工藤忍「ホワイトドロップ」 (175)

モバマス 工藤忍のSS

工藤忍(16)
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『お母さんのわからずや!何でわかってくれないの!?』

『そんなにアイドルになりたかったらお母さんもう知らないわ!好きにしなさい!』

パチリ……
ふいに思い出した光景に目が覚めた。

「また、この夢か……」

深くため息をつきながら誰に言うわけでもなく一人ぼやく。

アイドルになりたい。

女の子なら結構な人が一度は思った事あるだろう。
アタシの場合は他の子よりその思いが少し強すぎたようだ。

テレビを通して見るステージはとても煌びやかで、
ライブに行った日には興奮で夜も眠れなかったりした。

お気に入りのアイドルのCDが出た日には何度も何度も聞き直し、
新しいアイドルが出る度にチェックは怠らなかった。

そんな事を繰り返す内に、いつしかステージに憧れるようになった。


しかし、アイドルになるのは簡単なものではない。

『アイドルね、確かになれたら凄いけどあんなの一握りの人しかなれないよ』

『絶対やめた方が良いって!上京なんてしても上手くいくわけないよ!』

当然、アタシに賛成してくれる人はいなかった。
それもそうだ、アイドルになるために宛ても無いのに高校を中退なんて普通では考えられない。

それでもアタシの思いは止まらなかった。
高校生になった時から必死でバイトして上京するためのお金を溜めた。

親には何度も何度も力説したが、最後の最後まで賛成してくれる事は無かった。
毎日汗だくになって働いて、必死の思いで入学させてくれた高校をすぐに辞めるなんて言いだしたんだ。

アタシが親の立場なら絶対に賛成はしないだろう。

「ごめんね、お母さん、お父さん……」

聞こえない謝罪を呟く。
謝ったところで結局アタシは家を飛び出してきた。

もう、後戻りはできないんだ……。


『まもなく、東京……』

もう到着か、新幹線って早いな。

アタシは帽子を被り、持っていたお茶を飲み干して降りる準備を始めた。

「うーん、またダブっちゃったな……」

お茶についていた微妙に似てないイヌのストラップのオマケ。
特に気に入ってるわけでは無いけど、ダブると損した気持ちになる。

オマケが無くなる前にコンプリートできるかな?

そんなどうでも良い事を考えていた。


「うっわー、凄いなぁ!」

駅を出て、まず目に入った光景はどこを見てもビル、ビル、ビル。
そして、どこかへ向かって歩く大勢の人達。

曇りのせいか空は灰色一色だった。
青森じゃ曇りでももうちょっと澄んだ感じがするのにな。

目に映る光景はどこか無機質な感じがして少し怖くなった。

「私は負けないんだから……!」

自分自身を鼓舞して、気合いを入れる。
ここからアタシの全てが始まるんだ。

泣き言なんて言っている余裕は無い。

まずは家に行き荷物を置いてオーディションに向かおう。

いくつかのプロダクションの一次審査は通っているんだ、
どこかに候補生でも良いから拾って貰わないと……。


ガチャリ

簡素なドアを開くとそこには狭いワンルームが広がっていた。

「うっ、狭い……」

東京の家賃は凄く高かった。
バイトの蓄えが結構あるとは言え浪費はなるべく避けたい。

親に上京は反対されたものの、
勝手に上京して住む家が無いのはまずいという事で賃貸の契約は手伝ってくれた。

探しに探して便利の良い場所を選んだんだ。
セキュリティもまぁまぁだし、多少狭いくらいは文句は言ってられないだろう。

「家具はしばらくは買えないなぁ」

しばらく続くであろう簡素な生活を想像しながら荷物を置いてオーディションの支度を整える。

とにもかくにも、オーディションに受からないと……。
アタシはそのためにここに来たんだから!


オーディション会場に着いたアタシは驚いた。

静まり返った控室、素人とは思えない女の子達。

有名なプロダクションのオーディションとはいえ、ここまで凄いとは予想外だった。

アタシでもアイドルになれるかもという根拠のない自信が少しづつ揺らぎ始める。

「エントリーナンバー1番の方、準備お願いします。」

「はいっ!」

元気な声が控室に響き渡る。

アタシのエントリナンバーは8番……。
大丈夫、まだ時間はある。

落ち着け、絶対に受かるんだ……。


「あなたのアピールポイントを教えてください」

「はいっ!どんな事でも努力で乗り越える事です!」

「なるほど、頼もしいですね。それでは歌かダンス、どちらかを見せて頂く事は可能でしょうか?」

「では、ダンスを少し踊らさせて頂きます!」

良かった、面接官の感触は上々のようだ。
良い雰囲気で面接が進んでいる感じがする。

アタシは軽くステップを踏み始める。
大丈夫、ダンスなら自己流だけどいっぱい練習してきた。

失敗さえしなければ、良い印象を与えられるはずだ。

「……もういいです。」

「えっ!?」

踊り始めて少したったところで急に面接官が呟く。

「本日はありがとうございました。結果は後日に連絡を入れさせていただきます」

呆然とするアタシの耳に、面接官の言葉が淡々と響いた……


『先日のオーディションの結果ですが、誠に残念ながら今回はご縁が無かったという事で……』

『はい、ありがとうございました……』

何度か交わしたやりとりを今日も繰り返す。

上京してから1カ月が経ち、アタシはがむしゃらにオーディションを受け続けたが結果は全て惨敗。

「なんで、何がいけないの?」

答えの帰って来ない問いかけ。

もちろん、面接で落ちたところに理由を聞いてみたりした。

しかし、帰ってきた答えは

 イメージと違う。

 想像していたものと違った。

という抽象的なものだった。

「イメージか……」

アタシは大の字に寝転がり天井を見上げポツリとつぶやいた。


「はぁ……」

晩御飯を買った帰り道に深く響くため息。
最近は少し増えてきた気がする。

オーディションに何度も挑戦するのは良いけど
そもそもオーディションを行っているプロダクションは限られている。

大体の所は1次審査で書類審査もあるし、毎日受けるというわけにはいかない。

それに、初めての一人暮らしは思った以上にお金がかかる。
この調子で行けばそんなに長くはもたないだろう。

「バイト探した方が良いかな」

考えれば考えるほど、問題は募るばかりだった。


「今日は暖かいな……」

11月とはいえ東京は青森に比べると大分と暖かい。
必要以上に厚着をしてしまう習慣が抜けずに少し暑く感じる。

「あー、今日もちょっと厚着しちゃったかも」

また、独り言……
話し相手がいないせいか変な癖がついちゃったな。

「すみません、ちょっと宜しいでしょうか?」

「えっ!?」

振り向くとスーツ姿の男の人が立っていた。

こんな夜中に何だろう……

 痴漢?

 通り魔?

 ナンパ?

見た目は普通の人だけど、そんなイメージしか頭に浮かんでこなかった。


「いえ、財布。落としてましたよ」

慌ててポケットを弄るとそこにはあるはずの財布が無い。

アタシは慌てて財布を受け取り何度も何度も感謝の言葉を言った。
男の人は苦笑しながら「良いですよ」と返すだけだった。

「あの!良かったら何かお礼を!」

思わず普段なら言わないであろう、そんな言葉を言ってしまう。

何でだろう?
何気ない優しさが嬉しかったのかもしれない。

「いや、そんなに感謝される程の事じゃないですよ」

男の人は少し困ったような笑みを浮かべて断りの言葉を返す。

「そ、それじゃあアタシの気が済みません!」

アタシも負けじと言葉を返す。

何度かそんなやりとりをした後、
男の人は困ったように「じゃ、缶コーヒー奢って下さい」と観念してくれた。


「へぇー、青森から上京してきたんだ?」

アタシは自分の身の上をありったけ話した。
男の人は何も言わずに黙って聞いていてくれる。

それがとても嬉しかった。

「アタシ、アイドルになりたくって……」

「アイドルに?」

意外そうな顔を向ける男の人。

それもそうだろう、今のアタシの格好はどうみてもアイドルを目指してるようには見えない。

しかし、気がつけばアタシはどれだけアイドルに憧れているか、
今までどんな事をしてきたかを熱く語っていた。

申し訳ないことしたな……。
財布を届けてくれた良い人なのに。


「じゃあ、俺はそろそろ行くとするよ」

気がつけば話し始めて1時間を過ぎようとしていた。

「すいません、お礼のつもりがつき合わせちゃって……」

かまわないよと、軽く笑って男の人は缶コーヒーをゴミ箱に捨てようとする。

「あっ!待って下さい!その、オマケ。いらないなら貰えますか?」

言ってから後悔した。

あぁ、アタシってホントにバカだなぁ。

話に付き合わせて、なおかつこんな厚かましい要求までしちゃって……

「はい、どうぞ」

アタシの目の前に飛行機のミニチュアが差し出される。

「アイドルになる夢、叶うと良いね。応援してるよ」

「あ、ありがとうございます!」

差し出されたオマケ、励ましの言葉。

アタシは嬉しくなって自然と笑顔がこぼれた。
久しぶりに心の底から笑えたかもしれない。


数日後、アタシは再びオーディション会場に来ていた。

今日も天気は悪く一日曇りみたい。
見上げると東京にきてから何度も見ている灰色の空が広がっていた。

今日オーディションを受けるプロダクションの規模はそこまで大きくないけど
今のアタシにとってはそんな事はどうでも良かった。

「今日もがんばるぞぉーっ!」

気合いを入れ直し、控室に向かう。

今度こそはきっと……

根拠のない自信でも何でも良い、
そうでもしないと自分自身が壊れそうだった。


「本日はオーディションを受けに来て頂きありがとうございます」

「…………」

面接官と出会った瞬間アタシは言葉を失った。

「あ、あの……」

「久しぶりだね、今日は面接官として君を見させてもらう」

その人は数日前に財布を拾ってくれた男の人だった。

名前、趣味、志望動機、アピールポイント。

形式的な質問に答えつつもアタシはどこか上の空だった。

こんな偶然ってあるんだな……

頭の中は驚きでいっぱいだった。


「では、ダンスか歌か何かアピールをしてもらえるかな?」

瞬間、身体が強張る。

アイドルを目指してるなら必ず求められるアピール。

だけど、アタシはいつもここで落とされていた気がする。

アピールを見た面接官は必ずと言っていいほど途中で止める。

いまだに答えは見つけられてけど、踊らないわけにもいかないな……

どこか諦めに似た気持ちを持ちながらアタシはステップを踏み始めた。


「……うん、それくらいで良いかな」

泣きそうな気持ちを堪えながらうなずく。

また、止められた……

もう、何をしていいのかわかんないや……

少しだけの沈黙が今のアタシにはとても長く感じた。

「アタシの努力……まだ足りないのかなぁ……」

沈黙に耐えきれなくなり、アタシはポツリと呟く。

正直、オーディションはもう諦めていた。

ただ、何か言って欲しかったのかもしれない。


「君のダンスは良くできてる、でもそれはコピーとしてだね」

プロデューサーが沈黙を破り喋り始める。

コピーとして?

