モバP「持たざる者」 (89)

SSは初投稿です
見苦しい箇所があったらすみません

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1376650907

神崎蘭子『闇に飲まれよ!』

前川みく『みくは自分を曲げないよ!!」 』

輿水幸子『ガボガボゴボゴボ!!!』




茹だるほどに暑く、食欲が減衰するこの季節。

最近、テレビに彼女達が映らない日はない。

何度もライブを、企画を成功させてきた彼女達なのだから、当然だ。

私はいつからか、それを羨ましいとは思えなくなってきた。

そこに至るまで、彼女達が努力をしていたと、知っているから。(双葉さんや森久保さんのような例外はあるが)

私はプロデューサーだからそれでいいと思っているし、それが良いと思っている。

けれど、他の娘達は、持たざる者側の娘達は。

テレビの中では、前川さんとアナスタシアさんと相葉さんが水着姿でライブをしていた。

つい先月行われた、沖縄ライブでの一幕だ。私ではなく、別のプロデューサーがそれを担当していた。

そういえば、最近事務所から外に出ていない。

遠征を出来る実力のアイドルの担当は、私ではない。

仕事の量も膨大で、事務所に泊まり事務所で起きて、また事務所で仕事をして事務所で寝る。

もう半月も、そうしていただろうか。

食事は出前で済ませるし、シャワー室も仮眠室も備え付けられている。扉を挟んだ向こう側、外へ行く必要がないのだ。



私の担当は、先述した持たざる者側の娘達だ。

私は昔、961プロでプロデューサーをやっていた。「やり方がぬるい!」と社長の怒りを買ってクビになった。

だから、嫌味ではないが他のプロデューサーと比べて自分が劣っているとは思わない。

それでも私が持たざる者側の娘達を今尚プロデュースしているのは、きっと私を拾ってくれたちひろさんへの恩返しだろう。

吉岡沙紀「やっぱり皆セクシーっすねぇ……」

小松伊吹「バリ島も楽しかったけど、沖縄も楽しそうだなぁ~」

最初に言葉を発したのは、ストリートアートを趣味としている吉岡沙紀さんだった。

可憐、というよりは痩せぎすなBMIであり、せめて三村さんを見習って欲しいと何度も言っているのだが、彼女は聞いてくれない。

「そういうのはアートじゃないっすよ!」と反論されれば、アートがわからぬ私に語れる弁もない。

次に口を開いたのが、ダンスを趣味としている小松伊吹さんであった。

ストリートダンスとスケボーを趣味としている彼女は、私のような貧弱なもやしには眩しすぎる存在であり、得意ではなかった。

ほんとうはもう一人、ここに工藤忍さんがいるはずだったのだが。

彼女は、輝くあの舞台へと進んで行ってしまった

伊吹「ねぇプロデューサー。アタシ達も海に行きたーい」

モバP「一月前にバリ島へ行ったではないですか。それで御勘弁を」

沙紀「アタシは行ってないっすよー」

モバP「二月前に遊園地でびしょ濡れになって水を楽しんだではないですか。それで御勘弁を」

言ってから、それは輿水さんの役割であったなと思い出した。

遊園地でのライブは、吉岡さんも重要な役回りであったが、それ以上にいつきさんと輿水さんが目立ていた。

彼女が期限を損ねると厄介だ。

昼食は何か豪華なものを出前して喜ばせるべきか。

ちひろさんも今はいないことであるし。

そんな葛藤をしている私の耳に「おはようございます」と二つの声が聞こえてきた。

一つは眠たそうに間延びした声。

もう一つは、耳から入って脳内を溶かし射精してしまいそうになるような透き通る声。


モバP「おはようございます。荒木さん、梅木さん」

声のした方向にいたのは、健康を損ねるのではないかと不安になる頻度で徹夜をしている荒木さんと

健康を損ねるのではないかと不安になる体重の梅木さんであった。彼女も、三村さんを見習って欲しい。

荒木比奈「おはようっす、Pさん」

梅木音葉「おはようございます」

モバP「来てもらって早々恐縮ですが、今日からお二人の仕事場が変わります」

「一軍昇格?」とソファーで寝転がっていた小松さんが言った。

彼女の言う一軍とは、何らかの重大なライブのセンターを任されることであった。

ツアーやフェスティバルの度に、そういったライブは開催される。

先月は村上巴さんがメインだった。確か今は、市原仁奈さんだ。

一度でもそういった大役を任されると、この事務所の入っているビルとは車道一本挟んだ反対にある、高層ビル内の事務所で活動されることが要求される。

