楓「恋と呼ぶのでしょう」 (29)

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・武楓





「楓さんってCPのプロデューサーさんとどんな関係なんですか?」

 そう尋ねられると、誇らしさと一抹の寂しさが胸に宿る。

「プロデューサーって楓さんとどんな関係なの?」

 あの人が私との関係を問われ、素っ気なく答えるのがもどかしい。

 私たちの関係が何なのか。言葉にしたいけど、言葉にできない。

 言葉にできない痛みを、きっと――

 



高垣楓
http://i.imgur.com/BMbsaVF.png

二ヵ月連続ご理解をまぬがれた決定的瞬間
http://i.imgur.com/FaKGRS5.png

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※ ※ ※



――高垣さん、こっち向いてください。あ、はい。向いてくれるだけで大丈夫です。

――いいなあ、高垣さんは。何もしなくて絵になって。

――私だって自信があってこの業界に来たけど、文字通り住んでる世界が違うよね。

 なんで私はモデルになったんだろう……?

 撮影はいつもあっさりと終わり、見覚えのあるモデルさんが遠くからため息を漏らすのが耳に引っかかる。スタジオやロケ地と家との往復ばかりの日々のなか、ぼんやりと疑問に思うことが段々と増えてきた。

 周りの人から腫れ物というほどではないけど、どうしても距離を取られてしまう。私の方から距離を縮めなければとわかってはいるけど、どう距離を縮めていいかわからない。思えば学生の頃はクラスの皆が良くしてくれていただけで、私の方から距離を縮めたことはあっただろうか。

「砂抜きして……シジミを縮めん」

 一人っきりの部屋で酒の肴相手にこぼれるダジャレは、口にしたあとますます寂しくなる。

 そんな無味乾燥な日々が続いていく中で、ある日変化が訪れた。

「歌手……ですか?」

 仕事の付き合いでカラオケに行ったことが原因だっただろうか。いつの間にか歌手になるべきだという話が出ていた。

「そうそう、高垣さんって歌が上手いでしょ。それをこの前一緒に飲んだ芸能部門の人に話したら興味持ってね。高垣さんの知名度と容姿だけでもそれなりの数字が狙えるのに、歌唱力まであるならって」

「その、困ります」

「まあまあ。2~3回曲を出して、モデル方面にアンテナ張ってない人たちに高垣楓を知ってもらう機会を作るだけでいいからさ」

 大勢の人の前で歌い、CDがお店に並ぶ。そんな光景を想像してぞっとしてしまった。

 歌手になることを夢見て頑張っていたわけでもないのに、ちょっと歌が上手いだけのモデルが知名度と見た目で他の人のチャンスを奪う。しかも数曲歌ったあとはモデルに戻る程度の気概で。

「あの……」

「うんうん、高垣さんビックリしているよね。大丈夫、まだ打ち合わせ中だから今すぐにってわけじゃないから。それまでに気持ちを落ち着かせてね。あ、ゴメンね。何か用件があるみたいだから」

 確かにビックリしている。でもそれは大勢の前で歌う覚悟が無い以上に、まっとうに頑張っている人のチャンスを横から奪い取ることにだ。

 どうすれば私の気持ちをわかってもらえるのか。うまく伝えられずにいると、マネージャーは近くで待っていたスタッフのところに行ってしまい、その日はついに言えずじまい。

 次の日も。次の日のまた次の日も、言えずじまい。

 私が歌手の件を断ろうと話し出すと、わかってるから大丈夫大丈夫と話を終わらせてしまう。どうやらマネージャーは私の意思とは関係なしに、強引に話を進めるつもりのようだ。

「私が悪いんでしょうね……」

 何をしたいという目標があるわけでもなく、自分の意思をハッキリと伝えられない私がモデルとしてやっていけるのは、強引に仕事を持ってきてくれるマネージャーのおかげだ。それでうまくやってこれたのに、今回だけは本当に嫌だなんて虫が良すぎる。

「なんとかしないと……」

 面と向かって話そうとしても話を遮られて終わるだろう。そうなるとやはりメールだろうか。いや、メールよりも手紙の方がより真剣だとわかってくれるかもしれない。手紙を書いて、マネージャーの机の上に置いておくのだ。

「置手紙だから……まんまるのちたまは……とても広大で」

「高垣さーん」

「あ、はい」

 控室で文面を考えていると、ドアの向こうからスタッフの声がする。

「失礼します。うちのアイドル部門の人が、高垣さんとお話したいって言ってるんですけど今大丈夫ですか? 面倒なら適当言って断りますから」

「……アイドル部門? うちにあったんですか?」

「ああ、最近のことですから。芸能部門から独立してできたばかりの部署です」

「へえ」

 346プロにそんなことが起きていたとは知らなかったので、その人に興味がわいた。気づけば持ったばかりのボールペンが机に転がっている。

「いいですよ。どちらに向かえばいいですか」

「……いいんですか? では面会室で待ってもらっているんでそちらに」

 スタッフの歯切れが悪い様子が気になったけど、それはかえってこれから会う人への興味を湧かせるものだった。

 面会室に向かいながら考える。アイドル部門の人がいったい私に何の用だろう?

