私「人魚姫の逆」 (82)


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──

私(人魚の肉を食べると不老不死になるという伝説があるけれど)

私(竜宮城の姫様が言うには、それは全くの嘘らしい)

乙姫「人魚の血肉にそのような効果はないわ」

私「そうなんですか」

乙姫「食べてもせいぜい美味しいくらいのものね」

私「はぁ……不老不死なんて、所詮は夢物語ってことですか」

乙姫「いいえ。不老不死になりたいのなら別の方法があるわよ」

私「別の方法?」

乙姫「”人魚姫の逆”」


──竜宮城──

私(海で溺れているところを乙姫様に助けてもらってから半年経った)

私(人間には利用価値があるので、竜宮城で住み込みで働かせてもらっている)

モグモグ

乙姫「美味しいわ。この魚を蒸し殺したやつ」

私「アクアパッツァという料理名です」

乙姫「野菜と一緒に煮込むのね。海中に住んでいたら思いもつかないアイデアだわぁ」

私「喜んでいただいて何よりです」

乙姫「あなたがここにやって来てから毎日食事が楽しいの。ありがとう」

私「こちらこそ、身寄りのない私を雇っていただいて感謝します」


乙姫「地上にいた頃もメイドをしていたの?」

私「いえ。学生だったので働いていませんでした。家事全般はしていましたが……」

乙姫「どおりで手際がいいのね。魚を捌く時なんか見事すぎて、親の仇なのかと思ったほどよ」フフ

私「……。私が竜宮城に来て一番驚いたのは、人魚も魚を食べるってことです」

乙姫「面白い冗談言うのね。人間だって哺乳類を共食いするくせに」

ゴチソウサマー

乙姫「明日だけど、買い出しをお願いできるかしら」

私「買い出し?」


乙姫「地上に繰り出して欲しいの。買う物はこのリストにまとめてあるから」ピラ

私「砂糖に胡椒に……なるほど海では不足しそうなものばかりですね」

乙姫「陸に出るには城の奥にあるエレベータを使ってね」

私「海亀じゃないんですか?」

乙姫「いつの時代の乗り物よ。今時そんなの誰も使っていないわ」クス

私「予定しておきます。それでは私、これから庭園の手入れがあるので」

スタスタ…

乙姫「ねぇ。これだけは言わせてくれるかしら」

私「?」

乙姫「いつもお疲れ様」

乙姫「あなたがいてくれて、私はとても助かってる」


──夜・自室──

ゴポゴポゴポ…

私(月の光を魔法の力で閉じ込めた泡が窓の外で光っている)

私(魔法。深海なのに外が明るいのも竜宮城に空気があるのも、全部魔法のおかげだった)

コンコン

私「誰ですか?」ガチャ

魔女「よっ。こんばんは」

私「魔女さん。こんばんは。何用ですかこんな時間に」

魔女「乙姫から聞いたぞ。明日地上に出るんだってな。私もついていこうと思って」

私「過保護ですねぇ。優しいんだから」

魔女「そんなんじゃない。薬の素材を切らしただけだ」


私(乙姫様と魔女さん。彼女たちは私の命の恩人だ)

私(乙姫様が溺死寸前の私を魔女さんの元に運び、魔法で肺の中の水を抜き取ってくれた)

魔女「店が繁盛するのは嬉しいけど、忙しすぎるのは嬉しくない。世の中って難儀なものだ」

私「魔女さんはどんな薬を売ってるんです?」

魔女「変身薬だよ」

私「変身?」

魔女「人魚を人間に変身させる薬。数種の素材と本人の声を代償に、陸での活動が可能になる薬物。昨日注文が入ったんだ」

私「へぇ。なんだか人魚姫みたいなお話ですね」


魔女「人魚姫? あぁ……」

私「乙姫様のことじゃないですよ。そういう童話が地上にあるんです」

私「人魚が人間の王子様との結婚を夢見て、薬を飲んで人間になって、最期は泡となって消えてしまうって話」

私「作中で同じ薬が出てくるんですよ。似てるなって」

魔女「逆だ。人魚姫の方が似せたんだよ。昔アンデルセンって作家から取材を受けたことがある」

私「えっ!」

魔女「驚いたか。私はその筋では有名人なんだぞ」エッヘン

私「魔女さんって何歳なんですか?」

ベシ

魔女「クラゲに変身させてやろうか」

私「す、すみません」


魔女「しかし、お前みたいな若いのでも知ってるってことは、よほど有名な童話に成長したんだな」

私「世界で最も知名度のある御伽噺の1つだと思います」

魔女「なるほど。悪い気はしない」フフン

私「……」

魔女「なんだよ。急に神妙な顔して」

私「いえ。実を言うと私、あの童話があまり好きじゃなくて」

魔女「どうして?」

私「だって……」

私「あれは、自殺を美化するお話だから」

ゴポゴポゴポ…


──

私(深夜。眠れない私は音楽プレイヤーで曲を流した)

私(半年前1番売れていた歌手の歌だ。彼女は皆から歌姫と呼ばれていた)

私(音楽に明るくない私でも歌姫の歌が上手なことがわかった)

私(気が紛れるので眠れない夜はよくリピート再生をしている)

私(しかし、何度聞き返しても曲の歌詞が頭に入ってこない)

私(興味がないのではなく、内容に共感ができないのだ)