そこには何十人のプロデューサーがいて、何百人の事務員がいる。

私とちひろさんだけで回っていて閑古鳥が鳴いているこことは段違いだ。

そこで活動出来るようになって、専属のプロデューサーが付くようになる。

それがこの事務所にいるアイドルの、最終の目標だ。

誰が言い出したものかは知らないが、一軍二軍とは的を射ていると思う。

プロスポーツと違う点は、一度一軍に上がれば二度と二軍には落ちないという点。

だから、二軍選手の最終目標は一軍に昇格することだ。

一軍に上がってからの目標は、また一軍で決めることだ。


私の予想通り、荒木さんと梅木さんは手に手を取り合ってはしゃいでいる。

彼女達は二人とも、下積み歴が長い。その喜びもひとしおであろう。

モバP「向こうにはもう話がいっていますので、契約に関してはあちらでお願いします」

二人が喜んでいる所に、吉岡さんと小松さんも混ざって喜び、それが一つの輪となっている。

誰か他人の幸せを、妬むことなく喜べる彼女達の姿を見ていると、それだけでプロデューサーをやってきてよかったと、心の底から思えてくる。

梅木さんと荒木さんは、私に深々と礼をして扉から出て行った。

今の私には何より厚いが、材質的な面では決して薄くない扉。

閉まった後も嬌声はまだ聞こえて来た。

沙紀「二人は、どういう衣装になるんすか?」

窓の向こうで、高層ビルに入って行く二人を見つめながら、吉岡さんが訪ねて来た。

モバP「本当は、まだ口外してはいけないんですが。内密にしてくださいね」

私は立ち上がり、ちひろさんの机の上に山積みとなった書類の束から、目的の一枚を取り出した。

あわひ……、でなく、人魚姫のような荒木さんの衣装。

幻想的な雰囲気の、エルフという言葉が似合いそうな梅木さんの衣装。

いつの間にか小松さんもこちらに来ていた。

伊吹「かっこいいね。羨ましいなぁー」

モバP「伊吹さんがバリ島でライブをした時の衣装。あれと、デザイナーは同じです」

沙紀「アタシの描いたのと比べて、どうすか?」

彼女が言っているのは、テーマパークで自分がデザインした衣装のことだろう。

モバP「吉岡さんの衣装も素敵でした 。あえて言うなら、美しいのはこちら。ビビッときたのは吉岡さんの方です」

「ふふん」と鼻を鳴らして、彼女は胸を張った。

薄着の彼女がそれをすると、私は目を逸らさざるを得ない。棟方さんがここにいなくて良かったと、心の底から思った。

遊佐こずえ「おふく、きるのー……?」

膝小僧の辺りから声が聞こえて、そこを向くと遊佐こずえさんが立っていた。

扉の方に目をやると、荒木さんと梅木さんが出て行った時には閉まっていた扉が、今はぽかんと開かれていた。

モバP「おはようございます、遊佐さん」

こずえ「おはよー……」

眠たそうに彼女は言ったが、それが彼女の平常であるから、私は心配していなかった。

物音一つ立てずに部屋へ入ってきた彼女には驚かされた。

私の懸念事項はもう一つある。

モバP「八神さんと、冴島さんはどうしましたか?」

八神、冴島とは入って間もない新アイドル達のことで、彼女達には業界になれるまで三人一組で行動することを義務付けていた。

こずえ「あっちー……」

彼女が窓の方を指差したので、私は歩を進めた。

沙紀「事務所の場所を間違えたんすかね?」

背後から吉岡さんの声が聞こえて、私もそうだと思っていた。

あの高層ビルに惹きつけられるのはやむないことだ。


しかし予想は裏切られ、見えたのは歩道を走りながら首を至る所に動かしている、八神さんと冴島さんの姿であった。

嫌な予感がした。

モバP「遊佐さん。どうして、一人でここに?」

こずえ「うーんとねー……」

彼女がそう言ってから語り出した言葉によると、どうやら小さなきっかけで二人が仲違いをして、それで彼女は一人事務所に帰ってきたらしい。

ただそれだけの事ではあるが、彼女のペースで話が進んだ為、たっぷり半時間は経っていた。

二人は、ここから見てもわかるほどに汗だくで遊佐さんの行方を探している様子であった。

小松さんに抱きしめられながら撫でられている遊佐さんに、「一人で行動するのは駄目ですよ」と注意をして、それから私は二人の元へ駆け出した。

「おふく、きるー……?」と、背後から声が聞こえてきた、ような気がした。

終わりです。
上位報酬、ガチャSR、メダルSRの娘が出てくるSSは一杯あるので
そうじゃない娘達にスポットライトを当てたかった
上位報酬、ガチャSR、メダルSR以外の娘で書いて欲しいってリクエストがあったら頑張ります