 普段ならマネージャーを通して仕事をもらうけど、私は個人事業主というものになる。モデル関係の仕事は346を通すという契約は結んでいるけれど、それ以外は基本的に自由だ。まあモデル以外の仕事はしたことがないし、今からお話する相手は別部署とはいえ同じ346の人だからこれは関係ないか。

 立ち上がったばかりの部署というから、新人アイドルに写真うつりのコツを指導してほしいという話だろうか。それとも新人アイドルの企画に協力してほしいという内容だろうか――ということを考えていた。

 だって想像できるわけがない。

 私にとってアイドルとは、十代の若い子が目指すもの。

 十代の頃にアイドルになって、私より年上になっても続けるというのはわかるけれど――





「アイドルに……興味ありませんか」





 まさか二十四になる私をアイドルにスカウトするとは、夢にも思いませんでした。

「私が……アイドルにですか?」

 歌手になるという話には抵抗を覚え、警戒もしていた。

 でもこの時の私は興味ばかりを持っていて、まさかアイドルに勧誘されるとは思わずまったくの無警戒でした。そして不意を打たれたあとも、身構えようとする気がまったく起きません。なぜでしょう?

 それは私をアイドルに勧誘した人が、あまりに実直で、そして親近感を覚えるほど言葉足らずだからでしょうか。

「今……貴方は楽しいですか」

 照明の影が私を覆うほど大きな体で、言葉をゆっくりと紡いでいきます。それは私に理解を求めるもので、なし崩しで私の求めないものを無理強いしようとする意志は少しも見られない。 

「さあ……どうでしょう」

 モデルに向いていると評価されて、あとは言われるがままに。良くされているという自覚はあるけれど、寂しさを感じることも多い。

「どうしてそんなことを訊くんですか?」

 そんなことを訊いて、期待させた責任をとってくれるんですか?

「すみません。貴方が今……夢中になれる何かを、心を動かされる何かをもっているんだろうかと、気になったものですから」

 その大きな体で申し訳なさそうに話す姿が面白かった。その怖い顔つきで真剣になって話す内容がアイドルについてなのだから、やっぱり面白い。本気の相手に申し訳ないとわかっていたけれど、クスクスと笑いが漏れてきてしまう。

「あ、あの……?」

「ふふ、申し訳ありません。それで私が今楽しいか、でしたよね? もし楽しくないと私が言えば……貴方は私をどうしてくれるのですか?」

 こんなに胸が高鳴るのはいつ以来だろう? 期待がこんこんと胸からわき、コンコンと私の心臓を叩く。

「もし貴方が今楽しくないのならば、夢中になれる何かを探しているのなら、一度踏み込んでみませんか。そこにはきっと今までと別の世界が広がっています」

 この人は仕事のためかもしれない。けれど不器用なりに私との距離を必死に縮めようとしてくれている。ならば物臭な私の方からも、一歩ぐらい歩み寄ろう。

「急な話で困惑していると思います。マネージャーの方との相談も必要になる話です。ですがどうか……高垣さん?」

「はい、どうしましたか?」

「あの……何をされているんですか?」

 無表情だった怖い顔が、今は不思議そうに私の手元を見ている。

「輪っかです」

「……輪っかですね」

 指と指をつなげてつくった輪っかを見て、神妙そうな顔でうなずき返してくれた。
 
 彼のそんな反応を見て、一度目を閉じて考える。

 自分がアイドルになんてなれるわけがない。そもそもアイドルになろうなんて考えたこともない。

 アイドルは明るくて愛嬌があって、踊りもできる人がなるものでしょう。少し歌えるだけの私がなれるはずがない。

 なれたとしても、それはモデルで築いた知名度を武器にした結果だ。アイドルになるために頑張っている女の子の夢を掴むチャンスを、なんとなくモデルをやった成果で言われるがままにアイドルになる私が潰すのは間違いだ。

 でも――二度と戻らない覚悟があるのならば。別の世界で生きるために、踏み込む勇気をもってのものならば。

「えいっ」

 手で作った輪っかを、背伸びして彼の頭にかけました。ますます彼は不思議そうな顔をして、難解な哲学を前にしたように神妙な様子になってしまいます。

「……高垣さん?」

「かかりましたね」

「ええ……輪っかがかかりましたね」

「つまりそういうことです」

「……?」

 今後のモデルの仕事や周りへの説得。重要で面倒なことが次々と脳裏を駆け巡りながらも、その言葉はすんなりと出た

「わっかりました、ということです。あの、頑張りますのでプロデュースよろしくお願いします」

 その時からこの人は、私のプロデューサー。

 今でもプロデューサー。





 例え――担当ではなくなっても。

※ ※ ※



 それからというもの急に忙しくなり、目まぐるしい日々となった。

 マネージャーの説得、スケジュールに組まれていたモデルとしての仕事の消化、部署を異動する手続き。

 これまでのゆったりとした日々からの変化に振り回されたけど、疲れよりも楽しさの方が大きかった。

 それに何より、モデルの時にはいなかった仲間と呼べる存在がいる。

「え、楓さんもアイドルになったんだ!? またよろしくね★」

 モデルの時に何度か一緒に仕事をして、よく私に声をかけてくれた美嘉ちゃん。

「あ……あの……よろしく……お願いします」

 お人形のように可愛らしいのに自信が無い様子の小梅ちゃん。

「貴方が楓さんですね! カワイイボクと一緒に頑張りましょう」

 小梅ちゃんと同じぐらい可愛らしいけど、こっちはビックリするぐらい自身たっぷりな幸子ちゃん。

「はじめまして日野茜です! 8月4日生まれの16歳で、血液型はAB型! 身長はこの間の測定では148cm! 体重は――もっと仲良くなってから教えます! 趣味はラグビー観戦で、好きな食べ物はご飯&ご飯です!!」

