隊長「魔王討伐?」 Part2 (182)


前スレです。
隊長「魔王討伐?」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1542544023/)

近日また投稿します。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1545651137


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魔王子「...ついにボケたか?」


ここには彼の母親などいない。

彼の暴言はそれが引き金となっていた。

世界が変わる、あたりには闇が醸し出されていた。


魔王子「自らの妻を、知りもしない世界へと送るのか...」


魔王子「...クソ親父がぁ」


彼の周りにはとてつもなく濃い闇が生まれていた。

なぜなのか、それは彼だからこその理由。

父と母を知る息子だから故の理由であった。


魔王「...子にはわからんさ、我らの野望には」


魔王「残念だ...息子を殺すことになるとはな...」


魔王子「...!」


──......

無音が響く、それがどれだけ不気味なモノなのか。

魔王子が抜刀する、光の剣に纏わせるのはどす黒い色。

いよいよをもって始まってしまう。


女勇者「...始まるね」


女騎士「あぁ...備えろ、今までの戦闘の比じゃないぞ」


女賢者「...鳥肌が止まりません、魔王子さんの闇も...魔王の闇も...」


魔王子「俺が全力で叩き斬る...後方に居てくれ」


──■■■■...

闇が広がる、冒涜的な擬音があたりを包み込む。

そして両者の口から同じ魔法が唱えられた。











「────"属性付与"、"闇"」










────ギィィィィィィィイイイイイン■■■■ッッッッ!!!

そして続くのはあまりにも鈍い金属音。

魔王子は早くも、父である魔王に向けて剣気を放っていた。


女騎士「──うっ...!?」


魔王子「女勇者ッ! 女騎士と女賢者の前に立てッ!」


女勇者「そんなことわかってるよっ! "属性付与"、"光"」


──□□□□ッッ!

光の擬音、その心まで照らされるような明るい音が女勇者を包む。

そしてある箇所に光が重点的に集まる。


女賢者「...光の盾といったところでしょうか」


女勇者「絶対に後ろにいてっ! 魔王子くんたちの闇をこれで護るからっっ!」


女騎士「凄まじいな...」


魔王子「──それでいい、それなら...俺も...」


先程の剣気の余波が、魔王によって創り出された闇が彼女たちを襲う。

だが光の盾がここにあるのならばその心配はない。

人の大きさに合わせて作られたこの盾、その面積を補うように光が展開する。


魔王子「本気を出せる...■■■■」スッ


────■ッ...!

素早く剣を鞘に収めたかと思えば、すぐさまに抜刀を行う。

彼の最も得意な基本戦術、その鋭い一撃が闇を纏う魔王に直撃する。


魔王「...これが本気なのか?■■■■■」


魔王子「準備運動だ、そんなことにも気づけないのか?」


魔王「...その口の悪さは誰の譲りだろうか」


女騎士(...絶対に魔剣士だろうな)


魔王「では...今度はこちらの番だな...■■」


魔王の両手に闇が集まる。

そして背中に生えた翼を大きく広げる。

なにが起こるのかは明白であった。


魔王子「──ッ!」


魔王「────喰らえ」シュンッ


────ッッッッッッッッ!!!

音にならない衝撃が耳を貫く。

身にまとった闇でさえ追いつくことのできない速度であった。

翼を利用した超高速接近、そして繰り出されたのは闇の爪。


魔王「...光の魔剣か、だが十分に扱えていないようだな」グググ


魔王子「...ッ! クソッ...!」グググ


剣と爪が鍔迫り合う、一見して互角のような力関係と思えた。

だが決定的な力量差が見て取れる事実があった。

魔王にはもう1つ、手段があった。


魔王子(──片腕でこれか...ッ!?)


魔王「ほら、腕はもう1本あるぞ?」スッ


女勇者「──っ!」ダッ


闇の右手で光の魔剣を掴み取られている。

そして左手が炸裂しようとした瞬間であった。

闇への抵抗手段を持たない彼女たちを置いて、女勇者が突撃する。


魔王「素早い判断だ、だが代償を払ってもらうか...」スッ


魔王子の首元へと伸びようとしていた左手を、別の場所に向けた。

それは光の盾を失った無防備な彼女たち、女勇者の判断は間違いであったのだろうか。


魔王「あのままなにも起きなければ、魔王子の首を跳ねていた」


魔王「正しい判断だ、大事な戦力をここで失う意味などない...」


魔王「...だが、あの人間の女2人は死ぬ」スッ


──■■■■ッッッッ!!!

左手の闇を地面へと叩きつける。

そして生まれたのは、地を這う黒の魔法。

闇が彼女たちへと襲いかかる。


女勇者「──ごめんっ! 避けてっっ!!」


女騎士「言われなくともわかっているさっ!」


女賢者「...そうですね、このぐらい対処できないと足を引っ張るだけですからね」


──■■■■ッッ!!

迫る闇、そして彼女は詠唱を行う。

黒は地面を這っている、ならばその経路さえ潰せば。

彼女は賢き者、光魔法や解除魔法が使えないのならこの魔法を使えばいい。


女賢者「..."地魔法"」


──メキメキメキメキッッッ!

彼女の魔法に反応して、魔王の間の床がめくり上がる。

迫りくる黒の動きが止まる、誰しも道がなければ歩けないのと同じ原理であった。

だがそれを許す魔王もいるわけがなかった。


魔王「...ならこれはどうだ?」スッ


──■■...ッ!

道を失った闇が宙へと浮かぶ。

これならわざわざ床を這わなくても迫らせることができる。

属性付与の魔法故に、簡単に操作できてしまう。


魔王子「...いい加減離せッ! このクソ親父...■■■」


女勇者「僕の仲間を、いじめないでよ□□□」


女騎士(...時間は稼げたな)


女騎士「女賢者っ! こっちだっっ!!」グイッ


女賢者「ぐえっ...もうちょっと優しく引っ張ってくださいね...」


結果的に、女騎士と女賢者では闇に抗えなかった。

だが女賢者が魔法を唱えたことによって、時間を稼ぐことができた。

あの魔王から時間を奪うことができたのならばそれだけで上々。


魔王子「────死ね■■■■」


女勇者「──くらえっっっ□□□□」


人間の女に気を取られすぎた、近くには光の勇者。

そして、剣を手から離し自身と同じような闇の展開をしている実の息子。


魔王「...これはこれは」


────□□□□□ッッッ!!

まず決まったのは、光を帯びた盾による打撃。

そのあまりの眩しさに魔王の闇は萎える。


魔王「────ぐゥ...ッ!?」


──■■■ッッッッ!!

そして次に炸裂するのは息子の拳。

誰に教えてもらったのか、黒を纏った殴りが魔王の顎に直撃する。

魔王の身体はどこかへと吹き飛ばされていた。


魔王子「まさか魔闘士の真似事をするとはな」


女勇者「...かっこよかったよっ!」


女賢者「早速、魔王に一泡吹かせるとは...」


女騎士「...そうだな、っと...落ちてたぞ」スッ


落ちていたのはユニコーンの魔剣。

魔王子の強烈なストレートの威力に負け、魔王はソレを離してしまっていた。

ともかく先制に成功した、状況は魔王子側が有利だろう。


魔王「...なかなかやるじゃないか」


あたりには塵芥、なかなか掃除をする機会がないようだった。

魔の王としての衣装についたソレを手で払い、口の中に貯まる血を吐き捨てる。


魔王「久々にまともな一撃を喰らってしまったな」


魔王子「...抜かせ、わざと受けただろ?」


魔王「...お見通しか、血の繋がりとは面倒なものだ」


女勇者「どういうこと...?」


なぜ不利になるようなことをするのか。

光魔法により自らの魔力を封じられ魔王子の類まれに見る純度の闇を受ける。

それがどれだけ危険なことなのか、わかりきったことだというのに。


女賢者「...狙いがわかりませんね」


女騎士「混乱させようとしているのか...?」


魔王という男がこのような一撃をまともに喰らうだろうか。

そのように問いかければ誰しも疑問に思うだろう。

混乱を招こうとしている、そう言われても不思議ではない現状。


魔王「...」


魔王子「...なぜだ?」


魔王「なにがだ?」


沈黙を破る、息子からの問いかけ。

それは今起きた出来事に関するものではなかった。

なぜ、このように対峙せざる得ない状況に陥ったのか。


魔王子「なぜ...民を見捨てた...」


魔王子「俺の知っている...魔王は...そんな男ではなかったぞ」


魔王「...言ったはずだ」


魔王子「確かに答えは聞いた...だが、その理由を述べてもらったことなどないぞ」


女騎士「...」


事情を知る女騎士。

あの時、炎帝により叩き落とされたあの城下町。

あそこで漏らした魔王子の言葉、今も耳に残っている。


女騎士「無駄だ、訳など話してくれそうにもないぞ」


魔王子「...」


魔王「まさか...人間の娘に言葉を漏らすとはな」


事情を知る顔つき、それだけで魔王は察する。

当然であった、彼は魔王子の父親、息子の行動原理など手にとってわかる。

だからこそ意外でもあった。


女騎士(...私にできるのは、これぐらいか)


女騎士「魔王子、しっかり守ってくれよ?」ボソッ


魔王子「...?」ピクッ


正直言って戦力になることのできない女騎士。

治癒魔法や防御魔法を唱えることのできる女賢者より足手まといかもしれない。

だからこそ彼女は、賭けにでる。


女騎士「...所詮コイツは、愚かな暴君でしかないみたいだ」


女騎士「民の気持ちもわからず、治安を改善しようともせずに椅子に座るだけのジジイに過ぎない」


女騎士「魔族の王...? 笑わせてくれる...これなら魔剣士のほうがいい政治ができるんじゃないか?」


魔王「...煽りか? 悪いが無駄だぞ」


────ピリッ...!

無駄、その言葉とは裏腹にとてつもない威圧感が女騎士を襲う。

お前のような雌などいつでも殺すことができる、そのような意図が組める。


女騎士「...っ! そうやって脅すことしかできないところを見ると、図星のようだな」


女騎士「魔族の王と言うより...蛮族の王といったところか?」


女騎士「これなら納得できるな、民の治安よりも人間界や異世界への侵略を優先するわけだな」


魔王「...まるで全てを知ったような口を叩くじゃないか」


女騎士(...やはり城下町の治安については、なにか訳があるみたいだな)


女騎士(だがそれの追求は今することじゃない...今やるべきことは...っ!)


女騎士「何も語らないお前が悪いんじゃないか?」


女騎士「それにしても、魔王子の母も可哀想なモノだな」


魔王「...」


ある言葉に反応して沈黙が訪れる、禁忌の言葉を連発させる。

キーワードは絞られた、女騎士の巧みな話術がそれを逃すわけがない。


女騎士「このような野蛮な男の政略に付き合わされて、挙句の果てには異世界へとばされる」


女騎士「...考えられないな、同じ女として同情する」


女騎士「それとも..."愛"は盲目といったところか?」


魔王「────ッ!」


────■■■■ッッッ!!

闇が溢れ出る、魔王子と瓜二つのその顔に地獄のような表情が付与される。

先程のモノとは桁違いの質を誇る暗黒が辺りを破壊する、釣れてしまったのはとてつもない大物であった。


女騎士「すまん魔王子、お前の母を侮辱して」


魔王子「...お前じゃなければ首を切り落としていたところだ、安心しろ」


女勇者「...」ブツブツ


女賢者「...」ブツブツ


後ろにいた2人は既に唱えていた。

魔法の練度を高めるために、とても丁寧に。

これから来るであろう超弩級の闇に対する防衛策を。


魔王「女ァ...地獄の底まで付き合ってもらうからなァ...」


魔王「我が妻は自ら志願したんだァ...側近も自らを転世魔法の生贄にしろと志願した」


魔王「彼らの忠誠心を...穢すことは断じて許せん...」


────■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッ!!!!!!!!!!

とてつもない量の闇が魔王城の内部を破壊する。

これが魔王の本気、属性付与が繰り出す最強の黒。


魔王子「...やはり、薄々わかってはいたが...側近は生贄か...」


女騎士「...顔見知りが亡くなるのは、辛いな」


魔王子「あぁ...それにもう...母様とは会えないだろうな」


女騎士「それも...辛いな」


魔王子「...どちらにしろ魔王に背けば四帝や側近、母様にまで刃を向けねばならないことに」


魔王子「だが...母様だけはこの手で殺めずに済んで、良かったと思える自分がいる」


女騎士「...いいのか? 異世界にいった魔王妃は...キャプテンたちによって殺害されるぞ?」


魔王子「仕方ないことだ...仕方ない...ことだからな」


苦渋の決断、そのような苦虫を潰したような顔をしている。

過去の同朋を選ぶか、現在の同朋を選ぶか、そのような選択の答えは明白。


魔王子「俺は...今を生きている...だからこそ、今の貴様らを選ぶ」


魔王子「だから...少し下がっていろ■■■■■」


魔王「────死ね」


──■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ!

魔王が闇の爪を、前方にかつ一心不乱に振り回す。

過去に魔王子が風帝に見せたあの地獄のような光景。

それを己の素手のみで実現させていた。


魔王子「────死ね」


──■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ!

ならば当然、こちらも抜刀の勢いで生み出した剣気で応戦するまでだった。

魔王にできるのなら彼にだってできる、闇と闇がぶつかり合う、共喰いじみた光景が広がっていた。


魔王「──その女を差し出せ、殺させろ」


魔王子「それはできん、大事な戦力だ...」


──■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ!

──■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ! ■■ッッ!

黒がぶつかれば、闇が闇を喰らう。

イタチごっこにすらならない、これが闇属性同士の競り合い。

どちらかが気を抜けばこの暗黒が身を滅ぼす、しかしその気配は一向に起ころうとはしない。


魔王「闇に闇をぶつけても、なにも進展しないぞ?」


女勇者「────ならこれならどう?」


────□□□□□ッッッ!!

遠くから光が魔王へと歯向かう。

彼女には遠距離攻撃ができないはずだというのに、どのようにしてコレを行ったのか。


魔王「...自らの武器を投げ捨てるのか」


女勇者「悪いね、僕は魔王子くんのようなことできないから」


答えは単純、至極単純であった。

彼女は己の剣を、光を纏わせたソレを投げつけてきていた。

だが、上位属性の相性には叶わなかった。


魔王「...残念ながら、無駄だ」


────■■...

魔王子による連鎖剣気を凌ぎながらの動作であった。

上位属性の相性の優劣は質の高さ、という話以前の問題であった。

光を帯びた剣は魔王に避けられてしまった。


魔王子「────...ッ!」


一瞬の好機、たとえ魔王といえども慢心は絶対にしない。

光属性とはそれほどに恐ろしい、それは魔王子自身も味わっている。

ならば絶対に強く警戒をする、その場面を見逃すわけがなかった。


魔王子「──そこだ」スッ


────ブン■■ッ!

この黒の一撃が、どれほどに凄まじいモノか。

魔王の爪から放たれる闇を相殺する中でのこの新たな剣気。

その抜刀はとても素早く、たとえ魔剣士程の達人でも見逃せてしまうほど。


魔王「...見えてるぞ」


連鎖的な剣気の間に造り出した新たな抜刀、だというのにこの王の眼は捉えていた。

両手の爪は魔王子の剣気を殺している、ならば身にまとっている闇をソレに向かわせる。


魔王「─────しまった」


その時だった、視界の端に見えてしまった。

先程、愚かにも自身の武器を投げ捨てた女。

彼女が新たな、それも見知らぬ武器を構えていた。


女騎士「────引き金を引けっっ!!」


女勇者「──っっ!」スチャ


────ダァァァァァァァァン□□□□ッッッ!!

未曾有の炸裂音、そして予感する地獄の痛み。

この期に及んで光による遠距離攻撃など皆無だと勝手に認識していた。

まるで走馬灯、魔王の感覚はとてもゆっくりと。


魔王(...息子の闇は殺せても、このままだとこの光は直撃してしまうな)


身に纏わりついてた闇は、魔王子の一撃を相殺しようとしている。

つまりは無防備、風帝戦での魔王子のような状況。

ならばこの光の散弾はまともに受けることになる。


魔王「"転移魔────」


だが彼は違う、ただの魔物ではない。

魔の頂点である彼がこのような陳腐な戦術に屈するだろうか。

この反則じみた詠唱速度の魔法を唱える、そのはずだった。


女賢者「──"封魔魔法"」


その魔法は、あの時魔女を苦しめたモノ。

とてつもなく長く、そして丁寧に詠唱されたソレ。

たとえ魔王という相手でも引けは取らなかった。


魔王「────なッ」


────グチャグチャッ...!

その封魔魔法はほんのわずかに残っていた魔王の闇によって一瞬で破壊された。

だがこの状況、一瞬でも魔法を封じられたとしたら。

それがどれだけ状況を覆すものなのか。


魔王子「...手が止まってるぞ、クソ親父」スッ


──■■■ッッ!! ■■■ッッ!! ■■■ッッ!! ■■■ッッ!!

その一瞬の隙が連鎖剣気を放つ時間を与えてしまう。

封魔魔法が戦術を奪い、光の銃弾が身をえぐらせ、闇の剣気が壊滅的な負傷を与える。

確実に格下である光と闇、しかしソレを生身で受けてしまえば。


魔王「────グウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!?!?」


魔王子「──畳み掛けろッッッ!!」


女騎士「──それを引けっ! そうすればもう1発撃てるっっ!!」


女勇者「──わかったっっ!」ジャコンッ


女賢者「──これならいけますっ!!」


魔王「...」


なぜ、たった一度だけまともに攻撃を当てられて喜んでいるのか。

先程はわざと当たったが今回は違う、その事実が苛立ちを沸かせる。

実力差を知らないこの無知な餓鬼共が。


魔王子「────ッ!?」ピクッ


その様子に気づけたのは実の息子だけであった。

父親のいつもの表情、憎たらしいほどに冷静さを保つ二枚目の顔。

そんなモノではなかった、感情がむき出しの顔、怒れる表情、それは矛盾したことに無表情に近いモノだ。


魔王子「──女勇者ッッ! 光魔法を唱えろッッ!」


女勇者「────えっ!?」


ショットガンのポンプアクションを終え次弾発射の準備が整っていた。

魔王子による急な要求、それに答えるためにすぐさまに詠唱を行なう。

彼女ならば2秒もあればすぐに放てる。


魔王「...」


尤も2秒あったところで大惨事は逃れられないのは確実であった。

魔王の口から例の魔法が放たれる、いままで苦戦を強いられたあの魔法を黒くした物。











「..."属性同化"、"闇"」










────■■■■■■■■■■■■■■■■■■...

闇が闇を引き寄せる、付与などとは訳が違う。

桁違いの漆黒、とてつもない質量を誇る闇が生まれ続ける。

その影は光すらを奪い取ろうとする。


女勇者「────"光魔法"おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」


────□□□□□□□□□□□□□□□ッッ!

悲劇の雄叫び、その魔法はあまりにも眩しい。

列車にて死神に襲われたときに放ったまるで太陽のような光魔法。

それをも凌駕する光量、だが相手が悪すぎた。


魔王「...■■■■■■■■■■■■■」


魔王子「──チッ! 凄まじすぎるッッ!?」


身体が魔王へと引っ張られる。

それが意味するのは、闇の質量の多さ。

重力じみたソレが発生するということは、そういうことである。


女騎士「────なにかに掴まれっっっ!!」


女賢者「眩しすぎて、何も見えませんよっっ!?!?」


身体の力が抜ける、そしてあまりにも眩しすぎる。

だが目の前には黒が、底の見えない闇が存在している。

女勇者から少しでも離れればこの闇に飲まれてしまう。


女勇者「──"属性付与"、"光"っっっ!!」


ようやく届いた日差しよけ、それがみんなの身体に染み渡る。

女勇者が付与した光がこの人工太陽の日差しを軽減させていた。

そのかわり失うのは己の魔力、だが背に腹は代えられない。


女賢者「────えっ?」


─────ふわっ...

その可愛らしい音ともに浮かぶのは、深い絶望。

光によって魔力を失った、つまりは完全なる普通の人間。

彼女はまだ21の女性、ただの女性がブラックホールのような引力に抗えるだろうか。


魔王子「な...ッ!?」


女勇者「──嘘っ」


女騎士「────掴まれえええええええええええええっっっっ!!!」


──ガシィィィィィッッッ!!

いつの間にか彼女は武器を返却してもらっていた。

即席で作った槍のような武器、ベイオネット。

それを地面に突き刺すことで支える力を助長させる。


女賢者「──女騎士さんっっ!?」グイッ


女騎士「────死んでも離すなよっ!!!」グググ


身体は光の属性付与によって身体の動きが制限されている。

だが魔力とは関係なしに、持ち前の筋肉がこの行動を可能にしていた。

それでも本当はダルいはずなのに彼女は手を伸ばしていた。


魔王子「この輝きの中で、そこまで動けるのか...尊敬するぞ...」


女勇者「ごめんっ...! 魔法を持続させるので精一杯...助けにいけない...っ!」


女騎士「くっ...魔王子っ! なんとか魔王を止められないかっっ!?」


彼に助けを求めるその時。

突如として突風が襲いかかったかのような錯覚に囚われる。

まるで大きな鳥が、こちらへと羽ばたいてきたかのような。


魔王「...止められるとおもうか?」


魔王子「────女勇者から離れるなッッ!!」スッ


────ブン□■...ッ!!

自らが付与した闇、そしてその上から付与された光。

2つの属性が混ざることもなく、剣気と一緒に放たれる。


魔王「だめだな...光が闇を、闇が光の質を互いに下げているぞ」


────......

闇の身体を持つ魔王にソレが当たる。

だが被弾音すら鳴らない、悲しいことに威力が計れてしまう。


女勇者「くっ...どうすれば...っ!」


魔王「どうすることもできん、もう終わりだ...一撃を与えられただけ誇りに思え」


魔王「いや...茶番を含めれば二撃か...」


女騎士「────っ!」グイッ


女賢者「うわ...っ!?」


闇へと引っ張られていた女賢者を力任せに引き寄せる。

甲冑越しとはいえそのまま胸へと抱き寄せ、己の軸足を頼りにする。

床に刺さった歴代最強の魔王の残骸、それを引き抜いて。


女騎士「────っっ!!」スチャ


──ダァァァァァァァンン□□□ッッッ!

属性付与の影響か、拡散された銃弾は輝かしかった。

だが果たして、このような行動が得策になるか。


魔王「...光量が足りてないのでは?」


女騎士「くっ...だめかっ...!」


魔王「諦めはついたようだな...妻を侮辱した代償は払ってもらうぞ」スッ


実態のない闇の身体、そこから現れる黒の翼。

コレで羽ばたかれてしまえば、いかに女勇者が光魔法で闇を払っていたとしても。

その圧倒的な質の差で壊滅するのは間違いなかった。


魔王「...闇の風は冷酷なまでに冷たいぞ」


女勇者「...」


女勇者(...だめ、この光魔法を途切れさせたらそれこそ即座に全滅だ)


女勇者(動けない...どうすれば...っ!?)


女賢者「...っ」ビクッ


女騎士「それは結構、暑いよりかはマシだ...私は汗かきだしな」


魔王「...生意気な、その抱いている娘のように怯えていれば良いものを」


────バサァ■■■■ッ...

風とともに闇が、彼女たちの身を滅ぼす。

暗黒の音が間近に聞こえる、そのはずだった。


魔王「────何?」ピクッ


女騎士「...女賢者を頼んだ」グイッ


魔王が感じたのは新たな闇の気配。

だがこれは自分のモノではない、それでいて息子のモノでもない。

そして女騎士はかなり強引に彼女を突き飛ばした、それを受け取る魔王子、彼は直感する。


魔王子「────やめろ」


女賢者「...女騎士...さん?」


女勇者「────まってっっ!!」


────■...

とても小規模な闇が生まれる。

さらには光に包まれている、まるで線香花火のような黒だった。

だがそれが、どれだけ恐ろしい闇なのか。


魔王「────これはッ!?」


女騎士「特攻させてもらうぞ...魔王...っ!!」ダッ


無謀にも闇の塊へと走り込んでしまう、身体の鎧が次々と朽ち果てていく。

その走行速度は引力も相まって、まるで坂道を下るような速度であった。


魔王「────歴代最強の魔王...ッ!? なぜ貴様がッ!?」


誰が想定できるであろうか、ただの人間が最強の魔剣を所持していることを。

たとえ粗悪な魔力を餌にしたとして、あの堅牢な地帝を貫くことができる代物。

とてつもない質の闇が魔王の闇を破壊していく。


女騎士「────うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」


────グチャ■■ッ...!

お手製の槍が刺さる音、たとえ実態を持たぬ闇の身体ですら可能にしたこの刺突音。

だが彼だけではなかった、この音の主は彼女でもあった、最高質の闇を持ったとしてもその身体はただの人間。

折れた刀身と魔王の闇に耐えきれず、ショットガンと彼女の一部が完全に破壊された。


女騎士「...肩付近まで持ってかれたか」


魔王「────ッッ!?!?」


あまりの激痛に、魔王の同化は曖昧なものへと変化していた。

両手や両足などは闇のままだというのに、一部の身体や顔は元の姿に。


魔王(魔王子に持たせていたコレは...ここまでの威力だったか...初めてまともにくらった...ッ!?)


魔王(闇の質にあまりの差があると相性以前の問題になることを失念していた...ッ!)


魔王(クソッ...まさか人間の魔力でもここまで...歴代最強の名は伊達じゃないな...ッ!?)


魔王「────くたばれッッ!!!」


女騎士「──っ!」


魔王が放つ闇が襲いかかる。

ここまで肉薄している、もう回避するのは不可能。

右腕を失い多量の出血にうろたえている人間には避けることができなかった。


女勇者「────女騎士っっ!!」


女賢者「...どうすればっっ!!」


魔王子「.....」


傍から見るしかない、先程の特攻である程度の闇が晴れたとはいえ。

暗黒に身を投げ、女騎士を守ろうという気など起きるわけがなかった。

例えるなら、普通の人間が毒蛇を素手で触ろうとすることができるだろうか。

闇の恐ろしさが脳に染み付いている、動けるわけがなかった。


??1「...あんな蛮勇を見せられたら、動くしかないな」


??2『あァ...そうだなァ...闇に突っ込むのはもう何度目だろうなァ...』


しかし、愚者は現れた。

かつて何度も光を持たずして、圧倒的な闇と対峙者たちが。

万の数の兵を抹殺し、まるで図ったかのようなタイミングで現れる。


??1「...全力で走るのは久々だな」


彼が見せてくれたのは、ただの全力疾走。

過去に隊長を苦しませたこの速度が可能にするのは。


女騎士「──魔闘士」


魔闘士「挨拶は後だ、まずは少し距離を置くぞ」


あと僅かで闇が女騎士に接触しようとしたその瞬間。

ウルフよりも優れた疾走で彼女を救出する、だがそれを許してくれる魔王など存在しない。


魔王「────逃さんぞッッ!!」


??2『──逃げられるんだよなァ、これが...』


────バサァッッッ!!

大きな羽音、魔王の背中に生えてあるモノとは桁が違う。

異形の翼、それの持ち主は1人しかいなかった。


女騎士「──魔剣士」


魔剣士『よォ...お前も"欠損"したクチかァ』


女騎士「...ふっ、心配よりも冗談が先にでるか」


竜の形をした魔剣士が、魔闘士ごと女騎士を攫う。

そしてそのまま光り輝く場所へと導く、そしてすぐさまに女勇者が動く。


女勇者「────さがっててっっ!!」


魔力を集中させるとともに前方へと出る。

女騎士の特攻により魔王は怯む、その成果は目に見える。

明らかに属性同化と共に出現した闇の量が減っている。


女勇者(これなら...これでなんとかなりそう...っ!)


────□□□□□□□...!

そうすると、彼女は既に光り輝いていた盾に光魔法を移行させる。

属性付与により光を纏った盾は更に輝かしく、まるで光魔法を補給し光度を増したかの如く。


女賢者「──女勇者さんっ! 私に付与した属性付与を解除してくださいっ!」


女勇者「わかってるよっ! 女騎士を頼んだよっ!」


魔王の闇の量が減り、光魔法を盾に収めた今。

こうなれば身を守ってくれてる光の属性付与など不必要であった。

前方の魔王を盾越しに警戒しつつ、彼女は女賢者への付与を解除した。


女賢者「──"治癒魔法"っ! "治癒魔法"っ!」ポワッ


女騎士「...すまない...迷惑をかけた」


女賢者「まだしゃべらないでくださいっ! 血が止まっていないんですからっ!」


魔闘士「...この状況で意識があるだけ、褒めたものだ」


魔剣士『あァ...だがこの出血量はやべェぞ...」


失ったのは右腕の二の腕付近、魔闘士が強引に止血していると言うのにも関わらず止まらない。

決して女賢者の魔法の質が悪いわけではない、だがどうしても止まらない。

なぜなら、闇というモノが右腕を奪ったのであるから。


魔闘士「傷口が闇に侵されている...治りが悪いのも納得だ」


女騎士(......そういうことか、通りであの時...地帝は...)


魔剣士「...緊急措置だ、燃やすぞ」


女賢者「そ、それは...」


魔闘士「致し方ない...俺が押さえつけるぞ」


女騎士「すまない...頼んだ...」


隊長の世界でも過去に行われた療法。

焼灼止血法という地獄の等価交換。

出血による死亡は避けられても、他の危険性が迫る。


魔剣士「久々に爆以外を唱えるなァ..."炎魔法"」


──ボォッ...!

ロウソクよりも少しばかり大きな炎。

ゆらゆらと揺れるその温かみのある魔剣士の魔法。


魔剣士「...やんぞォ?」


女騎士「きてくれ...痛いのは我慢する...っ」


魔剣士「......」


炎が女騎士へと迫る。

かつて研究所で魔剣士の心を支えてくれていた彼女。

その彼女に向かって放つ、灼熱の魔法。


女騎士「────うっ」


────じゅううううううううううううぅぅぅぅぅぅ...

焦げる音が響く、そして身体には拒絶反応。

だが身体は魔闘士により強く押さえつけられている、逃れなれない。

ただただ彼女は唇を噛む、それしかできなかった。


女勇者「...」


魔王「クッ...あの女ァ...よくも...」


女勇者「...許さないんだからね」


────□□□□...

