【コンマ】ウマ娘とトレーナーがラーメンを食べに行くだけのスレ (718)

はじめに

ウマ娘とトレーナーがラーメンを食べに行くスレです。全て地の文で進行します。
実在の店にウマ娘とトレーナーが行き食レポします。店ごとに食べるウマ娘は変わります。
ウマ娘の口調などはうろ覚えなので、その点ご容赦下さい。

なお、レギュラーの専属ウマ娘を最初に設定します。
下1~5でコンマが最も大きいものとします。よろしくお願いいたします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1639910329

ではサクラバクシンオーとします。

続いてトレーナーを設定します。
下1~3でコンマの最も大きいものを採用します。

上げ忘れました。

メッチャ鍛えてて生身でウマ娘と渡り合える系
チートデイ(どか食いしていい日)はラーメン一択のラーメン狂でもある

では>>9で決定します。

初回まで少々お待ちください。




トレセン学園の朝は早い。



ウマ娘にとって、トレーニングは早朝に行うものだ。朝露が落ちる前から彼女たちはダートを、ウッドチップを、そして坂路を駆ける。
午前6時ともなれば、薄闇の中に彼女たちの靴音……もとい、蹄鉄の音が響き渡る。
そして大抵のウマ娘は、静かに、そして精一杯走るものだ。そう、大抵の場合は。


バクシンバクシン……


バクシンバクシンバクシンバクシン………


坂の下から、その声は段々と近く、大きくなる。そして。


「バックシーン!!」


得意気な、満面の笑顔とともに、彼女は私の前を通り過ぎていった。タイムは……52秒2。良い。


「どうでしたか!トレーナーさんっ!!」

ピコピコと尻尾を揺らしながら、彼女は小走りで駆け寄ってきた。

「素晴らしいぞ。恐らくは今日1のタイムだ」

「ワッハッハ!!そうでしょう、そうでしょう!!なぜなら、私は学級委員長ですからっ!!」

彼女……サクラバクシンオーは両手を腰に当て、胸をそらして笑う。いつも通り、元気で結構。

「うむ。君の毎日の鍛練の成果だ。もっとも、無理は禁物だぞ。オーバートレーニングほど、良くないものはない。
坂路練習の後は丁寧なストレッチとクールダウンだ。水分補給をした上で、食堂に来たまえ。朝食を用意してある」

「はいっ!!トレーナーさんの朝ごはん、楽しみですっ!!」

バクシンオーはそう言うと、またハッハッハと元気に笑い始めた。

手元のメモに視線を落とす。……次のレースまで、あと3週間か。
彼女は元気そうだが、少々無理をさせている自覚はある。体重も、ベストより少し落ちている。



これは……そろそろだな。



*


彼女が食事に出ている間は、私のトレーニングの時間だ。


「1、2、3……」


レッグプレス、ベンチプレス、スクワットマシーン……決められた負荷で、決められた回数を忠実にこなす。
そして、決められた時間を休み、決められた分量の水分とプロテインを採る。
これが私の、日々のルーティーンだ。


彼女にレースがあるように、私にもコンテストがある。これは、そのために筋肉を育てる重要なプロセスだ。
1日たりとも休んではならない。盆栽が日々の手入れを必要とするように、筋肉もまた日々丁寧に手入れをしなければならない。
それは、日々走ることを求められている、ウマ娘と同じだ。私の生業は、彼女たちのそれと、とても、とても良く似ている。


だから、私はトレーナーになったのだ。



私は天王寺定光。



世界で最もストイックで、最も苦しく、最も美しいスポーツ……ボディービルディングに生涯を捧げた男だ。




ピピピピ…………


タイマーの音が鳴った。そろそろ、バクシンオーが戻ってくる頃だろう。
私はシャワーを手早く済ませ、汗を流し落とす。そして制汗剤を吹き掛け、軽く香水を付ける。
バクシンオーは大雑把な性格だが、それでも年頃の娘だ。漢の汗の臭いで、不快にさせてはいけない。


「バックシーン!!トレーナーさんっ、ただいま戻りました!!」

「うむ。食事は全部食べられたかな」

「花丸、ですっ!!」

満足そうに笑う彼女を見てホッとする。万事トラブルなし、良いことだ。

「そうか、なら良かった。時に、今晩は予定があるかな?」

「予定、ですか?」

「そうだ。君の体重は、少々落ちている。私も、そろそろ動かねばなら……」

「ハワワワワ!!デートのお誘いですか!?いかにトレーナーさんでも、不純異性交遊はいかがなものかと……」

顔を真っ赤にしながら慌てるバクシンオーに、私は苦笑した。

「話は最後まで聞きたまえ。君も私とはそれなりに長い付き合いだろう。月に1度の、あれだよ」

「アレ、ですか?」

バクシンオーの頭上に、?が幾つも浮かんでいるのが見えるようだ。

「そうだ。『チートデイ』だよ」

「ちーとでい?」

私は軽く溜め息をついた。彼女は走ることにおいては非常に優秀で、文句のない優等生なのだが、残念なことに物覚えはあまり良くはない。

「そうだ。いい加減覚えてほしいものだが……。
トレーニングをしていると、身体がそれに慣れてしまう。そして的確な栄養素を採っていても、身体がそれを当然のものと感じてしまうようになる。
だから、定期的に好きなものを、思い切り食べて、身体を『自分は不健康だ』と騙すのだよ。そうすることで、トレーニングの効果は高まるのだ。
その、何でも食べていい日こそ『チートデイ』だ。私と君の場合、それは月1回だな」

「はわー。良く分かりませんが、とてもいい日なのですね!!でも、普段からトレーナーさんは考えて美味しい食事を準備してますよね?」

「健康にいいだけで不味い食事ほど害悪はないからな。ストレスを感じさせないよう、そこは考えて作っている。
だが、どんなに美味くしようとしても、栄養素に配慮している以上限界はある。美味いものは健康に悪い。それは悲しいが真実だ。
故に、チートデイでは極力健康に悪いものを食う必要がある。炭水化物、塩分、脂分……多量のそれを摂取できる、最も効率が良く、かつ美味く、しかも安価な食事……それを食べに行こう」

「ハイッ!!で、何を食べるのですか?」

私はニヤリと笑う。……そう、誰より私自身、この日を待ち望んでいたのだ。



「決まっているだろう、ラーメンだよ」



以上、プロローグ終わりです。
ゲストキャラを1人決定します。下1~3で、最もコンマが大きいものとします。

決定後、ラーメンのジャンルを決めて本日は終了です。

*

「運転手さん、ここで結構」

タクシーを歌舞伎座の前で停めてもらう。暮れの銀座の夜は、忘年会に向かうサラリーマンで賑わっていた。
私たちは灯りで彩られた表通りから離れ、静かな小道を歩く。

「銀座、来るのははじめてです!ラーメン屋さんもあるのですね!」

目をキラキラさせながら、バクシンオーがスキップするように私の後ろをついてくる。三田村嬢とライスシャワーはというと、まだ少し戸惑い気味だ。

「ミシュラン一ツ星って……割烹、ですか?」

「いやいや、値段は少し高めのラーメン屋ですよ。ミシュランはラーメンも美食として評価しておりましてな。東京では確か、一ツ星ラーメン店は3店あるそうです」

三田村嬢の後ろに、ピタッとライスシャワーがくっついている。彼女も銀座は初めてなのだろうか、どこか所在なさげだ。

「ライス、ラーメン好きだよ。どんなラーメン、なの?」

「そうだな……ジャンルを言うのは難しいな。塩でも醤油でも、豚骨でも味噌でもない。つけ麺でもない。『食えば分かる』としか、言いようがないな。
ただ、洋食党の君には、きっと気に入ってもらえるはずだ。……と、見えてきたぞ」

行列はざっと20人弱、といったところだろうか。夜ならば多少は並びが少ないと思っていたが、それでもかなりの人数だ。

「ややっ?どこにお店があるのですか?」

「そこの角だよ。まあ、見た目は小料理屋にしか見えないだろうな。
三田村トレーナーとライス君には少々悪いが、しばし待とう。待つことに伴うストレスも、チートデイには有効なのだ」

バクシンオーの頭にまた?が浮かんでいる。

「はて?どういうことですか??」

「チートデイとは、苦痛からの解放のためにある。それによって身体を騙すのだよ。
簡単に言えば、我慢して精一杯やったトレーニングの後の水は美味いだろう?それと同じだよ」

「むむ……分かったような、分からないような……でもとにかく美味しいラーメンなのは分かりました!!」

行列はゆっくりと進む。ある程度進むと、店内の券売機で食券を買うよう促された。


店内は薄明かりで照らされ、サラ・ブライトマンの曲が流れている。
ここをラーメン屋だと知らず入った人は、ここが高級小料理屋だとしか思わないだろう。

「天王寺トレーナー、何を頼めば……って、メニューは中華そばだけですか?」

「そうです。それだけです。トッピングで味玉を入れるか、チャーシューを増量するかだけですな」

「あ……じゃあ特製で」

「ライスも……」

せっかくのお祝いだ、私たちも特製中華そばを注文することにした。
食券を店員に渡してさらに外で待つこと10分弱。ようやく、私たちはカウンター席についた。

「いらっしゃいませ……天王寺さん!?久し振りですね」

頭の禿げ上がった初老の男が、カウンター越しに呼び掛ける。

「半年振りですね。今日は私の教え子たちも一緒ですが、宜しいですか?」

「ああそれはもう。しかしウマ娘さんたちだと、少々量が少ないかもしれませんね……大盛りができればよかったのですが、今は休止中で」

「構いませんよ。チートデイで重要なのは量より質。その観点からは、こちら以上の店はそうはない」

「いえいえ……それは恐縮です。ともあれ、精一杯作らせて頂きます」

一礼して、店主が寸胴に向かった。三田村嬢が、驚いたように私を見る。

「お知り合いなんですか?」

「いやまあ、古い付き合いですよ。彼は昔、某大ホテルチェーンを取りまとめていた総料理長でしてな。引退後にラーメン職人に転じ、開いたのがここというわけです」

奥から芳しいスープの香りが漂ってくる。胃が、そして筋肉が、待ちきれんとばかりに蠢くのが分かった。


そして、程なくして、4つの丼が私たちの前に供された。


「お待たせしました、特製中華そばです」



丼には黄金色のスープ。その中を細ストレート麺が、行儀よく漂っている。
さらにその上にはチャーシュー。チャーシューに乗せられた茶色の粒々からは、えもしれぬ刺激的な香りが広がっている。

「やや、美味しそうですね!しかしこれは……何ラーメンなのですか?」

ライスシャワーが、蓮華でスープを掬い、一口飲む。その刹那、ハッしたように目を見開いた。

「これ……コンソメ!?でも、何か違う……複雑で、でもとても深い……」

三田村嬢も、「美味しい!」と言ったまま少し固まった。

「……なんでしょう、これ。天王寺トレーナーの言う通り、塩でも醤油でもない。もちろん味噌でも豚骨でもない……」

店主が微笑みながら彼女に語りかけた。

「うち、『かえし』を使ってないんですよ」

「『かえし』?」

私は頷く。

「ラーメンの味、ひいてはジャンルを決定づけるタレのことですな。塩タレなら塩ラーメン、醤油ベースなら醤油ラーメンになる。それをここでは使っていない」

「えっ、何でですか?」

「それはこのスープにある。極めて複雑かつ深い旨味。このスープの力を生かすには、かえしはむしろ邪魔。……そういうことですな?」

店主が微笑み、私に同意した。

「そこまで理解して頂けると光栄です」

私は寸胴の方を見た。表面は香味野菜で覆われている。

「彼が昔、某大ホテルチェーンの総料理長だったのは説明しましたな。そして彼の専門はフレンチ。スープを取るのにも、その技法は使われている。
ライス君の言った通り、コンソメに近い味わいなのはそこから来ているわけですな。
味の決め手は、スープの出汁を取るのに使われているプロシュート」

「ぷろしゅーと?」

「高級生ハムのことだよ、バクシンオー君。スープをハムで取るのは、高級中華ではよくあることだ。
ただ、そこで使われる金華ハムはあまりに高い。ラーメンで金華ハムを使っているのは、『家元』がスペシャルでやるくらいしか聞いたことがない。
そこでここ『八五』は、プロシュートを使った。それがフレンチに通じる独特のスープを作り上げたわけだよ」

「むむむ……よく分かりませんがとにかくすごいのですね!麺が伸びてしまいますから早く食べましょう!」

「ははは、つい熱が入ってしまったな。バクシンオー君の言う通りだ、頂くとしようか」

私は箸を取り、勢いよく麺を啜る。パツパツとした細麺にスープが絡む。


上品、かつ個性的。どこにもありそうで、しかしどこにもない。
ただ、旨味のみが、喉を通り抜けていく。旨味は筋肉の隅々まで広がり、「飢え」を満たしていく。


……うむ、満足。


「バックシーン!!!」


バクシンオーが大声で叫ぶと同時に、私のワイシャツのボタンが全て弾け飛んだ。


夜に再開します。


北海道ラーメンと一口に言っても、種類は多種多様だ。

有名なのが味噌ベースの札幌ラーメン。ラードでスープに蓋をする技法を採る店が多く、北海道ラーメンといえばまず味噌が思い浮かぶ。
しかし、醤油ベースの旭川ラーメンはそれとは全く異なる。濃厚で塩分強めのダブルスープが特徴で、札幌に住む人はむしろこちらを好む、らしい。
函館の塩ラーメンも有名だ。清湯のあっさりした味が特徴で、昆布を使ったスープが多い。
この他にも、鰹節の風味が強い釧路ラーメン、利尻昆布の旨味を前面に出した稚内ラーメンなど、広大な北海道に相応しく味もまた多種多様だ。

ファインモーションがこのうちのどれを望んでいるかで、連れていくべき店は大きく変わってしまう。
もう少し細かく訊きたいが、日本に来てまだ半年の彼女にそこまでの知識があるのかどうか。
事前に日本語を猛特訓したというだけあり言葉は驚くほど流暢だが、正直確信は持てない。


「……そもそも、なぜ北海道ラーメンなんだ?」


んー、と人差し指を口に当て、ファインモーションが考える素振りをした。

「日本に来て、デビューが札幌だったの。そこで浦安トレーナーに連れていってもらった、路地裏の店にあるラーメンが美味しくて!
世の中には、こんなに美味しいものがあるんだって知ったんだ。
それで、色々ラーメンを食べ歩くようになったの。最近は自分でも作ろうと思ってるけど、まだまだかな」

「路地裏、か……」

おそらくはラーメン横丁だろう。あそこは観光客向けの店が多く、味はピンキリだ。当たりの店の方が少ない。
王族である彼女の舌を満足させる店となると……


私はニィと笑った。東京にその流れを汲む店がある。恐らくは、あそこだ。


「分かった。君にピッタリの店が六本木にある」

「六本木?あ、明日近くまで行く用事があるよ!ミッドタウンで、◯◯国の大臣とお会いするの。夜は予定ないから、ついでに行ってみようかな。
天王寺トレーナー、案内してくださる?」

明日か、チートデイには丁度いいだろう。バクシンオーも連れて、行くとしようか。

「無論、構わないよ」




第2R 六本木「天鳳」




*

「ややっ!ここが六本木ですか!!」

バクシンオーがキョロキョロと辺りを見渡す。待ち合わせはミッドタウンの1階。時間より少し早めに着いてしまったようだ。
ファインモーションは、リッツ・カールトンにいるらしい。私にはあまり縁の無さそうなホテルではある。

エントランスから、2人の女性の姿が見えた。1人は正装のファインモーション。もう一人は背の高い、黒いスーツに身を包んでいる。……ウマ娘か?

「お待たせしました!」

「おおっ!ファインモーションさんっ!こんばんはっ!!」

スーツのウマ娘は、険しい目で私を見つめている。何か、気に障ることでもしただろうか?

「お疲れ様。彼女は?」

「あっ、彼女はSPのハリィ。外出する時は、いつも一緒なのよ」

「…………」

まだ私を睨んでいる。これはやりにくい。

「私はトレセン学園のトレーナー、天王寺定光です。よろしく」

握手しようと手を差し出したが、「フン」ととりつく島もない。

ファインモーションが「むう」と頬を膨らませた。

「いい加減にしてよ、ハリィ。男の人が苦手なのは分かるけれど」

「……お言葉ですが殿下。男の勧める店、それもラーメン店などロクなものではございません。行って後悔してからでは、遅いかと」

「天王寺トレーナーはいい人よ?ボディビルの世界では、世界的にも有名な方なのに」

「そんなことなど、私は知りません。とにかく、この男が何か妙な真似をしたら、腕の1本や2本、へし折ってご覧にいれます」

はあ、とファインモーションが溜め息をつく。

「ごめんなさいね。彼女、男性が苦手なの。とても有能なSPだし、ウマ娘としても大きなレースを幾つも勝っていたのだけど……」

「過去の話です。何より、殿下の姉上には、一度も勝てず仕舞いだった」

「でも最後まで諦めず食らいついた。だからお姉さまはハリィが大のお気に入りなんだけど……。
あ、ごめんなさい!ラーメンだったね。ここから近いのかな?」

私は頷く。

「ここから3分も掛からないよ。じゃあ、行こうか」

ハリィの険しい視線を背中に受け、私は歩き出した。すぐに、店の目印になるドラム缶が見えてくる。

「……ドラム缶ラーメン?」

「実際にドラム缶では作ってないから、安心してくれ。では、入ろう」

少し休憩。

ハリィには一応元ネタがあります。
元ネタの馬はファインモーションより年下ですが。


店の前には数人ほどの列ができていた。振り向くとハリィが険しい顔をしている。

「あれで作っているのでなければ、何のためにあの缶はあるのだ」

「昔の名残だよ。遥か昔、数十年前にこの店のルーツができた時には、実際にドラム缶を寸胴代わりにしていたらしいな。
元々、この店は旭川にあった。そして初代の親父の息子たちが、札幌と六本木に店を出したってわけだ」

パン、とファインモーションが手を叩いた。

「だからお店の名前が同じなんだね!ドラム缶を見て、思い出したよ」

「そういうことだ。ただ、味は少し違うらしいが」

横のバクシンオーがソワソワと落ち着かない様子で店内を見ている。

「トレーナーさん!私、お腹が空きました!お勧めは何ですか?」

「えっと、醤油も味噌もあるねー。確か、札幌で食べた時は味噌だったかな」

そう言うファインモーションに、私は微笑みながら首を横に振る。

「六本木の天鳳では、ほとんどの客が『135』を注文するな」

「……135?」

「うむ、135というのは……っと、席が空いたようだ」

テーブル席に通されると、周囲の目線が一斉にこちらに向いた。見目麗しいウマ娘3人に、屈強なスキンヘッドの大男とくれば嫌でも目立つ。
そこにハリィが鋭い眼光で客を睨むと、視線が逸れて行くのが分かった。なるほど、令嬢の護衛には確かに向いた人物らしい。

向こうから東南アジア系と思われる店員がやってきた。

「ゴ注文は」

「135大盛り、それにライスを。君たちは?」

「トレーナーさんと同じのにします!」

「私もそうするよー」

ハリィは暫し黙った後、「殿下と同じもので」と不機嫌そうに言った。

「それで、135って何なの?」

「メニューにも書いてあるが、醤油ラーメンの『麺硬め』『油多め』『しょっぱめ』を指す。
これよりさらに味が濃く、油っぽく、しょっぱい『めんばり』もあるが、こちらの方が万人向けだ」

ハリィが私を不満そうに見ている。

「そんな健康に悪そうなものを、よく殿下に食わせようとしているな」

「これは『チートデイ』だ。健康に悪い、大いに結構。ただ旨ければいい。
ファインモーション君も、うちのバクシンオーも私も、日々激しいトレーニングを行っている。旨いものを好きなだけ食うことが、何よりのストレス解消になるのだよ。
そして、旨いものは健康には必ずしも良くはない」

私は静かにハリィに微笑んだ。

「そして、トレーニングを熱心に行っているのは、君もじゃないかね?その鍛え上げられた肉体を見れば分かる。
君にとっても、この店はチートデイにはもってこいだと思うが」

「……不味かったら承知せんぞ」

そう言う彼女の前に、丼が置かれた。

「135とライスデス」


スープはやや少なく、麺が一部顔を覗かせている。そしてメンマとネギに、硬めのチャーシュー。
スープの色は茶色に濁っており、透明度はほとんどない。

「これ、味噌じゃないの?」

「れっきとした醤油ラーメンだ。さあ、頂こ「バックシーン!!!」」

着丼と共に、バクシンオーが凄まじい勢いでラーメンを食べ始めている。

「美味しいですトレーナーさん!!しょっぱくて、美味しくて、箸が止まりません!!」

「……改めて、頂こうか」

リフトアップされたのは、西山製麺の縮れ麺。これに油を纏った濃厚なスープがガッツリと絡んでいる。
それを勢いよく啜ると、動物系の旨味と塩分の暴力が、味蕾に突き刺さる!


……これだ。これを身体は待っていたのだ。


パシーンッッ!!!