嫁が2軍事務所で燻ってる様子を淡々と書かれるだけだったらリクエストなんかしねえよ

柚ちゃんがいいな

>>19
失礼しました
出来る限り暗くならないように頑張ります

それとケイトさんが出来ましたので投下します。
大石泉さんはPを呼ぶ時が「○○P」なのですが
「モバPP」になっちゃうのでここでは「モバP」呼びにさせてもらいます

土屋亜子「Pちゃんただいまー!」

夜も更けてリンリンと虫の鳴き声が外から聞こえてきて、情緒的な風景に半分眠りかかっていた私は、その声で目を覚ました。

村松さくら「ただいまですよ、Pさぁん!」

事務所の壁にかかった時計を眺めると時刻は夜の九時。

確かニューウェーブの三人はグラビア撮影だったかなとスケジュールを思い返していると、二人の後ろからコンビニ袋を持っている、大人しそうな少女が姿を見せた。

大石泉「ただいま戻りました、プロデューサー」

モバP「お帰り、三人とも。今日は直帰でも良かったのに」

「ふっふっふっ」と演技がかった不敵な笑みを浮かべて、さくらが胸を張った。

肌寒い時間帯でありさくらは厚着をしていて、だから私は目を逸らさずに済んだ。

さくら「今日はあれですよ、Pさん」

亜子「そうそう。今日はあれの日やからな」

あれ、というのが何を意味しているのかわからなかった。

女性が「あれ」と言うと下世話なことを考えてしまいそうになり、頬をつねってその幻想を頭から追いやった。

泉「ブルーレイで借りればいいじゃん……」

呆れた様子で泉が言った。

今の私の精神テンションでは、ブルーレイという単語すら卑猥に聞こえかねない。

膨らんだ妄想は加速度的に勢いを増して行ったが、ソファーに座り、音楽を聞きながら雑誌を読んでいるケイトの姿を見て、そこでようやく思い当たる節にぶつかった。

亜子とさくらは何かを捜している様子ですあったので、私はちひろさんの机の上にあったリモコンを操作して、テレビの電源をつけた。

モバP「そうか、今日は金曜日か」

テレビから流れてくる仰々しいクラシックの音楽。

「金曜ロードショー」というタイトルが流れ、映画が始まった。

泉「今なら100円でレンタル出来るじゃん」

亜子「いずみは、わかってないなぁ。1円もかけずに見るのがええんよ」

さくら「そうだよ、風情、ってやつだよ」

三人の騒動に気が付いて、ケイトが着けていたヘッドホンを外した。

「おかえりなさいデス!みなさん」

「ただいま」「ただいま~」「ケイトさぁん!ただいま帰りました!」

三者ばらばらの挨拶を受けて、それからケイトはテレビに目を向けた。

ケイト「オー!ハリーポッターデスカ!」

何度も再放送された作品であったため、まだ子供のさくらや亜子はともかくにして、ケイトの喜び具合には驚かされた。

モバP「そうか、ケイトはイギリス出身だもんな」

ケイト「イギリスでも、ハリーポッター人気デス!」

モバP「イギリス出身で趣味が読書だからな。そりゃ好きだろう」

さくらと亜子は、ケイトと反対にあるソファーへ座り、それから泉の持ってきた袋を机の上に置いた。

泉「二人とも、食べすぎたら駄目だよ」

「はーい」と二人は声を合わせて返事をする。

