見ただけで敵の強さがわかる奴って何が見えてるの? (14)


「なあ師範代、《殺人鬼》狩りなんてつまんねえことやめてガールズハントに行きましょうや」

「バカたれ」

私は、くだらないことを言う弟子に強めの拳骨をくれてやった。
ただでさえ、ムカつく状況なのだ。アホの相手をしていると余計に腹が立つ。

能力を使って、能力者、一般人問わず殺しまわっているサイコパスくそ野郎。
通称《殺人鬼》。私たちが、その殺人鬼を追い始めて既に6日も経つ。
その間も被害者が増え続けていることに、私は焦りを感じていた。

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「ガールズハントがダメならヤンキー狩りにでも行きません? ストレス発散にイキり散らかした奴らを投げ散らかしましょうよ」

私はこのアホ弟子のアホな物言いに、正直うんざりしていた。
土地勘があるだろうと、殺人鬼探索に連れてきたのだが。こんなことなら置いてくるのだった。
それどころか、こいつを拾って道場に入門させたことすらも本気で後悔し始めている。

あの雨の日、大勢の武装ヤンキーに囲まれ半泣きだったこいつを。
「義を見てせざるは勇無きなり」と私が助け出した。
放っておけばタダでは済まなかっただろうが、こんなアホなら放っておけばよかった。


ちょうど、こいつを助け出したのもこの辺りでのことだった。
こいつの言う『いきり散らかした奴ら』というのは、件の武装ヤンキーたちのことだろう。
新しく手に入れた能力で、ヤンキー相手に無双して優越感に浸りたくてたまらないのだ。

「能力を一般人相手に使うんじゃない。そういうのは三下がやることだ」

「へいへい、三下がやることね。わかりましたよ」

チラリと視線を落とすと、アホ弟子は不服そうどころか下卑たニヤケ面を晒していた。
言葉とは裏腹に、私の監視が解ければ好き放題にやる腹積もりだろう。

「おまえな―――」


叱責をくれてやろうと私が口を開いた瞬間、突如、周囲の空気が張り詰めた。
首筋の当たりに、ピリピリと微弱な電気が流れるような感覚。
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには念願のサイコパスくそ野郎が立っていた。

黒と白のチェック柄に、赤や黄色といった派手な色合いを全身に散りばめたピエロの衣装。
その両手には、刃が大きく湾曲した剣が一振りずつ握られている。
どうしてこんなに目立つ奴が、なかなか見つからなかったというのだろうか。

殺人鬼は、ニタニタと不気味な笑顔と共に強い殺気をこちらに向けている。
私に遅れて、その殺気に気付いた弟子が歓喜の声をあげた。

「おっほー! やっと見つけたぜ殺人鬼さんよお」

一歩前に出ようとする弟子を、右手で制する。


「なんだよ師範代」

額に、冷たい汗がにじむ。指先が震え、全身に鳥肌が立つ。
私の全ての感覚器官、野性的本能が告げていた。
目の前の殺人鬼は強敵であると。正直に言って、勝てる気が1mgも湧かない。

「ここは食い止めるから、お前は先生を呼びに行け」

「なんでだよ。せっかくの獲物だ二人でやっちまおうぜ」

「―――奴は強い」

「そんなのやってみなきゃわかんねえ、だろ!」

私の制止を振り切り、弟子が殺人鬼へと躍りかかる。

ズタズタに切り裂かれる服、潰される両手両足、吹き上がる血しぶき。
止めることのできなかった殺人鬼の殺戮ショー。
目の前に広がる無残な光景に、私は口を閉ざし目を伏せることしかできなかった。




「見ただけで敵の強さがわかる奴って何が見えてるの?」

「難しいこと聞くなあ」

「難しいから聞いているんスヨ」

師範代の喉が、低くウーンと唸った。
俺の質問に、真剣に答えようとしてくれているのだろう。

「ほら、漫画とかでよくあるじゃないですか。強敵が発するオーラにビビるやつ」

それは、強敵の背後や輪郭に沿って漂う黒や白。時に金色であったりして。
そして、ズズズやゴゴゴといった効果音と共に描かれ強者を更に強そうに演出する。

「でも実際のところ、そんなオーラは存在しないすよね」


それらはあくまで、演出の手法の一つであり空想上の産物フィクションでしかない。
だが、俺は知っている。師範代には明らかに、その何かが見えているとしか思えない。

あれは、年に一度の能力者たちが一堂に会するトーナメントが行われたときのことだ。
名の知れた能力者たちの中にあって、優勝したのは誰一人注目していなかった新参者の小僧だった。