ワイシャツからボタンが弾け飛んだ。そう、チートデイはこうでなくてはならぬ。


「美味しいっ!!しょっぱいんだけど、それが不快な塩気じゃなく……まろやかですらある。
スープが少ないのは、これだけで充分だからね!?量が多かったら、きっとしつこくなってしまう」

ファインモーションも熱心に丼にかじりついた。ハリィはというと、まだ訝しげに丼を見ている。

「どうした?食べないのか」

「……なぜライスも頼んだ」

「食えば分かる。スープを飲んだ後、ライスを食べてみてくれ。抵抗がないなら、スープをライスにかけるのもお勧めだ」

渋々ラーメンを啜ると、ハリィの目の色が変わった。

「…………!?」

そして、スープを蓮華で飲んだ後、ライスを口にした瞬間。終始不機嫌そうな仏頂面だった彼女の表情が変わった。

「……So, delicious!!!何だこれはっ!?ライスが、甘いぞ!!?」

私はニヤリと笑う。

「135にはライスが必要なのだよ。過剰な塩分は、ライスの甘みを際立たせる。
そしてそれがさらに箸を進ませる。よく考えられた一杯だ」

「……う、うむ。確かに、旨い……」

ハリィもラーメンに夢中になったようだ。135の中毒性に勝るラーメンは、都内でもそうはあるまい。


……同じ北海道ラーメンを祖とする、あの店以外は……


*

「大・満・足、ですっ!!」

店から出ると、ハッハッハと腰に手を当ててバクシンオーが笑う。ファインモーションも上機嫌な様子で、ハンカチで口を拭った。

「本当に美味しかったよー。札幌のお店もいいけど、ここも美味しかったね。
六本木は大使館とかあるからよく来るけど、行きつけになるかも」

ハリィが私に頭を下げた。

「ミスター天王寺……無礼をお許し下さい。確かに、美味でした。殿下を充分に満足せしめるとは……」

「いや、私は単に旨いラーメンを紹介したまでだよ。そんな大層なことはしていない」

「だが、この埋め合わせは何かしらの形でしなければなりません。何をすべきでしょうか……」

ファインモーションが「むう」と頬を膨らませる。

「もう、ハリィは大袈裟なんだよー。天王寺トレーナーも気にしてないみたいだし、いいじゃない」

「ですがっ!!私の気が収まりません。ここは一つ……」

※コンマ下が60以上で追加の店舗紹介


ファインモーションが溜め息をつく。

「もう、ハリィったら……じゃあ、今度機会があったら、私のお勧めのお店に天王寺トレーナーとバクちゃんを連れていってあげるね。ハリィはそれでいい?」

「はっ、分かりました」

ハリィが恐縮したように頭を下げる。


さて、どんな店を彼女は紹介してくれるのだろう。その時が今から楽しみになってきた。


第二話 完


以上です。新年早々天鳳に行こうとしたら臨時休業でした……。

追加の店舗紹介としたのは、その際に代わりに行ったお店です。こちらもかなりのインパクトがあるお店だったので、いつか登場させたいですね。

さて、次回のお題です。まず、ゲストのウマ娘を決めます(今回はファインモーション以外で)。
安価下1~5で、最もコンマの大きいものとします。

カレンチャン

メジロマックイーン

>>73
00をどうするか考えていませんでした。
安価下が奇数なら>>76、偶数なら>>73とした上でもう一人追加します。

メジロマックイーンとします。甘味が美味しいラーメン屋ですかね……

続いてジャンルを決めます。同じく安価下1~5で最も大きいものとします。
固有店名でも構いませんが、行ったことのない店の場合リサーチにお時間を頂くことになります。

チョコレートらーめん

煮干系

>>80

>>80
さすがに思い付かないので除外します……すみません。

有効票は
>>81
>>82(煮干扱い)
です。

鶏そば系に決定します。
鶏そばならここしかない、という店からがあるのですが、サイドメニューにスイーツがあったかどうか……
もう一つの候補はスイーツはあるのですが、鶏そばがあるかは未確認です。行ってから考えます。

少し文章が変になっていました。

場合によっては、ラーメン紹介+スイーツ店紹介にするかもです。

更新します。

とりあえず軽い設定ですが……

天王寺(34)
190cm 108kg
スキンヘッドの糸目。大体表情は微笑で固定。
見た目は強面だが温厚で理知的。トレセン学園では栄養学を担当する教師でもある。
日本屈指のボディービルダーである一方、スポーツ理化学では博士号も持つ。東大ボディービルディング部の出身で顧問。
トレーニングは速筋系に特化しており、パワートレーニングでは彼の右に出る者はいない。半面、ステイヤー育成は不得手。
これまで担当したウマ娘は全てスプリンターに偏っている。独身、彼女なし。

こんな感じです。随時オリキャラのプロフィールは更新します。

*

「確かここの辺りのはずだ」

菊名駅近くのコインパーキングにアウディを停め、西口方面に向かう。
すぐに若い女性たちの行列が見えた。……あそこか?

「すごい行列、ですね……ラーメン屋、じゃないですよね、これ」

「う、うむ……」

確かに「ラトリエ・ドゥ・アンティーク」とフランス語で書かれている。ここで間違いないようだ。
店の前には、ラーメン屋よろしく行列の順番待ちの方法が書かれた立て看板があった。行列は、ざっと10人ほどか。

「スイーツに並ぶのは、なかなか珍しいですわね……ああ、コロナ感染対策で入場を絞ってますのね。そういうことですの」

「むむう……早く入りたいですが、我慢です!あ、パンフレットがありますよ!」

バクシンオーが小さなパンフレットを持ってきた。「ショコラ アソート」とある。ああ、そういうシーズンでもあるのか。

「『2015年アジア大会優勝作品』、だそうですわ!!まるで宝石箱のよう……これ、買いますわ!」

「え、誰かにあげるのかい?」

戸惑い気味に言うアリーム君に、マックイーンは上機嫌で返す。

「もちろん、わたくしが自分で食べる分ですわ。トレーナーさんにも分けて差し上げますわよ?」

「だよねえ……」

アリーム君が肩を落とす。どうやら、マックイーンの頭にはスイーツしかないらしい。
これは先行き苦労しそうだ。思わず苦笑いが漏れた。

「トレーナーさんは、何を買うんですか?」

2人をよそに、バクシンオーがいつもの調子で聞いてくる。

「ん?私は好きなものを買うとするよ。多分、チョコレート系だな。脳へのエネルギー源として、チョコレートはかなり優秀だからな」

「なるほど!そこまで考えているのですね!では、私もチョコレートにします!手作りチョコレートの参考のために!」

「ん?バレンタインにチョコレートを作るのか?」

「はい!トレーナーさんに、日々の感謝を込めて、です!」

手作りチョコレートとはやや意外だった。こういうイベントには縁遠い子だと思っていたが……まあ、楽しみにしておこう。

*


この私の認識が大甘だったのが分かるのは、これから1ヶ月ほど先のことだ。



*

「つい買いすぎてしまいましたわ」

満足そうなマックイーンとは対照的に、アリーム君はややげんなりした表情だ。

「いや、幾つ買ったんだ?ケーキ10個に焼き菓子2箱、ショコラアソート2箱……まさか、君一人で食べるんじゃ」

「まさか、それはないですわ。トレーナーさんにも、お一つあげますわよ?」

「……残りは?」

「もちろん!わたくしが賞味期限内に全て責任を持って食べますわ!」

ドヤ顔のマックイーンに、アリーム君は「また体重制限プログラムが……」と呟いた。むしろよくそれであれだけマックイーンを仕上げられると感心するのだが。

私はというと、バクシンオーと2人で食べるだけのケーキとショコラを購入した。
特に「アンティーク」という名のチョコレートケーキは、時計を模したなかなか手の込んだ意匠だ。食べるのが少々勿体無く感じる。

「さて……ケーキはひとまず車内に置こう。電車で大口駅まで向かおうか」

「車では向かわないのですか?」

「車で行ってもいいんだが、またコインパーキングに停めないといかんからな。それに何より、菊名駅周辺は細い一方通行ばかりで動きにくいのだよ」

バクシンオーに告げ、JRの改札に向かう。そして、横浜線で3分。
大口駅を降り、1分ほど歩くと割烹の看板が見えた。

「ここを左に行くとすぐだ」

「え、こんな細い路地に……あ」

小さな立て看板と、行列が見えた。こちらはざっと……25人ぐらいか。

「すごい行列ですわね……どのくらい待ちますの?」

「1時間弱、だな。これでもすぐ近所にセカンド・ブランドの店が最近できたから、短くなった方だ」

「セカンド・ブランド?」

「そっちは塩がメイン、らしいな。私もまだ足を運べてない。
まあ、それはまた別の機会だな。ひとまず、並ぶとしよう」

行列には若い女性やカップルの姿もちらほら見られる。マックイーンが「意外ですわね」と口にした。

「ん?どういうことだ」

「ラーメン屋って、男の方のものというイメージがありましたから。少し店内も見えましたけど、お洒落な感じでしたわ」

「店主はまだ若いからな。元美容師と聞いている。接客も素晴らしいぞ。
最近は、こういうラーメン屋がかなり増えているのだよ。銀座『八五』のようにミシュランに選ばれる店もあるほどだ」

「そうでしたの。なるほど……」

フムフムと何やら感心している様子だ。こういう辺りは、さすがメジロ家御令嬢なのだろう。

*

待つこと1時間弱。ようやく店内に通された。

「この『鶏の中華そば』を注文すればいいんですか?」

食券機の前で、アリーム君が訊く。

「それでももちろん構わない。が、私が注文するのはそれではないよ」

「え」

「こちらだ」

私は食券機の下部、「鶏つけそば」を指差した。

「つけそば、ですか」

「ああ。こちらの方が、より強烈に鶏の風味を感じられるからね。それと『和え玉』も頼むつもりだ」

「和え玉、とは?」

「ここは大盛りがないからね。その代わりというわけだ。まあ、頼んでみてのお楽しみ、だな」

結局、4人全員が特製鶏つけそばと和え玉シングルを注文することになった。

「色々素材について書いてありますのね。スープは『信玄どり』と『錦爽どり』の鶏ガラに手羽先、胸ひき肉、野菜、昆布……随分凝ってますわ」

「スープはラーメンの命、だからな。……っと、来たぞ」

店員がまず麺を持ってきた。丼の中には昆布水。そしてその中に麺が泳ぐ。穂先メンマが丼の周囲を取り囲み、麺の上にはとろろ昆布。独特のビジュアルだ。

「……これが、つけそば?」

「いや、麺だけだ。ただ……」

「バックシーン!!!」

説明する前に、バクシンオーが麺だけ食べ始めてしまっていた。

「ちょっと、バクシンオーさん?」

「これがつけそばというものですか!!少し硬い、パキパキとした麺にこの……スープ?がよく絡みます!おいしいです!!」

「天王寺トレーナー、あれでよろしいのですか?」

困惑するマックイーンに、私は軽く頷く。

「まあ、間違いじゃない。バクシンオー、つけ汁の分も残すように」

「分かりました!」

もう麺が半分なくなっているが、それはもうしょうがない。私は箸を持ち、麺をリフトアップする。

「まず麺だけを味わうのが、ここの流儀だ。では……」

啜ると、麺と共にやや粘度のある昆布水が口の中に入った。この噛み応えのある麺の存在感。そして、それに負けぬ昆布水の旨味。これだけで既に、完成された麺料理と言える。

「美味しい……しかし、鶏の風味は」

「それはこれからだよ」

続いて店員がつけ汁を持ってきた。「左右どちらに置きましょうか?」と訊いて来たので、左と告げる。こういう対応は、他店ではあまり見ない。

「これに、麺をつけますの?スープに浸かった麺を、別のスープにつけたら、味がぼやけませんこと?」

「それがここの素晴らしいところだよ、マックイーン君」

彼女は恐る恐る麺をつけ汁につけ、啜る。すぐにその表情が一変した。


「これは……なんという……!!」



アリーム君の顔も、驚きで固まっている。

「これはっ!?紛れもなく、『鶏そのもの』……」

「バクシンバクシーン!!」という奇声も、私の隣から聞こえてきた。私も頂くとしようか。


ズズッ…………


バシーンッ!!!


シャツのボタンが弾けると共に、凄まじいまでの旨味が口の中に拡がった!


昆布水でコーティングされた麺が、鶏油多めのつけ汁でさらにコーティングされる。そしてそこから産み出される、二重の旨味……
いや、これは単なる「1+1」ではない。
まさに、互いが互いを高め合う「マリアージュ」というべきものだ。

箸が一気に進む。止まらない。
鶏の深い旨味と昆布水の優しい旨味が絡むと、これほどまでに暴力的で複雑な味になるのか?

私はつけ汁の中のワンタンを箸で持ち上げた。噛むと、生姜が強めの餡がいい味変となる。
そして、再び昆布水だけで麺を頂く。さっぱりした味が、舌をリセットする。
そして再びつけ汁へ……一体何種類の味を、この一品は与えてくれるのだろうか。


つけ麺、鶏そば数あれど、ここまで複雑玄妙にしてインパクトのある一杯を、私は知らない。


「す、凄いとしか……ラーメンとは、こんなに美味しいものなのですね……。
チャーシューも、確かに鶏だけですね。……むっ!?」

アリーム君がチャーシューを噛むと、また動きが止まった。

「どうしましたの、トレーナーさん」

「君も、チャーシューを食べてくれ。これも……驚くぞ」

「チャーシューって、豚だけじゃないですのね。鶏だとどう……柔らかいですわっ!それにこの風味は……」

私はマックイーンに頷く。

「そう、バジルで下味がついている。そして、モモ肉は……うむ、実に香ばしい」

胸肉のチャーシューは低温調理がなされており、実に柔らかい。
そして、もう一種のモモ肉は皮付きでローストされており、胡椒が利いたパンチのある味だ。
具材の味の変化も、極めて緻密な計算で成り立っている。これほどまでに多様な味がありながら、しかし一体感があるのは驚くべきことだ。


「本当に、美味しいとしか……そういえば、つけ麺はスープ割をするのでしたわね」

「スープ割はここにはないのだよ、マックイーン君。しばし、昆布水を出汁に入れて楽しんでくれ」

「ああ、そういうことですのね。……『しばし』?」

「そう、しばしだ。この後に、もう一品が来るぞ」

昆布水による出汁割は、鶏の旨味を一段と引き立てる。これもまた上質なものだ。
無論、ここで終えてもいい。だが、この店に来たからには、食べねばならぬもう一つの皿がある。


「お待たせしました、『和え玉』になります」


3人の顔が呆気に取られている。無理もない。
その小皿にあったのは、イタリアンのカルボナーラに近いものだったからだ。レモンの切ったものが添えられている。

「……え?これを、どうしろと」

「そのまま食してくれ。レモンを軽く絞るといいぞ」

麺を啜ったアリーム君が、目を見開いた。

「これは、ポルチーニ?それに、これも鶏の旨味が……」

「そう、ポルチーニカルボナーラをラーメンの麺でやってみた、ということだな。
やや重たい味だが、締めにはピッタリだろう」

「え、ええ。……これほどまでに、ラーメンは奥が深いのですね……ファインモーション殿下が、すっかりはまってしまわれたのがよく分かります」

「ハハハ、彼女にも教えてやってくれ。きっと気に入るだろう」

ふと横を見ると、「バックシーン!!ごちそうさまです!!」と、笑顔で手を合わせるバクシンオーが見えた。
細かい御託を考えながら食べるのも悪くないが、ああやって心を無にして一心不乱に食べる方が、チートデイとしては正しいのかもしれない。ふと、そう思った。

それでは、夜に前半更新します。



「バクシンバクシンバクシーン!!!」


叫び声と共にバクシンオーがゴール板前を圧倒的大差を付けて駆け抜けた。……素晴らしい。

満足して頷く私の背中を、誰かが軽くつついた。

「さすがだねえ、天王寺君」

「塩田トレーナー」

振り向くと、眼鏡を掛けたその細身の男がニヤリと笑った。

「素晴らしい直線の末脚だったねえ。坂対策は万全だった、ということかな」

「まあ、そうですな。このコースはスピード以上にパワーが求められるので」

目の前には、中京競馬場を模した模擬コースがある。バクシンオーは2ヶ月後の高松宮記念の模擬レースに出ていたのだった。
とはいっても、これはただの模擬レースではない。


「チャンピオンズミーティング」……通称「チャンミ」。
トレーナーの査定にも関わる、重要なレースだ。


毎月1度、トレセン学園ではコースを変えた模擬レース大会が開かれる。
先月は「有馬記念」、先々月は「天皇賞秋」。実際のG1をイメージしたコースを、ウマ娘たちは走る。
賞金こそ出ないが、そこにかける彼女たちの意気込みは本番と全く変わらない。むしろ、本番以上に気合いを入れる娘もいるほどだ。

バクシンオーもその一人。「スプリント戦なら負けられません!」と並々ならぬ意気込みだった。
阪神1600の「ヴァルゴ杯」では思うような結果が出せなかった悔しさもあったのだろう。
大腿筋を中心に徹底的に鍛え上げ、直線の坂でさらに突き放す。この狙いは見事に当たった。

フフ、と塩田トレーナーが軽く笑った。

「それにしても5バ身差はそうそうお目にかかれないねえ。噂の『チートデイ』の成果かな?」

「……誰が噂を?」

「ウマ娘たちの間ではかなり知られてるよ?ファインモーションとメジロマックイーン、2人のVIPのお墨付きとあれば、信憑性は嫌でも増す。
そこにもってきて今日のバクシンオーの圧勝だ。君のやり方を学びたいというトレーナーは多くなるだろうよ」

「貴方もですか?」

「バレたか」

ペロッと塩田トレーナーが舌を出す。冗談のつもりだったが、本当だとは。

塩田トレーナーは、沖野君や柰瀬君と並ぶ、トップトレーナーの一人だ。
私と違い、ステイヤーの育成を得意とする。メジロ家のウマ娘が多く師事しており、アリーム君も彼に学んでいたはずだ。


「私に学ぶことがあると?」

「幾らでもあるよ。筋肉の付け方だけじゃない。ウマ娘のモチベーションをいかに高めるか。その方法論として、『チートデイ』は実に有力だ。
僕も色々ご機嫌を取ろうとはしているのだけどねえ。なかなか思うようにはいかない。
オペラオーのように聞き分けのいい娘ばかりじゃないからねえ」

はあ、と彼が溜め息をついた。いつも余裕綽々の彼にしては珍しい。

思えば彼の担当ウマ娘は、ゴールドシップやナカヤマフェスタなど一癖ある娘が多い。
今海外留学中のウマ娘2人は、さらに酷い。すぐにサボったり、レースいきなりキレて止まろうとしたり……
それもこれも、塩田トレーナーが有能だから任されているというわけだが。

「誰かでお悩みですか」

「まあ、ね。後で彼女を連れて、君のトレーナー室に行っていいかな?」

「構いませんが。誰なんです」

「メジロパーマーだよ」

意外な名前が出てきた。彼女の交友関係はゴールドシチーやダイタクヘリオスなど派手だが、彼女たちと違い授業態度は真面目な方だ。
成績は決して良くはないが、あまり塩田トレーナーの手を煩わせるタイプでもない。

「何かあったんですか?」

「ま、それは会えばすぐ分かるよ。じゃあ、また」

*

「失礼するよ」

「失礼……します……」

彼らが部屋に入ってくるなり、私はすぐにパーマーの異変に気付いた。
目には光がなく、明らかに意気消沈している。メンタルに異常を抱えているのは、誰の目から見てもすぐに分かった。

「どうしたんです?」

「平たく言えば、スランプだね。僕の責任でもある」

向かい合ったパーマーは、目線を私に合わせようともしない。
確かに彼女の競争成績にはムラがある。惨敗も決して少なくはない。
ただ、彼女の様子は、それだけではないように見えた。

「それだけじゃないでしょう?」

「……『バーンアウト』」

「……そういうことですか」

私は、パーマーの身に何が起こったか察した。

「ああ。この娘は、実は誰より真面目だ。マイペースに見えて、実は周囲に合わせる努力を怠らない。
負け続けていた時も、どうにかしようと必死にもがいていた。だからこそ、宝塚を勝った。
ただ、負けが込んでた時に僕に隠れて練習をしてたみたいでね……非公認の『フリースタイルレース』にも、こっそり出ていたらしいんだ」

「そして、張り詰めていた糸が、切れかかっている、と」

「……恥ずかしい話だけどね。友人たちに合わせようと、必死になっていたのもあったかもしれない。
僕が気付いて、ガス抜きをさせてあげなきゃいけなかった。ただ、何分どういう方法がいいのか……」

塩田トレーナーが、息をついた。

「パーマーはゴルシのように勝手に暴れて発散するタイプでも、フェスタのようにギャンブルでストレス解消をするタイプでもない。
考えた挙げ句、君の『チートデイ』が思い浮かんだ、というわけだ」

「食事なら、いいところは幾らでも……」

「パーマーは、高級レストランは嫌いなんだよ。庶民的な味の方がいいらしい。
庶民の味と言えばラーメンだ。元気の出る、スタミナラーメンとか知らないものだろうかな」


頭にパッと思い浮かんだのは二郎だ。だが、あれは人を選ぶ。特に女性の場合は。

「パーマー、何か好みは」

「……逃げたくなるようなのがいい」

「それはどういう」

彼女はうつむいて、言葉を返さない。これはなかなかに重症だな。

「バックシーン!」

大声と共に、バクシンオーが入ってきた。

「トレーナーさん!!見ましたか私の走り!!まさに学級委員長にふさわしい走りだったでしょう!!」

「あ、ああ。……来客中なのだが」

「や、ややっ!!これは失礼しました!!パーマーさんではありませんか!!こんにちは!!」

「…………」

パーマーはまた返事をしない。バクシンオーのこのテンションは、彼女にあまり良くないかもしれない。

「どうしたのですか!?」

「…………」

「バクシンオー、そっとしておいてやってはくれないかね」

「むむっ、そうですか、分かりました!!辛いものでも食べて、元気出してください!!」


…………ん?