モバP「すまないな、そういうのは本来俺の仕事のはずなのに」

泉「気にしないでプロデューサー。二人は止めないとどこまでも食べるから」

さくら「ぶー、子ども扱いしないでよ!」

頬を膨らませて憤るさくらの姿は非常に愛らしく、落ち着くものであった。

モバP「大石さんは見ないのですか?」

ちひろさんの机の上でノートパソコンを広げた泉に、私は尋ねた。

泉「話題になった時に映画館で見たしね。プログラミングで、やりたいこともあるし」

モバP「そうですか」

肯定で返したものの、内心は不安であった。

彼女は大人びて見えるが、まだ若干15の小娘だ。

世間の雰囲気に流された方が良いとまでは言わないが、この年で完成されているというのも、大人には不安に思えるものである。

さくら「ケイトさん、もしよかったら解説してくれませんか?」

ケイト「カイセツ?アー、説明ならまかせてください!」

ケイト「元の作品も、日本語訳も読みましたカラネ!」とケイトは微笑み答えた。

亜子「ほへぇ~。本場のイギリス人の解説が聞けるなんて貴重やなぁ!」

亜子の言葉は、自分の胸の内をそのまま口にしているだけでなく、何か含むところがあるように思えた。

書類から目を離しそちらに視線をやると、亜子は視線だけでさくらに何かと語りかけている様子であった。

さくらは最初テレビに視線が釘付けで、その後は菓子に夢中であったが、どうやら亜子の視線に気が付いたらしい。

何かを感じ取った様子で、右手の親指をグッと立てて亜子に応えた。

さくら「本当だよねぇ!これは聞かないと勿体無いよねぇ!」

ここまでくると鈍い私でも気が付いた。

ケイト「そうデスヨ!今宵限りのスペシャルな解説デスヨ!!」

頑なにそちらに視線をやらない泉に、私は声をかけた。

モバP「大石さん、見に行ったほうがいいんじゃないですか?」

泉「べ、別に興味があるわけじゃありませんし……」

モバP「プログラミングは一人でも出来るだろうけど、友情を育めるのは今だけですよ?」

泉「で、でも」

歯切れの悪い言葉が続いたが、ソファーから感じる三つの視線に、流石に堪えられなくなったらしい。

「私があっちにいったら、プロデューサー一人で仕事することになっちゃうじゃないですか」

一瞬、反応が遅れた。

それから彼女の言葉の意味を理解し、腹の奥底から笑いが出てきた。

泉「なんで笑うんですか?」

モバP「いや……、泉は優しいなぁと思って」

泉「な、なっ……!」

頬を赤らめてぱくぱくと酸素を求める金魚のように彼女は口を開けた。

泉は無言のままノートパソコンを閉じて、亜子とさくらが座っているソファーの前まで小走りで駆けていき、二人の間に腰を下ろした。

映画の音とケイトの声だけが響く、居心地の良い室内。

さくらが右手の親指を立てて私へと向けてきたので、私も右手の親指を立てて、それに応えた。

終わりです
ハリーポッターがやってる内に投下したいなぁと思って書いたら雑になっちゃいましたすみません


>>20
次は柚ちゃんで

ニューウェーブ良かった!
設定的に嫁はリクエストできないけど、この文章で書いてほしいジレンマ。
ともかく乙!

