モバP「そこはとってもきれいな海で」 (21)


「あっつ……」

八月の終わり頃、昼を少し過ぎたくらい
少しづつ秋を感じさせる気温になってきたかと思えば
夏だと再認識させられるような焼ける日差しが降り注ぐ
なるべく影の部分を歩いては、額にじんわりと滲む汗を拭う

こんな日に外回りとはツイていない
せめてもう少し後か、朝の内にしてくれたら
このサウナのような暑さに苦しむ事もなかっただろう

事務所までの道のりをトボトボと歩き続ける
このまま行けば後20分程で着くだろう

熱い熱いと文句を心の中で呟く割には、電車を使わず歩いて帰っている
別に歩くのが好きなわけでもない、ましてやこの暑さの中だ
しかし俺は今日は歩いて帰ろう。そう気まぐれで思った

急いで帰ったところで大した用事があるわけでもないし
適当に書類を整理して、定時を待つだけだろう
それならば、少しくらいはゆっくりしていってもバチは当たらない


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信号が変わるのを待ちながら、周りの景色を眺める
平日の昼間なので俺と同じように歩いている人は少ない
湿気が多いせいか、焼けたアスファルトの匂いをハッキリと感じる

賛否両論のある独特の匂いだろうが俺は割と好きだった
良い匂いと言うわけではないが、夏を感じさせるノスタルジックな感じがある
秋の金木犀のようなものだろう、どこか子供のころに戻ったような

子どもと言えば、今頃は夏休みも終わりの頃だろう
昔から勉強嫌いな俺は、いつも夏休み最終日近くに貯まった宿題を終わらせていた
今でも深夜までパソコンにかじりついて資料をかき続ける事もある
あの頃とは状況が違うが、その根っ子はガキの頃から変わっていないのだろう

「……そう言えば」

事務所では雪美が待っているだろう、何か買って帰ってあげようか?
アイス、ケーキ、お菓子、思いつくばかりの物を考えてみたがどれもしっくりこない
たまには今まで買って来たような事の無いものが良いだろう
毎回そういうわけにもいかないけど、今日は何だかそんな気分だった

そうと決まれば、俺は近くの大きな百貨店に向かって方向転換をする
汗の湿り気が鬱陶しくなってきたし、涼むついでに丁度良い

学生らしい若いカップル
俺と同じようなサラリーマン
昼間から大量に買い物をしているおばさん
そんな色んな人達を横目に俺は百貨店の中に入っていた


「これは出るのは苦労しそうだな……」

クーラーの効いた店内は予想以上に快適だった。いや、快適すぎた
身体の汗は一瞬で引いて行き、少し火照った身体もクールダウンしている
買い物をする前にベンチに座って缶コーヒーを飲んでいるだけで
まるで天国にいるような心地よさが俺の身体を包んでいた

「さて、何が喜ぶだろうな」

余り着たことのない場所なので、店内案内を片手にお土産を探す
人形とか喜ぶかな……でも、どんな人形が良いか……猫か?
それなら、俺がわざわざ買わなくてもいっぱい持っていたはずだ

しかし、いざこうやってプレゼントを考えると難しいものだ
普段から一緒にいるはずなのに、俺は雪美の事をまだまだ知らない
多分何をあげても喜んでくれるのは予想は付く

もちろんその反応は本心であるだろうが
それでも、俺は彼女の驚く姿が見たかったのかも知れない
あのクリクリした瞳が、嬉しそうに目を細めるが好きだったからだ

「ははっ、これじゃ親にでもなった気分だな」

子を持つ親の気持ちと言うのはこんな感じなんだろうか
何とも言えない気恥かしさを感じてしまい、慌てて頭を振る
俺が喜んでいてどうするんだ、今はお土産を選んでいるのに……


「さて、そろそろ行くとするか」

飲んでいたコーヒーの空き缶をゴミ箱に捨て、腰を上げる
その瞬間、目の前に立っていた人と目が合った
さっきからずっと見ていたのだろうか? その視線は明らかに俺を見ている

こんな所で彼女に会うとは思っていなかったので、俺も素直に驚いてしまう
少し前から俺を見つけていた彼女は、余裕があるのかそんな俺を見てクスクスと笑っている
一人だと思って完全に油断してた。恥ずかしいところを見られたな……

