖の味噌煮という料理は日本食を代表する一品だろう。
寿司だの天麩羅だのという代表的なものではない、非常に地味なものだ。
けれど日本という文化と風土が色濃く出ている。
日本の食文化では味噌と醤油は切り離せない調味料で、それに豊富な海洋資源を表す鯖が組み合わさり最強に見える。
炊き立てのご飯に乗せて頂けばそれだけで箸が進むというものだ。

もっとも、今それを体現しているのは黒髪黒目のごくごくありきたりな日本人の少年であるところの上条当麻ではなく、
金髪碧眼に陶磁器のような白い肌を持つあからさまに西洋人の少女、フレンダ=セイヴェルンなのだが。

「あー、これよこれ! 結局、サバといえばこれよね、味噌!
 生姜煮なんかもいいけど、私としてはやっぱり味噌がベストな訳よ。
 竜田揚げとかトマト煮とかカレー煮とか色々あるけど、王道に勝るものなしってとこね。サバ味噌最高ー!」

器用に箸を操り柔らかく似られた身を分解しては口に放り込むという作業を絶えず繰り返しながら金髪の少女は世話しなく喜びを表現する。

横でその様子を見ていた上条は、唐揚げ定食を食べつつ何やら既視のようなものを感じるのだった。

「なんで俺の知り合いのこういう連中ってみんな食い意地張ってんだろうなぁ……」

「は? 何、今結局聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど?」

底冷えするような声に周囲の学生たちがビクッと肩を震わせる。
半眼でにらんでくるフレンダは何やら恐ろしい量の殺気を発していた。

「イイエナンデモナイデスヨキットキノセイデスヨ」

殺気が物理的攻撃力を伴っていたなら多分即死だった。
条件反射で箸を持った右手をかざしそうになるのを堪え上条は味噌汁をすする。

「なんていうかさ。お前って見た目と中身のギャップが激しいよな」

「そう?」

鯖と一緒にご飯をぱくつきながら彼女は軽く首を傾げる。

「だってお前、ここ日本だぞ? 学園都市広しといえど外国人なんてそうそういないんだから。お前相当目立ってるぞ」

「もう慣れたわよ」

肩をすくめられた。

「結局、私だって好きで目立ってるわけじゃないけどさ。でも仕方ないでしょ。この国には白人が少なすぎるのよ」

「金髪はそれなりにいるけどにゃー」

フレンダを挟んだ二つ隣の席。
土御門はなぜかたこ焼きをぱくついていた。

「土御門……お前、もしかしてそれが弁当なのか? 土御門妹の?」

「冷めても美味い。愛があればなんでも美味い」

「結局、見るからに冷凍食品ですよーって嘘くさい焼き色なんだけど」

「あれーどうしてだろー。この弁当なんかしょっぱいにゃー」

大げさに涙ぐむ真似をする土御門を上条は放置しておく。
食事中だ。面倒な級友は無視するに限る。

「上条ー。唐揚げ一個ちょーだい」

「何を言うてますんセイヴェルンさん。これは上条さんの貴重なタンパク源ですぞ?」

「食券交換してあげたじゃない」

「それを言うならこっちだって同じだっ! テメェがサバ食いたいっつったんだろうが!」

「いいじゃん減るもんじゃなし」

「減るわ減るんだよ減りますよっ! どう考えたって減るだろうが頭沸いてんのか!」

ぬけぬけと言い放つフレンダに思わず怒鳴り返す。

「女子になんて口の利き方だ貴様。死ね」

直後、いつの間にか背後に立っていた吹寄に、脳天に向かってトレーが振り下ろされた。

がたんごとんと大げさに上条がのたうち回っている隙にフレンダは目当ての唐揚げを強奪。嬉々と口に放り込む。

「セイヴェルンも肉ばかり食べてると栄養が偏るぞ。もっと野菜食べなさい野菜」

「いいのよ自炊してるし。結局、自分の体調管理くらいできるわ」

吹寄の小言を軽く流し再び鯖の解体に取り掛かる。
その様子にため息をつきながら吹寄は上条の隣に座った。

「いきなり角はないだろ、角は」

頭をさすりながら上条は半眼を向ける。

「……あれ吹寄、お前も学食?」

「何よ。いちゃ悪い?」

そういうことを言ったわけではないのだが、珍しい。
健康にことさら気を使う彼女の昼食は基本的に手製の弁当だ。
同じ弁当派ということで上条もたまにレシピを交換しているのだが、なぜかそのとき周囲の目が刺さることに最近になって気付いた。