──エレベータ──

ヴーン…

私「今まで地上での買い物ってどうしていたんでしょうか」

魔女「んー?」

私「昨日の話を聞いて不思議に思いました。地上での買い物って竜宮城の誰が担当だったのかなって」

私「人間になった人魚が手話で買い物していたんですか?」

魔女「あぁ、それはだな……地上に人間の協力者がいるんだよ」

私「協力者?」

魔女「海亀に金と買い物リストを持たせて協力者と取引していたんだ」

私「そのやり方だと、不正とか泥棒とか色々されちゃいそうですけど」

魔女「人間より人魚の方が強いから、報復を恐れてそんなことできないよ」


魔女「その他の自由度の高い買い出しは、私が地上に出るついでにやってあげてた。今後はお前の仕事だろうけど」

私「今後。今後かぁ……」

魔女「含みのある言い方だな。ここでの仕事を辞めて、地上に戻ってやりたいことでもあるのか?」

私「悲しいぐらい全然ないです。溺れる前から夢とか目標とか、持っていなかったので」

魔女「……別に、これから見つければいいじゃんか」

私「魔女さんは私に出ていって欲しいんですか?」

魔女「ばか。お前にとっての幸せを優先して欲しいだけだよ」

私「でも私は、1回死んだはずの人間ですから」

魔女「今生きていればそんなの関係ない」

私「魔女さん。私思うんです」

私「夢とか目標とか、無限に生きられたらそんなことで悩まずに済むのにーって」

魔女「……」


魔女「なぁ。はっきり言うけれど」

私「はい」

魔女「人魚も魔女も人間も、それぞれ生まれ持った寿命というものがある」

魔女「人魚と魔女は生まれながらにして長命で、人間は生まれながらにして短命である」

魔女「これは変えようのない事実だ」

私「何が言いたいんでしょう」

魔女「不老不死に憧れを持つのはやめるんだな。人間が不老不死になる方法なんてない」

私(……あれ?)

魔女「人はよく人魚の肉を食べると不老不死になるとか、血を飲めばどんな病気も治るとか噂するみたいだけど」

魔女「あんなのは事実無根の嘘っぱちだ。真に受けちゃダメだぞ」

私「そこは解釈一致なんですね」

魔女「? 何の話?」


私「乙姫様はおっしゃっていました。不老不死になる方法はあるって」

魔女「何だそれ。そんなわけ……」

私「”人魚姫の逆”って」

魔女「!!」

ピンポーン

私(エレベータが最上階につき、扉が開くと洞窟の中だった)

私(抜け穴を通って洞窟を出て、人気のない道から街へと向かう)

スタスタ…

私「あの……」

魔女「忘れるんだ」

魔女「乙姫の言ったことは忘れろ。あれは、お前が思っているような代物じゃない」


──街──

ガヤガヤ

魔女「こっから先は別行動。お前のお使いと私の欲しい物は違う店にあるからな」

私「一緒に来てくれないんですか?」

魔女「そこまで過保護じゃないよ。地図を渡すから灯台近くにある商店を目指すといい。リストに載ってる品はそこで揃うから」

私「わかりました」

魔女「初めてのお使い。せいぜい転ばないよう気をつけるんだぞ」ポン

私「……あの。私のこと何歳だと思ってます?」

魔女「15歳」

私「15歳はもう子供ではありません」

魔女「15歳は子供だし、私からしたら赤ちゃんだよ」


──商店──

カランカラン

店主「いらっしゃい」

私「どうも」ペコ

私(見渡す限り客は私1人だけだった。店内には聴き覚えのあるBGMがかかっている)

私「歌姫の曲……半年も経ったのにまだ人気なんだ」

店主「いいや、僕が彼女のファンなだけだよ。巷ではすっかり別人の別の曲が話題になってる」

私「はぁ。なんていうかその、諸行無常ですね」

店主「薄情者ばかりだ。歌に愛された天才の、最後になるかもしれない曲なのに」

私「最後?」

店主「……その手に持っている紙。お目当てがそこに書かれてるんだろう。こちらで用意するから見せてみなさい」


ガサゴソ

私(店主さんが品物を集めてくれている間、レジ近くの椅子に座らせてもらった)

私(やることもないので店内BGMをひたすら聴き続けている。相変わらず歌詞は思い出せないけれど)

店主「なんだか神妙な顔をしてるね。もしかしてお嬢さんも歌姫のファンなのかい?」

私「いえ別に。ファンじゃありません」

店主「そう……」

私「店主さんは歌姫の何が好きでファンになったんですか?」

店主「そうだなぁ。彼女はアイドル顔負けの美人で、歌も作曲も作詞も全部自分でやっているけど」

店主「特に歌詞がいい。僕はそう思うよ」


店主「”これから君は空っぽな夢の中、逃げ場のないそれを捕まえるはず”」

店主「”どんなに離れてても心はそばにいるわ。追いかけて遥かな夢を”」

店主「”届かない夢を見てる。やりばのない気持ちの扉破りたい”」

店主「どれも真摯でひたむきで、共感できる良い歌詞だ」

ガサゴソ…

店主「君の口から『ファンじゃない』と聞けて良かった」

私「ん?」

店主「優しい彼女は、きっと躊躇していただろうから」

バチッ!

私(突如首すじに電流が走る)

私(気を失う間際、フードを被った女の子の姿が見えた)


──灯台──

私「ん……」パチ

??「あ、もう起きた。スタンガンの当てどころが悪かったのかな」

私「……フードを取りなよ、歌姫さん」

バサッ

歌姫「え。なんでわかったの?」

私「夜によく聴いてる声だから」

歌姫「……あなたが早起きなせいで、私の目的がまだ果たせていない。気絶中に済ませたかったのに」

私「目的? 私に身寄りはいないから、人質としての価値はないよ」


歌姫「身代金目的の誘拐じゃない。歌姫だから貯金は腐るほどある。私が欲しいのは、お金で手に入らないあるもの」

私「夢とか?」

歌姫「ふふ。歌詞にしたいぐらい良い言葉だけど……目的はあなたの血液だよ」

私「血液?」

歌姫「私たち人間の噂に、人魚伝説というのがある」

歌姫「人魚の肉を食べると不老不死になり、血を飲めばどんな病気も治るって」

歌姫「だから、人魚であるあなたの血液をこの注射器で吸わせてもらう。それが目的」

私「……? 私は人魚じゃないし、人魚伝説は事実無根だって話だけど」

歌姫「この場をしのぐための嘘をつかないで」

私「本当のことだよ。意味がわからない。どうして私を人魚だなんて勘違いを起こすの?」


歌姫「あなたには関係のないこと。さぁ、動かないで」スッ

私(歌姫は私に注射針を向けた)

歌姫「穏便に事を済ませたいの。抵抗するようなら身体に切り傷を作らざるを得ない。それは嫌だよね。私だって嫌だ」

私「そんなことしても、あなたの望むものは手に入らない」

歌姫「もう黙って」

私「別に献血に協力してあげてもいい。だけど私の血を飲んだところでなんの効果も得られないよ」

私「それは人魚の血を飲んだって同じこと。だけどもしかしたら、あなたの望みを叶える方法があるかもしれない」

歌姫「……?」

私「人魚姫の逆──」


私(歌姫のポケットからスタンガンが浮かび上がった)

私(ひとりでにスイッチが入り、歌姫の首すじに直撃する)

バチッ!