その言葉にアタシの身体はピクリと反応した。

「君にしかなれないアイドル像がイメージできない」

あぁ、言われてみればそうだったかな。

図星だった、憧れるアイドルは沢山いるけど
自分がどんなアイドルになりたいか考えた事も無かった。

どうしてこんな簡単な事に気付かなかったんだろう。


真剣な顔をしてプロデューサーがアタシを見る。

もはや気分は戦意喪失状態だった。
落とすならスッパリと落として楽にしてほしい。

「君のアイドルに対する想いを教えてくれないか?」

急な質問に面を喰らってしまった。

何を言ってるんだろう?
志望動機ならもう言ったと思うけど。

頭にはてなマークが浮かぶアタシに続けて言葉を放つ。

「どんな言葉でも良い、どれだけアイドルになりたいか。それを教えて欲しい」

そう言った後、再び沈黙が訪れる。


改めて問われた質問

『どれだけアイドルになりたいか?』

そうだ、アタシはそのために全てを捨ててこの場所に居るんだ……

その思いなら誰にも、誰にも負けたくない……

震える声でアタシは言葉を紡ぐ

「アタシ、アイドルになるために上京して来たんです。」

「この夢を話した誰にも……親にも賛成してもらえなかったけど……」

「アタシ頑張るから、絶対頑張るから、夢を叶えるために……プロデューサー、協力してください!」

言いだしたら止まらなかった。

気がついたらボロボロと大粒の涙をこぼしながら頭を下げていた。

きっと、この想いにだけは諦めたくなかったんだと思う。

今更、こんな当たり前の事を思い出すなんて……


「よし!わかった!君さえ良ければうちで一緒に頑張っていかないか?」

アタシは目を見開いた。

 今、なんて言ったの?

急な展開過ぎて頭が追いついてこなかった。

そんなアタシにプロデューサーは優しく微笑んでうなずいてくれた。

「充分だよ、それだけやる気があれば安心だ」

言葉の意味を理解したアタシは自分でもビックリするぐらい大きな声でありがとうと叫び頭を下げた。

何度も、何度も、何度も

プロデューサーはあの時と同じで苦笑しながら「かまわないよ」と返してくれた。

アタシ、アイドルになれたんだ……

言い知れぬ安堵感と喜びでわんわんと泣き続けてしまった。


「んっ……」

頭が重い、いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。

眠気眼で眺めた時計は9時を指していた。
家に帰ってきたのが6時だから3時間も寝てたのか……。

変な時間に寝ちゃったな、よっぽど疲れてたのかな。
そんな事を考えていてると、フッと思い出し鞄を弄る。

あった、ちゃんとあった。アイドルの契約書。

「へへ……アイドル……アタシが……へへ……」

目眩がする程に憧れていたあの世界にやっと届いた。
嬉しくて、何度も何度も契約書を見つめてしまう。

ちゃんと字を間違えないように書かないとね。

ご満悦に契約書を眺めるアタシにある項目が目に入る。

保護者のサイン

その項目を見たアタシは青ざめた……。

考えてみればアタシはまだ未成年だ、親の了承も無しに何かができるわけが無い。

住む家は保証人になってくれたけどアイドルはどうなんだろう?
その事で親と喧嘩をして飛び出してきたのに許可なんてしてくれるの?
こんな事、初めからわかってたのに何で何もしてなかったの?

永遠に答えの出そうに無い疑問が頭をグルグルと回る

落ち着かなくなって持ってきた荷物の整理を始める。
色々入れてきたが今までオーディションで頭がいっぱいで整理はしていなかった、

トランクを開け、一つ一つ荷物を出していく。

着替え、小物、オマケコレクション

こんな時に何やってるんだろう?
そんな事を思いながらも何かをしていないと気が変になりそうだった。


「あれ、なんだろ?この封筒……」

一通り荷物を出した後、トランクの底に封筒が一枚。

それは見覚えのない封筒だった。
差出人も宛先も書いていない。

こんな物入れたっけ?と思いながら封を開ける。

「えっ……」

中身を見たアタシは言葉を失った。
封筒の中には一通の手紙と数十万円分のお金。

いったい何でこんなものが……

戸惑いながらもアタシは手紙を読む。

そこにはお母さんから

 身体に気をつけて

 夢を応援している

 何か困った事があったらいつでも相談してきて欲しい

そんな言葉が長く優しく紡がれていた。

何やってんだろ、
アタシ全部一人でやった気になってたんだろ?
こんなに優しく見守ってくれる人がちゃんと居たのに。

手紙が涙で滲む、また泣いちゃったな。

何度も何度も読み返した後、涙を拭う。
もう、アタシは迷う事は無かった。

携帯電話を手に取り、かけなれた番号に電話をかける。

「もしもし、お母さん……?」

ふと、窓の外から見えた灰色の空は少し晴れていた気がした。


ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

地の文は初めてなので変になっていたらすみません

今日はここまでにしてまた後日続きを書きます


すごく良かった。

忍ちゃんマジ努力のアイドル
主人公キャラだよね


■Red pepper

ジリリリリ……

目覚ましの音に飛び起きる。
午前7時の朝。

「うーん!」

狭いワンルームに眩しい朝日が差し込み、
伸びをして、全身に日差しを浴びる。

顔を洗い、歯を磨き、髪の毛を整え、
毎朝繰り返すルーチンワークをこなす。

奮発して買った小さなテレビ。
テレビ台を買う余裕が無いから床に直置きしてる。
ニュースによると今朝は冷えるらしい。

そうなのかな?
アタシには普通くらいだ。

身支度を整えて、事務所に向かう。

うん、今日も頑張って行こう!


運命のあの日から2カ月が経ち、今は1月。
アタシはアイドル候補生として日々レッスンを繰り返していた。

プロダクションと契約してからはしばらく候補生として
レッスンやお世話になる人達への挨拶回りなどを繰り返す。

アイドルとしてファンの前に出るのは大体3カ月後くらいらしい。

何で3カ月なんだろ?

一度Pさんに聞いてみた事があるけど

3カ月もやればやっていけるかどうか本人が一番良くわかるだろう?
ま、今は契約して翌日からアイドルってのが主流だけどな。

と、肩をすくめて言っていたのを思い出す。

でも、アタシにはそんな事はどうでも良かった。

アイドルになっていつか輝くステージに立つために努力する。
そんな、毎日が楽しくて仕方が無かった。


「忍はどんな仕事をしてみたいんだ?」

挨拶回りの帰りの車の中で唐突にPさんが聞いてくる。

偶然な出会いからアタシをアイドルにしてくれたPさん。
今はアタシの担当をしてくれているプロデューサーでもある。

担当しているアイドルがアタシだけらしく、
挨拶回りやミーティング、何かにつけて一緒に居る事が多い。

そのせいかいつの間にかお互い敬語も無くなり、名前で呼び合うようになっていた。

「何でも良い!握手会でもイベントの進行役でもなんでもやるよ!」

お気に入りのハンチング帽を両手でクルクル回しながら答える。

Pさんは「頼もしいな」と少し笑いながら言った。


「あーあ、またダブっちゃった……」

お昼からのレッスンには結構時間が余っていたのでコンビニに寄り道。

買ったお茶についていたおまけがダブってしまいぼやく。

「またそれか、おまけが気に入ってるのか?」

「おまけってオトクな感じ、しない?」

「わからなくもないけどな」

昔からおまけが大好きだった。

だって、何かを買ったらタダでついてくるんだよ?
おまけを貰う度にお得な感じがして何か幸せな気分になれるんだ。

「ほい、じゃあこれもあげるよ」

Pさんが飲んでいた缶コーヒーのおまけを差し出してくる。

飛行機のミニチュア……
あの時の事を思い出して笑顔で受け取る。

「へへっ、ありがと。Pさん!」

やっぱり、コレクションが増えるのは素直に嬉しいな。


再び車に乗り込みのんびりと事務所に帰る。

車のヒーターのせいかちょっと暑いな……
アタシは帽子を脱ぎ、髪をかきあげる。

「ん?暑かったか?」

そう言いながら、車のヒーターを切ってくれた。
よくわかったなぁと驚いて目をパチクリさせる。

「今日は結構冷えるけど、忍は寒くないのか?」

「うん!冬の寒さになんて負けないよ!」

「羨ましいな、俺にはこたえる寒さだよ」

レッスンに夢中になる時間も大好きだけど、
こういうのんびりした時間もお気に入りだった。


「まだ、真っ直ぐ帰っても時間が余るな、何か食べて帰るか?」

腕時計を見ながら、Pさんが聞いてくる。

「えっ!?良いの?」

お腹がペコペコだったので少しオーバーに喜んでしまう。

女の子の一人暮らしのせいか、
それとも担当してるアイドルだからか何かにつけて気を使ってくれる。

帰りに車で送ってくれたり、
度々こうやってご飯に誘ってくれたり。
お姫様にでもなった気分だ。

何だか慣れないな、こういうの。
でもやっぱりうれしくて、顔はにやけてしまう。

「かまわないよ、中華でも食べに行こうか?」

中華か、何にしようかな?

私の考えを読み取ったかのように
Pさんは「まぁ、行ってから決めると良いよ」と呟いた。


綺麗な店内に中華料理特有の香ばしい香りが漂ってくる。

あ、しまった。匂いついちゃわないかな……

Pさんも入ってからしまったという顔をしている。
やっぱりやめるか?と聞かれたけどアタシはここで良いよと返す。

まぁ、レッスンの時は着替えるから大丈夫だよね。
今は食べる事に集中しよう!

メニューを眺める、どれも美味しそうだけど
アタシは何となく麻婆豆腐にする事にした。

「ここの麻婆豆腐は辛いけど大丈夫か?」

心配をよそにアタシは大丈夫だよと強気に注文する。


テーブルには美味しそうな麻婆豆腐。

へへっ、美味しそう!
やっぱり注文して良かったな。

小皿にとりわけ口に運ぶ。

「!?」

余りの辛さに驚いて、慌てて口に水を含む。
赤唐辛子がピリピリと舌を刺激する。

だから言ったじゃないかと笑われてアタシは頬を膨らませる。

結局Pさんのラーメンと交換してもらった。
アタシがこうなる事を予想していたみたいで口は付けて無かったようだ。

かなわないなぁ、結局予想通りなっちゃうなんて。
アタシってそんな単純なのかな?


