【デレマス】木漏れ日の少女【高森藍子】 (18)


穏やかで暖かい、木漏れ日のような少女。

初めて、彼女と出会ったときの印象はそうだった。


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彼女の周りだけ、全てが緩やかに流れる。人も風も、そして時間さえも。

柔らかで瑞々しい、新緑の並木道に佇んでいた彼女はふわりとした微笑みも、何かを見つけては立ち止まる姿も、まるで深い森の中から、光に導かれて姿を現した精霊のようで…。

「こんにちは。いいお天気ですね」

ふと、目があった際に、彼女の方から声をかけてきた。

「こんにちは。天気も景色も、暖かですね」

「そうですね。ふふっ♪私、ここをよくお散歩するんです。お気に入りの場所なんですよ。」

自然に会話が始まっていた。今思えば、それが彼女の魅力の一端だったのだと気づく。


知らずに周囲を優しい空気に塗り替えてしまう。誰もが、穏やかに、本音で話ができるように。

気がつけば自分の素性や仕事で最近あったことなどにも話が及んだ。彼女は穏やかに微笑みながら、相槌を返してくれている。

「アイドルに、なりませんか?」

話の流れから躊躇いなく誘いをかけた。


「私が、アイドルですか?向いているとは思わないですけど……」

躊躇いがちに眉をひそめる。

「あなたの優しさは、人々の心を伝って、もっとたくさんの人達に優しい気持ちを届けられる。そんな優しさだと確信しました」

理屈ではない。でも彼女はアイドルにならなければいけない。そんな思いを告げると、彼女はふわりとした笑顔で応えた。

「そんなことができたら、素敵ですよね」


そうして彼女、高森藍子はアイドルになった。


それからの彼女の歩みは、今までの彼女がそうだったようにゆっくりと穏やかな道のりだった。

もちろん、仕事で彼女のテンポに合わないことを要求されることもある。

そのたびに、ひとつずつ、足元を固めるように克服していった。

色んな人達と出会い、新しい友人たちと巡り合ってきた。

そんな中でも、彼女の周りではいつも、穏やかで優しい空気が流れる。

眩しい太陽のような熱さも、周囲を巻き込んでいく輝きとも異なるけれど、

まるで大きな樹に寄り添って、心地よい木漏れ日を浴びるような空気感こそ彼女の最大の魅力であると感じていた。


それは、彼女の一面に過ぎなかった。


ある時の握手会で思った以上の来客があった。

彼女は握手会でもファンとひとりひとり向き合い、穏やかに話をすることを好む。

だが、今回は会場を借りていられる時間はあまり長くない。

いつもより少し駆け足でファンに応対していたが、予定時間を大幅に超過する結果となった。

主催者からこっぴどく叱られた後、帰りの車中で待っていた彼女は申し訳無さそうに謝ってきた。

そこまでは予想できた。

何とか彼女に、ファンは喜んでくれたから気に病まないでほしいと告げたが、返ってきたのは予想外の答えだった。


「私にもっと人気があれば、もっとアイドルとしての力があれば……」

こういったことはあまり話をしたことがなかった。

歌やダンス、表現力のトレーニングで「できないと諦めたくない」と負けん気を見せるのとは、また少し違った意味での、願い。

「私、どんな小さな芽も取りこぼしたくないんです。

もっともっと、ファンの皆さんに優しい気持ちになって欲しい」

どうなりたい、どうありたいと言うことをあまり口に出すことはなかったと思う。

だけど今、高森藍子は自分がどんなアイドルになりたいかを、語ろうとしていた。



「どんなにたくさんお話をしても、どんなにたくさんの人達を迎えても、どんなに長い時間LIVEをやっても、怒られないようなアイドルに……なりたいです」

「それは、大変なことだよ。今よりもっともっと人気が出ないとね」

思わず一般論を口にしてしまったが、ミラー越しに見える彼女の表情は、今までにないほど穏やかだった。

「分かっているつもりです。でも私、歩くのはゆっくりですが、決めた道は必ず最後まで歩いてきました」

穏やかで優しいだけではない、ゆったりとした暖かさだけではない。一度決めたことは必ずやり通すという強い決意。

それはまるで、一本の大樹のような逞しさを感じさせる。

「いつか、ファンの人達と、終わることのないLIVEをしたいです。プロデューサーさん」


一呼吸。


「一緒に、歩いてくれますよね?」

それは、彼女をアイドルの道に誘った責任であり、同時に新たな光を見つけた希望でもある。

「もちろんだよ」

短い言葉でしか応えることができなかったが、ミラーに映る彼女は、嬉しげに微笑んでいた。


その日から、何かが変わったというわけではない。

彼女は今までと同じようにゆっくりと、今までも同じように着実に、アイドルとして輝き続けてきた。

そして迎えた何度目かのソロLIVE。

今日は奇しくも7月25日。彼女の誕生日LIVEである。

だからということもあり、いつもより大きな会場に、いつもより長い公演時間を確保できた。


「少しずつ、大きな樹になっていくんですね」

彼女は感慨深げに呟く。

「うん。だけど、もっともっと大きな樹にしたいね」

いつの頃からか、彼女は自分とファンたちをひとつの樹に例えるようになった。

彼女にとって、仲間も、友だちも、ファンも、いや、目に映るものもそうでないものも、全ては取り零したくない大切なものだという。

全てを穏やかに包んで、全てに暖かく優しい気持ちを注ぐ。

「行っておいで」

「はい♪」

ステージに向かう彼女を見送りながら、これまでのことを振り返る。


高森藍子は、穏やかで暖かい、木漏れ日のような少女だと思っていた。

今思えば、少し違う。


高森藍子は、穏やかで暖かい、木漏れ日をもたらすアイドルなのだ。


大きく枝を伸ばし、広く大きな葉をつけて、樹の下に憩う人々に優しい陽射しを注ぐアイドル。

幕が上がり、ファンたちの歓声が上がる。その光景を眺めながら、ひとり思う。

(彼女の夢を、もっと大きな世界に届けることが出来ますように……)

それは誓いだった。何よりも優先すべき、二人の約束。

(ただ、今は少しだけ浸っていよう……)

ステージの上で優しく歌う高森藍子の姿に、誰よりも癒やされていく自分自身を感じながら、ただ静かにステージを眺めるのだった。

おしまい。

ずっと前に、高森藍子ちゃんの魅力を教えてほしいとTwitterでお願いした時に
お勧めしてもらったコミュから感じた、自分の中での藍子ちゃんのイメージの変遷を書きました。

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