【鯖鱒wiki】ふたたび坂松市で聖杯戦争が行われるようです【AA不使用】2スレ目 (204)



【坂松市の第二次聖杯戦争、三つのあらすじ】



【御三家であるルゥナは、ランサーと共に家に聖杯を持ち帰る為に聖杯戦争に身を投じる】

【様々な行動を経て親友となった少々森が、敵であるロベルトにさらわれてしまった】

【彼女を取り戻す為にアーチャー、キャスターとの同盟を組んだルゥナは、襲い来るライダーを辛くも撃破したのだった】


【前回のスレ】
【鯖鱒wiki】ふたたび坂松市で聖杯戦争が行われるようです【AA不使用】 - SSまとめ速報
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【こちらは鯖鱒wiki】
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【本日はスレ建てして終了】

【しばらくは忙しくなりそうなので……また土日にやれたらと思います。すみません】


【忘れてました。ご指摘ありがとうございます】

【雑談所】





「ほーん。負けたのか、ライダー」

明るい部屋の中、骨のサーヴァントは間の抜けた声で返答する
意外なのか。と問われると、カタカタと身体を振るわせてニッカリ笑う


「意外っちゃ意外だな。あれは今回で別格だ」
「一人だけレベルが段違いに高いからな。複数が相手でも無理だろうと踏んでたんだが」

「わからんもんだな。ま、だからこそ面白いってもんか」

一頻り話を終えると、ベッドに眠る少女の顔を覗き見る
安らかな寝顔だが、対称的に骨のサーヴァントは苦々しげに顔を歪めた


「……まあ、それはそれとして。どうしたもんかね。こいつは」
「ん?拐ってきたのはお前だって?細かい事を気にするなよ。カルシウム不足してないか?」
「オレはカルシウム100%のストロングボディだからな。常に優雅たれ。ってな」


「……ん、んぅ」
「おっと……起きそうだな。後はお前さんに任すとするか」
「オレか?オレはまあ……サボりだ」

部屋を出ていく骨は、外に吹く風に流れる様に消えていく
まだ二騎しか落ちていない……まだ、動くべきではないと信じながら



「おはようございます!久しぶりっすね姫!」
「……って、少々森はいないんですね?ったく、サボり過ぎだろ!不良か!」
「それだとルゥナも不良になるだろ……」

ライダーは倒した。だが、それが少々森へと手がかりにはならない
曰く、向こうはアサシンの指示によって此方を倒しに来たらしいが……

「……はぁ」
「どうかしましたか!?何か悩み事でも!?」
「あるけど、あんた達じゃどうにもならないし言わないわよ?」

「ふーん……まっ、デリケートな問題そうだしな。行こうぜ縦島」
「嫌じゃーーー!俺は欠乏した姫成分を補給したいんだよーーー!」
「この変態野郎!セクハラだぞそれ!?」


ぎゃあぎゃあと騒がしい二人が退場して、少し思考に余裕が生まれる
少々森を拐ったのはロベルトだ。更に市長は彼との繋がりが存在している

つまり、どうにかして市長をなんとかすれば、自ずとロベルトも出てくる訳で……


「……まあ、それが思いつけば苦労しないわ」
「大変そうだね~。頑張れ!」「あんたも少しは考えなさい」

ランサーからの軽い声に返答しつつ、どうにかならないかと思案する
黙々とした長考は、肩を叩かれた事で一時中断するのだった



「何よ。あたしに何か……え?呼ばれてるですって?誰によ」

「あら?随分と酷い事を言うのね。私と貴女の仲じゃない」

入ってきた人物は、馴れ馴れしく肩に手を回す
しかめっ面で顔を確認したルゥナは、その意外な相手に驚きを隠せずにいた



「……ティファ!?なんであんたが!?」



「ライダーが敗北した?」

時は少し遡り……深夜、禍門邸にて状況を俯瞰するアサシンと市長
彼らはライダーをけしかけて、アーチャー陣営を殲滅せんと目論んでいたのだが……

その表情はあまりにも無情。無関心な声色は、彼の進退は最初からどうでも良かったのだろう

「奴が負ける理由は思いつかないが……大方、令呪を総動員したのだろう」
「ならば、寧ろ好都合か。連中はもう虫の息に近いだろうからね」
「冷静ですね!ライダーは我々の理念に共感を示した同士ではありませんか!」


「いいや。あれは誰かの言葉で動く様な存在ではない……私の宝具も、どこまで効いたものか」
「そこまで悲観する事はありません!次の手は既に打ってありますので!」

「ええ、既にね……!」

不敵に笑う市長の目は笑っている。勝利を確信した表情で、チェスの駒を弾く

その掌の中で蠢く陰謀に思想を馳せながら、身につけたスーツの襟を正すのだった






「……それで?どういう風の吹き回しよ」
「あたし達を殺そうとしたのはあんたでしょうが。ライダーが負けて心が折れたのかしら?」

「そういう貴女こそ。幾つ令呪を使ったの?もしかして、もう無くなったかしら?」
「誰のせいだと思ってんのよ!!」「どうどうルゥナ……」

人目につかない場所に移った二人。ルゥナは目の前のティファを強く詰問する
その剣幕をのらりくらりと交わしつつ、怒りを滲ませるルゥナに言葉を掛けた


「まず、訂正して貰うわ。……ライダーの襲撃は私の指示では無いの」
「アサシンでしょ?けど、あんたとアサシン陣営は手を組んだんなら話は別よ」
「その話は複雑なのだけど……一つ、私から提案するわ」

「ルゥナ。貴女はガイスロギヴァテスの為に聖杯を持ち帰ろうとしているのよね?」
「そうよ。それがどうしたのかしら?」



「聖杯のデータを私に提供するなら……」
「この聖杯戦争の間。ロシュフォール家当主の私が補佐してあげてもいいわ」




ルゥナとティファと時は同じくして……
ライダーによって損壊したガイスロギヴァテス前線基地は、復興作業の真っ只中であった


「おーえすおーえす。こっちに持って来たまえ吉田君」
「だから何で俺ばっかりが肉体労働なんだ!?俺はキャスターだって言ってるだろ!?」
「僕だって働いているさ。アーチャーだけでは限度があるからね」


ユーニスの指示で動いているのは、人形をした土の塊。……ゴーレム
えっちらおっちらと土木を運び、基地の修繕に一役買っていたのだった


 ◆地精(グノーム)
  土のエレメンタル。ゴーレムとも呼ばれる疑似生命を助手として使役する。
  基本的に身の回りのことを任せるだけで戦闘には向かないが、頑丈であり盾としては優秀。


「こっちはまあいいわね……マスター。向こうに資材を運んで頂戴」
「貴様も来い。人手は多い方が良いからな」
「はひぃいい……何でベルまでえ……」

そして、アーチャー陣営に混じり資材を運んでいるベル。その額には玉のような汗がびっしりと
涙を浮かべながら泣き言を呟く。しかし、それはすぐに終わるのだった

「ん……?誰か来たな。地精は下げておくか」
「私が対応するわ。貴方達は……」




「警察だ!全員そこを動くな!」
「銃刀法違反、及びテロ準備罪の容疑で貴様らを拘束する!」



【本日はここまで。また来週に……】


【それではちょっと再開】




「むむむ……」
「悩んでるね?ルゥナ」
「当たり前じゃない。簡単にいいですよなんて言える訳無いわよ」

ティファからの支援は一時保留。相手の思惑が判断できない以上、安請け合いは出来ない
聖杯のデータを提供する事は向こうの出方次第では答えてもいいのだが……

「あいつ、何か法外な要求してこないわよね」
「どうだろうね?でも、あんまり悩んでいるとチャンスを逃すよ」
「スパッと決断できる様にならないと。時間は待ってくれないからさ」

「ああもう!うるっさいわね。あんたは!」
「仕方ないよ。オレってそういう聖人だから」

けろりと答えるランサー。その真名をルゥナは思い返す
宝具を開帳する際に堂々と名乗っていたのだ。間違えるはずもない


「……エクスペダイト、だったかしら。コリーがやけにあんたを頼るのも納得だわ」
「そうそう。ルゥナはオレの事知ってた?」
「知らないわよ。っていうか、インターネットの聖人はイシドルスじゃなかったの?」


「ん~~~……ほら、オレって非公式だから?」
「ホントに何であんたが英霊になれたの!?」

きゃんきゃんと騒ぐルゥナを慣れた様にいなす
そうこうしている二人を見つめる二人の影。片割れが頷いた事を確認すると、男が話しかけてきた



「警察の者ですが……ルゥナ・ガイスロギヴァテスさんですね?」
「少し、署の方でお話を伺いたいのですが……」





「……はぁ?誰よ、あんた達」
「坂松警察署から来た。君の家族について話を聞きたい」
「大人しく着いてくれば手荒な真似はしない。早くこっちに」

男女の二人組がルゥナの肩を掴み、有無を言わせぬ迫力で詰め寄る
……人相の悪い連中だ。ルゥナが感じた、直感的な印象はこうだ
男の方は目付きが悪く、まるでヤクザか殺し屋か何か。女に至っては目が完全に死んでいる

警察にしては乱暴な態度だ。それとも実際はこんなものなのか
悲しいかな。人生経験の浅いルゥナには、その真贋の判断がつかなかったのだ


「ん?ルゥナじゃん何してんの?」
「施経!?あんたこそ何してんのよ!」

「いや、俺って電車で通ってるし……こっち、駅の方向だろ?」
「そんな事よりも……その二人、まさかルゥナの知り合いだったりするのか?」

割り込んできた施経は、二人の顔を怪訝そうに眺めている
その様子に不快感を覚えたのか……男はルゥナを強引に掴みかかり……


「とにかく来い!貴様の仲間は全員捕まっているんだからな……!」

「はぁ!?何よそれ!ていうかあたしを引っ張らないで!痛いってば!」

「知りたいなら……早く私達と一緒に……」

「待ってくれよ!警察がそんな乱暴な事してもいいんですか?」

「黙れ!もういい、ここで一息に……」

女は冷静に話しているが、男は苛立ちを隠せていない
懐から何かを取り出す。それにルゥナは見覚えがあった。確かアーチャーの……





「……ルゥナ!伏せて!」






「!?」
「きゃっ!?」「うおっ!?」


ランサーが男の腕を蹴り上げる。手から落ちたのは黒光りする拳銃だった
突如姿を表した、時計を模した男に施経は混乱し、ぱくぱくと口を動かしている

「な、ななんだよこいつ!?」
「それは後で説明する!……何するの!?」

ルゥナの鋭い怒気も何のその。ランサーは二人を注意深く観察し続けて

「くそっ、“サーヴァント”を出すとは……!」
「“ランサー”の敏捷は規格外に近いと聞いた。ここで争うのは得策じゃない」
「やっぱり……君達、ただの警官じゃないね?」


ランサーの指摘に男は顔を歪める。その隣の女は冷静に、施経に向けて弩を突きつける
未だに状況が飲み込めていない彼を掴み、まるで盾にするかの様に前へと突き出した

「うわぁ、人質って事?止めてよそういうの」
「なら私達の話を聞け。言うことを聞かなければ手荒な真似をしたい」
「したい。……ってやる気満々じゃない!」




「ん~~~……しょうがないなあ。付いていくからその子を離してくれない?」
「ふん」「おおっ!?」

ドン。と強く突き飛ばされ、思わず地面にへたり込む
約束は守れと言わんばかりに後ろのパトカーを示す。あれに乗れと言いたいのだろう


「……な、なあ?ルゥナ、何が起きてるんだ?」
「それはまた今度に話すわ。今はさっさと逃げなさい」

「そうもいかない。その小僧にも着いてきて貰わないとなあ?」
「マジかよ……」

断ったら殺される有無を言わさぬ迫力に思わず頷く施経
こうなってしまえばルゥナもどうこう言える筈もなく。黙ってパトカーに乗り込むのだった




「ううむ、これはこれに……」
「アーディー君!街の被害状況はどうなっているかな?」

「建物とかの被害は甚大だけど……人的被害はほとんど無いみたい」
「避難指示が的確だった事や、避難場所を充分に確保出来ていた事が理由なんだけど……」
「……怪しいよね。まるで最初から何が起こるか知っていたみたい」


教会の中、ライダーの起こした嵐の事後処理に奔走していた
そうしている内に気づくのは、まるで周到に用意されていたかの様に配置された避難経路

全てはあの市長の掌の上……その事実が、明確な形となってのしかかる様な気がした


「……失礼するわ。監督役はいるかしら」
「む?私が監督役だが……君は、確か」
「そう!私のマスター。フェリシアよ。アンタ達に用があるんですって」

「えっと……用って、何?」
「……ライダーは、恐らくアサシン陣営の思惑に乗せられて動いていたはずよ」
「それはルール違反ではないから問題は無い。けど、私が離れたからライダーに頼った」

「考え過ぎでは無いか?だとしても、君には」
「そ、なーんも罪はない。けどね、どうしても何かやりたいんだってさ」
「止めなさい、セイバー!」


頬を染めて振り払う。しかし、セイバーはニヤニヤとした笑いを止める事はなく

「だからさ、何かやらしてあげて。そうすれば少しは気が紛れると思うから!」
「私は……!ただ話を……!」

「そうか!ではこの資材のチェックを頼もう!」
「積もる話は幾らでもある!作業の合間にでも話してあげようではないか!」

なし崩しに作業を手伝う羽目になってしまったフェリシアを、微笑みながら見守るセイバー
その顔に浮かんでいるのは戦士としての顔ではない。紛れもない母性が見えていた



【本日はここまで。また次回に……】


【ぼちぼちと再開していきます】



閑静なアパートの部屋の中で、二人の男女が向かい合っていた
とはいっても、この二人の関係は……誘拐された者と、誘拐犯の知り合いなのだが

「……なんか、君もごめんな。あいつに付き合わせちゃって」
「あ、これ麦茶だけど……いる?」

「む。ん、むう。……いい」「そ、そっか」

誘拐された少々森は、特に拘束などされずに部屋のベッドにごろんと寝転ぶ
そのくつろいだ態度からは、拐われたという緊張感は一切無い

緩みきった言動に、誘拐犯の知り合いの青年も苦笑いを浮かべるしかなかった


「……な、なんか拍子抜けするな」
「アイツも帰ってこないし……というか、なんで君を拐ってきたんだ?」
「あ、君って高校生なんだよね?実は俺も……」


『すみませーん!宅配便でーす!』



「……っと。宅配便か。メリッサかな?」

チャイムが会話に割って入る。青年は一度会話を止めて、ドアを開いた




「こんにちはー!早速ですが、頭に手を組んで私に付いてきてくださーい!」

「な!?」「ん。ん……?」


開けた先にいたのは、荷物ではなく拳銃を構えた少女だった
今この場にいるのは二人だけ……青年と少々森は従う他には無かったのだった



「な、なあ。こいつらって」
「うるさい!黙っていろ」

「……ランサー。これって誘拐よね?」
「そうだね~。まあオレもいるから大丈夫だと思うけれど」
「大丈夫とかそういう問題じゃないっての!」


男の運転するパトカーの中。施経とルゥナは隣にランサーを挟んで言葉を交わす
サーヴァントを従えている以上、ただの魔術師であろう二人に遅れを取るとは思えないが……

「こいつがネックなのよね。置いてけぼりにする訳にもいかないし」
「る、ルゥナ?何だコレ?ドッキリか?」

魔術師ではない、一般人の施経の前で襲われ、サーヴァントを出してしまった
これは神秘の秘匿に抵触する可能性の高い行為であり、何とかして黙らせなければならない

「ええとね。まあ簡単に言うとオレみたいなのが残り四騎いて、それを倒さないとなんだ」
「ちょっとランサー。勝手に話さないで!こいつは魔術師ですらないのよ!?」
「……魔術師?ルゥナ、それって」



「うるさいって言ってるだろ!黙らねえとここで殺してやる!」
「……あ、渋滞に嵌まった」「なっ!?」 

ピタリと動きを止めたパトカー。いつのまにか前後に長蛇の列が出来る
こうなってしまっては彼らも身動きがとれなくなるのは一般人と変わらない様だ



「……なあ、もしかして」
「それって二年前にも合ったりしたのか?」

「………………」
「おい!何を勝手な事を」「あ、渋滞が動きそうだな」
「くそっ!」





「実はさ……俺の先輩、二年前に行方不明になっててさ」
「けど本当は違う。先輩は何か……変な化け物に食われてた」
「それって多分……その、魔術師って奴らの仕業なんだろ?」

おずおずと話を切り出して、反応を伺う。ある種の確信を秘めながら

「……“心臓喰らい”。人を食う死徒と聞いた」
「勝手に話すな!っくそ。市長に何と言い訳をすれば……」
「市長?……おい!まさか、これって市長の差し金なのか!?」


突如、激昂する施経。その気迫にはルゥナすらも驚き目を丸くする
返答する者は誰もいない。ここにいる誰もが、その答えを知っていたから

「……あんた、市長の事嫌いなの?」
「当たり前だろ!あんな奴……」

「……渋滞が解消したな」「ちっ、余計な手間をかけさせやがって」
「もう騒ぐなよ!次に騒いだら本当に殺す!」

再び進み始めるパトカーの中で、微妙な沈黙が重くのしかかる
賑やかな街中から、どんどんと閑静な住宅街に移っていく

そうして、一つのやや古めのアパートの前で車を停止させた

「……ここか。ここで降りろ」
「わかったわよ。……ていうか、ここどこ?」




銃を突き付けられ、無理矢理に前へ進まされる
ランサーもいるとはいえ、施経がいる為に一人で逃げる事は出来ない

相手もそれを知ってか知らずか。サーヴァントが側にいるにも関わらず、二人組は冷静に行動していた


「ていうか……ここはどこなのよ」
「黙って歩け!……向こうの首尾はどうだ」
「成功した様だ。そら、出てきた」
「おーい!こっちこっち」

「む、む、うう」「くそっ……!メリッサ、悪い……!」

「な、少々森……!?何であいつが!?」
「それにはちょっと複雑な事情があって……ていうか、あいつは誰よ?」


ルゥナ達の前には、同じ様に銃を突き付けられた少々森と知らない青年
二人はこちらと違い、相手の仲間であろう少女に両手を縛られている……

「それで?まだ来ていないのか?」
「まだ来ていませーん!」「……お、お出まし」





「やあやあお集まりの皆さん!遅れてしまい、すみませんね!」
「何分、職務が多忙でして!今しがた秘書に引き続きをしてきた所なのですよ!」




「……!」


「ふ……ようやく、我が悲願の成就する時」
「下処理は済ませてある様だね。私が手を下す必要がなくて何よりだよ」

いかにも高級そうなリムジンから、悠々と市長が降り立った
その後ろにはアサシンとロベルト……もはや癒着を隠す気も無いようだ

「っ!?お前、ロベルト!」
「貴様は……いや、既にどうでもいい事」
「いい訳無いだろ!お前のせいで、どれだけの命が奪われたと思っている!?」


「何よ。あいつ……知りあいかしら」
「さあね?それよりも、気になるのは市長の方だよ」
「おや!ガイスロギヴァテスのお嬢さん、元気そうで良かったですよ!」
「嘘つくんじゃないわよこの狸ジジイ!」


にやにやと厭らしい笑みを隠そうとせず、囚われたルゥナをまじまじと眺める
今すぐにでも殴りかかってやりたいが、施経の事を考えると迂闊には動け……

「……おい、どういう事だよ」
「まさか、あんたが関わっていたのか?ルゥナや少々森もそうなのか!?」
「ちょっと、急にどうしたのよ?いきなり早口になるんじゃないわよ」

目の前の市長に、憎しみを込めた視線をぶつける施経
その顔を興味なさげに一瞥すると、ため息をつきながら肩を竦める


「やれやれ。まさか貴方がここにいるとは」
「始末するつもりは無かったのですがね。どうしましょうか?」




「俺の質問に答えろよッ!“糞親父”ッ!」




「……はあ!?」

いきなりのカミングアウトに、言葉を失う
周囲も面食らった様な顔を浮かべて二人を見つめる。当事者の間の空気は対称的だ

「ちょっと待ちなさいよ、あんたの名字は……」
「花村は母親の名字。俺の本当の名前は、“禍門施経”なんだ」
「憂午さんや千呼さん、アキラちゃんとは滅多に会わないけど……!」

「ええ!施経、貴方とこうして会うのも久しぶりですね」
「お前……よくも俺と母さんを!政略結婚の為に捨てやがって!」
「ははは!過去の悔恨は水に流しましょう。親子の再開なのですからね!」

施経の絶叫にも聞く耳を持たず、貼り付けた様な笑みの市長に寒気すら覚える


……本来、魔術師は冷酷な存在である
実の子ですら道具とする。家族は平気で切り捨てる。全ては目指す目的の為に
しかし、少なくとも禍門の家は姉妹を尊重し、寧ろアットホームな雰囲気すら感じられた

それなのに。市長は魔術師ではないというのに
どうして、その魔術師よりも冷酷な判断を平気で下せるのだろうか……?