怒りという感情が光を強くする。

盾に集中した輝きが激しく膨張する。

それが魔王を、ほんの少しだけ冷静にさせる。


魔王「...なかなかだな、だが剣もなしにどうするつもりだ?」


女勇者「...僕にはこれがある...みんなを護れる盾がある」


魔王「現に仲間の1人の腕が奪われたんだぞ? 護れていないじゃないか...」


女勇者「──っ! うるさいっ!」


──□□□□□□□□□□□□ッッ!

さらに激しさがます、それでいて後方には光が向かわないように調整されている。

内なる感情を押さえつけなんとかして理性を保っている、魔王の挑発は無におわる。


魔王「その程度じゃ...この魔王の闇には敵わんぞ...」


女勇者「あとで泣いてもしらないからね...っ!」


彼女もまた特攻をしかけるつもりであった。

だが女騎士とは決定的に違う、非常に高い安全性が確保されている。

確かに正面から戦っても魔王の闇には敵わない、だが自衛に関しての話は別。


魔王(質の差でこちらが有利なのは変わらんが...かなり濃い闇をぶつけなければ即死は厳しいか)


魔王(挑発に乗っても理性を乱す様子はない...へたに煽っても光だけが増すだけか)


魔王(...ならば、己の戦術のみでやるしかない)


────バサァ■■■■ッッ!!

闇の翼が広がる、ついに激しい戦闘が始まる。

格下相手だとはいっても光魔法を前にしての侮りは死を意味する。

全力をもって魔王の最も得意とする近接格闘を炸裂させようとした、その時。


魔王子「......」


闇の属性付与をいつの間にか解除し、沈黙する魔王子が前にでる。

女騎士の腕が奪われても、女勇者が激しい光を展開しても無言を貫く。

そんな彼がようやく行動に移った。


女勇者「...魔王子くん、どいて」


女勇者「眩しいでしょ...? あぶないよ?」


魔王「...お前の相手は後でしてやる、まずは女勇者を潰させてもらう」


魔王「だから...下がってろ■■■■」


──■■■ッッッ!!

魔王が片腕を素振りさせる、そして生まれたのは闇の衝撃波。

剣を使わずとも、彼は剣気のような技を放つことができたのだった。

驚異的な威力が予想される、魔王子を護るべくと女勇者が盾を構える。


女勇者「...え?」


────□□□□...ッ!!

激しい光、たとえどれほど眩しくとも魔王の闇の前では苦戦を強いられる。

この盾を持ってしても、あの闇に当てればとてつもない衝撃を受けるだろう。

だがこの闇が直撃したとしても即死を防げる、それだけでも十分でもあった、しかし今は彼女の光の話ではなかった。


魔王「────まさかッ!?」


右手に握りしめられた、奇妙なほど豪華な柄。

そしてその細すぎる刀身から輝きが生まれる。

桁違いの光が、あたりを照らし尽くす。











『......』










魔王「馬鹿な...魔剣と一体化しただと...ッ!?」


魔王「その光の剣...手にして間もないはずだろうに...ッ!?」


女勇者「...嘘」


魔王子『......』


どこかで馬の嘶き声が聞こえるというのにまだ無言を貫く。

爆発しそうな感情をまだ抑えている、然るべきときを待つ、その時まで。


女勇者「すごい、僕の光よりも...断然に...」


光の魔力を持つ女勇者。

そんな彼女が驚愕するほどに輝かしかった。

そして時は早くも訪れる、光が剣に収縮する。


魔王子『────死ね□□□□□』スッ


────□□□ッッッ!!

光の剣気、その一撃と同時に放つのは邪悪な言葉。

魔王の重厚なる闇が抵抗するも、わずかに残ってしまった光。


魔王(────この魔王の闇と同等の光だとッッ!?)


魔王「──■■■■■■ッッッ!!」


──■■■■■■■■■■■■ッッッ!!

闇の翼がありったけの黒を光にぶつける、そうすることでようやく止まった。

質の差は同等、ここにきて初めてイタチごっこをすることができる。


魔王子『...どうだ? 息子の成長具合は』


魔王「...驚いたさ、ここまで育つとはな」


意外にもその表情は変わらなかった。

むしろ逆に、冷静なようにも思える。

先程まで妻を侮辱され、怒り狂っていた彼はいない。


魔王「...」


改めて見れば、冷静な顔つきではなかった。

その瞳の奥にあるのはどこか暖かな眼差し。

まるで妻と同等の相手を見るような。


魔王「...どうせ、時間を潰さねばならん」


女勇者「...?」


魔王「初めてだ、属性同化という魔法を使って...全力を出せるのは」


魔王「尤も、先程の一撃で本調子とはいかないがな...」


魔王子『...ヤリあう前から、言い訳づくりか?』


魔王「...そう思えるか?」


魔王子『思えん...これでも俺の父親なのは変わらない...だから...』


魔王子『────死ね□□□□□□』


────□□□□ッッッ!

輝かしい剣気が魔王を襲う。

まともに喰らえば、確実に勝敗がついてしまう威力であった。

まともに喰らわせることができればの話ではあるが。


魔王「...■■■■■■■■■」


闇の言語と共に、溢れ出る漆黒。

周りの雑魚のことなど眼中にない、明らかに魔王子1人を狙っている。

そのような軌道をした闇が光の一閃を滅ぼす。


魔王子『...チッ!』


魔王「どうした■■■■■■?」


こんなものか、と言わんばかりの声色。

それも当然であった、たしかに光の質が魔王の闇に追いついた。

だからといっても魔王子自体の実力が魔王に追いついたわけではなかった。


魔王子『...これでも歯が立たないか□□□□』


──□□□ッッッ!

────■■■■■ッッッ!!

剣気を飛ばせば、すぐさまに闇が相殺してくる。

どうにかしてこの光をまともに当てることができるのなら、勝敗に決め手がつく。

だがあと一歩及ばない、それも当然であった。


魔王「単純な話だ、剣は1つしかないのに、こちらは両手がある」


魔王「...殺したければ、腕を落としてみろ...あの人間の娘の仇でも取ってみろ」


魔王子『────ッッッ!!』


安い挑発、一体化させた魔剣を力任せに降る。

そうした結果聞こえるのは、あまりにも鈍すぎる音。

魔王子がいつも放っているあの鋭い剣気とは程遠いモノであった。


魔王「────なに■■■?」


────バコンッッ!

鈍重なる音、その正体が明らかとなる。

通りで似合わない訳であった、こんな音を魔王子が発するわけがなかった。

剣が1つたりないのであればもう1つ用意すればいい。


魔剣士『──よォ、俺様も混ぜてくれよ...なァ?』


魔王「...愚かだ、そうした無謀さが己の"翼"を失くした理由だ」


魔剣士『ケッ、焦ってんのかァ? 魔王子を捌くのに手一杯なんだろォ?』


彼の爆発が直撃すれば、無視することのできない負傷をするのは間違いない。

先程までのように身体全体に闇が同化しているわけではない。

この些細な剣士が1人増えることが、どれだけ不利な状況へと近づいてしまうのか。


魔王子『...女騎士はどうした?』


魔剣士『出血は止めたが...闇が蔓延るここは危険すぎる...一時撤退させたぞォ』


魔剣士『魔闘士が運び、賢者の嬢ちゃんがひたすら治癒、そして女勇者は付き添いだァ』


魔剣士『女勇者はすぐ戻るとかほざいてたけどなァ...』


魔王子『...それでいい』


────□□□□□□□□ッッッ!!

輝きが増す、今までの戦闘で出していた光量など比ではない。

ここにいるのはわずか3人、出し惜しみをする理由などなかった。


魔王子『...この場にいるのが魔剣士程の男だけなら、巻き添えを作らずに済むな』


魔剣士『ふざけんなァ、魔剣と一体化してひたすら魔力を供給させてねェともう倒れてんぞォ』


魔王子『それができるだけ上等だ』


決して今まで、女騎士らが邪魔だったわけではない。

魔王子が今になって全力の一段階上を出そうとする理由が1つある。

それは、魔王のはらわたに答えがあった。


魔王子『絶好の機会だ、女騎士があのクソ親父のはらわたを捌いていなければ、今の俺の全力もあしらわれていた』


魔王子『そして今、誰も巻き添えを喰らうものがいない...今しかない...ッ!!』


魔王「...チッ」


よく見ると魔王の腹部にはまだ刺さっていた。

桁違いの闇を秘める、歴代最強の魔王がそこに。

とてもじゃないが引っこ抜くことなどできない、触れれば己の手を失うだろう。


魔剣士『...あれでよく動けんなァ』


魔王子『父親なだけはある...俺も過去にあの魔剣に誤った触れ方をしたが...』


魔王子『服の裾に少し闇が付着しただけで、3日は寝込んだぞ』


魔剣士『ゲッ...そんな危険なもんを振り回してたのかァ...』


魔王子『それ以来は魔剣自体に注ぎ込むこと魔力をかなり抑えたさ』


魔剣士『...その抑えた魔力量で、俺様の"翼"をぶった切ったのかァ?』


魔王子『そう言うことになるが...あの魔剣に魔力を注ぎ込む事自体に臆病になっていたと言おう』


魔剣士『ケッ...まぁ自らを滅ぼすような魔剣には出会いたくねェな』


魔剣士『...つーことでェ、任せるぜェ?』


────ドクンッ...!

まるで心臓の鼓動のような音が鳴る。

魔剣士が握る異形の魔剣、それが答えた。


魔王子『...そういえば、魔剣士の魔剣...詳細を聞いたことがない』


魔剣士『あァ? 内緒だァ』ブンッ


────バコンッッッ!!

彼が魔剣を振るうと付与された爆が弾ける。

下位属性の剣気だというのに、魔王の顔に冷や汗を流れさせる。


魔王(この軌道...同化が不安定で生身の箇所を狙っているな...)


魔王「──厄介なッ...」


──■■■■ッッッ!

魔王が左手を強く降ると闇が放たれる。

そうすることで、魔剣士の攻撃は呆気なく破壊されてしまう。


魔王子『────そこだ』スッ


────□□...ッ!

────■■■■■ッッ!!

魔王子の剣気は間髪入れずに破壊される。

右手で放たれた闇は、光を苦しそうに飲み込んだ。


魔剣士『ハッ! 本当に余裕がねェんじゃねェのかァッ!?』


魔王「...うるさい竜だな、殺すぞ」


魔王子『そう簡単には殺させる訳にはいかん...』


両手を使うことで2人の剣気を殺す。

だが明らかに、状況は変化しつつある。

片手で済んでいたというのに急遽両手を強いられれば、当然魔王への負担は大きい。


魔剣士『オラァッ! どんどんいくぜェッ!!!』ブンッ


魔王子『──死ね□□□□□□』スッ


──バコンッッ! バコンッッ!!

──□□□□ッッ! □□□ッッ!

爆発と光がまるで弾幕のように襲いかかる。

前者ならともかく、後者には絶対に触れてはならない。


魔王「...ッッ!!」
 

────■■■ッッッ!! ■■■■ッッ!!

両手を的確に振り回すことで、前方からの剣気を闇で相殺させる。

だがどうして、どうしても通してしまう場面に陥る。


魔王(...捌く余裕がない、魔剣士の攻撃は受けるしかない)


たかが下位属性の剣気。

数万発も喰らうのなら話は別だが、数発程度の被弾は受けることができる。

我が身を犠牲にすることで魔王子の光に集中するつもりであった。


魔剣士『...へェ』


にやり、不敵な笑顔を見せる。

彼は熟知していた、己が魔王の立場ならばどうするかを。

ならばどうするか、魔剣士の剣の振り方が少し変化する。


魔剣士『────そこだァッ!』


──ブンッッッ!!

豪快でいて、緻密な風が飛ぶ。

魔王はそれを目視すると、自らの身体を差し出した。

たった一発、爆属性の剣気など取るに足らないはずだった。


魔王「────なぁッ!?」


──ぐにゅ...

柔らかな肉に、刃物が刺さりこむ音が身体の中から聞こえた。

なぜこのような痛みが生まれたのか。


魔王「────魔剣士ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいッッッッ!!!」


魔剣士『おーこわ...気持ちよかったかァ?』


魔王子『...フッ、お前はそういう奴だったな』


魔王子『乱暴な素振りをしている分際で、小賢しいことを平気で熟す』


魔剣士『...褒めてんのかそれ?』


魔王「グゥゥゥウウウ...ッッッ!!」


腹部に刺さる歴代最強が体内へと潜り込む。

炎帝が見せたあの偏差魔法の如くの精度。

爆風により生まれた押し込む力が、折れた刀身に当たったのであった。


魔王子『────隙だらけだぞ』スッ


──□□□□ッッ!! □□□ッッ! □□□ッッッ!

痛みに喘ぎ魔剣士に怒りを向けている間。

その僅かな刹那に、ありったけの剣気が放たれる。

闇で相殺する暇など与えてくれない。


魔王「────ッ」


これを受けたら、死ぬ。

光で身体の自由を奪われ輝きの中に眠る鋭い剣気が身を裂く。

時間の流れが遅く感じてしまう、つまりは魔王という男は。


魔王(これが走馬灯とやらか、つまり死を感じているわけか...だが)


魔王「────まだ死ぬわけにはいかない」


────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■...

彼の感情に比例して闇が姿を現した。

新たな魔法を発動したわけではない、これは魔王の意地。

その単純な理由で惨劇を生み出そうとしている、わずか一瞬で大量の闇がばら撒かれたのであった。


魔剣士『──チッ! 魔王子ィッ!』


魔王子『わかっている...後ろに下がっていろ...』


呼吸を整えることで身体の光を集中させる。

女勇者が与えてくれた属性付与、そして一体化しているユニコーンの魔剣。

すでに魔王子は光属性の扱い方を熟知していた。


魔王子『...女勇者、技を借りるぞ』


──□□□□□...

まるで盾、前方に光を展開させる。

魔王の闇にも引けを取らない質を誇っている。

これなら防御面に限っては心配など生まれない。


魔王「────"転移魔法"...」シュンッ


そのはずだった、彼らは闇だけを恐れすぎていたのであった。

背筋が凍る、突如背後に現れた気配はとてつもないモノ。

誰しもが思っていたはずだった、魔王という男が感情だけに任せて闇をばら撒くだろうか。


魔王子『────しまった』


魔剣士『──そのまま前方の闇を受けてくれェッッ! 魔王は俺様が相手をするッッ!!』


魔王「...ゲホッ」


転移魔法がどれだけ身体に負担をかけたのか。

血反吐を吐きながら手のひらに闇を集中させる。

腹部の痛みを堪え、そしてソレを地面へと叩きつける。


魔王子『──地面だ、翔べッッッ!!』


魔剣士『んなことはわかってるッッッ!!』ブンッ


────バコンッ!

地面に向かって放たれた剣気。

爆発の勢いを利用して、宙へと身体を持ち上げた。


魔剣士『ウッ...!?』


──■■■■■...

まるで底なしの沼のようだった。

すでに闇は展開していた、あと少しでも遅ければ足元から滅びていた。

だがまだ危機は去っていない、当の本人が黙っているわけがない。


魔王「...逃げ場はないぞ」


魔剣士『...あァん? 竜を相手に空中戦かァ?』


魔王子『────ッッ! 闇が光に衝突するッ! 衝撃に備えろッッッ!!』


魔王子が創り出した光の盾に、津波のような闇が接触する。

そのときに生まれる衝撃は計り知れなかった、彼程の男が声を上げてしまうほどに。


魔王子『──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!?』


──□□□□□□□□□□□□□□□ッッッ!

少しでも気を抜けば、光の質が弱まる。

弱まってしまえば、あっという間に闇が身体を飲み込むだろう。

とてつもない負担が魔王子を襲った。


魔王子『────ッッ...!』フラッ


──■...

結果的に魔王子は闇を払うことに成功する。

だが彼の本質は闇である、光を使いこなせている様に見えるが違っていた。

頭の中に激しく巡る、知恵熱にも似た痛みが。


魔王「...あの闇を抑えたか、だが終わりだな」


魔剣士『...ッ! てめェッッ!!』


魔剣士程の男が気づかないわけがなかった。

先程までギラギラと殺意を向けていたというのに。

魔王の目線は既に変わっていた。


魔剣士『──この俺様を無視するつもりかァッ!?』


魔王「...そのとおりだ、戦力は1つずつ潰させてもらう」


大きな翼を広げ、得意の急降下を始める。

先程まで宙に浮いていた魔剣士へと攻撃をしようとしていたというのに。

場面の切り替わりが激しい、この適応力こそが魔の王たる所以。


魔王「...死ね」スッ


────■■■■ッッッ!!

両手を思い切り、空振りさせる。

そうして生まれた闇が魔王子へと向かう。

彼は今気絶に近い状況、とてもじゃないが質の高い光を操れてはいない。


魔剣士『────させるかよォォォオオオオッッッ!!』バサッ


一瞬の出来事であった。

右腕と一体化していた魔剣が即座と背中へと移動する。

その姿は竜とも呼べず、また人とも言えない。


魔剣士『──オラァッッッッ!!』ビュンッ


その飛行速度はまるで燕。

人と同等の大きさだというのに、それを考慮するととてつもなく素早い。

魔王の闇など取るに足らない、すぐさまに魔王子を拉致することができた。


魔剣士『起きろッッ! 寝てる場合じゃねェぞッッ!?』ガシッ


魔王子『グッ...』


魔剣士(駄目だ、意識が朦朧としていやがるゥ...一体化が解除されていないだけマシかァ...)


魔王「...その形態で、翼を得るとはな」


魔剣士『...チッ!』


────バサァッッ!!

異形の翼から音がなる。

魔王子が起きないとなると、戦況はどう考えても不利。

ならば今は起きるまでの時間を稼がなければならない。


魔王「...逃がすと思うか?」


魔剣士『思わねェな...魔王が最も得意とするのは空中戦だと聞くしなァ』


魔王「ならば、なぜ翼を生やした?」


魔剣士『こうでもしねェと、終わっちまうからだよォッッ!!』


────ヒュンッ...!

まるで風が鳴く音、それを再現したのは魔剣士の翼。

彼はとてつもない速度で逃げに徹する。

魔王が放った闇の影響で、あちらこちらに窓ができた魔王城から飛び出した。


魔剣士『──頼むッ! 速く起きてくれェッ! 本当に時間なんて稼げねェぞッッ!!』


魔王子『────...』


魔剣士『クソッ! しかも魔王子の光で全力の速度も出せ────』ピクッ


────■■■■■■...

闇の気配がする、現状だせる最高速度を出しているというのに。

竜の翼にこうもあっさりと追いつかれてしまうとは。

それでも最善手を得ようとする魔剣士、頭の中ががんじがらめになったような感覚が襲う。


魔王「────そこだ■■■」


──■■■ッッッ!!

背後から迫るのは、魔王の闇爪。

魔王の基本的戦術は宙でも健在であった。


魔剣士『──あっぶねェなァッッッ!!』スッ


魔王「...逃げてばかりじゃどうにもならんぞ」


魔剣士(まずいなァ...やっぱり宙に逃げるのは悪手だったかァ...?)


魔剣士(いや...こうでもしねェととてもじゃないが時間なんて稼げねェ...)


魔剣士『...ケッ! 逃げるだけだと思うなよォ?』


魔剣士の身体が変異する。

いつぞやのウルフのようなとても不安定な見た目に。

身体は人のままだが、頭の形が徐々に竜へと変貌する。


魔剣士『────喰らいなァッッッ!!』


────ゴォォォォォオオオオッッッ!!

竜が吐いたのは、炎の吐息。

凄まじい密度を誇るそれは魔王へと向かう。


魔王「...無駄だ」


────■■■■...

当然の結果であった、この炎は炎帝のモノよりも劣る。

そのようなお粗末な火が魔王に抗えるだろうか。


魔剣士『──...ッ!』


魔王「まるで灯火だな...剣も持たないでどうするつもりだ?」


魔剣士『...まずいなァ、もう無理かもしれねェ』


魔王子「────...」


魔王「お遊びはここまでだ...諦めてもらうか」


────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■...

魔剣士はこの光景を一度見たことがあった。

あの時は属性付与で行っていたが、今も似たようなモノ。

魔王が両手を掲げ、闇を集め始めている。


魔剣士『──これはッ...!?』


魔王「...かつて空を滅ぼした技だ、見たことがあるだろう?」


かつて、魔王城はある危機に会っていた。

それは反乱でもなく、人間界からの侵攻でもなく、自然的な現象。

魔王子たちも苦しめられたあの自然現象。


魔剣士(あれは...前の日食の時に使った奴じゃねェか...ッ!)


魔剣士(魔界の空全体に蔓延った死神共を、一撃ですべてを滅ぼした大技...ッ!?)


魔王「安心しろ...空には誰もない...ここにいる者だけだ」


魔王「だから...」


──■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■...

滅びの魔法とも言えるソレは、既に備わっている。

光魔法を唱えるのに2秒かかる女勇者など比較にならない。

わずか数秒、それだけで魔界全体の空を殺せる闇を創り出していた。


魔剣士『────ッッ...!!!』


魔剣士(やりたくはねェがァ...覚悟を決めるかァ...)


なにかをしようとするために魔剣士は翼を構える。

まるでこれから、闇に向かって突撃しようとするような。

とても無謀な挑戦のようにも見えた。


魔王「────死ね」


魔王子の口癖は父親譲りであった。

その残酷な言葉とともに放たれるのはこの世の終わりとも言える黒。

そして行なわれるのは無謀とも言える特攻。


魔剣士『──オラァッッッ!!』


────バサァッ...!

翼をなびかせながら彼は漆黒へと向かう。

あまりにも衝撃的な出来事、刹那的な時間が流れる。


魔王「──愚かな...」


両手の闇が開放される、その余波で突撃してきた魔剣士は滅びる。

そう思い込んでいた、だが肝心なことを忘れている。

彼ほどの男がこの大量の闇の気配を無視して眠り込むだろうか。


魔王子『────死ね』スッ


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□...

光が迫る、両手を掲げたままだと我が身を貫かれる。

この闇を開放するのは後、今やらねばいけないことは1つ。

創り出した膨大な闇で息子の光を止めなければならない。


魔王「──今頃お目覚めか、それとも狸寝入りか?」


魔王子『...あれ程の闇を出されて、気づけない訳がないだろう』


──□□□□□□□□□□□□□□□□ッッッ!!

──■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!

上位の属性同士が正面から衝突する。

鍔迫り合いのようなその光景、それほど間近で光と闇が抗う。

そしてその余波をただ1人が被る。


魔剣士『────とっとと決着つけてくれェッッ! 死んじまうぞォッッ!!』


魔王子『──それができれば苦労しない...頼む、耐えてくれ...ッ!』グググッ


魔王「グッ...ウッ...■■■■■■■」グググッ


魔王子には翼はない、だから魔剣士に抱えてもらい宙に存在している。

つまりは魔剣士もこの光と闇の鍔迫り合いに参加しているということになる。

下位属性しか所持していない彼がこのような激戦に長く参入することができない。


魔剣士『死ぬゥッッッ!! 本気でくたばりそうだぜェッッッ!!』


魔王子『──耐えろッッ!! 竜の底力を見せてみろッッ!!』


魔剣士の身体に走るのは滅びの感覚。

あまりの衝撃に目を開くことすらままならない。

何が起きているのか全くわからないというのに、身体には強烈な違和感が生まれる。











『────とっととくたばれッッッ! クソ親父ィィィイイイッッッ!!!』



















「────まだ妻の野望が残っているッッッ!! くたばるのは貴様だァァァアアアアッッッ!!!」










普通の言語じゃ表現できない轟音が鳴り響く。

魔王城の上空、ここにて決着がついてしまった。

だらりという音が聞こえる、凄まじい一撃を受けて意識を保てる者などいない。


魔王「...さらばだ、愛しい息子よ」


魔王子『────ッ...」


魔剣士『──クソッ...タ...レ...」


勝利をもぎ取ったのは魔の王。

当然だった、魔界すべての空を滅ぼすことのできる闇を彼らにぶつけたのだった。

たとえ同等の質の光を持っていたとしても、圧倒的な質量に叶うはずがなかった。


魔王「...できれば、妻の野望を...共に果たしたかった」


魔王「あの世があるなら、先に待っていてくれ...」


ポツリと呟く、手向けの言葉であった。

力を失った魔王子たちは魔王城へと落下する。

それを他人事のような面持ちで、眺めるだけであった。


魔王「...来たるべき時に備えなければならない」


激しい戦闘の疲れからか、独り言。

気だるそうに翼を扱い自らも下降を始める。

魔王の闇が作り出してしまった天窓から、魔王城へと帰還する。


魔王「...おや?」


魔闘士「...」


女勇者「...」


そこに待ちわびていたのは、勇気ある者。

そして武を極めた、魔の闘士がそこにいた。

その2人はとても遥か上空から落下したとは思えないほどに綺麗な2人を見つめていた。


魔王「そうか、魔闘士が受け止めたのか」


魔闘士「...だったらどうした」


魔王「...いや、遺体は綺麗な方が弔い甲斐がある...感謝する」


女勇者「...っ!!」


その一言、決して煽りの意味ではなかったはず。

だがこの場にいる2人にはそう聞こえてしまった。

感情を揺さぶられ、彼女は落ちている彼の魔剣を拾う。


魔王「...やめておけ、勝てると思うか?」


女勇者「うるさいっっ!! よくも魔王子くんをっっ!!」


魔闘士「...冥土の土産には丁度いい、魔王相手に殴り合いといこうか」


敵意を向けられてしまった。

だが魔王子という最大の障害がなくなった今。

もはやまともに戦う気などありはしなかった。


魔王「...そうか、死ね」


──■■■■■...

未だに不安定な同化、腹部に刺さった折れた魔剣が阻害する。

だがこのような状況でもこの2人を屠るのには申し分なかった。

最大戦力である魔王子と魔剣士も、既にこの状態で倒したのだから。


魔王「────なっ」


女勇者だからといっても彼女の光は先程の魔王子よりも質が悪い。

魔闘士も下位属性しか扱えないはず、もう驚異などない、そのはずだった。


魔王「──なぜだ...ッ!?」


────□□□□□□□□□□□□□□□□□□...

その光はとても暖かくとても雄大であった。

まるで太陽と遜色のない代物、それがなぜここにあるのか。

答えはすぐにわかった、わかっていた。


女勇者「────□□□□□...』


彼女の右手にある、ユニコーンの魔剣。

それが身体を同化し始める、なぜ彼女が、人間である彼女が。

この剣を持って僅かな時しか過ごしてきてないの彼女が。


魔王「──なぜ一体化を...魔王子の魔力に馴染んでいたその魔剣と...ッ!?」


いつぞや魔剣士が言っていた、魔剣との一体化。

己の魔力を魔剣に慣れさせることができれば、可能だと言った。

だがそれは数十年単位もの時間が必要と言われる、しかし問題はそこではなかった。


魔王「ふざけるな...1つの魔剣が別の人物と一体化するなど聞いたことがないぞ...ッ!?」


魔王「それも...我が息子の光よりも、桁違いに眩いだと...ッ!?」


女勇者『...□□□□』


不可解な現象に気を取られてしまう。

誰でもそうだ、自分の中にある常識が覆されるとどうなることか。

だがそれが命取りへと繋がる。


女勇者『────□□□□□□□□ッッッ!!』スッ


光の言語が可能にするのは彼女が苦手とするあの攻撃。

魔剣と一体化した右腕を宙へ向かって突き刺す。

すると生まれるのは、アレしかなかった。


魔王「────剣気ッ!?」


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ッッ!!

それは、あまりにも輝かしかった。

己の色彩では捉えることのできない限りなく無に近い白。

もう少し反応が遅れていたら、この一撃が顔を貫いていた。


魔王「──危ないな」


どのような出来事が起きたとしても、身に迫る危険が魔王を即座に冷静にさせる。

それが故に彼は魔の頂点に立てている、そうでなければ魔王という座をとうに奪われているだろう。


魔王(...そういうことか、あの時の魔王子には...あの勇者の属性付与が備わっていた)


魔王(つまりあの魔剣と馴染んだ魔力は息子のモノではなく、あの女のモノだったか...通りで一体化できるわけだ)


魔闘士「...今のが見えるのかッ!?」


女勇者『ぐっ...□□□...身体が、言うことを聞かない...□□□□』


女勇者『ごめん...□□□□光は生み出せても、もう一歩も動けない...っ!?』


魔王「これは...暴走に近いみたいだな?」


──からんからん□□□...ッ!

左手に予め持っていた盾を落としていまう。

皆を護るために、この旅を共に過ごしてきたというこの装備を。

魔剣との一体化で得た代償が彼女を締め付ける。


魔闘士「...落ち着け、己の魔力を魔剣に委ねろ」


魔闘士「いつも通りだ、魔法を制御する感覚を思い出せ...ッ!」


女勇者『いつも...□□...どおり...?』


魔剣を所持していないというのになぜこのような助言ができるのか。

それは単純な理由であった、彼は武道家だからこその訳がある。


魔王「────助言はやめてもらおうか...■■■■」


魔闘士「──ッ! 盾を借りるぞッッ!!」スッ


魔剣に破れたことのある武道家が、次の対戦に備えてソレを調べ尽くさない訳がなかった。

だからこそ助言ができた、魔力の操作を乱すことができれば魔剣への対抗策を得ることができる。

逆をいえば、魔力を安定させることができれば一体化など造作もないとも言える。

その助言がこの戦況を逆転させてしまう、それを察知した魔王は狙いを魔闘士に絞った。


女勇者『魔闘士くんっ...□□□□っ!』


魔闘士「俺に構うなッ! 魔王が今お前を狙わないということは、女勇者の光に抗えないということだッ!」


魔闘士「ならばソレが勝利の鍵だッ! 時間は稼いでやるッ! とっとと制御しろッッ!!」


魔王「──時間など与えんぞ...ッッッ!!」


魔王子と瓜二つの顔、それは冷静な面持ち。

だがその表情からは想像もできない焦燥感が溢れ出る。

この決戦の鍵は間違いなく女勇者なのは間違いない、だが鍵はもう1つある。


魔王(──女勇者とて人間だ...眼の前で味方である魔闘士を殺せば...心が乱れるはずだ...ッ!)


魔王(ならば、こちらの勝利の鍵は魔闘士...貴様だ...ッ!!)


