――ほどほどに賑やかなカフェ――
北条加蓮「ただいまー……」
高森藍子「おかえりなさい、加蓮ちゃん。ずいぶんゆっくり選んでいたんですね。ドリンクバー、そんなに種類が――」
加蓮「…………」ズーン
藍子「……どうしたんですか? なにか、いやなことがあったとか……」
加蓮「……カフェにドリンクバーなんて珍しーって思って注ぎに行くじゃん」
藍子「はあ」
加蓮「藍子に何飲ませよっかなーって考えるじゃん」
藍子「はあ。……なんだか、雲行きが怪しくなったような」
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レンアイカフェテラスシリーズ第149話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「あしあとを追いかけたカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「昼下がりのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんたちと」北条加蓮「生まれたてのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「熱量の残るカフェで」
加蓮「ドクタードリンクを作ろうとするじゃん」
藍子「……なんですか、その危なそうな名前の飲み物」
加蓮「ファミレス名物、複数のジュースを混ぜ合わせた罰ゲーム用ドリンク」
藍子「未央ちゃんじゃないんですから……」
加蓮「ちなみに命名はその未央だよ。なんか、怪しい博士の作る飲み物みたいって由来」
藍子「晶葉ちゃんや志希ちゃんに怒られてしまいそうな名前……」
加蓮「志希ならノリノリで乗っかってたけど」
藍子「あ~」
藍子「でも、加蓮ちゃんが手に持っているのは、ハーブティーと普通のオレンジジュースですね」
加蓮「こういうバカなノリってさー……」
藍子「はい」
加蓮「目の前で同じことやってるアホがいると、急に冷めちゃうよね」
藍子「……はあ」
加蓮「しかも目がぱっちり合っちゃってさ。あ、こいつ同じことしようとしてるって見抜かれた時なんかさ」
藍子「…………」
加蓮「……今日もう帰っていい?」
藍子「1人で帰ってください」
加蓮「藍子ちゃんが冷たいー」
藍子「もう……。加蓮ちゃん。あんまりそこで、暗い顔をして立ったままだと、店員さん達に心配されてしまいますよ?」
加蓮「うん。なんかさっきから視線を感じる。あと、ほんのちょっとだけ「痴話喧嘩」とか「浮気がバレた子」とかいう言葉が聞こえた」
藍子「えええぇ……」
加蓮「よっと。はいジュース。ハーブティーの方がいいなら交換するよ?」
藍子「ううん。ありがとう、加蓮ちゃん♪ ちょうど、少しだけ甘い物が飲みたい気分だったんです」
加蓮「あ、やっぱりー?」
藍子「くすっ。ばれていたんですね」
加蓮「藍子の顔がそんな顔してた」
藍子「……?」クニクニ
加蓮「ほっぺたじゃなくて、顔だけどね」
加蓮「店員さんにジロジロ見られちゃったけど、なんかあんまり不快感ないねー。クラスでちょっと見られてるって程度かな」ズズ
藍子「先ほど、注文を聞きにいらした時も、丁寧というより話しかけやすい雰囲気でしたよね」
加蓮「ね。藍子も、自然な笑顔でありがとうって返してたし」
藍子「そ、そうだった?」
加蓮「…………、」
藍子「加蓮ちゃん?」
加蓮「藍子。ハーブティーは、ドリンクバーなんかで飲むものじゃないみたい……!」
藍子「加蓮ちゃんが、今日1番の真剣な顔に……!」