>>36
教えていただければ柚ちゃんの次に書けると思います

完成したので投下します

喜多見柚「ねぇねぇプロデューサー!バドミントンしよ……、仕事中?」

日曜日の昼日中、昼食を食べ終えて眠たくなっている私には、彼女の声がありがたかった。

モバP「うん、仕事中。大丈夫、寝てないよ、うん」

喜多見さんはラケットを二つ持ち、プラスチック製の安物ではない、本物の羽根が付いたシャトルを持っていた。

肘の関節が見えるような半袖であるのに、パーカーが付いている黄色のシャツを着ている彼女は、窓から差し込まれる太陽の光もあいまって、ヒマワリのように見えた。

柚「日曜日なのに、今日も出勤なの?」

確か喜多見さんは、今日は雑誌の取材があったはずで、だから事務所にいたのだろう。

モバP「休日出勤でサービス残業です。皆さんの分の仕事を取るには、週7日フル稼働でも足りませんから」

柚「はへぇ~」

彼女は感嘆の声を漏らした。

私が言ったことは、嘘ではない。

確かに彼女達の仕事を取るには、毎日朝から晩まで働いてギリギリなのだから。

ただ、今日も今日とて働いているのは、仕事以外にすることがないからだ。

無趣味というわけではない。

姫川さんがここにいた頃は野球を観戦することもあった。

日野さんがここにいた頃はラグビーを観戦することもあった。

結城晴さんが今ここにいれば、私は彼女と共にサッカーを見るだろう。

アイドル事務所という性質を持っている以上、この事務所のTVは解像度が高く画面も大きい。

そこで見るスポーツ中継は絶好だ。


しかし、誰もいないとなると仕事をする他にない。

柚「でも、バドミントンしたいなぁ」

モバP「他の子を誘うのでは駄目なんですか?」

彼女は社交性に富んでいて、コミュニケーション能力も高い。

その彼女なら「一緒にバドミントンをやろう」と誘えば引く手数多だろう。

柚「プロデューサーは下手くそだけど、一応男の人じゃん?丁度いい塩梅というか」

安牌と呼ばれなかったことは幸いであった。

モバP「ちひろさんが食事休憩から戻ってくれば、1時間ぐらいならプレイ出来ると思います」

言うが早いか、彼女は「ちひろさーん!」と叫びながら扉の外へと走って行った。

元気があるなぁとほのぼの思いながら、せめて扉ぐらいは閉めて行ってほしいなぁとも思った。

若林智香「ちひろさんを連れてきましたー!」

明るく元気な声であったが、その主は喜多見さんではなく、数ヶ月前に「一軍」へと昇格していった若林さんであった。

彼女はここにいたときと変わらず、両の腕を上にあげれば脇が見えてしまうようなタンクトップを身に着けていた。

走ったのだろうか、息は僅かに荒れていて、肌にも汗が浮かんでいるのが目に見えた。

千川さんはこの暑い中でも、相変わらず丈の長い蛍光色の事務服を着ていた。

口元には米粒が二つ付いていて、おそらく食事中に拉致されたのだろう。

千川ちひろ「なんですか!?何か起きたんですか!!?」

彼女の動揺の様子から見て、おそらく詳しい説明もされずに連れて来られたのだろう。

見れば、扉の影から顔だけ出して、喜多見さんがこちらを伺っている。

別に、怒るつもりはないというのに。

モバP「ええと、ですね」

間違いなく怒られるとわかっていながらに、説明をしなくてはいけない。

社会人になって最も嫌だと思うことの一つは、今のような時間だ。