歌姫「うっ」バタン

私「……」ポカーン

魔女「忘れろって言ったはずだぞ」スッ

私「え?」

魔女「人間が不老不死になる方法なんてないんだ」

私「魔女さん。どうしてここに?」

魔女「街でお前の肩を叩いた時にヤドカリを乗せておいた。ヤドカリを通して会話はずっと聞いていた」ツンツン

私「……やっぱり過保護じゃないですか」

魔女「場所を移すぞ。こいつには聞かなくちゃいけないことがある」


──竜宮城・牢屋──

歌姫「ん……」パチ

魔女「おはよ。寝坊助さん」

私「気絶は寝てるうちに入るんですかね」

歌姫「……ここはどこ?」

魔女「ここは竜宮城の牢屋。私は魔女で、この子は拾った人間」

歌姫「……。なんだ、本当に人間だったんだ」

魔女「竜宮城の方に疑問を持たないってことは、やっぱり協力者がリークしたんだな」


私「協力者?」

魔女「エレベータで話した地上との取引役だよ。その内の1人があの商店の店主だったんが……裏切ったか」

歌姫「彼は関係ないよ」

魔女「竜宮城や人魚の存在は知っているのに、不老不死の人魚伝説を本当だと勘違いしている中途半端な知識」

魔女「海亀経由でしか話を聞いたことがない協力者の吹き込みそのものだ」

魔女「そもそもの話、店内で誘拐が起こっているのに店主が無反応なのはおかしいだろ」

歌姫「……」

魔女「きっとリストの紙質や筆跡、内容を見て、この子が竜宮城からの使者だと推測したんだな」

魔女「人魚に対する正しい理解があれば、声を発している時点で人魚じゃないことは自明なはずなのに」

魔女「知識も計画性も何もかも足りてない。何より私のメイドを傷つけようとしたその利己的な精神。本当に度し難い」

私「魔女さん。そんなまくし立てるように言わなくたって」

魔女「赤ちゃんは黙ってなさい」


歌姫「……彼は私を不憫に思って手伝ってくれただけ。罰なら私が受けるから、巻き込まないであげて」

魔女「店主も含めてお前たちの処遇は、3日をかけて私と乙姫で決定する。その間お前には竜宮城にいてもらう」

歌姫「……」

私(魔女さんはため息をついて、私をつれて牢屋から出て行った)

スタスタ…

魔女「今日は災難だったな。部屋に戻って休むといい」

私「いえ。乙姫様に報告がありますから」

魔女「私がやっておく。他に話すこともあるんだ」

私(そう言って去る魔女さんは、どこか哀しそうな表情を浮かべていた)


──部屋──

私(光る泡が窓越しに部屋の中を柔らかく照らしている)

私(寝付けそうになかったので音楽を再生した)

オイカケテハルカナユメヲ♪  トドカナイユメヲミテル♪

私(歌詞も歌姫が作っていると、店主さんは話していたっけ)

私(歌姫はどんな気持ちでこの歌詞を書いたのだろうか)

カラッポナユメノナカ♪

私「きっと……夢って言葉が好きなんだろうなぁ」

ゴポゴポゴポ…

私「お父さんみたいだ」


──回想──

父『パパが1番好きな絵本を読んであげよう』

私『なんていう本?』

父『人魚姫』

──

父『そうして人魚姫は泡となって消えてしまいましたとさ。めでたしめでたし』

私『めでたいかな』

父『夢のために死ねたんだからハッピーエンドだよね』

私『自殺の話でしょ、これ』


父『ユニークな読み方をするね。さすがは作家の娘だ』

私『お父さんは人魚姫のどこが好きなの?』

父『目標のために命懸けなところ』

私『命懸けって……』

父『夢や目標のために死ねるのは、この世で最も美しく幸せなことなんだよ』

私『自殺は美しいことじゃないと思う』

父『自殺じゃない。結果的に死んでしまっても、そこに至るまでが人生なのだから』

私『お父さんが何言ってるのか全然わからない』

──


──翌日──

私(翌朝、大広間に向かうと歌姫が座っていた)

私(驚いたことに彼女は1人きりだった)

私「おはよう。脱獄したの?」

歌姫「おはよ。違うよ。今朝早くに魔女と乙姫って人魚が来て、鍵を開けてくれたんだ。敵意はないと判断されたらしい」

私「ふーん……」

私(どのみちエレベータは乙姫様の許可なくして動かないから、自力で竜宮城の外に出ることはできないもんね)

