勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」 2スレ目 (391)

勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」の2スレ目です。
彼らの物語にもう少しおつきあいください。

前スレ

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―――――――――――――――――――――――――

 アルプが死んだ。

 彼女の首を刎ねた兵士の視界は共有されている。それを通して、わしには光景が見える。
 全ての兵士はわしと魔術的に感覚を共有していた。流れ込む膨大な情報に神経が焼かれている。倒れないのが不思議なくらいの明滅が常に脳内で繰り広げられている。

 そして、兵士たちもわしの感覚を、思考を、共有している。彼らは全ての情報を知っていた。なぜこのようなことになっているのか。世界がいまどのような状況になっているのか。
 彼らが戦うのは決してわしのためではない。この呪文はあくまで蘇生、召喚の類であって、操作ではないのだ。それがルニとの最大の違いである。

 彼らは現状を知って、そして自らの意志で戦っている。人間には計り知れない、人間とは相容れない存在を打倒するために。


クレイア「し、しょう」

 倒れ伏している弟子が呟いた。最早彼女の眼は見えていない。重力に逆らう体力もない。いつ死んでもおかしくないのに、依然として小康を保っているのは、ひとえに気力のおかげだろう。
 彼女が死ねばこの空間は解ける。この空間が解ければ、蘇生も意味をなさない。
 何もかもを擲って、明日の命もいらないと、クレイアは陣地を構築し続けている。

グローテ「アルプは死んだ――!?」

 言いかけて、眼を見張る。

 光の柱が屹立していた。
 ちょうどアルプが死んだ場所、そっくりそのままである。
 
 ぞわりと脳髄に手が伸ばされかけて、すんでのところで精神共有を打ち切った。

 思わず体を半歩引いてしまう。
 伸ばされかけた手、つながった精神を介して迫ってきた精神汚染の残滓が脳にくすぶっている。動悸が治まらない。よくわからなかったが、それでもわかった。あれはアルプの置き土産だ。
 兵士たちが倒れ伏していくのが数字で分かる。どれだけの数が召喚され、死んで召還されたのか、こればかりは精神を共有していなくてもわかるのだ。

 一一〇〇、一〇五〇、九五〇……まだ、減る!


グローテ「ルニ。ゴダイ。無事か」

 魔術を介して通信する。精神を感応させるのは、流石に恐ろしかった。

ルニ『五体満足であることを無事というなら』

ゴダイ『単刀直入に言う。蝶が飛んでる』

グローテ「蝶?」

ゴダイ『あぁ。そいつが体に止まると発狂して死ぬ。どうしようもねぇな、ありゃ』

ルニ『もう半分くらいが死にましたね。僕の操作も、利きません』

 蚊柱ならぬ蝶柱、か。
 やはり速攻をかけるしかない。時間が経てば明らかに不利だ。わし自身の直観と経験もそう言っているし、何よりルニとゴダイがそういうのでは、信頼性が段違い。

ゴダイ『俺とルニが先頭切って突っ込んでく。ばあさんはサポートを頼んだ。もう後衛はあてにならん』

ルニ『そういう言い方は、ちょっと傷つくんじゃあ、ないですかね』

ゴダイ『そんな余裕も、ねぇぞ!』

ルニ『九尾です』

 短く二人が言って、通信が切断された。

 なるほど、遠くでひときわ大きく炎のあがっている地点がある。光が走り、爆発が起こり、火炎が立ち上る。その繰り返し。
 全部で何度そうなったろうか。十回? 二十回? そうしている間にもカウントはどんどん減っていく。七五〇。七三〇。七〇〇!

 焦燥を感じた。このまま九尾が殺せないかもしれない――というのではない。
 仲間を強敵に突っ込ませたうえで、自らは後ろで見ているだけのこの立ち位置に、だ。
 つまるところわしは指揮官向きではないし、何より魔法使いにすらも向いていないのだと思う。腰を落ち着かせ、気持ちを殺すことが、どうにも不得手だ。それは孫にも受け継がれているように思う。

 爪を噛んだ。異常に長い人差し指の爪。それはまじないだ。人を効率的に殺すための。
 ガンド。指をさして人を殺す、まじない。それを象った人差し指の爪。

 かりかり、かりかり。爪と歯が音を立てる。
 落ち着かない。

 叫び声が聞こえた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 九尾だ。
 空高く力場を踏みしめ、兵士を握り潰し、燃やし、切り刻みながら、咆哮している。


九尾「ろう、ろぶあ、あああああぁっ! ろっ、ろうびゃ、老婆! 貴様!」

九尾「アルプを、アルプをアルプを、あいつを! よくもあいつを!」

九尾「あいつを殺していいのは九尾だけであったのだ!」

 空気を蹴って突っ込んでくる。羽も生やさずに空を飛ぶなど、まるで化け物だ。いや、事実化け物なのだからしょうがないと言えばそれまでだが。

ルニ「させっ、」
ゴダイ「ねぇよっ!?」

 二人が足に縋り付く。途端に射出される火炎弾を、ゴダイの彎刀が間一髪で切り裂いた。
 ルニが力場を形成、二人はそれを蹴って九尾へと躍り掛かる。

九尾「ぬるいわ下種が!」

 真空の刃が、九尾の足を掴んでいた二人の腕を切断した。

ゴダイ「てめぇに言われたかねぇなああああああ!」

 咄嗟にゴダイが九尾の腹へと彎刀を突き刺した。飛び散る血液。九尾は一瞬顔を顰めるが、腹筋に力を入れて刃を砕いて見せる。
 大きく息を吸い込んで、刀の破片を口から吹き出した。


 くぐもった声。地上の兵士たちが頭蓋を撃ち抜かれて即死している。

 九尾の肌には、すでに傷すらない。

ルニ「死ね、下種」

 黒い、魔法的な神経節が、二人の腕を修復している。その腕はいまだ九尾の足へとすがりついていて。

ルニ「この拳と!」
ゴダイ「この刀で!」

九尾「くたばれ虫けら!」

 暴走した魔力が爆発を起こす!

 世界に魔力の光が満ちる。
 炭化していく二人。千切れた肉片に伸びる黒い神経節すらも瞬く間に炭化して、けれど二人は追撃の手を休めない。
 一歩進むごとに一歩分体が炭となろうとも!

老婆「も」

 ういい、やめろ。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。わしがそんなんでどうするのだ。駒をいつくしんで、どうするのだ。なにがしたいのだ。わしは。
 わしは。


 世界を救う。世界を救いたい。世界を救いたかった。
 でも、わしにはそんな力はなくて、だからアルスに夢を見た。希望を抱いた。
 彼のできなかったことが、こんな自分にできるだろうか? 答えは否。それでも、やらなければいけない。義務だ。

 彼は、アルスは、決して諦めなかった。だからわしも諦めない。
 唯一、アルスが目的のために手段を選んだのに対して、わしは手段を選ばないというだけ。
 誰かを不幸にしたとしても、誰かを救えれば。

 死者を再度殺して、国を救えれば。

 アルプの体にルニの手がかかる――炭となった手が形を崩す。
 ゴダイの彎刀はすでに溶けてなくなった。彼はせめてもの特攻として歯をむき出しにし、九尾の毛に覆われた耳を狙う。

 どちらも九尾には効果がない。九尾の制空権は依然九尾のものだった。


 腕の一振りで、ついに二人が地面へと落下していく。
 カウントが二つ減った。

 じゃが、これでいいんだろう!? 二人とも!

 力場の形成――形成――形成! また形成!
 頭が痛い! 割れる! 体液が沸騰する!
 皮膚の内側に引きずり込まれる!

グローテ(保ってくれ、この老体よっ!)

 階段状の、不可視の力場。
 九尾へと至る勝利の階段。

 そこを駆け上る、残り六九三人。

グローテ「頼んだっ……」

コバ「全軍ッ、かかれぇえええええっ!」

 不可視の階段を駆け上って、全員、九尾の命を狙いにいく。
 前衛も、後衛も。みなが一様に。


 九尾とは直線距離にして40メートルを切っている。二人との戦闘、そしてマダンテに意識を集中していた九尾は、そこまでの接敵を許してしまった。
 願わくばそれが敗因となることをっ!

ポルパ「ビュウッ!」

ビュウ「おうともっ!」

 ポルパラピム・サングーストとビュウ・コルビサが真っ先に九尾へと突っ込んでいく。二人の得物は剣。九尾の放つ火球を弾き、もしくは後衛の補助呪文に任せ、一気に切りかかる。

九尾「遅い遅い遅い遅い遅いぞ雑魚どもめ!」

 九尾の姿が消える。
 空間転移の先は二人の真上。ぎらりと光る、身体強化されたその爪の硬度は、鉄すらもたやすく引き裂く。
 振り下ろされる。


 槍が投擲された。
 反射的に九尾はそちらを迎撃、空中で体勢を崩したところを火炎弾の驟雨が襲う。
 障壁で大したダメージは与えられなかったが、その隙をついてポルパとビュウは九尾の左手首を切り落とす。

 やはり真っ赤な血液が噴いた。

ルドッカ「突っ込み過ぎでしょ、馬鹿!」

 ルドッカ・ガイマンが叫ぶ。その間にも兵士たちは九尾へと剣を、槍を、儀仗を突き出していく。

九尾「イオナズン! イオナズン! イオナズン! ベホマ!」

 数度の爆裂の後、九尾の出血が治まる。しかし手首が再生することはない。それはすでに治癒の範囲を超えている。
 今の爆裂で十三人が死んだ。残り六八〇人。


九尾「くそ、人間のくせに、わらわらわらわらっ! 蟻なら蟻らしく地べたを這いつくばっていればいいものを!」

ハーバンマーン「狙えぇっ……撃てぇっ!」

 ハーバンマーン・ホンクの号令とともに、儀仗兵が一斉にマヒャドを唱えた。城一つほどの氷塊が空中に生まれ、鋭利な破片に破砕しながら吹雪となって九尾を襲う。

 九尾は咄嗟にフバーハを張るが、反面肉弾までの対処が遅れた。向けられる幾本もの刃をぎりぎりで回避するものの、兵士たちを割って突進してきた騎馬――コバの長槍を止めることはできない。

 九尾の腹を長槍が突く。

 ごぶり、と九尾が血を吐いた。

九尾「――――」

 おおよそ聞き取れない呪詛も、吐いた。


ジャライバ「緊急術式起動――!」

 ジャライバ・ムチンの反応は早かった。号令とともに、幾度も繰り返された動きなのだろう、部隊の全員が懐から符を取り出して、それを一息に破る。
 防御障壁を閉じ込めた、詠唱破棄の符だ。

 暴走した魔力が爆発を起こす!

 光。
 莫大な魔力の放出。コンマの差で生成された障壁一一四人分が瞬時に溶かされ、兵士のカウントが一気に三ケタ減る。
 残り五二九人。

 おかしかった。なぜ九尾はマダンテを連続で放てるのか。魔力を回復する隙などないはずだし、ここはわしらの空間で、魔力を分解吸収などの芸当はできないはずだった。

クレイア「魔力源、わかり、ます」

 それまで倒れ伏していたクレイアが、震える指で九尾を指さした。

クレイア「尻尾、です。九尾。最初は、六本、でした。あの、塔で、会ったとき」

クレイア「今は、四……よん、ほん。二本減って……マダンテで減った分、補って、だから……」


 つまり、最大であと四発のマダンテがやってくる。
 そして、それに耐えれば勝てる。

 ……勝てる?
 マダンテに、耐えられる?

 そんなことは有り得なかった。儀仗兵が緊急時用の防御障壁を総動員したうえで、百人以上が死んだあの威力を、あと四発。それはあまりにも、あまりにも現実的ではない。
 しかも次弾以降を防ぐ術はないのだ。至近距離での魔力の波動を軽減する術は彼らには備わっていない。頼れるのは数だけで、それも今や……。

 頭を振った。冷静に、冷徹に、それは当然求められるものであるが、それが諦めに繋がっては元も子もない。どうせ逃げる先もないのだから。

 九尾も――今や四尾であるが――全てを消費したくはないだろう。そして、魔力は何もマダンテだけに使用するわけではない。それを考えれば、マダンテは使えてもあと一発か、無理して二発。
 イオナズン、メラゾーマといった高等魔法も、早々連打はできないはずだ。それが唯一の希望であった。いくら九尾でも、ここまでの多勢を相手に、生身で挑むなど想像していなかったに違いない。
 超長期戦にもつれ込んだ現状は、こちらに利がある。危うい、僅かな利であるが、確かに。


 ……要は、わしとクレイアがくたばらなければいいだけの話。
 我慢の先にある勝利が、微かにだが、見えてきたではないか。

ハーバンマーン「ジャライバ、メラゾーマの連打だ! 少しでも削るぞ!」

ジャライバ「俺に指図をするな! グローテ様の思念は、こちらにも届いている!」

 火炎弾が飛んだ。まるで流星群のように輝き、偽りの空を染め上げるそれは、確かにまっすぐ九尾へと向かっていく。
 あわせて歩兵団も突撃。メラゾーマの被害を気にすることなく、恐れも無理やり踏みつけて前へ、前へと。

 障壁を張る魔力も惜しいとばかりに、九尾は数多の火球を拳で打ち砕き、残った片腕で兵士たちの相手をする。無論それまで通りとはいかない。さすがに身体強化の呪文もその効果が薄れてきたようだ。動きが眼に見えて鈍い。
 そして、歴戦の強者たちは、その鈍さを見逃さない。

 あくまで戦争。狡賢く利用する。

ポルパ「ビュウ! 生きてるか!」

ビュウ「おうとも、相棒!」

 至近距離にいた二人は、運よくマダンテからの致命傷を逃れることができた。とはいえその体はぼろぼろで、剣も根元から折れ曲がっている。
 しかし武器だけはごまんとある。彼らの足元には仲間の死体が転がっているのだ。
 それを手に取り、走る。


 目の前で戦っていた兵士が顔面を焼かれて倒れた。その背後から二人は二手に分かれ、満足に動かない体を何とか動かしながら、九尾を背後から切りつける。
 九尾の反応はいまだ十分に早いが、当初の神速からは程遠かった。剣ごとビュウの右腕を切断し――ポルパのほうまでは文字通り手が回らない。体勢を逸らしてなんとか回避した。

 ビュウの呻き声。一瞬ポルパがそれに気を取られた隙に、一歩九尾は後ろへ跳んだ。

 火炎弾が降り注ぐ。

九尾「ちぃっ!」

 マヒャドをぶつけて相殺させる。炎と氷がぶつかりあって、大量の蒸気が生み出された。

 その霧を切り裂いて、兵士たちの雪崩。

九尾「退けろ!」

 メラゾーマ。それは前方数十人をまとめてなぎ倒すが、兵士は前方だけではない。左右、背後からもまた迫る。


 九尾は上空へと逃げた。そこへ槍がまたも投擲され、九尾の脇腹を掠ってゆく。
 バランスを崩した九尾へと、またもメラゾーマの雨。仕方がなしに障壁を唱えながら、足元にいったん力場を生み出し、緊急回避的に集団から距離を取る。

九尾「行きつく暇も――」

コバ「与えない!」

 九尾の言葉を遮ったのは、コバ。助走をつけて大きく騎馬が跳び、退避よりも早く追いすがる。
 九尾が転移魔法を起動する。しかし、遅い。それよりも熟練の槍技が、僅かに上回っている。

 狙うは顔面。そこを潰されては、いかに魔物と言えど、四天王と言えど、生きてられまい。

九尾「しゃあらくさいぞっ!」

 爆発的に膨れ上がる魔力の波動。
 二回目のマダンテ。

 光にコバが、また後ろに控えていた数多の兵士が飲み込まれ、消失していく。
 その数、三八一人。
 残り一四八!


ビュウ「右手はなくても左手があるっ!」

 誰も彼もが倒れ伏した中で、唯一彼だけが走っていた。
 力場を大きく踏みしめて、左手で剣を持って。

九尾「な、なにを、貴様、なぜ!」

ビュウ「知るか! 俺を守って死んだダチ公に聞いてくれや!」

 彼の背後には、倒れているポルパラピム・サングーストの姿を確認できる。ぼろぼろで、一瞬誰だかわからないほどに、焼かれていた。
 ただ、彼の死に顔はとても満足そうで……。

 ビュウが剣を振り下ろす。

 利き手ではない。体力もない。そんな状態での攻撃は、あまりにも鈍重。しかし、条件は九尾も似たようなものだった。マダンテの反動からいまだ脱していない彼女は、その剣の軌道を見ていることしかできない。
 普段ならば無論そんなことはないのだろう。しかし、塔での戦闘、そしてここに来ての戦闘と、彼女は戦いっぱなしだ。相当に疲弊している。


 肩口に剣が食い込んで、腕を切断することはなかったが、確かに乳房まで傷が達した。

 九尾がぐらつく――踏みとどまる。

 ビュウの頭から上を吹き飛ばして、頭部を齧った。

九尾「に、にっ、人間の、分際でぇっ! よくも、ここまでぇ……やってくれたな!」

九尾「見たところ、残り、二百人は、切ったな。ふ、ふはは、もうそろそろ終わりに、しようじゃあないか!」

クレイア「だめですっ! アルスさん!」

 唐突な叫びが戦場を劈いた。

「……」

 無言である。
 誰も彼もが、無言である。

 九尾も、兵士たちも、わしも。

 クレイアだけが忘我の表情で、さっきまでの疲弊はどこへやら、虚空を真っ直ぐに見つけている。


 しかし、今、なんて言った?

 アルス、と。
 この弟子は言ったのか?

クレイア「……」

 たっぷり数秒、もしかしたら十数秒の間を開けて、クレイアは呟いた。

クレイア「アルスさんが、次元の狭間を破って……現世に戻りました」

グローテ「!」

 二つの意味で信じられなかった。
 一つは、次元の狭間を破るということ。あれはそもそも空間転移の応用、基礎理論の発展途中に見つかったバグを利用する形で――いや、やめよう。ともかく、物理的にも魔術的にも隔離された空間から、逃げ出すなんて。
 そしてもう一つは、あの状態のアルスが現世に戻れば、どのような被害を齎すか。


 わかったものではない。あぁそうだ。わかったものではないからこそなお恐ろしいのだ。何がどうなるのかわかっていれば対処の仕様もあるものを。
 ……魔王と化したあやつ相手に、本当に対処の仕様があるかは、甚だ疑問であったが。

 九尾は力場に直立したまま、ふん、と鼻を鳴らした。

九尾「よっぽどだな、あのバカは。魔王の力を好き勝手に使っているように見える」

グローテ「それを与えたのは、お前じゃろ」

九尾「その通り、だ。ふん。……ちっ」

 九尾は両手を合わせた。その間から、限りなく明るい光の珠が生まれていた。

九尾「まぁ、いい。お前らを殺して、現世に戻ると、しようか。ジゴスパークで、全員、死ぬがいいさ」

 息も絶え絶えではあるが、高等呪文を唱える程度の余裕はあるらしかった。反面こちらは頼みの綱である数にすら、最早頼れるほどではない。


 しかし不思議と絶望はなかった。なぜなら、九尾が戦闘態勢に入っても、まだ兵士たちは戦闘態勢に入っていなかったからだ。
 生き残った兵士総勢一四八名は、全員がわしのほうを見ていた。九尾などには目もくれず。

 おかしな話であった。本来戦闘を放棄するはずもない彼らが、戦わないのだ。しかも臨戦状態に入った九尾を目の前にしても。

 だが、それが意味することを、わしは理解している。

 彼らは国のために戦っている。九尾を倒すためではない。それは過程であって、結果ではないのだ。
 だから彼らは戦わない。九尾を倒すことは、既に過程ではなくなった。

 国のため。世界のため。今重要なのは、九尾を倒すことではなく……。




 笑いが零れる。涙が零れる。
 あぁ、眼が、頬が、頭が、熱い!

 彼らは九尾よりもアルスを敵と見做したのだ!
 世界の秩序を乱す存在だと!



グローテ「九尾」

九尾「……今更命が惜しくなったか? 土下座でもすれば、考えてやらんでもない。こう見えて、九尾は結構、心が広い、ぞ、げほっ、げほっ!」

 咽て血を吐く九尾。口の中の血を吐き捨て、口元を拭ってから、続ける。

九尾「それとも、なんだ。部下に裏切られたか?」

グローテ「わしと一緒にアルスを殺そう」

九尾「……は?」

グローテ「世界の秩序を乱す輩を、国に危機を齎す輩を、わしらは常に排除してきた。その業から、最早逃れられない」

九尾「……」

 九尾は思案しているようで、もしくは疑っているのか、言葉を拙速で紬ぎはしなかった。
 ジゴスパークを握り潰し、訝しむ目でこちらを見てくる。

九尾「その申し出に、九尾が乗るメリットがない」

グローテ「アルスを放置すればお前の食料が減る。それは、お前にとっても都合が、悪かろ?」

 一瞬だけ意識が跳んだ。だめだ。もう少しだけ、あと五分でいいから持ってくれ、この体よ。

九尾「そのことにメリットがないと、言っている。九尾一人でも、勇者を」

グローテ「殺せるのか? 本当に?」

 九尾の頭部、狐の耳がピクリと動いた。


 九尾の頭部、狐の耳がピクリと動いた。

グローテ「残り三本の尾で、魔王と化したアルスに、勝ちきれるか? 念には念を入れて、損はあるまい」

 半ば挑発だ。しかし事実でもある。消耗した九尾が、デュラハンすら容易く御して見せたアルス相手に、楽勝できるとは思えなかった。
 よくて辛勝、悪くて相討ち、最悪……殺される。

九尾「……九尾が人を喰うのは、貴様らには腹に耐えかねよう?」

グローテ「それくらい、我慢するさぁ」

九尾「おっ――!」

 九尾はそれから先を飲み込んだ。言いかけたのは、「お前ら、言っていることが違うぞ」とか、そんなあたりだろうか。
 そりゃそうだ。九尾とのこの戦いも、九尾の人食いを阻止することが旗印だったのだ。それを下ろしたつもりはないし、下すつもりも毛頭ない。が、しかし。

グローテ「お前を生かすことで何十人、何百人死ぬかわからんが……アルスのほうが、もっと恐ろしい」


 九尾は寧ろお前のほうが恐ろしいのだという眼でこちらを見た。そして、それは多分に侮蔑が含まれている眼の色だった。
 小さく九尾の唇が動く。悪魔め、と、そう言った気がした。

 その通りじゃよ、九尾。

九尾「今すぐ乗った、というわけには、当然いかぬよ。ただ……ふん。九尾もさすがに疲れたわ。その停戦協定、ここは呑もうぞ」

 言質を取った。恐らく九尾は自尊心の高さゆえに、そうやすやす翻言しまい。これでひとまずは負け戦を引き分けに持ち込めたと、そうなる。
 しかし、確かに、九尾も言ったが、

 ……疲れた。

 わしは目を閉じる。

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 こんな話を聞いたことがあるか?

 ……なに、大した話じゃあない。それなりに有名で、それなりにありがちな話だ。英雄の噂話。
 まぁ英雄って言ったって、名のある伝説のなんちゃら、とか言うわけじゃないさ。ただ、滅茶苦茶強くて、人助けが趣味の二人組。そういうのが出る……いる? んだってさ。
 結構あるんだ。鬼神に襲われていたのを助けてくれただとか、暴れ牛鳥の群れを追い返しただとか、そうそう、ドラゴン退治ってのもあったな。……いいじゃねぇか、こういうのは眉に唾つけて聞くくらいがちょうどいいんだよ。

 そう、二人組でだよ。軍隊が出るような案件を、たった二人でだぜ? しかも女らしい。あぁ、女なんだよ! どっちも!
 胡散臭くはあるけど、だから眉に唾つけとけって言ってるんだよ。どうせ酒の肴なんだからよ。

「いるよ!」

「だって俺、助けてもらったもん!」


「こないだ森で遊んでたら、迷って、そしたらキラーエイプが出てきて!」

「女の人、二人組が倒してくれたんだ!」

「本当なんだよ! 本当に本当なんだってば!」

 わかったわかった。わかったよ坊主。
 あん? 名前?

「ケンゴ・カワシマだよ!」

 坊主にゃ聞いてねぇんだよなぁ。
 あー、それで、名前? なんつったっけなぁ。いや、いま考えるわけじゃねぇよ。英雄は名乗らず去る、そういうもんだろ。
 ……あ、待て待て、思い出した。いやだから考えてないって。作ってねぇって。

 そいつらの名前な。
 確か、グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズって言ったはずだぜ。

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今回の更新は以上となります。
2スレ目もよろしくお願いいたします。

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 歩き通しで足が棒のようだ。乳酸の溜まった腿が、脹脛が、硬く張っている。とはいえ休むことはできない。休んでしまえば、それこそ歩きだすことはできなくなるだろう。
 惰性でなんとか歩くしかない。誰もがそれをわかっているから、パーティの一人として「休もう」と言い出すことはない。

 俺のミスだ。こんなに魔物が増えているとは思わなかった。夜明けとともに森に入って、どんなに遅くとも日没までには抜け切れると思っていたのだ。
 それがどうだろう。戦いに戦いを続け、道に迷い、最早現在地点も定かではない。盗賊が鷹の目で調べたところによれば、どうやら森の中腹であることは間違いないようなのだけど……。

 中腹。その事実がどっしりと圧し掛かってくる。このままでは森の中で夜を明かすことになる。
 魔物の多い森の中で? それはあまりにも恐ろしいことだ。

 俺の前を歩く魔法使いの体が、ふらっと横に倒れた。
 思わずその体を抱きとめる――あまりにも軽いその体。


魔法使い「あぁ、悪いねぇ、戦士。はは、研究ばっかりしているこの身には、ちょっとばかりきつかったかな」

戦士「ばか! お前、熱あるじゃねぇか!」

 魔法使いの腕が熱を帯びている。暗くてわからなかったが、表情はおぼろげで、意識がはっきりとしていないようだった。

戦士「僧侶!」

僧侶「は、はい!」

 治癒魔法をかける。が、僧侶にも魔力は残っていない。懸命に何とかしようとするも、逆に彼女が倒れそうな雰囲気だ。

盗賊「戦士、ここは一度キャンプを張ろう。どの道今晩のうちには抜けられない」

 俺は二人に視線を向け、うなずいた。そうするしかないだろう。

盗賊「おれは薪を集めてくるよ。お前は二人を守ってやれ」


戦士「……一人で大丈夫か」

盗賊「なに、逃げ足の速さには自信があるさ。それに、お前らには恩がある。黴臭い牢屋から出してもらった礼だと思ってくれ」

 どくいもむし、キャットフライ、おおめだま……出てくる魔物はそれほど強くないが、数が膨大だった。心配ではある。が、確かに二人を残していくわけにも、いかない。
 サムズアップで答えた。盗賊も返してくる。

戦士「僧侶も休め。いざという時に動けなかったら意味がない」

僧侶「わかって、ます。大丈夫です」

 全然大丈夫なようには見えなかった。

戦士「とにかく喋るな」

魔法使い「わたしも、鍛えとく、べきだったかな?」

戦士「お前もだ」


 そうするうちに盗賊が返ってきた。想像以上に早い戻りだ……そう思ってみると、彼の腕には薪が抱えられていない。どういうことだ?

戦士「何があった」

 魔物でも出たか。いや、盗賊の表情は決して切羽詰まったものではない。寧ろ朗報のようだった。

盗賊「民家を見つけた。って言っても、小屋だけどな。軒先でもいいから貸してもらえるよう交渉してみようぜ」

 民家? こんな魔物の出る山奥に?

戦士「……鬼婆じゃあないだろうな」

 脳内でしゃありしゃありと包丁を研ぐ鬼婆の姿が想像された。
 盗賊は肩を竦めて、

盗賊「さあな。一般人じゃあ、ないだろう。鬼が出るか蛇が出るか……」

戦士「前向きに考えれば、魔物にも手こずらないほどの手練か」

盗賊「このままじゃあ明日の朝を迎えられるかもわからん。ダメもとで行く価値はあると思うぜ」

戦士「……」


盗賊「どうする。リーダーはお前だ。おれはお前に従うだけさ」

 魔法使いと僧侶をうかがった。彼女らはこちらの話が聞こえていないのか、うつらうつらとしている。やはりだいぶ疲労が蓄積しているのだろう。
 次の朝日を拝めないかもしれないのはわかっていた。盗賊の言うことはもっともだ。
 俺は僧侶と魔法使いを、そして盗賊を旅に連れ出した身として、三人の命を最大限守る義務がある。

戦士「よし、行ってみよう」

盗賊「わかった。すぐに場所に案内する」

 俺と盗賊はそれぞれ魔法使いと僧侶をおぶり、件の民家へと足を運んだ。
 なるほど、確かに民家というよりは小屋だ。炭焼き小屋に近いものがある。

 木造二階建て。電気は通っているようで、窓から明かりがもれている。
 中に人の気配。会話が聞こえる。一人ではないのか?

 一息に吐き出し、扉をノックする。

戦士「す、すいませーん!」

戦士「俺、あ、私たちは旅のものです! 道に迷ってしまいまして、どうか軒先だけでも貸していただけないでしょうか!」


 扉の向こうから聞こえていた会話がピタリと止まった。そのまま数秒の沈黙を挟んで、扉がぎしりと、蝶番を軋ませながら開く。
 男だった。目つきの悪い、表情の暗い、厭世的な雰囲気の。年齢は二十代の半ばか? それにしては身のこなしが只者ではないように思えて、実年齢の把握が困難だ。
 粗末な服を着て、男はこちらを値踏みするように眺めまわす。

男「……四人か」

戦士「あ、はい」

男「旅のものと聞いたが」

戦士「はい、私たちは――」

男「いや、いい。その先は言うな」

 男はふと眼をつむった。何かに思いを馳せているのか、わずかに口元が緩んだようにも見える。それもすぐに苦虫を噛み潰した表情になったが。
 そうして踵を返す。こちらを振り返って、

男「軒先と言わず、部屋を貸そう。ろくな部屋じゃあないが」


戦士「本当ですか! えぇ、えぇ、全然かまいません!」

 まさか、だった。鬼婆なのか? いや、超人的な雰囲気はあるが、魔族でも魔物でもないと、俺の直感が言っている。

男「ただ、こちらのことには詮索しないでほしい。こちらも、そちらのことは聞きたくはない」

 ただ泊めてくれるだけ、ということだ。だが、それでも出来すぎである。警戒をするに越したことはないかもしれないが、渡りに船とはこのことだ。
 俺たち四人はおっかなびっくり小屋へと足を踏み入れる。

 たたきには靴が三つ並んでいて、そのうち二つが女物。大きく一部屋あって、手洗いと台所につながっているのだろう、扉が二つあった。
 大きな一部屋――居間の中央には囲炉裏がある。季節がら灰だけで、灯は点っていない。
 あまりものはない。本棚が一つあるきりで、作業机も、映像/音声受信機もない。天井からランプがぶら下がっているのが印象的だった。

 隅には二階へ上がる階段。会話の相手は二階にいるのだろうか?


男「二階に行ってくれ。二部屋あるが、手前の部屋だ。奥の部屋は……娘、たちの部屋だから、入らないでほしい」

戦士「娘」

 思わず鸚鵡返しに尋ねてしまった。父一人、娘二人で、こんな森の中なにをしているのだろうという疑問は当然浮かぶ。が、先程詮索しないでくれと言われたばかりだ。

 と、そのとき、どたどたと階段を勢いよく降りる音が響いた。そのたびに壁が軋む。相当な安普請らしい。

 現れたのは二人の少女。

 一人は大人しそうな少女だった。三白眼で、褐色の肌。それと対照的な白い髪の毛をポニーテールにしている。口元はきつく結ばれていて、こちらを窺うように視線をやっている。年齢は十代後半くらい。

 もう一人は活発そうな少女だった。くりくりとした目に、卵のような肌。赤茶色の髪の毛はショートボブ。何が楽しいのか口を半月にして、きらきらした瞳でこちらを見ている。こちらの年齢は十代半ばだろう。


 娘?

 思わず首を振りかけた。この似ても似つかない、寧ろ鏡映しのように対照的な姉妹が、そして父親とも似ていない娘が、果たして真っ当な家族であるわけがない。そもそも年齢の計算も合わない。
 だが、そうだ、詮索はしないのだ。旅先で出会った人々に必要以上に入れ込みすぎる必要はない。俺だってわかっている。

 俺たちの目的は旅行などではないのだから。

活発そうな娘「あー! おじさんたち、誰!?」

大人しそうな娘「……誰?」

男「お前らは黙ってなさい」

男「うるさくて済まない。娘だ」

活発そうな娘「トールだよ!」

大人しそうな娘「……インドラ」

 二人は名乗って、男に急かされるように二階へと戻って行った。
 男の視線が「詮索するなよ」と訴えている。俺たちはそれに応えるべく、足早に二階へと上った。


 二階、手前の部屋。そこは確かに男の言うとおりろくな部屋ではなかった。せまいし、汚いし、じめっとしている。虫も出そうだ。いや、これは出るな。
 文句は言えないし、言うつもりもない。横になれるだけでどれだけ幸せなことか!

 部屋についてラグを敷き、そこへ魔法使いと僧侶を寝かせてやる。二人はすやすやと寝息を立てていたが、時折痛みに顔を顰めていた。

盗賊「ま、戦いっぱなしだったもんな」

 森に入ってからだけでなく、旅に出てからの半年間、確かにそうだ。

戦士「俺は、たまに後悔することがあるよ。こいつらは街で適当に過ごして、適当に旦那をもらって、適当に幸せに生きていればよかったんじゃないかって」

戦士「俺が連れ出したりなんかしなければ、ってさ」

盗賊「はっ、今更だな」

 俺の心配を吹き飛ばすように、努めて明るく盗賊は笑ってくれた。

戦士「あぁ、今更なんだ」


盗賊「世界は変わった。システムも変わった。軍隊に任せて世界が平和になるのを待つなんて時代じゃ、もうねぇんだよ」

盗賊「それに、そういうタイプでも、あいつらはないしな」

 数百人が、数千人が、一度にずらりと並んで殺しあう戦いはもう終わりを告げた。敵はすでに人間ではなくなっている。
 ならば自警団でもとも思ったが、そういうことではないのだ、きっと。

戦士「小さな街で平穏に生きることをよしとするタマじゃあなかったか」

盗賊「そういうことだ」

 戦争が終わって数年が経った。魔物は増え、軍隊では対処しきれない。あいつらは神出鬼没で、気がつけばその辺に現れてしまうのだから。
 国王の判断は迅速だった。すぐに周辺諸国と和睦を結び、軍隊を解散させた。そして軍隊を各地に散らしたうえで、各都市・街・村の自治権を拡大、自衛の体勢を強化するように通達を出したのだ。
 王国は小都市の集団から成立する都市国家へとその性質を変えつつある。


 ならば、その根源たる魔王はどうするのか。専守防衛だけではジリ貧。
 ……そのために、冒険者がいる。

 何も魔王を倒すことが目的である必要はない。未開地の開拓、魔物の討伐、移住地の確保、冒険者に課せられた役割と期待は様々だ。

 兵士を盾とするならば、俺たち冒険者は、旅人は、国にとっての矛というわけである。

 あまりにも急激な変化に当初こそ人々は戸惑っていたが、いまでは新たなシステムにも慣れ、そこそこ安定した供給はなされている。

盗賊「……寝るか」

戦士「そうだな」

 さすがに俺たちも、疲れた。
 剣を握ったまま、俺は壁を背もたれにして、意識を闇へと近づけていく。


 雀の鳴き声で目が覚めた。
 隣では三人が寝息を立てている。魔法使いが僧侶の胸を揉んでいて、僧侶はそれを引きはがそうとしていた。本当に眠っているんだろうか? こいつは。
 盗賊は腹を出して、ぼりぼりと掻いている。こいつもこいつで自由なやつめ。

 どうやら無事に朝は迎えられたようだ。が、あまり長居もできない。俺たちの旅路は先が長く、それを抜きにしても、あの男と娘たちに悪かろう。
 俺は三人を叩き起こす。魔法使いはまだ熱があるようで、少しばかり辛そうにしていたものの、魔力の回復した僧侶に治癒魔法をかけてもらっているうちに状態はよくなったようだった。

戦士「あの、すいません」

 おっかなびっくりと階下へと行き、座禅を組んでいた男へと声をかける。
 男は反応こそすれ、声は出さなかった。こちらをじろりと見てくる。

戦士「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

男「お世辞はいい。行くのか」

戦士「はい。なにがあるかわかりませんから」

男「そうか」


トール「なになに、もういっちゃうのー!?」

インドラ「トール、うるさい」

トール「なによっ、アタシのほうが普通なんだってば!」

 どたばたとモノクロ姉妹がやってくる。俺たちは苦笑しながら装備を確認し、その小屋を後にした。
 小屋の入口に手をかけて、もう一度お礼を言う。

戦士「ありがとうございました。部屋を貸してくれなければ、魔物に襲われていたかもしれないと思うと、何と言えばいいか」

男「別にいい」

戦士「最後にお名前を聞かせてくれませんか?」

男「聞かせるほどの名前じゃない」

戦士「……」

男「すまない」

戦士「いえ、いいです。私はダーカス・ソイロンと言いまして――」

男「っ! それ以上を――!」

 それまで表情に乏しかった男の顔が驚愕を形作る。
 一体どうしたって言うんだ?