「くそっ!離せ!」「あ、くそ……!」

掴んでいた男の手を振り切り、囚われの少々森へと駆け寄っていく

「もうお前の好きにさせるか!ルゥナと少々森を離してくれ!」
「花村……あんた」「う、う……」

「何をしてる!撃て!」
「殺っちゃっていいんですか?」
「いいんじゃないか?」
「ああ!止めてください。私に後ろ暗い評判が悪くなりますからね!」





「お前!少々森を離せ!」
「止めろ!こいつらは君がどうこう出来る様な相手じゃない!」

青年が止めてもなお、施経は食らいつく。今は市長の指示がある為に手出しをしてこないが……

「市長!もう撃っていいですよね~!」
「まあまあ、好きにさせてあげなさい!親心というやつですよ!」
「………………」

相手の限界や、ロベルトの介入等もあり得る。今すぐにでも施経を離さなければ……

「……あれ?アサシンの奴がいない?」
「ッ!施経!今すぐ少々森から離れるんだ!」

ぱん。と乾いた音が静かに響く
ランサーの叫びとその音はほぼ同時期。そして施経の胸から流れる血
そして倒れ伏す音は、それより一拍遅れていた


「は、あ……!」
「やれやれ。聞き分けの無い子供はこれだから嫌いなんだ」
「正義の味方になったつもりかい?正しい行いをすれば、必ず報われると信じていたかい?」

「……く、……そ……!」
「ありえないだろう。そんな事は」

拳銃を握るアサシンは、冷ややかに施経を見下していた
施経はぴくりとも動かない。続け様に、冷酷な言葉を突き刺していく


「素直に認めれば良かったんだ。自分の無力と無様さを」
「情けないだろう、下らないだろう?君は一時の正義感で、命を無駄に費やしたんだ」
「いつの時代も馬鹿はいる。本当に頭痛がしてくるよ」





「あん、た……!」
「ふざけんじゃ……ないわよーーーっ!!」

思考が怒りで潰される。叫びで喉がびりびりと焼ける
それすらもアサシンは無視をする。そして、目の前の少々森に問いかける

「せ、きょう……?」
「さて……彼は死んだ。誰のせいかな?」
「だ、誰の……せい?」
「撃ったのは私だ。連れてきたのは市長だ。では、何故彼は連れてこられ、撃たれたのか」

冷たい視線が少女を射抜く。瞳に映るその顔には、感情すらも放棄して


「君のせいだよ。『少々森若子』」
「…………私、の……?」
「詭弁は止めなよ、アサシン。実行した君が一番悪いに決まってる」

「そうだね。けど、彼女に罪は無いとでも?」
「当たり前じゃない……!少々森も、施経にも、罪なんてある訳ないでしょうが!」





「─────莫須有(あったかもしれない)」




アサシンの放った一言は、ただの詭弁だ

何をどう考えたって、施経も少々森も被害者だ

だから、そんな事はありえないんだ。少々森は何も悪くない──

少なくとも、ルゥナだけはそう思っていた
当の本人の認識は、全く真逆だったというのに


「私、が……殺し、た……」
「私が、私が、私……私、私が」

「そうとも。君はかつて『何万人』と殺した。今更になって被害者だと言うのは遅いんだ」



「皆と仲良くぬるま湯みたいな日常を過ごして暖かい心が芽生えたかい?」


「大切な家族同然の人を失い悲しみという感情を刻み込んだかい?」


「親友と呼べる人間が出来て、まるで本当に人間になったと思っただろう?」


「まだ理解が出来ないかい?教えてあげるよ」




「君は絶対に許されない。この世界にいてはいけない」

「君がどれだけ上手く紛れようと、意味なんて最初から無かったんだ」



かさ、と何かの音がする
最初は気のせいだと思っていた。それくらいに小さな音だった
けれど一回り、二回り。音は重なり響き渡る。これは虫の羽ばたく音

心がゾクゾクと震えていく。この身の毛もよだつ『不穏な羽音』は少々森から聞こえていた

「あ……駄目、駄目。剥がれ、ちゃう……!」
「助、けて……ルゥナ……あ……!」

「あ、ああ!ああぁぁぁ────!!」


「おお……おお!遂に、遂に目覚めるかッ!?」
「ああ、君達!全員此方に来てください。危険なものですからね!」
「何よ……何よ、これ……!」

訳がわからない。この音は?少々森は大丈夫なのか?ルゥナの思考はグチャグチャだ
市長とその手駒の魔術師。ロベルトもアサシンも距離を取る。ただ一人残った青年は、距離を取りつつも少々森から目を離さずに

「少々森……少々森!聞こえないの!?あたしよ、ルゥナ!」
「ルゥナは早く離れて!なんか……ヤバい事が起きそうな気がする!」


「何で……この音は……!」
「確かに倒したはずだろ!?俺と、あいつで間違いなく!」
「なのに……どうしてここに、『姿を変えて』いるんだ!?」


青年の言葉を皮切りに、少々森の姿が変化した

いや……これは『羽化』だ。仮初めの肉体を突き破り、少々森若子の身体を食い尽くす
今までの姿を脱ぎ捨てた、少々森若子という少女の、本当の姿を……
親友と思っていた、ルゥナ・ガイスロギヴァテスの前に曝け出した





「……何よ、それ」

「冗談なら今すぐ止めて。夢ならさっさと覚めなさいよ」

「ふざけないでよ。あんたはぽけっとしてて、どんくさい少々森でしょうが」

「それとも……こう、呼んで、やった方が、いいって事?」


                    /
、                 , /,       /
ム                 /: :/      ./,
/ ム _ <: : : : : : : : : : >。_//: :/ /,    .:./
// ム : : : : : : : : : : : : : : : :..∨: :∧../   /: /

///.ム: : : : : : : : : : : : : : : :∨: :∧../,   /: : ,
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\//》////////, : : : : : : : / ./: :/: : 〉 |: : : : ∨          > ´
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////////ヽ///, : : : :.∥: : : / : : : : : : |: : : :|: : : : : : : : : : : ∧: : : : : : : :

「……“アバドン”───!!」


【キリのいい所で本日はここまで】

【施経がガチ死したかは後日の判定に回します】

【それではまた、次回に……】


【本日の更新はちょっとなので、このレスで判定します】

【結局、施経はどうなったの?】
12:ガチ
34567:今すぐ病院に
890:割りと軽傷



【コンマ確認。それでは再開します】




──それは、蠢く絶望そのものだった
無機質な複眼は何処を、誰を映しているのかも判別出来ず
外骨格はギチギチと鳴り、不快感と不安を同時に叩きつけてくる


そして、無数に木霊する羽音。心を刻み、頭を蝕む。耳ではなく、心臓が震える根元的恐怖
身体を鳴らし、ルゥナに向き直る。肉体に響く恐れから、思わずぎゅっと目をつぶった
じりじりと近づいてくる、かつて共に過ごした少女。奇怪な音を発てながら、ゆっくりと手を伸ばして……

「ルゥナ!」
「っ!ランサーっ!」

手が届く寸前、ランサーが間に割り込んで来た
いつかは親しげに少々森と呼ばれた存在は、既に呼んだ相手にとっての恐怖の象徴でしかなく

ルゥナの心の奥底が伝わったのかは不明だ、だが……相手は羽を広げ、空へと飛び上がっていく

彼女はそれを、ただぼんやりと。呆然と眺める事しか出来なかった




「……アバドン?」
「そう。それがこの街を襲った災厄の正体」
「ロベルト・エーデルワイスが二年前、呼び込んだ悪魔の名前だよ」

現場へと向かう軽自動車の中で、アーディーの話を聞き取るフェリシア
鎧を着込みつつ器用に運転するグレイトは、話を補足するかの様に言葉をかけた

「かつて残存していたマスターよサーヴァントが討伐したと聞いたが……!」
「まさか!人間に姿を擬態し、二年もの間生き延びていたとは!」
「ちょっと待ちなさい。そのバッタ怪人がどうして人間になったのかの説明は?」


「……確かに、アバドンが人間の姿になる瞬間は誰も見てないね」
「そもそも確かにあの時全員がアバドんの消滅を確認したはずだし……」
「あ~!こんな事になるなら、私のセイバーを旅行に出さなきゃよかった~!」


何がなんだかわからない現状に、アーディーは頭を抱えるしか出来ない
その隣で思考を巡らせるフェリシアは、一つの疑問を問いただした

「……ねえ。そのアバドンを倒したサーヴァントは何と言う英霊だったのかしら」

「えっとね。マスターは“東生広夢”っていう私のセンパイでね……」

「サーヴァントは、スウェーデンの女王。クリスティーナだよ」





「……恐らくは、そのクリスティーナの持つ剣。美徳の剣が関係しているのかもな」

「アンタの話を聞くに、美徳の剣は七元徳という人間の善性の概念を秘めた武装だ」

「人間の悪意で堕とされた天使が、またヒトの心を取り戻しても不思議じゃないって事だな」

それは、突如現れた。捕らわれていた青年の隣にふらりと浮かぶ異様な骸骨
サーヴァントだ。そう確信する程の霊基だが、そのクラスまでは判別できない

ペラペラと説明をする骨は、まるで何でも知っているかの様な態度
……だが、その素性がわからない。この聖杯戦争で召喚されたサーヴァントは全て把握しているのにも関わらず

「おっと、何でもは知らないな。知っている事だけだ」
「例えばありがたい説法。いい感じのちょうどいい石の見つけ方。スーパーの特売日……」
「ま、ふざけてる場合じゃないな。これは」

「あんた、何をさっきから……!」
「ん?オレに突っかかる暇があるのか?随分と余裕なんだな」
「今こうして言い合ってる時も、あのアサシン共は確保しようと血眼になってるぜ」


「く、痛つ……なんだか、よくわかんねえけど」
「……ルゥナ。行ってくれ!」





「施経……あんた大丈夫なの!?」
「運良く急所を外れてるみたいだな……」
「だけど無理に喋ったらダメだ!傷が悪化するかもしれない!」

青年が施経の肩を担ぐ。いくら軽傷と言えど、放置できる訳もない
それでも施経はルゥナに叫ぶ。痛みすら忘れた様に、思いの丈を叩きつける


「あいつに……言ってやってくれよ!お前は何も悪くないって!」
「だから!……ゲホッ、ゴホッ!」「これ以上はダメだ!……その、後は頼む!」


「……だ、そうだ。声援に答えてやれよ。可愛いヒーロー……いや、ヒロインか?」
「どっちだっていいか。じゃ、よろしくな」 

施経を連れて、青年と骨のサーヴァントは部屋に戻る
取り残されたルゥナを案ずるようにランサーは言葉を紡いでいった


「ルゥナ、どうしようか?このまま、少々森を放っておく?」
「オレ達が手を下さなくても、他の陣営が彼女を倒す。そうすればこの街は救われる」
「けど、それでも……君が望むなら、オレが少しだけ力を貸すよ」

「……その言葉、信じるわよ」

「勿論。オレは君のサーヴァントで、最新鋭の聖人だからね」

「行くわよ。一つだけ心当たりがあるわ」

その言葉を最後にして、背後を振り向かずに歩き始める
後ろからではルゥナの顔は見えない。しかし、ランサーは背から一歩下がって歩いていく

……決断の時は近い。その確信だけを背負い込んで





『謎のサーヴァントのステータスを開示します』

┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
  ≪クラス≫:???
┣━━━━━━━━━━━━━━━╋━━━━━━━━━┓
  【真名】:???             【属性】:秩序・中庸
┣━━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┳━┻━━━━━┳━━━━━━━┳━━━━━━━┓
  【筋力】:C     【耐久】:EX      【敏捷】:B      【魔力】:A      【幸運】:A+      【宝具】:EX
┣━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┫



【という訳で、本日はここまで】

【また次回によろしくお願いします……】


【ゆっくり更新します……】



「こっち。付いてきて、ランサー」
「わかった。けど、オレも知ってるよ?」
「……一応、よ」

人通りの減った静かな街を歩いていく。辺りも既に暗くなってきた
目的地は決まっている。あそこに、きっと少々森はいると確信を持って進んでいく


「……ちょっと待って」「え、そこにいた?」
「違うっての!……ちょっとだけ、買い物をさせてちょうだい」
「大丈夫だよ。それが欲しいんでしょ?」

「なら、躊躇ったらダメだ。自分の手で選んで進まないと、後悔する事になるからさ」
「またいつものね……わかってる。わかってるっての!」


自分に言い聞かせる様に、キツく言い返す。懐からなけなしの小銭を手に取ると、近くの自販機へと足を向ける
ガコン。と缶の落ちる音がやけに響く。その音は耳に残ったあの時の……不穏な羽音をかき消してくれた。

二人は黙ったまま進んでいく。細い路地を通り抜け、薄暗い道を掻き分けながら
その先にあるのは、かつての家。……さきちゃんと共に過ごしていた、あの家だった




「……………………」

どうして、ここに戻ってきたのだろう
自分は許されない。怪物である事はもう皆に、ルゥナにも知られてしまったというのに

人間として……いいや、人間の物真似をしていた頃に、また戻れると思っていたのかもしれない
……もう、どれだけ頑張って擬態を施しても、人間の皮膚を突き破ってしまうのに


「……う、うう」
「うぅあぁあああ……!」

悲痛な現実を認識して、食い縛った口の中から嗚咽が漏れる
その声はもう不吉な羽音ではなく、純真な少女のか細い声色なのに
その事を気づく存在は、もう誰もいなくなってしまったのだと



「やっぱり、ここにいたわね」
「あんたの行き先なんてお見通しよ。伊達にそれなりの時間を一緒にいた訳じゃないし」
「……お帰り。あんたの家なんて、ここしか考えられないもの」

それなのに、どうして
彼女は、ここに来たのだろう?





「…………」
「ルゥナ。今の少々森は危険だよ」
「擬態も中途半端だし、まだ力を充分には扱えてないみたいだ」

ランサーの指摘はよくわかる。少々森の身体はかつての少女としての肉体に変化していた
だが、一部は強引な負荷に耐えきれなかったのか、中に潜む殻が、所々の皮膚を突き破る痛ましい姿

震えているのは消耗か不安か。それを確かめるべく、ルゥナは一歩、少々森に


「っ……!止め、てっ……!」
「殺し、ちゃう……止められ、ないの……!」
「やだぁ……!もう、誰かを傷つけたく……!」

ガクガクと身体を揺らす。その感情からは悪意をまるで感じない
それだけを確認すると、ルゥナはポケットから何かを取り出す

それは先程、自販機で購入した……少々森の大好きなジュースだった


「あーもう、落ち着きなさいってば!……もう!ハイ!」
「いい?これ飲んでゆっくり話しなさい。これは命令なんだから!」





「……ルゥ、ナ?」
「それ、あんたの好きなやつでしょ?」
「気分じゃない。とか、そういう事はどうでもいいから。早く飲みなさい」

「どう、して。私は、ずっと」
「ルゥナはね~ずっと少々森の事を「ランサーはあっち行って!」

路地裏に喝が響き渡る。後は頑張ってね~と手を振りながら、その姿を霧散させた
……本当にいなくなったかは定かではない。が、これで少々森との一対一の対面が出来る


「……正直、あんたの正体はあたしでもわかる」
「“アバドン”。かつての聖杯戦争で召喚されたイレギュラーで、この街を食い荒らした災害」
「それが、何らかの事情で受肉したのが……」

ここは、敢えて最後までは言わない。ちらりと目をやると、正解と証明する様に頭が垂れる


「元々、少々森若子という人は存在していた」
「だけど、私……アバドンが、砕かれた時、既にその命は亡くなっていた」
「……私が、彼女を、殺した、から」

「私は、完全には消えなかった。偶然か、奇跡かわからないけど」
「彼女の姿と、記憶を受け継いで……この世に、受肉、したの」

ぽつぽつと。途切れ途切れに話していく
その不可思議な話し方は、彼女のボンヤリした性格によるものだと思っていたが……

「……で、あんたはその少々森若子って奴になり済ましていたって訳ね」

「人間の真似をして、人間の生活に溶け込んで……二年間、こうして生きてきた」





ルゥナからの指摘に、重く、こくんと頷く
本当なら生きていいはずがない。罪悪感から、その顔はホロホロと仮面が剥がれ落ちる

昆虫の様な無機質な素顔。人間の様に泣き出しそうな仮面。ルゥナの知らない顔は、よく知る声で懇願した


「……もう、いい。これ以上は、もう」
「ルゥナ。私を殺して。ルゥナの魔術なら、それが出来る、から」
「だから……お願い。ルゥナ」


目から涙を流しながら、笑顔で少々森だった蟲は語る
もう生きたくない。だから殺せ。事実上の自殺をルゥナに託したのだ

それを聞き入れるのか、それとも。……何を悩む必要があるの?