事務所に戻ったアタシはレッスンを受けていた。

今日はダンスのレッスン。
やっぱり先生がついて指導してくれるのは全然違う。

本格的なレッスンは素人のアタシにとって失敗の連続だ。

でも、失敗して何度も練習してできるようなった時、
アタシにとっては何事にも代えがたい喜びを感じていた。

ちゃんと成長できてるかな?
アイドルとしてデビューした時に恥ずかしく無いようにしないとね!

まだ見ぬステージを夢見て、今日も努力を重ねる。


「頑張ってるみたいだな」

「あっ、Pさん」

「今日のレッスンはもう終わったはずだけど、自主練?」

コクリとアタシはうなずく。

静まり返ったレッスン場にはアタシ一人しか残っていなかった。

今日はずっと上手くいかなった所が悔しくて、
練習していたら遅くなってしまったみたいだ。

でも、そのおかげで……

「見て下さい、Pさん。これが努力の成果だよっ!」

アタシはステップを踏み始める。

うん、大丈夫。
ちゃんと失敗せずにできるようになった。


「へぇ、そこまでできるようになるなんて大したもんだよ」

驚いた顔で感嘆の言葉を漏らすPさん。
褒められるのは慣れなくて、はにかんでしまう。

「うん、でもまだちょっとぎこちないかな……?」

まだまだ自然に踊れるようになるまでは何度も繰り返す必要がありそう。

「Pさん、レッスン付き合ってもらってもいい?」

突然のお願いに呆れたように、でも嬉しそうに「かまわないよ」と返してくれた。

アタシが無茶な事言っても、嫌な顔一つせずに付き合ってくれる。

Pさん、私の為に時間取ってくれて……ありがとね!
アタシ、もっともっと頑張る!

恥ずかしくて言えそうにないお礼の言葉を胸に、アタシはまたステップを踏み始める。


時間一杯まで練習をこなし、すっかり暗くなった帰り道を歩く。
朝から続く寒さの影響で東京では珍しく雪が降っていた。

「風邪引かないように気をつけろよ?」

隣でPさんがポケットに手を突っ込んで寒そうにぼやく。

いつもなら車で送ってもらっていたのだったが、
久しぶりに見た雪の中を歩きたくて、歩いて帰ると言い張ってしまった。

また、わがまま言って……。
候補生だけど、自覚が足りないな……。
こんな夜道に女の子一人で歩いてると危ないもんね。

「へへっ、これくらいへっちゃらだよ!」

せめて少しだけでも心配かけないようにと元気をアピールする。


「忍の故郷はいつもこんなに雪が降ってるのか?」

「うん、雪は良く降るよ」

降り注ぐ雪が目の前を白く染める。
手のひらで受け止めてはすぐ溶けてしまい、少しせつない感じがする。

こうして、雪を見てると故郷を思い出す。

牡丹雪が降り注ぐその景色は
まるで空の白が落ちてくるような
とっても綺麗な白い世界が広がっている。

学校の皆は元気にしてるかな?
この分だと明日には積もるかな?
また、お母さんに電話しとかないと。
いつか、Pさんにも見せてあげたいな。

マフラーを巻きなおしながら、色々考えてしまった。

読んでるよ

翌日、昨日の夜から降り続いた雪は積もる事無く快晴の一日なった。

レッスン場に行く前に連絡事項があるようで
アタシは事務所のソファーに座ってお茶を飲んでいた。

「お待たせ」

「どうしたの、連絡事項なんて珍しいね?」

「ん、こいつだよ。先にちょっと試着してみてくれないか?」

そう言ってPさんに渡された箱の中に入っていたのは
緑と赤をベースとした衣装だった。


「……こ、これって」

「もうそろそろデビューの時期が近づいてきたからな、忍のために用意した衣装だよ」

畳まれた衣装を慌てて広げてみる。

私のための衣装だぁ……
やった、でもこんなにカワイイ衣装着て良いのかな?

溢れそうになる喜びを堪えられそうに無かった。

変な笑い方してないかな?
もう、どうでもいいやそんなの!

小踊りを続けるアタシを呆れたようにPさんは笑う。


「この衣装をきて晴れてアイドルとして人前に出るわけだ」

「詳細なデビューの日はまだ決まって無いけど、おって連絡するよ」

「うん!うん!」

力いっぱいうなずき、喜びを表現する。

「そう遠くない日にはアイドルとして本格的に活動して行く事になる。頑張っていこう」

「Pさんも、一緒にがんばろ?」

「わかってるさ、忍も真っ直ぐすぎるところは良いけどちょっとは押さえろよ?」

クスクスと二人で笑い合う。

私、アイドルになって皆に認めてもらいたいから……
どんな努力も惜しまないから!
Pさん、これからも……がんばろっ!

……でも、次はちゃんと忠告を聞く事にするね?

昨日、痛い目を見た赤唐辛子を思い出してしまい少し苦笑してしまった。

>>43 ありがとうございます

ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

こんな感じでこれからボチボチ書いて行くと思います

多分、長くなると思うのでたまには覗いてもらえると嬉しいです

今日はここまでにしてまた3日、4日後に続きを書きます

見てるから頑張って


■Orange room

「努力のアイドル、工藤忍ですっ!」

「おー、忍ちんは元気だねぇ」

少し大きめの書店で行われた初めての握手会
なるべく元気よく、大きな声で挨拶をする

隣で退屈そうに一緒に仕事しているのは小松伊吹ちゃん

アイドルとして活動を始める少し前に知り合って
今ではすっかり仲良くなった

アタシより3つ年上だけど
気さくな性格で同い年の友達みたいな感じだ

>>48 ありがとうございます

工藤忍(16)
http://i.imgur.com/I8ZhKxW.jpg

小松伊吹(19)
http://i.imgur.com/6hBx8pr.jpg
http://i.imgur.com/omBJ8Dp.jpg


「お客さん全然来ないねー」

伊吹ちゃんが退屈そうにつぶやく

無理もない、二人揃ってデビューしたてのアイドルだ

お客さんは10分に1人来る程度、
まだ顔もほとんど知られていないので
握手をしたがる人も少ないだろう


そんな中でも握手を求めてくれる人がいるのは素直に嬉しい

 頑張って!

 テレビには出たりするの?

 歌とか歌ったりしてるのかな?

子供だったり、おばあさんだったり色んな人が来てくれる
みんながアタシのために足を止めてくれる

アドリブが苦手なアタシはお客さんの応援に照れてしまい
たまに言葉に詰まってしまう事もある

伊吹ちゃんは要領が良くて、
お客さんの来ると花が咲いたような営業スマイルに切り替わる

やっぱり凄いな、アタシも頑張らないと……


まだまだ寒さが消えない2月
暖房の効いた書店内で、通りゆく人に挨拶を繰り返す

アイドルになって早数日

アタシのデビューの宣伝は
雑誌の隅っこに1行で名前が描いてあるだけだった

忍は仕事で地道に評価を上げて行く方が良いかなって

そんな風にPさんが言っていたのを思い出す

アタシは歌やダンスがずば抜けているわけでもないし
他のアイドルのように強烈なキャラがあるわけでもない

自分のアピールできる所を聞かれれば
根気強さしかないと自覚しているのでPさんの判断は正解だったと思う

それに、初っ端からちやほやされなくてもどうでもよかった

今のアタシにはお仕事が楽しくて仕方なかった


「忍ちんはこの後用事はあんの?」

握手会を終えた後、伊吹ちゃんが唐突に聞いてくる

今日は特に用事も無かったのでううんと首を振る

「へへっ、じゃあ遊びに行っちゃおっか?」

遊びに……

言われて気づいたけど東京に来てからほとんど遊んだ事が無い

レッスンが忙しかったり、お金に余裕が無かったりと
色々理由はあったけど、そもそも遊ぶという発想があまり浮かんでこなかった

「どったの?」

伊吹ちゃんが不思議そうな顔で覗き込んでくる

「あ、ううん! 何でもない、時間大丈夫だよ!」

急に目の前に来た伊吹ちゃんの顔に驚いて慌てて返事をする

うん、たまには息抜きもしないといけないな……


近くのファーストフード店でお昼ご飯を食べる

アタシは人ごみが苦手だ
東京の街はどこも人が多くて緊張する

一人ならまずこんな所にはこれないだろう

「うーん、新しいやつイマイチだなぁ……」

伊吹ちゃんが新作のハンバーガーを頬張りながらぼやく
何とかソースがかかってて、ベーコン入りだのアタシにはよくわからなかった

「忍ちんはそれで良いの?」

「うん、アタシはこれで良いよ!」

「でもそれ子供用のセットじゃん」

アタシが頼んだのは子供用のハンバーガーセット
理由はもちろんついてくるおまけに惹かれたからだ


おまけに付いてきた可愛いキャラクターの描かれたコマを回してみる

クル クル クル

「へへっ、可愛くないかな?」

「忍ちんのセンスはアタシにゃよくわからんわ」

嬉しそうに回るコマを眺めるアタシを
呆れたように見る伊吹ちゃん

このキャラクターって確か日曜日にやってたアニメのかな?
このおまけもコンプリートできるかな?

また、伊吹ちゃんやPさんとこんなお店に来れると良いな


「そういや、忍ちんって青森から来てるんだっけ? 今は一人暮らしなの?」

「うん! そうだよ!」

「りんごを見ただけで品種がわかるってマジ?」

「あー、それはわかんないかな……」

伊吹ちゃんはおー、そうなんだという感じで驚いている
他府県の人のイメージというのはそういうものなのだろう

アタシも伊吹ちゃんと仲良くなるまでは茨木県の事はほとんど知らなかったし


「忍ちんはなんで女子寮に住まないの?」

女子寮か……

Pさんにも勧められたが、
実家から通えない子達は女子寮に住むのが一般的だ

アタシみたいに部屋を借りている子は同年代ではまずいない
伊吹ちゃんも女子寮に住んでいる

でも、あの狭いワンルームを出る事は出来なさそうだった

愛着が湧いたというのがピッタリな表現だろう
どんな辛い時でも温かく迎えてくれたあの部屋は
アタシにとっては掛け替えのないものだった

アタシは水っぽいコーラを飲みながら
「今のところはその予定は無いかな」と苦笑しながら答えた


お昼御飯を食べてお腹を満たしたアタシ達は
ここら辺では一番大きいらしい靴屋さんに来ていた

伊吹ちゃんが新しい靴が欲しいらしい

「アタシちょっと試し履きしてくるから忍ちんはぶらついててよ」

そんな感じでアタシは店内をぶらついていた

様々な靴が所狭しと並べられている光景に圧倒される

こんなお店あったんだな……
そう言えばレッスン用の靴、そろそろ買い換えた方が良いかなぁ

なんだか楽しくなってキョロキョロ店内を見回っていた


「あっ……」

ふと、目に止まった可愛らしい靴

いつもスニーカーしか履いてないアタシにはとても似合いそうに無かった

それでも、何かに惹かれたのか手にとってまじまじと見てしまう

東京の女の子はみんな綺麗で可愛くて
こういう靴もちゃんと履きこなせるんだろうな

アタシにはオシャレというのがよくわからなかった

今思えばよくアイドルになれたなと吹き出してしまう


「おっ、カワイイ靴じゃん!」

いつの間にか買い物を終えた伊吹ちゃんが覗きこんでいた

「忍ちん、これ買うの?」

「あははっ、アタシには似合いそうに無いかな……」

「えー、似合うと思うけどな」

に、似合うのかな……?