藍子「でも、ジュースは普通に美味しいですよ。飲んでみますか?」
加蓮「やめとくー」
藍子「お茶やコーヒーは、やっぱり店員さんに淹れてもらう方が美味しく飲めるのかも?」
加蓮「だからわざわざメニューに、ドリンクバーとは別に書いてあるんだ」
藍子「前に来た時も、ココアをいれてもらったんですけれど、とっても美味しかったです。ほんのりあまったるくて、溶けちゃう感じ……♪」
加蓮「やっぱり直接注文した方がよさそう……っていうか、なんでここカフェなのにドリンクバーがあるの?」
藍子「どうしてでしょうね」
加蓮「他のメニューとか雰囲気はカフェなのに。コーヒーに色んな種類があるところとか、店員さんが常連客っぽい人とお喋りしてたりとか」
藍子「まったりとした落ち着く空気も、カフェならではですっ。ほら、テラス席もあるみたいですよ。あっち」
加蓮「それは……カフェだね……!」
藍子「カフェですねっ」
加蓮「ホント、いい場所を見つけてくるよね。さすが藍っ――」
藍子「……?」
加蓮「……しーっ」
藍子「し~っ」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……よし」
藍子「……?? もしかして、いま、店員さんが近くを通ったから?」
加蓮「そうそう、そういうこと」
藍子「だから声を潜めたんですね。でも、お話し声くらいなら、迷惑にならないとは思いますけど……」
加蓮「アホっ。一応変装してきてるのに、堂々と藍子の名前を出したらバレちゃうでしょっ」
藍子「あ」
加蓮「バレたら騒ぎになっちゃうかもよ。それも、ただのアイドルじゃない。カフェの希望の星、カフェアイドル高森藍子!」
加蓮「なんてことがバレたら……ほら、あっちの少し空いたスペース。そこで新曲を披露することになっちゃうかもよー?」
藍子「残念ながら、新曲はありませんよ? 最近は定例LIVEが多めですから」
加蓮「じゃあ加蓮ちゃんの歌を貸してあげる。出来が悪かったら明日の朝まで居残りレッスンだからね」
藍子「イヤですっ。そんなことをしたら、また加蓮ちゃんが体調を崩しちゃいます」
加蓮「なんでそこで最初に私の名前が出てくんの。っていうか"また"って何よ。私はもう元気いっぱいなんだけど?」
藍子「加蓮ちゃんのお母さんが、この間、微熱を出して学校を休んだって――」
加蓮「ちょっ……。また余計なことをべらべらと!」
藍子「事務所でも、いつもお布団を蹴っ飛ばしてお昼寝しちゃうから……」
加蓮「あれは私が、ちょっと疲れて横になってたら来る人来る人みんなが布団を重ねていくから! 私は布団置き場じゃないんだけど!?」
藍子「それで、ついついうとうとしちゃうんですね」
加蓮「くっ……!」
藍子「まあまあ。最近はお昼も暖かくなってきましたから、お昼寝びよりですっ」
加蓮「それは分かるけどさー……。人前でお昼寝するようなキャラじゃなかったのに、私」
藍子「最近の加蓮ちゃんが、そうなったということですよ」
加蓮「もう」
藍子「あっ……。店員さんに名前を聞かれない方がいいなら、加蓮ちゃんの名前も、違う名前でお呼びした方がいいのかもしれません」
加蓮「……それ大昔に思いついてアホやったパターンだからやめとこ?」
藍子「あはは、そうでした。でも、どうしたらバレずにいられるでしょうか」
藍子「う~ん……」
藍子「いっそ、バレちゃったら……バレちゃった時ってことにしちゃいましょう!」
加蓮「そういうパッション全開の考えは嫌いじゃないよー」
藍子「えへ」
加蓮「今のところはバレてないみたいだし、それにさ」