歌姫「隣座る?」ギィ

私「ん、ありがと。……あれ、そのお菓子って」

歌姫「棚にクッキーがあったから勝手にいただいちゃった。一緒に食べようよ」

私「食べようも何も私が焼いたのだよそれ。乙姫様のために作ったのに。もう」

歌姫「そういえばあなたメイドなんだっけ。美味しいよ、腕がいいね」ニコ

私「……」←満更でもない


サクサク モグモグ

歌姫「昨日はごめん」

私「……ごくん。昨日って?」

歌姫「誘拐と傷害未遂のこと。魔女の言う通り、甘い考えで無関係の人を巻き込んじゃった」

私「あぁ。いいよもう。ここに住んでるから無関係ってわけでもないし」サク…

歌姫「随分と軽いね。自分でも言うのもなんだけど、あなたは被害者だよ?」

私「悪い人じゃないのはわかってるから」

歌姫「え?」

私「だって血を入手することだけを考えるなら、店にいた時点で切りつけることができたでしょ。あなたは説得してくれようとしてくれた」

歌姫「……買い被りすぎだよ。あの行為は私自身の罪悪感を和らげるための行動。どこまでも自己中心的なんだ、私って」

私「そうなの?」

歌姫「そうなの。だから重ねて謝罪する。ごめんね」


モグモグ…

歌姫「……こんなことした後で虫のいいことを聞くようだけれど」

私「ん?」

歌姫「私が気を失う間際、あなた何か言っていたよね。人魚姫の逆がなんとかって」

私「うん。私も詳しくは知らないんだけど、不老不死になれるかも知れない方法なんだって」

歌姫「不老不死って病気も治るのかな」

私「死ななくなるくらいだから治るんじゃないかな。どうして?」

歌姫「私、がんだから」

私「がん」

歌姫「そう。喉頭がん」


私「……」

歌姫「あまり驚いていない顔だね。ブログで公表しているし、知ってても不思議じゃないけど」

私「竜宮城にネットはないよ。何となく察してただけ」

歌姫「どうして?」

私「人魚の肉じゃなく血ばかりを欲しがっていたから。治せない病気を患っているのかもとは勘ぐってた」

歌姫「そう……でもね名探偵さん、治せないっていうのは少しニュアンスが違うかな」

私「どういうこと?」

歌姫「切除すれば命は助かるから。医者が言うにはそう難しい手術じゃないらしい」

私「? じゃあ切除すればいいんじゃないの。お金の心配もないんでしょ?」

歌姫「ダメだよ。喉頭がんは喉のがん」

歌姫「命と引き換えに、私は声を失ってしまう」

私「……」ゴクン

私(それってまるで──)


コンコン

私(振り向くと魔女さんが立っていた。杖で床を叩いている)

魔女「歌姫。時間だ。これから乙姫との面談って約束、覚えてるよな」

歌姫「もちろん覚えてるよー」

魔女「『メイドとは話さないように』って約束も結んだはずだけど」ジロ

歌姫「そっちは忘れてた」フフ

魔女「はぁ……行くぞ」

スタスタ

私(魔女さんは歌姫をつれて謁見の間へと歩いていった)

私(クッキーの残り1枚を食べると、皿の底にメモ書きが置いてある)

手紙『今日の夜、メイドさんの部屋にお邪魔してもいいかな?』

手紙『歌姫より』


──夜・部屋──

ガチャ

私「手紙で『いいかな?』なんて伝えられても、肯定も否定もできないんだけど」

歌姫「黙認という形に必然なるよね。お邪魔します」

バタン

私「理由は知らないけど、魔女さんから私と話すなって言われたんでしょ。約束破っちゃダメじゃん」

歌姫「それぐらいあなたに会いたかったんだ」ニコ

私「……」ジッ

歌姫「あれ。こう言えば大抵の女の子は落ちるのに。ほら私って、顔がいいから」

私「……。朝の面談で乙姫様たちと何を話したの?」

歌姫「面談とは名ばかりの事情聴取だったよ。犯罪者みたいに色々と聞かれた」

私「犯罪者でしょ」

歌姫「言うじゃん」クスクス


私(私はベッドに、歌姫は椅子に腰掛けた)

私「それで、どうして私の部屋に?」

歌姫「朝は時間がなかったから。落ち着いて話す機会が欲しかった。あなたについても、色々聞きたいことがあるし」

私「私について?」

歌姫「例えば……人間なのにどうして竜宮城で働いているのか、とかね」

私「海で溺れているところを乙姫様と魔女さんに助けてもらったからだよ」

歌姫「へぇ、それはそれは。運が良いのか悪いのか。この広い海の中でよく見つけてもらえたね」


私「乙姫様はすごく目がいいんだ。それに透視が使える」

歌姫「溺れる前は何をしてたの?」

私「父親と2人で暮らしてた。父は小説家で、私は高校1年生だった」

歌姫「……あなた発言が矛盾してる。灯台で身寄りはいないって話してたのに」

私「矛盾してないよ。父はもういないから」

歌姫「どういうこと?」

私「私が溺れた原因は、父親との無理心中だった」


歌姫「……」ポカーン

私「父は私を縛って一緒に海に飛び込んだの。父は暴れなかったけど私は必死にもがいた」

私「そうしたらたまたま通りがかった乙姫様に救ってもらえた。海の中で助けを呼ぶ姿が見えたらしい」

私「父はそのまま沈んでいった。遺体は確認してないけど、今頃どっかの魚に食べられちゃったんじゃないかな」

歌姫「……。壮絶な話を、随分と落ち着いた様子で語るんだね」

私「半年も前の出来事だから」

歌姫「お父さんはどうしてそんな乱心を?」

私「遺作に心中の描写があったんだ。その小説は、作者が本当に心中することで真に完成する作品なんだって」

私「だから自分と一緒に死んでくれって。俺の夢のため一緒に死んでくれって。そんな意味不明なことを話してたよ」

歌姫「……」

私「なんか雰囲気暗くなっちゃったね。音楽でも流そうか」


カラッポナユメノナカ♪ オイカケテハルカナユメヲ♪ トドカナイユメヲミテル♪

私「こうして夜にあなたの歌をよく聞くんだ。なんだか気分が落ち着くから」

歌姫「……ありがと」

私(歌姫は椅子から立ち上がり、私の隣に改めて座った)

歌姫「あなたには、本当に申し訳ないことをしたと思ってる」

私「昼も謝ってくれたでしょ。もう気にしてないって」

歌姫「私には人魚伝説にすがる以外の方法が残されていなかった」

ギシ…

歌姫「みんな私に手術を受けることを勧めるんだ。マネージャーも家族も、事務所の同期でさえ」

私「それは……当たり前のことだと思うな。歌姫に生きて欲しいんだよ」


歌姫「そうだね。でも喉を失って、声を失って、歌を失って。それで私は本当に生きていると言えるのかな」

私「どういう意味?」

歌姫「歌は私にとっての全て。存在価値なんだ。歌うことが私の夢であり、目標であり続ける……」

私(窓の外。月の光を閉じ込めた泡が地面からゆっくり迫り上がり、端正な彼女の横顔に深い陰を作った)

