「こんにちは、キサラギチハヤ」
機械音声のような無機質な声が屋敷に響く。私はいつもと変わらず笑顔で彼女に答えた。
「初めまして、セリカ。これからよろしくね」
嗚呼、貴女とのこのやりとりはこれで何度目かしら。
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☆★☆★☆★☆
「―?」
感情のない、つねに無表情な彼女は今も無表情のまま首をかしげた。
世界的な犯罪者を閉じ込めておくにはあまりにも上等すぎる屋敷をあてがわれた。
マザーとしては今すぐにでも私のことを抹殺したいのだろうけど、その前にレジスタンスの残党の情報は欲しい、しかし無下に扱えば既にこの身のほとんどを蝕んでいる病のせいで何も聞き出せなくなる。諸々の要因を考慮した結果、こんなにも上等な屋敷を与えることにしたのだろう。
もちろん外には厳重な監視が幾重にも張り巡らされているし、目の前にいる彼女が常に私の行動を間近で監視しているのだから、自由なんてあったものではないのだけれど。
「貴方とは既に何度も会っています。よって、この場において「はじめまして」というのは不適切です」
自身の記憶回路に保存されている情報から間違いを導き出し、彼女は私の不備を指摘してくる。
「いいえ。だって貴女は新しいセリカ型でしょう?だからはじめまして」
「…はい。ですが、私達量産型アンドロイド、通称セリカ型はすべての個体でデータを共有しています。そのなかには当然、今までの私による貴女の行動監視記録も入っています。よって、貴女とも初対面ではないと判断します」
「いいのよ。ここにいる貴女とは初対面だもの」
くすっと微笑みかけるように私は彼女に言った。
「それで、貴女はどうしてここに来たの?私の監視?」
「はい。私はマザーの命に従い、貴女の監視と身の回りの世話を行います」
「そう……それじゃあこれからよろしくね、セリカ。さっそくだけどお茶はいかかがしら?」
「結構です」
「あら、残念」
「私は貴女の身の回りの世話と監視を命じられています。ですが、マザーは監視対象との交流は避けるようにと」
「それじゃあ仕方ないわね。気が向いたら言ってちょうだい。すぐにお茶会を開くわ。それじゃあ、早速だけど部屋の掃除をしてくれないかしら。今日はちょっと体調がすぐれなくて」
「わかりました」
こうして、私と彼女の新しい日常が始まった。
☆★☆★☆★☆
「セリカ。こっちに来てくれないかしら」
「はい。なんでしょうか。キサラギチハヤ」
或る日のこと、私は家事をしていたセリカを呼び止めた。
彼女は非常に優秀だ。私の指示したことのほとんどを完ぺきにこなしてくれるし、今もこうやって病気で満足に動けない私の代わりに彼女が家事をこなしてくれている。
そして、家事を中断して私の元にやってきたセリカにあるものを見せる。
ってきたセリカにあるものを見せる。
「……この花は――」
「この花はね――」
「データベースからの検索完了。この花はカーネーションですね」
「……そうよ。貴女はとても優秀ね」
私が答えるよりも先に自身のデータベースから答えを導き出した彼女に思わず吹き出してしまう。
セリカに見せたものはカーネーションが咲いた植木鉢。
「じゃあ、セリカ。カーネーションの花言葉を知ってるかしら?」
「データベースを検索。カーネーションの花言葉は―」
「答えは「愛情」よ」
今度は彼女が答えを導き出すよりも早く、私が答えを言った。
「愛情の意味を持つ花はほかにもいろいろあるのだけど、この花は特に感謝の気持ちや愛情を伝えたい相手に贈っていたそうよ……はい」
「――?」
差し出された植木鉢をセリカは首をかしげながらも静かに受け取った。
「これを貴女にあげるわ。貴女への愛情の証として、ね?」
「……花をプレゼントすることは人間の感情表現の一種ですね。ですが、私たちはアンドロイドです。人間の感情は理解できません」
「そんなことないわ。だって、かつての私の友人たちはみんな感情を理解していたもの」
かつて共に戦った、今はもういない友人たちを思い浮かべる。
「いつかあなたも理解できるときがきっと来るわ。だから、その花はその時まで貴女がお世話してちょうだい。これは命令じゃなくてお願い」
「……わかりました。それでは残りの家事に戻ります」
受け取った植木鉢を彼女はテーブルの上に置いて残りの家事に戻った。優秀な彼女のことだから、私があれこれ言わなくても花の世話も完璧にしてくれるだろう。これから花の世話をする彼女のことを想像しながら私は紅茶を啜った。
☆★☆★☆★☆★