「……ふざけんじゃないわよ!」

「あたしがどれだけ!あんたを心配してやったと思ってるのよ!」

「もう死にたい?殺してくれ?知らないわよ、そんなの!」

「あたしは!あんたの事を……!」




「みーつけた!」「こんな所に……」「くそっ、スーツが汚れるだろうが……!」






「っ!?」
「あんた達……市長の!」

(……ランサー!)(わかってるよ!)

ぞろぞろと路地裏に雪崩れ込んでくる、不審な魔術師の群れ
施経とルゥナを拐った魔術師に、少々森に銃を突きつけていた魔術師

明らかに市長の差し金だ。急いでランサーに念話を飛ばす。あっと言う間に割り込み、長針を模した槍を構えて


「ルゥナ、少々森!下がっていて!」
「不審な動きの車があったから、監視していたんだ。こいつらの狙いは少々森だと思う!」

「あ、ちょっと待った。話をしようよ」
「私達は生身の魔術師がたった三人。そっちはサーヴァントに街を滅ぼしかけた怪物」
「……ズルくない?」

「んな事知らないっての!ランサー!まとめてぶっ飛ばし……きゃっ!?」
「ルゥナ!?……うわっ!?」

指示を下すその直前、背後から何か重いモノがのしかかる
見ると、それは土で出来たゴーレムで。少々森も身体を掴まれている
ランサーも突如飛来した光弾に思いっきり吹き飛ばされる。確か、これは……!

「目標は沈黙した。貴様らは直ちにアバドンを回収しろ」
「悪く思わないでくれ。僕も街を滅ぼされてはたまらないからね」





「ストレングス!ユーニス……!」

「裏切った。なんて言わないわよね?」
「俺達からすればお前らの方が裏切り者だ!」
「あ痛たた……君たち、捕まってたんじゃなかったの?」

「力を貸す事を条件に解放されたんだよ!」
「私は街なんてどうでもいいけど……こんな兵器を隠し持っていたなら話は別よ」

かつてはライダーを退ける為、一時的に共闘したアーチャー陣営とキャスター陣営
だが、今はこちらに牙を向ける。完全に敵対の意思を見せていた

「回収しまーす!」
「暴れられると面倒だから、手錠でも使うか」
「ルゥナ!ルゥナ───っ!」

ゴーレムに足止めされている内に、少々森は車に乗せられて拐われる
アーチャーにキャスター、ユーニスも続く。唯一人。ストレングスは二人を注視していた


「……オレは、この街を護る為にあのアバドンを倒す」

「だが、お前達も同じ意思があるのなら。もしくは……いや、何でもない」

「何にせよ、自分の意思を示したければ“禍門邸”に来るがいい」

「そこに、全ての陣営が揃うはずだ……」


それだけを言い残すと、踵を翻し去っていく
ルゥナの手元には、結局少々森が飲まなかったジュースの缶が転がってきた

……自分の意思を示したければ。それなら、もう覚悟は出来ている

「……ランサー。戦えるわね?」
「勿論。オレは君の答えを聞くまで止まらないよ」
「じゃあ行くわよ。あんたはあいつに連絡を入れておいて」

「もう一回、これをあいつに渡してやるんだから!」




【本日はここまで……】


【ちょっと明日から力業で更新します】

【安価の予定はないので、眺めていてくだされば】


【という訳で、今から力尽きるまでひたすら更新したいと思います】

【目安は九時まで。安価は無し。これくらいしないと今月中にエピローグまでいけない…!】





「かつて、ガイスロギヴァテスがこの街にいた頃……」
「聖杯戦争で必勝を期す為に、機械人形の兵隊を製作していた」
「だが、幾つかの人形に自我が芽生える不具合が発生して……」
「そのほとんどは廃棄処理されたとドミトリイ様は語っていたな」

つらつらとコリーが語るのは、かつて御三家の一角だったガイスロギヴァテス家の歴史
横で聞くアダムスとベルは、不思議そうに顔を見合わせる


「つー事は、何か?そのロボット兵士がこの街に存在してたってか?」
「ああ。だが幾つかの自意識を得た人形は廃棄の中で生き延びたとの記録がある」
「そ、そのメモリ……ランサーに探してほしいって言っていたのですよねえ?」

「……そして、その中でただの一機。完全に破壊を免れた幸運な機体があったという」
「彼は明確な自我の中で、我等の悲願……聖杯を求める為に戦っているのだ」

締めくくる様に、ある一人のマスターに視線を映す。それはかつて、基地を強襲した男


「そうだろう。ストレングス……」




「……どういう事だ?聖杯を諦めろ?」
「へえ。本家の当主様からの直々の命です」
「『聖杯を放棄し、即刻帰還せよ』。……どうもアバドンが酷いトラウマらしいそうで」

「それは貴方達の家の問題でしょう?私達には関係ないじゃない!」
「いや、ううん……まあ、そうかもしれねえですけれどね」


アーチャー陣営はディールから伝えられた、ドミトリイからの指示に疑問をぶつける
そもそも、捨てたのは其方ではないのか?それなのに指示に従えというのは納得できない

「そのドミトリイ?……とかいうのは、本当に私達の敗退を望んでいるのかしら?」
「一応はそうですねえ。ガイスロギヴァテスはあのアバドンに関わりたくないそうで」

「けど、まあルゥナさんだけは絶対に帰ってこいという話でしたので。こっちでなんとかしておきますよ」
「……何故、ルゥナだけは?」


「あの子はガイスロギヴァテスでも有力な家の娘さんでしてね。万一があると困るんです」
「ふうん……意外ね。あの子、箱入りなの」

アーチャーが感心する隣。ストレングスは虚空に視線を浮かべている
意思を示したいならばここに来い。そう言ったのは何故だったか

「……不思議だな。奴のどこに感化されたと言うんだ。オレは」

目を閉じ、暫しの休眠状態に移行する
その近くでは、今回の……全ての元凶。ロベルトがグレイト。フェリシアと話を進めていた




「───つまり、あれは不幸な事故なのです」
「アバドンを召喚したのは、神の証明の為。街に被害を出すつもりはありません」
「この度は彼女……受肉したアバドンに再調整を施し、この街を守護する為に利用するのです」

朗々と語るロベルトに、かつての所業から懐疑的な視線を向けるグレイト
それを知ってか知らずか、市長の舌先もいつも以上によく回る

「ええ、ええ!当然、協会にも今回の事は提出しておりますとも」
「そして、私への投資も検討してくださるそうです。両得ですな!ははは……!」
「ううむ……む?ところでアーディー君は」


「ああ。彼女は少しお疲れのようでね」
「少し別室で、『お休み』いただいているよ」

ゆらり。黒の衣服をはためかせたアサシンが、誤魔化す様にグレイトに近づく
見下ろす姿からはえも言われぬ威圧を感じ、やむ無くグレイトは引き下がる

「……それで、首尾の方はどうかな?」
「上々だそうです!数日はかかるやもしれませんが、未来の栄華の前では些末でしょう!」




「ええ、この街が多少荒れていても!すぐに元に戻りますからね!」




「……ちょっと、カラス男!」
「アンタ達の計画なんかどうでもいいけど、私達が集められているのは何でよ?」
「ほとんどの陣営を一ヶ所に集めて、ここで雌雄を決するつもりかしら?」

不服そうにセイバーは問い質す。何故、自分達はここにいるのか?
その問いに若干の呆れを見せるものの、直ぐ様普段の怜悧な笑みを浮かべて返す

その視線の先には、セイバーではなく……両の腕をくくりつけられて、磔にされた少々森がいた

「ああ。これはあくまでも保険だよ」
「今は封じられていても、アバドンの力は未だに未知数だからね」
「いつ暴発しても対処出来るよう、こうして戦力をかき集めているという訳だよ」


「……私には、あの子がそんな大層な存在には見えないのだけど」
「君の尺度で物事を考えるべきじゃない。それと、少しの不安分子として……」

アサシンの話を遮るかの様に、突如、禍門邸のドアが吹き飛ぶ
その先に立っていたのは、この場にいない唯一の陣営……ルゥナとランサーだった

「……邪魔するわ。あたしはルゥナ・ガイスロギヴァテス」
「あんた達に用があって来たわ。単刀直入に言わせて貰う」

「その子を、あたしに渡しなさい!」




「ルゥナ……!」
「ルゥナさぁん!?」

姿を表したこちらのマスターに、驚きを隠せていないコリーとベル
しかし、既にガイスロギヴァテスは聖杯戦争を諦めた。もはや、こちらがサーヴァントを従える意味はない

「おーい、嬢ちゃん。俺達はもう帰れってよ」
「早くランサーを自害させてくだせえ。そうすれば皆が帰れるんです」

「らしいけど……どうする?」
「決まってるって言ってるでしょ……来なさい」

アダムスとディールに対する返答は、背後から現れた人物に託す
彼女は一つ瞬きをすると、にこやかな微笑みで宣言する


「ごきげんよう。今次の聖杯戦争の皆様」
「私の名ははティファ。ティファニー・フォン・ロシュフォール」
「此度はライダーのマスターとして。……そしてランサー陣営の『同盟相手』として召集されましたの」


「……はぁ?同盟だあ?」
「はい。私はルゥナの戦力として。ルゥナは私に『聖杯のデータを譲渡する』事を条件として契約を結んでおりますの」
「せせせ聖杯のデータぁ!?そそそそんな事を本家の人が知ったら……!」

「怒られる。で済むといいわね」
「済む訳ないだろう!こんなの、本家……いや、私達に対する裏切りだ!」
「ええそうよ!あたしは……ルゥナ・ガイスロギヴァテスは家の為に戦う事を放棄する!」


「今、ここから!あたしは自分の為に聖杯を手にする!これで文句無いわよね!?」




あまりにも堂々とした、裏切りの宣言
その潔さに全員が呆気に取られている。こうも目の前で『今から自分の為に戦います』と答えたのだから

「ルゥナ、お前」
「ど……どうしてですかぁ!何で、何でぇ!」
「そんな事はどうでもいいわ!問題は……」

「アバドンを渡せ!?お前、酒の飲み過ぎで気でも狂ったのか!?」
「僕もにわかに信じられないな。君は世界を征服でもするつもりなのかい?」

信じられない。猜疑の目がルゥナを貫いていく
正直、自分でもどうかしてると思う。だって、たかが一瞬の為に全てを投げ捨てるなんてありえない


「……少々森。あんたはどうなの?」
「ここで兵器として扱われるか、今まで通りの生活に戻るのか!」
「答えなさい!答えなさいよ!あたしは答えたんだから!あんたも答えて!」

「……少々森?誰よそれ」
「確か……アバドンが擬態してる。人間の名前と聞いたわ」

喉がジンジンと痛くなる。ありったけの感情を乗せて叫ぶと、こうも辛くて苦しいのか
周囲の目が移り変わる。乱入してきたルゥナから、縛り付けられたアバドン……いいや、少々森若子へと

「………………………………私、は………………」




あまりにも堂々とした、裏切りの宣言
その潔さに全員が呆気に取られている。こうも目の前で『今から自分の為に戦います』と答えたのだから

「ルゥナ、お前」
「ど……どうしてですかぁ!何で、何でぇ!」
「そんな事はどうでもいいわ!問題は……」

「アバドンを渡せ!?お前、酒の飲み過ぎで気でも狂ったのか!?」
「僕もにわかに信じられないな。君は世界を征服でもするつもりなのかい?」

信じられない。猜疑の目がルゥナを貫いていく
正直、自分でもどうかしてると思う。だって、たかが一瞬の為に全てを投げ捨てるなんてありえない


「……少々森。あんたはどうなの?」
「ここで兵器として扱われるか、今まで通りの生活に戻るのか!」
「答えなさい!答えなさいよ!あたしは答えたんだから!あんたも答えて!」

「……少々森?誰よそれ」
「確か……アバドンが擬態してる。人間の名前と聞いたわ」

喉がジンジンと痛くなる。ありったけの感情を乗せて叫ぶと、こうも辛くて苦しいのか
周囲の目が移り変わる。乱入してきたルゥナから、縛り付けられたアバドン……いいや、少々森若子へと

「………………………………私、は………………」





「生きていたら、駄目、だから」


「ここで、消えたい……もう、死にたい」


「……そう、思って、いた、のに」


ぽつり、ぽつり。一言一言を噛む様に。小さな音が響いていく
何かを口出しする者はいない。正確には、口を開くと槍の穂先が此方に向くから黙っていた


「けど、ルゥナが。ルゥナが来て、私」

「嬉しい。って、思って、そうしたら、色んな事が、わっと頭の中で、ぐるぐるって……!」

「さき、ちゃんに……!言われた、事が……!頭の中でずっと聞こえる……!」



『さようなら。わたしの、たいせつなおねーちゃんたち……』



「やだ……やだ!もう、別れたく、ない!私は、もう大切な人と、離れたくない!」

少々森は泣いていた。普段、感情をあまり表にしない彼女が、今だけは大粒の涙を目から流していた
無数の災厄から、一人の人間へ。移り変わった少女は叫ぶ。心の底から、芽生えた願いを



「私、は……っ!生き、たい……っ!」

「人として……ルゥナと、一緒にいたい……!」





「……何を、馬鹿な事を」
「幾ら人間を真似しても、虫は虫」
「人として。という前提は、最初からあり得ない。砂上の楼閣だよ」

冷たく、アサシンは言い放つ。そんな事はあり得ないと冷笑を浮かべながら
周囲の人間も程度の差はあれその願いを怪訝に目を細めて

「その通りよアサシン。あんたの言う事は全て正しいわ」
「けど、少々森が人間になれたら?ヒトとしての生を歩めるようになったら?」
「それでもあんたは、今と同じ内容を言えるのかしらね?」

「君は阿呆か?虫が人間になる訳がない」
「そんなもの、『万能の願望器』にでもすがらない限りは……」
「……まさか」

アサシンの顔が、微かに歪む。この現代に召喚されてから、初めて彼に驚愕の感情が浮かぶ
そう。不可能すら可能にする。万能の願望器に願えば叶うのなら───



「あたしは、聖杯を使う。聖杯であたしの願望を叶えさせる」
「『少々森若子を人間にする』。その為にあたしはあんた達を全員倒す!」

「これがあたしの選択……あたしの決断よ!文句のある奴からかかってきなさい!」




「ふざけるなァアアアッ!天使を人間に堕とすだとッ!?」
「それは正しく……神への冒涜に他ならない!許される行為では断じて無い!」
「貴様等ァアァアッ!疾くランサー陣営を処刑せよ!神の降臨を妨げてなるものかアーッ!」

ロベルトが発狂した様にランサー陣営を怒鳴り付ける。神への冒涜だと断言し、息の根を止めろと喚き叫ぶ
……だが、そもそもの話。少々森はそんな事を望んでいない。例えロベルトが召喚した存在だと言えども

全てがロベルトの意のままになるとは限らないという事を、完全に失念していたのだ


「……アーチャー。戦闘の準備を」
「わかっているわ、聖杯を狙うというのなら、いずれは私達と戦うもの」

「おいおいおい!そんなトチ狂った考えの為にそんな化け物を庇うのかよ!?」
「本当に叶う保証も無いからね。僕としては反対の姿勢を取らせて貰おう」

「やっぱりやる気ね……準備はいい?」
「ふふふ……ヒロインを取り返す為に迫りくる敵をなぎ倒す……いいわね」
「割りと余裕そう!?その余裕でやられないでよね!」


「それじゃあ、オレも!“今───”」
「……待って!」




「……………………」
「っとと!どうしたの?」
「あんたは……セイバーのマスターじゃない」

空気を割る様に制止をかけたのは、セイバーのマスターであるフェリシアだった
凛とした声を挙げて、ルゥナに近づいていく。その様子からは敵意をまるで感じなかった

「……フェリシア、いいのね?」
「ええ。……お父様も、きっと許してくれるわ」

「ルゥナ。と言ったわね?先程の言葉に偽りは無いかしら」
「当たり前じゃない。ヤワな考えで家を裏切る程、あたしは適当じゃないわ」
「そう。……なら、私も貴女に賭けてみるわ」

大人びた顔つきが少し和らぐ。柔らかな微笑みを浮かべたフェリシアは、一瞬だけ目をつむり
そして、毅然とした決意を胸に。朗々と言葉を紡いでいった



「……今、この時より!フェリシア・グロスキュリア。及びセイバーはランサー陣営に同盟を申し込みます!」
「期限はこの戦闘が終わるまで!対価は不要とします!ランサー陣営よ、返答を!」

「え!?いいの!?」
「ルゥナ、決断は早めにね」
「当然、受けるわ!お願いセイバー!」

「まっ私はフェリシアがいいって言うなら従うわよ?カラス男よりもこっちがいいし!」
「という訳で!かかってきなさい雑兵共。このクソ剣でぶったぎってやるわ!」


「おやおや……セイバー陣営があちらに付きましたか」
「では、私も増援を呼びましょう!皆さん、こちらに来てください!」



市長が手を叩くと、どこからか武器を担いだ人物がぞろぞろと沸き出る
彼ら、彼女らには見覚えがあった。それは市長の命令で動いていた魔術師達……


「彼等は私の直属の魔術師です!言ってしまえば私兵ですな!」
「この時の為に、各地から集めていたのです!さあ、やってしまいなさい!」


 ◆コネクション  
  幅広い交友関係。確度の高い情報の源泉。

  各勢力の利害関係を把握し、調整するのは政治家に課せられた責務。  
  国会議員や海外の権力者、果てには街に起きる魔術がらみの事件に対応する為、聖堂教会や時計塔とも太いパイプを持つ。  
  名分があれば彼らの助力を得る事も可能だろう。



「初作戦。ちょっとは活躍しねえとな」
「皆で勝負でもしましょうか?最初にマスターの首を取ったヒトは臨時ボーナスとか」
「じゃあテメエは勝っても意味ねえな。ボーナス貰っても無駄遣いするだけだぜ」
「ん~。皆ホントに張り切っているなあ」

「当たり前だろ?こんな大仕事、何度もあるもんじゃない」
「ガキの首取った所でなんの自慢にもならないと思うけどなあ、ね!先輩!」
「皆不埒だ……街は私が守るから……」


「ええいややこしいわ!ぽっと出の連中なんかにあたし達が負けるかっての!」
「ネームドの格を教えてあげるわ。この魔眼の前では等しく無力だという事を……」
「ふざけないで!来るわ、集中しなさい!」

「あらら。案外いい組み合わせじゃない?あんたのマスターとフェリシア」
「奇遇だね!オレもそう思ってた!」


一番槍が突き進む。それに応じるかの様に、全員が武器を構えて戦闘態勢に移行した

これは、子供の意地の叩きつけ。市長の支配を突き破る為の、戦闘だ





……戦禍は、混沌を極めていた
飛び交う銃弾に剣戟の悲鳴。物や壁が破壊されて、絶叫が空間に木霊する
あまりに物騒なオーケストラ。禍門の住民は影で静観する事しか出来ずにいた

「パパ……」「お父さん……」
「大丈夫、大丈夫だ。俺がついているからな」

娘を慰める事しか出来ない自分に腹が立つ。兄の暴虐を止められなかった事が情けない
不意に、背後から誰かの気配が。振り返ると、頭を抑えたアーディーがフラフラとやって来た


「う~ん……あの、ロベルトは……」
「君はエーデルワイスの!」
「あっ!?何これ!?どういう事ですか!?」

「アーディーちゃん。さっきまでぐっすり寝てなかった?」
「多分アサシンだ……あいつ、よくも!」


「アハハッ。何だか楽しそうだね!」
「ボクも見学していいかな?こんな面白そうな事、滅多には無いからさ」

怒りに燃えるアーディーの隣に、いつの間にか白髪の青年が現れた
目の前の惨状を面白そう。と感じる精神も奇怪だが、それよりも奇妙なのはその雰囲気

まるで、この世の存在では無いかの様な。希薄な存在感が逆に不気味で……


「てめえ、誰も来ていいなんざ言ってねえぞ。イエス」
「あれ?君は……ああ!禍門のオバケか!」

「懐かしいなあ。こうして会うのは何十年ぶりだろうね?久しぶり」
「……………………」

「当主よ。この男は」
「聞くんじゃねえよ。……おい、何もするな。一歩でも動いたら容赦しねえ」
「もちろん。ボクとしても、この場は静観しておきたいからね」

招福の言葉に頷くイエス。すると、まるで影に沈むかの様にその姿が消えていくではないか
その光景に驚愕する一同だが、直ぐに目の前の戦闘に意識を移す

未だに鳴り止まぬ戦いの音は、更に激しさを加速していた



「そこ!来てるわよティファ!」
「わかっているわ。“──私は、その歩みを否定する”」

無数の魔術師に殺到されながらも、炎と氷の猛攻がそれらを捌く
炎の剣が周囲を切り裂く。それを縫う様に降り注ぐのは、絶対零度の氷の風
凍結した身体を灼熱が襲う。フェリシアの『氷結霊媒』はルゥナの魔術を阻害せず、相乗し合い敵を払う


 ◆氷結領域(ニヴルヘイム)   
  魔術刻印に記された大魔術。  
  場をムスペルヘイムと対為す氷結領域へと書き換える。  
  彼女の魔術回路ではその一端しか扱えない。  
└◇氷結霊媒(ニヴルセイズ)   
  「氷結領域(ニヴルヘイム)」のスケールダウン版。   
   詠唱によるトランス状態から女神ヘルを降ろし、ニヴルヘイムの氷風を呼び起こす。   
  ムスペルヘイムと対を為すニヴルヘイムの氷は炎と中和される。



此方に剣を、槍を、鞭を向ける魔術師達。彼等を足止めするのはティファだ
数の上では倍に近い戦力差。それを埋めるのは彼女達の持つ至上の才能

「クソ、こいつら、まさか最初から組んでいたのか!?」
「互いの連携に隙がない。息も完全に一致している……」

「まさか!ここが初めての共闘だっての!」
「油断しないで!まだ勝った訳じゃないわ!」


「……そうだ。まだオレがいる」
「オレの使命はこの街の守護……」
「お前達を打倒する。それこそがオレのやるべき事だ」

魔力の弾丸が放たれて、ルゥナとフェリシアは咄嗟に防御する
吹き上がる土煙の先にいたのはストレングス。彼もこちらを倒さんと、魔力を集約させて次弾を放つ準備をしていて

「……そういえば、あたしはあんたに負けてるのよね」
「リベンジをさせて貰うわ!今度は負けないって教えてあげる!」

一際派手な炎が吹き上がる。まだ、終わりではないのだと宣言するかの様に



背後で爆音が響いている。果たして、ルゥナは無事だろうか
そんな野暮な感想は、元気そうに叫ぶ声で完全に霧散した

「それにしても……近づけないね、コレ」
「うざったいっての!パチパチパチパチ豆鉄砲のクセに!」

「別に、貴方達とまともに戦う理由は無いわ」
「先にマスターが倒されれば、自ずと魔力の供給に限界がくる。そうなったら単独行動を持つ私が有利なんだから!」
「それ、解説していいの?オレ達はそうならない様に戦うんだけど」

「いいわよ、別に。解説した所で貴方達が有利になる訳じゃないもの」
「この貴方達を狙う無数の銃口から!逃れられる訳がないのだから!」


ぐるりと辺りを見渡すと、前後左右にみっちりと詰められた銃が此方を睨んでいる
まるでドームの様になった銃の束。セイバーとランサーは互いを背にして得物を構え

「これ、耐えきれたら凄くない?」
「耐えられたらね!」

軽口を叩くのと、銃口が火を吹くのはほぼ同時に。二人を撃ち殺さんと襲い来る
剣と槍が銃弾を迎え撃つ。例えその身を削られようとも


【本日はここまで】

【明日も似た方式でやります】


【はい。それではやっていきます】

【途中退席を挟んでやれるまで。リミットは23時と少しまでとします】





互いの全力をぶつけ合うルゥナとストレングス
炎が吹けば、光が消し飛ばす。光が飛べば、炎が撃ち落とす
その力量はほぼ互角。一瞬、視線が交錯した

「────ッ!火力が増している……!」
「当たり前よストレングス!今のあたしは燃えに燃えてるんだから!」
「……何故だ。何故お前は!そこまで、あの女を救おうとする!」

「決まってんでしょ!少々森はあたしにとって大事なの!」
「あんたみたいな奴にはわかんないかもね!」

「……大事な。オレにとって、それはこの街」
「いや違う……大事なのは、使命……!」

胸に灯るは強い感情。色は違えど力は同じく
だとするならば、この勝負。勝敗を分かつのは己の心に他ならない……


「……出力を限界まで上げる。耐えきれるか?」
「やってみなさいよ!こっちも全力。本気で火力を上げてやるわ!」

激突は更に増していく。周囲すらも巻き込んだその戦闘は、より過激に火花を咲かせていた



……その隣で、有象に無象を迎え撃つのはフェリシアとティファ
凍える風が吹き荒ぶ。しかし、兵隊達は止まる気配を一向に見せず

「キャスターの援護かしら?多少は強化されているのかも」
「言い寄られるのは好きだけど、不細工ばかりじゃ面白くないわ」
「ティファ!ふざけてる場合!?」

軽口を言いつつも、的確にその動きは鈍り始めている
流石に相手も無尽という訳ではないのだろう。疲弊の色に色濃く染まる

「このままなら勝てるわ!余計な横槍が入らなければだけど!」
「それはフラグというのよフェリシア。……噂をすれば、お出ましかしら?」


「そう構えないでくれるかな。私は戦闘狂でもなければ殺人鬼でもない」
「軍師の真似事はした事が無い訳じゃない。役に立たない魔術師の変わりに私が指揮しよう」
「悪かったな!どうせ俺はキャスター失格だよアサシン!」

矢面に立つアサシンに、氷の槍を向けるフェリシア
それでも微塵も怯まない。驚異ではないと言いたげな顔に、氷結の槍が降り注いだ




「……フェリシア!?っの、カラス男!」
「落ち着いてよセイバー。オレ達はアーチャーを突破しないと」
「わかってるわよランサー。……ああもう!ウザいったらありゃしない!」

「それが既製品の強みというものよ。伝説の剣なんて一本で、この数は突破できないわ!」
「オマケにここは屋敷の中。私の戦場としては最高の条件が整っているんだもの!」

銃撃の雨を突破して、アーチャーの首を斬り落とさんと迫るセイバー
だがアーチャーは身軽にも回避していく。周囲の壁や床を砕き割る一撃は、全て彼女に当たらない


「ふ~ん。でもさ、アーチャー!君は一つ忘れているよ」
「この世で最も産み出されているモノ。誰にも手出しできない特注品!」
「それは『時間』であり、『未来』であり、要するに───」

「“────今だ!(エクスペダイト)!”」


ランサーの槍が光る。その先端はアーチャーの胸を的確に狙う正確な一刻
貫く寸前、銃の束が槍を阻む。ガリガリと不快な音を響かせながら、へし折り、削っていく

「貴方の槍は最速最短かもしれない……けど、目的地がわかるなら、そこに壁を置けば突破は不可能よ」
「まだまだ!ここでオレが諦めたら、ルゥナの選択も台無しになるからね!」

「……貴方、本来はマスターに忠実な方じゃないでしょう?」
「うん。ていうか最初はどうしようって思ってたよ?何の願いもないんだもん」



鍔迫り合いの最中で、淡々と吐露する心情
最新鋭の聖人は、自身のマスターをどの様に見ていたのかを語り出す


「自力で夢を叶えるだけの能力はある。才能も申し分無いと思う

「けど、それだけじゃオレにとってはダメなんだ。オレは『問題を解決する聖人』だから」

「言うなれば、ルゥナは『空っぽ』だった。ただ目の前の事だけを見て、先にも後にも興味を示さなかった」


ランサーの語るルゥナ像は、ルゥナ自身も自覚していない部分が多く映る
ただ優秀なだけ。あまりにも率直で、残酷な評価を下していたのだ

「けどさ。ルゥナは多感な時期だし色々な人と会えて変わるかもしれない。それだけがオレの望みだった」

「それで、今は明確な目的を持って必死に願いを叶えようとしてる!それでオレは確信したんだよ」

「オレがルゥナに召喚されたのは、ルゥナの夢を守る為!ルゥナが守ると決めた相手を、オレが摘ませない!」



「だからこそ、オレはここでお前を倒すよ。アーチャー!」
「……っ!やってみなさい!私だって、私だって願いが───」




───願いが、ある
そうだ、願いがあるから私は銃を持っている

けれどそれは何の、いや、どんな願いだった?頭の中で思考が淀む

そうだ。願いは『私の家のせいで悪霊になった者達の救済』。それだけを願って今の今まで


「……? 私は、いつから」

「そう、願っていたんだっけ……?」


考えてはいけない。思い出してはならない。ふとした疑問は無意識に封じた記憶を覚ます

そうだ。私は私の家が行った罪を贖わねばならない。それだけが、私の人生

私の───


『……お母さん!』『サラ!』

「貴方、達は」

『もうやめて。もうやめてよ』『誰も君に責任を負って欲しいなんて考えていないんだ』


頭の中で思い出す。それは死ぬ間際、悪霊に身を引き裂かれる前の走馬灯。
そう言ってくれたのは誰だったか。アーチャーの記憶の中を、洗いざらいに探していく

……そうだ。二人は、二人は私の!

「あなた……!アニー!」




ランサーの背後。哀しげに見つめる二人の影
そこにいるのだろうか?それとも、私の願いが見せた幻覚なのか?

どうして今まで忘れてたんだろう。私の大切な夫と娘……
そうだ!私は!ずっと二人の為に戦ってきたと言うのにも関わらず!
二人の死の原因を許せなくて。銃で殺された霊を銃で祓う矛盾にも身を投じて

屋敷を建て続け、増やし続け……その果てに、私は果てたのだったんだ


「……ランサー。私は、貴方が嫌いよ」
「貴方がもっと早くに存在していれば……私は、こんなに悩まなかったのに!」

幾筋の涙が頬を伝う。ずっと忘れていた二人に懺悔する
悪霊を狩り続けるなんて、二人の死を直視出来なかったから行っただけの代償行為なのかもしれない
だからこそ、『困難に手を差し伸べる聖人』であるランサーは自分も……

「……そうだね。君も悩んでたんだと思う」
「だけど……オレも、じゃなかった……オレ達も前に進まないといけないからさ!」
「だからゴメン。ここでお別れしよう、サラ・ウィンチェスター」


槍が銃を弾き飛ばす。アーチャーの手には何も持たない素手の状態
だが、そんな事は関係無い。空に銃を呼び出し眼前のランサーにのみ銃口を……ランサーのみ?

「……ッ!?」

嫌な気配が背筋に走る。いつの間にか、司会の中からセイバーが消えていた事に気づく
振り向く隙が無い事はわかっていた。鍔迫り合いの最中に、彼女は死角にいたのだと


「獲ったぁーーーーっっっ!!!」

斬。肉が斬られる音が鈍く響く
セイバーの魔剣は、アーチャーの背中を袈裟斬りに裂き……その霊核を粉微塵に砕いていた




「───ゲホッ!くっ!」
「卑怯。なんて言わないわよね?残念だけど、私は蛮族だからそういうの知らないわ」

「自慢気に言う事かな?それ。……サラ、少しだけいいかな?」
「確か君には気配を感知するスキルがあるはずだよね?気づかれると思ってたんだけど」

血を口から吐き出すアーチャー。この様子では蘇生も意味を為さないだろう
その前に、ランサーは疑問を口に出す。それを聞いた彼女は自重げに笑みを溢す


「……ふ、ふふふ。どうして、だと思う?」
「私も……よく、わからないわね。どうして、気づかなかったのかしら?」
「でも、理由を考えるとすれば……意図的に、無視したのかもしれないわね」

身体が解れる。粒子が消えていく。もう猶予は残されていない
思えば馬鹿げた人生だった。もっと早くに気づけていれば、少しは違った道を進めただろうか

ふと、顔を上げると見覚えのある少女と男性が手を差し出しているのに気がついた


「ああ……待っていてちょうだい。二人共」

「私も今から……そっちに、行くわ……」


手を伸ばす。既に身体が消えかけていたとしてもなお、二人の手を取ろうと必死に伸ばす
つん。と指先が触れ合った気がした。アーチャーは安堵の笑みを浮かべると……消滅した

その行き先は、光の中で待つ家族の元へ───


【ちょっと離席する時間が長そうなのと、いいタイミングなので本日はここまで】

【すまない……有言実行出来なくてすまない……】


【さて、速報も復帰した事ですし少しだけ進めます】



「どうしたのかしらね?アーチャー」
「さあね。でも、きっと満足のいく結果だったとオレは思う」

消滅を確認すると、大剣を振り回して空を切り鳴らす
ヒュンヒュンと風切り音が響き渡る。それはコソコソと逃げ出そうとした二名にも

「ふーん、まあいいわ。……キャスター?」
「ヒッ」
「リベンジマッチ、やってみる?」
「「……………………」」

背を向けたユーニスとキャスターに刃を向け、にっこりと笑顔を浮かべるセイバー
顔を向けて黙り合うキャスター陣営は、両手を上げてこちらに向き直った

「降参だ。僕達は君達の味方になろう」
「そうだな!そもそも俺はあくまでマスターに従っただけでお前達を信じてたからな!」
「吉田君……見損なったぞ」

「……そうそう。ロベルトは?」
「いつの間にか消えているな。市長や少々森なるアバドンも姿を消している様だが」
「ならオレが探してくる。皆はここでルゥナ達を援護して!」

それだけ言い残すと、ランサーは走る。二人は共にマスター達の元へ駆け出した


(市長とロベルトを放置してた。多分、それも織り込み済みだったのかも)
(なんだか、マズイ気がする……!)



「……!アーチャー!?」
「どうやら勝負アリね。こっちの勝ちよ!」

驚愕するストレングス。ルゥナに気を取られて戦況の把握を行えなかった。
いや、令呪を使用する隙すら与えなかった彼女の勝ちだろう。ルゥナの勝ちを認めるしかない
だが……サーヴァントが巻けても、マスターでの戦闘はまだ決着がついていない

「……いいや。確かにランサーの勝ちは認める」
「だが俺達の戦闘は終わっていないだろう?」
「そうね。いいわ!トコトンまでぶっ飛ばしてやるんだから……って危なっ!?」

話の途中で飛んでくる矢に身を竦める。見ると何人かの兵隊が此方に向かって来ていた

「ああもう!二人もいるのにいったい何してんのよ……!」
「邪魔が入ったか。だが、これも勝負だ」

次々に殺到する凶器を捌きつつ、ルゥナの視線はフェリシアとティファに向く
二人も苦戦しているのか、その顔に先程までの余裕は浮かんでいなかった




……ほんの少し、時を遡る
そこには不敵な笑みを浮かべながら、苦悶の表情を浮かべる少女をいたぶっていた

「……戦に必要なのは一騎当千の英雄じゃない」
「こうして雑兵を効率的に運用してこそ。それが理解出来ない馬鹿が多すぎる」

「……統率が取れてきてる。厄介ね、実力を数で覆い隠している!」
「私の魔眼も万能じゃないわ。精々数名しか足止めは無理ね」
「ルゥナがアーチャーのマスターと戦っているから、せめて彼女が来てくれれば……!」

フェリシアとティファは、歯噛みをしつつ状況を把握していく
雇われた魔術師達は此方より格下。しかしアサシンの指揮下に置かれた現状では実力は何の差にもならない
じりじりと追い込まれていく二人は、蜘蛛の巣にかかった様な錯覚に陥っていた


 ◆蜘蛛糸の果て:A++
  邪悪を画策する能力。
  秩序を破壊し、善を穢し、しかして自分に対して因縁や罰を向かわせない。
  蜘蛛が作った網のように相手を取り込み、貶める。


「だったらこっちも追加すればいいんでしょ!そら、散った散った!」
「セイバーか。君の脳ミソは理解できないが、それについては概ね同意しよう」

「そして私の役目はここまで──」「ちょっ、逃げるつもり!?」

踵を返し、去ろうとする背に一撃を入れんと剣が唸る。が……その姿は瞬く間に霧散した
霊体化にしてはあまりにも早すぎる。令呪による撤退の指示と見るのが妥当だろう


「って、あいつら!何人かランサーのマスターの方に行ってるじゃない!」
「ああもう。私はそういうの苦手だっての!自分の身は自分で守ってちょうだい!」




そして、今この瞬間。ルゥナは殺到する凶器を避けつつストレングスに肉薄する
このまま距離をとっていても撃ち抜かれるだけなら、踏み込んで勝負を決めるしかない……!