魔王「────死ね■■■■■」


──■■■■■■■...ッッ!!

とてつもない闇の気配、直ぐ側にまで迫っている。

まるで一瞬凍えたかのような錯覚にとらわれる。

死の予感が招く寒気、それをこらえながら彼は盾を構えた。


魔闘士「────死にたくなるほど気だるいな...」


力が失せる、それは闇も魔闘士も。

この盾に秘められた光は尋常な代物ではない。

先程落としてしまったとはいえ、一体化した女勇者が握っていたモノだ。


魔王「──クソッ...!!!!」


魔闘士「グぅぅぅぅぅぅぅうううううッッッ...!!!」


──□□□□□□□□□ッッッ!!

闇が盾へと衝突した音、それは白かったと表現できる。

それが何を意味するのか、魔王の焦りを見ればわかってしまう。

魔闘士の持つ光が優位に立っている、魔王程度の闇では破壊することができない。


魔王「この盾を貫けぬとも、盾の所有者がこの衝撃に耐えられるかッッッ!?」


魔闘士「...ぐぅうううッ、...ッ!!」


早くも息が切れ始める、魔の武道家だというのに。

己の身体がどれだけ魔力に依存していたのかが痛感してしまう。

この光の盾を持っているだけだというのに。


魔闘士「ま...まだだ...時間を...ッ! 稼がねばならん...ッ!!」


光がかき消す闇、その実害がないとはいえ盾越しに感じる衝撃は計り知れない。

光によって己の身体は普通の人間程度、もしくはそれ以下になっているというのに。

限界は既に来ている、だが彼はまだ立っている。


魔王「...なぜだッ!? なぜ立てているッ!?」


闇の猛攻が続く今、不可解でしかなかった。

彼が今立てている理由など存在しない。

全くもって理にかなったモノではない要素がソレを可能にしていた。


魔闘士「────知るか...ッ!」


当の本人でさえ立てている理由がわかっていない。

無意識の欲求、武道家だからこそ彼はしぶとかった。

貪欲なまでに勝利に拘る、だがこの窮地にそのような自覚を芽生えさせている暇などない。


魔王「──ならばこれを受けてみろ■■■■...」


────■■■■■■■■■■...

新たな闇の気配、見なくともわかる。

圧倒的な量を誇る黒が生み出されていた。

光の盾を滅ぼす為のモノではない、盾を持つ彼を疲弊させ盾を弾き落とす為の闇だ。


魔闘士「────これは」


例えるなら人が盾で大きめの波から身を守ることができるだろうか。

不可能だ、正面からの波は防げても圧倒的な質量が盾を持つ腕に多大な負荷をかけるだろう。

そうなったのならば、腕は疲弊し盾の構え方が曖昧になるだろう。


魔闘士「──クソッ...」


後方を確認しなくともわかる。

光の根源、主である魔力が微動だにしていない。

女勇者はまだ一体化の制御を可能としていない。


魔闘士「...あとは任せたぞ、女勇者」


結局は間に合わなかったが、十分時間を稼ぐことができた。

次の魔王の攻撃によりこの身が滅びたその瞬間に、彼女が動けるようになることを祈って。

そのわずかな可能性を信じて、彼は最後まで時間を稼ごうとする。


魔王「────死ね■■■■■■■■■」


────■■■■...

黒の音が遠く聞こえる、なぜなのか。

意識が消えかけているからなのか、それとも別の理由があるのか。

死の直面だというのにも関わらず、どうしても聞きたい声がそこにあったからだ。

盾を構える魔闘士の懐にある人物が潜り込んだ、それが聞きたかった声であった。


魔闘士「──動けるのか?」


女騎士「──あぁ、片腕をなくした程度では騎士を辞職することはできんからな」


魔闘士「そうじゃない...この光を持っても、動けるのか?」


女騎士「あぁ、お前と違って私は人間だからな...かなり気だるいが二日酔いよりはマシだ」グッ


彼女は人間、その魔力は後天的に得た存在。

彼女は騎士、その筋力は魔力により強化されたモノではない。

身体は重いのは事実だ、だが上記の理由が盾を強く支えていた。


魔闘士「...これだから人間は」


────■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!

──□□□□□□□□□□□□ッッッ!!!

強い闇が、強い光によってかき消されていく。

ここまでは想定通りだというのに、その様子は不沈艦の如く。

それを見てしまっては、絶句するしかなかった。


魔王「────な...ッ!?」


女騎士「ぐっ...なかなかの衝撃だったな...」


魔闘士「なんとかなったか...それよりもあの賢者はどうした?」


女賢者「呼びましたか?」


────ずるずるっ...!

小声のようで、はっきりとした音が聞こえる。

この激戦の轟音でかき消されているはずだというのに。

超越した集中状態が会話を可能にしていた。


女賢者「その盾で守っててくださいね...私は2人を引きずっているのに精一杯なので...」ズルズル


女賢者「..."治癒魔法"」


──ぽわっ...!

光魔法とは違う、とても優しさのある明かりが2人を包み込んだ。

闇による攻撃を受けたというのに、その治癒速度は比較的平常通りであった。

女騎士の時とは違う要素が彼らの傷を癒やしていた。


魔王子「────ッ! ゲホッッ!!」


魔剣士「──あァ...今度ばかりはくたばるかと思ったぜェ...」


女賢者「...女勇者さんの光に感謝です、2人を侵していた闇が簡単に払われてましたよ?」


女賢者「もっとも...そのおかげで私の魔法もかなり制限されていますが」


魔王ほどの男がトドメを刺さなかったのだろうか。

違う、これはトドメを刺せなかったのであった。

彼らのくどいほどの生命力を彼は予期することができなかった。


魔闘士「──生きていたかッッ!!」


魔剣士「あァ...なんとかなァ...」


女賢者「まだ喋らないでください、制限された治癒魔法じゃ健康な状態まで癒せません」


魔剣士「通りでなァ...まァ闇に喘がされ続けるよりかは遥かにマシだァ...」


魔王子「──ゲホッ...吐血が止まらん...」


女賢者「...2人ともお腹に穴が空いてたというのに...さすが魔物ですね」


魔剣士「その穴もまだ塞がってねェしなァ...」


女賢者を含む3人が前方の女騎士らから距離を十分取れた。

これで盾を越してこない限り、魔王の闇が襲いかかることはないだろう。

尤も、それを許してくれない彼女がそこにいる。


女勇者『...□□□□□□□□□』


魔王「...これは」


一体どこで間違えてしまったというのか。

どれほど己の運が悪いのか、野望を叶える代償だというのか。

彼は冷静な顔つきをやめてしまう。


魔王「...」


この表情は一体なにを表しているのか。

喜怒哀楽、これら4つに属さない謎の感情。

彼の瞳の奥には一体なにが見えているのか。


魔王「...フッ」


────□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□...ッッッ!!

そして聞こえたのは光の音。

腹部に刺さっている歴代最強の魔王が震えているような感覚。

そこには終わりが待っている、全ての終わりが待ちわびている。


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今日はここまでにします、近日また投稿します。
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@fqorsbym


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隊員「...やったか」


世界が切り替わる、ここは現実世界。

そして目の前に広がるのは、血痕。

射殺された魔王妃が横たわる道路に皆が集まる。


魔王妃「────」


ウルフ「...まだ生きてる」


隊員「冗談だろ...?」


ヘリコプターが着陸できる場所などそう簡単に見つからない。

それを察した隊員AとBは縄ハシゴを降ろし、ウルフと隊員を先に合流させていた。


魔女「...生きてるわね」


脈を計っているわけでもないというのになぜ断定できるのか。

それはある魔法が結論を表していた、遠くに見えるのは生きる屍。


魔女「使い魔召喚魔法がまだ発動しているわ、あれは術者が死亡すると自動的に消滅するはずよ」


隊員「...あの攻撃を受けても、まだ息があるのか」


魔女「...生きてはいるけど、気絶はしているみたい」


────□□...

その時だった、どこからか違和感が生まれる。

思わず彼女は後ろの人物を確認してしまう。


魔女「...え?」


隊長「...どうした?」


魔女「あれ...? ごめん、気の所為だった」


隊長の方から強い光を感じた、だがそれは刹那の出来事であった。

もしかしたら先程の光の銃撃による残り香的なモノなのかもしれない。

少なくとも、今の隊長から光など一切感じなかった。


隊長「さて...どうするか」


隊長「このまま寝首をかくか...それとも鹵獲か...」


隊員「...私としては、鹵獲が優先だと思われます」


隊員「このような超常現象...その実物を見せない限り納得はされないでしょう」


魔女「...そうね、その通りだと思うわ」


当然だった、彼女には山程聞きたいことがある。

今はまだ殺すべきではない、隊員と魔女はそう意見を述べた。

おおよそ隊長も同じ意見だと思われた。


隊長「...いや、危険すぎる...このままトドメを刺すべきだ」


魔女(...え?)


隊長「確かに、この身柄を確保したい事実もある...だが今必要なのは人命救助だ」


隊長「今もまだあの屍共に襲われている人々がいるかもしれん...」


隊員「確かに、この女を殺害すればZombie共は消滅するらしいですが...」


隊長「...それに、鹵獲に失敗してまた被害が拡大したら目も当てられん」


隊員「それもそうですね...このまま寝首をかく他ないですかね...」


ウルフ「...?」


ウルフの顔つきが変わる。

それはとても困惑したようなモノであった。

なぜそのような表情をしているのか、魔女にはわかった。


魔女(...なに? なんなのこの違和感は...?)


魔女(どこもおかしい所なんてないのに...でもどうして心が落ち着かないの...?)


隊長の発言、このまま魔王妃の寝首をかくとのこと。

確かに彼の言葉にしては少しばかり野蛮かもしれない。

だがそれでいて理にかなっている、隊長らしい思慮でもある。


魔女「...ね、ねぇ────」


どうしても、この違和感を追求したい。

その欲求に耐えきれずに彼女は彼に質問をしようとする。

その時であった。


魔女「────っ...」ピクッ


隊長「どうかしたか?」


魔女「いえ、なんでもないわ...ちょっと疲れたから座らせてもらうわね」


隊員「...全身にやけど痕が...大丈夫か?」


魔女「大丈夫よ、あとで魔法でさっぱり治せるから...ウルフ、一緒に座りましょ?」


ウルフ「うん? いいよっ!」


隊長と隊員が打ち合わせをする中、彼女たちは摩天楼の足元で座り込む。

冬のコンクリート、とても冷たいがそんなことを言っていられる場合ではない。

多大な疲労感をいち早く癒やしたい、魔女とウルフは座り込んでしまった。


魔女「...ねぇ、ウルフ...なんか、変じゃない?」


ウルフ「...ご主人のこと?」


魔女「やっぱり...気がついたのね」


ウルフ「うん...でも、どこもおかしいところがないよ」


ウルフ「においも間違いなく、ご主人だよ」


魔女「でも...なんなんだろう、この違和感...」


ウルフ「...つかれてるんじゃない?」


魔女「そうかなぁ...そうかも...」


ともかく、これにて闘いは終了した。

隊長と出会ってからずっと戦闘続きであった。

いまようやく、この長い旅の終止符が打たれた。


魔女「これで、終わったのね」


ウルフ「...そうだね」


ウルフが魔女に身を寄せる。

闘いは終わったのだ、この世界でやれることはすべてやった。

あとは魔王子たちがあの世界を掴んでくれていることを願って。


魔女「スライム...帽子と会えてればいいね」


ウルフ「...そうだね、きっとあえてるよ」


声が徐々にか細くなっていく。

もう闘う必要はない、今初めて心を落ち着かせることができた。

スライムが戦死したという事実をようやく受け止めようとする。


ウルフ「...少し、ねむたいよ」


魔女「そう...ね...ちょっとだけ寝よう?」


魔女「きっと...あとはキャプテンが後始末してくれる...わ...」


過去の激戦、過度の疲労感、そして過酷な出来事が彼女たちを眠気にさそう。

ウルフはもうすでに眠りについた、可愛らしい小さな寝息を立てている。

そんな彼女の頭を肩で受け止めつつも魔女のまぶたも下がり始めていた。


魔女「...これからどうしよう」


魔女「もう、あっちの世界に戻れることなんて...ないだろうし...」


魔女「どうしたらいいと思う? キャプテン...」


うつらうつらと船を漕ぎながら、独り言を済ませていく。

もう限界が近い、眠気に負けそうになりながらも彼女は視線を送る。

最愛の人物、眠気を惜しんでまでも彼を見つめていたかった。


魔女「...あれ?」


その乙女のような仕草がある要素に気づくことができた。

先程まで彼女を悩ましていた違和感、それがついに判明する。

それは意外にも単純なモノであった。


魔女「...ドッペルゲンガーがいない」


あの憎たらしいまでに、隊長と瓜二つのあの魔物。

魔王妃を仕留めたならば、その様子を伺いに現れてもいいはずだった。

だが現時点で闇の魔力を感知することができない。


魔女(キャプテンの中にいるのかしら...)


表舞台にいないのならばあの魔物は隊長の精神に潜んでいる。

ドッペルゲンガーとはそういうモノだ、だがそれだと1つ疑問点が生まれる。


魔女(あれ、そういえばさっきは...)


魔女(闇じゃなくて...久しぶりに光を纏っていたような...)


ふと思い返せば、魔王子と対峙した時以来だろうか。

久々にみた彼の光によって魔王妃を破ることができた。

だがなぜ今になって光なのか、あの場面なら闇でも勝てたはずだ。


魔女(...そもそも、あの光ってなんなの...?)


魔女(キャプテンが言うには、神からあの力をもらったって言っていたけど...)


魔女(...だめ、わからない...けど気になって仕方ない)


今まで一度も深く考えている暇などなかった。

光を扱えるという戦力がとても重要だったがために追求などせずにいた。

だが今はもう戦う必要などなく十分に時間は作れてしまう、無意識の知識欲が彼女をドンドンと刺激する。


魔女(...私じゃわからない...でもここにいる皆に聞いたところでわかりっこない)


魔女(当の本人ですら、理にかなった説明ができないんだから...)


魔女(...もう1人しかいないじゃない)


隊長に聞いてもわからない、ウルフに聞いてもわからない。

だが一度刺激されてしまったこの欲求は止めることができない。

ならば尋ねるしかない、彼女に。


魔女「...ごめんウルフ、動くわね」


ウルフ「うぅ...?」


肩に寄り添ったウルフを優しく動かした。

冷たいながらもどこか心地いいこの道路の上で横にした。

そして、ふらふらと隊長たちの方に歩み寄った。


魔女「...ねぇ、待って」


隊長「どうかしたか?」


魔女「ごめん...魔王妃にどうしても聞きたいことがあるの...まだ殺さないで」


隊長「...しかしだな」


隊員「危険じゃないか? また魔法でも放ってきたらどうする」


魔女「それは...そうだけど...」


──■■...

その時だった、わずか一瞬にも満たない。

ほんの少しだけ、まるで蚊の羽音のような黒い音が聞こえた。

当然誰も気づかなかった、魔力を持たない者は。


魔女(──今、闇が...っ!?)


魔女「...えっ...と」


隊長「...どうかしたのか?」


気づけたのは魔女だけであった、その闇が現れた場所に。

思わず顔を強張らせながらも彼女は彼の顔を見つめる。

どうして、なぜこの場所から闇が生まれたのか。


魔女「...ごめんなさい、ちょっと疲れすぎたみたい」


魔女「もう...魔王妃のことは任せるわ...」


隊長「...そうか」


隊員「では...実行しますか...」


魔女「...私も、付き添うわ」


こうして3人が倒れている魔王妃へと近寄る。

話し合いの結果、どうやら隊員が引導を渡すことになったようだった。

彼のみが武器を構えいつでも射殺する準備を整えていた。


魔王妃「────」


隊員「...本当に生きてるのか、不思議なぐらいだ」


隊長「...」


魔女「...」


隊員「では...やりますよ」スチャ


アサルトライフルの照準が横たわっている彼女の頭へと向けられる。

このままなにも起こらなければ確実に仕留めることができる。

そしてもう、激しい戦闘など起きることはないだろう。


魔女「...」


本当にこれでいいのだろうか。

このまま一生、隊長は謎の光に付き纏われることになる。

あの不可解な光がどうしても魔女を不安にさせる、それが魔女の猜疑心を煽る、彼女は裏切りを決意する。


魔女「..."治癒────」


気狂いとも表現できてしまう、その戦犯的な行動。

それを実行してしまう、もう後戻りはできない、そのはずだった。


隊長「────ウッ...!?」


彼の嗚咽とも取れる声がそれを阻害した。

まるで、身体の中でなにかが暴れまわっている。

彼ほどの男が身を丸くしてしゃがみ込んでしまってた。


隊員「──Captain...?」


魔女「え...だ、大丈夫?」


隊長「...手こずらせやがって■■■■■■」


その闇の言語とともに現れたのはどう考えてもあの魔物。

ドッペルゲンガーがようやく登場した。

なにか苦しそうな顔つきで、隊長の身体を乗っ取っている。


魔女(────嘘...っ!?)


過去に魔闘士と共にこの現象を見たことがある。

ドッペルゲンガーという魔物は宿主の身体を乗っ取る。

油断した、油断してしまった、だが彼らしき者が叫んだ言葉は意外の一言であった。


隊長「────俺を気絶させろッッッ!!」


隊員「──は...?」


隊長「早くしろッッ!! もう抑えられんッッ...■■■!!!」


魔女「──っ..."雷魔法"っっっ!!」


──バチバチバチバチバチッッ!!

隊長がドッペルゲンガーに乗っ取られた、そのことを理解していた彼女はすでに臨戦状態であった。

言動に多少困惑しつつも、人が死なない程度に調整された魔法が直ぐ様に隊長を襲う。


隊長「──グ...ッッ!! 手加減をするなッッ!!」


魔女「ど、どういうこと...っ!?」


雷に悶ながらも、彼は叫び続ける。

なぜ気絶をさせようとしているのかは一向にわからない。

だが切羽が詰まっていることは確実であった。


隊長「まずい...っ! 早く■■□────」


────ガコンッッ!!

後頭部に激しい痛みが走る。

その一撃は、あの獣からの重いモノであった。


隊長「────ッ」ドサッ


ウルフ「────フーッ...フーッ...」


魔女「...気絶、したみたいね」


隊員「何が起こったんだ...?」


その問いかけに答えられる者などここにはいない。

わかることは1つだけ、それも仮説に過ぎない。

ふらつくウルフを抱き寄せ、彼女は答えた。


魔女「...わからない、だけど今のキャプテンは本当のキャプテンじゃないわね」


隊員「...どういうことだ」


魔女「あのね、まず大前提の話なんだけど...」


彼女は語る、向こうの世界で隊長がどのような魔物を引き連れてきたのかを。

ドッペルゲンガーに取り憑かれる、その呪いのような出来事を説明した。

隊員はとても険しい顔つきでその言葉を受け止めた。


魔女「...さっきの様子を見ると、キャプテンとしての人格がなかったように思えるの」


隊員「確かにそうだな...つまりドッペルゲンガーに乗っ取られたってことか」


魔女「そうなんだけど...でも、おかしいと思わない?」


隊員「あぁ...奴は気絶をさせろと懇願していたな」


魔女「そうなのよ...それが...この話を難しくしているの」


あの時、研究所で一度だけ見せられた。

ドッペルゲンガーによる宿主の乗っ取りというのは今回みたいなモノではない。

いままで経験したことのない事態に隊員は愚か魔女ですら頭を抱えてしまう。


隊員「...Captainは気絶したが...目を覚ましたらどうなるのかが分からない」


隊員「こちらも全力を持って対応するつもりだが...魔法の話には全くついて行けない」


隊員「その魔法のExpert...魔法に長けている君ですら理解の追いつかない現象にどう対応すればいいか」


魔女「...そうね」


正直に言って手詰まり、また目を覚ましてはこのような暴走に巻き込まれてしまえば。

1日2日だけなら話は別だがそのような確証などない、このまま隔離病棟にブチこむしか手はないのかもしれない。


魔女「...1つだけ、手段があるわ」


そして魔女は頭の中で線路をつなぐ。

どうしても聞きたかったことをこの現象に繋げる。

これはもう尋ねるしかなった、自分よりも遥かに魔法を長けている者に。


魔女「......魔王妃に聞くしかないわ」


隊員「...正気か? それでこそ危険だ」


隊員「また先程のように暴れ回られたらどうする...Captainが動けない分、より苛烈な戦闘になるぞ」


魔女「でも...そうするしかないじゃない...」


魔女「もしキャプテンが目を覚まして、何事もなかったような素振りをみせても...」


魔女「また発作的にさっきの出来事が起きたらどうするの? あの人の人生滅茶苦茶になるわよ」


魔女「だったら...多少危険を背負ってまで...解決方法を知っているかもしれない魔王妃に聞くべきよ...」


実に女性的な発言だった。

愛する人のためなら世界を敵に回してもいい。

彼女が言っているのは、それと同義であった。


隊員「...しかしだな」


ウルフ「...魔女ちゃんがそう思うんなら...だいじょうぶだよ」


魔女「ウルフ...」


ウルフ「もう...誰も失いたくないよぅ...」


ウルフも直感していた、それは単純すぎる結論。

もしこのままを維持するのであれば、隊長はこの病魔じみたなにかに侵される。

原因不明の病を患ったまま長生きなどできるはずがない。


隊員「...わかった、鹵獲の方向に話を進めよう」


隊員「だがまず先に...どうやって抑えつけるかを決めよう」


魔女「...そうね、どうしようかしら」


ウルフ「力で抑えつけるのは...むりそうかな?」


魔女「...いえ、それしかないわ」


隊員「それで大丈夫なのか...? もし魔法を唱えられたらどうする」


魔女「平気よ...魔法って意外な話、物理的に抑えることができるの」


隊員「...それはどうすればいい? 本当に文字通り拘束させるだけか?」


魔女「そうね、あとは口を塞げば問題ないわね」


隊員「そんな単純でいいのか...?」


魔女「そうよ、魔法は魔力の込められた言葉...詠唱をしなければ扱えないわ」


魔女「だから...口を塞げば魔法自体はなんにも怖くないわ」


隊員「それを先に言ってくれ...知っていればあの時がもっと楽に...」


単純でいて簡単な方法。

口を塞ぎさえすれば魔法なんてものは恐るるに足らず。

だがそれがどれだけ難しいことなのか、すぐに分かってしまう。


隊員「...いや、今のように気絶している状態じゃなければそもそも接近すらできなかったな」


魔女「まぁ...そういうことね」


隊員「とにかくわかった...魔法への対策がわかっただけでも上等だ」


隊員「...この布で口を塞ぐぞ」


そうして取り出したのはただのハンカチ。

男性用の少し大きめな物、これなら口を覆うことができる。

そして少しばかり締めれば簡易的なギャグになりえる。


魔女「...なんか絵面が厳しいわね」


隊員「あ、あぁ...一応人妻だからな」


魔王妃「────」


髪の乱れた人妻がなおのこと淫靡な雰囲気を醸し出す。

傍から見れば間違いなく暴漢と間違われるであろう。

しかし、これにて魔法への防御策が完了する。


隊員「...できたぞ」


魔女「これだけ締めてあれば...唸り声しかあげれなさそうね」


魔女「それじゃ、ウルフ...ってどうしたの?」


ウルフ「うーん...ちょっと服が邪魔になってきた...」


隊長から借りた洋服は既に原型を留めていなかった。

こうなってしまえばもう邪魔でしかない、この状態だと全力で走るときに支障がでる。

せっかくの隊長の服をダメにした罪悪感と、不快感に負け彼女は脱ぎ始める。


ウルフ「よいしょっと」ヌギ


隊員「それで全裸か...完全に犬だな...」


魔女「ちょ...呼吸が荒いわよ...?」


隊員「いや...すまない...犬が...好きなんだ...犬が...」


かなりオブラートに包んだ発言。

ウルフの全裸というものは、人間のようにすべてが包み隠されていない状態ではない。

身体の数箇所に濃い体毛が生え揃っている、つまりは公共の場でも問題ない見た目である。


ウルフ「動きやすくなったのはいいけど、これをしまえなくなっちゃった」


隊員「...これを貸してやろう」


そう言うと彼は右太もも付近に装備していたモノをウルフに与える。

手付きに迷いはない、この行為に他意はなく単純な施しの為の行動だった。

ウルフの右太ももになにかが装備された。


ウルフ「...いいの?」


隊員「あぁ、ウルフがつけていたほうがいい...私は今ハンドガンを持っていないからな」


魔女「...いいわねそれ、邪魔にならなそうだし」


隊員「そうだろ? Holsterっていう装備品だ、これで1丁は仕舞えるな」


ウルフ「ありがとうっ! もう1個はずっと手に持っとくよっ!」


隊員「...」


犬のように尻尾を振るい、女児のような明るい表情。

この光景をみて隊長は父性を芽生えさせていた。

だが隊員は別の感情に身を焦がす。


隊員「...Mother fucking pretty」ボソッ


魔女「だ、大丈夫?」


隊員「あ...あぁ...ここしばらくCaptainを探すので精神的に参っていたが...どうやら特効薬が見つかったみたいだ」


魔女「そ、そう...よかったわね」


隊員「...ちょっと夜風に当たってくる、このままの興奮状態じゃまともに動けない」


魔女「あ、はい...魔王妃はたぶん何もしない限り起きないと思うから...ゆっくりね?」


そういうと彼は鼻を抑えながら暗闇の摩天楼に向かう。

そこから聞こえるのは、謎の奇声と銃声、そしてそれの被害を被るゾンビの断末魔。

時が流れていく、不測の事態に備えてウルフはひたすらに魔王妃の真横で待機していた。


隊員「...今戻った」


魔女「早かったわね...その荷物は?」


ウルフ「────っ!」ピクッ


わずか10分も経っていない、鼻にティッシュを詰めた彼の興奮は収まったのだろうか。

そのようなことはどうでもよかった、肝心なのは彼の新たな手荷物。

透明な袋に入っている何かとぶら下げているなにか。


隊員「...こっちはWestpouchという腰につける鞄だ、ハンドガンは入らないがMagazineは入るはず」


隊員「そしてこっちは、食料だ...代金は店にそのまま置いてきた」


魔女「あー助かるわ...ちょうどお腹が減ってたのよ」


魔女「とりあえずその鞄をウルフに着けて...ってウルフ?」


ウルフ「へっへっへっへ...ちょこの匂い...」


隊員「あ、あぁ...Chocobarはあるけど...犬にこれはまずいと思うんだが」ゴソゴソ


わざとらしく、本人にそのつもりはないがそう見えてしまった。

それが運の尽きであった、獣相手にエサを見せつけるほうが悪い。

ましてはウルフは極度の疲労状態、すぐさまにも口に何かを入れたいはず。


ウルフ「────いただきまぁす」


──ドサッ...!

その俊足は、戦闘以外でも発揮される。

とてもじゃないが人間には見えない、手も足も出せないどころか押し倒された。

そして貪られる、チョコバーを持っている彼の腕。


魔女「...あ、さっきの飲み物あるじゃない」


そしてそれを止める元気もない魔女。

黒いシュワシュワする飲み物と、ウルフが暴れて飛び散った棒状の芋を拾い食いする。

どこか不気味な声を上げている隊員を余所目に、魔女は体力を癒やしていた。


隊員A「...What's happened?」


隊員B「...Nightmare」


~~~~


~~~~


??1「...終わったんだな」


抉れた大地にいるのは、男が1と女が2人。

男がぽつりとその言葉を漏らす、そして1人の女が返事をする。


??2「終わりました...これで...やっと...」


??1「...魔王と共に死神が大量に沸いた時はもう駄目かと思ったぞ」


??2「そうですね、あの子に感謝するしかありません」


??1「...まさか勇者が、太陽に属性付与をかけるとは」


勇者「...」


いままでの会話に参加せずにいた者、それは勇者と呼ばれていた。

女勇者が可憐というなら、この勇者にふさわしいのは美人という言葉であった。

だがその表情は、この世の修羅を乗り越えた非常に険しい顔つきであった。


勇者「...勝った、勝ったんだ」


勇者「賢者...魔術師...よく生き残った...っ!」


そして残りの男女の名前、賢者と魔術師。

賢者と呼ばれる男は激戦の果の疲労感に負けそのまま座り込んだ。

魔術師と呼ばれる女は落ちていた剣を拾っていた。


魔術師「まさか、トドメを刺されたくないがために...己を魔剣化させるだなんて」


賢者「魔剣には詳しくないが...魔剣から肉体を取り戻した事例など聞いたことがない」


賢者「...結界魔法で封印する手間が省けた、実質的に魔王はこの世を去ったと言える」


魔術師「そうですね...」


激戦地に雨が降る、それでいてギラつく光が眩い。

俗に言うお天気雨が彼らの身体を冷やし、癒やしていた。

大地の恵みが全身を巡る。


賢者「...心なしか、いつもより日差しが強いな」


魔術師「これも、勇者の属性付与による影響でしょうか」


賢者「死神はわずかな光属性でも嫌う...もう二度と地上に現れないだろう」


賢者「...いや、日食時はどうなるのか...まぁ奴らは人間界には現れないからもう気にしなくてもいいか」


些細なことが気になるところを見ると、賢き者であるのは間違いない。

そして現れるのは沈黙、3人は余韻に浸りこのまま眠りについてしまいそうになる程に。


魔術師「...これから、どうしましょうか」


賢者「魔王は倒したんだ、もうやるべきことなどないはず」


魔術師「...そうですね、このまま人間界へと帰還しましょうか」


賢者「さっさと帰ろう、魔界の空気は人間には合わない」


勇者「...帰ろう、故郷が待っている」


座り込んでいた賢者が立ち上がり、魔術師は魔剣を手荷物にする。

そして勇者も、この激戦により更地と化したこの場所から離れようとした瞬間。

妙な感覚が襲いかかる。


勇者「────っ...」


──どくんっ...!

