"敵でも味方でもない
互いのたちば無理して
返答に時間がかかって
きりがないのにさ"
ずっと真夜中でいいのに。-【猫リセット】
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「ん? なんだい、キョン」
高校受験前の冬季講習。同じ塾に通っている中学の同級生の佐々木が隣の席に座って参考書とノートを広げ、塾講師の難解な呪文のような講義に耳を傾けているその端正に整った横顔を眺めていたらその視線に気づいて。
「キミもそろそろ本腰を入れて勉強するべきだと僕は思うけどね」
余所見するなと言外に忠告され黒板に視線を向けるもやはり俺の視線は佐々木に向かう。
「……なにか?」
「いや」
またもやすぐさまこちらの視線に気づいた佐々木に対して俺が弁明することもなく投げやりにノートに落書きを始めると嘆息して。
「終わったら話を聞くから勉強をしたまえ」
「ああ」
そんな攻防の末に俺は塾帰りに話をする時間を確保することが出来た達成感に高揚した。
「それで? どうしたの」
ダウンやらマフラーやら手袋やらで着膨れした佐々木と帰路について間もなく訊ねられた俺は講義中に用意しておいた台詞を伝えた。
「あと少しで見納めだと思ってな」
「ああ……なるほど」
冬休みが終わったら高校受験が幕を開け、その後は登校頻度は落ちる。あれよあれよと卒業してしまえば、顔を合わせる機会も減る。
「まだ志望校の変更は間に合うと思うよ」
「人生で一度きりの高校生活が勉強漬けになるのは困る」
「一応、合格するつもりはあるようだね」
くつくつと喉の奥を鳴らし失笑する佐々木。
それくらい学力に差があることは自覚済み。
優秀な佐々木と同じ進路は俺には荷が重い。
「お前こそ志望校を変更する気はないのか」
「そうだね。それはとても魅力的なお誘いのように思えるけれどひとつ確認しておこう」
少し先を歩く佐々木の表情は伺い知れない。
「同じ高校に通ったとしてキミは何を望む」
「これと言って何も」
「つまりキミは現状維持を望んでるわけだ」
現状維持。言われてみればそうかも知れん。
「それは僕にとっては不本意なんだよ」
先を歩く佐々木は現状維持を望んでいない。
「じゃあ、お前は何を望んでるんだ?」
「変化だよ」
「変化?」
「変化こそ生きる活力であり、この惑星に生まれた知的生命体である僕らの存在意義さ」
それはどうだろうね。少なくとも俺は今の自分を大きく変えようなんざ思っちゃいない。
ただもしも佐々木が変わるというのならばそれを観測するのはなかなかに面白そうだな。
「そうかよ」
「ああ。昨日と同じ今日、今日と同じ明日というものは僕らに一時の安心感を与えるがその先に待っているのは絶望と後悔しかない」
安心の積み重ねで崖っぷちに立たされるか。
「それで安心感を失っても構わないのか?」
「より良い未来が待っているなら構わない」
そんな保証がどこにある。一寸先も闇だろ。
「やれやれ。キミは悲観的だね」
大袈裟に首を振りながら足を止めて振り返った佐々木の顔に張り付いた苦笑が先程の自分自身の発言に対する強がりにしか見えない。
「ものは考えようだよ。たとえば僕と違う高校に入学したキミはそこで素敵な彼女や友人に恵まれるかも知れない」
それはたしかにより良い未来かも知れない。
「だからキミにとってもこれでいいのさ」
「それはお前にとってもか?」
「え?」
「お前も、俺の居ない高校で素敵な彼氏や友達に囲まれて、それがより良い未来だって、本気でそう思っているのか?」
詰問すると佐々木は眉根を寄せて不機嫌に。
「僕の幸せを勝手に決めないで貰おうか」
「その台詞は、そのままそっくり返すぜ」
別に喧嘩するつもりはない。呆れただけだ。
「なあ、佐々木。もしも変な気を回して進路を別にしようってんなら俺は……」
「……僕の気も知らない癖に」
「は?」
「言いたい放題好き勝手言わないでくれよ」
喧嘩する気がないのは俺だけだったらしい。
「キョンは自覚ないようだけど、周りから見て僕らはかなり親密に見えているらしいよ」
自覚がないわけではなく気にしてないのだ。
「この前なんて女子の友達にもうキスしたかなどと聞かれてしまったよ。おかしな話だよね。だって僕らは手も繋いだことないのに」
「佐々木……」
「この先もずっと未来永劫、僕らの関係は変わることなく停滞し続ける。時を経て今よりも親密となったとしても根本は変わらない」
だってそれがキミの望みなのだからと囁く。
「僕はキミに安心感を与える置物じゃない」
「そんなつもりは……」
「ならどんなつもりで僕と同じ高校に通いたいって言ったの?」
こちらを見つめる佐々木の瞳は真剣で、切実で。まるで縋っているようで。そこで俺はようやく期待されているのだと悟り、焦った。
「ねえ……キョン」
返答に窮する俺を見て諦めたように嘲笑い。
「僕の望む答えが出せない癖に、キミが望む答えを僕に対して望むのはフェアじゃない」
これまで積み上げた関係性が崩壊していく。
「やれやれ、だね」
完全論破したことで佐々木は溜飲を下げて。
「泣きそうだね、キョン。そう言えば僕はキミの泣き顔を見たことがなかった。喧嘩らしい喧嘩もこれが初めてだ。見納めが泣き顔というのはなんとも切ないが、文学的かもね」
くつくつと笑って毒を吐くことで、俺の罪悪感を減らそうという魂胆は見え透いている。
文学的だからどうしたというのだ。くそっ。
「佐々木」
「まだなにか?」
「講義中、俺はずっとお前の横顔を見てた」
「それが?」
佐々木の顔色くらいわかる。友達だからな。
「お前、ずっとおしっこを我慢してるだろ」