「って言ってもこいつら邪魔!ぺちぺち豆鉄砲撃ってんじゃないっての!」
「ああもう!せめて、ランサーがいてくれたら何とかなるのに!」

とは思っても多勢に無勢。いくらルゥナが天才とはいえど、一人の火力はたかが知れている
この場を焼き払う程の燃料。それはただの少女一人では賄いきれない熱い想い

だからこそ、せめて。『あと一人』は心の火を燃やしてくれれば


「……るるるるるゥナさぁああん!」
「ベル?」「何だ急に」「少し落ち着けよ」
「何!?今忙しいの見てわかんない!?」

そんなあと涙を浮かべているのは声の主。ベル
せっかく声を張り上げたのにどうしてそんな事を。という顔をありありと浮かべて叫び続ける

「私はあ!ルゥナさんに助けて貰ったから!今こうしてここにいるんですぅ!」
「そうなの!それは良かったわね!」

「だから!私もお!ルゥナさんのお役に立ちたい!私も貴女の隣にいたいんです!」
「好きにしなさい!あんたがいたいなら隣にいさせてやるわよ!」
「ひゃいっ!」

その声を律儀に返答していくルゥナ。その額には汗が伝おうと無下にはしない事に疑問を抱くストレングス
つい。それを聞きたくなってしまった。それが必要ないとは頭の中では理解していても

「……余所見をしている場合か?」
「しょうがないでしょ、ベルに話しかけられてるんだから!」



混戦の最中においても、ルゥナとベルは言葉を交わす
命のやり取りよりも重要だと。大切な存在だと証明に他ならない

ベルは知っている。ルゥナという少女の本質を
普段はつんけんしているけれど、本当は誰よりも自分を心配してくれているんだ
……だから。ベルはずっとこの人についていくと決めたんだ


「大好きです!大好きです、から!ベルは……」
「ルゥナさんに!ベルの全部をあげますから!だから!」

「ずっと……!ベルを隣にいさせてくださああああああああああい!!!」

涙ながらの慟哭は、不思議と悲壮さを感じない
ベルの普段の性格もあるだろうが、一番はその叫びの中にある真意だろう

ベラドンナ・ガイスロギヴァテス。彼女の異名は『燭台の魔女』
炎を放つ火種に寄り添い、その火を強く。より輝かせる生粋の介添人


 ◆燭台の魔女(ベーラ・ドンナ)  
  蝋燭の魔術師。  
  味方の火属性魔術行使効率を何十倍にも高める魔術の適性と刻印を継承する一族。  
  この一族の者は自らを燃やしてしまう為に基本火属性魔術を扱わないが、代々ガイスロギヴァテス家の補佐官として重要なポジションを占めてきた。  
  その性質から危険な戦場にお供として駆り出される事も多く、彼女の両親も戦いの中で亡くなっている。  
  臆病者と蔑まれる彼女だが、その気になれば一人で味方の戦力を数倍化させる可能性を秘めている。



「……何回も、しつこく言わせんじゃないわよ」
「あんたも、あたしにとっては……大切な人なんだってのーーーっ!!!」


炎が願いに呼応する。一人と一人の力は、この場にいる敵を焼き滅ぼさんと吹き上がる
魔力を足し合わせたのではなく、二人の願いの掛け合わせ。その限界は存在する訳がない
ストレングスは驚愕する。もはやルゥナに余力は無いと確信していたが故に、出力の調整すら間に合わず

何倍も膨れ上がった炎は、ルゥナの剣を伝ってストレングスや周りの敵を呑み込み焼却する

炎が晴れる。倒れ伏した尖兵達が、ルゥナに敗北した事を如実に示していた




【本日はここまで】


【それではゆっくりやっていきます】



「お疲れ様。貴女の炎の魔術、しかと拝見させて戴いたわ」
「派手にやったわね。もしかして、そういうのが趣味かしら?」
「うっさいわね……こっちはフルパワー出して疲れてんの!」「ふしゅううう……」


一戦を終えたルゥナはへたり込む。ベルも同様に、顔色を更に悪くして寝転がった
対称的に、どこか余裕すら感じる二人。どうやらあちらもケリがついたのか、魔術師達が倒れ伏していた

何の事は無い。フェリシアとティファが、召集された魔術師よりも遥かに強かっただけ
厄介なアサシンの指揮を失った集団は、もはや単なる烏合の衆と成り果てていたのだった

「……ストレングス、生きてる?」
「いや……動ける。の方がいいのかしら?この際どっちがいいかは気にしないわよ」
「とにかく、戦えるかだけは教えなさい」

煤を叩いて立ち上がり、毅然とした態度で敗北したストレングスに向かい合う
焼け焦げ、灰となった外套から露になるのは鉄の機体。バチバチと火花を散らす姿は、まるで心音を模す様に耳に響く
片腕が動く。だがそれが限界なのか、体を地面に擦りつけて蠢くだけだった

「……コリー!アダムス、ディール!」
「今すぐにストレングスを治療しなさい。応急処置程度なら出来るでしょ!?」

叫ぶ剣幕に気圧されたのか、先程まではルゥナの態度に懐疑的だった面々も周囲に近づく
こいつらは仕事となれば真面目に取り組む集団というのは知っている。当面は任せてもいいだろう


「問題はランサーなのよね……あいつ、念話も切断して何してんのよ……!」





「……ここが、聖杯の安置場所ですか!」
「いやはやまさか!学園の地下にこの様な空間が存在していたとは!」

カツカツと音を立てて市長が地下空間に足を踏み入れる。その背後には少々森を連れていて
前回では最後の戦いの舞台として。そして、今は全てを紐解く舞台として。空間は英霊を受け入れる


「そう。ここが総ての始まり」
「かつて、エーデルワイスはとある地で行われた聖杯の争奪戦に勝利し聖杯を手にした」
「だが、勝者は当主に聖杯を授け……それ以降、聖杯は起動しなかった」

「理由はわからない。当時の勝利者がそうあれとしたのか、あるいは魔力が足りなかったか」
「ともあれその力は証明された。聖杯戦争という名の儀式は、天使を召喚する為のものへと姿を変えたのだから!」
「その証明こそ我が親愛なる神の先駆けとして現れたアバドン!この街に降臨し、愚かなる民を粛清する蝗の化身よ!」


恍惚とした表情で夢想を語るロベルトを、にこやかな笑顔で見つめる市長
その顔はいつもの様に。張り付けた風に本心を見せない鉄面皮で笑っていた

ゆらり、新たな影が闇から這い出る。市長は影を見やると満足そうに口角を上げる


「おお、アサシン君!よくぞ無事で!」
「さて、こちらも首尾は上々。と言った所か」
「ありがとう市長。あと少し遅れていたら、私の首は泣き別れだ」

「ああ。それと……人払いは済んでるかい?」
「……何を、当然の事を」
「ここは私と神の逢瀬の場だぞ……?余計な虫は一匹たりとも入れない用に注意を払っている」


ロベルトの返答に、そうかい。と軽蔑した様に顔を歪めるアサシン
その態度が癪に障ったのか、見るからに不機嫌そうに舌を打つ。勢い余ったのか、少々森から手を離して睨み付ける

すると、少々森の手を掴もうとする何者かの手が伸びる。が、触れる事は叶わない
何故ならば……アサシンは手の主に剣を投げて、その腕を貫く。主は思わずたじろぎ、少々森から離れざるをえなかった


「あっちゃあ、やっぱり無茶だったか……!」





「貴様、ランサーッ!?」
「おやおや。もしやすると付けてましたか!」

手の主の正体は、禍門邸にて足止めをされていたサーヴァントの一騎。ランサー
突き刺さった剣を引っこ抜くと、思いっきりの力でへし折る。その動きからは消耗を全く感じる事はない

「ご名答。あんた達がいないと気づいた後、この街の監視カメラを片っ端からハッキングしたんだ」
「そこから逆算して、この場所に辿り着いたんだけれど……」

余裕そうな態度から一転して、不安げな声をあげる。その理由は少々森を取り返し損ねたからだけではなく


「……あ、ラン、サー」
「見ない、で……ルゥナに、見せないで……!」
「……擬態が保てなくなってきてる。場所の影響もあるのかもしれないけど」

既に、その肉体からは銀の殻が突き破る異形のモノへと戻りつつある
やはり少々森には時間がない。急がないといけないのだ。彼女の心までが変わり果てる前に……

「さて、ランサー。わかるとは思うが君は私達に手を出す事が出来ない」
「アバドンを『人間として』受肉する為には、出来る限り傷は付けたくは無いだろう?」
「我々は『天使として』アバドンを用いる。傷があろうと受け入れてくれるさ」

短剣を手に、アサシンは厭な笑いを浮かべつつ少々森の首筋をなぞる
ここで三人を相手取る事は不可能ではない。だが逃げに徹されては、少々森が変異してしまう

そして、この場で仕留めねば猶予は無い。ランサーは腹を括る。自らのマスターの判断を仰ごうと


『“……ルゥナ、聞こえてる?”』
『“時間がないんだ。手短に話すから、今すぐに決断してくれ……!”』





「……はぁ!?ちょっ、ええ!?」

「どうしたのかしら?急に慌て出して……」

「わかるわ。その気持ち……ゲームの予約日時を間違えたのね!」
「違うわよバカ!早くしないと少々森が危ないんだってば!」

突如送られてきたランサーからのメッセージ。ルゥナはただ困惑するばかりだ
とにかく、情報を整理すると……アサシン陣営とロベルトはこの街の地下空間に逃げていて、早く少々森を解放せねば危険という事

そして、ランサー単独では少々森の奪還は不可能だという事……
ならば、こちらも援軍として馳せ参じねばならないだろう。そうなると、問題は二つ


「移動手段と人員が足りないわね……ストレングスはまだ動けないかしら?」
「無茶言うなっての。こちとら専門じゃねえんだぜ?」

アダムスの表情は芳しくない。時間がかかるのはルゥナも覚悟はしていた事
だが、徒歩や車といった手段では確実に間に合うかはわからない。何せ向こうにも令呪が残存しているのだから……

「……セイバー。私達も行きましょう」
「この街の危機というのなら、手を貸さない理由はないわ。そうでしょう?」

「あーあ。フェリシア、いいのかしら?敵に塩を送る。ってここの国の言葉にあるわよ?」
「ま、何だっていいんだけど!私はフェリシアのサーヴァント。この子がそうしろって言うなら従うわよ」

「……ルゥナ、だったかしら。私が令呪を使い、地下空間に転移するわ」
「だから、貴女が切る必要は無い。それは確実に奴等を倒す為に取っておきなさい」


手を上げたのはセイバー陣営。フェリシアの手には真新しい令呪が三画も
確かに、令呪による転移ならば間に合う可能性が極めて高い。これで一つの問題は解決した

……残る問題は

「人員ね。戦える人間は全員私に……」
「ちょっと待ちなさい。私が抱えられるのは、頑張ったって三人が限度よ」
「確定なのは私のマスターのフェリシア。ランサーのマスターのあんた……」

「つまり、残りは一人だけ!ちゃちゃっと決めてちょうだい!」





……一人だけ。いや、当然か
セイバーの体格は極めて恵まれてはいる。が、それは人間の肉体の範疇でだ
背と両手を足したとしても、三人が限度というのはしょうがないだろう


「一人だけ……では、なるべく戦力になる人物がいいだろうな」
「敵は何をしてくるかわからない。対応力の高さも求められるか」
「……すまない。私と禍門の面々は省いては貰えないだろうか?」
「そっか。私達は監督役だから下手に干渉すると協会に目をつけられるんだよね……」


この場にいる人間を一望する。要は戦力の足しになり、ある程度の対応力を持つ人物が必要となるのだろう
完璧でなくてもいい。それらを満たす人物は……

「ううむ。だったら誰が行くべきだ?俺には思いつかんぞマスター」
「君でいいじゃないか吉田君」
「ハァ!?」 

全員が視線を向ける先には、心底驚いた様に目を見開くキャスター
完全に予想外だったのか、その顔は真っ青に血の気が引いている

「いや何で俺なんだ!?戦力にもならんし対応力も無いぞ!?」
「君は魔術師の英霊じゃないか。寧ろここで行かなければ本当にただのアル中だぞ?」
「仕方ないだろうが!飲まなきゃやってられるかこんな所で!」

「決めたわ。あたしとフェリシア。それとキャスターで行く」
「話を聞けお前!俺を連れていっても何の得にもならんとあれ程」
「ああもう、うっさい!サーヴァントを連れていけばアサシンを引き付ける役くらいには使えるでしょうが!」


ルゥナの剣幕に押されたのか、それ以降の文句は口から出ない
結論が出たと判断したのか、フェリシアは腕を掲げ、契約を唱える



「“セイバー。汝がマスター、フェリシア・グロスキュリアが命じます”」
「“私とルゥナ、キャスターを、ランサーの存在する座標まで送り届けなさい!”」




【少し離席します】







───変わりたいと、そう願っていた

ヒトとしての生に憧れたのもあった。ただ生きたいという単純な欲求もあった

だけど、今は。それよりも強く、……人間の言葉で表すなら。心の奥から溢れる感情は


ずっと、あの子の隣にいたい。……離れたくない


叶うなら、ずっと。人間になりたいと、確かに感じさせてくれたあの子と一緒に

だって、あの子はいつだって強くて。私に手を差し伸べてくれたから

人間になれば、きっと。ルゥナも、私を





「少々森ーーーっ!!」
「………………………………!」






「あれが……アバドン……!」
「おい……!どう見ても不味くないか!?」

「間に合った……いや、駄目かもしれない」
「ゴメン。オレがしくじったせいで……」

地下空間に降り立つ一同の目に、ランサーと対峙するロベルトとアサシン陣営が映る
有無を言わさず認識するのは、最早人間の姿を認識出来ない程に変質した少々森の存在だった
銀の甲殻は鎧の様に肉体を覆い、鳴り響く羽音は心の底からかき乱す

英霊であるセイバーとキャスター。ランサーですらも怖気が走る
にも関わらず、平気な顔でアサシンは肩を竦めて嘲笑を浮かべていた


「遅かった。いや、私は丁度よかった。と言うべきだろうか」
「何せ、ここで君達は死ぬ。蝗の群れは、君達を跡形も無く喰らい尽くすだろう」
「何言ってんの、あんたはマスターでも何でも無いでしょうが!」

「知った口を聞くのもそこまでだ。セイバー」
「アバドンは私が召喚した存在……謂わば、英霊のシステムの上に立っている」
「私の指示で、アバドンは貴様らに牙を剥く。そして神が望む供物となるのだ」

ロベルトの言葉を証明するかの様に、アバドンから刃を離し、勝ち誇って嗤うアサシン
溢れんばかりの愉悦を浴び、絶望を存分に味わう。その顔が見たかったと口元を歪めながら

……そうだ、これこそが真実。目の前の絶望に折れ、気迫も誇りも全てが無意味
素直に受け入れて死ねばいい。これで、少しはあの馬鹿も理解するだろう……




……なのに、何故。あの小娘は、未だその目に光を灯しているんだ?





「……少々森!聞こえてるでしょ!?」
「さっさとこっちに来なさい!あんたにはそれが出来るはずよ!」
「来たら、後はあたしが何とかするから!心配しないで早く来いってば!」

「……ルゥナ。もう、アレは少々森じゃない」
「わかるんだ。オレ達サーヴァントは、目の前の存在が何者なのか」
「諦めよう。まだ完全に覚醒していない今ならオレの宝具でも……」

諭す様に語るランサー。誰もがアバドンを殺すか、アバドンに殺されるかの二つで思考を進めている
だが、ルゥナは違う。その目はアサシンでも、ランサーでも、アバドンですら捉えていない

その視線は真っ直ぐに。少々森若子へと向けていた


「勝手に決めるな!勝手にあの子を決めつけんじゃないわよ!」
「あそこにいるのがアバドンか少々森か、そんなのあんた達が決める事じゃないでしょ!?」
「あたしは少々森を信じてる……!あんたの事はあたしが一番知ってるんだから……!」



『“俺は人を信じている。例え、お前がどんな罪を押し付けてもいつかは必ず明かされる”』

『“天は全てを知っている。……そうだろ?”』

「────ッ!?!?」

突如、アサシンの脳内に浮かび上がるのは存在したかつての記憶
あの時、汚れた牢屋にて縛り付けられたあの男は、屈する事なく。あろう事か笑ってそう言ってのけたのだ

……真実として、彼の者に課せられた罪は無く。彼は祖国の英雄としてその勇名は後世まで語り継がれる事となる

その男の名は『岳飛』。謀反の罪を着せられ、拷問による嘘の自白すらも跳ね退けた、まさしく英雄の中の英雄である






「……ああ、思い出した。何故、あんなにも不快に感じたのか」
「その目だ……その、澄みきった瞳が気にくわなかったんだよ」

一人、口の中で噛み潰す過去の感情。英雄の瞳の中で燃える、その正しさが嫌いだった
だが今回は違う。誰もその正しさを信じない。いや、信じられる訳がない
小娘の戯れ言を信じる奴が、どこにいようか……

「さて……遺言も済んだろう。神に祈り、天にて救われる刻を待て」
「アバドンよ!奴等を喰らい!神が降臨する為の準備をするのだッ!」

「っ!セイバー!前に!」
「さいしょに言っておくけど!私も倒せるかわかんないから!」
「あああ……せめて、もう一本開けとけば……」

「ルゥナ!迷っている暇はない!」
「令呪でオレに魔力を!今なら霊核を砕いて、消滅させられるかもしれないんだ!」
「…………あたしは、あんたの事。信じてる」



「街なんて知らない、人理なんて知らないし、どうだっていいわ」
「後悔なんてしない……どんな結末になっても、きっとあたしはあんたを憎めないもの」
「だって、あたし達は友達でしょ?せめて、あたしだけは信じてるから」

「あんたは。少々森若子は人間だって」




「………………」
「……?アバドンの動きが止まりましたが?」
「馬鹿な事を……!天使が、たかが人間の、それも小娘の声を聞く訳が」

「天使じゃない!その子は人間だっての!」
「少々森!あんたは結構……いや少し変わってるとこもあるけど!」
「あたしも、さきちゃんも!ずっとあんたを人間として見てたんだから──!」


先程までは刻む様だった羽音が静まる。ルゥナの声に反応するかの様にその殻に罅が入る
こんな事はあり得ない。何故?どうして?平静を保ちつつも、アサシンの胸は穏やかではない
命令を受け付けないアバドンに苛立ったのか、ロベルトは必死に声を荒げていた


「私の命令を聞けッ!私は貴様の上位存在!神の意思を継ぐ者だぞッ!」
「あんたはどっちなの!?人か、天使か。もう一度ここで宣言しなさい!」

ロベルトとルゥナ。二人の声の狭間で、人間に焦がれた虫は決意する

自分が何者なのか、自分は何を望むのか。その意思は銀に光る殻を剥がしていって──


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           _jI斗r─くヽニニニ}0 0 /i/|i:i|-Li:|/i:}リi|iト(Wi]     二-[ __
     >`` __ \ \  }ニニニムr‐匕゙ |i小厂廴}jI抖ミ丁]  {   二_√-=_´
     i      \}_ } 厶ィ--=个   ///:. 人(:. 以ノ ]i:{  ∨ 二_√iミi:i:\          「私は……人間……。それと……」
     {        〕Iト。,_  r‐-=ミ /  {´        厶ィ   :i), 二_√.:i:i:i寸:i}
     \         ア⌒\. .Q〕ァ∧__ r ュ     |  | .:i:i:i:二_√i:寸i:i:У
.        〕ト。,     /     /. ./ヽ. ⌒\)ト、  ,, ]  ∨\i 二_√i:i:i:i〉´
            )ト。,   |   /. ./. . . .∨ . . . \ 〕iく--}トミ}i:i:i:i二 7i:〉⌒′            「私は……ルゥナの、ともだち……!」
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                  \  ] ] . . . . . . . \. . /. . . . . . . .〕ト √Ⅳ\
                   \| ] . . . . . . . . . . ∧ . . . . . . . . . / W(. ./
                 勹-寸 . . . . . . /. . \ . . . . . . /二/. ∨
                    忖. . . ./. . . . . |. . . . . ./二/. . .
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                          ∨,. . . . . . . .]_/⌒ヽ{- 〈