歌姫「夢や目標のない人生に価値なんてないのに」

私「…………」

 魔女『ここでの仕事を辞めて、地上に戻ってやりたいことでもあるの?』

 私『悲しいぐらい全然ないです。溺れる前から夢とか目標とか、持っていなかったので』

私「価値ないんだ」

歌姫「ないよ。断言する」


私(私は音楽を止めた)

私「……別の夢を探すのはどうかな。例えば作曲家とか作詞家とか、あなたならきっとできるよ」

歌姫「同期にも同じアドバイスをもらった。あいにく私にとって、曲も詩も手段でしかないから」

私「厳しいことを言うようだけど、喉を切除する以外の道はもう残されていないように思う」

歌姫「手術を受けるくらいだったら私は歌い続ける。声が枯れるまで歌い尽くして、そのままがんで死ぬつもり」

私「それは自殺と変わらないよ」

歌姫「違うよ。決して自殺じゃない」

歌姫「結果的に死んでしまっても、そこに至るまでが人生なんだから」

バサッ

私(歌姫はそのままベッドに寝転がり、枕に顔を埋めて寝てしまった)

私(残りのスペースを使って、添い寝するような形で私も就寝した)


──翌朝──

私(起きて着替えてからドアを開けると、目の前に魔女さんが立っていた)

私「魔女さん? おはようございます」

魔女「おはよう。……歌姫、やっぱりここにいたのか」

歌姫「ふぁ〜。いつの間にかメイドさんと一緒のベッドで寝ちゃってた」

魔女「は?」ビキ

私「ご、ごめんなさい。歌姫が部屋に来たことを報告するべきでしたね」

魔女「……お前が謝る必要ないだろ。それよりも歌姫、説明したいことがあるからついてこい」

歌姫「? はーい」

スタスタ


私「魔女さんまた歌姫だけ……何か理由があるんだろうけど」

乙姫「あらあら。ヤキモチ?」ツン

私「わっ!」

乙姫「ふふ。あなたには私から話があるわ。ついてきて」

──庭園──

私(庭園は地上のビーチを模して作られており、ヒトデや貝殻がところどころに落ちている)

私(城全体を包む大きな泡の境界線を、ここから展望することができた)

乙姫「金魚鉢の中から見える風景ってこんな感じよね」

私「経験がおありで?」

乙姫「私の出生はお祭りの屋台だからねぇ」

私「え?」

乙姫「もちろん、冗談に決まってるわ」クスクス


私(尾ヒレを優雅に翻して、乙姫様は私に顔を近づけた)

乙姫「屋台産の姫など存在しない。姫は由緒正しい生まれの中でしか誕生しない。ねぇ、それがなぜかわかるかしら?」

私「? 血筋が優秀だからってことでしょうか」

乙姫「もっと単純な話よ。法律で決まっているから。いわゆる王位継承法ってやつね」

私「は、はぁ」

乙姫「竜宮城には竜宮城のルールがある。全てはルールに従って決定される。例外はないわ」

私「……? そうですね」

ゴポゴポゴポ

乙姫「歌姫の件。大変な目にあったわね」

私「いえ。スタンガンで少し眠らされたくらいのものですので」

乙姫「トラウマになってないといいんだけど」

私「全然です。彼女、悪い子じゃないし」


私「そうだ乙姫様。歌姫をメイドに雇ってみてはいかがでしょう」

乙姫「……!」

私「竜宮城で人間は貴重でしょうし、炊事や掃除は私が教えますから」

乙姫「歌姫はあなたを攫った人間よ?」

私「もういいんです。手術を受けた後に一緒に働かないかって、誘ってみてもいいですか?」

乙姫「……歌姫のこと、好きになったのね」

私「好き? 好きって言うか……彼女の考え方とか価値観とか、もっとよく知りたいと思って」

乙姫「残念だけど雇うことはできないわ」

私「そうですか。乙姫様がそうおっしゃるのなら仕方ありませんが……」

乙姫「あの子は明日、安楽死させるの」


──

私(人魚誘拐は、竜宮城において最も重い罪なのだという)

私(がんを患った歌姫は、鍵付きのファンコミュニティで人魚伝説について尋ね──)

私(竜宮城の関係者を自称する商店店主と出会い、人魚の存在を確信した上で行為に及んだ)

私(人魚の身柄を巡って過去に戦争が起きた反省から、誘拐の意思そのものを絶対悪だと法律で定めている)

私(計画的な犯行で、未遂であっても誘拐の意思が認められるため、殺処分する)

私(竜宮城には竜宮城のルールがある。全てはルールに従って決定される──)

私(以上が乙姫様からのお話だった)


──大浴場──

私「……」ボーッ

魔女「あんまり浸かってるとのぼせるぞ」ツン

私「あ、魔女さん。珍しいですね。いつもシャワー派なのに」

魔女「たまには入る気分にもなるんだ。隣いいか」

私「ええ。どうぞ」

カポーン…

魔女「……歌姫のことは聞いた?」

私「聞きました」

魔女「乙姫の話していた通りだ。歌姫は明日、玉手箱の毒で安楽死させる」


私「他人の生き死にを3日で決めちゃうんですね」

魔女「人魚じゃなくて人間だから。誤解を恐れずに言うと、命の重さが違う」

私「人間にだって心はあります。情状酌量の余地とかってないんでしょうか?」

魔女「ある。だから絞首でなく安楽死させる」

私「……」チャプ

私(きっと、人里で暴れた猪を処分するぐらいの感覚なんだろうなぁ)