「財布が厳しいとか?」

候補生の時からお給料は貰っているし
家賃も補助が出ているので生活には大分と余裕は出てきていた

3600円か……
買えない額じゃないけど……

少し気持ちが揺らぎ始めたアタシに伊吹ちゃんはまるで店員のように勧めてくる


「ありがとうございましたー!」

元気な店員さんからレシートと靴を受け取る
結局、押しに負けて買ってしまった

「へへっ、まぁ良いんじゃないの?」

「に、似合うのかなアタシにこんな可愛いの……」

「ま、家に帰ったら履いてみれば?」

伊吹ちゃんはご満悦の表情だ
アタシはまっさらな箱を持って少し苦笑いしていた

どうしよう、本当に似合うのかな?


伊吹ちゃんと少し街をぶらついた後に別れ、アタシは家に帰ってきていた

早速、買ってきた靴を履いてみる

うん、凄く可愛い……

それはまるでシンデレラのガラスの靴のようで、
履いているだけで魔法がかかったようにオシャレをしている気分になれた

アイドルになったんだから
ちゃんと私生活の格好にも気を使わないといけないかな

明日、この靴履いて行こうかな?

靴を履いただけなのにアタシはすっかり有頂天になっていた


翌日、仕事の挨拶回りの途中の車の中
アタシは気になってPさんをチラチラと見てしまう

未だに気づいてくれなくてやきもきする

「Pさん、何か気がつかない?」

我慢できずに自分からアプローチをかけてみる

赤信号で止まっている最中に
Pさんはアタシのじっと見つめ上から下へと視線を何往復かさせた後
ふと、気がついたように

「靴か……、新しいの買ったのか?」

自分で言っておきながら、わからないだろうなと思っていたので驚いた


アタシは嬉しくなって正解! と叫ぶ

Pさんはただのあてずっぽうだけどなと笑っていた

毎回そんな風にはぐらかすけど、
ちゃんとアタシの事を見ててくれるんだよね

「可愛い靴だな、似合ってるよ」

続けざまに言われた言葉に耐えきれず頬がにやけてしまう


ねぇ、Pさん?

アタシはちゃんとアイドルらしくできているかな?

ホントはね、今でも不安で仕方ないんだ

周りはみんな可愛い子ばっかりだし、
伊吹ちゃんみたいに得意な事があるわけじゃないから

ほら、アタシって何があるかって言われると
いっつも努力って答えちゃうし……

よくない癖だなってわかってるんだよ?

でも、Pさんがそれで良いって言ってくれるから信じちゃうんだ


あの時のオーディションは今でも心に焼き付いていて
アタシはきっと忘れる事は出来ない

それはきっとこれからもそうだと思う

今はまだデビューして間もないけれど、
Pさんの目は間違って無かったって絶対に証明して見せるから!

これからもアタシの事を宜しくね!

Pさんとだったらうまくいくって……
信じてるから……


誰に言うわけでもない感謝の言葉を考えては
下ろし立ての靴を何度も触る

やっぱりこれ、買って良かったな

ちゃんと見てくれている人がいるんだって改めてわかったよ

ありがとう、伊吹ちゃん


「今日の挨拶回りはこれで終わりだな」

この季節では珍しい夕暮の中
アタシ達は客先のロビーのソファーで少し休憩していた

夕焼けがガラスの壁を通して部屋をオレンジ色に染める

「そう言えばさっきイベントのMCの仕事をお願いされたよ」

手渡されたイベントの資料を見つめる
何だか難しい言葉でやって欲しい事がずらずらと書いてある

「そこそこ人が来るらしいから、頑張って場繋ぎをして欲しいってさ」

「どんな仕事も努力次第、だよね?」

喜ぶアタシに、そうだなとPさんは笑う


「ねぇ、Pさん?」

「ん?」

「アタシ、お仕事が楽しくてしょうがないよっ♪」

「頼もしいな、忍がやる気なら俺もありがたいよ」

「……Pさん、ありがと」

「急にどうしたんだ?」

「こんな時しか言えないから……」

照れるアタシにPさんは優しく「こちらこそ」と返してくれた


頑張ろう、アタシはまだアイドルになったばかりなんだ
立ち止っている暇は無い、どんな事でも全力で行かないと

外を見ながらコーヒーを飲んでいるPさんに向かって誓う

私もっと輝くから……
アナタが私から目を離せないくらいにね♪

オレンジ色に染まるの部屋の中、
アタシは勇気の出る魔法をかけてくれたガラスの靴を眺めていた

ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

遅筆で思ったようにかけないですが頑張って続けていきます

今日はここまでにしてまた3日、4日後に続きを書きます

おつつ

次も期待してるよ

今一番楽しみにしているSS
努力が報われてSR化来ますように


■Yellow gift

その日は朝から妙な違和感を感じていた

3月、よく晴れた昼下がり
アタシは中途半端に空いた時間を持て余し
事務所でのんびりと過ごしていた

カタカタカタ……

Pさんがキーボードを叩く音が響き渡る

悩んでいるんだろう
時々、手を止めては何かを考えるような仕草をする

きた!


「難しい資料でも作ってるの?」

と、聞くと

「難しくは無いけど、それっぽく書かないといけないからな」

と、こちらを見ずに答える

いつもならもう少し話をしてくれるのに
今日は全くと言っていい程会話をしていない

静寂が部屋を包む

今日のPさんはどこか変だった


二人きりの事務所

なんなんだろう?

居心地が悪いなぁ……
アタシ、何かいけない事したのかな?

話をしていないだけだというのにどんどん気分が落ち込んでいく

そんな事はアタシの我儘だというのは頭ではわかっていた
それでも少し寂しくて、やるせない気持ちになっていた

「忍?」

いつの間にかPさんが手を止めこちらを見ていた
アタシは驚いてしまい「ひゃい!?」と変な声で返事をしてしまう

「なに、ぼーっとしてんだ」

あたふたするアタシを見てPさんが笑う


「ど、どうしたの?」

「今日、撮影の仕事が入ってるよな?」

「うん」

「行きは送って行くけど、帰りは一人で戻って来れるか?」

言われた言葉に少し戸惑う

いつもなら一緒に仕事に行く時は行き帰り送ってくれたのに
こんな事を言われたのは初めてだったからだ

Pさんだって忙しいんだからこんな日もあるって事はわかってる

だけど、しばらく続いていたこの静寂の中
アタシの気分をさらに深く沈ませるには充分な一言だった


最近は少しだけどお仕事は増えてきた

今回みたいな雑誌に載せるための撮影だったり
イベントを盛り上げるための進行役だったり

そんな中、アタシの事を覚えてくれて
楽しみにしてくれているファンも増えてきた

でもそれはアタシ一人の力じゃないわけで

いつもアタシのために頑張ってくれている
Pさんがいてくれたからだ


一緒に頑張ってきてそろそろ半年になるし、
担当でもあり大事なパートナーでもある

他のプロデューサーに変わると言われても断固拒否するだろう

Pさんはアタシのプロデューサーで
アタシはPさんの担当アイドルだ

お互いの思っている事はちゃんと通じ合っている
そんな自惚れみたいな気持ちがどこかにあったのかもしれない


「はぁ……」

深いため息をつく

アタシってこんなにナイーブだったかな?

なにちょっと送ってもらえないだけで
こんなに考え込んでいるんだろう……

自分の気持ちに戸惑いながら
首をぶんぶんと横に振り気持ちを切り替える

甘えてばっかりもいられないよね……

いつまでもPさん、Pさんって言ってられない
表に立って笑顔で頑張らないと行けないのはアタシなんだ

どうしたんだ? と不思議そうな顔をするPさんに

アタシは「ううん、頑張ってくるね!」と短く答えた


そして、雑誌の撮影が始まりアタシは撮影用のスタジオに来ていた

今回のお仕事は雑誌の1ページ分の写真
アイドル雑誌の特集ページ用の撮影らしい

いつもの衣装に身を包み
指示に従い色んなポーズで写真を撮る

写真を撮られるのはまだ慣れていなくて
何度か表情が硬いと駄目出しを食らう

それでもやっぱり1ページ分というのはすぐ終わってしまい
時計を見ると20分程度しか経っていなかった

アタシの番が終わると次は別の子の撮影が始まる
こうして見ると色んな子がいるんだなぁと実感する

普段は他のアイドルと接する機会が無いから
なんだか新鮮な気持ちになっていた


「おっす。忍ちんももう撮り終わったの?」

声をかけられて振り向くと
既に私服に着替えた伊吹ちゃんが立っていた

「うん! 今から着替えて事務所に戻るよ」

「おっ、じゃあ一緒に帰ろうよ」

「伊吹ちゃんはもう終わったの?」

「ま、1ページ分だしこれくらい楽勝っしょ!」

ケラケラと笑いながら伊吹ちゃんが答える

ものの数分で終わってしまって退屈だったらしい

そんなに早く終わったんだ? と聞いてみると
「見られるのは慣れてるからね」と、得意気に胸を張っていた


「へー、そうなんだ?」

事務所への帰り道を歩く
アタシは今日はPさんが送ってくれなかったとぼやいていると

伊吹ちゃんはうんうんと唸りながら相槌をうってくれる

「伊吹ちゃんのプロデューサーは送迎したりするの?」

「アタシはこれがあるからねー」

そんな事を言いながらスケボーに乗っている伊吹ちゃん
人が来ると器用に方向転換してかわしている

上手だねと、驚いた表情で感心していると

「でしょ?へへっ、こんなんもできるよ!」

と、ジャンプしたり色々な技を見せてくれた


「ま、忍ちんは考えすぎなんじゃない?」

「……やっぱり?」

「そんな事より帰ったら一緒にレッスンしよっかー!」

なんだろう?
伊吹ちゃんの態度も何か変だった

いつもなら遊びに行こうと誘われるのに
さっきからしきりに話をそらしてレッスンの話をしてくる

まるでレッスンをしないと都合の悪いような……

少し疑いの目で見てみると
伊吹ちゃんはバツが悪そうな顔で目を逸らす


「伊吹ちゃん、何か隠して無い?」

「え!? そ、そんなことないけど?」

いくらアタシが鈍感でも気づいていた

さっきからスケボーに乗って先導していたが
この道は事務所に帰るには少し遠回りだ

すぐにレッスンをしたいと言っているのに
わざわざ遠回りするなんて何かあるに違いない

「ほ、ほらアタシって歌は苦手だからさ……あは、あははっ!」

珍しく動揺している姿を見れた
でも、それ以上追及するのは止めた

伊吹ちゃんは大切な友達だ、きっと何か理由がある

Pさんと一緒で今日はたまたまそういう気分だったのかもしれない

無理やりそう思い込むようにした


それから一言も交わす事無く事務所へ戻ってきた

Pさんに続いて伊吹ちゃんまで……
やっぱりアタシが何か悪い事したのかなぁ……

ごめんなさい、謝るからいつもの二人に戻ってくれないかな?
昨日みたいに何気ない話で笑いあって……

元気に振舞っていても、
それは色んな人がそばにいてくれるからであって
一人のアタシはこんなにも弱い

上京した時の不安な気持ちを思い出す
でもこんな時はどうしたらいいんだろう?