【本日はここまで】


【21:30から、ゆっくりやりたいと思います】




異形の中から、少女の体が顕れる。振りかぶる視線はアサシンを捉えていて
その手に握るのは、かつては地の獄を管理していた際の遺物である奈落の鍵
これは、未来を切り開く為。人間としての世界を開く為の鍵との証明


「っ。虫風情が、私の邪魔を」
「アサシン君!お怪我はありませんか!」
「かすり傷だよ、この程度で死にはしないさ。だが……」

「おのれ……おのれおのれおのれッ!神の眷属である貴様はッ!私の意思を無視するのかッ!」
「これはまさしく涜神に他ならない……あってはならない!赦されてはならないのだァーッ!」


ロベルトは少々森の反抗に酷く腹を立て、目を血走らせて絶叫する
無理もない。この場の優位性は全てがアバドン……少々森の力に依るものだ
だが、彼女は明確に建言した。『私は人間であり、そしてルゥナの友達だ』と

「何かよくわかんないけど、要はそいつは私達を攻撃する意思は無いのよね?」
「そ、そうだ!今の内にお前達を倒せば、この問題は全て解決するよな!?」

セイバーとキャスターは、改めて戦闘の態勢を取る。理由はわからないが、このチャンスを逃す手は無い
先程の余裕とは一転して、アサシン達は窮地に追い込まれる……



「あはっ……!ロベルト、困っている様だね」
「一応は、ボクの家族だし……助けてあげるよ」





「…………!」
「彼は……いったい?」
「下がってフェリシア。こいつ、何か嫌な感じがするわ……!」

セイバーの言葉に反応するかの様に、全員の体が硬直する。男の姿に総毛立つ
唐突に現れたその人物は、ルゥナはおろか、誰もがこの場に乱入してきた男の真意を計りかねていた

「ボクの名前は……イエス・エーデルワイス」
「そんなに怯えなくてもいいよ。ロベルト、ボクは君を助けに来たんだ」

「おや……ロベルト君のお知り合いですか!では是非ともそのお手をお借りし……」
「駄目だッ!この男はこの世に存在してはならない!悪魔そのものだッ!」

「……何かしら。仲間割れ?」
「いや、と言うよりは……ロベルトが、彼の事を信用していないみたいだ」

友好的な態度を見せる青年を、恐れるかの様な顔を浮かべて睨み付けるロベルト
徐々に、背後に後退していくその姿。あのロベルトですらも恐怖するという事実が周囲の緊張を高めていた

「貴様は……貴様は!何を考えている!?」
「嫌だなあ。ボクはただ同じ血族を助けに来ただけなんだって」




「それに……『ボクが勝ち取った聖杯』を、他の人間には渡したくないからさ」





ぞわり。不気味に空間が歪んだ気がした
イエスの双眸は得体の知れない光を湛える。何が見えているのかすらわからない

いや……それよりも気になるのは、先程の言葉。確かに今、あの男は

「勝ち取った聖杯……ですって?そんな事、ありえる訳ないわ」
「だって、この聖杯戦争はあたしが生まれる前から計画されていたって聞いているわよ?」
「それこそ、数十年以上も前に。あんたはそれ以前も、どこかで聖杯戦争があったとでも言いたいのかしら?」


ルゥナの視点は、かつては御三家であったガイスロギヴァテスだからこその指摘だった
エーデルワイスも御三家ではあるが、目の前の青年は自分よりも遥かに年上とは思えない
精々が五、六歳。高く見積もっても十歳が限度だろう

だが、イエスの返答は予想だにしないもので

「うん、そうだよ。ボクがこの街に聖杯をもたらしたんだ」
「とは言っても……偶然、聖杯に触れて生き延びただけのグズだけどね……」
「だけどボクはツイてたんだ!何しろ『天啓』が教えてくれたからね!」





「……天啓?」
「あーよくわからんが、要はその聖杯はお宅のものって認識でいいのか?」
「それなら、何故わざわざ聖杯戦争を?聖杯を手にしたなら願いを叶えればいいはず……」

フェリシアの疑問は当然だ。その話が本当ならば、聖杯戦争を起こす理由がない
イエスはさも当然とばかりに笑う。まるで決まりきっていると言いたげに

「そんなの……『君達が苦しむから』以外に、理由がいる?」

澄んだ声は、一切の偽りを感じさせない。それが真意だと明確に告げる
誰も思考を理解できない。それも仕方ないかとイエスは語る

「君達が苦痛に悶える程、君達が欲望に溺れる程にボクが面白いんだよ」
「シュヴァルツはさっさと使いたかったみたいだけど、それだとツマラナイじゃないか!」
「ボクは死にもの狂いで手に入れたんだから、皆もそのくらいはしてもらわないとね!」


あまりにも身勝手な言動に、全員の思考が硬直する。こいつは何を言っているんだ?
ルゥナにフェリシアはおろか、味方であるはずのアサシンすらも目を見開く。その中で、最も速く動いたのは

「そうですか!そのお気持ちはよくわかりますとも!」
「では、この場は共に切り抜けましょう!是非とも私をお見知りおきを!」

市長がにこやかな笑みで手を差し出す。この状況下でもその態度は揺るがない
差し出された手を一瞥するイエス。無言で片手を突き出すと……ドス黒い『泥』が市長の手を呑み込んだ



【ごめんなさい。体力の限界が来てしまったので本日はここまでです…】


【では少しだけ更新していきます】




それは、突然の出来事だった
イエスから放たれた『泥』は市長の手に喰らいつき、その先を砕く
あまりにも突然の出来事に、誰も反応する事が出来なかった。……唯の一人。アサシンを除いて

「ひっ……!?がぁああああぁああ!?!?」
「ッ、その男から離れるんだ!」
「あーあ。手が汚れちゃった……」

「……何?仲間割れかしら?」
「油断しないでセイバー。相手の動きから目を離しては駄目よ」
「それにしては……様子がおかしくないか?」

周囲の怪訝そうな目も意に介さず。イエスは隣のロベルトに視線を向ける
その顔はどこか優しげで。それなのに一切の慈悲を感じられない無機質なもので

「さて……ロベルト。キミは勝手にボクの聖杯を使ったね?」
「シュヴァルツの目は誤魔化せても、ボクには通用しない……わかるよね?」
「な……あ、ああ!?」


「さようなら。ロベルト……せめて、泥の中での安寧を貪るといい」



 ◆聖杯の泥
 人の悪性。泥の形をもった純粋かつ圧倒的な呪い。
 触れた者の魂を汚染し、時には肉体ごと呑みこみ消滅させる。
 とある地で行われた聖杯戦争にてこの泥に触れ、敗死した彼は復活を遂げた。
 その為、彼は自分が神に選ばれた存在であると信じ込んでいる。




暗澹とした泥がロベルトを呑み込む
濁流となった形ある悪意は、矮小な悪意を容易に飲み干し砕いていく
あまりに圧倒的な暴力に、為す術もなく堕ちていった


「こっ……こんな、こんなハズでは……ッ!?」
「あぁぁーッ!?私と!私が愛する神の!輝かしい未来が消えていくッ!?こんな、こんな事を許していいのか!?」
「止めろおおオオオオオ誰でもいいからイエスを殺し……」

「うるさいなあ。どうしてこうも醜く足掻くのかな?」
「ボクの血族ながら、理解が出来ないよ」


惨めな断末魔だけを遺して、黒幕であったロベルトは呆気なく泥に沈んでいく
まるで、最初からこの世に存在しなかった様に跡形もなく。痕跡すら許さないように

「さて……キミ達には申し訳ないんだけど、ここで全員死んでもらう」
「聖杯戦争の幕引きとしては三流だけど……アハハッ、まあいいか!」

微笑みながらの邪悪な宣言。その一言は否応なしに全員の緊張を漲らせる
泥が周囲に満ちていく。何か得体の知れない、おぞましいモノが這い出てくる──!



「さあ、現れよ!この馬鹿げた戦争の全てを絶望に堕とす為に顕現してくれ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!」




ぞぶ、ぞぶ。泥の中から『何か』が出てきた
まるで羽化するかの様に、有象無象の影の群れが沸き上がる。形容の出来ないおぞましさに、思わず目をつむる少々森

「あああ……!私は、私はまだ死にたくない!街を発展させていない!」
「志半ばで死ぬのは嫌だぁぁ……!」

「……っ!あんたはこっちよ!ランサー、これはなんなの!?」
「オレもよくはわからない。けど間違いなく、ヤバいのは確かだよ……!」

「ななななんだ!?コイツら、あの青白い男に従っているみたいだぞ!?」
「セイバー!前衛に出て、私達を守って!……セイバー!?」
「わかってるってば!それにしても……っ!」

一人、前に立つセイバーの顔は苦々しく。眼前の異様な存在に一際強く警戒しながら
担う魔剣は微かに震える。セイバーだけがその影の正体を理解出来たのは、この剣が強い反応を示したからで

だからこそ、この窮地を誰よりも強く、鮮明に理解してしまっていた


「ああもう!なんてモン呼び寄せたのよ!」
「コイツら、『英霊のなり損ない』……要は英霊モドキ!デッドコピーよ!」
「……つまり、コイツらを倒すと」



 ◆堕・英霊召喚
  彼の権限で大聖杯にアクセスし、不完全な英霊「シャドウサーヴァント」を召喚できる。
  召喚された英霊は彼の呪いに汚染され、支配下に置かれる。
  正規の英霊を一騎で倒す力は無いが、数で圧倒することは十分可能。

  なお召喚される英霊が不完全なのは、正規の召喚方法ではないため。
  大聖杯自体にはなんの小細工もしていない。
  ただし、召喚されたシャドウサーヴァントを倒すほど、聖杯が汚染されてゆく。
  悲願を叶えるまでは本意ではないので、容易には切れない切り札。



「確実に聖杯が汚染される!あいつ、本気でこの街を滅ぼしに来てるわよ!!」


【本日はここまで。また明日更新します】


【早めに更新。安価は無いのでごゆるりとどうぞ】



黒く蠢く無数の影が、狭い空間を埋め尽くす
こちらに明確な殺意と悪意を向ける黒の集団。今もなおその数を増殖し続ける
おまけに、此方からの手出しは不可能。この影を倒す度に、聖杯が汚染されていく……


「ランサー、キャスター!アンタ達は下がってフェリシア達を守りなさい!」
「無茶だセイバー!幾ら君でも、この数は!」

「いいから!言っとくけど、アンタ達はこの影を倒したら駄目だからね!」
「あ、オイ!……ああクソっ!やってやる!」

ランサーとキャスターを背後に、セイバーは単身で影を討つ
実力は完全にセイバーの圧勝。だが消滅させる事は不可能である

……はず。なのだが


「ぜぇやあああっ!かかって来い、黒塗り野郎共!」
「アンガンチュールの娘にして、盾持つ乙女!このヘルヴォールがクソ剣に喰わせてやる!」

薙ぐ毎に影が切り伏せられる。斬る毎に黒の体が断たれる。その剣には容赦も躊躇いもない
聖杯の汚染も気にせずに、セイバーはその魔剣を振り回していく……



「……へえ、ティルフィング。魂を喰らう剣か」




ティルフィング。それは所有した者を悉く破滅させる呪われた剣
様々な人間の命を蝕み、セイバーの父も、息子もその輝きに魅いられ命を落とした邪悪な剣

だが、セイバーだけは違う。彼女だけは何故か剣に魂を啜られる事なく扱えた
それが何故か?そんな事は知らないが、兎も角これを振るえるのはセイバーだけ

つまり、彼女の魂は魔剣に喰らわれず。影英霊の汚染された魂のみを斬り砕く


 『宝具』

 ◆『魂魄啜る破滅の宝剣(ティルヴィング)』  
  ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大捕捉:10人    
  生命を吸収する宝剣。剣に触れた対象から魔力や神秘、生命力を吸収する。    
  物質の生命を吸い尽くして容易に断ち切る事を可能とし、吸収した命で刀身を常時修復・修繕する。    
  また、剣その物が命を好んでおり、命に向けて刀身を自動誘導する特性を有している。



「……なるほどね。でもセイバーだけじゃこの数は倒しきれないよ」
「他のサーヴァントやマスターの助力も期待できない……絶望的だよね」
「だからボクは焦らないよ。ゆっくり、キミ達が死ぬまでね……」

その言葉通り、幾ら斬り捨てようとも影の数は増していく
セイバーの力も限りがある。今は均衡を保てているものの、このままではいずれ力が尽きる……






「“汝がマスター、フェリシア・グロスキュリアが令呪を以て命じます!”」
「“立ち上がりなさい!ここで倒れる事は、マスターである許しません!”」

一筋、闇の中から紅い閃光が照らす。マスターからの絶対命令、令呪をここで使ったのだ
膨大な魔力がセイバーを支援する。一瞬だが、均衡は此方に傾いた

「サンキューフェリシア!これでもうちょっとは戦えるわ!」
「……だけど、不味いのは確かね。私はともかくこのままだとフェリシアがやられるかも」
「けど私が下がると……あーっ!面倒な事は苦手なんだっての!」

背後のフェリシアに目を向ける。討ち漏らした影は、ランサーによって食い止められていた
今はランサーが持ちこたえているものの、倒せないという条件が肩に重くのしかかる
自分一人で、この影の群れを全滅させなければこのまま共倒れになるだけ……


「おーーーいっ!セイバーっ!こっちに来てくれーーーっ!」
「なによバカ!今忙しいんだっての!」「バカとは何だ!とにかく一度こっちに戻れ!」

突如、キャスターからの絶叫が背後から響く。こっちは忙しいのに何を、と睨みつけた






「その剣は!霊体を喰らえば喰らう程強くなるのだろう!?」


「協力する!俺を喰え!サーヴァントをエサにすればより強力になるんじゃないのか!?」






「……はぁ!?」

キャスターの思いきった発言に、セイバーは思わず目を丸くする
この男は自分を喰えと。そう言ったのか?前線から一時切り上げ、後方に向かう


「仕方ないだろ!?俺だって死にたくない!」

「だがなあ!ここで手をこまねいて見ていても何も状況は変わらないだろ!?」

最後尾では、ランサーとルゥナ。フェリシアが少々森を庇うように影を相手取る
だが、徐々に鈍くなっているのが目に見えてわかっていた

「女子供に犠牲になれとは言えない。ランサーの奴がいないと守れない」

「俺は“英霊(サーヴァント)”なんて大それたモンになったんだろ!なら!」

「この国の、一つの街だろうが……英雄として、守ってやりたいだろうが」

キャスターの足は震えている。その目は泳ぎ、覚悟が未だに決まりきっていない事を如実に表していて
キャスターは恐らく、生前から争いとは無縁な人物だ。学者然とした態度は、剣よりも筆を握る方が得意だと示している
そんな人間が、国の為に命をなげうつ。その恐怖は如何ばかりか。その決意は如何ほどか

セイバー、ヘルヴォールは戦士である。その決意を無下にする事は、不可能に等しかった

「……そうね。幾ら近代人とはいえ、この連中を喰い尽くした分も合わせれば。多分」
「そうかよ。なら頼む!……なるべく、痛くないようにな」





重々しく、剣を引き抜く。その煌めきは、獲物をねめつける獣の瞳の様な妖しい光を放つ
魔剣はキャスターを捉えて輝く。その身、命を捧げる覚悟はあるのかと

剣に映されるのは、不敵な笑みのキャスターだけ。今更だと笑い飛ばすかの様な強がりの笑み
剣を振りかぶり、暫しの沈黙。戦場に響く怨嗟も、この瞬間だけは観戦に徹して

「そう言えば、あんたの真名って何だっけ?」
「『吉田東伍(よしだ とうご)』だ!あの馬鹿マスター。『どうせわからないからいいじゃないか』って真名で呼びやがって!」
「そ。ありがとう。アンタの命で、絶対に皆を救ってみせるから」



鈍く、肉を斬る音が木霊する。セイバーの魔剣は寸分狂わずキャスターの霊核に食らい付いて
剣に魔力が満ちていく。魂魄を糧とし、勝利を手にする呪われし魔剣

「……頼む、この街を、守ってくれ」
「聞き届けた。ヘルヴォールの名において、剣の魔力を解放する───」

両手は剣を上段に構え、両足は地を踏み締める
魔力の奔流が剣より零れる。影の群れも、その煌めきに目を奪われるばかり

嗚呼、我々も、あの様な剣を担える英雄になる筈だったのに……



「“唸れ、クソ剣ッ!魂魄を啜る破滅の宝具よ。私の願いを聞き届けよッ!”」
「“私が願うは、この影の全滅!フェリシアと、その仲間を!この手で救う為に剣を振るう!”」

「“食い荒らせ!『魂魄啜る破滅の宝剣(ティルヴィング)ッッッ!!この悪夢ごと──!!”」




喰らう、喰らう、喰らっていく
刀身は空間を断ち斬る程に増強し、影共は為す統べなく呑まれていく
この世に遺すまいと、魔剣が逃げる影を追い、一つ残らず食い潰す。新たに沸こうが関係無い

イエスはその光景をゆっくりと見ていた。抵抗するでもなく、絶望するでもなく
ただ胸にある感情は『郷愁』。かつて聖杯戦争で見たあの光

「あはっ、何だか懐かしいなあ。ボクは必死に逃げたんだっけ」
「……ごめんね、バーサーカー。ボクは勝って、願いを」

言葉は続かない。魔剣がイエスを分断し、体は泥へと沈んでいく
その顔は少し寂しげで、どこか申し訳なさそうら悲しげな表情を遺していた



「らぁああああーーーっ!こ、のっ!クソ剣がああぁあああーーーッ!!!」

セイバーの雄叫びが、地下に蠢く影を塗り潰す
その霊基は既に限界を超え、全身が悲鳴をあげようと剣を振り続ける

そして、空間には静寂が帰る。影も、敵も、絶望も。全て魔剣が喰い尽くした

「セイバー!」
「あ、フェリシアとランサーのマスター。お疲れ様」
「ま、礼はしとくわ。貴女がいなければあたし達は……っ!?」

労おうと近づくフェリシアとルゥナ。その顔には疲弊の色がありありと浮かぶ
とはいえ、功労者であるセイバーに一言くらいは声をかけておかねば。そう思ったルゥナは言葉を失った

……セイバーの身体はほつれ、光の粒子となっていたのだから


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「……セイ、バー?」
「あんのクソ剣。少し解放したら”もっと魂を寄越せ”とか。ふざけんじゃないっての」
「だから……ごめん、フェリシア。私の霊核、剣にくれてやっちゃった」