魔女「このことは歌姫には知らせてない。知らせるつもりもない。彼女を思ってのことだ」

私「知らされて死ぬのがマシか、知らされないで死ぬのがマシか」

魔女「……色んな意見があるだろうな」


私「死刑宣告ではなかったとすると、今朝魔女さんが歌姫を迎えに来た理由は何ですか?」

魔女「”人魚姫の逆”の説明をしていたんだ」

私「あの。今なんて?」

魔女「人魚姫の逆。そして歌姫は、不老不死になることを選んだよ」

私「……」ポカーン

魔女「のぼせちゃったか?」

私「驚いているんです。色々とよくわかりません。どういうことです?」

魔女「お風呂から出たら、お前にも同じ話をするつもりでいる。でもその前に──」スッ

私(魔女さんは私に肩をくっつけた)


魔女「やっぱりのぼせたんじゃないか。身体あっついぞ」

私「あー。湯船に浸かりながら、少し考え事をしちゃって」

魔女「……泣いたり怒ったりしてもいいんだ。何を言われても私は全て受け止めるから」

私「いえ。理解してるつもりですから。竜宮城のルールも……魔女さんの優しさも」

魔女「私の?」

私「情が移らないよう、私と歌姫を遠ざけようとしてくれていたんですよね」

魔女「……。お前は聡い子だよ。少し心配なくらい。時には感情的になった方が健康的なんだから」

私「今でも十分に健康的です」

魔女「嘘だよ。だってこんなにのぼせてる」


──魔女の店──

私「おじゃまします」

魔女「ん。そこらへんの椅子に適当に座って」

私(竜宮城近くの洞窟にある魔女さんのお店に来た)

私(様々な種類の草花や、煮えたぎる大釜が設置されている)

私(釜のすぐそばの目立つ場所に瓶が2本置いてあった。赤色と緑色の液体が入っている)

魔女「こっちの赤色が、おとといお前に話した人魚を人間へと変身させる薬だ」ヒョイ

私「代償は数種の素材、それと本人の声でしたね」


魔女「私やお前が飲んでも効果ないけどな。乙姫には効果あるけど」

私「これが魔女さんが説明したかったものですか?」

魔女「いいや本題はこっちの緑色。逆変身薬って私は呼んでる」ヒョイ

私「逆?」

魔女「早い話が、人間を人魚へ変身させる薬だよ」

私「……」

魔女「これから大事なことを言うから、よく聞いてくれ」


魔女「変身薬。人魚が人間に変わる。代償として声が必要」

魔女「逆変身薬。人間が人魚に変わる。代償として”声以外の全て”が必要」

魔女「声以外の全てには、身体も精神も記憶も全部含まれる」

魔女「老いも死も失うという意味で、不老不死とも捉えることもできる」

魔女「声だけの存在になって、海の中を永遠と漂い続ける」

魔女「それが、”人魚姫の逆”の正体だ」


私「…………」

魔女「わかった?」

私「1分待ってください。頭の中を整理します」

──

私「何となくわかりました」

魔女「よろしい」

私「エレベータや灯台で魔女さんが『不老不死になる方法はない』と嘘をついたのは何故ですか?」

魔女「私は『人間が不老不死になる方法はない』と言ったんだ。これを飲んだら一応は人魚になる。概念としてだけど」

私「は、はぁ」

魔女「そのうち頭が追いついてくるよ。魔法学なんてそういうもんだ」


私「……この話を歌姫にもしたんですよね」

魔女「ああ。薬を飲みたいかどうかについても問いかけた」

私「なぜそんな提案をしたんです?」

魔女「歌姫の心情は察している。声だけの存在になることが、彼女の救いになるかもしれないと考えたから」

私「乙姫様はよく許してくれましたね」

魔女「ルールは破っていないからな。どちらにせよ人間としての一生は終えることになるし」

私「確認ですが、安楽死の話は歌姫に伝えてないんですよね?」

魔女「そうだ。歌姫視点で見れば、手術を受けると未来と不老不死になる未来の、後者を選んだということになるな」

私「不老不死……声だけの存在になって、海の中を永遠と漂い続ける」

魔女「見方によっては死刑より過酷だ。だけどあいつは、喜んで薬を飲みたいと即答したよ」


魔女「正直言って即答は驚いた。死と死の選択ならまだしも、彼女にとっては生と死の選択だったのに」

私「……」

 歌姫『喉を失って、声を失って、歌を失って。それで私は本当に生きていると言えるのかな』

 歌姫『歌は私にとっての全て。存在価値なんだ。歌うことが私の夢であり、目標であり続ける……』

 歌姫『夢や目標のない人生に価値なんてないのに』

魔女「ともかく、以上が説明したかったことだ。こんな時間に付き合わせて悪かったな」

私「いいえ。ありがとうございました」

魔女「……。歌姫は明日の昼、この場所で薬を飲む予定になっているよ」

私「……はい」

魔女「お前は部屋から出なくていい。エレベータを使って外に出ていてもいいぞ。乙姫には私から伝えておくから」

私「お気遣いありがとうございます。でも、働いていた方が気が紛れそうなので」

私(魔女さんと別れて部屋に戻った)

私(ベッドの中で久しぶりにあの夢を見た。私が死ぬはずだった、あの時の)


──回想──

ザザーン

父『昨日発表した最新作だけど、本当は最旧作なんだ』

父『執筆した時から決めていた。この小説を俺の遺作にしようって』

父『遺作には親子の心中の描写があって、作者が本当に子供と心中することを含めて、真に完成された作品になるんだ』

父『俺はそのために子供を作ったし、妻は必要なかったから離婚した』

父『やっと俺の夢が叶う。夢であり、目標であり、俺がこの世に生きた意味だ』

父『今まで本当にありがとうな』

父『俺の夢のため一緒に死んでくれ』

私『むーっ!!』


──

私(目覚めるとまだ仄暗い朝だった。粒状の泡が少量だけ外で光っている)

私(再び寝付けそうにはなかったので、メイド服に着替えて庭園を歩くことにした)

──庭園──

私(庭園の砂浜にフードを被った女の子が座っている)

歌姫「……」

私「……何をしてるの?」

歌姫「ふふ。海の音を聴いてるんだ」

私(歌姫はフードを取り、耳元にある綺麗な法螺貝を見せた)