「新商品の入荷日だったのよ、今日。ついでによく見る馬鹿の頭が見えたから」

そう言う吹寄のトレーの上には単品の野菜サラダとパンが数個。

袋に『DHAたっぷり!』だの『テオブロミン1000mg配合』だの
『第四学区能力開発機構推薦』だのと煽り文句の書かれた毒々しい色をしたものだ。

「なんかそっちの方がよっぽど健康に悪影響がありそうなんだけど」

「そんなはずがないわ。健康食品を食べて不健康になるなんて本末転倒じゃない。……何、凄い顔して」

「結局、過ぎたるは及ばざるが如しって言葉知ってる?」

半眼で問うフレンダも普段の食生活を鑑みれば他人のことを言えた義理ではないのだが、それを知る者は周囲にはいなかった。

「……フレンダってなんかさぁ」

上条が言う。

「ときどき日本人よりも日本人くさいよな」

「何それ」

「だってサバ味噌だし、今の過ぎたるは云々にしてもだし。日本語もペラペラだし」

「アンタさ、たとえばインドに留学して豚肉食べたいだのカレー以外も食べたいだの言う気なの?
 結局、その土地の文化に馴染めなきゃ観光客以下よ」

「そういうもんかね」

「そういうものよ」

言って鯖を口に放り込む。

「それに日本語にしたって、アンタ私を馬鹿にしてるのって感じよね。
 海外に旅行してもその土地の言葉をまったく喋れない連中なんて日本人だけよ。結局、私からしてみれば喋れて当然な訳」

「うっ……」

言われて上条は言葉に詰まる。身に覚えがありすぎる話だった。

「そういえばお前、どこ出身なんだ?」

「UK」

「日本語で頼む」

「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国。
 ゆないてっどきんぐだむ。イギリス。英国は女王陛下のお膝元ことロンドン出身」

「イギリスかー……妙に縁があるなぁ」

「知り合いでもいるの?」

「そ、そんなとこ」

まさか当の女王陛下をはじめ三王女方々まで知り合いだとは言えない。

「最近なんか妙な事件があったみたいだけど、大丈夫なのかしらね」

「へー、そーなんだー……」

思い当たる節が多いだけに顔が引きつるのを抑えるので精一杯だった。

「それでなんでまた日本に留学なんか」

「……アンタ、少しは物考えてから喋りなさいよ」

「え? ……あ、ああ」

「結局さ、この学園都市にいるってのに他にどんな理由があるのよ」

そう、ここは最先端科学の最高峰『学園都市』。
超能力の開発を行う世界唯一の研究機関にして教育機関。

「世の中には単に最先端テクノロジーだのをあてにして来てる奴とかもいるみたいだけどね。私もそろそろそっちに転向しようかしら」

ごちそうさま、と手を合わせてフレンダは立ち上がる。

「じゃあね、お先。結局アンタのおかげで泣きながら年越しをするハメにならずに済んだわ。ありがと」

「そこまでの一大事だったのか……」

「私にとっちゃ死活問題よ」

苦笑してフレンダは空の食器の残ったトレーを持ち返却台の方へと去っていった。

「……さてと」

続いて残っていたほうじ茶を一気にあおり土御門も立ち上がる。

「んじゃ俺も。お先ー」

「おう」

「午後イチ体育なんだから。着替えの時間あるんだから二人とも早く食っちまえよー」

「あ、忘れてた。さんきゅー」

おう、と手を振り混雑の中を泳ぐように去っていく土御門を少しだけ目で追って、

「……おい上条当麻。貴様分かってて言ってるのか」

吹寄は低く、声を落として言う。

「何がだよ」

「フレンダ=セイヴェルンのことよ」

「あいつがどうかしたのか?」

「……知らないの?」

「だから何がだよ」

上条の言葉に吹寄は視線だけで周囲を確認すると上条に顔を寄せる。
ふわりと嗅ぎ慣れない香り──多分彼女の使っているシャンプーか何かだろう、不意のことに思わずどきりとする。

「無能力者なのよ。彼女」

「おい、俺だってそうだぞ。それにこの学校にゃ他にもごろごろいるし」

「貴様のは特殊だろ……そうじゃなくて」

少し躊躇うように吹寄は言った。

「どんなに無能力者って言っても、ほんの少しくらい、精密測定でようやく判別するくらいだけど目に見えない程度の異能は発現してるわけじゃない」

私もだけど、と吹寄は付け加える。

「俺のも測定されないけど……」

「だから貴様は特殊だと……月詠先生もたまに言ってるじゃない。
 『まったく能力が発現しない完全な無能力者』がどうのって」

そう言われれば前に似たような話を聞いたことがある気がする。どこでだったかは思い出せないが。

「彼女、それなのよ」

吹寄はまるで自責に顔をしかめるようにして言う。
                             レベルマイナー
「まったくの能力が発現しない完全な無能力者──否能力者なの」

週一更新とはなんだったのか

面白くなってきたな

謎かけ上手すぎ

まだかなー

お?

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