事務所が入っているビルの屋上は、誰が使ってもいいということになっている。

しかし、決して広くない面積だ。

どこも暗黙の了承として、ここに荷物を置くことを是としない。


ビニルの紐の先端を胸の高さまであげて、それから転落防止用にと付けられている金網に結んだ。

他端を反対側の金網に結ぶと、簡易的なネットが完成する。

柚「プロデューサー……、怒ってる?」

モバP「怒っていませんよ」

智香「ごめんなさい……、プロデューサーさん」

モバP「だから怒っていませんよ。むしろ、感謝しているぐらいです」

ちひろさんは理由を説明した当初こそ憤っていたが、私の勤務状況を聞くと

ちひろ「休んでください!上に起こられるのは私なんですよ!」

と柄にもない事を言って、私を休ませようとした。

タイムカードを押していないのだから私は出勤していないしほとんど休んでいるようなものだ、と抗弁したが

彼女は休むようにと態度を頑なに崩さず、仕方がなく私が折れた。

モバP「久々の休みを二人のおかげで貰ったんです。二人に尽くさねば罰があたります」

私は喜多見さんからラケットを受け取り、紐をくぐって向かいのコートに立った。

モバP「そういえば、どうして若林さんが?」

柚「事務所の前で会ったの。ちひろさんを捜しているって言ったら、走っていっちゃって」

智香「お姉さんですからねっ☆」

彼女がそういった言葉を口にするとは珍しいなと感心した。

それから私は、二人の共通点に思い至った。

プロフィールでは両者ともに身長が156センチ。

胸の大きさも82センチ、ウエストも57センチと両者同じ。

唯一ヒップの大きさだけが、喜多見さんが82センチで若林さんが83センチと違うが、それも1センチ差だ。

若林さんが2つ年上であることを鑑みても、多い共通点に親近感や特別な思いを抱かずにはいられないのだろう。

智香「お母さんが鹿児島からいも焼酎とくまモンのお菓子を送って来たんです」

智香「でも、今の私のプロデューサーはお酒を飲まないので、だからプロデューサーさんにあげようかなと」

モバP「若林さんの実家は鹿児島でしたよね?」

智香「はぁいっ!」

柚「鹿児島なのにくまモン?」

智香「はぁいっ!」

何かおかしな気がしたが、彼女がここまで堂々としていると、むしろわたしが間違っているように思えてくる。

柚「そういえば、ラケット二つしかないね?」

モバP「交代しながらやりましょうか」

柚「三つあれば二人でプロデューサーを追い詰められたのにね」

いたずらっぽく舌を出して、彼女が答えた。

智香「大丈夫です!アタシは応援していますから!!」

交代で良いではないかと言おうとしたが、彼女はどこからかボンボンを取り出し、喉が張り裂けんほどの大声で私たちに歓声を贈り出した。

プレッシャーはかかったが決して不快ではなく、愉快なこの状況。

風の強い屋上でシャトルはどう動くのか。

考えながら重心を低くして、喜多見さんのサーブを待った。

たとえ飲まなくてもお酒は出さない方がいいよ

終わりです
最初は柚ちゃん単品で書いてたのですが
二人の共通点に気が付いて慌てて書き直しました

>>54
飲んべえのアイドルも多いので
「そういう人やプロデューサーにあげてほしい、ってつもりで母親は贈った」ということでお願いします
お菓子はお酒が飲めない子供達へということで