冗談めかした言い方だが、セイバーの顔は心底悔しげだ
目の前の少女を勝たせてあげられなかった。出来れば、自分の手で願いを叶えてあげたかった
けれどもその願いは無慈悲に断たれた。彼女が聖杯を手にする事は出来なくなったのだ

「……謝らないで。私は、後悔してないわ」
「家の事は、残念、だけれど。私はやりたい事をやったから。だから」
「どんな結末になって、も……っ!受け入れ、ない、と……っ!」

戦後の静かな地下空間は、すすり泣く声がよく響く
どれだけ気丈に振る舞おうとしても、夢を断たれた哀しみは少女の胸を支配する
ルゥナは泣きじゃくるフェリシアから目を逸らす。そして、セイバーはその頭を優しく撫でた




「あーもう!泣かないの、フェリシア!アンタは綺麗な顔してるんだから」
「だって、だってぇ……っ!」

「……私も、クソ剣にタダでくれてやった訳じゃないわ。対価もキッチリ請求してる」
「だから、願ってあげたわよ?“フェリシアの願いを叶えてあげて”って」
「けど、素直に叶えるかはわからない……それはフェリシア次第ね」


 ◆『魂魄啜る破滅の宝剣(ティルヴィング)』
  ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大捕捉:10人
   生命を吸収する宝剣。剣に触れた対象から魔力や神秘、生命力を吸収する。
   物質の生命を吸い尽くして容易に断ち切る事を可能とし、吸収した命で刀身を常時修復・修繕する。
   また、剣その物が命を好んでおり、命に向けて刀身を自動誘導する特性を有している。

   願望器としての機能を有し、吸収・貯蓄した魔力を用いて持ち主の様々な願いを叶える。
   不相応な願いには相応の代償が伴い、魔力が足りなければ持ち主の魔力を過剰に吸収して叶えようとする。
   また、持ち主の悪しき願いに反応して“破滅の呪詛”で汚染し、願いを破滅の方向に歪めてしまう。


「だから、前向いて生きなさい!いい人見つけて、子供いっぱい産んで!幸せになんなさい!」
「あ、私はあんまり参考にしないでね?夫はバカだし息子はアホだし」

「……ありがとう。ヘルヴォール。私のセイバー……!」
「どういたしまして!ぶいっ!」

光に包まれるセイバーを、フェリシアは強く抱きしめる
そんなフェリシアを見つめる顔は、どこか優しげな母の様で
消滅するその寸前まで。フェリシアの身体を抱きしめ返していたのだった




「セイバーが、消えた」
「そうだね、彼女は皆を守ってくれたから」
「……あり、がとう。セイバー」

セイバー達から少し離れた所では、ランサーと少々森が一息ついていた
その姿はボロボロで。少々森は肩で息をする

ふと、ランサーが目を向けた先。そこには取り残されていた市長と、ズタズタの人間……アサシンが横たわっていた


「ああ……アサシン君!」
「無理だよ、もう彼は消滅する。……自分を盾にして、マスターを守ったんだ」
「君は、例え身を挺してでも守ろうという意志があったんだね……」

「………………何、を。知った、事を」
「私が、何をしたか……知らない、訳じゃないだろうに」

倒れ伏しているにも関わらず、アサシンの視線は目の前のランサーを射抜いていく
ランサーは無言で鎧を外す。素顔を晒したランサーは、アサシンの目を真っ直ぐに見据えて

「君は、国を救いたかったんじゃないかな」
「……………………」


『なあ、お前は国を救いたいんだろ?』
『じゃあ、それもいつかは理解されるさ。何せ天は全てを知っているからな!』

……忌々しい、腹立たしい。何を知った口を聞いているのか
例え天が知っていようと、民が知らねば意味がない。お前の無実は晴らせなかったじゃないか

……昔の記憶。黒く潰したい忘れ難き記憶
そうとも、救ってやったとも。お前とは違うのだと言い聞かせていたのに
結局、奴の言う通りに冤罪は晴らされた。私は売国奴として後ろ指を指され続けた

それでも、私は


「……教えてくれ、岳飛」
「私は、間違ってなど……なかっただろう……」

粒子となるアサシン。その目はランサーを見てはいない
それは、どこか遠くの。遥か彼方の男を見ている様で───


【一旦中断します】


【では少しだけ再開します】



「ルゥナ、大丈夫?」
「なんとかね……少々森は」
「うん。大、丈夫」

戦闘を終えて一息つくルゥナ達は、ぐったりと体を横にする。誰もが疲労に満ちていた
へたり込むルゥナと少々森にフェリシアが近寄る。その横に座ると、咳払いをして

「……おめでとう、ルゥナ」
「貴女のサーヴァント……ランサーが、この聖杯戦争の勝者よ」
「あ……そっか、そうよね」

「……おめでとう。ルゥナ」
「色々と巡り合わせもあるけど……この聖杯戦争は、オレ達の優勝だ!」

バーサーカー、ライダー、アーチャー、キャスター、セイバー、アサシン
この聖杯戦争で召喚された英霊は、自分の召喚したランサーのみを残して消失した
つまり……聖杯は、ルゥナとランサーに使用する権利が与えられた事になる

「ふ、ふふ……えへへ……」
「ねえ少々森。あんた、何か欲しいものとか無いの?」
「せっかく聖杯に叶えて貰うんだから、少しは奮発してくれるわよ」

優勝の実感に、思わず笑みが零れ落ちる。自分の手で何かを為したのは初めてじゃないか
横にいる少々森は、目を閉じて、少し思案して


「私の、願いは、人間になる事」
「でも……あと一つ、叶う、なら……」



「よう。オレを忘れちまったのか?相棒」



ひょい。と現れたのは、いつかに見た骨の英霊

くつくつと笑ってるのか、それとも厳かに見定めているのか。視線も読めないので判別不能

ただ一つだけ理解出来るのは、この骨も聖杯を狙っているという事だけだった


「貴方は……?」
「フェリシアは下がってなさい。……あんたも、聖杯に召喚されたサーヴァントってワケ!」
「その答えは80点だな。ちなみに満点は1000点満点」

「オレは悩める子羊に……ってのは、異郷の言葉だったか?なあ、ランサー」
「その口ぶりは……オレの真名も知ってるみたいだね」
「まあな。これでも一応働いてたんだぜ?週休二日の賞与付き。ホワイトだろ?骨だけにな」


骨の英霊は飄々と。真意を掴ませない態度で煙に撒く
とにかく、聖杯を手にするにはこいつを倒さねばならない。ルゥナは最後の力を振り絞り立とうとした

「おいおい、ここでおっ始めるのは勘弁してくれよ。こんな暗い所でクライマックスか?」
「それなりに相応しい舞台に行こうぜ。役者もたくさんいる事だしな」

骨の英霊が手を横に振る。すると、ルゥナ達の景色が急に途切れる
再度、世界がルゥナと繋がる。そこは月明かりに照らされた、まっさらな芝の広がる舞台

ルゥナもフェリシアも、見覚えのない場所に困惑の色を隠せない。一人、市長だけが声を震わせた


「ここは……『坂松スタジアム』ではないですか!」






「スタジアム?……そう言えばあったわね」
「この街の復興を賭けた一大プロジェクトで、あと少しで建設が完了するのですが……」
「……ルゥナ!あそこにいるのって」

ランサーの指す先を見やると、そこには幾つかの人影が
おまけに、そこにいた全員はルゥナもよく知る人物だった


「どういう事?いきなり世界が歪んだと思ったら、こんな広い所に」
「むう、僕もこんな事態は初めてだとも。賢者の蔵書に載っていたかな」
「状況の把握を開始する。ここは坂松市の中心に位置するスタジアムと判明。時刻は……」


「ストレングス!?ユーニスにティファも!」
「ルゥナ?これは貴女の仕業なのかしら?」
「違うわ。……あそこにいる英霊。あれが私達をここに呼んだの」

困惑する全員をフェリシアがまとめる。視線の先には骨の英霊が
……その背に浮かぶのは、膨大な魔力の塊。誰もがソレを、『聖杯』だと確信する


「あー、まずは先に言っておく。『この世界はいずれ滅ぶ』」
「だからすまないんだが……願いは諦めて、大人しく死んでくれないか?ランサー」




「……断る。と言ったら?」
「その時は実力行使だな。ここにいる全員の血でシャワーは嫌だろ?」
「っ、あたし達は人質って事!?」

真っ先に反発したのはルゥナだった。自分が人質として扱われる。そんなのはプライドが許さない

「人聞きの悪い事を言わないでくれよ。まあ人に聞かれると不味いだけなんだが」
「オレだって出来る範囲では穏便に済ませたいからな。だからとっとと自害してくれ」
「こいつだって言ってるぜ。また拐われるのはゴメンだってな」

「ルゥナ……」「少々森!?いい加減にこっちに返しなさいよ!」
「そらよ」「案外アッサリ返したわね……」

ぽいと少々森を投げる骨の英霊。宙を舞う少々森を、ストレングスがキャッチする
とにかく交渉の余地はない。目の前の英霊に向かって、ルゥナは力強く叫んだ




「何度でも言ってやるわ……その聖杯は優勝したあたしが使う」


「あんたみたいなぽっと出に使わせない。あたしには叶えたい願いがある!」


「ていうか、そもそもあんたは誰なのよ!どうせ隠す意味なんて無いわ。あんたの真名を名乗りなさい!」


「誰であろうと関係無いわ、あたしとランサーでぶっ倒してやるんだからっ!」





「……哀れ也、哀れ也かな」

「未だ真理を悟れぬ衆愚よ。拙僧の慈悲を以て極楽浄土に至るべし」

「煩悩、無量、誓願断。……なんつってね」

「“───『偽天聖王(チャクラ・ヴァルティン)』”」


聖杯を、骨の身体の内部に取り込む。瞬間、暴力的な魔力がスタジアムを支配した

建物を構成する『石』や『鉄』。それを強引に引き剥がし、新たに石人形を形成していく

そして骨の英霊がいた中心部。そこには無数の石、鉄、骨が集い、一つの新たな建築物を構築していた


……“天に聳える石の塔”。“この世でただ一つ、人間の欲望を受け止めた骸”
それこそが、骨の英霊……否、“救世者”の真名を如実に示していた


「オレは“救世者(セイヴァー)”。名は“覚者”」

「……ではなく、その骸。正式名は“仏舎利”だ」

「お釈迦様のデリバリー。救済の出張サービスだ。特別に無料(タダ)で見てやるぜ」


骨の英霊、真名は仏舎利。この世、全ての欲を見た骸


「オレはエクスペダイト。困難に立ち向かう人の聖人だ」

「だから、オレは最後まで戦う!ルゥナを、世界を!勝手に滅ぶなんて決めつけるな!」


対するは時の聖人、エクスペダイト。最新最速の聖人にして、問題に手をさしのべる者

満点の星と月の柔らかな明かり。光が両者を、ルゥナを、マスター達を照らしだす

この聖杯戦争の最終決戦。この世界の命運を決める、最期の戦いの幕開けだった




『スキル』
 ◆石英の塔:EX   
  翡翠、石英は仏舎利の代用として扱われ、これは現代でも現存、販売されている。

  その「代用品」としての側面を強調するスキル。   
  セイヴァーは自身の肉体の代わりとしてまったく他人の骨や貴石類を用い、消費することでダメージを肩代わりさせることができる。   また、塔のようなシンボルを作成し中心にこれらを配置することで、いつでも意識を移し替え、同じスペックのセイヴァーとして遠隔で活動させることも可能。   
  ただし、その間は本体の操作はできなくなり、活動している遠隔操作体が消滅するほどのダメージを受ければ本体も消滅する。



 『宝具』

 ◆『偽天聖王 (チャクラ・ヴァルティン)』   
  ランク:B+++ 種別:対仏宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000人   
  衆生を救う祈りと悟り、その具現。人を救うはずの期待と執念の賜物とも。   
  仏舎利という形代へ集まる信仰、救われたいという願いが形になった飛行要塞。   
  真名開放とともに大量の人骨と石で出来た超巨大構造体が現れ、以後セイヴァーの戦闘補助を行う。   
  一度発動してしまえば魔力炉による無限の魔力を用いての対粛清防御膜展開・長距離魔力投射や、飛翔するバスターバンカーによるオールレンジ攻撃を絶えず行う。   
  ただし、発動には完成直前の聖杯クラスの莫大な魔力リソースか、構造体を自身で組み上げるだけの「材料」が必要。   

  釈迦は誰もが救われる概念として「悟り」を得て、衆生へ広めようとした。   
  しかし人は、彼の人の遺骨を奪い合い、それに自身の欲望を祈願するという形でこれに応えた。   
  故の対仏宝具。満たされることなき人の欲の象徴としての仏舎利である。





【今回はここまで。次回は最終決戦から始めます】


【という訳で最終決戦を始めたいと思います】

【安価はありません。なので、ごゆっくり観戦してくださいね】





「──大規模な時空の歪みを観測した」

救世為す塔の内で、仏舎利は言葉を紡いでいく
無限の残骸の祈りは此処に。今こそ苦痛に喘ぐ無数の衆生に、その答えを示さんと


「特異な点、空想の樹。人理への攻撃が開始されている」

「無論、この世界も例外じゃない。いずれ侵略の手はこちらにも及ぶだろう」

「一度始まれば総ての人理は白紙となる。総ての生命は終わりを迎える」

「その前に……『無限に餓う転生(アミダ・アミターバ)』を用いて総ての人間を救済する」

「どうせ何もわからずに消えるなら、救われて死ぬ方がいいだろうよ」


 『宝具』

 ◆『無限に餓う転生 (アミタ・アミターバ)』   
  ランク:EX 種別:対人理宝具 レンジ:9999 最大補足:77億人(現代換算)     『偽天聖王』の最大展開。   
  人類創生に匹敵するエネルギーを集中し、解放する。エネルギー集中には偽天聖王の展開から丸一日ほどが必要。   

 『偽天聖王』の中央に君臨する大仏舎利砲塔から放出された魔力は蓮の花のような形で地球を覆い、   
  通常の人間一人が耐えられるダメージを1ダメージとして、全人類に「現人口/五十六億七千万」ずつのダメージを与える。   
  釈迦は五十六億七千万年後にその座を弥勒に譲るとされている。人類の苦の旅路は、それまで終わることはない。   

  その時点の人類史の長さや版図の広がりによって威力が変動するが、何十億人に同時にダメージを与えるため、   
  理論上これに耐えられる人類コミュニティは存在しない。


その言葉の意味を知る者はいない。その言葉が届く事もない
ただ、眼下にて抗い続ける者達の答えを見定めるのみ
命あるものは必ず滅びる。衆生は苦しみの輪廻にいる

だが、道は一つではない。どう選ぶかは、結局は今を生きる者だけなのだから






「あああ~!助け、助けてください!」
「誰か助けに来てくれ!僕の土精(グノーム)がボコられている!」

「あんた達は後ろに下がってなさい!足手まといなだけだから!」


石人形が、マスター達を包囲するかの様に動く
各自で破壊等の対処はしているものの、仏舎利の力の影響か。異常に強い
ルゥナ達では自営の出来ない市長とユーニスを庇う余裕はない。大人しく下がる様に指示した

「っと!材料が石だと、あたしの炎が全然通じないのが厄介ね」
「ルゥナ君!後ろに幾つかの人形が……」

ユーニスの叫びに振り向くと、複数の石人形が襲い来ている
マズい……!だが、襲ってきた石人形は、誰かの剣によって粉々に砕け散った

「今度、は……ルゥナは、私が守る……!」
「私、足手まといに、ならないから……!」
「少々森……!なら、気合いを入れなさい!」

「いったい何なの?ワラワラ出てくる雑魚敵にしては強すぎるわ」
「恐らく仏舎利の擬似的な分霊でしょう。私達でも倒しきれない……!」
「俺の魔力弾でも砕けないか。ならば直接、塔を破壊してしまえば」



「ダメだストレングス!仏舎利にダメージを与えるには、石人形を砕かないといけない!」
「石人形を身代わりにダメージを移されてる。時間を稼がれるんだ!」



ランサーの指摘通り、ストレングスが塔に撃ち込んだダメージはみるみる内に修復される

石人形が傷に寄せ集まり、治癒している。まるで瘡蓋の様だ。塔を人形が守っている
では、ちまちまと戦っていては埒が明かない。この場を一掃する程の攻撃が必要だろう

「つまり、こいつらを全滅させる威力の攻撃を叩き込めって事ね!?」
「一瞬でいい!一瞬でも隙が出来れば、オレの槍であの塔を穿つ!」
「あんた達!協力しなさい。この石人形を木っ端微塵にするわよ!」

響き渡るルゥナの声。戦える者はより奮起し、それぞれの得物を敵に向けた


「……わかったわ!グロスキュリアの力、見せてあげましょう!」

「無論だ。俺は元よりこの街を守る為に戦っている。……誰も消させたりはしない」

「合体技ね!……ふふふ。私、こういうシチュを待ってたのよ!」

「……ルゥナ、私、も。頑張る!」


フェリシア、ストレングス、ティファ。そしてルゥナと少々森
四人の力を重ねれば、この人形共を蹴散らすなんて容易いはずだ

だが、それは彼方も承知の事。石の壁が迫り、彼女達を押し潰さんと──



「──“私は、その事象を『拒絶』する”」
「“輝け、私の『魔眼』!ロシュフォールの威信を示しなさい──!”」




ティファの左眼。眼帯に隠されていた瞳が輝く
迫る石壁を『視た』瞬間。壁はまるで存在を否定されたかの様に脆く崩れさる

これこそが『魔眼の一族』であるロシュフォールの秘奥。最上級の魔眼の力
次期当主ティファニー・フォン・ロシュフォールの隠し球。『拒絶の魔眼』


 ◆拒絶の魔眼   
  彼女の左眼に持つ魔眼の一種で彼女が先天的に持つ本来の魔眼。ランクは『宝石』   
  その能力は事象の拒絶。 彼女がある事象を魔眼で目視することで、事象そのものを打ち消す事が出来る。   
  目視することで彼女に向かって放たれた銃弾は彼女に届く前に消滅し   
  彼女を拘束する為の魔術は、魔眼の目視によって強制的に無効化する。   
  場合によっては宝具の真名解放をも拒絶することが出来る。   

  一見万能に見える魔眼であるが、拒絶できるのはあくまで「現在進行形」の事象だけである。   
  過去に確定してしまった事象を拒絶することは出来ない。   
 (例えば放たれた銃弾を拒絶することは出来ても、撃たれて死が確定した人物の『死』そのもの事象は拒絶できない)   
  そして目視することが重要なので、目視出来なかった事象を拒絶することは不可能であり

  また長時間の使用または拒絶する事象の規模によっては精気(オド)を多く消耗し、最低でも失明最悪死亡することもある。   
  現在彼女の左眼はロシュフォール家特注の眼帯で隠しており、魔眼の魔術回路そのものを切っている。