「バクシンオー、今何と言った?」

「はいっ!!元気出してくださいと言いました!!」

「その前だ。辛いもの、と言ったかな」

「はいっ!!母は私が子供のころ、かけっこで負けた日にはいつもカレーライスを作ってくれましたので!!」

……カレー……そうでなくても辛いもの……しかも比較的食べやすい……


ここにするか。


「塩田トレーナー、明日の予定は」

「いや、ないが」

「一つ、元気を出してもらえそうな店を知ってます。そこに行くとしましょうか」




第4R 神田「鬼金棒」



続きは夜か明日です。

カプリコーン杯、予想されていましたがバクシンオー強いですね。
エル固有とマミクリ固有と登山家さえあれば、高確率で直線ぶっちぎってくれます。


その時、コンコンとノックの音がした。

「失礼しま「お兄ちゃん!!」」

ドスンッ

ドアが開くと同時に、小柄な人影が私に向かって飛び込んできた。
強烈な衝撃を、私はその腹直筋で受け止める。

「お兄ちゃん!!会いたかったよ~♪」

「ハハハ……人前だからやめなさい」

「むう。1ヶ月以上も会えなかったんだよ?お兄ちゃんは寂しくなかったの?」

「いや、寂しかったよ。ただ、流石に恥ずかしい……「コホン」」

妙齢の女性が咳払いをする。

「仲がよろしいのは結構ですが、場所を弁えて頂きませんと」

「申し訳ございません、理事長代理」

少し顔を赤らめながら、樫本理事長代理が私を見た。

「全く……気持ちは分かりますが。身体が無事だったのは、本当に幸いでした」

私は小さく頷く。そう、本当に幸いだった。



カレンは香港スプリントに遠征していた。本来なら私も同行するのが筋だったのだが、私は学園で教鞭を執らねばならなかった。
東京で学会に出なければならなかったこともあり、現地での調整を樫本代理に任せることになったのだ。


そこで、悲劇は起きた。


第4コーナーで、彼女の前を走るウマ娘が、突然骨折し倒れたのだった。


カレンはすかさず、勝敗を度外視して大きく外に進路を変えた。かなり無茶な進路変更だったが、おかげで「カレンは」何事もなくレースを終えた。最下位ではあったが。

だが、転倒の巻き添えを何人ものウマ娘が食い、相次いで倒れた。


時速数十キロで走るウマ娘が転倒した時の衝撃は……人間とは比べ物にならない。


死者こそ出なかったが、1人は意識不明の重体。2人が脚や腰の骨を折り、競争バ生命を絶たれた。


どれほど香港に行きたいと思っただろうか。しかし、出入国制限がかかった中でそれは不可能であった。
樫本代理からの情報を頼りに、この1ヶ月を過ごしてきた……というわけだ。



「ええ。本当に不幸中の幸いでした。一応念のための確認ですが、メディカルチームは何と」

「進路変更に伴う軽度の肉離れは完治したと。本日より通常のトレーニングに戻って結構です」

「やったぁ!!」

カレンがピョンと飛び跳ねる。

「これでまたお兄ちゃんとバクちゃんと一緒に練習できるね♪」

「ハイッ!これからも切磋琢磨いたしましょうっ!!
ところで、前から不思議だったのですが、なぜカレンチャンさんはトレーナーさんのことを『お兄ちゃん』と呼ぶのですか?」

「だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。ね?」

カレンが悪戯っぽい笑いを私に向ける。私は乾いた笑いを浮かべ、代理がまた軽く咳払いをした。


そう、事実関係を知らないバクシンオーが不思議に思うのも無理はない。
というより、トレセン学園でもこの事実を知るのは目の前の樫本代理や駿川女史、そしてシンボリルドルフなどごく少数に留まる。


そう、カレンチャン……戸籍名「天王寺カレン」は、私の実妹だ。


代理が困ったように私を見る。

「バクシンオーさん、カレンチャンさん。そこまでにして下さい。天王寺トレーナーと、少しお話があるので」

「ハイッ、わかりました!!」

「は~い♪」



「いつまで秘するつもりですか?」

代理が厳しい目で私を見る。私は静かに緑茶を口にした。

「彼女の卒業まで。平等の面からそうすべきであると考えております」

「それはもっともなことです。ただならなぜ敢えて手元に?」

「……亡くなった母の望みなんですよ。あいつを一人前のウマ娘にしてくれと。
男ばかり生まれた後で、やっとできた娘でしたから、思い入れはよく分かります」

そう、母はウマ娘だった。体質が弱く、競争バにはなれなかったが。
その代わり、父と共にスポーツ医学の研究に没頭した。自分が果たせなかった夢を、いつの日か生まれる娘に叶えてもらうがために。

ただ、そう上手くはことが運ばないものだ。学生結婚で生まれた私の他、下の3人は全員が男だった。
諦めかけていた時にようやく生まれたのがカレンだった。……が、高齢出産の負担は重く、早いうちに母は世を去ってしまった。

それから母代わりとなって、私が彼女を育ててきた。
母の夢を無理に託そうと思ったわけではない。ただ、賢いあいつは母の遺志を敏感に感じ取り、ここまで育った。ブラコン気味になってしまったのはそのせいもある。
だからこそ、彼女に甘くならないようにと、一つのルールを課した。


トレセン学園では、あくまで「トレーナーと生徒である」ということだ。


カレンもそこは理解しているはずだ。ただ、私への呼び方だけは「お兄ちゃん」で変わらない。


代理が息をつく。

「あまりご無理をされないよう。ああいうことがあった後ですから、お気持ちは分かりますが」

「肝に銘じておきます」

命の危険すらあった大事故の後だ。あいつもトレーナーとしてではなく、兄としての私に甘えたい思いはあるのだろう。
さりとて、どう距離感を作るべきか。バクシンオーもいる手前、彼女が求めるようには恐らくできない。


……とりあえず、飯でも誘うとしよう。チートデイも近いことだ。


少し休憩。



「あ、お兄ちゃん!」

トレーナー室に戻ると、カレンが何やら自撮り棒を持って準備をしている。

「……これは?」

「うん!ウマスタのフォロワーさんたちに報告するための投稿しよっかなーって。
カレンは元気だよーってね♪心配かけちゃったし」

「その……悪かったな。辛かっただろう」

「……大丈夫だよ。無事だったし。でも、お兄ちゃんには側にいてほしかったな」

寂しそうに笑うカレンを見て、心が痛んだ。

やむを得なかったことだとは、彼女も理解しているだろう。ただ、それだけに傷ついてもいる。
そして、カレンはその辛さを表には決して出そうとしない。「いつも可愛く元気なカレンチャン」を、どこまでも演じようとするのだろう。
それは彼女なりの処世術ではある。しかし、その無理が彼女の幼い心を蝕みかねないことを、私は知っている。


そんな時にどうすればいいのか?そのことも、私はよく知っている。


「埋め合わせにもならないかもしれないが、明日飯に行くか?」

「ご飯?フレンチ?イタリアン?ウマスタ映えするのがいいなあ」

「私がそういう柄じゃないのは知ってるだろう。それに、お前に辛いことがあった後はいつも決まっている。お前が本当に一番好きなものを食わせてやる」

「お兄ちゃん……」

目を潤ませるカレンの後ろから、バクシンオーが顔を出した。

「むむっ?何があったのです?」

「いや、飯を食わないか、とな。チートデイも近いだろう」

「おおっ、そうでした!ラーメンですね!!」

うんうん、とバクシンオーは上機嫌に頷く。カレンは上目遣いで訊いてきた。

「どこに行くの?」

「それは着いてのお楽しみだ。今しか食えない、特別な一杯が待っているぞ」




第5R 「饗 くろき」



明日実食編です。

なお、その前にちょっとした判定を行います。

コンマ下

01~40 何もなし
41~50 あるウマ娘が道中に登場
51~90 あるキャラの噂話が出る
91~99 あるキャラが登場する
00 あるキャラ登場(???)

今回は通常進行です。
次回以降「あるキャラ」の登場があるかもしれません。
(伏線は張っています)



翌日昼。目的地に着いた私たちを出迎えていたのは……

「にょわー!?この行列はなんですか!?」

「『八五』ほどじゃないだろう。あと、あそこより更に並ぶ店も存在するぞ」

「ぬぬぬ……バクシンへの道は険しいのですね」

ぐぬぬと唸るバクシンオーをよそに、私たちは30人ほどの列の最後尾に並ぶ。目当てのものは……まだ売り切れてないようだ。

「ここに来るのも久しぶりだね、お兄ちゃん」

「お前が小学生の時以来だな。あの頃はまだ『紫』はあったが」

「今はないの?」

「極稀にやってるらしいけどな。勿体無いが仕方ない」

「そっか、ちょっと残念。あれウマスタ映えするんだけどなあ」

「『紫』とは何なのですか!?」

いつの間にか列に加わっていたバクシンオーが訊いてきた。小学生の下りは聞かれなかっただろうか。

「昔、ここは毎週金曜に鴨醤油ラーメンを出していた。それが『紫』だ。
醤油ラーメンでは傑出した旨さだったんだが、メインメニューのフルモデルチェンジと共にやめてしまった、らしい。
大将にその理由を聞いたことはないが、かなり手間がかかっていたからな……仕入れも大変だったんだろう」

「ほほう、では今日は何を食べるのです?」

私はニヤリと笑う。


「チャーシュー麺。マンガリッツァ豚のチャーシュー麺だ」



バクシンオーがぽかーんと口を開けている。

「まんが……漫画なのですか!?」

「ハンガリー原産の豚だよ。ドングリなどを食べて育つという意味では、イベリコ豚に近いな。
希少で、ハンガリーの国宝にも指定されている。……これだ」

スマホでマンガリッツァ豚の画像を見せると、カレンが「カワイイー!!」と声を上げた。

「モコモコしてて、羊さんみたい!でも国宝って食べちゃっていいの?」

これが可愛く見えるのかと内心思いつつ、私は頷いた。

「日本でも少数が飼育されているな。これと在来種を掛け合わせたものなら、稀にファミレスでも食べられる。
もちろん、今日のは純正種だ。私も食べたことはない」

「へー、美味しいのかな?」

「食べたことのない味の豚らしいな。……だからこそ、今日はここに来た」

カレンが「あっ」と呟いた。

「お兄ちゃん……そういうこと」

彼女も私の意図を理解したようだ。辛いことがあったら、旨いものをしっかり食べて忘れるのがいい。チートデイも、ある意味それに似ている。

「大将なら、間違いのない味だろう。さて、もう少し待つとしようか」

30分ほどで食券を買うように促された。せっかくなので、「マンガリッツァ豚の脂飯」も頼んでおくか。
値段はしめて2000円とラーメンとしては極めて高額だが、美味いものには金をケチるなというのが親父から受け継いだ家訓だ。


「いらっしゃい!お、天王寺さんじゃないですか、お久し振り」

店内に入ると、大将が気さくに話し掛けてきた。

「仕事がなかなか忙しくてすみません。今日は教え子も連れてきました」

「教え子……そう言えば、ウマ娘のトレーナーでしたっけ」

「ハハ、まあ」

大将はカレンにも気付いたようだったが、目配せすると意を汲んだらしく作業に戻った。

「ほわーっ!ここもおしゃれな店ですねえ!」

「そうなんだ~♪見た目も凝ってるんだよー」

横の客が注文した塩ラーメンが見えた。雲呑につくね、それにネギとドライトマト。見るからに美しく、調和の取れた盛り付けだ。

大将はかつて大手外食チェーンの総料理長だったと聞く。「八五」の主人と同様、異業種でかつてはトップにいた人物だ。
それだけあって、やはり見た目の美しさに対するこだわりは共通しているものらしい。

そして、この店のもう一つの特徴は「限定」にある。

時に松阪牛、時に寒ブリ。あるいは見知らぬ高級食材を巧みにラーメンというフォーマットに落とし込むのだ。
最近はこうした期間限定メニューを売りにする店も増えてはきたが、ここほど完成度の高い一杯を出す店はほぼない。
ベクトルが全く異なるが、「家元」の「スペシャル」程度ではないだろうか。

店員が「マンガリッツァは今日終わりなんですよ」と言っているのが聞こえた。どうやら滑り込みで間に合ったらしい。

「むむう、待ちきれません!早くバクシンしたいです!!」

「そう焦るな。……っと、あれかな」

大将と店員が、丁寧に盛り付けを進めていく。メンマにネギ、そして見たこともない赤いナルトのような何かがスープに乗せられた。

「お待ちどうさま。『マンガリッツァ豚の焼豚そば』です」


「これが……マンガリッツァ豚」

カレンは早速スマホを取り出すと、パシャパシャと角度を変えて写真を撮り始めた。
その横ではバクシンオーがいつものように「バックシーン!」と叫んでいる。

「にょわーっ!!この豚さんは何ですかっ!!この、なんというか……ああっ!表現できる言葉がないのがくちおしい!!」

普段は豚は後で食べる私も、今回ばかりは焼豚から口にした。くにゅり、とした弾力。そして……


何だこれは。


顔色が一瞬のうちにして変わったのが、自分でも分かった。ワイシャツのボタンも弾け飛ぶ。


美味い。尋常ではなく、美味い。しかし、適切な言葉が全く思いつかない。


イベリコ豚のように、脂そのものが香ばしい。しかし、それだけではない。
肉から滲み出る旨味。この深さ、今まで体験したことのあるレベルではない。
バクシンオーでなくても、これを説明するのは難しいだろう。確実に言えることは、醤油で下味をしっかり付けているということだ。

「『鶴醤』、ですか」

「搾りたての特注品です。これに漬けて、旨味を最大限に引き出したんですよ」

大将が説明してくれた。麺を啜る。……これも美味い。
醤油ベースだが、マンガリッツァ豚の脂がそこに加わり、スープだけでも既に尋常じゃない旨さになっている。
赤いナルトのようなものは「赤巻」と呼ばれるかまぼこの一種か。かまぼこをラーメンに使うのはあまり聞かないが、脂が強いこの一杯にはとても合っている。

ふと横を見ると、カレンの目が潤んでいるのが分かった。

「……どうした」

「ううん。……すごく美味しい。というか、なんだかほっとしちゃったの」

「ほっとした?」

「うん……生きて日本に戻れたんだなって。そして、お兄ちゃんと会えたんだなって。やっと実感できた」

「カレン……」

ゴシゴシと目をこすると、カレンはいつもの調子の笑顔に戻った。

「お兄ちゃん、ありがとね!早速、写真ウマスタとウマッターにアップしていい?」

「あ、ああ」

バクシンオーは「大・満・足です!」ともう食べ終えていた。私も麺が伸び切る前に食べ終えねば。



「う~ん♪美味しかったあ♪」

カレンは満面の笑みで言うと、私にウマスタグラムの画面を見せてきた。ラーメンとの自撮り写真が載っている。
涙の跡は見えないよう加工したのか、全くそんな気配は見えない。

「もう1万『いいね!』がついてるよ!やっぱりカレンってカワイイからね♪」

「まあ、そうだな……明日からは、普段通りのメニューに戻るぞ」

「えーっ。筋トレはいいけど、ほどほどにしてね♪あまり筋肉付け過ぎると、カワイクなくなっちゃうよー。ね?バクちゃん」

「はいっ!カレンチャンさんはカワイイです!私の妹と同じぐらいには!!」

「「……え??」」

カレンと啞然としてバクシンオーを見る。

「……バクシンオー君、妹がいたのか?」

「ハイッ!!お姉ちゃんなのですっ!!トレーナーさんと同じでしょう!!ハーッハッハッハ!!」

バクシンオーに聞かれていたというショック以上に、バクシンオーが長女という事実の衝撃が大きかった。一人っ子だとばかり思っていたが……

「ま、まあ……大事にしてやってくれ」

「ハイッ!もちろんでありますともっ!!」

バクシンオーは妙に上機嫌だ。彼女はどういう姉なのだろうか……やや不安に思いながら、家路につくのであった。


第5話 完

今回はここまでです。なお、今行ってもマンガリッツァ豚の焼豚そばはありませんのでご注意下さい。
バクシンオー妹は恐らくスプリングコートでしょうが、優秀な姉と凡才の妹感があってなかなか切ないイベントでした。

さて、次回のウマ娘を募集します。
安価下1~5で、最もコンマが大きいものとします。
なお、今回は結果次第で追加募集もやります。


塩田トレーナーが頭を抱えた。

「また君の暇潰しに付き合わされるのか……」

なるほど、彼が溜め息をつくわけだ。普段からゴールドシップ……通称「ゴルシ」について、塩田トレーナーからはその奇行の愚痴を散々聞いていた。
五輪が近いからと「お前がストーンな!」とエアカーリングをやらされたり、自作の超難度ゲーム「ゴルシちゃんゲー」をクリアするまで散々やらされたり、「打倒ヤエノムテキ!空気椅子特訓」をやらされたり……
どれも聞くだけで気苦労が想像できるものばかりだ。この前の「サメ映画24時間耐久視聴」は、まだかわいい方かもしれない。

「なんだよー。『シャークネード2』面白かっただろ?」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……とにかく今日はそういう気分じゃ……って何だその手に持っているものは」

塩田トレーナーの顔色が変わった。職員室もざわついている。


それも当然だ。ゴルシの手には、黄金の槍が握られていたからだ。


「ん?これか?よく聞いてくれた!これはなー、『黄金の槍』ってんだ」

「見たままだろう!?だから何でそんなものをここに持ち込んでるんだ!?」

「あー、何だかんだあってなー。大丈夫!危険なものじゃないから!」

「いや、危険とかそういう問題じゃ」

「てかこれすげえんだぜ!さっきまでマックイーンとスペとスズカとテイオーと一緒に異世界で一暴れしてやったんだぜ!
それもこれもこいつのおかげってわけだ」

フフンと得意そうにゴルシが胸を張る。異世界やらなんやらさっぱり理解ができないが、ゴルシならしょうがない。
昨年夏の「ウマネスト騒動」も、大体こいつのせいだったらしい。またウマレーターでも使ったのだろうか。

塩田トレーナーが盛大に肩を落とした。

「……分かったから、それを貸してくれ。こんな危ないものを持たせるわけには」

「おっ!天王寺ちゃんじゃねえか~。丁度いいところにいたぜ」

塩田トレーナーを無視して、満面の笑みでゴルシが私に語りかけてきた。血の気が引くのが分かる。

「な、何だっ」

「いやな?『グラブル』の世界から帰ってきたらすげー腹が減ってさー。それでトレーナーに何か食わせてもらおうかなって来たんだよー。
そしたら天王寺ちゃんもいるじゃねえか!パーマーから聞いたぜえ?すげーラーメンに詳しいらしいじゃんか」

「まさか、君を連れて行けと!?」

「大・正・解!!察しがいいなー、さっすが天王寺ちゃんだ」


「しかし外出制限が掛かっているぞ?許可なんてそう簡単に」

ゴルシがニヤッと笑う。

「取れるんだな、これが」

「は?」

「この槍さえあれば何でもできるってことよ。とおっ!!」

ゴルシが持つ槍が激しく輝く。その光は職員室を満たし、そしてすぐに消えた。

「……何をした?」

「まあ見てなって」

ゴルシはツカツカと風紀委員会顧問の溝口トレーナーの所に向かう。生真面目で神経質そうな見た目通り、とても厳格な男だ。
正当な理由なしに外出許可など下りない。そのことは簡単に想像がつく。

「何だゴルシ」

「あのさー、外出許可出してほしいんだけど」

溝口トレーナーはじっとゴルシを見ると、深く息をついた。

「分かった、いつだ?」

「今日がいいかなー。人数はあたしと塩田トレーナーと天王寺ちゃん、あとはバクシンとカレンちゃんの5人だ」

※コンマ下80以上で乱入者あり

※特になし

実にあっさりと許可が下りた。まさか……

「あの槍の力で催眠術でもかけたのか?」

「いんや、分からねー。というか、『願った』だけだけどな」

恐ろしいことをサラッと言っている気がする。まさか思ったことを実現できてしまう謎のアイテムなのか?

