ボク「甘くて苦くて不思議なチョコレート」 (17)


「どうして、アンタがアイツじゃないんだろう」

 彼女の呟きは、ポタリと、頬から落ちた。

 ————そんなの、こっちが聞きたい位だよ。

 そんなボクの想いは、ポタリと、心に響いた。



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ボク「また男くん見てるの?」

幼馴染「べ、別にアイツのこと見ててもいいじゃん」

 そういって彼女は呆けた目で友人と談笑している男子を見ている。彼は男くんと言って、幼が昔から好きな男の子だ。スポーツも、勉強もそこそこで、おまけにかっこいいときた。彼のことが好きな女の子は多いだろう。だけども、彼は鈍感王の称号を得ている故なのか何なのか、彼女はいたことがないらしい。確かに、ボクだってかっこいいとは思うけど、彼女ほどではない。彼女は昔から——それこそ小学生から——男くんのことが好きなのだ。それも露骨にわかるくらいに。

ボク「まぁ、人の趣味をとやかく言うことは好きじゃないけどさ、いい加減、諦めたら?」

幼馴染「うぐぅ、なんでそこで応援の言葉がでないのかなぁ……」

ボク「だって、ねぇ」

 彼女はなんだかんだいって、男くんのことが好きだと自覚してからこの5年近く、きっとまともに話しをしたことがない。クラスでは活発で、まさに人気の女の子! って感じなのに、恋愛については奥手だったりする。男くんと話そうとすると、照れ隠しなのかなのかと威圧的な言葉を出す。男くんが鈍感王の主人公なら、幼はツンデレヒロインみたいなものだ。最も、そのことにクラスで気づいていないのは鈍感の王とまで呼ばれる男くんだけだったりもするけど。

幼馴染「でも、今年こそ、渡せたらいいかなぁ」

ボク「渡せたらって、何が?」

幼馴染「何がって、バレンタインよ! 去年も、一昨年も、その前の年も渡せてないからさ」

ボク「それは、勇気というかなんというか」

 奥手な彼女は毎年のバレンタインの翌日は泣いている、というかボクが慰めているというか。渡そうとして、運悪く——という展開ではなく単に勇気が足りないだけだ。

幼馴染「今年こそ、今年こそ、頑張りたいと思ってる」

ボク「……そんな浮かれたイベントの前にある考査試験のことも思い出してね。たしかアレ、赤点者には放課後遅くまで補修があるはずだから」

幼馴染「……アンタって本当に嫌味な奴ね」

ボク「違いない」

 予鈴が鳴る。きっと彼女はこの後の授業で夢の世界へ旅立つのだろう。毎回ボクが注意しても聞かないあたり、夜更かしをしてまでナニをしているのか聞きたいくらいだ。だけど、今回ばかりは寝れそうにないことを教えてあげよう。
 委員長による教師への号令がかかる。着席と共に前の席にいる幼に声をかける。

ボク「あ、幼。ちなみに今日の教科の補修はバレンタインの日にも食い込んでるから頑張ってね。」

 早速寝ようとスタンバイを始めかけていたところ、ビクッっと身体が揺れる。

幼馴染「ア、アンタそれを早く——」

教師「おい寝るのは許してるが騒ぐのはどうかと思うぞ」

幼馴染「——言い。はい、すいませんでした」

 クラス中で笑いが巻き起こるあたり、やはり幼は人気者なんだなぁと再認識する。

 ふと、あたりを見回すと男くんと目が合った。別段と珍しいことではない。ボクが後ろを向けば、調度良い位置に彼の席があるだけだ。
 ボクは男くんに苦笑いをすると、彼はぷいっと黒板の方に目を向けた。

 ————幼は、やっぱり諦めたほうが良さそうだよ。

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ボク「それで、勉強の調子はどうなんだい?」

幼馴染「はっきり言うとね、もうダメかもわからんね」

 あれから数週間。試験の前日まで来た。ちなみに、いや、わかってると思うが彼女と男くんに進展はない。
 別段と話せないわけでもないし、普通に話せる時は話せるのに、少し意識するだけで落ち着きをなくすのがいつもの行動。それにバレンタインが意識されてしまった故に、いつも異常に話すことができなかった数週間だったと、ボクは記憶している。

ボク「じゃあ、諦めるほうがいいんじゃないかなぁ」

 やはり諦めたほうが良い、何度も頭のなかで繰り返した言葉だ。

幼馴染「だから何で応援の言葉が出てこないのアンタは」

ボク「だって、試験でいい結果がでないとバレンタインの日に動けないんでしょ? それに赤点取ったりしたら男くんも幻滅しちゃうと思うね」

 いじいじしている彼女に挑発的な言葉を叩きつける。別に、男くんがそんな酷い人じゃないことくらいは知ってるから、本心ってほどでもない。だけど彼女がハッキリと決めるためには必要な言葉だと思った。