 初対面の自己紹介で思わず圧倒されてしまった茜ちゃん。

 そして――

「初めまして楓さん! ●●●●です。一緒に頑張って夢を叶えましょう!」

「私は■■■。今日からよろしくね」

「★★★★15歳。高校一年生ですっ! 元気に明るく、トップアイドル目指して頑張りまーっす!」

 ●●ちゃんと■ちゃん、そして★★ちゃん――

 プロデューサーが担当するアイドルが八人そろってから、忙しい日々は真新しい日々にもなった。ヴォーカルレッスン、ヴィジュアルレッスン、そして……

「楓さん! 楓さんしっかり!」

「小梅ちゃんの方もヤバいって! 陸に上がった魚みたいになってる!」

「生きる……気力……無くしちゃった」

「何で!? 今日は最初だからダンスレッスン軽めだったのに!?」

 あ、嗚呼……運動はスタジオやロケ地と家との往復ぐらいで、家では一人で晩酌ばかりしていたツケが、こんな形で来るだなんて。

「ダンス参るでも……スマイルに……うっ」

「楓さああああああぁぁぁんっ」

――

――――

――――――――



「高垣さんはヴォーカルとヴィジュアルの二つは突出していますが、ダンスの方は……別の意味で突出していますね。しばらくは白坂さんと基礎体力をつけるところから始めましょう」

「はい……」

 医務室のベッドで休んでいたらプロデューサーがお見舞いに来てくれて、上半身を起こせるぐらいには回復したので差し入れのアクエリアスを飲みながら今後の話になりました。

 どうやら私の体力はインドアの小学六年生と同レベルのようです。不摂生な生活をしていたことがレッスンの成果でバレバレで、それをプロデューサーに知られてしまったことが恥ずかしい。

 ……そういえば私の身長はもちろんのこと、体重はおろかスリーサイズまで把握しているんですよね。

「プロデューサー……」

「はい」

「……エッチ」

「エッチ!?」

「フフフ、イタッ」

 身に覚えのない糾弾に愕然とするプロデューサーがおかしくて笑ったら、筋肉痛に響いてしまいました。当日の筋肉痛でこれなら、明日はどれだけの痛みになっていることだろう。これは明日もプロデューサーをからかって痛みをごまかさないと。

「あ……あの、それで。今後の予定なんですが」

「はい」

 目をそらしながら話しを続けるプロデューサー。さっき私がふざけてエッチと言ったのを重く受け止めたのでしょうか。誤解を解くにはどうすればいいのだろう? エッチな姿を自分から見せればいいのかしら? でもエッチな姿……エッチな姿か。美嘉ちゃんはよく胸元が開いた服を着ているけれど、胸が小さい私がああいう服装をしていいのだろうか? プロデューサーはそういう服装が好きなんだろうか? そういえば美嘉ちゃんはモデル時代と同じでおっぱいを逆サバしているけれど、アイドルになったんだから本当の――

「高垣さん? 聞いてくれてますか?」

「……え? あ、すいません。何の話でしたっけ」

 つい別の考えにふけってしまっていた。

「高垣さんのライブについてです」

「え……?」

 突然の話に固まってしまう。アイドルとしてスカウトされた以上、いつかはそういう話は来るとわかってはいた。けれど初めてのダンスレッスンで筋肉痛で倒れたところに来る話ではない。

「あの……私まだとても踊れる状態では」

「ライブといっても小さなライブハウスで行われるものです。そして曲の方は現在作曲中ですが、高垣さんの歌唱力を前提としたバラード……静かな曲なので、踊ったりはせずに動きは軽い身振り手振り程度です」

「そ、そうなんですか。それでもまだ早くないですか?」

 レッスンをまだ始めたばかりなのに。

「高垣さんの声は、とても綺麗です。美しく気品があります」

「……ッ」

 突然の話に弱気になっていたら、てらいもなく恥ずかしいことを言い始めました!

「以前……これはスカウトする前の話ですが、偶然ロビーで高垣さんとすれ違ったことがあります。打ち合わせをしながら通り過ぎた貴方の何気ない声は、私の耳にずっと木霊《こだま》しました」

 その日のことを思い出してか熱く語りだすプロデューサーの横で、私はうつむいて顔を隠します。体中が熱く、鑑を見なくても顔が真っ赤なことがわかってしまいました。

「その時から貴方が歌ったら誰もが聞き惚れるだろうと確信していました。しかし貴方がモデルであることを知り諦めかけていたのですが、歌手としてデビューするという話を聞き、波風を立てる覚悟で横やりを入れました」

 ついには握り拳まで作り出したこの人はわかっているのだろうか。歳の近い女性に、こんなに熱く自分の想いを語ってしまって。ただでさえ貴方は私の生き方を変えてくれたんですよ。そんなに私に夢中だなんて話をされたら――ますます意識してしまう。

「私が思っていた通り、貴方の歌声は心に染みわたる素晴らしいモノでした。そしてそれはこれからの本格的なレッスンでさらに磨かれていくことでしょう。その磨かれていく過程も含めて、これから高垣さんのファンになる方に知ってもらいたい。今でも素晴らしい高垣さんと、これからさらに高みへ登る高垣さんの両方を」

「……ァ……ィ」

 何か言おうとして、でも何を言おうとしたかわからずに、熱に浮かされたまま意味をなさない言葉が漏れる。

 この人は、この人はもう!

「……わ、わかりました。ライブの件……がんばります」

「ありがとうございます」

「あの……でも、一つお願いが」

「なんでしょう?」

 無味乾燥な日々を生きていた私に潤いを与えて、さらにこんなに胸をドキドキさせたんですから――

「責任……とってくださいね?」

 恥ずかしくてハッキリとは伝えられない想いを乗せた曖昧な言葉に、プロデューサーは一瞬不思議そうな顔をします。

「ええ、当然です」

 そしてすぐに返事をしてくれました!

「ライブには私も付き添います。アクシデントにも即座に対応して、高垣さんの初めてのライブが成功するように努力します」

「ふふ……フフフ」

 そういう意味ではなかったけれど、伝わるわけがない言葉遊びにプロデューサーは誠意を込めて答えてくれた。それで私には十分。

 絶対にライブを成功させよう。私の新しい人生と、それを与えてくれたプロデューサーのためにも――

※ ※ ※



 初めてのライブは蜃気楼のようだった。

 興奮と緊張で体が熱く、強い照明の光で遠近感が狂う。足が震えるのをヒールのせいにするには、私は少しばかりヒールに慣れすぎていた。

 今からステージに上がると考えると意識が遠くなりそうで、喉が渇く。水を飲む時間はあるだろうか。本番まであと何分だろう? まだ一時間はあると思っていたのにさっき見たら十分前になっていた。なら今はもう十秒前かもしれない。怖くて確認できない。

「高垣さん、どうぞ」

 舞い上がって混乱した意識に、低く落ち着いた声が響き渡る。そんなに大きな体なのに、目の前で声をかけられるまで気づけなかった。震えそうになる指で落とさないようにゆっくりと差し出された紙コップを受け取り、冷たい水を火照った体に注ぎ込む。

「申し訳ありません。観客席の様子を見に行った帰りに、スタッフの方にいくつか質問を受けて戻るのが遅くなりました」

 そうだ。プロデューサーがずっと隣にいてくれたらここまで緊張しなかったのに、お客さんの様子が気になった私を気づかって様子を見に行くと言って、それから私をほったらかしにしたんです。酷いです。

「噓つき……責任とってくれるって言ったのに」

「も、申し訳ありませんっ」

「……フフッ」

 大きな体を恐縮するプロデューサーを見ていたら、緊張がほぐれてきた。

「すみませーん、そろそろ時間になります!」

「わかりました! ……高垣さん、行けますか?」

「はい」

 体は熱いままだ。けどそれはうなされる暑さではなく、高鳴る熱だ。足の震えも武者震いへと昇華された。今なら行ける!

「プロデューサー」

「はい」

「ちゃんと、見ていてくださいね」

「もちろんです。私は、貴方のプロデューサーですから」

 ステージを上がった私をいくつもの視線を見上げる。

 物珍しいものを見る眼。品定めをする眼。そんな中でキラキラと輝く瞳に気づいて視線を止めると、目が合ったことに気づいた相手は嬉しそうに手に持っていた雑誌を掲げる。遠目でも見覚えがあるとわかるその表紙のデザインが、私が何度か表紙を飾った雑誌だと教えてくれた。モデルの頃から応援してくれた人が駆け付けてくれている。

 嬉しさと、失望させるわけにはいかないという恐怖が舞い降りる。でも大丈夫。そうでしょう?

 確認するためにステージの端に目を向けたら、カーテンの暗い影の向こうから静かに頷き返す彼の姿があった。その穏やかな信頼が恐怖を振り払う。

「今日は来ていただいてありがとうございます。私の名前は高垣楓といいます。ご存じの方もいるかもしれませんが、以前はモデルをやっていました。その時の雑誌をここに持ってきてくれた人もいて、別の道を目指す私を応援してくれることを嬉しく思います」

 小さなライブハウスといっても百人はいるだろうか。そんな大勢の人を前にしているのに、淀みなく言葉が出てくる。表紙を掲げて答えるファンに、ほほ笑みを返す余裕まである。

「それでは聞いてください――こいかぜ」

 音楽が流れ出す。

 メロディーに乗せられて、言の葉を紡ぐ。

 観客の表情が、小さなライブハウスのおかけで次々と変わるのが目に映る。

 腕を組んで斜めに見ていた人が、音楽が流れ出しても隣と話していた人が、ストローに口をつけていた人たちが。驚いたように見上げて一斉に私を見る。その変化に自然と声にますます力が入る。

 ああ――――――――――アイドルになって良かった。

 あの人を信じて正解だった。

 一曲。たった一曲を歌い終えた時には、肩で息をしていた。そんな私をたくさんの拍手が讃えてくれた。

 ここにいる人が百人とは信じられないほど多くの拍手に思わず涙が出てきて、隠すように頭を下げて終わりの挨拶をする。

 ふらつきながらステージを離れる私を、大きな影が隠すように迎えてくれた。

「高垣さん、お疲れ様……ッ」

 倒れそうになってしまったから、ついその大きな胸にもたれかかってしまった。

「……いい、ステージでした」

 泣いている私を見ないように、ただ彼は私を褒めてくれる。それが嬉しくて、泣き顔を見せないためと自分に言い訳をして顔をうずめた。

「プロデューサー……」

「はい」

「モデルの頃から応援してくれていた人がいました」

「ええ」

「カメラを通して、ファンのためにがんばろうって考えていたら……以前の私はもっと違っていたと思います」

 何となく生きていたあの日々。そんな私でも応援してくれる人がいた。ファンのことを考えていたらもっとモデルの仕事に打ち込めて、充実した日々を送れていたかもしれない。

 でも愚かな私は、きっと生き方を変えないとそのことに気づけなかった。

 だから、アイドルになれたことが嬉しい。モデルの頃から、そして今になっても応援してくれるファンの有難さが胸に染みる。今日私を知ったばかりなのに、あんなにも拍手をしてくれた人たちに感謝があふれてくる。