藍子「?」
加蓮「なんか、ここの店員さん達ならいいようにしてくれそうな気がする」
藍子「それ、なんとなく分かります」
加蓮「なんかみんな、店員さんなのに距離感ないよね。かといって馴れ馴れしいって感じもしないから気が楽だし」
藍子「この絶妙な距離が、お客さんに落ち着いてもらう1つのコツなのかも……」
加蓮「あとただのエプロンなのになんか可愛いよねっ」
藍子「はいっ♪」
加蓮「ねー」
藍子「それに、みなさん元気いっぱいなんです。心から、楽しんでいるっていうのが分かって……」
加蓮「分かるー。最初に注文を取りに来た時も、なんかそういう感じだったよ」
藍子「店員さんというより、友だちに持ってきてもらったような感覚でした♪」
加蓮「それは……ふふ、さすがに言い過ぎじゃない?」
藍子「では、近くの友だちが店員さんになって、注文を持ってきてもらったみたい……っていうのは?」
加蓮「なるほど?」
藍子「……加蓮ちゃんっ」
加蓮「ん?」
藍子「いま、加蓮ちゃんが誰を思い浮かべたか……当ててみせましょうか?」
加蓮「え、思い浮かべた人っていうなら藍子だけど」
藍子「ああ~っ。いまから考えようとしたのにっ。どうして加蓮ちゃん、先に言うんですか~」
加蓮「たははっ。残念、ここはいつものカフェじゃないからね。簡単に踏み込ませないよ」
藍子「そんなこと言うなら……今から、いつものカフェに連れて行っちゃいますよ?」
加蓮「えー……。まあ、藍子がそういうなら。じゃあせめて、このコーヒーを飲んで、その後メニューの……これ。パフェとフルーツポンチのセット!」
加蓮「パッと見た時にこれが目に入ったんだ。そしたらそれを注文しよう、って気持ちにならない?」
藍子「それは……分かりますけれど」
加蓮「ってことで、これを注文した後でならいいよ」
藍子「は~い」
加蓮「くくくっ」
藍子「……?」
藍子「……。加蓮ちゃん」
加蓮「なーに?」
藍子「……別に、いいですもんっ」プイ
加蓮「あははっ、拗ねちゃった。まっ、ホントのこと言うと最初に思い浮かべたのはホントに藍子で、それだと藍子には当てにくいじゃん? トンチンカンなことを言わせるのも可哀想だから、先に言ったってだけだよ」
藍子「そうだったんですね」
加蓮「クリスマスの時に、藍子の店員さんを見ちゃったからね。その印象が強いからかな……」
藍子「ありがとうございます、加蓮ちゃん」
加蓮「……なんでお礼?」
藍子「……私のことを覚えていてくれて?」
加蓮「なにそれー」
加蓮「さて……。この、ムカつくほどおいしくなかったハーブティーのことを忘れるためにも」パラパラ
藍子「そんなに口に合わなかったんですね。逆に、どんな味なのか気になっちゃう」
加蓮「何にしよっかなー。とりあえずパフェとフルーツポンチ、あとは……。今はそれだけにしよっと。藍子も食べる?」
藍子「加蓮ちゃん、……ひとくちだけっ」
加蓮「オッケー。すみませーんっ」
<はーい! ご注文、どうぞーっ
加蓮「パフェとフルーツポンチのセットっていうのを1つ、お願いしますっ」
藍子「……フルーツポンチ、もう1人分お願いしますっ」
加蓮「あれ?」
藍子「えへへ……。店員さんが、とってもいい笑顔だったから、私も何か、注文したいと思っちゃって」
加蓮「変なお客さん」
藍子「加蓮ちゃんだって、いま、すごくいい顔していましたよ。思わず写真に撮りたいなって思うくらいに」
加蓮「……」ゲシ
藍子「きゃ。たとえ話です、たとえ話~っ」
<はーい、いま行きますっ
<業者さんってもう来たー?
<まだです!