「アイツはそんな奴じゃない」

 彼女は怒気を含んだ声でそうボクに叩き返す。
 ————いや、むしろボクにとっても必要な言葉だったか。

幼馴染「アンタがどう言おうと勝手だと思ってたけど、アイツのことを悪いように言わないでほしいね」

ボク「そこまで言うなら、赤点とらないように頑張ろうよ。少しくらいなら手伝えるよ?」

 怒りを沈めるように穏やかに言う。流石のボクでも怒った彼女は怖い。

幼馴染「……じゃあ、しっかり手伝ってよね」

 それは手伝ってもらう人の態度ではない、というのは黙っておこう。

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 ——試験最終日・放課後。

ボク「ふぅ」

 最終日だけあって、教科数は少なかった。試験休みと相まって今から遊びに行く、なんてクラスメイトがちらほらと見える。その人達はできなかった憂さ晴らし、もとい補修で遊べない分遊ぶためにはしゃいでいるのだろう。その脳天気さが羨ましく感じなくはない。

 幼に、どうだったか聞こうと思った。周りを見渡しても、彼女の姿は見当たらない。そそくさと帰ってしまったとはにわかには考えづらい。

 そうして見渡していると男くんと目が合った。

ボク「ねぇ、幼、見なかった?」

 突然話しかけられて男くんは驚いた表情をしたが、すぐに取り繕って首を横に振る。

ボク「そう、ありがとう」

 聞くだけ聞いて振り返る。彼は幼のことは別段と見てるわけじゃないんだよね。わかってた。
 そして、一体何処に行ったのか、考えを巡らせ、あの場所かな? と思いついて————


「あの、ちょっといい、かな」


 ————と、後ろから声がした。

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ボク「あ」

 とある団地の奥にある公園。今じゃ人通りも少なくなった場所だ。昔は、それこそボクと幼が幼稚園で出会った頃は多くの子供で賑わっていた。今じゃ子供一人来ることなく、たまに来るのはゴミを回収しに来る目の前団地7号館の森さんくらいなものだ。

 公園を進み、砦にたどり着く。砦と言うには少しお粗末かもしれない。いわゆる、ジャングルジムだ。昔はコイツを砦と呼んで遊んでいたから、ボク達の間ではそう呼んでいるだけだ。

ボク「やっぱり、ここにいたんだね」

 少し首を上に向けると、幼が座っていた。彼女は悲しいことがあったり、辛いことがあると決まってここに来るそれでもって、ボクがやってくるのを待ってたりする。

幼馴染「試験、ダメだったかもしれない」

 抑揚のない声で呟く。いつもの彼女からしたら珍しいモノだろう。自分にとっては、別に珍しいことではない。だから、ボクだけが知っている彼女の一面だ。

ボク「それでここに?」

幼馴染「うん」

 まるで世界の終わりのような顔をしている。たかが恋愛如きで、なんて軽口でも言ってはいけない。彼女にとっても、自分にとっても。

ボク「ちなみに、今まで言ってなかったことがあるんだけどさ」

 人を元気にさせる方法なんて、そうそう思いつくほど人生経験はしていない。だけど、彼女のことなら知っている。ボクは、誰よりも知っている自信はある。……それだけ。

幼馴染「なに?」

 視線をこちらに向ける。目は真っ赤だ。

ボク「そこに座ってるとね、ボクの位置からだと下着見えてるんだ」

 バッ!! まさにそんな音が聞こえてきた。

幼馴染「ちょ、ちょ、いきなり何言ってるのよ!」

ボク「残念ながら、嘘だったりして」

 沸点に到達する前にそう言っておく、やっぱり、彼女が怒ると怖いから。

幼馴染「……冗談でも恥ずかしいんだからやめてよね」

ボク「えー、でもボクだし別にいいんじゃない?」

 くすくす、と笑いながら言ってみる。別に、世間体的には問題なんてないだろう。

幼馴染「それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいの!」

 彼女の赤いところが、目だけじゃなくなっただけで満足かな。

ボク「試験のことなら、気にしなくて良いよ。やれることをやったまでなんだから、後は祈ろう?」

幼馴染「祈るって言ったって、どうしろって」

ボク「えーっと、まずは職員室に行くでしょー」

幼馴染「えっ」

ボク「えっ」

幼馴染「なにそれ怖い」

 そんな軽口を言えば、自然と彼女も笑い出す。自惚れなのかな、ボクと彼女の信頼関係があってこそだと思う。

 そうして、それぞれ帰路につく。バレンタインまで、一週間。後は祈るしか、ない。
 夕日は沈み、静寂が公園を包んだ。


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ボク「それで、試験結果はどうだった——って聞くまでも無さそうだね」

