【モバマス】家出のあとさき (38)

・地の文、一人称
・ライラさんのパパさんの話
・設定はほぼ捏造

よろしければお付き合いください

↓一応同じ世界線の話
【モバマス】千夜の姫に宿る炎
【モバマス】千夜の姫に宿る炎 - SSまとめ速報
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就寝前の一時間ほど、書斎に篭もってアルバムを眺める。
それがここ最近の日課になっている。
過去に浸るほど年老いたわけではない。
ただこうするより他に術を知らないだけだ。


アルバムには十六年という時間が綴じられている。
その時間は、ある日を境に止まってしまった。
その事実にどうやって向き合えば良いのか。

どの写真を見ても当時の記憶が鮮明によみがえる。
金色の髪は私から、碧色の瞳は妻から受け継いだ私たちの宝。
その愛娘との日々を、どうして忘れることがあろうか。

手元には新しい写真がある。
だがそれをアルバムに加えることができない。
写真の中の娘を、私は知らないから。
その事実をどう消化すれば良いか分からないから。

無力感と焦燥感だけが募っていく。


***************************


そんな事になるなどと、その瞬間まで考えもしなかった。
これまでと同じ日常が流れていくと信じて疑わなかった。

それは、海外出張から帰ってきた日のことだ。
いつもの面々が出迎えてくれる。

実質的に我が家を支えてくれている使用人たち。
最良にして唯一の、我が生涯の伴侶。
そして最愛の娘……


「ライラはどうした?」

出迎えと言っても大仰なものではない。
誰かがいなければすぐに気がつく。
ましてやそれが、目に入れても痛くない相手ならば尚更だ。

「……どうした?」

誰もが押し黙り、視線を下げている。
よもや体調でも崩したのか。
嫌な想像が脳裏をかすめる。


「そのことでお話があります」

穏やかな声にはしっかりとした芯が通っている。
その響きだけで、先ほどの想像が無用の心配だと理解できた。

では何故。

声の主に目を向けると、碧色の瞳が待っていた。
その奥には静かな、けれど揺るがない決意が秘められている。

何があったのかは分からない。
だが、抜き差しならない事態なのは間違いなさそうだ。
そして、その中心に妻がいるらしい。
長く共に過ごしてきたのだからそのくらいは分かる。

どうやら私も覚悟をしておく必要がありそうだ。
何はともあれ冷静さを失わないように。
たとえ私が、この目をした妻に勝てた試しがなかったとしても。


――――――
――――
――

「日本に行かせた……?」

妻の口から出たのは、予想だにしない言葉だった。
言葉は聞こえてきた。
だがその意味が分からない。
いや、理解しようにも頭が働いてくれないのだ。

私にできたのは、呆けたようにオウム返しにするだけだった。

「はい。あの子と、お付きの侍女二人で」


まずは落ち着かなければいけない。
吸う息で鼓動を鎮め、吐く息で雑念を払う。
ゆっくりと繰り返す内に、思考がクリアになっていく。

そして理解した。
その言葉が、単なる旅行程度の意味ではないという事を。

「婚約を控えた今、何故だ」

相手方との話も、大筋では決まろうかという今。
当人同士の顔合わせが済めば、本格的に動き出そうかという今。
そんな時に何故、妻は全てを台無しにするようなことを仕出かしたのか。

「この結婚で間違いなく、ライラは幸せになれるのだぞ?」


十分な経済力があり、家柄も申し分ない。
そして当然、本人の資質にも太鼓判が押せる。
海千山千の者どもと渡り合ってきた私の眼鏡に狂いはない。
この男ならばと、そう自信を持って言える相手なのだ。

元々はビジネスの面で付き合いのある家だった。
両家が縁続きとなる事は、私にとっての利もある。
だがそんなもの、二の次三の次に過ぎない。

ただ娘の幸せを。
それだけを願ってこの話を進めてきたというのに。
それなのに、何故だ。


「あなたは最近、ライラと二人で話をしましたか?」

動揺も後ろめたさもない、柔らかな声だった。
声音には私への理解さえも含まれている。
私の想いを分かっていて、その上での事なのだと。

「結婚に付いてなら何度も説明してきた」

ライラは理解し、納得していた。
だから私はこの話を進めようと思ったのだ。
いかに相応しい相手でも、そうでなければ話にならない。

「あなたが話すのではなく、ライラの話を聞きましたか?」

「ライラの話を……?」


問いかけが針になって刺さる。
私が話をしている時、ライラはどうしていた?
ライラの目には何が映っていた?