スレタイからダークソウルかと思った

>>63
FFTをイメージしていました



島村卯月「島村卯月!17歳です!!頑張ります!!!」


いまや私のキャッチコピーともなったこのフレーズ

「○○です!○歳です!頑張ります」が流行語大賞にノミネートされたこともあってか

私はいつからかそれを言うことがほとんど義務付けられていました

最初は、プロデューサーさんに教えられて使っていただけでした

モバP『元気良く挨拶をする娘を、使いたくないと思わないお偉いさんはいないよ』

芸能界に入って右も左も分からない私に、アイドル業界というものを教えてくれたのはモバPさんでした。

モバP『何か失敗や不都合があったら、責任は私になすり付けて欲しい』

モバP『責任を取るというのも、プロデューサーの仕事の内だから』

プロデューサーさんにそう言われたとき、私は反発しました

卯月「アイドルと言えど立派な社会人。責任は自分で取る」と

今にして思えば、それがどれほど無謀であったことか

或る日、私がまだ一流アイドルには達していなかった頃

今日と同じ体の芯から茹だるような暑い夏

その日の私は、バラエティ番組に出演していました

「この先トップアイドルになれそうな一押しアイドル」を紹介するという企画でした

私を推してくれたのは、その道では長く、齢60に達しようかという俳優さんでした

B級映画、と表現するのが適切かどうかはわかりませんが、とある作品で共演した仲でした

俳優さんは主演で大立ち回りをしていました

私は開始20秒で殺される脇役でした

だから、その俳優さんが私を推して番組に出させてくれたと小耳に挟んだ時、本当に嬉しかったんです

番組の収録をそつなく終えて(今思うと、テレビの前で頑張りますを言い出したのはその時が初めてでした)私は楽屋に戻りました

そこでスタッフさんに声をかけられました

「大御所の俳優さんが島村卯月さんを呼んでいる」

そこに不安を抱かなかったと言えば、嘘になります

駄目だしをされるのではないか、という不安が、私の胸中の大勢を占めていました

しかし、心の本の片隅に、何かイタズラをされるのではないかという不安もあったのです

と言うのも、先述したB級……もといマニアックな層に向けた映画作品

括りはミステリーでしたが、彼は強姦魔という役割で、私はその犯人に殺されるという役柄を演じていたからです

後から漏れ聞いた話ですが、「生娘に、未通女に、大事なアイドルにそういう役柄はやらせたくない」と

プロデューサーさんは最後まで私がその役を演じることを拒んでいたらしいのですが

せっかく貰った仕事、断るのは失礼だと私がちひろさんに無理を言って受けました

プロデューサーさんも私の熱意にほだされて、最後は「その俳優さんが卯月に指一本触れないこと」を条件に

私の出演を許してくれました

その時の俳優さんの演技は鬼気迫るものがあり

演技とわかっていながら、「本当に襲われる!」と怯えて目尻に涙が浮かぶ程でした

その印象は、頭ではわかっていても体には恐怖としてこびりついていました

そういう演技が出来るからこそ、40年近く演劇の舞台で活躍出来るのでしょうか

プロデューサーは他の娘達も担当していて、本来なら別の仕事場に行かなければいけないのでしたが

恐怖のあった私は、無理を言ってついてきてもらうことにしました

その俳優さんの楽屋の前に立っている時点で、ピリピリと、緊張感が伝わってきました

全身に寒気を感じて、鳥肌も立っていました

「優しい人だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

プロデューサーさんはそう言ってくれましたが、私の耳に言葉はほとんど入ってきませんでした

扉を開けた先にいた俳優さんは、胡座座りで着物を着ていて、その姿を見ただけで私は気後れしそうになりました

「ああ、よく来ましたねぇ」と彼は猫撫で声で私に言いました

彼の話は至極単純明快で、私の演技への批判でした

とは言えど、注意されてみれば確かに「そこを直せば演技力が向上する」という事柄ばかりで、目から鱗が落ちたものです

話の最中、彼は時々私を慈しむかのような眼で視線を送って来ました

一しきり話終えた後で、彼は私にこう言いました

「頭を、撫でさせてもらえんかね?」

今までの真剣な話と180度方向が変わった提案

何かを考える間もなく、私は反射的に「駄目です」と答えてしまいました

言葉が口から突いて出て、それから私は場の雰囲気が変わったことに気がつきました

隣に立っていたはずのプロデューサーさんは、額を地面に擦り付けて、しきりに謝罪の言葉を口にしていました

その後私は、プロデューサーに病院へ連れて行かれました

診断の結果は、季節外れのインフルエンザ

