【ミリマス】心の声 (56)
・地の文
・一人称
・捏造、妄想を含む
・約2年前に書いた話の続き
よろしければお付き合いください
なお前の話
【ミリマス】ポーカーフェイスの向こう側
【ミリマス】ポーカーフェイスの向こう側 - SSまとめ速報
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『好き』という気持ちには、たくさんの種類があります。
どれも同じ『好き』のはずなのに、みんな別のものなのです。
家族。友だち。
先輩。後輩。
尊敬する人。憧れの人。
相手の数だけ『好き』があります。
どれも似ていて、でも同じではありません。
それは、どうやって区別すればいいんでしょうか。
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「真壁さん、ちょうどいいところに」
廊下を歩いていると、そう声をかけられました。
馴染み深いその声を私が聞き間違うはずもありません。
振り返ってみると、やはり思った通りの人が立っていました。
「はい。何でしょうか、プロデューサー」
私の返事を聞いたプロデューサーが小さく笑っています。
なぜそんな顔で私をみるのでしょうか。
「どうかしましたか?」
首をひねってみましたが、思い当たる節がありません。
こういう時は、そのまま聞いてみるのが早いでしょう。
「何か良い事でもありましたか?」
そう思って質問をしたのに、質問が返ってきました。
いえ、良い事、というのには心当たりがありますが。
「……レッスンで先生に褒めてもらったくらいでしょうか」
少しずつでも成長している、というのは嬉しいものです。
それを認めてもらえるという事も含めて。
大げさに喜ぶほどの事ではないかもしれません。
ですが、満足感というか充実感というか。
そういったものがあるのも確かです。
「ああ、それで嬉しそうだったんですか」
そんな事を考えていると、返ってきたのは予想外の言葉でした。
特別浮かれていたとか、そういう事はなかったはずです。
それなのに。
「……っ!」
反射的に頬に手を当てていました。
私は一体、どんな顔をしていたのでしょうか。
「変な顔はしていないから大丈夫ですよ?」
先回りした答えに、更に慌ててしまいます。
一方のプロデューサーは、その笑顔を一層柔らかくしました。
恥ずかしい。
あっさりと表情を読み取られてしまった事も。
読み取られるくらいに顔に出てしまっていた事も。
だけどそこには、些細なはずの変化を見つけてくれた嬉しさも混ざっていて。
頭の中がゴチャゴチャで、私はしばらく固まってしまいました。
自分でも自覚はしていますが、私の表情はとても読み取りづらいようです。
気持ちがほとんど顔に出ないせいで、のっぺらぼう、なんて言われた事もあります。
どうにかしたいと思いました。
でも、どうすれば良いのかなんて全然分かりません。
みんなが当たり前にしている事が、私にはできない。
それはとても苦しくて、悔しくて。
どうにもできない自分がもどかしくて。
いつの間にか、そんな自分が嫌いになっていました。
そんな時に出会ったのがプロデューサーでした。
いえ、その時はプロデューサーではなくて、従兄のお兄さんでしたが。
お兄さんは私に、とても大切な事を教えてくれました。
私は決して、無表情ではない事。
それをみんなに知ってもらうには、まず自分を好きにならないといけない事。
そして、そのきっかけになるようにと、手品を教えてくれたんです。
今の私があるのは、あの時お兄さんに出会えたからです。
そう言うと、お兄さんはきっと首を横に振るでしょう。
でも、私にとってはそれが真実です。
だって私は、手品を通じてみんなと触れ合えるようになったんですから。
そのお陰で、自分を認められるようになったんですから。
私とお兄さんには血のつながりはありません。
ですがそんな事は関係なく、大切な家族です。
そして、師匠でもあり、恩人でもあるんです。
今ではそこに、アイドルとプロデューサーという関係が加わりました。
私がアイドルで、お兄さんがプロデューサー。
正直な所、お兄さんにスカウトされた時は何かの冗談かと思いました。