「私は、あなたの妻となった事に微塵の後悔もありません」

考え込む私に声が届く。
当たり前の事実を確認しているだけ。
その想いが伝わってくる。

「それはもちろん私もだ」

私たちの結婚もまた、親が用意したものだった。
互いの家が古くから親密で、私たちも幼なじみとして育ってきた。
経済的な問題もなく、話はトントン拍子に進んでいく。
そして私たちも、ごく自然にその話を受け入れたのだ。


確かに私たちの時と比べれば違いはある。
まず、ライラとその相手には面識がない。
だがそれは、私たちのケースが珍しいだけだろう。
今回の話が世間一般から逸脱しているわけではない。

それに、ライラが幸せになれる条件は十分に満たしている。
そう判断できたからこその話なのだ。

「ですがそれは、両親が用意してくれたからではありません」

妻の顔に浮かぶのは、穏やかで、慈しみに満ちた笑顔。
私が何よりも美しいと思い、何に代えても守ると誓った笑顔だ。

「私が私自身と向き合い、本心から願ったからです」

その言葉は寸分違わず私の言葉でもある。
この女性が私の伴侶となってくれた事。
それこそが、私にとって人生最大の幸福なのだから。


「……ライラは違うというのか?」

「あの子は周りの幸せを自分の幸せにできる子です」

穏やかな表情は変わらず、だが声にかすかな憂いがにじんでいる。
そこにこそ、今回の挙に出た理由があるのだろう。

「ライラは優しい子だからな」

誰かに喜んでもらえるのが嬉しい。
それは大なり小なり誰しもが共感できることだろう。
では、その為に行動できる人間はどれほどいるだろうか。
更にその中で、今後二度と会わないであろう相手に、無償で動ける者は?

「そう、優しすぎるほどに……」

少なくとも私は、娘であるライラ以外に会った事はない。
もちろん私も、そんな高尚な人間ではない。


私とて、喜捨はしている。
だがそれは、持てる者の義務としてだ。
そして、喜捨によって得られる有形無形の利の為だ
世に生きる人間など、大抵はその程度だろう。

「だからこそ、この話を進めていたのだがな」

しかしライラは違う。
ライラが体現しているのは、喜捨本来の姿だ。

捨てるなどという意識はなく、施すというスタンスも持たない。
分け与えるのではなく、分かち合っているのだ。
そこに打算が入り込む余地はない。

それはまさに、如何なる金銀財宝にも勝る宝だろう。


「ええ、それは私にも分かっています」

だかそれは致命的なリスクでもある。
悲しいかな、世界はそれほど優しくできてはいない。
悪意というのはいつ、どこにでも潜んでいる。
そして隙を見せたが最後、構える暇もなく襲いかかってくるのだ。

「ならば何故……」

私たちが健在ならばいい。
だがそれも、何時までもというわけにはいかない。

ならば、ライラを守れるだけの器を持った者と家庭を築けばいい。
互いに支え合う中で、よりよい方向へと変化していく事もあるだろう。
いや、それができると思えた相手なのだ。


「最近のあなたが結婚の話しかしないと、あの子が寂しがっていたのです」

鈍器で殴られたような衝撃だった。
ライラがそんな事を?
私の前ではそんな素振りも見せなかったのに?

……いや違う。
私が気づけなかっただけだ。
ライラならばその気持ちすら押し隠すだろう。
私の手を煩わせないように、と。
そういう子である事は知っていたはずなのに。
話を進める事に囚われ、あの子の事をちゃんと見ていなかっただけなのだ。

「それでもあの子は、このままならば結婚を受け入れていたでしょう」

おそらく妻の言う通りだろう。
振り返ってみても、ライラが我が儘を言った記憶など無いに等しい。

「けれどそれでは、あなたの為に結婚をした事になってしまいます」


私の望みを叶えて幸せになる。
それがライラの考えだったに違いない。
けれどそれは、本心からの願いだったのか。
そうではないから寂しさを感じたのではないのか。

「私は、あの子の未来をあの子自身に選んで欲しいのです」

それはきっと、今までとは違う何かがライラの中に芽生え始めた兆しなのだろう。
それを私は確かな形になる前に摘み取ってしまう所だった。
ライラの為と言いながら、何をしていたのだ。


「……ライラ自身に、か」

そんな当たり前の事を見落としていたのか。
いや、それだけではない。
最後には私の言う事を聞くからと、そんな事を考えていたのではないか?

「そうだな、その通りだ」

なんという節穴、なんという独善。
ようやく妻の行動に合点がいった。

ライラが家を出た事。
妻が私に話してくれた事。
どちらが欠けても、私は理解しようとしなかっただろう。
なんと愚かしい事か。


「外に出て、いろいろな経験をして。それはあの子を成長させてくれます」

そして妻はそんな私を見放さずにいてくれた。
あまつさえ、私自身が省みる機会すら用意してくれた。

ああ、私は幸運な男だ。
このような人が伴侶となってくれたのだから。

「ですから、あの子自身の答えを見つけるまで待って欲しいのです」

「ああ、分かった」

ライラは聡明な子だ。
いずれ遠からぬうちに答えを見つけ出すだろう。
それまでの間に、私もできる事をしなければ。

「ではあなたは、その時まで何もしちゃいけませんからね?」

「…………なに?」


何やら風向きが変わってきた。
それもおそらく、私にとって都合が悪い方に。

「だってあなた、すぐに手も口も出すんですもの」

「いや、それは……」

「あの子の成長を見守るのでしょう?」

「確かにそうは言ったが……」

「なら、この件は私に任せてください」

「しかしだな……」

「私が信用できませんか?」

「決してそんな事は……」

「ならいいじゃありませんか」

「だが、それとこれとは……」

「あなたもいい加減、子離れの準備をしないと、ね?」

ニコリと、微笑みを向けられた。
柔和な表情なのに気圧される。
ああ、やはり妻には敵わない。


「あの子の事となると、途端にブレーキが壊れるんですから」

向けられた苦笑には思い当たる節がある。
いや、ありすぎるくらいか。
親馬鹿と見られていることも承知している。
しかしだからといって、何もできないというのも……

「あなたも私も成長しないと。あの子の親なんですから」

押し切られる、というのとは違う。
気づけば周りを囲まれて逃げ場がなくなっているのだ。
そして結局、観念するのは私の方。

「……分かった」


押しても引いても柔らかく受け止められてしまう。
もう何度となくこんなことを繰り返してきた。
だが実際、こういう時の妻の判断は正しい。
私はいつも助けられてきたのだから。

だから今回も、妻に任せれば問題は無いのだろう。
ただ一つ、私の立つ瀬が無い事を除けば。


***************************


ライラがこの家を出てから、幾ばくかの時間が過ぎた。
ふとした時に感じる空虚さには未だに慣れない。
この感覚と当たり前に付き合えるようになるのが子離れなのだろうか。
だとすると私は、当分そうはなりたくないと思ってしまう。

……つまり、そういうことなのだろうか。
無意識の内に、ライラの結婚に自分の願望を織り交ぜていたのか。
いつまでもあの子が手の届く場所にいて欲しい、と。

なんというエゴだろう。


「私は間違っていたのだろうか」

アルバムをめくる手を止め、呟く。
現状を考えれば、正しくなかったのは明白だ。

「それを決めるのは私でも、旦那様でもありませんよ」

落ち着いた声で答えが返ってきた。
声の主は私にとって無二の友であり、人生の師でもある。
父の代からこの家に仕え、今なお長老として存在感を発揮している。

年齢を感じさせるのは白くなった頭髪と髭のみ。
腰が曲がる気配もなく、相変わらず謹厳実直な勤めぶりだ。
だからこそ、誰もが一目置くのだろう。


「答えが聞けるのは、ライラが帰ってきた時……か」

夜ごとに書斎に引きこもる私を見かねたのだろう。
さも当たり前のように、こうして話し相手になってくれている。

「ですがお嬢様は、責めるような事は仰らないでしょう」

「……そうだと良いのだが、な」

私の知るライラならばそうだろう。
そして彼もまた、長くライラを見てきた男だ。
その言葉は信じられる。

だがそれでも、不確定要素はいくらでもあるものだ。


「ほほ、いい顔をなされている」

アルバムに収められないでいる写真の内の一枚。
一抹の不安が拭いきれない原因の一つでもある。

それを手に取ると、目の前の相好が崩れた。
仕事中に見せる威厳は影を潜め、まさに好々爺といった表情を浮かべる。

写真は日本から送られてきたものだった。
ただそれだけならば、こうも思い乱れる事はなかっただろう。


写真の中でライラは、舞台に立っている。
何がどうなってそう至ったのか。
あろうことかライラは、日本でアイドルをしているのだという。

「……反感を覚えたりはしないのだな」

その事実を知った瞬間、血が沸騰するのを感じた。
我が子を見世物にするなど言語道断、神をも恐れぬ所業だ。

ならば良かろう。
我が力の全てを使い、愚か者を叩き潰してくれる。

『ダメですよ?』

即座に固まった決意は、妻のその一言で霧散してしまったが。

常と変わらぬ口調と表情。
だからこそ、その向こう側にあるものが見える。
この一線を越えてはならない。
あんな経験は一度で十分なのだから。

……いや、今は置いておこう。


「ご立派に成長なされている。喜ばしいではありませんか」

かつて自らが手ほどきした歌や踊り。
それを見世物にされてなお、目を細めている。
葛藤など存在しないかのように。

「……成長?」

「はい。こちらにいた頃とは、笑顔が違います」

おそらく、近くで見たきた者にしか分からないだろう。
それくらい小さな違い。

周囲の反応を受けての笑顔ではなく、ライラの中から生まれた笑顔。
言葉にするならば、そう表現するのが妥当かもしれない。
あくまで感覚的なものではあるが。


「これだけで、この家を出た意味があるというものです」

別の写真では、同世代の少女たちと笑い合っている。
周囲に笑顔があるのは今までと変わらない。
だが、それだけではないらしい。

「尋常一様ではない世界、旦那様の心配もお察しします」

多くの人前に立つという事は、リスクが付きまとう。
良からぬ誘惑もあるだろう。
表に出せないような話もあるだろう。

もしそれらに、ライラが染まってしまったら。
そう考えると居ても立ってもいられないのだ。

「だからこそ、あやつを付けたのです」

ライラと共に日本へ渡った侍女は、彼の秘蔵っ子だ。
確かに彼女が付いているならば、いくらかは安心できる。

「その点については感謝している」


彼女の優秀さに疑いはない。
その事実があればこそ、ライラの専属としたのだ。

もしライラが一人であったなら。
間違いなく、妻の制止も振り切っていただろう。
おそらく妻はそこまで見越していたのだろうが。

「もっとも今回の事は、あやつにとっても良い機会かもしれませんが」

その言葉には期待が込められていた。
自らが仕込んだ弟子への期待ではない。
親が子に向ける期待だった。
事実、彼女を我が子のように想っているのだろう。

「少々固すぎるあやつの頭も、柔らかくなる事でしょう」

そう言って朗らかに笑う。


それに比べて、私はどうだ。
これがライラの成長につながると、本当に信じているのか。
ライラが自ら成長していく事を、心から期待しているのか。

私は……

「親が思う以上に、子どもは成長するものです」

欠けられた声にはいたわりが満ちている。
胸の中に渦巻く煩悶は、全て筒抜けらしい。
ああ、やはりこの人は我が人生の師だ。

「ならば見守るのが親の役目でしょう」

「そうだな、その通りだ」


周囲の幸せを自らの幸せとしてきたライラ。
これからは、それだけではなくなるのかもしれない。
自分の意志で自分の幸せを掴み取っていくのかもしれない。

その課程に関われないのが寂しい。
導いてやれないのがもどかしい。
だが、それでも。

子どもが自分の足で歩くのならば、その背中を見守ろう。
間違わない道を用意するのではなく。
間違った時に手を引けるように。
信じて、任せよう。


「さ、そろそろお休みになりませんと」

言いようのない苦さが胸に広がる。
これがきっと、子離れへの一歩目なのだろう。

「ああ、ありがとう」

私の言葉に一礼し、書斎の扉が静かに閉じられる。
無力感も焦燥感も今はなかった。
この苦みにも、やがては慣れるのだろう。

いくつかの写真を整理してからアルバムを書棚に戻す。
綴じられた時間が久々に動き出した。


<了>

(ライラさんまったく出てこないけど)ライラさんお誕生日おめでとうございます。

ライラさんの情報はメイドさん経由でママに渡ってるしパパも共有している。
でもママにでっかい釘を刺されているのでパパはじっと我慢している。
色々解釈はあろうかと思いますが、私の世界線ではそうなっているのです。

お読みいただけましたなら、幸いです。

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