「……こんなところでどうしたんだ? 美世」

「少し買い物だよ。Pさんは雪美ちゃんへのお土産でも探してるの?」

「あぁ、良く分かったな」

「ふふっ、Pさんが百貨店に来るなんて、そんな用事だろうなって」

確かに俺は自分の用事でこんな所に来ることはまずないだろう
しかしそれは、彼女にも同じ事が言える
車用品の店ならともかく、こんなところで合うのはかなりレアだ

「どう? お目当ての物は見つかった?」

「全然……何にしようか見ながら決めようかと思ってたとこさ」

「そっか、じゃあ……」

「……なぁ、美世も一緒に見てもらえないか?」

「……うん、良いよ!」

俺が彼女の言葉を遮るように、手伝ってくれるように頼むと
彼女は少しも考える事もせずにオッケーしてくれた
セミロングの髪を少し揺らしながら微笑む顔に、少しドキッとする


「ところで美世は何でここに来てたんだ?」

「……何でだと思う?」

「オフで暇だからとかかな」

「ま、当たらずとも遠からずかな!」

二人で縦に並んで、エスカレーターで上を目指す
彼女も本当はここに来る予定は無かったんだろう
ただ俺と同じく、気まぐれで足が向いた

別に百貨店である必要無いけど近くにあったから、そんな理由
ただの偶然だろうけど、そのお陰で美世と会えたのであれば、こんなのも悪くない
彼女もそう想ってくれているのだろうか、心なしかいつもより嬉しそうだ

おもちゃ売り場に近付くにつれて、子供の数が少しづつ増えていく
親子が仲睦まじく話している姿は見ていて微笑ましい

「美世は何か欲しいおもちゃとかあるのか?」

「もう! そこまで子供じゃないんだけど……」

軽く冗談で聞いてみると頬を膨らませて拗ねる
その仕草は子供そのものなのだが、それは今は言わないでおこう
どの道すぐに元に戻るだろうし、美世も冗談でやっているのだから

「で、Pさんは何か考えている物があるの?」

「そうだな、いつもとは違った物を上げたいと思ってさ」

「それならミニカーとか?」

「それだと美世が選んだってバレるだろう」

そもそも、雪美はそこまで車に興味があるわけでもない
以前、クリスマスプレゼントに美世からミニカーを貰っていたが
車種とかそういうのは理解していないだろう


たどり着いたおもちゃ売り場には所狭しとおもちゃが並んでいる
俺の知っている時から、大分と進化したヒーローや
可愛い女の子の魔法使いが使っているステッキのおもちゃ
しかし、最近の物は全くわからず、どれも同じに見えてくる

「うわー! いっぱいあるんだね!」

そう言いながら美世は小さなステッキを手に持ち軽く振っている
振る度にテレビで聞こえるような効果音が鳴り響き、少し面白い
こういうのは喜んでくれるのかな……? 少なくとも美世は楽しそうだけど……

「……でも、ちょっとイメージと違うんだよな」

「ん? そっか、雪美ちゃんって何が好きなんだろうね……」

「猫だろうけど……この前、猫の風鈴買ってあげたばっかりだしな」

「あたしもパッと思い浮かばないかな……」

同じものばかりでも芸が無い、かと言って他に思い浮かぶものがあるわけでもない
二人揃って、あーでもない、こーでもないと言い合いながら
宛てもなく、フロアの中をブラブラと彷徨っていた


周りを見ると、当たり前だが子供連れの人達ばっかりだ
母親に欲しい物をせがむ子供を見ていると、親は大変なんだろうなと思う

「んー、何が良いかなぁ……」

ふと、隣でキョロキョロと周りを見回している美世の顔が目に入る
俺と彼女の姿は周りから見ればどう見えるのだろうか?
親子、カップル……アイドルとプロデューサーと分かる人はまずいないだろう

そんな事を意識し始めると、目に映る美世の横顔にドキリとしてしまう
普段は全くそんな事は意識しないのに、今は何故か目が離せない
いつの間にか肩が触れ合うほどの至近距離に、美世がいる
それだけで俺の平常心はグラグラと揺らぎ始めた

「……どうしたの?」

「い、いや……」

「……変なPさん」

視線に気づいたのか、美世に話しかけられたがすぐに解放してくれた
彼女は何とも思っていないのか? こんなにそばに人がいるのに……
なんだか一人でドキドキしているのがバカらしくなってくる

元々は俺の何気ない思いつきだったはずなのに
今では美世の方が真剣に探してくれている
俺はというと、今見た物の名前を忘れる程に一人で慌てていた


「結局、良い物は見つからなかったな」

「いきなりっていうのも難しいね」

「しょうがないさ、あんまり遅くなってもまずいし今日は諦めるかな……」

散々歩き回って、足がつかれた俺達は元居たベンチに腰を下ろしていた
既に美世と出会ってから1時間近く経っていて
いくら暇とはいえ、そろそろ帰らないと怪しまれる時間ではある
せっかくこうして会えたのに残念だけど……

「ん、そっか……」

今まで楽しそうに笑っていた美世の顔が、急に物憂げな感じに変わる
こんな表情をするのは珍しい、何かあったのだろうか?
俺はいきなりの変化に戸惑い、かける言葉も見つからずに黙ってしまっていた

「……はい」

「なんだこれ?」

「コーラ、あたしはもういらないから、Pさんにあげるね」

そう言って手に持っていたお徳用のでかいコーラを俺に渡してくる
飲めないのならこんなでかいのなんか買わなければ良いのに
怪訝に思いながらも、少し喉が渇いてたのでグイッとコーラを喉に流し込む
その時、こちらを見ていた美世が小さく「あっ」と呟くのが聞こえた

「……なんだ、今更返して欲しいって言っても返さないぞ」

「ふふっ、そんなのじゃないよ……」

どうにも、さっきから美世の様子が変だ
おもちゃフロアにいた時は俺の方がドギマギしていたが
今は何だか逆のように感じる。美世は何か意識しているのだろうか?

「…………」

それから何も言わなくなった美世に話しかける事も出来ず
俺は残り少ない時間を惜しむように
缶の中に残ったコーラをチビチビと時間をかけて飲み続けていた


「さて、行こうか……」

「そうだね、あたしも家に帰ろうかな」

「あぁ、明日はレッスンだし今日はゆっくりすると良いよ」

「うん、また明日も一緒に頑張ろうね!」

口ではいつも通りの別れのセリフを互いに言い合う
しかし、俺はどこかこの時間が終わってしまう事が嫌だった
こうして彼女と外を歩いたのはいつ以来だろう
昔、思いつきで誘った時が最後だった気がする

そんな曖昧な記憶の中くらいしかなかったが
今日、一緒に入れた時間はハッキリと刻みつけられるくらい
楽しく、久々にのんびりとできた一日だった

願うならば、またこういう時間を共に過ごせれば
そんな事を考えたところで、叶うはずもないのだろう
そもそも、彼女は同じ事を思っているかなんていうのも分からない

「はぁ、またあの外を歩いて行かないといけないんだね……」

そんな俺の隣で美世が肩を落としてぼやいている
硝子を通して見える外の景色は眩しく輝き、まだ日差しが強いのがハッキリと分かる
外の暑さはきっと俺を現実に連れ戻してくれるだろう

焼けるような日差しを窓から見つめていると
ふと、一つの考えが俺の頭の中に浮かんできた
その考えは自分の中では妙案だったようで
俺ははやる気持ちを抑えて、美世に話しかける

「なぁ……美世」


その後、再び俺達は店内に戻ってきていた
ちひろさんには少し帰るのが遅れると電話を入れておいたので
時間の方は少し余裕もできて大丈夫だろう

辺りでは、どれにもバーゲンセールの札が貼られた水着が並んでいる
少し女性客も居るが、閑散としている水着売り場だ
8月の末日に水着を買う人などほとんどいないのだろう
俺は一人、試着室の近くでその数少ない買い物客を待っていた

「……えっと、着てみたけど……どうかな?」

スッと、ためらいがちに試着室のカーテンが開かれて
中から恥ずかしそうに白と赤のストライプのビキニを着た美世が出てきた
自分で進めておきながら、美世の水着姿にまたドキリとさせられる