結局、気持ちのモヤモヤが晴れないまま
携帯を触りながら明らかに視線を合わせようとしない
伊吹ちゃんと一緒にレッスン場に向かう


「よっし、とうちゃーく!」

レッスン場のドアの前で伊吹ちゃんが元気よく叫ぶ

でもまだ携帯をポチポチと触っている
伊吹ちゃんってあんまりこういう事はしないんだけどな……

「じゃ、どうぞ!」

唐突に伊吹ちゃんがアタシに話しかける

何のことだろう?

キョトンとしているアタシに
良いから良いからと扉を開けるように促してくる

もう、何でも良いかな……

今は従っておこう、
ボーッとしながらドアのノブを回す


パンッ!

突然の破裂音に驚き、言葉を失う

パンッ!

遅れて後ろからも同じ音が聞こえる

「な、なに……?」

そこにはクラッカーを持ったPさんが、
後ろには同じく伊吹ちゃんがクラッカーを持って微笑んでいた

「誕生日おめでとう!!」

状況が理解できないアタシに二人が揃って叫ぶ

「3月9日、忍の誕生日だろ?」

「あっ……」

もしかして、伊吹ちゃんは全部このために……?


「へへっ、バレると思って緊張したよ」

「伊吹にここまで連れて来させるのは結構ギャンブルだったな」

「Pみたいに喋らきゃ良いってわけじゃないんだから大変だったんだよ!」

伊吹ちゃんとPさんが二人で騒いでいる

「いやー、でも流石に二人揃ってこんな挙動不審だったらバレバレじゃなかった?」

「かもな、もっと上手くやればよかったな……」

そっか、そう言う事だったんだ……

「あれ? どうしたんだ、忍?」

「んー? 忍ちん、もしかして自分の誕生日忘れてたとか?」

うん、すっかり忘れてた

バカだよね? 自分の誕生日忘れるなんて?


反応のないアタシにPさんと伊吹ちゃんが戸惑う

「ど、どうしたの、忍ちん? もしかして何か気に入らなかった?」

ううん、そんな事ないよ
とっても嬉しいから

「もしかしてクラッカーに驚いたか? 悪いな、驚かせて……」

違うよ? Pさん……
ごめん、なんか喋らないといけないよね?

でも、ちょっと言葉が出そうにないや……

伊吹ちゃんがどうしようといった顔で頬を掻いている
Pさんは何とか場を盛り上げようとあれこれアタシに話しかける

広いレッスン場に小さなテーブル
その上に置かれたホールケーキ

よくある芸能人の誕生日パーティーのような華やかなさは無い

だけど、三人だけで迎える誕生日は
アタシにとっては世界で一番素敵な記念日になった


「Pさん……伊吹ちゃん……ありがとう!!」

何とか声を絞り出し、精一杯の笑顔で返事をする

二人はそんなアタシをみてホッとしたようだ

「改めておめでとう。これは俺からのプレゼントだ」

Pさんから小さな箱が手渡される

「ありがとうPさん……」

我慢できずに「空けていいかな?」と聞くと
Pさんは優しく笑って「かまわないよ」と言ってくれた

可愛く包装された小箱を空ける

中には三日月が二つ、向い合せに繋がったようなネックレス

「そういうアクセサリが似合うと思ってな……」

少し照れたように、アタシの反応を気にしているような感じだった

「とっても素敵……ありがとう! Pさん!」

ホントに嬉しかったその気持ちがちゃんと伝わるよう
大きな声とはじけるような笑顔でお礼を言う


Pさんは安心したように「そっか」と笑っていた

「見てよ、忍ちん! アタシからはこれだよ!」

そう言って伊吹ちゃんから手渡されたのは
黄色の小さな水鉄砲だった

「これって……?」

「ほら、いつも食べてるハンバーガーセットあるじゃん?」

そこまで言われて思い出す

そうだ、これはアタシがどうしても見つけられなかった
ハンバーガーセットのおまけだ……

「わざわざ電車に乗って置いてあるとこ探してきたんだぞ! 感謝しなよ?」

ニンマリと笑う伊吹ちゃん

こんな事覚えててくれたなんて……
ありがとう、とっても素敵なプレゼントだよ!


それから、みんなでケーキを食べつつ昔話に花を咲かせた

東京に来てから色々あったけど
アタシはここに来て本当に良かったと思う

色んなものを見てきて周りも変わった
一人で不安に怯えていたアタシはもうここにはいない

これから何があるか分からないけれど
きっと大丈夫だよね?

みんなとこうやって笑いあってると
それだけで安心できるんだ……


家に帰ったアタシを待っていたのは
また一つ素敵な出来事

宅配ボックスに初めて荷物が入っていた
実家からの誕生日プレゼント……

中にはピンク色の可愛らしいリボンと
お母さんからの励ましの手紙が入っていた

お母さんもちゃんと覚えていてくれてたんだ……

なんだか忘れてたのが自分だけって
ホントにアタシって抜けてるなぁと改めて思う


電話でお礼をしようと思ったけど、ふとある事に気づく

何度か手紙を貰ったけど一度も手紙でお礼を返した事が無い

今回も電話でもお礼を言うけどその前に手紙を書こう

ちゃんとお礼の気持ちを伝えないと、と思いペンを執る

そう言えばこんな手紙を書くのは初めてだな……

なるべく丁寧に、気持ちが伝わるようペンを走らせる


お母さんへ

お元気ですか?
皆は変わらず元気にしていますでしょうか?

今年は家のお手伝いがほとんどできずに済みません
例年より冷えた冬となりましたが雪は大丈夫でしたでしょうか?

私の方は相変わらず忙しい日々で
こちらの生活はまだ慣れなくて戸惑う事も多いです

でも、素晴らしい人達に囲まれて
とても楽しく、輝くような毎日がおくれています

誕生日プレゼントありがとう
凄く素敵なリボンで一生の宝物になりそうです

色々と書きたい事はあるのですが、
お礼の気持ちを伝えたくて筆をとりました

また、時間ができたら帰省します
どうかお身体に気をつけて元気でいて下さい


「うん、元気だよ。有り余ってるくらい!」

「そうだね、まだちょっとテレビとかには出れないかな……」

「とっても良い人、ずっとお世話になってるかな?」

「うん、わかった。言っておくよ……。じゃあ、また電話するね」

ピッ

手紙を書き終えたアタシはお母さんと電話をしていた

Pさん、親からの電話でね……アタシをよろしく、だって!

クルクルと左手で回していたペンを机に置く

また、明日にでも手紙を出しておかないとな……

プレゼントで貰った黄色の水鉄砲の引き金を引く
中身が空なので水が出るわけじゃないけど、
何だか楽しくて何度も何度も引いていた

ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

誕生日にSSを書いてあがられなかったので今更ながらの誕生日ネタです

今日はここまでにして、続きはまた3、4日後に投下します

リボンの話はいつか来て欲しいと思ってたけど、ここで来たか!
忍の夢がちゃんと叶っていってるようで何より。次回も楽しみにしてます。
しかし、誕生日…。誕生日コメント実装がもう少し早ければ…


■Walk in the green

「絶景っすね!」

どこまでも続きそうな道を見て沙紀ちゃんが叫ぶ

「いやぁ、色々アイデアが湧いてくるっすねぇ!」

さっきから指で四角を作りそんな事を言いながら何度も景色を見ている

アタシ達は写真の特集撮影のために北海道に来ていた

自然と触れ合うアイドル……
そんなコンセプトだ


吉岡沙紀(17)
http://i.imgur.com/Lopprin.jpg


「神奈川の海とはまた違った良さがあるね!」

嬉しそうに笑う彼女は吉岡沙紀ちゃん

伊吹ちゃんと仲良しの友達でその繋がりで知り合った
正直、最初はチャラく見えたけど真面目で良い人だ

ストリートアートが好きらしく
しょっちゅう服をペンキで汚している

一度、沙紀ちゃんの描いた物を見せて貰った事があるが
アートとかよくわからないアタシでも
何だか凄い、と直感で思えるような物だった


写真撮影は無事に終わり、Pさんが迎えに来るのを待つ
別の用事が長引いたらしく少し時間がかかるようだ

Pさんが迎えに来るという事でスタッフさん達は先に帰り
今は沙紀ちゃんと二人で時間を潰している

「忍の故郷もこんな感じなんっすか?」

「ううん、こんな風景はあんまりないかな」

一番近い県に住んでいたが
実は北海道にはあまり来た事が無い

特別行く用事があるかと言われれば無かったし……


暖かな春の午後
一本の道路以外は見渡す限りの緑が広がっている

空気はとても澄んでいて、
どこか懐かしい感じが嬉しくて深呼吸をする

「少し歩く?」

沙紀ちゃんが唐突に聞いてくる

「えっ? でもPさんが迎えに……」

「こんな道じゃ、少し進んだ場所に居ても誤差の範囲っすよ」

そう言いながら、凄く楽しそうに笑う
もっといろんな場所から景色を見てみたいらしい

実はアタシも少し歩きたいなって思っていたので
思わず良いよと答えてしまう


「忍はグラフィティアートとか興味ある?」

「アタシはそういうのはよくわからないから……」

「面白いよ?」

沙紀ちゃんと話しながらのんびりと歩く
涼しい風が頬をなでる

「沙紀ちゃんの服がいつも汚れてるのはそのグラフィティアートのせい?」

「そ、ペンキを使うの。ラクガキじゃないよ」

鼻歌を歌いながら上機嫌な沙紀ちゃん
今見ている風景を早く描いてみたくて仕方が無い、そんな感じだ

「アートは感性が育つんすよ!」

感性か……
そういう天性の才能みたいなものってアタシには何かあるのかな……


「そう言えば、今日一緒だったアイドルの人って引退するんっすね」

「うん、そうだね。これが最後の仕事みたい」

ふと、今日の仕事の話になる

「忍は知ってたんすか?」

「ううん、アタシも今日初めて聞いたよ」

そうだ、今日一緒にお仕事をしたアイドル
1年程前からメディアに出始めたが、今回の仕事を最後に引退

人気は結構あったはずなのに、
彼女は突然の辞めると言いだしたらしい


面識は無かったが話す機会があったので
思いきって聞いてみた

何で、引退するんですか? と

すると彼女は少し影を落とした表情で
この世界に疲れてしまったと呟いた

「疲れたねぇ、なんかあったんっすかね?」

沙紀ちゃんはよくわからないとぼやいているが
アタシには何となくその気持ちが理解できた


アイドルになって輝く舞台に立つ事が出来る人も居れば
できない人もいる

それでもいつかきっと自分に
スポットライトが当たる事を信じてみんな頑張っている

しかし、それは約束された物じゃない

いつトップアイドルになれるかなんて誰もわからないのだ

いつまで続くかわからない道に
疲れ果ててしまう人がいるのも仕方のない事だろう

アタシもいつかそう思ってしまう時が来るのかな?