<店長、電話が来てるよ
加蓮「……藍子、ちょっとジロジロ見すぎ」
藍子「あっ。すみません……ちょっと、夢中になっちゃっていたかも」
加蓮「色んな物を見てみたいって思ったり、気になっちゃうのは分かるけどさ。あんまりじろじろ見てるとただの怪しい人だよ?」
藍子「……そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
加蓮「怪しい人ー」
藍子「む~」
加蓮「不審人物」
藍子「むぅ~……」
加蓮「モバP(以下「P」)さんに通報しとかなきゃ。怪しい人がいまーす」
藍子「やめて~っ。……Pさんに、どう説明するんですか?」
加蓮「……さあ?」
藍子「くすっ。また、おかしなことばっかり」
加蓮「まあねー。でも藍子、見すぎなのはホントのこと。少し抑えておきなさい?」
藍子「は~いっ」
藍子「店員さん達は……店長さんも入れて、4人でしょうか」
加蓮「と、裏にいるっぽい人が1人いるみたい」
藍子「えっ。分かるんですか?」
加蓮「さっきから挙がる名前と顔の向きから考えると、1人足りないっぽいの。ちらちら奥の扉を見てる子もいるみたいだし、裏に1人いるんじゃないかな――」
藍子「加蓮ちゃん、すごい……」
加蓮「…………」
藍子「あれっ。どうしてそんな嫌そうな顔に?」
加蓮「……こーいうのって今の私の物じゃなくて、昔の私の物だもん」
藍子「あぁ」
加蓮「気付いたら身についちゃって、藍子じゃないけど人の顔を見るようになっちゃって。それに、そんなこと知ったところでどうにもならないし……」
加蓮「どうにもならないって知ってても、自分が分かる為に無意識で観察するようになるんだよね。病院の奴らのこと」
藍子「……だから加蓮ちゃん、嫌な人たちって言うのに、けっこう詳しくお話するんですね」
加蓮「まあねー」
藍子「でも、いいじゃないですかっ。それが今の加蓮ちゃんにつながっているって思えば!」
藍子「たとえば、撮影の時にも、そうやって回りを見ることでスタッフさんのことが分かるようになるかもしれません。スタッフさんがこうしてほしいって思っていることとか、加蓮ちゃんなら見抜けるんじゃないですか?」
加蓮「それはまぁ、できるかもしれないけど」
藍子「ねっ? 嫌がるのは……しかたがないかもしれませんけれど、悪いことだけじゃないんですよ」
加蓮「……たはは。そだね」
藍子「はいっ」
加蓮「カフェで藍子を出し抜けたと思えば、悪くないよねっ」
藍子「あはは……。加蓮ちゃんが喜ぶならそれでもいいですけれど、できればもうちょっと、他のことでいいなって思ってくれた方が――」
<……ねえねえ、あの2人ってさ、ひょっとして……ひょっとしたりするっ?
<いま、撮影とか言ってたよ
<"かれんちゃん"って言ってたし、間違いないよね!
加蓮「…………藍子」
藍子「はい、何ですか?」
加蓮「アンタが堂々とアイドルの話をするから、私達のことがバレたっぽいんだけど??」
藍子「そうなんですか? 加蓮ちゃん、よく会話が聞こえますね……」
加蓮「それも昔勝手に身についた――ってそうじゃなくてっ」
藍子「……あっ。アイドルであることがバレちゃったのって、大変じゃないですか! 私、何を歌うかまだ決めていないのにっ」
加蓮「微妙に遅いっ。ってか決めてないって、アンタ歌うつもり満々だったの!?」
藍子「何を歌えばいいか分からないので、困るっていう意味です」
加蓮「そうなら早く言ってよ。うまいこと根回ししてセッティングしてたのに!」
藍子「加蓮ちゃんが言うと、本当にそうなっちゃいそう……!」
<でも変装してるしオフモードなんだね
<じゃあ気付かないフリ、気付かないフリ
<……あ、あとでサインだけもらってもいいかな? あたしファンで……
<うん知ってる
<迷惑かからないようにね。っと。今行きます
加蓮「……たはは」
藍子「今のは、私にも聞こえました。……大丈夫みたいですね♪」
加蓮「あっちの子、気付かないフリとか言いながらチラチラこっち見ちゃってる。気付かれてることなんて、余裕で気付いてるっての……なんてっ」
藍子「気づかないフリをしてくれたんですから、私たちも、気づいたことは気づかないフリをしておきましょ?」
加蓮「……えーっと、気付いたことを気付かないフリ。お、オッケー」
藍子「ちょっぴり、ややこしくなっちゃいましたね」
□ ■ □ ■ □
加蓮「いただきまーす♪」
藍子「いただきますっ」
加蓮「パフェは……わ、アイス! 生クリーム多めかと思ったらこれ、下の部分がほとんどアイスになってる」
藍子「しゃくしゃくって音が、ここまで聞こえますよ。加蓮ちゃん、おいしい?」
加蓮「もぐもぐもぐもぐ……」
藍子「その顔だけで、バッチリ分かります♪ 写真、写真……」
加蓮「うんっ。バニラの甘みがぎっちりしてて、あと牛乳のバランスが絶妙なんだね。食べた後、すーっ……って引いていくのがいい感じだよ」
藍子「ここのカフェ、写真を撮ってもいいのかな? 駄目とは書いていないみたいですけれど、う~ん……?」
加蓮「しばらく余韻みたいなのに浸って、次を食べたくなるんだよね。だからアイスによくある、急いで食べすぎて口の中が痛くなったりっていう心配もないみたい」
藍子「ここから見ると、下の方にはまた、違うフルーツが入っているみたい。イチゴと……これは、マンゴーでしょうか。こっちの橙色のは、なんだろ……?」
加蓮「パフェならではの楽しみだね。楽しませ方を分かってるー」
藍子「ふふっ」
加蓮「……それはともかく。藍子ちゃん? 何を勝手に、加蓮ちゃんの写真を撮ろうとしているのかなー?」
藍子「……ばれちゃってましたか」
加蓮「罰として……おいしょ、っと!」
藍子「アイスを、そんなにスプーンいっぱいに……。それ、一気に食べられるんですか?」
加蓮「はい、藍子。あーんっ♪」
藍子「って、私が食べる用ですか!? 加蓮ちゃん、そんなにたくさん口に入れられないですっ」
加蓮「罰だからダメ。ほらっ」
藍子「うぅ……。あ~ん」
加蓮「でも美味しいでしょ、バニラの味」
藍子「……♪」コクコク
加蓮「おっ、アイスの下にもう1層の生クリーム発見。あむっ……。これ、少し味が変わってるみたい。変わってるっていうより、味がついてる……?」
加蓮「これ、オレンジの味だ。バニラとは全然違って新鮮だね」
藍子「もぐもぐ……」
加蓮「食べてて飽きない工夫って、こういうことなのかな。おもしろーい♪」
藍子「もぐもぐ……」
加蓮「フルーツポンチも食べちゃお。……あれ、これ同じ味? あ、ううん。違うところもある……。へぇー」
藍子「もぐもぐ」
加蓮「……あははっ。藍子、まだハムスターになっちゃってる」
藍子「……」プクー
加蓮「ほんのちょっとだけ膨らんで、小ハムスターが大ハムスターになっちゃった」
……。
…………。
加蓮「ごちそうさまでした」
藍子「……ふうっ。やっと食べ終わりました~。加蓮ちゃん、ひどいですっ」
加蓮「ごめんごめん。ほら、フルーツポンチが食べてほしそうにしてるよ?」
藍子「なんだかアイスをいっぱいに頬張ったら、お腹がいっぱいになっちゃいました……。加蓮ちゃん、一緒に食べませんか?」
加蓮「え、私さっき食べたんだけど」
藍子「こうなったのは、加蓮ちゃんのせいですからっ」
加蓮「しょうがないなー。じゃ、おかわりいただきまーす」
藍子「私も、いただきます」
加蓮「もぐもぐ……うん。何回食べても美味しいからいいやっ」
藍子「~~~~♪」
加蓮「…………? 上の方から足音が……?」
藍子「ふわぁ……♪ あれ、加蓮ちゃん。後ろを振り返って、どうしたんですか?」