塩田トレーナーは渋い顔のままだ。

「だが、外出できてもオミクロン型はどうする?感染したら、競争生命どころか命にもかかわりかねないぞ?そんなリスクなど……」

「大丈夫だって。こいつで『コロナにかからないように』と願えばモーマンタイってことよ」

んな馬鹿な、と口に出かけたが、溝口トレーナーのあの様子を見るとでまかせとも言えない。
多分、本当に大丈夫なのだ。黄金の槍の正体は一切分からないが。

「……分かった。こちらもチートデイをやりたかったところだ」

「さっすが天王寺ちゃんだ!話が分かるねえ。で、食いたいものがあるんだけどさ」

「何だ」

ゴルシが遠い目になった。

「アタシさー、中華そばが食いてえんだ……むかーしながらの、醤油の利いたヤツがさー」

「どうしてだ」

「アタシがここに来たのは、あるウマ娘のおかげなんだ。走るのが苦手だから屋台でラーメン作ってるって奴でさ……その時の中華そばが忘れられねえんだよ。
だからたまーに、無性に中華そばが食いたくなるってわけだ。昔ながらの醤油ラーメンがさ」

珍しく真面目にゴルシが話している気がする。

「なるほど、そういうことなら力を貸そう。ただ、今日行くとなると難儀だな。コロナのせいで閉まってる店ばかりだぞ」

「いいんだよ、町中華のやっすいやつでも。でも美味くなかったらパロ・スペシャルな、塩田トレーナーが」

「は?」

塩田トレーナーが啞然としている。さすがにウマ娘の力でパロ・スペシャルなんてやられたら命に関わる。何とかして店を探さねば……


……


…………


あった。老舗で昔ながらの中華そばを出し、かつ安くて美味くコロナでもやっている店が。


「いい店があるぞ」

「さっすが天王寺ちゃん!で、どこなんだ」

「場所は飯田橋。17時に正門前に集合だ」




第6R 飯田橋「びぜん亭」



続きは明日。


「とにかくお腹がすきました!注文しましょう!」

「バクシンオーの言う通りだな。ではチャーシュー麺大盛りで」

ゴルシが不思議そうにこちらを見る。

「ん?支那そばじゃねーの?」

「まあ、食えば分かる」

「そう言うなら乗ってやっか。アタシもそれで」

結局5人とも同じ注文になった。待つこと数分、丼がカウンター越しに置かれる。

「お待ちどうさま」

具はメンマにネギ、そしてほうれん草。極めてベーシックなものだ。一見何のひねりもないが……

「お兄ちゃん!このチャーシュー……」

「カレン、それだ」

ラーメンに浮かぶチャーシューはトロトロに柔らかく、脂が蕩けている。そう、このチャーシューこそ肝なのだ。

「え、このままでいいの?」

「いいから食べよ「バックシーン!!」」

バクシンオーが凄まじい勢いでラーメンを啜っている。

「何ですかこの味は!スープが、なんか、こう……」

「……!!おお、確かに……あまり飲んだことのないスープだ」

塩田トレーナーも目を見開いた。私も箸でやや柔らかめの麺をリフトアップし、一気に啜る。


バッシーンッッッ!!!


ボタンが弾け、大胸筋が喜ぶのを感じた。


ここのスープは、ただの醤油スープではない。鶏ガラと豚骨の動物系が強く押し出されるスープに、チャーシューから溶けた脂が深みを加えている。
そして、この脂には香ばしさがある。しっかり下味を付けた上で焦げ目が付くほどに焼かれたチャーシューは、ただの具ではない。スープに欠かせないパーツなのだ。

ゴルシを見ると、目をウルウルと潤ませている。

「……うめえな……懐しいけど、新しい……アタシが求めてたのは、これだよ……。
あいつが作ったラーメンも、こんな飽きのこない味だった」

「それは、ここのラーメンがオリジナルだからだろうな。個性は色褪せない。たとえそのスタイルが古くからあろうとも、常に新鮮さを与え続けるものだ。
だから『ネオクラシカル系』を志すラーメン職人は、ここに教えを乞いに来る。温故知新ってやつだな」

「よくわかんねーけど、うめえものはうめえ。それでいいじゃねえか。親父!お代わりあるか!?」

ゴルシはあっという間に平らげていたらしい。まあ、一杯くらいなら大丈夫だろう。

※70以上で店主が……

※何もなし



「いやー!食った食った!!」

腰に手を当て、満足そうにゴルシが言う。結局彼女は3杯おかわりをした。まあ、オグリやスペシャルウィークならこんなものではないから良かったと思うべきか……

「天王寺君、すまない。パーマーに続いて、うちのゴルシが……」

「まあいいってことです。私も久々のチートデイで、かなりコンディション上がりそうですし」

その通りだ。筋肉が脈動しているのを感じる。やはりチートデイは、私には欠かせないルーティーンであるようだ。

「私も絶好調です!!学級委員長として、週明けからもがんばりますとも!!」

「カレンもいい感じだよ♪でも次はいつできるかなあ……」

それもその通りだ。オミクロン型はピークアウトしつつあるが、外出制限は簡単には解除されまい。
何とかして外に出たいところだが……

そう思っていると、ゴルシがニヤリと笑った。

「しょぼくれた顔してんなあ。例の槍の『認識改変』なら、多分しばらく続くぜ?」

「……は?」

「いや、なんとなーくわかんだよ。ま、旨いラーメン食わせてくれたお礼ってことだな!」

そう言うと、上機嫌な様子で彼女はコインパーキングに停めてあるアウディへと向かうのであった。



ゴルシが槍で色々なウマ娘の認識を滅茶苦茶にしていたと知るのは、その翌日のことだった。
そして、我々トレーナー陣はその後始末に追われるのだが、それはまた別の話だ。


第6話 完

今回はここまでです。多分12か13話くらいで一度締めますが、ぼちぼちそこに向けて走りたいところです。
(イベント判定はそこに絡むものです)

さて、次回のウマ娘を決めます。
安価下1~5で、コンマが最も大きいものとします。

また、決定されたウマ娘次第で、追加判定があるやもしれません。

メジロアルダンとします。

コンマ下が70以上で1人追加です。90以上だと……

90以上のため、ある重要人物に関連するウマ娘になります。

今回は多数決で決定します。3票先取です。

1 アグネスタキオン
2 マルゼンスキー
3 エルコンドルパサー
4 シンボリルドルフ

アグネスタキオンで決定します。

続いてテーマを決めます。
安価下1~5でコンマが最も大きいものとします。

町田付近でおすすめの店

福岡の>>1オススメ店

>>304
町田付近……行くことがほとんどないのですよね……

エアでよければ書けなくもないですが、代替案があればよろしくお願いします。

2030まで何もなければ、>>307で繰り上がりとします。福岡もここ数年行けていませんが。

代わりの案出していいの?
じゃあジャンル指定で、油そばとかどう?

>>311
OKです。実食まで少々お待たせするかもしれませんが。

とりあえず店は決めました。若干遠いので来週に間に合うかはやや微妙ですが。
開店当初から通っていた某店です。

アルダンとタキオンの絡ませ方は思いついたので問題ないかと思います。

さっき食べたので少し更新します。



ウマ娘はアスリートである。


トレセン学園の正式名称がそれを物語る。「国立ウマ娘トレーニングセンター学園」。一応建前としては中高一貫の普通学校だが、実態は体育専門学校のそれに近い。
ここの主眼は、あくまでアスリートとしてのウマ娘の育成(トレーニング)。
無論、現役引退後のキャリア形成も睨んだ基礎教育も行われているが、「より速いウマ娘を育てること」が第一なのだ。

それ故、激しい競争に耐えきれず、退校を余儀なくされる生徒も多い。
入学も狭き門だが、卒業もまた困難だ。
無論、卒業できれば圧倒的な名誉と人気、そして何より莫大な金が手に入る。
ただ、そこに辿り着けるのはごく一握り。この上なく残酷な競争社会の縮図が、ここにはある。


だからこそ、ウマ娘は夢を諦めない。どんな怪我を負ったとしても、再起に僅かな望みを賭ける。自らの夢と、可能性を信じて。
その儚さと尊さこそ、我々トレーナーが惹かれるものの一つなのだ。


そして、目の前にいる彼女もその一人だ。


高等部3年、メジロアルダン。
硝子の脚を持ちながらも、優秀な同期に立ち向かわんとする、メジロ家の少女だ。



「怪我をしないようにするコツ、か」

授業の後、「相談があるのですが」と職員室を訪れた彼女は、伏し目がちに頷いた。

「はい。天王寺先生なら何か答えを知っているのでは、と」

「専属の橋本トレーナーではいけないのか?」

「……色々手を尽くしたのですけど、上手く行かなくて。トレーニング理論なら、天王寺先生に聞いた方がいい、と」

橋本トレーナーは真面目な青年だ。ただ、キャリアはまだ3年と浅い。彼なりにベストを尽くした結果、私を頼るようにということなのだろう。

私は腕を組んだ。

「君の脚は、確か先天的に……」

「ええ。骨密度が、通常より密でないとは聞いています。過剰な負荷には耐えられないと……
免疫力も劣っているとは知っています。ただ、学園生活はあと1年と少し。できるだけのことはしたいんです」

静かだが、強い想いを噛み締めるように、アルダンは言った。

私は少し目を閉じた。筋トレを徹底することで、骨を支える筋肉を作り、より故障しにくくする身体にすることはできなくはない。
ただ、私の手法は速筋を鍛えるものだ。スプリンターやマイラーを育成するにはいいが、アルダンのような王道路線のウマ娘を育てるには向いていない。

とすれば……免疫力、ひいては基礎体力の向上を優先すべきか。
ただでさえヒトより弱い免疫力の彼女たちである。今後、社会に出ることを考えると、そちらをこそ優先的に強化すべきかもしれない。

そのためには……


「ここにいたかね、アルダン君!」


ノックの音もなく、相談室のドアがバンと開けられた。
そこにいたのは、白衣に身を包んだウマ娘。「三大問題児」とはベクトルの異なる問題児、アグネスタキオンである。


「タキオンさんっ!?」

「骨密度の増強に必要な飲み薬が完成したのさ!これで君も私も……っと天王寺トレーナー君じゃないか」

私は溜め息をついた。

「……また未認可の薬を飲ませようとしたのか。ドーピング検査に引っ掛かったら破滅だぞ」

「いやいや、それは大丈夫。私のモルモット君が身を以て証明してくれたからね!」

萌え袖をヒラヒラさせ、得意気にタキオンが胸を張る。そういう問題じゃない。

「また滝川トレーナーが被害に遭ったのか……」

「被害とはなんだい、失礼な。研究成果の名誉ある第一号になったのだよ。多少身体が光っても……」

「その時点でアウトだ」

滝川トレーナーもよく彼女の人体実験に付き合っているものだ。ある意味、私以上に頑健ではなかろうか。

「なんだよ~つまらないな~。成果は確かなのに」

「脚を治したい気持ちは分かるが、せめて認可が降りるまで我慢しろ」

……そう。タキオンも脚は弱い。昨年に大怪我をし、今は復帰に向けて動いていると聞く。
同じ悩みを抱える者同士、気が合うのだろうか。確かにタキオンがたまに学年が上のアルダンと話している姿は見ていた。

「……でも、私には時間がないんです」

アルダンが、絞り出すように言う。私はハッとなった。


トレセン学園は、建前は中高一貫の普通学校だ。だが、6年で卒業できる生徒は、実はほぼいない。
毎年ある進級試験。それに合格しないと、卒業できない仕組みになっている。そして、不合格者は、1年に限って留年を許される。


アルダンは既に、進級試験を落ちていた。
厳密には、受けることすらできなかったのだ……脚の怪我で。
翌年までに、脚を完全に治さないと、彼女の未来は……ない。





部屋が重い空気に包まれた。タキオンは1年だから、まだ猶予はある。しかし、3年の彼女は……次に落ちたら退校処分だ。

「そうだな……」

助けになりたいのは山々だ。だが、即効性のある特効薬はない。私にできるのは、あくまで地道な基礎体力強化を勧めることしかない。
だが、それを告げたところで何の意味があるだろう?彼女をさらなる絶望に落とすだけではないか?


参った。……こういう時に、「あの人」なら何と言うだろう。


「そういえば天王寺トレーナー君。私の叔父が君に会いたがっていたよ」

唐突に、タキオンが口を開いた。

「君の叔父?こんな時に何の関連が」

「おおありだよ。今度、中国から凱旋帰国するそうだ。何か話が聞けるかもしれないねえ」

「……凱旋帰国?」

「そう。中国ウマ娘界でナンバーワントレーナーになったらしいんだよ。事業も成功したらしい」

「中国……ウマ娘では後進国と聞いていたが」

フフフ、とタキオンが笑う。

「年末の香港ヴァーズと香港マイルは、叔父さんが担当したウマ娘が勝ったんだよ。
というか天王寺トレーナー君、叔父さんを知らないのかい?」


胸騒ぎがする。私の知り合い?誰だそれは?


「ああ、こっちの方が有名かもしれないね。中国を代表する、日本人ラーメンプロデューサー」


……ゾクンッ


まさか。「あの人」なのか?
しかし、いつの間に中国に渡っていたとは……しかもトレーナーもやっている?頭が混乱する。


だが、私の頭に浮かぶ名前は……一つしかない。



「……芹沢達也」



今日はここまで。独自設定がある点、お詫びします。
学年設定は現状での推測によるものです。


ククッ、とタキオンが笑った。

「なんだ、やっぱり知り合いじゃないか。訳ありみたいだけど」

「……私の恩人だよ。トレーナーをやっているのも、半分は彼の影響だ」

「恩人、ね。あの偏屈な叔父さんが、皮肉交じりとはいえ人を褒めるなんて珍しいとは思ってたけど」


そう。芹沢達也は私の「師」だ。トレーナーとしても、そしてラーメンについても。


『俺は俺の道を行かせてもらう。また会うことがあるかもしれんな』


10年前、トレセン学園を去った彼の言葉が蘇る。
あの人は間違いなく有能なトレーナーだった。「あの事件」がなければ、今頃は日本を代表するトレーナーになっていたかもしれない。
ウマ娘界から追放され、行方知らずであるとは聞いていた。ラーメン職人としても一流だった彼のことだ、どこかでひっそりと店を出しているかと思ったが、その情報はなかった。


まさか、中国に渡っていたとは。それも、向こうでラーメンプロデューサーもやっていたとは。
二足のわらじを履き、両方で頂点へと駆け上がろうとしているのは……どういう意図なのか?


「芹沢さんが帰国するのは、いつだ」

「詳しくは聞いてないよ。何せ身内の私すら、久々に連絡をもらったくらいだし。多分、春には戻ってくるんじゃないか?」

「そうか……」

訊きたいことはたくさんある。何より、「あの事件」の真相。芹沢さんが、あんなことをしでかしたとは、今でも信じられない。

「まあ、私も会うのは楽しみだよ。脚の治療についても何か考えがあるらしいからね」

「そうなのか?」

呆れたようにタキオンが私を見る。

「知らないのかい?叔父さんの別名を」

「別名?」

「そうさ。『魔法使い』……どんな虚弱なウマ娘でも、たちどころに強靭な身体となり、レースを勝ちまくる。
この前負けたけど、ゴールデンシックスティー、だったかな?あの娘もそうやって強くなった」

ゾワッと、嫌な予感が広がった。……10年前と同じだ。


芹沢達也は、担当ウマ娘へのドーピング疑惑をかけられ……日本を追放されたのだった。



「その、タキオンさんの叔父様なら……私の脚も」

「断言はできないけど、治るかもしれないねえ。私もできれば自分で治したいけど」

アルダンの目に光が戻った。おそらく、アルダンは芹沢さんのことを知らない。

「タキオン。君は、10年前のことは」

彼女の目が鋭くなった。

「子供の頃のことだよ?真相なんて知ってるわけがないじゃないか。
でも、叔父さんは素晴らしい人だ。トレーナーとしても、人間としても……いや、面倒な人だけど。汚れたことをしているわけがない」

その通りだ。私もそう信じたい。だが、日本では彼は「黒」となっている。真実は藪の中だ。

「……そうだな」

ざわつく想いを押し殺し、私はそう呟いた。タキオンがやれやれと首を振る。

「叔父さんの話をしたから、お腹が空いたじゃないか。それもラーメンが食べたくなったよ。
モルモット君……はラーメンは作れないな。天王寺トレーナー君、君は作れるかな?」

「すぐに言われて作れるわけがないだろう」

「なんだよ~。私はラーメンが食べたいんだよ~」

タキオンが頬を膨らませる。橋本トレーナーの日々の苦労がよく分かった。
アルダンがおずおずと手を挙げる。

「あの、ラーメンって……最近、天王寺トレーナーはよく他のウマ娘さんを連れて行ってるって聞きました。マックイーンさんやパーマーさんも行ったって」

「あ、ああ」

「私たちも、ご一緒できませんか?無理に、とは言いませんが」

チートデイは近い。まあ、申し出を断る理由はないか。
それに、今度行くつもりの店は……ある意味アルダンに向いた店かもしれない。脚だけでなく、基礎体力に不安を抱える彼女には、エネルギー変換効率の高い食事が必要だからだ。

「明日ならいいだろう。タキオンもそれでいいな?」

「今日じゃないのかよ~。仕方ないな~」

頬を膨らませてタキオンが言う。店が狭いのが少し気になるが、まあ何とかなるか。



第7R 「破顔」


実食編は多分明日です。



「油そば?」

ちゃっかり助手席に座ったカレンが訊く。

「そうだ。今日は油そばを食べに行く」

薄曇りの中を、アウディA4は西に走る。「むー」と不機嫌そうに後部座席のタキオンが唸った。

「油そばぁ!?油まみれの麺なんて健康に悪いじゃないか!何より、スープもないなんて味が薄っぺらいに決まってる」

「芹沢さんには、ろくにラーメンのことを教わってなかったらしいな」

「何を言うんだね!?私が間違っているとでも……」

「私の栄養学の授業そっちのけで内職ばかりしてるから、気付いてないらしいな。よく考えろ、ラーメンでもっとも多く含まれるのは何だ?」

「ハッ、そんなの決まっているだろう?馬鹿にしないでくれ、炭水化物に決まってるじゃあないか」

「そうだ。で、最もエネルギー変換効率の高い炭水化物の摂り方は?」

パン、とアルダンが手を叩く。

「確か、麺だけを食べること……ですよね?」

「その通り。ボクサーが減量明けに食べるもので、最も多いのはうどんだ。それも、余計な水分のない、ぶっかけうどんが望ましい。
弱った胃でも消化がしやすく、かつすぐにエネルギーに変換されるからだ。
ラーメンの麺はぶっかけうどんほど消化は良くない。それでも、カロリーを抑えながら最大限の炭水化物を摂りたいなら、油そばは選択肢に入る。
大体2割、油そばはラーメンよりカロリーが低いのだそうだ」

「フン」とタキオンが鼻を鳴らす。

「そ、そのぐらい知っていたよ。それに、油そばの味は単調じゃないのかい?」

「タレの使い方で千差万別だ。ダシがないから複雑な味わいにはなりにくいが、それでも美味い店は美味い」

「まあ美味しければ万事よし!です!」

バックミラーに妙に得意げなバクシンオーが見えた。まあ、御託はここまでにしておこう。


……芹沢さんに笑われるな。「お前は知識を食いに来ているのか」、と。




「さて、着いたぞ」

「駅前、ですね。……向こうに行列がありますけど、あそこですか?」

アルダンが長蛇の列を指差す。私は苦笑した。

「ああ、あれは違う店だ。『桜台二郎』…… 二郎系列では上位の店だが、今日の目的地はあそこじゃない」

※二郎の行列には……

01~70 誰もいない
71~95 ウマ娘がいる
96~99 二郎が閉店させられている
00 ん?あのハゲは

※並んでいるウマ娘がいる

安価下1~3で最もコンマが大きいものとします。


2月末のトレセン学園は、どこか緊張から解き放たれた空気で包まれる。
卒業・進級試験の結果が判明するだけではない。入試の結果発表が行われた直後だからだ。

学園の入試倍率は高い。今年は確か、20倍はあっただろうか。出るのも困難だが、入るのも難しい。宝塚音楽学校並みの超難関と言える。
無論最優先されるのは実技だ。学力試験もあるが、実技が抜きん出ていれば全く問題にはならない。

「バックシン、バックシン……」

向こうでダンベルを持ちながらスクワットを行っている彼女……サクラバクシンオーもそのタイプだ。
学力試験は確か最下位。だが、それを補って余りに余りあるスプリント力で、彼女はここに入学した。
以来、1400mまでのレースで彼女に勝った者はいない。カレンも半バ身まで詰め寄るのが精一杯だった。

「少しオーバーワーク気味だな。高松宮が近いから、気合が入っているのは分かるが」

「ハイッ!!もちろん今年も勝ってみせますとも!何より今年は、親戚が入学するのですから!学級委員長として、そしてお姉ちゃんとして手本を見せねば!!」

「親戚?」

確か、バクシンオーの本籍の名字と同じ合格者はいなかったはずだ。私は首を捻る。
バクシンオーがスクワットをやめ、タオルで汗を拭いた。

「ハイッ!キタサンブラックといいます!!」

「ああ、あの子か」

中距離から長距離にかけての試験で軒並みトップレベルの成績を叩き出した注目株だ。
父親は演歌の超大御所。話題性だけでなく、実力も兼ね備えているスター候補生といえる。

彼女に限らず、今年は話題になりそうな新入生が多い。
里見財閥の御令嬢、サトノダイヤモンド。その親戚で香港のジュニアレースで名を馳せたサトノクラウン。
そして、元メジャーリーガーの父を持つシュヴァルグラン……今年も、いや例年以上に期待できる学年になりそうだ。

「にしても、気が早くないか?……ああ、新入生オリエンテーションでの模擬レースに向けて、か」

「ハイッ!キタちゃんには、是非このチーム『ゼニス』に入ってもらいたいですからっ!」

「うちはマイルまで専用のチームなんだが……」

その時、ドタバタと誰かが駆けてくる音がした。

※コンマ下
01~80 アグネスデジタル
81~95 アグネスタキオン
96~00 たづなさん


バン、とドアが開かれた。アグネスタキオンだ。

「天王寺トレーナー君!大ニュースだ、来年度から叔父さんがトレセン学園に戻るらしい!!」

「……本当か!?」

タキオンにしては珍しく、緊張した様子で頷く。

「中国での実績が評価されて、特例で追放処分が解かれるそうだ。過去のウマ娘に対するドーピング疑惑も、解けたらしい」

筋肉を流れる血が加速し、身体が紅潮するのが分かった。思わず顔が綻ぶ。

「本当かっ!!」

「叔父さんから連絡があったから間違いないよ。……ただ、気になることを」

「気になること?」

コクン、とタキオンが頷く。

「『俺をハメた連中には、報いを受けさせないとな』、だそうだ」

タキオンの顔が強張っていた理由が分かった。芹沢さんは、善人ではない。目的のためには手段を選ばないこともある。
私は昔のドーピング疑惑の真相は知らない。そしてそれが急に解かれたのも、かなりキナ臭い。……胸騒ぎがする。