戦士「――魔王討伐の旅をしてるんです」

男「――言うな!」





 光。

 が、俺の視界を焼いた。

 きらり、きらりと光る、光の矢。俺はそれを十五本まで数えて、あと数百単位でそれが顕現されたのを理解してから、数えるのをやめた。
 点が線となり、俺の体を穿つ。
 腕が、腹が、消し飛んでいく。

 背後を振り向く余裕はない。ただ、命がなくなっていく気配はあった。

 反射的に腰の剣を握る。同時に手首も吹き飛んで、俺は木の葉のようにバランスを崩した。

 地面が揺れる。高速で俺へと迫る物体。白い肌と黒い髪の毛の何かは、左手で巨大な戦鎚を握っていて、俺は、

 すっげぇ綺麗な装飾だなぁ。

だなんて、場違いなことを考えていた。

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トール「ね、ねっ! 綺麗に殺せたよ! 褒めて褒めて!」

インドラ「……私も」

 俺、は、

 ……。

 溜息を何とか呑み込んで、ぎこちない笑顔で――それすらも出来たかどうかわからないけれど――二人の頭を撫でてやった。
 二人は、喜ぶ。
 クルルとメイの顔と声と背格好をした化け物は。

 いや、化け物だなんて、俺が言うのはおこがましい。

 彼女たちを生み出したのは俺じゃないか。

 前々から思っていた。なんで魔物は動物で、もしくは不定形で、少なくとも人型をしていないのだろうと。なんで魔族は人型なのだろうと。
 皮肉なものだ。魔王になって初めてその意味がわかる。先代魔王よ。いや、歴代魔王よ。お前らは、きっと、


アルス「寂しかったんだな」

 人外になってもなお、人とつながりを持ちたかったのだ。

 人の形をした化け物になったからこそ、まだ自分は人だと思いたかった。
 だけど所詮は化け物だ。化け物は化け物としかつるめない。

 世界を救いたかった。戦争のない、争いのない、真っ当な世界にしたかった。
 俺が魔王になって、どうやら戦争は終わったらしい。国々は和睦を結び、狙いは俺の殺害にシフトしている。それは万歳だ。万々歳だ。俺の目標は果たされた。俺の夢はかなえられた。

 ……だけど、どうしてこんなに悲しいんだ。
 俺の犠牲なんてどうだっていいはずだったのに。

 わかってる。わかってるんだ。

 結局、俺は世界のために世界を平和にしたいのではなかった。所詮俺も人間だった。
 俺は、仲間のために世界を平和にしたかっただけなのだ。

 クルルも、メイも死んだ世界を平和にして、いったいどんな意味があるのだろう?


 なーんて。
 本当なら俺も死んでしまいたいのだけれど。

 トールも、インドラも、魔族である以上、衝動が存在する。彼女たちの衝動は奇しくも同じ衝動だった。俺は何も意図していないというのに。
 彼女たちの衝動は、庇護衝動。
 彼女たちは、何があっても俺を守る。

 それはすなわち、俺に敵対する全てを、完膚なきまでに殺すということだ。

 ゆえに俺は自殺ができない。そうでなければとっくに自殺しているものを。

 人目を避けて、避けて、避けて、避け続けてこんな森の中までやってきたのに、また人が死んでしまうのか。俺のせいで。俺は死にたくても死ねないというのに。二つの意味で。あぁ、そうだ、二つの障害があるんだ、畜生!

 だから、だれか、お願いだから。
 俺を殺してください。

 四人分の墓を「追加」しながら、小屋の裏手で俺は泣いた。

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今回の更新は以上となります。
しばらくはこのような掌編が続くと思いますが、そのぶん更新速度はあがる……といいなぁ。

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「グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズで」

 わしがそう言うと、受付の女性はふっくらとした手で鍵を渡してくれた。108号室。一階の一番隅。それなりに逗留する身としては、端の部屋は居心地の面でありがたかった。それとも、宿屋側が考慮してくれたのだろうか。

受付「宿屋を出る際は鍵をお戻しくださいね」

 手と同様にふっくらとした声だった。優しい声音だ。

受付「食事は各自お済ませください。お申し付けくだされば、一応、軽食程度ならこちらで用意もできますけど」

グローテ「いや、大丈夫じゃ」

受付「そうですか。よいお時間をお過ごしください」

 にこりと微笑む。わしも思わず微笑んだ。

グローテ「ここの特産品を食べてみたいと思うんじゃが、どこへ行けば食べられるかの」


受付「この地方は土地が肥えていますから、大抵の野菜はとれますね。特産といえば……大豆、でしょうか」

グローテ「大豆」

 鸚鵡返しに呟いた。大豆。旅路では節約の日々なので、寧ろ大豆は白米よりも主食に近い。あまり期待しないほうがよさそうだ、などと思っていると、

受付「中でも加工品の豊富さは随一で、きっと見たことないものがたくさんあると思います」

 ほほう。もしかしたら、多少期待できるのかもしれない。だなんて上から目線で考えてしまう。
 旅路の楽しみは人との出会いと食事である。嘗ての旅から理解していたことだが、最近はそれをよりひしひしと感じていた。

グローテ「で、それはどこに行けば?」

受付「どこでも、ですね。ただ、きちんとした料理となると、それなりに値が張ります」


受付「雑多が気にならないんでしたら、酒場が一番値段と種類のバランスがいいと思いますよ」

 きっと酒肴としてのそれが多いのだろう。
 わかった、ありがとう。そう言って、「わしら」は宿屋を後にする。

 背中に受付が声を投げかけてきた。

受付「お孫さんも、よい旅を」

 フォックス・ナインテイルズは――九尾の狐は、むすっとした顔のまま、黙ってわしのあとをついてくるだけだった。

九尾「これだから人間は嫌なのだ!」

 開口一番九尾は叫んだ。
 わしは思わずぎょっとして、往来の人目を気にしてしまう。幸いにも人はいなかった。

 まだこの街には数日、もしくは数週間いるというのに、悪目立ちしては困る。


九尾「この九尾を、卑しくも四天王筆頭たるこの九尾を指して、『お孫さん』とは何たる言いぐさかっ!」

グローテ「仕方あるまい」

 努めて九尾に視線を向けないようにわしは言った。

 わしの背丈は決して高くはない。曲がった背骨を考慮しても、155前後と言ったところだろう。しかし、九尾の背丈はそれに輪をかけて低い。なにせわしと頭半分の差があるのだ。
 自己申告では140あると言っていたが、どうか。まともに背丈を測ったことなどありはしまい。
 目立つ耳と尻尾は極力隠してもらっているため、確かに今の九尾は単なる子供にしか見えなかった。それが本人には気に食わないらしい。

 泣く子も黙る四天王も、何も知らない人目に付けば単なる子供だ。もちろん内包されている魔力は莫大なものだから、単なるとは言い難いのかもしれない。
 そもそも、四天王の肩書にも、「元」の一文字がつくが。


 四天王は二人が死に、残る一人も隠居した。最早魔王を筆頭とするそのシステムもない。
 ただし、魔王は依然として存在する。どこにいるのかはわからないけれど、九尾にはわかるのだという。
 魔王が存在するのは同意だったし、世間一般の了解でもある。最近、とみに魔物の出没のうわさを聞くようになったのだ。

 魔の者はどうしても瘴気を生み出す。それは、瘴気に中てられた魔物が増える結果ともなる。限界があるため世界が魔物で満ちることはないが、やはり、人の生活は脅かされつつある。
 魔の者と言えば一人、そういえば、わしの隣にもいるが。

九尾「九尾は関係ないぞ」

 ぼそりと呟かれた。

九尾「瘴気を漏らさないよう結界は張っている」

グローテ「心を読むな」

九尾「心を読むな、は契約条項には入ってない」


 契約条項。それは、わしと九尾が――より具体的に言えば、嘗て敵であった者同士、そして今でも心を許していない者同士が、円滑に旅を進めるために必要な措置。
 わしは寝首をかかれたくはなかったし、九尾もそうだ。とはいえ、個人では到底目的を達成できそうにない。魔法的な書面によってしか旅をすることもできないなんて、随分とひねた人間になってしまった。

 条項は六つ。
 一つ、この契約条項は魔王アルス・ブレイバを殺害するまで継続する。契約の破棄は両者の合意の下によってのみ行われる。
 二つ、同行中はパートナーに危害を加える行為は禁止する。

 三つ、九尾の人喰いは可能な限り人目につかない場所で行う。また、証拠隠滅も可能な限り行う。
 四つ、上記の代償として九尾はわしに三つまで行動を強制できる。

 五つ、上記細則。行動の強制はあくまでわしの力で可能な範囲、かつわし自身に危害が及ばない範囲で行われる。
 六つ、以上の項目が順守されなかった場合、違反者は死ぬ。

 契約条項は有効に、かつ有用に機能している。現時点では、まだ。


 ぷんすか肩を怒らせながらわしの前を歩く九尾を見つつ、ぼんやりと周囲を窺う。
 広い町だ。しかしそれほど賑わっているとは言えない。畑の面積が広いことが、ある種この街を寂寥としたものに見せている。

 のどかであるが、当然道を自警団が歩いている。二人……三人か。練度は高そうには見えない。恐らくここ最近派遣されてきた新兵なのだろう。

 システムが変わったのは魔族だけではなかった。人間のシステムも、あの戦争を通して大きく変化を遂げている。

 あのあと……塔での一件が全て終息した後、わしらは何よりもまず事態の説明に口裏を合わせることとした。黙っていても調査団は派遣される。そして有耶無耶になった戦争の終着点も現れないわけにはいかないのだ。
 わしらがすべきは終着点の誘導だった。理由はどうであれ、わしらと九尾の戦争終結という目論見は一致している。その意味では会話は容易かったというべきだろう。

 結論は一時間ほどで出た。
 単純である。魔族が戦争の機に乗じて人間を殲滅せんと企み、行動に出た。首謀者は四天王。わし、アルス、メイ、クルルの四人は異変をいち早く察知して、四天王を倒すことに成功した。そういう筋書きだ。
 大きくは間違っていない。ただ、生存者がわしとクレイアだけであるという点のみが異なっている。


 わしらが塔を出ると、待っていたのは歓声だった。かなりの兵士が倒れていたが、それよりも多くの魔物が倒れていた。
 直観的にわしらは悟った。人間は耐え切ったのだと。
 緊張の糸が途切れたのだと思う。わしはそこで意識を失って、気が付いた時は王城の医務室に横たわっていた。

 医者の説明によるとどうやら十日近くも眠ってしまっていたらしい。隣のベッドではクレイアが既に起きていて、ぼおっと天井を見ていた。

クレイア「魔法の神経が焼き切れちゃったらしいです。魔法使いは廃業ですね」

 彼女の第一声がそれだった。一瞬わしのことかと思ったが、すぐに感覚がそれを否定する。

グローテ「……」

 わしは何も言えなかった。そうして、わしの目覚めを聞きつけたのであろう大臣がやってきて、車椅子にわしらを乗せ、謁見の間へと運んだのだった。


国王「ごくろうだった」

 それが本心か疑うほどに彼のことを信頼していないわけではなかった。ありがたく受けて、しかし社交辞令も面倒だ、こちらから本題に入った。

グローテ「今回の一連の騒動についてですが」

 真実と虚偽が七:三の顛末を話す。四天王にわしらが勝利を収めたことに王は――側近のものもみな驚いていたようだが、誰も口には出さない。わしらがここでこうしていることがその証左だと思っている。
 一通り説明し終わって、王が「ふむ」と一息ついた。わしは王に言葉を紡ぐ隙を与えない。

グローテ「しかし、魔王が生まれました。四天王の撃破はなりましたが、申し訳ございません、魔王だけは逃がしてしまい……」

国王「いや、いや、仕方がない。そなたらにそこまで頼むわけにはいかない。寧ろ褒美をいくらやっても足りないくらいだろう」

グローテ「隣国との状況は?」

国王「有耶無耶に終わった。両軍ともに被害甚大。すぐさま体勢を立て直し、打って出るつもりではあるが」


グローテ「お言葉ですが、王。どうやら魔王は今までいなかったようなのです。魔王が新たに座したとなれば、魔物の動きも活発になります。それこそ戦争どころではないかもしれません」

国王「……」

 国王はこちらをじっと見ていた。思考を巡らせているのだとはわかっているが、疑われているのではないかとちらりとでも思ってしまう。
 いや、そんなことはない。九尾の存在もアルスの存在も悟られるはずはない。

国王「わからないことに対して予算と資源を大きくは割けない」

 王は短くそう言った。
 反論しようとして言葉を飲み込む。現実主義者の発言であった、それは。しかし気持ちはわかるのだ。眼に見えない脅威よりも、眼に見える脅威の威圧のほうが、特に民にとってはより身を焦がす。

 王らしい返答であった。そして期待していた答えでもあった。
 その言葉を待っていたのだ。

グローテ「でしたら」

 三人で話したもう一つ。第二の矢。今後の世界の行く末。終着点。
 それを誘導してみせる。

グローテ「皆の力を借りましょう」


 旅人構想――もしくは、勇者構想。
 軍はなるべく小回りの利くようにして、他国への牽制に用いる。そして魔物の脅威に対しては民間の武芸者を旅人とし、促進、援助する仕組みを作る。
 宿屋はなるべく安価で止まれるようにし、村々への立ち入りについても関所をなるべく減らすよう努め、未開の地をできる限り減らしていこうという構想である。

 この目的は大きく二つあった。一つは他国、特に隣国に対しての、新しい提案を生む目的である。共通の敵を掲げることは停戦を齎す。恐らく激増するであろう魔物被害とともに、他国もこれに乗らざるを得ないだろう。
 そしてもう一つ。

グローテ「わしは無論、この構想の成立に尽力するつもりでございます。そして、うまくいった暁には、旅人として魔王を倒してまいります」

 そう、わしが――わしと九尾が少しでも動きやすくなるように。これが第二の目的だ。
 実を言えばすぐさま出発してもよかったのだが、重要なのは魔王を倒す仕組みを残していくことである。また、わしらが万が一途中で力尽きたときの保険という意味合いも含まれている。

 結論から言えば、王は快い返事をくれた。そうしてわしは勇者構想の責任者となって指揮を執り、二年、システムの構築のために奔走したのだ。


グローテ「長かった」

九尾「ばか。待つこちらの身にもなれ」

グローテ「それでも待っていてくれたのじゃろ。すまんなぁ」

九尾「既に契約は交わしていたからな」

 九尾はそっぽを向いた。照れているのか、不満なのか、こちらから窺い知ることはできない。

 酒場にはものの数分で着いた。人の声は聞こえない。まぁ昼間から酒を飲むやからも少ないか。今日は天気もいいし、それこそ大豆畑に男たちは出てしまっているだろうから。
 マホガニーの扉を開くと、来客を知らせる鈴が鳴った。こじんまりとした店、そのカウンターの奥から、主人であろう口髭の男が手を拭きながらやってくる。

グローテ「やってるかの」

主人「えぇ、うちは食堂も兼ねてますから」

 四十名ほど入る店内には、わしらのほかには隅っこで黙々と酒を飲んでいる二人組と、ステーキの肉汁にパンを浸しながら味わう少年の三人しかいない。雑多と聞いていたがタイミングが良かった。


グローテ「この村では大豆がとれると聞いたが、何かいい料理はないか?」

主人「軽食、デザート、いろいろありますが」

グローテ「軽食でよい」

主人「でしたらすぐできるのがあります。お孫さんもそれでよかったですか?」

九尾「孫では――むぐっ」

グローテ「あぁ、うむ、同じものをこいつにも」

九尾「ぷはっ――何をするのだ」

グローテ「騒ぎを起こすな。自然に見られているということだ。問題あるまい」

九尾「それとこれとは別だ。癪に障る」

グローテ「これからも行く先々で問題を起こし続けるつもりか?」

九尾「大丈夫だ、うまくやる。目撃者などださん」

グローテ「そういうことではない」

九尾「わかっている、わかっているぞ。が、しかし、九尾にも魔族の矜持がある。人間どもと一緒にしてもらいたくないのだよ」

九尾「貴様とて蟻と同じ扱いをされたくないだろう?」


グローテ「気持ちはわかる。しかし、お前の目的はアルスだろう。ここで騒ぎを起こせば、それは遠ざかるぞ」

 九尾は僅かに視線を逸らし、舌打ちをした。

九尾「あぁ、もう、まったく、人間という生き物はどいつもこいつも、どうして、こう、節穴ばかりなんだ」

 噛み締めるように九尾は呟く。どうやら本格的に機嫌を損ねてしまったようだ。ぎりぎりと音がすると思えば、木製のテーブルに爪の跡が五本、きれいについている。

グローテ(なんとか落ち着いてもらわんとな)

 怒っているのは空腹だからだ、なんて、そんなうまい話があるわけもないが。そう思いながらもわしは店主に注文をした。

―――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――

九尾「最高の気分だ!」

 叫んで、九尾は最後の一つを口に放り込むと、咀嚼をしながら皿を突き出した。わしはそれを無言のままに受け取ってカウンターの主人に頼む。

グローテ「稲荷寿司、もう一つ」

九尾「いやぁうまいな! 人間も少しは認めてやらねばならんか!」

グローテ「口に物をいれたまま喋るな」

九尾「何を言うか老婆。言葉以外でこのうまさを表現できるものかよ! 店主、礼を言おうぞ!」

 店主はにこやかな笑みを崩さなかった。これも一種のポーカーフェイスと言おうか。

 新たな皿がやってくる。九尾は山盛りに乗ったそれをぽいぽいぽいぽい、まるでお手玉のように口へと放り込んでいく。
 わしはなんとか平静を保つので精いっぱいだ。これが、こんな食べ物で、それこそ子供のように喜ぶ魔族なんて……わしがこれまで戦ってきたのは何だったのだ。

 四天王序列一位、傾国の妖狐・九尾の狐。
 ちょろい。


九尾「何がうまいってこの米を包む大豆の衣よ! なんというんだったか、そう、『アブラーゲ』とかいったか!」

九尾「甘く、しょっぱいこれが大豆とは――いや、中の米も単なる白米ではない。僅かに酸味があって……そして刻んだ生姜が入っている! この歯ごたえと風味が得も言われぬハーモニーを!」

九尾「おかわり!」

グローテ「おい、九尾。うまいのはわかったが食べ過ぎるな。首が回らなくなる」

九尾「なに、金なぞその辺の賞金首の頭を数個、ぽぽんと衛所に放り込んでやれば問題なかろう!」

 だめだ、まったくちょろすぎる。前が見えなくなっている。

??「あの!」

 と、そのとき、低い位置から声が聞こえた。
 見れば小さな女の子がこちらに向いていた。服の裾をぎゅっと握りしめて……恐らくは九尾が近寄りがたかったのだと思うが。


九尾「なんだ、童。九尾は、おっと、フォックス・ナインテイルズは忙しい。あとにしてくれ」

女の子「おばあさんたち、強いんですか? だったら、あの、お願いが、あるんですけど」

 女の子の無視に九尾は僅かに顔を顰めた。

 女の子は、おおよそ十二、三といったところだろう。外見年齢は九尾と同じくらいだが、尊大な九尾におずおずとしているのを見ると、引っ込み思案なのかもしれない。
 いや、これが普通なのか。旅人生活が長かったもので、どうにも普通の感覚というものを忘れがちだ。特に子供心なんて。
 孫がいれば……いや、やめよう。センチメンタリズムはいらない。

女の子「宿屋のおばさんと話してるの、聞いちゃって。フォックス・ナインテイルズとグローテ・マギカ。強くて、助けてくれる、ヒーローだって」

九尾「そんなつもりじゃあない」

 そっけなく九尾は言った。確かにそんなつもりではない。博愛精神よりももっと打算的で、血なまぐさいものだった。
 賞金首を探していたら出くわしたり、森を突っ切った際に出遭ったり。
 ……九尾の餌のついでであったり。


 しかし、過程はともかく、結果だけを見れば随分と多くの人を助けてきた。それでもまさかそんな噂になっているとは……。

グローテ「もうそろ偽名を使わねばならなくなってきたか」

 人を助けることに否やはないが、目立ちすぎるのは困り者だ。何せこちらは九尾を擁している。正体がばれれば厄介どころの話ではない。
 九尾は問答無用で押して参るだろう。それがまた困るのである。

九尾「九尾は偽名の偽名になる。あほくさい」

九尾「大体老婆、お前は誰彼構わず助けすぎなんだよ。こっちの身にもなってみろ」

 それを言われると弱い。人を助けることは九尾の目的ではない。彼女はあくまで共闘してくれているだけで、決してその価値観は共通ではない。寧ろ人間の敵に属している側ですらある。
 だが、それでもなお、わしは誰かを助けたかった。アルスがああなってしまった今、もう彼に頼ることはできないのだから。

 彼を口実に戦争を終結まで導けたことを、彼は喜ぶだろうか?

 だなんて、まったく、この思考が恨めしい。


女の子「あの……」

 女の子がしびれを切らして話しかけてくる。一層服の裾を掴む手に力を込めて、眼に涙すら溜めて、じっとこちらを見ていた。
 九尾はちらりと横目でそれを見て、稲荷寿司の最後の一個を口に放り込んだ。咀嚼。

九尾「……」

女の子「……」

 根競べに負けたのは九尾であった。

九尾「あぁもうわかったわかったわかったよ! キュウビは何も言わないさ! だからその目でこっちをみてくれるな」

 その言葉を聞いて女の子はひまわりのような笑顔を浮かべた。
いやまて、わしは一言も助けるだなんて言っていないのだが……助けるけれど、助けるけれども!
 子供に甘い顔をしているのだろうか? それとも単にポーカーフェイスが苦手なだけか。


九尾「まったくこのキュウビも落ちぶれたものだ……」

 ぼやく九尾。いいことじゃないかとは言わなかった。流石にそれが彼女の望むところではないことくらいわかっているつもりだった。

グローテ「それで」

 女の子へ水を向けると、ぽつりぽつり、噛み締めるように話し出す。

女の子「魔女を、倒してほしいんです……」

 魔女。魔法使いではなく、魔女。ふむ。
 聞かない言葉ではないが、珍しい単語だ。件の問題そのものがそう名乗っているのだろうか。

女の子「あいつは都への隧道付近に住家を構えていて、魔力を得るためならなんだってします。旅人や商人が何度も襲われて……」

女の子「魔物が増えてから大豆を都へ持っていくのにも一苦労なんです。肥料や水だってそうです。強い護衛の人を連れて行かないと、魔物に襲われてしまいます。けど、強い護衛の人を連れて行った時だけ、その魔女が……」

 九尾の耳がピクリと動いた。眉を顰め、怪訝な、そして嫌そうな顔をする。


九尾「魔女と言ったな。身体的特徴を教えろ」

 少女は質問の意図がわからないと表情で喋りながら応える。

女の子「……変な髪の毛をしてます。白い髪の毛に、赤いブチがまだらにあって」

 九尾「ふむ。もうけっこう。わかった」

 頷いて、溜息。やはり九尾は何かを知っているようだ。

グローテ「キュウビ、何か知ってるのか」

九尾「多少はな。誤解を恐れずに言えば、旧知の仲というやつだ」

グローテ「魔族か」

 九尾の旧知と言えばそうだろう。

九尾「魔の者ではある。が、魔族ではない」

九尾「元は人間よ。図抜けた魔力の持ち主だった。禁忌を侵して、人を辞めた。人ならざる者の領分に足を突っ込んで、あろうことかそこに永住してしまった」


九尾「よく襲われたものだ。そのたび返り討ちにしたがな」

 九尾に喧嘩を売るなど並みの度胸と実力ではできないだろうし、何度もということは、そのたびに生きて帰ったということだ。それは猶更生半可な実力ではない。
 体が震えた。わしは自らの実力を過信してこそいないが、信頼は寄せている。しかしその『魔女』とやらは、どうやらわしよりも強いのではないだろうか。

グローテ「どんなやつなのじゃ」

九尾「なに、ただの魔力狂だ。乱痴気ヴァネッサ。ヴァネッサ・ウィルネィス。マジックアイテムの収集家でもある」

 こともなげに言う九尾。

九尾「あいつにしてみれば、九尾たちは絶好の餌だろうな。探すまでもない、あちらから来てくれる」

グローテ「妙に乗り気じゃな」

九尾「ふん。単なる気まぐれだ。言質もとられたしな」


女の子「あの、それで、お礼なんですけど……」

女の子「わたし、お金なくて、お小遣い溜めて、それでも全然なくて……」

 殊勝なことだった。別にわしらは用心棒でも傭兵でもない。もらえるものはもらっておく主義だが、しかし、こんな子供から金をもらうのも気が引ける。

 と、ことんと音を立てて、白い皿がテーブルに出された。上には山盛りの稲荷寿司が乗っている。

店主「……」

 黙って去っていく。
 もしかして、いくらでも食べろと、そういうことか?

女の子「だ、だめです! 悪いです!」

店主「……」

 店主はにこりと笑った。町のことだから、嬢ちゃんだけには苦労を掛けさせないよと、言っているように思えた。

 九尾は山盛りの稲荷寿司、そのてっぺんの一つをつまんで、口の中へ入れる。

九尾「足りんな。あと五皿はもらわないと――腹が減っては戦もできん」

――――――――――――――――――――――

掌編じゃねぇ! 更新早くねぇ!
ということで前回更新時に言ったことが何一つ守れていません、申し訳ないです。

今回の更新は以上となります。

――――――――――――――――――――――

 五皿をぺろりと平らげて、九尾は満足げに酒場を後にした。街道を歩くわしらの前では女の子がこちらをちらちら見やりながら歩いている。
 道案内を申し出た彼女を断るはずもなかった。何せ異郷の地だ。先導者がいるに越したことはない。しかし問題は、このあと起こるであろう戦闘に、女の子を巻き込んでしまわないかということ。
 魔女がどれほどの手練れかはわからないが、実力者ではあるだろう。わしの防御魔法で守り切れるか。

 町の守衛に挨拶をする。守衛が心配して女の子に声をかけるが、事情を説明すると守衛ははっとした顔をしてこちらを一瞥したのち、敬礼して見送ってくれる。
 ……やれやれ、知らず知らずのうちに噂ばかりが独り歩きしているんじゃないか?

九尾「はっ、九尾たちにも箔がついたものだな」

グローテ「偽名を使えと」

九尾「こんなに有名になっては寧ろ偽名を使うほうが面倒くさいわ。どうせ誰も九尾が四天王だとは思わんだろう」

 確かに、こんな矮躯の持ち主が四天王だと誰も思わない。まるで詐欺だ。


グローテ「……好きにせい。とりあえず、次の町では名前を変えよう」

九尾「それがいいな。人目は嫌いだ」

 と、ふと思ったことを聞いてみる。

グローテ「お前、人の名前、憶えられたんじゃな」

九尾「は?」

グローテ「魔女。乱痴気ヴァネッサ……ヴァネッサ・ウィルネィス? お前、わしの名前も覚えとらんじゃろ」

九尾「人はどいつもこいつも同じに見える。でっかいか、ちっさいか、男か、女か、それくらいだな」

九尾「魔女は、まぁ見てくれがな。白髪に赤いぶちだ。自然と印象にも残るさ」

九尾「老婆、お前だって、緑色の犬がいたら流石に区別はつくだろうよ」

 蟻の次は犬か。まぁ九尾にとってはしょうがないのかもしれない。実力があまりに違いすぎるのだから。


 既に山道を歩いているわしらであった。とはいっても険しくはない。林の中の坂といった具合である。勾配もそれほど急ではないが、老体には堪える。身体強化の魔法をそっとかけた。

女の子「まっすぐ行くと林の中に隧道があります。商隊が都までの近道で使うんです」

 木々が光を遮るが、鬱蒼という感じでもない。行楽に最適な近所の山、そんな雰囲気が漂うばかりで、決して人外の住処があるようには思えなかった。

 ざあぁっと風が吹いた。生ぬるい風だった。
 特筆すべきはその臭い。

 九尾は鼻をひくつかせ、乾いた笑いを零す。

九尾「臭うぞ。あいつめ、どれだけ魔力を貯めこんだんだか。ここまで漏れてきている」

 これは確かに人外の臭い。
 どぶ臭くて、粘っこい、怖気の走る臭いだ。

 ざざざ、ざざざざざ。
 木々が揺れる。葉が揺れる。
 わしら三人を中心として、明らかに異様な風がぐるぐると回っている!

 女の子は恐怖で動けていない。いつでも防御魔法を展開できるように符を準備し、わしと九尾は周囲へとにらみを利かせる。


 風が止まった。
 上空から何かが降ってくる。

 いや、何か、だって? 決まってるではないか!

 わしらはすぐさま反応する。九尾はイオナズンを、わしはメラゾーマを無詠唱で展開、即座に降ってくる『ソレ』に放った。
 同時に片手で符を破り捨てる。内包されていた防御魔法が展開され、女の子を包む。

??「うんまそーっ!」

 黒い何かが伸びてきた。
 それの正体が黒いシルクの巻かれた両腕だと気付いた時には、既にメラゾーマとイオナズンは――そう、爆発そのものであるイオナズンでさえも――ぐわし、と、

グローテ「掴ん――っ!?」

 ぎらりと鋭い犬歯が見える。
 魔法が二つ、血のように赤い口腔へと吸い込まれていく。
 僅かに見えた口内は、まるで髪の毛のようであった。赤と白。鮮烈なくらいのそれが目にまぶしい。

 咀嚼、そして嚥下。

 さらには落下。


 九尾の背中に覆いかぶさるように一人の女性が倒れていた。体格から見れば年齢は二十代の後半、立派な成人女性のそれだ。しかし忘れるなかれ、こいつは魔女。何百年生きているかわかったものではない。
 白い髪の毛は腰まであり、赤いまだらが全体に点々と滴っている。その紅白のコントラストが一層人並み外れた感を演出し、わしはすぐさま理解した。

グローテ(こいつはイカれてるっ!)

 根拠などはどこにもない。乱痴気ヴァネッサ。なぜ彼女がそう呼ばれているのかをわしは知らない。知らないが――わかる。
 確かにこいつは、乱痴気に違いない!

ヴァネッサ「九尾!」

ヴァネッサ「九尾九尾九尾ッ! 会いたかったよぅっ! 久しぶりだねぇいつぶりかなぁ!」

 涎すら垂らしながら、ヴァネッサが九尾の頭に手をやる。金色の稲穂のような髪の毛。九尾は髪越しに敵を睨みつけている。
 既に九尾も臨戦態勢だ。獣の尾と耳を隠すことすら止めて、全身に魔力を迸らせている。
 無論置いてけぼりを食らうわしではなかった。人差し指を目の前の紅白に向けて、言葉をかけるより先に火炎弾を放つ。


ヴァネッサ「邪魔よ、おばあさん!」

 わしと紅白の間に立ちはだかる黒い何か。途端にあたりが翳り、瘴気に胸が軋みを上げる。

 悪魔であった。

 九尾の上に乗るヴァネッサの傍らに一冊の本が落ちている。高さが腰ほどもある巨大な本だ。それは中のページが開かれており、邪悪な気配を隠しもしない。
 魔女――悪魔と契約した者!

 九尾の言葉が思い出される。乱痴気ヴァネッサはマジックアイテムの収集家だと。

 あの本の巨大さと悪魔の存在を考えるに、恐らくあれはギガス写本。悪魔の絵が描かれた最大の聖書。天使の代わりに悪魔を使役しているのは、本の持つ力というよりは、そこから得たイメージなのだろう。


ヴァネッサ「九尾九尾九尾――!」

 ヴァネッサが叫ぶ。
 だめだ、間に合わない!

九尾「うるさい」

 ごつん。
 鈍い音がした。
 なんてことはない、九尾がヴァネッサの頭を殴っただけだ。

ヴァネッサ「ほんぎゃあ!」

 情けない声を上げながらも彼女は九尾から手を離さない。うつぶせの九尾をどうにかして仰向けにしようと力を込めていた。
 九尾に頬擦りしようとするヴァネッサと、何とかして魔手から逃げようとする九尾。不思議な構図がそこにはあった。

 お互いが真面目も真面目、大真面目なのは伝わってくるのだが、どうにも緊張感に欠ける。先ほどまでのわしの焦燥を返してほしい。


グローテ「襲われるってそういうことか」

ヴァネッサ「一番簡単な魔力の授受は体液の接触でしょ」

 こともなげに言われた。事実ではあるが、確かにこいつは魔女だった。そう思わせる口ぶりだった。

ヴァネッサ「さぁ九尾! わたしにあなたの愛液を飲ませて!」

グローテ「変態じゃ……」

九尾「昔から、こういう、やつだっ……」

九尾「いいから見てないで引きはがせっ!」

 ごつん。怒りの鉄拳で今度こそヴァネッサは吹き飛んで行った。

ヴァネッサ「ようしわかった、キュウビを倒して組み敷けばいいのよねっ、いつもどおりだわっ」

 すぐさま立ち上がる。顔についた土を払って、にやりと笑った。
 一般人なら顎関節ごと下顎を持っていかれそうな拳を受けて、なお平気そうにしているのは、確かに実力者なのかもしれなかった。

九尾「うるさい」

 しかし九尾の動きのほうが早い。捕まえようとする悪魔の腕をすり抜けて、たやすくヴァネッサへ逼迫、震脚を経て掌底を鳩尾に叩き込んだ。

ヴァネッサ「ほんぎゃあっ!」


ヴァネッサ「吐く! 吐くぅううぉおぼええええええぇ……」

九尾「今九尾たちは忙しい。お前に聞きたいことがある」

ヴァネッサ「えー! ずるい、わたしって殴られ損じゃない!」

九尾「お前を倒して組み敷いてもいいんだぞ」

ヴァネッサ「あ、それも素敵。抱いて!」

 九尾の眼力をものともしないヴァネッサだった。
 九尾は「ふむ」と頷いて、

九尾「首から上だけあれば十分か」

 恐ろしいことを言う。

ヴァネッサ「わかったわよぅ。一晩だけでいいから! ね?」


九尾「……」

グローテ「……好かれておる、ようじゃの」

九尾「殺し屋に好かれてるようなものだぞ。こいつに好かれても嬉しくはない」

 なら誰に好かれればうれしいのか――もちろんそんなことは聞きやしないけれど。

ヴァネッサ「力ずくだとさすがにわたしも抵抗するわよ。このあたり一帯を焦土に変えてやるんだから!」

ヴァネッサ「九尾が何を聞きたいかわかんないけど、情報はロハじゃありませんから」

 噛みつかんばかりのヴァネッサ。彼女の足元にはギガス写本があって、いつでも悪魔を召喚できる体勢になっている。それに恐らく、まだいくつものマジックアイテムを隠しているに違いない。
 この辺り一帯を焦土に変えてやるという発言は、あながちはったりではないはずだ。出なければすぐに九尾が動いているはずだから。

グローテ「……最悪すぎる女じゃな」

 実力のある本能が最も厄介だ。


ヴァネッサ「おばあちゃんもかなりヤバイ系みたいだけど、残念! わたしはロリコンなのよ!」

グローテ「最悪すぎる……」

 思わず腹から唸ってしまった。
 さっきのわしの警戒を返せ。

九尾「九尾たちが知りたいのは、ヴァネッサ、お前、こういう男を見ていないかということだ」

 九尾の指先から光が跳んで、ヴァネッサの体内へと吸い込まれていった。恐らく記憶の共有なのだろう。
 そうか、九尾はだからこの魔女に出会いに来たのだ。アルスの手掛かりをつかむために。
 ヴァネッサが他人を襲い、魔力を奪っているというのならば、莫大な魔力の持ち主であるアルスのことを知っていてもおかしくはない。

 ヴァネッサは僅かに眉間にしわを寄せて記憶を掘り返しているようだった。が、すぐに大きく呼吸をする。

ヴァネッサ「……知っているにしろ知らないにしろ、だから言ってるでしょ。ロハじゃあ情報はやれないわよ、って」


九尾「良心というものはお前にはないのかよ」

 嘲笑するように九尾が言う。儂にしてみればどっこいどっこいだと思うのじゃが……。
 受けて、ヴァネッサも流すように笑う。

ヴァネッサ「魔力のためならなんだってするわよ。何たって、魔女だからね」

 一瞬だけ二人の間に殺意が膨れ上がる。それを感じて水を差す。

グローテ「で、どうする九尾」

九尾「……こいつと寝るなどありえない。踏み潰す」

 一歩九尾が足を踏み出した。半身になって、右拳を握りしめる。スカラとピオラ、バイキルトの魔方陣が四肢にまとわりつくように展開する。
 途轍もないその迫力に、けれどヴァネッサは怯むことなく、唇をぺろりと舐めた。

ヴァネッサ「返り討ちして好き勝手ね!」

 両者が同時に地を蹴った――

グローテ「待て」

 瞬間、わしは大急ぎで植物魔法を詠唱、二人の体を拘束した。


 二人の加速に蔓が何本も音を立てて弾ける。が、ぎりぎりなんとか保ってくれたようだ。

ヴァネッサ「ふがっ!」

ヴァネッサ「な、なに邪魔すんのよぉ」

グローテ「多少は弁えろ。その子を巻き添えにするつもりか」

 わしは背後で震えている女の子を指さした。人外どもの殺気に当てられ、すっかり腰を抜かしてしまっているようだ。ともすれば失禁しかねない。
 二人が同時に女の子を見る。

女の子「ひぃっ」

 どうやらすっかり怯えてしまったようだ。わしらの話は聞いていても、流石にここまでとは思っていなかったらしい。まぁそうか。

九尾「九尾は別に構わないんだが?」

グローテ「わしは構う」

ヴァネッサ「わたしは構わないけど」」

九尾「わしは構うって言ってるじゃろうが」

ヴァネッサ「あなたの言うことを聞く必要はないわ」

九尾「まぁいいだろ老婆。九尾たちは先に進めるし、人間も喰えて、万々歳だ。最近は若い女を喰えていないしなぁ」


 あっけらかんと二人の人外は言った。価値観の差という言葉だけでは言い表せない溝がわしには見える。
 何とか声を振り絞る。

グローテ「それでもだ」

 折れないわしに業を煮やしたのか、軽々蔦を引き千切って、九尾はこちらに向き直る。

九尾「老婆、貴様は九尾に命令できる立場か?」

グローテ「命令じゃない。お願いだ」

 本心だった。九尾と争っては決してわしには勝てない。そしてここで女の子を殺害し喰うことは、契約の内容から外れていない。
 九尾には悪いことを言っているつもりは多分にある。が、それでもわしは……。
 いや、おためごかしはやめよう。わしは正直、この女の子に、メイの面影を見ているのだ。


九尾「……」

グローテ「……」

九尾「……仕方ない」

ヴァネッサ「九尾ッ!?」

 驚いた声を出す魔女に対し、九尾は振り向きすらせずに一喝する。

九尾「黙れ魔女! この九尾がよいといったらよいのだ!」

九尾「……今宵、丑三つ時にここでだ。文句は言わせん。お前が勝てば、好きにしろ。九尾が勝てば、情報をもらう」

ヴァネッサ「……強引な九尾も、素敵」

 ヴァネッサをまるきり無視して、肩を怒らせながら九尾が来た道を戻っていく。途中で立ち止まって、

九尾「行くぞ、老婆。そこの娘も。今回は気まぐれで喰わないでおいてやる」

 九尾の考えはわからない。わしはまだ、この魔族のことをちいとも理解していないのだと理解した。
 女の子に手を差し出すとおずおずとってくれた。子供体温は高い。体も、何より心まで冷え切ったこの老婆には、罪悪感すら想起させる。

 振り向いた先では既に魔女も姿を消している。わしはため息を一つついて意識を切り替え、歩き出した。

今回の更新はここまでとなります。
バトルが書きたい。

―――――――――――――――――――――――
 やっとこさ宿に着く。女の子に関しては、九尾が記憶操作を行ってくれたので問題はないだろう、たぶん。
 丑三つ時を待ってベッドの上に腰かけた。悪くはない感触だ。
 勇者構想の一環として、旅人の利用する宿屋に対しても補助金はおりている。微々たる額かもしれないが、埃っぽいマットレスを変えられるくらいには効果を発揮しているようだった。

 九尾は先ほどから目を瞑って座禅をしている。精神統一。今まで九尾がここまで戦闘に対して心身を落ち着けたことはなかった。
 それほど心してかからねばならぬ相手、ということだろう。

九尾「まぁな」

グローテ「……だから心を読むなと」

九尾「お前ら四人は九尾の魔力と親和性があるようだ。比較的楽に読めるし……放っておいても、距離が近ければ流れ込んでくる」

 お前『達』……アルス、メイ、クルル、か。
 あの塔での戦いから数年が経過した今でも、九尾はわしらのことをひっくるめて語る。九尾にとっても一大プロジェクトだったのだから、記憶には定着しているのだろう。

 あの策に九尾がどれだけ腐心し、期待していたかを、わしは想像でしか推し量れない。九尾はポーカーフェイスであるし、何より、尋ねるほどわしらは仲がいいわけではなかったから。
 そうとも。わしらは所詮敵同士である。呉越同舟。船から降りた後にまで手を繋いでいる必要は、ない。


九尾「まぁそういうことだ。九尾にとって、貴様ら人間は、所詮衝動を満たす道具でしかない」

 片目を開けてこちらを見てくる。幼い容貌に似合わず、眼光は鋭い。

 そしてその鋭さがふっと和らいだ。

九尾「だがな、一応の責任というものも感じているのだ。下等な生物とはいっても九尾は貴様らの人生を弄んだわけだからな。それになにより、失敗してしまった」

 自嘲気味に笑う。わしはそれに対して言葉を紡げない。
 罵倒も、宥和も。

九尾「もう時間だ。行くぞ」

 確かに、既に夜はとっぷりと深まっている。窓の外を見れば闇の色がどこまでも続いていた。
 人に出遭うのは面倒だ。こっそりとわしらは宿を抜け、指定の場所へと向かう。
 隧道のそば。わしらがいけば、あちらは鋭く察知するだろう。それが合図。

九尾「時に老婆」

グローテ「なんじゃ」

九尾「お前はぼろ雑巾というものを見たことがあるか?」


グローテ「……?」

 意味が分からない。九尾はこんな空気の読まない発言をする存在だったか?