「っ……!?」
「ちなみにそろそろ限界寸前だ」
「キョン、知っててキミは……!」
まさか、用を足さずに帰るとは思わなんだ。
「待っててやるからその辺でしてこいよ」
「で、出来るわけないだろう!?」
ふむ。そうか。それならば、仕方がないな。
「じゃあ、俺も付き合ってやるよ」
「え?」
「思えば、これが初めての連れションだな」
嬉しくなって笑うと何故か赤面する佐々木。
「な、何を言ってるんだよ……もぅ」
「なんだ、もう漏れちまったのか?」
「そ、そんなわけないだろう!?」
「じゃあ、行こうぜ」
「……ぁ」
佐々木の手を取って立ちション場所を探す。
近所の一級河川にかかる橋の橋脚が良さそうだ。あそこまでならきっと間に合うだろう。
「……キョン」
「ん? 無理そうか?」
「そうじゃなくて、手」
「ああ……今は非常事態だからな」
「それじゃあ……仕方ないね」
「仕方ないな」
くつくつと笑う佐々木に釣られて俺も笑う。
「さて、佐々木」
「はい」
佐々木も緊張してるのか敬語だ。俺も敬語にするべきだろうか。いやここはあくまでも気安くいこう。そうしたほうが放尿しやすい。
「出来れば向かい合って用を足したいのは山々なんだがそれは残念ながら無理らしい」
「そうだね。お互いにかかっちゃうね」
だから隣同士にしようかとも思ったんだがそれはいくらなんでも風情に欠ける。そこで俺は閃いた。閃いちまった。橋脚を見上げて。
「背中合わせってのはどうだ?」
「もしかして格好つけてるつもり?」
うるせえ。そういう年頃なんだよ中学生は。
「なるほど背中合わせね。つまり僕らはお互いの背中を背もたれにしてするわけか。それはなんとも風情があって絵になる光景だね」
からかう佐々木に取り合わずしゃがみ込む。
「では失礼するよ、キョン」
そう断って、何故か背中に抱きついてきた。
「佐々木……?」
「ちょうど良い背中があったもので、つい」
「そうかよ。じゃあ、掴まってろよ」
「え? あ、ちょっと、キョン!?」
後ろ手を回してそのまま背負い立ち上がる。
「お、下ろして! 下ろしてよ!?」
「ちょっと待ってろ。先に用を足すから」
「なんで!? ひとりだけずるいよ!」
たしにそうだな。それだとフェアじゃない。
「お前もしていいぞ」
「していいって、おんぶされてるのに……」
「だってほら、今なら叶えられるだろ。俺の望みもお前の望みもさ」
「キョン……」
人間関係なんてものは結局、どこを目指しているかに左右される。方向性の問題なのだ。
お互いに同じ方向に向かっている今ならば。
「一緒に高校は通えないかも知れないけどよ、それでもこうして今この瞬間、一緒に小便することは出来る。それがずっと先のより良い未来に繋がることはないかも知れないがそれだけが全てじゃないと、俺はそう思う」
未来なんざ一寸先も真っ暗闇だ。必ずしも、素晴らしい未来が待っているわけではない。辛いことや苦しいこともあるかも知れない。
「愉しかった昨日で救われる今日もある」
「うん……そうだね」
「愉しかった今日で救われる明日もある」
「うん……キョン、キミが正しい」
俺が佐々木を完全論破するような日もある。
「キョン」
「そろそろ限界なんだが?」
「すぐに済むから我慢して」
いそいそとズボンを下ろしつつ耳を傾ける。
「キミが変化を望まないように僕も今の関係を壊すことは望むところではない。けれど僕は変化のために現状を打破するしかないとの結論に至った。でもそれは間違いだった。関係性を維持したまま、変化する未来もある」
俺と佐々木は友達。友達に頬にキスされた。
「佐々木、お前……」
「勘違いしないでくれたまえよ」
「ああ……わかった」
勘違いするなと言われたら考えなくていい。
「おっとすまん、佐々木」
「なんだい、キョン」
「びっくりしたら出ちまった」
「キョン……キミって奴は」
「フハッ!」
ちょろりんっ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「やれやれ……風情もへったくれもないね」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
呆れつつもチョロチョロと俺の背中を濡らす佐々木のおしっこに歓喜しながら放物線を描く俺の尿。愉悦は橋の上を通る列車の音でかき消された。
「ふぅ……さて、帰るか」
「おんぶしたまま?」
「ああ、すまん。今、下ろす」
背中から下ろした佐々木の頬に手を伸ばし。
「実は塾の時からしたかったんだよ」
「したかったって。おしっこのこと?」
「いや、ほっぺにキスをだな……」
「へ、へえ……それは知らなかった」
そう白状すると、目を丸くして頬を染めて。
「僕はこういう性格だから自分の願望を素直に口にすることは難しい。何故ならば、それがキミにとって望ましくないのではないかと考えてしまうからだ。なのでキミが自分から申し出てくれたなら僕もついつい期待してしまう。キョン、今からでも遅くはないよ?」
時既に遅しという言葉はきっと正しくない。
起こり得ない未来とはそもそも存在しておらず可能性はゼロである。今の状況とは違う。
「いや、より良い未来にとっておくさ」
「やれやれ……なに言ってんのさ、もぅ」
それはお互いにとって望む未来だろうから。
【佐々木とキョンの期待】
FIN
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
最後までお読みくださりありがとうございました!
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