私がアイドルだなんて、夢にも考えた事はありませんでしたから。
でも、そうじゃありませんでした。
お兄さんは私を信じてくれていたんです。
だから私も、お兄さんを信じました。
そして今、私は後悔していません。
それが嬉しい。
ちなみに、私とお兄さんが従兄妹同士だという事はみなさん知っています。
隠すような事ではありませんし。
そして当然のように、仕事中のプロデューサーにはお兄さんの面影はありません。
公私の区別はしっかりと、誰に対しても公正に。
それがポリシーなんだそうです。
だから私も、アイドル真壁瑞希として接しています。
依怙贔屓されても嬉しくなんかありませんから。
「公演のメイン……ですか?」
「ええ。真壁さんの曲が仕上がったので、そのお披露目に」
ようやく混乱が収まったと思ったら、さらなる驚きが待っていました。
大規模な新人アイドルの募集と、活動拠点としての劇場の立ち上げ。
それが、私が所属する765プロの新プロジェクトです。
私をスカウトしたのもその一環だったのだとか。
公演とは、その劇場で定期的に開かれているステージなのです。
最初の頃は、サポート役としてステージに立っていました。
アイドルになってレッスンを積んで。
だからといって、いきなり私たちだけでステージができるわけではありません。
実力も、経験も、何もかもが足りないのですから。
だから私たちは、先輩の力を借りました。
劇場ができるよりもずっと前から765プロに所属していた先輩たち。
誰もが知る人気アイドルは、とても大きな存在でした。
手を伸ばしても届くどころか、背中も見えない。
そんな人たちと同じステージに立てるなんて。
それはきっと、望んでも手に入れられない貴重な経験でしょう。
誰よりも輝いている先輩は憧れで、目標で。
いつかは自分も、と思っているのは私だけではありません。
だからみんな頑張っています。
公演のメインとしてステージに立つというのは、その第一歩なのです。
もちろん私だって頑張ってきました。
日々のレッスンを疎かにした事はありません。
お仕事も、ステージも、一生懸命取り組んできました。
だからといって自信があるかというと……いえ、違いますね。
プロデューサーは、私ならできると思ってくれているのです。
だからこの話をしてくれたのです。
ならば、答えは一つしかありません。
「分かりました。プロデューサーの期待に応えてみせます」
拳をグッと握りしめて決意表明をしました。
チャンスが巡ってきたんですから、頑張るしかありません。
意気込む私に返ってきたのは、苦笑でした。
「真壁さん。応えるべきは私ではなく、ファンの皆さんですよ?」
「……そうでした。これはうっかり」
私はまだまだ駆け出しです。
ですが有り難い事に、応援してくれるファンの方々がいるのです。
そんな人たちに不格好な所をみせるわけにはいきません。
やるぞ、瑞希。
「細かな打ち合わせは明日行いますので、まずはこれを」
気合いを入れ直した私にCDが手渡されました。
真っ白なラベルにただ、真壁瑞希と書いてあります。
「プロデューサー、これは」
「ええ、真壁さんの曲です」
視線を上げた私に頷きが返ってきました。
この中に、私の曲が。
私のための。
私だけの。
「ありがとうございます、プロデューサー」
思わずCDを抱きしめていました。
心臓がドキドキいっています。
嬉しくて。
ちょっと怖くて。
きっと私の顔には、そんな気持ちのほんの一部しか表れていないんでしょう。
「何かあれば遠慮なく言ってください」
でも、プロデューサーには筒抜けのようです。
この笑顔は、そういう笑顔です。
何となく悔しく思ってしまうのはなぜなんでしょうか。
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ワクワク。
ドキドキ。
いつもの帰り道が全然違って見えます。
鞄の中のCDが気になって気になって。
フワフワ浮かんでいるような、不思議な感覚でした。
家に着く頃にはもう、他の事は考えられなくて。
真っ直ぐに自分の部屋に飛び込んで、再生ボタンを押していました。
「これが、私の曲……」