壁を構成していた石人形は、最早ただの瓦礫と化す。しかし、それでも未だ健在な人形も数多く
大きく崩れた人形達は、直ぐ様こちらに襲いかかってきた





「……私は、もう迷わないわ」

「お父さん。……この槍を、使わせて戴きます」

フェリシアが取り出したのは、神々しい魔力すら感じる一本の槍
ロシュフォールの秘奥『拒絶の魔眼』と同じ様に、彼女のグロスキュリアの持つ切り札

彼女はずっと躊躇っていた。この槍を軽々しく使えないと自制していた
だが、もうそんな悠長な事は言えない。彼女の決断は二人のマスターも動かして

「やるのね、フェリシア。なら、あたしだって全力でやってやるわ……!」
「リミッターを解除する。この一撃で終わらせるぞ……!」

ルゥナとストレングスが、ありったけの魔力を練り上げる
戦いあった二人が、目の前の全てを破壊する。ただ一つを目的として


「食らぇええええぇえええっ!あたしの炎で、全部焼き尽くす──!」
「臨界点突破。敵性存在捕捉完了。殲滅ヲ開始スル……!」


「お願い、“偽・偽・大神宣言(イミテーション・グングニル)”!私達の道を切り拓いて──!!!」





 『スキル』

 ◆偽・偽・大神宣言(イミテーション・グングニル)  
  初代グロスキュリア家当主が再現を試みた戦乙女、の武装。  
  オリジナルには遠く及ばないが、名を詠唱い上げれば追尾機能を発揮する。  
  彼女の慣れない投擲でも、遠方の敵を刺し貫く事が可能。



フェリシアの放った槍は、神々しい光を纏って石人形を寸分違わず砕き尽くす
ルゥナとストレングスの砲撃は、その圧倒的な火力を以て石人形を破壊し尽くす

……これで、石人形は全て消え去った。残るは天を目指さんとする石塔のみ

「ぜぇ、はぁ……!やった、やっちゃいなさい!少々森、ランサー!」

力尽き、倒れるルゥナ。そして他のマスターも倒れていく
その横を二人の影が通りすぎる。最後に残った少々森とランサーは、仏舎利の座す塔へ走る


「……これは、皆の力で拓けた道だ」
「だから最後は、オレ達が決める!皆の明日を終わらせるなんて許さない!」

「いくよ少々森!力を合わせて塔を砕く!」
「わか、った!ルゥナは、助けてくれたから……!」


ランサーと少々森が高く飛ぶ。狙いは塔のド真ん中
この一撃で終わらせる。槍の穂先が塔に触れる……



「タイムオーバーだ」




「……え?」

槍が塔に弾かれる。その魔力は先程の比ではない程に強く、神秘的
周りから、いや世界から何かの音が優しく聴こえる。これはまるで鈴の音だ
下を見やると、辺りには満面の蓮の花。極楽浄土のごとき穏やかな大地

それ以外には何も感じない。……他のマスター達も、自分のマスターも


「なん、で。ルゥナは、負けて、ない……!」
「そうだ、そうだよ!ルゥナも、皆も!お前なんかに負けるハズが」
「まあ、確かに『全世界』の救世を為すには、まだ時間がかかる。だけどな?」

塔から仏舎利が顕れた。地上でただ一人、生の苦しみから放たれた骸は、聖人と天使に無慈悲に告げる


「『ここにいる人間だけを救う』くらいなら、そんなにかからないってワケなのさ」
「だから、何て言うかな……ご苦労さん」

清浄な光が二人を包み込む。静かに、優しく、抱擁するかの様に

満ち溢れる光の奔流。それが消えると、辺りには何も動かず、花が静かに揺れるだけだった



【一旦休憩します】




「………………」
「……ん、うぅん……」
「………………」

眠い、とにかく眠い。目蓋を開けるのが億劫なくらい今は寝ていたい
それに、なんだか幸せな気分だ。心が穏やかで落ち着いている

今まで頑張ったんだし、寝ていても大丈夫……

けど、何の為に。誰の為に頑張ったのか。それだけは霞の様に思い出せなかった


「……ナ。ルゥナ!ルゥナ!」
「起きるんだ!目を覚ますんだ、早く!」
「早く起きないと仏舎利の宝具が全解放する。この世界が……!」


「ん、うう……別に、いいじゃない……」
「だって、こんなに幸せなんだから……」



誰かから強く叱咤される。けれど、そんなのはもうどうでもいい
諦めたっていい。見て見ぬふりしてもいいじゃないか。あんなに頑張ったんだし……

……まただ。何の為に頑張ったんたっけ。それがどうしても思い出せない
けれど、本当に頑張ったんだし。少しくらいは寝ててもいいじゃないか
……でも、確か。頑張ったのは自分じゃなくて、誰かの為に


「ルゥ、ナ!ルゥナ!ルゥナ!」
「起きて、起きて!目を開けて!」
「……少々、森!?あんた、どうして!?」

一人の少女の声で飛び起きる。そうだ、自分はただ一人の女の子の為に頑張っていたんだ
少々森は不安げに、ルゥナの服を掴んでいる。その目には涙が浮かんでいる

見渡してみると、ここは辺りは桃色の柔らかな霧に包まれた空間だった
そして、目の前にいるのは少々森と、ランサーだけ。ルゥナはまず、思い付いた疑問を口にだした

「……ここは?」
「わからない。死後の世界なのかもしれない。ルゥナの精神の中の世界かもしれない」
「夢の中でサーヴァントと繋がる現象もあるから、その一種なのかもしれない……」




「……で、どうすればいいのかしら」
「あの仏舎利をどうにかしないといけないのは覚えてるんだけど……」

この桃色の空間は、居心地はいいが出なくてはならない
しかし、ルゥナでは見当も付かない。少々森も同様に首を横に振る

おもむろに、ランサーが口を開く。鎧を外したその顔は、穏やかに笑いかけていた

「……ねえ。二人はさ、何がしたい?」
「この聖杯戦争が終わったら、二人は何がやりたいの?」


「あたし?そうねえ……少々森と一緒に、学校に通ってみたいわね」
「ほら、結局途中から行けなかったじゃない。今度は毎日……は面倒ね。行けたら行くわ」
「あ、でも縦島や花村もいるわね。あいつらも一緒……まあいいわ。楽しいと思うし!」

ルゥナは笑う。彼方へ想いを馳せながら、輝くばかりの夢を語る

「私、は。ルゥナの家、行ってみたい」
「あたしの?少々森が見ても、面白い事なんてなにも無いわよ?」
「けど、行ってみたい。ルゥナの住んでいた家に行ってみたい」

「だっ、て。私は、ルゥナと、色んな所に行きたいから」
「それが、私の、新しい願い。私の夢……!」




「………………」
「だ、駄目、かな?」

じっと、ルゥナの顔を見る少々森。かつて見た時とは違う、決意を秘めた強い表情で
そんな真剣な顔で、そんな事を言うようになるなんて。思わずルゥナも笑みが溢れた

「ぷっ!……くく、あはははは!」
「わ、笑わないで……!」
「ゴメンね。けど、あんたからそんな願いが出るなんて以外だったわ」

「……ほら、結局飲まなかったわね。これ」
「あ……」
「……飲んじゃいなさいよ。ここなら邪魔なんて入らないんだから」

ずっとあげたかった缶ジュース。ようやく少々森に手渡せた
くいっと飲むと、ポケットにしまう。さも大切な宝物だと示すかのように


「けど、いいわね。あたしもあんたと同じ事を願おうかしら」
「あんたと一緒なら、どこに行っても楽しそうだし。……それに、あたしは」
「少々森。あんたの事が、大事だから」

「……ありがとう。ルゥナ」
「私を、人間にしてくれて。私に、生きる希望をくれて──」



手を繋ぎ、笑い合う二人


二人の願いはランサーに届く。明日への希望で力が満ちる


その姿はより強く輝き、二人の明日を、未来を祝福する


願いを選ぶ瞬間を。夢へと進む瞬間を。必死に生きる全ての人間よ


世界を終わらせたりなんてしない。させない。この名前に賭けて、貴方達の歩みを肯定する──!



「そうだ……例え世界が滅ぼうと、二人の願いの方がずっと強い」

「その事を、今!お前に叩き込んでやる──!」


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            <\      | { |ニ||ニl } |        />            // /
              \\_  /| ∨|ニ||ニ|V| |',   _//          // /〉           「ルゥナも少々森の夢も……オレが終わらせない!」
               \ \' ∧ { lニ[]ニ| }| ' ∧ //               / / /
                     \ 〈ニ∧|∧ニニ/ |/∧//            //  /⌒〉
                 |「\\||、 |:i:i:i| /||//}┐   __       __/∧  〈__/
                 └{ {\」}i\〉〈/i{〈/} }」r‐‐‐<⌒\    (_//王〉 // 〉
                      寸>、_〉:i:i:i}L|:i:i:i:/:i:i/彡ヘ\//∧  ',   //王/ (/ 〉         「聞け、世界を救う者よ!人々の苦難を助ける聖人の名を──!」
                     rくニ}「\__/ニニ、__/」{⌒V/ハ ∨/∧  ', 「「王/  (__/ 〉
                「\〈∧ | |ニニニ| | /\__∧/{ ∨/∧   //王V /--L/〉
             ___/   ̄ニ=‐」ニニニL/}   }∧\〉 ∨/∧ |//王王]V  ̄  /〉
          r<ニ=- _ ̄=-    \「 ̄L八_ //∧ \__〉// //王王/〉〉_//

      _ /⌒ ──=ニ=- __\   | 「 \_/ ̄〉/\_ ---〈____ // /ニニニ/             「オレは────“今(エクスペダイト)だ!”」
.       ///ニニ=-  _____ \ニ\}、 ̄ L「\___L/∧\´   /〉 \ / /〉--彡'



金色の槍が、地上から塔を穿ち抜く

ド真ん中を撃ち抜かれた塔は、ガラガラと音を立てて呆気なく崩れさっていく


……ルゥナが目を覚ますと、そこには少々森と他のマスター達

そして、暖かい太陽が彼女を優しく照らしていた



【最終決戦は終了しました。後はエピローグだけです】

【皆様、長らくお付き合いいただきありがとうございます。もう少しだけお待ちください】
 


【それでは、エピローグをゆっくりと更新していきます】

【これが本編最後の更新です。どうか、お付き合いいただければ……】




……少し、その後の話をしよう

聖杯戦争は終結した。ランサーは消滅し、残されたのは今を生きる人間だけ

結局、聖杯を手にしたのはルゥナ・ガイスロギヴァテス。彼女達なら、きっと正しく扱えるだろう──



「……で、そんな話を何で俺にするんだよ」

「いや?世話になった礼にな。話だけでも聞かせておこうってな」
「あんたにはこっちの方がいいだろう。少なくとも、ありがたい説法よりはな」

マンションの一室。件の襲撃から幾分か月日が流れ、ようやく片付いた中で二人が向かい合う
そこで寛ぐ部屋の主である青年と、ランサーと戦った骨の英霊……仏舎利

お前は消滅しなかったのか。という青年に対して、仏舎利はカラカラと音を立てて

「ほら、あれだ。デリケートな問題ってのが世の中にあるだろ」
「仏教のご本尊が異教の聖人に負けました。となると本当にヤバいからな。痛み分けって事にしてくれ」
「実際問題として、オレはもう戦えない。別の世界でも救うとするかな」

「そっか。……じゃあな」
「あばよブラザー。……彼女さんと仲良くな」

最後の言葉は簡潔に。ガチャリと扉を開くと、まるで最初から存在しなかったかの様にその姿はかき消えていて
どこか懐かしさを覚えながら、窓を開ける。朝の爽やかな空気と、自分を呼ぶ声がが部屋に入り込んできた


「広夢(ヒロム)。今日の夜、従姉妹がここに泊まるみたい」
「オーケーメリッサ。それじゃ俺は、林道さんの家に泊まるとするよ」




「……ちょっとユーニス。こっちに来なさい」
「どうしたのかねティファ。僕は今解読で忙しいんだが」

書物が山と積まれてるエリクシア家の一室で、二人が顔を付き合わせる
ティファが持ち出したのは世界地図。しかし幾つかの地域にはペンで印がつけられていて

「私達の調べによると、どうやら聖杯戦争は各地で発生し得るらしいの」
「つまり、そこに行けば私達のどっちかはマスターに選ばれるかもしれないじゃない?」
「まあそうかもしれないが。僕はしばらく休みたい気分でね」

「あら、英霊と話したくはないのかしら?」
「吉田君との討論を纏めたくてね。もう暫くはかかりそうだ」
「君こそ、僕らエリクシア家と提携するなんてどういう風の吹きまわしだい」

ユーニスは気だるげに、熱意に燃えるティファに問う
ティファは地図から目を離し、不敵な笑みを浮かべながら断言した


「当然、ロシュフォール家の願いの為によ。今度こそは優勝するわ……!」
「そのガッツは認めざるを得ないね。あ、その時は僕も付いていこう」




「……で!だからコリーさんの動画はだな」
「またその話かよ!いい加減もっと他の動画も見ろよ!」
「うるせー!いいから黙って見とけやこの野郎がー!」

生徒で賑わう高校の、更に賑やかなグループが激しく討論し合っている
その中心にいる生徒……縦島は、花村に動画視聴をしつこく迫っていた

「鬱陶しいっての!……なあ少々森?」
「ん」
「チクショー!なんだってんだよクソーっ!」

こくん。と頷く少女。……少々森若子は、ジュースを飲みながらしげしげと見つめている
かつては天使として祭り上げられた少々森は、今や賑やかな日常を謳歌するだけの無垢な少女に過ぎなかった
二人のやり取りに柔らかな笑みを見せる。この日常は、彼女がくれたものだと確信して

ふと廊下を見ると、外から顔を出す女生徒が。彼女は一つお辞儀をすると、少々森の方へ話しかけた

「……すみません。先輩、少し宜しいですか?」
「あ、う、うん」

「ん?君は見た事無いけど、転校生?」
「はい。先月から留学を、広い世界で学んでこいと、父親が」

「なんだよ少々森、こんな綺麗な後輩がいたのかよ!?あ、俺は縦島っす」
「俺は花村。花村施経だ。君は?」


「はい。私は中等部二年生、フェリシア・グロスキュリアと申します!」



丁寧に礼をする、中等部の制服を着たフェリシア。少々森を呼び出すと、外へ出ていった





「……それで、身体の方は大丈夫ですか?」
「大、丈夫……けど、どうして、そんな口調で」
「聖杯戦争の時はともかく、今は貴女が先輩ですから」

かつて共に戦った間柄の、フェリシアの態度に少し不思議な気分になりつつも少々森は頷く
彼女の身体は完全に人間となった。かつて、虫の群れであった事は完全なる過去のものに

その顔を見たフェリシアは、少しだけ懐かしげな色を見せて


「また、困った事があればいつでも声をかけて下さいね。私も、力を貸しますから」
「あ……ありがとう。フェリシアも、頑張って」
「はい。……ところで、今日ですよね。あの人が帰ってくるのは」
「!」

フェリシアの言葉に、ぴくんと反応する少々森
目はキラキラと輝いて、ソワソワとした態度は興奮を抑えきれていない

「いってらっしゃい。きっと、彼女も待ってくれてるはずよ」
「私も、自分の願いが待ってるって……信じてるから」
「……!うんっ!」

フェリシアの言葉を背に受けて、少々森は駆け出していく
早く会いたい。早く話したい。その気持ちが、ずっと心に燃えてあったから……





「うぇええええぇぇえええっ!?!?嫌です嫌です止めてくださいいいいいいい!!!」
「うるっさいわね!ここまで来たならいい加減に諦めなさいよ!」

駅の真ん中で泣き叫ぶ少女と、それを冷ややかに見つめる複数の人物
彼等はかつて聖杯戦争の補佐として参加し……任務違反とみなされ、謹慎させられていた者達
本来ならば即銃殺刑もかくやという状況だったが今回の功績を踏まえて命だけは助けられた

「しっかし、またこの街に来るとはねえ。ロクな思い出がねえぜ」
「同感だ。しかしストレングスの回収、及び協力の取り付けの功績で何とか首の皮が繋がった訳だしな」
「そうですねえ。今頃は彼も本家でゆっくりとラーニングしているでしょう」

アダムス、コリー、ディールはため息をついて街を見ていた
ほんの少しだけいなかったような。数年は見なかったような。そんな郷愁を胸に秘めて

「ベル!あんたもシャキっとしなさい。市長が特別に豪華なホテルをあんた達に提供してくれるってんだから!」
「ああ、ガイスロギヴァテスと手を組んでニコニコしてやがったあのオッサンか?」

「そうよ。だからあんた達はさっさと──」




「ルゥナーーーっ!!」




「……少々森っ!」


振り返ると、笑顔の少女が駆け寄ってきた

かつては暗い顔しか見せなかった彼女が、今はこんなにも眩しい顔をしているのだ

その事実だけで、自分の選んだ未来は間違ってない。そう確信出来る

思わず、こちらからも走り出す。両手で未来を抱き締めた

「あ、行かないでくださいよぉお!ベルも!」
「ハイハイ。お邪魔虫はさっさと退散だな」


「ルゥナ、ルゥナ!会いたかった、会いたかった……!」

「あたしもだってば。……あんた、なんかまた大きくなってない?」

他愛ない会話、それがどれだけの幸せか。今の二人しか共有し得ないささやかな祝福

時計の針が鐘を鳴らす。これからの時は、君達のものだと知らせるように


「……それじゃ、行きましょう!これから色んな所に連れていってあげるんだから!」
「うんっ!ルゥナ、大好き……っ!」

手を引いて、街に駆け出す。二人の少女は瞬く暇もなく雑踏の中に消えていった

──彼女達の未来に幸あらん事を。それは聖人の託した願い

今、ここに祝福がある。これが天使の願った生なのだ

また、時が刻まれる。彼女達は過去を乗り越え未来を飛び越える

瞬間を必死に生きた少女達。時計は静かに、今を生きる二人を優しく見守っていたのだった



【終わり】


【これにて、『ふたたび坂松市で聖杯戦争が行われるようです』は完結致しました】

【様々な反省点、問題点が表面化し、私としても苦戦した聖杯戦争でしたが、こうして完結まで進められたのも皆様の暖かい応援のおかげです】

【こうしてキャラを動かせたのも、データをくださった皆様の協力無しではなし得ませんでした】

【この拙いスレを読んでくれた方、いつも応援してくださった方、様々な助言をくださった方に、心からの感謝を送ります】


【次回はおーぷん鯖鱒板という場所でやる予定です。場所は変わりますが、また、よろしくお願い致します】



【おーぷん板の方で、スレ立てをしてきました】
【場所は変わりますが、どうかご愛顧の方をよろしくお願いいたします……】



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