同時に開かれた鉄火場で、多くのオケラが涙する中、一人勝ちした師範代は莫大な小遣いに高笑いしていた。

誰一人としてダークホースの存在を知らなかったが、師範代だけは新参者の強さを知っていた。
それこそが、師範代には皆には見えない何かが見えていると俺が考える根拠であった。

「昔はさ、今ほど和気あいあいとした感じじゃなかったんだよ」

「能力者たちが現れた黎明期の話ですか?」


「そうそう。急に手に入れた能力で、無茶苦茶やる奴が多かったわけ。それこそ、殺し殺されが当たり前だった」

最近、能力を手に入れたばかりの俺が知らない時代の話だ。

「そんな時代を生き残るにはさ、相手の力量をはかる目が必要だったんだ。いや、そういう時代を生き残ってきたから目が養われたと言った方が正しいか」

「師範代の目には、やっぱオーラみたいのが見えているんですか?」

「見えているわけないだろ。―――そうだな、例えば体幹や足の運びである程度の格闘技経験は察せるよな」

「まあ、多少は」

「だが、能力者との戦いにおいて格闘技経験はさほど重要ではない。結局は、能力の強度と応用度に尽きるからな」


「じゃあ、結局どうやって強さを見てるんすか?」

「勘だ」

あまりの馬鹿馬鹿しい答えに、俺の口から「はあ?」と気の抜けた声がでた。

「つまるところは勘なんだよ。まあ、そういうのは命の覚悟が必要な強敵と相対していけば、そのうち身につくさ」

「経験をつめと」

「ただし、気を付けろ。あくまで勘だからな、外れることもある。当たるも八卦当たらぬも八卦ってな」

「それじゃあ、結局―――」

「そうだ、結局のところやってみなきゃわからねえってことさ」



そう、私の余計な一言が弟子の暴走を誘った。
どんな相手だろうと『やってみなきゃわからない』。そんなことを言うべきではなかった。
この惨劇は、結果として私自身が招いたものだった。

頭を失ったことで首から噴出した奴の血が、ポツポツと雨のように降り注ぎ始めた。
まるで獣の雄たけびを思わせるが鈍く低い轟音が、空気を震わせる。
それは、我が愛弟子の勝鬨の声だった。

その右手には、胴から千切られてしまった殺人鬼の頭が握られている。
私は確かに、あの殺人鬼から強者のそれを感じ取った。しかし、実際は弟子の強さがそれを圧倒した。
だがもし、弟子の方が弱かったら? 弟子があの殺人鬼に殺されていたら。
それは、弟子を止められなかった私の責任だ。

いや、もはやここに至ってそれらを悔いても仕方はない。次、気を付ければよいだけだ。
現実に、殺人鬼は倒され街に平和が訪れた。今は、素直にそのことを喜ぼう。


ふと、このアホで、三下気質で最強の弟子との出会いを思い出す。
こいつがヤンキーに囲まれていた時、私が割って入ってなければ武装ヤンキーの大半は命を落としていたであろう。
半泣きで拳を振るい続けるこいつに、まだ能力のない一般人であった男に私は強者のそれを感じ取った。

そして、あの能力者トーナメントでの再会。
どこで覚えたのか能力者となったあいつを視線の端に捕らえただけで、私は戦慄し恥も外聞もなく失禁した。
そして、その代わりに貯金の全てを、あいつに一点賭けし私は億万長者となった。

恐ろしいことに、あいつにはまだまだ伸びしろがあった。
道場に誘ったのは、あいつに能力者としての矜持を身につけさせ更なる高みを目指してほしかったからだ。


血の雨がやみ、空を見上げた。
もしかすると、このアホ弟子は生涯にわたって強者を見分ける目を身に着けることはできないかもしれない。
アイツが命を落とす覚悟が必要な敵なんて、私の知る限り存在しない。目を育てる経験なんて積みようがないのだ。

いや、そもそもアイツには強者を見分ける目すら必要ないのだろう。
なぜならアイツは、私の制止すらきかず強者に立ち向かわずにはいられない。
やってみなきゃわからねえ男なのだから。

おわり

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