グローテ「……何を言っておるのじゃ?」

九尾「あれがそうだ」

 顎をしゃくって示した先では、人間が倒れていた。
 白く長い髪の毛が、まるで蜘蛛の巣のように地面に広がっている。

 違う。地面に広がっているのではない。
 不自然に赤い地面。それは、恐らく、血の海。

 ヴァネッサ・ウィルネィス。
 まさか。

グローテ「お、い!」

 思考が停止する。それとは裏腹に、反射的に体は動く。
 ヴァネッサのもとへと駆けよれば、傷は真新しく、ぴちゃりと足元に血だまりを感じることができた。へへ、うへへ、とへらへらした笑いが聞こえる。どうやら死んではいないようだが……。

ヴァネッサ「……へへ。犯る前に、殺られちゃたぁ……」


グローテ「誰だ。誰にやられた 」

 傷は……深い。全身が穿たれている。そしてわずかに肉の焦げる異臭。
 火炎弾か? いや、それにしては傷口が滑らかすぎるような……。

 応急処置に顔を歪めながらも、ヴァネッサは笑って答えてくれた。

ヴァネッサ「わ、っかんない、……まぶしくって、速くって……格好悪い……瞬殺ねぇ……」

 瞬殺。この魔女のレベルを、瞬殺か。
 油断したわけではないだろう。不意打ちでも、恐らくない。それに対応できないほどの力量ならば、この魔女は九尾にとっくに殺されている。

 真っ向から、真正面から、不意打たれた。
 それほどまでに力量に差があった。

 信じがたい。

ヴァネッサ「多分、人間じゃない……あんな人間、いて、たまるもんか。いると、したら……魔族か、人間、辞めてる、わたしみたいにね、へへへっ……」

 焦点の合っていない視線が虚空を見つめている。血が止まらない。体温が下がっている。それは命の流出を意味するのだ。


グローテ「九尾!」

九尾「ふん、こいつを助けることになるなんてな」

 悪態をつきながらも九尾はヴァネッサに近寄っていく。わし一人ではどうにもならないが、二人で治癒魔法をかけられれば。

九尾「……このまま放置したっていいんだが、情報のためか」

 そう、九尾にも目的がある。何も話していないのに、ヴァネッサを失うわけにはいかないのだ。

 唐突に、ぐん、と九尾の体が前に引っ張られる。
 九尾の手首に巻きついた手。
 そして上体を起こすヴァネッサ。

 両者の唇が――

ヴァネッサ「んっ」

――重なる。

ヴァネッサ「唾液、ごちそうさまでしたっ!」


グローテ「お前、その怪我は!?」

ヴァネッサ「この怪我はマジもんですわ。流石にわたしもこのためにここまではしないもの」

 飄々としたヴァネッサの言葉が途切れるあたりで、超高速の右手が、彼女の白く細い首を文字通り握り締めた。
 ぐぎ、と骨のおかしくなる音が聞こえる。

九尾「貴様、殺す。殺す。殺す」

 本気の顔だった。口角がひくひくと吊り上ってすらいない。どこまでも真顔で、右手に力を込めている。

ヴァネッサ「いや嘘! 嘘! 嘘じゃないけど、嘘なのよ!」

 掠れた声のヴァネッサ。彼女も、この九尾が冗談でない――というよりもむしろ、冗談では済まなかったことを思い知ったらしい。

九尾「それが最期の言葉か」


ヴァネッサ「いや嘘じゃないのよ!  魔力使って治したけど、やられたのは本当なのだわっ!」

九尾「接吻はいらなかったよなぁ……!」

 確かに。
 だが、しかし、待てよ。本当にやられたとは聞き捨てならない。ヴァネッサの狂言であるという可能性は消えたわけではないけれど……。

ヴァネッサ「いや、ま、そうですけど」

 九尾がヴァネッサを放り投げる。

九尾「死ねぃっ!」

 今度こそ本当に頸椎が折れる音が聞こえた。

九尾「で」

 大木に激突し、頸と言わず体と言わず、ありとあらゆる箇所があらぬ方向を向いているヴァネッサへと向いて、九尾は冷たく言い放つ。
 ヴァネッサの体が光を帯びた。体内で魔力が循環し、損傷を治しているのが見て取れる。かなり高レベルの術式だ。

 彼女は依然九尾にお伺いを立てる様子で答える。

ヴァネッサ「時間近くなって隧道のところ行ってみたら、凄い魔力感じたから襲ったんだけど……」

グローテ「返り討ちに?」

ヴァネッサ「そう。びっくりしましたわよ。戦いにもならなかった」


 九尾との戦いから五体満足で帰ってこられる強者が、戦いにもならなかった。俄かには信じられないことだ。それはつまり九尾と同格ということではないか。
 九尾もわしと同じことを思ったらしい。怪訝そうに眉を顰める。

 それをどうとったのか、ヴァネッサは大きく手を振って、言葉を紡ぐ。

ヴァネッサ「ほ、本当よ。光の奔流。煌めく光線。反射も利かない威力と速度と数。何より、殺意が満ち満ちてて……もう二度と会いたくないわ」

九尾「相手は一人か」

ヴァネッサ「確認できた限りでは二人ね。その攻撃は、けど、一人分。光の矢で」

 光の矢。

 光の矢!?

グローテ「九尾!?」

 思わず叫んだ。九尾もわしの言いたいことがわかったらしい。舌打ちをして、しかし、すぐさま首を振った。

九尾「有り得ん。少女と狩人は確かに死んだ。その二人があいつらである可能性は、ない」


グローテ「じゃが、光の矢と」

九尾「同じ呪文を唱える者がいてもおかしくはない。そうだろう」

グローテ「……あの規模を行使できる者が、もう一人いると? 本当に?」

九尾「いいか、老婆。あやつらは死んだのだ。お主も確認しただろう」

グローテ「虹の弓と光の矢! お前でさえ正体の掴めなかった狩人の魔法! あれを、お前、もう一人使えるはずだと!?」

九尾「議論をすり替えるな。あの二人が死んでいる以上、そう考えるしかないというだけの話だ」

 取りつく島もなかった。九尾はわしから視線を外し、ヴァネッサを見る。

九尾「ほかには?」

ヴァネッサ「……二人が何を話しているのか、わたしにはわからない。けど、その二人は、たぶん、人間じゃあない」

ヴァネッサ「さっきも言ったでしょう? あれは人間が人間のままでは決してたどり着けない領域よ。魔族か、それとも、人間を辞めているか……」

九尾「魔族、か」

 ぽつりと呟いた。

九尾「……まさかな」


老婆「どうした」

九尾「……宿で話そう。勇者のことだ。いや、魔王のことか」

ヴァネッサ「わたしも行くわ」

九尾「お前はもう用済みだ。帰れ」

ヴァネッサ「酷い! でも、そうはいかないわよ。わたし、もう、九尾についていくって決めたんだから」

九尾「は?」

 ぽかんとした顔。九尾のそんな顔は珍しかったが、恐らくはわしもそんな顔をしているのだと思われた。

ヴァネッサ「だって、九尾についていけば、高純度な魔力がたんまり手に入りそうだもの! こんな機会をみすみすも逃すわけにはいかないでしょう? それに――」

 僅かに視線を下へとむけて、不敵に笑う。
 身の毛のよだつ雰囲気。わしは思わず杖を握り締めた。

ヴァネッサ「――この乱痴気ヴァネッサを虚仮にしてくれたお礼は、ちゃんと返しませんと」

―――――――――――――――

―――――――――――――――

 深い森の中を行く。新たな、人のこない地を見つけるために。
 俺の背後にはインドラとトールがとことこついてきていて、人獣問わず、殺意には敏感に反応する。
 そして、射殺す。打ち殺す。

 果たして諦めは俺の罪だろうか。

トール「さっきのお姉さん、強かったねぇ」

インドラ「……うん。つよ、かった」

アルス「……」

 安息の地じゃなくていい。せめて、誰ともつながらずに生きていける場所さえあれば、ほかに何もいらない。
 新天地を探して俺は歩く。そんなところあるはずもないのに。

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―――――――――――――――――

 終わらない。
 終わらない。
 終わらない!

 あーもう、全然終わらないっ!

 苛立ち紛れに机を叩くと、そばで書類整理をしていた部下が溜息をつく音が聞こえた。

部下「クレイアさーん、そんなことをしても仕事はなくなりませんよー」

クレイア「人手は不足して! 作業は膨大で! よくもまぁあなたは机を叩きたくならないものですね!」

クレイア「犬!? 犬ですかっ、もしかしてあなたは国家の犬ですかっ!」

 ばん、ばん、ばん。四度目でついに積み重なった書類が床に雪崩れて行く。あぁ……。
 捺印済みものとそうでないものがいっしょくたになってしまった。面倒くさい。
 私はそれを一枚一枚拾い上げ、溜息をついた。いや、溜息をつきたいのは部下のほうなんだろうけれど。

部下「落ち着きましたかー」

クレイア「なんとかね」


 嘗ての儀仗兵長も、今や出立許可証を発行する窓際族。魔法が使えなくなったこの身ではしょうがないとはいえ、なんというか、斜陽……いや、既に日没。
 それでも、雇用を継続してくれているだけでもありがたい。お情けなのだろう。これでも二十年以上国のために身を粉にしてきたのだから。

 ……国家の犬は私、か。
 後悔がないとはいえ、親しかった者がみな死んでしまえば、残されたほうはあまりにも寂しすぎる。余生を充実して生きられるほど器用でもない。
 まさに犬だ。

部下「クレイアさーん、ミスとかありましたー?」

クレイア「……ないですね」

部下「ないならもっと嬉しそうな顔すればいいじゃないですかー」

クレイア「ないからって気を緩めたときに限って、間違いが出て……きた。ほら」

 ぺらりと書類を見せてやる。
 ダルタイ・マンバという名前の男性であるはずが、送られてきた書類では「タルダイ・マンバ」となっていた。本部へと送り返さないと。

 私たちの仕事は冒険を希望する人々に対して許可証を発行すること。許可/不許可を決めるのはもっと上層部なので、私たちはその最終チェックだけを行って、氏名・居住地に間違いがないことを確認する。
 ただそれだけといえばそれだけなのだが、何しろ数が膨大である上に、氏名や居住地の見落としは後々厄介なことになる。精神を摩耗する作業なのだ。


 師匠に同行していくという選択肢もあった。事実、師匠はそうおっしゃってくれた。断ったのは私の意思だ。
 あの人に迷惑はかけられない。

 それに国内は相当な人手不足だ。王国事情に通じていて、事務方もできる人材はそう多くない。師匠のそばにいてサポートするよりも、師匠の構想を裏で支えるほうが私にはあっている気がした。

部下「時間はー、大丈夫ですー?」

 間延びした部下の声にはっとして時計を見た。会議の時間が近い。が、まだ大丈夫だ。薄くなった山を片付ける程度には。

 旅人構想――勇者構想の行く末を決める会議は、ほぼ毎日のようにある。特に軍部はこの構想にあまり乗り気でないこともあって、隙は見せられない。
 彼らとしては仕事の半分を民間に持っていかれたようなものなのだから、それは致し方ないことだ。ただし反対に、故郷を守りたかっただけの者からは歓喜の声も上がっているという。

 国外逃亡同然に旅へ出た師匠とは異なり、私はいまだに国家の犬。しみついた根性は今更変えられそうにない。
 そして私は、同時にあの日あの時あの塔にいた生き残りの半分だ。王国としては全ての事情を知るうちの一人で、それなりの待遇をせねばならない。会議に私が呼ばれているのも、単に能力を見込まれてのことではなくて。


 ふぅ、と息をつく。あと数枚でこの山も終わりだ。
 書類を手に取って、氏名を確認して……

クレイア「え」

 思わず声が出た。

 僅かな間をおいて笑みがこぼれる。そうか。彼もそんな年齢で……そういう選択をしたのか。
 そういうアプローチで、願いを受け継ぐのか。

部下「クレイアさんー? いかないんですかー?」

クレイア「行きます、行きますってば」

 書類を検査済みの山において、今度こそ崩さないように、私は立ち上がった。

 山の頂上の書類。名前は、ケンゴ・カワシマ。

―――――――――――――――――――――――――

長らくお待たせしました。申し訳ないです。

今回の更新は以上となります。

―――――――――――――――――――――――――

「ケンゴ、ケンゴ、起きなさい。今日はあなたの15歳の誕生日。冒険に出発する日ですよ」

 という母親の声に対して、俺は短く返した。

ケンゴ「そんなこと知ってるよ!」

 だって眠れなかったんだから!

 既にベッドから跳ね起きて、新品の皮のブーツを履き慣らしている最中だ。まだ皮は堅いけれど、これくらいがちょうどいい。ブーツを自分の足に合わせていく作業が醍醐味だから。
 窓の向こうに見える太陽は燦々と輝く橙色。空はどこまでも続く水色。どちらも俺の出発を応援してくれているように見えた……なんてのは、ちょっとセンティメンタリズムが過ぎるだろうか。

 部屋を出てすぐの今では母親がトーストと目玉焼き、そしてカリカリに焼いたベーコンが散らされたサラダを作っていた。
 普通のメニューに見えるが、我が家ではこれが出発の日に食べる朝食だと決まっているのだった。
 なぜなら親父がそうだったから。


 俺は居間の壁を見て、首を捻った。あるべきところにあるべきものがなかったのだ。
 そしてすぐにそれは見つかる。食卓に立てかけられていた。

ケンゴ「母さん、これ……」

母「もってきなさい。今更触るんじゃない、とは言わないわよ」

 俺はおずおずと手を伸ばす。ずっしりと手に重みがかかる。重厚な作りで、俺が今まで振ってきたショートソードとはわけが違った。
 刀剣マニアだった親父の形見。そして、いくつもの戦場をともに駆け巡った相棒。

 銘はわからない。ただ、確かな作りのその彎刀は、幾たびも親父の命を救ってくれた功績がある。

 いったいどれほどそうしていただろうか。母親が食卓に朝食を並べるまで、俺は忘我で彎刀を握り締めていた。


母「あんまり無理しちゃだめよ」

ケンゴ「うん」

母「何かあったら連絡しなさいね」

ケンゴ「うん」

母「いつでも母さんはあなたのことを心配してるからね」

ケンゴ「うん」

母「……って言っても、聞きやしないんだろうけど」

 苦笑しながら母さんは言った。俺はそれにも「うん」と返す。
 遊びではないのだ。遠足でもないのだ。ましてや探検などでも。
 俺は、親父が守ろうとしたものを代わりに守って、そして同時に、親父の仇すらも討つつもりだから。

 親父――ゴダイ・カワシマは軍隊で小隊長を務めていた。もう五年も前の話だ。
 ひときわ大きなドンパチがあって、親父はそこで、乱入してきた魔族に殺された。
 四天王、序列二位、海の災厄・ウェパル。

 どんな理由でウェパルが乱入し、親父を殺したのか、俺にはわからない。彎刀を形見として届けてくれた二人の女性は語らなかったし、聞いても教えてくれそうになかった。

 俺は知りたいのだ。俺が知らないことを。都にいるだけでは知り得ないことを。


 と、どんどん扉が叩かれた。返事を一つして出迎える。どうせ誰かはわかっているのだから。
 やっぱりだった。扉を開けた先には幼馴染が立っていて、不機嫌そうな視線を容赦なくこちらにぶつけてきている。
 そばかすが印象的な、隣の家の、それこそ腐れ縁。

幼馴染「……なによ」

ケンゴ「そりゃこっちのセリフだろ」

幼馴染「別に、なんともないわよ」

ケンゴ「……そっか」

幼馴染「そっ、そんな悲しそうな顔するんじゃないの! まるで私が悪いことしたみたいじゃない! 嘘に決まってるでしょ、バカ!」

 そう一通り罵って、何かをオーバースローで投げてくる。
 何とか受け取れたそれは、手のひらにすっぽりと収まるサイズのもので。


幼馴染「お守り。ちゃんと五体満足で帰ってきなさいよ」

幼馴染「お父さんのことは、わかってる。だから止めたりなんてしないから」

幼馴染「だから」

幼馴染「絶対……死んだら、だめなんだかんねっ!」

 それだけを叫んで走り去っていった。多分、顔を見られたくないんだと思う。
 でもそれは俺だって同じなのだ。確かにうれしいし、わくわくしている。眠れなかったくらいなのだから。
 ただ、それは眠れなかった理由の半分でしかない。

 残り半分。俺は怖いのだ。未知の世界が。戦いが。何より死ぬことが。
 当然だろう。怖くないやつなんていない。そりゃそうだ。
 だからこそ、俺は気丈に、恐怖を笑い飛ばさなくちゃいけない。決して心を折らないためにも。

 俺は彎刀を握り締めて、そっと壁に立てかける。食事をとったら王城だ。そこで許可証を受け取って、ついに旅に出る。

―――――――――――――――――

―――――――――――――――――

 その後、俺はきちんと王城へ向かい、俺と志を同じくする人々たちに混ざって無事許可証を手に入れた。どんなものかと思えば、存外簡素なものだ。顔写真と氏名、そして国璽が押されている。
 途中でクレイアさんと出会った。親父の同僚だった人だ。我が家に彎刀を届けてくれた張本人でもあって、俺はこの人にいくら礼を言っても足りやしない。

 とはいえ会話の種があるわけでもないので、ほんの一言二言会話を交わして別れた。「頑張ってね」「はい」という程度だ。
 ただ、その「頑張って」に内包されている数多の困難を、俺もクレイアさんも理解していないわけではないけれど。

 許可証をもらえば十五歳の俺でも酒場に自由に出入りできる。広間にいた二十人ほども、当然そうするらしかった。人の流れができている。
 目的は様々だろう。腕試し、開拓、行商、エトセトラ。先ほど志を同じくすると言ったが、実際それは大きく嘘なのだ。富や名声を目的としない俺みたいな輩はきっと少数派だろうから。

 酒場の扉を押し開けると、中にいた人々が一斉に俺へと目をやって――鼻で笑い飛ばすのがわかった。もしくは、明らかな落胆。


 がちゃりがちゃりと装備を鳴らして、一人の大男が近づいてくる。歴戦の強者といった風体だ。装備も年季が入っているし、その下の肉体も、確かに鍛錬されている。

大男「おい、坊主。ここは酒場だ。酒も呑めねぇガキがどうしようってんだ」

 俺は黙って許可証を見せた。まさか大男も俺が許可証もなしにやってきたのでないことはわかっているらしく、短く笑ってこちらに向き直る。

大男「なに、別に絡もうってんじゃねぇ。これは忠告だ。親切心から俺は言っているんだぜ?」

大男「外の世界はお前みたいな坊主にゃ早すぎる。獲物はなかなかだが、あと五年修行を積んでから旅に出な」

大男「旅に出るってことは、命を天秤の片方に乗っけるってことだ。子供の命なんてとてもじゃねぇが軽すぎる。つりあわねぇな。木の実を取りに行くのとはわけが違うんだ」

 大男が最初に言ったように、確かにそれは嘲りではなく忠告だった。もし俺が逆の立場だったらきっと同じことを言うだろう。
 それでも、俺は首を横に振らなければいけない。一年だって無駄にはしたくないのだ。

ケンゴ「そういうわけにもいかないんです。親父の仇を討たなくちゃならないから」

大男「……復讐は何も生まねぇ。やめとけ」

 あるいは大男自身にも覚えがあるのかもしれなかった。

 俺はさらに首を横に振る。

ケンゴ「復讐ってんじゃないです。ただ……筋を通したいだけです」

ケンゴ「それに、俺は嘗て、旅の人に救われました。俺は少しでも誰かを救いたい」

ケンゴ「グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズみたいに、俺はなりたいんです」

 その名前が出たとき、僅かに酒場の空気が変わる。驚きというか、怪訝というか……。

大男「……ま、許可証が出ちまった以上、俺の口を出すことでもねぇか。けどな、坊主、覚えておけ。最後に勝つのは腕っぷしが強い奴じゃあない。ここに」

 どん、と自分の胸を叩く大男。

大男「でっけぇ、がっちりとした柱を持ってるやつが、最後に勝つんだ」

ケンゴ「肝に銘じておきます」

 大男は俺の脇をすり抜けて酒場から出て行った。空気が変わるまでには少し時間を要したが、と言っても数十秒のことで、空気は騒がしいものへと戻っていく。

 ……これじゃ、一緒に旅をする仲間を探す感じでは、なくなっちゃったかな。


 城下町というだけあって利用者の平均レベルも高い。こんな初心者の、それこそガキを相手にしてくれる物好きもそういないだろう。
 仕方がない。多少お金はかかるけど、斡旋所のほうにも足を運んでみようか。そう思って踵を返した、そのとき。

魔法使い「待ちな」

 とんがり帽子に樫の杖。黒いマントを羽織った女性が立っていた。その背後には戦士らしき男性と僧侶らしき女性もいる。
 全員がそれなりに若い。二十前後、といった感じか。

ケンゴ「……なんですか」

魔法使い「いま、グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズって言ったね」

ケンゴ「はぁ」

 よくわからない。だからなんだっていうんだ?

 魔法使いは視線を後ろの僧侶にずらした。あとはあなたがやりな――そう訴えているようにも見える。
 僅かに間をおいて僧侶が一歩踏み出してくる。


僧侶「あの、私たち……いえ、私、は、その二人を探している、のですけど」

僧侶「あ、私、教会から派遣されて、旅をしてます。世のため人のために生きるようにと……」

僧侶「あなたと、同じ、です。だから、その」

魔法使い「つまり、その二人みたいに人助けをして回っているんだけど、きみも手伝う気はない? ってこと」

 僧侶の脇から魔法使いが口を出す。
 このご時世に人助けとは実に変わり者だと思った。ただ、俺がやろうとしていることも、対して変わりはない。きっと彼女らだって自覚はあるのだとも、また思う。

ケンゴ「人助け……?」

魔法使い「そ。この娘は教会の啓示で。わたしはアカデミーの昇級試験。戦士は……ま、そういうのが趣味のやつなのよ」

魔法使い「……正直わたしはグローテ・マギカもフォックス・ナインテイルズも眉唾だと思っているんだけどね」

「「二人はいます」」


 俺と僧侶さんの言葉が思わずハモった。魔法使いは手をひらひらさせながら「わかったわかった」と華麗に流してみせる。

魔法使い「あんまいいたかないけど、うちら三人ともレベルは低いからね。質より量がほしいとこでもあるのよ。どう?」

 俺は僅かに考えるふりをした。ふり、というのは、そもそも答えなんて初めから決まっているようなものだったからだ。
 渡りに船とはこのことである。どうも三人は悪い人のようには見えなかったし、名声欲がないのは都合がいい。俺もそういうタイプではないから、行動の協調はしやすいだろう。

 ややあって、頷く。

ケンゴ「よろしくお願いします。初心者ですけど、頑張りますから」

 僧侶がぱあっと明るく笑う。魔法使いはそんな彼女を見て苦笑して、戦士は寡黙に、けれど僅かに口角を上げて見せた。

――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――

魔法使い「とりあえず、自己紹介と行きますか。わたしはリンカ。リンカ・フラッツ。国立アカデミーの六回生」

僧侶「ホリィ・ナカーク、です。修道院で、僧侶、やってました」

戦士「……エド・ハウゼンメイデン」

ケンゴ「ケンゴ・カワシマ。普通の一般人だよ」

エド「カワシマ?」

 寡黙な戦士――エドがぴくりと眉を動かした。

エド「もしかして、ゴダイ・カワシマ隊長の」

ケンゴ「親父を知ってるのか」

エド「そうか……あの人には、生前、世話になった」

 生前。この人はどうやら親父が死んだことを知っているようだ。
 対峙するのは人獣問わない兵士であるから、誰かが死ぬなど日常茶飯事……とまではいかないまでも、かなり高頻度。エドが親父の死を知っているのは、恐らくある程度親密だったのだと思う。


ホリィ「ほ、ほら! とりあえず、お、お酒を飲みましょう! お酒! それさえあれば、あの、浮世の憂さも晴れるってもんです!」

リンカ「聖職者が酒飲んでいいの?」

ホリィ「酩酊は、その、主との距離を、近づけてくれます。おいそれとは飲めませんが……今日は、あ、新たな仲間が加わった善き日。主も祝福してくれるでしょう。……多分」

 多分て。

 俺とエドの間に走った僅かな黙祷を察したのか、ホリィは努めて明るく振舞って、けれど引っ込み思案的な言葉遣い同様に、つっかえつっかえ俺たちの背中を押す。
 気を使っているのはあからさまだったが、なんだか嬉しそうでもある。もともと優しい性格なんだろう。

 とはいえ、俺はまだ十五歳。元服は迎えていると言っても、果たしてアルコールは初めてであった。しかし呑まざるを得ない。正直言ってしまえば興味もある。
 グラスを手に取った。ひんやりした感触を味わう間もなく、覚悟を決めて、一気に。

 ごくりごくりとエールを呑みほす。苦い。喉の奥がきゅっと閉まる苦味だ。味は趣味に合わないが……気分は確かにいい。
 既に僧侶は三杯目のエールを空にしようとしていて、反対に魔法使いは暖かいお茶でちびちびやっていた。話を聞く限り、確かに三人はそれほど強者ではなくて、同時にかなりのお人よしでもあるようだった。


 魔法使い――リンカ・フラッツ曰く、

リンカ「王立アカデミーってもピンキリなの。わたしはそのキリのほう。落ちこぼれね」

リンカ「昇級試験は、『旅に出て、三か月以内に善い行いをすること』。魔物を倒したり、人助けをしたり、いろいろ」

リンカ「周りはわたしを馬鹿にしたわ。どうせ死ぬのが落ちだ、ってね。ま、庶民出の魔法使いのヒエラルキーなんて所詮そんなもんよ。ムチン家やらホンク家やら、良家がうじゃうじゃしてる中ではね」

リンカ「え、家筋? そりゃ関係あるわよ。っていうか、努力をする価値があるのはいい家筋のやつだけだし」

リンカ「魔力ってのは血に宿るの。何世代も受け継いできた濃い血から大魔法使いは生まれる。名門はそういう人体改造を続けてきたようなところよ。だからこそ排他主義の貴族主義」

リンカ「そいつらとは絶対に組みたくなかった。でも、一人じゃ無理があった。偶然この娘……ホリィを助けて、エドとも出会って、今に至るわけ」

リンカ「……旅する英雄の二人の話は、聞いたことはあるけど。でも、やっぱり眉唾だと思うわ。そんな強い人間がいるとしたら、それはそれこそ名門出の大魔法使い様か……人間じゃないもの」

リンカ「……いたらいいな、とは、思うけどね」


 僧侶――ホリィ・ナカーク曰く、

ホリィ「辺境の村って、教会がないところも、その、けっこうあるんです。だから、わ、私、そういうところを回って、神父様の、真似事なんかをしてるんです。神父様は、お、お忙しい、方ですから」

ホリィ「普段は、もちろん、安全な道を歩くんです。けど、道に迷ってしまって、そうしたら、偶然、リンカちゃんが」

ホリィ「……助けてもらった、その、お礼、も、あります。それに……神父様は、仰ってました。情けは人のためならず、と。主もきっと、お空から、わ、私を、見てくれてるはずです」

ホリィ「リンカちゃんと一緒だったら、も、もっと、沢山の人に、お手伝いできるんじゃないかって、あの、私、思って」

ホリィ「こんな世界だからこそ、私が、じゃなくて、私、も、頑張らなくちゃって」

ホリィ「そ、それに、私、あの二人の旅人、リンカちゃんは眉唾っていうけど、そうかもしれないけど、でも、信じたい、です」

ホリィ「あの二人が、私の、い、生きる姿、なんです!」


 戦士――エド・ハウゼンメイデン曰く、

エド「……いろいろ、あってな」

エド「これでも、もともとは軍隊にいた。旅人構想が始まった際に抜けたんだ。子供にはわからないかもしれないが、決してあそこは、正義の味方なんかじゃあなかった」

エド「……方法が間違っていたわけでは、ないと思う。ただ……そうだな。俺の、性にはあわなかった。それだけだ」

エド「国のためなら全てを切り捨てる考えは、まっぴらだ。そういう意味じゃ、俺があいつらと一緒に旅をしているのは、罪滅ぼしなのかも、しれん」

エド「……喋りすぎた。あまり、喋るのは得意じゃあないんだ」

エド「まぁ、これからよろしく頼む。俺は、一応は戦士と名乗っちゃいるが、隊長……お前の親父さんには程遠い。鍛えてはいるけど、難しいもんだ」

エド「目的がどうであれ……旅ってのは、大変なことが多い。ばかりだ、と言っても、いいかもしれないな……」

エド「うちのやつらは、特にホリィは、伝説の旅人二人に憧れている。夢を見ているとは、俺には言えんが……目標みたいなものなのだろう」

エド「ケンゴ。お前は、どうだ。命は短い。呑めるときに呑め。休むときに休め。やりたいことは、やれるうちにやっておくべきだ。俺はそれを怠った」

エド「……イケる口だな。今度は、お前の番だ」

 エドはそう言って、グラスで俺を指示してきた。


 四人掛けの丸いテーブルが四角く見える。頭がふわふわして、足元がふらふらする。それでもエールはうまい。体に沁みわたっていく。
 そろそろヤバいな、という実感はあった。どこかか自分を俯瞰している自分がいる。

ケンゴ「俺は、子供のころに、あの二人に助けてもらったことがあるんですよぉ!」

リンカ「はぁ!?」

ホリィ「う、うそ!」

エド「……」

 三者三様の驚き。しかし、嘘とは失礼な。
 俺はあの日のことを、舌が時折縺れながらも三人に説明する。遠き日のこと。そういえばあの日も酒場でおっさんたちに話したっけ。やっぱり嘘だと思われたけど。

ホリィ「ほら、ほら! やっぱり、ほら、いたんですよ、リンカちゃん!」

リンカ「べ、別にまだ決まったわけじゃないでしょ。ただ女性二人組に助けられた、それだけだし」

ケンゴ「まぁそりゃそうですけどぉ」

ケンゴ「でも、噂と恰好は一緒でしたよぅ! 全身をすっぽり覆う、フードつきのマントに、決して身長は高くなくて!」


リンカ「模倣犯かもよ!」

エド「犯罪をしてはいないだろう」

ケンゴ「そんなムキにならなくたっていいじゃないですか!」

ホリィ「そそ、そ、そうですよリンカちゃん! 主よ感謝いちゃしましゅ! 噛んだ!」

エド「おい、ホリィ、落ち着け」

ホリィ「ほらほら、みらさん、エールを注いふぇ! リンカちゃんも、お茶なんひゃじゃなくて、ほら、乾杯って、行きますよ、ほら!」

 喚きたてる聖職者。何が聖職か。どこが聖か。

ホリィ「四人の出会いと、これからの旅の安全にぃ!」

 ひときわ大きく、グラスが鳴った。

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だいぶのんびりとした更新になりました。
今回はここまでとなります。これからもよろしくお願いいたします。

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 アルミラージがその鋭い角をこちらに向け、一直線に走ってくる。腹を突かれては堪らない。彎刀の鞘で逸らしながら体勢を立て直した。
 魔物の走る先ではエドが待ち構えている。鉄の盾を構えて致命傷を避け、右手の斧で叩き切るのが彼のスタイルだと、俺はこの数週間で学んだ。倒すよりも倒されないことに重点を置いているのだ。

 しかし、人間相手ならばともかく、四足は素早い。エドの斧は空を切って地面へと突き刺さる。
 その背後にはホリィとリンカがいた。身を縮こまらせるホリィの前にリンカが出て、杖を魔物へと向ける。

 空間に瑕疵が生まれた。ひっかいたような傷がアルミラージの行く先に出現、僅かな間をおいて、氷が突如として具現化される。
 ヒャダルコ。彼女が使える中で最大級の魔法だ。ヒャドでは素早い魔物には当たらないと考えての選択なのだろう。
 リンカは特に凍結魔法を好む。ヒャドとヒャダルコしか、俺はまだ彼女が使っているのを見たことがない。本人は「使えないわけじゃあないんだけどね」と言っているが、本当のところはわからない。


 血が舞う。耳と後ろ脚、そして自慢の角の一部を氷に抉られた魔物は、バランスを崩して倒れながらももがき続ける。生命の強さを目の当たりにした気分だった。

「ギィイイイイイイイイイイイッ!」

 兎が啼いた。空気を無理やり振るわせる不快な声。
 唐突にリンカが頽れた。まるで糸が切れたみたいに。

 反射的に俺は手を伸ばしてリンカを抱き留める。重力に俺自身が持っていかれそうになるも、なんとか足を踏ん張らせて堪える。修行の甲斐があったというものだ。

ケンゴ「だいじょ――」

 そこまで言って肩を撫で下ろす。なんだ、寝ているだけか。
 アルミラージはラリホーを使うため、最後っ屁のそれにやられてしまったのだ。これが戦闘中でなくてよかった。

 いつの間にか静かになった背後を振り返れば、エドが兎の首を落としていた。今夜は兎鍋だ。町が近くにないわけではないが、金があるわけでもない。なるたけ自給自足をしなければ。
 食料到達にも随分と慣れたものだった。必然的に、兵士時代に一通りの方法を学んだエドがパーティの釜の番人となっている。たまに俺とホリィが手伝うくらいで、申し訳なくはあるのだけれど。


 エドが立ち上がって後ろを振り向いた。
 俺もつられてその方を向こうとして、それよりも早くエドの声がかかる。

エド「一品増えたな」

エド「ケンゴ、お前、蟹は食えるか?」

 軍隊ガニ。
 違う。軍隊ガニの……大群だ。

 わさわさと、木々の隙間から続々やってくる赤、赤、赤!
 甲殻と甲殻の擦れるぎちぎちという音が不気味でたまらない。しかもあいつら、蟹のくせにきちんと前に歩いてきやがる。

ケンゴ「……生き残れたら、たらふく食えるな」

エド「なに、レベル上げだと思えばいい。行くぞ」

 気楽に言ってくれる。エドにとっては大したことはなくとも、俺にとっては大仕事なのだ。こちとら旅に出て数週間のひよっこだぞ。
 もちろんそんなこと言いはしない。言えやしない。


エド「ホリィ、いい加減リンカを起こせ!」

ホリィ「は、はいっ! ザメハ!」

 戦闘中のエドは僅かに口数が多い。それは単なる血気から来るものではなくて、その逆、熱を言葉とともに吐き出しているのだと俺は思った。

リンカ「ん、ごめんね、やられて――ってえぇええええっ、なにコレぇっ!」

エド「軍隊ガニの大群だ! 甲殻に守られて物理は通りづらい。お前ら二人の攻撃呪文に期待してるぞ!」

 気味悪い速度で近づいてくる蟹へ俺は彎刀を打ち下ろす。ガィンと鈍い音がして、痛いほどの震動が手に伝わってくる。思わず取りこぼしそうにすらなった。
 なるほど、確かに、硬い!

ケンゴ「中身はあんなプルプルしてるくせによぉおおおっ!」

 振りかぶられた鋏、その関節部を狙って正確に斬撃を打ち込む。流石に関節までは硬くするわけにはいかないようで、それでも十分な硬度はあったけれど、なんとか刃先を喰いこませることには成功した。
 そのまま捻って、関節を破壊する。


「ごぎゅぅうおおおええおおおおおあああああ!」

 聞けば聞くほど魔物の声は醜悪だ。これだけで、存在が人間に敵対するものだとありありとわかる。

ホリィ「行きます! バギ!」

 風の塊が俺とエドの間を抜けていって蟹たちをまとめて吹き飛ばす。しかし、残念ながら甲殻は衝撃も分散するようだった。距離は稼げたが動きの止まる様子がない。

ホリィ「なら、上から!」

 天に向かって指を指したホリィが、そのまま地へと叩きつける。
 同時に、風の塊が高速落下。二体の蟹を捉えて叩き潰した。

ホリィ「は、はぁ、はぁ、やりましたね……」

 たった二体を倒しただけだというのに疲労の色が濃い。
 ホリィは回復魔法を主として学んでいたため、攻撃呪文は些細だし、弱体化など微塵も覚えていなかった。回復役として重宝していたが、それが今は逆に仇となっている。


 更なる詠唱を続けようとホリィが手を合わせているが、顔色は明らかに悪い。このままでは無事に戦闘を終えたとしても倒れてしまうのではないか。

 俺とエドがやるしかないか。
 そして、それよりも、リンカ!

ケンゴ「リンカ!」

リンカ「わかってるわよ! ――でっかいやつを、ぶちかます!」

リンカ「その名は凍結! 透き通り、屈折するプリズムと、冷気の通り道を啓く導よ! 突き刺し、満ち、生まれよ! 我が命ずるままに敵を討て!」

リンカ「ヒャダルコ!」

 澄んだ音色が連鎖的に空間へ満ちた。


 空間に次々と生まれていく瑕疵。それは冷気の生まれる出入り口だ。

 一拍置いて、蟹たちを穿つ形で瑕疵を通って、冷気が――凍結が、蟹たちを飲み込んでいく。

リンカ「もう一発!」

 エドの背後に近づいていた蟹の鋏が瑕疵に巻き込まれ、凍結した。そこへ目がけて俺は彎刀を叩き込む。
 依然醜悪な音をまき散らし、蟹がぐずぐずの瘴気とともに溶けていく。

エド「すまん」

ケンゴ「いいって、仲間だろう!」

エド「しかし、数が多いな」

 確かにその通りだった。まだ十数匹が後ろに控えている。ヒャダルコは範囲攻撃としては優秀だけれど、そもそも蟹と冷気は相性があまりよくない。メラかギラでも使えればよいのだけど……。


ケンゴ「リンカ! メラかギラは――!」

リンカ「使えない! 使えないっての! ちくしょう、もう一発!」

 ヒャダルコ。蟹が三体凍って砕けた。

 俺は果たして本当にリンカが火炎系や閃光系の呪文を行使できないのか疑問だった。ヒャダルコを覚えられる程度のレベルの持ち主が、である。
 だが、使えないのならば仕方がない。今はリンカのヒャダルコだけが頼みの綱なのだ。

エド「関節を狙え!」

ケンゴ「わかってるさ!」

ホリィ「怪我したら、すぐ治しますからっ!」

 ホリィの声を背に受けて、そのまま押し出されるように蟹の群れへと突進していく。
 両手の鋏は重く、硬く、鋭い。が、動き自体はそれほどでもなかった。道場の師範代の木刀の方が何倍も速い。
 見切れるとは言えないけれど、反応は余裕で間に合う。


 鋏を鞘で受け、いなす。思わずたたらを踏みそうになるが、敵の軍勢の中でそれは自殺行為だ。勢いに任せて突っ切る。
 左右から迫る鋏を掻い潜り、そのまま蟹を踏みつけて跳んだ。

ケンゴ「うぉおおおおおおっ!」

 目の前にいた蟹の眼窩へと彎刀を突き刺した。関節、眼窩、口腔――いくら甲殻類でも、この辺りは硬くはできないだろう!
 暴れて振り回される鋏。エドが向かってくる気配を感じ取って、俺は横へと跳んだ。

 大上段からの斧の一撃が、真っ二つに蟹を叩き割る。

エド「次ィッ!」

リンカ「退いて!」

 俺とエドの間を縫う用に、瑕疵が連なって這っていく。
 反射的に腕で前面を守りつつ、後ろへ逃げる。

 氷の結晶体が顕現。それは蟹たちを飲み込み、砕いていく。


リンカ「……っ、はぁ、はぁっ……!」

 リンカの疲労の色もまた濃い。詠唱を必要とするレベルの出力を二度も行ったのだから、ガス欠になるのは仕方ないのかもしれない。
 しかし今の一撃で蟹の数は大きく減った。これなら俺たちだけでもなんとかなる、か?

 そんな俺の希望をあざ笑うかのように、ばつん、と音がして木が倒れた。
 軍隊ガニの群れの奥、赤が犇めくその中に、唯一緑色が存在している。その緑は決して草木のそれではなくて……。

エド「逃げるぞ!」

 戦慄が伝わってくる。その内容まではわからないが――エドの表情が全てを物語っている!

エド「上位種――地獄の鋏だ!」

ホリィ「だ、だめです! 退路が!」

 既に周囲は軍隊ガニに囲まれてしまっていた。強行突破をしても、その間に地獄の鋏は俺たちに追いつくだろう。


リンカ「ヒャダルコォッ!」

 リンカが杖を振って凍結を放つ。それは三匹の蟹を吹き飛ばすも、突破口を開くというにはあまりにも力不足過ぎた。
 周囲から、蟹たちがじわりじわりと近づいてくる。

ホリィ「き、希望を捨てないでください! まだ可能性はあります!」

ケンゴ「わかってる! こんなところで死んでたまるか!」

 しかし、不思議だ。こんなところで地獄の鋏が出るだなんて聞いたことがない。それほど危険度の高いエリアではないはずなんだけど。
 それとも、近年魔物の活動が活発になっていることの証左なのだろうか。どのみち不穏なことが多すぎる。

ケンゴ「地獄の鋏を倒すことは?」

 お互いの背中を預ける形で俺は尋ねた。

エド「無理だな。今の俺たちでは、あまりにもレベルが足らなさすぎる」

 辛辣な言葉だった。けれど事実でもある。
 生存は互いの力量をきちんと把握することろから生まれる。突貫は自殺と変わらないのだ。


ケンゴ「どうしたらいいと思う」

エド「……一点突破しかない。ヒャダルコ、バキ、俺とお前の直接攻撃で、なんとか……」

 最悪体の一部をあいつらにくれてやることになるかもな、とエドはぼそりと付け足した。
 命さえあればなんとかなる。俺は覚悟を決めて、彎刀を握り締めた。

ケンゴ「一点突破だ!」

リンカ「おう!」

ホリィ「は、はいっ!」

 振り向いて、軍隊ガニの一番薄いところへと突っ込んでいく。

「ぐきょおおおおぐううううぇきぃえええええええ!」

 視界の端に緑色がちらついた。
 緑色が!


エド「ホリィ!」

 巨大な鋏がホリィを狙う。ホリィは咄嗟のことで動けそうにない!

 エドが腕を取って地面に引き倒す。僧侶の帽子が容易く両断され、地面へとはらりと落ちただけで、なんとか怪我はないようだ。
 巨大な、体高一・五メートルはあろうかという緑色の蟹が、俺の目の前に屹立していた。

ケンゴ「うぉおおおおおお!」

 恐怖を叫びでかき消して、自分自身を鼓舞して、彎刀を関節目がけて振り抜く。
 柔らかい感触が手に感じられた。が、そもそもサイズが桁違いの存在を相手に、人間の腕力では半分も切り込むことができない。
 地獄の鋏はそれでも痛かったと見えて、そのぎょろりとした目で俺を一瞥、大きく鋏を振り上げた。

 横っ飛び。まるで戦槌のような振り下ろしを間一髪で回避して、そのまま地を蹴って体勢を立て直し、エドたちと合流する。


エド「大丈夫か」

ケンゴ「なんとかな。そっちは」

エド「こっちも大丈夫だ。ただ、あれは……」

ケンゴ「やばいな」

 規格外のサイズすぎる。

リンカ「わたしが行くわ」

エド「ヒャダルコか」

リンカ「どれだけ効果があるかもわからないけどね」

エド「やめておけ。それより逃げるぞ」

リンカ「あんなのから逃げられるわけ!?」

 と、甲殻の擦れる音を響かせて、地獄の鋏がこちらへ向かってきた。リンカは杖を構えてヒャドを放つが、瑕疵より生まれた氷塊を、地獄の鋏は一顧だにしていないようだった。その速度は衰えることがない。


ホリィ「ピオリム!」

ホリィ「速度向上の呪文です。これが効いている間に、なんとか……!」

 確かに体が軽い。どうやら持続時間は一分もないようだ。そのうちにどれだけ蟹たちを倒し、距離を広げられるか――

リンカ「嘘でしょぉっ!」

 リンカが叫んだ。羽の生えたような俺たちの速度に、地獄の鋏は追いつけはしないまでも、ぴったりと追随してくる!
 なんて速度だ! 見てくれ通りの化け物かよ!

 目の前には軍隊ガニの大群!

ケンゴ「退けぇええええええっ!」

 彎刀の一振りで鋏を切り飛ばしていく。そのたびに全身に負荷がかかり、手首が尋常でない痛みに苛まれる。そんなものに構ってる暇はないというのに。


ホリィ「エドさん!」

 エドが追いつかれようとしていた。大きく振りかぶられた鋏。子供一人と同じ大きさのそれは、想像するまでもなく、恐ろしい破壊力を有しているに違いない。

 速度の乗った一撃をエドは寸でで防御する。ただし防御など殆ど意味がなく、鎧の左半分のパーツを粉々に砕かれながら、エドはそのまま地面を転がっていく。

ケンゴ「エド!」

ホリィ「よくもエドさんを!」

 ホリィが風の塊を叩きつけるが、甲殻の前では依然無意味だった。寧ろそれは火に油を注ぐだけの行為にも見えた。
 ぎろり。地獄の鋏の瞳が、今度はホリィを捉える。

リンカ「ヒャド! ヒャド! ヒャド! ――くっ」

 氷塊を受けて地獄の蟹の体が僅かに揺らぐが、ダメージを受けたようには見えない。わずか数秒の時間稼ぎにしか。


 その間に俺は切迫していた。脚へと足をかけて、三角跳びの要領で、勢いよく宙へと飛び出す。
 いくら甲殻類でも!

ケンゴ「関節と、眼くらいは!」

 彎刀を思い切り地獄の鋏の眼窩に突き刺してやる。地獄の鋏は醜悪な声を上げながらのた打ち回り、脚と言わず鋏と言わず、あたりかまわず振り回す。
 木や草が砕け、折れ、倒れていく。

 俺はといえば腕頭につかまって振り落とされないようにしているのだけで精いっぱいだった。だいぶ深くまで突き刺したと思ったけど、全然力が弱くもならないでやんの!

ケンゴ「くそっ!」

 暴れた鋏が、体勢を崩したリンカへ向かっていくのを、俺は見た。

 血の気が引く。飛びおりて、鋏を切るか? ――いや、できるなら初めからやっているって!

 エドが地を蹴る。しかし、上から見ている俺にはわかる。間に合わない。
 間に合わない。


 間に合わない。

 嘘だろ。

 誰か、

 誰か、

 助けてくれよぉ!

「呼んだか」

 声が聞こえた。陰鬱とした、感情の希薄な声だった。
 一人の男がリンカのそばに立っていて――鋏を、素手で

 素手で?

 止めている?

「この辺に、こいつが出るのか」

「……俺のせい、か」

 ぶつぶつ呟いて、僅かに腰を落とし、右拳を握る男。
 俺は男の次の行動がわかった。わからいでか。握った拳をどうするかなんてことは、子供だってわかることだ。
 だから、急いで彎刀を引き抜いて、蟹の甲殻を蹴りながら空中に逃げる。なるべく蟹から離れなければ、と。

 男は、そうしてそれを、地獄の鋏に叩きつけた。

 全ては一瞬だった。一瞬というよりは、あっという間というか、あまりにも単純なものだった。
 拳で殴る。蟹が吹き飛んで、砕けて、死ぬ。
 それだけ。

 「それだけ」なんて言葉で済ませていい事象でないのはわかっている。そんなレベルのできごとではない。俺たちとは住む世界が違う強さの世界を目の当たりにして、けれど俺は、住む世界が違うゆえに、それを表現できる語彙を有していないのだ。

リンカ「あ、あの」

 俺と同様に言葉を失っているリンカが、男に声をかける。

リンカ「あなたは、一体……」

 お礼よりも驚愕が口を突くのは確かに自然なことだった。俺だって、礼よりも何よりも、それが気になってしょうがないのだ。

 男は逡巡の間をおいて、視線を逸らしながら答えた。

「アルス・ブレイバと言う」

――――――――――――――――

今回の更新はここまでとなります。
いずれドラクエにもFOEが……。

――――――――――――――――

エド「アルス・ブレイバ?」

 怪訝な顔をしてエドが尋ねる。

エド「それもしかして、『あの』アルス・ブレイバか?」

アルス「……俺は寡聞にして、俺以外のアルス・ブレイバを知らん」

エド「失礼した。俺はこれでも元軍人で、一度聞いたことがある。先の大戦の際に活躍した小隊……遊軍、そのリーダーの名前を」

アルス「さぁな。人違いだろう」

 あっさりと答えて、しかしそれがあまりにもあっさりしすぎていたから、俺は逆に不思議に思った。この反応があまりにも厭世的すぎるんじゃないかと。

 立ち上がろうとするアルスへと慌ててホリィが声をかける。

ホリィ「ちょ、ちょっと待ってください! この森は、なんか、変です! 危険ですよ!」

アルス「大丈夫だ」

 確かにあれだけの強さがあれば危険なことなど皆無に違いない。それでも放っておけないのはホリィの仁徳だ。


ホリィ「待ってください!」

 あまりにホリィが引き止めるものだから、アルスは浮かせた腰を石の上に戻し、溜息をついた。

アルス「なんだ。なんなんだ、お前は」

ホリィ「……特に、なんていうことはないんですけど、その……」

 そして、だんまり。
 居心地の悪い空気が場を支配し、そのまま数秒が経過した。誰かが口を開かねばならないのはわかっているけれど、いざそうするには勇気が足らない。
 そしてその静寂を破ったのは、やっとこ続きを口に出せたホリィ自身だった。

ホリィ「あ、あっ、そうです。とりあえず近くの町まで一緒に行きましょう! ね!」

 別に俺たちの護衛を頼みたいだとか、きっとそういう打算的なもろもろはないのだと確信できる。ホリィがそういう駆け引きや機微と言ったものを捉えるのが不得手なことは一目でわかる。
 恐らくアルスもそれは一瞬で分かったはずで、だからこそ顔を顰めて首をかしげた。何を言っているんだ、というふうに。


アルス「近くの、町?」

ホリィ「そ、そうです! 多分あと数時間も歩けば森を抜けられるはずで――」

アルス「あぁ」

 合点のいった顔をアルスがする。

アルス「お前ら、わかってなかったのか」

 嘆息。
 俺たち四人はアルスの言うことが何一つわからず、きょとんと顔を見合わせるばかり。しかしそうしていたって答えが落ちてくるはずもなくて。

 そんな俺たちを見て、アルスはもう一度嘆息した。

アルス「ここは惑いの森だ」

ケンゴ「迷いの森?」

アルス「『惑い』だ」

 訂正を入れて、続ける。


アルス「字面は似ているが中身はまるきりの別物だ。惑いの森は、迷わせるんじゃない。惑いを持った人間をおびき寄せ……喰う」

リンカ「喰う、って、どういうことですか」

アルス「そのままの意味だ。この森の養分にするのさ。魔物はうようよしている。出口を見つけるのは至難の業だ。行き倒れになって、分解されて、栄養になる」

アルス「森自体が何かするわけではない。ただ、森自体が一つの生き物なんだろうな。一種の魔法的素地をもった」

 俺はいまだにアルスの言ったことの重大さを理解しかねていた。
 恐らく、ある種の魔法的に隔離された空間に、俺たちは迷い込んでしまった。出る方法はわからない。が、とにかく、この森自体が俺たちの命を直接的にではないにせよ奪おうとしているのは確からしい。
 その事実を理解してなお俺が重大さを理解しかねているのは、同じく巻き込まれたアルス自身が、まったく慌てていないということだ。

 だから俺はこう思う。もしかしたら彼は脱出方法を知っているのではないのか、と。

アルス「四人パーティ全員が、か。因果めいたものを感じるな……」

 アルスがぼそりと呟いた。


 惑い。アルス曰く、この森は惑いを抱えた人間しか取って食わない。それはつまり俺たち四人――アルスも含めて五人――に、人知れず惑いがあるということだ。
 そこまで考えて立ち尽くした。俺が抱く惑いとは一体何か。
 そう。俺には惑いの自覚がないのだ。

 エドも、ホリィも、リンカも、あるいは思当たる節があるのか、視線を下に向けている。だが、俺は?

 アルスは今度こそ立ち上がった。ホリィの制止を喰わないように、さっと踵を返して、

アルス「じゃあ、俺は行く」

ホリィ「待ってください!」

アルス「しつこいな! なんだってんだ!」

ホリィ「アルスさん、あなた、その、し、死ぬ、おつもりでしょう!?」

アルス「     」

 気が付けば彎刀を抜いていた。
 それは図らずとも、エドやリンカも同様であった。ホリィを守るように、三人、アルスに対峙する。


 汗がぽたりと手の甲に落ちる。

 目の前の青年、アルス・ブレイバは、空虚な表情で俺たちを見つめていた。ただ口だけが小さく動いている。声にこそ出ていないが……なんだ? 「心が」?

 ……「心が読めているのか?」?

 一体どれくらいそうしていただろうか。張り詰める空気と緊張で瞬きすらも許されず、ついに涙が眦にたまってきたころ、ようやくアルスへと表情が戻ってくる。
 肩を僅かに竦めて、

アルス「何を言っているんだか」

 鼻で笑ってそのまま歩いていく。しかしホリィは追撃の手を休めない。まるでそれこそが役目であるかのように、走って、走って、前へと。

アルス「……退けろ」

 低い声。地獄の鋏を一蹴して見せた膂力を用いれば、ホリィなど容易く蹴散らすことができるはずだ。それをあえてしないのは彼なりの自制なのかもしれない。

ホリィ「い、いやです!」


 ホリィは退かない。弱気なくせに、ここ一番では誰よりも頑固なのだということを、俺はなんとなく知っている。
 リンカが普段からホリィを庇うようにするのは、こうなったホリィを表に出さないようにするためでもあった。

 拳を握りしめるアルス。不穏な気配が漂うが、エドやリンカと目配せして、まだ大丈夫だと合図を送りあう。

アルス「いいか、これはお前らのためを言っているんだ。俺から離れろ。お前ら、死ぬぞ」

アルス「俺は追っ手がいる。追っ手は惑いとは無縁の二人だ。この森には入ってこれないだろう」

アルス「けど、あいつらはどんな方法だってとる。お前らが巻き添えになる可能性は十分にある」

 アルスの言うことの意味を俺たちは理解できなかった。しかし、彼がナルシシズムでそう言っているのではないことは確かだった。本心からの忠告だ。嘗て酒場で名も知らぬ戦士が俺にしてくれたような。

ホリィ「い、いやです!」

 ついにアルスの手がぴくりと動いた。俺たちは反射的に二人の間に割って入る。


ケンゴ「ま、ま。アルスさんも落ち着いてください」

エド「ホリィもだ。押し付けがましいのはよくない」

ホリィ「で、でも! 悩みのある人を放ってはおけません、聖職者として!」

アルス「おま」

 おま?

アルス「……厄介な女だ」

アルス「昔、同じことを言うやつもいた。そいつはあっけなく死んだ」

アルス「放っておいてくれ。俺はいるだけで誰かを不幸にする」

 踏み出すアルプの服の裾を、むんずとホリィが掴んでいる。


 リンカが一歩前に出て、苦笑しながら提案した。

リンカ「悪いけどさ、あと一晩くらい、どう?」

 そうでもしなきゃあ、この娘、梃子でも離れないよ。

 なるほどそれは確かに説得力のあるセリフだった。根拠はない。しいて言えば、今のホリィの言動が根拠というべきか。
 アルスは暫し顔を顰めていたが、やがてどうにもならないことを悟ったのか、肩の力を抜く。どうなっても知らないぞ、と呟いて。

 あの身体能力なら恐らくちょっとの隙をついて逃げ出せるはずだ。それでいい。俺たちはホリィをこそ止めるけれど、彼を止める理由なんてないのだから。
 ……あの戦力はかなり有益ではあるとしても。

――――――――――――――――――


>>180
アルプ → アルス です。
脳内補完しておいてください。すいません。

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 そうして俺たちは森の中を歩き回った。けれどやはり出口は見えず、本来ならとっくに出ていてもいい頃合いだというのに、切れ目すら見つからない。
 どこまで行っても木が生い茂っていて、そもそも距離の感覚があやふやだ。アルスの言った「惑いの森」、最初は半信半疑だったが、なるほど確からしい。

 魔物との戦闘も何度か経験した。そのたびにアルスが一蹴し、正直俺たちは巻き添えを食わないようにするのが精いっぱいだ。
 この森で僅かばかりレベルがあがったけれど、その程度で彼との距離が埋まるとは決して思えなかった。こちらが10だとすれば、あちらは……どうだろう。考えも及ばない。カンストしていてもおかしくはない。

 そして、現在。
 惑いの森でも日は暮れる。俺たちは野営をすることとして、まず女性二人が休憩、男性三人が見張りをすることとなった。

エド「……行っても、いいんだぞ」

アルス「言われなくてもそうするつもりだ」

 ぴしゃりとアルスは言った。が、「ただ……」と言葉を繋げる。

アルス「半日いて、感じた。心配すぎる。それは、なんていうか、気分がよくない」


 つまり、俺たちが弱すぎるからと言外に言っているのだ。しかし事実であるため怒る気にもならない。
 エドは僅かにほころんで、

エド「優しい人なんだな」

 とだけ言った。アルスはそれに対して返事をしなかった。

エド「アルス。あなたに一つ、聞きたいことがある」

アルス「……」

エド「あなたが今言ったように、俺たちは……俺は、弱い。惑いの森に囚われるのはしょうがないかもしれない」

エド「けれど、あなたのような強者が、どうして惑いの森に?」


アルス「……」

エド「不躾は、承知の上。ただ、俺は聞きたい。強くなっても、やはり人は迷う――惑うものなのか?」

 エドの真っ直ぐな瞳。アルスはそれを真っ直ぐ受け止めたうえで、視線を逸らした。
 たっぷり十秒も経った頃だろうか。ついにアルスは言葉を返す。

アルス「強くなっても、強く在れなければ、無意味だ」

 ……?
 残念なことに俺にはその言葉の意味が分からなかった。強くなる。強く在る。それが単なる言葉遊びではないのだとすれば、確かな格言めいた要素が存在するのだろうけれど、そのエッセンスを知るに足る経験は俺の中にはない。
 けれどエドは理解できたようで、噛み締めるように視線を落とした。

エド「あなたも、色々あったんだな」

 そうでなければこの森には捕まらないはずだ、と付け加えて。

アルス「普通に生きていてもな。だから、旅人がそうでないはずはないさ」


アルス「そっちの坊主も、ま、死ぬなよ

ケンゴ「坊主じゃない、ケンゴ・カワシマだ」

アルス「……そうか。ケンゴ・カワシマ、か。いい名前だ。きっといい父ちゃんだったんだろう」

 ……? アルスの意図がわからない。なぜそこで父さんにのみ言及するんだ?
 もしや、嘗て……。

 いや、やめておこう。詮索は無粋だと思う。全てをわかろうだなんて土台無理なことなのだ。
 もしアルスと親父が知り合いだったとして、親父は故人で、アルスもまた尋常ならざる雰囲気を発している。そこに俺の介入する余地はない。

エド「そういえば、アルスは各地を旅していると言っていたな」

アルス「旅というよりは放浪だけどな」

エド「では、グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズ。この名前に聞き覚えは」

 僅かにアルスの動きが止まった。そしてアルスは、それを意図的に隠蔽しながら、口元を手で覆った。
 焚火の明りで顔の大半が濃い影に覆われ、アルスの表情の仔細を窺うことはできない。しかし僅かに呼吸に苦悩の色が見え隠れしている。

エド「昼間に言ったかもしれないが、俺たちは目的こそ違えど、その二人に出遭いたいと思っている。情報を聞いたことはないか?」


アルス「……ないな」

エド「……そうか」

アルス「あぁ。名前くらいは聞いたことがあるが、それだけだ」

エド「いや、気にしないでほしい。一応聞いてみたというだけだから」

エド「あなたも聞いたろう? 人を助け、町を救う、救世の旅人だと」

アルス「あいつらがそんなタマかよ……」

 アルスの呟きは俺の耳元で霧散する。その内容までは聞き取れなかったが、呆れと、それ以上に懐かしさが混じっていたように思う。
 しかし、そうか。やはりアルスのような歴戦の旅人でも、その行方を知ってはいないのか。リンカが眉唾だというのも頷けようものだ。もちろん、俺は二人の実在を知っているのではあるけど。


 いつ会えるだろうか。もし会えたとしたら、彼女らは忘れているかもしれないが、きっちりとお礼を言うのだ。今の俺があるのは彼女らの助けがあった空のようなものなのだから。

アルス「あんたも、二人を?」

 何気ないアルスの言葉。だがそれを受けて、エドは細く長く息を吐いたかと思えば、長い沈黙で返した。
 尋常ならざる雰囲気を察して、俺とアルスも黙り込む。

エド「……」

エド「そう、だな」

エド「俺は探しているわけではないが……もし本当にいるなら、会ってみたい」

エド「彼女たちなら、俺のこの汚れきった魂をも救ってくれるかも、しれないからな」

 いや、そんな他人任せでは、やはりだめなのかもな。エドはぼそりと呟いて、俺たちへ視線を向けずに一息で、

エド「俺は、嘗て町を焼いた」

と言った。


 思考が止まる。
 町を焼いた。聞き違えでも、冗談でもないならば、俺の耳は確かにそう聞いた。

エド「とある作戦のためだった。先の大戦に先駆けて極秘裏に進められた前線構築。そこに俺はいた」

エド「極秘裏ということは、誰にも知られちゃいけないということだ。目撃者を出してはいけなかったし、付近の村も……焼かねばならなかった」

エド「作戦前に逃げ出したよ。脱走同然というか、脱走だな、あれは。軍隊が大幅に改変されて、一応恩赦も下ったけれど、俺はいまだに夢で見る。あの日、火を放たれた町を」

エド「……おかしいだろう。俺は実際あの時の光景を見ていないのに、だ。夢の中で町は火に包まれて、大人も子供も区別なく、斬られ、火の中に……」

エド「きっと、これが俺の『惑い』だ」

エド「俺がきっと、あの日、もっと強ければ、どうにかできたんじゃないのかって……何も行動を、していないからこそっ!」


 だんだんとエドの声に悲痛が混じってくる。
 いや、混じらずにいられるだろうか。本来守るべき市民を自らの手で見殺しにする判断は、まるで地獄の所業じゃないか。
 ちらりと脳裏に親父の笑顔がよぎる。もしかしたら親父だって、俺に言わない、こういう任務があったのかもしれない。

 気が狂いそうだ。

 エドは顔を覆って涙を噛み締めるばかり。アルスも悲痛な面持ちで、不思議と遠くを見ていた。距離が、ということではなく、時間がという次元で。
 今は鬼神の如き強さのアルスも、もしかしたら過去にはそんな無力さを味わったことがあるのかもしれない。

 その時、がさりと枝葉が揺れた。魔物か――彎刀を握って立ち上がるが、なんてことはない。そこに立っていたのはリンカだった。

ケンゴ「悪い、起こしちゃった?」

 リンカは無言だった。なんだか様子がおかしいようにも見える。杖を持ったまま立ち尽くして、視線は真っ直ぐと前へ。
 背筋に悪寒が走った。恐怖から来るそれであったし、同時に、もっと体感的なそれでもあった。
 周囲の気温が低下している?


 そして、視界をよぎる白い線。俺はそれを見たことがあった。

 空間に、瑕疵が、

 瑕疵が?

リンカ「そうか。あんたか」

 瑕疵から漏れ出す――冷気!
 顕現した氷塊が氷の刃となってエドへと襲いかかる!

 誰よりも素早くアルスが跳んだ。瑕疵の発生から氷塊の顕現までの僅かなタイムラグを利用して、エドへと一気に近寄って、一息に蹴り飛ばした。
 エドは地面を転がっていくが勢いこそそれほどでもない。いや、寧ろ、今気にすべきは、エドではなくリンカ。

リンカ「あんたが町を燃やしたのかっ!」

―――――――――――――――――――――――――

今回の更新はここまでとなります。
物語を畳み切れるのか、それは神のみぞ知る……。

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エド「おまっ、なんっ!?」

 言葉を紡ぐ余裕すら与えず、リンカは手当たり次第にヒャダルコを連打していく。生まれる瑕疵と生み出される氷塊。飲み込まれれば腕の一本は失ってもおかしくない。
 空間に生まれる瑕疵を頼りに、エドは氷塊をなんとか回避していく。しかし斧は抜かない。リンカはまだ俺たちの仲間なのだ、当然だ。

ケンゴ「うわっ!」

 俺やアルスの方まで氷塊が襲う。それを半歩下がって避けて、俺はリンカの周囲を窺った。うまく隙を見つけて止めなければ……。

アルス「生き残りだったのか、あいつ」

 アルスの呟きを今度こそ俺は聞き逃さない。やはり、アルスも同じ結論に達したようだった。それしかあるまい、とも思う。
 エドが参加し、途中で逃げ出したという作戦。その過程で焼かれた町の生き残り。それがリンカ・フラッツの正体なのだ。

アルス「お前ら四人、なんていう因果だよ……っ!」

 吐き捨ててアルスは地を蹴った。一瞬の加速でアルスはすでに最高速へと達し、視界の端でとらえるのが精いっぱいの速度でもって、リンカの腕と首を捕えた。
 俺やエドが動けない速度で行われたそれに、当然リンカがついていけるはずもない。詠唱を無理やりにキャンセルさせられ、そのまま腕を捻られる。と思えばリンカの体は容易くバランスを崩し、地面に倒れた。

 リンカの両腕を両足で固定して、アルスは腹の上に乗る。リンカがいかに暴れようとも微動だにしない。それは単純な重さというよりは技術のような気がした。

リンカ「は、放せっ! 関係ない人間がっ、茶々を、入れるなぁっ!」

 咆哮だった。犬歯をむき出しにして、今まで俺たちに見せたことのない、憎悪に塗り潰された表情のリンカ。
 反対にエドは沈痛な面持ちで、それはともすれば泣きそうに見えた。視線は真っ直ぐにリンカへとむけられている。

リンカ「エド、エドォッ! あんた、笑ってたんだろう! 心の中で! わたしのことを!」

リンカ「母さんを斬って、焼いて……っ! 忘れたことなんてないっ、忘れたことなんて!」

リンカ「ヒャダ――」

 アルスが咄嗟にリンカの口へと己の右手を突っ込んだ。右手から小指までの四本が口に突っ込まれ、リンカは全く詠唱ができない。

 それでもリンカは諦めない。ならばとアルスの指を噛み千切ろうとするも、彼の指にはうっすらと血が滲むばかりで、痛みを感じているかどうかも怪しかった。

アルス「静かにしろ。嗅ぎつけられたら困る」

 一体何に?
 問う間すら与えてくれず、アルスは一息に続けた。

アルス「あの男……エドと言ったか。あいつはその作戦には参加していないと言っていたぞ。その前に逃げ出したと」

 「逃げ出した」の表現にエドが苦しい表情をした。
 アルスの言葉を受けて、リンカは眉根を寄せる。そうしてすぐに、塞がっている口を器用に使って、「は」と笑い飛ばした。

リンカ「ほんはほほ、はんへー、はい」

リンカ「ははひは、ははひほ、ふふひゅーほ、ははふ」

 そんなこと、関係ない。
 私は、私の復讐を果たす。

アルス「あの町を焼いた人間は全員死んでいる。復讐の矛先は誰にも向けられない」

 だから、なんであんたはそれを知っている?