シンと静まった部屋でこぼれたのはそんな言葉でした。
イントロは可愛らしくて、続くメロディは格好良くて。
そこに乗せる歌詞は少し切なくも感じる、繊細な恋心。
そう、それは間違いなく恋の歌でした。
自分の中にある恋を見つける、そんな歌でした。
「私がこれを……」
とても素敵な曲だと思います。
これを私のために。
そう思うと、背中がゾクリとするような嬉しさがあります。
でも、同時に不安もわき上がってきました。
その不安の原因は私の中にあります。
なぜなら私は、恋というものがよく分かっていない気がするんです。
気がする、というのは、恋をした事がないから。
いえ、恋を他人事のようにしか感じていなかったから、ですね。
私は、自分の気持ちを表に出すのが苦手です。
かつてはそんな自分が嫌いでした。
今ではそんなことはありませんが、相変わらず苦手なものは苦手なままです。
だから私は伝えるために努力をしてきました。
伝えたいと、そう思えるようになったから。
少しずつではありますが、分かってくれる人は増えました。
親しいお友だちもできました。
それは私にとって、何よりも嬉しい事なんです。
私にはそれで十分だったんです。
だから私は恋なんて考えもしませんでした。
そんな私に、この歌がちゃんと歌えるのでしょうか。
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「……と、今のところはこういう予定です」
翌日の打ち合わせは、公演までの流れの確認が中心でした。
なかなか忙しそうなスケジュールです。
とはいえ、私が務めるのは公演のメインなのです。
弱音を言っている場合ではありません。
「何かあればいつでも言ってくださいね」
スケジュールはいつでも調整できますから、と付け加えられました。
いたわるような視線が私に向けられています。
ひょっとして、弱気が顔に出ていたのでしょうか。
「ありがとうございます」
不思議ですね。
その目を見ていると、漠然と感じていた不安が和らいでいきます。
何とかなるような、そんな気さえしてきます。
……プロデューサー、侮れないな。
「曲の方はどうでしたか?」
打ち合わせが一段落した所で、そう尋ねられました。
お仕事の話というよりは世間話のような、そんな雰囲気です。
「はい。とても素敵な曲でした」
「ふふ、それは良かった」
笑顔とともに安心したような吐息が漏れています。
「……プロデューサー?」
あまり見た事がない表情でした。
笑顔の裏に不安があるような、そんな風に見えます。
「いえ、曲作りには私も多少関わっていたので」
ただ呼びかけただけなのに、プロデューサーはその意図をちゃんと分かってくれていました。
長い付き合いなのですから当然と言えばそうなのでしょう。
でもそれは、私には特別に思えるのです。
「プロデューサーがこの曲を?」
「と言っても、楽曲イメージの打ち合わせをしたくらいですが」
「そうだったんですか」
私の曲に、プロデューサーが関わっている。
そう聞くと、なぜか力が湧いてくる気がします。
背中を押してもらっているような、温かい感覚があります。
ちゃんと歌えるのかという不安が無くなったわけではありません。
でも、歌えるようになりたいと強く思います。
簡単ではないかもしれませんが、できると思えるのです。
だって、私の事を知ってくれている人が関わっているのですから。
膝の上でギュッと拳を握ります。
私の中でやる気の炎が燃えています。
……やるぞ、瑞希。
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公演のメインに抜擢されはしましたが、やる事はいっぱいあります。
ステージに向けたレッスンだけをしているわけにはいかないのです。
イベントに呼ばれたり握手会に参加したり。
そういう、アイドルのお仕事だって大事ですから。
もっとも、アイドルとしての私はまだまだその他大勢の一人です。
だからそんなに大きなお仕事があるわけではありません。
ですが、小さな事を一つひとつ積み重ねていく事が大事なのです。
努力もせずに成功するなんて、そんな都合のいい話はそうそうないのですから。
……というのはプロデューサーの受け売りですが。
そんなお仕事の隙間を埋めるようにレッスンが組まれています。
ハードなのはスケジュールだけではなくて、その中身もです。
毎日ヘトヘトですが、充実もしています。
やればやるほど課題が見えてきて、同じくらいに発見があります。
例えば、ずっと練習してきた曲も立ち位置ひとつで景色が違ったりとか。
そういう時、私にはまだすぐに対応できるような技術はありません。
ですがコツのようなものは分かるようになりました。
それはきっと、今までのレッスンのお陰なのでしょう。
ああ、これが積み重ねなのかと。
最近になってプロデューサーの言葉の意味が分かったような気がします。
その一方で、まったく初めての事についてはそう上手くはいきませんでした。
それはつまり、今回のステージの目玉。
そう、私の歌です。
歌うことはできます。
振り付けも大体は覚えています。
このまま練習していけば、最低限人前で披露できる形にはなるでしょう。
ですが、それでいいんでしょうか。
「今の段階なら、そう悪くはないわね」
トレーナーの先生はそう言ってくれました。
ですがそれは、特別良いわけでもない、ということでもあります。
このままで良いはずがありません。
「私の歌……なんですから」
カラオケで得意な歌を歌うのとは訳が違います。
私にしか歌えない、私だけの歌を。
それがアイドルだと思うのです。
――――――
――――
――
劇場の休憩コーナーで一人、どうすればいいのか悩んでいました。
私に足りていないのは表現力だと思います。
この場合は、歌に込められたものを解釈して伝える力、でしょうか。
そこで私は壁にぶつかってしまっています。
問題の答えは分かっても、解き方が分からないのです。
私は気持ちを伝えるのが苦手です。
ましてや、恋についてなんて考えた事がありません。
そんな私が恋の歌をどう表現して歌えばいいというのでしょうか。
「あの……真壁、さん?」
ずいぶんと考え込んでしまっていたようです。
目の前に人がいる事にも気づいていませんでした。
「あ……如月さん」
声の主は如月千早さんでした。
765プロの先輩で、私たちのずっとずっと先を行く方です。
「急に話しかけたりしてごめんなさい」
ハッとした私を見て、如月さんが視線を逸らしました。
私を心配してくれている事は、仕草や表情で分かります。
だから如月さんが気まずそうにする必要なんでどこにもありません。
「いえ、大丈夫です」
だから私はそう答えました。
ホッと息を吐いたのが伝わってきます。
「なんだか悩んでいるように見えたのだけれど」
意を決したように、と言えばいいのでしょうか。
顔を上げた如月さんがそう言いました。
「力になれるかは分からないけれど、話を聞くくらいならできるかなって……」
けれどその表情は、どこか自信なさげに見えます。
その姿に、なぜか私は昔の自分を思い出していました。
自分の気持ちが上手く伝えられなくて。
みんなとどう関わっていけばいいのか分からなくて。
劣等感のようなものを抱えていた、昔の自分です。
まるで見当違いな事を考えているのかもしれません。
こんなことを考える事自体、失礼な事かもしれません。
けれど私は、勝手に親近感のようなものを感じていました。
それに如月さんは、こういった事に慣れていないように見えます。
……私も人の事は言えないのですが。
ともかく、こうして声をかけてくれた事が嬉しくて。
だから私は先輩を頼る事にしました。
「……なるほど」
一通り打ち明けると、如月さんは頷きました。
あごに手を当てて言葉を探しているようです。
「今の真壁さんだから歌える歌があると思うの」
少しの沈黙の後、そう切り出されました。
「今の私だから……ですか?」
「ええ」
今のままではちゃんと歌えないと、私はそう思っていました。
ですが、如月さんは言うのです。
メロディに、歌詞に、その表面に囚われてはいけないと。
ただ素直に向き合うだけでいいのだと。
今の私だから気づける事があって。
今の私だから見えるものがあって。
分からないという事は、分かりたいの裏返しで。
そういった事に向き合った先に、どうしたいのかがあるんじゃないかと。
「それは全部、今の真壁さんにしか分からない事じゃないかしら」
歌と、自分と、向き合って。
その先にある想いを見つけて。
それを歌に乗せて、歌う。
その話がストンと胸に落ちました。
決して簡単な事ではないでしょう。
ですが、ついさっきまでのことを考えれば雲泥の差です。
やるべき事が見えたのですから。
「抽象的な事しか言えなくてごめんなさい」
申し訳なさそうな声が耳を打ちました。
どうやら私は、無意識のうちに如月さんを見つめていたようです。
その視線で誤解させてしまったのかもしれません。
こういう時、自分の無表情を悔しく思います。
もっと気持ちをストレートに表にさせたら、と。
私は如月さんに感謝しているというのに。
「相談に乗るなんて言いながら頼りない先輩で……」
「いいえ、そんなことはありません」
ですが、今すべきは後悔なんかではありません。
表情に出ないのなら、言葉で伝えればいいのです。
「如月さんのお陰で、やるべき事が分かった気がします」
俯きがちだった目が、私を見てくれました。
しっかりと目を合わせて、感謝を伝えます。
「だから、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、胸を撫で下ろす気配がしました。
「いえ、お役に立てたのなら良かったわ」
緊張から解放されたような、そんな表情が飛び込んできました。
自分の気持ちがちゃんと伝わったんだと、そう教えてくれます。
そしてもう一つ気づいた事があります。
声をかけてくれた如月さんも、不安を抱えていたんだという事を。
私の前を素通りしたとしても、誰も何も言わないでしょう。
そもそも私は、如月さんに気づいてもいなかったのですから。
それなのに、声をかけてくれました。
「また、相談に乗ってくださいますか?」
それがどれだけ嬉しかったことか。
その気持ちを伝えたくて、厚かましいお願いをしてしまいました。
「ええ、私で良ければ喜んで」
嬉しそうな笑顔が、とても綺麗でした。
私の気持ち、伝わったようです。
***************************
それからはもう、あっという間でした。
毎日のレッスンに汗を流して。
学校で授業を受けて、友だちとおしゃべりをして。
公演の宣伝にと、ラジオやウェブ番組にも出演しました。
目の回るような日々を駆け抜けて、気づけば公演の当日です。
完璧でなくてもいいから、後悔だけはしないように。
自分にできる精一杯を見せられるように。
それだけを胸にステージに立っていました。
時間が嵐のように過ぎていきます。
ただただ無我夢中で、気づけばもう私のソロ曲を残すのみになっていました。
照明が落とされたステージの中央、そこにいるのは私一人。
なのになぜか、それほど緊張していません。
これまでの事を振り返る余裕さえあるくらいです。
一緒に頑張ってきたみんなが舞台の袖からこちらを見ているからでしょうか。
何度も何度も聞いたイントロが流れ出しました。
スポットライトが私に降り注ぎます。
頭が真っ白になるかも、なんて心配は杞憂だったようです。
考える前に体が動いて、口から歌があふれ出します。
それはきっと、想いがあるから。
この胸に、伝えたい気持ちがあるから。
それを見つけられたから。
私は自分が好きになれました。
歯がゆい思いをする事もあります。
でも、今の自分が好きなんです。
受け入れてくれる人が増えました。
気持ちが伝わる人が増えました。
かつての自分には考えられなかった事です。
嬉しくて。
嬉しくて。
だから今度は、私が。
受け入れてもらうだけじゃなくて、受け入れたい。
それはきっと、ずっとあった気持ち。
私は、みんなを、誰かを、もっと好きになりたいんです。
『………らぶですか?』
この気持ち、伝わるといいな。
――――――
――――
――
屋上への扉を開けると、目の前に大きな月が出ていました。
吹き抜けていく風が火照った体に気持ちいいです。
メインとして立った初めてのステージは無事に幕を下ろしました。
今の私にできる事は全部やれたと思います。
プロデューサーも笑顔で迎えてくれました。
大成功と言っていいんじゃないでしょうか。
お客さんを送り出した後にジュースで乾杯をしました。
ちゃんとした打ち上げはまた後日にするようです。
……楽しみ。
後はもう帰るだけ……なのですが。
何となくここに来てしまいました。
アンコールに応えて、全ての演目をやり終えて。
今日のメンバー全員で挨拶をすると、劇場を揺るがすような歓声が応えてくれました。
体の芯が震えるような感動。
ああ、私はちゃんとやれたんだなって。
その達成感を、もう少しだけ噛みしめたかったのかもしれません。
背後でガチャリと音がしました。
私と同じように、誰かがやって来たようです。
「ここにいたんですか」
馴染み深いその声を私が聞き間違うはずもありません。
振り返ると、そこにいたのはやっぱりプロデューサーでした。
「はい。余韻に浸っていました」
「良いステージでしたからね」
隣にやって来たプロデューサーはのんびりと笑っています。
ネクタイを外している所を見ると、今日のお仕事は終わりのようです。
プロデューサーであり、お兄さんでもある。
そんな姿を見て、聞いてみたくなりました。
「……私は届けられたでしょうか」
今の私の気持ちを乗せて、できる限り精一杯。
果たしてそれは、誰かに伝わるだけの力があったのでしょうか。
やり遂げた充実感はあります。
ですが、それだけで満足してはいけないような気がしたのです。
「ええ」
何を、とは聞き返されませんでした。
私の言いたい事を、ちゃんと分かってくれています。
隣を見上げると、満足そうな笑顔でした。
分かってくれるのはプロデューサーだから?
それとも、お兄さんだから?
そんな疑問が頭をよぎりました。
お兄さんだろうとプロデューサーだろうと。
今までそんなこと気にもならなかったのに。
驚いて。
慌てて。
それなのに心がフワフワしていて。
落ち着かないのに安らかで。
恥ずかしくて。
嬉しくて。
それはまるで……
「……好きです、お兄さん」
強く吹いた風が背中を押してくれたんでしょうか。
何かを考える前に言葉がこぼれ落ちました。
そうやって口に出して、私は初めて気づきました。
この気持ちは、ずっと私の中にあったんです。
ずっとずっとすぐ傍にあって。
そこにあるのが当たり前で。
だから今まで見つけられなかった想い。
自分の歌と向き合って。
自分の気持ちと向き合って。
ようやく見つけられた想い。
「…………瑞希、ちゃん?」
口調がお兄さんのものに変わっています。
こちらを見る目が見開かれています。
でも、瞳の奥にあるのはいつもと同じ優しい光。
ああ。
お兄さんはやっぱりお兄さんですね。
「冗談です」
誠実なプロデューサーへの信頼。
昔から知っている家族への親愛。
手品を教えてくれた師匠への尊敬。
私を導いてくれた恩人への感謝。
私の中には色んな『好き』があります。
どんな名前を付けたらいいのか分からない、たくさんの『好き』が。
「……そっか」
だから今はこれでいいんです。
今はまだ、自分の気持ちが全部分かったわけではありませんから。
でも。
これから先、この想いに名前が付くのだとしたら。
もしそれが、『恋』だというのなら。
その時は覚悟しておいてくださいね、お兄さん?
<了>
というお話でございました
以前に書いた話から約2年、ようやく形になりました
真壁瑞希さんから告白された後「冗談です」って言われる人生が送りたい
お読みいただけましたなら幸いです
親戚ってことはメモリアルコミュ5の内容も変わってくるのかねぇ
乙です
真壁瑞希(17) Da/Fa
http://i.imgur.com/xrJoLBm.png
http://i.imgur.com/GVehLRx.png
>>27
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/FnF055A.jpg
http://i.imgur.com/wDVHapz.png
>>43
「...In The Name Of。 ...LOVE?」
http://youtu.be/j-3IOaaJb74?t=104
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