 試験が終わって3日が経った。今日は答案返却があった日なのだが、幼は見るからに気分が良い。聞くまでもなく、補修は免れたのだろう。

幼馴染「アンタのおかげよ! ほんとに、ほんとに良かったぁ」

ボク「ボクは手伝っただけで、頑張ったのは幼でしょ? それで、バレンタインまで5日とないけど何かするの?」

 そう、バレンタインまでは残り日数はそんなない。いきなり前日に「これをつくろう!」なんて決めた所で完成まで間に合うわけがない。だからこそ計画を立てていないと間に合いそうにないんだけども……。

幼馴染「えっと、あの。思い切っちゃおうと思うの」

 心臓がビクッと跳ね上がる。あの奥手な彼女がそんなことを言うのだ。いや、多分それだけではないのだろう。純粋に、怖いのだ。

幼馴染「もうね、逃げるのはやめて思い切って言っちゃおうかなって」

 ボクは彼女の想いが届くものだとは思えない。思えないのではなく、思わないことを知っている。だけども、彼女のその一言は彼女にとってもボクにとっても決別の一言に近かった。

幼馴染「だからね、シンプルに、ストレートにチョコレートと手紙を渡そうかなって思って」

 照れた顔で、はにかみながら言う。その姿は恋する乙女そのものだ。





幼馴染「応援、してくれるよね?」




 ボクの気も知らないでそう言ってくるあたり、本当にズルい女の子だと思う。だけども、この気持ちを知られるのは凄く怖い。彼女に嫌われてしまうのではないか、そう思うだけでホントウのことはずっと心にしまっていたい。だけど、だけど。

ボク「応援くらい、いつもしてるじゃないか。だから、これからも幼を応援するよ」

 そうして、ボクは嘘をついた。酷い嘘だった。なんて酷い嘘なんだろう。でも、これで良かったのかもしれない。いや、これが正しいのだろう。もうボクが手を出すような領域じゃない。後は彼女と、彼女にとってのアイツ——男くん次第だ。




 そして、バレンタインがやってきた。

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 西日が差し込む16時。冬のおかげか、段々と薄暗くなっていくこの時間は好きだった。だけど、今はあまりそんな気分にはならなかった。なれなかった。頬を撫でる冷たい風も、コートによって暖かい身体も、ノスタルジックに感じるこの団地群も、特別な感情は沸かなかった。

 団地を進む。奥にある7号館のその先。ボクらの砦、ボクらの感傷。そこに彼女はいた。ぽーっと、夕日を見ている彼女はどこか艶やかだった。

ボク「やっぱりここにいたんだね」

幼馴染「ここにいれば、アンタが助けてくれるから」

ボク「そっか」

 砦に手をかけ、登っていく。鉄の冷たさと、整備されていない故か錆び臭さが鼻を襲う。

 ふと、彼女が手に持っているものに目が言った。ふやけた“アイツ”宛の手紙、届く事はない想いだとボクは知っていた。

幼馴染「あはは。代わりに、食べてよ」

 差し出されたモノ、可愛く包装されたチョコレート。彼女は笑う。差し出す彼女の手は震えていた。

ボク「うん、うん」

 受け取ったそれを黙って開けていく。ラッピングは丁寧で、女の子らしい可愛いものだ。丁寧に包装を開けると中にはカラフルな文字のデコレーションが施された板状でハート型のチョコレートがでてきた。

ボク「じゃあ、いただくね?」

幼馴染「うん、どうぞ」

 無理して笑う彼女は痛々しかった。

 一口。パキッと小気味良い音がする。甘い。

幼馴染「どう? 美味しい?」

ボク「うん、好きな味」

 甘くて、苦くて、不思議なチョコレート。ごめんね、ホントはあまり好きじゃない。

幼馴染「そう、良かった」

 少し、彼女の心が晴れた気がした。ボクは彼女の喜ぶ顔は好きだ。そんな彼女が嬉しくて、何度も噛み締めた。甘いそれは口をすぎて、お腹に入って、心に溶ける。甘くて、苦い。ハートに描かれたカラフルなデコレーションは、彼女の、そしてボクのココロのように砕ける。