彼女の暗い影を落とした表情は
どこか他人事のように見えなくてアタシは少し沈んでいた


コツン

「なーに暗い顔してんっすか、忍らしくないよ」

小突かれてハッとする
いつの間にか考え込んでしまっていたようだ

「どうせ自分もいつかあんな風に、とか考えてたんじゃないんっすか?」

考えてる事まで全て見抜かれてしまっていたようだ

「うん……」

隠し事はできそうにないので正直に答える

そんなアタシを見て沙紀ちゃんは
ヤレヤレといった顔をしてポツリポツリと呟き始めた


「ま、忍の考えてる事はアタシや伊吹も考えた事あるけどね」

いきなりの告白に目をパチクリとさせてしまう

失礼な話だけど意外だった、
沙紀ちゃんや伊吹ちゃんも考えた事はあったんだ

「結局のとこ、なんのためにアイドルをやってるかってことじゃないっすか?」

「えっ?」

「トップになるのが目的ってのも間違っちゃいないっすけどね」

そう言いながら沙紀ちゃんは少し遠くを見つめいた


「忍はアタシがなんでアートが好きかわかる?」

フルフルと首を振る

「アタシは最初から自分を表現したくて絵を描いてたんだなーって!」

「表現……?」

「そ、アートもアイドルも自己表現が大事っすね!」

未だに良くわかっていないアタシに続けて言う

「今はそれだけがアタシの全てっすよ!」

「このままもっと皆にアタシを知ってもらおっかなって!」

両手を広げて笑顔で言う沙紀ちゃん
その笑顔はとても眩しくて一面の緑の中に花が咲いたようだった


あぁ、そうだったな……

アイドルとしてお仕事をして
ファンが少しづつだけど増えて行って
今日みたいに大きな仕事もできるようになった

でも、いつの間にかアタシはそれで良いと思っていたのかもしれない

言われるままに仕事を続けていつかトップアイドルになる
間違ってはいないけどそこに自分の意志を無かったな……

アタシ、アイドルになれたからって満足しちゃってたかもしれない……
けどまだまだだった!

アタシはもちろんトップアイドルになるつもりだ
でも、それは結果であってそのためにアイドルになりたかったわけじゃない

大きく伸びをして気持ちを改める
迷う事なんて最初からなかったんだ


「沙紀ちゃん! ありがとっ!」

笑顔でお礼言うアタシに
沙紀ちゃんは嬉しそうに「何もしてないっすよ」と答えた

「で、忍はなんでアイドルになって何がしたいんっすか?」

改めて沙紀ちゃんはアタシに聞いてくる

「へへっ、アタシも晴れてアイドルになれたってことで♪」

「アタシを一人前にしてくれたPさんに恩返しをしてあげなきゃね!」

「やっぱりアタシがトップアイドルになるのが一番の恩返し……かな?」

アタシは迷うことなくハッキリと答える

そう、アタシはファンの皆のために
そして、アタシを応援してくれる人達のためにアイドルを続けているんだ

例えそれがどんな道だろうと弱音なんて吐いてられない


再び二人でのんびりと歩きだす

「風が気持ちいいっすねー」

「うん、何だか久しぶりだから嬉しいな! こういうの!」

沙紀ちゃんと二人、他愛も無い話をしながら進む

「おっ、そうだ。忍もやってみる?」

そういうと沙紀ちゃんは鞄の中からスケッチブックを取り出した

「あ、アタシ、絵は上手くないよ!」

慌てて手を振る
スケッチなんて学校でちょっとやったくらいだ

「別に上手い下手はどうでもいいっすよ、自分が見えた物を描けば」

着々と準備を始めてもうすっかりとやる気満々だ

「ま、アタシも風景画はそんなに得意じゃないっすからね」

沙紀ちゃんに言われてもあんまりフォローにはならないけど
もうやらないわけにはいかなさそうだ……


風景画なんて描いたのはいつ以来だろう
周りには何もないから描きやすいと言えば描きやすいのかな……

そんな事を考えながら石の上に腰を下ろして鉛筆を走らせる

「へぇー、忍って左利きなんっすね」

「へ、変かな……?」

「いや、そういやいっつも左手使ってたなって」

雑談をしながら周りの風景をスケッチブックに納めていく
何となくは描いているものの、やっぱり難しくて鉛筆の進む速度は遅い

沙紀ちゃんは手慣れたもので、
話をしながらもサラサラと描いている

チラリと覗いてみたがとても風景画が得意じゃないとは見えないレベルだ


「よ、よしっ! できたかな!」

何度も消しゴムで消したりしたけど
何とか上手く描けたんじゃないかな!

最初は戸惑っていたものの
描き始めると楽しくて、気がつけば一心不乱に描いていた

「見せてもらっていいっすか?」

とっくに描き終えていた沙紀ちゃんとお互いのスケッチブックを交換する


「うわっ! すごっ!」

パッと見ただけなのに驚いた
沙紀ちゃんのスケッチブックには目に見える景色が写真のように描かれていた

これも才能なんだろうな……

「……忍ってA型?」

アタシの絵を見ていた沙紀ちゃんが唐突に呟く

「えっ? そうだけど……」

「やっぱりね、細かい所までちゃんと描こうってのが良く伝わってくるっすね」

さっきから真剣な目でアタシの絵を見ている
そ、そんなに見られると恥ずかしいんだけどな……


「ま、血液型で人の性格は決めたくないけどね」

「良い絵だと思うっすよ。久しぶりって言ってた割には良く描けてるね」

沙紀ちゃんは感心したような顔でアタシの絵を褒めてくれる

「沙紀ちゃんの絵に比べたら全然だよ!」

手を振りながら否定はするが、アタシの絵を褒めるのを止めない

「例えばこの石とか、この木の数とかアタシはちゃんと描いて無いからね」

「こんな風にしっかりと再現しようとする力はアタシには無いっすね」

「へへっ、人の描いた絵も色んな発見ができて面白いっすね」

楽しそうに絵を見続ける沙紀ちゃん
つられてアタシも楽しくなってしまう


「良かったら忍も今度ストリートアートやってみるっすか?」

「そ、そんなアタシには無理だよ!」

突然の誘いに慌てて返事をしてしまう
流石に沙紀ちゃんのような絵を描ける自信が無い

「アタシにはそんな才能なんて無いし……」

「関係ないっすよ、そんなの」

沙紀ちゃんはアタシをじっと見つめて続けて言う

「それに、忍には誰にも負けない才能があるじゃないっすか?」

「……才能?」

「そ、努力する才能」

その言葉を聞いた瞬間……
アタシは胸の奥が少し熱くなったような気がした……

こんな何の特徴も無いアタシを認めてくれて様な気がして


「さ、そろそろ行くとするっすか」

沙紀ちゃんが立ちあがって大きく伸びをする

「えっ? どこに行くの?」

疑問符を浮かべるアタシに
沙紀ちゃんはクールに笑いながら答える

「知らない、真っ直ぐ進んで行けば何かあるんじゃないっすか?」

「うん! そうだね!」

アタシも笑顔で返事をする

Pさん、アタシねこのお仕事ができて本当に良かったよ!

ふと、ポケットの中で携帯が震えてるのに気付き取り出す

「ん? どうしたんっすか?」

「……Pさんからメール、もう少しで着くって!」

どこまでも続く緑の道の中を歩く
その先にはきっと素敵な景色が待っている事を信じて


ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

灰赤橙黄緑青藍紫白の順で話を書いているので
今回で半分くらいです

今日はここまでにして、続きはまた近々投下します

沙紀ちゃん出てきて俺歓喜


■Under the dazzling blue

照りつける日差しが眩しい真夏
沢山の学生達が楽しそうに騒いでいる

「学園祭に呼ばれるなんて、アタシの知名度も上がってきたのかな!」

「ははっ、忍は調子いいな」

「あっ、冗談だよ! もちろんPさんのおかげってことは分かってるって!」

「そう言ってもらえるとありがたいよ」

「へへっ! LIVE成功させるぞっ!」

アタシとPさんは学園祭のお仕事に来ていた

仕事内容は午後に行われるミニライブイベント

伊吹ちゃんと沙紀ちゃん
そして、この学校のダンス部のみんなと行うライブだ
記念すべきアタシの初ライブでもある


「本番まで気は抜けないね!」

アタシは初めてのステージに興奮状態だった

「仕事内容は理解していると思うけど、もう一回言っとくよ」

「ライブの時間までは学園祭を楽しみつつ宣伝をしてくれれば良い」

「開始の1時間前には会場に集まる事だけは忘れないでくれ」

Pサンからの説明を聞く限りはライブ以外は特に難しい事はなさそうだ
ライブに沢山人が来てくれるようにしっかり宣伝しないとね!