心が燃やされるような感覚が彼女を襲う。

まるで、内部から身体を引き裂かれているような痛みが伴う。


魔術師「...勇者?」


賢者「どうし...これは────」


いち早く気づけたのは賢者であった。

なぜ気がついたのか、それは彼が魔力の扱いに長けているからであった。

だが既に遅かった、勇者は変貌し始める。


賢者「まさか...ッ!?」


魔術師「────勇者っ!!!」


握りしめられた魔剣がやけに馴染む。

どうしてだろうか、彼女は人間だというのに。

だが彼女は将来魔に染まる、その因果だというのだろうか。


???「────"治癒魔法"」


そして聞こえたのは全く馴染みのない女の声。

彼女は目を覚ます、これは魔術師の過去の出来事。

気絶していたがために夢に見せられた、記憶の断片。


~~~~


~~~~


魔女「────"治癒魔法"」


心地いい明かりが彼女を癒やした。

その傷はまだ残るが、意識を蘇らせることは可能だった。

魔物という生き物はそう簡単にくたばるような生き物ではない。


魔王妃(...随分と、嫌な夢を見てましたね)


魔王妃「...もが」


視界は開けていていく。

そして突きつけられているのは、様々な武器。

そして口には布が、背中には狼が彼女を羽交い締めにしている。


魔王妃(...これでは物理的に逃げることも、魔法も唱えられないですね)


魔王妃(この狼の子...ものすごく力が強い...いくら魔力で強化した私でも脱出は不可能ですね)


魔王妃(...ですが、なぜあのまま殺さずに治癒魔法を...?)


魔王妃(いえ...これは私にとっても好都合です)


魔女「...おはよう、悪いけど聞きたいことがあるの」


魔女の周りには3人の男が武器を構えていた。

もう魔王妃に拒否権などない、そう悟った彼女は首を頷かせた。


魔女「...あんた、"あの光"についてなにかわからない?」


魔王妃「...」


こくりと音が鳴る、きれいな意思表示であった。

それを見た魔女は目を見開いた、やはりこの行動は間違いでなはかった。


魔女「...当人はあの光を、神から貰ったって言ってたけど...それは本当なの?」


魔王妃「...」


彼女は首を振った。

その返答に彼女はどこか安心したような表情を浮かべた。

やはり、理にかなっていない説は抹消したかったのであった。


魔女「...あれは、なんなの?」


魔王妃「...」


なにも音はしなかった。

彼女はなにも反応をせずにいた、それが意味するのは1つしかない。

先程の意思表示だけでは答えられないからだ。


魔女「...いい、わかってるわね?」


その一言で周りの者たちの緊張感が増していく、3人の男が向ける銃口はより正確に。

後ろで拘束しているウルフも新たにハンドガンを彼女に突きつける、魔王妃の口元が開放される。


魔王妃「...随分と乱暴ですね」


魔女「黙って、少しでも詠唱の素振りを見せたら殺すわよ」


魔王妃「...」


その魔女の顔つきに既視感があった。

過去に自身もこのような顔をしていたのだろうか。

大切な者ために、己を修羅に染めるこの表情を。


魔王妃「...あの光は────」


その言葉に、魔王及び魔王妃の野望が詰まっていた。

これをするがために、この夫妻は人間界を侵略しようとしていた。

これをするがために、妻は単身で異世界に旅立ったのであった。


魔王妃「────"勇者による光"です」


勇者の光とは、何を意味するのか。

魔王妃のその苦悶の表情は、何を意味するのか。

理解が追いつかない回答に魔女は追求を行おうとしたその時、ある人物が納得をした。


ドッペル「...そういうことか」


魔女「──っ! ドッペルゲンガー...なんでここにっ!?」


ドッペル「あの宿主の身体から追い出されたのでな...だが気絶させてなければ滅びるところだった」


ドッペル「この身も...あの宿主もな」


隊員「...どういうことだ?」


ドッペル「...それはあの女が説明してくれる」


魔王妃「...話かけるな、腐れた種族が」


怒りを顕にする、どれだけドッペルゲンガーのことが憎いのか。

その理由がついに明らかとなる、魔王妃は回答を続ける。

重すぎる言葉、それをただ飲むことしかできない魔女。


魔王妃「私は...遥か過去に、人間の魔術師として生きていました」


魔王妃「そして私は勇者...そして賢者と出会い、魔王討伐の旅に加わりました」


魔王妃「...簡潔に言いますが犠牲はありましたが、なんとか魔王を討ちました」


魔王妃「問題は...討った後です」


あの世界の真実が紡がれる。

なぜこのような出来事が歴史書に綴られていないのか。

真相を知るものは、わずか2人しかいないからなのか。


魔王妃「────勇者は、ドッペルゲンガーに取り憑かれていたのです」


魔女「...え?」


魔王妃「そして...彼女は...あの忌々しい魔物に......」


そして訪れる沈黙、その答えは明白であった。

あの時魔闘士が強引に気絶させていなければ、隊長もそうなってしまったかもしれない。


魔王妃「あの時、私は殺されました...ドッペルゲンガーによって操られた勇者自らの手によって」


魔王妃「そして彼女は、私を殺した絶望感に負け...死にかけた私の眼の前で...」


魔王妃「...あの光景を忘れることはありません」


魔女「...そんなことが、過去に起きてたなんて」


魔王妃「...この事実を知ってる者は私と今の魔王、そして...賢者だけでしょうね」


やけに引っかかる賢者という名前。

それに先程、大賢者の魔力薬を飲んだときの魔王妃の反応。

彼女はあの魔力を懐かしいと言っていた。


魔女「まさか、あんたが言ってる賢者って...大賢者様のこと?」


魔王妃「...真相はわかりませんが、彼の子孫だと思われます」


魔王妃「彼も殺されたかと思っていましたが...なんとか生き残っていたようですね、それはよかったです」


魔王妃「...脱線しましたね、話を戻しましょう」


脱線した話を戻す、つまりは隊長の身に何が起きているかという話だ。

今の魔王妃の発言から推理すればもう答えは明白であった。

彼の中にもう1人、誰かがいる。


魔女「...まさか、キャプテンは2つのドッペルゲンガーに憑かれていたってわけ?」


魔王妃「そういうことになります...あの光の魔力は間違いありません」


魔女「そんな...いつ...どこで憑かれたのよ...?」


ドッペル「...俺が取り憑いた時にはすでに、奴はいたぞ」


今の発言がどれだけ重要なモノなのか。

逆に言えば、なぜ今までそのことを黙っていたのか。

それはこの魔物は味方ではないからであった、魔女はその事実を頭の中で無理やり理解させる。


魔王妃「...私は長年、あの偽物の勇者を探していました」


魔王妃「ようやく掴めた手がかりは、わずか10年くらい前でした」


魔王妃「...人間界に、勇者の魔力を感じたのです」


魔女「...続けて」


彼女は語る、己の野望を。

10年前、魔物の彼女からすればわずかな時だ、その過去になにが起きたのか。


魔王妃「...その魔力は、とある人間に付着していました」


魔王妃「それを逃すべきではない、すぐさまに私はその者を拉致しました」


魔王妃「...それが、研究者のことです」


隊員「────ッ!?」


研究者というのは、あちらの世界での名前であると隊長は言っていた。

そのことを忘れずにいた隊員はその言葉に動揺する。

まさか、あの男が重要人物だとは思いもよらなかった。


魔王妃「...ですが残念ながら彼を拉致したところで、目的は果たせませんでした」


魔王妃「だけれども、少なくともまだ人間界に奴がいる...そう踏んだ私たちは人間界への干渉を試みました」


魔王妃「侵略を行い、魔界として統治すれば...人探しが簡単になりますからね」


魔女「...それが、魔王軍が動いていた訳ね」


魔王妃「えぇ...そうです」


魔王妃「...しかしですね、ある程度時が経った時に...もう1つの可能性が生まれたのです」


魔女「...転世魔法ね?」


魔王妃「そうです...私の感知能力でも、なかなか見つけることができずにいた訳ですから」


魔王妃「...新たな可能性として、異世界へと着目したのです」


これまでの魔界の動きがようやく明らかとなった。

彼女はついに尻尾をつかめたのであった、あそこで横になっている人間の彼が鍵だ。


魔王妃「...私の目的は、勇者を装う無礼者にトドメを刺すこと」


魔王妃「そして今...ようやく...ようやく、奴を捉えることができました」


魔王妃「身勝手な話にしか聞こえないでしょうが、これを逃すわけにはいきません...」


魔王妃「...離してください、あの憎たらしい魔物を殺させてください」


隊員「...随分都合がいいな、お前が呼び出したZombie共がどれだけ人を殺したと思っている」


魔王妃「...ですが、話したところで納得してくれましたか?」


魔王妃「この世界で私ができるのは...侵略、そしてドッペルゲンガーを炙り出すことです」


魔王妃「...私の野望の邪魔をするな」


あのまま侵略を進めてこの世界を統べることができたのなら。

確かに人探しなど容易だろう、彼女の選択は間違いではない。

醸し出されるの雰囲気は渇望、そして執念。


魔王妃「──私の大切な"あの子"の無念を...晴らさせてくださぃ...」


そして、涙であった。

彼女は女性だ、その考え方は男性と異なる。

愛する者のためなら、全てを敵に回してもいい。


隊員「...」


魔女「...」


主要人物が2人、このチームのトップは間違いなく魔女と隊員。

その他の者は指示を待つことしかできずにいた。

長い沈黙が訪れた後、ようやく答えをだせた。


隊員「──Put the gun down...」


隊員B「Are you mental...?」


隊員A「...」


その命令、真っ先に従ったのは隊員A。

少しばかりの悶着がありつつも、隊員Bも続く。

そして当の隊員の顔つきはとても険しいモノであった。


魔王妃「...ありがとうございます」


隊員「...全てを許したわけじゃないからな」


隊員「別の形で罪を償ってもらう...だがそれはCaptainをどうにかしてからだ」


魔女「...ウルフ、離していいよ」


ウルフ「...わかったよ」


羽交い締めにしていた魔王妃をゆっくりと開放する。

しかし彼女は自力では立てないまで負傷をしている。

それを哀れに思ったのか、優しいウルフは肩を貸してあげた。


魔王妃「...ありがとう」


ウルフ「...どういたしまして」


魔王妃「ではまず...アレを解除します」


そう言うと彼女は、魔力の籠もった言葉を口にする。

それはあの惨劇を引き起こした魔法に関するモノ、すぐに効果は現れた。


魔女「...今の、使い魔召喚魔法?」


魔王妻「それを解除しました」


ウルフ「...っ! 見てっ!」


ウルフが指さした方向、かなり遠くにゾンビが居た。

だがソレは徐々に魂を失っていく、生ける屍がただの屍へと変貌する。


隊員「...これでもう、Civilianに被害はでないな」


魔王妃「...ご迷惑をお掛けしました」


魔女「それで、これからどうすればいいの?」


魔王妃「...え?」


なぜ彼女は困惑をしているのか。

魔王妃は1人で全うしようとしていた。

だからこそ、魔女の発言に言葉をつまらせていた。


魔女「悪いんだけど私が手伝うんじゃないわよ、あんたが手伝うのよ」


魔女「私たちの目的は勇者のドッペルゲンガーじゃないわ、キャプテンよ」


隊員「...Exactly」


ウルフ「そうだねっ!」


魔女「私たちだけじゃどうすることもできない...手の届かないところはまかせるわよ」


魔王妃「...そうですか...そうですね」


魔王妃「わかりました...この身が滅んでも、彼を助けることを誓います」


魔王妃「そのついでに、憎たらしいドッペルゲンガーを祓ってもよろしいですか?」


魔女「...いいわよ、あんただけじゃなにするかわからないしね」


先程まで殺し合っていたというのに。

魔王妃に至ってはこの世界の住民を殺害したというのに。

だが彼女がいなければ、隊長はどうなってしまうのかが明白。


隊員「で、なにをしたらいい」


魔王妃「...まず私がありったけの魔法を彼にぶつけます」


魔王妃「それで彼に憑いているドッペルゲンガーを引き剥がします」


魔女「...引き剥がせなかったら?」


魔王妃「...それしか方法がないのです」


魔王妃「ドッペルゲンガーが自らの意思で離脱しなければ、宿主から離れることはありません」


そう言うと彼女はあの憎たらしい魔物を睨みつけた。

まるで証明をしろと言わんばかりの眼光。

圧倒的な威圧感を持つ彼女に、上位属性を持つはずである彼は思わず返答する。


ドッペル「...たしかにそうだ、第三者がドッペルゲンガーを宿主から引き剥がす方法などない」


ドッペル「ならばできるのは、その宿主から離れたくさせる行為だけだ」


ドッペル「つまり...先程この女が言ったとおり、あの宿主の身体を痛めつけて離脱を促すしかない」


魔女「...本当にそれしかないの?」


隊員「話の内容は理解した...だが、これじゃCaptainへの負担が大きすぎるぞ」


先程の激戦、ある程度の威力は把握している。

だからこそ2人は別の方法を促していた。

あの天災じみた威力を誇る魔法を隊長に当てたとしたら、どのようになってしまうのか。


ドッペル「...ない、こればかりは本当だ」


魔王妃「彼が大事なのはわかります...だけどこれをしなければ彼は二度と自我を取り戻せないですよ」


隊員「...Fuck」


魔女「...わかった、その方向で行きましょう」


ウルフ「...いいの?」


魔女「うん...これしか...手はないみたいだから」


ウルフ「...きっと、ご主人ならたえてくれる...そうだよね」


魔女「そう...ね、いつもの頑丈さを見せてくるわ」


とても不安げな表情をする魔女に、ウルフは身を寄せた。

まるで悲しんでいる飼い主に寄り添ってくれる飼い犬のように。

ウルフの柔らかな毛並みが魔女の頬をうめた。


魔王妃「...あのドッペルゲンガーは宿主を乗っ取ることに成功し、完全に勇者の魔力を得ています」


魔王妃「だから光魔法を扱えています...なので、魔物である私たちは一瞬の油断が命取りです」


魔王妃「...もしもの時は、あなた方が頼りです」


隊員「...わかった、善処しよう...ちなみに光魔法とはどんな魔法なんだ?」


魔王妃「そうですね...魔物には人間とは違う動力源があるんですが」


魔王妃「光魔法はその動力源を抑制する効果があります...つまり、呼吸がしづらくなるのと原理は同じです」


隊員「なるほどな...人間相手にはあまり効果はなさそうだな」


魔王妃「その通りです...ですが、ドッペルゲンガーとは闇の魔物...おそらく闇魔法も放ってくるでしょう」


隊員「...その闇魔法とは?」


魔王妃「単純な話です、闇はすべてを破壊してきます」


魔王妃「黒い魔法が見えたら、絶対に当たるべきではないです」


隊員「...わかった」


ドッペル「安心しろ、光はともかく闇に関しては俺がなんとかしてやる」


魔女「...やけに協力的ね、なにか企んでいるの?」


ドッペル「お前は自分の住処に見ず知らずの誰かが居て、不快だと思わないのか?」


魔女「...あんたも似たようなもんでしょ」


ドッペル「...ともかく、俺もあの宿主の元へと戻りたい」


ドッペル「一時協力させてもらうぞ...こんな見ず知らずの土地で住処を追い出されるのは溜まったものじゃない」


魔女「そう...ありがとうね」


魔女の愛しの人物と瓜二つのこの男。

純粋な味方ではないが、利害の一致とのことで協力体制に。

彼の黒の魔法がどれだけ優位な手札になるだろうか。


隊員「...Listen to me」


隊員A「Okay」


隊員B「...Understand」


日本語についていけない2人の為に隊員は通訳をする。

それを尻目に彼女は単純に気になったことを魔王妃に投げかける。

先程、殺されたという発言が引っかかっていた。


魔女「...ねぇ、さっき殺されたとか言ってたけど」


魔王妃「気になりますか?」


魔女「気になるわね、少なくとも蘇生が可能な魔法なんて知らないしね」


魔王妃「...そうですね、まずは私と夫との馴れ初めから話しましょうか」


魔女「あー...恋愛話なんて久方ぶりに聞くわね...」


魔王妃「まず、私が死亡した場所は魔界でして...化石のような亡骸がどこかに残っていたらしいんです」


魔女「へぇ...」


魔王妃「それを夫が、使い魔召喚魔法の媒体にしたのです」


魔女「...へ?」


魔王妃「......」


彼女は淡々と語りすぎていた。

そして訪れたのは静寂、つまりは話は終わったということ。

それがどれほど凄まじい状況なのか、魔女は高い声で反応した。


魔女「えっと...つまり魔王は常に魔法を継続させてるってことっ!?」


魔王妃「そうなりますね、本人はあと200年はいけると仰ってました」


魔女「えぇ...どんな魔力量しているのよ...」


魔王妃「はじめは私の魔力を目当てに蘇らせて、召使いにしていたのですが...」


魔王妃「いつの日か、魔王城の清掃を終えた私の寝床に────」


魔女「──それ以上はいいわ...魔王子の誕生秘話なんて聞きたくないわよ...」


魔王妃「...そうですか」


魔女「というか...死体のままでも魔力は残るのね...そっちの方がびっくりよ」


魔王妃「...亡骸の保存状態が非常によかったらしいです、あとは私の元々の魔力量が桁違いだったので」


隊員「...ちょっといいか?」


他愛のない会話が終わると、隊員たちが合流してきた。

そして彼らの話し合いの結果を伝える、それはとても戦略的な提案であった。


隊員「隊員AとBはひとまず帰還させることにした」


魔女「そう、わかったわ...」


隊員「それで彼らにはある武器を取りに行かせる...この世界でかなり強力なヤツだ」


魔女「...まだ優秀な武器があるの? 正直ウルフの持っている小さなアレだけでも凄いんだけど」


隊員「...強力な武器があることはあまり良いことではないが...今は褒め言葉として受け取っておこう」


隊員「それでだ、そうなるとここにいる人間は1人になるわけだが...」


隊員が懸念しているのは時間だった。

それを述べようとした瞬間に2つの声が答えを導く。

1つ目は時間について、もう2つ目は戦略について。


ドッペル「...あまり時間はないぞ、もうじき目覚める」


魔王妃「...ですが、逆に好都合かもしれません、向こうがどのようにして動くのかがわかりませんから」


魔王妃「決して貶しているわけではありませんが...奴の魔法に人間が耐えれるとは思えません」


魔王妃「初めは武器を取りに行ってもううのを兼ねた退避をしてくれたほうがこちらとしては楽です」


相手がどのような戦術をするのかがわからない中、人間の味方を護るのは至難。

だからといってただの人間がいなければ魔物は光に抗えない。

ならせめて行動パターンが読めた頃にいてくれればコチラとしても楽、魔王妃はそう伝えた。


隊員「...なるほど、言いたいことは理解した」


隊員「まぁ...先程見せられたあの嵐のような魔法を見せられた後じゃ、食い下がれないな」


隊員「あの魔法以上のモノがくるかもしれないというなら、はっきり言って我々は邪魔にしかならない」


魔王妃「...聡明ですね、そのような判断をしてくれて助かります」


隊員「だが、要所では活躍させてもらう」


隊員「...こちらの世界の武器は、かなり遠くからでも攻撃できるからな」


魔王妃「それは身をもって実感しています、とてもじゃないがアレを予測することは不可能です」


そういうと彼女は腹部の傷を見せつけた。

そこにはエゲツないほどに跡が残った銃痕が。

先程のアンチマテリアルライフル、その威力が伺える。


魔王妃「...魔法も介さずにこの威力は若干引きますね」


隊員「それはコチラのセリフだ...普通コレで撃たれたら跡形もないぞ...」


魔女「それで、結局どうする? 隊員さんも一度退避しておく?」


隊員「...いや、初っ端にその光魔法とやらが来たら一溜りもないんじゃないか?」


魔王妃「そうですね...かなり危ない橋を渡ることになりますが...1人は残っててもらいたいです」


隊員「それなら先程の話通りだ、私がここに残る...すこし離れた場所でな」


魔王妃「...お願いします」


隊員「......あぁ」


とても複雑な表情をしていた。

やはり協力体制とはいえ、この女はテロリスト。

微かに沸き立つ殺意を抑えながらも、彼は返事を全うした。


隊員A「...Be careful...Please」


隊員「I Know...I Know...」


まるで母親のような口ぶりに思わずほくそ笑む。

だが当人は至って真剣、その様子は彼の目を見れば伝わった。

わかってるよ、隊員はそう言葉を投げ返した。


隊員B「Use this...」スッ


隊員「...Thank you!」


隊員B「...Find somewhere to hide」


彼が渡したのは先程の魔王妃を仕留めた一品。

いい場所を見つけて、隠れながらこれを使えと隊員Bは皮肉交じりに言う。

強烈な武器、アンチマテリアルライフルが隊員の手に。


ドッペル「...そろそろ、来るぞ」


隊員「...Go move...Let's meet again AMIGO!」


彼は彼らしい優しい顔で、上司としての指示をだした。

そしてそれを受け取った部下たちは親指を立てただけであった。

これで最後の会話かもしれないというのになんと素っ気ないモノなのか。


魔女「いいの...? 最後の会話かもしれないのよ?」


隊員「...素っ気なさすぎて、これが最後の会話だと思えんだろ?」


魔女「...そういう意味ね、じゃあ大丈夫ね」


一種のジンクスかもしれない。

こんなしょうもない最後があってたまるか。

彼は何が何でも生き残るつもりだった、この逆説的な意味合いがそれを物語る。


魔女「なんだか...隊員さん、キャプテンみたいね」


隊員「それはそうさ、Captain以外と話をするときは彼を真似ているからな」


魔女「あー、確かに...結構似てるわね」


隊長の口調を真似る男がここに。

だがこの微笑ましい空気感は一瞬にして凍りつく。

それは、隊長の姿形を真似る男がそうさせたのであった。


ドッペル「────奴が目覚めるぞ」


なにか、とてつもなく重苦しい空気感。

それに反応してなのか、激しいビル風が彼らを通過した。

そして目覚めるのは真似られた男。











「...偽るのはやめたほうがいいか」









今日はここまでにします、近日また投稿します。
下記はTwitterIDです、投稿をお知らせする手動BOTです。

@fqorsbym


────□□□□□...!!

不気味なほどに神聖な雰囲気が醸し出す。

見た目はただの人間だというのに。


隊長「久しいな、魔術師...いや、今は魔王妃か...」


魔王妃「...黙れ、偽りの勇者が...どうせその記憶も、奪い去った勇者のモノだろう?」


隊長「まぁ...そうなるな」


見た目は隊長だというのにその声は違っていた。

男にしてはやや女々しく、女にしては少しサバサバしすぎている。

この中性的な声色の持ち主こそ勇者であった。


ドッペル「...とっとと出てってもらおうか、俺の住処だぞ」


隊長「そういうな...先に寝床にしていたのは私のほうだ」


ドッペル「チッ...いつから居座っているんだ?」


隊長「答えるつもりはない...」


どこか無気力で掴みどころのないその口調。

その底知れぬ存在感に、野生動物は警戒心を高めていた。

それをみた彼のような者は声を投げかけた。


隊長「そう警戒するなウルフ...今まで一緒に過ごしてきただろう?」


ウルフ「...っ!」


魔王妃「耳を傾けないでください、あれはこちらを混乱させようとするだけの話術です」


隊長「...ひどいな、ご主人とその女のどちらを信用するつもりだ?」


魔女「ちょっと、ウルフを惑わさせないでちょうだい」


そう言うと彼女はウルフの前に立った。

その眼差しはとても鋭く、愛するものに向けるものではない。

魔女にはあのような小賢しい話術など効かない。


隊長「...随分と嫌われたものだ」


魔女「そりゃそうよ、あんたはあなたじゃないんだから」


隊長「要所々々で手を貸したじゃないか...光の属性付与で」


魔女「それはどうも、でも出てってもらうから」


魔王妃「...それにその光魔法は元々勇者のモノです、我が物顔をするな」


隊長「...ならば、これならどうだ■■■■■■」


──■■■■■■■■■■■■...

突如現れたのは闇。

これが過去の勇者を侵しつくした邪悪な代物。

魔王のモノとは比較にならない、それはどのような意味を持つのか。


魔王妃「──こんな粗末な闇に勇者は飲まれたのですか...」


比較にならないというのは格下という意味であった。

しかし闇を侮ってはいない、それ故に勇者は乗っ取られた。

ここには光魔法を放つことのできる者はいない、なおさらだった。


隊長「...その粗末な闇に抵抗策がないのは辛いだろうな」


ドッペル「──そうはいかないぞ?」


──■■■■■...ッッ!!

隊長が放った闇にどこからか生まれた闇がぶつかり合う。

上位属性同士の相殺、これだけでは決して決着などつくことができない。

だがここには黒以外の色が多々ある。


魔女「──でかしたわよっ! 初めて褒めてあげるわっ!!」


ウルフ「────っっ!!」ダッ


ウルフが隊長に向けて走り出す。

そして魔女がそれを援護する体制に。

隊長の姿を借りし者は、その光景を不思議に思っていた。


隊長「...闇に突入するつもりか?」


魔王妃「────"風魔法"...」


──ヒュンッ!

1つの風切り音が摩天楼に響く。

彼女は見逃さなかった、わずか一瞬だが闇がウルフらに気を取られたのを。


隊長「──やはり揺動だな、"光魔法"」


────□□□□□□□...

闇は消え失せ、圧倒的な質を誇る光が即座に生まれる。

過去の魔王を追い詰めたこの白い魔法、それがどれだけ恐ろしいモノか。

魔王妃の作り出した疾風はまるでそよ風のような威力に。


ウルフ「──うっ...!?」フラッ


魔女「まずい...光の威力が高すぎる...っ」


威力とは殺傷性のことではない。

あの偽物の勇者が作り出したわずかな閃光は辺りを一瞬で通過した。

それだけだというのに、魔物の身体は悲鳴を上げる。


魔王妃「──速すぎる、見えない...っ!」


ドッペル「避ける以前の問題だぞ...今のはッ!?」


己の意思に反して、身体が脱力する。

あのお粗末な闇の質とは反比例する光の質。

わずか一瞬でその光は地平線まで届き、そして魔物だけを封殺する。


ウルフ「────ッッ!!!」


──ガリィッ...!!

魔女、魔王妃、ドッペルが膝をつく中、彼女だけは違った。

舌を噛むことで己の精神を鼓舞させ、無理やりでも動こうとする。

そして可能にしたのは指先の動きだった。


隊長「────なに、動けるのか」


──ダンッ...!!

4人の魔物の中で一番立場が弱い者と認識していた。

実際にそうだった、ウルフは魔女ほどに魔法も使えずドッペルゲンガーのように闇を扱えない。

そして魔王妃のような圧倒的な魔力も持っていない、だがそれが故に偽の勇者はまともに喰らってしまっていた。


隊長「──グッ...ここまでの威力なのか...この武器は...ッ!!」スチャ


腹部に感じる激痛、初めて身に受ける異世界の武器。

今まで隊長越しに見ていたこの銃というモノを初めて身に受ける。

だからこそ同じく彼女もコレをウルフに向けていた。


魔女「──ウルフっ! 避けれるっ!?」


ウルフ「ごめん...無理...」


ドッペル「──チッ! あの狼を失うのは痛いぞ、なんとかできないかッ!?」


魔王妃「それができてればもうやってます..."転移魔法"」


しかし彼女の魔法は不発に終わる。

今現在は光が出ていないというのにまだ魔王妃の魔力は回復していない。

圧倒的な白き閃光が、ここまで身体に残るとは計算外であった。


隊長「...くたばれ」


ウルフ「──ッ...」


今までご主人と呼ばれ慕われた者が発していいモノではなかった。

冷たすぎるその言葉、そして続くのは銃撃音。

ウルフに向けられたアサルトライフルが牙を向く。


魔女「────ウルフっっっ!!」


────ドシュンッ...!

その音は、どこから聞こえた。

明らかにこの激戦の場に居いない、遥か遠くからこだました。

鈍すぎるその重低音は隊長の持っているモノだけを完全に狙撃する。


隊長「──な...どこからだッ!?」


この光景は人格を奪う前の隊長の内部精神から見ていたというのに。

この魔物には銃の知識はない、アンチマテリアルが可能とする射撃距離を知らない。

だからこそこの攻撃を予測できずにいた、いつの間にか身を隠していた隊員による一撃を。


魔女「...最高ね、隊員さん」


魔王妃「──"転移魔法"」


そしてこの女の魔力は、わずかに復活をする。

そのわずかで、難しいと言われているはずのこの魔法を簡単に熟していた。

光の影響が未だに抜けないウルフを自らの懐に呼ぶ。


隊長「──"光魔法"」


ドッペル「──身を隠せ、闇で時間を作る■■■■■■」


──□□□□□ッッ!!

────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!

粗悪な闇が光に飲み込まれる。

わずか一瞬で黒の防壁は崩れ去ってしまう。

だがこの局面で、一瞬でも時間を稼げるのなら十分であった。


魔王妃「──"転移魔法"」


────シュンッ!

身体がどこかへ消える音が響く、それも4つも重なっている。

彼女が可能としたのは4人同時の瞬間移動、そして魔物たちは後方にあるモノに身を隠す。


魔王妃「...この世界は障害物が沢山あっていいですね」


魔女「これ...車ね...それもとても大きな」


ドッペル「驚いた...まさか数カ所に別れている複数人を同時に瞬間移動させるとは...」


ウルフ「────見てっ! 光がっ!」


彼らが身を隠したのは乗り捨てられた大型のトラック。

光魔法自体には殺傷性はない、つまり魔力が介さないモノの前では無力。

偽の勇者が放った光はトラックを貫通させることができず、ただ地平線へと向かうだけだった。


魔王妃「...恐らく次は闇魔法が来ます、この障害物を破壊するために」


ドッペル「そうだろうな、俺ならそうする」


魔女「...闇はドッペルゲンガーが相殺できたとしても、さっきのアレみたでしょ?」


アレとは一体なんのことなのか。

それは魔法を唱えられるモノだけにしかわからない。

先程の光魔法、圧倒的だったのは質と範囲だけではない。


ドッペル「...1秒にも満たずに、唱えていたな」


魔王妃「...あの子が得意だったのは、超高速詠唱とその圧倒的な質を誇る光魔法です」


魔王妃「それが故に...過去の魔王...歴代最強の魔王を相手に意表をつけたのです」


魔女「...まずいわね、わずか一瞬でも隙を与えたら魔物の私たちは完封されるわ」


魔女「だからといって光に抗える人間の隊員さんを前線に立たせる訳にもいかないわ」


ドッペル「...同感だ、どこからでも狙撃が出来るという強みが俺たちにもない、この手札を明かすのは愚策だ」


ドッペル「それはこの狼も同じだ、遊撃じみたあの動きは絶対に要となる」


ウルフ「...」


託されているのは現代兵器。

桁違いの魔法に抗えるのはこれしかない。

隊員の持つアンチマテリアル、そしてウルフの持つハンドガンが鍵。


魔王妃「そうですね...あの武器たちで意表を突くしかありません」


魔王妃「この武器には詠唱が必要ありません、偽勇者の超高速詠唱なんて目ではないですから」


魔女「意表...ねぇ...」


ドッペル「...どうかしたか?」


魔女「...ねぇ、1つ提案なんだけ────」ピクッ


ドッペル「...は?」


彼女がドッペルゲンガーに何かを伝えた。

だがそれと同時に察知したのは、黒の気配。

大型のトラック越しに聞こえたのは、闇の詠唱。


隊長「────"闇魔法"■■■」


──■■■■■■■■■■■■...ッッッ!!

