ちなつ「髪型、変えてみよっかな」 (20)

ちなつ「それでですね、お姉ちゃんったらずっと夢中になってて」

「ふふ、大変だったね」

ちなつ「ほんっと、普段は真面目なイメージしかないから驚いちゃいましたよ」

「でも、わたしもゲームに集中しすぎて晩御飯つくるの忘れてたことがあったなぁ」

ちなつ「ええー! 先輩もそんなことあるんですか」

「誰だってそんなもんだよ」

ちなつ「たしかに、そうかもしれませんね」

ちなつ(わたしだって自分の世界に入り込んじゃうことがあるし)


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ちなつ「って、遅くなっちゃっいましたね。すいません、お時間とらせちゃって」

「いいって、ちなつちゃんと話してるの楽しいし」

「それに独り暮らしも案外ヒマだからいい時間つぶしだよ。また、いつでもかけてきて」

ちなち「も、もちろんです! あ、明日もいいですか!?」

「うん、大丈夫」

ちなつ「ふふ、よかったです」

ちなつ「…………」

ちなつ「それで、あの……」

「ん、なに?」

ちなつ「あ! やっぱりなんでもないです」

「……? じゃあ切るね おやすみ」

ちなち「は、はい! おやすみなさい」

ちなつ「ふー」ボスン

ちなつ「今日も言えなかったなぁ」

ちなつ「……好きです、って」

ちなつ「……話題も用意して、話引きのばして、結衣先輩が楽しんでくれるように考えて」

ちなつ「なのに、肝心の告白ができないなら意味ないじゃん」

ちなつ「はぁ、ほんっとダメダメね」

ちなつ「けど、自己嫌悪しても仕方ないし」

ちなつ「……寝よ」


『ちなつちゃんと話してるの楽しいし』

『また、いつでもかけてきてよ』


ちなつ「……」

ちなつ「せん……ぱい」ギュ

ちなつ「もう……」ドキドキ

ちなつ「先輩のせいで今夜も寝不足じゃないですか」

ちなつ「こんなにドキドキさせて、どう責任とってくれるんですか」

ちなつ「あとほんのちょっとだけ、好きを言えるだけの勇気があればいいのに」

ちなつ「せんぱい……大好きです」

……ちゃん、ちなつちゃん

ちなつ「うぅ……」

ほら、おきて

ちなつ「うぅ……なに」

結衣「おはよう」

ちなつ「あれ……結衣先輩? なんでわたしの部屋に」

結衣「なんでって……結婚してるんだからあたりまえでしょ」

ちなつ「住んでる、一緒に……ほえ!?」

結衣「ふふ、まだ寝ぼけてるみたいだね」ナデナデ

ちなつ「ふぁ……」

結衣「……ほら、目、つむって」」

ちなつ「へ……なんでですか」」

結衣「わかってるくせに。おはようのキスに決まってるでしょ」

ちなつ「ききき、キスぅ!!」

結衣「もう我慢できない、このまましちゃうよ」

ちなつ(わわわ……顔が、近づいて……)

ちなつ「うぅ〜」ギュッ

結衣「ふふ、カワイイよちなつ」

ちなつ「は、はい……」

ちなつ「……」ドキドキ

ちなつ(……息が顔に)

ちなつ(あぁ、結衣先輩ぃ……)