幼馴染「あーあ、失敗しちゃったなー」

 元通りには戻らないのに、彼女はラッピングを大事そうに眺めている。悔しさと、哀しみと、恋焦がれたような瞳を、ボクは見ることはできなかった。

ボク「次から味見役で呼んでよ。ここ、ダマになってるし、それにハート型は狙いすぎじゃない?」

幼馴染「な! 文句があるなら返してよ!」

ボク「やーだねー」

 夕日が沈みかける砦の上、二人で声を張りながら、笑いながら言い合う。もう一口、チョコレートをかじる。彼女の、いや、二人の失恋ごと食べてやる。

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幼馴染「寒いね」

ボク「うん」

 ボクがチョコレートを食べている間、彼女はボクにもたれかかってきた。少し驚いたけどもチョコレートをかじり続ける。この距離感が、いつもココロを揺らしてきた。近くて遠くて微妙なボクら。そんなボクらをこうやって繋げたり、離したり、揺さぶる『バレンタインデー』。結局、苦いだけじゃないか。

ボク「あぁ、そうだ」

 唐突に思い出す。今日はバレンタインデーだったんだと。自分も彼女に渡すチョコを作ってきたんだった。
 鞄から地味な包装のチョコを取り出す。彼女の手前、そこまで気合を入れたわけでもない。ただ、渡せれば良い、そんな彼女の勇気とはかけ離れた気持ちのチョコだ。

ボク「これ、作ってきたんだ」

 そういって差し出す。少し、怖い。

幼馴染「もしかして、本命とか?」

 彼女がそう茶化して言う、もちろん彼女はそんな気で言っているわけでもない。笑いながら、当たり障りの無い友人同士の会話のように言った。だからボクも。

ボク「うん、本命だよ!」

 笑いながら渡した。一足早いホワイトデーだと思ってくれればいいかな、なんて都合良い展開を期待している。ボクの贈るキモチは気付いては貰えないのだろう。彼女の暖かな手の平に包まれて、ボクの想いは溶けた。

 一口、もう半分もチョコレートは残っていない。差し込む西日も、薄っすらと消えてきた。この時期は、夜が早い。
 7号館、そんな奥地の公園だからか、静寂が広がった。吹く風が薙ぐ葉の音がかすかに聞こえる程度だ。そんな静寂の中、ポツリと彼女が言う。



幼馴染「どうしてアンタがアイツじゃないんだろう」

 彼女の呟きは、ポタリと、頬から落ちた。

 ————そんなの、こっちが聞きたい位だよ。

 そんなボクの想いは、ポタリと、心に響いた。
 いい加減、こうやって慰める役も板に付き過ぎて言い出せないけども。いや、それ以前の問題か。だけども、ボクだって、ずっと想ってきた。幼が“アイツ”を想う以上に想ってきた。だけど、そんなの幼といればいるほど言い出せなくて、いつでも、どこでも胸が苦しいんだ。

 キミが、アイツを気にしだす前から————


         ————誰より、何よりキミが好きなんだから。


幼馴染「え、どうか、した?」

 いきなり慌て出す彼女。こっちが聞きたいよ、何かあったの?
 そう疑問に思うと、手の平にぽたり、ぽたり、と暖かい雫が落ちていることに気づく。

————あぁ、なんだ。もう、苦いなぁ。

ボク「ううん、なんでもないよ。このチョコ、なんだか塩味が強いよ」

 おかしい話だ。塩味のチョコレートなんて聞いたことがない。だけども、ドコからか塩味が止まらない。やだなぁ、本当に、ボクは酷い人だ。

幼馴染「ごめんね、アンタまで辛い思いさせちゃったみたいで」

ボク「へっ?」

 もしかして気付かれてしまったんじゃないか、なんて思ったけどそれは杞憂だった。

幼馴染「私の失恋の、後片付けのそのチョコレート。都合良いよね、ゴメンね。失敗しちゃったし、ホントは美味しくないでしょ?」

 少し影のある笑み。やっぱり、ずっと好きだったんだ。そんな恋が終わってしまったのは苦しいし、辛いし、悲しいだろう。

ボク「ううん、本当に美味しいよ。幼が作ってくれたんだもん美味しくないわけがないよ」

 ボクは、やっぱりキミの喜ぶ顔を見るのが嬉しい。だから心のなかで謝らせて欲しい、ごめんね、やっぱりホントはあんまり好きじゃない。甘いよ、泣きたくなるくらい、甘い。


 そうして、彼女の、そしてボクの恋は終わった。多分、ボクらはこれからも良い親友でいることだろう。何十年か先にはお互いに、良い旦那さんを見つけて笑い合うんだ。
 だけど、今だけは、最後だけはキミを想いたい。



キミの喜ぶ顔が嬉しくて、何度も何度も噛み締めて————

————溶けた。


Fin.

くぅ疲(棒

突発的に書いた短編、というかバレンタインに聞いてた曲を元に書いてみた。
というかSS難しいね! 小説と違ってレス投稿だからどこで区切っていいかわからないのが、もう。

他のSS作者さん達が凄いと思わされる機会でした。

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