歌姫「あなたは多分、話しかけてこないと思ってた」

私「今日起こること魔女さんから聞いたよ」

歌姫「だよね。そんな顔をしてる」


歌姫「隣座る?」ポンポン

私「……。いや、私はこれから料理の仕込みをするから」

歌姫「そっか。私のこと止めに来たわけじゃないんだね」

私「もう少し長く一緒にいれたら、あれこれしつこく言う資格もあったのかと思うけど」

歌姫「人魚の姫様から聞いたよ。私のことをメイドに誘ってくれたんでしょ?」

私「……美しい竜宮城の中で、お揃いの制服を着て仕事をする毎日」

私「そんな生活だって、決して悪くないものなんじゃないかと、私はそう思ったんだ」

歌姫「そうだね。きっと楽しい。今なんかよりよっぽど、幸せな日々を送れると思う」

私「じゃあどうして……って考えてしまう時点で、私はあなたの理解者にはなれなかったんだね」


歌姫「……」

私「私、そろそろ行くよ。長くいても辛いし」

スッ

歌姫「ねぇメイドさん。最期だから正直に言うけれど」

私「?」

歌姫「父親の話を聞いたとき、あなたへの同情の前に──」

歌姫「お父さんへの共感が先立ったんだ」


私(歌姫は再び貝殻を耳に当てた)

歌姫「……海の音が聴こえる」

私(歌姫。それは海の音じゃないよ)

私(貝の外殻によって波と同じ周波数以外の音が遮られたのを、それっぽく感じてるだけなんだ)

歌姫「バイバイ」

私「……さようなら」

スタスタ

歌姫「そうだ。これも忘れずに言っておかないと」

私(ジャケットの表紙みたいな綺麗な顔で歌姫は笑った)

歌姫「クッキー。ごちそうさまでした」ニコ


──

私(歌姫の変身は滞りなく行われたと、後に魔女さんから報告を受けた)

私(生活はすっかり元に戻り、私も炊事に洗濯に毎日を忙しく過ごしている)

私(歌姫が人魚になった日から、彼女の音楽を聞く頻度はうんと少なくなった)

私(曲の歌詞は未だ覚えられないままでいる)

私(そんなある日、乙姫様からご命令を受けた)

私(買い出しをしに地上に出てほしいという旨だった)


──エレベータ前──

魔女「乙姫からも聞いてると思うが、今日は地上にお使いに出てもらう」

私「はい」

魔女「同伴を希望したけど断られた。流石に毎回ってわけにはいかないからって」

私「大丈夫です。周囲に気をつけて買い物します」

魔女「代わりにこの防犯ブザーをつけていけ。引っ張ればすぐに駆けつけるぞ」

私「……あの。本当に私のこと何歳だと思ってます?」

魔女「15歳」

魔女「人魚姫と同い年のね」


ヴーン…

魔女「……」ジッ

乙姫「メイドのことが心配?」ツン

魔女「あぁ。乙姫か」

乙姫「反応が渋いわねぇ。そこはわっと驚いてくれないと」

魔女「……歌姫の件、地上ではどうなった?」

乙姫「報道関係の協力者に頼んで、頭身自殺として処理してもらったわ」

魔女「……。がんを苦に飛び降りたミュージシャン。なるほど出来過ぎたシナリオだな」

乙姫「今はまだ歌姫の死にあれこれと考察が盛んになってる。でもそれも、しばらくすれば落ち着くでしょう」

魔女「考察?」

乙姫「うん。天才はどのような精神状態で自殺に至ったか、みたいなの。人間の世界ではありがちな話よ」


乙姫「いくつかSNSやテレビ番組を見たけど、どれも笑っちゃうぐらいズレた議論ばかりしていたわねぇ」クスクス

魔女「そりゃあお前が情報をねじ曲げたからな」

乙姫「そうじゃなくて。そもそもの話よ」

魔女「……?」

乙姫「歌姫の心理状態を推し量ろうとする行為そのものが、ズレた考えだって言ってるの」

魔女「どういう意味?」

乙姫「私たちと彼女とでは、脳の形が違うんだから」

魔女「? そりゃあ他人なんだから頭の形はそれぞれだろう」

乙姫「そういう意味じゃなくて──歌姫は先天的な脳の病気だったのよ」


魔女「は?」

乙姫「透視して歌姫の頭蓋骨の内側を覗いたわ」

乙姫「大脳皮質および大脳辺縁系に異常な変形が見られた」

乙姫「あそこは神経伝達物質を司る部位で、放出がイカれると過集中を引き起こすの」

乙姫「過集中が起きると、生物としての大前提である身の安全や幸福感の優先度が無視される」

乙姫「彼女が歌に執着していた、常軌を逸するまでの目的意識の正体はこれよ」

魔女「……」ポカーン

乙姫「多くの人間にとって夢とは、幸せになるための手段を指すわ。幸せになるために何かを目指し努力し叶える」

乙姫「けれど歌姫にとっての夢は、それ自体が叶えるべき目的と化していた」

乙姫「夢は夢でも彼女が見ていたのは、さながら脳異常が引き起こした白昼夢といったところねぇ」


乙姫「歌姫は私たちには見えないものを見ていた」

乙姫「見てるものが違うんだから、気持ちを推し量ろうとする行為なんて無意味だし」

乙姫「理解も共感も、最初からできるはずがないのよ」

シーン

魔女「……言葉通りの意味で、考え方が違っていたのか」

乙姫「ええ。それも先天的にね」

魔女「それは、なんと言うか……悲しき天才の性とでも言えばいいのかな」

乙姫「ええ。或いは……」

ヴーン…

乙姫「……彼の脳も同じ形をしていた」

魔女「彼って?」

乙姫「あの子の父親よ」


──海蝕崖──

私(地上での買い物が済んだ。特にアクシデントも起こらずスムーズに終わった)

私(久しぶりに海を上から見渡したくなったので、近くの崖まで足を運んでいる)