加蓮「うん、今足音が頭の後ろの方から――」
藍子「足音が頭の後ろの方から!? ……って、それなら2階席へ上る足音ではないでしょうか」
加蓮「2階席……あ、ホントだ。2階にも席があるんだ」
藍子「びっくりした……」
加蓮「?」
藍子「ううん。急に加蓮ちゃんが言い出すから、怖いお話かと思っちゃいました」
加蓮「ごめんごめんっ」
藍子「2階席には、読書用のスペースもあるんですよ」
加蓮「読書用?」
藍子「はい。本を持ち込んだり、Pさんみたいな方がお仕事をされたり。あと、いくつか本棚も用意されているようです」
藍子「店員さん達も、2階席にはあまりお邪魔にならないよう気を遣ってらっしゃるみたいですね」
藍子「ほら……加蓮ちゃん、あっち。いま、ドリンクバーを注文されていないお客さんの空になったコップに、店員さんがお茶を入れにいきましたよね。でも、2階の席には向かわないみたい」
加蓮「へぇ……。藍子、ホントによく見てるね」
藍子「ぼうっとしていたら、つい、店員さん達を目で追ってしまって……。2階席のことは、この前知ったんです。この前来た時は、1人だったということもあったからかもしれません」
加蓮「なるほどー。1人で、ねぇ。1人で……ふぅーん?」
藍子「う」
加蓮「1人でねぇー。そっかー」
藍子「だって、加蓮ちゃんがすごく忙しい時期で、それに――」
加蓮「?」
藍子「ううん。ごめんなさい、なんでもありませんっ。……私の中で、もう飲み込んだことだから」
加蓮「そう? ……ま、加蓮ちゃんは大活躍中のアイドルですから」
藍子「そうですよ。こうして、一緒の時間を過ごしてくれることが嬉しくて……なんて言ったら、なんだか距離が空いちゃう気がしますね……」
加蓮「そうかな? ……うん、ちょっとだけそうかも」
藍子「だから、加蓮ちゃん」
加蓮「?」
藍子「はい、あ~んっ♪」
加蓮「あはは、そういうこと――待って藍子。ちょっと色んなフルーツを乗っけすぎじゃない?」
藍子「さっきの仕返しですからっ」
加蓮「私はいいけど、そしたら藍子の分が減っちゃうよ?」
藍子「私、本当にお腹がいっぱいなんです。もし、また食べたくなったら、もう1回注文しますね」
加蓮「そっか。仕返しならしょうがない、甘んじて受け入れよう。……あむっ」
藍子「……くすっ。加蓮ちゃん、幸せそうな顔……♪」
加蓮「だ、だって美味しいし……。はっ。美味しそうに食べてる私を見てニヤけるところまでが仕返しだったってワケ!?」
藍子「さあ、どうでしょうか~」
加蓮「ぐぬぬ……!」
藍子「加蓮ちゃんにたくさん食べてもらっちゃったから、これが最後の一口ですね。あむっ♪」
加蓮「ちょっと苦めのコーヒー飲みたいかなー。注文しちゃお。すみませーんっ」
<はい、ちょっと待ってくださいねっ
藍子「ごちそうさまでした。……わあっ。加蓮ちゃん、見てみて!」
加蓮「どしたの? 空になった器の中……あははっ。なにこのマークっ」
藍子「にっこりマークです♪」
加蓮「そういう名前なの?」
藍子「? ◯の中に線を書いて、にっこりマークって言いませっ……」
加蓮「……ははん、なるほど。ちっちゃい藍子ちゃん達はどういう風に呼んでたんだー?」
藍子「……。はいっ。加蓮ちゃん達は、なんて呼んでいたんですか?」
加蓮「え゛」
藍子「じ~」
加蓮「……そんなこと覚えてないわよっ」
藍子「あんなに色んなことを覚えている加蓮ちゃんでも、覚えていないことがあるんですね」
加蓮「…………今度なんか理由をつけてアンタを病院に連行してやる……! 1日検診コースに連れ込んでやるっ」
藍子「きゃ~っ」
<お待たせしましたっ
加蓮「コーヒーお願いします。オススメブレンドでっ」
藍子「私もお願いしますね」
<かしこまりました!