「あたし、こういうのあんまりわかんないから……」

「え、えっと……」

「Pさんから見てどうなのかな……?」

「あ、あぁ……良く似合ってるよ」

「ホントに? ふふっ、それなら嬉しいな……」

頬を上気させてはにかむ彼女の姿は、とても綺麗で
俺はすっかりと魅せられてしまい、曖昧な返事しか返せなかった

そう、俺はさっきの帰る間際に美世を海に誘ったのだ
熱い真夏の日差しを見ていると、海をイメージしてしまい
気がつけば彼女に一緒に行こうと声をかけていた

美世も最初はびっくりしていたが
少し考えた後に「うん」と頷いてくれた
そして、俺達は水着を選びにここに来たわけだ


「でも、やっぱりこういうのは慣れないな……」

「そんなもんなのか?」

「うん、ステージ衣装とは少し違うしね」

「ははっ、そう言えば美世の水着なんて初めて見たな」

「そもそもあたしって海はあんまり行かないから」

そう言えば昔、潮風は機械の天敵と言っていた事を思い出す
道として海岸線を車で走る事はあっても、あまり足を止めることは無かったんだろう
波の音をゆっくり聞いた事もなかったとも言っていた

「……でも、あたしなんかで良かったの?」

「なんかってなんだよ、誘ったのが俺じゃ不服か?」

「ふふっ、時期外れなのはあるけどね」

「まぁ、思いつきだからそれは許してくれ……」

急な提案だったが、今はすっかりと美世も乗り気になってくれたようだ
そんな彼女を見ていたら、自然と笑みがこぼれてくる

近く、一緒にどこかの海へ行こう

そこはとってもきれいな海で

隣に君が一緒にいてくれるなら

きっと忘れられない思い出になるだろう


「お疲れ様でーす」

挨拶と共に、空調の効いた事務所内に転がり込む
やはりこの暑さの中を歩くのは無謀だったようで
俺は額に汗を滲ませて、身体がすっかりと温まっていた

「……P……お帰り……」

トテトテと小さな足音をさせながら
人形のような黒髪を揺らして、雪美が近づいてくる
今日はもう帰っても良いのに、俺を待っていたのだろう

「ただいま、雪美」

「……お帰り……」

ちひろさんは留守にしているようで、事務所には彼女しかいなかった
退屈だったのか、俺の手を引きソファーの方へ誘導してくる
歩き疲れたのもあって俺は素直に腰を下ろすと、その隣にチョコンと雪美も座る

「にしても、今日は暑かったな……」

「……外……暑い……」

「ははっ、久々の真夏日だから仕方ないよ」

「……P…良いこと……あった……?」

「ん? なんでまた?」

「……嬉しそうな……顔……してる……」

「あぁ、ちょっとな……」

「……そう……」

「そうだ、雪美。今日はお土産があるんだ」

そう言って、俺は仕事用の鞄とは別に持っていた袋を机の上に置く
雪美はそれだけで目を輝かせていたが、中を見ると驚いたような顔で
久々に心底嬉しかった時にだけ見せてくれる、満面の笑みを俺に向けてくれた


「到着だな」

「……P……脱がせて……」

「ほいほいっと」

車を降りて外に出ると、真夏特有の焼けるような日差しと
胸いっぱいに広がる潮の香りが、海を感じさせてくれる
俺は美世と雪美の三人で海に来ていた

雪美は既に服の下に水着を着ていたようで
脱がせるとプレゼントしてあげた、可愛らしいワンピース姿の雪美が現れる

「美世の準備はできたのか?」

「……あっ」

ふと、運転席の方を見ると、美世も既に脱ぎ始めていたようだ
その途中で目があってしまい、顔を赤らめている
一度見たはずの姿なのに、俺も何だか恥ずかしくなってしまい目を逸らしてしまった

「あははっ、ちょっと待ちきれなくて……」

「……美世……気が…早い……」

「俺はまだ脱いでもないんだけれどな……」

二人に遅れないように、俺も水着姿になり三人で海に向かう
少し遅くなってしまったが、良い夏の思い出ができたようだ

おわり


原田美世(20)
http://i.imgur.com/vS6LHZo.jpg

佐城雪美(10)
http://i.imgur.com/0vAi0me.jpg


ここまで読んで下さった方、ありがとうございます

美世のSRに歓喜して
勢いで立てたので特に細かい話は無いです

このスレはHTML化依頼を出しておきます

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