商人「私は汚れた心の持ち主のところに現れ、相応しい商品をご提供する者です」 (21)

男「はぁ……」

男(俺は若くして社内の落ちこぼれだ)

男(これといったスキル無し、コミュ力無し、ルックス無し、ストレス耐性無し)

男(こんなんじゃ新入りの頃ならともかく、入社数年目ともなると誰からも相手されなくなる)

男(俺以外の若手はみんな、何かしら強みを持ってて、それを仕事に生かしてるってのに)

男(神様っつうのは不公平だ。俺みたいな持たざる者を作りやがって)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1620472931

会社帰り、書店に寄る。

『ぐんぐんコミュ力がつく本』

『大人になってから学ぶ英会話』

『プレゼンテーションの極意』

男「……」

男「めんどくせ」

男(なんで俺が努力しなきゃならん)

男(上にいる連中の方から、俺のところまで落ちてくればいいのに……)

男(そうすりゃ、俺が相対的に若手トップになれるのに……)

商人「ずいぶん汚れた心の持ち主ですねえ」

男「!?」ギョッ

男「な、なんだあんた!?」

商人「私ですか? 私はあなたのような汚れた心の持ち主のところに現れ――」

商人「相応しい商品をご提供する者です」

男「なんかそういう商人、どこかで見たことあるな。たしかアニメで……」

商人「気のせいです」

商人「ところであなた、優秀な同僚たちを蹴落とす方法はないかなぁ、と考えてたでしょう?」

商人「いえそれどころか、勝手に向こうから転げ落ちてくれないかなぁ、と……」

男「なんでそれを……!」

商人「そんなあなたに相応しい商品がこちらです」

商人「≪デバフガン≫」

男「デバフガン……?」

商人「“デバフ”ってご存知ですか?」

男「いや……」

商人「ゲームの用語で、敵の能力を下げたりすることを指すのですが……」

男「俺、ゲームあまりやらないからなぁ。難しいとムカつくし、詰まるとすぐ投げ出しちゃうし」

商人「実にあなたらしい」

男「うるさいよ」

商人「この道具の使い方は簡単です」

商人「銃口を人に向けたら、下げたい能力を念じつつ、引き金を引く」

商人「それだけで、その人の能力が大幅に下がります」

商人「例えば話が上手い人のトーク力を下げたら、たちまち口下手になってしまうでしょう」

男「マ、マジで?」

商人「いかがでしょう。このデバフガン……お買いになりますか?」

男「買うよ……買わせてくれ!」

商人「お金はいただきました。ではどうぞ」

男(見た目は完全にオモチャの銃だけど……)

商人「ああ、最後に秘密のボタンについて説明しておきます」

男「ボタン?」

商人「ガンのグリップの下に、小さなボタンがあるでしょう」

男「あ、ホントだ」

商人「それはリセットボタンです。下げた能力を全て元通りにすることができます」

男「ふうん」

次の日――

カバンに≪デバフガン≫を入れて出勤する。

男(ついついノリと勢いでこんなもん買っちゃったけど……ホントに効果あるのかな?)

男(てか、絶対騙された気がする……。とにかく誰かで試してみたいけど……)

男「ん?」

OL「どうしよう~! 外国の人から電話が~!」

若手A「俺に任せて。電話回してよ」

男(そうだ、さっそく試してみるか!)

男(あいつの英語力……下がれ!)グッ

引き金を引く。

すると――

若手A「Hello, can I help you?」

若手A「……」

若手A「……あれ?」

若手A「えと……あの……ソーリーソーリー! アイムソーリーヒゲソーリー!」

若手A「えと、あの……ヘルプミー!」

男(すげえ!)

男(留学経験あるとかで、英語ペラペラのあいつが、途端にしどろもどろになった!)

男(ホントに英語力が下がったんだ!)

部長「本日は若手社員のプレゼン会を行う。各自、自分の企画を持ち時間でプレゼンしてくれ」

部長「では君から行こうか」

若手B「はいっ!」

男(こいつのプレゼン力はずば抜けてる……)

男(休みの日に金払ってセミナーを受けたこともあるとか。お前みたいなのを意識高い系っていうんだよ)

男(プレゼン力、下がれ!)グッ

引き金を引く。

若手B「私の企画したプランは……」

若手B「え、プランは……えーと……」

若手B「……なんでしたっけ? わ、私の企画は……!」

ドヨドヨ…

「グダグダじゃん」 「自信満々だったのに」 「珍しいこともあるもんだ……」

男(うひゃひゃひゃひゃひゃ!)

男(プレゼン自信あるマンが、プレゼンで大恥かいてやがる! ざまあみろ!)

社員「これデータ入力頼むよ」

若手C「分かりました」カタカタカタカタカタ…

男(タイピング力、下がれ!)グッ

若手C「……ん? あれ? 今日はミスタイプが多いな……」カタ…カタ…

男(俺よりタイピングが遅くなった!)



先輩「あんな無茶なクレーム電話受けて、よく平然としてられるな」

若手D「どんな時でもめげないのが俺の取り柄なもんで!」

男(メンタルの丈夫さ、下がれ!)グッ

若手D「だけど……本当はつらい……電話怖いよぉ……!」

先輩「おい、どうした!?」

男(そのまま電話恐怖症になって、ついでに出社恐怖症になってろ!)

男「すごい、すごいぞ! このデバフガン!」

男「こいつがありゃどんなに有能な奴だって、たちまちポンコツになっちまう!」

男「山登りで俺よりずっと先を歩いてた奴を俺のところまで……いや俺より下に落とせる!」

男「こいつをもっと駆使すれば、俺が若手ナンバーワンになれる!」

男「いや、会社のトップになることだって夢じゃないんじゃねえか!?」

男「だって、俺以上の奴を見つけたらすかさず“デバフ”かけてやりゃいいんだから!」

男「アーッハッハッハッハッハ……!」

男(さて、今日はどいつをデバフしてやろうか……)

男「ん?」

若手A「なんで英語力落ちたんだろう……また勉強しないと」

若手A「リスニングもしっかりと……」

男(こいつ、また英語を勉強してるのかよ!)

男(いや、他の奴も――)

若手B「プレゼン会では緊張しすぎた……緊張しないメンタルトレーニングを……」

若手C「タイピングソフトで一からやり直しだ」カタ…カタ…

若手D「電話怖い……けど、負けるもんか!」



男(こいつら……デバフかけられたのに、また元に戻ろうとしてやがる!)

男(ふん。だが、仮にまた能力が上がったところで、このデバフガンがありゃ意味ねえんだよ!)

男(お前らのやってることは崩されるのが分かり切った砂の城を作ってるようなもんだ!)

男「……」

男(だけど……俺の周囲にデバフかけまくって、それが一体なんになる?)

男(俺自身は全く成長してないわけだし……)

男(下手に若手ナンバーワンになったところで、期待に応えられるとは思えない)

男(それどころか有能なライバルを次々潰してったら、この会社自体危なくなって)

男(俺の収入だって危うくなるんじゃ……)

男「……」

男「俺は……なんてバカなことをしてたんだ……」

男(このリセットボタン……押そう)ポチッ

男(これであいつらの能力は戻ったはずだ)

男(そして、俺も――)

ポイッ

デバフガンをゴミ箱に捨てる。

そして、その足で書店に向かい――

『ダメリーマンを卒業する本』

男「とりあえず……これ買って読んでみるか」

――――

――

商人「ふむふむ、どうやら彼はデバフガンを捨て、自分にバフをかける道を選んだようです」

商人「三日坊主で終わるかもしれませんが、それでも進歩には違いないでしょう」

商人「さて、私はどうしましょうかねえ」

商人「また“汚れた心の持ち主”を探さないといけませんね」

商人「しかし、私の目にかなうほど心が汚れている人物はなかなか……」

商人「いや、いました」

商人「それは……あなたです」

商人「そう、これを読んでいるあなたですよ」

商人「あなたは今回の彼を見て、ひょっとするとこう思ったのではありませんか?」

商人「『なんだこの安直なハッピーエンド』『こんな簡単に改心するかよ』」

商人「『デバフガンをもっと悪用してからのバッドエンドが見たかったのに』……などと」

商人「彼の破滅を望み、彼が奈落に落ちる様を見たかったのではありませんか?」

商人「だとしたら、あなたの心は相当汚れています」

商人「近いうち、あなたの元に訪れることもあるかもしれません」

商人「その時、あなたが今回の彼のようにハッピーエンドを迎えられるかどうかは……あなた次第です」








― 終 ―

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom