「なに泣いてんのよ。みっともないわね」
ある日、子供を迎えに行くと泣いていた。
見たところ怪我はないようなので泣くほど辛いことがあったのだろう。そう思い訊ねる。
「何があったのよ。言ってみなさい」
「ぐすっ……クラスメイトがお前のお父さんハゲって言われて……それで、ぼく」
しくしくめそめそ。誰に似たのかしら。私もあのハゲも泣き虫ではない。弱虫でもない。
「そう。それは事実だから仕方ないわ」
「でも……」
「でも、ハゲててもアイツはアイツよ」
子供と手を繋いで空中浮遊。空が青かった。
「アイツに何か不満があるわけ?」
「ううん……ないけど」
「ふん。ならいいじゃないの」
鼻を鳴らすのはあいつを良い旦那だと認めるのが癪に障るから。ちらと横目で一瞥して。
「私だって完璧じゃないわ」
妹のフブキと比べると背が小さいし泣いている我が子に優しくしてやることも出来ない。
それでも私は母親。私なりに大切にしている。
「完璧な両親なんて、窮屈でしょ?」
「……よくわかんない」
わからないだろう。しかし、いつかわかる。
「お母さんはどうしてお父さんと結婚したの? お父さんのどこを好きになったの?」
「べ、別に好きとかそんなんじゃないわよ」
前置きをしつつ、咳払いをして私は答えた。
「私より強いから」
それだけが事実でそれだけで夫に相応しい。
「だからアンタも強くなりなさい」
「お父さんみたいに?」
「別にアイツみたいになる必要はないわ。もちろん私みたいになる必要もない。アイツがアイツであるように、そして私が私であるように。アンタはなりたい自分になりなさい」
我が家にハゲは2人もいらない。1人で充分。
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すみません!
「クラスメイトが~」ではなく、「クラスメイトに~」でした
確認不足で申し訳ありません
以下、続きです
「ぼくもお母さんみたいに飛べたらなぁ」
「飛べるわよ」
「そうかな……」
「そうよ」
飛ぼうと思えば飛べる。
思わなければ飛べない。
当たり前で大切なこと。
「ぼくもお父さんみたく強くなりたいなぁ」
「強くなってどうするの?」
「ぼくが強かったら、そしたらきっと……」
「アイツがハゲである事実は変わらないわ」
力を使って事実を捻じ曲げるのは許さない。
「アンタはこの私とアイツの子供なんだからもっと自分勝手になりなさい」
「自分勝手なのは悪いことだよ?」
「どこが悪いのよ。父親をバカにされようがそんなのアンタには関係ないでしょ? 義憤なんて馬鹿馬鹿しいわ。自分のことを第一に考えなさい。そこにきっと、正義があるから」
私の旦那は、サイタマはいつだって自分勝手だ。もちろん私も人のことは言えない。自分が思ったことだけが正しくて、周りにとやかく言われる筋合いはない。そうでなければ。
「他人に正義を委ねると怪人になるわよ」
「ぼく、怪人にはなりたくない……」
「だったら私の言うことに従いなさい」
ふんと鼻を鳴らして命じると瞳が揺らいで。
「従わないよ」
「あら、どうして?」
「お父さんとお母さんが大好きだから」
「ふんっ……なら好きにすれば?」
それが自分の意思なら。とやかく言わない。
「ハゲてても良いお父さんだって明日学校で言うよ。ありがとね、お母さん」
「別にお礼を言われることじゃないわ」
その強さは私たちとは違うけど同じ強さだ。
「アンタはきっと強くなる」
私の手を握る力はまるでサイタマのようで。
「だってアンタは私とアイツの子供だから」
私と同じクルクルの髪の毛は念動力の発露。
「いつか、私たちを超えてみなさい」
「うん!」
この子の正義に打ち負かされる日が楽しみ。
「ただいまー!」
「おーおかえり……ん? なんか目が赤いな」
家に帰るとサイタマが男メシを作っていて。
「なにかあったのか?」
「ううん! それよりお父さん、ご飯食べたら一緒にトレーニングしよ!」
「オレのメニューはキツいぞ。なんたって腕立て100回、腹筋100回、スクワット100回、ランニング10キロだからな。ハゲるかもな」
そう言って笑いつつ、子供の肩に手を置き。
「で? 誰に泣かされたんだ?」
訊ねるサイタマに私が代わりに答えてやる。
「アンタがハゲてるから悪いのよ」
「お、おお……オレのせいか……」
「ふんっ。誰のせいでもないわよ」
それを言えばアンタを選んだ私のせいでもあるし。なにはともあれとやかく言われる筋合いはない。するとサイタマは何の気なしに。
「学校、ぶっ壊すか?」
「い、いいよ! やめて、お父さん!?」
この男は本気でやる。でもだからこそ私は。
「もしやるなら手伝ってやってもいいわ」
「よし! んじゃ、お礼参りすっか!」
悪ノリすると、我が子がイラついたらしく。
「やめてって、言ったよね?」
また瞳が揺らいで髪の毛がクルクル逆立つ。
「ねえ、サイタマ」
「ん? なんだ?」
「アンタ、あの子に勝てる?」
「当たり前だろ。まだガキだしな」
でも、と。サイタマは不敵に笑い付け足す。
「そのうち良い勝負が出来そうだ」
「そう。それは楽しみね」
「ああ……楽しみだな」
本気でやり合える相手を、旦那は見つけた。
「さて、冗談はさておき飯にすっか」
男臭い炒め物を並べる父親に子供が耳打ち。
「お父さん、先にお風呂入ってもいい?」
「なんだ、せっかく作ったのに」
「さっき力んだら漏れちゃったんだもん」
「フハッ!」
カレーじゃなくて良かったとほっとした。
「ふんっ……間違いなく、アンタの子ね」
「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」
怪人ハゲマントは嗤う。高らかに。邪悪に。
「いつかきっと私たちは退治されるわね」
「ふぅ……もしもそうなったら、本望だ」
いつの世も子供は大人を超えていくもので、いつかは負ける。それでも簡単に超えられたらつまらないので立ちはだかる。たとえ怪人と呼ばれようとも。悪党と呼ばれようとも。
「あの子は私に従わないそうよ」
「そうか。ちなみに理由は?」
「私たちが大好きだからだそうよ」
「へえ……だったら、オレの頭を馬鹿にしたクソガキに感謝しないとな」
好きなものを貶された際の憤りとは、好意に他ならない。普段は素直に出せない感情だ。
好きという感情を引き出すことは難しいけれど、大好きなものを馬鹿にされた瞬間、簡単に出せる。あの子も、そして私も。簡単に。
「私もアンタが好きよ」
「ハゲてて良かったな」
お風呂に向かった子供に隠れてキスをした。
【ウンパンマン 9撃目】
FIN
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