「……そうか」

「何か企んでいるかもしれない。もちろんトレーナーとしては一流だが……気を付けた方がいいかもね」

「了解した」

その時、また向こうからドタバタとやってくる小柄な人影が見えた。……あれは。

「タキオンさんタキオンさん聞きました!!?今年の新入生、超推せるのばっかなんですけど!?入学前から尊死しそう……しゅきぃ……」

「デジタル君、そこで倒れそうにならないでくれたまえよ。入試結果発表後で、興奮するのは分かるが」

「今年の1年はどんなカップリングでしゅかねえ!?ウオダスを超える組み合せがあるかもしれないですねえ!?やっぱここはキタサト……っと、天王寺トレーナーじゃありませんか!こんにちは、今日はカレンちゃんは?」

「脚の定期検査だ。一応あんなことがあっただけに、念には念を入れてな」

アグネスデジタルが分かりやすく肩を落とした。

「そうですか……バクカレ、ありだと思うんですけどねえ……」

「バクカレとはなんですかっ!?」

バクシンオーがいつもの調子でやってきた。デジタルは「はわわっ」とタキオンの後ろに隠れる。

「そんな、現役最強スプリンターの御前で私などミジンコのようなもの……無礼な物言いをしてしゅみません、消えて詫びます……」

「どうして君はそう卑屈なんだか……君自身も優秀なオールラウンダーじゃないか」

ブンブンとデジタルが首を振る。

「私はそっと影から推しのあれやこれやを見るだけで十分なんですよお……ああ、後光で目が潰れてしまう……」

「何を言ってるのかよく分からないが。実際に話した方が、より距離が詰まるんじゃないか?
カレンと君は、確かクラスメートだろう。友達になりたいなら、場をセッティングするが」

「ひゃあっ!!?」

私の言葉に、デジタルが飛び退いた。

「そ、そんな恐れ多い……!!」

「いい機会じゃないか、行きたまえよ。そうだ、チートデイが今週末だったね。この前は私とアルダンさんがご相伴に預かったが、今度は君がどうだい」

「ひゃっ!?わ、私がですか!?」

私は微笑みながら首を縦に振る。

「私は構わないよ。ラーメンを食べるつもりだが、何かリクエストはあるかな?」

デジタルが少し考える素振りをした。

「……煮干し。そう!!煮干しです!!アイドルユニット『UMA48』の『ソダにゃん』が、煮干しラーメンが大好物と聞きまして!私もどんなものか食べたいんです!!」

「煮干し、か」


煮干しラーメンといっても色々ある。元祖は津軽ラーメンとされているが、それも透明度の高い清湯系とたかはし中華そば店のような濃厚系に分かれる。
そこから派生したものや、たけちゃんにぼしらーめんのようなタイプ、そしてフレンチの技法を導入した最先端のものと多種多様だ。

何より、煮干しラーメンは割と好き嫌いが分かれる。煮干し特有の苦味やエグみ、そしてしょっぱさが出ることが多いからだ。
それを中和するために、大体は玉ねぎのみじん切りが具に入る。それでも、癖のある店は多い。

「……万人向けのがいいか?」

デジタルの答えは意外なものだった。

「いえっ!ザ・煮干しラーメンみたいなのはいいです!!『ソダにゃん』も『ニボニボしたのがたまらないよお』って言ってましたし!」

「……そうか」

そうなれば、煮干しの「極致」に連れて行くよりほかあるまい。
私はニヤッと笑った。

「了解だ。ならば日本で最も濃いラーメン屋に行くとしよう」




第8R 「中華ソバ 伊吹」



次回更新は多分土曜です。

※特になし

「で、どういう種類があるの?煮干しラーメンって、もう一大ジャンルになってるけど」

カレンが訊いてきた。私はハンドルを板橋方面に切る。

「よく言われるのは青森ラーメン起源説だな。津軽海峡の漁師を相手にした食堂が、普段からたくさん取れる煮干しをスープに使ったのが始まりとされる。
透き通ったスープに濃くてしょっぱめの煮干しスープが定番だ。新宿の『凪』は、確かこの系統だな。
ただ、濃厚煮干しラーメンがここまでブレイクしたのは、別の理由があるんじゃないかと私は考えている」

「そうなの?」

「『伊藤』という店が濃厚煮干しに細くパツパツとした麺を合わせて流行したのが大きい。ここは元々秋田の角館にあるんだが、その店主の弟が東京でやってる。
煮干しの苦味やエグみも旨味として取り込んだスープが話題になってな。今は銀座や赤羽にも支店がある。このフォロワーが、煮干しラーメンを広めたってわけだ」

「じゃあ、今日はその『伊藤』に?」

「その近所だが違う。『伊藤』の方向性をさらに尖らせ、極めた店だ」

板橋本町インターが見えてきた。目的地まで、もうそう遠くもない。

※目的地には……

01~75 誰もいない
75~95 誰かいる(再判定)
96~00 あ!ソダにゃんだ!(再判定)

※通常進行

大きな公園近くの駐車場にアウディを停め、店に向かうと開店前というのに既に行列ができ始めていた。

「こんな所にラーメン屋があるんですねえ」

「『場所代をいかに抑えるかが美味いラーメンを作る秘訣だ』と、ある超有名店の店主が言ってたな。辺鄙な場所にある店は、大体美味い」

店の前には幾つも注意書きが書かれている。少し異様な雰囲気ではある。

「『本当に煮干しが好きな人向けの店です』……と。そんなに濃いの?」

「さっきも言ったが、『特濃』をうたう店の倍煮干しを使ってる。1杯辺り何グラムだと思う?」

カレンは少し考えて言う。

※何グラムでしょう?当たった場合、実食後に……
安価下のみ、制限時間10分です。

※不正解、今回の○○の登場はなし

「100グラム、かなあ」

「残念、不正解だ」

「えー、確か『凪』で50グラムでしょ?その倍だからそのぐらいって思ったのに」

「まあ『凪』も濃い方だがな。ただ、ここ『中華ソバ伊吹』は別格だ。
最近量を増やして160グラムにしたらしい。スープの半分が煮干し、と聞いたらいかに狂ってるか分かるだろう?」

「……160グラム??そんなに使ったら、味も何も……」

私はニイと笑う。

「それが違う。まず、煮干しは全国から厳選された各種煮干しをブレンドして使っている。
しかも仕入れによって配合も変えてるらしいな。今日は……九十九里の背黒と長崎のアゴ煮干し、それと背黒二種とあるな」

後ろからデジタルがスマホを覗き込んできた。

「ひょえー、その日の配合をウマッターにアップしてるんですねえ……淡麗と濃厚って?」

「淡麗は水から炊いたスープ、濃厚はそこに動物系スープを合わせたものだな。まあ、どちらも超が付くほど濃いぞ……っと、食券を買わないとな」

店員の呼び出しに応じて、店内に入る。店内には全国各地の煮干しが入った段ボールがそこかしこに積まれていた。

「にょわっ!!?この濃厚な匂いっ!!まさに煮干しっ!!」

「お客さん、お静かに」

目付きの鋭い、大柄な店主がバクシンオーを睨む。その威圧感に、バクシンオーは思わずたじろいだ。

「は、はいぃ……」

再び列に戻る。

「……なるほど、女の子向けの店じゃないね、お兄ちゃん」

「まあ殺伐としてるからな。ここに女の子一人で来るのは考えにくいな。
ただ、味は本当に全国のラーメンの中でも上位ベスト10には入る。そこは保証する」

「うう、『ソダにゃん』には会えそうもないですねぇ……」

デジタルが肩を落とした。店員がもう一度私たちを呼ぶ。順番であるらしい。


濃厚と和え玉4枚を店員に渡す。いつもはハイテンションなバクシンオーだが、さっき注意されたからか珍しく大人しい。

「ウマスタにアップするのは?」

「着丼直後の撮影はいいそうだ」

「よかったー。にしても……すごいね」

カレンがちらりと隣の客の丼を見る。スープはどこまでも濃く、セメントのような粘度だ。

「食うとさらに驚くぞ。……と着丼だ」

丼の半分ぐらいが分厚いチャーシューで覆われている。そこに海苔と刻みタマネギ。煮干しのエグみを中和するのに、タマネギは欠かせない。

まずはレンゲでスープをすくう。ドロっとしていて、見るからに濃い。口に含むと……


パシーンッ!!


ワイシャツのボタンが弾け飛んだ。バクシンオーは「バック……」と叫びかけたが、自分で口を塞いでいる。


強烈、かつ鮮烈な煮干しの香りと旨味が口いっぱいに広がる。
しかし、一切の苦味やエグみはない。煮干し特有のしょっぱさは感じるが、それは煮干しの風味を損なわない、極めて微妙なバランスで留められている。


「「美味しい……!!」」

カレンとデジタルが同時に呟いた。この強烈な味は、理屈抜きで人にそう言わせるだけのものを持っている。

箸で麺をリフトアップする。細ストレート麺で、かなり硬めの茹で上がりだ。そこには特濃のスープが、ガッツリと絡んでいる。
啜ると、パキパキとした食感と共に煮干しがこれでもかと舌を刺激する。まるでスープを食べているかのようだ。
そのパワーに、箸が止まらなくなる。スープは飲んでもいないのにみるみる減り、あっという間に半分ほどになっていた。

ふと見ると、バクシンオーはほぼ食べ終えようとしている。……これは少しまずい。

「バクシンオー、スープがなくなる前に和え玉を」

「にょわっ!?でも、どう食べればいいのですか?」

「『高野』のように別に食べてもいいが、ここはつけ麺みたいに食べた方がいいな」

私もそろそろ頃合いだ。店員に和え玉を作ってもらうよう頼む。


「お待たせしました」

麺の上に何かの粉末がかけられたものが出された。鶏肉のそぼろのようなものか。

これをスープにつけて啜ると、動物系の旨味が足され、味にさらに深みが増した。

「バクシンバクシン……!!」

小声で言いながら、物凄い勢いでバクシンオーが和え玉を食べている。箸が進むのも無理はない。

これまで放置していたチャーシューも口にする。まるで二郎系のような、存在感十分の豚だ。
噛み切ると柔らかく、味もしっかり染みている。これもまた上質だ。

「ううっ……」

見るとデジタルが泣いている。

「デジタルちゃん、どうしたの?」

「『ソダにゃん』にもこの味を食べてほしかった……こんな美味しい煮干しラーメンを知らないなら、それは悲しすぎましゅ……」

「彼女が入学したら、先輩として連れて行ってやればいいじゃないか」

「……!!それもそうですね!!ああ、その時を考えたら……!!推しとラーメン、いい……」

店主が溜め息をついているのが見えた。これはそろそろ撤収時だな。

「申し訳ない、ご馳走様」

「天王寺さん」

去ろうとした私を、店主が呼び止めた。

「……何か?」

「芹沢サン、戻ってくるんだって?」

「……!!なぜそれを」

「業界じゃ有名な話さ。トレーナーのあなたなら、詳しい話を知ってるんじゃないかってね」

「うちに復帰すると聞いてますが」

「……そうか」

安堵とも落胆とも取れる溜め息を、彼はついた。そうか、ラーメン界に復帰するとなれば、それは激震に他ならない。


「らあめん清流房」。かつて日本の頂点に君臨したラーメン店。
彼の復帰は、その復活を意味するからだ。



「あー美味しかった!!雰囲気は殺伐としてましたが、本当に美味しかったですねえ!!」

「ハイッ!花マル、いえ花マル三重丸の美味しさだったでしょう!!」

「次来る時は声は抑えめにね……お兄ちゃん?」

はしゃぐ3人をよそに、私は物思いにふけっていた。


そうか、ラーメン界にも芹沢さんの復帰は伝わっていたのか。


彼は日本追放と共に、「らあめん清流房」も閉めた。
毒舌で知られる彼の店の閉店を一部の同業者は喜んだが、大半はそれを心より惜しんだ。私もその一人だ。

もし、彼が再び二足のわらじを履くなら、清流房も復活するかもしれない。
その時に、芹沢さんは何を作るのだろうか。


それは喜ばしい話のはずだ。しかし、妙に心がざわつく。
タキオンが言っていた「報い」とは、まさかラーメン界にも向けられているのではないか?


私は首を振る。考えすぎだ。




そのことが分かるまでに、そう時間はかからなかった。


第8話 完


今回はここまで。そろそろ芹沢サンも出したいところではあります。

次回登場のウマ娘を決めます。
安価下1~5で、コンマが最も大きいものとします。

キタサンブラックに決定します。
設定上バクシンオーをお姉ちゃん呼びしますがご承知下さい。

テーマを決めます。安価下1~5でコンマが最も大きいものとします。

富山ブラックとします。ただ、東京にマトモな富山ブラックの店があるか次第ですね……
場合によってはずるい手段を使うかもしれません。富山ブラックでありながら富山ブラックでない、ある店を紹介する可能性があります。

おつおつ
ラハゲのウマ娘とバクシンオー(orカレンチャン)の対決あるか…?

>>406
それは構想中です。誰を出すかはある程度決めてはいます。

富山ブラックでおすすめの店を募集します。ちょっと調べましたが、東京だとどうにも数が少ないですね。
もしないようなら、裏技を使います。今は限定を出してないようなので、記憶を引き出してやります。

とりあえず明日までにリクエストがなければ裏技やります。
結果として○○系になるので高確率で○○○が出ます。

更新しますが、今日で終わらないかもしれません。
また、今はこのメニューを出していません。ご了承を。



「バクシンバクシンバックシーン!!!」


怒涛の勢いでバクシンオーがゴール板を駆け抜ける。2着のヒシアケボノとは3バ身もの差がついていた。
おお~と、それを見ていた新入生から声が上がる。「ハッハッハ!!」とバクシンオーは胸を張ってそれに応えていた。

「バクちゃんすごいなあ。私も走りたかった~」

カレンが口を尖らせた。私は軽く彼女の頭を撫でる。

「模擬レースは高等部の担当だからな。バクシンオーと一度本気でやり合いたいか?」

「うん!でも、カレンは高松宮記念も出れないんでしょ」

「香港スプリントのダメージがまだ抜けきってないからな。スプリンターズまで待つしかない」

「むむー。京王杯まで我慢、か~」

トテトテと、誰かが近付く気配がした。黒い癖っ毛気味の小柄な少女だ。

「あ、あの……天王寺トレーナーさん、ですか?」

「ん、そうだが」

「はじめまして!あたし、キタサンブラックといいま「おお!キタちゃんじゃないですか!!」」

向こうから凄い勢いでバクシンオーがやってきた。キタサンブラックと名乗った少女の顔が明るくなる。

「あ、バクシンお姉ちゃん!!」

「おおっ!!あなたも私たちとバクシンするつもりなのですね!!いいでしょう、いいでしょうとも!!
短距離だろうが長距離だろうが、道はただ一つ!!ひたすらに鍛えてバクシンするのみですっ!!」

「あ、あのお……」

キタサンブラックはさすがに軽く引いている。私は咳払いをして割って入った。

「嬉しいのは分かるが、程々にな。ああ、キタサンブラックだったね。話は聞いている。私が彼女の担当トレーナー、天王寺だ」

「はい、よろしくお願いします!!お話はお姉ちゃんからかねがね聞いてます」

「話?」

「はいっ!とても優秀なトレーナーさんで、いつも美味しいラーメンを食べさせてくれるって」

※ゾロ目で……

※特になし

「ははは……君にまでラーメンの話が行っていたか」

思わず頭を掻く。すっかり「ラーメンのトレーナー」になっている気がする。

「あ、もちろんそれだけじゃないですよ?トレーニングとか、すごくちゃんと鍛えられるんだって。
見た目はちょっと怖いけど、頼れる人だって聞いてます」

「むむむ」とカレンがキタサンを覗き込んできた。

「あの、この方は……」

すぐに表情をいつもの営業用スマイルに変えて、カレンが答える。

「カレンチャンです♪ヨロシクね♪」

「あ、この方がカレンチャンですね!いつもウマスタ見てます!!」

「見ててくれるの!?うれしいな~」

といいつつも、目はそう笑ってもいない。意外とブラコンの彼女は、基本私に近付く異性を警戒する。
バクシンオーはあの性格だから、恋愛関係にはならないだろうと彼女も安心しているが。母を早くに亡くしたせいか、独占欲は強めなのだ。

「……まあ、とにかく4月からよろしく頼む。うちのチームは短距離からマイルに特化しているから、君に合うかは怪しいが」

「そうなんですか?」

「私のトレーニングは速筋を中心に鍛えるものだ。何分、ボディービルダーとしての顔もあるものでね。
だから、長距離が得意な君に合うかは自信がない。それでも、というなら歓迎するが」

※キタサンの反応
01~40 そうなんですか……
41~70 でもお姉ちゃんと一緒がいいです!
71~90 もう行くところは決めているんです(再判定)
91~98 もう行くところは決めているんです
99、00 ???

キタサンブラックは肩を落とす。

「そうなんですか……」

「遅筋を鍛えるメニューを組んでやれなくはないが……申し訳ない。ステイヤー寄りなら、塩田……いや、三田村トレーナー辺りかな。よかったら紹介しよう」

塩田トレーナーの名前を出しかけてやめたのは、あのチームがあまりに個性派揃いだったからだ。
パーマーはともかく、ゴルシや海外留学中の「あの2人」は教育上あまりよろしくない。

「三田村トレーナーさんですね!分かりました!」

「キタちゃん、そろそろ行くよー」

栗色の髪の少女がキタサンブラックを呼んでいる。「ダイヤちゃんが呼んでるので、失礼しますね!」と彼女は去っていった。

「お兄ちゃん、よかったの?」

「適性が合ってないチームに入れさせるのも酷だろう。基本は個人の意志だ。お前こそ、随分と警戒してたが?」

「むう、まあそうだけどー」

「流石にそういう趣味は私にはないぞ」

「そういうのじゃなくて。お兄ちゃんが可愛がっていいのは、私だけだもん」

「私も結婚適齢期を過ぎかかってるのだがな……」

まあ、そもそもこの図体と風貌では、相手もいないか。苦笑しつつ、一度部屋に戻ることにした。



「キタちゃんの歓迎会をやりましょう!」

トレーニングが終わると、おもむろにバクシンオーが手を挙げてきた。

「歓迎会?」

「そうです!チームに入れずとも、トレセン学園でともに過ごす仲間!ならば学級委員長として、導いてあげるべきでしょう!」

「まあ、構わないが。今週末なら、いつも通りチートデイをやるから、その辺りだな。彼女の好物は聞いているか?」

「ハイッ!!『富山ブラック』というそうです!!」

「『富山ブラック』?」

レッグプレスを終えたカレンが、汗を拭きながら訊いてきた。

「富山のご当地ラーメンだ。醤油が利いていてしょっぱく、ご飯のおかずにもなるようなものだが……」

「何かあまり冴えない表情だね」

私は頷いた。

「はっきり言えば、東京、いや首都圏にマトモな富山ブラックの店は、ないのだ」


「そうなの?」

「あるにはある。が、基本的にはチェーンだ。あと、富山ブラックは好き嫌いがかなりハッキリ分かれるからな……。本物の富山ブラックを食べたいなら、本場に行くしかない」

私は腕を組んだ。そう、それしか手がない。
ただ、できるだけウマ娘の望むもので、かつ良いものを食べさせたいというのが、私のチートデイの心情だ。
すっぱりと諦めて、別のジャンルにするか……


……そういえば。


私はスマホを手に取った。

「どうしたんですか、トレーナーさん!?」

「いや、ひょっとしてと思ってな……あ、やはりそうだ」

レギュラーメニューではない。富山ブラックとも違う。見た目が近い、全く別のラーメンかもしれない。
さらに言えば、これは恐らく、いや間違いなく女性向きの店ではない。キタサンブラックが引く可能性はそれなりにある。


だが、「首都圏で富山ブラックらしいものをを食べる」なら、ここしかない。


「……決めたぞ。キタサンブラックに連絡を入れてくれ」






第9R 「豚星。」



少し休憩します。

提督「嫌われスイッチ?」明石「はいっ」
提督「嫌われスイッチだと?」夕張「そうです!」
提督「嫌われスイッチだと?」夕張「そうです!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428849410/)
魔剣転生というスレの作者ですが、断筆する事に致しました。
魔剣転生というスレの作者ですが、断筆する事に致しました。 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1602503948/)

外野の反応に負けてエタった先人たち
彼らの冥福を祈りつつ我々は二の舞を演じない様に注意しよう



「ここ……ですか?」

戸惑い気味にキタサンブラックが言う。それもそのはずだ。

「お兄ちゃん、ここって『二郎インスパイア』じゃない?」

訝しげにカレンが言う。店内はもう満席で、何人かの学生らしき客が山のように積まれた野菜を崩しながら麺を啜っている。三田村嬢も目が点だ。

「『じろうインスパイア』?」

「ラーメンの一ジャンル、ですよ。ラーメン二郎という系列のラーメンを真似た……というよりインスパイアした店のことです。
山盛りの野菜に大量の麺、そしてこってりとした豚骨スープにニンニク、そして豚の塊がデフォルトですね。
ただ、量の多さと殺伐とした雰囲気から女性向きじゃない。私が少し躊躇したのも、そこにあります」