「んん……あっつ! でも美味しー!」

「このソワソワした感じ、いいっすね!」

まだ来たばっかりなのに既にフランクフルトを食べている伊吹ちゃん
楽しそうにキョロキョロと周りを眺めている沙紀ちゃん

「飲食は好きにしてくれて良いけど食べ過ぎるなよ?」

「ついつい食べちゃうよねー!」

マイペースな伊吹ちゃんにPさんはやれやれと言った感じだ

「よーし宣伝行ってくるよ! Pさんも一緒に行く?」

「俺はお偉いさんに挨拶があるから後で合流するよ」

この日のために宣伝用ボードとメガホンを用意したんだ
宣伝する準備はバッチリだった


[学園祭]工藤忍(16)
http://i.imgur.com/7mLUKyS.jpg

[学園祭]小松伊吹(19)
http://i.imgur.com/1LkAoZQ.jpg

[学園祭]吉岡沙紀(17)
http://i.imgur.com/vdexBPs.jpg


「ダンス部コラボ、見てねーっ!」

メガホンを使い、沢山の人に聞いてもらえるように声を出す

「へへっ、忍ちんがいると楽で良いね〜」

ひとまずグループで行動しようという事で
アタシは伊吹ちゃんと一緒に回っていた

「伊吹ちゃんは宣伝しないの?」

「大丈夫、宣伝はちゃんとやってるし!」

そう言いながらヒラヒラと手に持ったチラシを見せてくれた
なるほど、そんな手があったんだなぁ……

相変わらず伊吹ちゃんの要領の良さには感心する


「にしても、まさか制服まで用意してくれるとはねー」

楽しそうにクルクルと回る伊吹ちゃん

「アタシは久々に着るから嬉しいかな!」

そんな姿をみて改めて思い出す
中退したアタシと違って伊吹ちゃんは19歳だ
とっくの昔に高校なんて卒業している

「ん? どしたの?」

「いや……そう言えば伊吹ちゃんって年上だったんだなぁって」

「へへっ! まだまだJKでもいけるでしょ!」

確かに高校生と言われたら納得してしまうほど馴染んでいた


「伊吹ちゃんの学校でも学園祭はあったの?」

「学園祭ねー……フケて踊ってたなぁ」

張り切って準備をしていた沙紀ちゃんとは対照的に
めんどくさいのは嫌いだからねと伊吹ちゃんは苦笑していた

そういうものなのかな?

アタシは学園祭が初めてだったので凄くワクワクしていた

「それより忍ちんも何か食べないの?」

「焼きそば、焼きそばを食べる!」

色々な出店の良い匂いにつられてついつい食べてしまう

宣伝も大事だけれど、しっかりと楽しまなきゃね!


「このあとダンスLIVE、やるっすよ! 来てよね!」

「お願いしまーす!」

伊吹ちゃんと一通り回った後
今度は沙紀ちゃんと一緒に宣伝をする

「へへっ、みんな来てくれそうで嬉しいな……看板描いて良かったっ!」

「さ、沙紀ちゃんの看板凄いね……」

「でもこんな小さな看板じゃアタシを表現しきれないっすよ」

アタシのボードとは違って
沙紀ちゃんお手製の看板はプロが描いたようなセンスの溢れる物だ

しかし、沙紀ちゃんは少し納得の行っていない表情だ
もっと大きな看板にすればよかったとぼやいている


「沙紀ちゃんはジャージで暑くないの?」

一人だけジャージを着ている沙紀ちゃんに
さっきから思っていた疑問を聞いてみる

「動きやすさが一番のポイントっ!」

「沙紀ちゃんは学校でもジャージなの?」

「ま、そっすね。制服を汚すわけにはいかないし」

なるほど、と納得してしまう
沙紀ちゃんって学校帰りにアートとかしてそうだし……

「まぁ、呼び込み格好は関係ないかな、ここはバシッと成功させるっすよ!」

「うん!」

再び二人で宣伝を始める
評判は上々のようでライブには多くの人が来てくれそうだ


「た、食べすぎてダンスが……」

「何やってんだ……」

いけない、はしゃぎすぎて少し食べ過ぎたみたいだ……

本番前の練習で少し踊ってみると脇腹に軽い痛みが走る
そんなアタシをみてPさんはあきれ顔だ

「学園祭といえば……出店だよね!」

「この学校は学園祭にかなり力を入れているみたいだな」

Pさんと二人、少し遠くから学園祭を眺める
多くの来場者や学生達が犇めきあいとても盛況のようだ


「…………」

「なんだ、懐かしくなったのか?」

「……うん」

少しボーッとしていたアタシの心を読み取ったかのようなPさん

アタシは高校生になってすぐ上京してきたので学園祭は未経験だ

この道を選ばなければアタシも学生をやっていたんだろうな……

今の自分に後悔はしているわけは無いけど
そんな風に考えるとどこか寂しい気持ちになる


「まぁ、忍にとってはこれが初めての学園祭だな」

「えっ?」

「だって、忍はイベントに出るじゃないか」

違うか? と聞いてくるPさん

そっか、今はアタシも学園祭を盛り上げる側の人間なんだ

「へへっ、学祭も見る方からやる方に変わったって訳だね!」

「調子の良いな」

すぐに気持ちが切り替わったアタシを見て笑うPさん

でも、ありがとっ!
Pさんのおかげでアタシも楽しめそうだよっ!

「よーし、やるぞーっ!」

頑張ろう、アタシの初ライブはもうすぐだ


「へへっ、いよいよ本番だね!」

「新しい衣装の方は大丈夫そうか?」

「うん! 凄く良い感じだよ!」

この日のために用意された衣装に身を包み
あと少しで始まるステージに備える

ピンクと白をベースに
各所にハートがついているとっても可愛い衣装だ

「初めてのライブで緊張するだろうけど、いつも通りに行けば大丈夫だからな」

「Pさんが育てたアイドルの雄姿だよ、ちゃんと見てよ♪」

Pさんは心配していたが、今のアタシは緊張とは無縁だ

長い間、夢見ていたステージに立つ事ができる
早くライブを始めたくてうずうずしていた


「じゃ、本番いくっすよ!」

沙紀ちゃんがステージに向かって駆け出す

「学園祭でLIVEなんてアイドルって感じだよね! アタシも気合い入れなくちゃ!」

続けて伊吹ちゃんも走りだす

「頑張ってこいよ、忍」

「へへっ、いよいよ本番だね!」

「みんなで一致団結して、最高のステージで最高の盛り上がりにしちゃうんだ♪」

「今までの練習の成果バッチリ披露してくるから目を離しちゃダメだよ、Pさん!!」

「あぁ、しっかりと見させてもらうよ」

笑顔で見送ってくれるPさんを背にアタシもステージに向かって駆け出す

アタシ、頑張ってくるからね!


[学園祭]工藤忍(16)
http://i.imgur.com/lVYVHDd.jpg

[学園祭]小松伊吹(19)
http://i.imgur.com/oIMQHeP.jpg

[学園祭]吉岡沙紀(17)
http://i.imgur.com/34HlsGS.jpg


ステージに立つ

多くの人の歓声が聞こえる

運動場に集まる大勢の人達

そこから見える光景はとても言葉では表せないものだった

感動? 興奮? よくわからない気持ちがアタシの中を渦巻く

「アタシたちを知ってほしいっす!」

「もっとアゲてこうぜ! でなきゃ楽しくないっしょ!」

開始の挨拶とともに伊吹ちゃんと沙紀ちゃんが叫ぶ

アタシは未だに固まったままだった


「忍?」

「忍ちん?」

反応のないアタシに二人が声をかけてくれる

トクン……

 トクン……

  トクン……

心臓が早鐘のように鳴っているのが自分でもわかる

ずっと憧れてきたアイドルにアタシはなれたかな?

まだ答えは出そうにない

でも、アタシが今立っている場所は紛れもなくアイドルのステージだ


「よーし!皆でがんばるぞーっ!」

お腹の底から大声を出す

伊吹ちゃんと沙紀ちゃんはアタシの大声に驚いた顔をしていたけど
すぐに笑顔に戻り「もちろん!」と返してくれた

全力でやろう、今の持てる全てを出すんだ!

ねぇ、Pさん? アタシ……輝いてる?


「はーっ……学園祭LIVE、成功してよかった……」

ライブは大盛況に終わり
アタシはPさんと二人でベンチに腰を下ろしていた

「良い初ライブだったよ、よく頑張ったな」

「ダンスもLIVEも、皆とやれば最高に楽しいね! Pさん!」

受け取ったタオルで汗を拭きながらライブの余韻に浸る

未だに興奮で身体が震えて
しばらくは火照りが冷めそうにない


歌って、そして踊っていると
自分が大きな波に乗っているかのような気分だった

何度かミスはしたと思う
でも、そんな事が気にならない程、アタシは夢中になっていた

「ねぇ……」

「どうした?」

「このお仕事、私にとっては大事な一歩になった気がするよ! Pさんっ♪」

笑顔で喜ぶアタシにPさんも笑顔で「そっか」と答えてくれる


午後を少し過ぎても日差しは強いままの快晴の一日

スポーツドリンクを飲みながら青空を見上げる

「にしても今日は暑いな……」

「へへっ、日射病に気をつけてね?」

「俺よりも忍の方が注意しとけよ」

Pさんは心配していたけど
アタシにはこの焼けるような日差しが心地よかった


「ね、Pさん……」

「どうしたんだ?」

「アタシ、またライブがしたい」

じっと……真剣な目でPさんを見つめる
そんな真剣な気持ちが通じたのかPさんは真面目な顔で答えてくれた

「あぁ、これからはライブも仕事に入れていこう」

「……Pさん、ダンスレッスンして! 皆に負けたくないもん!」

「まったく、元気だな……」

「練習するんだ! もっともっと!」

眩い青空の下で誓う
アタシは強く輝いていきたいと


ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

後3回分、細々と書いていきます

今日はここまでにして、続きはまた近々投下します

おつ 楽しみにしてる


■Thoughts of indigo blue

少し寒さが出始めてきた11月
Pさんと二人、新幹線で青森に向かっていた

アイドルになって1年
契約更新のためにアタシの実家に向かうためだ

「それにしても今日はずいぶんとオシャレしてきたんだな」

「に、似合ってるかな?」

いつもとは違うアタシの格好に
Pさんが興味を持ったように言ってくれた

これを着たら可愛いだろうなと思って自分なりに選んだ服
誕生日にお母さんからもらったリボン

思い切って精一杯のオシャレをしてみたけど
アタシ自身が未だに自分の格好に慣れずに緊張していた


「実はオフに新しい服を買ってみたの!」

「周りの子たちはみんなオシャレだし、アタシだって可愛くなりたいなって」

「もっともっと、アイドルとしても、普通の時のアタシでも可愛くなりたいんだ!」

沈黙が怖くてベラベラと喋ってしまう
多分、顔を真っ赤にしながらあたふたとしているように見えているだろう

「なるほどね……」

持っていた缶コーヒーを飲みながら
Pさんはアタシの話を聞いている

さっきから特に反応はない

「……どう、かな……?」

どう思ってくれているんだろう?

興味無いのかな?