お粗末とは言っても、歴とした闇。

ただの物質であるトラックなど簡単に破壊できる。

隠れ蓑を失った者たちは一度逃げるしかない。


魔王妃「"転移──」


隊長「────"光魔法"」


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□ッッッッ!!

果たして歴代最強の魔王を討った者が、逃してくれるだろうか。

膨大な光が隊長の身体に纏わりつく、それが意味するのはなにか。

こちらがなにか対策をする時間すら与えてくれはしない。


魔王妃「────うっ...またですかっ!?」


ドッペル「──しま...ッッ!!」


魔力を持つものが次々と倒れ込む。

そもそもが無理な話であった、光に抗えるのは人間か魔王級の闇を持つ者。

だが前者は光以外の魔法の前では無力、後者はこの世界に居やしない。


魔女「──ぐっ...」


ウルフ「──うごけ...な...い...ッッッ!!」


今度ばかりは歯を食いしばっても動けない。

一撃を与えられただけ善戦できたと言える。

そして一番初めに目をつけられたのはウルフであった。


隊長「...さっきは良くもやってくれたな...できれば同じ武器でトドメをさしたかったが」


ウルフ「うぅ...」


本物の隊長がいつも持っていた武器はない。

正確に言うとその武器は元の形状を保っていなかった。

対物ライフルが狙ったのは隊長のアサルトライフルであった。


隊長「残念ながら粉々だ...これが私の身に向けられていたと考えると恐ろしい...」


隊長「その小さな武器でさえ、激しい激痛が走ったというのに...」


隊長「...この世界は素晴らしい」


その顔つきはまるで侵略者。

この魔物もなにか野望があるに違いない。

そのような口ぶりであった、だが今はそれを考察している暇などない。


魔女「────ドッペルゲンガーっっっ!!」


彼女は力を振り絞る。

そしてようやくできたのは声を荒げること。

魔女は伝える、それがなにを意味をしているのかは彼にはわかっていた。


ドッペル「──正気かッ!? この局面でヤレというのかッ!?」


魔女「もうそれしかないわよっっ!! 早くっっ!!」


ドッペル「動けたらやっているッッ! クソッタレッッ!!」


魔王妃「ぐっ..."転移魔法"」


なにをするかはわからない、だが魔女はドッペルゲンガーを呼ぼうとしている。

ならばできるのはそれの援助、しかしそれは不発に終わる。

その様子を見ているはずだというのに偽の勇者は眺めているだけだった。


隊長「...無駄だ、何をしようともこの勇者の光の前では無力」


隊長「そうおもわないか? ウルフ」


ウルフ「...っっ!!」


憎たらしくてたまらない、同じ人物に名前を呼ばれているというのに。

いつもの逞しくて、頼れて、とても優しい男の声ではない。

同じ見た目だというのに、その事実にウルフは口から血を垂れ流してしまうほどに。


隊長「...さよなら、"闇魔法"■■■■」


そして唱えられたのは、極めて小さい闇。

だがそれでも、ただの野良魔物を仕留めるには十分であった。

これが闇魔法の恐ろしさ。


ドッペル「────まずいッ! 殺られるぞッ!!」


魔女「────ウルフ」


──からんからんっ...!

闇がウルフに向かおうとしたその瞬間、なにかが落ちた。

重そうなアンチマテリアルを背負いながらも、彼は果敢に走り込む。











「────You missed me...Right?」










────カッッッッ!!

そこから生まれるのは、光魔法とは違う光。

激しい閃光があたりを貫く、これが最後の1個。

そして隊員は思い切り振りかぶる。


隊員「────AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!」


────バキィッッッ!!

隊長のモノに比べれば弱いかもしれない、ウルフのモノとは比較にならない。

だが特殊部隊の彼が繰り出すストレートは通常の人間には致命的だ。


隊長「──ぐ...ふ...っっっ!?」ドサッ


その威力故に身体が勢いに負けて倒れ込む。

パンチで人は吹っ飛ばせるのか、彼自身は半信半疑であった。

だがそれは確信となる、自らがそれを証明してしまった。


隊員「──掴まれッッ!!」グイッ


ウルフ「────うんっ!!」ガシッ


ウルフの肩を強引に抱き寄せる。

俗に言うお姫様抱っこ、だがそのような甘酸っぱい言葉に浸る場面ではない。

そして彼はもう1人の女の元へと急ぐ。


隊員「運べばいいんだなッ!?」


魔女「お願いっ! 急いでっっ!!」ガシッ


両腕にウルフを、背中にはアンチマテリアルとアサルトライフルを。

力を入れることのできない魔女を運べる方法はもう1つしかなかった。

両腕に負担をかける、2人の女性を彼はお姫様のように運ぶ。


隊員「グッ...も、もうちょい...鍛えておくべきだった...ッ」


魔女「...ふふ、頑張ってっ! 私が重いって言いたいのっ!?」


その些細な一言が、意外にも魔女に刺さる。

女性に向かって重さの話は禁忌、だがそういうことではない。

この局面だというのに、思わず笑ってしまうような彼の言葉が魔女の精神を安らげていた。


ドッペル「──でかしたぞッ!」


隊員「あとは何をすればいいッ!?」


ドッペル「魔女を俺の近くに置けッ! そして時間を稼いでくれッ!」


魔王妃「──わかりました...」


そして彼女は立ち上がった。

他の者たちはまだ光に悩まされいるというのに。

やはり彼女は頭ひとつ抜けている、それは魔法の質や魔力量の話だけではない。


魔女「もう立てるの...?」


魔王妃「伊達に魔王の妻を担っているわけではありません」


その強さを誇示する発言とは裏腹。

身体がまだフラつき、足は少しばかり震えている。

まだ完全に魔力が回復したわけではない、だがヤラなければならない。


隊員「...大丈夫か?」


魔王妃「...いいえ、まだこの身は光に侵されています」


魔王妃「この光が味方のモノだった頃は頼もしかったですね、でも逆では恐ろしい限りです」


勇者の光魔法、その真の恐ろしさ持続性であった。

彼ら魔物が受けたあの光はただの魔法であって属性付与ではない。

魔法で一番難しいと言われるのは持続させることだろうに。


魔王妃「...これから私と貴方で前線に出ます、そして時間を稼ぎます」


魔王妃「光魔法は任せました、闇魔法は私が対処します...いいですね?」


隊員「あぁ...わかった、そして任せろ」


ウルフ「...まって、わたしも...いく」


身体中を麻酔する倦怠感。

それだというのに、彼女はまだ闘志を漲らせる。

だがその見え透いた虚勢など誰が飲んでくれるか。


隊員「...無理をするな、Captainもそう言うと思う」


ウルフ「...っ!」


魔王妃「今はゆっくりと休んでいてください、あなたをここで犬死させるわけにはいきません」


冷たい言い方、だけどそれは事実。

まともに動けないままの武闘派をどう戦闘に活かせるのか。

不可能であった、野良生まれの魔物が光を前にして抗える訳がない。


ウルフ「ごめんなさい、もっと...もっとあたしが強かったら...」


隊員「...」


──ぽん...

とてもキレイな音だった。

それは彼の右腕がウルフの頭を撫でた音。

そして隊員は何も語らず、髪を撫で続けた。


魔王妃「...もし私が完全に光に飲まれ、魔力の自己回復が不可能な状況になったならば」


魔王妃「この小瓶の中身を無理やり飲ませてください、お願いします」


隊員「...これは?」


魔王妃「...私がこの世界を侵略するにあたり、不測な事態に備えて持ってきた薬品です」


魔王妃「これを飲めば魔力を補充することができます...言いたいことはわかりますね?」


隊員「そういうことか...わかった、いくつか預かっておこう」


魔王妃「...お願いしますね」サッ


彼女はソレを手渡した。

そして手袋越しにだが隊員は魔王妃の手に触れた。

それは人間のモノと変わらない、柔らかな掌を感じることができた。


隊員「...魔物も人間も変わらないな」ボソッ


魔王妃「なにか言いました?」


隊員「いや? それよりもお目覚めのようだ...ウルフ、下がっていてくれ」


ウルフ「...うん」


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□□...

膨大な量の光が創造される。

それが意味するのは怒りという感情。

当然であった、まさか人間相手に遅れを取るとは偽勇者も思っていない。


隊長「...やってくれたな、人間の分際で」


隊員「その見た目で凄まれると怖いな...訓練指導中のCaptainを思い出す」


魔王妃「...嫌になりますね、あの光を見ているだけで身体がフラつきます」


隊員「...」


その言葉を聞くと彼は前に出た。

まるで日よけのように、魔王妃の真正面に立ち尽くす。

特殊部隊である隊員がテロリストを庇う。


隊長「...さて、光魔法を唱えようか...それとも闇か」


隊員「そんな余裕はあるのか? Captainならそんな舌なめずりはしないぞ?」スチャ


──バッ!

そして放たれた精確な音。

彼が最も得意とするセミオートでのアサルトライフル。

早くも隊員は射撃を行う、それが隊長が相手でも。


隊長「────グッ...なっ!?」


魔王妃「いいのですか? 貴方の大切な人なのでしょう?」


隊員「...今は、そうでもない...そう思い込むしかない」


隊長「──正気か...っ!?」


隊長の右太ももから血が垂れ流しになる。

なぜこの様な容赦のないことができるのか。

それは師が教えてくれたあの価値観が影響している。


魔王妃「...私は赤の他人なので容赦なく魔法を放てますが...あなたは身内なのでしょう?」


隊員「...ここでCaptain殺さなければ、誰が死ぬと思う」


ソレは彼にも備わっていたのであった。

かつてドッペルゲンガーが隊長に向けて放った単語。

強すぎる正義が引き金をとても軽くしている、それがたとえ己の師が相手であっても


隊長「──チッ! ならば狙いは...■■■■」


危険すぎる、まさかこの宿主の身内がここまでの覚悟を終えていることを。

魔物だけなら光魔法で完封できるというのに、この世界ではただの人間が恐ろしい武器を持っている。

ならば先に潰さなければいけないのは、あの人間の男。


隊長「────"闇魔法"」


──■■■■■■■■...ッッ!!

闇が生まれる、すべてを破壊する漆黒。

まともに喰らえば人間など一撃で葬ることができるはずだった。


魔王妃「...そんな見すぼらしい闇を対処できないとお思いですか?」


魔王妃「──"風魔法"」


──ヒュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!

とてつもない突風が辺りを切り裂く。

絶妙に調節された追い風が魔王妃たちだけを通過していく。

そして被害を受けるのは、敵のみ。


隊長「──無駄だ、どのような規模でも闇の前では...」


そのはずだった、質が悪いとはいえ闇魔法だ。

下位属性では上位属性には敵わない、それが魔法の相性。

だが彼女の狙いは抵抗ではなく対処、彼女の今の目的は勝利ではない。


隊長「...これは」


──■■■...

闇を放とうとしても、それを許してくれない。

ハリケーンと同等の風速を誇る彼女の魔法が、闇の接近を拒否している。

これは魔王妃の魔法規模があまりに巨大だからこそできている。


隊長「...だからどうした? 時間をかければ闇で風など────」


──バッ!

向かい風に空き缶を投げても前に進ませることはできない、だがこれは空き缶ではなく闇。

時間をかければ闇が直線状の風だけを破壊し、攻撃を仕掛けることができる。

だがそのような時間など、果たして確保できるだろうか。


隊長「────グッ...!?」


隊員「...どうした? もっと時間をかけていいぞ?」


隊長「──"光魔法"」


──□□□□...

左腕を負傷しながらも、即時に魔法を切り替える。

一瞬にして湧いたその光は、魔王妃のハリケーンを消し去ってしまう。

だがそれがまた隊員の術中にハマる。


隊員「────ッッッ!!」ダッ


全力のスプリントは凄まじい速さであった。

当然だった、足の速さが人質確保の確率を高めてくれる。

鍛えていないわけがない、だから故の速度。


隊長「──"闇魔法"...」


──■■■■■■■■■■ッッッ!!

溢れ出る闇が、隊長の身体を絶妙に包み込んだ。

これに気安く触れてしまえば、どのような事態を招くのか。


隊員「────うおッ!? 危ない...ッ!」ピタッ


事前に知らされていたこの黒い魔法。

すべてを破壊してしまうと言われているこの闇。

光魔法とは違う、これは人間が相手でも猛威を奮う。


魔王妃「────もらいました」


闇を感知する、この漆黒が相手なら全力を出せる。

可能な限りの魔力を絞り出す、そして唱える魔法にすべてを注ぎ込む。

そして生まれたのは、獄炎。


魔王妃「──"属性同化"、"炎"」


────ゴオオォォォォォォォォオオオオッッッ!!

彼女の身体が炎と同化する。

それと伴いある要素が変化を始める、それは炎帝が可能にした光への特攻策。


魔王妃「──"転移魔法"」


隊員「────おわッ!?」シュンッ


初めてこの身で実感する瞬間移動という体験。

身体が強制的に移動させられる感覚はどこかスリルのあるモノだった。

気づけば彼は、炎と化した彼女の後方に立たされていた。


魔王妃「──"風魔法"」


──ヒュゴオオオオオオオオオオオオオッッッ!!

そして間髪入れずに放ったのは、先程消されてしまった風。

それと同等の風速を誇るそれが隊長に向けられていた。


隊長「...無駄だ、"光魔────」


光で魔王妃の魔法をすべて抑えようとしたその時。

いつも通りならこれで魔物を封殺できるはずだった。

だが身体の異変がソレを許してくれなかった。


隊長「うッ...グッ...!?」フラッ


これが本来である魔物の身体ならば、多少熱い程度で済んでいたかもしれない。

だが今は隊長の身体を間借りしているに過ぎない、つまりはただの人間。

果たして人は、自分に熱風を向けられたらどうなってしまうのか。


隊長「────ッッッッ!!!」


──じゅうううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ...ッッ!!

待っていたのは、肌が焼ける音と軽度の一酸化炭素中毒。

魔王妃により極限にまで高められた温度を誇る熱風を喰らえばそうなるのは当然。

声すら上げることができない、そのあまりの苦痛さに耐えれる人間はいない。


魔王妃「...もう魔法を唱えることができませんね」


隊長に襲いかかっているのは熱風だけではない。

真冬の寒空だというのにもかかわらず身体は高熱に喘がされている。

極度の気温差が引き起こす強烈な吐き気と頭痛、身に迫る症状が隊長を苦しめている。


隊長「────あああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」


隊員「これは...酷すぎる...」


身体を奪われているとはいえ目の前にいるのは正真正銘の隊長。

尊敬する彼がここまでやられている様を黙ってみているしかない。

隊長を射撃する覚悟は決まって入る、だがその地獄のような風景が隊員の精神を蝕む。


隊員「おい、大丈夫なのか...?」


魔王妃「...駄目です、一向に出てくる気配がありません」


隊員「...それは、つまりどうするつもりだ?」


魔王妃「...」


答えはもう導き出されている。

だけど隊員はそのフレーズを魔王妃に絞り出させるつもりだった。

そうでもしなければ、認識することを拒絶してしまうからであった。


魔王妃「...このまま、彼ごと殺すしかありません」


隊員「そうなってしまうか...やはり、そうなってしまうんだな...」


魔王妃「今、私が放っているこの熱風は...人が生命活動をできるギリギリの威力に調節しています」


魔王妃「ですが...これ以上続くのであれば...それも厳しくなりますね」


魔王妃「...これ以上は、粘れません」


今しかない、この機会を逃せばあの偽勇者を倒すことができない。

ようやく抑えることのできたこの魔法を途切れさせればどうなってしまうのか。

それは例えるなら、せっかく苦労して拘束したテロリストの手錠をわざわざ外してしまうような愚行。


隊員「...言いたいことはわかる...だが、許容できないぞ」


魔王妃「ですが...では、どうすればいいのですか?」


隊員「それは...」ピクッ


言葉に詰まってしまう、そして彼は見てしまう。

熱風に打ち負け、四つん這いになり嘔吐をしている隊長の姿を。

これ以上は本当に危険だった、あと僅かでも続くようなら待っているのは死しかない。


隊員「────ッッッ...!」


──ぐにゃぁ...

己の中の正義がグラつく、隊長ですら背負うことが難しいというのに。

このような精神汚染に、彼より若い隊員が保てるわけがなかった。

射撃はできても射殺はできない彼は、ただこの光景を眺めることしかできずにいた。


隊長「ああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」


魔王妃「...これで、終わりですね」


人の身体は高熱には耐えられない。

もう数十秒も炙ってやれば、確実に彼は死亡する。

そうすれば宿主ごと因縁の魔物を殺すことができる。


魔王妃(...申し訳ありません、恨みならこの身で甘んじて受け入れます)


魔王妃(ですが...今は私を信じていてください...)


あの時魔女と交わした言葉。

魔王妃にはある策があった、それは偽の勇者に悟られないように誰にも口答していない。

己の内に秘めたある計画、絶妙な調整技術が可能とする。


魔王妃「...そのまま死んでください、偽の勇者」


隊長「────ッッッッ!!」


苦しみながらも見せたその眼。

見た目は隊長だが顔つきはどこか見覚えのあるモノだった。

あの顔は、あの子が何かを思いついたときの顔。


魔王妃(──やはり、宿主を捨てる気ですね)


魔女と交わした言葉は、彼を助けることという誓い。

同じ魔物という同胞の約束を破るわけがなかった。

そして魔王妃は機会を伺い始めていた、このまま宿主ごと殺そうとするブラフを仕込みながら。


魔王妃(...あと僅か数秒もしないうちに、あの人間は焼け死んでしまいます)


魔王妃(そうならないように、いつでも即座にこの魔法を止めれるようにしなければなりません)


魔王妃(問題は...偽の勇者がいつ出てくるかですね...)


あと10秒、残された時間はこれしかない。

この僅かな時間のどこかで、どのタイミングで偽勇者が隊長から離脱をするのか。

博打じみたその現状、ついにその時が訪れる。


魔王妃(────来たっ...)


彼女にはわかる、新たな魔力の気配が。

過去にずっと旅してきた仲間のソレを忘れるわけがなかった。

隊長から魔力が漏れ出しているような感覚が魔王妃に伝わった。


魔王妃「...っ!」


──......

静寂が訪れると同時に炎は鎮まり、風は止む。

それはわずか一瞬の出来事であった、それがどれほどの技巧なものか。

そして前方を確認する、そこには見慣れた姿が。


魔王妃「────いない...っ!?」


隊長「...そんなに意外か?」スッ


────からんからんっ!

そして彼女の足元から聞こえたのは何かが跳ねた音。

見たことのないモノ、未曾有の代物に気を取られていた。

そしていままで見ることしかできずにいた彼が叫ぶ。


隊員「──蹴飛ばせッ! それは爆弾だッ!」


魔王妃「────なっ!?」


だがその警告は遅かった。

彼女が見えたのは内部から何かが破裂する瞬間。

そして聞こえたのは炸裂音であった。


隊長「...あの時、1人旅で孤独を味わっていた私を導いてくれたのは君だ」


隊長「赤の他人だというのに、君は優しく...暖かくしてくれた」


隊長「だから...信じていた、死の直前で...この宿主を哀れんで魔法を止めてくれることを」


────ドォンッッッッ!!

小規模の爆発が彼女の足を奪う。

蹴飛ばせと言われたからか、不幸なのか幸いなのかはわからない。

手榴弾を飛ばした右足が爆風に巻き込まれ、失ってしまう。


魔王妃「────ぐっ...!」ガクンッ


片足を失えば当然立つことは不可能に。

急いで治癒を行わなければならない、今すぐ魔法を唱えれば患部の修復が可能。

だがそれを許してくれるほど状況は甘くなかった。


隊長「"属性付与"、"光"」


──□□□□□□...

その光は身体を包み込む。

誰の身体なのかは明白であった。

なぜなら、己の視界がそれを証明していたからであった。


隊長「...もう手遅れだ」


魔王妃「────っっっ!!」


全身から魔力を抑制されている感覚が巡る。

だが今はそれどころではない、魔物としての身体は抑えられてしまったのである。

片足を奪われたのならば普通の人間はどうなってしまうのか。


魔王妃「──うわあああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」


それはとても、魔王の妻には相応しくない声であった。

痛みに耐えきれないが故の叫びがあたりに響いてしまう。

それを耳にしてようやく彼がハッとする。


隊員「──SHITッ!!」ダッ


彼女の足からは大量の紅が流れ出ていた。

たとえ魔物という未知の生物であっても、これだけは変わらない。

血を失えば確実に死ぬ、そのために隊員は駆け寄ろうとした。


魔王妃「──こないでぇっっ!! 貴方に死なれたら終わりですっっっ!!」


隊員「──ッ...!」ピタッ


その悲痛の叫びが、隊員の足を止める。

形勢が逆転したこの状況に人間がヘタに近寄れば目も当てられない。

そしてじわりじわりとあの憎たらしい魔物が詰め寄る、それに対し魔王妃は質問を投げかけた。


魔王妃「どういう...ふっー...ことですか...?」


隊長「痛々しいな...右足が千切れているんだ、無理に喋ることはない」


魔王妃「...くっ、質問にぃ...答えろ...」


隊長「...この身体のことか?」


あちこちにできたやけど、それが物語るのは熱風の威力。

たしかに隊長の身体にダメージを与えたのは間違いない。

だというのに偽の勇者の口ぶりからは、その様子が伺えない。


隊長「...もう一度、ドッペルゲンガーという魔物の特性を思い返してくれ」


魔王妃「...?」


正直考え事などしている余裕はない。

足を失って、血を失って、魔力も失って。

だが彼女は冷静に考慮を深める、そして導き出した。


魔王妃「...まさか」


脂汗が止まらない、それは痛みが影響しているのか。

それとも自分が行っていた行為の罪深さに気がついてしまったのか。

それはあまりにも醜悪な戦術であった。


隊長「...宿主には悪いが、あの熱風の身代わりになってもらった」


隊長「つまり君がずっと燻っていたのは...わかるだろ?」


隊員「──な...ッ!?」


魔王妃「────このクソ野郎...っ!」


脳みそに直接触られたような感覚が2人を襲う。

とてつもない不快感が、徒労感が、そして罪悪感がソレを再現する。

あまりの衝撃に隊員は腰を抜かしてしまう程に。


隊員「じゃあ...俺は...本物のCaptainが苦しんでいるのを見てただけになるのか...ッ!?」


隊長「そういうことになる、声もしっかりと入れ替わっていたというのに...」


隊長「あの風の音は凄まじかったからな...それとも集中し過ぎて気づかなかったのか?」


魔王妃「あの...あの魔力はっ!? 先程、宿主の身体から感じたあの子の魔力はっ!?」


隊長「そんなのは簡単だ、私は宿主の精神世界に居たんだ、余裕で魔法を唱えられる」


隊長「...これ以上聞きたいか? 気の毒だな」


高熱に喘がされているのは隊長本人であって、偽勇者ではなかった。

精神世界に逃げ込むことでこの状況をまるで傍観者のように振る舞っている。

あとはそこから魔力を少しでも垂れ流せば、感知能力持ちは誰もが勘違いをするだろう。


隊員「────ッッ!!」


そして彼を襲ったのは猛烈な吐き気。

あの酷すぎる悲鳴は、隊長の実の声であった。

聞きたくなかった、脳裏に残ってしまったあの悲鳴が脳内をこだまする。


魔王妃「そ...そんな...」


魔王妃「じゃ、じゃあ...なんで...はじめから光魔法を使わなかった...?」


魔王妃「精神世界にいたというのなら...そのようなこともできたはずです...」


たしかにそうだった、そうすれば時間をかけずにこのような状況に持ち込めたはずだ。

しかし奴はドッペルゲンガーである、感情を弄ぶことに関してはピカイチ。

その下劣な理由が明らかになる。


隊長「...こうすれば、君たちの精神を蝕むことができるからさ」


隊長「闘いとは肉体だけに痛みを与えるだけではだめ...心も痛めつけなければならない」


隊長「その結果が...彼さ」


偽の勇者は指をさした。

その先には、四つん這いで吐瀉物を地面にぶちまける男が1人。

彼はもう立てない、たとえ治癒魔法で身体を癒やしてもだ。


隊員「ゲホッ...Mother fucker...」


魔王妃「...チッ」


魔王妃(ヤラれた...っ! まさか向こうから宿主を表舞台に出すとは思わなかった...っ!)


魔王妃(ここまで自由に人格を入れ替えれるのか...ドッペルゲンガーという魔物は...っ!?)


隊長「さて...このまま放置していれば、そのうち血が足りなくなり勝手に死ぬか」


隊長「それにその男ももう動けなさそうだ...脆いな、人間という者は」


彼らの本来の目的、それは隊長に取り憑く偽勇者を祓うこと。

だが愚かにもそのチャンスを逃してしまっていた。

それどころではない、全く無意味の痛めつけを当人にぶつけてしまっていたのであった。


魔王妃「うっ────」


そして訪れるのは、意識が離れる感覚。

止まることのない血液が右足から開放されている。

どのような生物もソレを大量に失えば、待つのは死あるのみ。


隊長「さよなら、魔術師...」


魔王妃「ふざ...ける...な...」


出血多量で動けず、片足だけでは立つことすら不可能。

そして強烈な吐き気と罪悪感でうずくまっている隊員。

この状況で仕掛けてくる行動は1つしかない、偽勇者は魔王妃の側に寄る。


隊長「...まさか、君ほどの子がただの刃物でトドメを刺されるとは思わないだろうね」


魔王妃「...っ!」ビクッ


そして取り出したのは、唯一残されたミリタリーナイフ。

アサルトライフルは隊員の射撃で破壊されハンドガンは事前にウルフに預けられていた。

超強力な魔法を放てる魔術師の最後が、まさかこれほど物理的なモノになるとは。


隊員「────まて...ッッ!!」


隊長「...空元気だな、威勢はいいが立ち上がることすらできないじゃないか」


隊員「俺は本気だぞ...ッッ!」スチャ


彼が片手で取り出したのはサイドアームのショットガン。

未だに四つん這いで吐き気に抗っている、両手で扱うはずのアサルトライフルなど構えることができない。

背負っているアンチマテリアルライフルなどもってのほか。


隊員「......ッ!」ピクッ


隊長「...どうした? 撃たないのか?」


先程は偽の勇者にダメージを与えることができずにいた。

だが宿主である隊長の身体自体には負傷させることができていた。

この引き金を引けば、間違いなく攻撃が通用するはずだった。


隊長「...?」


しかし一向に撃つ気配はなかった。

それは偽勇者も若干不思議そうな表情をさせていた。

なぜ撃たない、撃てば攻撃できるのに。


隊長「...なぜ撃たない、流石にそこまで素早く人格を入れ替えることはできないぞ」


自白のようなその問いかけ、偽勇者は不可解で仕方なかったから故。

隊員が発砲した銃撃が先程のような身代わりを隊長にさせることを懸念しているのか。

だが本当の答えは隊員にしかわからなかった。


隊員(...だめだ、今片手で撃てるのはこのショットガンしかない)


隊員(だがこれは...ドラゴンブレスだぞ...ッ!)


隊員(発砲自体は平気かもしれないが、着火したら間違いなくCaptainが身代わりにさせられる...)


そこまで早く人格を入れ替えることは不可能という言葉、それは銃弾には対応できないという意味。

だが今はドラゴンブレスという弾丸を込めている、これは着弾後に発火する特殊弾薬。

炎上という攻撃はあまりにも鈍すぎる、間違いなく身代わりにさせられる。


隊員(...いや、そもそももう限界だ...これ以上の銃撃はCaptainの生死に関わる)


隊員「...」


隊長「...答える気はなしか、そこで味方が殺されるのを見ていなよ」


隊員「────ッ!」


隊員(──撃つしかないのかッ!? 今ここであの女が殺されるのはまずいッ!)


強すぎる正義が引き金を引こうとする指を動かそうとしたその時。

究極の選択に1つあらたな候補が生まれていた。

それは目の前に現れた1人の女が創り出した。


魔女「...随分とボロボロね」


隊長「...これはこれは、宿主の想い人か」


魔女「なによその声、全然似てないわね...もう1人のドッペルゲンガーを見習ったら?」


隊長「悪いね、私のお気に入りは...過去にいた勇者の身体だからね」


隊長「すべての有事が終われば、この身体は破棄して勇者の身体で生きる予定だ」


魔女「...そう、固執がないならとっととキャプテンを開放してくれないかしら?」


隊長「それはできない、目の前に広げられた料理を前に帰るわけにはいかない」


魔女「あー...そうだった、ドッペルゲンガーってのは悪食だったのね」


偽勇者のこの行動理由は単純であった、それはドッペルゲンガーの習性。

宿主に取り憑き人格を奪い、宿主の身内を殺害し生まれた絶望という感情を喰らう者。

つまりは別に隊長の身体が特別欲しいというわけではなかった。


魔女「...むかつくわね」


隊長「そう言うな、すぐに終わる..."光魔法"」


──□□□□□□□□□□...