 返事の代わりに、びりり、と音がした。
 見ればリンカが器用に、片手だけで紙片を破り捨てていた。

 空間の温度が急速に――急激に下がっていく。
 瑕疵が。

アルス「そんなもんまで!」

 自爆覚悟の攻撃もアルスには全く届かない。一瞬でヒャダルコの範囲外まで逃れたアルスは、けれど当然のことながら、リンカの口から手を引き抜いている。
 そして、これもまた当然、距離だって離れて。

 自らのヒャダルコでぼろぼろになったリンカだが、それでも膝に手をついて、眼には復讐の炎を宿しながら立ち上がる。
 なぜそこまでするのか。彼女をそうさせるものはなんなのか。わからないほど俺は鈍感だと自覚していないが、エドは実行していないのだという。ならば彼女の復讐はお門違いで、八つ当たりではないのか。

 そこまで考えて俺は気づいた。八つ当たりなのだ。

リンカ「知ってる」

 唐突に言うリンカ。それが先ほどのアルスの言葉への返答だとわかるには、僅かの時間を要した。
 アルスは動かない。リンカの行動を見てからでも間に合うと踏んでいるのだろうか。


リンカ「あの日、兵士がやってきた。問答無用で町の皆を縛り上げて、切り殺して、火を放った。地獄絵図ってのはああいうことを言うんだろうね」

リンカ「わたしはなんとかお母さんが逃がしてくれたの。魔法使いだったからね。多少の無茶は利いた」

リンカ「恨んだわ。恨んで恨んで、腸が煮えくり返って死んじゃうんじゃないかってくらい」

リンカ「いや」

リンカ「もしかしたら私はあの日死んだのかもしれない」

リンカ「誰が殺したとかはどうでもいい。ただ――あの日、あの集団の一員だったという事実! その事実!」

リンカ「それだけで理由なんて十分なのよぉおおおおおっ!」

 リンカが駆けた。ぐんと速度を上げて、ヒャダルコを連打。すぐさま空間が瑕疵で満ちる。
 あと数秒。

 アルスは対応して地を蹴って、再度リンカを組み伏せようと飛びかかる。その速度はまさしく神速であるが、距離があった。リンカが何とか反応できる程度には。
 衝撃音とともにアルスの手が弾かれる。――障壁だ。


リンカ「エドッ! あんたは仲間だ! 確かに仲間だ! けど、けど!」

 瑕疵から冷気が吹きすさぶ!
 エドは棒立ちで、苦虫を噛み潰した表情で、叫ぶリンカを見ていた。抵抗の気配が微塵も感じられない。

ケンゴ「まさか……!」

 嫌な予感がする。そしてこういうときの予感は大抵当たるものだ。当たってほしくないからこそ。

ケンゴ「そんなんで罪滅ぼしになると思ってるのかよぉっ!」

 エドに飛びかかる。怪我は負っても、致命傷さえ避けられれば……!
 顔面のすぐ横で空気中の水分が凍結する音が聞こえている。ちりちり、ぱりぱりと皮膚までも痛い。引き攣りにも似た感覚に襲われながらも、俺は無我夢中でエドの腕を引いた。
 目の前を巨大な氷塊が流れていく。

 エドは動かない。
 寧ろ、その鉄塊のような肉体に、俺こそが弾き飛ばされてしまう。

 そんな、それは、だめだ。


ケンゴ「ホリィ!」

ホリィ「はいっ!」

 先ほどから俺の視界の隅にいた彼女は、ついに詠唱を解き放った。
 エドと俺を包む柔らかい光の膜。それは冷気を和らげ氷塊を逸らし、俺たちをヒャダルコから守り切った。

 次の瞬間にはリンカはアルスに組み伏せられていて、エドもまた、俺とホリィを交互に見やるだけだ。

ホリィ「エドさん! リンカちゃん!」

ホリィ「こんなことって、あんまりでしょう!」

ホリィ「悩みのある人を放ってはおけません! 聖職者として!」

 そこまで捲し立てた後、ホリィはいったん落ち着いて、

ホリィ「……リンカちゃん。エドさんに罪はありません」

リンカ「わかってる! わかってるわよ! けど!」

ホリィ「無関係なエドさんを狙うということは、無関係な私やケンゴくん、アルスさんを狙うも同義。違いますか?」

リンカ「違う! あんたらはあのときあの場にいなかった!」

ホリィ「エドさんもそうじゃないんですか?」

リンカ「だって!」

ホリィ「だってじゃありません!」

ホリィ「そしてエドさん! どうして命を投げ捨てるような真似をするんですか!」

ホリィ「それは単なる逃げでしょう!? 過去を悔やむのなら、悔やんで死ぬのではなく、悔やみながら生き続けなさい!」

ホリィ「そうしなければ、何も好転なんてしないのじゃないですか!?」

エド「言うのは、簡単だ」

ホリィ「しなさい! それがせめてもの手向けと知りなさい!」

 ぴしゃりとホリィ。俺とたいして年齢の変わらない女子に叱責され、二人はしゅんと肩を小さくしている。


ホリィ「二人とも、優しい人です。だからこそ許せなかったのでしょう、自分を。しかし、私の師である神父様もおっしゃっていました。許せない自分をこそ御すべしと」

ホリィ「だから、今一度聞きます。……私たちはもう仲間には戻れないんですか?」

 仲間。その言葉は今の空気にはひどく不釣り合いで、不似合で……けれど、甘美な響きがした。
 ここまできて果たして俺たちは戻れるのか? 少なくともリンカとエドの関係は変わる。憎しみは決して押し殺せる程度の熱量ではないし、またいつ牙を剥くことになるか分かったものではない。
 だが、きっとホリィはそれすらもわかったうえで言っているのだ。許せない自分をすら御すべし。それは俺たちが魔物ではなく人間である証左なのだと思う。

リンカ「赦して、くれるの?」

 おずおずリンカが尋ねる。ホリィはそれに対して首を横に振った。
 一瞬リンカが驚きの表情を作るが、俺にもホリィの意図はわかった。俺たちが赦すだの赦さないだの、そんな次元ではないのだ。何故なら感情はリンカやエドだけのもので、彼らが一生付き合っていかなければいけないものだから。
 そして俺たちは、そんな二人に付き合う覚悟をすでに決めている。


リンカ「ごめん……ごめんね……」

 滂沱の涙を流すリンカ。そしてホリィはそんな彼女を優しく抱きしめていた。そんなホリィはまるで聖母のようにも見える。

ホリィ「大したことないですよ。全部神父様からの受け売りです」

 謙遜しているようには見えない。本当に彼女は、その神父様とやらを信用しているのだろう。

エド「……心配かけたな」

ケンゴ「いいって。俺はなんにもしてない。礼はホリィに言ってくれ」

エド「アルスも。すまない」

アルス「かまわない。俺はもともと部外者だからな」

 ぱん、とホリィがそこで手を叩いて、

ホリィ「さぁみなさん! とりあえずこの惑いの森を抜ける方法を考えましょう!」


 そうだ。何かが終わったかのように錯覚していたが、現状は何も好転していないのだった。
 まずはこの惑いの森を抜ける方法を見つけ出さなければ、いくら仲直りしたところで、待っているのは餓死か戦死だ。

 しかし俺は一つの考えがあった。それは、アルスの落ち着きがあまりにも不自然すぎたからである。
 思ったのだ。彼は何かを知っているのではないかと。

ケンゴ「ホリィ、ちょっと」

ホリィ「なんですか?」

 離れたホリィに声をかける。

 光の柱が降ってきて、彼女の左腕を消し飛ばす。

 噴き出る血が見えた。

――――――――――――――――――――――――

今回の更新はここまでとなります。

――――――――――――――――――――――――
エド「ホリィイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」

 エドが吠えた。
 突如として空から降ってきた光の柱、その衝撃によって吹き飛んだホリィを救うべく、地を蹴って逼迫する。
 そしてその頭上に迫る、更なる光の柱たち。

アルス「邪魔だ退け!」

 アルスの震脚、からの縮地。一息でエドらに近づいたアルスは、そのままの勢いで二人を蹴り飛ばす。

アルス「逃げろ! こいつらは――やばい。お前らに太刀打ちできるようなモノじゃない」

 こいつら。アルスの言葉の意味を理解できずに、彼の視線の先を追ってみる。
 土煙の中から現れる小柄なシルエットが二つ。

 一人は褐色の肌に白い髪の毛の少女。三白眼で、耳の所に赤い羽根飾りをつけ、巨大な虹を模した弓を右手で握っている。
 一人は白い肌に黒い髪の毛の少女。澄んだ瞳で、水晶のように輝く髪飾りをつけ、無骨な戦槌を両手で握っている。


 どちらも華奢でにこやかで、脅威と言う言葉からは正反対に位置しているように、俺には見えた。二人は笑顔を崩さずにてくてくと、ぺたぺたと、アルスに向かって歩いていく。

ケンゴ「ッ!?」

 俺は気が付いた。いや、気が付いてしまったというべきだろう。
 この状況において、にこやかで、笑顔を崩さずに?
 心はどこへ行った?

トール「ねぇねぇ、どこに隠れてたの。探すの大変だったんだから」

インドラ「……森のせい、でしょ。だから……わたしたち、頑張った。褒めて」

トール「そうだよ! 褒めて褒めて! 森が魔王様を隠しちゃったみたいだから、私たちさ!」

 とりあえず森を全部焼いといたから。

 と、彼女らは元気に言った。
 いやそれよりもまず俺の耳を疑わせるのは、いましがた黒髪の少女が言った言葉。聞き間違いでなければ、魔王、と……。


ケンゴ「魔王……?」

 ぽつりと呟いただけの言葉に、アルスは過剰に反応した。ぐるりと勢いよくこちらを向いて、そして――なんだかとても泣きそうな顔をして、

 だけどそれも一瞬だった。俺の勘違いかと思うほどには。

 アルスは二人の頭を撫でてやって、俺の方をちらりと見た。

アルス「逃げろ。こいつらは人じゃない。手加減も容赦もしない。待つということも、ない」

アルス「俺に手を出すな。殺意を見せるな。こいつらが襲う」

 それが恐らく事実なのだろうことは容易に想像がついた。この状況下でアルスが嘘を言う必要もない。なにより、そんな禍々しい存在を二つも見せられて、真正面から突っ込んでいく馬鹿はいない。


リンカ「……は。あんた、何言ってんの」

 いた!

ケンゴ「リンカ! やめろ!」

アルス「頼む。頼むから、やめてくれ」

 俺はちらりと脇の二人の少女を見た。二人は体こそアルスの方を向いていたが、顔だけをリンカへと向けて、まるで感情の抜け落ちた様子で彼女を見ているのだった。

リンカ「だって、こいつは、ホリィを!」

ケンゴ「あの二人がやったかはまだわからないだろ」

 詭弁だった。あの光の柱の術者がどちらかの少女なのは明白で、俺だってそう思う。しかし詭弁でもいいから弄さねば、リンカは止まらない。もともと激情派なのだから。

リンカ「……」

 唇を噛み締めながらリンカは退いた。リンカだって、アルス、そしてあの二人の少女の実力が自らと比べ物にならないことはわかっている。突っ込むのは自殺行為だ。
 それにまだホリィが死んだとは限らない。幸い惑いの森は破壊されたらしい。火に巻き込まれず近くの病院までたどり着ければ、あるいは。


ケンゴ「……さっさと行ってくれ」

アルス「……あぁ、そうする。すまない」

 アルスは二人の少女の手を携えて踵を返した。圧力がなくなる感覚に、堰き止められていた汗がどっと噴き出す。

インドラ「魔王様、服、破れてる」
トール「魔王様、血、滲んでる」

リンカ「あ……」

 組み敷いて、符を破った際の――

 悪寒。
 やばいやばいこれはやばい。
 警告音が警告音が脳内が警告音で満ち満ちて満ち満ちて!

 人体の構造を超越した体勢で振り返った二人の少女が得物を構えた瞬間に俺は体を反転させようとするも全く同時に間に合わないことを悟って

アルス「やめろぉっ!」

 光の矢と戦槌による一撃を、なんとかアルスが捌く。光は周囲の木々をまとめて焼き払い、地面にぶち当たった戦槌は十メートル単位のクレーターを生み出した。
 人間に当たればひき肉にすらならない。


「「殺す」」

 二人の少女が声を揃えて言った。

エド「させるか!」

 二人の背後からエドが突っ込んでくる。が、白髪の少女が軽く弦を弾くだけで、空間にいくつもの光源が生み出された。その一つ一つが途方もない熱量を放っているのは、遠くからでもよくわかる。
 反射的にエドは盾を構えるが、光の矢はそんなものをものともしない。鉄を豆腐のように抉り取っていく。

トール「邪魔ッ!」

 懐に潜り込んだ黒髪がエドを押し飛ばす。それだけでエドの体は地面を転がり、数メートル進んで木をぶち折った。
 だめだ。逃げられない。戦っても勝てるわけがない。

 ならばどうする?

 首を回してリンカを捕捉する二人を遮るように、俺は彎刀をしゃらんと鳴らし、立ちふさがった。


 あぁ怖い怖い怖い怖い怖い怖いよ!
 死にたくない。旅に出て一か月もしないでこんなことになるなんて思っちゃなかった!
 死にたくない!

 けど。

ケンゴ「仲間なんだろう!? なぁ!」

 ならばやるしかない。

 どうせ逃げたところで数秒しか生命を延ばせないのだから!

アルス「やめろ! 逃げるんだ! 俺が二人を止めておくから!」

ケンゴ「もう無理。間にあわないだろ」

 いくらアルスが強くても、二人を一人で止めることはできないように感じられた。

 視線が白く染まる。
 光の矢。
 それが、一発、二発、三発……十五発!

ケンゴ「無理無理無理無理!」


 最早理性など構っていられない。生存本能の赴くままに、光の矢を弾き、回避し、肉を抉られ、身体とともに生命が消えてゆく。
 目の前に戦槌。

エド「うぉおおおおおおおおっ!」

 エドの渾身のタックルを受けて、流石に黒髪もバランスを崩した。立ち上がるのはエドの方が早いが、背後から光の矢。

リンカ「ヒャダルコ!」

 氷が砕ける。破砕時の衝撃からエドは逃げられることはできず、大きく吹き飛んだが、どうやら命に別状はないらしかった。

ケンゴ「リンカ! お前はホリィを連れて逃げろ!」

リンカ「何言ってるのさ! 私だって」

エド「ケンゴの言うとおりだ! 敵は、リンカ、お前だけを狙ってる。俺たちが逃げても意味はない!」

リンカ「だけどぉっ!」

アルス「いいから早く、行け!」


 光の矢と戦槌をアルスがなんとか捌いていく。俺たちもそれに加勢しようとはするが、正直、戦いのレベルが違いすぎてどうしようもできないくらいだ。

インドラ「魔王様、なんで邪魔するのよぉ」

トール「……魔王様も、遊び、たいの?」

 二人はアルスなぞ眼中にない様子で、ひたすらにリンカへと光の矢を撃ち、戦槌で狙ってくる。アルスが防いでくれてはいるが、やはり二対一、多勢に無勢だ。

ケンゴ「行け! 俺たちだって死ぬ気はない!」

 嘘だ。死なずに済むだなんて思っちゃいない。

 光の矢と戦槌を、最早いなすことも避けることも叶わない。きっとぼろ雑巾みたいに死んでいくことしか、俺たちに残された道はない。だけれどその道はきっと無意味なものではないはずなのだ。

ケンゴ「早く! ホリィが死ぬぞ!」

 卑怯な言葉だとは自分でもわかっている。しかし、今のリンカを動かすために、ほかにどんな言葉を用いればよかっただろうか。


リンカ「っ……!」

リンカ「こんの、馬鹿野郎ども!」

 それだけ叫んでリンカは走っていく。ホリィを背負うのが見えたあたりで、俺たちは今度こそきっちり、二人の化け物に真正面から向き合った。

トール「逃がさない」

インドラ「そうだねっ! 肉片一つ残してやらないんだから!」

 アルスの脇をすり抜けようとする二人に対し、俺たちはそれぞれ突っ込んだ。俺が白髪に、エドは黒髪に。これで僅かでもアルスの負担を軽減できればいいんだけど。

 それにしても、魔王、か。魔物の活発化が魔王の活性化とリンクしているとは聞いたことがあるけれど、まさか、そんな。
 アルスの強さや二人の少女の人外っぷりなど、確かにそれで納得のいくことは多い。そして、なぜアルスが二人を止めているのかということは、逆に大きな疑問である。

 聞かなきゃならないことが多すぎる。やっぱりここでは死ねないな。
 ……もともと死ぬつもりもないけれど。
 死ぬ覚悟があるだけで。

 俺は光の矢が降り注ぐ中に、その体を投げ込んでいく。

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―――――――――――――――――――――――

 脚が痛い。
 息が苦しい。

 背中に負ぶったホリィの体からはいまだに血が失われていて、同時に体温も、そして信じたくないけれど、生命すらも失われていく。
 やだ、やだ! そんなのは嫌だ!

 だから私は走る。力がなくて、決して満足に走れてはいないかもしれないけれど、それでも。
 早くしないと、ホリィが、ホリィが。

リンカ「ホリィが死んじゃう!」

 そんなのはだめだ。だめなのだ。許さない。到底許されることではない。
 だって、きっと、全部私のせいなのだ。私が全てを引っ掻き回して、ごちゃごちゃにして、それだのに私は今戦いをケンゴとエドにまかせっきりにしている。ほっぽっている。そんなの、だめだ!


 突き出ていた根に足を引っ掛け、勢いよく転んでしまう。膝が、肘が、熱い。付着した土の奥から血が滲んでいるのがわかる。でも、だからどうした。こんな傷くらい。
 ホリィは左腕がないのだ!

 幸いホリィを投げ出すことはなかった。私はそのまま両膝に力を入れて、何とか立ち上がろうとする。
 が、倒れる。体力がないというのもあるし……あぁ、そうか。ヒャダルコを使いすぎたんだ。

 この愚か者め。

 悔しいよ。
 悔しいよぅ。

「ふむ。だいぶ大変なことになっているな」

 頭上から声が降ってくる。
 そうか、惑いの森が終わったから、そりゃ人にも出会うか。

リンカ「お願いします、この娘を、この娘を、助けてください!」

 恥も外聞もない。洟と涙で顔をぼろぼろにした女が開口一番にこれなのだ。もう他に私にできることなんてないのだ。

「安心したまへ」

 声の主はそう言った。やわらかな声。女性のそれだとすぐに知れた。


「ベホマ」

 刮目する。失われたホリィの左腕。それが徐々に、治癒の煙を噴き上げながら、粒子を巻き込んで再生していた。
 そう、再生だ。これは治癒の範域を超えている。
 私は治癒呪文なんて理論くらいしか習っていないけれど、これが埒外な、達人の域の出来事なのはわかった。

 同時に去来する安堵。ご都合主義と言われるだろうか? それでもいい。ホリィが助かってくれさえすれば。

リンカ「よか、った」

 最早声も満足に出ない。横隔膜が引きつりかけている。

「なに。実は私もホリィと縁があってね」

「それで一つ聞きたいんだが、いいかな?」

 女性は再生をさして何ともない風に言ってから、続けた。

「アルス・ブレイバはどっちにいるかな」

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今回の更新は、短いですがここまでです。
登場人物の増加を管理しきれない予感……!

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 削れて行く地面。
 削れて行く木々。
 そして何より、削れていく肉体と命。

ケンゴ「うぉあああああああっ!?」

 犬のように這ってなんとか光の矢を回避する。それは白髪の意に沿って動くのか、決してアルスにはあたらずに、彼を避けて俺だけを狙ってくる。

 地面が俺自身の影で黒く染まる。
 背後に途方もない光源――光の矢!

 必死で木の後ろに跳びこんだ。超々高密度、高威力の光の矢は決してそれくらいじゃ防げないけれど、やらなければやられてしまう。
 光は命中とともに炸裂、木を根元から抉り取り、大量の木片を振りまく。
 僅かに遅れて、軋む音。

ケンゴ「倒れる!」

 折角回り込んだ木の裏も、あの破壊力の前では何の意味も齎さない。数十メートル離れた地点から、ざくざくと木片を踏みしめて、にこやかに白髪が向かってきていた。
 当然左手に虹の弓を携えて。

 アルスはエドと二人で黒髪を捌いている。増援は期待できそうにない。なんとか持ちこたえなければ。


 白髪の手元が光る――直感で横っ飛び。
 たった今まで俺のいた場所が焦土と化していた。抉れた地面と焦げた草木。もちろん攻撃がそれだけで終わるはずはなく、二の矢、三の矢が頭上から降り注いで!

 背後が壊滅していく音が聞こえる。逃げなければ。否、避けなければ。
 目の前からも光の矢。挟撃の形――これは避けられない!

 左腕の一本はくれてやる覚悟で突っ込んだ。恐怖に負けず、しっかりと光の群れを見る。そうでなければ頭を潰されてしまうから。
 がりがりがりがりと光が俺の皮膚を削っていく。

 激痛。左上腕、左肩が大きく消失していた。瞬時に焼かれたため失血すらない。
 笑いが零れる。なんだこれは。人外。そう、まるで人外じゃないか!

 倒せるだなんて考えてもいなかったけど、少しばかりの時間稼ぎ位ならと思っていた。そして今、俺はその考えすらも十二分に甘かったことを知った。
 恐らくあの光の矢は無尽蔵に出せる。詠唱もいらないし、ただ弦を弾くだけで光は顕現する。今俺が生きているのは、原形を保っているのは、焦土といっしょくたにならないのは、つまるところ白髪の手抜きの産物に他ならない。

 事情は分からないが白髪が殺したいのはリンカだけで、決して俺たちを積極的にどうこうしようというのではないらしい。アルスを魔王と呼んでいたことと相まって、恐らく魔族か、眷属の一種なのだろうが。

 ならばそこに付け入る隙があるのかもしれない。かもしれないが、近づけすらしない俺に、一体どうしろというのだろう。
 そもそもレベル差が違いすぎる。

 いや、腐っていても仕方がないのだ。手抜きをしてくれるのは僥倖。その間にリンカがホリィを連れてなるべく遠くへ行ってくれればいいのだ。

 光が腰骨のあたりを滑っていく。腹圧で内臓が零れていく気すらしたので、服を思い切りきつくしめ、中身を必死に止めておく。
 既に痛みも麻痺した。痛覚神経は擦り切れてぼろぼろだ。

インドラ「……じゃ。先に行ってるから」

 いつの間に近づいたのか、俺の脇を白髪が通り過ぎていく。

トール「あーっ! ずるいよインドラだけ!」

 反射的に反転した。彎刀を握り締め、背後から大上段の一撃を

 バランスを崩す。
 口いっぱいに広がる血の味。
 俺の腹から鳩尾にかけてが、ごっそりと消失していた。

インドラ「魔王様の敵は、皆殺し」

 ぼそりと恐ろしいことを呟く白髪。
 魔王の敵――アルスの敵? そしてきっとそれはリンカのことだ。

 させるかよ。

ケンゴ「させるかよぉおおおおおおおっ!」

 なぜか体は動いた。おかしなものだ。俺の体に指令を送っているのは、きっと、俺ではないのだと思った。


 俺の視界をよぎる物体。
 それは俺の脚に酷似していた。

 前後不覚になって地面へと倒れこむ。

インドラ「邪魔しないで。殺しちゃうよ?」

 ここまでやっておいて、一体この少女は何を言っているのだか――あぁ、意識が薄れていく。
 いやだめだ。リンカを追わせはしない。お前は、お前らは、ここで俺たちが喰いとめるのだ。そう決めたのだ。
 俺はみんなを守るから。

 俺はあの二人のようになりたかったから。

 俺は正義の味方になりたかったから!

ケンゴ「う、ぐ、ぅおお、あ、ぐぅううううっ!」

 声は出ない。呻き声だけで、一秒でも二秒でも、白髪の気を惹くことしか俺にはできない。
 なんて微々たる抵抗。なんて無力な存在。

 眼もあけていられない。


「何やってるのさ」

 底冷えする声が響いた。

 同時に、腹の底へと響く低音。それは地面を、空気を震わせて、まったく機能していない視野の中でも、俺は確かに見た。
 黒くて大きな塊が、白髪をぶっ飛ばしたところは。

「ボクがいる限り、ケンゴを殺させやしませんよ」

――――――――――――――――

――――――――――――――――

 打倒され吹き飛ばされる彼女。気配的に魔族なのは確定で、勇者くんが魔王になったのだとすれば、恐らく彼女は彼の眷属。同時に、大きく分ければボクの仲間……魔族。
 魔王だからそりゃあ魔族の一人や二人を侍らせたって構いやしない。けど、ボクが気になったのは、その造形をボクが嘗て見たことがあったからだ。

 彼の二人の仲間に酷似している。

 死んだと聞いていたけれど、死んでいなかったのだろうか。もしくは……悔悟が生み出した魔物か。

ウェパル「なに、勇者くん。この娘。ちょーっとばかし、趣味が悪いんじゃあないの?」

ウェパル「こんな眷属を生みだしちゃって」

アルス「……その呼び方はやめろ」

 けんもほろろに返される。さすがの迫力。魔王にあるべき姿と声音と眼光と、何より、威圧感。確かに彼は魔王になったようだ。
 しかし彼の表情は暗い。ともすれば今にも泣きじゃくりそうな雰囲気すら湛えて、それでも必死に二本の足で自分を支えている。
 人間だったころの彼はもっと前向きで、迷いながらもまっすぐ前に進もうとする意志があった。だからボクは九尾の塔で退いたのだし、彼のことを恐れもしたのだ、心底。

 だのに今の彼はどうだろうか。必死さこそあれ、彼が持っていた前向きなそれではなく、ただ抵抗するだけの後ろ向きなそれだ。事態の解決を願わないタイプの。


 何が彼を変えたのか僕には想像しかできない。ただ……アルプじゃあないけど、それはつまらない。

アルス「ウェパル。今更どうして出てきた」

 勇者くんが言う。彼は一度、まるで少女ちゃんと瓜二つの女の子と大きく距離をとった。

ウェパル「いや、別にボクがってんじゃなくて……隊長がさ」

 そう、ボクがここに来た最大にして唯一の理由。

ウェパル「言うんだもん。俺の息子を助けてくれってさぁ!」

 死体となって、ボクのものとなった隊長は、ゴダイ・カワシマは、確かに言ったのだ。俺の息子を助けてくれと。
 最初はわけがわからなかった。だけど、よくよく考えてみれば、隊長がボクのものであると同時にボクも隊長のものなのだ。真実を確かめることなど故に意味はなく、その申し出に否やはない。

 だから来た。
 簡単な話。


 背後が暁光で白く染まる。振り向きざまに目を見開くと、数多の光の矢を背景に、まるで狩人ちゃんと瓜二つの女の子がボクへと狙いを定めていた。

ウェパル「へぇ、あれで死なないんだ」

 さすがは魔族。

 ボクはすかさず魔力を編んで、巨大な船団を顕現させた。薄く発光する青白い船団。光の矢をすべて撃ち落とすつもりで砲弾を放つ。
 両者が炸裂する。お互いに魔力を練った投擲武装。勝利を分けるのは、純粋な出力と、持続力といったところだろうか。

 炸裂の余波が髪の毛を、肌を撫で、触手の左腕を揺らす。少しでも傷を与えることさえできれば蛆で喰らいつくすことだってできるのに、こちらの砲弾は全て矢で穿たれていく。手数はどうやら同程度らしい。

 驚きとともに多少イラつくが、それは向こうも同じだった。不機嫌な声でこちらに語りかけてくる。

インドラ「……なんなの? なんでわたしの邪魔、するの」

ウェパル「『なんで』? 恋をしたことのないお子様にはわからないだろうさ!」

 例えこの想いが狂気だと非難されたとしたって。


 ボクは指先で船団全てを操作して、砲弾の射出はそのままに、速度全開右舷へ旋回。空気を震わせて船首が全て白髪を向いた。

アルス「おいおい、まさか……」

 勇者くんが呟く。そうとも! そのまさかさ!

ウェパル「行けっ! 全速前進――突っ込めぇっ!」

 魔力船団は物理法則に左右されない。ゼロからいきなりの加速を経て、魔力の外套を纏って白髪へと突っ込んでいく。

インドラ「ひ、光の矢ァッ!」

 白髪が光の矢を船団に打ち込んでいくが、超高密度の魔力塊であるそれに傷一つつけることはできない。弾かれ、吸収され、勢いを落とすことなく白髪へ!
 みしみしめきめきと森の木々を折り、砕きながら、白髪が五隻に呑みこまれていく。吹き上がる土埃と破砕した葉のにおい。けれど、もちろんここで手を休めてなんていられない。

 ボクは指を鳴らした。

 途端、船団が爆裂する。
 九尾のマダンテには劣るかもしれないけど、五隻分の魔力を爆発に変換した、かなりの大規模な魔力の行使。直撃して無事でいられるはずがない。
 爆裂は、ただでさえ船団の突撃で荒廃した森の一角を、更なる荒廃へと導く。焦土。殲滅。懐かしい響きだ。まるでボクがまだ四天王みたいじゃないか。


アルス「ウェパル!」

ウェパル「っ!」

 勇者くんの声でなんとか反応が間に合った。ボクの死角をきっちり突いて突進してくる黒髪。右手にはどこかで見た戦槌を持っていて、懐かしくなると同時に悲しくもなる。
 戦槌が振るわれる。容赦のない、そして殺意のある一撃を見て、ボクは思わず息を吸い込んだ。掠った髪の毛が無残にぱらぱらと散っていくのを感じたから。
 なるほど、あの膂力はいまだ健在ということか。

トール「インドラになにすんのよっ!」

 地面を踏みしめて反転、まるで手負いの猪だ。突撃、反転、突撃、反転を、戦槌を振り回しながら繰り返してくるその熱量は、ちょっとやそっとじゃ揺らぎそうにない。
 ボクはそれを紙一重で回避し続けている。読み切れないほどの攻撃ではないが、プレッシャーは確かにある。一撃必殺は間違いないだろうし、それにインドラと呼ばれた白髪の生死も確認していない。

 黒髪の突進。それを回避して、視界の端で反転するのが見える。
 あぁ、もう、埒が明かない。


 八度目の突進。ボクはそれをカウンターで、地面に思い切り叩きつけた。
 顔面から地面へ激突する黒髪。腹からつま先までが浮き、鈍い音を立てて戦槌が倒れる。

 触手が蠢く。

 ぞわりぞわりと這い寄る白い絨毯。生きた蛆たちが一斉に黒髪へと群がり、彼女を白い蠕動体へと変えていく。
 ボクの蛆は綺麗好きで大喰らいだ。肉片の一つとして残すことはない。

 一瞬、僅かに背後が明るく光って、ボクの影が一気に伸びる。
 光源――わからいでか!
 振り向く必要など微塵もない。ボクはそのまま船団を再構築、放たれた数多の光の矢に向けて、砲弾を連射、連射、連射!

 同時にボクは伸びてくる腕を極める。足元から黒髪の腕。それはきっちりボクを縊り殺そうとしていたが、体勢的に無理がある以上なんてことはない。そのまま逆に体重をかけ、組み伏せると同時に折った。
 骨の折れる音のみならず、筋と肉の引き千切れる音すら耳に届く。

 蛆たちが喰ったのはせいぜい左腕だけらしく、それ以外は黒髪に振りほどかれていた。それもあの膂力の賜物なのだろう。
 けれど足りない。ボクとこいつらじゃあ、同じ魔族だとしても、年季が違う。


「四天王が一人、海の災厄・ウェパル。お前らとボク、格の違いを見せつけてやる」

「陽光届かぬ水底で、ぐずぐずに腐り果てるがいいさ!」

 突っ込んでくる白髪を察知して、流石に今度ばかりはどうにもできず、ボクはついに黒髪から距離を置く。逃げるボクを追うように光の矢が向かうけれど、利かない。そんなものは数年前に何度も見ているのだ。
 致命傷の導線を描くものだけをピンポイントで弾き、弾き、弾きつづけて、それ以外には目もくれない。光の驟雨の中を一歩ずつ、ステップを踏むように回避していく。

 戯れに光の矢を手で掴んでみるも、掴んだ右手が焼け爛れたのでやめることにする。熱は感じないが……どうやらあれは光と言うよりも電撃に近いもののようだった。
 そういえば、確か狩人ちゃんは生前インドラと名付けた電撃を撃っていた。それの亜種と考えてもいいのかもしれない。

 光の矢に紛れて黒髪が向かってきた。右手には戦槌。あの膂力をもってすれば、ボクの肉体を消し飛ばすなど造作もないだろう。
 そう、当たりさえすれば。

 右から左。そして左から右。斜めに振り上げて、振り下ろす。
 風がボクの眼前を、耳元を、音を立てながら掠めていく。恐ろしさがないわけじゃあないけれど、所詮子供騙しレベルじゃないか。


ウェパル「船団ッ!」

インドラ「させない」

 船団を顕現すると同時に光の矢が襲う。それを砲撃で相討ちさせて、白髪の方へは自動操舵で再度突っ込ませた。

ウェパル「二人相手なんて面倒くさくて!」

 叫んで、後ろへ跳んだ。
 そこにはケンゴが倒れている。

 彼を右手で軽々抱え、触手の左手で蛆を操り、患部を治させる。失われた血は戻らない。けれど組織はなんとでもなるのだ。
 ボクの目的はケンゴの救出。それが隊長の望み。

インドラ「させない、と」

トール「言ってるでしょっ!」

 二人が急加速。存在全てを後ろになびかせ、砲弾の雨を掻い潜りながら接近してくる。
 僅かながらの焦りが生まれた。これまでと段違いに、速い!

インドラ「そいつは、魔王様の敵の味方」
トール「ってことは、魔王様の敵」

「だから殺す」


 膨れ上がる殺意。どす黒い何かを二人は背負って、そのまま駆ける。視線は真っ直ぐにボク――というよりも、ボクが抱えたケンゴに注がれていた。
 これは……生半で太刀打ちはできそうにないか。

 覚悟は決めた。バックステップを踏んでいた両足を地に落ち着け、右足を前、左足を後ろとして、真っ直ぐ、向かってくる二人を見据える。
 それはつまり照準である。到達まではもって数秒。しかし数秒はボクにとっては長すぎる。それだけあってできないことなどほとんどない。
 たとえば、そう、武具の生成だとか。

 魔力で編みこむ。それは粒子であると同時に、撚糸にもなり得る。幾百、幾千では収まりきらない大量のそれを使って、ボクはこれまで様々なものを編んできた。
 短剣。あるいは船団と砲弾。それらは確かにボクの矛であり盾ではあるけれど、アメニティに準ずるようなものだった。決してワンオフではないという意味で。

 唯一無二は文字通り。そしてそれは軽々しく使えるようなものではない。
 だから今使う。

 嘗て、勇者くんにも使ったそれを、ボクは解き放つ。

 二又の槍。

ウェパル「グング、ニィルッ!」

 血飛沫が舞った。
 ボクの手から放たれたそれは真っ直ぐに黒髪の腹を食い破って、上半身と下半身を分離させる。零れる内臓からは湯気が立ち上り、血の色は赤。ボクにも彼女にも、人間と同じ血が流れている。


トール「な、はっ、見え、なっ……」

 黒髪が喋ると、逆流した血液が彼女の唇を濡らす。

 神槍グングニィル。デュラハンのアサシンダガーの仲間みたいなものだから、見えないのはしょうがないのだ。誰が悪いわけでもない。

 光の矢が視界に満ちる。矢というよりは散弾だ。それほどまでの弾幕密度がボクの眼前には展開されていて、黒髪と白髪、この二人の殺意があまりにも念入りだということを再確認した。
 逃げることはできそうにない。ケンゴだけを助けられればボク的にはどうだってよかったのだけど、流石にこの世界はそこまで甘くはなかったみたいだ。

 二発目のグングニィルを撚り合せる。

 光がボクの髪の毛を、耳を、肩を、脚を、体の端々を抉っていく。
 ……左手の消えていく感覚だけが心地よい。

 射出。

 光に曝されながらもボクはグングニィルを撃ちだした。巨大な魔力体がボクの指先から離れていって、体力がごっそりと減らされるのを確かに感じる。それでもこうしなければならなかったのだと思う。でなければ、きっと止まらない。
 あの二人からは衝動の臭いを確かに感じるから。


 槍はきっちりと白髪の胴体を二分させる。慣性に従ってこちらに吹き飛んでくる上半身と、遅れて倒れる下半身。

トール「負けるかぁっ!」

 ボクは思わず視線を黒髪に向けた。

 吹き飛んだはずの上半身が――いや、確かに彼女の上半身は千切れ、吹き飛んでいるのだけれど――下半身を掴んで!

 光が彼女の体を包み込む。急速に吹き出す治癒の光。しかし回復呪文を使ったようには見えない。それは恐らく、彼女自身に備わった、生まれながらの自動治癒。

 ボクが魔力を編めるように。
 デュラハンが剣を召喚できるように。
 アルプが魅了を使えるように。
 九尾が何でもできるように。

 膂力とあいまった、魔族としての彼女の特性。
 それこそ勇者くんだ。親たる魔王、それが彼なのだから、子たる魔族の彼女がそうなのも必然と言えるのかもしれない。


 つながった下半身が力強く地面を踏みしめる。ボクは殆ど本能でナイフを編み、仰け反りながら投擲する。
 黒髪は逃げなかった。それは彼女の胸に深々と刺さるが、自動治癒ですぐさま肉が盛り上がっていく。

 させじと蛆を湧かせるが……速度はどうやら、互角。

トール「ミョルニルッ!」

 得物の名を叫んで戦槌を振り上げる。距離はおおよそ二歩分。回避が間に合うか? ……間に合わせるしかない!
 さすがにあの一撃を食らうわけにはいかない!

