歩夢「ポケットモンスター」 (112)

────POKEMON League News────


それは、巨大な屋外ドームステージ。響き渡るは、場内アナウンス。

『──あー、あー。マイクテスマイクテス……問題ないわね』

梨子『皆様こんにちは。そして、ポケットモンスターの世界へようこそ。
   進行は私、ポケモンリーグ準備委員会副委員長・桜内梨子が勤めさせて頂きます』

「「「───!!!」」」

数多の客による歓声が、ドームを包み込む。

梨子『ここ“ダイバオ地方”は、海と大きな山に囲まれた豊かな自然と、美しい街並み。
   そして、沢山のポケットモンスター……縮めて、ポケモン。
   彼らと共に暮らせる、素晴らしい土地です』

粛々と、されど抑揚はつけて。梨子という少女は話を続ける。

梨子『ポケモンとの暮らし方は、人によって様々。生涯を共にしたり、仕事の手伝いをしてもらったり。
   ポケモンという存在は、我々の生活に深く根付いています。
   そして。ポケモンを育て、戦わせ、競わせる。そんな才能を持った人たちを──』

「「「ポケモントレーナー!!!」」」

歓声が、ひと際大きくなる。

梨子『そう。ポケモントレーナーと言います』

梨子『ここは、ニジガサキシティの中心・ニジガサキドーム。
   ダイバオ地方におけるポケモントレーナーたちの頂点──チャンピオンを決める場所』

梨子『それでは大変お待たせしました。本日のメインイベントに移りましょう。
   特別ゲスト、ダイバオ地方と姉妹都市であるハバラキ地方のチャンピオン・高咲侑さんと、我らがダイバオ地方が誇るチャンピオン──』


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1609498167


※『ラブライブ! シリーズ』×『ポケットモンスターシリーズ』です ▼

※登場するポケモンは『ソード・シールド(鎧の孤島・冠の雪原含む)』までです ▼

※本家『ソード・シールド』で使用不可となったポケモン・わざ等が登場する場合もあります▼



ようこそ ぼうけんの せかいへ──! ▼

【『さいしょのいっぽを ふみだすばしょ』 イチホタウン】
https://i.imgur.com/6unJS2y.png

ピンポーン

「おーい、歩夢―!」

歩夢「あっ、もう来ちゃった!? もうちょっと見ていたいのに……」

歩夢母「ふふ、あの子は相変わらず気が早いのね」

後ろ髪を引かれる思いで、タブレット(中にロトムが入ってる最新式! かがくのちからって凄い!)の電源を落とす。
今日はいよいよ、出発の日。

歩夢母「荷物、大丈夫よね?」

歩夢「うん。昨日、しっかり確認したよ。お守りもちゃんと持ってる」

歩夢母「旅なんだから、ケガとかには気を付けてね、歩夢」

歩夢「分かってる」

ガチャリ

愛「いよーぅ! 来たね、歩夢!」

出迎えたのは、宮下愛ちゃん。たまたま知り合って、よく関わるようになったお友達。
イチホタウンに引っ越して来て間もない私とあっという間に打ち解けた、恐るべきコミュニケーション能力の持ち主だ。

歩夢母「愛ちゃん、歩夢をよろしくね」

愛「大丈夫ですって! 歩夢はしっかりしてますから」

玄関口でベタなやり取りが行われている間に、軽く自己紹介をしておこう。
私の名前は、上原歩夢。さっきも言ったけれど、ダイバオ地方に引っ越して来たのはつい最近のこと。
引っ越しはお家の事情だったけれど、旅に出るのにもきちんと理由がある。

きっかけは、以前まで住んでいたハバラキ地方のチャンピオンで私の幼馴染──高咲侑ちゃん。
私は侑ちゃんが大好きで、いつも彼女と、そして彼女のポケモンと一緒に遊んでいた。
それが気付けば、侑ちゃんはハバラキ地方の若きチャンピオンになっていた。

相棒は、ドラメシヤだった頃によく遊んでいた“ドラパルト”というポケモン。
ドラパルトは無敗のチャンピオン・高咲侑の代名詞にもなっていて。
巷ではあの子の髪形が『ドラパルトヘアー』なんて呼ばれ、流行の一端を担っているらしい。


「あの子の隣に並び立てる人になりたい」


そんな想いもあって──私は今日から、ダイバオ地方でチャンピオンを目指す旅に出る。
今日に至るまで、トレーナーとしての座学は真面目に取り組んで来た。
実践はほとんど経験がないけれど……頑張る。

愛「じゃあ、そろそろ出発しよっか」

歩夢母「行ってらっしゃい。しっかり頑張りなさいよ!」

歩夢「行ってきます、お母さん」

手を振って、いざ旅立ち。
イチホタウンを後にして私たちが向かうのは1番道路──その途中にある、ポケモン研究所だ。

【1番道路】
https://i.imgur.com/JXw771G.png

イチホタウンから地続きの並木道を、私たちは歩いて行く。

愛「そういえば歩夢、さっきタブレットで何か見てたの?」

歩夢「え、えーっと……」

「ポケモンリーグニュースを見ていた」と即座に言えれば良かったのだろうが。
口から出かかった言葉は「侑ちゃんが頑張ってるところ」
……すんでのところで止めた。侑ちゃんのことを知ってるか分からない愛ちゃんの前では、あの子の話をするのはちょっと気が引ける。

愛「まあ内緒ならそういうことにしとくよ。無理に聞く必要もないっしょ、内緒だけに!」

歩夢「あ、あはは……」

そうそう。まだ会って1か月も経っていない愛ちゃんだけど、私にも1つハッキリしていることがある。
それは、彼女が無類のダジャレ好きということ。
面白いダジャレも(ごく稀に)あるけれど、正直、笑いよりも苦笑いを浮かべることの方が多い。
……もしかしたら、侑ちゃんだったら抱腹絶倒かも。あの子、笑いのレベルが赤ちゃんだからね。

愛「と・こ・ろ・で」

歩夢「?」

突然、愛ちゃんが向き直る。

愛「歩夢に抜き打ちテスト! ポケモンを持っていないトレーナーは?」

歩夢「草むらに入ってはいけない……だよね?」

突然のクイズに困惑しつつも、基礎中の基礎の基礎を答えに出す。

愛「そ。ポケモン無しじゃ、野生のポケモンに出会うのは危険だよね。
  そして今、アタシたちはポケモンを持ってない! というわけで、最初にやるべきことは?」

歩夢「ポケモン研究所に行って、ポケモンを貰う……でしょ?」

それが今日であると、愛ちゃんと2人で決めた話だった。

愛「ピンポンピンポーン。そして、ポケモン研究所は、すぐ向こうに見えます」

愛ちゃんが指さす先には、青い屋根の建物。
でかでかとモンスターボールの看板も掲げられているし……間違いない、研究所だ。

愛「というわけで……研究所まで競走だよ! 今日そう考えたから、なーんてね!」

ダジャレと共に、愛ちゃんは猛ダッシュ。あまりに突然すぎて、反応が遅れる。

歩夢「ちょ、ちょっと待って~!」

……かなり、振り回される旅になるかも知れない。そんな予感が、私の中を駆け巡った。

【1番道路・ポケモン研究所前】

タッタッタッ……

歩夢「ハァ……ハァ……やっと追い付いた……」

あまり長距離というほどでもないが、突発的な運動に身体が追い付かない。
口の中がうっすら鉄の味だ。

愛「遅いぞ~歩夢! 旅にはランニングシューズが必要って言ったじゃんか」

歩夢「ちゃんと、ランニングシューズ、だよ……」

ゼェハァと呼吸を整えながら、ピンピンしている彼女に反論する。
そもそも、愛ちゃんが急に走り出さなければ……と言い掛けて。

???「だ、誰か! お願い!」

どこかから叫び声。
しかも、明らかに助けを求めている。

「「……」」

私たちは顔を見合わせ、ほぼ同時に頷く。
そして、悲鳴の方へと駆け出した。

叫び声がしたのは、研究所から少し奥。
舗装された道からは外れ、草むらも周囲に見えるくらいには手つかずの自然。

???「お願いよ! 誰かー!」
「ガァ ガァ!」

声は、草むらの少し手前から。

愛「あれって……!」

歩夢「ひ、人が!」

青い髪をした、大人の女性だろうか。
それが、鳥のような青黒いポケモンに襲われている。
確か……ココガラ、だっけ?

愛「まずいよ、助けないと!」

歩夢「でも、ポケモン……」

動き出そうとする彼女を、咄嗟に引き留める。
助けたい。その気持ちは私だって一緒。
けれども私たちは、まだ研究所でポケモンを貰っていないのだ。
生身の人間が野生ポケモンに立ち向かうなんて……。

愛「……なるようにしか、ならないよ!」

直後。愛ちゃんは私の手を振りほどいて、女性とココガラの方へ──

目の前で繰り広げられるのは、壮絶な光景だった。

愛「こんの……離れろー!」
「ガァッ!? ガァーーー!」

その辺の木の枝を振り回して、ココガラを振り払おうとする愛ちゃん。
負けじと木の枝に食らいつき、標的を愛ちゃんへと変更するココガラ。
どうすればいいのか分からない私の方に、ココガラの標的から外れた青髪の女性──さっきは見えなかったけれど、白衣を着ている──が、慌てて駆け寄って来る。

青髪の女性「待ってて。すぐにポケモンを持って来るから」

歩夢「えっ……?」

言葉の意味を理解しきれないまま、女性はどこかへ行ってしまう。
追いかけるべきか、非力でも愛ちゃんの方に加勢すべきか……。
そんなことを考えている猶予は、一切与えられなかった。

「ガァ!」
「ガァガァ!!」
「ガァーーーーーー!!!」

私めがけて、新たにココガラが3匹も飛来したのだ。

歩夢「きゃぁっ!?」

愛「歩夢!? ──うわっ!?」
「ガァー!」

歩夢「っ────」

つつかれて、砂をかけられて。
私に碌な抵抗が出来ないのをいいことに、つけあがったように攻撃をし続けるココガラたち。
痛い。分からないけれど、多分血も出ている。
私に出来ることは、耐えること、両の腕で顔を防御することだけ。

──さっきの人は、まだ戻って来ないの?
──私も愛ちゃんも、酷い目に遭っているのに?

黒い感情が、痛みと共にじわりと湧きあがる。
ダメだ。そんなことを考えてはダメだと思いつつも、一度湧きだした感情は止まらない。

もう、何でもいい。
黒い感情を振り払うように、ただ1つの願望を思い浮かべる。
ポケモンでも、トレーナーでも、侑ちゃんでも。
お願い、誰か。

歩夢「誰か、助けて────!」

「────」

一瞬。何かが光ったような気がした。
次に、無数の何かが降り注ぐような音。
最後に、何かが羽ばたいて行くような音……。

歩夢「……あ、れ?」

痛く、ない。いや、身体の節々は痛むけれど……攻撃の手が止んでいる。
恐る恐る、防御姿勢を組んでいた腕を解く。

愛「助かった……みたいだね」

倒れたまま、顔だけを愛ちゃんの方へ向ける。
さっきまで格闘していたココガラたちは……どこにも見当たらない。
地面には、多くの穴。何かが降って来たらしく、あちらこちらに跡を作っていた。

青髪の女性「ごめんなさい、もう大丈夫──あら?」

モンスターボール片手に戻ってきたさっきの人も、異変に気付く。

歩夢「……」

何が起きたのかはまるで分からないが……愛ちゃんの言葉通り。
私たちは、助かったようだ。

【ポケモン研究所】

「本っっっ当にごめんなさい!」

医務室らしき部屋に運び込まれた私たちがまず目にしたのは、青髪の女性による全力の土下座と謝罪だった。
聞けば、どうやらココガラを追い払ったのは彼女ではなかったらしい。
彼女が自身のポケモンを手に戻って来た時には、事は既に片付いていたのだという。

歩夢「ま、まあ……助かったので、大丈夫です。
   ところで、勝手に使っちゃって良かったのでしょうか」

ここはポケモン研究所。だったら、ここの人に許可を取らないといけないんじゃ……。

愛「ここの人なんじゃないの? 白衣着てるしさ」

歩夢「あ、そっか」

つまり彼女は、研究所で働くお医者さん?

青髪の女性「あー……私、医者じゃないわよ? 手当ての方は、エマの専門」

エマ。初めて聞く名前に「誰だろう」と疑問が湧く。

青髪の女性「もうすぐ帰って来ると思うわ。
      ここで私の助手をやってる、エマ・ヴェルデって子よ」

歩夢「“私の”助手って……もしかして、あなたは」

果林「あー……ごめんなさい、自己紹介もまだだったわね。
   私は朝香果林。このポケモン研究所で博士をしているわ。
   気軽に、果林博士って呼んでちょうだい」

歩夢「果林……博士」

愛「確か、ポケモンの“姿”について研究してるんだっけ」

果林「そうよ。ポケモンによっては、棲んでいる場所や何らかの要因で姿が変わる子がいるの。
   私がパートナーにしてるキュウコンだって……ほら」
「コン!」

ボールから現れたのは、白く、どこか冷たさすら感じられるポケモン。
以前テレビで見た、赤みがかったキュウコンとはまるで違う。

果林「遠いアローラって地方のフィールドワークで見つけた子でね。こおりタイプなのよ」

愛「んん? キュウコンってほのおタイプじゃなかったっけ?」

果林「本来はね。けれど、姿が変わればタイプまで変わることもある。勿論生態系なんかもね。
   私は、そういった分野についての研究をしてるわ」

……なるほど。こおりタイプは、ココガラのようなひこうタイプには効果バツグン。
果林博士は、このキュウコンを連れて来るつもりだったのだろう。

果林「とりあえず2人とも、エマが帰って来たら──」

「ただいま~」

果林「ああ、ちょうど帰って来たわね。
   エマー! 怪我人2人、お願い出来るかしら!」

─── 
──


エマ「えーっと……大変なことになった、みたいだね」

赤髪の女性・エマさんは、私たちを見るなりそう言った。

果林「さっきも言ったけど、彼女が私の助手のエマよ。
   彼女、ドクターの研修も受けていてね。怪我の治療は、彼女が」

紹介されたエマさんの手には、2つのモンスターボール。
ピンクの柄……ヒールボール、だったかな?