光があっという間に、魔女を通過していった。

そして彼女は倒れこんでしまう、ならばなぜ彼女はわざわざ偽勇者の前に現れてたのか。


隊長「...なにも策も考えていなかったのか」


魔女「うっ...ぐぅ...っっ!!」ドサッ


隊長「愚かだな...だが優先順位は変わった」


この場にいる敵は3人、1人は光で拘束をして足を奪った魔物。

1人は自己嫌悪感と不可解だが攻撃をしてこない人間。

そしてもう1人、一時的に光で魔力を封じた五体満足の魔物。


隊長「...宿主の想い人だ、とても美味だろうな」


魔女「...っ!」


優先順位は明らかだった。

狙いは魔王妃から魔女へと切り替わった。

そしてついに、光に喘がされている彼女の側へと接近し終えた。


隊長「さて...頂くとするか」


ミリタリーナイフが輝く、それは電灯が反射する光。

横たわる魔女は抵抗すら許されない、彼女の魔力は光魔法によって抑えられている。

だがそれは彼女の魔力の話、まだ闘志みなぎる者が残っている。


ウルフ「────ッッッ!!」スチャ


いったいはどのタイミングで現れたのか。

いつの間にかウルフは前線に立っていた。

両手に構えるのは、2人の人間から借りた武器。


隊長「──なっ...!?」


ウルフ「──ガウッッッ!!」


──ダンダンダンダンッッ!!

野性味溢れるその唸り声とともに放たれたのは重なる銃声。

アキンボスタイルで射撃されたそれは、隊長の身体を射止めていた。

それを傍観する彼、その光景がとても不可思議で仕方なかった。


隊員「...」


隊員(もうCaptain自体の身体は限界だ、これ以上の負傷は死に直結する...)


隊員(なのにどうして、ウルフは撃てるんだ...?)


魔王妃「...うぅ」


頭の中ががんじがらめになる。

だがソレは、介抱していた女の苦しそうな声で一時的にほどける。

先程彼女の口を封じていた大きめのハンカチで患部を思い切り締め上げた。


魔王妃「い、痛い...っ!」


隊員「我慢しろ...これでも血が完全に止まっていないんだぞ...」


隊員は魔王妃の側に寄り処置をしていた。

だが状況は悪くなるばかり、血は止まらないうえに魔女は抑えられている。

ウルフも果敢に行動しているが、結果は目に見えてわかってしまう。


隊長「────"光魔法"」


────□□□□□□□□□□□□□□...

あたりを再三照らすのは、この邪悪な光。

それに前にして魔物はすべての行動が許されなくなる。

ウルフの戦術はあっという間に潰されてしまった。


ウルフ「──う...」ドサッ


隊長「...これでもう全滅か?」


この場にいる魔物はすべて光に屈服した。

動くことができるのはもう隊員という男しか残っていない。

だが彼はもう撃てない、これ以上撃つと隊長が死んでしまうことをわかってしまっているからだ。


隊員「...」


隊員(どうする...動けるのは俺しかいない...状況を打破するには攻撃するしかない...)


隊員(だが...それが許されるのはこの銃のみだ...接近して体術をキメようなら闇魔法とやらが俺を確実に殺す)


隊員(しかしそれではまずい...これ以上発砲してみろ...)


これ以上発砲すればどうなるのか、それはこの世界の住民だからこそ理解できてしまう。

無数の銃痕とやけど、普通の人間ならとうに意識を失い危篤な状態なのは間違いない。

今は魔物という強靭な精神がその身体を無理やり動かしている。


隊員(...本末転倒だ、Captainを救うためにはCaptainを殺すことが前提になる)


隊員(一体どうやって...あの身体から、あの憎たらしい偽物を追い出せるのか...)


ドッペルゲンガーを祓うには自らの意思での離脱を促さなければならない。

先程の魔王妃による熱風がいい線をいっていたのは間違いない。

だがそれだと駄目、卑劣なことに偽勇者は人格を巧妙に入れ替え隊長を身代わりをする。


隊員(...もう無理だ、答えはでない...矛盾がどうしても貫けない)


隊員(...諦めるしか、ないのか)


その時だった、彼が視界に捉えた。

それは先程果敢に行動をしていたあの女の子。

倒れ込んだウルフは、落としてしまったハンドガンを握りしめていた。


ウルフ「......ッ」


隊員「...ッ!」


隊員(なぜ...ウルフは撃てるんだ...?)


隊員(Captainを殺してしまうかもしれないんだぞ...?)


隊員(一体、私と何が違うんだ────)ピクッ


何が違うのか、そのフレーズが彼の頭を貫いた。

そして隊員は見えてしまう、その決定的な差を。

彼女の純粋な瞳が答えを導きだしていた。


隊員「...」


隊員(あぁ、そうか...そういうことか...)


隊員(そんな単純なことだったのか...私とウルフとの差は...)


それは先程まで自分が持っていたもの。

先程の精神攻撃でいつの間にか道に捨てていた。

彼に足りなかったのかただ1つ。


隊員「──Stay true to your toughness...Captain?」スチャッ


──ダァァァァンッッッ!!

足りなかったのは隊長への信頼。

ウルフは信じていた、隊長という男がこの程度で死なないという根拠のないことを。

小さめのショットガンから唸る射撃音、偶然にも彼自身の身体への負担を減らす箇所に着弾する。


隊長「ぐっ...今更になって攻撃してきたか────」


身体に走る違和感、それは熱源の感知。

一体どこからこの高熱は発生しているのだろうか。

答えは明白、それは着弾箇所。


隊長「──なっ...なんだこれはっ!?」


身体が小規模に燃え始める。

まるでそれは竜の息吹、特殊な弾薬が可能にする科学兵器。

この炎は魔法によって造られたものではない、よって光は無意味である。


隊長「──がああああああああああああああああああああああああっっっ!?」


隊員「...Get out of my face...Bitchッ!」


そして彼は耳を澄ませる。

この後の行動などもう確定している。

先程見せてくれた、卑しいあの身代わり。


隊長「──ああああああああああああああああああああッッッッ!!」


隊員「────ッッ!」ピクッ


さっきとは違う、風魔法による轟音などない。

自分の意識はすべて聴覚に集中させている。

そしてようやく聞こえたその声を、聞き間違えるわけがなかった。


隊員「──飲めッ! そして水をぶちまけろッッ!!」グイッ


彼が取り出したのは小瓶。

これはどこで誰によって渡されたものなのか。

それがどのような効力を持っているのか、明白であった。


魔王妃「────"水魔法"」


魔力を含む薬品、それが可能にするのは水の大砲のような魔法。

だが身体にまとった光がその規模を小さくさせ、まるで水鉄砲みたいな威力にまで抑えられる。

しかしこの状況で、どのような量でも水を自在に出せるということがどれほど素晴らしいことか。


隊長「────ッッ!!」


──ばしゃぁっっっ...!

まるで大きめの水風船をぶつけられたかのような水量。

だがそれでいい、それによって起こるのは消火。

人格入れ替えにより身代わりになった彼は熱にうなされずに済む。


魔女「...今よっ!」


────■■■...

どこからか闇の気配を感じる。

この質は偽勇者のモノではない、ならば答えは1つ。

だがなぜなのか、ソレは魔女の近くから発せられた。











「...精神世界に逃げ込めるのは、あんただけじゃないのよ」










その見た目は、とても華麗で可愛らしい女の子。

その色合いは黒く影のような、それらが意味するのはとある事実。


隊長「...憎たらしいほど似ているな」


ドッペル「そう? 感謝しなさいね...愛しの見た目なんだから」


このドッペルゲンガーは魔女の見た目をしている。

つまりは、宿主を隊長から彼女へと移り変えたのであった。

だからこそ可能だった、精神世界へ身を隠せば魔法の影響など受けないのだから。


ドッペル「...さっさと出て行って、この泥棒ネコ..."闇魔法"■■■■」


──■■■■■■■■■■■■...

魔女の見た目、魔女の声色をしたドッペルゲンガーが隊長の胸元へと手を添え姿を暗ます。

そして聞こえたのは闇の擬音、だが確認できたのはその音だけだった、この魔法はどこで発動しているのか。


隊員「...消えたぞッ!?」


魔王妃「違います...彼...いや、今は彼女ですか...彼女はあの男の精神世界へと入り込んだみたいです」


隊員「...つまり、どういうことだ?」


魔王妃「...敵本拠地に強行突破しました」


その様子は他者からは伺うことができない。

唯一状況を把握できるのは、当の本人であった。

彼のその調子を見れば答えは明白である。


隊長「──うッ...あの馬鹿...闇を出しすぎ...だッ!!」フラッ


魔女「予め私の中でずっと詠唱してたもの...とてつもない量を瞬時に出していると思うわ...」


この2人に襲いかかっているのは猛烈な嫌悪感と吐き気。

特に魔女、ドッペルゲンガーの宿主になったのはついさっきである。

治癒魔法や魔法薬ではどうすることもできない痛みが彼らの動きを鈍くさせていた。


隊長「────来るぞッッッ!!!」


──□□□□□□□□□□□□ッッッ!!

彼の身体には3人の人格がある、今の主人格は間違いなく隊長である。

その彼から叫ぶこの言葉、なにが出てくるのは音で認識できる。

ついに宿主を失った彼女が生まれる。











「────"結界魔法"」










だがその姿は誰にも目視することはできなかった。

眩い逆光が、その早すぎる詠唱が、魔法による影響が。

様々な要素が偽勇者の身を隠した。


隊員「──何が起きた...?」


魔王妃「...結界魔法です、自分だけの空間を作り込み他者の介入を拒む魔法ですよ」


魔王妃「どうやら突然湧いて出た闇を打ち消すより、離脱のほうが有効だと判断したのでしょうね」


隊員「つまり...奴は戦線を一時離脱したということか」


魔王妃「そういうことになります...わざわざ結界を作り出したのなら、すぐには復帰するとは思えません」


隊員「なら、今のうちに戦況の確認を...それとお前の処置も完全に終わっていない」


そう言うと彼は足早にこの場を去っていった。

未だに身体には光の属性付与が、未だに右足からは出血が止まらない。

それなのに微かとはいえ意識があるこの状況、奇跡としか言いようがなかった。


ウルフ「...だいじょうぶ?」


それを心配したのか1人の狼が寄り添ってくれた。

その毛並みは魔王妃の身体に触れ、とても触り心地のよい感覚が彼女を癒やす。

横になりながらも彼女は質問を投げかけた。


魔王妃「...どうしてここに? あなたのご主人は身体を取り戻したというのに」


ウルフ「えっとね、今は魔女ちゃんに譲ってあげてるの」


魔王妃「そうなんですね...」


ウルフ「それにね...ううん、なんでもない」


ウルフにはわかっていた、野生の感なのだろうか。

死が近い者に寄り添う、それは数多の動物が行ってきた行動。

今この魔王の妻が必要なモノがここに存在していた。


魔王妃「...ごめんなさい、お言葉に甘えます」


ウルフ「うん」


──ぽふっ...

彼女が必要だったのは気を許せる相手であった。

たとえ人型だとしても、ウルフは狼であり犬でもある。

犬相手にわざわざ気を使うことはない、これはアニマルセラピーと形容できる。


魔王妃「────もうすぐだからね..."勇者"...そして"あなた"...」


ウルフ「...」


ウルフは無言で尻尾を魔王妃の顔面に乗せていた。

そこから感じるのは少しの湿り気、だが彼女は追求せずにただ乗せるだけ。

そしてウルフは、遠目でご主人たちの再会を眺める。


魔女「...おかえり」


隊長「...ただいま」


その言葉にどれだけの意味が込められているのか。

たった4文字のソレをどれほど待ちわびていたのか。

だが彼らは目頭に涙も貯めずに、淡々と会話を続けていく。


魔女「...手、握ってくれない?」


隊長「あぁ...」


──ぎゅっ...

どこか力強い不器用な男の握手、それが魔女の感情を落ち着かせる。

ようやく実感ができた、これは間違いなく、彼の手だ。


魔女「あなたも大変ね、異世界に飛ばされて変なのに取り憑かれて、さらに変なのに身体を乗っ取られて...」


隊長「我ながらそう思う...我が身の出来事の多さに...それに自分の身体がこれほど頑丈だと思わなかった」


魔女「...傷だらけね、ごめんね...まだ光魔法の影響で治癒魔法が唱えられないの」


隊長「...大丈夫だ、まだ魔法がなくても生きていける...死なないさ」


魔女「ふん、どうだか...心配する人の気持ちも考えてね」


それ以降の会話は続かなかった。

お互いはお互いの瞳を見つめるだけの、濃い時間が流れていく。

その様子を見た部下はどのようなコメントを残すのか。


隊員「...Captainにもついに春がきたみたいだ」


ウルフ「あ、おかえりっ!」


隊員「あぁ、ただいま...ところでコレはどうした?」


コレというのは、尻尾で魔王妃の顔を包んでいるこの状況。

だがウルフはそれをどかそうともせず、ひたすらに彼女の顔を隠し続ける。

そして毛むくじゃらの中から声が聞こえた。


魔王妃「...おかえりなさい、すみません...ただいま夫以外に見せらない顔をしているので」


隊員「まぁ...俺も同じことされたらそうなると思うが...ずいぶんと余裕だな、足が千切れているんだぞ?」


魔王妃「そうでしたね...もう痛みなんて感じていないので...」


隊員「...脳内物質が痛覚を遮断しているのか、どちらにしろその状態が続くと死ぬぞ」


隊員「ひとまず、近場の店に備えてあった救急箱を勝手に持ってきた...まずは消毒して包帯を巻くぞ」


魔王妃「ありがとうございます...助かります」


その言葉を受け入れると隊員はテキパキと処置し始めた。

テロリストとはいえ女性の、それも人妻の脚に触れる。

だが彼に働いている感情はそのような邪なモノではなかった。


隊員「...生きているのが不思議でしかたない」


魔王妃「できれば治癒魔法を唱えたいんですがね...光が強すぎて効力が出る前に抑えられそうです」


隊員「ん...? でもさっきは水魔法とやらを出していたじゃないか」


魔王妃「水魔法はあの男の人に向けて放ちましたが...治癒魔法はそうとはいきません」


隊員「...あぁ、そういうことか」


魔王妃「治癒魔法の対象は私自身の身体です...が、現在光が恒久的にまとわりついているので...」


対象が自分以外ならば、光がすべてを抑えきる前に自身から距離を取ればなんとか発動させられる。

だが治癒魔法は違う、傷が治るまで魔力で自身を治さなければならない。

仮に唱えても1秒程度しか効力を発揮できない、足を切断しているのにその秒数はあまりにも足りない。


隊員「...染みるぞ」


会話を続けながらも彼は処置を続ける。

消毒液を患部に浸透させる、いまさらかもしれないがやらないよりかはマシ。

それを終えると次は丁寧に包帯で包み込む。


魔王妃「...膝から下の感覚がありませんね、とても不思議な気持ちです」


隊員「随分と他人事だな...」


魔王妃「私の世界では四肢欠損はよくあることですから...まぁ"素早く"処置すれば欠損なんて治る怪我ですからね」


隊員「..."素早く"、か」


素早く処置をすれば、その言葉に詰まってしまう。

過去に魔女が魔剣士の腕を治したように、彼女の言葉通り治る怪我である。

だが今は違う、どう考えても手遅れだった。


魔王妃「...残念ながら、もう遅いですね」


魔王妃「そもそも、爆破によって右足がどこかに行ってしまいましたからね...」


隊員「治しようがないか...」


魔王妃「...闘うということは、こういうことですから」


魔王妃「気の毒だと思わないでくださいね、あなたも戦士ならおわかりでしょう?」


隊員「...」


図星で言葉がでなかった。

彼がしている仕事、そこでは欠損は愚か死者すら出てしまう。

だからこそ理解してしまった、むしろ先程の激戦で死者がでなかっただけ良しと思えていた。


隊員「...」


魔王妃「...どうかしましたか?」


隊員「...いや、なんでもない」


あの時、正常な判断をしていればこのようなことにはならなかったかもしれない。

あの時、引き金が鋼のように重くなければこんなことにはならなかったかもしれない。

そしてようやく、彼が思いを告げる。


隊員「...私と一緒に戦線を離脱してくれ」


その言葉にどれほどの感情が詰まっているのか。

彼は背負いすぎていた、その性格故に。

彼女の脚が奪われたのは自分自身の責任であると勝手に思っている。


魔王妃「...自責ですか?」


そう思われても仕方なかった、どう見てもこの男は負い目を感じている。

それは赤の他人である彼女ですら察してしまう程。

だがそれは真実ではなかった、この言葉の真意はとてもキツいものであった。


隊員「...まともに立てない奴は邪魔にしかならない」


ウルフ「...っ!」


その言葉にウルフは思わず反応してしまう。

微かに体毛が逆立つ、隊員の放った一言に怒りを覚えてしまっていた。

その憤りには意味はない、ただどうしてそんな冷たい言い方ができるのかということに毛を荒立てる。


魔王妃「...」


彼女が闘う理由、旧知の友である勇者を謳う偽物を抹殺するためにわざわざ世界を跨いだ。

だというのになぜこんな若造にそのようなことを言われなければならないのか。

だが彼女が感じた感情は怒りではなく、もっと別の静かなモノであった。


魔王妃「...今の私は立つことは愚か、魔法すら唱えることができません」


魔王妃「いえ...たとえ魔法が唱えられたとしても、きっと足を引っ張ってしまいます」


片足を失うということはそれだけで劣勢を招いてしまう。

だが彼女は冷静であった、薄々と見えていた諦観がスラスラと言葉を綴る。

しかしどうしても1つ疑問が残っていた。


魔王妃「ですが、なぜ貴方も共に離脱するのですか?」


隊員「...消去法だ」


隊長「...」


なにを根拠に彼はそう選択したのか。

そして気づけば隊長と魔女は近くに寄り話を聞いていた。

彼はそれに臆さずにプレゼンテーションを続けていく。


隊員「先程の闘いで要だったのは、間違いなくお前と...魔女だ」


隊員「だが、お前は残念だが離脱を余儀なくされた...つまり魔女は何があっても最前線に立つしかない」


隊員「...残りは私とウルフと、ドッペルゲンガーだが...後者は言うまでもない、必要だ」


隊員「つまり、私とウルフのどちらかがお前を救護しなければならない...戦線離脱者を1人にすることはできない」


隊員「...しかし、先程は私もウルフもいなければこの集まりは壊滅していた...そのはずだ」


消去法が絞れてきた、だが隊員の言う通り全員がいなければどうなっていたのか。

ここまでの話を否定するものは誰もいなかった、だがここからなぜ隊員が離脱することになるのか。

それは先程とは違う決定的な差異が答えを導き出していた。


隊員「...人間という強みは私じゃなくても作り出せる、今はCaptainが復帰したからな」


隊員「少なくとも彼は、私なんかよりも魔法に詳しいはずだ...それに」


隊員「...どう考えても、私より強い」


魔女「...っ」


一番に反応してしまったのは、魔女であった。

隊員の放ったその言葉、どうしても鵜呑みにできてしまっていた。

隊員よりも隊長のほうが強い、だから隊員は離脱する。


隊員「...ですので、あとはお願いします」


隊長「...」


本来ならば彼も戦線を離脱せざる得ない傷をうけている。

やはり隊員の感情の奥底には、自責も込められていたに違いない。

だからこそ、隊員という男は自らを退けたのであった。


隊長「...」


沈黙が意味するのは葛藤であった。

冷静に考えを改め、逆に自分自身を離脱させ隊員に続投させるべきなのか。

それとも彼の眼差しを無碍にすることなく、それを受け取るべきなのか。


ドッペル「...悪いけど、あんたがいなければ私はなにもしないわよ」


だがその選択を決めたのはこの魔物であった。

頭の中で響く最愛の人物の声、だがこれは偽物。

その声色の主がようやく彼の身体から姿を現した。


魔女「...どういうつもり?」


ドッペル「言葉通りよ、私の目的はあの光を宿主から追い出すこと」


ドッペル「目的はもう果たされたわ、あいつはこの身体から離脱しているわよね」


魔王妃「...これだからドッペルゲンガーという種族は」


この土壇場の時に、闇魔法というカードが失せようとしていた。

魔王妃のため息に反応して隊長は頭を軽く抱え、ウルフは警戒心をむき出しにする。

だが隊員と魔女だけはドッペルゲンガーの真意に気がついていた。


隊員「...見事なまでにアレだな」


魔女「あら気がついたの? さては経験豊富?」


隊員「いや、人並みにしか経験していないが...このようなのは何度も見てきた」


ドッペル「...なによ」


なぜこの魔物の姿が今も魔女のままなのか。

隊長という宿主を取り戻したのならば、見た目を元通りにしてもいいはずなのに。

その理由は簡単であった、ドッペルゲンガーというのは宿主に偽装する者。

魔女という女に姿を変えたのが運の尽き、もしくは幸いなのか。


魔女「さっきの話の通りなら...キャプテンがいるなら闘ってくれるってことよね?」


ドッペル「まぁ仕方なくね...苦労して取り戻したこの身体を失うわけにはいかないもの、だから手を貸すのよ」


隊長が闘うというのならそれに伴うのは死の危険性。

だが闇という魔法があれば、その危険性は格段に減少させることができる。

せっかく苦労して取り戻したこの宿主を見殺しにするのは惜しい、だから手を貸すと言っている。


魔女「...本当にそれだけ?」


ドッペル「...?」


しかし、そのような利己的な思考の裏には別の感情が無意識に存在していた。

今現在の見た目は魔女、つまりはドッペルゲンガーは魔女になりきっている。

幾度となく日本のコミックスを読破した隊員にはこう見えていた。


隊員「...見事な"ツンデレ"だな」


ドッペル「ツン...デレ...?」


魔女「あんた、キャプテンのことをどう思っているか口にしなさいよ」


ドッペル「えっと...冷静に見えていて内に秘めた感情が豊かで...良質な餌になり得そうで...」


まず始めに口走ったのは、己が隊長に固執する理由。

至高の絶品という訳ではないが、良質な食事になることは間違いない。

だが彼女は彼女である、だからこそソレ以上の言葉が無自覚に続いてしまった。


ドッペル「...頼りがいがあって...逞しくて...それに格────っ!?」ピクッ


なぜそのような言葉が続くのか。

それは単純、この魔物は魔女に一度取り憑いてしまったからである。

宿主に偽装するということは宿主になりきってしまうということ、それをようやく自覚できた。


ドッペル「──まさかこれが狙いっ!? 謀ったわねっ!?」


魔女「あんな状況でそこまで考えてられないわよ...」


ドッペル「ゆ、許さない...これじゃ...これじゃっ!!」


隊長「...これじゃ?」


その言葉に感情が揺さぶられている。

なぜここまで鼓動が激しくなっているのか。

感情を喰らうものが、感情に振り回されている。


ドッペル(この女...まさか想い人の言葉1つ1つにここまで喜んでいたのね...)


ドッペル(2人同時に...それも恋人同士に取り憑いたのは初めてで考えもしなかった...っ!)


ドッペル(身体が熱い...愛という感情はこれまでだったのね...これじゃ...もう...)


ドッペルゲンガーに植え付けられたのは愛しの人物を思う感情。

それを前に抗える乙女など存在しない、影の彼女は帽子を深くかぶり目元を隠してしまった。


ドッペル「...ともかく、きゃ...きゃぷてんが闘うのなら、私も手伝うわ」


隊長「お、おう...そうか、それは助かるが...」


隊員「...決まりだな、私たちは一度離脱をする」


魔王妃「わかりました...ですが、渡したいものがあります」


隊員「それは私もだ...まずウルフ、こっちにおいで」


ウルフ「うん?」


そう言うと彼女は軽く尻尾を揺らしながら近寄ってきてくれた。

すると彼はあるものを取り出すとともに、言葉を告げる。

それは隊長の手持ちを見れば当然の判断であった。


隊員「そのハンドガン、Captainのモノだろ?」


ウルフ「そうだよ」


隊員「...今、Captainはほぼ丸腰だ、その手に持っている方を返した方がいい」


ウルフ「あ、そっか...そうだねっ!」


隊長「あぁ、そうか...朧げだが、アンチマテリアルで俺のアサルトライフルが破壊されたんだったな」


今彼が持っているものはナイフと手榴弾だけ。

これでは闘うにも闘えない、ならば2丁の銃を持っているウルフがソレを差し出すのは当然とも言える。

だがハンドガン1つじゃ心もとない、そんな2人に隊員は更に装備を明け渡す。


隊員「...それで、これを使うといい...使い方はわかるな?」


ウルフ「これって...」


隊長「ソードオフのショットガンか...それに弾薬はドラゴンブレスだったな」


隊員「その通りです、これなら心強いでしょう...Captainにはこれを」スッ


彼が隊長に渡したもの、それは見覚えしかない武器。

これは部隊に支給された指定の代物、その見た目の違いは1つもない。

隊長が持っていたアサルトライフルと同じモノが譲られた。


隊長「...手に馴染むな、支給品なだけはある」


隊員「メンテナンスはバッチリです、どうかご活用ください」


隊長「あぁ...わかった」


その銃には隊員の念が込められている。

できることなら彼も続投したかった、そして隊長を蝕んでいたクソ野郎に一発ぶちこみたかった。

しかしそういう訳にはいかない、負傷者を介抱するのも大事な役割である。

強い責任感と淡い自責の感情を背負い、彼は隊長に全てを託す。


隊長「...迷惑かけたな」


隊員「いえ、無事にこうして...戻ってこられただけでも十分です」


隊員「それに...Captainが年下の女性にゾッコンな様子を見れましたしね」


隊長「...お前、覚えておけよ」


思わず鼻で笑い合ってしまう。

先程まで地獄のような光景を目の当たりにしていたのに。

隊員は苦しむ隊長を、隊長は仲間たちに手をかける光景を見ていたのに。


魔王妃「...これをどうぞ」スッ


魔女「...これって」


そんな彼らを尻目に彼女が渡してくれたのは小瓶。

先程隊員に渡したものと同じ、魔法に関する薬品である。

しかし魔女にはわかった、これがただの代物ではないことに。


魔女「...魔力薬ね、てっきり魔法薬だと思っていたわ」


魔王妃「その通りです、市販の魔法薬では魔力回復量などたかが知れています」


魔王妃「ですけど自作の魔力薬なら瞬時にして、私の魔力量の限界値まで得ることができますからね」


魔力薬の応用的な使用方法であった。

本来魔力薬というモノは、他者に自分の魔力を一時的に分け与えるモノである。

だがソレを自分自身に使えば、自分に自分の魔力を分け与えるという意味のない行動にも思える。


魔女「光への対策用に作ったのね、光魔法で魔力を失ってもこれを飲めば...」


魔王妃「平常時に作った魔力薬ですから、0になった私の魔力から一気に平常時までの魔力量を底上げしてくれます」


以前女賢者が説明してくれた数字の話。

彼女の魔力、その数値が100だとすれば、魔力薬に含まれるその量も100になる。

だがその100という数値はあまりにも大きい、魔王妻の魔力量とはとても凄まじいモノである。

市販で売っている魔法薬では、わずか10ぐらいしか回復できないであろう。

だが魔力薬なら話は別、光によって0にされた魔力を一気に100まで回復できる。


魔女「そうか、そういう使い方もできるのね...私も魔力薬の作り方を覚えたほうがいいかしら」


魔王妃「そのほうが懸命だと思いますが...今教えられるほどの余裕はありません」


魔王妃「ともかく、もし窮地に陥ったらこれを飲んでください...必ず力になるはずです」


魔女「わかったわ、大事に持っておくわね...でもいいの?」


魔王妃「光魔法により奪われた魔力は回復できますが、今は属性付与により恒久的に魔力を抑えつけられています」


魔王妃「今の私には使いようがありません、どうかご活用くださいね」


その小瓶に秘められた魔力はとても膨大なモノ。

魔女はそれを彼女から受け取った、そしてそれを衣服の収納にしまう。

すると聞こえたのは、少し耳障りな甲高い音。


魔女「...あれ、これって」


隊長「──グッ...!?」


その時だった、彼女は意識を別の方へと飛ばす。

声の主は愛しの人物、それは苦悶のうめき声に近いモノであった。

当然であった、彼は幾度となく炎を受け銃弾に襲われたのであった。


隊員「...大丈夫ですか?」


隊長「あ、あぁ...大丈夫だ...」


ドッペル「...あまり無茶しないほうがいいわよ、現実では様々な攻撃を受けたのよ」


ドッペル「それに光を追い出すために精神世界で大量の闇を放出したのよ、いつ倒れても不思議じゃないわ」


心身ともに、多大な負傷を受けている。

正直なところ彼もすでに立つことが限界にきている。

それは隊長自身も自覚している、ならなぜ先程の隊員の言葉を飲み込んだのか。


魔女「..."治癒魔法"」


──ぽわぁっ...

