男「おい、この料理屋、ご飯の大盛りが無料だって!」(19)

女「えー!?すごーい!」

男「さっそく入ってみようぜ!」

女「うん!」

店員「いらっしゃいませ。2名様ですね。こちらのテーブル席へどうぞ。こちらメニューになります」

男「店員の接客、テーブルやメニュー、店内の様子はまあ普通の料理屋だな」

女「本当に大盛り無料なのかな?実は大盛りにすると値段が上がるってことはないかな?」

男「表の立て看板に書いてたしウソってことはないと思うけど……」

女「でも、もしかしたらあれは偽物で、『たまたま風で飛んで来たよその店の看板だぜ!』なんて言われて追加料金取られちゃうかも……」

男「うーん、世の中あくどいやつはいっぱいいるからな……、やっぱり普通盛りにすべきなのか……?」

女「あ、メニューに『ご飯が付く料理は全てご飯の大盛り無料サービス実施中です』って書いてある!」

男「ほんとだ!実に分かりやすい!」

女「これで実は頼んだ料理が大盛り無料サービス適用外かもしれないなんて心配せずに気兼ねなく大盛りにできるね!」

男「……いや、待てよ。そう簡単な話じゃないかもしれない」

女「どういうこと?」

男「論理的に考えるんだ。料理屋ってのは料理を作る費用と料理の値段の差額で利益を得るという商売だ」

女「言われてみればそうね。でもそれがご飯大盛り無料とどういう関係があるの?」

男「大ありさ。ご飯を大盛りにすれば原材料費が増える。にも関わらず大盛りにしても料理の値段が同じじゃ利益が減るだろう」

女「確かにその通りだわ!言われないと気付けないところだった!」

男「にも関わらずこの店は大盛りにしても値段が変わらないってことは、何かからくりがあるのかもしれない」

女「からくり……?それっていったい何なの!?」

男「可能性としては……、大盛りといいつつ実際は大盛りにしていないのかもしれない」

女「確かに……。大盛りがどれだけご飯が増えるか客からは分からないからお店の言うことを信用するしかないわ!」

男「どうやら実際のご飯の量を確認する必要がありそうだな」

女「でも、いったいどうすればいいの?」

男「そうだな……、む、あれは!」

子供「ねえお祖父ちゃん、なんで普通盛りにしたの?ここは大盛り無料なんだから大盛りのほうがお得だよ!」

老人「ワシはもう歳じゃからな。あまりたくさんご飯を食べられないのじゃよ。でもお前は気にせず大盛りを食べなさい」

子供「そっかー、じゃあぼくがお祖父ちゃんの分まで大盛りを食べるね!」

男「隣のテーブルの子供と老人の2人、どうやら大盛りと普通盛りを頼んだらしい」

女「あの2人の料理を観察すれば普通盛りと大盛りの比較ができるってわけね!」

男「お、来たぞ!」

店員「こちら、ハンバーグ定食ご飯大盛りと焼き魚定食ご飯普通盛りになります」

子供「わーい!ご飯が大盛りだ!」

老人「ほっほっほ。ワシは普通盛りじゃよ」

男「ふむ、普通盛りは一般的なお茶碗一杯分ってところだな」

女「大盛りの方は……、その2倍ってところね」

男「確かに大盛りだ。量も十分だな」

女「これで安心して注文できるわね!」

男「じゃあ、俺はトンカツ定食ご飯大盛り!」

女「私は生姜焼き定食にしようかな。もちろんご飯大盛りで!」

店員「かしこまりました。少々お待ちください」

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男「お、来た来た。さあ、食べようぜ!」

女「うん!」

男「お、美味い!このトンカツ、衣はサクサクなのに中のロース肉がとってもジューシーだ!脂切れもよくて食べやすい!」

女「生姜焼きも豚バラの旨味と醤油ベースのタレと生姜のピリ辛さが三味一体!これ以上ない組み合わせだわ!」

男「ちょっと下品なくらい濃い味付けのソースが最高にご飯に合う!これは大盛りで正解だったな!」

女「こっちもご飯が進んで止まらないの!醤油の沁みたお肉はご飯を食べる手を休ませてくれないわ!」

男「口直しの味噌汁と箸休めのお新香、それにトンカツ用ソースをかけたキャベツがまたご飯に合う!」

女「生姜焼きの汁が染み込んだキャベツも美味しいの!」

男「ふぅ。美味しかった」

女「私も……」

男「お茶でも飲んで一息ついたら出ようか……」

女「うん」

老人「お会計お願いしますじゃ」

子供「美味しかったー、お腹いっぱいだよ」

男「お、あのお爺さんとお孫さんが会計してるな」

店員「えー、税込みでハンバーグ定食ご飯大盛りが800円、焼き魚定食ご飯普通盛りが750円、合計1550円になります」

老人「おや、焼き魚定食は800円じゃなかったかの?」

店員「えー、普通盛りでご注文された方は50円引きとさせてもらっております」

老人「そうでしたか。では2000円で……」

店員「450円のお釣りとレシートになります。またのご来店をお待ちしております」

男「……ん?」

女「……、あれ、どうしたの?なんだか難しい顔して」

男「いや、今何か奇妙なことを聞いたような……」

女「?普通のお会計だったと思うけど」

男「いや、確かに店員はこう言った。普通盛りでご注文された方は50円引き、と……」

女「ふーん、でもそれがどうしたの?安くなるんならいいじゃない」

男「まあ確かにそうなんだけど」

男(しかし、なんだ、この違和感は……?俺のカンが何かおかしいと訴えている……!)

男(大盛りが無料……、大盛りにすれば原価が上がる……、しかし値段は同じ……、普通盛りにすれば50円引き……)

店員「すいません、店長。先日お伝えした通り私は今日は早退します」

店長「ああ。用事があるんだったね。次の子がもう来てるから気にせず帰りなさい」

女「へー。あの店員さん早退するんだ」

男「そうたい……そうたい……そうたいてき……、はっ、まさか……!」

女「どうしたの!?」

男「そうか、そういうことだったのか!」

女「何か重要なことに気が付いたのね!」

男「ああ。この大盛りサービス無料の裏のからくりに気が付いたんだ。俺たちは騙されていたんだよ!」

女「騙されていた!?いったいどういうことなの!?」

男「この大盛りサービス無料は実際は無料でも何でもなかったんだ!」

女「え!?でもさっきのお子さんのハンバーグ定食は大盛りだったけどメニュー通りの800円だったじゃない!」

男「ああ。だが、お爺さんの普通盛りの定食は50円引きだった」

女「それが何だって言うのよ!別に値段が高くなったわけじゃないでしょ!」

男「相対的に考えるんだ。50円引くということは、相対的には50円を足すということでもあるんだ」

女「何を訳の分からないことを……、相対的……はっ!そうか、そういうことだったのね!」

男「そうだ。そうなんだ。この店は会計の時に普通盛りは大盛りから50円引く……」

女「それは相対的には、大盛りとは普通盛りに50円足すということ……!」

男「つまりこのメニューに書かれている基本の値段は普通盛りの値段ではなく大盛りの値段だったってことだよ!」

女「あ、あ、あああぁぁぁぁぁ……」

男「大盛り無料だって!?とんでもない大嘘だよ!」

女「それじゃ、私たちは実質的には大盛り分の追加料金を支払わないといけないってことじゃない!」

男「しかもすでに俺たちは料理を食べてしまった。もう取り消しはできない」

女「ク、クレームを付けましょう!これは詐欺だって!」

男「いや、無理だ。メニューに大盛りサービス込みの値段が乗っている以上は、司法は俺たちがこの値段に納得して注文したとみなすはず」

女「でも、普通盛りの値段とは明らかな差が……」

男「普通盛りの値段はあくまでも特別値引きという扱いなんだ。完全に法律の穴を突いている。今の司法じゃこの店を罰することはできない……」

女「それじゃ完全に私たちの負けってことじゃない……」

男「ちくしょう……、ちくしょう……」

店長「くっくっくっく。中々頭の良いお客様のようだ……」

男「貴様は、この店の店長!」

女「貴方が全てを企んでいたのね!」

店長「いかにもその通りさ」

男「なぜだ!なぜこんなことをする!あんたの料理には料理への愛が感じられた!なのにこんな……」

女「そうよ!どうしてなの!?」

店長「……ふん、料理屋ってのは料理への愛情だけじゃやっていけないのさ……」

男「こいつ、なんて暗くて冷たい目をしてるんだ……」

女「何かとてつもない苦しみと絶望を経験してきたかのようだわ……」

店長「そうさ、俺もかつては真っ当な経営をやっていた。ご飯大盛りは50円追加でな」

男「ご飯大盛り50円は妥当な値段付けだな」

女「そうね。暴利ってほどじゃないわ」

店長「最初は上手く行っていた。だが、ある時近所に大規模チェーンの定食屋ができてから歯車が狂っていった」

男「あの店か。まあまあ普通のチェーン店といったところだが」

女「その店がどうしたの?」

店長「あのチェーン店は、バックについた大企業の資本力にものを言わせて大盛り無料サービスを始めたのさ!」

男「なんだって!?」

女「そんなことが!?」

店長「そのせいで大盛りは無料であることが当然だと勘違いする客が現れて、こう言ったのさ」

勘違い客『えー、ここは大盛り無料じゃないの?まあいいや。ステーキセットご飯大盛りで』

店長「とな!」

男「そんなことがあったなんて……」

女「酷い……」

店長「お客様方に、自分が経営する店が客にがっかりされる悲しみやくやしさが分かるか……?」

男「分かる、とは軽々しくは言えないな……」

女「私たちは店長をやったことはないものね……」

店長「だから、俺はこうしてやったのさ!ご飯付きのメニューの値段は原材料高騰の影響で50円アップしたということにし……」

男「普通盛りを頼んだ場合はメニューの値段から50円引きサービス実施中ということにして……」

女「ニセの大盛り無料サービスを始めた……」

店長「そういうことさ!くっくっく。実際は以前と値段設定は全く同じなのに、大盛り無料サービスに大喜びをする客どもは実に滑稽だぜぇ!」

男「もうそんなことはやめるんだ!あんたも客も誰も得をしないじゃないか!」

女「そうよ!あなたの料理の腕前なら真っ当なやり方でも上手く行くはずだわ!」

店長「うるさい!今の俺には偽の大盛り無料サービスで一喜一憂する客どもを笑うのが最高の娯楽なんだ!」

男「そこまで堕ちたっていうのか……」

女「完全に悪魔に魂を売ったのね……」

店長「そういうことだ。さあ、食べ終わったのならさっさとお会計を済ませてもらおうか。大盛り無料の、な。くくく」

男「わかった……。でも、話をしてたらちょっと小腹が空いたからデザートの大盛りアイスパフェを追加でお願いするよ」

女「私も大盛りチョコパフェ1つ」

店長「なっ!?そ、それは……」

男「そうさ、これはご飯ものじゃないから大盛りにしたらメニューの値段に追加料金が発生する」

女「でも私たちはそれを納得した上で注文するわ!」

店長「く、お客様方、そこまでして偽の大盛りを否定するというのか……!だが、客が正当な値段付けに納得する姿がなぜこんなにも俺の心を打つのだ……」

男「それは、あなたにはまだまともな料理人の心が残ってるってことだよ!」

女「そうよ!まだやり直せるわ!」

店長「ふ、く、くくく、もう、遅いぜ。俺の店が大盛り無料だってことは近隣に広まった。今さら取り消しなんてできん」

男「うう、確かに、実質的な値段は同じでもメニューの記載内容をころころ変えたら客は混乱してしまう……」

女「もう、手遅れなの……?」

店長「くくく。これが、悪魔に魂を売った料理人の末路ってやつなのかもな……」

男「あんた、本当は後悔して……」

女「なんてことなの……」

店長「……それではお客様、デザートを用意してきますので少々お待ちください」

男「あ、はい」

女「うん……」

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男(俺達が偽の大盛り無料サービスに騙されたあの日から一年が過ぎた)

男(月に数回程度の頻度であの店には行くが相変わらずあのサービスはそのままだ)

男(あの店長もけして悪人じゃなかった。ただほんの少しだけ巡り合わせが悪かっただけだ)

男(どうしようもなくやるせない気持ちは、今も胸に渦巻いている)

店長「エビフライ定食ご飯大盛りとマグロ漬け丼ご飯大盛りで合わせて1900円になります」

男「あ、このカードで……」

女「ごちそうさま」

店長「またのご来店をお待ちしております」

男(でもこのやるせなさを抱えたまま、俺たちはこの世界を生きている。それが人生ってものなのかもしれないな……)

以上です

これを読んで下さった皆様も大盛り無料サービスは本当に無料なのかよく考えてみてください
そこには何らかのからくりがあるかもしれません……

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