萩野千尋「ハクは優しいね」饒速水琥珀主「そして、愚かだ」 (16)

「ん……ハク」
「なんだい、千尋?」
「どうして私のお尻を触るの?」

言われて気づいた。何故だろう。不思議だ。

「ああ、ごめんよ」
「ハク……」
「どうか許しておくれ?」
「ハク、まだ触ってる」

ああなんてことだ。これは違うんだ千尋。

「千尋、私の話をよく聞いて」
「その前に手を……」
「以前、この世界の食べ物を食べないと消えてしまうと言ったのを覚えているかい?」
「うん……覚えてる」
「あれは君のためであり、そして私のためでもあった。私は君に消えて欲しくなかった」

じっと千尋の目を見つめて本心を告げると。

「えっと、それとこれと何か関係あるの?」

結論を急ぐか。仕方ない。千尋は人の子だ。

「つまりこれは確認ということさ」
「確認?」
「そう。君が消えていない証明なんだ」

千尋のお尻に触れていないと、不安になる。

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「私はここに居るよ?」
「たしかに君はここに居る。だけどね」

しかしそれは安心に繋がらない。私は願う。

「目で見えるものが真実とは限らない」
「だからハクは袴に手を入れるの……?」

ああいけない。だめじゃないか。愚かだな。

「袴に手を入れたことは素直に詫びよう」
「じゃあ、手を抜いて?」
「そういう問題じゃないんだ」

その段階は過ぎ去った。あの夏のようにね。

「仮に私が手を抜いたとしよう」
「うん」
「すると、どうなると思う?」
「ハクが正気に戻る?」
「ところがそうはならないんだよ」
「どうして?」
「精神とは不安定で不可逆だから。同様に記憶とはおぼろげで不確かだ。よくお聞き。千尋が湯婆婆に名前を取られなかったのは契約書に書いた苗字を間違えるように私が魔法をかけたからだ。けれど私は本名を書いてしまった。だからもう元の私には戻れないんだ」

もうあの頃のように超然としていられない。

「それに私はもう知ってしまったんだ」
「ハクは何を知ったの?」
「魔法のような君のお尻の心地よさを」

もう決して離さない。竜は尻に魅せられた。

「どうしたらハクは元に戻るの?」
「だからもう元には……」
「お願い、ハク。正気に戻って……?」

ああ千尋。そんな哀しい顔をしないでくれ。

「全てを捨てて、自分自身を君に捧げたい」
「ハク……」
「それを望まないことはわかってる。でも」
「わかった」

わかってくれたか。優しいな。それなのに。

「もういい」
「千尋……?」
「ハクがその気なら考えがある」

意図がわからず首を傾げるとこう囁かれた。

「また苦団子を食べさせてあげる」
「っ……!?」

胃液が迫り上がる。どうせハッタリだろう。

「そんなもの、どこに……?」
「いま出すから受け取ってね」
「え……?」

ぶりゅっ! 排泄音と共に手のひらに感触が。

「今度のは口に合うといいね」
「フハッ!」

合うに決まってる。苦団子じゃなく糞団子。

「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」

千尋。君が迷い込んだあの日を、忘れない。

「ハク……もう平気?」
「ふぅ……じき夜が来る。帰ろう」
「紙がないから拭けない。お洗濯しないと」
「ふふっ。リンに叱られるかも知れないね」
「その時は助けに来てくれる?」
「大丈夫。なにも心配はいらないよ」

もちろん叱られるのは私で、それが役目だ。

「ハクは優しいね」
「そして、愚かだ」

その証拠に千尋の糞団子をまた手離せない。

「ハク……そろそろ」
「振り返らずにお行き」
「お願い。お尻から手を離して」
「ああ、ごめんよ……許しておくれ」

優しく添えた手を離せない。竜は、愚かだ。


【ハクと千尋の紙隠し】


FIN

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