「教えてくれてありがとうございます。こんなにも私を応援してくれる人がいることを。これからも私を応援してください」

――

――――

――――――――



 それから順調にアイドル活動が進んでいった――わけではない。

 私だけに限れば、絵にかいたような売れだし方ができて、気づけば新設されたばかりのアイドル部門の顔となった。

 美嘉ちゃん、小梅ちゃん、幸子ちゃん、茜ちゃんたち四人も、わずか数ヵ月でその知名度を大きく伸ばした。

 でも全員が全員、その努力に見合った成果を得られるわけじゃない。そもそも私たち五人に成果が早く出てしまっただけで、“あの子たち”もあと少ししたらその努力に見合う成果が待っていたかもしれない。けどあまりに早く成果が出てしまった私たちが隣にいて、必要以上に焦ってしまった。

 プロデューサーも良くなかったかもしれない。焦る彼女たちに「貴方たちもすぐに活躍できる」と何度も励まし、少しでも次の機会につなげようとライブのバックダンサーやドラマのエキストラの仕事を用意した。けれどいつまでたってもプロデューサーの言う「すぐ」は来なかった。もっと時間をかけてゆっくりと頑張りましょうと、根気強く説得していれば――いえ、こんなこと今になって言えること。

 焦ったあの子たちはレッスンを過剰なまでに頑張りすぎて、プロデューサーとトレーナーに内緒で自分たちで自主トレまでして――プツンッ、と限界が来てしまった。 

 全治六ヵ月。

 それはデビューしたばかりで、はっきりとした手応えを得られていないあの子にとって絶望的な長さに思えたでしょう。私は何と言っていいかわからなかったけど、とにかく顔を見ようとお見舞いに行った時でした。病室から聞き覚えのある声が、初めて耳にするヒステリックな様子で叫んでいたんです。

「怪我が治ればって……怪我が無くてあれだけがんばってもダメだったのに、怪我なんかしたらますます無理に決まっているじゃないですか!」

 ●●ちゃんの、涙が混ざった悲痛な叫びでした。

「がんばればCDデビューできるって……貴方が言ったからがんばった。貴方も色んな仕事を持ってきてくれた。この仕事で次につなげましょうって……でも、ダメだったじゃない。だったらもっと……がんばるしか…なかったじゃない」

 その胸が締めつけられる嘆きで、病室には今プロデューサーがいるのがわかりました。私はあまりの事態に硬直して、為す術もなく立ち尽くします。

「もういいよ……私じゃ最初から、アイドルなんて無理だったんだ。楓さんたちについてあげてよ。楓さんたちは、私と違ってアイドルなんだから」

「私は――ッ」

「出て行ってよっ!!!」

 かすれた声は、少女の口から出たとは思えないほど大きな絶叫に遮られた。やがてドアが開くと、青ざめた表情のプロデューサーが出てくる。その死人のような様相に、かける言葉が見当たらなかった。

 彼は私に気づくことなく反対側の廊下を進み、そして姿を消した。

 こうして●●ちゃんはアイドルをやめた。

 ●●ちゃんと一緒に隠れて練習をして、怪我こそしなかったがオーバーワークと診断された■ちゃんと★★ちゃんの二人も、後を追うようにアイドルをやめた。

 それからプロデューサーも様子も変わってしまった。私たちと接するときに距離を取るようになる。事務的な応対に小梅ちゃんと茜ちゃんは困惑し、幸子ちゃんは怒り、私と美嘉ちゃんの二人で他の三人を宥めることが多くなった。

 仕方がない。一生懸命プロデュースしていたアイドルに大怪我をさせてしまい、そして夢を諦めさせた。今までと同じようにアイドルと接することができなくなっても、仕方がないじゃない。

 でも時間をおけばきっと大丈夫。私たち五人がプロデューサーの下でしっかりと成果を出して、プロデューサーに変わらない信頼を持ち続けていれば、きっと彼も立ち直るはず。





――その話は彼がまだ立ち直っていないのに訪れた。

 シンデレラプロジェクト。

※ ※ ※



「そ、そんなの許せません!」

 プロデューサーが私たちを集めて、来春から始まるシンデレラプロジェクトのために担当が代わると話した時、私は何の反応もできなかった。

 幸子ちゃんが怒っている。怒っている幸子ちゃんに小梅ちゃんが動揺している。

 幸子ちゃんをなだめながら、でも美嘉ちゃんも一緒に怒っていた。

 茜ちゃんは何が起きているかわからずに、年長者である私とプロデューサーを代わる代わる見比べる。

 プロデューサーはただ――沈痛な顔をしていた。

「楓さんも何とか言ってください! こんなの許せまんよ! 今のプロデューサーさんからボクたちまで離れるなんて!」

 立ち尽くしていると幸子ちゃんが私に助けを求めてきた。

 そうだ、幸子ちゃんが言う通りだ。今のプロデューサーは明らかに様子がおかしい。そしてその原因は明らかだ。それなのに私たちまで離れてしまったら、彼はどうなってしまう?

「プロデューサー」

 私の呼びかけに彼は振り向く。この数ヵ月で、ずいぶんと距離が離れてしまったように思える。でもこうして“プロデューサー”と呼びかければ彼はちゃんと私の方を向いてくれる。

 だってそうだ。彼は私たちのプロデューサーなのだから。そして彼から私たちを見捨てることなんてない。だから今回の原因は、きっと。 

「プロデューサー。これはプロデューサーの意思ではなく、決定事項なんですか」

「……はい」

 申し訳なさそうに目をそらす彼を見て、戦う決心がついた。

「わかりました。失礼します」

「え、楓さん!? いったいどこに!?」

 呼び止める声に振り返る余裕もなく、私は速足で部屋を出ていった。

※ ※ ※



「すまないがこれは複数の部署をまたいだ決定事項なんだよ」

「プロジェクトを中止にしろだなんて言ってません。新しいプロジェクトの担当を、あの人以外にしてくださいと話しているんです」

 思わず立ち上がりそうになる衝動を何とか抑えて、今西部長に訴える。いつも好々爺然とした様子で私たちを見守ってくれている人だが、私が時間をいただきたいと声をかけた時から渋い顔をしていた。

「そんな簡単に言わないでくれ。彼だけじゃなく君たちだって新しい活動が決まっていて、それを支えるスタッフも内定しているんだよ」

 そんなに話が進むまで私たちが知らなかったとは。もう手遅れではという考えがよぎり、その考えを必死になって封をした。

「それにこれは彼にとってもいい話なんだ。このシンデレラプロジェクトは今後期待される大きな事業で、担当プロデューサーになりたいという希望は何人からもあった」

「でしたらその人たちの誰かに任せれば良かったでしょう」

「高垣君。これは君たちのプロデュースを評価された彼に任せることになったんだ。最初にプロデュースしてくれた担当が離れて不安な気持ちはあるだろうけど、大きな仕事を任せられた彼を気持ちよく送り出してはくれないか」

 気持ちよく送り出せるわけがなかった。今の彼から離れるなんてできるわけがない。

「……私たちのプロデュースはうまくいったかもしれません。ですけど、●●ちゃんたちは上手くうまくいきませんでした。そしてあの人はそれをまだ引きずっています。あの人のことを考えるのなら、離れずに残った私たちが一緒にいるべきです」

「……彼にシンデレラプロジェクトをまかせる理由は、もう一つあるんだ」

 諦めたようにため息をつくと、部長は申し訳なさそうに言った。 





「君と彼の距離が、少しばかり近すぎる」





「…………………………え?」

――そこから先の話は、正直覚えていない。

 凍り付いてしまった私に部長は慌てて色々と言ってくれたけど、頭に入らなかった。

 あの人が……私たちと一緒にいられなくなるのは――――――――――私のせいなんだ。

「楓さん……っ」

「……美嘉ちゃん。皆も」

 部長の部屋から出てきた私に、廊下で待ってくれていたのか皆が駆け寄ってくれる。

「楓さんの様子から、部長に直談判に行くんじゃないかって思って」

「案の定そうでしたね!」

「どうでしたか! 楓さんが言ってくれたなら部長も考えなおしてくれたんじゃないですか!」

 その期待に何も言えず、思わず目をそらしてしまった。それで皆察してくれて、廊下が一気に静まり返ってしまう。

「ごめんなさい……」

「し、仕方ないですよ……楓さんがここまでしてくれたのにダメなら……もう、無理なんですよ」

 違うの幸子ちゃん。

 私でもダメだったんじゃないの。私のせいで、ダメだったの。

――

――――

――――――――



 それから私はプロデューサーとの距離をとった。

 シンデレラプロジェクトという大きな仕事を任せられたあの人に、余計な噂をたてて迷惑をかけるわけにはいかないから。でも距離をとろうにも、同じ事務所にいるからどうしたって顔を合わせる時がある。

 シンデレラプロジェクトが始まって間もない頃、ばったりとロビーで出くわしてしまった。

「おはようございます」

 うまく平静を装えただろうか?

「おはようございます」

 貴方は平静ですね。どうかその平静さが、装ったものでありますように。

 そう祈りながら、ことさらに変わらない歩調を意識ながら立ち去っていくと――

「ねえねえ! プロデューサーって高垣楓と知り合いなの!?」

 後ろからみずみずしい声が響く。好奇心を隠そうともしない明るい質問に、つい耳をそばだてる。

「ええ」
 
 なんて、素っ気ない答え。

 知り合いなんてものじゃありません。そう足を止めて叫びたかった。

 貴方たちがプロデューサーと呼んでいる人は、私のプロデューサーなんです。そう訴えたくて仕方がなかった。

 でもこんな大勢の人が見ているロビーで、事情を知らないあの子たちにそんなことを言うわけにもいかず、歩調を乱しながら立ち去るしかできなかった。

――夏が終わろうとする頃。事務所はある話題で持ちきりだった。

 それは海外から会長の娘さんが戻ってきて、役員を務めるという話。それは驚きと共に広がった。

 最初は皆、好意的に受け止めていた。

 海外で勉強した女性が役員を務めるとあって、特に女性陣からは期待の声が多かった。

 でも現在進行中のプロジェクトを白紙にすると突然決まったことで、期待は失望に、そして不安や恐怖へとすぐに変わっていく。

 ロビーを歩く人たちの多くがうつむき加減で、アイドル事務所特有の華やかさがあっという間に失われていった。

「あ……」

 すれ違う人の中にプロデューサーの姿を見かけた。こんな状況でもうつむかずに、でも土気色の顔で速足に進むあの人の後ろ姿。

 あの人が会議の場で常務の方針に真っ向から意見したことは、常務についての噂と一緒に広まっている。

 よく言ってくれたという反応が多い。だがそれだけだ。誰も味方をしようとはしない。アイドルのために役員の機嫌を損ねる人なんて、そうそういない。

 中には――

「武内も馬鹿だよな、様子見もせずにいきなり常務に逆ら――っ」

「……フンッ」

 こんな風に常務に不満を持っているクセに意見をする気概もなく、あの人をバカにする人までいる始末。

「オマエ馬鹿か。高垣さんに気づかずに武内の悪口言うなんて」

「ビビった……最近一緒にいるの見ないけど、やっぱりそうなのかな?」

 慌てて立ち去る二人から小さく零れた声に、しまったと感じた。せっかく迷惑をかけないように避けていたのに、ついカッとしてしまった。

「あ、高垣さん!」

 そんな時期でのことだった。私が常務に呼び出されたのは。

※ ※ ※



「よく来てくれた。君の活躍は我が346プロの中でもトップクラス。次の音楽番組で君がメインの特番を組もうと思う」

 背筋の伸びた形のいい姿勢は見上げるほど高く、労いの言葉は傲慢ではなく分相応に感じられる。

 挨拶もそこそこに私の評価を伝えて、仕事の話に移る姿勢には素直に感心した。

 自分に自信があって、ストレートでシンプルなモノを好むため無駄を取り除きひたすら洗練させる。あの人とは驚くぐらい対照的な人だ。

「君は選ばれたんだ」

「私がですか?」

 こんなに洗練された大人の女性に認められたら、若い子は素直に従ってしまうだろう。

 私だってあの人と出会う前にここまで自信たっぷりに断言されたら、どうなっただろうか。この人ならば新しい世界に連れて行ってくれると妄信したかもしれない。

「お姫様に粗末な小屋は似合わない。手始めに、このイベントは他の子に回そう」

 そう、出会う前だったら。

「こんな小さな仕事はイメージにそぐわない」

 あの人が用意してくれた初めてのライブ、楽しかったんです。思い出なんです。私のアイドルとしての原点なんです。それを取り除くべき無駄だと扱われた。

「そのお話。お受けできません」

※ ※ ※



「う~ん」

 そういうつもりはなかったんです。

 今日のライブで配布するためのウチワにサインをしながら、思わずうなってしまう。

 ただ私の初めてのライブを、初めて立ったステージを、応援してくれるファンの皆と出会った場所を奪われたくなかった。

 でも結果として、常務にただ一人表立って逆らっているあの人への応援になった。そのことでまた私とプロデューサーの関係を勘繰る人が出てくるかもしれない。出てくるかもしれないけど――

「ふふっ」

 あの人の力になれるなんていつぶりだろう。そう思うと自然と頬が緩んでしまう。

「サインをしなさいん。ふふっ」

 事務所全体が暗いまま迎えた大切な日だけど、少しだけ明るい材料があって良かった。

「……」

「ん?」

 後ろの方で戸惑ったような気配がして振り向くと、そこには今日一緒にライブをする卯月ちゃんに凛ちゃん、それに未央ちゃん。そしてあの人が立っていた。考えごとをしていて、ドアが開いたことに気づかなかったみたい。

『お、おはようございます!』

「おはようございます」

 初々しさが残る三人の挨拶は気持ちの良いものだった。他のシンデレラプロジェクトの子たちもそうだけど、おかげで彼に担当されていることに暗い嫉妬を感じても、何とか抑えることができる。

 ……もしろくでもない子たちばかりなら、遠慮なく奪い取って二人で別の事務所に逃げ出せただろうか。

『ぐっふっふっふ。杏を働かせたいのなら、三年後に退職金として養うことを約束してもらおうか』

『ドッカーンッ! グシャンッ、ベンベンッ! ……あ、もう壊れた。このギター(経費¥280,000)全然ロックじゃないよ! ちょっと叩きつけただけで壊れちゃう』

『力こそ正義☆ にょっほーい! いい時代になったにぃ☆』

 ……あの子たちが悪いことをする姿がいまいち想像できない。そんなことを考えていたら、同じ控室にいた三人の方から気になる内容が聞こえてきた。

「学園祭巡り……もっとビックに、お客さんと超盛り上がる……いつもと変わんないか」

 衣装に着替え終わった三人は机に向かいながら、あれこれと何か考えているみたい。いったい何でしょう?

「失礼します」

 不思議に思っているとノックの音がして、プロデューサーがドアを開いて顔を出した。

「準備の方は……何をしているんですか?」

 プロデューサーも驚いたことでしょう。ライブ前の控室に顔を出したら、担当しているアイドル三人がそれぞれ紙に何かを書いていたんですから。

「あっ……えへへ、企画書! シンデレラプロジェクト、何とか守れないかなって」

「あ……っ」

 プロデューサーは呆気にとられた顔をしている。めったに見られないその表情に、思わず私もくぎ付けになった。

「でも、なかなか良いアイデア思い浮かばなくってさ」

「すみません、プロデューサーさん……」

 やがて私の視線はプロデューサーだけではなく、プロデューサーと彼が担当している三人のアイドル――四人の空間を見つめていた。

 頑張っているプロデューサーのために、一生懸命に考えてくれるその姿。今の苦しい状況で、どれだけプロデューサーの心の支えになってくれることでしょう。

「いいえ。ありがとうございます」

 深々と頭を下げて感謝するプロデューサーと、頭を下げられて慌てふためく未央ちゃんたち。その尊い光景を見ていて、ようやく受け止められた。





――ああ。
 あの人の担当は、もう私じゃないんだ。

 

 

 寂しさはあった。

 けどあの人の味方をしてくれるあの子たちを見て、嬉しさと一緒にようやく受け入れることができた。

――

――――

――――――――



 混乱はあったけれど、卯月ちゃんたちも協力してくれてウチワは無事にファンの皆へ配り終わった。

 いよいよ私が歌う番となってステージに向かう最中に、暗幕の近くに三人がいるのが見えた。お礼を言わなきゃと近づいていると、“元”担当から“今の”担当への気持ちがあふれる。

 今は貴方たちの担当プロデューサーです。

 でも、私の方が先に出会ったんです。

 私の方が先に、夢中になれる何かを与えてもらったんです。

 だから――先に成長した私が、これからあの人と一緒に成長しようとする貴方たちを守らないと。

「さっきはありがとう。ここはライトがく、らいと思うわ」

 事務所には今、不安と恐怖が渦巻いている。

 それでもあの人と一緒に頑張る貴方たちのためにも――

「だから――私が輝かなきゃね?」

※ ※ ※



 ステージに上がると、暖かい歓声が迎えてくれる。

 確かに小さな小屋かもしれない。けど私にとってはかけがえのない場所。

 何度も写真を見直していたからわかった。初めてのライブに来てくれた人が、今日もここに来てくれている。

 私は今の自分を支えてくれているあの時の笑顔、それを忘れずに進んでいきたい。

 そして――その笑顔と出会わせてくれた貴方に感謝を。





「乾いた風が 心通り抜ける」

 あれからどれだけ悲しい想いを押し殺しただろう。





「溢れる想い 連れ去ってほしい」

 でも私の身勝手な想いで、貴方に迷惑をかけたくない。





「2人の影 何気ない会話も 嫉妬してる 切なくなる」

 貴方たちがプロデューサーと呼んでいる人は、私のプロデューサーなんです。

 そう叫びだしたい感情を、何度胸で押し殺しただろう。





「これが――」

 これが?





「――恋なの?」

※ ※ ※



「お疲れさまでした」

「……」

 ステージが終わって、スタッフの皆が片付けてくれいる中でその様子をぼんやりと眺めていたら、あの人が声をかけてくれました。

 周りに他の人もいるけれど皆自分の作業に集中していて、今はずいぶんと久しぶりになる二人きりの会話……なのだけど、上手く言葉が出てきてくれません。

 話したいことはいくらでもあったはずなのに。事務所で、撮影上で、会場で、貴方の大きな姿を見るたびに駆け寄りたい衝動に襲われていたのに、いざ話そうとすると何も言葉が出てこない。

「高垣さん?」

 返事の無い私を心配そうにのぞき込むプロデューサー。ほんの少しさらに近寄ってくれただけで痛いほど高鳴る胸が教えてくれた。心のままに話してはいけないと。この思い出の場所で二人きりで話せば、私は想いを我慢できずにさらけ出してしまう。

 アイドルのために常務に逆らった彼の立場は良くない。そして彼のことだ、大人しくなどしないで常務にさらに意見するでしょう。そんな彼に、私とのスキャンダルが流れて足を引っ張るわけにはいかない。

 今まで何度も想いを押し殺してきた。それを今もするだけでいい。たとえ――伸ばせば手が届くほどの距離でも。

「お疲れさまでしたプロデューサー」

 何とか平静を装えた。すると。

「懐かしいですね。ここのライブは」

 彼は平然と追い打ちをかけてきた。

「は……はい」

「貴方が今日のライブを引き受けてくれたことを、私は嬉しく思います。貴方が自分の原点を忘れずに大切にしてくれているのだと」

 やめてください。

 まるで担当だった時のように話しかけないでください。あの日のように、貴方にもたれかかって顔をうずめたくなる。そのせいで私たちの関係が噂されて、担当を外されてしまったんですよ。

「貴方が……出会わせてくれた、あの日の笑顔を……忘れるわけがありません」

 堰《せき》を切ってあふれだそうとする想いを何とか押しとどめ、一つ一つ言葉を選びながら何とか吐き出す。

「貴方は……あの子たちの笑顔を守ろうとしているんですね」

「……はい」

 短くて簡潔な、力強い返答。わかってはいたけれど、それを間近で耳にできて、改めて決心できた。

「ふふっ。なら先に笑顔を与えてもらった私も、ええ顔できるように協力します」

「……ありがとうございます」

 こうして久しぶりになる二人きりの会話は終わった。

 今はまだその時じゃない。

 アイドルとプロデューサーである私たちにいつその時が来るかはわからない。その時が来ても、貴方は私を拒絶するかもしれない。それでも、その時までずっと思い続けます。誰にも負けないほど。

 



 言葉にできない痛みを、きっと――――――――――恋と呼ぶのでしょう




 ~おしまい~

新年明けましておめでとうございます。

去年はニュージェネ、美嘉ねぇ、ランランと担当の限定が来るたびにご理解する惨劇の一年でした。
唯一の癒しは「カワイイボクは恒常ですからね。スカウトチケットまで待ってあげますよ!」と言ってくれたイーロン・マスク氏だけだったのです。

今年も新年早々ご理解&クリスマスランランに続く二ヵ月連続ご理解かと覚悟したのですが、今年の私は違います。

ふみふみ五週目! 小梅ちゃん・茜ちゃん四週目なんざ怖くねえ!
いつでもかかってこいやあああっぱり無償石貯まるまで待ってくださいいいいいぃ!

これまでのおきてがみ(黒歴史)デース!


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