「え……朝から、この量ですか……」

「量を半分に減らせば、普通の量にはなりますよ。あと、富山ブラックに近いものを食べさせるとなると、クオリティーの面からここしかなかった」

「……分かりました。ものは試しです、やってみます」

食券機で「ブラックデビル」を5枚購入する。
基本大食のウマ娘たちはともかく、三田村嬢には麺半分を勧めたのだが、なぜか「そのままでいいです」と譲らなかった。……まあ、残したら私を含めて誰かが食べればいいだろう。

「お兄ちゃん、そもそもこの『ブラックデビル』って何なの?」

「それを説明するには富山ブラックとは何か、を説明しないとな。
富山ブラックの特徴は、『濃度の高い醤油スープ』『ブラックペッパーによるインパクトのある味わい』そして『それらを支える鶏ガラスープ』にある。
スープは店によっては鰹節を入れることもあるらしいがな。元々は労働者のために、塩分補給を主としておかずになるラーメンを、ということで作られたらしい」

「へえ。でもここって二郎インスパイアだよね?」

「そう。だからスープの骨格が違う。こっちは豚骨だから、味が本家よりマイルドだ。
さらに、野菜から来る甘みと豚の脂味が加わるので、また少し違う味だな。ただ、富山ブラックに近いものというと、ここしかなかった」

キタサンブラックが申し訳無さそうにうつむく。

「ごめんなさい、無理を言っちゃって……」

「何、構わんよ。美味しいものを好きなだけ食べる、これがチートデイだ。気にすることはない」

そう言っていると、まとめて席が空いた。私たちの順番のようだ。


しばらく待つと、「ニンニク入れますか?」と訊かれた。

「え、ニンニク?」

「ああ、三田村トレーナーとキタサンブラックは二郎系は初めてだったね。要はトッピングだ」

上にはトッピング一覧が貼られている。ラーメンとつけ麺、まぜそばと辛麺とでそれぞれトッピングが異なるのも、ここの特徴だ。

「二郎系では『呪文』のようにトッピングを注文することもあるが、基本気にしなくていい。私は、ヤサイニンニクでお願いしよう」

「うーん、カレンはデフォにしよっかな。あまり積むとウマスタ映えしないし」

「ハイッ!!私は全部で「彼女もデフォで」」

「何で止めるんですかトレーナーさん!!」

私は無言で向こうの太めの客を見るようバクシンオーに促した。視線の先には、別盛りの野菜だけが入った丼と、すり鉢状の巨大丼がある。

「あれを食べられるのは、トレセン学園でもオグリとスペくらいだぞ」

「にょわっ!!?わ、分かりました……」

「というわけで、あとのもデフォで頼む」

しばらくすると、店員が丼を運んできた。うず高く積まれた野菜の下に、どす黒いスープが見える。豚は恐らく底に沈んでいるのだろう。

「これが『ブラックデビル』だ」


「すごい量……というかこれって?」

カレンが細長く黒い物体を指差した。

「キクラゲだな。これもいいアクセントになる。じゃあ食おう「バックシーン!!!」」

すごい勢いでバクシンオーが食べ始めている。

「これはっ!しょっぱいですっ!!でもコクがあって……むぐっ、箸が、止まりません!!」

麺をリフトアップし、レンゲを使いながら野菜と位置を逆転させる。そして全体を混ぜた後、一気に太麺を啜り込んだ。


パシーンッッ!!!


ワイシャツのボタンが弾け飛んだ。……美味い。濃厚な二郎系ならではのスープに、醤油がしっかり絡んでいる。
普段のカネシ醤油とは違い、醤油そのものが強く主張する。そこにピリッとしたペッパーの刺激。
本家よりも、しょっぱさは感じない。いや、あるいはご飯の代わりを野菜がしているのか。野菜の甘さが、スープの強さを中和しているとでも言おうか。

「あっ!!……意外と、食べやすいです。それに、クドいかと思ったけど……飽きが来ないですね」

「はいっ!富山ブラックとは違うけど、これはこれで美味しいです!!でも、富山ブラックといえばご飯……」

「追い飯は頼めるぞ、無料で。……全部食べ切れるならだが」

「本当ですか!!じゃあ頼んじゃお♪」

キタサンブラックは上機嫌だ。しかし、このブラックデビルの問題は、ここからにある。
半分ほど食べたところで、やっと豚の頂上が顔を出した。そう、この豚は……

「ツァーッ!!?」

バクシンオーが奇声をあげた。箸には、巨大な豚のブロックがある。

「え……これって」

「『豚』ですよ。チャーシューに相当しますが、ここの豚はとにかくデカい。柔らかいし、脂多めなので実際食べる所は多くはないですが」

三田村嬢が顔を青くしている。一般女性客は普通の二郎系より多めの店だが、さすがにこれは刺激が強かっただろうか。

私も豚に取り掛かるとする。箸だけで千切れるほど、豚は柔らかく煮込まれている。噛むと脂がジュワッと広がった。このしょっぱいスープには、この脂がまたよく合う。
そしてクドくなった口内を、キクラゲで中和する。食感が違うのもいい箸休め。非常によく考えられた組み立てだ。

※三田村トレーナーは
01~60 残した
61~85 頑張って食べきった
86~99 ごちそうさまです!
00 ???



「ごめんなさい、やっぱり忠告に従うべきでした……」

店を出ると、三田村嬢が申し訳なさそうに頭を下げた。結局半分強を食べた所でギブアップし、その分は私が食べたのだった。

「いや、最初からはなかなか難しいですよ。にしても、なぜ普通盛りを」

「それは……せっかくだから、同じものを食べてみたかったんです。でも、ご迷惑をおかけすることに……」

「ハッハッハ、この程度なら問題ないですよ。食べた分はトレーニングで燃焼させればいいだけのこと。
むしろ筋肉が喜んでくれたので、これはこれで問題ありませんな」

「フフッ、やはり、天王寺トレーナーは優しいですね」

「……優しい?」

「ええ。いつも人のことを第一に考えてくれます。キタちゃんのリクエストにも、なんとか応じてくれようとしましたし」

「そうですよ!本当に美味しかったです!!今度、お父ちゃんにもお店を紹介してあげたいくらいです!!」

キタサンブラックがピョンと飛び跳ねた。

「そうか、気に入ってくれたならよかった。……さて、まだ昼前だがどうする?休日だし、どこかに寄ってもいいが」

※その時……

01~35 電話が鳴った
36~70 じゃあ、せっかくだし中華街へ!
71~90 えへへ、実は……
91~00 誰か登場



その時、電話が鳴った。……知らない番号だ。


何か胸騒ぎがする。スマホの通話ボタンをタップした。

「もしもし、天王寺ですが」


『久し振りだな、天王寺』


少し高めの、男の声がした。この声には、聞き覚えがある。……まさか。しかしどうやって?


「……あなたは」

『オイオイ、忘れたのか?まあ10年以上も会ってないから仕方ないか。それとも、俺のような人間は取るに足らないか』

間違いない。この、皮肉めいた言い方。この男は。


「……芹沢さん、ですね」


『やはり覚えていたか。まあ、さっきのは冗談だ。トレセン学園に来たら、お前は外出中と聞いてな。それでトキノ……じゃなかった、駿川君に電話番号を聞いて、連絡を取ってみたというわけだ。今、どこだ』

「元住吉です。戻るまでは、1時間以上かかるかと」

『元住吉……ああ『豚星。』か。大方チートデイってとこだな』

行動パターンを当てられている。いや、むしろ驚くべきはその知識だ。何年も日本を離れていたのに、有名店の情報が頭に入っている。

「流石、ですね……どうして電話を」

01~50 お前に紹介したいウマ娘がいる
51~95 いや、声を聞きたかっただけだ
96~00 この後、飲みに行かないか


『いや、声を聞きたかっただけだ。俺もこの後、用事があるんでね。
何より、デートを邪魔するほど無粋じゃない』

クックック、という笑いが聞こえてきた。

「用事?」

『そうだ。まあそれはいずれ分かる。まだ着任までは間がある。その時になったら、また会おう』

そう言うと、一方的に電話は切られた。

「誰、ですか?」

心配そうに三田村嬢が訊いてきた。

「芹沢さん、です。今トレセン学園に挨拶に来たと。用事はそれだけのようでしたが」

「本当に、それだけですか」

ただ事ならぬ気配を察したのだろう。私は彼女に微笑みかけた。

「ええ、大丈夫です。……とりあえず、場所を変えましょうか」



その後、私たちはひとしきり中華街とみなとみらいで遊んだ。だが、心はどうにも晴れなかった。


何故芹沢さんは、私に連絡をしてきた?そしてなぜ、休日のトレセン学園を訪れていた?


それが分かるのは、しばらくしてのことだ。


第9話 完

今回はここまでです。

予告した通り、4月から更新頻度が落ちます。
リサーチもしにくくなりますが、その点ご容赦下さい。
(都内特定箇所周辺は行きやすくなりますが)

次回のウマ娘を決めます。安価下1~5でコンマが最も大きいものとします。

シリウスシンボリに決定します。

続いてテーマを決めます。安価下1~5で最もコンマが高いものです。



シリウスシンボリは挑戦的な笑いを浮かべている。私は思わず眉をひそめた。


トレセン学園には「問題児」と呼ばれるウマ娘が何人かいる。その多くは「トラブルメーカー」という意味だ。
ゴールドシップはその代表と言える。海外留学中の「あの2人」も同じベクトルだ。
ただ、彼女らは学園の秩序に挑戦するようなスタンスではない。あくまで好き放題やった結果がトラブルになっているだけだ。

シリウスシンボリは違う。彼女は明らかに「異物」だ。
彼女の親族がどういうものかは詳しくは知らない。ただ、相当な富豪……それも裏に近い立場の富豪であるらしいとは聞いていた。
そして、彼女はシンボリルドルフと何度も衝突してきた。昔馴染みとのことだが、犬猿の仲であるのは周知の事実だ。

そんな彼女が何を考えているのか。恐らくろくなものではないだろう。
むしろこの素行でよく今まで退学処分になっていなかったものだ。


私は溜め息をついた。


「君一人でやればいいだろう」

「いや、芹沢達也の知人で、ある程度心を許す存在であるアンタがいた方がスムーズに話が進むってもんさ。だからここに来た」

私は「必要ない」と言い掛けて止まった。


……芹沢さんは復讐を考えている。それはどういうものだ?
そしてそれが、トレセン学園を揺るがすものだとしたら?シリウスシンボリは、それを止めるためにここに来たのではないか?


断るのは簡単だ。だが、恐らく協力なしで芹沢達也の過去と狙いを知ることは、不可能に思えた。
彼女としても、芹沢さんに近付くには、私の力が必要なのだ。

「……分かった」

シリウスシンボリの笑みが深くなった。

「いいねえ。アンタなら分かってくれると思ってた。とりあえず、情報屋に会いに行く。明日、銀座6丁目の『Seraphim』というバーだ」

「情報屋?」

「私の家はまあ丸めて言えば『セキュリティーサービス』だ。このトレセン学園にも、私の実家の力は及んでる」

「セキュリティーサービス」……なるほど、そういう家か。

幸い、明日はレース明けのバクシンオーはトレーニングを休む。カレンもまだ本格的なランニングの許可は下りてない。

「……了解だ」

「ついでと言っちゃなんだが、一杯馳走してくれ。今回の依頼料代わりだ」

シリウスシンボリが、ニヤリと口の端を上げた。




第10R 「むぎとオリーブ」



一時中断します。オリジナル設定が多くすみません。
シンボリルドルフとシリウスシンボリの正確な関係は現状不明ですが、次回更新時にその辺りのオリジナル設定が出ますのでご注意下さい。



「よう」

指定時間に待ち合わせのGINZA SIXに着くと、ホットパンツに暗色系のジャケットを着たシリウスシンボリがいた。遠巻きに若い女性が彼女を見ている。
学園でもそうだが、彼女はやけに同性からモテる。彼女にそういう気があるのかは知らないが、その事実を上手く悪用……いや利用しているらしい噂は聞いていた。

「随分目立ってるな」

「あんたもな。その図体にピチピチの背広は、何とかならないか」

「生憎私に君のようなファッションセンスはなくてね」

「ハッ!違いないね。じゃあ、まず腹ごしらえと行こうか。この近くで軽く食う所はあるだろう?」

「まあ、な。何がご所望だ?」

「分かってて聞いてないか?もちろん、ラーメンだよ。芹沢達也同様、あんたもラーメンには詳しいと聞いててね。噂が本当か、まず確認したい」

私を試しているのか?何のために?
まあ、依頼料代わりに奢ることは何の問題もないが。

「……まあ、いいだろう。すぐ近くだ」

GINZA SIXを出てすぐ、目当ての店は見つかった。

「『むぎとオリーブ』……変わった店名だな」

「オリーブは使ってないが、独特の一杯を出す店だ」

店内にはジャズが流れている。清潔で洒落たカウンターには、女性客が目立っていた。

「看板メニューは『鶏・煮干・蛤のトリプルSOBA』か。ミシュランにも載ったみたいだな……権威とかは全く気に食わねえが」

「権威で選んだわけじゃない。銀座で選ぶなら、ここか『八五』だ。八五は恐ろしく並ぶから、こっちにしたまでだ」

「私も並ぶのは嫌でね。お気遣いどうも、だ。
しかしトリプルスープか。何でも混ぜればいいってものでもないだろうに」

「その通りだ。スープを混ぜるほど個性はぼやけ、ハッキリしない味のラーメンになる。
だから大体はダブルスープまでだ。クアドラプルスープの店もあることはあるし、そこもかなりハイレベルだが、職人が凄腕じゃないと話にならない」

席に着くと、貝系の香りがほんのり漂ってきた。そう、スープを足し合わせるには微妙なバランス感覚が要る。そして、軸となるスープも。

待つこと数分。丼と小皿がカウンターに置かれた。

「……何だこれは」

「見た目から珍しいだろう?これがここのラーメンだ」

丼には蛤が数個に春菊。そしてねじり蒲鉾に焼いた山芋が配されている。
支店も日本橋やさいたまにあるが、これほど個性的なビジュアルは、本店だけだ。


「見た目を妙にすりゃいいってもんじゃねえだろ」

「だが、型に囚われない料理こそラーメンだ。無限の自由が許されているからこそ、私はこの料理が好きなのだよ」

シリウスシンボリは軽く目を見開き、ニヤリと笑った。

「……なるほど、そう来たか」

彼女が私を試しているのは何となく分かった。要は、信頼に足る人物かの最終チェックなのだ。
高級フレンチやイタリアンなど、彼女が恐らく最も嫌う類いのものだろう。
権威に寄りかからず、自由を誰よりも好む。そんな彼女の性格を鑑みれば、ここは最適のチョイスと言えた。

「とにかく食おう。麺が伸びる」

レンゲでスープをすくい、一口飲む。最初に感じたのは、蛤から来る貝の濃密な風味。それを煮干しの香りが追いかけ、鶏のコクが後に残る。
複雑だが、ボヤケてはいない。素晴らしいバランスだ。

そして麺を啜る。細麺ストレートで、パツパツとした噛みごたえ。スープとしっかり絡んでいる。


うむ、旨い。


パシーンッ!!


「うおっ!?ボタンが取れたぜ!?」

「気にするな、いつものことだ」

「いつもなのかよ……しかし、なかなか面白いな。幾つもの『香り』がここには封じ込められてる。いや、食感もか。
味の薄い山芋と蒲鉾が、いい箸休めになってやがる」

さすがに味には敏感であるらしい。私は小さく頷いた。
良いラーメンは、往々にして幾つもの要素が組み込まれているものだ。最初から最後まで同じ味で通すなら、余程の強い味が要る。
それを実現しているのは「伊吹」をはじめとした極一握りだ。ならば、複数の香りと味、そして食感を詰め込んだ方が近い。
とはいえ、それには高い技術が要る。この道もやはり険しいのだ。

低温調理の鶏チャーシューを口にする。これもしっかり味が乗っていて美味い。
そして蛤。やや小振りだが身がしっかりしていて、貝の風味をちゃんと味わえる。決して添え物ではなく、複数個乗っているのも良い。


気が付くと、一気呵成に丼は空になっていた。

少し休憩。ストーリーパートは後ほど。



「お待ちしておりました」

「……君か」

サトノダイヤモンドと共に会議室に入ると、シンボリルドルフが軽く一礼した。

「芹沢トレーナーのこととは聞いている。やはり君も噛んでいたか」

「ええ。どうぞ」

シンボリルドルフと向かい合って座る。いつもの温和な表情は、そこにはない。

「あの人がここに来た経緯は、シリウスシンボリから聞いている。私に彼のコントロールを頼みたいとも言ってきたが」

「ええ。彼の目的は10年前の復讐にあるのは、こちらも把握しています。無論、秋川理事長も。
それでも彼を呼び寄せたのは、反主流派への威嚇が一つ。それと……このトレセン学園の競争力強化に繋がると踏んだからです。そして、それを芹沢トレーナーも認識している」

「??どういうことだ」

サトノダイヤモンドが私を見た。

「私がこの件についてシンボリルドルフ会長やシリウスシンボリさんと協力しているのには、2つ理由があります。
まず、里見家……私の実家にとって、反主流派は商売敵のようなものであること。
そしてもう一つは、芹沢トレーナーが連れてきたブリュスクマンというウマ娘について、情報を持っているからです」

「……話が見えないな。そもそも、あのウマ娘は何者なんだ。香港にいたとは言ってたが」

「クラちゃん……私の親戚で、やはり香港に留学していた新入生がいます。彼女が一度も勝てなかったのがブリュスクマンさんです。
その後イギリスでもジュニアレースのタイトルを総ナメにしたと聞いてます。芹沢トレーナーの言う通り、世界最強のウマ娘の一人でしょうね」

シンボリルドルフが頷く。

「そう、芹沢トレーナーは私達に条件を突き付けてきたのです。『半年以内にブリュスクマンに勝てなければ、10年前の真相を全てばらまく』と。
要は、私達を、トレセン学園を試しているのです。『この10年間、進歩がないなら潰れてしまった方がマシだ』と」

私は腕を組んだ。なるほど、実力主義の芹沢さんらしいといえばらしい。

「コントロールを頼みたい、というのは芹沢さんの暴走を抑えるというだけでなく、『芹沢さんに勝てるウマ娘を育てろ』ということでもあるわけか」

「シリウスはブリュスクマンのことまで知らなかったとは思いますが。まあ、そういうことです」

「しかし、私の専門は短距離とマイルだ。速筋線維を鍛えるならいいが、ブリュスクマンの得意距離は」

サトノダイヤモンドが目を閉じる。

「中距離、ですね。長距離も走れるとは聞いてますが、強いのは2000~2400」

「……なるほど。それでも私に頼むのは、私が芹沢さんのことをある程度知っている人間だからか」

「そういうことです」

「だが、ブリュスクマンを誰が倒す?新入生から候補を探すことにはなりそうだが」

・3の倍数「それには及びません」
・3の倍数以外「新入生でなくてもいいですが……」
・9の倍数かゾロ目「そう言うだろうと思いまして……」


「新入生でなくても構いませんが、中等部までの誰かを条件には挙げてました。私でもいいのですが、あいにくチームシリウスに入るのが決まってまして……」

「今の時期で野良でやってる生徒は厳しいだろうな……」

私は天井を仰いだ。これはいよいよ難題だ。誰かと協力して育成に当たるか、自分で発掘するか……どちらにせよ簡単ではない。

「ブリュスクマンについて、他に情報は?」

「副会長のエアグルーヴがある程度は。彼女の母親が幼少期のブリュスクマンの面倒を見ていたとは聞いてます」

「ダイナカールさんか」

偉大なるウマ娘にしてトレーナー。そのダイナカールが基礎を固め、芹沢さんがそれを完成させたのがブリュスクマンか。どう考えても弱いはずはない。

「エアグルーヴ君はどこに」

「桜花賞の応援で阪神に。連絡取りますか?」

「……いや、戻ってきてから話そう」

さて、どうしたものか。芹沢さんはこうと決めたことは曲げない。ブリュスクマンに勝てるウマ娘をどう見つけ、育て上げるか……

※会議室を出た後……

01~30 誰とも会わない
31~70 誰かと会う(除く芹沢)
71~95 誰かと会う(???)
96~00 ここにいたか



「ここにいたか」

サトノダイヤモンドと会議室を出た、その時だ。まるで待ち構えていたかのように、そのスキンヘッドの眼鏡の男がいた。

「……芹沢さん!?」

「大方シンボリルドルフから俺についてのブリーフィングを受けてたってとこだな。生徒会長室かここかと思ってたが」

「何もかもお見通し、ってわけですか」

「一応言うが、俺に他意はない。実力のない連中がのさばるのはゴメンというだけだ。今も昔も。
10年前も実力がない奴がでかい顔をしようとしていたから動いただけだ。ハメられたのは俺の未熟さからだが」