藍子「……店員さんの足どり……」
加蓮「?」
藍子「ううん。ちょっと特徴的な歩き方だって思っていたんですけれど……あの店員さんを後ろから見たら、エプロンの後ろの留め金がぴょんぴょん揺れるようになっているんですね」
加蓮「だから可愛く見えるのかも?」
藍子「そんなところにまで気を遣っているなんて……」
加蓮「実は元アイドルだったり?」
藍子「私たちの、先輩かもしれませんね」
加蓮「事務所で調べてみたら、出てきたりして。元アイドルで、今はカフェの店員さんになった子」
藍子「名前も分かっちゃうかもっ。でも、そんなことをしたら迷惑になってしまうかもしれません。もしかしたら……という気持ちで、留めておきましょ?」
加蓮「それもそっか」
藍子「うんっ」
藍子「フルーツポンチの器の底も、店員さんの後ろ姿も。色んなところに、思いやりや、工夫があるみたい……」
加蓮「2階席の配慮とかもだし……。みんな楽しそうな雰囲気はすごく自然っぽいけど、少しだけ気にかけてるのかな」
藍子「…………、」
加蓮「藍子?」
藍子「……いろんなところにあって、目に引っかからないくらいの小さな思いやり。笑顔になってほしいって気持ちは、けれど気づかない人には気づかれなくて……ううん。気づいてもらえたかどうか、伝わったかどうかも、店員さん達からでは分かりませんよね」
加蓮「そうだね。わざわざ気付いたよーって言う人はほぼいないだろうし。……や、ここに1人いるか」
藍子「わ、私ですか? 私もたぶん、あまり言わないんじゃないかな……。なんだか、ずうずうしい気がしちゃいますから」
加蓮「そっか」
藍子「それでも、すみずみまで思いやりができるのは……きっと見つけてくれるって、信じる気持ちもあると思うんです」
加蓮「信じる気持ち?」
藍子「私たちはみんなを笑顔にしたいの、っていう気持ち……。直接伝えることができない場合も、たくさんありますよね。そういう時は、相手を信じるのかな……」
藍子「相手を信じる気持ちがあるから、やさしくなれるのかな……?」
加蓮「藍子は、そうじゃないの?」
藍子「え?」
加蓮「アイドルとしてステージに立って、目の前にはファンがいっぱいいて……。みんなが見てくれる、自分の気持ちに気付いてくれる、だからきっと伝えられる――藍子は、そんな風に信じることはできないの?」
藍子「……そう言われると」
加蓮「うんうん」
藍子「くすっ。でも、それはステージの上ですから。ちょっと、違う気がします」
加蓮「んー……。んー、んーーー……うん、言われてみればそうかも」
藍子「でしょっ? それに、別に私とカフェを比較しているわけではないんです。ただ、私が言いたいのは――」
加蓮「言いたいのは」
藍子「このカフェと、ここの店員さん達は、素敵だっていうことです♪」
加蓮「……あははっ。それは私も、そう思う」
藍子「ねっ?」
加蓮「うんうん」
加蓮「ま、でもいつものカフェに比べたら、私的にはあっちの方が落ち着くけどねー」
藍子「もう。だから、そんなことは比べなくていいんです。いつものカフェが落ち着くのは、加蓮ちゃんも私も、何回も行っているから……」
加蓮「ふふっ。わざと言ってみた。ずーっとマジ話だったから肩凝っちゃってー」
藍子「もう~」
加蓮「……わ、コーヒーのいい香り。やっぱりカフェの香りはこうでなきゃっ」
藍子「本当、いい香りですね。でも、ちょっぴり――」
加蓮「うん。分かる」
藍子「加蓮ちゃんも? 私もっ」
加蓮「コーヒーなのに、なんだかごくごく飲めるジュースみたいなイメージが浮かんでくるっ」
藍子「コーヒーなのに、へんなのっ。でも、面白いです♪」
<おまたせしましたっ!
藍子「ありがとうございます、店員さん♪」
加蓮「ありがとねっ!」
【おしまい】
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