エマ「怪我をしたポケモンさんはよく診てあげるけど、ヒトにするのはまだ経験が浅いんだ。
   だから上手くいくか分からないけど……お願い、ネーヴェ、キュワワー!」
「メェー」
「キュワー」

ボールから現れたのはヤギのようなポケモンと、お花が集まった輪っかのようなポケモン。
私にとって初めて見る2匹だ。

エマ「ネーヴェはグラスフィールド、キュワワーはフラワーヒールを」
「メェメェ」
「キュキュワー」

エマさんが指示を出すと、足元に突然緑が生い茂る。
その中で活き活きとするキュワワーが花のような光を放ち、私たちを包み込んだ。

……。
……。
……。

やがて、光が収まると。

歩夢「……痛くない」

愛「すっごい、傷が治ってる!」

さっきまで多少血が流れるほどだった怪我が、完治していた。

エマ「よかった~、これで大丈夫だよ♪」

歩夢「あ、ありがとうございます!」
愛「ポケモンたちも、サンキュー!」

傷を癒してくれた1人と2匹に、お礼をする。
研修中とはいえ、流石はドクター志望。

果林「グラスフィールド下ではフラワーヒールの回復効果が強くなるのよね。
   あ、そういえば2人は持っているのかしら、ロトムタブレット」

歩夢「あ、はい」
愛「アタシのはロトム入ってないタイプだけど……」

果林「通信が出来るなら問題ないわよ。ちょっと貸して頂戴」

果林博士に言われて、荷物の中からタブレットを取り出す。
ロトムもポケモンなのだが、こういった端末機械に入っている個体は戦闘が出来ないらしい。
巷では、電化製品を取り込んで戦う個体も居るらしいけれど。
あくまでこのロトムは、デバイスを動かす役割に特化しているんだとか。

果林「2人とも新人トレーナーでしょ。だったら、図鑑を使えるようにしておかないとね」

カタカタカタ。果林博士の指が、PCのキーを叩く音。

果林「はい、データの転送は出来たわ。2人とも、図鑑アプリのアイコンがある筈よ」

試しに起動してみなさい、と促され。
タブレットに追加されたアイコンをタップしてみる。


『ゴーゴート ライドポケモン タイプ:くさ
 山岳地帯で 生活する。ツノを 握る わずかな 違いから
 トレーナーの 気持ちを 読み取るので トレーナーと 一体となって 走れるのだ』

『キュワワー はなつみポケモン タイプ:フェアリー
 ツルを 使って 花を 摘み 自分を 飾る。
 花弁から ただよう 香りには 癒しの 効果がある』


早速、怪我の治療をしてくれた2匹の情報が画面に映し出されていた。

愛「ネーヴェって、ゴーゴートのことだったんだ」

果林「そうよ。その子はエマが子供の頃から一緒だったらしくてね。
   ニックネームをつけて可愛がっていたのよ」

エマ「か、果林博士! その話は……」

果林「あら、いいじゃない。隠すような話でもないでしょ?」

エマ「も~~~っ……」

2人のやり取りに、自然と私たちも笑みがこぼれる。
博士と助手、仲はとっても良いようだ。

数分後。
汚れた服の洗濯も終わって(わざわざ設備を貸してくれた。ありがとうございます)、果林博士からの呼び出し。

果林「さてと。遅くなったけれど……お待ちかね。
   新人トレーナーに贈るポケモンたちよ。1人1匹だから、よく考えてね」

果林博士が投げた3つのボールから、緑・青・赤。
それぞれ雰囲気の違うポケモンが飛び出す。

「ウキィ!」「ヒバ!」「メソ……」

果林「緑の子はくさタイプのサルノリ、好奇心旺盛でちょっとやんちゃなポケモンよ。
   赤いポケモンはほのおタイプのヒバニー。活発で、よく走る元気な子。
   最後にみずタイプのメッソン。臆病だけど、狙った獲物はきっちり外さない子ね。
   どのポケモンにするか、喧嘩しないように決めてちょうだい」

愛「むぅ……」
歩夢「うーん……」

品定めでもしていくかのように、私たちは3匹のポケモンをじぃっと見つめる。
この中の1匹が、これから始まる旅において大事なパートナーになる。
そう考えると、とっても迷ってしまう──

愛「決めた! 愛さんはサルノリ! 名前通りノリが良さそうだし、楽しい旅になるぞ~」

歩夢「えっ!?」

決断が早い……いや、私が優柔不断なだけ?
既に愛ちゃんと意気投合したのか、サルノリは彼女の肩の上に乗っかっていた。

愛「おっとっと……ポケモンって、小さくても重いもんだね」
「ウキャ!」

残された私と2匹は……尚も、にらめっこ。
ヒバニーは己の脚力をアピールするように走り回って。
メッソンは……私がそっちを向くと、反射的に果林博士の後ろに隠れようとする。

歩夢「……」
「メソ……?」

少し涙目になりながらも、メッソンは私の方をじっと見つめている。
よし、決めた。

歩夢「一緒に行こう、メッソン」
「……メソ!」

手を差し伸べると、メッソンも手(前足……?)を差し出して来たので、ちょっとした握手。
あ、ちょっと笑顔になった。可愛い。

愛「お、歩夢はメッソンにしたんだ」

歩夢「うん」

上手く言葉には出来ないけれど。
この子と一緒に旅をしたい、そう思った。

果林「じゃあ、2人とも決定ね。
   本当は、もう1人新人が来ることになっていたんだけど……まだ来ないのよね」

エマ「だからヒバニーちゃんは、その子が来るまでもうちょっとの辛抱だよ」
「ヒバ!」

愛「歩夢……アタシ、ずっとこのセリフを言ってみたかったんだ」

歩夢「?」

愛「トレーナーとトレーナーが出会ってすることと言ったら、決まってるっしょ?」

モンスターボール片手に、愛ちゃんは高らかに宣言する。

愛「『ポケモントレーナーの愛が勝負を仕掛けて来た』ってね! さあ、行く──」

エマ「ちょ、ちょっと待って! 研究所の中では危険だよ~」

愛「あ……そうだった」
「ウキ……」

やる気満々で愛ちゃんの肩から飛び降りたサルノリも、周囲の雰囲気に気付いたのか再度肩へと戻って行く。

果林「バトルしたくてウズウズするのは分かるけど……ここには大事な機械が沢山あるの。
   裏手にバトルコートがあるわ、ついてらっしゃい」

果林「ああそれと」

思い出したように、果林博士が言う。

果林「自分のポケモンは、図鑑から使える技が分かるようになってるから。
   まだまだその子たちが出来ることは少ないけど、目は通しておくといいわ」

「「はい!」」

【ポケモン研究所裏・バトルコート】

果林博士の案内で訪れたのは、林を切り開いて作ったらしい、少し年季の入ったバトルコート。
ところどころに、過去にここで戦ったであろうポケモンたちの跡がある。

歩夢「初バトル……頑張ろうね、メッソン」
「……メソ!」

愛「ちょっと調子狂ったけど……改めて行くよ、サルノリ!」
「ウキー!」

エマ「それじゃあ、使用ポケモンは1匹ずつ。愛ちゃんVS歩夢ちゃん、始め~!」

少し気の抜けた審判役の声を合図に、私たちはパートナーに指示を送る。

愛「先手必勝! サルノリ、ひっかく!」
「キーーー!」

歩夢「避けて、メッソン!」
「メッ」

愛「サルノリ、そのまま追いかけろ~!」
「キィ!」

勢いで突撃して来るサルノリを、右へ左へ、メッソンは何度も躱す。
素早さだけで言えば、メッソンの方に分があるようだ。

「ウキッ!?」

そして、勢い余ったサルノリが地面に激突したタイミング。
私はそれを見て、攻撃指示を出す。

歩夢「メッソン、はたく!」
「メソ!」

「キィ!?」
愛「サルノリ!」

少し吹き飛ばされ、茂みの方へと転がっていくサルノリ。

果林「愛ちゃんって言ったかしら。あの子、かなり猪突猛進タイプね」
エマ「ちょとつもーしん?」
果林「勢い任せってことよ」
エマ「……そうかなあ?」

愛「やったな~歩夢」

歩夢「侑ちゃ……ある人が昔、よく言ってたんだ。
   一瞬の隙を見逃さないで、ってね」

愛「だったら……これならどう?
  サルノリ、枝を投げて!」
「ウキ!」

直後。茂みから、サルノリが投げた枝が幾つも飛んで来る。

歩夢「よ、避けて!」

すかさず回避を指示するが……。

愛「そう来ると思ったよ」ニヤリ

歩夢「……あれ?」
「メソ……?」

サルノリはどこに──!?

歩夢「っ、メッソン上!」
「メソ!?」

うっかりしていた。枝は単なる目くらまし。
本体は茂みの横に生えてる木の上から……!

愛「そのままひっかく!」
「キィーーーー!」

判断が遅れた。回避も間に合わず、ひっかくをモロに受けるメッソン。

「メ……」
歩夢「メッソン、大丈夫!?」

エマ「……どう、果林博士?」
果林「前言撤回するわ。初心者なりに、しっかり考えてるようね。
   ポケモンだって生き物。あえて言わなかったけど、技以外にも出来る事があるってちゃんと理解してる。
   しかも、あのメッソンは急所に入っちゃったみたいだし……」

歩夢「メッソン、まだいけ──」
「……」パタッ
歩夢「……っ」

エマ「メッソン、戦闘不能! 愛ちゃんの勝ち~!」

愛「よっし、勝った!」
「ウキャ♪」

小躍りする愛ちゃんと、バチのような小枝で地面を叩くサルノリ。

歩夢「……ごめんね、メッソン」

動けないメッソンを、ボールに戻す。
最初は有利だと思っていたけれど……やっぱり、実戦は甘くなかった。

歩夢「でも……楽しかったな」

それが、初めてのバトルで抱いた、私の感想。

愛「いやー、その場に落ちてる物を使うアイデア、即興だけど上手く決まったね」

歩夢「次は、負けないよ」

愛「おう! 印象深い勝負、またいつでも受けて立とうじゃないか! 勝負だけに!」

勝負の後は、ガシっと握手。
いん『しょうぶ』かいと『勝負』……こういう時にもダジャレが浮かぶ愛ちゃん、ちょっと凄いと思えてきた。
もしかして、即座に戦略が思い浮かぶのも、ここからだったりして……?

果林「2人とも、お疲れ様。いい試合を見せてもらったわ」

エマ「ポケモンさんの回復はおまかせだよ~」

───
──

果林「それで、2人はジムアリーナフェスティバルに参加するのよね?」

歩夢「ジムアリーナ、フェスティバル?」

聞き慣れない単語。いや、ジムという言葉から何となく想像は付くけれど……。

愛「そっか。歩夢は引っ越して来たばっかりだから知らないんだっけ。
  ジムアリーナフェスティバル、略してジムアリーナ。
  1年に1度ある、ダイバオのチャンピオンを決める大会なんだ」

チャンピオンを決める大会。
勝ち上がれば、チャンピオンになれる。
であれば……その大会に出ない理由はない。

果林「その通り。まずは、この1番道路を抜けた先にあるキラナシティってところに向かいなさい。
   大会の受付は今日の日付が変わるまで、キラナシティでやってるからね」

エマ「ポケモンさんたちの回復、終わったよ~」

メッソンとサルノリのモンスターボールを手に、エマさんが戻って来た。

愛「ナイスタイミング! 歩夢、早速出発しよ!」

ボールを受け取った愛ちゃんは、既にその場で小走りを始めている。

歩夢「元気だね、愛ちゃん……」

愛「アタシは元気が取り柄だからね!」

果林「待ちなさい。良きライバルになるであろう2人に餞別よ」

ズイ、と割り込んで来る果林博士。

果林「ポケモンを捕まえるためのモンスターボールと、きずぐすり。
   既に準備はしているでしょうけど、物は多いに越したことはないわ。
   それと……こっちは大切な物。大会に出るための推薦状よ。
   しっかり書いてあげたから、失くさないようにね」

歩夢「ありがとうございます!」

愛「プレゼントも推薦状も貰ったし……今度こそ、しゅっぱーつ!」

歩夢「あ、ちょっと!」

やっぱり猛ダッシュで研究所を出て行く愛ちゃんと、追いかける私。
そして……。

エマ「……あれ?」

歩夢たちを見送るエマは、その後ろ姿を見て何かに気が付いた。

果林「どうかしたの?」

エマ「歩夢ちゃんのバッグについてる……キーホルダー?」

果林「ああ、星型の……ちょっと大きかったわね、アレ。お守りか何かかしら。
   で、それがどうかしたの?」

歩夢がチョイスした旅の鞄は、そこそこの大きさ。
だがそれを差し引いても……あのキーホルダーは、少し大きい。

エマ「うーん……どこかで見た気がして……」

果林「キーホルダーなんて、どこかで似たような物が売ってたりするものよ。
   あなたの研修先……エンジェラシティでしたっけ? あそこはそういう屋台も多かったでしょう。
   気になるなら、今度買って来てあげましょうか?」