芹沢さんの目がサトノダイヤモンドに向いた。彼女はビクッと震え、私の後ろに隠れる。

「サトノダイヤモンドか。話は聞いてる。里見家御令嬢にして、新入生屈指の実力らしいな。……なぜシリウスに入った」

「……あなたには関係がないことです」

「確かに沖野は優秀だ。が、俺に勝つには足りない」

フッ、と見下したような笑みが浮かび、すぐ消えた。

「私なら、とでも言いたげですね」

「事故がなければカレンチャンは香港スプリントを圧勝していたはずだ。うちのゴールデンシックスティーともいい勝負ができただろう。
お前はまだ俺には及ばないが、近付いてはきている」

「買い被りすぎですよ」

「まあいずれは分かる。せっかくだから、これから飯を食いに行くか?俺の奢りだ」

「……ラーメン、ですか」

ニヤリと芹沢さんが笑った。

「話が早いな」

※芹沢が連れて行くラーメンのジャンルか店を決定します。
安価下1~5、コンマが最も大きいものとします。
店の指定の場合、実食していない場合は断ることがありますがご了承ください。




第11R「インディアン」





「私たちだけでいいんですか」

駐車場に向けて歩く芹沢さんに言う。彼は不思議そうにこちらを振り返った。

「あ?担当のウマ娘も連れて行きたいのか?」

「いや、ブリュスクマン……あの娘に声はかけなくても」

「ああ、あいつはあまりラーメンが好きじゃなくてな。食事は徹底して管理しないと気が済まんらしい。
チートデイにしても、バランスをやけに重視したがる。困ったもんだ」

芹沢さんは肩をすくめた。

※70以上で誰かと遭遇

※特になし

「で、どこに?」

「お前、カレーは好きか」

「あ、まあ人並みには。カレーラーメン、ですか」

はあ、と芹沢さんはわざとらしい溜め息をついた。

「相変わらず考えが堅いな。そもそも俺がカレーラーメン屋に連れて行くと思ったか?」

「……まあ、確かに」

カレーラーメンを出す店は、最近それなりには増えてきた。「豚星。」のように本格的なエスニックと二郎系を融合させた斬新な一杯を出す店もある。
ただ、カレーラーメンには大きな弱点がある。それは……

「天王寺トレーナー、どういうことなんですか?」

「カレーにラーメンを合わせる必然性……ですね?」

芹沢さんが頷いた。

「そう。麺を中華麺にする意味がない。うどんは分かる。より厚みがあり、小麦の味も強く出るからな。
だから、巣鴨の『古奈屋』のようなベクトルでの進化があり得た。だが、ラーメンでやると『1+1=2』にしかならない。それ以上にできる店は、極々限られてる」

「二郎系と絡める店は出てきましたよ」

「だが、少ない。相当な技量が要るからな。
そもそも俺が連れて行くのはカレーラーメンの店じゃない。『カレーとラーメン』の店だ。『インディアン』は知ってるか?」

私は首を振った。芹沢さんが「使えない」と言わんばかりにまた溜め息をつく。

「ラーメンばかり詳しくなって視野が狭まってるな、お前。俺はガッカリだ」

「……」

別にラーメンばかり食べているわけではない、と反論しようとしてやめた。視野が狭いという言葉に、いささか思い当たるフシがあったからだ。

芹沢さんが嘲り笑うようにして続ける。

「そもそも『旨いもの』じゃなきゃ意味がないと思い込んでないか?違う、違うね。
行く前に言っておく。これから行く店は『マズい店』だ。ラーメンもカレーも、正直旨くない。だが、食う価値が大いにある」

「どういう……?」

「食えば分かる。そして、お前に何が欠けてるかも分かるはずだ」

一時中断します。



芹沢さんのヤリスクロスは首都高に入った。どうにも空気が重い。それを察したか、サトノダイヤモンドが切り出した。

「芹沢トレーナーって、香港にいたんですよね。クラちゃん……サトノクラウンとも面識が?」

「ああ。里見家の分家の娘か。あれはなかなかだったな。ブリュスクマンがいなければ、香港でも名を馳せてただろう」

「ブリュスクマンさんって、どんな人なんですか」

芹沢さんが少し顔をしかめた。

「それを聞いてどうする」

「これからトレセン学園で過ごす仲間ですから。少しでも知りたいなと」

「ハハハハハ!!!面白いな、『仲間』と来たか!里見家の御令嬢、随分能天気だな。札束で殴るのを好むあの親父にしては平和主義な娘だ。
それとも何か、情報を聞き出すことで弱点でも探ろうと?そんなに俺は甘くない」

「……そういうわけでは」

「冗談だ。まあ堅物だよ。勝利こそ至高というのは俺の教えでもあるが、あの女の影響が大きいようだな」

「ダイナカールさん、ですか」

ニヤリ、と芹沢さんが笑う。

「本格デビュー前の、小学校低学年専門に指導している理由は俺にも分からんがね。
俺はまだ会ったことがないが、あいつの娘もあんなキャラクターなんだろ。どこか飄々としていて、掴み所がない奴だ」

エアグルーヴの性格とは随分離れているようだが、それは言わないことにしておいた。



車は蓮沼駅前のパーキングに停められた。すぐに何人かの列が店の前にできているのが見えた。

「『武田流古式カレーライス 支那そば』……武田流とは」

「ここの創業者の名字だよ。資生堂パーラーの出身だったらしいが、故人でもう今はいない。何せ創業70年近いからな」

70年……一線級のラーメン店としては最古の部類に入る。なぜ知らなかった?

「セットメニューは食べ方があるんですね。『最初に支那そばを出して、頃合いを見てカレーをお出しします』……同時に出るわけじゃないんですね」

「そこが肝だ」

支那そばとカレーのセットを注文する。客はほぼ全員がこれか、半カレーのセットを頼んでいるようだった。


しばらくすると、透明に近いスープのラーメンの丼が、私たちの前に置かれた。見た目はクラシカルな塩ラーメンだ。
具もほうれん草にバラ肉のチャーシュー、ネギにメンマ、ゆで卵と珍しいものはない。

サトノダイヤモンドも少し拍子抜けしたようだった。

「……塩、ですか」

「まあ食え、俺たちは情報を食いに来たわけじゃない」

芹沢さんに促され、レンゲでスープを口にする。
塩ベースで鰹節の旨味がじんわりと口内に広がった。焦がしネギの風味がアクセントにもなっている。なるほど、丁寧な味だ。


だが、これは……


「味、薄いですね」

サトノダイヤモンドが呟いた。そう、薄い。淡いと言ってもいい。
芹沢さんの「清流房」の「淡口らあめん」も、旨味が玄妙で食べ手の舌を問うような繊細な味だった。

だが、これは……それにしても薄い。麺と食べれば味の骨格は少しはっきりするが、物足りなさは否めない。

「……店内で批判はご法度だぞ」

「すみません!つい……」

私とサトノダイヤモンドのやり取りを見た芹沢さんがニタリと口の端を上げた。

「いや、その反応は正しい。まさか天王寺、お前は味がしっかりしているとか言わないよな?」

「……!!いや、その……」

「まあいい。で、カレーが来たぞ」

皿に盛られたカレールーは、かなり黒っぽい。本格的な欧風カレーのようだが……

スプーンで一匙食べる。……今度は濃い。というより少し苦い。
スパイスや果物の複雑な味わいはある。だが、それを苦味が覆い隠してしまっていて、どこかぼんやりとしている。
まずくはないし、手間のかかったものだというのは分かる。だが、メニューにある「このカレーより美味しいカレーがあったら教えて下さい」という店主の自負は、明らかに言い過ぎだ。

芹沢さんはというと、ニヤニヤしながらこちらを見ている。これを食べさせることの意図は、どこかにあるはずだ。

そう思い、スプーンを箸に持ち替えて、ラーメンの麺を啜る。


……



…………



パシーンッッッ!!!





「うおっっ!!?」


「えっ!!?」


これは……何だ!?まるで、全く違うラーメンではないかっ!!


口の中の苦味が、淡いラーメンのスープで洗い流され、複雑なスパイスと野菜、果物の旨味が顔を出す。
それだけではない。スープの魚介系の旨味がそれを補強し、数段グレードアップした味へと変化している……!?

芹沢さんは麺を啜りながら、なおもニヤニヤ笑っている。

「どうだ?『不味いラーメンとカレー』の味は」

私はもう一度カレーを口にする。確かに苦く、癖がある。
しかしその後にラーメンを食べることで、その真価は発揮される。そういう設計のセットなのだ。
ラーメンの薄い味に舌を慣らさせておいて、その後で苦いカレー。そしてもう一度ラーメンに戻ることで、「1+1」は5にも10にもなる。


カレーラーメンの多くが実現し得ないシナジーが、ここでは実現していると言えた。


……シナジー……そういうことか!!


芹沢さんに視線を戻す。皮肉めいた笑みが、普通の微笑みに変わった。


「気付いたな」


私は頷く。芹沢さんは立ち上がった。

「俺が塩を送るのはここまでだ。あとは自力で俺の域まで上がってこい、天王寺。
車はお前がトレセン学園まで運転して帰れ。俺には寄る所がある」

「え」

「じゃあ、また学園で、だ」



「さっきの芹沢トレーナーの台詞、どういうことだったんでしょうか」

助手席のサトノダイヤモンドが呟く。

「思い込みに囚われるなということ、そして勝ちパターンは一つじゃないってことだな」

「……というと?」

「マズいと思っているものでも、組み合わせ次第で一線級の味になる。正面突破だけが、勝ち筋じゃないってわけだ」

「でも、それをどうやって」

私は彼女の顔を見た。確か、彼女はステイヤー寄りと聞いている。キタサンブラックもそうだ。
どちらも、マイルや短距離中心の私の育成方針とは噛み合わない。


……だが、協力すれば?彼女たちに恐らくは足りない、勝負所でのスパート力を身に着けさせることはできるのでは?
その逆もしかりだ。バクシンオーやカレンに持久力を付けさせる可能性を、私は排除していなかったか。


そうなると、手としては……


※90以上で次回登場キャラが1人固定

※通常ルート

今後の展開を以下のうちから決めます。

1 三田村トレーナーと協力してキタサンブラックを育てる
2 沖野トレーナーと協力してサトノダイヤモンドを育てる
3 誰かと協力してカレンチャンを育てる
4 その他

3票先取多数決です。

では3で決定します。

次回更新は週末予定です。




第12R 「神田とりそば なな蓮」





「天王寺トレーナー、遅くなるって」

そう告げると、カレンチャンの表情が明らかに不機嫌そうになった。

「……どのくらいですか?」

「分からないわ、急用が入ったって」

「……そうですか」

分かりやすく塩対応だ。そもそもここに来るまでも、彼女は終始無言でスマホを弄るだけだった。
それはそうだろう。彼女にとって私は天王寺トレーナーを奪う「敵」なのだ。
3人で食事という体で(もちろん天王寺トレーナーの協力も得て)彼女を誘ったのだけど、「どうしてもというなら」と反応は極めて芳しくないものだった。


……本当に上手く行くのかしら……


もちろん、天王寺トレーナーに急用が入ったというのは嘘だ。あくまで私たち2人で話し合うのが狙いだ。
確かに、腹を割って話した方が上手くいくかもしれない。だけど、失敗したら……

私は一度胸に手を当て、大きく深呼吸した。

なぜ天王寺トレーナーが、こんな提案をしたのか。それは私を信頼してくれているからに他ならない。
……でも、何を言えばいいんだろう。「お兄さんのために協力して」?それとも、芹沢トレーナーのことを、洗いざらい話す?

どちらも、多分上手くはいかない。カレンチャンは頭がいいだけじゃなく、我も強い子だ。あまりそうは見せないだけで。
取り繕った言葉はすぐに見透かされる。綺麗事を言っても、きっと「カレンには関係ない」と一蹴されるだろう。


……とすると。


「三田村さん?」

カレンチャンが訝しげに訊いてきた。そう、これしかない。

「いえ、何でも。予約していたお店に、先に行きましょうか」



「……まさか、居酒屋ですか?」

「ラーメン屋って聞いてたけど……」

店構えは少し渋めの居酒屋バーに近い感じだ。店選びは天王寺トレーナーがしてくれたわけだけど……大丈夫かしら。

店内に入ると、炭火焼鳥の香ばしい香りが広がっていた。ジャズが流れていて、小洒落た雰囲気ではある。

「予約していた天王寺ですが……」

「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

小上がりに通され、カレンチャンと向かい合う。彼女はいよいよ機嫌が悪い。

「本当にお兄ちゃん来るんですよね?来ないなら帰りますよ」

「ちょっと待って。……とりあえず、軽く注文だけしましょうか」

なるほど、ちゃんとラーメンもある。しかも、麺は国産ブランド粉と本格的だ。
ただ、いきなりラーメンというのも変だろう。ここはちゃんと頼んでおこう。

「ご注文は?」

「えっと……皮にねぎま、それにトマトを。あと……この『ちゃざく』というのもお願いします。飲み物は……ウーロン茶をふた……」

……ノンアルで、素面のままでやれるのだろうかと、ふと思った。未成年者の前でお酒は教育者としてマズい。


でも、本音をぶちまけるには、これだ。


「ウーロン茶と、『黒龍』をお願いします」

「かしこまりました」

店員が厨房に入っていくなり、カレンチャンが私を睨んだ。

「今頼んだの、まさかお酒ですか?」

「ええ。お兄さんが来る前で悪いけど」

「……信じられない。そんな常識のない人だとは思いませんでした」

「そうね、でも常識を超えないと、仕方のないこともあるわ」

やがて、お通しとウーロン茶、そして日本酒の入ったグラスと枡がテーブルに運ばれてきた。

私はそれを、一気に飲み干す。

「えっ??」

喉を熱い液体が流れていく。芳醇な香りと甘みが口の中に広がり、体温が一気に上がっていった。

「……ぷは」

「ちょっと……」

「ごめんなさい~、今のと同じの、もう一つで」

カレンチャンが、唖然とした様子で私を見ている。そんな彼女に、私は微笑んだ。

「ふふ。ちょっとテンション、上がっちゃった。ごめんなさいね、お酒の力を借りたかったの」

「……は?」

「知ってるの。あなたと天王寺トレーナーが、実の兄妹ということ。知ったのは、ここ最近だけど」

「まさか、お兄ちゃんが?」

「ええ。それで色々納得が行ったの。なんで私のことを、あなたが拒否したのか。
私はあなたにとって『泥棒猫』。そうじゃない?」


「……呆れた。そんなの、意識しすぎ……」

「でもないわ。確かに、私は天王寺さんが好き。だから、あなたが私を敵視するのも正しい」

カレンチャンは黙って私を見ていた。そして、絞り出すように呟く。

「……まさか、もうお兄ちゃんと」

「いいえ。今は完全な片想い。あなたが心配することは、何にもないわ」

運ばれてきたお酒を、一口口にする。

「でも、片想いのままいるつもりもない。だからこれは、一種の『宣戦布告』ってわけ」

彼女が歪んだ笑みを浮かべた。

「思ったより全然いい性格してますね。優等生キャラだと思ってました」

「あなたもね。『カワイイカレンチャン』は、あくまで余所行きの演技。そっちの辛辣な方が素でしょ?」

「お兄ちゃんから聞いたんですか」

「いいえ、単なる推察」

焼き鳥を口にすると、炭火の香りとともに豊かな肉汁が溢れた。ラーメン屋のレベルじゃない、本格的な地鶏の焼き鳥だ。

「……猫を被るのが上手いあなたには、こうやって本音で話した方がいいと思ったの。そうじゃないと、きっと信用してもらえない」

「本音を言ったところで、信用するとでも思いました?」

「いえ、思わないわ。でも、私にはこれしか思い付かなかった」


「なら話はこれでおしまい、ですね」

「そうね。でも、お兄さんはどうするの?」

「勝手に2人で仲良くやってて」

カレンチャンが立ち上がった。


……ダメだったか。賭けは失敗、か……


その刹那、彼女の顔が青くなった。


「……ってまさか、お兄ちゃんはあなたの気持ちを?」

「……分からない。嫌われてはないと思うけど、ただの同僚にしか思われてないかも」

カレンチャンは立ち上がったまま、身動き一つしない。どういうことだろう?

10秒ぐらいして大きな溜め息をつくと、彼女は再び座った。

「……参ったなあ。お兄ちゃんに一本取られちゃった」

「え?」

「とぼけないで。お兄ちゃん、来ないんでしょ?初めからお兄ちゃんの掌の上だった、そういうこと」

「……どういうこと?」

「お兄ちゃんの性格、知ってるでしょ?真面目な堅物で、ボディービルとトレーナー業、それとラーメンをはじめとしたグルメ以外に興味なし。
自分のプライベートのことなんて、絶対に話さない。もちろん、カレンが本当の妹なんて、多分同僚の誰も知らない」

彼女は串焼きのトマトを口にする。

「そんなお兄ちゃんが、カレンのことを話したということは……少なくとも、お兄ちゃんはあなたにはそれだけ心を許してる。恋愛的な好きかどうかは分からないけど。
多分、三田村さんがお兄ちゃんを好きだというのも、察してると思う」

顔が一気に熱くなった。これは多分、酔いのせいじゃない。

「えっ?ちょっと……」

「わっかりやすいなあ。カレンぐらいの年齢でもそんなウブな反応しないよ?
とにかく、お兄ちゃんがお膳立てをしたというのは、こうなることも予想済みってこと。
どうなるか分からないけど、三田村さんとはそれなりに長い付き合いになるかもだし。
嫌でも付き合わないといけないなら、ここでゴネててもしょうがないでしょ」

天王寺トレーナーが私を?いや、まだそういう関係になるとは分からない。
でも、そこまで好意がバレバレだったなんて……どういう顔で会えばいいんだろう。

ヤレヤレと彼女が苦笑した。

「言っとくけどお兄ちゃんはカレンのだからね?そこだけは譲らないから、覚えておいて。
というか、結構ウマスタ映えするお店だなあ。どんどん頼んじゃお♪三田村さんのおごりでしょ?」



それからカレンチャンとは色々なことを話した。ウマスタ映えする写真のコツや、題材の選び方。どこがいいお店なのかを見分けるポイントも教えてもらった。
ライスたちがよくカフェに行っているのも思い出した。あまり休日を一緒に過ごすことはないのだけど、一度誘ってみるのもいいかもしれない。

そうしているうちに結構な時間になった。ウマ娘としては少食と聞いていたけど、それでもカレンチャンの前には焼鳥の皿がうず高く積まれていた。……お金、大丈夫かな。

「じゃあ、そろそろ締めにしよ♪やっぱりラーメンだよねえ」

「え、まだ入るんだ……」

「ラーメンは別腹♪ってね。三田村さんもお酒強いね」

「ははは……そうかしら」

メニューには塩そばと醤油そば、それに新潟風煮干しそばもあるらしい。つけ麺まで含めると結構種類があるけど……

※コンマ下
6の倍数 塩そば
6の倍数+1 醤油そば
6の倍数+2 塩つけそば
6の倍数+3 醤油つけそば
6の倍数+4 鴨そば
6の倍数+5 新潟風煮干しそば

新潟風煮干しそばで決定しました。少々お待ち下さい。

更新は明日にします。




第13R




「天王寺トレーナー、お話が」

授業終わりの私を、三田村嬢が呼び止めた。確か、この前のカレンとの話し合いは上手く行ったとは聞いていたが……

「カレンの件ですね」

彼女は少し辺りを気にすると、小声で告げた。

「天王寺トレーナーのトレーナー室で。カレンチャンも交えて話した方が良さそうです」

すぐに部屋に戻り、カレンに声をかける。話の内容を知っているからなのか、「ああ、あの件」と言ってきた。

「あの件?」

「うん、すぐに分かるよ。でも、カレンも詳しくは知らないの」

ノックの音がして、三田村嬢を招き入れる。コーヒーメーカーのスイッチを入れ、休憩用のソファーに座らせた。

「で、何かお考えが」

「はい。『ラビット』を使うことにします」

「ラビット?」

三田村嬢が頷いた。

「はい。カレンチャンの脚を2400まで保たせるには、スローペースが不可欠です。それも、超スロー。
そして、それを作り出し、かつブリュスクマンに気付かれないようにさせるには、ペースを作る『ラビット』が必要なんです」

なるほど、一理はある。しかし、そこには重大な問題がある。

「マラソンで使われる手法ですね。だが、それは自分が負けることを前提に動かないといけない。何より、そういう絶妙なペースの逃げを打てるウマ娘なんてそうそう……」

「一人、心当たりがいます。これから彼女に交渉に行こうかと」

「誰ですか」

「……セイウンスカイです」

※コンマ下
5の倍数 三田村トレーナーが担当
それ以外 男性トレーナーが担当
ゾロ目 ???
55 ??????