「うん。今日のお茶もとっても美味しいわ。ありがとう、セリカ」
優秀な彼女は私の家にやってきたその日のうちに、私のお気に入りのお茶の淹れ方も覚えてしまった。
あの日渡したカーネーションは今もなお元気に咲き続けている。思った通り彼女は花の世話も完璧にこなしてくれている。
「あの、キサラギチハヤ……」
淹れてくれた紅茶を飲んでいると、セリカが神妙そうな顔つきで話しかけてきた。これは――。
「……?どうしたの?」
「貴女は以前、アンドロイドも感情の理解は可能だと。そういいましたね?」
「ええ。それがどうかしたかしら」
「今、貴女に「ありがとう」と言われたとき、私の身体の中に異変を検知しました」
「そう。それはきっと、セリカは嬉しかったのよ」
「嬉しい……」
「人から感謝されるて嬉しいと感じるのは、当然のことなのよ。ねえ、セリカその異変ってどんな感じ?」
「その、言葉ではうまく表現が出来ないんです。なんというか、このあたりがポカポカと……こんなこと、初めてです」
セリカは胸のあたりを押さえながら戸惑い気味に答える。
「ふふっ。それが感情なのよ」
「これが、感情……」
「セリカ。その気持ちはね、あなたが感じるままに表現していいの」
胸を押さえたまま、セリカは俯いた。
「キサラギチハヤ、貴女は以前、愛情の証としてあの花を私に渡しました」
そういってセリカはいまだに美しく咲き続けるカーネーションを指さす。
「ええ、貴女のおかげであの花も立派に咲き続けているわ。ありがとう」
微笑みながら感謝の言葉を伝えると熱の伝わらないはずの彼女の人工皮膚がほんのりと赤くなった―ような気がした。
「――あのっ……!」
意を決したように彼女は再び私に話しかけてきた。
「なにかしら?」
「私、貴女に……!!」
―ビーッ!ビーッ!
そのとき、けたたましい警告音のようなものが屋敷中に響いた
「あっ……ああっ!」
「セリカ!」
警告音が鳴り響くと同時にセリカが動きを止め、苦しむようなうめき声を上げた。仰向けに倒れそうになったセリカを慌てて支える。その目はまるで焦点があっていない
『エモーションチェッカーの反応を確認。強制停止シーケンスに入ります』
「セリカ!しっかりして!セリカ!!」
彼女が初めてこの屋敷にきたときに戻った無機質な機械音声。それが彼女の身に起こった異変の答えを伝えていた。
「キサ、ラ……、…ヤ」
彼女の声にノイズが混じり始めた。
「あな…に、あれを……」
最後の力を振り絞るように、セリカは一点を指さした。そこには花瓶にささった。一輪のカーネーション。
「さいご、に…かん……をつた、え……て、うれ、し」
嬉しかったです。そう言い切る前に彼女は事切れるように活動を停止した。
「……おやすみなさい、セリカ」
そっと彼女の瞼を閉じてあげる。きっと、そのうちサイバーポリス隊のアンドロイドが彼女のことを回収していくだろう。ソファに彼女を寝かせ、花瓶をもって自室に戻る。
自室のテーブルに置かれたいくつものカーネーションの入った花瓶。彼女がくれた花瓶も同じように空いたスペースに飾った。
「……またダメだったわね」
彼女はこの町の治安を維持する量産型アンドロイド、通称セリカ型。彼女たちはすべての個体で情報を共有している。万が一にも感情が芽生えると全ての個体に感情が芽生えかねないため、感情が芽生えた個体は即座に彼女たちのネットワークから除外され、機能停止、初期化される。今、そしてこれまでも、目の前で見てきたように。
「……ごめんなさい」
いくつもの花瓶を前にして謝る私の両目をツーっと冷たいものが伝う。
わかっていたのに。もう何度も何度も何度も目にしてきたのに。感情が芽生えては強制停止させられる彼女を看取ってきたのに。また私は過ちを犯してしまった。
「それでも。私は貴女に―」
☆★☆★☆★☆★
「こんにちは。キサラギチハヤ」
無機質な機械音声が屋敷に響き渡る。
あれから数日後、新しいセリカ型が私の元に送られてきた。以前の彼女と瓜二つ。だけどその顔に感情はない。
そんな彼女に私はいつものように笑顔で答えた。
「はじめまして、セリカ。これからよろしくね」
今日も私は彼女と新しい日常を始める。
終わりです
3人がやってくる前は彼女がチハヤを監視していたようなのでこのような一幕もあったのではないかと
特につながりはない>>1の過去作です
【ミリマス】チハヤ「理想郷を目指して」【EScape】
【ミリマス】チハヤ「理想郷を目指して」【EScape】 - SSまとめ速報
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