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ちなつ「…………」パチ

ちなつ「って、あれ……」

ちなつ「…………」キョロキョロ

ちなつ「夢、か」

ちなつ「あぁー! なに起きてんのよわたし! もう少しで甘ーいマウストゥマウスがぁ」

ちなつ「はぁ……早起きは三文の得なんて嘘っぱちね」


ちなつ「……はぁ」

ちなつ「気分が沈んでても学校には行かなきゃいけないのよね」

ちなつ「…あーあ、あの夢が本当ならなぁ」

ちなつ「ううん、夢はだめでも現実の結衣先輩に甘えればいいんだわ」

ちなつ「……でも、今までのやり方じゃ不十分かも」

ちなつ「短冊の時やデートの時以来あんまり進展がみられないし」

ちなつ「なにかいい案は……」

ちなつ「…そうだ」

ちなつ「髪型、変えてみよっかな」

ちなつ「そうすれば、いつもとは違うことがあるかも」

ちなつ「うん、そうしてみよ。放課後の娯楽部の間だけでも」

ちなつ「お化粧とかはまだ無理だけど、これくらいなら今のわたしにも……」

ちなつ「えっと……鏡っと」

ちなつ「うーん、女子力アップで? 結構いいかんじかも」

ちなつ「むふふ、これで結衣先輩との距離が急接近したら……」

ちなつ「えへへ」


結衣『ちなつちゃん、今日の君はいつもより可憐な乙女だよ』

結衣『でも、みだりにその降ろした髪を見せるのは関心しないな』

結衣『これからは私の部屋で二人きりの時だけすること』

結衣『じゃないと、キスはお預けだよ』

結衣『わかった?』


ちなつ「えへへ……わかりましたぁ」

ちなつ「我ながらいい発想ね、このチャンスを見逃す手はないわ」

ちなつ「さぁて、気合い入れていくわよ!」

ちなつ「え、あかりちゃん今日部活これないの?」

あかり「そうなんだよぉ、お母さんが用事があるから早く帰ってきてって」

ちなつ「……あかりちゃん」ギュ

あかり「ふえ!?」

ちなつ「ありがとう、あかりちゃんもわたしを応援してくれてるのね」

あかり(え、ええ、何が何だかわかんないよ)

あかり「ちなつちゃん、落ち着いてってばぁ」

ちなつ「ああ〜ん、あかりちゃんという友達を持って幸せだわ〜」ギュウ

あかり「うわ〜ん、力入れすぎだよ〜」



ちなつ(というわけで放課後になったわけだけど)

ちなつ「さて、この扉を開ければいよいよ勝負開始ね」

ちなつ「先輩は先に来てるみたいだし」

ちなつ「えーと……」

シュル

ちなつ「うー、なんか変なかんじ」

ちなつ「でも、四の五の言ってられないわね。いつもと違うわたしで先輩を魅了するんだから!」

ガラ

ちなつ「こんにちはー」

結衣「ああ、いらっしゃい……って、その髪どうしたの?」

ちなつ「あ、えっと……髪留めなくしちゃって……」

結衣「あらら、それは大変だったね」

ちなつ「いえいえ、そうでもありませんでしたよ」

ちなつ「…………」

ちなつ(あれ、普段と変わりない。もしかして、だめだったのかな?)

ちなつ(そんなぁ、せっかく勇気だしたのに)

結衣「えっと……ちなつちゃん」

ちなつ「!」

結衣「早速で悪いんだけどお茶いいかな?」

ちなつ「お、お茶、ですか」

結衣「だめかな?」

ちなつ「……いえ、大丈夫ですよ」

ちなつ「えっと、そういえば京子先輩は?」

結衣「あぁ、あいつなら今日は用事があるってさ。その様子だとあかりも休みみたいだね」

ちなつ「は、はい」

ちなつ(そんなぁ……ぜんぜん効果ないじゃない)

ちなつ(おまけに、まさかの二人きり。どうせなら心の準備ができてからにしてよまったく!)

ちなつ(うぅ、しっかりしなさいチーナ、あなたは出来る子よ)

結衣「あー、ちなつちゃん?」

ちなつ「へ! あぁ、お茶でしたね!」

ちなつ「すぐにお持ちいたすので待っててくださいね!」

結衣「え、あ、うん……」

ちなつ「げ……」(噛んじゃった)

ちなつ「す、すぐですからね……」ガラ


結衣「……どうしたんだろ」

ちなつ「うわー、やっちゃたよぉー!!」

ちなつ「もぉ、グダグダじゃない。これじゃあ魅力どころじゃないわよ」

ちなつ「先輩も引き気味だったし……」

ちなつ「はぁ、気が滅入る」

ちなつ「…………」

ちなつ(やっぱり、わたしなんかに興味ないのかな?)

ちなつ(京子先輩、か……)

ちなつ(わたしだって薄々わかってた、
    京子先輩との関係に比べたら、わたしなんて最近知り合ったばかりで、ただの後輩にすぎないって)

ちなつ(京子先輩。昔は泣き虫で、人見知りだったって)

ちなつ(そんな幼なじみの女の子を守っていた結衣先輩)

ちなつ(そう……わたしが結衣先輩に惹かれた理由もそれだった)

『守ってあげるから』

ちなつ(だからこそ、ふと恐ろしくなることがある)

ちなつ(京子先輩を守りたいという気持ちが、恋心に変わってもおかしくないのではないと)

ちなつ(同じ守るという言葉でも、大きく意味合いが変わるのではないかと)

ちなつ(そう……)

ちなつ(結衣先輩は文句を言いつつも京子先輩を部屋に泊めたり、原稿を手伝ったり、宿題を代わりにやったりしている)

ちなつ(普通、ただの友達相手にそこまでするだろうか?)