エマ「大丈夫? エンジェラシティは結構広いけど、道に迷わない?」

果林「……」ギクッ

果林「そ、そういえばエマ。あなた、帰って来る時に変な光を見なかった?」

誤魔化すように、あの光の話にすり替える。

エマ「うん、見たよ。あんな技を出すポケモンさんなんて居たかなーって思ったけど……」

果林「あの2人を襲ったココガラは、それで逃げて行ったようなんだけど……。
   何だったのかしらね、アレ」

エマ「気になるなら、調べに行って見る?」

地面には多数の穴が空いていた。
確かにあれを調べれば、ポケモンの仕業か、自然現象か、はたまた別の要因か分かるかも知れない。

それに。この辺では普段大人しい筈のココガラが、急に暴れ出した理由も気になる。
単に繁殖期でピリピリしているだけならいいが……。
というわけで、エマの提案に「そうね」と言いかけて──

???「あのー、すいません。ポケモン研究所はここで合ってますよね?」

果林「……あら」

今日来ることになっていた、3人目の客がようやく到着した。

【『おもい かさなり きらめく まち』 キラナシティ】
https://i.imgur.com/i7MuRg8.png

愛「とうちゃーく!」

歩夢「……」ゼェハァ

1番道路は、横道に逸れない限り草むらがない。
そのため結局、舗装された道を2人で競走するだけの形になった。
……結果はご覧のあり様だけど。

愛「歩夢―、そんなんじゃ旅を続けらんないぞ?」
「ウキキ♪」

サルノリを肩に乗っけた状態で走ったにも関わらず、愛ちゃんはほとんど息を切らしていない。
旅を続けるにあたって、メッソンを鍛えることも大事だけど……。
私自身の体力トレーニングも、急務のようだ。

歩夢「それにしても……お家が多いんだね、この街」

愛「キラナシティは住宅街だからね。他の街で仕事をしてから、ここに帰って来る人も多い。
  要はベッドタウン、ってヤツだよ」

タブレット片手に、愛ちゃんが街の情報を教えてくれる。
そういえばこのマップ機能、訪れたことのある街は詳しく見られるんだった。

愛「うーん……この街、愛さんがよく行く喫茶店の系列もあるみたいだけど……」

歩夢「まずは、大会の受付だよね」

愛「そのとーり!」グッ

【キラナホール・エントランス】

街の中央にある、他より大きな建物。
中にはポケモンを連れた人が多く、きっとみんなトレーナー……つまりライバルになるのだろう。
大会の受付は、ここで行われていた。

受付「ジムアリーナフェスティバルへのエントリーでしたら、推薦状の御提示をお願いします」

係員に促され、私たちは果林博士に貰った推薦状を差し出す。

受付「……おや。珍しいですね、朝香博士の推薦状ですか」

歩夢「珍しいことなんですか?」

愛「前に聞いた話だけど、オハラカンパニーに推薦状を出して貰うケースが増えてるんだってさ」

歩夢「オハラカンパニー?」

愛「受付で立ち往生するのもナンだし、後で話すよ」

彼女の言い分ももっともなので、ひとまずは疑問符を引っこめる。

受付「上原歩夢さん、宮下愛さん。お2人のエントリーが完了しました。
   それでは、こちらをお受け取りください」

係員から渡されたのは、腕に装着するバンド。何かの機械が付いている。

受付「アリーナバンドです。アリーナチャレンジの道中、様々な用途で使いますので、紛失することのないようお願いします」

右手に着けてみる。うん、ちょっとサマになってるかも。

受付「また、アリーナチャレンジ参加の方々は、本日は無料でこの街にあるウパーホテルへの宿泊が可能です。
   開会式は明日となりますので、宿泊をオススメします。如何でしょうか?」

歩夢「無料で!?」

愛「さっすがオハラカンパニー、太っ腹だね。歩夢、折角だし泊まってこ?」

歩夢「あの、怪しい話とかでは……ないんだよね?」

受付「とんでもございません! ポケモンリーグ準備委員会が用意した、正式なホテルですよ」

歩夢「……」ホッ

無料で宿泊。何だか凄い話になって来た気がする。
けれども、1泊とはいえ宿に困らないというのはかなり助かる。
断る理由もないので、あれよあれよと諸々の手続きが進んで行き……。

受付「開会式は明日の正午、ここキラナホールで行われますので、遅刻のないようお願いします。
   ご参加、誠にありがとうございました」

歩夢「あ、ありがとうございます!」

愛「どーも! 歩夢、とりあえず喫茶店行こっか?」

フェスティバルへのエントリーは、無事に完了したのであった。

【喫茶・スターミーバックス】

愛「よいしょっと。はいこれ、歩夢のロズレイティー」

紅茶と何かのカップを手に、愛ちゃんがテーブルに戻って来る。

歩夢「ありがとう……って、それ何?」

愛「何って、愛さんのお気に入り“ショートベルガモットアイスモカエクストラマホイップ”だけど」

歩夢「……???」

な、何かの呪文だろうか。1ミリも理解出来なかった……。

歩夢「……それより。さっき言ってた、オハラカンパニーの話なんだけど」

雑談出来る場所に移動したので、改めてさっきの疑問をぶつけてみる。

愛「ああ、それね。アタシも聞きかじった程度の話でしか知らないんだけど……。
  そもそもダイバオ地方のポケモンリーグは、この地方一番の大企業・オハラカンパニーが運営してるんだ」

サルノリにポケモン用ラスクを食べさせながら、愛ちゃんが説明を始めてくれた。

歩夢「リーグ準備委員会……だっけ。あれのこと?」

愛「そ。で、その準備ってのがかなり幅広い分野に手を出してるみたいでね──」

???「元々オハラカンパニーは、ダイバオのインフラ整備を主軸としている企業でした。
    それがいつしか、リーグの運営は勿論、アリーナチャレンジャーへのホテルの貸し出しや推薦状の準備などなど。
    果ては、初心者トレーナー用のポケモンを手配する事業にまで手をつけたそうですよ」

歩夢「えっ?」

突然、背後から割って入って来た声。
声の主である黒髪の少女は「ご一緒していいでしょうか」とカップ片手に隣の席へ。
その右手首にはアリーナバンド。つまり、彼女もポケモントレーナーということだ。

歩夢「あの、あなたは……?」

せつ菜「私は……優木せつ菜と言います。お2人と同じく、アリーナチャレンジャーですよ」

せつ菜と名乗った少女は、改めてアリーナバンドをこちらに見せる。

愛「そっか! じゃあアタシたちのライバルってことだね?」

せつ菜「そうなりますね。よろしくお願いします、上原歩夢さん、宮下愛さん」

歩夢「あれ? なんで私たちの名前を……」

せつ菜「すぐに分かりますよ。そのためにも……この後、1戦交えませんか?」

悪戯っ子のように笑う彼女の手は、モンスターボール。
私たちの名前を知っている理由を聞き出すには、どうやら彼女とバトルをしなければならないらしい。
そうでなくとも……彼女の目は、期待で輝いている。承諾するまでついて行く、そんな勢いだ。

愛「面白そうじゃん。いいね、景気付けにやろうよ!」
「ウキ!」

愛ちゃんたちの方もスタンバイOKといった様子。でも。

せつ菜「対戦を申し込むのは……あなたです、上原歩夢さん」

歩夢「え、ええっ!?」

白羽の矢は、思わぬ方向に突き立てられたのだ。

【2番道路】
https://i.imgur.com/yiEEeMu.png

人の多い街中でバトルをするわけにもいかない。
ということで私たちは街の隣、小川の流れる2番道路へと移動した。
せつ菜ちゃんは最初、1番道路を提案したが……ココガラの件があったので、少し避けたい気分だった。

せつ菜「使用ポケモンは1匹ずつ、それでいいですよね?」

歩夢「それは問題ないけど……私でいいの?」

せつ菜「ええ、お願いします」

愛「まあまあ歩夢、ここは受けときなって。ジャッジは愛さんに任せてさ」

2人に言われてしまえば、やるしかない。
両の頬をピシっと叩き、モンスターボールを手に。

歩夢「じゃあ……お願い、メッソン!」
「メソ-!」

さっきの敗北を引きずっていないか少し心配だったけれど……どうやら、杞憂だったらしい。

せつ菜「行きます! ヒバニー!」
「バーニッ!」

歩夢「……!」

白と赤の、見覚えあるウサギさん。
せつ菜ちゃんが繰り出したポケモンに、思わず目を見開く。
もしかして彼女たちは……いや。今はバトルに集中しよう。

愛「それじゃあ……試合、始めっ!」

せつ菜「先手は頂きます! ヒバニー、でんこうせっか!」
「ヒバッ!」

体当たりよろしく、突撃して来るヒバニー。
かなりのスピード……躱すのは難しそうだ。だったら。

歩夢「メッソン、はたくで迎え撃って!」
「メソ!」
「バッ!?」

正面から一発、弾き飛ばされるヒバニー。最初の一撃は私たちが貰った。

せつ菜「大丈夫ですよヒバニー、でんこうせっかを続けてください!」
「ッ、ヒバー!」

体勢を立て直し、すかさず再突撃。

歩夢「来るよ、もう一度はたく!」
「メッ!」

愛ちゃんの時と同じ、勢い任せで向かってくるタイプ……私は彼女らを、そう判断した。
だったら最初の対処法は同じ。隙を見つけるまで、突進するヒバニーを2回3回と弾こうとする。
けれども。

歩夢(速い……)

一度は当てられたカウンターも、あとは空振りが続くばかり。
スピードを伴った勢い任せに、メッソンも私も翻弄されっ放しだ。

せつ菜「貰いました、そこです!」
「ヒーバッ!」

──ダンッ!
「メッ!?」

歩夢「メッソン!」

ついには対応が追い付かず、でんこうせっかがメッソンを捉えた。
後方に吹き飛ぶメッソンの先の地面には小さな火が──火!? なんで!?

歩夢「っ、火を躱して!」
「メ……ソッ!」

指示が届き、どうにかメッソンも寸前で着地点を横にずらす。
確かにヒバニーはほのおタイプだと聞いていたが、今まで火を放つような技は繰り出されていなかった筈。

せつ菜「どうして炎が──そんな顔をしていますね?」

歩夢「……!」

思考を読まれている……いや、あの火はせつ菜ちゃんとヒバニーの策なんだろう。
仁王立ちでしたり顔のせつ菜ちゃんと、同じく得意げな表情で彼女のポーズを真似するヒバニー。
ヒバニーの足元をよく見ると……うっすらと、火花。

歩夢(……もしかして)

私の中で、ある仮説が生まれる。それを確かめるように、図鑑を開いた。

『ヒバニー うさぎポケモン タイプ:ほのお
 走りまわって 体温を 上げると 炎エネルギーが 体を 巡る。
 肉球が 高熱を 発し 戦う 準備が 整うのだ』

歩夢「……やっぱり。だから、でんこうせっかを続けていたんだね」

でんこうせっかは、それ自体がウォーミングアップ。
炎エネルギーを足の裏から点火させ、着火した地面で不意打ちを狙う。
それが……せつ菜ちゃんとヒバニーが弄した策の正体。

せつ菜「気付いても時既に遅しです。さあヒバニー、燃えていきますよ!
    ひのこを飛ばしながら駆けまわってください!」
「ヒバー!」

口から、足元から。次々と地面に火をつけていくヒバニー。
まずい、囲むつもりだ──!

歩夢「メッソン、炎から逃げて!」

せつ菜「捉えていますよ、そこ!」

「バッ!」
「メソ!?」

遅かった。
退路に先回りしていたヒバニーのひのこが、真正面からメッソンを撃つ。
ギリギリで躱すことが出来たが、周囲は既に火で囲まれていた。
そして……眼前には、次のひのこを構えたヒバニー。

「メ、メソ……」

メッソンは今にも泣きそうな様子。
そりゃあそうだ。たった今、追いつめられているんだ。
あの子は今、2度目の敗北を突き付けられようとしているんだ。

「……」
歩夢「……っ」

縋るような眼で、メッソンは私の方をちらりと見る。
落ち着け、落ち着け、落ち着け私。何か手は──

歩夢「……!」

せつ菜「トドメです、ヒバニー!」

歩夢「跳んで、メッソン!」
「メソ!?」

私の指示に、困惑を隠せないメッソン。
不安そうな視線が、私を捉える。

歩夢「大丈夫、大丈夫だから──!」

「ヒー……バッ!」
「……メッ!」

溜めに溜めたひのこが放出される直前、メッソンは目を瞑って高く跳ぶ。
その先にあるのは、2番道路を流れる川。
メッソンは水場に向け、勢いよく飛び込んで行った。

せつ菜「川に……!」

歩夢「よし……行くよメッソン、みずでっぽう!」

返事はない。その代わり、川の中からみずでっぽうがヒバニーを狙い撃つ。

せつ菜「っ、ひのこで相殺してください!」
「ヒバッ!」

みずでっぽうは、次々とひのこにかき消される。
だったら!

歩夢「地面に向かってみずでっぽう!」
「……!」

連射される水が、炎を消し、地面を濡らして行く。

「ヒッ!?」

泥に変わり始めた地面に、怖気づくヒバニー。
足の裏から火を出すのだから……やっぱり、足元が濡れることを嫌っているようだ。

せつ菜「ひ、ヒバニー! 射程圏外まで距離を取ってください!」
「ヒバッ!」

みずでっぽうが届かない位置まで退却するヒバニー。
でも……。

歩夢「メッソン──みずでっぽう」

“何もない空中から撃ち出された水が”ヒバニーの顔面を狙い撃つ。

せつ菜「なっ……!?」
「ヒ、バ……」バタッ

目を回して、倒れるヒバニー。

愛「……ヒ、ヒバニー戦闘不能! 歩夢の勝ち!」

歩夢「やった……」

歩夢「やったよ、メッソン!」
「メソ……!」

“何もない地面から不意に姿を現した”メッソンに、私は駆け寄る。

歩夢「ありがとう。勝てたんだよ、私たち!」
「メ……メーーー!」

初勝利の嬉し泣きか、堪えていた感情が噴き出したのか。
抱きかかえたメッソンの目から、涙がこぼれ始める。

せつ菜「……ゆっくり休んでください、ヒバニー」

そう言って、せつ菜ちゃんはヒバニーをボールへ戻し、こちらへと歩いて来る。

せつ菜「おめでとうございます、歩夢さん」

歩夢「ありがとう」

スッと差し出される右手を握り返す。

せつ菜「驚きましたよ。フィールドを作り変えられるどころか、
姿を消して射程圏内まで近づいていたとは……」

愛「そうそう。あれって、何が起きてたの?」

歩夢「えっと……ちょ、ちょっと待ってね」

おかしいな。勝って嬉しい筈なのに、涙が止まらない。
これじゃあまるで、私までメッソンみたいだ。

愛「……んん? あれ、愛さんも涙が……」
「ウキ……」

せつ菜「これは……メッソンの涙ですね。すいません、私も……」

あとでジョーイさん……ポケモンセンターで働いている人に聞いた話なんだけど。
メッソンの涙には、タマネギ100個分の催涙成分があるという。
その涙が引き起こすもらい泣きは私だけじゃなく、近くに居た愛ちゃんやサルノリ、せつ菜ちゃんにも伝染。
収まるまでには、少し時間が掛かった。

【ウパーホテル・愛の部屋】

愛「いやー、ビックリしたよ。久しぶりに涙出ちゃった」
「ウキャ……」

歩夢「あはは……ごめんね」

ポケモンセンターで回復を済ませ、ホテルにチェックイン。
そのまま、愛ちゃんの部屋に3人で集まっていた。

愛「それで、結局あのバトルでメッソンは何をしたの?」

歩夢「えっと、それは──」

せつ菜「図鑑を見たあの時、ですよね?」

私の言葉を遮って、せつ菜ちゃんが得意げに割り込む。

愛「ああ、そういえば見てたね。ヒバニーが足から火を出せるって話」

せつ菜「恐らく歩夢さんは、メッソンの図鑑も一緒に確認した……違いますか?」

歩夢「うん。あの時は、何とかしないとって思ってたから」

そう言って、私はポケモン図鑑を開いてみせた。


『メッソン みずとかげポケモン タイプ:みず
 水に 濡れると 皮膚の 色が 変わる。
 カモフラージュ されたかの ように 姿が 見えなく なるのだ』

愛「うぇっ、こんなこと出来たの!?」

歩夢「カモフラージュがどのくらいかは分からなかったけど……
   本当に見えなくなるんだね。私もビックリしちゃった」

せつ菜「ええ。話には聞いていましたが、想像以上でした。
    なので、とにかくヒバニーには射程の外まで退避を指示したのですが……」

愛「そこは歩夢の方が一枚上手だった、ってワケだね」

歩夢「だけど……ちょっと気になることがあるの」

せつ菜「どうかしましたか?」

歩夢「川に飛び込む前、メッソンはずっと心配そうだったんだ。
   私の指示に、すぐには従ってくれなくて……」

「大丈夫」と念を押して、ようやくメッソンは跳んでくれた。
あれがなければ、確実に負けていただろう。

歩夢「あ、えっと……」

口から出る筈の言葉が、上手くまとまらない。
まとまらないけれど、私の中に根付いているのは不安の2文字。
こんな調子で、メッソンを勝たせてあげられるのか。
こんな調子で、トレーナーとしてやっていけるのか。
そんな、不安。

愛「……っははは! なーんだ、そんなことか」

歩夢「ちょ、ちょっと……」

私の様子を見て、愛ちゃんが笑う。

愛「歩夢、メッソンの視点に立ってみてよ」

歩夢「メッソンの?」

愛「あの時メッソンは火に囲まれていて、正面にはヒバニーが立ってたんだよ?」

愛ちゃんに言われて、あの時の様子を思い描く。

歩夢「あ……そっか」

せつ菜「その状況だと、メッソンからは川が見えませんね」

メッソンには最初、指示の意図が分からなかったんだ。
私が川のことを教えてあげれば、メッソンはすぐに動けたんだ。

歩夢「……」

愛「心配しなくていいよ歩夢。旅は始まったばっかりなんだからさ」

歩夢「で、でも……」

せつ菜「歩夢さん、誰しも最初はそういうものです。
    それに、川に飛び込んでからは的確な指示を出せていたじゃありませんか」

愛「そうそう、メッソンもきちんと応えてくれたしね。
  歩夢はよくやってる方だよ……って、アタシも駆け出しトレーナーだから、あまり偉そうなことは言えないけど」

歩夢「そう、なのかな……」

せつ菜「自信のないトレーナーには、パートナーは応えてくれません。
    これだけは覚えておいてください」

歩夢「そっか……そうだよね」

メッソンが入ったボールを、ゆっくりと撫でる。
これから頑張ろうね、メッソン。私も頑張るから。

愛「さてと! 歩夢の調子も戻ったことだし、そろそろせっつーの話も聞かせてもらうぞ~?」

せつ菜「せっつー……わ、私ですか?」

歩夢「あ……そうだよ! どうしてせつ菜ちゃんが私たちの名前を知ってるのか、って話だったよね」

愛「アタシは果林博士か助手のエマっちに聞いたと思ってるんだけど、合ってる?」

愛ちゃんの推測に、私もコクコクと頷く。
見覚えあるヒバニーを持っているトレーナー、つまりそういうことだ。

せつ菜「……ご名答です。まあ、ヒバニーを繰り出した時点で検討はついてると思っていましたが」

歩夢「じゃあ、果林博士が言ってた“もう1人の新人”って、せつ菜ちゃんのことだったんだ」

せつ菜「そうなりますね。博士は『今年は閑古鳥が鳴いている』と言ってました」

歩夢「閑古鳥……って、人が少ないってことだよね」

愛「それって、喫茶店でせっつーが言ってた“オハラカンパニーの事業”が理由?」

事業……確か、ジムアリーナフェスティバルに挑戦するための推薦状や、新人トレーナーのためのポケモンの手配も行っているんだったか。

せつ菜「恐らくはそうなんでしょうね。今の会長の意向だと思います」

愛「ああ、そういえばテレビで見たよ。もっとフェスティバルの門戸を広げたい、って」

門戸を広げるために大企業が事業の手も広げた結果、研究所に訪れる新人トレーナーが少なくなった……。
何だか、世の中の無常な一面を見てしまった気分だ。

歩夢「ところで、会長さんってどんな人なの?」

せつ菜「えっ……歩夢さん、小原鞠莉さんをご存知ないのですか!?」

勢いよく立ち上がったせつ菜ちゃんに、私は首を横に振る。
ごめん、ご存知じゃないんだ。

愛「歩夢はつい最近まで別の地方に住んでたからね。知らなくても仕方ないよ」

せつ菜「あ……そうだったんですね。
    でしたら、明日のお楽しみにした方がいいのかも知れません」

「開会式で開会宣言をするのは彼女の筈ですから」と、座りながら彼女は付け加えた。

愛「おっと、これは歩夢にネタバレ禁止の流れかな?
  じゃあ愛さんも、明日まで黙っておくことにするよ」

せつ菜「ええ、その方がいいでしょう」

愛「というワケで歩夢、タブレットで調べるのもNGだからね!」

歩夢「え、えーっと」

愛「返事は~?」

せつ菜「大丈夫ですよ、明日までの辛抱ですから」

この2人、早くも意気投合してる。
しかも2人揃って、一度決まったら頑として譲らない。

歩夢「は、はい……」

結局私は、彼女たちの奇妙な圧に押されてしまった。

……オハラカンパニーCEO・小原鞠莉さん。
ダイバオの人たちはよく知っているみたいだけれど、果たしてどんな人なんだろうか。

そもそも私は、このダイバオ地方について知らないことばかり。
ジムアリーナだってそうだ。ハバラキ地方のポケモンリーグとは、勝手が違うのだろう。

兎にも角にも、まずは開会式。
明日に向けて英気を養うべく、私たちは一旦解散し、自分たちに割り当てられた部屋で一晩を過ごすのだった。

【翌朝 ウパーホテル・ロビー】

愛「おっはよー!」

せつ菜「おはようございます!」

歩夢「おはよう。元気だね、2人とも」

集合の時間10分前。
右腕をぶんぶん振り回す愛ちゃんと、その場で屈伸運動を繰り返すせつ菜ちゃん。
ロビーには、既に2人の姿があった。

愛「そりゃあもう、テンションブチ上げって感じ! 早く外に出て太陽の光を浴びたいよう、ってね!」

せつ菜「そうです、ここから私たちの冒険が始まるんですよ!」

「ウキキ♪」
「ヒバッ!」

2人の足元で、或いは肩の上で、パートナーのポケモンたちもご機嫌な様子。

歩夢「……」

私も……メッソンをボールから出しておこう。いわゆる連れ歩きだ。

「メソ!」

せつ菜「メッソンも気合十分ですね」

「バーニ……」
「メッ!?」

対抗心を燃やすヒバニーの視線が、メッソンを捉える。
睨まれたメッソンは……あ、透明になった。

愛「じゃあ、3人揃ったことだし」

歩夢「あ、人が多いから競走は──」

言うが早いか、既に愛さんは駆け出していて、ワンテンポ遅れてせつ菜ちゃんが追いかける。

愛「歩夢―、おいてっちゃうぞー!」

せつ菜「あ、愛さん前!」

愛「えっ──やばっ!?」
「っ!?」

ドン!

せつ菜ちゃんが叫んだ直後、愛ちゃんは誰かにぶつかった。

せつ菜「大丈夫ですか!?」

愛「わ、私は大丈夫だけど……」

歩夢「もー、だから言ったのに……」

「……」

愛ちゃんの傍で尻もちをついていたのは、ピンクの髪をした女の子。
かなりの小柄で、私たちの誰よりも背が低い。
そして、彼女の周りを浮翌遊し、心配そうに覗き込むポケモン。
青い金属のボディと1つ目……ダンバルだ。

愛「ごめん! 大丈夫?」

ピンク髪の少女「……大丈夫」

彼女はよろよろと立ち上がり、ロビーの奥へと歩いて行く。

せつ菜「あの、怪我とかは……」

ピンク髪の少女「……」ジー……

せつ菜「私……顔に何かついてます?」

ピンク髪の少女「……ううん、ついてない。少し痛かっただけ」

歩夢「だ、だったら──」

ピンク髪の少女「開会式……行くんでしょ? 私のことは、心配しないで」

ピンク髪の少女「行くよ、ダンバル」
「ダバッ」

抑揚のない声でそう言うと、彼女はダンバルと一緒にエレベーターに乗り込んでしまった。

歩夢「……愛ちゃん」

愛「……ハイ」

歩夢「それにせつ菜ちゃんも」

歩夢「人の多いところで走っちゃダメだよ?」

愛「……」

せつ菜「私もですか!?」

歩夢「返事は?」

「「……ハイ」」
「キィ……」「ヒバ……」

しゅんと肩をすぼめる、2人と2匹。
開会式前に勢いを削ぐことになってしまったけれど……これで良いんだ。
せめて開会式までは大人しくしよう、ということで決定した。

歩夢「……」

そういえば……今の子もポケモンを連れていたけれど、ジムアリーナの参加者だったりするのだろうか。
袖の長いパーカーを着ていたから、アリーナバンドをつけていたかは分からないけれど。
もし参加者だとしたらまた会う可能性は高いし、ちゃんとこの件を謝っておきたいな。

そんなことを考えながら、私たちはキラナホールへと歩いて行った。

【キラナホール】

歩夢(凄い……)

祭典のシンボルを描いた垂れ幕。楕円形のホール。
私たちアリーナチャレンジャーが立つ大きなメインステージと、通路の先の中央ステージ。
そして、それらを取り囲む……大勢の観客たち。

鞠莉「皆さ~ん、shiny!」

「「「シャイニー!!!」」」

鞠莉「私がご存知リーグ委員長・小原鞠莉デース!」

ハイテンションな金髪の女性が、中央ステージで宣言する。

鞠莉「テレビやタブレットで観ている皆さんも、大変お待たせしました!
   いよいよダイバオ地方が誇る、ジムアリーナフェスティバルのstartデース!」

「「「────!!!!」」」

宣言と同時にモンスターボール模様の花火が打ちあがり、会場を包む歓声が、熱気が、空気を震わせた。

鞠莉「ジムアリーナフェスティバルとは知っての通り、ダイバオ地方の頂点を決める祭典!
   資格を手にしたチャレンジャーだけが、ダイバオ最強のトレーナー“チャンピオン”に挑めるわ!
   それじゃあリリー、ルール説明よろしく☆」

梨子「リリーはやめてくださいって……それではフェスティバルのルール説明をさせていただきます。
   皆さん、モニターをご覧ください」

彼女の言葉で、観客や私たちの意識はメインステージ後方の巨大なモニターへと向けられる。

梨子「アリーナチャレンジャーの皆さんには、ダイバオ地方にある9つのジムを巡ってもらいます。
そこでジムリーダーに勝利し、認められた者には勝者の証──ジムバッジが贈呈されます」

メインステージの後ろにあるモニターに、何人かのシルエットが映し出される。
きっとそれら全てが、挑むべきジムリーダーなのだろう。

梨子「そして、9つのジムバッジを揃えたトレーナーだけが、
ニジガサキシティで行われるチャンピオンリーグへの挑戦権を得るのです」

鞠莉「ち~な~み~に。very hardな9つの試練を超えたトレーナーが複数居た場合。
   その時は、まず彼ら彼女らによるセミファイナルが行われるわ」

梨子「チャンピオンリーグで、ジムリーダーよりも強い4人のトレーナー“四天王”を倒すことが出来れば。
   晴れて、チャンピオンとのバトルに臨めます」

梨子「ただし、9つのジムは挑める順番が決まっているので注意してください。
   チャレンジャーの皆さんが最初に目指すのは、2番道路を超えた先──
   “リローシティ”にある“リローアリーナ”となります」

梨子「以上が、アリーナチャレンジの基本ルールです。
   その他詳細なルールはアリーナバンドから確認出来るので、よろしくお願いします」

葡萄色の髪の少女は、ペコリと一礼。
ステージ袖へと下がって行った。

鞠莉「そして……ジムアリーナは今年から、一部のジムで“あるシステム”を導入したわ。
   その名も──“ダイマックス”!」

「「「────!!!」」」

歓声の中、モニターの映像が切り替わる。
巨大なモンスターボールが放り投げられ、飛び出して来るのは巨大化したリザードン。
その口から放たれる炎は、まるで火の鳥のようにフィールドを舞い──

鞠莉「巨大なポケモンたちが織り成す、ダイナミックなバトル!
   ダイバオ地方でも、ついにその迫力が体験出来るようになったわ!
   ただし、使える場所とタイミングは限られているわ。ここぞという時に、一気に決めるのよ!」

鞠莉「さて。あらかた説明は済んだことだし……
チャレンジャーのみんなー! 準備はいいかしらー!」

「「「おー!!!」」」

歩夢(えっ……えっ!?)

愛「いえーーーーい!」

せつ菜「バッチリです!」

愛(ほら、歩夢も)ボソッ

歩夢「お、おぉー!」

鞠莉「OK、意気込みはバッチリね。さあ、今年は新たなチャンピオンが現れるのか!
   それとも、現チャンピオンがまたしてもその座を防衛するのか!
   よりダイナミックに進化した、ダイバオ最大のフェスティバル──スタートよ!」

───
──

【キラナホール・エントランス】

歩夢「す……凄かった……」

愛「愛さん、まだ震えが止まらないよ……」

せつ菜「観ている人たちの期待の籠った視線……いよいよですね」

愛「ところで歩夢、どうだった? 小原会長」

歩夢「うん。なんだか……すっごくハジけてる人だったね」

せつ菜「前CEOである彼女の母の後を継いで以降、持ち前のテンションの高さで毎年フェスティバルを盛り上げているそうです。
    ジムアリーナにこれだけの熱気があるのは、彼女のお陰と言っても差し支えないでしょう」

その熱気にあてられた幾人かのチャレンジャーは、既にここを飛び出している。
ジムバッジを手に入れるため、リローシティへ我先にと向かったのだろう。

歩夢「そういえば……ダイバオのジムって、9つなんだね」

ルール説明の時から気になっていたことを、口にする。
ハバラキ地方のジムは8つだったし……カントー、ジョウト、ホウエン等々。
私が知る限り、ポケモンリーグが存在する地方のほとんどは『ジムの数=8』だった筈だ。

愛「ああ、たまに聞くね。なんで1つ多いんだっけ?」

せつ菜「確か、ダイバオの昔からの伝統が関係していたと聞きますが……」

どうやら2人は、それ以上詳しいことは分からないと言った様子。
伝統って言うくらいだし、それがダイバオにおける常識なんだ。多分。

せつ菜「大丈夫ですよ。超える壁は多い方が燃えますから!」

愛「どのみち、セミファイナルでアタシたちは戦うことになる。
  だからアタシたちはライバル同士。でも、必要な時は互いに助け合いたいと思うんだ」

歩夢「ライバルだけど、仲間……ってこと?」

愛「そういうこと!」

ジムバッジを9つ揃えたトレーナーたちが戦い、勝利したトレーナーだけが四天王に挑める。
四天王を全員倒せば、ようやくチャンピオンとご対面。
改めて……とてつもなく長い道のりだと痛感する。

歩夢(……でも、侑ちゃんだって)

彼女も相当な努力をしてチャンピオンになったし、今でもその地位を守っているんだ。
あの子の隣に並び立つのであれば、私だって努力は惜しんでいられない。

せつ菜「ライバルだけど仲間、仲間でライバル……いい響きですね!」

愛「でしょでしょ? 時には一緒に、時には別行動……
  ジム突破は絶対条件だけど、良いトコ取りして楽しい思い出も作りたいじゃん!」

せつ菜「そうですね。では、リローシティに向かいましょう!
    ダイマックスとやら、楽しみです!」

歩夢「……うん!」

「トレーナーさん、頑張れー!」

「ファイトー!」

「いい試合、見せてくれよー!」

キラナホールを出ると、沢山の観客たちが手を振っている。
大人から子供まで、ダイバオ地方のみんながこの祭典を楽しみにしているんだ。

せつ菜「ありがとうございまーす!」ブンブン
「ヒババ!」

愛「いえーい!」ピース
「ウキャ♪」

歩夢「あ、えっと、頑張ります! ありがとうございます!」オロオロ
「メソ……」

歩夢(に、2番道路の方まで人だかりが……)

こうして、多くの期待を背負って。
ダイバオ地方を巡る私たちの冒険が始まったのだ。

今回はここまで。
不定期更新になりますがよろしゅう。

【2番道路】

昨日ぶりの2番道路。
既に多くのトレーナーがここを通っていった後で、昨日のバトルの痕跡は残っていない。

歩夢「こ……ここまで来ると、人はもう居ないね」

愛「歩夢は緊張しすぎだよ。まるでガキんちょ、なんてね」

せつ菜「きっとすぐに慣れますよ」

歩夢「そ、そうかなあ?」

慣れていかないといけない事、多いなあ……。

せつ菜「ところでお2人は、どんなポケモンを捕まえたいですか?」

歩夢「どんな、って?」

せつ菜「博士に貰ったパートナーも大切ですけど、1匹で勝てるほどジムアリーナは甘くありませんからね。
    いずれはパーティー……手持ちを6匹に増やすことになるでしょう」

それはそうだ。
世の中には、最初に仲間になったポケモンや愛着のあるポケモン等、1匹だけを突出させて育てる人も居るそうだが……
そう言ったトレーナーは、あまり多数派ではないだろう。

タイプ相性の観点だけでも、ポケモンごとに得意不得意はある。
だから、なるべくお互いをカバーし合えるようにするのも1つのコツ……座学で得た知識だ。

愛「アタシはそうだなー、一緒に居て楽しくなりそうな子を仲間にしたい! っていう考えはあるけど……
具体的にはまだ何も。歩夢はどう?」

歩夢「私は……うーん? まだ、ピンと来てないかも」

愛「まあそうだよね。旅の中での思いがけない出会い、みたいなのもあるだろうしさ」

私の場合、ダイバオ地方にどんなポケモンが住んでいるかもよく分かってないし……。

せつ菜「なるほど……でしたら、私から提案があるんです。
    仲間でありライバル。その印として、同じポケモンを捕まえるというのはどうでしょう?」

「「えっ?」」

思わず愛ちゃんと声がハモる。
同じポケモン……どうなんだろう?

せつ菜「ついて来てください。この2番道路に、
うってつけのポケモンの縄張りがあるんですよ!」

ガシッ ガシッ

直後、せつ菜ちゃんに手を掴まれる。
そのまま、身体が引っ張られる感覚も。

せつ菜「さあ、行きましょう! こっちです!」

「ブィ」
「イブ!」
「ブーイ」
「イーブ……」ウトウト

『イーブイ しんかポケモン タイプ:ノーマル
 まわりの 影響を 受けやすい 不安定な 遺伝子の 持ち主。
 いま現在の 調査では 8種類もの ポケモンへ 進化する 可能性が ある』

せつ菜「どうですか、2人とも」ボソボソ

イーブイたちが群れで過ごしている草むら……の陰。
読み上げ機能をオフにした図鑑を手に、せつ菜ちゃんは私たちに問いかけた。

せつ菜「最初は同じポケモン。けれども、育て方次第で色んな姿になる。
    私たちにピッタリではないでしょうか」ボソボソ

イーブイたちに気付かれないよう、小声で会話を続ける。

愛「なるほど、確かにうってつけだね」ボソボソ

同じポケモンを捕まえる。最初はビックリしたけれど、話を聞けば聞くほど納得する要素ばかりだ。

歩夢「じゃ、じゃあ──」

「イブ!」
「ブイ!」

愛「あ、イーブイどっか行っちゃうよ」

せつ菜「逃がしません、一時解散です! リローシティでまた会いましょう!」

愛「オッケー、また後で!」

歩夢「あ、ちょっと──」

私のセリフより早く、2人は草むらから飛び出してしまう。

歩夢「……」
「メソォ……」

しかも、飛び出す際に大声をあげたものだから……一瞬の物音、そして静寂。
周りのイーブイたちが、ビックリして逃げ去ってしまったようだ。

歩夢「もー……」

本当は「初めての野生ポケモン捕獲、互いに協力しないか」と提案するつもりだったのに。
とはいえこうなってしまった以上、自力で何とかするしかない。

歩夢「行こ、メッソン」
「メソ」

一瞬だったけれど……確か、何匹かはあっちの方向へ逃げていった筈。
検討をつけて、私たちは歩き始めた。

歩夢「あれ……?」

探し回ること、たぶん半時間。

「ザグ!」
「ビーパ」

草むらから飛び出して来るのは、ジグザグマやビッパといった可愛らしいポケモン。
メッソンが茶色いしっぽを見つけたと思ったら、きつねポケモン・クスネ……目的を考えるとハズレ。
勿論、木の周辺で屯する虫ポケモンや鳥ポケモンも目当てではない。

おかしいな。肝心のイーブイがどこにも見当たらない。
駆けまわっているうちに、イーブイたちの縄張りから外れてしまったのだろうか。

???「にひひ、またしても成功です。もう十分でしょう」

歩夢「!」

ふと、独り言のような声が耳に入る。

歩夢「あの、誰か居るんですか?」

口元に手をあて、少し大きめの声をあげる。

???「げっ、誰か居るんですか!?」

予想外の返事。やまびこ……なワケがない。
まるで、人が居ると都合が悪いような物言いだ。

歩夢「あのー……」

声のした方へ、恐る恐る近づいて行く。

???「か、かすみんは何も知りません! 知りませんから!」

歩夢「ちょ、ちょっと──きゃぁっ!?」

逃げる“かすみん”と追う私。
だが、私の進行を遮るように、目の前へ何かが襲い掛かる。

「メソ!」
「ブッ!?」

飛び掛かって来た何かが吹き飛ばされる。
私を守ろうと、メッソンがみずでっぽうを撃ってくれたのだ。

歩夢「ありがとう、メッソン」
「メソ」

身体を起こして……私は、目を見開いた。

歩夢「イーブイ……!」

「イブッ!」

歩夢「っ! メッソン、はたく!」
「メッ!」

探していたポケモンの、睨むような目つき──何か様子がおかしい。
そう思った瞬間には、イーブイは再度こちらに向かって来ていた。

【『しおかぜと あそぶまち』 リローシティ】
https://i.imgur.com/TvKpXgc.png

鞠莉『──無事に着いたようね。じゃあ、頼んだわよ』

梨子「はい、分かりました」

ピッ

梨子「はぁ……」

会長との通話を終え、大きな溜め息。
キラナホールでの開会式が終わった直後に人探しを頼んで来るとは、少々人使いが荒いのではないか。

あ、そうそう。
私は桜内梨子。オハラカンパニー会長・小原鞠莉の直属の部下……いわば秘書です。
知っての通りカンパニーは、ダイバオ地方におけるポケモンリーグ準備委員会も兼ねています。私はそこの副委員長でもあるんです。

梨子「彼女は違う……あの人でもない……」

カンパニー専用タブレットを片手に、2番道路からこの街へやって来るトレーナーたちの顔を1人1人見比べる。
タブレットの画面には、会長から「探し出してメッセージを伝えて欲しい」と頼まれたトレーナーのプロフィールが映っていた。

「リリーさん! こんにちは!」

梨子「こんにちは。ジム、頑張ってね」

「はい!」

副委員長としてメディア露出も多くなったお陰か、私に気付いて挨拶してくれるトレーナーもたまに居る。
一応、サングラスで軽い変装はしているんだけどなあ。

ちなみに、リリーは私のあだ名。
この街に居るジムリーダーがつけたあだ名を会長が気に入って、そのまま私の公称のように扱われている。
フランクに接してくれる人が増えたのはいい事なんだけれど、公の場では“桜内梨子”として居たいので複雑な気分。

???「なーにしてるの?」

梨子「んんっ!?」

不意に掛けられた声に、思わず背筋が跳ね上がる。

梨子「なんだぁ、ことりちゃんだったの」

ことり「うん、アリーナチャレンジャーさんたちを見届けにね」

梨子「ああ……」

毎年恒例の“アレ”関係で来た、ということか。
フェスティバルがフェスティバルたる所以の1つとして“アレ”は毎年かなり凝っているし──そういえば。

梨子「曜ちゃんは元気にしてる?」

ことり「元気だよ。今年のは半分くらい、曜ちゃんが作ったんだ」

梨子「……そう。良かった」

親友の近況に、ほっと胸を撫でおろす。
任務が済んだら、時間を見つけて彼女のところに顔を出そう。

ことり「梨子ちゃんは、会長さんから頼まれ事?」

梨子「まあ……そんなところね。何となく察してくれると助かるわ」

一応、人探しは“秘密の任務”なのだ。
私がここに来ていることも伏せてもらうよう、お願いはしておく。

ことり「そっか。じゃあ長話するのも悪いし、私はジムの方を見て来るね」

梨子「ええ。そっちは任せたわ」

ジムへ向かうことりを見送り、私は再度2番道路の方へと視線を向ける。

それにしても。小原会長が探させているトレーナー、一体何があるのだろう。
フェスティバル受付時のプロフィールに改めて目を通すが、どこかの財閥の御曹司だとかそういった何かがあるわけでもない。

梨子(伝言が何なのかも、私には教えてもらってないし……)

トレーナーに接触したら、そこからタブレット越しに会長がメッセージを伝えるのだそう。
そんなわけで。任務の詳細が不明瞭な以上、私には会長が何をしようとしているのかサッパリ分からない。

正直なところ。こんなことをしている場合じゃないとすら、私は思っている。
フェスティバルが開催される少し前から、カンパニー内でどこか妙な空気が漂っているというのに。
そして何より……いや、これは報道管制まで敷いた極秘事項だ。まだ口外出来ない。

梨子(今年のフェスティバル、何も起きないといいんだけど……)

【2番道路】

歩夢「メッソン、はたいて!」
「メソ!」

「ブッ!」

でんこうせっかで突っ込んでくるイーブイを、はたくやみずでっぽうで迎え撃つ。
それらを躱し、突進が不発に終わったイーブイは再度こちらへ向かって来る。

行動パターンはとてつもなく単調だが、このイーブイは決して逃げることをしない。
明確な意思を持ってこちらを狙っているような……。

歩夢「……」

原因なら、検討がつく。
図鑑で見たそれと違って、いま私が相対しているイーブイの目は赤く染まっている。
本来イーブイの目はブラウンで、真ん丸とした可愛らしいもの。
“かすみん”なる人に何かをされた……多分、そう考えるのが一番自然。

歩夢(だったら……)

暴れるイーブイを抑え込むにしても、当初の目的である捕獲にしても。
ノーダメージのままでは、どうすることも出来ない。
このままイーブイを放っておく選択肢も、ない。

歩夢「メッソン、隠れるよ!」
「メソ!」

何度技を撃っても、イーブイは直前で躱してしまう。
ならばメッソンには透明になってもらい、不意打ちを狙う。

「イブ……?」

怪訝そうな表情を浮かべるイーブイ。
戦っていた相手が突然姿を消したことに、驚きはしているらしい。

「ブィ!」

直後。小さな身体に似つかわしくない、吠えるような鳴き声をあげ、何度目かの突進。
メッソンの姿が見えない以上、ターゲットを私に絞ったようだ。

歩夢「お願い!」
「メッソ!」

「イブッ!?」

私に飛び掛かる直前。
虚空から勢いよく水が放たれ、ついにイーブイを捉える。
このチャンスを逃しはしない。すぐさま、次の指示を出す。

歩夢「メッソン、しめつける!」
「メ-ソ-……!」

「ブ……゙ィ!」

身体をしめつけられたイーブイが地面に転がり、振りほどこうともがく。
メッソンが透明になっているお陰で、ちょっとシュールな光景。

歩夢「えっ?」

イーブイの目が、ブラウンに戻っている。
もしかして、今なら……!

私はポケットから空のモンスターボールを取り出し、イーブイへ軽く押し当てた。

「メソ……」

透明化を解除し、メッソンもイーブイが入ったボールを見守る。

フォン、フォン、フォン……
フォン、フォン、フォン……

……カチッ。揺れるボールが、止まった。

歩夢「やった!」
「メソ!」

ボールを拾い上げる私と、肩に飛び乗るメッソン。
当初の想定からはかなり違う形にはなったが、初ゲットの余韻に浸るように、ボールをじっと眺める。
あ。中に入っているポケモン、よく見たらちょっと透けて見えるんだ。

歩夢「よし……行こっか、リローシティ」
「メソ!」

【リローシティ ポケモンセンター】

ジョーイ「お預かりしたポケモンは、みんな元気になりました」

歩夢「あの、イーブイは……」

ジョーイ「軽い“さいみんじゅつ”に掛かっていたようでした。
     今はもう大丈夫です。後遺症等の心配もありません」

歩夢「良かった……ありがとうございます」

ジョーイ「またいつでもご利用ください」

ジョーイさんにお礼を言って、センターの隅のテーブルの方へ。

愛「やっほ」
「ウキィ!」

せつ菜「待ってましたよ」
「ヒバ!」

テーブルには2人と2匹の姿。
そして。愛ちゃんの手には、輝きを放つ小さな物。

歩夢「それって、ジムバッジ?」

愛「そ。苦労したけど、ジムリーダーに勝った証。
  この後はしばらくリローシティを見てまわるつもりだよ」

せつ菜「私は、これからアリーナに行く予定です」

早いなあ、2人とも。
いや、私が遅いだけ……?

せつ菜「ところで。歩夢さんも、捕まえたんですよね?」

歩夢「うん。ちょっと色々あったけど、なんとか」
「ブイ!」

ボールからイーブイを出す。
ジョーイさんの言っていたとおり、もうさっきのように暴れたりする様子はない。

愛「色々って?」

歩夢「実は、このイーブイなんだけど──」

……。
……。
……。

せつ菜「人の手で暴れさせられたポケモン、ですか」

歩夢「今は後遺症なんかの心配もないから、大丈夫だってことらしいんだけどね」
「ブィ?」

何も知らないといった様子で、イーブイは私の顔を見る。
暴れていた時の記憶も残っていなかったりするのだろうか。

愛「“かすみん”って人、姿は見てないんだよね?」

歩夢「うん。どんな人か確認する前に、この子が飛び出して来たから」
「ブィ?」

せつ菜「とにかく……目を赤くして暴走するポケモンが居たら、気を付けなければなりませんね」

愛「ねえ歩夢。ちょっと気になったんだけどさ……」

歩夢「うん。多分、同じことを思い浮かべてると思う」

せつ菜「?」

目を合わせ、思い浮かべたポケモンの名を口にする。

歩夢・愛「「ココガラ!」」

おお、息ぴったり。

せつ菜「ココガラ……この辺りだと1番道路でよく見かけますが、それが何か?」

愛「愛さんたちは、前にも暴れるポケモンに会ってるんだ」

あの時はポケモンを持っていなかったから、大変な目に遭ったけど……。

歩夢「もしかしたら、あれもさっき言った人の仕業なのかなーって」

せつ菜「なるほど……この件、私たちだけで抱えておくわけには行きませんね。
    早急に解決しないと、何かあったら大変ですから」

歩夢「やっぱり、そうだよね」

さいみんじゅつでポケモンを暴れさせる……。
放っておけば、何が起きるか分かったものじゃない。

愛「じゃあ、あとでカリン博士にメッセ送っとくよ。連絡先聞いてあるし」

歩夢「いつの間に!?」

せつ菜「とりあえず、ある程度の方針は定まったことですし……そろそろ出ましょうか」

愛「そだね。あんまりここで屯するってのも良くないだろうし」

「本当よ。なかなかポケモンセンターから出てこないから、ちょっと心配になったわ」

愛「ん?」

突然、私たちに掛けられた声。聞き覚えがあるけど……。

歩夢「あの……開会式でルール説明していた人、ですよね?」

梨子「ええ、ポケモンリーグ準備委員会副委員長・桜内梨子。
   覚えてくれていてありがとう、上原歩夢ちゃん」

サングラスを外して、梨子さんが名乗った。

愛「歩夢のこと、知ってるんですか?」

梨子「えーっと……あなたは、歩夢ちゃんの友達かしら?」

愛「そ、そうですけど……」

副委員長──偉い立場の人に質問を返されて、愛ちゃんも思わず敬語になる。

梨子「……ごめんなさい、ちょっと歩夢ちゃんに用があってね」

歩夢「?」

梨子「友達もダメって言われてるから……悪いけど、歩夢ちゃん借りていくわね」

歩夢「???」

ワケが分からないといった様子で、手を掴まれてどこかへ連れていかれる歩夢。

愛「……」

アタシにも、何が起きているのかさっぱり。

愛「ねえ、せっつー……せっつー?」

愛「……」

愛「居ないし」
「ウキキ……」

せっつーまで居なくなってるし……もうジムに向かったのかな?

愛「……まあいいや」

何の話だったのかは後で聞くとして、アタシはリローシティの観光観光!

【リローシティ・キマワリ観覧車】

アミューズメント施設が立ち並ぶエリアと海岸沿いの公園エリア、リローシティは主にその2つから成り立っている。
いま私たちが居るのは、アミューズメントエリアのど真ん中。
リローシティのシンボル・黄色い観覧車こと、キマワリ観覧車……のゴンドラに、向かい合わせで座っていた。

梨子「……よし。ここなら、誰かに聞かれる心配はないわね」

歩夢「あの……どういう用事なんでしょうか?」

ポケモンリーグの副委員長が、個人を指名して内緒のお話。
ただ事ではなさそうだが……。

梨子「どういう話かは、小原会長が説明してくれるから──」

そう言いながら、梨子さんはロトムタブレットでどこかに連絡を取る。

梨子「あ、繋がった。会長、上原さんと接触しました。
   いまはキマワリ観覧車に──え? 緊急の会議?」

突然、◇の口になった梨子さん。その声色と表情は、呆れ・苛立ち……といった様子。

梨子「連絡先を? いや、ちょ、ちょっと──」

プツン

梨子「はぁ~……」

歩夢「えっと……大変そう、ですね?」

掛ける言葉として合っているのかは分からないけど、言わざるを得なかった。

梨子「大変も大変よ。会長、いや委員長……どっちでもいいんだけど。
   鞠莉さんは人使いが荒くてね。リローシティに来るあなたを探して欲しいって頼まれたの。
   それも、開会式の直後に」

窓の外、遠くを見るような目つきで、梨子さんは語る。
ハイテンションな人に振り回される……うん、絵面が容易に想像が出来た。

梨子「鞠莉さんがあなたに何の用事があるのか、私にもまだ知らされてないの。
   だから今は何も気にしないでジムアリーナを楽しんでくれると、こちらとしても嬉しいわ」

歩夢「はぁ……」

「……」
「……」

沈黙。
この気まずい時間は、ゴンドラが下に降りるまで続くのだろうかと思っていた、その矢先。

梨子「ところで。歩夢ちゃんって、ダイバオ地方に来て間もないんだったわよね?
   アリーナチャレンジャーの軽いプロフィールで見させてもらったけど」

歩夢「はい、そうですけど……」

ゴンドラが頂上に差し掛かる辺りで、不意の質問。

梨子「どうかしら、ダイバオ地方は……って言っても、まだよく分からないか」

「景色が一望出来るわよ」と促され、窓の向こうへ顔を向ける。
メッソンとイーブイにも、その景色を見せてあげる。

歩夢「……!」
「メソ……!」
「イブ!」

豆粒大の建物や、巨大なビル。至るところを流れる川、森、それに湖? の中心に浮かぶ島。
湖の近くには大木もあるし、遠くに見えるのは大きな山脈。
一番目を引いたのは、麓にある大きな建物。逆三角形が突き刺さったような、変わった外観。

歩夢「あれが……ニジガサキドーム?」

梨子「独特な形でしょう。あれがあなたたちアリーナチャレンジャーの旅の終着点。
   ニジガサキシティのニジガサキドーム……懐かしいわね」

歩夢「懐かしい、って?」

梨子「私ね、友達と一緒にダイバオを旅したことがあるのよ。
   そして、ニジガサキドームで戦った……といっても、ジムアリーナが今のフェスティバルになる前のことだけどね」

歩夢「元トレーナーだったんですね」

梨子「ふふ。現役からは退いたけど、まだまだバトルは出来るつもりよ。
   いつかあなたが強くなったら一戦交えてみましょうか、なんて。
   しばらくはフェスティバルの業務が忙しくて、ね……」

そう語る梨子さんは、思い出を懐かしむように遠くを眺めていた。

梨子「さてと。観覧車を降りる前に、任務は済ませておかないとね。
   少しタブレットを貸してくれるかしら」

そうだ。そもそも梨子さんは、小原会長の任務で私に会いに来たんだった。

梨子「会長の連絡先を渡しておきます。他言無用でお願いね」

歩夢「分かりました」

梨子「理解が早くて助かるわ……っと、もう降りる時間ね。ジムには、これから?」

歩夢「はい。このあと行こうかなって」

梨子「そっか。ここのジムはちょっと意地悪だけど、頑張ってね」

梨子「それと」

歩夢「?」

梨子「あなたが旅を続けていれば、きっと私の親友に会えるわ。
   高海千歌ちゃんと渡辺曜ちゃん。会った時はよろしくね」

話が終わって、私はジムへ、梨子さんは……次の仕事に行ったのかな?
あ、そういえば。

歩夢(ココガラとイーブイのこと……話しておくの、忘れてた)

【リローアリーナ】

梨子さんと別れて、リローアリーナに入る直前。
嬉しそうなせつ菜ちゃんが、建物から出て来るところだった。

歩夢「せつ菜ちゃん!」

せつ菜「歩夢さん! 見てください!」

彼女の手には、愛ちゃんが持っていたのと同じバッジ。
赤・青・緑、3つの三角形が、Wの字を作るように重なっている。

歩夢「勝ったんだね」

せつ菜「ええ、次は歩夢さんの番です。
    大丈夫ですよ、少し意地悪でしたけど、歩夢さんも勝てると信じていますから」

意地悪……梨子さんも言ってたけど、どういうことなんだろう?

せつ菜「さあ、次に向けてレッツゴーです!」ダッ!
「ヒバ!」

嬉しそうに去っていったせつ菜ちゃんとヒバニーを見送りながら、私は疑問符を浮かべていた。

中に入ると、アリーナチャレンジャーや観戦に来たギャラリーたちでごった返し。
人の多さに圧倒されながらも……とにかく、受付へ。

受付「アリーナチャレンジャーの方ですね。それでは手続きを行います」

受付「……はい、受付が完了しました。
   それではジムリーダーへ挑戦……の前に、更衣室で着替えて来てください」

歩夢「更衣室?」

受付「入って右に曲がったところです」

歩夢「あ、いや……」

そういうことじゃなくって……。
何だろう。アリーナ専用のユニフォームがあるのかな?

「あなた、ジムアリーナは初めての人?」

歩夢「?」

ことり「初めまして、南ことりと言います。
    とりあえず……立ち話もナンだし、更衣室に行こっか」

歩夢「???」

ワケの分からないまま、見知らぬ人に手を引かれる──
あれ。この展開、さっきもあったような?

【リローアリーナ・更衣室】

歩夢「凄い……!?」

私を出迎えたのは、おびただしい量のハンガーと、それら1つ1つに掛けられた様々な服。
いや、服というより衣装?

ことり「私たちの自信作なの。どれでも気に入ったのを1つ、着ていってね」

歩夢「これ、全部作ったんですか?」

ことり「うん。みんな、私ともう1人で作った物だよ」

2人で半分ずつに分担したのだとしても、相当な数だが……。

ことり「ジムアリーナフェスティバルは、その名の通りお祭りでもあるの。
    だからトレーナーさんたちも着飾って、お祭りを盛り上げて欲しい。
    そういう、準備委員会の考え……かな?」

歩夢「……」

ことり「そして私は、新人トレーナーさんたちのために衣装を選んでコーディネートするの。
    ある程度イメージを持ってる人も居るけど、ほとんどはそうじゃないから」

ことり「というわけで。えっと、名前は?」

歩夢「上原歩夢、ですけど」

ことり「歩夢ちゃん。あなたを、コーディネートします!」

歩夢「えっ」

……。
……。
……。

ことり「うん、ばっちり」

歩夢「うぅ……」

イチゴをモチーフにした赤い衣装、中華風の紫衣装、白いウサギさんの衣装……。
ことりさんがあっちを試しては、こっちを試して。
彼女の着せ替え人形にされるたび、私は「こんなの無理です!」と恥ずかしくなって。

ことり「やっぱり歩夢ちゃんは、ピンクが一番似合うね」

ことりさんが最終的にチョイスしたのは、背中の大きなリボンが目立つピンクの衣装。
ピンクは……嫌いじゃない。というか、好きな方。
子供の頃はよく着ていたし、今でもいつか着たいとは思っていた。

歩夢(まさか、こんな形で着るなんて思ってなかったけど……)

ことり「ジムリーダーに勝ったら、衣装は次のジムに送ってもらうようになってるの。
    だから、荷物の心配はしなくていいよ」

ことりさんが示した先には、鳥ポケモンの絵が描かれたコンテナ。
アーマーガアという大きな鳥ポケモンが、これで衣装を運んでくれるのだとか。

ことり「……これでよし。いつまでもみんなを待たせるわけにも行かないもんね。
    歩夢ちゃん、心の準備はいい?」

後ろのリボンの向きを整えて、ことりさんが言う。

歩夢「……」

大きな息を吸って、吐いて。

歩夢「はい、大丈夫です!」

ことり「うん、いい返事。頑張ってね♪」

にこやかに手を振ることりさんに一礼して、バトルコートの方へ歩き出す。
通路の向こうから流れ込む空気が、向かい風のような圧を持っている。
あの向こうでジムリーダーが、観客が、私を待っているんだ。

足音も唾を飲み込む音も、今は異様なまでにハッキリと聞こえる。
大丈夫、大丈夫。己に言い聞かせるように……。

【リローアリーナ バトルコート】

「「「「────!!!!」」」」

出迎えたのは、思わず怯みそうになるくらいの歓声。
観客席がぐるりとバトルコートを取り囲むサマは、さしずめスポーツの試合観戦か、はたまた音楽ライブを観に来る光景か。

そして……芝のコート、そのど真ん中に、彼女“たち”は立っていた。

「くっくっくっ……可憐な衣纏いし挑戦者よ」
「リローアリーナへ!」
「ようこそずら~」

歩夢「えっと……」

居るのは3人。
全員が全員、カラフルな蛍光色でゴチャゴチャな服に身を包んでいて……誰がジムリーダー?

ルビィ「ルビィはみずタイプの使い手・黒澤ルビィです!」

花丸「おらは、くさタイプの使い手・国木田花丸」

ヨハネ?「そして私は、地獄の業火を操る者・堕天使ヨハn
花丸「ほのおタイプの使い手・津島善子ちゃんずら~」

善子「ちょっと! せめて最後まで喋らせてよ!」

歩夢「……」ポカーン

ルビィ「ちょっと2人とも、チャレンジャーさんが困ってるよ!」

善子「ああ……そうね。じゃあ、改めて」

花丸「おらたち、3人合わせてリローシティのジムリーダー」

「ワクワク!」
「わんぱく!」
「トライアングル!」

「「「よろしくね!」」」

「「「「────!!!」」」」

3人が各々ポーズを決めると、観客たちの声が一層大きくなる。

歩夢「さ、3人……!?」

善子「軽く説明するわ。このリローアリーナは、一番最初のジム。
   つまり、挑戦者の数も一番多い」

ルビィ「だからここで、最初のふるいに掛けるんです」

花丸「というわけで。チャレンジャー・上原歩夢さん。
   あなたが最初に貰ったポケモンはメッソンだったと聞いています」

意図が見えない花丸さんの言葉に、ひとまず肯定の返事をする。

花丸「だったら……相手はおら・国木田花丸で決まりだね」

歩夢「えっ!?」

花丸さんはさっき「くさタイプの使い手」と言っていた筈。
くさタイプは、みずタイプのメッソンにとって相性最悪だが……

花丸「おらが使うポケモンは1体。挑戦者さんが使っていいのもメッソン1体だけ。
   1対1で、先に相手のポケモンを倒した方が勝ちずら」

ルビィ「意地悪だってよく言われるけど、ごめんなさい。
    これが、このジムの決まり事だから」

善子「私とルビィは、外野から見させてもらうわ。
   不利な相手を打ち負かせ──それが、リローアリーナの掟よ」

確か、イッシュ地方のサンヨウシティだったか。
他にもこういうジムがあったと聞いたことはある。あるけれど……。

歩夢「……っ」

梨子さんやせつ菜ちゃんの言葉の意味が、ようやく分かった。
でも……やるしかない。

所定の位置に、花丸ちゃんも私も移動する。
これが、最初のジム戦……。

歩夢「……」スゥ

歩夢「行くよ、メッソン!」
「メソ!」

私がボールを放ったと同時に。

花丸「行くずら、モクロー!」
「ホホー!」

花丸さんが投げたボールからも、ポケモンが飛び出した。

歩夢「……」

『モクロー くさばねポケモン タイプ:くさ・ひこう
 一切 音を 立てず 滑空し 敵に 急接近。
 気づかぬ間に 鋭い 羽や 強烈な 蹴りを 浴びせる』

くさタイプ使いと言っていたとおり、相手は当然くさタイプ。
図鑑を見て、相性不利な相手だと改めて実感する。

花丸「じゃあ、先手は頂くずら。モクロー、このは!」
「ホーーー!」

花丸さんの宣言と共に、モクローの身体が葉っぱを纏う。
そして、カーブを描いて突撃──!

歩夢「メッソン、みずでっぽうをぶつけて!」
「メソ!」

葉っぱの塊となったモクローに向けて、射出される水。
顔合わせの時に果林博士も言っていたことだが、メッソンのターゲティング能力は凄まじい。
モクローの軌道を読んで、正確無比なみずでっぽうをヒットさせる──

──が、それでもモクローは止まらない。
タイプ相性か、力量の差か。モクローの突撃で、みずでっぽうの勢いは削がれている。
だったら。

歩夢「かわして、そこにはたく!」
「メッ!」

飛来するモクローをかわすと、モクローはズゴンと芝にぶち当たる。
砂煙のあがる地面へ一撃──

花丸「させないずら。はっぱカッター!」

「ホホッ!」

鳴き声と共に、さっきまでの軌道に残っていた葉っぱが全て向きを変える。
そして、刃物のようにメッソン目がけて──

歩夢「っ!? 避けて!」
「メソ!?」

突然の遠距離攻撃に指示が遅れる。
慌てて、次々撃ち込まれるはっぱカッターを避けて行くが。

花丸「モクロー、おどろかす」

「ホホーーーー!」
「メソッ!?」

いつの間にか先回りしていたモクローが上空から飛来。
大きな鳴き声をあげて、文字通りメッソンをおどろかす。

歩夢「う、後ろ!」

モクローに驚かされたメッソンには、指示こそ届いていても体が動かない。
┣¨┣¨┣¨┣¨ドッ! と、残っていたはっぱカッターが怯んだ体を一斉に捉えた。

「メッ!?」

歩夢「メッソン!」
「メソ……」

ダメージは受けたが、メッソンは起き上がる。

善子「出た出た、ずら丸のお得意戦法。
   はっぱカッターに注意を向けさせて、砂煙から抜け出したモクローと挟み撃ち」

ルビィ「でもこれでチャレンジャーさんも、真っ向勝負は難しいって感じた筈」

善子「ええ。相手はメッソンだし、そろそろアレが出て来るかしらね」



歩夢「真正面からぶつかり合うのは不利……それなら」

メッソンと顔を合わせ、頷く。

歩夢「隠れて、メッソン!」
「メソ!」

膜のように、水を全身に纏わせ──直後、メッソンの姿が消える。
透明迷彩、メッソンの十八番だ。

花丸「やっぱり来た……」
「ホホー」

歩夢「メッソン、みずでっぽうで畳みかけるよ!」
「メソ!」

何も見えない空間から水の狙撃。
これもメッソンの得意技だ。

花丸「はっぱカッターで迎え撃って!」
「ホーーー!」

みずでっぽうが遮られ、発射地点にはっぱカッターが飛来する。
だが、メッソン本体に当たることはない。

歩夢「ヒットアンドアウェイでいくよ!」
「メソ!」

花丸「……」

発射地点を変えながら、みずでっぽうを何度でも撃ち出す。
モクローもはっぱカッターで応戦するが、虚空からの攻撃を、徐々に裁ききれなくなっている。
戦い方としてずるい気もするけれど……相性が悪い相手に勝つためだ。

歩夢「そこ!」
「メーソッ!」

「ホホッ!?」

そして──対処が遅れた隙を突いて。
バシュン! と、ついにみずでっぽうがモクローを撃ち抜いた。

歩夢「よし! このまま続けて──」

花丸「モクロー、飛び上がってかげぶんしん」
「ホホーッ!」

直後。モクローの姿が何匹──いや、優に30匹は居る──にも膨れ上がる。
おびただしい数のモクローが、空中に舞っていた。

歩夢「え……!?」
「メソ……!?」

花丸「続いて、溜めるずら」
「「「「「「「ホーーーーー」」」」」」」

モクローが羽根を上に掲げると、何かエネルギーのようなものが集まっていく。
かげぶんしん含め、全員がそれをやっているものだから──とにかく不味い!

歩夢「め、メッソン! とにかく撃ち抜いて!」
「メ、メソ!」

嫌な予感を振り払うように、みずでっぽうでかげぶんしんを薙ぎ払っていく。
本体を撃ち抜けば止まってくれそうだけど──

バシュン! バシュン、バシュン!

歩夢「本体はどれなの!?」
「メソ……」

残る分身は10を切っている……でも、エネルギーの溜めは止まってくれない。
そして──

花丸「チャレンジャーさん」

花丸さんが、笑みを浮かべた。

花丸「時間切れずら。モクロー、ソーラービーム!」

「「「「「ホーーーーー!!!」」」」」

ズ┣¨┣¨┣¨┣¨ドッ!
残った分身も含めて、光の筋がバトルコートを直撃する。

歩夢「避けて!」

目いっぱい叫ぶ私の声は、もはや悲鳴だった。

「メソォ!」

歩夢「メッソン!」

迷彩が解除されたメッソンが、はじけ飛ぶ。
ソーラービームを躱しきることが出来なかったのだ。



善子「ソーラービームで地面をえぐって、砂煙で位置を炙り出す。
   本来はそれがずら丸のメッソン対策だったけど……」

ルビィ「メッソンさん、避けきれなかったね……」



歩夢「メッソン、大丈夫!?」
「メ、ソ……」

呼びかけに応じて、メッソンは何とか起き上がってくれる。
けれども。大技を受けて、既にボロボロといった様子だ。
それに──

「ホホー」

歩夢「っ……」

鳴き声の方に目を向けると……また、エネルギーを集めるモクローとそのかけぶんしん。
トドメのソーラービームを撃とうとしているのだ。

花丸「大丈夫、ジムアリーナは負けてもやり直しが利くずら。
   チャレンジャーさんにその気さえあるなら、おらは何度でもチャレンジを受け付ける」

花丸「だから、メッソンを鍛えるためにも……」

花丸さんは、続く言葉を口にしない。
でも分かる。負けるか降参か、その2択を選べということなのだろう。

「メ、ソ……」

メッソンも意地を張っているが、その目には明らかに涙が浮かんでいる。
立っているのもやっとといった状態だ。

歩夢「……」

負けたくない。負けたくないけれど、どうすることも出来ない。
今からじゃ、分身の中から本体を撃ち抜くことも間に合わない。

歩夢「──」


「頑張れー!」

歩夢「──えっ?」

「諦めないでー!」
「チャレンジャー!」
「メッソン、まだいけるぞー!」

次々と、私やメッソンに投げかけられる声。
声は──観客席から。

このバトルは、多くの人が見ている。
私とメッソンが勝つことを、観衆が望んでいる。

歩夢「で、でも……あれ?」

「どうすれば」と言いかけて。
シュイン──と、アリーナバンドに紫のような赤のような紫のような、何とも形容しがたい光が集まっていく。

歩夢「……!」

この光が何を意味しているかは、言われなくても分かった。

歩夢「メッソン!」

メッソンをモンスターボールに一旦戻すと、アリーナバンドに集まったエネルギーがボールへと移っていく。
開会式の映像で見た通りの手順を行うと……モンスターボールが、何十倍もの大きさに膨れ上がった。
そして、私はそれを放り投げる──!

歩夢「行くよ……ダイマックス!」

ジムの上空に、赤黒い暗雲が渦巻き始める。

「メェェェソォォォ!」

その中に──観客席のスタンド後方より高さはあろうか──巨大なメッソンが、その姿を現した。

「「「────!!!」」」

観客たちの、歓喜に満ちた声。
ジムアリーナの目玉ともいうべき現象、会場の盛り上がりは頂点に達している。

歩夢「す、凄い……」

私自身、圧巻とも言うべきメッソンの姿に見とれてしまいそうだ。
だが今は、バトルに集中しなければ。

歩夢「メッソン、みずでっぽう!」
「メェェェソォォォ!!!」

メッソンの口元に膨大な水が集まっていき──モクローめがけて、発射される。

花丸「そ、ソーラービーム!」
「「「「「ホ、ホホーーーー!」」」」」

かげぶんしんと共に、モクローもソーラービームで対抗するが。
ドッ──滝のような水が、かげぶんしん諸共押し流す!

歩夢「……!」

花丸「モクロー、まだやれるずら!?」
「ホ、ホー!」

かげぶんしんは全て掻き消え、残っているのは本体のモクローただ1匹。

花丸「もう一度ソーラービームを──」
「ホー!」

モクローは指示を受け、再度大技の準備に入るが──

──ポツン、ポツン。

花丸「──え?」

雨。バトルコートに、雨が降り始めた。

ルビィ「花丸ちゃん! “ダイストリーム”のあとは、フィールドに雨が降るよ!」

花丸「っ、しまった! 雨の中だとソーラービームは──はっ!?」

花丸さんが、慌ててこちらに顔を向ける。
でも──もう遅い。

歩夢「メッソン、とどめだよ!」
「メェ、ソォォォ!!!」

花丸「ずらあああああああっ!?」

再度、膨大な量の水がモクローを襲う。
そして──

「ホー……」

コテン。目を回したモクローが、バトルコートに倒れていた。

歩夢「……」

バトルが終わって、元のサイズに縮んで行くメッソン。
暗雲が晴れ、バトルコートに降っていた雨もやんでいく。

歩夢「勝った……?」

花丸「モクローは戦闘不能。だからこの勝負、歩夢さんの勝ちずら」

「「「────!!!」」」

歓声がどっと沸き、アリーナの空気は1つになっていた。

歩夢「メッソン、勝てたよ!」

急いで、メッソンの方へと駆け寄る。

「メソ……!」

かなりふらついているが、嬉しそうな顔のメッソン。
バトルの疲れがかなり溜まっている様子……あとでちゃんとポケモンセンターに行かなきゃね。

ルビィ「チャレンジャーさん、お見事でした!」

善子「いい物を見せてもらったわ」

花丸「諦めなければ、チャンスは必ずある。それが歩夢さんの勝因ずら」

善子「ずら丸の敗因はソーラービームにこだわりすぎたことね」

花丸「あはは……」

3人のジムリーダーが、こちらへ歩いて来る。

花丸「おほん、改めてチャレンジャーさん。タイプ相性が不利な相手という逆境。
その中でもダイマックスを引き出し、あなたは勝利を手にしました!」

花丸「あなたをリローアリーナの勝者と認め、ジムリーダーに勝った証として“ウィークバッジ”を差し上げるずら!」

花丸さんの手から、愛ちゃんやせつ菜ちゃんが持っていた物と同じ、小さなバッジが渡される。

善子「それから、これも」

善子さんから渡されたのは、フタが透明なケース。
中には、くぼみが9つ。

善子「バッジケースよ。そこに入れておきなさい」

ルビィ「ルビィからは……えっと。実は、ダイマックスを使うと、技の名前が変わります。
    ノーマルタイプの技は“ダイアタック”、みずタイプは“ダイストリーム”」

ルビィ「それにダイマックス技は、追加で効果を得られたりします。上手く使って、この先のジムも頑張ってください!」

歩夢「ありがとうございます!」

こうして。私はどうにか、リローシティのジムを突破したのでした。

【リローシティ ラブカス海浜公園】

愛「ん~~~! やっぱり気持ちいいね、潮風」
「ウキキ!」
「ブイ!」

木の根元にもたれ掛かって、アタシはサルノリ、イーブイと休憩中。

愛「観光も大体済ませたし、バッジも手に入ったし」

タブレットの写真アプリで、この街で撮った幾つもの写真をスクロールしてみたり。
ケースからウィークバッジを取り出して、お日様にかざしてみたり。
リローシティの“土産話”として、満足いくものになったかな。

愛「おっ……やってるやってる」

リローアリーナの方に顔を向けると、建物の上空に暗雲。
誰かが(あとで知ったけれど、歩夢のバトルだったらしい)ジムでダイマックスを使ってる合図だ。

愛「ダイマックス、サルノリはどうだった?」
「ウキャキャ♪」

楽しかった。
そう言わんばかりに、サルノリはバチでリズムよく地面を叩く。

愛「良かった。イーブイも、いつかダイマックスさせてやるからなー」
「ブーイ♪」

言いながら、イーブイの頭を撫でる。
このモフモフ感……クセになりそうだ。

愛「……ん?」

ふと。公園の海沿い、柵の方に居るの姿が目に入る。
何人かの集団。そのいずれもが黒のスーツにサングラス……ハッキリ言って、かなり目立つ。

「ああいうのは、あまり関わらない方がいい」
周りの人もそう思っているのか、人がまばらに居る海浜公園の中で、あの辺りだけ一般人の姿はなかった。
ただ、黒服たちに囲まれている“彼女”を除いて。

愛「!」

気が付けば、自然と身体が動いていた。
サルノリとイーブイを一旦ボールに戻し、黒服たちの元へダッシュ。
そしてそのまま……

「……えっ?」

見覚えのある少女──キラナシティのホテルで出会ったピンク髪──の手を掴む。

黒服A「なんだお前は!」

黒服B「我々オハラカンパニーは、こいつに用がある。一般人は関わらないで貰いたい」

愛「……寄ってたかって、女の子イジメて。カンパニーってそういうことするの?
  ねえ君、名前は?」

璃奈「璃奈……天王寺璃奈」

愛「オッケー。逃げるよ、りなりー!」

璃奈「えっ、あっ」

黒服たちからりなりーを奪取して、再びダッシュ!

黒服C「逃がすな、追え!」

黒服D「くそっ! 行け、ヤミカラス!」
「カァー!」

黒服E「クスネ! 奴らを捉えろ!」
「コン!」

次々とポケモンを繰り出し、数の暴力で追って来る黒服たち。
でも。

愛「愛さんの身体能力を、舐めるなよ~!」

りなりーを前方に抱えながら、全力で街の外へ。
この先は“こもれびの森”へ続く3番道路、森を抜けた4番道路、そして次のジムがある街、オードシティだ!

夕暮れの中、アタシたちは駆ける。
オハラカンパニーを名乗っていた黒服が、何故りなりーを囲んでいたのかは知らない。
考える余裕も今はない。

ただ追っ手を振り切るために、全速力で走る──

【リローシティ ウパーホテル】

ホテルマン「上原様のお部屋の鍵はこちらになります。どうぞごゆっくり」

ジム戦を終えて、ポケモンセンターでメッソンを休ませた後。
フロントでルームキーを受け取って、部屋へ向かう最中のこと。


花丸『そういえば、歩夢さんはこのあとどうするの?』


ポケモンセンターに訪れた花丸さんとの会話を思い出す。


歩夢『えっと……いや、まだ何も』

花丸『この街は色々あるから、ゆっくりしていくといいずら。
   それに、次のジムがある街・オードシティに行くには森を抜けなきゃいけないから……』

歩夢『森……』

花丸『こもれびの森って言って、昼間は太陽の光がいい感じに差し込むんだけど、夜は暗くて危ないから。
   森でサバイバルをしたいって言うなら、おらは止めないけどね』


結局、夜間の森でケガを負うのも嫌なので、サバイバルは辞退。
今日はこの街に滞在することにした。

歩夢「ふぅ……」

部屋に荷物を置いて、一息つく。
昼間に乗ったキマワリ観覧車が、夕日をバックに窓の向こう。
夜間用のライトアップが始まっており、真っ黄色に光を放っていた。

『着信ロト! 着信ロト!』

歩夢「?」

ロトムタブレットに、唐突な着信。
ディスプレイに表示されている文字は『小原会長』だ。

歩夢「あ……もしもし」

画面をタップして、上ずったような声を出す。

鞠莉『Hi♪ 上原歩夢さんの端末で合ってるかしら?』

ビデオ通話の要領で、向こうの様子がこちらに映し出される。

歩夢「は、はい」

鞠莉『緊張しなくていいよ』

そう言われても……相手は大企業のトップであり、ポケモンリーグ準備委員会の委員長でもある。
緊張するなという方が、無理な話だ。

鞠莉『ジム戦、見させてもらったわ。ダイマックスも使ってくれたようで何より』

歩夢「あ、ありがとうございます……」

鞠莉『バトルが盛り上がれば盛り上がるほど、ダイマックスに必要なエネルギーが集まる。
   ダイバオ地方のダイマックスは、ざっくり言えばそんな感じになってるわ』

曰く、元々ダイマックス現象が確認されていたガラル地方のそれとは、勝手が少し違うのだとか。

鞠莉『──と、これ以上専門的でdeepな話はおしまいにして。本題に入りましょう。
   上原歩夢。あなたに、折り入って頼みがあるの』

歩夢「頼み……ですか」

その“頼み”のために、梨子さんを動かして私に接触して来たのだろう。

鞠莉『実は今、オハラカンパニーは2つの派閥に分かれていてね。
   端的に言えば私・小原鞠莉の派閥と、前CEO・私のママ……じゃなかった、母の派閥』

鞠莉『母が擁する派閥は、今年のジムアリーナフェスティバルを台無しにしようとしている。
   あなたにはそれを、止める手伝いをして欲しいの』

歩夢「……えっ?」

鞠莉『あら。梨子はあなたのことを理解が早いって言ってくれたけど……』

いやいや。鞠莉さんの言っていることの中身は、途中までなら分かる。
彼女の母親が前CEOであることは、せつ菜ちゃんが話してくれた。
派閥争い(?)が起きていて、ジムアリーナフェスティバルが台無しになろうとしている。
そこまでは、分かっている。でも。

歩夢「あの……なんで、私なんですか?」

そこだけが、1ミリたりとも分からない。

鞠莉『ジムアリーナが台無しになったら、あなただって困るでしょう?』

歩夢「それは……」

侑ちゃんに並び立つチャンピオンになりたい。
その機会が失われることは、私だって嫌。けれども、だ。

鞠莉『こちらからも可能な限り人員は割く。フェスティバルを終わらせるワケにはいかないからね。
   でもね。この頼み事は、あなたが一番適任なのよ』

歩夢「適任、って……」

相応の理由もなしに、無責任な言葉……。

鞠莉『ごめんなさい、今はここまでしか言えないの。
   何故あなたが適任なのか、時が来たらちゃんと話すわ』

歩夢「……っ」

腰かけていたベッドのシーツを握る手が、ぎゅっと強くなる。
私だって、ジムアリーナは台無しになって欲しくないけれど──

歩夢「あの……なんで、私なんですか?」

そこだけが、1ミリたりとも分からない。

鞠莉『ジムアリーナが台無しになったら、あなただって困るでしょう?』

歩夢「それは……」

侑ちゃんに並び立つチャンピオンになりたい。
その機会が失われることは、私だって嫌だ。けれども、だ。

鞠莉『こちらからも可能な限り人員は割く。フェスティバルを終わらせるワケにはいかないからね。
   でもね。この頼み事は、あなたが一番適任なのよ』

歩夢「適任、って……」

相応の理由もなしに、無責任な言葉……。

鞠莉『ごめんなさい、今はここまでしか言えないの。
   何故あなたが適任なのか、時が来たらちゃんと話すわ』

歩夢「……っ」

腰かけていたベッドのシーツを握る手が、ぎゅっと強くなる。
私だって、ジムアリーナは台無しになって欲しくないけれど──

鞠莉『こちらも無理強いはしない。あくまでお願いはお願いであって、そこに強制力はない』

電話に出た直後の、少しおどけた様子は残っていない。
真剣な声で、鞠莉さんは私に語り掛ける。

鞠莉『断るならこの話はすぐに忘れて、気持ち新たにジムアリーナを楽しんで欲しい。
   みんながフェスティバルを楽しんでくれることこそが、私や準備委員会にとっての本望だから』

歩夢「……」

鞠莉『迷ってるみたいね……じゃあ、返事は聞かないことにするわ。
   私の話はこれで終わり。お時間取らせてごめんなさいね、良い旅を』

ピッ

電話が切られて。無言のまま、私はベッドに倒れ込む。
結局……梨子さんの時にも言いそびれたココガラとイーブイの件も、話せずじまいに終わった。
関連性があるのかはまだ分からない。分からないけれど。
話してしまえば、騒動の渦中に飛び込んで行くことになる──そんな予感がして、口にすることが出来なかった。

歩夢(こういう時……愛ちゃんやせつ菜ちゃん、侑ちゃんだったら、どうするんだろう)

歩夢(……やめやめ! 今日はゆっくり休んで、それからまた考えよう)

答えは出ないまま、私の意識は眠りへと落ちていく。
いずれ巻き起こる大事件のことなど、考えもしないまま。
自分たちを取り巻く歯車がとっくに動き出していることから、目を背けたまま──

今回はここまで。

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 04:58:09   ID: S:wfZVmx

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