ウェパル「うぉおおおおおおおおっ!?」

 短剣の連打。十近いそれらを、やはり黒髪は回避しない。命を捨ててボクの命を奪うつもりなのだと一目でわかる。やはり魔族。だからこその魔族。
 きっと衝動の前には命なんて無価値だから。

ウェパル「果てなき空との境界! 大いなるうねり! 耳、鼻、眼で以てその全てを吟味せよ! 死せるのちは母に抱かれ、光の届かぬ水底で腐れ! 歪んだ青と圧潰する鉄槌! 逃れし者などそこにはなく!」

ウェパル「メイルストロム!」


 巨大な水、そして渦がボクと黒髪の間に生まれ、彼女を巻き込み、打ち上げ、吹き飛ばす。岩塊をも含む大量の水に打ち据えられ、軽々と黒髪は水中を舞った。
 どちゃり、と黒髪が地面に倒れこむ。最早ほとんど挽肉だ。治癒ではなく、蘇生が必要だろう。

ウェパル「はぁ、はぁ……あっぶない、なぁ」

 冗談ではない。というより、寧ろあちらが正気ではない。魔族なんてみんなそんなものだとは思ってはいるのだけど。

 ボクは勇者くんを振り向いた。彼は何とも言い難い表情でボクを見て、たった一言、「助かった」とだけ呟く。

ウェパル「気にしなくていいよ。ボクはしたいことをしただけだから」

アルス「……そうか」

ウェパル「それじゃ、ボクはもう行くよ。ケンゴは大事な人だからね、こんなところには置いてられない」


 軽々と彼を持ち上げて、ボクは腕に抱く。隊長の子供のころもこんな感じだったのかな。だとしたら……ふふ、だいぶ厳つくなったものだなぁ。

 隊長に心配をかけるわけにはいかないのだ。安心、安全なところに監禁しておかなければ。
 ボクが一生閉じ込めておくというのもいいなぁ。

ウェパル「じゃ、頑張ってね。魔王様」

 さて帰ろうかと踵を返したその時。

 ボクの中に長い間失われていたものが戻ってきた――ような気がした。
 衝動に押しやられ、退かされたもの。
 その名は生存本能。

 早く逃げなくちゃと思うよりも早く、頭上から無色透明な魔力の塊が降ってきた。

 障壁を展開――しようとして、血液が喉の奥から挨拶をしてくれる。背中がやけに熱い。灼熱した感覚が時間の感覚を狂わせる。
 僅かに傾けた首で伺う背後。ボクが投擲したナイフをボクの背中へと返す、黒髪の姿がそこにあった。

 黒髪は凄絶な笑みを浮かべている。
 ボクも笑みで返した。
 さすがは魔族。この愚か者め!

 強く、強く、ケンゴを抱きしめる。

 あ。
 アルプが見える。

―――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

「弾着、確認」

「……」

 返事はない。周囲のだれもが――と言っても、選び抜かれた魔術師五人ばかりは、ただ茫然と森の向こうへと視線をやっていた。
 国王より授かった最大級の極秘任務。マダンテの威力はそのままに、量産、消耗を限りなく減らした魔導兵器。それが核。施設での数多の実験を経て、たったいま実地試験が完了したのだ。

「こんなの、いいんでしょうか」

 ぽつりと一人が呟いた。身分を隠すために名前もわからない。顔もフードに覆われていて判別不可能。ただ、声から男だということだけが判然としている。
 またしても、誰も返さなかった。名目上のリーダーである、紫色のフードを被った人間ですら、意識的に彼を自らの視界から外した。誰だってそうだ。返せるものか。

 誰にも聞かれないようにリーダーは息を吐いた。

 研究者としての気分の高揚は確かにあって、そしてその裏側に、とんでもない後悔の存在を彼は理解していた。結局彼はマッドサイエンティストにはなれなかったということなのだ。
 物事の重大さを理解していなかったわけではない。彼は決して愚かではない。ただしここは現実で、研究所と同じ空気組成であるということが、必ずも延長線上の世界であることを意味しないという単純な事実に気づいていなかった。
 

 
 詳細は確認するまでわからないけれど、核の炎は爆心地から半径30キロ圏内を焦土にした。人、町、自然……そんなものはクソ喰らえ。国のために蒸発するだけ幸せだというものだ。
 と、国王は彼らに言った。いや、実際は言っていないけれど、あの瞳はそう言っていた。核で何人死のうとも、将来的により多くの人間を救えればそれでよいのだと。

 事前調査によれば、実験地は秘匿性が高く、同時に周囲に影響を及ぼさない地域を選定したと言うが、それが事実かどうかを確かめる術など彼らにはなかった。
 なかったから、疑いもせずに信じた。疑っては何もできない。

 あぁ、確かにそれは逃げだ。逃げに違いない。繰り返すが、彼は、彼らは、決して愚かではない。
 彼らは思っていた。罵りたいなら罵るがいいさ。けど、だからって、どうしろっていうんだよ!

 どうしようもない。
 ただし償いは必要でないか。

「……急ぐぞ。データの収集準備だ」

 リーダーがぼそりと言った。びくりと肩を震わせる者はいても、うつむかせた顔を上げようとするメンバーはいない。


「……」

「早く」

 繰り返し言って、ようやく彼らはのろのろ準備をしだす。それほどまでに彼らが押したスイッチの齎した結果は重大で、きっと、国にとっては偉大なことなのだ。

 数値としてきちんとデータをまとめて、それが実用化に耐えうるものならば、すぐにでも量産が開始されるだろう。そしてその暁には、彼らの国が覇権を得るに違いない。この核で以て。
 爆発はどうせ魔族か魔物か、とにかく人外のものだと発表されるだろう。確信できる程度には、リーダーはそうだと思っていた。最早自分たちは人外に片足を突っ込んでいると。

 泣きそうになりながらも職務に忠実な彼ら/自分たちは、もう人間ではない。蟻だ。

 だから、潰してもよい。

「うぶちゅ」

 軽く頭を叩いただけで、リーダーの頭蓋は骨盤へと埋め込まれた。内臓と背骨が皮膚を突き破って地面へぼたぼた落ちていく。

 それが償いだろ?


「だ、誰だお前!」

 四人の視線が突き刺さる。流石エリート、行動にためらいがない。驚愕の中でも自然と攻撃魔法を放とうとしている。
 だけれど、だめだ。
 全てが遅い。

 腕を一振り。急速に周囲の粒子が集まって、黒く、巨大な砲弾を形作った。
 同時に地面をタップすれば、幾重にも重なった魔方陣が光を放ちながら浮かび上がる。
 手のひらを向けている相手と目線を合わせると、視線に紫電が走り、頭の中でかちりと音。
 無詠唱で座標を指定し、背後の存在へとイオナズンを解き放った。

 風が一度に渦巻いて、肉片がぐちゃりぐちゃりと撹拌される。最早どれが誰の肉片なのだか判別の仕様がない。
 別にいい。遺族の下へと返すつもりはそもそもないのだから。

「名乗りが遅れて悪かったな」

「アルス・ブレイバ。魔王をやっている」

 当然返事はない。


 あぁ、心に沸き立つこれはなんだ。どす黒い、感情の外壁へと湿った手を張り付けてくるこの正体は、一体なんなんだ。
 正体はわからないまでも不吉だった。よくないものであるのは間違いない。とはいえ抗い方もまたわからなくて、思わず拳を握りしめる。

 また救えなかった。誰も助けることができなかった。ここまで強大な力を持っていても、俺は、俺しか、畜生!

 未曽有の爆発が起きて、一度俺は確かに死んだ。そして、生き返った。
 九尾の加護はいまだに健在で、それを疎ましく思うことがないわけではない。生き続けることがではなく、今回の場合は特に、あんな惨状など見たくはなかった!

 それまでそこにあった様々な存在が根こそぎ消失していた。木々や土塊はもとより、ウェパルも、ケンゴも、トールもインドラもいない。その事実をどうすれば楽観的に捉えられただろうか。
 その直後だ。俺に与えられた九尾の読心。それが自動で、恐らくはほかに何もなかった――なさすぎたせいだとは思うけれど、こいつら五人の思考を読みとったのは。

 俺は一瞬だけ驚愕して、次の一瞬で全てを理解した。嘗てばあさんが言っていた、恐るべき兵器が誕生してしまったのだとわかった。
 どうすればいいのだろう。たった今俺は俺自身の無力を実感したばかりなのだ。これ以上俺に一体何ができるっていうんだ。一体俺はなにをすればいいっていうんだ。
 朽ちない体と常軌を逸したこの能力で、ただ手をこまねいて見ていろというのか。




 壊れてしまいそうだ。



 誰かを、村や町を、全てを犠牲にしてまで、国を守る意味があるのか?
 国ってものにはそれだけの価値があるのか?

 わからない。
 俺は何のためにこうしているんだ。

 何かをしなきゃいけないのだと頭ではわかっている。核は作られるだろう。用いられるだろう。人は死ぬだろう。不幸になるだろう。未来の幸福のために。不確かなもののために。
 人口は増えている。争いはなくならない。食糧自給率はどうやっても全体で十割を超えはしない。飽食と飢餓。水の汚染。領土の問題は大抵が利益の取り合いだ。先細りする収益を、それでも我が物にしようとする。
 パイは生ものだ。腐ってゆく。だから我先にと取り合うのだろう。様々なものを犠牲にしてまで。

 俺に何ができる?

 きっと俺には義務があるから。
 力のある者には、きっと義務があるから。


 ひたひたと城壁を登ってゆく黒い手。それと手をつなげば、どうなるのか、わからないほど愚かじゃあない。
 悪魔の意思。魔王の意思。

 俺には義務がある。

 誰か助けて。

 クルル。
 メイ。
 ばあさん。

 嘗て一緒に戦って、死んでいった、みんな。
 マスラー。ウェッジ。ライダ。ディムダール。セント。クルコ。ポミ。

 だれか。

 だれか。

 侵される。

 犯される。

 いやだ、こんな、
 こんな、
 あぁ、
 ああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

「うぉああらぁあっ!」

 背後からの気配に体が反応する。地面をタップ、魔方陣を展開、刀剣を顕現。即座に現れた数十本の刀剣が、その気配ごと串刺しにする。
 甲高い金属音。刃と刃がぶつかったようだった。そこまで来て、俺はようやく振り返る。

 ケンゴ・カワシマが立っていた。

―――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――

 何が起こったのか、そして何が起こっているのか、俺には全っ然わからない。リンカを守っている最中、意識を失った中にあって、猛烈な光を感じた。気が付けばあたりは消失していて……瘴気を辿って、アルスを見つけたのだ。

 そう、瘴気。人間にとって害にしかならないそれを、今のアルスは身に纏っていた。
 本来黒い靄のようなはずのそれは、今は確かにはっきりとしたうねりとなって、アルスの全身にまとわりついている。その中のアルスは、何よりもまず白目がない。ぽっかりとした黒い瞳が、たぶん、俺を見つめているのだろう。

アルス「なぜ、生きている?」

 副音声のような、二重に声が聞こえた。一つはアルスのもので、もう一つはアルスらしきもの。ぐわんぐわんと鼓膜どころか脳内を揺らす。

ケンゴ「俺にもわかんねぇ」

ケンゴ「アルス、これはお前がやったのか」

 言いながら、まさかと思った。いくらアルスが強くても、こんなことを一人でできるはずがない。


 アルスは口元を歪めた。歯と歯の隙間から黒い吐息が漏れている。

アルス「まさか。王国の人間だ。全くあいつらは、どうしようもない」

アルス「どうしようもない。本当に」

 繰り返して言って、アルスは黒目を見開いた。

アルス「そういうことか。お前、護符を持っていたのか」

 一瞬何のことだかわからなかったが、なぜ俺が生きているのかという疑問に対しての答えだとわかった。
 けど、護符? そんなものを俺は持っていない。

 ……いや、もしかして。まさか。
 もしアルスの言うような護符があったのだとしたら、それは……。

ケンゴ「まさか、あいつに助けられるとはな」

 あの小憎たらしい幼馴染のお守り。あれの加護があったということなのだろう。
 きっとあのお守りの中には、命の石でも入っていたに違いない。

アルス「ケンゴ」

 びくりと体が震えた。それはきっと副音声のせいだけではない。魂の奥底から、俺はアルスに対して怯えていた。
 お前がアルスの何を知っているのだと言われるかもしれない。事実そうだ。俺は彼と数日すら一緒にいてはいないのだ。だけど、それでも断言できる。目の前にいるのはアルスであってアルスじゃない。

 もっと、禍々しい何か。


 だからきっとこの震えは武者震いなんかじゃない。ただ俺は気圧されているのだ。本当だったら今すぐに剣を放り出して逃げ出したいくらいに!

 俺が今どうにか立てて、向かい合えているのは、ひとえに矜持の賜物に他ならない。
 俺は正義の味方を目指していた。グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズのようになりたい。

 重ねて言う。俺は彼女らのようになりたい。

 この状況がちっとも理解できていない俺だけど。
 アルスをこのまま放っておいたらまずいとわかるから。

ケンゴ「絶対に逃げるわけにはいかないんだっ!」

 アルスは一瞬驚いたような顔をして、すぐに微笑んだ。全てが邪悪な中、その笑みだけはアルスだけのものだと俺は思った。

アルス「この世界はクソだ。クソの掃き溜めだ」

アルス「大局? 将来? もちろんそれも大事だろうさ。けど、俺は、何よりも今目の前で苦しんでいるやつを救いたい」

アルス「ケンゴ」

アルス「俺は世界を滅ぼそうと思う」

アルス「生きるだけで精一杯な世界。それはきっと、為政者の犠牲にならない世界だから」


 信じられなかった。世界を滅ぼすだなんて、生きているうちに聞くはずがないと思っていた。だって俺はまだレベルいくつの初心者で、冒険を初めて一か月足らずで。
 でも、たぶん、アルスは本気だ。そしてアルスにはそれができる。できなくとも、やろうとする。そんな目をしている。

アルス「だから」

 と、俺が剣を身構えた直後に、アルスはまっすぐ虚無の瞳でこちらを貫いてくる。

アルス「俺を止めてみろよ、正義の味方」

アルス「違うな」

アルス「俺を止めてくれよ、正義の味方ァッ!」

 アルスが地面をタップする――同時に空中へ、地面へ描かれる、無数の魔方陣。
 空気を震わせながらそれらが光り輝き、俺は死を覚悟する。

 顕現。

 大量に現れたそれら刀剣を、最早避けることなど考えなかった。鋼の草原を、ただ血塗れになりながら転がり、命以外を全て放り投げる覚悟でアルスとの距離を縮めていく。
 一秒前までいた地点は既に剣で串刺しになっていて、思わず息を細く吐き出しそうになるも、その暇があるはずもない。汗が眼に入って沁みるけれども無視。四つん這いで無様に地面を這いまわる。


 と、急に視界が光った。刃に光が反射して、あたり一面を煌びやかに照らす、桃色の炎。

ケンゴ「ッ!」

 脳髄へと這い寄ってくる手を払いのけた。背筋が凍る思いだ。
 吐き気が全身を満たす。揺らめく視界。地面がまるでスポンジのように柔らかで、どこからともなく哄笑が耳を劈く。それが幻覚だと自らに言い聞かせなければ、すぐさま意識が飛んで行ってしまいそうだった。

 体勢を立て直した直後、俺の腹にアルスのつま先が食い込んだ。
 どこかの骨が折れた音がする。

 意識が一瞬なくなりかける。奥歯を噛み締めて現世に繋ぎ止め、地面へと指を突き立てて体勢を確保。どうにか取り落とさずに済んだ彎刀の感触を確かめた。

アルス「もう時間がない! 俺はもう、どこまで俺でいられるか、わかったもんじゃあない!」

 至近距離から投擲された刀剣が俺の頬を掠めて行った。避けたんじゃない。恐らくアルスが意識して外したのだ。
 俺は地を蹴った。極端な前傾姿勢でアルスへ飛びかかる。

 彎刀の一撃は空を切った。アルスはまるで俺の心を読んでいるかのように迅速で、俺の動作と同時に回避行動をとる。
 反撃の裏拳を左手で防いだがあまりの力に体ごと持っていかれる。空中で一回転しながら俺は地面に激突した。


アルス「俺を倒す情報だ! まず、俺は四天王の魔力を受け継いでいる。程度の差こそあれ、あいつらの能力を使うことができる!」

 副音声でアルスは言った。瘴気の紛れた声。つまりはアルスの内包している悪意の声。
 アルスが戦っているのは俺でいて、その実俺じゃない。彼の本当の敵は、彼の内部にいるはずだ。

 四天王――それはきっと、九尾、ウェパル、デュラハン、アルプ。

 地面へと転がった俺へアルスは追撃を止めない。地面が光って魔方陣が展開される。串刺しにされてはたまらないと、体を無理やり跳ね退かせた。
 刀剣が俺の太ももを削いでいく。

ケンゴ「っぐ、う!」

 息は吐かない。吐き出せば途端に意識までも漏れ出てしまいそうだったから。

アルス「これはデュラハンの召喚魔法、そしてこれは!」

 空が明るくなった。上空を見上げれば、こちら目がけて桃色の火炎が降り注いでくるのがわかる。甘ったるいにおいのする、俺の心をぐずぐずに溶かす炎だ。
 息を止め、目を瞑って、思わず両手で顔と頭を覆う。背中と肩に熱を感じ、炎が肉体だけではなく、遡って神経を、脳を焼き殺そうとしてくる感覚があった。
 地面を転げ回ってなんとか鎮火しようとする。魔力で燃える炎は消えづらいが、それでも。

アルス「アルプのチャーム!」


アルス「頼む、生きてくれよっ……!」

 アルスの背後に大量の船団が見えた。青白く光る半透明の船団。
 ウェパルの戦いで彼女が見せたものに違いなかった。

 放たれる弾幕。不可視の速度を持つそれは、俺の左腕をいともたやすく吹き飛ばした。

 千切れはしないまでも、肩口から根こそぎ関節がおかしくなっている。神経がおかしくなりすぎていて、感じて当然のはずの痛みがどこかへ消えてしまった。
 舞う木の葉にも似た俺の体。打ち据えられ、そして重力に引き寄せられるままに落下、撃ちつけられる。口の中に入った砂がとにかく不快だった。

 アルスの近づく足音が耳に響く。霞む視界と意識の中で、俺は考えていた。きっとアルス自身は何も望んじゃいないのだと。
 先ほど俺に言ったことが全てであり、事実なのだ。アルスは彼の身をどうにかしてほしい。自分自身の肉体を自分自身では操作できない何らかの状況に彼は置かれている。原因が瘴気であることは想像に難くないけれど……。


 だからアルスは俺と戦っている。その気になれば俺なんか無視できるのに。なけなしの理性を総動員して、この世界の寿命を少しでも長く持たせるために。
 アルスにとってこれは精一杯の時間稼ぎなのだ。

 いや、理由など最早どうでもいい。助けを求める人がいて、俺がいて。理由なんてそれだけで十分なのだった。
 目的さえはっきりすれば、あとはやるだけ。

ケンゴ「まだまだ――終わっちゃあいねぇぞっ!」

 形見の彎刀を残る右手で何とか握って、俺は大見得を切った。
 俺の命が終わりそうだというのに。

「よく言った!」

 あさっての方向から飛んでくる氷塊。それはアルスに激突するよりも先に火炎で蒸発させられるが、歩みを止めるくらいの役割は果たしてくれた。
 俺の視線も、自然とそちらを向く。

 シルエットは三つ。女性が三人。
 リンカと、ホリィと……誰だ。白い聖装を身に纏い、白銀の杖を携えた、若い女性。


リンカ「ケンゴッ!」

ホリィ「ケンゴさん!」

 二人が俺に駆け寄ってくる。二人はどうやら無事なようだ。あの爆発から逃げ切れたとは到底思えなかったけれど、もしかしたらあの女性が守ってくれたのかもしれない。
 とりあえず生きていてくれていたことにほうっとする。

リンカ「なにがどうなってるのよ、あれ!」

 「あれ」とはすなわちアルスのことだろう。聞かれても困る。俺だって何一つ理解しちゃいないのだ。
俺は素直に「わからん」と答えた。

ケンゴ「けど」

ケンゴ「アルスは苦しんでる。アルス自身じゃどうにもならないものに、アルスは今突き動かされてる、みたいだ」

ケンゴ「だから」

ホリィ「私たちが助けなくちゃ、ですか」


 ホリィが引き継いでくれた。俺は不満足な体をのたくらせて同意を示す。
 俺たちは世界を救いたいわけじゃない。そんな大層な旗印を掲げて今まで旅をしてきたわけじゃない。
 もっとちっぽけで、故にもっと偉大なものだ。掲げてきたものは。

 誰かの力になりたい。
 それだけ。俺も、リンカも、ホリィも、エドも。

 二人が立ち上がった。視線は真っ直ぐアルスへ向いている。

リンカ「エドのぶんまで、引き継がないと」

 つい先ほどまでいざこざを起こしていた相手だ。複雑な思いが去来していることは想像に難くない。けれど、吹っ切れはしないまでも、土壇場で気にしていられないというのはあるのだろう。

エド「勝手に殺さないでくれ」

 ぼそりと呟いてエドが立っていた。まさかと思うが、脚がある。ぼろぼろで一瞬エドとはわからなかったが、確かにエドだ。

ケンゴ「どうして……」


エド「白髪がアルスを守ろうとして、障壁を展開していたんだ」

 それに半ば守られる形になったとエドは言った。

ケンゴ「四人が揃ったな」

エド「あぁ」

 エドの即応。俺たちは四人、アルスへと視線を向ける。それは全く睨みつけるとは違っていて、ただ単に、これから打ち倒すべき存在として。
 俺たちの視線の先では、アルスともう一人の女性が相対していた。

??「こないだぶりだな、アルス」

 凛とした声だった。アルスはその声を聴いて目を見開くが、もしかしたら予想していたのだろうか、大きな反応は見せなかった。

エド「あれは誰なんだ?」

 エドが尋ねる。それは俺も全く同じだった。あれは一体誰なのか。味方なのはわかるけれども、逆にそれしかわからないと言ってもよい。
 態度を見るにどうやらリンカも同じであるようだ。そうでないのはホリィだけ。恐らく彼女はホリィの知り合いで、しかし爆発に対応してすぐすっ飛んできたため、話す余裕などはなかったのだろう。


ホリィ「あの人は、私の師匠で、教会の神父様です」

 ホリィに多大な影響を与え、生きる指針すらも与えたという、育ての親。
 彼女から何度も存在だけは聞かされていた人物が、あの女性なのか。

ホリィ「アルスさんと知り合いだとは思いませんでしたけど……」

アルス「あのときは悪かったな」

??「なに、あんな怪物に付きまとわれていてはしょうがないさ」

アルス「けど、まさかな」

??「あぁ、まさかさ」

 二人は肩を竦め、口を揃えて言った。

「「まさか死んでなかったなんて」」

アルス「俺のせいか? なぁ、僧侶――いや、今はもう神父、司祭様、か?」

??「やめてくれよ、アルス。そんな他人行儀な真似はよしてくれ」

??「名前を呼んでくれ、嘗てのように」

??「恋人だった時のように」

??「初めての夜のように」

セント「セント・ヴィオランテと!」


 視界が急激に明るくなる。俺はついさっきまでこの光を相手にしていたような気がして――

 どこからともなく一組の小柄な影が飛び出してきた。一人は光を背負って、もう一人は鉄塊を背負って、こちらに、いや、女性――セント・ヴィオランテに飛びかかる!

ホリィ「神父様!」

リンカ「ちっ!」

 二人の反応は早い。黒髪と白髪に対し、呪文で援護を送る。
 そうだ、障壁に守られていたエドが死んでいないのだから、より屈強な二人が生きているのは当たり前だったのだ。
 とはいえ二人はぼろぼろだった。ところどころ欠けた肉体から、瘴気なのか魔力なのか、動くたびに粒子が弧を描いて吹き出していくのが見える。もしあれが彼女らにとっての血肉であるなら、恐らく、先は長くない。

 そしてその決して長くない先を、彼女らはやはりアルスのために費やそうというのだ。

 勿論先が長くないのは、彼女らに限ったことではない。ぼろぼろ加減で言えば俺たちだって負けちゃいない。
 気が緩んで血を吐き出すほどには。

トール「いつぞやのお姉ちゃん!」
インドラ「魔王様は、殺させやしない」


 セントはしかし慌てなかった。大量の光の矢を障壁でいなしつつ、光球を打ち込んで二人を分断させる。左右から迫る驚異にも恐れず、まずは黒髪へと向かう。
 戦槌の一撃を紙一重で見切りながら、錫杖で顔面を狙う。両手のふさがっている黒髪は、それでも難なく攻撃を回避するが、戦槌を振り回すには距離が近すぎた。膂力に任せて腕を振るう。
 セントはそれを錫杖の柄で抑え込む。いったん距離が離れ、すぐに両者は再度ぶつかり合った。

 背後から迫る光の矢を俺たちは打ち落とし続ける。が、数はやはりあちらが圧倒的だ。焦土を軽やかに走り抜ける白髪の速度に俺たちは四人がかりでもおっつかない。

トール「やっぱり強いねっ! お姉ちゃん!」

セント「光栄だ」

セント「ちょっと寝ていろ」

 紫電が走った。瞬間的な炸裂音とともに、黒髪が弾けて地面に倒れこむ。


セント「魔王になったきみを私はなんとかしなくちゃならない」

アルス「悪い。頼むぞ、セント」

セント「任せてくれたまへ」

 空気が震える。
 闇が弾ける。

 大粒の脂汗がアルスの顔から滴り落ちて、彼の周囲で蠕動していた瘴気が一際強く彼を取り囲んでいく。

 追尾する光の矢を一蹴して、セントはこちらを振り向いた。

セント「現状の説明をしよう」

セント「アルスは魔王の核を植え付けられている。四天王の魔力から成るそれは、強い力を与える反面、取り込まれかねない。詳細はわからないが、心の弱みに付け込まれるようだ」

セント「既に彼は侵食された。あれは、よくない。人間に害を及ぼす。だからなんとかしなくちゃならない」

エド「殺す、んですか」

 ぼそりと言った。

セント「殺しはしないさ。何故なら、私が殺したくはないからだ」


 はっきりと私情を挟んでくるセント。しかし、殺さないのは殺すよりも難しいことだと思った。しかも相手はアルスなのだ。
 話が正しければ、アルスは四天王の魔力を得ているという。それは彼自身も言っていたことで、途方もない相手だということしか、俺の中の常識では測れない。

リンカ「できるんですか。この五人で」

 不安そうなリンカの声。できるかできないかではなく、やるしかないのだ。彼女だってエドだって、それはわかっているのだけれど。
 俺だってそうだ。無理だと思う。怖い。けど、決めたのだ。正義の味方になると。

 誰かを助けたいと。

 だから、力をくれ。
 グローテ・マギカ。フォックス・ナインテイル。

「八人ならどうじゃ?」

「わかっているぞ。これが『責任をとる』ということなんだろう?」

「こんな魔力の塊はじめて。涎でそうだわっ!」

 空から人影が降ってきた。
 老婆と幼女と、斑模様が。

九尾「グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズ。只今見参」

――――――――――――

一か月以上放置していてすいません。その分沢山更新したので赦してください。
今回の更新は以上になります。

――――――――――――――――――――――

 目の前で起こったことに。
 目の前の人物が放った言葉に。
 思考が追いつかない。

 まさか、と、そんなはずが、が、頭の中でぐるぐると回っている。
 俺の体内でのみ固定される時間。外界ははっきりと動いていて、それを俺の眼球も捉えるのだけれど、視神経と脳が働かない。仕事しろ。

 黒いローブを身に纏った老婆。
 金色の尾を持つ着流しの幼女。
 白い髪の毛に赤い斑の女性。

 明らかに堅気からかけ離れたその三人は、周囲をちらりと一瞥するだけで、あとはアルスに――恐らく最早アルスではないものに――向き合っている。

グローテ「これが、そうか」

九尾「そうだな」

ヴァネッサ「やりすぎたんじゃないの?」

九尾「かき回してくれた困り者がいたのだ」

 と、こちらには全くわけのわからない会話をしている。ぽかんとしているのは何も俺ばかりではなくて、リンカもホリィもエドも、そしてアルスとセントだってそんな顔をしていた。


アルス「久しぶりだなぁ、ばあさんよぉ。それに、九尾も」

九尾「勇者……」

アルス「ぎゃははは! その呼び方はやめろよぅ、むず痒くってしょうがねぇ!」

アルス「それに、今の俺は魔王だ」

九尾「ヴァネッサ!」

ヴァネッサ「あいあいさー!」

 白髪赤斑の女性、ヴァネッサが手を広げた。そこから光が漏れ出して、一瞬のうちに巨大な、一抱えもある本が現れる。

ヴァネッサ「ギガス写本! 盟約により我が敵を薙げ!」

 地面を震わせる轟音と共に悪魔が姿を現した。三メートルを超す巨体。黒い肌に真紅の瞳を持ち、視線の向きは定かではないが、体を勇者に向けて大きく吠える。
 跳んだ。

 悪魔とアルスががっぷり四つに組みあう。俺の目には全くとらえきれなかったその速度、有する悪魔が凄いのか、それとも拮抗できるアルスが凄いのか、最早俺にはわからない。

九尾「全員、援護!」


 幼女の声でようやく体が反応した。杖を向ける老婆とセント、突っ込んでいくヴァネッサと幼女。そのあとを追うように俺も体を動かそうとするが、動かない。
 激痛が体中を駆け抜けていく。俺の四肢なんて既にばらばらになっているんじゃないかと思ったけれど、どうやらぎりぎり保ててはいるらしかった。それでも激痛にはまったく変わりない。
 いや、体が動かないのは、単なる激痛だけじゃない。

 俺は……。

リンカ「ケンゴッ、大丈夫!?」

 魔方陣を展開させながらリンカがこちらを覗き込んでくる。俺は曖昧な「あ、うん」という返事しか返せない。
 頭がうまく働いていない。

九尾「勇者よ、何が貴様を魔王にさせた」

 接近する幼女とヴァネッサ。アルスは即座に刀剣を召喚、悪魔の体を串刺しにして、二人に向かって吹き飛ばした。
 幼女が一歩前に出、悪魔の巨体を軽やかに受け流す。ヴァネッサが本を閉じると悪魔は消失し、突き刺さっていた刀剣が音を立てて落ちていく。


アルス「何言ってんだてめぇはよぉ! 俺を魔王にさせたのは、そもそもてめぇじゃねぇかっ!」

 アルスは空中と地面に魔方陣を展開させた。多重円とルーン文字。幾度も見た刀剣の召喚魔法だ。
 しかし彼へ突っ込む二人の速度は決して落ちない。魔方陣の光が急速に強まり、一拍の間を置いて幾千もの刃が顕現。対応して本を開くヴァネッサと現れる悪魔、そして軽やかに飛び上がる幼女。

 悪魔の肩に二人は飛び乗って、すぐさまそれすらも踏み台にし、高射砲台の速度でアルスへと躍り掛かる。
 彼は瘴気を伴う息を掃出し、「はっ!」と歪んだ笑みを見せた。ノーモーションで背後に船団を展開、全ての砲台が二人へと狙いを定めている。

アルス「見ろよこの現状を! クルルは死んだ! メイも死んだ! 森は焼けて、街は消えて、こんなことが人間の所業だっていうのか!?」

 それは咆哮だった。アルスの、そして魔王の、心からの叫びだった。
 聞いていて心が強く締め付けられる。どうしようもない、なんて言葉を俺は諦めだと思っているけれど、アルスはその通りどうしようもなかったのだ。

 砲弾が放たれる。眼に見えない速度で迫る死。だがヴァネッサにも幼女にもそれがはっきりと見えているようで、最小の動きで最短距離を往く。
 空中だというのに力場を作り、それを蹴って方向転換。ぐんぐんアルスとの距離を詰めていく。


アルス「何のために俺たちが戦ってきたと思う!? セント、お前は知っているはずだ! ばあさん、あんただってそうだろう! 俺は世界を平和にしたかった。みんな幸せに生きていてほしかった!」

 先ほど幼女は彼のことを勇者だと言った。その呼称を俺は正しいと思う。まるで俺の彎刀のような鋭さを彼は持っていて、その鋭さ、ひたむきさは、勇者のものでしかありえない。
 そしてその鋭さ故に、彼は魔王に堕したのだ。

 二人の行く手を阻むかのように桃色の炎が突如として現れる。空気を巻き上げうねる妖艶なる炎。回避行動よりも速く、意思を持っているかのように二人を飲み込もうとする。
 さらに、炎の奥から腕が現れた。――アルスだ。

 一瞬たたらを踏んだヴァネッサの腕を掴み、そのまま自らの方へ引き寄せる。上空から悪魔が降ってきて防ごうとするが、アルスは雷撃一発で悪魔を霧散させる。

グローテ「させんよ」

 火球にアルスの腕がもぎ取られていく。見れば彼の周囲をぐるっと取り囲むように、火球の層ができていた。その数は十や五十じゃ足りないくらいで、きっちりと睨みを利かせている。
 いや、睨みを利かせていると思っていたのは俺だけだった。アルスが腕を一振りすれば、既に失われた彼の肘から先は再生している。明らかに人間ではない現実を目の当たりにして、魔王の規格外をようやく実感した。


 アルスはそのまま進んだ。電撃を纏った両腕が、異常な速度でヴァネッサに伸びる。

 火球が急加速。一斉にアルスを撃ち抜こうとするが、アルスに反応は見られない。回復に自信があるのか、それとも打ち落とす算段があるのか。

ヴァネッサ「マジックアイテム、まだら蜘蛛糸ッ!」

 空間から飛び出した粘糸がアルスの四肢を絡め捕り、力づくで地面に押さえつける。アルスはそれに自らの膂力で立ち向かって、体勢は崩しながらもなんとか片膝で堪えていた。

 迫る火球。

 刃の壁が全てを防ぐ。

 同時にアルスの手から光が迸り、一本の剣を召喚した。それまでの有象無象の刀剣とは違って、圧倒的な魔力を振りまいているのが俺にもわかる。
 絹糸のように粘糸を裂いて立ち上がるアルス。

ヴァネッサ「破邪の剣!? 激レアじゃない!」

 ヴァネッサは後ろへ跳んで距離を取りつつ、大量の草をばら撒いた。赤く揺らめくその草は俺にも覚えがある。
 火炎草だ。


 火炎草が空気を吸収し爆発的に燃え広がる。指向性を持ったそれは炎と言うよりも燃焼の塊となって、アルスを一気に飲み込んだ。
 が、しかし、効かない。
 アルスは火炎を破邪の剣で一刀のもとに切り捨て、ヴァネッサの姿を確認すると同時に切迫する。身体能力のあまりの差に、ヴァネッサの後退は間に合わない。

 更なるマジックアイテムを召喚しようとしたヴァネッサの体が揺らぎ、前後不覚になって倒れこんだ。アルスの瞳が妖しく輝いている。精神に作用する何か――恐らくは、アルプから受け継いだチャームの力。

 アルスへと弾丸のように幼女が突っ込んでいく。反射的に剣を振り抜くアルスの太刀は空を切った。命中する寸前、幼女は縮地でアルスの懐に潜り込んでいる。

 一瞬の攻防。交錯した二人の拳が弧を描いて、しかし実力は拮抗しているのか、すり抜けるかのように俺には見えた。
 が、終わらない。二人は着地と同時に踵を返し、再度拳を叩き込もうと地を蹴る。

グローテ「メラゾーマ!」

アルス「邪魔だ!」

 アルスの一睨みで火球の軌道がうねる。全くどういう理屈なのか想像もつかない。

セント「じゃあ、これもチャームできるかい?」


セント「ギガデイン」

 空間に鮮烈な光が迸る。あたりを白く染めるそれは雷撃。細かく枝分かれしながら、天空よりアルスにぶち当たった。
 乾いた破裂音。それがあまりにも気持ちのいい音で、雷撃が人に当たり、そして吹き飛んだ音だということを幾分納得できないでいた。
 けれど事実としてアルスは吹き飛んでいる。無論受け身を取って、五体は満足。左肩から指の先までが炭化しているのに表情は相変わらずだ。瞳の奥に、口腔内に、それぞれ宿る瘴気は今も揺らめいている。

 毅然とした表情でアルス。彼に対して向かう四人――セント、ヴァネッサ、老婆、幼女もまたそうだった。距離が空いたのを仕切り直しとばかりに、焦げるような空気を生み出している。
 反面こちらがわ――俺、エド、リンカ、ホリィは呆然としている。戦うつもりはある。だが、あの速度で繰り広げられる攻防に、俺たちが手を出す余裕なんてない。火球を食らうか、悪魔に踏み潰されて死ぬのが関の山だろう。

アルス「……国のためじゃない。もっと不特定多数のために、俺は必死でやってきた」

 ぽつりぽつりとアルスが語る。それが先ほどの続きであることはすぐわかった。


 絶望に彩られた瞳の色をしているのに、それでもアルスの表情は明るい。そのちぐはぐさが何よりも恐ろしい。

 アルスは大きく両手を広げた。地平線と平行に、空気を肺腑に目一杯取り込むがごとく。

アルス「その結果がこれだ! 俺は守りたいものなんて何一つ守れやしなかった! 笑えるだろう。笑えよ。ばかみてぇだろうが!」

アルス「何のために、誰のためにこうなったっていうんだ! 人間犠牲にしてまで成し遂げる大義なんてあるわけねぇだろうが!」

アルス「俺は魔王だ! だから世界を滅ぼす! 間違っちゃいねぇだろう、なにも、なにもだ! なにもかも狂ってるこの世界をぶっ壊したほうが、いっそ幸せだろうがよ!」

アルス「だから、だから――!」

アルス「だから俺を止めてくれよ!」

アルス「俺の守りたかった世界を、俺から、誰か、守ってくれ!」


 弾けるようにアルスは飛び出した。彼の眦には涙が滲んでいる。既にアルスという人格は失われ、瘴気のみが突き動かしているというのに、である。

 アルスは彼自身が既に一本の矢だった。彼はもう自らの力では止まることができない。そして恐らく、空気抵抗や重力と言ったものからも、解放されている。
 止まるためには何かに突き刺さる必要がある。その何かが、きっと俺たちなのだ。

セント「私が」
九尾「九尾が」
グローテ「わしが」

「「「守ろう」」」

 三人が口を揃えた。ヴァネッサは苦笑しながら本を開いている。

 まず幼女が一歩前に出、アルスと拳をぶつけ合う。右腕を掻い潜り、鳩尾を狙おうとするのをアルスは予測している。自らの体へと魔方陣を展開させるのを見て、九尾は一歩退いた。
 入れ替わりに火球が、そして光球が左右から僅かな時間差で撃ちだされる。右側の火球が早く、左側の光球はやや遅い。必然的にアルスは左側へと逃げざるを得ない。
 恐らくそれが誘導であることを彼自身知っていた。握りこんだ拳に雷撃を籠め、先に待っているヴァネッサと悪魔へと向かう。


グローテ「なかなか良く息を合わせてくれるなっ」

 老婆が息を切らせながら叫んだ。視線は真っ直ぐにアルスへ向いているが、確かに高揚しているらしかった。

セント「これくらいは、造作もない!」

 悪魔の拳が空を切る。アルスの剣戟は悪魔の手首から先を切り落とすが、そこから吹き出すのは血液ではなく黒炎だ。それを直に浴び、思わず背後へと転がっていく。

ヴァネッサ「踏み潰せっ!」

 悪魔が跳びあがる。着地点は当然アルス。
 アルスはすぐさま回避行動に移るが、右手と左足が動かない。まるで地面に縫い付けられているように。
 いや、事実縫い付けられていたのだ。きめ細やかな糸が絡みついている。

ヴァネッサ「既に放っておいたのよねぇ、まだら蜘蛛糸」

 爆裂音とともに悪魔が空中で吹っ飛んだ。アルスの周囲に二門、砲台が編まれている。

九尾「神父よ、行くぞ!」

セント「了解した」


 幼女とセントが砲弾の雨を掻い潜りながらアルスに切迫する。アルスは破邪の剣を召喚してまだら蜘蛛糸の束縛こそ断ち切っているが、明らかに体勢を立て直せてはいない。
 神父の青い瞳と、幼女の金色の瞳が、螺旋を描きながら高速で移動していく。

九尾「しかし、貴様、一度は死んだ身だろう? 地獄から舞い戻ったか」

セント「なんで貴方がそのことを知っているのか、私は理解に苦しむよ」

 砲弾を反射神経と膂力のみで幼女が打ち砕く。あれは最早幼女ではない。単なる化け物だ。

九尾「この九尾にわからないことなどない! 心を読めば一発だ!」

セント「……目を覚ませば森で寝ていた。それだけだ」

セント「貴方との会話は興味深いが、今は」

九尾「そうだな、九尾もそう思うぞ!」

セント「アルスを」

九尾「ああっ!」

 奇しくも二人は挟撃の形となった。背後からセントが、正面から幼女が突っ込んでいく。
 同時に老婆がメラゾーマを放つ。その数、おおよそ十数個。二人ごと焼き尽くす量である。


アルス「メイルストロム!」

 巨大な水流が突如として現れ、二人を火球ごと吹き飛ばす。水に飲まれながらも二人は受け身を取り、無事に着地した。

ヴァネッサ「頭上がお留守よ!」

 頭上から降ってくる大量の草、草、草。――火炎草。
 そして更に、悪魔と、その肩に乗ったヴァネッサも!

 まるで焼夷弾のような振る舞いに、流石のアルスも退避しきれない。燃焼は更なる燃焼を呼び、連鎖に次ぐ連鎖、暴れ狂う火炎と熱風がアルスを飲み込む。
 そうして一拍。地面を大きく揺るがして、悪魔が地面へと落下した。

ヴァネッサ「うそぉ……」

 驚きも当然だった。炎に包まれたまま、アルスは片手で悪魔を受け止めていた。

ヴァネッサ「ギガス写本!」

 地面に黒い影が落ち込んで、そこから悪魔の腕だけが現れる。アルスを捕えようとするが、寸前で破邪の剣が切り裂いた。
 幼女が走る。老婆が詠唱する。セントの放った光球は、アルスが悪魔を投げつけて相殺させた。


エド「行くぞ」

リンカ「でも、あんなのに!」

 太刀打ちできるのか。そもそも入っていけるのか。

エド「知らん! 知らんが、苛々するんだ! 見ているだけの俺は、もう嫌なんだ!」

 リンカが眼を見開く。その言葉に心当たりのないリンカではない。
 沈黙は僅か数秒。すぐに立ち上がった。

ホリィ「私も行きます」

リンカ「あんたはケンゴの様子を見てて。ぼろぼろじゃない」

ホリィ「そんなのみなさん同じです! 折角あの二人に出遭えて、ここでじっとなんてしてらんないです!」

 あの二人――グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズ。

リンカ「そ、そうだよ! ケンゴ、あの二人がいるんだよ! 絶対死んだらだめなんだからね!」

 嘗て俺のことを助けてくれた二人。あぁ、そうだ、俺は彼女らのようになりたかったのだ。弱気を助け、強きを挫く、そんな正義の味方に。
 こんなところで寝てはいられない。あぁ、そうさ。

 けど。


 俺は老婆と幼女に視線を向けた。

ケンゴ「あの二人は、誰だ?」

 正義の味方の名前を騙る二人の顔を、俺は一度も見たことがなかった。

――――――――――――――――――

今回の更新はここまでとなります。
物語も佳境。最後までお付き合いください。

――――――――――――――――――

 俺が彼女らに助けてもらったのは随分と昔のことで、向こうはローブを着こんでいた。果たしてはっきりとした記憶が俺にあるかと問われれば、実際問題、難しい。
 しかし、あの二人の勇者を名乗る老婆と幼女は、どう見ても俺の記憶とは異なっていた。それはもう言い逃れできないほどに。
 単に俺の記憶違いなのか、それとも彼女らが何らかの意図をもって虚言を吐いているのかはわからない。だが、俺はどうにも納得がいっていなかった。

 過去に助けてくれた旅人を伝説のそれだと信じたのは、勿論酒場の親父に言われたからというのもあるが、あの時彼女らは確かに言ったのだ。困った顔でその名前を。
 それとも、あれは単に当時有名だった名前を偽名として用いただけだったのか。

 いや、と俺は自問する。ただし彼女らの正体ではない部分で。
 果たしてその考えに今まで一度も至らなかったか? あれが伝説の旅人であると盲目的に信じ込んでいたか? ――答えは、否。
 あぁ、だからそうなのだ。俺までもが惑いの森に呑みこまれた理由。俺は自らの記憶を改竄していた。あれが件の二人ではないのかもしれないと思いつつも、意識的に無視していた。

 それこそが惑いだったのだ。

 自らの根底が大きく揺るがされたのを感じる。今はそんな場合でないと知っていても、思考はどうしたってそちらへ向く。あの二人は、そしてこの二人は、一体誰だったのか/であるのか。
 が、アルスが二人と顔見知りであり、かつ名乗りに不自然さを感じていないということは、即ち二人が本物であることの証左であると言える。だとすれば、あの日の二人は一体……。

 やはり俺は偽名に憧れていただけなのか。


 揺れる心と相反するように、自らを鼓舞する自らもまたふつふつと湧き上がってきていた。深いことを斟酌する余裕すら、逼迫した現状では存在しないということでもある。
 記憶の中の恩人が別人であるからと言って、俺の為すべきことは変わらない。そうだ、変わらないのだ。

 ホリィの制止を振り切って立ち上がる。

ケンゴ「行こう」

 この四人ならどんな困難でも乗り越えられる――とは言えないけれど。
 他の三人が隣にいれば、俺はただただ頑張れると思うから。

 わからないことを考えても詮無い。ならば俺は、短いながらもともに旅をした仲間とともに生きよう。そして自分にも嘘をつく必要はない。ただ誰かを助けたいだけなのだから。

 嵐のような戦闘が俺の目の前で起こっている。そう、これは嵐だ。吹き荒び、触れる者すべてを一瞬で瓦解させていく、嵐!
 しかし怯えてなどいられない。エドではないが、最早見ているだけなんて気楽なポジションではいられない。

 アルスと幼女の肉弾戦。速い。膂力もある。腕を振り上げるたびに空気がうねり、筆を振り下ろすたびに音が聞こえる、そんな恐ろしいレベルの戦闘。
 幼女が右へ回り込んだと思った次の瞬間には左へ移動し、アルスもきっちりとそれについていけている。俺にはその動きの端すらも捉えることはできない。


 火球がアルスを襲う。幼女ごと灰燼に帰すその物量を、けれどアルスも幼女も器用に回避しながら戦闘を続けている。無論火球はアルスを狙っているので、そちらのほうが密度は濃い。バランスを崩す。
 そこへ悪魔が降ってきた。しかも二体。

 それらは丸太のような腕でもってアルスを襲う。いったん距離を置き、刀剣。しかし悪魔は串刺しになるが幼女もヴァネッサもそれを避け、攻撃を続ける。

 セントが雷撃を放つ。迅雷の速度をさすがのアルスも見切ることはできないのか、喰らった左腕が炭化した。けれどすぐさま再生――全く信じられないことだ。

ケンゴ「エドッ!」

エド「おう!」

 即応。俺たちは突っ込んでいく。

九尾「なんだお前らは、死ぬぞ!」

ケンゴ「見ているだけなんて、ごめんなんです!」

 幼女は驚きなのだろうか? 僅かに間をおいて、アルスへと突っ込んでいく。

九尾「勝手にしろ。死ぬなよ。九尾はそういうのは嫌いなのだ!」


セント「二人はフォックスの援護を! 逃げ場を防ぐ意識で頼む!」

「「はい!」」

アルス「仲間ごっこしてんじゃああああああねぇええええええ!」

 桃色の火炎が降り注ぐ!
 粟立つ肌。視界が歪み、――あぁ、これは、なんというか……よくない!
 頭の全てが持っていかれそうになる。首から上と下でまるきり指示系統がべっこな柔らかいスプーンの天井。
 金属は豆腐だった。電気? それじゃあだめだよ。そうしたら菱形の木の実を吐きだすじゃないか。

セント「ザメハ!」

セント「……大丈夫か」

 意識がはっきりした時には、セントが俺の目の前に立っていた。すぐさま踵を返して立ち去るが、あぁ、そうか、俺は炎に魅了されていたのか。

 立ち上がり、走る。そのたびに骨が軋んで、傷から血が吹き出そうとも。
 あと五分生きていられるなら死んだって構わない。アルスをなんとかしなければ、本当に彼は、世界を滅ぼすだろうから。

ホリィ「遍く風の聖霊よ! 春、夏、秋、冬、全てに生きる者よ! 舞い降りよ! 叩き潰せ! そこはそなたの集まる地なり!」

ホリィ「バギマ!」


 上空から叩きつけた風の塊は、しかしアルスの放った障壁によって防がれる。
 そしてそこに突っ込んでいく幼女とヴァネッサ――俺たち。

アルス「なんでっ、てめぇらが、俺を倒そうとするんだよぉおおおおおっ!」

アルス「てめぇらだって犠牲者のくせに、この世界を守ろうとするんじゃあ、ねぇっ!」

 攻撃を受けて幼女が吹き飛ぶ。一瞬だけそちらに気を取られたが、よそ見をしている暇などないと思い直す。

 アルスの体が帯電し、手のひらがこちらに向けられた。

アルス「この世界に価値なんてねぇ! 自覚しろ! 悩め! 俺はてめぇらの心の中にいるんだ!」

アルス「ギガデイン!」

セント「マホカンタ!」

アルス「しゃあらくせぇ!」

 雷撃は容易くマホカンタを打ち破る。ガラスの砕ける音。白く染まる視界。

ヴァネッサ「いただきまぁす!」

 ヴァネッサの腕が伸びた。そのまま閃光を、稲妻を掴んで、咀嚼、嚥下。
 信じられない。信じられないが――このチャンスを逃すわけにはいかない。


ヴァネッサ「信じられない魔力量! 驚きよね!」

ヴァネッサ「けど――だめ」

ヴァネッサ「この魔力、腐ってるわ」

ヴァネッサ「マジックアイテム! 引き寄せの巻物!」

 手元に現れた巻物を広げると、急な重力の転換を感じた。
 視界が歪む。体が吸い寄せられる。気が付けば俺は、俺たちは、ヴァネッサの周囲に移動していた。
 その中には当然アルスもいる。

ヴァネッサ「アーンド、金縛りの巻物!」

 今度は足が地面に張り付いた。体は動くが、脚だけが全く動かない。

アルス「小癪な真似をしやがって!」

ヴァネッサ「さぁ! やっちゃいなさい!」

九尾「ヴァネッサ、貴様……!」

ヴァネッサ「九尾! 来世で会いましょう!」

 俺たちは既に剣を振り上げている。ヴァネッサの意図がそのやりとりで分かったからだ。

 彼女は恐らく死ぬつもりだ。


 剣を振り上げた俺たちには目もくれず、当然アルスはヴァネッサを狙う。周囲では俺たちを挽肉にしようとメラゾーマが滞空していたからだ。このままでは流石にアルスも回避は取れない。
 俺の剣が脇腹に、エドの剣が肩に食い込む。致命傷は避けられたが、それでも大きな一打のはずだ。

 が、まるでそんな怪我など、痛みなどとうに置いてきてしまったかのように、アルスは徒手空拳でヴァネッサへと襲いかかっている。実力は圧倒的にアルスの方が上だ。悪魔を召喚するためのギガス写本すら開かせてはもらえない。

 ごぶり、と嫌な音が耳に障った。

 ついにヴァネッサの胸にアルスの貫手が突き刺さっている。

 それと足が離れるのは殆ど同時だった。そしてメラゾーマが数十と言う単位で放たれるのも。
 回避行動をとるアルス――させない。させるわけにはいかない。例え一緒に焼け死んだとしても!

 縋りつくかのように俺たちは刃を振り上げた。身をよじるアルスの顔が激痛に歪む。

リンカ「ヒャダルコ!」

 空間に瑕疵――否、出現座標は、アルスの怪我そのもの。
 血液をそのまま媒介にして、アルスの体内から赤い氷柱が食い破って出てくる。流石のアルスもこれは回避できなかったのか、大きく体をよじらせた。

 炎で俺たちの肌が大きく照らされる。
 着弾まであと一秒もかかるまい。


「させ、ない」
「魔王様になにすんのよっ!」

 別種の煌めきが火の玉を全て打ち砕いた。
 炎のような橙ではなく、まるで陽光のような輝きを伴うその手数。俺はそれを見たことがある。いや、ないわけがない。

ケンゴ「なんで生きているんだっ!?」

インドラ「魔王様のため」
トール「それ以外にあるわけないじゃん!」

 いや、違う。そういうことじゃあないのだ。

 右腕がない。顔面は半分欠損して靄になっている。腹部には大きく穴が開いて背骨が見えている。全身の火傷。殆ど炭化し皮膚と撞着した衣服。五回は死んでもいいほどの怪我だというのに!

 それらが全てアルスのためで何とかなるものなのか? もしそうなのだとすれば、それほどまでに気の違った存在を、俺は見たことがない。
 ゆえの人外なのか。

アルス「形勢逆転、ってやつだな」

 アルスは笑った。とても悲しげな笑みだった。
 俺はその理由を知っている。彼はこの殺し合いに負けたいのだ。彼の絶望がどうであったとしても、彼の心の根っこの部分は、ただ純粋に平和を願っているだけだ。


 光の矢が俺の右腕を穿った。
 更なる大量の光。視界の端にエドが映ったと思ったら、エドは俺を突き飛ばしやがった。なにやってんだこいつ!
 そんないい笑顔してんじゃねぇよ!

 視界の中でエドが穴ぼこになっていく。
 血液も、肉片も、残らない。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 殺意を全く隠さずに黒髪と白髪が突っ込んできた。目標はアルスといちばん近い俺。回避は、間に合わない。

セント「ギガデイン!」

 落雷が二人を足止めするが一瞬だ。その一瞬の間にセントが俺たちの間に割って入り、光の矢を光球で、戦槌を錫杖で受け止める。

グローテ「次から次へと厄介な!」

 火球が黒髪に直撃する。満身創痍なためか、やはり動きは鈍い。ただ問題はその生命力と回復力、何より執念だ。顔面に直撃したというのに、殆ど眼球がその機能をはたしていないだろうに、黒髪はすぐさま立ち上がって突っ込んでくる。


ホリィ「神父様!」

 セントを淡い光が包む。殆ど同時にアルスが魔方陣を描きながら周りこんだ。
 三対一の構図はきつい。俺は援護に入ろうとして、流石に血を失くしすぎたのか、ぐらりと大きく体が揺らいだ。
 それを根性で無理やり地面を踏みしめさせて、蹴り出す。

ケンゴ「うぉおおおああああああ!

 大上段からの一撃。回避行動すらとられず、召喚された刀剣によって防がれる。

セント「くっ、ベホイミ、ギガ――」

アルス「お前は後衛だろうがよ!」

 詠唱よりアルスの突貫のほうが早い。急加速。一歩で五メートルを稼いで、セントの喉首へと手を伸ばす。

グローテ「させん」

 何とか二人の間に障壁が貼られ、アルスの腕はそれに弾かれる。
 セントは帯電させながら一歩後ろへ跳んだ。彼女の眼前では破邪の剣によって障壁が十文字に切り裂かれたところだった。

 追いすがるアルス。


アルス「セント! お前は絶対に死んでた方が幸せだった! なんで、どうして生き返っちまったんだ!」

セント「おいおい、それが恋人に言う言葉かい!」

 やはり肉弾戦ではアルスに分があった。セントはなんとか術式を交えながら対応しているけれど、刀剣、砲弾、魅惑の炎によってじわじわ血の面積が増えてきている。

アルス「恋人だったからだ。これは俺の愛だ。こんな世界、生きてるだけで辛くってしょうがねぇ!」

アルス「そういう意味じゃクルルとメイはあれでよかったのかもしれねぇなっ!」

セント「その名前。クルルと、メイ。私がいない間に他の女ができたね?」

セント「正気に戻ったら詳しく聞かせてもらうよ」

アルス「あぁ! あの世でたっぷりとな!」

 光球を放つために伸ばした腕の関節をアルスが極める。セントはアストロンで対抗し、重量を保ったまま鉄山靠でアルスを吹き飛ばした。
 攻守逆転。今度はセントが追撃を仕掛けるが、受け身を取られてダメージはなかったと見えて、雷撃を放つ。
 刀剣を避雷針としたアルスがそのままセントを狙う。


セント「先ほどの答えを返そう!」

セント「『なんで生き返ったか』――それは簡単なことなのさ!」

セント「困っている人は放っておけないだろう!? 聖職者として! 何より、仲間として!」

セント「アルス! 私はきみのことを、今でも仲間だと思っているよ!」

 ホリィの口癖をセントは言った。恐らく順番的には逆なのだろう、それを。
 アルスは小さく舌打ちをする。

 魔法と肉体が大きく激突する。

リンカ「ホリィ、合わせて!」

 脂汗を流しながらリンカ。対するホリィも似たような状況だ。魔力の枯渇、それに純粋なダメージのこともある。
 が、二人もここが正念場だとわかっている。膝は折れても心は折れない。


ホリィ「う、うんっ!」

リンカ「その名は凍結! 透き通り、屈折するプリズムと、冷気の通り道を啓く導よ! 突き刺し、満ち、生まれよ! 我が命ずるままに敵を討て!」

ホリィ「遍く風の聖霊よ! 春、夏、秋、冬、全てに生きる者よ! 舞い降りよ! 叩き潰せ! そこはそなたの集まる地なり!」

リンカ「一人じゃだめでも、二人なら……!」

ホリィ「いきましょう、リンカちゃん!」

「「マヒャド!」」

 冷気は空気中の水分を凝固させ、煌めく氷塊となる。そして突風はそれを猛烈な勢いで叩きつける。
 身を引き裂く吹雪がアルスに向かっていく。単なる鋭さだけではない。同時に視界を悪くする効果もあった。

 一瞬にして焦土は雪原と化した。そして白へと滴るアルスの赤。全身が氷塊によって削れていたが、一際腹部に大きな裂傷が走っていた。氷が腹へと突き刺さったのだ。

トール「あーもう、邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔だって!」

インドラ「撃ち、抜く」

トール「任したよ! アタシは魔王様の敵を!」


 降り注いだ光の矢は正しく滝となってマヒャドを相殺させる。粉のレベルまで文字通り粉砕された氷の破片が、陽光に照らされてきらきらと眩しい。
 その中を突っ切る戦槌。

 雷撃が黒髪を吹き飛ばす。

アルス「もらった」

 が、その隙にアルスが切迫している。

 力任せのぶん殴り。それをセントは錫杖で受けるが、受けた部分から真っ二つに破壊される。左腕に直撃し、そのまま十メートルほど地面を転がった。
 セントの左腕があさっての方向を向いている。右足首も同様だった。

 光の矢がリンカとホリィを襲う。なんとか二人を突き飛ばす形で避けるけれど、こんなまぐれが二度続くとは思えなかった。白髪は虹の弓を構えたままじりじりとこちらへ近づいてきている。

ケンゴ「大丈夫か!?」

リンカ「心配はあと! 来るよ!」

ホリィ「マホカンタ――!」

 光の矢を受けて対魔法障壁がぎちぎち軋む。どれほどまで耐えられるか、保障はない。ホリィの魔力にも限界がある。


グローテ「退けろ!」

 更なる障壁の展開――そして巨大なメラゾーマが白髪を襲う。それは今までとは異なって、光の矢を受けても相殺されず、寧ろ己に取り込んでどんどん巨大になっていく。
 着弾。破裂した火球は火炎となってあたり一面にまき散らされる。

インドラ「危険」

 燃えた衣服を気にすることなく最短距離で白髪が突っ込んでくる。

グローテ「しつこいやつじゃ!」

 火球の連打。白髪は依然として最短距離を、その身を晒してでも向かってくる。最低限だけの光の矢を放ち、あとは彼女の背後に背負って、何が何でもこちらを殺しに来る算段だった。

インドラ「さよなら」

グローテ「させるかよっ!」

 一際白髪の背後が明るく染まった。と思った次の瞬間、百を優に超える光の矢が、弧を様々に描きながらこちらへ向かってくる。

グローテ「障壁――いや、間に合わない、ここは、やはり、これしか!」

グローテ「植物よっ! 喰らい尽くせ!」


 緑色の波動が迸ったかと思えば、光の矢の軍勢を中心としたあたり一面が、植物の園と化していた。白髪は弓を握っていた左手を中心として、見覚えのない蔦にからめ捕られている。
 ふらり。白髪の足が揺らぐ。そのまま片膝をついて、けれど視線は真っ直ぐこちらに向けて、光の矢を顕現した。

ホリィ「危ないっ!」

 叫びと同時に俺は振り向いて、顔面に何かの飛沫がかかるのを感じた。
 暖かい飛沫。
 生命の熱。

 光の矢がホリィの胸を射抜いていた。

 狙われていたのは恐らく老婆だ。それを、身を挺して……。

リンカ「ち、くしょう!」

リンカ「ヒャダルコ! ヒャダルコ! ヒャダルコォッ!」

 氷魔法の連打。俺は合わせて飛び出した。リンカの瞳から、鼻から、血が噴き出していたのだ。このままでは危ない、一刻も早く何とかしないと、リンカまでもが!
 大量の光の矢が眼前に――眩しくて目を開けてなんていられない。けど、しっかり前を向いて彎刀を握り締めなければ、俺はあいつを殺せない。


 と、そのとき、

「ごちそうさまでした」

 妙に幼い声が聞こえた。

 思わず声の方を向いてしまう。

 血に塗れた着流しと、口の周りを真っ赤にした、幼女が立っていた。
 澄んだ瞳。憐れみを湛えた瞳は彼女の足元に向けられていて、

 ……足元?

 には。
 死体、が。

 血だまりに浮かんだ白い髪の毛と赤い斑点。
 ヴァネッサ。

 腹が開かれ、臓物が――あるはずのそれが、悉くない。

九尾「知っているか? 九尾は人間を喰うのだ」

九尾「魔力は血に宿る。……こんな供養の仕方ですまんな、ヴァネッサ」

九尾「勇者。貴様が一人で四人なら、こちらも二人三脚で行くぞ」

―――――――――――――――――――――――――

今回の更新はここまでです。
話が遅々としている……

―――――――――――――――――――――――――

アルス「どういう風の吹き回しだ。感傷に浸るなんて、まるで人間じゃねぇか」

九尾「まさしくそのとおりだ」

 自嘲気味に幼女は言った。

九尾「有り得ない話だ。有り得ないと思っていた」

九尾「もしかしたら血に宿るのは魔翌力だけじゃあないのかもな、なぁんて」

アルス「笑えねぇよ」

アルス「人間の俺が化け物になって、化け物のてめぇが? 世界ってのはそんなきれいな関係になってねぇ」

九尾「あぁそうだ。そうだとも。わかるぞ、勇者」

アルス「だからそう呼ぶんじゃあねぇっ!」

 激昂とともにアルスは跳んだ。旋風となって、声や気配を置き去りにして、一直線に幼女へと飛びかかる。

九尾「イオナズン!」


 大爆発が三連打。光、熱量、爆風に目を開けていられない。しかしアルスがそれに捉えられていなかったことは、なんとなくだが想像がついた。
 一瞬にして幼女とアルスは切迫、互いの拳を撃ちつけ合う。

 衝撃で俺は、いやセントもリンカも尻もちをつく。あれはおかしい。異次元だ。内包された魔力の量がそもそもこの世のものではない。

リンカ「あんなの……私たちにどうしろって、いうのよ!」

 リンカが叫んだ。その通りだった。俺も同じことを考えていたからだ。
 アルスは今まで本気ではなかった。無論、それはアルスの中のアルス――瘴気に侵されていない彼がそうさせていたのだろう。しかし段々とその抵抗も尽きかけている。
 これは戦闘ではない。決戦だ。

 そしてそこに俺ら凡人の介入の余地はない。

セント「は、は……参ったね、どうも」

 骨折の激痛に顔を歪め、セントが呟く。俺は血の滲む体を引きずりながら、何とか彼女の下へと歩み寄った。

セント「魔王とは知っていたけれど、これほどかい……」

ケンゴ「どうすりゃいいんだよ!」

セント「それは私よりあそこのおばあさんに聞いた方がいいね」

 ローブについた泥を払い、老婆がこちらへ駆け寄っていた。


セント「グローテ・マギカ。超が付くほどのお偉いさんさ。私とは比べ物にならないくらいの、実力者」

 グローテ・マギカ。やはり。あの、老婆が。
 だとすれば、俺を助けてくれたのは……。

グローテ「あいつめ……」

 老婆――グローテ・マギカがぼそりと呟いた。あいつとはすなわち、幼女……恐らく、フォックス・ナインテイルズのことを指しているのだと思われた。

グローテ「状況は逼迫している。アルスは既に堕したが、まだ堪えている。瘴気が完全にあいつを包むより先に、打倒せねばならん」

グローテ「こちらの戦力は半ば壊滅状態。増援も期待できん。が、やるしかない。儂らのしりぬぐいをさせて、申し訳ないと思っている」

 彼女らがなぜここにいるのか、そしてアルスとどういう関係なのかを俺は知らない。ただ、並々ならぬ深い関係、絆と言い換えてもよいそれがあるのは明白だ。

グローテ「まだ助かるやもしれん仲間もいる。放っては置けないな」

 応急処置を施されたホリィを横目に、老婆は続けた。

グローテ「九尾だけに頑張らせはしないさ。悪いが、もうひと踏ん張りしてくれ」


 こちらの返答を待つことなく老婆は走った。杖を一振りして火球を展開、それをいまだ格闘戦の渦中にあるアルスへと叩き込む。

グローテ「アルス! 儂は、お前に何度も助けてもらった。そんなことはないと、もしかしたらお前は言うかもしれん。が、しかし!」

グローテ「事実としてそうなのだ! 国のために民を犠牲にしてきた儂は、最早なりたかったものとは程遠い! お前は十分いい夢を見せてくれた。お前の生き様が儂をどんだけ慰めてくれたことか!」

グローテ「じゃから、これは言うなれば恩返しよ、アルス! 聞いておるか! 瘴気の中まで、魔王の意思の奥底まで、儂の声は届いているか!? なぁアルス!」

グローテ「儂は世界を救おう! お前を倒して、お前が救いたかった世界を、救って見せようぞ!」

 アルスは全ての火球を、幼女と戦ったままで打ち砕く。方法は、なんてことはない。ただ拳で殴る、それだけだった。
 それだけなはずがあるか!

セント「私も、そろそろ行こうか」

リンカ「そんな体で!」

ケンゴ「無茶です!」

セント「治癒魔法で幾らかは治ったさ。それに、無茶とわかっていても、体は動く」

セント「約束してしまったからね。アルスと」


 確かに骨折していた部分は真っ直ぐになっている。けれどどう見たって顔色が悪い。呼吸は浅く、肌は白く、瞳孔が開いていた。典型的な魔力の枯渇、その一歩手前の状態。
 しかし、何を言っても聞かないだろうということは明白だった。俺は彎刀を手に取り、なんとか立ち上がる。

 リンカが驚愕の顔をした。俺は困った感じで笑う。
 彼女も、また笑い返す。自らの血に染まった真っ赤な顔で。

 そう、無茶だとわかっていても、体は動く。
 動いてしまう。

 老婆は依然火球を連射している。降りしきる火炎の驟雨。その中で繰り広げられているアルスと幼女の激闘は、援護もあってか、僅かに幼女の方が有利に見えた。
 アルスの右腕が幼女に当たる瞬間、幼女は空間を移動してアルスの背後へと現れる。そこへアルスは刀剣を召喚するも、それらは悉く幼女の拳で叩き折られた。

 幼女の鋭い貫手がアルスの頬を掠めていく。カウンターで刀剣の召喚と、さらに編まれる幾多の砲弾。

九尾「マジックアイテムッ! 場所替えの杖!」

 現れた一本の杖を振った瞬間、淡い光が二人を包む。
 一拍置いて、二人の位置が入れ替わった。全ての砲弾が、刀剣が、そのままアルスを狙っている。

アルス「効くかよぉおおおおっ!」

 桃色の光が迸った。チャームによってそれら全ては大きくうねり、弧を描いて、アルスの支配下に置かれたのちに再度九尾へと叩きつけられる。

 火球が刀剣と砲弾を飲み込む。その下を掻い潜り、縮地でもって九尾はアルスの懐に潜り込んだ。

九尾「金縛りの巻物」

 逃げられない。アルスの両手首を九尾が捉えている。

セント「空晴れ渡り! 山々遠く! 優しく満ちるは春の陽光! 過ぎて一瞬、落ちるは霹靂!」

セント「ライデイン!」

 まさしく電光石火の速度で去来した雷撃を、アルスはなんとか左手を炭化させるだけで堪えた。肘から先がぼろぼろと崩れ落ちていく。
 当然その隙を幼女が見逃すわけがなかった。金縛りを解除し、一歩、さらに踏み込む。

 アルスもさらに踏み込んだ。ほぼゼロ距離の交錯である。俺は走りこみながら、二人の余波に耐える準備だけをした。

 鎚を振り下ろしたような音だった。鈍く、腹に響く音だ。それがアルスの体から聞こえてきて、瘴気を振りまきながら、アルスは防御の体勢のまま数メートル吹き飛んだ。
 地面をバウンドしながらも受け身を取り、砂埃を上げながら滑っていく。摩擦で接した革靴の底が燃えていく。


 さらに追いすがる幼女。幼女は俺へと目配せをすると。手を伸ばした。

 わけもわからずその手を取る。
 急加速。

九尾「堪えろよ!」

 それがぶん投げられたのだと理解するには一秒かかって、そしてその一秒で、俺はアルスへと右膝を叩き込んでいた。
 あの幼女、俺を投擲武器として使いやがったか!?

九尾「安心しろ、少年。九尾は人間を人間として扱うさ! 人間とは違ってな!」

 皮肉気味に叫んだ幼女は俺などお構いなし、手の中に生み出した草を噛み千切った。

九尾「ピオラ、加速草!」

 一瞬で幼女の姿が消失する。と思った次の瞬間には、彼女はアルスの片耳を切り落としていた。
 即座に反転するのが見える。そしてそこから先はもう見えない。

 一際甲高い剣戟の音が聞こえた。幼女の左手の指が数本折れて、そこから血が流れている。
 対するアルスの手首もあらぬ方向を向いていた。ダメージで言えばアルスの方が大きいだろうか。


 アルスの初動を感知して俺は突っ込んだ。重たい体。自分のものではない気さえするそれを無理やりに動かして、回避されるのはわかりきっていても、それでも!
 薙ぎ払いを剣の腹で受け止められたのは偶然と言っていい。俺は見切れていなかった。が、そもそも、膂力をこらえきれない。そのまま吹き飛ぶ。
 視界の端で火球と雷撃、氷塊が一斉にアルスを襲っていた。刀剣とチャーム、砲弾によってだいぶ防がれるも、幾らかはアルスの体を傷つけていく。

 すぐさま立ち上がった。

ケンゴ「うおぉおおおおおっ!」

 彎刀を勢いに任せて振り抜く。鈍い感触。アルスは刃を残った右手で掴み、止めていた。当然刃は手のひらに深々と食い込んでいる。

ケンゴ「こいつっ、これはっ!」

 俺は恐ろしさを感じていた。同時に、希望を感じていた。
 前者はそれこそ言い続けてきたことである。治癒力、膂力、魔力、その他常識はずれのの能力をアルスは理解していて、それをどう活かせばいいのかもわかっている。だから、俺ならば当然できないことも、余裕でできる。
 そして後者を感じた理由はもっと単純で、一つはアルスが両手を一時的にしろ失ったこと。もう一つは、敷衍して、アルスが両手を失わなければならないほどに追い込まれているという認識からだ。

アルス「人間の分際で、俺に、俺にぃっ!」

九尾「いつぞやの九尾か貴様は!」

 砲弾を蹴り飛ばしながら幼女が俺とアルスの間に割って入る。卒倒しそうなほどの気当たりにも、今の俺は高揚からか耐えることができていた。


アルス「九尾、お前が言ったとおりだ! 人間を人間として扱わねぇなら、人間なんて滅んじまえ!」

アルス「国なんていらねぇ! 権力なんてクソだ! どいつも正しい道に導けないなら、なおさらだろう!」

九尾「今更アナーキズムかよ!」

アルス「そうだ! 俺とこいつの思想は合致してる!」

 俺と、こいつ。恐らく、それはつまり、そういうことなのだ。

 炭化した左腕、その欠損部の先端から、漆黒の瘴気が粒子となって噴き出す。腕の形にすらならないが、明らかな意思を持って、それは俺たちを襲い始める。
 延伸からの薙ぎ払い。きちんと質量はあるのか幼女はそれを受け止めた。

セント「バイキルト!」

 幼女の体が淡く発光しだす。同時に幼女は瘴気を鷲掴みにして、先ほど俺を投げつけたように、無造作に振り回し――離した。


グローテ「それだけじゃあ終わらないさぁっ!」

 地面とほぼ平行に吹き飛んでいくアルスを幼女は追う。グローテの放った火球がアルスをさらに打ち上げるのを追尾して、空間転移で先に上空へと回り込み、振りかぶったのちに拳を打ち下ろす。

 固い地面にアルスの体が埋没する。砂埃、石の破片がぱらぱら音を立てながら降り注ぐその光景は、はっきり言ってこの世のものとは思えなかった。が、いまさらではある。

リンカ「危ない!」

 先端を鋭く尖らせた瘴気がセントを貫こうとするも、氷の壁で弾かれる。
 アルスの埋没した地点からはいまも瘴気が漏れ出していて、しかも段々量と密度を増しているように思われた。事実、既に瘴気は漏れ出すというレベルを超え、溢れ出してきている。

 地の淵に手が――最早瘴気に包まれた手がかかった。
 火球、雷撃、氷塊が即応する。一切の躊躇なく、それらはアルスを土に還さんとしていた。

 火柱が立ち上る。漆黒の火炎が。アルスの居場所から。
 漆黒の火炎は火球も雷撃も氷塊も飲み込んで、跡形もなく消滅させた。空気に一層瘴気の臭いが入りまじり、頭が痛くなってくる。
 今までと何かが違うと思った。俺でさえ思えたのだから、歴戦の三人などとうに気づいているのだろう。そちらを向くのはやめておいた。

 今はただ、目の前の脅威から一瞬でも目を離せない。


 瘴気が立ち上った。

 立ち「のぼった」のではない。立ち「あがった」のだ。

 視界に現れた漆黒のそれは、最早人間ではないように感じられた。
 全身が、それこそ膝から顔面まで、瘴気で覆われている。眼球がある位置すらも例外ではない。ただ、瘴気の奥に僅かに光が見えている。もしかしたらあれが眼球なのかもしれない。

グローテ「瘴気の鎧、というわけかよ」

セント「それだけじゃあなさそうだけれど」

九尾「構わん。戦闘不能にすればいいだけだ」

 その通りだ、と幼女に対して二人は笑って応えた。
 いまだ彼女らがアルスのことを殺さないとしているのは、陳腐な言葉だが凄いことだ。力あるものにのみ与えられた選択肢であると同時に、強い意志と絆を持つ者にのみ与えられた選択肢でもある。
 決して殺さない。戦闘不能にするだけ。

 果たして化け物を相手にそんなことができるのか。


 ……いや、しなくちゃならない。
 ここでアルスを殺してしまえば意味がないのだ。アルスを犠牲者のままで終わらせちゃいけない。彼を救ってこそ、初めてのゴールがある。
 そう思えば、自然と手にも力が戻ってくる。

九尾「散ッ!」

 同時に展開。打ち合わせなどなかったが、了解があった。俺たちは各方向からアルスへと迫る。
 素早く伸びてくる瘴気の槍。そして砲弾に、刀剣。

リンカ「ヒャダルコォッ!」

 空間に走った瑕疵から冷気が吹き出し、攻撃を防ぐ壁となった。輝く氷の破片が舞い散る中を、駆ける。
 駆ける、駆ける、駆ける!

リンカ「あっちの攻撃は死んでも止めてやるからっ!」

ケンゴ「頼もしい言葉だぜ……」

 俺より幼女が先んじて接敵する。が、アルスは桃色の火炎をばら撒いて、なるべく近づけないように振舞う。熱と魅了を併せ持つその炎に突っ込むのは自殺行為だ。
 と思った矢先、幼女は腕を一振りして炎をそのまま切断する。風圧で生まれた僅かな隙間に体を滑りこませ、魅了の魔法もなんのその、炎の奥に消えてゆく。
 ……俺なんかの常識で図ったのが間違いだったようだ。

 ともあれ、凡人は凡人らしく、這いつくばって進むしかない。


 紫電が迸る。セントではない。炎の向こうの発生源……恐らく、アルス。

 痛む足を酷使して加速する。今走らずにいつ走るというのか。

 炎の中から幼女が吹き飛んでくる。一回転して、両手両足を使って着地。そうしてまたすぐに地を蹴った。接地時間など一秒にも満たない、まるで野生動物のような全身のバネに、俺は驚愕するしかない。

セント「おばあさん! この炎、どうにかならないか!?」

グローテ「お前さん神官じゃろ、魅了避けくらい、身に着けておけ!」

グローテ「――仕方がない。雨を降らせてやるさぁっ!」

 アルスの頭上に大きな亀裂が走り、そこから大量の水が降り注ぐ。

グローテ「覚えているか、アルス! この光景を!」

グローテ「一週間分の飲料水、全部ぶちまけてやるよっ!」

 水が蒸発していく。同時に、炎の向こうの黒い存在が姿を現した。
 縦横無尽な瘴気による攻撃を幼女は紙一重で回避し、さらには反撃もしている。手数で言えばアルスが勝っているが、一撃では幼女が勝っているだろう。が、刀剣の召喚も残されているアルスにとって、接敵はそれほど問題ではないはずだ。
 左右から火球がアルスを襲った。腕を伸ばしてそれぞれを防御したアルスは、慣性によって尾を引く炎に呑みこまれる。


 その間に俺はようやく接敵を果たした。左足を踏み込んで、幾度と繰り返してきた。素振りのフォーム。
 金属音。召喚された刀剣に阻まれ、刃はアルスには届かない。

セント「ライデイン!」

 衝撃がすぐそばに落ちた。刀剣目がけて落ちた雷撃は、そのまま誘導雷を伴ってアルスを襲う。
 威力によって瘴気が弾かれる。しかしアルスの顔が見えることはない。どこまで深く取り込まれているのか想像もつかない。

九尾「余所見をするなぁああああああっ!」

 弾丸のように突っ込んできた右拳がアルスの顔面を殴り飛ばす。吹き飛びはしない。既にアルスの足は、氷によって固定されている!
 大きく仰け反る体。倒れもできない。当然幼女はそこに畳み掛ける。

グローテ「これで終わらせる!」

セント「逃すつもりは、ない」

 太陽がアルスの頭上に生まれていた。
 輝く球体。熱と光が生まれては消え、生まれては消えしていく、死の象徴。


アルス「させねえええええええぞおおおおおおお!」

 光が収束していくのがわかった。何かが起こる。避けるか、突っ込むか――当然だ、突っ込むしかない!

 彎刀がアルスの脇腹に突き刺さる。ある程度は切りこめたが、その程度だ。瘴気のせいか鋼の肉体のせいか。
 が、しかし!
 大地を踏みつけ力を全身に籠め、腕と、肘と、肩と、それが全てで、今までやってきたことは全てこのためにあったのだと、そうだ、そうでなければ、今までの、これまでの、何よりアルスの犠牲が、苦しみが!

ケンゴ「うおおおおぉおおっ!」

 ぶちぶちぶちぶちと肉の中に刃が入っていく感覚が伝わる。魔物の命を奪うのとはわけが違う。刃毀れでもしたのかと間違えるくらいに硬い。硬く、難い。

アルス「もう遅いんだよぉおおおおおっ!」

アルス「マダンテ!」

 視界が一瞬にして白く、白く、白く、

グローテ「お前がそれをっ、使うのかよぉっ!」

 老婆の叫びが耳にこだまする。
 地面が捲れあがり、重力が反転。空に向かって落ち込んでいく。




九尾「マジックアイテム」

九尾「聖域の巻物」



 それは、なぜか俺たちの周囲でだけ起きていて。

アルス「きゅううううううびぃいいいいいっ!」

 怨嗟をアルスが吐いた。瘴気に包まれた顔であるが、殺意と、敵意に満ち満ちているのだけは、確かにわかる。

 瘴気が蠢く。大量に展開された砲弾、船団、刀剣、魅了の炎。どこまでも広がる殺意は紛れもない本物で、全身全霊を賭けた総攻撃に尻込みしそうになるも、これが最後なのだと思った。
 総攻撃なら、これが最後だ。
 こちらにも、あちらにも、後はない。

 どちらかが詰んでいる。

 降りしきる砲弾と砲弾と砲弾! それを回避した先に待つ刀剣の山を乗り越え、幼女が俺を高く高く打ち上げる!
 そこを砲弾で狙われるが、俺の目の前に顕現するは氷の盾。同時に現れた力場を踏んで、空を駆ける!


 頭上が翳る。急降下――否、落下してくる武装船団!

グローテ「障壁展開!」

 上空に現れた障壁によって船団が滞空する。軋む音を立てながら、障壁をそのまま踏み潰そうとする武装船団。時間はもってあと十数秒。
 その間に、決める!

セント「空晴れ渡り! 山々遠く! 優しく満ちるは春の陽光! 過ぎて一瞬、落ちるは霹靂!」

セント「ライデイン!」

 雷撃をアルスは避けなかった。瘴気を削られながら幼女に向かっていく。

 幼女の白い手が弾けた。手首から先が失われ、血液をまき散らしながら宙を舞う。
 しかし同時に幼女は応戦していた。蹴り上げられたアルスの体は吹き飛んで、地面を転がって止まる。
 俺の着地点に!

ケンゴ「これでっ! 終わり、だあああああっ!」

 ずん、と。

 確かな手ごたえがあった。


 彎刀はアルスの背中から突き刺さり、鳩尾のあたりから抜けている。ぼたぼたと流れる血。失われる生命。だが、油断なぞ、できない!
 骨の折れる音を交えてアルスの首がこちらを向いた。同時に伸びる黒い腕。それが俺の腕を掴み、さらに枝分かれして発生した腕が首根っこを掴む。

アルス「終わるかよ、終わって、たまるかってんだ、よぉおおおおおっ!」

アルス「誰かを助けたかった! 誰かを救いたかった! 幸せになってほしかった! その権利は誰にでもあるんだろうが!」

アルス「俺を、止めるんじゃねぇえええええ!」

 頸椎が軋みを上げる。視界の中では四人がアルスの動きを止めにかかっているが、決して俺の首にかかる握力が弱くなることはない。


グローテ「く、っそぉ……っ!」

 老婆の生み出した蔦がアルスの四肢を絡めている。

リンカ「止まり、なさい、よ、この!」

 冷気がアルスの左半身を凍らせている。

セント「諦めない男だねっ、きみもさぁっ……」

 右腕にはセントが関節を極めた状態で鋼鉄化している。

九尾「これは、く、埒が明かない!」

 金縛りの巻物を使用した九尾は、焦燥を十分にこめて叫んだ。


 ぎりぎりと力が強くなっていく。アルスの動きを止めるのが精いっぱいで、誰も戦闘不能に追い込めない。俺はと言えば、語るまでもないのだ、くそ!
 このままじゃあ、だめだ。
 死ぬ。

 誰も助けられずに。

 世界なんて救えなくたっていい。ただ、誰かを。
 ホリィを。
 リンカを。
 アルスを。

 そして、戦いで散っていった人たちを。

 俺は救いたかったのだ。
 救いたかったのに!

 あの二人のように。
 俺を助けてくれた、あの正義の味方のように!

 アルスは言った。誰かを助ける、誰かを救う、幸せになってほしいと願う、その権利は誰にでもあると。
 だから、俺たちだってそうする。そこに理由なんてない。ただ情熱があるだけで。

 どうにもできない。もどかしい。情熱はこんなにも赤々と燃えているって言うのに!

 俺はたった今、本当に意味でアルスの気持ちがわかった。彼が、彼自身から世界を守りたかったように。
 誰かこの世界を救ってくれよぉ!




 閃光。

 それはきっと、雷のものだと、俺は白く染まった世界で思った。





「今助けるから。待ってて」

「なにやってんのよ。ばーか」



――――――――――――――――――

今回の更新はここまでです。
佳境オブ佳境。展開はベタでもやる気がでるってもんです。

―――――――――――――――

――視点は錯綜する。

 セント・ヴィオランテは思った。あれは誰だ、と。

 リンカ・フラッツは思った。アルスの知り合いなのか、と。

 グローテ・マギカは思った。そんなまさか、と。

 九尾の狐は思った。そういうことだったのか、と。

 ケンゴ・カワシマは思った。もしかして、と。

 アルス・ブレイバは何も思わなかった。既に彼の心は磨滅していた。

「さぁアルス!」

「今度は、私たちが助ける」

 声高らかに、メイとクルルはそう言った。


アルス「なんでてめぇら生きてるんだ!? 死んだはずだろぉがよ!」

 返事はインドラ。視認できない雷の矢が、慈悲も感慨もなく、アルスの上半身を消滅させた。
 瘴気の残る余裕もない。

 しかしアルスは立ち上がった。嘗て九尾から与えられたコンティニューの加護。それはいまだに有効で、完璧になじみ切った今では、蘇生に数日もかからない。一瞬だ。
 地面に落下したケンゴが咽て激しく咳き込んでいる。残りの四人はそれぞれ別個の表情をしていて、何も知らない第三者が見れば、さぞかし愉快な光景だろう。
 だが実際は地獄絵図。この世の最果て。戦いの極地。

九尾「くく、は、くは、あはははははははは!」

 突然の九尾の哄笑に全員が彼女の方を向いた。それは敵であり魔王であるアルスさえもであった。
 気が触れたのだと思われてもおかしくはない九尾の様態に、全員が動けない。

 そうして九尾は、今度はぴたりと笑いを止めた。冷たい視線をアルスに向け、にやりと笑う。

九尾「よかったな、アルス。そして残念だったな、魔王。お前の敗因は、アルスだ」

アルス「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ……」

九尾「そうだろうさ! 最初は九尾だってわけがわからなかった! 確かにその二人は死んだのだ!」


 あれが見間違いであるはずはない。事実、グローテもアルスも、彼女らをきちんと埋葬したのだから。
 この世界には治癒はあっても蘇生はない。死者が自ら地面を掘り返し、這い上がってくるということはあるはずがない。

 ならば、可能性はただ一つ。
 この世で唯一の「やり直し」。

九尾「なぜ忘れていたのだろうなぁ、九尾は。九尾が自分で言ったんじゃあないか。そうだ。そうだよ」

九尾「魔力は血に宿る」

九尾「勇者と交わった貴様らは、コンティニューも受け継いでいるのだ」

 そう。それが答え。
 魔力は血に宿り、親から子へと、そして配偶者へと、その性質を与えてゆく。ヴァネッサが魔力そのものを自らの糧としていたように、九尾がヴァネッサを喰って自らのものとしていたように。
 なぜ気づかなかったのか。九尾は自嘲する。全てを知っていたというのに。


 セントが生き返ったのも、だからだ。彼女はアルスと交わっていた。聖職者の身で雷撃が使えるのもそれゆえに。
 インドラ。トールハンマー。原因不明の魔力の出どころはそこにあった。
 なぜ彼女らの必殺技が雷を用いたものなのか。全てはアルスの影響だったのだ。

メイ「ちょ、ちょっと待ってよ! アタシはアルスと、その、してない!」

九尾「は! お前は覚えていないのかよ、少女。鬼神と戦った時のことを」

九尾「お前は勇者に守られたろう。二人同時に切られて、その時だ」

九尾「お前はきっと、そこの神父や狩人よりは混入量が微量だった。だから雷の発現も遅かった。なじむまでには時間がかかるからな」

九尾「よかったな、勇者よ。お前自身が、お前の大事なものを救ったのだ」

九尾「そうして、お前自身をも救う」

アルス「認めねぇ、認めねぇぞ、そんなご都合主義はよぉ!」

 瘴気が爆ぜた。急加速を伴って九尾を切り刻もうとするアルスの肩を、無造作にメイが掴む。
 振り返ったアルスをミョルニルが叩き潰す。

 顔面から地面に叩きつけられたアルスからは、体液の代わりに瘴気が噴き出していく。そしてすぐにコンティニュー。


メイ「そういうことね。生き返った理由、わかんなかったけど、わかったわ!」

 歓喜の声に打ち震えながら、復活したアルスの胸ぐらをメイが掴みあげ、電撃を纏った苛烈な一撃をぶち込んだ。骨のひしゃげる音すらせずに、アルスは地面を転がっていく。
 そうして地を蹴るクルルとメイ。残りのメンバーも、反応こそ遅れたが、逃がしはしないと走り出した。

 吹き飛んだアルスに脚力だけでクルルは追いつく。体勢を立て直したアルスはすぐさま刀剣を展開、迎撃体制に移ったが、それは即座に光の矢によって打ち砕かれる。
 雪崩れ込む人間。砲弾を編んでいる時間すらもぎりぎりである。

 九尾の伸ばした手をアルスが弾くが、横から突っ込んできたセントはどうしようもない。アストロンで鋼鉄化している彼女は、突撃だけで肋骨の数本を持っていくだけでなく、引き離すだけでも困難だ。

セント「ご都合主義なんかじゃあないのさ!」

クルル「そう、その通り」

メイ「アンタのおかげなんだから!」

ケンゴ「俺にだってわかるぜ!」


アルス「ちくしょ、っ、はな、放せぇ!」

 雷そのものが空中に浮かんでいる。限りなく明るいそれは、多対一ではオーバーキルだが、一対一なら如何なく実力を発揮できる。
 全てを食らい尽くす絶対なる存在。神の雷。
 その名はインドラ。

 アルスがクルルに与えてくれたもの。

 クルルは手の中のそれを解き放つ。

 またしてもアルスの上半身が消滅した。鋼鉄化していたセントの左肩すら僅かに抉る威力で、九尾は今更、自分がアルスに渡した尾一本の結果に驚愕する。
 瞬間的に復活したアルスへと、メイがトールハンマーを持って跳んだ。

 それは殴るものではない。触れた傍から蒸発させる、インドラと同じ雷そのもの。雷の具象化。

 流石にこれは周囲の人間も危ないと見えて、九尾とグローテが全員を連れて空間魔法を行使した。すんでのところでそれは間に合い、地面とアルスの体とが、弧の形状に大きく抉れる。
 そして、再生。

 何度も繰り返される光景にもしかしたら血気を喪失する者もいたかもしれない。しかし、今は状況が違う。対するはアルスで、立ち向かうは彼を助けたいとする者たちなのだ。


メイ「埒が明かないわねっ、もうっ!」

クルル「あの中に、アルスは、いるの?」

九尾「そうだ。同化の度合いが過ぎて、今はああなっているだけだ」

ケンゴ「その同化ってのを止めさせるにゃどうしたらいいんだ」

九尾「……ははっ」

 困ったように九尾は笑った。だがそれは同時に楽しそうな笑みにも見えた。

九尾「それをこれから探すのだ。とりあえず、ぶん殴り続けていればなんとかなるだろう!」

リンカ「そんなんでいいの?」

メイ「うわ、脳筋! でもアタシ嫌いじゃないかも!」

クルル「わかった。殺さない程度に……殺す」

 光の矢の展開。そして放たれるインドラ。

 四肢しか残らずともアルスはそこから復活できる。復活。復活、復活、復活。治癒でも蘇生でもなく、復活。流石に手足それぞれから本体が生えて計四体とはならないまでも、大同小異、脅威には変わりない。


アルス「ご都合主義だって言ってんだろぉがあああああっ!」

 刃の形をした瘴気をアルスはまき散らす。即座に九尾とセント、グローテが障壁を展開、嵐のようなそれらを弾き飛ばす。相手が立ち止まったその隙をついて接近、対象はセント。
 アストロンで鋼鉄化したセントの腕を、けれどアルスは容易く切り裂いた。骨が見えるほどに深く切りつけられて地面に赤い花が咲く。

クルル「インドラ」

 またも雷がアルスの体を食らった。それでもアルスは止まらない。すぐさま復活するその加護を最大限に利用してメイへと躍り掛かった。

 触れるだけで蒸発する雷の鎚を防御することは叶わない。削り取られていくアルスの体と、同時に再生もするそれ。刀剣、砲弾、魅了で攻め立てるが……しかしそれらはどれも、嘗てメイが見たことある攻撃だ。

メイ「二番煎じなんて、アタシにゃ効かないっ!」

アルス「これならどうだよっ!」

 鋭い瘴気が剣山のようにメイを襲う。

メイ「とろくって欠伸が出るわ!」


 大きくトールハンマーを振って一回、返す刀でもう一回、軌道上にある全ての瘴気を蒸発させて、メイは開けた空間に飛び込んだ。
 アルスの顔が露骨に歪む。痛みはないが、いくら復活してもそのたびに消滅していくようじゃ埒が明かなかった。進んだ距離の分消滅していくのだからたまらない。

 背後からの火球を察知して回避。着地点から冷気が吹き出し、地面と彼の足をまとめて氷漬けにしようとしたので、行きつく暇もなく再度地を蹴った。その先には九尾が待ち構えている。
 同時に翳る進行方向。光の矢が、背後から!

アルス「ちくしょ、ちくしょう! ちっくしょおおおおっ!」

 体を穴だらけに消し飛ばされながら、アルスは――否、魔王の意思は呪詛を吐く。

アルス「くそ、ふざけんな! 多勢に無勢! 劣勢を何度もひっくり返して、俺がその上から叩き潰そうとしても、さらになんとかしやがる!」

アルス「なんでだ! なんでこうなった! くそ、結局こうか、結局そういうことかよ、あぁふざけんな! 運か! 運なのか!」

 戦闘能力においては互角だった。もしくはこの人数差を加味してもなお彼の方が上かもしれない。
 だが、事実、追い込まれているのは自分の方だ。


 なにせこいつらときたら倒しても倒しても起き上がってきやがる。腕は捥げ、体中血塗れで、魔力だって枯渇寸前。けれどそんなあいつらの下にはどんどん新しい仲間がやってきて、自分を打ち倒そうと立ちふさがる。
 だからあんな顔もできる。あんな希望に満ち溢れた顔も。

 信じられない。何かが絶望的に間違っている気がした。そして、もし間違っているのだとすれば、それは自分ではなくあちらなのだ。こちらは一人で戦っている。あちらは大勢。運が良すぎる。ずるいくらいに。
 神は自分のことを見捨てたのだろうかと彼は思った。魔王が神に祈るだなんておかしいかもしれない。けれど、いまだに彼は一片たりとも自分のことを疑ってはいなかった。
 アルスの絶望に救う彼は、その憎悪だけを身に纏っているから。

アルス「俺は、俺が世界を救うんだ! この世界をぶっ壊して!」

アルス「偶然に味方されてきたてめぇらとは違う!」


九尾「この大阿呆がっ!」

 横から突っ込んできた九尾がアルスの顔面を華麗に蹴り飛ばす。首の骨の折れる音が聞こえたが、アルスにはなんてことはない。受け身を取りながら体勢を立て直した。

アルス「……殺すっ」

 突っ込もうとしたアルスの肩を、セントが掴んでいる。

セント「きみは何を言っているのだ?」

 静かな声音に怒気を孕ませ、セントは言った。
 鋼鉄化した拳がアルスの顔面にめり込む。

 体勢を崩した身体を氷塊が空中で磔にする。手足の先端が氷の中に呑みこまれ、微塵も動かすことができない。

リンカ「こんな簡単なこともわからないなんて、可哀そうだわ!」

 リンカが吐き捨てる。血に塗れた彼女の顔は、それでもどこか満足げだ。

 砲弾をリンカに放つが、それは割り込んできたケンゴによって受け流される。彼の手の中で彎刀の刃がぎらりと光った。

ケンゴ「本当にな。あんたの敵は俺たちじゃねぇってのに!」


 もう一度砲弾であの小娘を――アルスは一瞬考えたが、そんな暇などとうに失していることに、眼前を見て気が付いた。
 早く逃げなければ。アルスの全身を焦燥が包む。

 早くあの太陽から逃げなければ!

グローテ「ご都合主義? 運? 偶然じゃと?」

グローテ「やはりお前は何もわかってはおらなんだ! 全て必然よ!」

 太陽がアルスに激突する。瘴気が暴れ、飲み込まれ、焼けていく。復活した箇所からまた焼け、一向に全身が戻る気配はない。
 激痛の中での唯一の幸運は太陽の熱で氷の緊縛が解けたことだ。体の半分が焼け落ちながらもアルスはいったん距離を置いて、太陽に対してメイルストロムを放った。威力を弱め、方向を歪める。

アルス「くっ、必然だと、また九尾、お前か!」

アルス「お前が仕組んだことなのかっ!」

メイ「違うに決まってんでしょ、このばか!」

クルル「頭でわからないなら、体にわからせるだけ」


 二人が神速で走り出す。雷をその身に新たに宿した二人の速度はまさに電光石火。紫電に勝るとも劣らない、疾風の動き。
 前後から同時に迫る二人に対し、アルスは横っ飛びでひとまず離れようとするが、脚の復活が追いついていない。間に合わない。

メイ「あんたは言った! 手を取れって! 幸せにしてやるって! 忘れたわけじゃあないでしょ、そうでしょアルス!」

クルル「アルスは言った。強く在るって。絶対助けに来てくれるって。忘れたわけじゃないでしょ、そうでしょ、アルス」

メイ「みんなアンタのことが好きなんだ! アタシだけじゃない、クルルさんだけじゃない! だからこれは、アタシたちが今ここにいるのは、偶然なんかじゃない!」

クルル「アルスは今まで誰かのために頑張ってくれた。だから今、みんながアルスのために頑張ってくれてる」


ケンゴ「アルス」

リンカ「アルス」

セント「アルス」

グローテ「アルス」

九尾「あぁわかったとも、名前を読んでやるさ!」

九尾「アルス!」

メイ「聞こえるアルス!? みんなの声が!」

クルル「魔王。あなたはアルスに負けたんだ」

メイ「いつまで寝てんのよ! この寝坊助!」

クルル「アルスの努力が、世界を救う」

 光が満ちる。
 彼の前からはメイがトールハンマーを持って。
 彼の後ろからはクルルがインドラを構えて。

アルス「――――」

 魔王が何かを叫んだ。しかし、その言葉は、二人の少女の絶叫によってかき消される。

「「これで、終わりだ!」」

 二つの雷がアルスを貫いた。
 瘴気が大きく揺らいで、瞬いて、散っていく。


メイ「一緒に帰ろう」

クルル「今度こそ、世界を平和にしよう」

「おうよ」

 そう言って、アルス・ブレイバはにこりと笑い、倒れた。

 空がどこまでも晴れていた。

――――――――――――――――――

今回の更新はここまでとなります。
長かった。

――――――――――――――――――

「ありがとうございました」

 俺は二人――クルル・アーチとメイ・スレッジの二人に頭を下げた。二人ははにかみながら「どういたしまして」と言って、お互いの顔を見合わせる。そして、笑った。
 花の咲いたような笑顔だった。

 彎刀の柄を握り締める。確かめるように。そこに親父が宿っているのじゃないかと思ったからだ。そうでなければ、俺がこの戦いを生き延びられた理由など、どこにも見つけられない気がした。

「ありがとう」

 もう一度呟いた。二人はアルス、老婆と既に合流して、俺の言葉は聞こえていないようだった。
 二人は知っているのだろうか。俺のありがとうが、単なるありがとうではないことに。
 アルスにまつわるそれだけではないことに。

 俺の命を助けてくれてありがとう。

 数年を経ての再開。勿論彼女たちはそんなこと覚えてやしないだろうけど。

 大きく息を吸い込んだ。
 焦げの臭いがする。

 強くならなくては。

「行くか」

「そうだね」

 リンカは地平線へとぼんやり視線を投げ、まるで何も気にしていない風を装って、そう言った。

―――――――――――――――――

―――――――――――――――――

 さぁ、どうしたものだろうか。地平線を見ながらわたしは思う。
 視線を遮るものは何もない。わたしの行く末を遮るものも、また。
 アカデミーに戻ろうか。世界を救っていただなんて先生に言ったらなんて顔をするだろう。驚いて、すぐに病院にぶち込まれるに違いない。本当のことなのに。

 それでも、もっと他にやるべきことがあるような気がした。こんな世界を知ってしまった今、わたしはもう単なる一学生なんてやっていられない。アルスの気に中てられたのかもしれない。
 どのみちまだ時間はある。ケンゴと二人、探していても問題はあるまい。

 ホリィとエドもきっちり弔わなければ。

 グローテさん、セントさん、九尾……ちゃん? に弟子入りも申し込んだけれど、そっけなく振られてしまった。一人は「柄じゃないから」と。一人は「魔法使いと神父は違うから」と。一人は「人間は嫌いだ」と。
 まったく、うまくいかない世の中ですなぁ。

 うまくいかない、世の中だ。本当に。
 ほんとに。

 なんで人は死んでしまうんだろう。

「ケンゴはどうするの、これから」

「とりあえず旅は続けるかな」

 想像通りの答えが返ってきた。

「じゃあさ、一つ提案があるんだけど」

「ん?」

「アカデミー、見学に来ない?」

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「若いっていいねぇ」

 去りゆく人々の背中を追っかけながら、呟いた。いや、自然と声が出てしまったというべきだろう。

 アルスには一緒に来ないかと誘われたけれど、残念ながら私は既に神父と言う役目を背負っていて、おいそれと教会を留守にできる立場ではない。今回だって無断外出なのだ。
 もしかしたら、帰れば私の席に誰か別の聖職者が座っているかもしれない。それほど今回の私の行動はアレだ。
 ……そうすれば、もっとずっとアルスと一緒にいられるのだけれど。

 今の彼にはちゃんと恋人がいて、彼は気づいていないかもしれないが、愛人もいるようだ。ここで私がでしゃばってもぎすぎすするだけだろう。ここは大人として、一歩引くのが礼儀と言うものだ。

 あーあ。死んでた間に振られちゃった。

 とはいえこれは赦してもらわないと。だって私は世界を救う片棒を担いでいたのだ。信じられなくたってそうなのだ。司祭様に力説しよう。捥げた腕の痕でも見せてやれば信じざるを得まい。ふはは。

 ごしごしと顔を袖で拭う。言葉の上では騙せても、心は騙せない。

 ホリィ、ごめんよ。

 困っている人を見捨てては置けない、聖職者として。私はそうで、ホリィもそうだ。だけれどその信念がホリィを殺したのだ。余計なことに首を突っ込んで、死ななくてもいい命を死なせてしまった。
 それに関してはグローテさんが頭を下げた。下げるのは私にではないはずだけれど、当の本人が既に亡き者だから、仕方がない。くそ。

「ちり紙でも貸してやろうか?」

 隣で金色の幼女がぶっきらぼうに言った。

「いらない」

 だって私はまだ二本の足で歩くことができるから。

「ありがとう」

 九尾の狐はやはりぶっきらぼうに「別に」と言った。

 私は帰路につく。帰ったら、山ほどの仕事を消化しないと。

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 これでいいのだと思った。此度の全ては、とまではいかないが、大部分は彼女が作った原因に起因している。だから、彼女はこれでいいのだと思った。
 責任を取るということはそういうことだ。

 そもそもこれまでがおかしいのである。人妖が入り乱れて共同戦線を張るなんて考えられないことだ。これまでがおかしくて、これからが普通。だから九尾の狐はアルスの後を追わなかったし、グローテの手も取らなかった。
 もう一つ「だから」を重ねて、九尾は口元の血を拭う。

「だから、九尾はここで死のう」

 死ぬかどうかはわからないけれど、その覚悟でことに挑もう。

 残る尻尾は四本。ヴァネッサから得た魔力を加味すれば、流石にできるはずだ。

 目の前には一個師団の姿が広がっている。

 魔法的な措置によってその姿は今まで隠されていたのだろう。紋章を見れば、それはアルスたちの国――核を落とした張本人たちであるらしい。
 魔王の存在を知って後派遣されたか、それとも別の任務があるのかはわからない。ただ、その師団一万人が、九尾を素通りするつもりがないのは明白だった。

 九尾の心に怒りはない。ただただ湖面のように穏やかだ。一個師団の存在など、波風を立てる微風にすらなりはしない。
 九尾にとっての人間とは、そんな有象無象なのである。

 九尾を殺しに来たのか。アルスを殺しに来たのか。他に目的があるのか。
 そんなことはどうでもいい。
 ただ、九尾は、国と言うものに報復しなければならない。

 その上で死のう。
 国も彼女自身も罰されなければならないと、彼女は考えていた。

 師団の先頭の騎士が、細身の剣を抜き、天に向けた。
 それを振り下ろす。
 先には九尾がいる。

「人間を人間と思わん貴様らが、まさか人間として死ねるとは思わんことだ!」

 彼女は跳んだ。いまだに心の水面は穏やかだった。

―――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――
 物音がしたような気がして、儂は振り返った。空気が揺らめいている。一瞬陽炎かとも思ったが、どうやら違うらしい。そもそもこの季節にこの地域でそんな現象起こるはずもない。

 なんとなく嫌な予感がした。九尾が儂らについてこないのは仕方がないとして、それ以上の何かをあいつは抱いていたような気がしてならない。
 思わず踵を返しそうになるのをぐっとこらえた。既に儂らは袂を別った。情けをかけられるのをあいつは望まないだろう。例えそれがなんであったとしても。

「どうしたのさ、おばあちゃん」

 メイが覗き込んでくる。なんでもないよと返事をして、ローブのフードを目深に下した。表情を悟られるのは困る。が、少しわざとらしかったか?
 ……気づかれていないようだ。

 アルスとメイ、クルルはそれまでの欠けた時間を取り戻すかのように雑談に興じている。今後の方針はとにかく後だ。とり急ぐこともあるわけではない。

「アルス」

「なんだ、ばあさん」

「まだ世界を平和にしたいか?」

「それよりみんなを幸せにしてぇな。難しいとは思うけど、無理とは思わない。死にそうなやつを助けられるなら、俺は率先して助けたい」

「そうか。そうだよな」

 それだけ聞けて十分だ。
 やはり、アルス、お前は儂の生きる指針らしい。齢六十を超えて、まさか青年を見習うとは思ってもいなかった。

 儂は大きく息を吸い込んだ。

――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――

 やばいやばい超やばい超これってマジやばい超マジこれマジ超。
 顔が!
 にやける!

 なんだアタシの表情筋、なんだこれ、なんだ、これ、本当、これ、これぇ!

「どうした?」

「は、どうもするわけないし! ばっかじゃないの!」

 格好つけて出てきたときは戦いのさなかだったから全然だったけど、今こうしてアルスの声を聴くと、もう、心の奥底がぽかぽかして、地に足がつかない。
 思わず手にも力が入るってもんよ!

 アルスと離れていたこの数年間はまさに流浪だった。なんで生き返ったのかもわからず、ひたすらアルスとおばあちゃんを追う日々。クルルさんもアタシも一度は死んだ身だから、とにかく日陰を歩き続けたのだった。
 その中で、おばあちゃんと九尾が――偽名を使っていたけれど、あれで騙せると思っていたのだろうか?――人助けをして歩いているという話を耳にした。そしたら目標がまた一つ増えた。

 全ては今この瞬間のためにあったのだ。

「終わったな」

 アルスが言った。アタシはけれど、ううんと首を横に振る。

「これから始まるのよ」

 そうだ。紆余曲折あったけれど、ここが、今からが、スタートだ。リスタートだ。

 世界を平和にしよう。アルスとならばなんだってできる気がした。

「アルス」

「ん?」

 大好きだよ。

「なーんでもない」

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―――――――――――――――――――――――――

 明らかにメイが嬉しそうで、私はちょっとだけ心がささくれる想いをしたけれど、寛大に今日くらいは許してやろうと思う。今日くらいは。

 あの核と称される魔法によって、周囲の森、村、民家が消失してしまったことはグローテのおばあちゃんから聞いた。それでアルスが魔王に呑みこまれてしまったことも。
 王国は許せない。ただ、私たちがこれからどうするかはアルスが決めることであって、私はアルスが決めたそれには口出しをするつもりはなかった。

 人はそれを思考停止と呼ぶかもしれないが、違うと思う。なぜならアルスと私たちは目的を一にしているからだ。そしてアルスはぶれない。だから私たちも安心してアルスに身を委ねていられる。

 ……メイとアルスの会話が長いので、アルスの腕に抱きついた。
 慌てるアルスはかわいい。メイが一瞬むっとした表情をしたのを私は見逃さなかったけど、正妻は私なのだから、ここはちょっとばかし譲れないところだ。

「アルス、私たちに子供ができたら、やっぱり死なないのかな」

「こ、子供?」

 やっぱり、慌てるアルスはかわいい。ぎゅっとより強く抱きしめれば、より強くアルスのにおいが鼻をくすぐって、より幸せな気持ちになれる。
 メイがアルスの左腕を見て、私にちらりと視線を向けた。
 私とメイで二人。アルスの腕は、当然二本。

 ……はぁ。あーあ、仕方がないなぁ。

 こちらの機微を察したのだろう、メイもまた力一杯にアルスの腕を抱きしめる。彼女の全力だとアルスの腕が折れないか心配だ。

 やっぱりちょっとだけ、ほんのちょっとだけいらっとしたので、私はアルスの顔を覗き込む。

「ん?」

 そうして、口づけをした。

―――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――

 さて、どうしたものか。
 空は青い。晴れ渡っている。すべきことは山積みだ。これ以上ない出発の日和だろう。何より、今は一人じゃあない。

 当面の目標は核にまつわる諸々。あんなものを放置しておくわけにはいかない、可及的速やかにどうにかしなければ。
 とはいえ国家に牙を剥くには力が圧倒的に足りないし、そんな血で血を洗うような真似だけは絶対に避けたいのもまた事実。では他の方法はと問われれば、残念ながら俺の頭では思い浮かばない。

 どうやったら世界が平和になるだろうか。

 まぁこういうときは自分より頭のいいやつに聞けば大抵何とかなるものだ。例えば、ばあさんとか。

 それにしても、色々な人が俺を助けてくれたものだ。支えあいと言う言葉をこれほど実感したこともない。クルルやメイはそれを俺が善行を積んだ結果だと言っていたけれど、自覚のあまりない俺には、なんだかこそばゆいのである。

 セント。ケンゴ。リンカ。彼らの行く先が幸福であることを祈っている。
 エド。ホリィ。ヴァネッサ。彼らの行く先が天国であることを祈っている。

 生きている人たちを幸せにするように生きていかなければならないし、死んでしまった人たちの分まで生きていかなければならないと思うのだ、俺は。

 今日も世界はこんなに平和だ。

 明日をもっと平和にしよう。

「――そんな薄情な真似ができるかよっ!」

 唐突にばあさんが叫んで、踵を返す。何があったかはわからないが、何かがあったことは明白だ。

 俺とクルル、メイはすぐさま顔を見合わせて、頷く。

 俺たちも走り出した。



<END>

今回の更新はここまでとなります。
また、彼らの物語もここまでとなります。

思えば遠くまで来たものです。一年以上続くとは思っていませんでした。一年以上付き合ってくれる読者がいるとも。
月並みな言葉ですが、これまでありがとうございました。

恐らく、次回作はオリジナルで超能力バトルものになると思います。
少女「有言実行、しましょうか」というタイトルを考えてまして、もし機会があればご覧ください。

重ね重ね、長いおつきあいをありがとうございます。
それではまたどこかで会いましょう。

今回は伏線だったけどさ
性的なネタ(主人公は特に)はしないほうが
読者層も増える気がする

なんにせよ乙

>>381
処女作なもので、ところどころ手探りでした。
なので、やりたいものはとりあえず全部ぶち込んでみたのです。
セックスとか、学園の雰囲気とか、日常の描写とか。
やはりと言うべきか、賛否両論あるみたいですね。参考にします。

HTML化依頼をしなければいけないんでしたね、そういえば。
特にみなさんからの感想、意見、質問等がなければ依頼を出しておきたいと思いますが、どうでしょうか。

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