ちなつ(わからない……何が正しくて何が間違っているのか)

ちなつ(恐いよ……)

ちなつ(あんまり長い時間待たせると不自然か……はぁ、結局いい考え浮かばなかったな)

ガラ

ちなつ「お、お待たせしました」

ちなつ「どうぞ、お茶です」

結衣「ありがとう。それじゃあ、さっそく」

結衣「……ズズ」

ちなつ「どうですか?」

結衣「うん、おいしいよ」

結衣「ちなつちゃんのお茶のおかげで寒さも吹き飛んじゃうな」

ちなつ「ふふ、ありがとうございます」

ちなつ「……」

結衣「それで、今日はどうしよっか?」

結衣「どうせやることもないし、このまま解散でもいいけど」

ちなつ「そ、そんなことないですよ。結衣先輩といれるだけで十分です!」

結衣「あはは、そっか」

結衣「んー、じゃあ何か話でも……」

ちなつ(そう、先手必勝。相手の反応を待ってるだけなんてらしくないわよ)

ちなつ(自分のほうから聞いてみればいいんだわ)

ちなつ(いつだってそうしてきたじゃない、こんな所で諦める理由なんてないわ)

ちなつ「あの、結衣先輩はどんな髪型が好きなんですかね」

ちなつ「長いほうが……いいとか?」

結衣「髪型、かぁ……どちらかっていうと短いほうがいいかな」

ちなつ「そ、そうなんですか!?」

結衣「そんなに驚くようなことかな?」

ちなつ「いえ、なんでもありませんよ」

ちなつ(えへへ、短い方がいいのかぁ。これで一歩リードね)

ちなつ「じゃ、じゃあ……今のわたしぐらいの長さがちょうどってことですか?」

結衣「あれ、他の人の髪型って意味なのか。てっきり自分の髪の長さかと思ってたよ」

ちなつ「へ?」

結衣「うーん、そういう意味なら長いほうが好きかな」

結衣「ま、好みって言えるほどのものでもないよ」

ちなつ「……結衣先輩でも勘違いすることあるんですね」

結衣「はは、そのくらい誰にだってあるよ」

ちなつ「そうですよねぇ、あはは……」

ちなつ(なによそれ……せっかく嬉しかったのに、ぬか喜びじゃない)

ちなつ(やっぱり、京子先輩のほうが……)グス

結衣「あれ、ちなつちゃん?」

ちなつ「あ……」

ちなつ「す、すいません。少しお手洗いに……」

結衣「う、うん」

ちなつ「ハァ……ハァ」

バタン

ちなつ「うぅ……また逃げてきちゃった」

ちなつ「長いほうがいいって……そんなのないわよ」

ちなつ「せっかく、イメチェンしてみたのに」

ちなつ「……うぅ、グス」

ゴシゴシ

ちなつ「泣いたってだめなのに」

ちなつ「うん、そうだよ。一旦落ち着かなくちゃ」

ちなつ(深呼吸して……)

ちなつ「ふぅ、はぁ……」

ちなつ「…………」

ちなつ「よし、落ちついた」

ちなつ「あーあ……結局空回ってばっかり」

ちなつ(よく考えてみれば、いままでもそうだったような気がする)