理由はこの暖かい魔法、その優しい光が隊長の闘志をみなぎらせる。

光によって一時的に奪われていた魔力が時間を経て少しばかり回復していた。

そしてその光は彼だけではなくこの場にいる皆も包み込む。


隊長「...相変わらず、心地いいな」


魔女「ここまで効き目があるのは、あなただけよ」


その光は隊長の身体をみるみる癒やしていく。

身体に残ったやけど痕、銃傷による痛々しい傷跡。

そしてわずかにも垂れ流れていた血液が止まる。


隊員「──ッ! 凄まじいな...部隊に欲しいぐらいだ」


ウルフ「ありがとうっ! 魔女ちゃんっ!」


魔女「どういてしまして...だけど...」


周りにいた皆も癒やしていたはずだった。

しかしどうしても1人だけはそうともいかない。

時間経過ではどうすることもできない、嫌がらせのような属性付与が治癒を拒ませていた。


魔王妃「構いませんよ、最低限の処置はしてもらいましたから...気に病む必要はありません」


隊員「...厄介だな、この光というモノは」


魔王妃「そうなんですよね、この光自体に殺傷能力はありませんが...鎮圧力が凄まじすぎるんですよね」


魔王妃「...っと、光属性に関する愚痴など山程ありますから、ここまでにしておきましょう」


それを言い終わると彼女は指を向けた。

そこにあるのは、魔法で作られた空間の壁。

この光景、隊長たちは一度みたことがあった。


魔王妃「...魔王子に会ったということは、この結界魔法のこじ開け方をご存知ですね?」


隊長「あぁ...あの時はユニコーンの魔剣を使って、一時的かつ局地的に結界を破り侵入したが...」


魔女「...今はその魔剣を持っていないわ、魔王子に託したからね」


魔王妃「なるほど、そういう訳でしたか...夫の結界が破れていないのに魔王子が抜け出した理由がわかりました」


魔王妃「ですが、大丈夫です...あれは魔王が作り出した闇の結界ですから」


魔王妃「今回のこれは...見た目でわかりますでしょうか?」


記憶を辿る、過去にみた結界は2種類。

1つは魔王の創り出した黒い結界、もう1つは大賢者が創った無色の結界。


魔女「...え、もしかして補助魔法なのに属性が関与しているってこと?」


隊長「俺が読んだ本では補助魔法は無属性の扱いになってたはずだが...」


彼が言っている本というのは、向こうの世界で初めて手にした書物。

基礎魔法学の教本、そこには隊長の言葉通りの記載が載っていたはずであった。

だが現在目の前に広がっている結界魔法の色がソレを否定する。


魔王妃「簡単な話です、属性付与ですよ」


魔王妃「夫は実の息子を抑え込むために、圧倒的な質を誇る闇を結界魔法に纏わせていました」


魔王妃「だから魔王子が闇を持って暴れても、破壊することができなかったわけです」


同時刻程に別世界では魔王が歴代最強の魔王に刺されていた。

つまりはそういうことである、圧倒的な質の差の前には上位属性の相性など無意味。

だからこそ可能な方法が導き出されていた。


魔王妃「...魔王の結界を抜けた時の逆のことをすれば通れます」


あの時は光で闇の結界を抜けた。

ならば逆となると、闇で光をこじ開けることになる。

それができるのは1人しかいない、どうしても彼女の手を借りなければならない。


ドッペル「...」


彼女が見つめる先には白き魔法が展開している。

その圧倒的な質の差に、並大抵の闇など歯が立たない。

だがそれでいい、光が闇を抑えようとした時に生まれる隙を作り出せれば。


隊長「...頼めるか、ドッペルゲンガー」


ドッペル「...」


なぜこの魔物が手を貸さなければならないのか。

その答えは実に単純であり、それでいて業の深いモノ。

捕食の対象が、どうしてここまで愛おしく思えてしまうのか。


ドッペル「...仕方ないわね■■■■」


快諾、そうとしか表現できない返答速度であった。

その様子を確認すると3人は急いで移動を始める。

質の差により闇が作り出してくれる入り口はごく僅か、それでいて刹那。


隊員「────GET THE VICTORY」


そして隊員は勝利の言葉を彼らに向けた。

それを受けた隊長は静かに親指を立てた。

ただそれだけだった、僅かな出来事ではあったがソレを確認できただけ十分であった。


~~~~


~~~~


??1「...何だこれは?」


ある男性がそうつぶやく。

そこには倒れている女の人が存在していた。

しかし、発している言語は全く理解できない。


??1「...知らない言語だな」


この男、独り言が激しいタイプであった。

なにか作業をしながらも、倒れている女性を相手に話しかけている。

だが返答も虚しく、聞いたことのない言葉を耳にすることしかできずにいた。


??1「...格好もまるで、どこかのおとぎ話に出てきそうなモノだね」


??1「まぁいい...これもなにかの縁かもしれない、奇縁というべきか」


??1「私の生まれた国では縁を大切にするものだ...これから仲良くしようじゃないか」


??1「とにかく、その言語を教えてくれないか? それと血液を採取させてもらおうか」


白衣の男が倒れている女性に迫りよる。

他者を拒みがちな彼が、このような奇縁で琴線に触れてしまった。

注射器片手に迫りくるその姿はなかなか恐ろしいモノであった。


??2「...□□、□□□□□□□□?」


彼女が放った言語はとても白かった。

そしてその表情はどこか柔らかく妖艶。

まるで獲物を見つけた獣のように、はたまた孤独から開放された乙女のような顔つき。


~~~~


~~~~


隊長「...ここは」


──□□□□□□□□□□□□□□...

あたりからは光の言語が響く。

日本語は愚か、英語ですら当てはめることのできない音。

不思議な感覚が彼を包んだ、しかし彼女らはそうではなかった。


魔女「...なんか、どこか懐かしいような」


ウルフ「うん...どっかで聞いたことある...かも」


ドッペル「...」


ここは偽勇者が創り出した結界の内部。

光の属性付与が関与しているはずだが、身体の調子は平常通り。

どうやら付与されていたのは結界の境界線のみだった様子であった。


ドッペル「...気をつけて、もうすぐよ」


魔女「そうみたいね...だいぶ近づいてるわ」


隊長「...わかった」


内部に侵入して数十分が経とうとしていた。

歩み続けることで、ようやく視認することができる。

だがその直前に影の魔女が動きを見せる。


ドッペル「...身を隠してもいいかしら、あんたの身体に」


隊長「...あ、あぁ...いいぞ?」


今までなら一々確認など取らずにいただろう。

すこし不自然な印象があるが、隊長はそれを受け入れた。

それがどれだけ残酷なことなのだろうか。


ドッペル「...」


そして彼女が隊長に触れると姿を消した。

その表情は魔女のモノであり、わかりやすくもわかりづらい。

矛盾めいたその感覚、男である隊長には永遠に理解ができないであろう。


隊長「...もうじきか」


ウルフ「すごい...気配がするよ...」


魔女「これが奴の本気ってことかしら...とてつもない魔力を感じるわ」


隊長「...」スチャ











「...結界を抜けてきたところを見ると...あのドッペルゲンガーが手を貸したというところか」










声が聞こえる、その言語は馴染みのある日本語。

中性的な声色の彼女が投げかけてきたのは考察であった。

ソレは見事に的中するが、だからといってどうもすることはない。


隊長「...これが敵の本体ってわけか」


魔女「これが過去にいた勇者ねぇ...そしてその魔力か...」


ウルフ「...」


ウルフはすでに感じていた。

その圧倒的な実力差に、とてもじゃないが敵う相手ではないことに。

だが今は勇気が彼女の足を支えている、手に持つこの銃器が力を湧かせる。


勇者「...愚かな、勝てると思っているのか...」


勇者「私は歴代最強と謳われている魔王を滅ぼした勇者だぞ...?」


────□□□□□□□□□□...

あふれるばかりの光が産まれる。

それが意味するのは始まりであった。

これが最後の決戦、第一声はもちろん彼が。


隊長「──来るぞッ!」


魔女「──わかってるわよっ!」スッ


彼女が取り出したのは、小瓶。

切り札を早速出すのには訳があった。

最強の光を持つ者の前に、出し惜しみなど破滅に向かうことになるからだ。


勇者「──"光魔法"」


魔女「────っ!」クピッ


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□...!

身体に感じる異物の魔力。

本日2度目の魔力薬が身体を蝕む。

まるで蟒蛇に締め付けられたかのような痛みをこらえながらも彼女は言葉を綴る。


魔女「────"転移魔法"」


──シュンッ...!

見よう見まねで彼女が唱えたのは今までの強敵が散々使ってきた魔法。

魔王妃という卓越した魔力が可能にするのは、瞬間移動であった。

視界が変わる、隊長が見えた光景は勇者の背中。


隊長「──Eat that you」スチャ


──ババババババババッッッ!!

その弾幕はなにも帯びずに放たれた。

ただの銃弾がこの場面において有効的である。

このような代物は光魔法ではどうすることもできないからだ。


勇者「チッ..."闇魔法"」


──■■■■■■■■■■ッッ!!

光に比べ、非常に貧弱な闇が銃弾を飲み込んだ。

だがそれはあまりにも危険な行為であった。

ここに魔王妃が居れば、この闇魔法の合間を狙い撃つだろう。


魔女「──"雷魔法"っ!」


────バチンッッッ...!!

その威力は彼女が今まで放ってきた魔法の中で最強。

もともと得意だった雷の魔法、それが魔王妃の魔力で強化されている。

光魔法は真反対の方へと、闇魔法はその貧弱さ故に死角だらけ、そして新たに魔法を唱える暇などない。


勇者「────うっ...!?」


闇の隙間を稲光る強烈な一撃が彼女の身体へと直撃する。

たとえ魔物の身体だとしても、たとえ勇者という上質な肉体だとしても。

魔を統べる王の妻が介するその雷はとてつもないモノ。


ドッペル「──"属性付与"、"闇"」


その魔法は彼を強化する。

隊長のアサルトライフルが黒く染め上がる。

それが意味するのは1つしかない、追撃だ。


隊長「──OPEN FIREッッ!!」


────ババババババ■■■■■■ッッッ!!

すべてを破壊すると言われる黒の魔法が付与されたソレはあまりにもインチキであった。

それを恐れた勇者がとる行動など1つしかない。


勇者「..."属性付与"、"光"」


────□□□□□□□□□□□□...

この時、勇者は初めてお披露目をする。

自らに付与させた光の威力というモノを。

その輝きは闇を喰らうだけではない、あたり全体に影響を与える。


魔女「──"転移魔法"っっ!!」シュンッ


ウルフ「...ッ!?」シュンッ


その場に残ったのは隊長だけであった。

魔女はウルフを連れどこか目視すらできない離れた場所へと離脱をする。

幸いにもこの光は、あの時見せられた地平線まで追いかけてくるようなモノではなくこの場に留まるモノ。


勇者「──ぐっ...う...っ!!」


光によって魔力に関わるモノ全てを制することができた。

だがそれだけでは駄目、現代兵器であるこの銃撃を防ぐことはできない。

とてもじゃないが目視でコレを避けることは不可能、武の達人ではない彼女では。


ドッペル「気をつけて、属性付与によってここ周辺じゃ魔法なんて一切使えないわよ」


ドッペル「魔女とウルフの援護は期待しないほうがいいわ、私もあんたの身体の中で状況を見てるわね」


隊長「...あぁ、わかった」


──......

身体にまとわり付いていたはずの闇が消え失せ黒の音が消滅する。

勇者により光の拠点が作られてしまった以上、この場を崩せるのは隊長の持っている武器だけになる。

隊長は改めて、力強くアサルトライフルのグリップを握りしめた。


勇者「まさか、本当に渡り合えると思っているのか?」


隊長「...どういう意味だ?」


その時だった、唐突に偽勇者は語りかけてきた。

まるで己にはまだ秘めたる力がある、そのような言い回しであった。

だが彼女は感情を喰らう魔物、これは動揺を誘うはったりかもしれない。


勇者「言葉通りだ...その武器だけで、私に勝てるとでも?」


隊長「...Bluffか? 悪いがその手には乗らない」


このまま勝利を掴める、そのような意味に聞こえるが真意は違っていた、隊長にはコレしかないのである。

銃という武器しかない、例え偽勇者が新たな力を見せてきたとしてもコレで抵抗するしかない。

ならばやるべきことは1つ、余計な感情で平常心を崩さずにいつもどおり冷静で振る舞うこと。


勇者「私は勇者だ、絶対的な力を持つ勇者だ」


隊長「...随分と溺れているな」


ドッペル「...待って」


どこか理性を崩し始めた偽勇者。

だが隊長越しに見ていた彼女はなにか予感を察知する。

それはすぐに目視することができた、彼女の両腕に光が、魔力が収縮する。


勇者「...もっと力を」


──□□□□□□□□□□□□□□□...

膨大な量の光が、魔力が偽勇者に集まりだす。

その規格外の魔力量にドッペルゲンガーは思わず声を上げる。


ドッペル「な、なにが起きようとしているの...?」


隊長「...光魔法か? だが人間の俺を相手に────」ピクッ


人間である隊長を前に光など無意味。

隊長はすぐに悟った、これこそがブラフであると。

しかしこの場においてわかりきった事実を行おうとする者などいるだろうか。


隊長「...油断はしないほうがいいな」


ドッペル「...正直、精神世界に逃げ込んでいる今でさえ足がすくんでいるわ」


隊長「...」


心の中にいる偽物の魔女が震えている。

その感覚は隊長にも伝わっていた、あれほどの魔物がここまで竦み上がっているとは。

彼には魔力を感じることはできない、だが目の前に展開している魔力量の規模が伺えていた。


勇者「...君は知っているか?」


隊長「...」


勇者「私がどのようにして、君に取り憑いたかを...」


沈黙を続ける隊長をよそに彼女は語り続ける。

なにかどうしても伝えたいことがある、そのような嬉々とした口調。

だがこの様子、隊長にはどこかで見覚えがあった。


勇者「..."研究者"」


その名はあちらの世界での奴の名前。

それを聞いただけで己の血液が沸騰するような衝動に駆られる。

だが彼はもう果てた、その事実を脳に納得させ冷静を保つ。


隊長「...」


ドッペル「そうよ、落ち着いて...衝動に駆られたら勝てる相手でも負けてしまうわ」


勇者「研究者ぁ...そう研究者だ...ふふ...」


隊長「...正気じゃないな」


ドッペル「...どうやら、知能はそこまで高いわけじゃなさそうね」


銃撃を何度も受けている、それは決定打に限りなく近い負傷である。

身体に走る痛みが彼女の理性を崩し始めていた、それにより露呈するのは。

勇者に取り憑いたドッペルゲンガー自体の知能の低さであった。


隊長「...力に見合った理性を持ち合わせていない、だから力に溺れているのか」


ドッペル「いくら勇者が賢かったとしても、取り憑いた本人が馬鹿なら意味ないわね...」


ここに偽勇者の行動理念の底が見えたような気がした。

この魔物は勇者という強力な人格を奪うことができてしまっていた。

一度味をしめてしまったら最後、その欲求は貪りへと変貌する。


ドッペル「だからこそ、ここで止めないとまずいわね...この世の全てを乗っ取るかもしれないわよ」


隊長「...」


たとえ知能が低くても魔法という超常現象を扱えてしまう。

特に危険なのが闇魔法である、黒い魔法の性能をなにも知らない軍隊が敵う相手ではない。

偽の魔女の言葉に、嫌になる程に説得力を感じてしまう。


勇者「ふふ、ふふふふふふふふふふふ...」


勇者「君と出会ったのは、どこだと思う?」


隊長「...さぁな、夢の世界で会ったか?」


勇者「懐かしい、もう何年も前になるのか────」


懐かしい、その言葉が答えを浮かび上がらせた。

研究者という単語、そして何年も前という単語。

過去にあのマッドサイエンティストと対面したのは、あの時しかない。


勇者「──君は殺したね、自らの仲間を」


隊長「────IN YOUR FACEッ! BITCHッッッ!!!」スチャ


──バババババッッ!!

己の感情が弾けてしまう。

彼は赦せなかった、彼女たちのことを軽々しく口にすることを。

気づけば指がトリガーを引いていた、まるであの時の部隊にいてくれた彼女のように。


隊長「──ッ!?」


ドッペル「...なっ!?」


勇者「どうだ、驚いただろう...私からすればこのような事は造作もないんだ」


偽勇者を包む光が弾丸に付与された闇を滅ぼした。

それだけなら話はわかる、だが隊長らが確認したのはそれだけではなかった。

まるで銃弾が外れたかのような手応えの無さ、それが意味するのは1つ。


ドッペル「あ、あれは...属性同化とかいう魔法...っ!?」


隊長「な...んだと...ッ!?」


それとしか形容することはできなかった。

これは付与どころの話ではない、偽勇者の身体は光そのものへと移り変わっていた。

それは魔王妃が沢山みせてくれた属性と同化する魔法に酷似した現象。


勇者「散々見せてもらったよ...お蔭でこんなにも簡単に真似することができた」


──□□□□□□□□□□□□...

先ほどとは比較にならない膨大な量の光が生まれ続ける。

属性同化というモノの真骨頂、それは己の実態を無くすということ。

対抗策など1つしかない、だがこれは圧倒的な質を誇る光である。


隊長「まずい...実態のない相手に銃は無意味だ...ッ!!」


ドッペル「それだけじゃないわ...今まで属性同化の相手には闇か光魔法で抵抗できたけど...」


ドッペル「...無理だわ、私の闇じゃ一矢報いるどころか...瞬殺されるわね」


これでは偽勇者相手になにもすることができない。

ただその様子を眺めることしかできない、ここに来てこのような切り札が来るとは。

だがそれはまだ序章に過ぎなかった、これからは眺めることすら不可能になってしまった。


勇者「...散々見せてもらったのは魔法だけじゃない...そうだろ?」


──□□□□□...

光が、魔力が形を成していく。

そして偽勇者の腕にはある武器が創られていた。

これは魔法の域を超えた創造、彼女の魔力は1つの段階を越える。


勇者「重たいな...女の私では少々厳しいか」スチャ


────バババババッッッ!!

正しく構えて撃つことはできなかった。

彼女は腰にソレを構えて、容赦なく引き金を引いた。

なぜ偽勇者は、風貌に似合わないその現代兵器を所持しているのか。


隊長「────ウッ...!?」


慣れていない射撃、極めて精度の低いモノだった。

しかしそれでいて人に当てるのには苦労しない、それがこの武器の強み。

輝かしい見た目をしているアサルトライフルが、隊長の左足を中心に被弾しまくる。


ドッペル「──なにもないところから武器を創りあげたですって...っ!?」


隊長「あの女ぁ...やってくれるな...グッ...!」


足から感じるこの激痛は間違いない、銃痕だ。

そして眩しいながらも、彼女の次の行動が見えてしまった。

銃口がこちらを向いている、確実に追撃の準備を終えていた。


ドッペル「──走ってっ!」


隊長「────ッッ!」ダッ


──ズキィッ...!

我が身を蝕むのは鋭い痛覚。

当然であった、立っていることすら凄まじいというのに。

足を撃たれた人間に走ることなど無謀とも言える。


勇者「...さよなら」スチャ


────ババババッッ!!

たとえ初めて射撃したとしても、走ることのできない人などただの的当てにしかならない。

彼女の持つ輝かしいアサルトライフルの照準は確実に隊長の頭部を狙っていた。

そしてこの重厚な射撃音、もう終わりだ。


勇者「────っ!?」


しかし偽勇者の視界が捉えたのは隊長の死骸ではなかった

尤も視界に捉えたという表現は間違えていた、彼女は見えていない。

その迅速なる獣の速度に追いつける者などそうそういない。


隊長「────ウルフッ...」


ウルフ「──しっかりっ! ご主人っ!」グイッ


隊長「すまない...助かる...」


彼の肩を支え果敢にも遁走するウルフ。

だがその勢いは初めだけ、徐々に身体を蝕み始める。

属性付与、それ以上のなにかを発動している偽勇者の光によって。


ウルフ「──フゥーッ...! フゥーッ...!」


たとえ強靭な身体能力の持ち主だとしても、彼女は魔物。

魔物に必要不可欠な魔力が制限されている今、徐々にウルフの身体が衰えていく。

不変な少女並の体力へと変貌した彼女は息を切らし始め、走る速度が急激に遅くなる。


勇者「哀れな、この武器の射程を知っているだろう?」


ウルフ「...ッ!」スチャ


それはこちらも同じであった。

だるい身体にムチを撃ち、無理矢理にも片腕を動かす。

そして偽勇者に向けられたのは、ソードオフのショットガン。


勇者「...無駄」


──ダァァァァンッッ!!

その炸裂音は無情にも、響くだけであった。

着弾箇所を発火させるその非人道武器は虚しくも効果を得られず。

実体のない光に向かって射撃してもなにも起きない、当然の結果であった。


ウルフ「そ、そんな...」


隊長「クソッ...」


もう打つ手はない、この光を前に魔物など太刀打ちできない。

たとえドッペルゲンガーが隊長の精神世界から姿を現したところでなにもすることができない。

光に唯一抗える隊長も、あの神業じみた創造能力を前に負傷を余儀なくされている。


勇者「残念...だけど、神の如くに力を得た私に敵うはずがない」


勇者「この勇者の光や膨大な魔力と...この未曾有の武器があれば、敵はいない」


勇者「これから先は神を名乗ることも烏滸がましくない...フフ...」


神、そのような名称に相応しい。

なにもないところから物質を作り出す、これは神の所業と言わざる得ない。

隊長とウルフはもう神を名乗る女の前にひれ伏すしかない。


ドッペル「...随分と傲慢な神様もいたものね」


────■■■...

淡い闇の音と共に姿を見せたのは、最愛の偽物。

魔物である彼女がこの光に耐えられるわけがない、だというのになぜ。

ドッペルゲンガーは背中を隊長たちに向ける。


ドッペル「行って、時間を稼ぐわ」


隊長「...どういうつもりだ」


ドッペル「いいから早く、今ならまだウルフはあんたを担いで移動できるわ」


ウルフ「...ッ!」グイッ


偽物とはいえ、とても聞き慣れた声に反応する。

命令に対し忠実に全うする、それが狼という生き物。

彼女は歩行を進める、安息を作ることのできる本物の元へと。


隊長「...」


ドッペル「...」


そしてお互いは無言を貫く。

かつて見せた、隊長と魔女の愛の沈黙。

それとは遥かに違う、今の2人の面持ちはとても険しいものであった。


勇者「まずは君からか、まさか同胞から殺すことになるとは」


ドッペル「...一体、どうしちゃったのかしらねぇ■■■」


膨大な光に歯向かうのは儚すぎる黒の魔法。

そして彼女は自虐めいた言葉を漏らす。

心変わりにも程がある、だが乙女の感情を抑えることなど不可能。


ドッペル「失敗したなぁ...あの女に取り憑かなければ────」


よかった、などとは言わなかった、このドッペルゲンガーは味を知ってしまった。

絶望とは程遠い希望という美食を、それはとても愚かなことであった。

これから死にに行くというのに彼女の表情はとても微笑ましかった。


ドッペル「...あんたの為に尽くすことができることが、こんなにもいい食事になるなんてね」


~~~~


~~~~


魔女「────キャプテンっ!」


しばらくして、ウルフは退避に成功する。

結界内のどこかで気を伺っていた魔女の元へと帰還する。

脂汗にまみれた隊長の様子を見て、彼女はすぐさまに処置を行う。


魔女「..."治癒魔法"」


──ぽわっ...

今までの比にならない、とても心地の良い明かりが隊長を癒やす。

銃痕からタレ流れ続けていた血は止まり足の調子を万全にさせる。

そして魔女は状況の確認をする。


魔女「...ごめん、助けに行けなくて」


隊長「いや...むしろそのほうがいい、魔王妃の魔力を簡単に失うわけにはいかない」


ウルフ「げほっ...げほっ...」


魔女「ウルフ、ありがとう...ゆっくり休んでて」


ウルフ「...うん」


魔女は光によって魔力薬の効果を失うことを恐れていた。

だが初っ端の転移魔法がなければ、全滅は免れなかった。

決して飲むタイミングを間違えたとは言えない、だからこその苦悩。


魔女「...桁違いの魔力を感知したから、ウルフにお願いしたのは正解だったわね」


隊長「いい判断だ、ウルフが来なければ俺は殺されていた」


魔女「...なにがあったの? 光魔法だけならあなたを殺せることはできないはずよね」


隊長「...奴は神の所業をした...恐らく魔力を使って何もない所から物質を作り上げていた」


隊長「そして作り上げたのは...この武器だ」スチャ


そうしてちらりと見せたのは彼の武器。

アサルトライフルという最強の装備を勇者が所持している。

隊長ほどの男が不意を突かれるわけだ、足の怪我も納得できる。


魔女「...ドッペルゲンガーは?」


隊長「...」


口を開くことを躊躇う。

なぜ、この前まで殺してやりたいほどに憎んでいた相手を。

相手も当然そのように思っていたはずだというのに、困惑して当然であった。


隊長「...俺とウルフを庇い、1人残った」


魔女「...そう」


だが魔女にはその行動理念がわかっていた。

私という人物になりきっているということは、そういうことである。

謀らずともにドッペルゲンガーを更生させたとも言える、それがどれだけ罪深いことなのか。


魔女「...本当にわからないの?」


隊長「...」


その魔女の言葉が胸に刺さる。

隊長ほどの男が気が付かないわけがなかった。

だがソレを受けれ入れてしまうという事実がたまらなく不安であった。


隊長「...わかっている、だが答えることはできない」


隊長「俺には...お前がいるからな」


その時、肩の荷が下りた、いままで抱えていた邪念が消え失せる。

己の身体に住み着き、感情を弄び、あまつさえは魔女を危険な目にあわせた。

そんなドッペルゲンガーという魔物が嫌いでしかたなかった。


隊長「...奴も丁重に弔うことにする」


魔女「そう、賛成ね...もう他人の気がしないしね」


あの魔物の見た目は魔女、他人の気がしないわけがなかった。

この前までどちらかといえば敵であったはず、彼女との奇縁が隊長を生かしている。

彼女がいなければ今頃隊長は死んでいるだろう。


魔女「────っ」ピクッ


その時だった、魔女がなにかに感づく。

これの膨大な量の魔力は間違いない、憎たらしい方のドッペルゲンガー。

奴がここに向かっている、それがどういうことか。


魔女「...十分時間稼ぎしてくれたわね」


隊長「...あぁ、勇敢だった」


魔女「あの子のおかげで、あなたの傷を癒やすことができたもの」


ウルフ「...くるっ!」


────□□□□□□□□□□□□□□□...

まるで山のような大きさ、巨大な光がこちらを照らす。

そしてその中心には人物が1人、そしてもう1人。

髪の毛を無残にも掴まれ、無理やり運ばれてきた彼女がそこにいた。


ドッペル「────」


隊長「──...ッ!」


魔女「...あの子の魔力、全て抑えられているわ」


勇者「果敢にも抵抗したきたんだ、弔ってやるといい」ポイッ


────ドサッ...

力なく横たわる偽の魔女。

彼女からは魔力も、生気も感じ取ることができない。

ぼろ布のように扱われる様が隊長たちの怒りを誘う。


隊長「...大事な仲間だ、よくもやってくれたな?」


勇者「その大事な仲間をおいて逃げたのは、どこのどいつか?」


魔女「...腹が立つわね、女勇者のほうが100倍可愛げがあるわ」


ウルフ「ガルルルルルルルルル...」


勇者「そう言うな、直にそのような減らず口もたたけなくなるぞ」


その高圧的な態度、まさにそのとおりであった。

この偽勇者が連れてきた光が、徐々に魔女とウルフの魔力を削る。

せっかく魔王妃から借りることができた魔力が徐々に失い始めていた。


隊長「...ッ!」スチャ


────ババババババッッ!!

再度射撃を試みるが、効果は得られず。

実態のない彼女の身体に物理的な有効打など存在しない。

もう打つ手は魔法しかない、だがこの光を相手に魔法など歯が立たない。


勇者「...詰みだ、もう諦めてくれ」


隊長「クソッタレ...」


ウルフ「うぅ...」フラッ


魔女「くっ...」グラッ


なにもすることができないうちにウルフは倒れ込む。

圧倒的な魔力量を誇る魔女ですら立つことが困難になる。

もうなにもすることはできない、勝敗は目に見えている。


隊長「...ッ」


勇者「そう睨まないでくれ、君は私に感謝しなければいけないことがあるんだぞ?」


隊長「...なんだと?」


勇者「君も一度は思ったことがあるはずだよ」


ニヤニヤと、軽く人をバカにするような口ぶり。

そしてその語ることで悦に浸る正確、どこか奴の面影がある。

一体何のことを述べているのか、確かにソレは隊長も疑問に思ったことがあることだった。


勇者「...なぜこの世界の特定言語を彼女たちが使っているのか、だね」


隊長「...なに」ピクッ


魔女「...え?」


その言葉に魔女は混乱せざる得なかった。

自分の話している言語のどこがおかしいのか。

それだというのに、身体中に走る異様感に駆られてしまう。


隊長「...おかしいと思っていた...まさか、お前がなにかしたのか?」


勇者「そういうことになる、感謝してもらいたいね...でなければ君はその子と会話すらできないのだから」


魔女「...ど、どういうこと?」


勇者「...あの世界本来の言語は私が奪い...日本語という言語と入れ替えたのさ」


ここに、隊長が長らく抱いていた疑問が解消される。

しかし一体なぜ、この偽勇者はそのようなことをしたのか。

そしてどのようにして言語の認識をすり替えたのか、全く意図が読めずにいた。


隊長「...一体何のために?」


勇者「ふふ...どうしても聞きたいか...そのはずだ...ふふふ...」


勇者「教えてあげよう...なぜ私がそのようなことをしたのかを」


勇者「それは簡単さ、あの世界の言語には...力が篭りすぎているからだ」


隊長「どういうことだ...?」


勇者「君も聞いたことがあるはずだ...本来の言語の音を...今もね」


──□□□□...

耳を澄ませば、聞こえてくるのは光の音。

いままで疑問に思わなかったその音こそがこの話の正体であった。

彼の中で1つの線が繋がってしまう。


隊長「...まさか、この音なのかッ!?」


勇者「ご明答、この□□□□□や■■■■■こそが、あの世界本来の言語さ」


魔女「────っ!」ピクッ


魔女に走るのは衝撃であった。

今までなぜ気づかなかったのか、自分が別の言語を話していることに。

まるで頭の中を誰かにいじられ、その認識を抑え込まれていたかのような。


魔女「──な...にこれ...」


──ズキッ...!

頭の中が、脳の中身から鋭い刺激が走る。

自分の感覚が失われていく、それでいてまだ何も気づくことができない。

その矛盾が呼び起こすのはとてもキツイ頭痛であった。


勇者「...無理に思い出さないほうがいい、私によって抑えているのだから」


魔女「あ、頭が...割れるように痛い...っ!」


隊長「──魔女ッ! 落ち着けッ!」


勇者「さて...では説明させてもらおうか」


勇者「私はあの世界の言語を奪い、日本語という言語と認識をすり替えた」


勇者「魔法...いや、これは神業と表現したほうがいいかな」


神業、それは先程見せつけられた。

何もない所から物質を作り上げる、それを可能にするのは魔力。

だがソレやコレは明らかに魔法の域を超えている、だからこそ彼女は神業と比喩する。


魔女「...あっちの世界すべての生き物の記憶を...言語を入れ替えたってこと...っ?」


勇者「そういうこと...どうだ? 神の所業だと思わないか?」


魔女「...随分と悪趣味な神様も居たものね」


隊長「一体、何が目的なんだ...?」


目的が不透明であった、なぜ言語を入れ替える必要があるのか。

それは先程も偽勇者が言っていた、力の篭った言語であるから。

この音を聞いてまず思い出すことができるのは、光と闇。


勇者「...この言語には力があり過ぎる、君も見ただろう?」


勇者「□□□は全てを抑え、■■■は全てを破壊する」


勇者「...私の光魔法や、あの魔王の息子の闇魔法を見れば納得できるだろう?」


隊長「...ッ!」


勇者「...尤も、私の力も全てに及ぶことができなかったみたいだ」


勇者「光や闇属性の魔力の所有者などが、たまに無意識でこの言語を話していたりしていたな」


勇者「幸いにも認識は入れ替わったままだから、誰もその言語について追求することはなかったが...」


魔女「...っ」


未だに偽勇者の言っていることが一部理解できずにいた。

それほどに強力な戒厳令のような神業が記憶に染み込んでいる。

それをあの世界全体にバラ撒いたのだ、やはりこの魔物は神という存在に近いことが伺える。


勇者「私は無から物を創り、生き物の記憶を自在にすることができる」


勇者「...これを神と言わずに、なんと言うんだ?」


偽勇者の行動理念、それはより強き力を得ること。

だがそれは既に叶っていた、もうこの魔物に勝てる要素などない。

彼女が本気になれば、隊長の世界全ての生き物をマインドコントロールすることができてしまう。


隊長「...だからこそ、ここでお前を殺さなければならない」


隊長「お前は危険すぎる...」


勇者「...それは十分理解しているよ」


勇者「そんな君に細やかな贈り物をあげよう...」スッ


──ぽわんっ...