度重なるオーディションや仕事による疲労で体力が落ちて、そこで感染したようでした

どうやら私が感じていたあの雰囲気や威圧は、俳優さんのものではなくただの病のせいであり

その病のせいで正常な判断が出来ずに無礼な真似をしたとのことでした

モバP「この時期のインフルエンザはどうしようも出来ません」

モバP「自分が島村さんの体調不良に気がつけなかったのが全ての責任です。申し訳ありませんでした」

十つは下の、言ってしまえば「小娘」の私に、彼は深々と首を垂れて謝罪しました

後に、私が一軍に昇格してちひろさんから聞いた話によると

プロデューサーさんは私の両親の家にも謝罪に行き、それを要求されたなら自らの腹を掻っ捌くつもりで懐に匕首を忍ばせていったそうです

私は自宅療養ではなく、病院の個室で入院しました

最速の復帰を必要とされていたということもありましたが

大事なひとり娘を病に倒れさせておいて家族にまで感染させるようなことがあれば

首をくくらねばならないということで、プロデューサーさんが要求したようでした

そして私が入院してから三日が経ちました

既にそれだけの時間が経過して、肉体の不調は一切なくなり、自分の行動がどれほどまずかったかと自己嫌悪に陥っていた頃

事務所の喧騒が懐かしくなり、窓の外からはどこかの学校の放課を告げるチャイムの音が聞こえて

そこで、あの大御所の俳優さんが私の病室を訪れました

彼の隣には、たった三日会わなかっただけなのに、目の下に大きな隈をつくり痩せこけたプロデューサーさんが立っていました

男子三日会わざれば何とやらとは、よく言ったものです

「すまなかったね」開口早々に、俳優さんは私へそう言いながら、頭を下げました

驚きました。

芸能界が年功序列であることは、アイドルになって第一に教えられることでした

芸歴40年の大御所が私に頭を下げるだなんて


それから俳優さんは自分の境遇を語り出しました

曰く、自分には妻と娘がいたが、今から25年前に二人とも失ったこと

曰く、娘の口ぐせが頑張りますであったこと

曰く、君が頑張っている姿にその面影を重ねて無礼な頼み事をしてしまったこと

聞くも涙語るも涙、のような言葉とは違い、非常に簡素で単純な、お涙頂戴の対極に位置する語り口

しかしそれでも、私の双眸から涙が止まる事はありませんでした

泣きたいのはきっと、俳優さんのはずなのに

「正直ね、君に拒絶されて嬉しかった。娘は反抗期がくる前に、いなくなってしまったから」

卯月「ぢ、ぢがいまずぅ」

涙で鼻が詰まり、声は掠れていました

「それに、男に気安く触れられることを良しとしない貞操観念の高さ。良い教育を受けている」

俳優さんは今度は、隣に立っているプロデューサーさんにそう言いました

モバP「ほんの僅かでも身体的接触によるハラスメントを許せば、線引きがむつかしくなりますので」

モバP「それならば、全て平等になくそうと。しかし、今回はこのような」

きっと何百としてそれを繰り返して来たのだろう

プロデューサーさんのお辞儀は流れるように滑らかであった

俳優さんは言いました。

「今度、60にして初めて舞台の監督を勤めることになってね。君さえよければ、であるけれど、その主演になってもらいたいんだ」

「ふぇ!?」思わず、声が漏れました。

「謝罪ついでにどうのこうので、これを提案したんじゃない。君の一人のファンとして、舞台の上で輝く君を見たいんだ」

「考えておいてくれ」と言って、俳優さんは部屋を去って行きました。

残されたのは私とプロデューサーさんの二人だけ

卯月「プロデューサーさん、あの、ごれっで」

声はまだ少し濁ったままでした

モバP「千載一遇の好機だね。私の首の一つや二つ、飛ぶことは覚悟していたんだけど」

卯月「受けるべぎなのでしょうか?」

モバP「受けない理由がないんじゃないかな」

プロデューサーさんは私の背中を積極的に押して来ます

モバP「トップアイドルになるチャンスだよ。やるしかない」

卯月「でも、これを受けたら、私の担当プロデューサーは……」

私の言わんとしていることを半分だけ理解したプロデューサーさんは続けます

モバP「大丈夫。私以外が担当することになるけど、私より有能なのは間違いないから」

私は迷っていました。

今の環境が心地よいことは間違いありません

それはぬるま湯に浸かっているのが良いという意味ではありません

分相応に考えて、今の未熟な自分の限界が「二軍」にあるからです

切磋琢磨は楽しいです

他山の石で自分が磨かれていく過程は珠玉です

私は、今の実力で言えば到底舞台の主役を張っていい人間ではありません

だから、悩んでいたのです

ひとまずここまで
続きます

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom