中野一花「勉強終わったらお姉さんの部屋に来て」上杉風太郎「は?」 (12)

「好きだよ、フータローくん」

狼少年という童話に描かれた教訓は、私にはあまり根づいていないようで、嘘ばかりつく私のことを、彼はもう信じてはくれない。

「キスしたい」

とはいえ、どうせ信じてくれやしないのだと自棄になり、こうして本音を口にすることが出来るようになったことは不幸中の幸いだ。

「はっ……寝言は寝て言えよ」

鼻で笑う彼の声が、嘘つきを見る冷たい眼差しが堪らなく愛しくて、こうして蔑まれるのがすっかり癖になってしまった。

「一花」

とろんとした酩酊感に浸っていると、そんな私を見咎めた家庭教師は説教を始める。

「しっかりしろ」

彼の目にはとてもだらしなく映るのだろう。
寝ているうちに服を全部脱いでしまって、あられもない格好で寝ぼけたことを吐かす私を見て、やるせない思いに駆られるのだろう。

「やだ」

けれど、私はしっかりなどしたくないのだ。
どれだけ惨めで、恥ずかしい姿を見られようとも、そんな私を見て上杉風太郎くんがどれだけ心を痛めようとも、私はただ、あなたに。

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「やあ、フータローくん」

冷たいお水で顔を洗って、さっぱりした私は中野家の長女として切り替えていた。

「ようやく起きたか。これはお前のぶんだ」

どさっと重たい手作り問題集を手渡される。
恐る恐る中を覗くと。英単語と英文だらけ。
洋楽を聴くのは好きだけど読むのは苦手だ。
1番苦手な社会じゃなくて良かったけどさ。

「お姉さん、くじけそうだよ」
「せめて辞書を引いてから言え」

弱音を吐くと、問題集の上に辞書が乗る。
わからない単語はこれで調べろとのこと。
いつになく、いやいつも通り彼は冷たい。

「出来ればキミに直接習いたいな」
「駄目だ。自分で調べないと身につかん」
「そんなこと言わずに、ほら、アイラブユーの意味から手取り足取り教えて?」

すると彼は辞書を手に取り、すぐに該当の単語の意味をこちらに見せてきた。

「ほら、簡単だろう?」

ぐぬぬ。そんなに簡単なものならこっちだって苦労はしてないのに、この男ときたら。

「発音の仕方は?」
「スピーキングの前にまずはリーディング能力を身につけろ。話はそれからだ」

やれやれ。いくら自分のせいとは言え、キミのあまりの素っ気なさにお姉さん泣きそう。

「一花」
「ん? なにかな、フータローくん」

しばらく英語と格闘していると珍しく彼のほうから声をかけてきた。すぐに顔を上げる。
真面目に頑張ってたから褒めてくれるかも。

「お前は洋楽が好きだったな」
「え? あ、うん。好きだよ」
「なら、音楽を聴きながら勉強するのも手かも知れない。試してみるか?」

なるほどね。そういう勉強法もあるのか。

「ううん。とりあえず今はいいや」

あとで自分ひとりで勉強する際に試そう。
今は周りの音が聞こえなくなると、困る。
だって私のモチベーションは、彼だから。

「そうか。ま、頑張れよ」
「うん! 頑張ります!」

ふと微笑って、彼は妹たちの勉強を見る作業に戻る。採点をしたり、質問に答えたり忙しそうだ。そして私は放置プレイ。寂しいな。

「ふあぁ……んんっ」

欠伸を噛んで飲み込み、背伸びをする。
しばらく辞書と問題集を行ったり来たりしていると、眠たくなってきた。刺激が欲しい。
刺激を求めて私は、フータローくんを呼ぶ。

「フータローくん」
「なんだ、一花」
「ちょっと肩を揉んでくれたまえ」

我ながら偉そうな口ぶりだったが、彼は意外にも素直に肩を揉んでくれた。極楽極楽。

「ありがとう、フータローくん。今度お礼に胸を揉ませてあげよう」
「アホか。まだ目が覚めてないようだな」

再び寝言をほざいた私の首筋を、コリッと。

「あひゃんっ!?」

思わず変な声が漏れた。妹たちが何ごとかと視線を向けてくる。口を押さえて彼の魔の手から耐える。コリコリ、コリコリ、やめて。

「どうだ、一花? 少しは懲りたか?」
「わ、悪かったから! 謝るからぁ!」
「懲りた上に肩のコリまで取れたわけだ」

彼は薄ら寒いオヤジギャグをかまして、私の首筋から手を離す。妹たちも白けた目をして再び勉強に戻った。その隙に彼を引き寄せて。

「勉強終わったらお姉さんの部屋に来て」
「え?」

そっと耳元で囁いてから、私も勉強に戻る。
妹たちの前で恥をかかせたことを後悔させてやるとほくそ笑みつつ英単語を脳に刻んだ。

「さて、フータローくん」
「なんだよ、わざわざ呼びつけて」
「お姉さんは怒ってるんだよ?」

腰に手をやって如何にも怒っていますという雰囲気を醸し出して私は頬を膨らませた。
しかし、彼は悪びれずに開き直った口調で。

「さあ? まったく身に覚えがないな」

カチンと来た。散々ひとの首筋を弄り回してからこの態度。もう絶対に許さないからね。

「フータローくん、これ付けて」
「なんだよ、コレ」
「私の愛用のイヤホン」

寝る前に音楽を聴く時に愛用しているイヤホンを彼に手渡す。しかし、彼は困惑して。

「何故こんなもんを付けないといけないんだ? お前は俺をどうするつもりだ?」
「いいから。よし、お姉さんが付けてあげよう。ほら、じっとして動かないで」
「うわ! やめろ! そんな奥まで入れんな!」

素晴らしい反応だ。ゾクゾクしてしまう。
グリグリと彼の耳の穴に私が毎晩挿れているカナル型のイヤー・ピースを捻じ込んでいると、なんだかいけないことをしている気分になってしまうが、本題はここからなのだ。

「で? そろそろ説明してくれ」
「こほん。フータローくんには今からお姉さんのお気に入りの洋楽を聴きながらマッサージを受けて貰います」
「マッサージ?」

ポカンとした彼だったがすぐ合点がいったらしく、耳からコードをぶら下げながら。

「ふむ。さっきの意趣返しってわけか?」
「そうだと言ったらどうする?」
「別に構わねえぜ。俺には効かないからな」

やけに自信満々な彼の態度が気に入らず、私はすぐさま施術にかかる。そっと、触れた。
忘れずに音楽プレーヤーの再生ボタンを押して、近頃嵌っているdioの"twisted"を流す。

「お前、こんな曲聴いてんのか……」
「意外?」
「思ったより激しくてびっくりした」

なんだか恥ずかしい。似合わないかな。

「別の曲にする?」
「いや、なかなか気に入った」

なんだか嬉しい。彼に理解して貰えた。

「それじゃあ、覚悟はいい?」
「ああ、いつでも来いよ」

腕まくりして彼の首筋をコリコリし始める。
しかし、彼は動じない。気持ち良さげに音楽に耳を傾けて鼻歌まで奏で始めた。

「くすぐったく、ないの?」
「うちにはらいはという俺専属のマッサージャーが居るからな。だから効かないのさ」

なるほど、らいはちゃんか。恐ろしい子だ。

「じゃあ、今度はベッドに寝転んで」
「無駄だと思うぜ?」
「やってみないとわからないよ」

負けてなるものかと彼をベッドに横たえる。
私のベッドに寝そべる上杉風太郎を真上から俯瞰すると、それだけで征服欲のようなものが満たされる気がした。いけないいけない。

「フータローくん、踏むよ?」
「定番だな。好きにしろよ」

彼の余裕ぶりに腹を立てた私はいそいそと素足になり、曲のリズムに合わせて彼の背中を踏みしだいた。だんだん、楽しくなる。

「ふっ……くっ……これでもかっ」
「いいぞ、一花! その調子だ!」

駄目だ。フータローくん強すぎ。勝てない。

「はあ……はあ……ちょっと休憩」

肩で息をする私に、家庭教師は檄を飛ばす。

「一花! お前はやれば出来る! 頑張れ!」

そう言われると力が湧いてくる。もう少しだけ、あと少しだけ頑張ろうと思えてくる。
しかし、今のままでは駄目だ。何か手は。

「ようし。お姉さんを本気にさせたね!」

首筋も肩も背中も駄目。試しにふくらはぎや足裏に乗ってみたが、これも効果なし。

「あとは……お尻だけかぁ」
「ッ!?」

彼の形の良いお尻を見つめながら呟くと、身じろぎをした。それを私は見逃さなかった。

「ん? フータローくん? どうかした?」
「い、いや。もう充分堪能させて貰ったよ」
「誰が起きていいって言ったの?」

起きあがろうとした彼の後頭部を踏みつけてから、私は彼の弱点に肛撃を開始した。

「い、一花! そこはマズイ!」
「どうして? らいはちゃんはお尻までマッサージしてくれないの?」
「し、親しき仲にも礼儀があるからな」

ふうん。ま、私には何ら関係ないことだ。

「礼儀知らずな生徒でごめんね」
「あ、謝るくらいならやめてくれ!」
「フータローくんが悪いんだよ。妹たちの前で私に恥ずかしい思いをさせたんだから」

すると、フータローくんはため息を吐いて。

「一花の肩の荷を下ろしてやりたくてな」

思わずぐっと来た。私のため、だったんだ。

「私はしっかりしないといけないんじゃなかったの? どうして、私を甘やかすの?」
「俺も長男だからな」

いけない人だ。悪い男だ。捻くれ者め。

「フータローくんも"twisted"なんだね」
「お前もな」

今日覚えた単語は一生忘れないだろう。

「好きだよ、フータローくん」

囁きながら、優しく、彼のお尻をひん剥く。
現れた存外綺麗な双丘に目を奪われながら。
そっと、その谷間の奥深くに指を差し込む。

「信じて貰えないかも知れないけど」
「お前は嘘つきだからな」
「うん。私は嘘つきだから」

だから、行動で彼への愛を示す必要がある。

「ちゅっ」

優しく口付けると彼のお尻がびくっとなる。

「あは。びっくりした?」
「な、なんで尻にキスするんだよ」
「捻くれ者だから」

お互いに、欲しいものだけを与えられると駄目になってしまう。だから逸脱しよう。
ちょっとだけズレた嗜好がお似合いなのだ。

「フータローくんが嫌ならやめるけど」

すると彼はまた溜息を吐いて諦めたように。

「俺もお前と同じ、捻くれ者だからな」

やはり彼はtwisted。私と同じ捻くれ者だ。

「じゃあ、"twisted up"するね?」
「え?」

大人しく触れていた指先を蠢かす。
すぐに目当ての部分にまでたどり着いた。
あとは思う存分、弄り回すだけだ。

「フータローくん、力抜いて」
「い、一花! やっぱり普通のほうが……!」
「駄目だよ。だって私たちは歪んでるから」

ぐりゅっと鍵穴を回すとすんなり出てきた。

ぶりゅっ!

「フハッ!」

歓喜の愉悦は2人ぶん。自然と重なり合う。
私とフータローくんだけが理解出来るもの。
歪んだ愛情を共に分かち合う、悦びなのだ。

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

息を揃えて哄笑を響かせる。すごい一体感。

「ふぅ。ほんとにキミはお尻が弱いんだね」

事が終わったあと、慈しむようにお尻を撫でていると彼は切実な声音で懇願してきた。

「こ、このことは他の奴らには……」
「言わないよ」

言うわけがない。私だけでいい。私だけが。

「狼少女の言うことなんて、誰も信じない」
「はっ……違いないな」

嘘つきの言うことは誰も信用しない。
誰だって騙されるのが怖いから。でも。
嘘つきだって怖いのだ。真実を話すのが。

「あのね、フータローくん」

そっと彼の耳からイヤホンを外して、囁く。

「実はさっき首筋コリコリされた時ね、ちょっとだけおしっこ漏れちゃったんだよ?」
「フハッ!」

信じるも信じないも、彼次第。それでいい。
何もかもを信じられてしまうのは困るから。
信じたいことだけを、彼には信じて欲しい。


【捻くれ一花の本音】


FIN

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 04:17:31   ID: S:4xHH2i

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