ちなつ「デートの時だって結衣先輩が手を引っ張ってくれなきゃ落ち込んでたままだったろうし」

ちなつ「それでも、そんな距離を少しでも縮めようと、いろいろ頑張ってきた」

ちなつ「けど……もしかして全部わたしの独りよがりだったのかもしれない」

ちなつ「……」グス

ちなつ「もう、疲れちゃったな」

ちなつ「でも、戻らないと……跡ついてないよね」

ちなつ「うん、大丈夫」

ちなつ「……」ガチャ






「そっか……そういうことだったんだね」



ちなつ「あれ……せん、ぱい」

ちなつ「え、なんで?」

結衣「ごめん、盗み聞きしちゃって……でも、涙みたいなのが見えたから」

結衣「勘違いかもって思ってたけど、
    もしかしたら何か無神経なこと言ったかなって思って。それで、案の定」

結衣「ごめん、ちなつちゃん」

ちなつ「グス…、いえ、いいんですよ……たかが髪型ですし」

ちなつ「だから……ヒグ、先輩がきにすることなんてありません」

結衣「……」

ちなつ「えへへ、面倒くさいですよね。いつもいつも迷惑かけて」

結衣「そんなこと……ないよ」

ちなつ「いいんですよ、慰めてくれなくたって」

ちなつ「あはは、すいません。重い空気になっちゃって」

ちなつ「きょ、今日はもう失礼します。あ! 戸締りお任せします」

ちなつ「それじゃあ……」

ガシ

結衣「待って!」

ちなつ「グス……なんで」

ちなつ「もういいです、ほっといてくださいよ」

結衣「ほっとけるわけないでしょ!!」

結衣「勝手に自己完結ないでよ、ちなつちゃんにはその髪型似合ってるから!」

ちなつ「あ……!」

結衣「だいたいさ、ちなつちゃんはわたしを過大評価しすぎ」

結衣「こう見えてもさ、わたしは臆病なんだよ」

結衣「相手のほうから来てくれなきゃ、涼しい顔して自分のしたいことも言いたいことも引っ込めちゃう」

結衣「だから、そんな壁を破ってくれたちなつちゃんが自分を卑下することなんてない」

結衣「ちなつちゃんのアプローチは独りよがりなんかじゃなかった」

結衣「わたしは感謝してるんだ、だからさ、ちなつちゃんが悲しんでるのは嫌なんだよ!!」

ちなつ「……」

ちなつ「うぅ……」

結衣「あ、あれ……ごめん。わたしったら、つい叫んじゃって」

ちなつ「うわぁぁぁぁぁぁん」

結衣「ち、ちなつちゃん!?」


ちなつ「えへへ……すいません。突然泣き出しちゃって」

結衣「それはいいよ、でも驚いたな」

ちなつ「だって、すごく嬉しくて」

結衣「わたしの方こそ。ちなつちゃんにあそこまで言ってもらえて」

ちなつ「ふふ、いいですね……お互いの気持ちが通じ合ってるって」

結衣「ふふ、そうだね」

ちなつ「……あ、もう下校時刻ですね。こんなに時間たってたんだ」

結衣「じゃあ、一緒に帰ろうか」

ちなつ「はい!!」

ちなつ「よし、戸締りokっと」

結衣「ありがと」

ちなつ「いえいえ、なんてことないですよ」

ビュー

ちなつ「うぅ……まだまだ寒いですね」

結衣「ほんと、季節の変わり目は風邪ひきやすいから気をつけないと」

ちなつ「あぁ、わたしも昔ありました」

結衣「そうなんだ、わたしも小学校のころやったなぁ」

ちなつ「へぇ〜、そうなんですか」

ちなつ「ふふ、また先輩との共通点が増えましたね」

結衣「うん、わたしもちなつちゃんのことをたくさん知れた」

結衣「これからもさ、こういう風にしていけたらいいよね」

ちなつ「はい、そうですね」

ちなつ「……でも、やっぱり意外でした。結衣先輩が自分のこと臆病だと思ってるなんて」

結衣「言ったでしょ、みんなそんなものだってさ」

結衣「だからさ、ちなつちゃんも肩肘張らずにわたしと接してほしいんだ」

結衣「これまでのちなつちゃんの勢いだと、どうにも気遅れして」

結衣「こんなに純粋に思いをぶつけてきてくれるのに、わたしなんかでいいのかってさ」

結衣「それで、自分を良く見せようといつも以上にクールに振る舞ってたりもしてた」

ちなつ「そうだったんですか」

ちなつ「なんだか、安心しました」

結衣「安心?」

ちなつ「はい、ずっと雲の上の人だと感じてた先輩も、わたしと同じなんだって」

ちなつ「ふぅ、肩の荷が下りるってこういうのを言うんですかね」

ちなつ「まるで、生まれ変わったみたいです」

結衣「ふふ、そっか」

ちなつ「って、そろそろ本格的に暗くなってきましたね」

結衣「うん、急ごう。あんまり遅くなるとまずいし」

結衣「……」

ちなつ「どうかしました?」

結衣「あの……さ」

ちなつ「はい?」

結衣「手、繋いでもいいかな……」

結衣「ほら、わたし今日手袋忘れちゃったんだ」

結衣「だから、ね?」

ちなつ「え……?」

ちなつ(先輩のほうから……)

ちなつ(って、鞄から手袋はみ出てる……まぁ、それを言うのは野暮よね)

ちなつ「はい、チーナがしっかりと温めますよ」

ギュ

ちなつ「えへへ……」

結衣「あはは」

ちなつ「ふふ、今日はイメチェン大成功です」

ちなつ「途中は不安になっちゃったけど、こうして先輩と手をつなげたから」

ちなつ「それに、髪型のカワイイって言ってもらえましたし」

結衣「うん、繰り返しになるけど。ちなつちゃんのイメージによく似合ってると思うよ」

結衣「できればずっと降ろしてくれてたほうがいいんだけど……」ボソ

ちなつ「ほえ!?」ゴホ

結衣「あ! こ、声に出ちゃってた……」

ちなつ「えーと、先輩。さっき言ってたことって」

結衣「うん……そういうこと」

ちなつ「もう、遠慮なんかしないで直接行ってくださればいいのに」

結衣「しょうがないでしょ、そんなこと言って引かれないか心配だったし」

ちなつ「今さらなに言ってるんですか、さんざんお互いの恥ずかしいところを見せあった仲なのに……///」

結衣「いや、そういう言い方は正しくないというか……」

結衣(まぁ、ちなつちゃんなりの自己表現ってことかな)

結衣「ならさ、あらためてお願いしたいんだけど……いいかな?」

ちなつ「はい! もちろんです!!」

結衣「えっと、そこまで張り切らなくても」

ちなつ「はい!」

結衣「あはは、しょうがないなぁ」

結衣「あ……上見てみなよちなつちゃん」

ちなつ「え……あぁ!」

声に促され空を仰ぎ見る。
灰色の雲を背にたくさんの白い結晶が降り注いでいた。
いずれ透明な氷へと変わる純白の欠片たち。儚く消えていく泡沫の夢。
そんな雪たちが、沈みゆく夕陽に照らされた町を覆い尽くそうとしている。


ちなつ「雪、ですね……」

結衣「うん、綺麗だなぁ」

ちなつ「……なんだか夢の中にいるみたい」

その光景が、あまりにも幻想的だったからだろうか。
気持ちが切ないほどに湧きあがるのを止められなくなる。

ちなつ(もう先輩ったら。さんざん人の心をかき乱して)

ちなつ(ほんと罪な人です……わたしの心はあなたで一杯になってるんですよ)

ちなつ(だから、今なら出来るかもしれない)

ちなつ(この気持ちを、言葉に乗せて伝えたい)


結衣「これはもしかしたら積もるかもしれないね」

結衣「寒いのは嫌だったけど、案外悪くないもんだなぁ」

結衣「こんな景色が見れるなら、寒いのも好きになれるかも」

結衣「あぁ、楽しみだなぁ」

吹く風の冷たさも、繋いだ手から伝わる温もりが忘れさせてくれる。
鳴り響く鼓動を鎮めようと手に力を込めるが、逆効果でしかなかった。
心臓の鼓動は、止まることを忘れたかのように速さを増していく。

わたしも、今なら好きになれそうな気がする。
手を繋ぐきっかけをくれた、この寒さを。

ちなつ「ふふ、そんなに上ばかりみてるとコケちゃいますよ」

結衣「だいじょうぶ、だいじょうぶ。京子じゃないんだからそんなドジはしないよ」

普段の態度からは似つかわしくない、その子供っぽい姿に思わず苦笑してしまう。
しばらくそうしていると、ふと、悪戯心が生まれてきた。
これはきっと、彼女を心の底から驚かせるだろう。
そんなとびっきりの名案、試してみない手はない。

ちなつ「先輩、ちょっといいですか」

結衣「あぁ、ごめん……」

瞬間。
唇が重なる。
春の日差しのように、頬が熱い。



ちなつ「…………」

結衣「…………!」

ちなつ「ふふ……」スゥ

結衣「……え」

結衣「あれ、今のって……」

ちなつ「不意打ち、ですよ……」

ちなつ「さよなら、先輩」

結衣「ま、待って……!」

一方的に言い放ってから駆け出し、距離をとる。
後ろからはまだあっけにとられた声が聞こえるが、それは無視する。
十分に声が遠ざかったことを確認し、もういいかなと足を止めた。

あらためて先輩のほうに体ごと向き直る。
遠くに佇む彼女の姿は、赤みを増した夕日の中でいつもより綺麗に見えた。

さぁ、これで仕上げだ。
深呼吸し、目を閉じる。


ちなつ「大好きですよー結衣先輩ー!!」

ちなつ「初めて会ったときから、ずっと……ずーっと!!」

肺の中の空気も、胸の中の気持ちも、いっぺんに吐き出した。
砂粒一つ分も残らないように、力の限り叫全力で。

目を開けた。
探すまでもなく、愛しい人の姿が真っ先に飛び込んできた。
その顔は、夕陽に負けないぐらいに真っ赤だった。


ちなつ「えへへ……」

彼女をあんな表情にさせたのが自分だということに、思わず笑ってしまった。
言えた……。
やっと、できた。

ちなつ「返事、夜までに考えといてくださいよー!!」


再び、背を向けて走り出す。もう、振り返ることはしない。
今はまだ、返事はわからなくたってかまわない。
だって、夜の長電話でいくらでも聞けるから。

ちなつ「またかけていいって、言ったのは先輩なんですからね」


おわり

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