ザザーン

 歌姫『父親の話を聞いたとき、あなたへの同情の前に──』

 歌姫『お父さんへの共感が先立ったんだ』

私「……じゃあきっと、一生私は」

??「やめなさい!」


私(急に後ろから声をかけられた)

??「歌姫は追い死にを望むような性格じゃないわ!」

私「え?」

同期「歌姫の同期として勧言する。自殺はやめなさい!」

私「……。あなたもしかして、歌姫の話に出てきた同期さん?」

同期「え? な、なんだ。歌姫のお友達だったのね」ホッ

私「友達?」

同期「あれ。違うの?」

私「……いや、そうだよ。友達だった」


──

同期「歌姫の後を追ってファンの方の自殺未遂が相次いでいるの。それで勘違いしちゃった。ごめんなさいね」

私「ううん。実際、歌姫のことを考えていたから」

同期「私もこのところずっと、去ってしまった歌姫のことばかり考えるわ。あなたの気持ちがよくわかる」

私「あなたも歌手なの?」

同期「ええまぁ。歌姫と比べたらまだ天と地の差だけれど……そっちはどんな経緯で歌姫とお友達に?」

私「説明すると、あなたの命に危険が及ぶから話せない」

同期「あはは」

私「冗談じゃなくて」

同期「えっ、え?」


私「とにかくなんだかんだあって友達になったんだ」

同期「まぁ、言いたくない事を深くは聞かないわ」

私「出会ったのは、ごく最近のことだったけど」

同期「短い期間でよく友達になれたわね。あの子ってかなり人を選ぶのに」

私「色々と事情があって。それに……」

同期「それに?」

私「歌姫は……父に似ていたから」

同期「へぇ。お父さん歌が上手なのね」


ザザーン…

私「小説に出てくるような不老不死に憧れを持っていた」

同期「?」

私「夢とか目標とか、無限に生きられたらそんなことで悩まずに済むから」

私「……私を心中に巻き込んだお父さんの気持ちも、時間をかければきっと理解できると思っていた」

私「だけど、それはきっと違うんだよね」

ザザーン…

私「時間をかけたところで、私はあの人たちに共感できたりしないんだ」

私「だって、半年考えてもわからなかったお父さんの気持ちが、歌姫には一瞬でわかっちゃったんだから」


私「人魚が王子との結婚を夢見て死んだのも」

私「お父さんが小説を完成させたくて死んだのも」

私「歌姫が歌い続けるために死んだのも──」

私「私には共感できない。それは自殺だよって、今でもそう思っちゃう」

私「それは不老不死になったところできっと変わらない。時間は何も解決しないから」

私「私は夢のために死ねる人魚姫の気持ちが、この先もずっとわからない」

私「だから、本当の意味で人魚姫の逆なのは」

私「きっと私の方だったんだよね」


歌姫「……」ポカーン

私「あっ。ええと」

歌姫「頭大丈夫?」

私「そ、そんな言い方しなくたって」

歌姫「内容は全く入ってこなかったけど、あなたが思い詰めてるのはわかったわ」

私「いや別に、思い詰めてるわけじゃ」

歌姫「悩み事は歩いて発散させるのが一番。私も作詞に煮詰まった時よくやるの。ついてきて」グイ

私「え。ちょっと……」

歌姫「あ、ジュース飲もっか。近くに商店があったはずよ。奢ってあげるからね」ウフフ

私「そ、そんな甲斐甲斐しくしなくていいから!」

アハハ…


──商店──

同期「あれ、お店が閉まってる。ついてないわね」

私「……。飲み物はもういいよ」

同期「そう……灯台前にビーチがあったはずよ。そこに向かいましょう」

──砂浜──

ザッザッザ

同期「格好を見るにメイドさんよね。相当業務が忙しいのね。かわいそうに」

私「だから別に、悩んでいたわけでは」

同期「うふふ。気持ちを明るくするコツを教えてあげましょう」

私「え?」

同期「それはズバリ、夢を持つことよ!」バッ


シーン…

私「──夢?」

同期「そう。夢や目標があれば、それに向かって前向きに突き進むことができるの」

同期「頭の中のモヤが吹っ飛ぶぐらい無我夢中にね。人間ってそう言う風にできているんだから」

私「……あなたには”それ”があるの?」

同期「もちろん、あるわ」

ビシッ

同期「私の夢は第2の歌姫になること!」

同期「ヒット曲を作って、CDたくさん売って、天国のあいつを見返してやるの」

同期「金持ちになったら自分の会社を立ち上げる。音楽界に私の名前を刻んでやるわ!」


ザザーン…

私「……」

同期「それが私の夢よ」

私「あなたが、もし」

同期「ん?」

私「もしも道半ばで喉を患い、命と声の選択を迫られたら……その時はどうする?」

私(彼女は天真爛漫な笑顔で言った)

同期「そんなの、答えは決まってるじゃない」


同期「手術を受けて命を取る」

同期「そして別の夢を探す。例えば、作曲家とか作詞家とかね」

私「…………」

同期「歌姫は……実力も才能もあって、呼び名に恥じない同期の花だったわ。だけど1つ大きな間違いを犯した」

同期「それは自殺したこと。自殺をして、人生から逃げたことよ」

同期「自殺は美しいことじゃないのに」

ザザーン

同期「……。何その顔」

私「え?」

同期「なんだかすごく、怒っているように見えるわ」


──

私(砂上に貝殻が落ちている)

私(拾って耳に当ててみた)

同期「何それ?」

私「法螺貝。こうすると、海の音が聴こえるんだ」

同期「うふふ。夢を壊すようで悪いけれど……」

私「うん」

同期「貝の外殻によって波と同じ周波数以外の音が遮られたのを、それっぽく感じてるだけというのが通説よ」

私「……そうだね。あなたがきっと正しい」


私「それでも聴こえた気がしたんだ」

同期「?」

私「海の音が……」

私「歌姫の声が」



おわり


お疲れさまでした

見てくださった方、ありがとうございました


よかったら他の作品も見てください

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