「え、私に用ですか?しかも天王寺さんと三田村さんの二人で」

風祭トレーナーの部屋を訪れると、セイウンスカイはじゃがりこを食べながらダラダラしているところだった。

「ああ。風祭君は?」

「あー……フラワーの練習を見に行ってます。用があるのはトレーナーさんじゃなくて、私になんですよね。これからお昼寝タイムだったんですけど」

「すまん。風祭君にも話を通した方がいい話だから、出直した方がよさそうだな」

「んー、困っちゃいましたねえ。セイちゃんモテモテ!なーんちゃって。
とりあえず、そうしてもらえます?私はのんびり寝たい……」

その時、不意にドアが開いた。小柄な少女の隣に、少し不機嫌そうな顔の体格のいい青年がいる。

「またサボりか」

「ゲゲッ、聞かれちゃってました?」

「あとで校庭3周だな。……と、天王寺さんと三田村さんじゃないですか。どうしたんです急に」

「ええ、折り入って話が。セイウンスカイにあるお願いをしようかと」

「お願い、ですか」

風祭トレーナーが怪訝そうな顔になる。彼は有能で熱心な男だが、やや融通の効かない所がある。
セイウンスカイにラビットをやってもらうことを、すんなり受けてもらえるとは考えにくい。もちろん、彼女の説得も重要になるが。

「ええ。本当に心苦しいお願いですが」


私はブリュスクマンと、対ブリュスクマンに向けた作戦を話し始めた。一通り説明し終わると、苦々しげな表情で風祭トレーナーが首を振る。

「論外です。そもそもそれは一種の八百長行為だ。お二人ともに優秀なトレーナーだと思っていただけに心底残念ですよ、お引き取りを」

まあ、そう来るだろうと思っていた。この件、何のメリットも彼らにはない。
無論、それに対する反駁の準備はしている。

「お待ち下さい。これはあなた、そしてセイウンスカイが勝つ有力な手段でもある。
レースは大体半年後、東京2400にて行われると聞いてます。『スペシャルチャンピオンズミーティング』として、ダービー以上の規模で行われるものです。
無論、あなたとセイウンスカイは出るつもりのはずだ。そして昨年の菊花賞の再現を狙っている、そうでしょう?」

「……それが何か?」

「セイウンスカイの逃げは警戒されている。だから、単騎逃げは期待できない。ただ、そこにもう一人の逃げがいたら?
そして、その存在がペースの把握を困難にさせるのなら、どうなると思いますか」

「話が見えないんですが」

私は身を乗り出した。


「フェイク『馬鹿逃げコンビ』を作るんですよ。セイウンスカイと、私のカレンチャンの2人で」


セイウンスカイは少し下を向いて考える素振りをした後、「トレーナーさん、ちょっと席を外してもらえます?」と切り出した。

「え」

「いや、ちょいとお二人に相談事があって。トレーナーさんのことは信頼してますけど、女の子同士でないと言えない話もあるんですよー」

「……そうか。三田村さん、いいですか?」

「あっ、はい」

どうにも男性陣はお邪魔のようだと思い席を立ちかけると、「天王寺トレーナーも残って下さい」と言われた。どういうことだろう。
風祭トレーナーが部屋を出るのを確認すると、セイウンスカイが「はあぁ」と溜め息をついた。

「何か風祭君とあったのか?」

「いえ、何も。……何もないから困ってるんですよこっちは」

私は三田村嬢と顔を見合わせた。

「どういう意味?」

「まあその説明は後で。お二人の意見、よく分かりました。私もブリュスクマンっていう新入生の話は聞いてます。
『史上最強、世界最強の新入生』で、トレーナーが胡散臭いハゲメガネ。実力は間違いないってのも知ってます。
で、お二人の作戦も理解しました。でもそれ、多分私に負けろっていうことですよね?」

「……そうとは言ってないが」

「にゃはは、このセイちゃんにはお見通しですよ?私が逃げ粘るような展開になるなら、スピードで勝るカレンチャンが多分差せるって。
確かに私の勝ち筋はそれしかないし、私が勝つならその作戦しかない。でも、多分カレンチャンに負ける。スタミナが保つなら」

さすが、中等部でもトップレベルの頭脳があるとされる彼女だ。学力テストの結果はグラスワンダーほどではないが、それでも科目によっては学年1位になることも少なくない。

「こちらの狙いはお見通しだったというわけか……。すまないが、そういうことだ。
だが、今のところこれが打倒ブリュスクマンには一番近い。受けてはくれないか」

「このままだと私に得は何一つないですよね?だから、取り引きといきませんか?」

「取り引き?」

セイウンスカイが頷く。心なしか、顔が赤くなっているように思えた。

「あのー……ですね。私、トレーナーさんのことが好きなんです。ウマ娘としてじゃなく、女の子として。
でも、距離を詰めようと思ってもどうしたらいいか分からなくて。いつもついついごまかしちゃって。
そうしてる間にフラワーとどんどん仲良くなっちゃって。いや、そういうことにならないとは思ってますよ?
フラワーはまだ12だし。それに、私の幼馴染ですっごくいい子だから彼女を取られるのもやだし。
あーもうとにかく!お二人にはトレーナーさんと私をくっつけるお手伝いを……してもらえないかなぁって」

私は細い目を見開いた。……そう来るとは思わなかった。
三田村嬢も驚いた様子だったが、すぐに微笑んで話しかける。

「まずはお食事とか誘えばいいんじゃないかな?練習終わりとかなら、ある程度聞いてもらえるかも」

「……それができたら苦労しないですよ。理屈がないと……」

理屈、か。


……これだ。


「『チートデイ』を口実にするのはどうだ」



「『チートデイ』?」

私は定期的にバクシンオーやカレンチャンをチートデイに誘っていることを明かした。
筋力の効率良い増強に繋がる方法であることを説明すれば、風祭トレーナーも納得はするだろう。

説明が一通り終わると、「うーん……」とセイウンスカイが唸った。

「まだ質問が?」

「いや、どこに連れていけば喜ぶんだろうなって。というか、フラワーを仲間外れにするのもどうかと思っちゃって……」

「ニシノフラワーのことなら、歳の近いカレンチャンが何とかするだろう。路線が同じこともあって、仲も確か良かったはずだ」

「あとは風祭君の好みよね。いきなり高級店は無理があるし……」

「……あ」

パン、とセイウンスカイが手を叩いた。

「確か、トレーナーさんは福岡出身だって言ってました。で、こっちにはちゃんとした豚骨ラーメンがないってぼやいてたような」

「豚骨、か」

「心当たりあるんですか?」

「……まあなくはない。ただ、ちょっと女性にはキツい店だが、それでもいいか?」

「はい!それで距離が詰められるなら!」

そういうことなら店は決まりだ。あとは、我々も同行するかだが……

1 同行する(その後のデート?は結果のみ)
2 2人だけにさせる(セイウンスカイ1人称)

※3票先取です




第13R 高円寺「健太」



では2とします。少々お待ちを。


私は勇気を振り絞って何とか声を出した。

「あっ、でもでも、ほんっとうにセイちゃんお墨付きのとこなんですよー?だからねっ、行きましょうよ」

「……まあ、スカイがそこまで言うのなら」

風祭さんは微笑んだ。だけど、ほんのわずかに溜め息をついたのを聞き逃す私じゃない。
この人は嘘がつけない、不器用な性格だ。だから、たまに他のトレーナーと衝突することもある。
そういう曲げない生き方を好きになったのだけど、こういう時ぐらいは見せないでほしかったな。

でも、美味しいと分かればきっと機嫌も直してくれるはずだ。そして、そうなれば……うん、きっと上手く行く。……多分。



総武線から中央線に乗り継ぎ、私たちは高円寺に着いた。
電車の中では、どうにもギクシャクした感じになってしまった。またいつものように天気の話だけで終わっては話にならない。ムードをなんとか変えなきゃ。

場所は天王寺トレーナーから聞いている。この商店街を突っ切って行くんだっけ。

※道中で……

01~50 誰かに会う
51~70 誰とも会わない
71~95 行列に誰か並んでいる
96~00 ……あれは?

※出会ったのは……
01~35 ネイチャ(風祭トレーナーが担当)
36~70 ネイチャ(別のトレーナーが担当)
71~85 ネイチャ(三田村トレーナーが担当)
86~00 再判定


商店街に入った時、どこかで見たツインテールの少女が八百屋のおばちゃんと歓談していた。


……ゲゲッ、マズい!


「トレーナーさん、この道はやめときましょうよ」

「え、何でだ?」

「何でもかんでもですよ!ほらっ、行きまし」

「あれ?そこにいるのはひょっとして!?」

あー、もう……気付かれた。何で私っていつもこうなんだろう……思わず天を仰ぐ。

「ん、ナイスネイチャか?」

「あー、やっぱり。セイちゃんおいっすー。風祭トレーナーもご一緒で、どうしたんですか」

「ああ。ちょっと所用でね。君こそ奇遇だな」

「あー、ここアタシの地元なんですよー。おばちゃん、この人がトレセン学園のトレーナーさん。アタシの担当じゃないけど」

八百屋のおばちゃんと風祭さんが話し始めた。ネイチャは落胆している私に気付いたのか、申し訳無さそうに耳打ちする。

(ごめん、邪魔するつもりはなかったんだけどさ)

(あー……いいよ。何かこんなことになる気はしてた)

(デートでしょ?三田村さんから話は聞いてる)

私は目を丸くした。そうか、彼女は三田村トレーナーの担当なのだった。ここに私たちが来る可能性も聞いていたんだろう。

「そうなの?」

「しっ、声が大きい。どこのお店に行くかも大体聞いてる。あそこでしょ?」

彼女の視線の少し先には、数名の行列ができていた。どうやらあそこが目的地らしい。

「あー、うん。でもあんまり空気がよくなくてさ。ちょっと自信ないんだ……」

「まあそこはこのネイチャさんに任せなさい!ご飯食べた後にもう一度ここに来てもらえば、ばっちしデートルートを紹介してあげる」

「本当に!?」

「どうかしたのか、スカイ」

風祭さんが振り向いた。私は慌てて「な、何でもないです」と返す。

「じゃ、そういうことで。あそこマジで美味しいから、きっと気に入ると思うよー」

「ん?ナイスネイチャは誘わなくていいのか?」

「あー、アタシはもうご飯食べちゃったんで。また後でー」

そう言うと何事もなかったかのように、ネイチャはおばちゃんとの会話に戻っていった。
デートコース……最初は新宿でお買い物とか考えてたけど、高円寺で何かあるのかな。

※行列には……
01~85 誰もいない
86~95 誰かいる(再判定)
96~00 ん?あんたは……

上の判定を修整します。
96以上は特に何もなしです。

96以上以外は、の間違いでした。



行列に近付くと、何か異臭がし始めた。……何だろう、これ。獣の臭いというか、なんというか……
しかし、いい匂いとは到底呼べない。……これは大変な選択ミスをしちゃったのかも……

「トレーナーさ……」

「……この臭いは」

風祭さんが驚いたように鼻をうごめかした。

「え?」

「いや、間違いない。これが本物の豚骨の臭いだ。しかし、よく都内で……」

「これが豚骨ラーメンの臭いなんですか?」

「ああ。しっかりと骨から煮出しているとこういう臭いになる。ただ、下処理を中途半端にやった豚骨でスープを取った場合でも似た臭いになることはある。
本当にしっかりした豚骨ラーメンの店は、実は本場でもそう多くはないんだよ」

「そうなんですか」

「ああ。だから最近は福岡でもマトモな豚骨ラーメンを出す店は限られてる。東京で出会えるとは思ってなかったが……」

店には外との敷居がなく、まるで半分屋台みたいな感じだ。「中洲長浜屋台ラーメン初代 健太」とある。
店の中には「極悪スメルを味わってください」とある。なるほど、確かに強烈な臭いかも。

少し並んで食券機でラーメンを2枚買う。メニューは基本「豚骨ラーメン」だけ。ご主人一人で切り盛りしているらしい。

「福岡といえば、屋台ですよね」

「屋台のラーメンは大体観光客用の出来合いのスープを使ってるから、こんな臭いはさせてないんだ。
あと、スープを継ぎ足す『呼び戻し』は屋台でやるには難しいとも聞いてる。スープを使い切る『切り取り』が殆どだが、それでも長時間煮込まないから意外と味は薄い」

「そんなもんなんですかね」

「イメージと現実は、悲しいかな大分違うんだよ。……ここのが本物ならいいが」

風祭さんが少し寂しそうに言った。ひょっとしたら、向こうでも豚骨ラーメンは絶滅危惧種になりつつあるんだろうか。

そうしていると、「お待ち」との声と共に丼が2つ、私たちの前に置かれた。
スープの表面には油の膜が張っていて、スープは思っていたほどクリーミーな感じじゃない。むしろサラッとした感じだ。

※80以上で?

※特になし
(追加情報なし)

続きは明日です。


「スープの匂いは……普通ですね」

麺を持ち上げると、極細麺にスープの脂が絡んでいた。思い切って啜ると……


「んっ!!?」


濃厚な豚骨の旨味がダイレクトに舌を刺激した。そして、何より……熱いっ!

「……違う」

レンゲでスープを味わいながら、風祭さんが呟く。しかし、表情には驚きはあっても、落胆はない。

「えっ、それってどういう……」

「俺の知っている長浜ラーメンとは違う。だが、紛れもなくこれは豚骨だ。
濃厚な久留米でも、ライトな長浜でもない。こんな豚骨ラーメンがあったなんて……」

そう言いながら、風祭さんは麺を啜った。そして小さく頷く。

「東京風にアレンジしたわけでもない。……何だろう、これは……」

よく分からないけど、美味しいのは確かだ。もう一度私は麺を味わった。パツパツとした歯応えが、サラッとしたスープにとても合っている。
スープは脂っこいかと思いきや、意外と後味はサッパリしている。濃厚だけどクドくない、それでいて薄くもなく濃厚。
矛盾したものが両立している、そんな不思議なスープだ。そしてスープをよく見ると、何か細かい粉みたいなものが沈んでいる。……骨の粉末?っぽい。

ゴマと辛子高菜、そして紅生姜はカウンターから入れ放題らしい。辛子高菜を一欠片入れると、味が一気に引き締まった。
何より、このスープを覆う油膜だ。スープが冷めにくいから、味がしっかりしたままでボヤけない。これが本場の豚骨ラーメンなんだろうか。

ふと横を見ると、風祭さんが「替え玉頼めますか」と訊いていた。あ、そういえばそんなのもあるんだっけ。

「トレーナーさん、どうです?」

「旨い。ただ、このスープの正体は何だ……?」

ご主人が替え玉を持ってきたタイミングで、風祭さんが切り出した。

「すみません、こちらどこで修行を?」

「あー、うちは『博多シャバ系』の『駒や』なんです。割と新しい系列なんで、知らない福岡の人も多いかもですね」

「『博多シャバ系』」

「ええ。スープの取り方も普通のお店と大分違うんです。というか、大昔のやり方に近いのかな。
だから、『古いけど新しい』豚骨ラーメンなんです」

豚骨ラーメンにも派閥みたいなのがあるんだ。全然知らなかった。

ご主人が厨房へと去ると、風祭さんはぼーっとしていた。

「古くて新しい、か……固定観念に囚われていたのかな」

そう言うと、替え玉の麺を啜り、また「……うん、旨い」と彼は呟いたのだった。



「いやー、美味しかったですねえ。……満足、していただけました?」

風祭さんはボーッとした様子だったが、しばらくしてビクッと反応した。

「あっ、ああ。旨かった。間違いなく旨かった。だが、何だろうなあのラーメン……俺の知る豚骨ラーメンじゃないのに、何か懐かしかった。あれは一体……」

視線の向こうにネイチャがいた。まだ八百屋のおばちゃんと話していたらしい。

「おいっすー。どう、美味しかった?」

「美味しかったよー。でもトレーナーさんが何か悩んでいるみたいで」

「へ?」

風祭さんが一歩前に出た。

「ネイチャ、『博多シャバ系』って何か知ってるか?」

※75以上で知っている
※00で??


「ほえ?いやー、ネイチャさんにはラーメンのことはさっぱり。うちのトレーナーさんが最近一生懸命勉強してるみたいだけど」

「三田村トレーナーが?まあ、天王寺トレーナーなら知ってるだろうが……」

「まあ、美味しければなんだっていいじゃないですか。で、セイちゃんちょっとちょっと」

ネイチャが私を呼んで耳打ちした。

(2つ候補があるんだけど)

(へ?どういうこと?)

(いやさ、高円寺って結構カフェあるのよ。で、メルヘンな方とシックな方とどっちがいい?)

何かいきなり二択を迫られた。うーん、ここは……

1 メルヘンな方
2 シックな方

※3票先取


(じゃ、じゃあシックな方で)

(了解っと。線路を挟んで向こう側の商店街にあるとこだよ。場所は後でLINEしとくね。あと、そこ2階は私語禁止エリアだから)

(え、ええーっ!?)

なんかとんでもない選択をしてしまったようだ。いや、落ち着いたとこの方がいいかなって思ってたけど……

「ん、どうした?」

「あっ、いやっ、その……まだ帰るには早いから、お茶でもどうかなって……」

「喫茶店か。俺は構わないが」

チラッとネイチャを見ると、サムズアップしながらウインクされた。いやいや、ただでさえ会話が続かないのに私語禁止カフェって……
でも、このまま何もなしってのは困る。もうこうなったら行くしかない。

「じゃ、じゃあ本屋に寄ってから行きますかー……ハハハ……」

「本屋?何か買いたい本でもあるのか」

※安価下自由安価
(余程変なものでなければ採用します)


「あ、旅行のガイドブックでも買おっかなって……」

「旅行か。遠征ついでにというのも悪くないな。考えておくよ」

「やった!」と声に出かかって、それを必死に押し留めた。フラワーとかチームメイトも一緒に決まってるじゃないか、私……
そもそもどこのガイドブックにしよう。……そう言えば、今まで一回も博多に行ったことがないんだよね。
小倉遠征ついでに風祭さんのご実家へ……って何考えてるんだ私は。思いっきりかかってるじゃん。

「……何顔を赤くしてるんだ」

「い、いえっ?な、なんでもないですよぉ?」

思い切り声が裏返っている。どうしてこう素直になれないんだかなあ……
一度恋愛強者の誰かに相談した方がいいかもしれない。誰かはさっぱり思い付かないけど。



「ここ、かあ……」

ビルの2階に登る階段の前に、「アール座読書館」という看板があった。読書用のカフェ、ってことなんだろうか。
よく考えれば、普通のカフェに行っても会話が続かないことは簡単に想像できた。ネイチャなりに考えてここを紹介してくれたのかもしれない。

「そうみたいだな」

「トレーナーさんは本屋で何を買ったんです?」

「ああ。博多ラーメンの最新ガイドブック、それと栄養学の本だな」

「栄養学、ですか」

「ああ。恥ずかしながら、チートデイのことも知らなかったからな。天王寺トレーナーはこの道のプロだが、少し俺も学んだほうがいいと思ってね」

真面目だなあ。こういう所は本当に尊敬できる。これでもう少し女心を察してくれればいいんだけど。

階段を上がり、扉を開けると……


……


…………


静かだ。あまりに静か過ぎる。なるほど、会話なんてできる感じじゃない。


「お客様、2名様ですか」

小声で女性の店員が言った。

「ええ」

「会話されたいなら、3階もありますが」

風祭さんがチラッと私を見た。

※6の倍数で3階に
※66か00でイベント


お喋りもしたいけど、正直に言って自信がない。私は「ここでいいです」と頷いた。

「じゃあここで」

「承りました。どうぞこちらへ」

コポコポと水槽のポンプの音だけが響いている。店内にはそこそこ人がいるけど、皆読書をしていた。やっぱりそういうお店らしい。

メニューはコーヒーが中心で、かなりこだわっているらしかった。ただこの手のお店には珍しく、ケーキ類はやたらと安い。

(コーヒーは飲めたよな)

(はい、お任せします)

小声で風祭さんがブラジルとブラウニーを2人分注文した。しばらくすると、ポットごと店員さんがコーヒーを運んでくる。なるほど、長時間粘れるように最初からしてるわけか。
コーヒーをカップに注ぐと、風祭さんは無言でラーメンの本を読み始めた。余程「シャバ系」が気になったらしい。
私もガイドブックを開く。博多のだと知られないよう、一応カバーは付けておいた。

博多というと、今は再開発の真っ盛りらしい。特に天神は色々変わりつつあるらしい。
ガイドブック曰く、このエリアは博多ではなく「福岡」であるそうだ。なんか違いがサッパリ分からないけど、福岡の人にとっては全然違うらしい。
ラーメン店の紹介も書いてあった。あのミシュランにも博多ラーメンは紹介されているらしい。
「元気一杯」は何かで見たことがある。「来来」……透明な豚骨ラーメンもあるんだ。知らなかった。

ただ、ここを読んでも「シャバ系」の説明は書いていない。まあ、そうだよね。

福岡は釣りも盛んらしい。そう言えば、野球選手の……誰だっけ、ジョージなんとかという人が釣り人になったって話も書いてあったけど。
じいちゃんを連れてきたら喜ぶだろうなあ。そういうチャンスが来るのかは、さっぱり分からないけど。


どれぐらい時間が経ったのか。本から目を離し、コーヒーを口にする。少し冷めちゃってたけど、しっかりとした豆を使っていると、私にもすぐ分かった。
ふと風祭さんを見ると、栄養学の本を真剣に読んでいた。私のことはちっとも目に入ってないみたいだ。
でも、その真剣な表情がとても愛おしく思えて。途中から私の目は本ではなく、本を読む彼の姿に向いていたのだった。



「……そろそろ引き上げるか」

「ひゃいっ!?」

声が裏返ってしまった。静かな店内では目立つと、慌てて口を抑える。
そのまま逃げるように、私は店を出た。というか、ずっと見てたの気付かれてないよね……

※90以上で気付かれてる

※特殊イベント発生

せっかくなので、もう一度判定します。

奇数→90以上イベント消化後○○登場
偶数→???

想定外のため今日はここまで。
空気を読まず奴が来ます。

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 06:48:59   ID: S:_8Ab-u

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