納得するんじゃなくて、感想を言って欲しい


工藤忍(16)
http://i.imgur.com/j9VAUZ1.jpg


「オシャレってまだよく分からなくて……へ、変じゃないよね?」

そんなPさんの態度に我慢できなくなったのか
それとも少しでも良いから認めて欲しかったのか

気がつけばストレートに質問を投げかけていた

「……良いんじゃないか、似合ってるよ」

少し考えるような仕草をした後、
ふっと、優しく笑ってPさんが答えてくれた


「そのリボンは自分で買ったのか?」

「このリボンは……あの、その…… 」

「可愛いリボンだな」

続けざまの言葉に答えられず、今度はアタシが沈黙してしまった

アタシの1番お気に入りのリボン
人前で着けるのは今回が初めてだ

その事に気づいてくれたのが、素直に可愛いと言って貰えたのが嬉しくて
アタシははにかんで「うん」と頷く事しかできなかった


新幹線は凄く早い速度で走り続ける

見慣れた光景が窓の外を流れている
暖房が少し暑いのも相変わらず……

実家には何度か帰省しているけど
今は帰省シーズンじゃ無いので人は少なかった

「その服も新しく買ったのか?」

「うん、1人で買い物に行くの、ちょっとドキドキしたよ。まだ慣れないな」

着ていたピンク色のセーターの袖を掴む

これを買いに行った時に店員にあれこれ言われ
ドギマギしたのを思い出し苦笑しながら答える


『まもなく、新青森……』

「着いたか」

Pさんは荷物を下ろし始める
1泊2日なので小さめのトランク

アタシは実家に泊るのでバッグ一つで充分だった
Pさんはホテルに泊まるらしく色々持ってきたらしい

とは言っても相変わらずのスーツ姿だけど……

Pさんっての私服ってどんなのなんだろ?

「どうかしたのか?」

じっと見つめていたアタシを怪訝に思ったのか
Pさんは不思議そうな顔で聞いてきた

「ううん、なんでもない」

今まであんまり考えた事無かったけど少し面白いな……


「さむっ!」

「今日はいつもより冷えるね」

目的地の駅を出ると少し早い雪景色が広がっていた
Pさんは白い息を吐きながら寒そうに身を震わせている

「忍は大丈夫なのか?」

「ふふ、意外と暖かいんだよっ♪」

アタシにとってはそれほどでも無いけどPさんにはキツいみたいだ

電車で充分温もった身体に
この寒さがまだ対応できていないのだろう


「まだこんな時間か……」

実家に行くといった時間まで結構余裕はある
腕時計を見ながらPさんがぼやく

「どこかで時間を潰そう」

「あっ、それなら寄りたい所があるんだ!」

まさかアタシから提案があるとは思っていなかったのか
Pさんは少し驚いた顔で「どこかあるのか?」と聞いてくる

「へへっ、それは行ってからのお楽しみかな」

「ここから歩いていけるから大丈夫だよ」

笑顔で答えるアタシと未だに状況が飲み込めていないPさん

今まで怖くて行けなかった場所だけど……
今なら大丈夫、そんな気がしたんだ


「へぇ……ここがそうなのか」

昼休み、多くの学生達
楽しそうに笑い合う光景をフェンス越しにPさんと眺める

そう、ここはアタシが通っていた高校……

「どうしてここに?」

「少し、みんなの顔を見てみたくなったんだ……」

何度も行く機会はあったのだけど
どうしても決心がつかなかった

アタシの事を覚えてくれているだろうか?

みんなは今のアタシを見てどう思うのだろうか?

それを聞くのがとても怖かった


「あっ……」

「どうした?」

「ううん……」

偶然見つけてしまった一人の女の子
アタシと一番仲が良かった子だ……

楽しそうに知らない子達と歩いている

アタシがアイドルになっていなければ
隣を歩いていたのはアタシだったのだろうか?

この町を飛び出した時に誓った気持ちに嘘は無い

今、アイドルを精一杯やる気持ちにも嘘は無い

でも、こうした昔を惜しむ気持ちがまだ消えずに燻っていた

アタシ、何やってんだろうな……
未だにこんな気持ちを持ったままアイドルを続けてるなんて……


「Pさん、ごめんね……アタシ」

ボーッと校舎を眺めていたPさんに謝罪の言葉を投げかける

何に謝っているのだろう?
それすらも理解できないままだった……

「……良いんじゃないか」

「えっ?」

「普通と違う道を歩いてるんだ」

「…………」

「不安になって後ろを振り返る事もあるさ……」

「うん、ありがと……」

二人で校舎を眺める
この気持ちともいつかは決別しないといけないな……


それから喫茶店で時間を潰した後
予定通り実家に向かい契約更新を済ませた

Pさんの事は何度も話していたので
お母さんとお父さんは好意的に接してくれ
Pさんも話しやすくて助かったと言っていていた

終始良い雰囲気で話は終わり
お母さんは最後に頭を深く下げてPさんに感謝していた

娘を宜しくお願いしますと……

何だか結婚の話みたいだなと少し可笑しくなったけど
不思議と嫌な感じはしなかった


「うーん!」

久しぶりに戻ってきた自分の部屋で身体を伸ばす

アタシが出て行った時から何も変わっていない

でも、お母さんがこまめに掃除してくれているので
部屋は埃が被っている事も無く綺麗に保たれていた

ベッドに腰を下ろして、部屋を眺める

几帳面に並べてあるオマケのコレクション

お気に入りの少女漫画が詰まった本棚

小さなテレビによく勉強をした机

あの時から何も変わっていない


ふと、引き出しを開け中に入っていたアルバムを取り出す

今までこのアルバムは開けなかった
見てしまうとアタシはきっと後悔してしまうだろうから

少し躊躇した後、思い切ってページをめくる

パラ パラ パラ

どのページにも楽しそうに笑うアタシと友達の写真が貼られている

一緒の高校に行こうって言ったのに
アタシの方が約束を破っちゃったな……

みんなはアタシの事を許してくれるだろうか?

上京してから地元の友達とは一度も連絡は取っていない
アタシから連絡をする勇気が無かったからだ


一通りアルバムに目を通した後に
軽いため息をついてベッドに寝転がる

アイドルになって1年
トップにはまだまだ遠いけど色んな仕事をする機会も増えてきた

Pさんはいつか全国ネットに出る日も近いなと言っていた

お母さん達は楽しみにしてくれている

でも、友達はどうなんだろうか?

枕に顔をうずめて、みんなの顔を思い浮かべる……

もう、今日は寝よう……
考えすぎて仕事に響くのも良くないな

色々あって少し疲れていたアタシはすぐに眠りに就けそうだった


翌日、駅の前でPさんと二人で雪景色を眺めていた

電車の予定時間まで時間がある
余裕をもったスケジュールを組んでいたので
こうしてのんびりできる時間は沢山あった

「いつもこんなに雪が降るのか?」

「時期によるよ……でも大体はこんな感じかな」

「へぇ……綺麗だな」

「でも、やっぱり降りすぎると大変だよ」

「だろうな、この分だとよく積もりそうだな」

いつか、見て欲しいと思っていた雪景色

真っ白な空から牡丹雪が舞い落ちてくる
目の前には白い世界が広がっている

何度も見た故郷の景色にアタシも目を奪われていた

Pさんはそんな景色が嬉しいのか楽しそうに話をしてくれる


「やっぱり俺にはこの寒さはまだ慣れないな」

「大丈夫?」

「これくらいかな?」

「うわっ! 冷たっ!」

そっと、差し出されたPさんの手は驚くほど冷えていた

まいったな、そんな表情をしながら
自動販売機で買った温かいコーヒーで手を温めている

買ってもらった温かいお茶で手を温める

でもアタシはそれ程冷えてはいないのだけど……


「……さて、そろそろ行こうか」

「うん……」

電車の時間が近づいてきたので駅のホームに向かう

またしばらくお別れだな

結局、今回も何も言えないままだった

少し俯いたままアタシは歩きだす

さようなら……

誰に言うわけでもなく心の中で呟く


忍!!

ふと、誰かに呼び止められる

振り向いたアタシの目に映ったのは
昨日アルバムで何度も見た友達のみんなだった

驚いた顔のPさんとアタシ

何でここに……?

未だに状況を理解できいないアタシの背中をポンと叩いて
Pさんは行ってこいよと後押ししてくれた

アタシは少し戸惑った後、力強くうなずき駈け出す


久々の再会に抱き合って喜びを分かち合う

みんなが集まってくれたのは
お母さんが連絡してくれたおかげだったみたいだ

 何で連絡してくれなかったの?

と、口を尖らせるみんなにアタシは笑顔でごめんねと謝っていた

良かった……
忘れられてたわけでも嫌われたわけでも無かったんだ……
アタシが一人で勘違いしてただけなんだ……

アタシを取り囲み口々に優しい言葉を投げかけてくれる

 ちゃんと夢がかなったんだね!

 東京でもしっかり頑張りなよ!

 たまには連絡してよ!

アタシはちゃんとした言葉が出なくて
うん、うんと頷くしかできなかった……

ありがとう、アタシ頑張るから……!


『まもなく、出発します……』

「…………」

帰りの新幹線の中、アタシは窓の外をボーッと見つめている
隣には少し眠そうな顔のPさん

帰ってきて良かったな……
久々に会えたみんなの顔を思い出し不思議と笑顔がこぼれる

やがて新幹線が走りだし故郷が少しづつ離れて行く

また明日から忙しい日々が始まる
みんなにも届くように立派なアイドルになるんだ

そんな想いを胸に徐々に遠ざかっていく風景を眺める


「そういや、そのリボン今日も付けてるな。気に入ってるのか?」

昨日から気になっていたらしく、
アタシのリボンを見つめながら聞いてくる

「実はこのリボン、お母さんが贈ってくれたの。アイドル頑張れって……」

「そうだったのか……」

「アタシね……」

「ん?」

「Pさんのおかげで、少しづつ夢が叶ってるんだ……!」

そう言って二人で笑い合う

とても優しい人達に囲まれて、アタシは本当に幸せだった

今は少し寂しいけど、きっと大丈夫だから……


「忍? どうしたんだ?」

ふと、Pさんが驚いた顔でアタシの事を見ている

どうしたんだろう?

Pさんが何に驚いているのか理解できていなかった

ツー

冷たい感触が頬を伝う
そこで初めて気がついた

アタシ……泣いてる……?


「あ、あれっ?」

急に流れ出した涙に驚いて拭う
しかし、いくら拭っても涙はとめどなく溢れる

「大丈夫か?」

Pさんが心配そうに声をかけてくれるけど上手く返事ができない

悲しいのかな?

そういうわけじゃない

嬉しいのかな?

それも違うと思う

今、流れ続ける涙の理由は分からなかった


「Pさん……アタシ……アタシ」

必死に声を絞り出すけど
それもちゃんとした言葉にはなってなかった

Pさんは慌ててハンカチを手渡してくれる

アタシはハンカチに顔をうずめて泣き続けた

最初は嗚咽を繰り返すだけだが
いつしか声をあげて泣きじゃくっていた

そんなアタシに驚く事無く
Pさんは優しく背中をさすり続けていてくれた

「落ち着くまで、好きなだけ泣けば良い」

「うん……うん……」

心に芽生えた
まだ青空のようにハッキリとしたものじゃないこの藍色の想いが
いつかきっと晴れる時がくるのだろうか


ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

眠いのでここまで

今日はここまでにして、続きはまた近々投下します

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