偽勇者が自らの頭に指を添える。

そうしてそこから出てきたのは、光る球体のようなモノ。

それが有無を言わさずに隊長の身体に入り込む。


隊長「────ッ!?」


記憶が混ざる、そのような表現が正しかった。

自分の頭の中に自分ではない者の光景が染み渡る。

それは彼女が体験してきた断片的な過去の出来事、まず見えたのは過去の仲間。


~~~~


~~~~


勇者「...これは、私がやったことなのか?」


己の剣が血で染め上がる。

そして目の前で横たわるのは、ともに歩んできた仲間。

魔王妃の過去の姿、魔術師がそこにいた。


魔術師「────」


勇者「そんな...なぜ...なぜ私は...っ!?」


賢者「...グッ...ガハッ...」


勇者「なぜ...なんで...どうして...っ!?」


そしてくたばりかけの賢者。

己のした行動に理解ができずにいた勇者。

その様子を見かねた首謀者が声をかけた。


???「...殺してしまったのか」


勇者「──っ! 誰だっ!?」


賢者「ゲホッ...だめだぁ勇者、耳を貸すな...」


その忠告も虚しく、勇者の耳に入ることはなかった。

そして賢者は力尽きてしまった、もう誰もここにはいない。

孤独を強いられた勇者は頭の中に響く声を頼りにするしかない。


???「酷いことをするじゃないか...仲間を殺すだなんて...」


勇者「そんな...私は殺っていないっ!」


???「じゃあその剣を握っているのは誰だ?」


勇者「──っ...!」


???「...殺したのは誰だ?」


勇者「...」


後に歴代最強と呼ばれる魔王を討ったばかりである。

当然心身ともに疲弊しているというに、この始末。

とてもではないが、誘導尋問のような誘惑に抗えるわけがなかった。


???「...仲間を殺してしまったのか」


勇者「...」


???「...たしか、生まれた国での法律はなんだったか?」


勇者「...」


???「...仲間殺しは重罪、死を持って償え」


勇者「...」


???「やるべきことは...わかるな?」


勇者「...」


なぜこのような単調な惑わしに乗ってしまったのか。

この勇者の欠点はそこにある、たとえ強靭な身体を持っていたとしても。

たとえ膨大な魔力を保持したとしても、至高の質を誇る光を所持したとしても。


勇者「...ごめんなさい」


彼女は弱かった、精神攻撃という卑劣な施しに。

討たれた魔王もこのようにして惑わせてやれば勝ち筋があったかもしれない。

真正面から闘って、この勇者に勝てるものなど居ない。


勇者「────っ!」


頭の中で渦潮に飲み込められるような感覚が巡る。

そして奪われるのは、身体、そして大切な思い出。

もう二度と本物の彼女は現れることはない、すべてを空にするまであの魔物は奪うだろう。











「...ふふ」










勇者「...ふふふふふふふふ」


勇者「...やった...ついに、最強の身体を手に入れられた...っ!」


その姿は間違いなく、勇者。

しかしその中身は違う、勇者のすべてを奪った魔物が中にいる。

それがどれだけ恐ろしいことで、怖ろしいことなのか。


魔術師「────げほっ...げほっ!」


そしてどれだけ不運なことなのか。

もう少し早く、彼女が目覚めていたら勇者の罪悪感は多少和らいでいただろう。

もう少し早く、彼女がくたばっていたらこのような光景を見ずにすんだというのに。


勇者「...生きていたのか」


魔術師「...偽物め」


勇者「残念、君の知っている勇者はもういない」


魔術師「よくも...よくも勇者を...っ!」


勇者「...そのままくたばっていれば良かったものを」


魔術師「許さない...絶対に許さない...っ!」


勇者「それは結構、どうぞ勝手に憎んで野垂れ死んでればいい」


勇者「私はこれからこの世界を統べる、忙しくなる...君に構っている暇はないんだ」


魔術師「...」ブツブツ


その時だった、魔術師はなにかを口ずさむ。

それは魔法を唱えるのに必要な詠唱と呼ばれるもの。

だがそれを見た勇者は、慢心が故にからかう。


勇者「今更なにをするつもりだ? 自爆魔法か?」


その油断は必然であった、最強といっても過言ではない身体を手に入れたばかりだ。

気分が高揚して正常な判断などつくわけがない、あのおとぎ話のような魔法など思い浮かぶわけがなかった。


魔術師「...あなたは、異世界を信じますか?」


勇者「...異世界だと?」


魔術師「この魔法は膨大な魔力、そしてその世界に関する記憶を必要とします」


魔術師「...後者は用意することは叶いませんでしたが、やるしかありません」


もはや賭けであった、魔術師に残された手段はこれしかない。

これは最後の抵抗、魔王を討ち折角手に入れた平和な世界をこのような醜悪な魔物に奪われるべきではない。

足りない要素がどのような結果を及ぼすか懸念されるが、もう試すしかない。











「────"転世魔法"」










魔術師「...うまく行きましたか」


魔術師「伝説は本当だった...世界を跨ぐ魔法は実在していたようですね...」


魔術師「──げほっ...」


──びちゃぁっ...!

腹部からの流血は愚か、吐血までもが彼女を追い詰める。

ありったけの魔力を使い果たした、もう魔術師を支えてくれる要因はない。

だがそれでもいい、勇者を奪った憎き存在がこの世界から去ったというだけで彼女は満足であった。


魔術師「もしも生まれ変わることができて...異世界へいくことができたのなら...」


魔術師「必ず...かな...らず────」


その呪いのような言葉を吐かずして、彼女は息を引き取った。

魔術師による転世魔法によって、この世は平和を勝ち取ったのであった。

このような悲しい結末を勇者一行が迎えるとは、誰も思いもしなかった。


~~~~


~~~~


勇者「...ここはどこだ」


勇者「こんな暗い場所が...異世界だというのか...」


勇者「こんなところで、私は朽ち果てるのか」


身動きが取れない、身体のすべてが拘束されている。

転世魔法に必要だった、その世界の記憶が足りなかったのが影響しているのか。

勇者の身体は地底深くに転移されていた、異世界の大地が彼女を拘束していた。


勇者「地中深く...誰も私に気づくことができないだろう」


勇者「...私が使える魔法は光魔法...そして元々の私が使えた弱い闇魔法のみ」


勇者「どうすることもできない...このまま果てるしかないのか」


勇者「...せっかく、最強の身体を手に入れたというのに」


光魔法ではどうすることもできない。

闇魔法を唱えようとも、地底でそのようなモノを使えばどうなることか。

落盤の恐れがある、死に急ぐようなことをするのは賢くない。


勇者「...少し、寝よう」


ようやく得た最強の力を得た反面、その絶望感はとてつもなかった。

魔力というモノが身体を強靭にしてしまっている。

無駄に長い寿命、彼女はただ何もすることもない人生を耐えることができるのか。


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~~~~


研究者「...やぁ、調子はどうだい?」


勇者「モンダイ...ナイ」


そこには白衣の男と辿々しい言葉を放つ彼女がいた。

一体なぜ、どのようにして地底から救出されたのか。

どのような接点でこの男と出会ったのか。


研究者「...まさか地下に実験施設を拡張工事している時に人間のような生物と遭遇するとは」


研究者「あの地層は数百年前相当の場所だ...君の言う通り本当に人間ではないみたいだね」


勇者「...」


研究者「...それでいて既に日本語を学習している、素晴らしい」


研究者「そして未知の言語...血液中には未知の物質が...君は最高の実験体になりそうだ」


研究者「もちろん丁重に扱うよ、死なれたら困る...君は換えが効かないからね」


研究者「それに...この世界とは別の世界があるって話もとても気になる」


好奇心旺盛のその瞳には邪念などない。

その真っ直ぐな目線に彼女は一種の感情を生み出していた。

数百年にも及ぶ孤独から開放された乙女は、彼と同化する。


~~~~


~~~~


研究者「...ここが異世界というわけか」


草原の上に立つ白衣の男。

そして直ぐ側には、健康的な体格を取り戻すことができた彼女。

そう、彼らは草原地帯へと訪れていた。


勇者「...あの時、魔術師の詠唱が目に焼き付いている...猿真似で本当に世界を跨げるとは」


研究者「凄いね、その勇者って身体の魔力と記憶力には感謝だね」


勇者「そう...やっと、君をこの世界へ連れてくることができた...」


勇者「やっと...やっと私は...この世界に戻ることができた...」


野望がここに蘇る。

彼女はもっと上を目指さないといけない。

神に相応しい力を得なければならない、そのために必要なのは。


勇者「...まずは、この世界全てを屈服させる」


勇者「そうして得た兵力と共に、あちらの世界も統べる」


勇者「...私は、神になる」


力を求めすぎた結果がコレだ。

もしくは、研究者という悪い男とつるんだ結果がコレかもしれない。

2つの要因が偽物の勇者をより傲慢にさせていた。


勇者「まずは...計画通り、この世界の言語をすり替える」


研究者「そのほうがいいね、まずは自分より強い者たちを弱くさせるのが得策だね」


研究者「...おそらく、この世界の言語は魔法をより強力にさせる効果があるんじゃないかな?」


研究者「それを日本語に置き換えさせることで、本来の威力を下げることができるのでは?」


勇者「...きっとそう、君の言う通りにすれば全てうまく行く」


勇者「君に出会えてよかった...本当に」


勇者「人間なんて...上辺を取り繕い、高みを目指さない倦怠な生き物だと思っていた」


勇者「...だけど君は違う、どのような手段を用いても自分の目的を果たす人だ」


研究者「...まぁその御蔭で、マッドサイエンティストだなんて不名誉な名前もつけられたけどね」


この2人にとっては幸せなことかもしれない。

だがこの世界、あちらの世界においてこの組み合わせは不幸としか言いようがない。

超自己中心的な彼らが、どれほど厄介な存在であるのか。


勇者「────□□□□■■■■っっ」


そしてその呪いの言語は早くも唱えられた。

それは空に向かい、まるで雨のように降り注ぐ。

すでに汚染は始まっている、この世界の住民すべての認識がずれ始める。


研究者「さて、しばらく待つとするか」


研究者「...君と出会って5年、このわずか5年でここまで状況が変わるか」


研究者「ついこの間、実験施設深部に特殊部隊が乗りこんできた時は焦ったが...」


研究者「...しばらくこの世界で雲隠れさせてもらおう」


そういうと彼は懐をいじくりだした。

それはお土産と言わんばかりの代物、向こうの世界で一般的な武器。

熊のような大男にしか所持することが許されない、大きめのリボルバーを取り出した。


研究者「...まさか、銃で時間を潰す日がくるとは思わなかった」


そう言うと彼はそれを分解し始める。

研究者は暇で暇でしかたなかった、偽勇者の呪いが終わるまで待ち続ける。

それは数時間にも及ぶ、そして時は来た。


勇者「──終わった...」


研究者「...ん、終ったかい」


勇者「これで...本来の言語は封じ込めたはず」


研究者「へぇ...凄いじゃないか、本当に神様になれるんじゃないか?」


勇者「これも君のおかげだ────」ピクッ


その時だった、彼女が感じたのは旧知の魔力。

なぜそれが居るのか、あの時からすでに数百年は経っているというのに。

だがその魔力は間違いなく彼女のモノであった。


勇者「──これは、魔術師の魔力...っ!?」


研究者「...それって、例のあの人のことかい?」


勇者「間違いない...なぜ生きているんだ...それにもう嗅ぎつけたのか...っ!?」


研究者「...」


まずい、その言葉通りである。

異世界に来て早速トラブルに巻き込まれる。

彼がこの世界に来た理由は2つ、好奇心と隠遁だというのに。


研究者「...君は一度、あちらの世界に逃げ込むといいよ」


勇者「...え?」


研究者「私1人なら、容赦をしてくれるはず...だと思う」


研究者「それに君は今、神業のようなことをしたばかりだ...本調子ではないよね?」


勇者「...」


研究者「一度態勢を整えたほうがいい、私の生まれた国では...辛抱する木に金がなるという言葉がある」


研究者「生き急いだ神は殺されるだけだ、今は耐え忍ぶんだ」


なぜこの男、他者である偽勇者をここまでして庇うのか。

彼も感じていたからである、ここまで気の合う人物などいないということに。

それに絶対に逮捕されることのないこの安息の地を手に入れただけで、等価は得ている。


勇者「...君がそう言うのなら、そうする」


研究者「それがいい、それと...私の記憶を一時的に消すことはできるか?」


勇者「それは造作もない...私は今この世界の住民すべての記憶を操ったのだから」


研究者「そうか、なら頼むよ...もし記憶を読み取る術がこの世界にあるとしたらこの記憶は厄介すぎる」


研究者「君の存在は君が再度訪れるまで抹消していたほうが、後々楽になると思うからね」


勇者「...わかった、頭を出して」


────ぽわんっ...

偽勇者の指が研究者の頭に触れる。

そうして出てきたのは、記憶の光。

それを奪うことで、自らの存在を抹消することができる。


研究者「...はて、君は? それにここは?」


勇者「────"転世魔法"」


そして彼女は再び世界を跨ぐ。

これは彼女の記憶の旅、それは折り返し地点を超えた。

ドッペルゲンガーとしての宿主は、ようやく彼へと移り変わる。


~~~~


~~~~


勇者「...頃合いか」


ここは誰かの精神世界。

時は大幅に過ぎ10年が経とうとしている。

言語を封印し、転世魔法という大掛かりな魔法を連発したツケは支払い終えていた。


勇者「まさか魔力が完全に回復するまで10年も費やすとは...」


勇者「こちらに戻ってきて直ぐに、適当に取り憑いた少年がここまで成長したか」


勇者「...しかしこの宿主、些か野蛮すぎる」


その宿主とは一体誰のことなのか。

1つわかることは、この者は今現在銃を所持している。

だがそれは1人だけではない、周りの友人だろうか、それらもなぜか武装をしている。


勇者「...結局、この10年間一度も表舞台にでることはなかった」


勇者「まぁずっと引きこもっていたからこそ、10年で完全に回復することができたのかもしれない」


勇者「...退屈だった、こんなことなら彼からEnglishも学ぶべきだった」


勇者「まぁ...最後のこの宿主を見届けて、旅立つとしようか...」


その時だった、宿主に動きがある。

周りには何人かの仲間、そして泣きつかれている女性が1人。

彼らを残して、この男は部屋を出てしまった。


勇者「...この感覚は小用か」


勇者「それにしても、この男...酒に薬物に...やりたい放題だな」


勇者「...つまらない、もっと強い男に取り憑けば、面白いものが見れたかもしれない」


薬物中毒特有の頻尿。

いま自身にどれほどの危険が迫っているのかを知らずしてなのか。

それとも真っ当な危機管理能力をすでに失っているのか。


勇者「...ほらみたことか、足音にも気づけないのか」


勇者「いや...これは、かなりやり手だな...気づけないのも仕方ない」


すでに偽勇者は気がついていた。

何者かが、先程の部屋に突入しようとしていることに。

だが彼女はそれを評する、それほどに素晴らしい潜入であることに。


勇者「...流石に、あの人数相手に物音をたてずに処理することは難しいか」


勇者「ようやく気がついたか...っと、こんな短い刃物しか持っていないのか?」


勇者「先程持っていた武器...あぁ、あの部屋においてきたのか...杜撰すぎる...」


勇者「...おや、これは...少し楽しめそうだ」


一体誰譲りなのだろうか、この実況じみた独り言は。

しかし楽しみはこれだけではないことを彼女は知らずにいた。

まさか、こんなところで顔なじみに合うことができるだなんて想像できるだろうか。


勇者「──この男はっ...!?」


精神世界からその様子を除く。

宿主が取っ組み合いをしているのは、過去にみたことのある男。

あの時もまた精神世界から見ていた、彼を追い詰めていた人間。


勇者「...奇縁か、彼の真似でもしてみようか」


その微笑みにはどのような意味が込められているのか。

過去の顔見知りに出会い、僅かながら孤独を忘れることができたからなのか。

それとも、なにか良からぬことを思いついた餓鬼のようなモノなのか。


勇者「────"転世魔法"」


その魔法はとある爆発と共に発動した。

世界が移り変わる、そしてその間に彼女は彼へと宿主を変える。

これが始まりでもあり、別の意味での始まりでもある。


~~~~


~~~~


勇者「...さて、一度身体に慣れておくか」


そこは一体どこなのか。

あたりは夜の静寂、そして部屋に男が1人。

慣れない世界での睡眠、身体を一時的に乗っ取るのには好都合。


隊長「...前の宿主とは比較にならない体重の重さだ」


ここは塀の都の宿。

その宿の一室で声を上げるのは、大柄な男。

だが男の声はその見た目とは裏腹に、やけに中性的なモノであった。


隊長「熟睡状態なら入れ替わることができるな...昨日のように浅い眠りだと気づかれる」


隊長「...前回は直ぐ様に魔術師に嗅ぎつけられた、今度は慎重に動くとしよう」


隊長「ひとまず外に出てみるか...」


宿の窓から外へと冒険し始める。

まだ辺りは暗闇、深夜に男が2階の屋根から街へと繰り出す。

慣れない身体を動かしつつ、彼の身体は適当にどこかへと向かう。


隊長「...あれは近衛兵だろうか」


しばらく歩いていると彼はある人物に出会う。

とは言ったものの、その人物とは縁もゆかりもないただの他人。

この深夜にも関わらず、都の警備を担っている数名の兵士がそこにいた。


隊長「...そうだ、久々に魔法を使ってみるか」


隊長「最後に使ったのは...いつだったか、これも10年前だろうか」


リハビリのようなモノであった。

久々に唱える魔法とはいっても、その精度は卓越したものである。

兵士の装備が光り輝く、それが後ほどどのような影響をもたらすかも知らずに。


隊長「──"属性付与"、"光"」


──□□□□...ッ!

この世界にとって、懐かしい言語で表現できる音が聞こえる。

例えこの音を聞いても、誰もが認識できずに聞き流すだろう。

だが問題は、この深夜にこれほどの独り言をしている男がいることである。


隊長「...鈍ったか、随分と質が低いな...だが、魔法も問題なく使え──」


???「...こんな深夜に、なぜ出歩いている?」


隊長「...あぁ、それもそうか」


???「怪しいな、少し話を聞かせてもらおうか」


兵士が1人、こちらに話しかけてきた。

その声色は少し厳しく、明らかに不審者を問い詰めるモノである。

しかしそのような面倒を受け入れるはずもない、偽の隊長がやることは1つ。


隊長「...久々に全力で走るとしよう」


夜の都をかけていく、重装備だというのに彼の表情は楽しげ。

久方ぶりに身体を動かせる感覚が喜ばしくて仕方なかった。

そして見えるのは、白き世界。


~~~~


~~~~


隊長「────ッ!」


目を見開く、そこには現在の光景。

完全に魔力を失い、気絶に近い倒れ方をしているウルフ。

そして徐々に魔力を奪われ、窮地に立たされている魔女。


勇者「...どうだ? 楽しかったか? わざわざ一部の思い出を日本語に翻訳してやったんだぞ?」


隊長「──FUCKッ! FUCK YOU BITCH...ッ!」


彼が見せられたのが、隊長と彼女の始まり。

それだけならまだ理性を保てた、保てて当然の内容であった。

しかし、最後に見せられたあの記憶が彼の怒りを暴発させる。


魔女「な、なに...なにを見せられたの...?」


勇者「なぁに、私と彼の出会いを見せたついでに...おまけを見せてあげただけだ」


勇者「...塀の都でなぜか人間の騎士団が光を使っていたのは、不思議だったと思わないか?」


魔女「────っ」


嫌がらせのような言葉であった。

それだけで理解してしまえる、なぜ彼が激怒をしているのかを。

あの都で、あの光がどのようにして彼らの足を引っ張ったのか。


魔女「...そう、あんたの仕業だったのね」


冷静でいてそうではない、ギリギリの感情が渦巻く。

あの時、魔女たちはなにが原因で捕まってしまったのか。

そして魔女たちが捕まっていなければ、誰が亡くならずに済んだのか。


魔女「...この阿婆擦れ」


勇者「随分汚い言葉だな...発言には気をつけろ」スチャ


──バババ□□□ッッ!

綺羅びやかな音色と共に射撃される、現代的な音。

それが向けられたのは魔女、恨みの言葉を代償に牙を剥かれてしまった。

だが彼は前に立つ、愛しの人物を守るために。


隊長「──ッッ!」スッ


──バキィッ...!

なにかが破損する音が響く、なにかが身代わりになった音が響く。

隊長は銃撃から魔女を守った、その時に失うのは両手に持っていたブツ。

部下から預けられたアサルトライフルが果てる。


魔女「──っ! キャプテンっ!?」


隊長「...なんとか、なったか」


なんとかなった、彼はそう言っている。

主力級の武器であるアサルトライフルを盾代わりにしたことで、事なきを得た。

だが失ったものは大きい、彼に残された武器で気軽に使えるのは1つしか残っていない。


隊長「...」スチャ


勇者「...そんな小さな武器で、私を倒せると思っているのか?」


勇者「実態のない身体、そしてソレは光によって護られている...魔法も無意味だ」


勇者「もう諦めろ...私には何も通用しない...そして君たちは私の攻撃に抵抗できない」


勇者「そこの狼のように、そしてこの君らの偽物のようにくたばるといい」スチャ


──バババ□□□ッッッ!!

再度、この音が彼らを襲う。

まず狙われたのは小さな銃で抵抗の意思を見せる男。

銃撃が彼の腹部へと命中し、身体を貫通させた。


隊長「────グッ...ガハァッ...!」


彼の後ろ姿、そこから見えるのは鮮血。

貫通した弾丸は、腰付近にあった収納を破る。

そこから出てくるのは、血に塗れたあちらの世界の通貨。


魔女「──キャプテンっ!」


隊長「ま、まだだ...魔法は...魔力はここぞというときに取っておけ...ッ!」


魔女「で、でもそれじゃ...」


それでは隊長の血を止めることはできない。

しかしそれでいて、魔女にも理解してしまえる状況に陥っている。

ここで無闇に魔力を使えば、自分もウルフのように動けなくなるという可能性。


魔女(...せめて、魔法薬とかがあれば)


──がさごそ...

己の服に備えてある収納を漁る。

せめて魔法薬があれば、その薬品に含まれている魔力だけを使えば支障もなく彼を癒やすことができる。

だが収納にあったのは魔界へ突入する前に採掘した石ばかりであった。


魔女(──あれっ)


勇者「...さて、そろそろ終わりにしようか」


────□□□□□□...ッッ!!

力強い輝きが辺りを照らす、それが意味するのは魔物への特攻。

魔女を支える力がついに陥落する、むしろ今まで良く耐えれていたとも言える。

急速に感じる倦怠感、魔女に注がれた魔王妃の魔力が抑えられていく。


魔女「──そん...なっ...!」フラッ


隊長「魔女ッ! 気をしっかりしろッ!」


勇者「無駄だ、魔物は光には抗えない...」


勇者「そして、人間はコレには抗えない...そうだろ?」スチャ


隊長「────ッッ!」


勇者「──死ね」


──バババババ□□□ッッッ!

しかし、その光景を彼は見たことがある。

絶大な威力を誇る銃弾が、全く歯が立たなかったあの出来事。

なぜ今になった記憶が花咲くのか、走馬灯というわけではなかった。


隊長「──これは...ッ!?」


────ガキィンッ! カキィンッ!

まるで鉄に弾かれたような、そんな音が響いた。

一体なぜ、それは意外にも簡単な答えであった。

腰付近、穴の空いた収納から蔓が伸びる、そしてそれは彩りを得る。


隊長「...少女」


血染めの花びら、その硬度はあの時の蕾。

彼女だった物はまた進化を遂げたのであった。

あの時の種は隊長の血液を栄養とし、急速に成長を始めていた。


勇者「──なんだこれは...っ!?」


当然、まさかこのような伏兵を想定しているわけがない。

たった今起きた出来事に彼女は思考を停止させてしまった。

だがこの局面でのソレは致命的であった。


魔女「────っっ!」スッ


────ヒュンッ...!

何かが風を切る音が聞こえた。

それは魔女から偽勇者へと向かう、ある1つの代物。

小さな瓶が空を翔ける、そして発せられるのは懇願じみた指示。


魔女「──あれを撃ってっっ!」


隊長「────ッ!」スチャ


魔女によって投擲されたそれは、激しく回転しながら跳んでいる。

それを捉えることなど常人では不可能、ましては射撃をしろと言われている。

だがこれは魔女の最後の策、ならば彼は応えなければならない。


隊長「...」


──ダンッ!

ハンドガンから放たれる銃弾。

それはブレることなく、真っ直ぐと瓶へと接近する。

卓越した射撃スキルが可能にするのは、マークスマン。


隊長「...Hole in」


────パリンッ!

瓶が割れる、その中に入っていた液体が散布される。

それはまるで雨のようにあたり周辺に散らばった。

これは一体なんなのか、そして誰が作ったものなのか。


勇者「────っっ!?」


────□□□...

これは光が生まれる音ではなく、逆であった。

周りに展開していた光が、両手に持っていたあの武器が。

それどころではない、身体の中に存在するはずの光の魔力が萎えていく。


勇者「──なにが起こっているっ!?」


状況が理解できない、小瓶に入っていた液体に触れたらこのザマ。

なぜ己の光が失われたのか、魔法など通用しないはずのこの最高の防御性能がなぜ。

光と化していた自身の身体が元通りになっていることすらに気づけずにいた。


ウルフ「────ッ!」ピクッ


同じく、わずか数滴がウルフの身体に付着する。

すると彼女の身体は力みなぎる、空元気にも似たその原動力が可能にする。

歯を食いしばりながらも彼女は立つ、そしてやるべきことを瞬時に理解する。


ウルフ「...うわあああああああああああああああああッッッ!!」スチャ


──ダァァァンッ! ジャコンッ!

──ダァァンッ! ジャコンッ! ダァァァァンッ! ジャコンッ!

──ダァァァンッ! ジャコンッ! ダァァァンッ! ジャコンッ!

シャウティングをしてようやくできたこの闇雲な射撃。

リコイルとポンプアクションが影響して照準はブレブレ。

だがショットガンという銃に精度など必要ない、竜の息吹と称されるその兵器が猛威を振るう。


勇者「────っっっ!?」


身体が燃える、ここでようやく気づくことができた。

光の身体はとうに失せている、実態のない無敵の身体などない。

これ以上追撃されたら朽ち果ててしまう、だからこそ彼女は対極の魔法を試みる。


勇者「──"属性付与"、"闇"」


──■■■■■■■...

一体なぜなのか、光は抑え込まれたが闇は問題なく扱える。

不可思議で仕方がない、だがそれを追求するのは今ではない。

そう判断した彼女は闇をまとわせ己を燃やしている炎を破壊する。


勇者「ぐぅぅぅ...一体...一体なにが起きている...っ!?」


未だに疑問を晴らすことができない。

私は一体なにをかけられたのか、このような作用のあるモノだと記憶にない。

神の如き魔力を突然奪われて露呈する、この魔物本来の愚直さが。


ドッペル「...私も、死にかけている場合じゃないわね」


あの液体を最後に浴びたのは彼女であった。

その奇跡とも言える水の拡散性、やはり隊長という男は持っているものが違う。

浴びたのはウルフと同じ僅か数滴、完全とはいかないが彼女は匍匐前線で彼のもとへと向かう。


ドッペル「...私に最後の...策がある...わ」


隊長「────ッ!」


か細い声、だがこの場にいる全員が聞き取ることができた。

これが最後の分かれ道、この魔物の生死が勝敗を決定するだろう。

お互いの陣営がどのように動くかは明白。


魔女「──あの子を護ってっっ!」


勇者「────何をするつもりだ■■■■■■■」


隊長「──ウルフッ!」スチャ


ウルフ「──ッ!」スチャ


4人が同時に、それも即座に動く。

偽の勇者は策略を潰そうと唯一使える闇を。

魔女は指示を、そして隊長とウルフはハンドガンを素早く構えた。


隊長「────撃てッ!」


──ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!

小さな銃撃音が連続する、それは当然偽勇者に向かう。

だが相手は闇を纏っている、当然効果的だとは思えない。

しかし遠距離からの抵抗手段などコレしかない現状、押し通すしかない。


勇者「...無駄だ、闇はすべてを破壊する」


──■■■■■■...

黒が容赦なく銃弾を飲み込む。

その質は光に比べ劣悪、だがそれでいて弾丸を完全に破壊できる程の性能を誇っている。

ならばどうすればいい、その答えは過去に解決している。


魔女「──"転移魔法"」


最後に残った圧倒的な魔力は、使い慣れていない魔法に注ぎ込まれた。

あとは彼女が持っている本来の魔力しかない、だが問題などなかった。

魔女が得意な魔法、それさえ使えれば闇など怖くないからであった。


魔女「..."属性付与"、"雷"」


勇者「────なっ」


油断した、まさかこの局面で肉薄してくるとは思いもしなかった。

未だに発砲は続いている、彼女に当たるかもしれないというのに。

だからこそ素早く処理することができなかった、この戦法は過去に宿主越しに認識していたはずなのに。


勇者「──このアマ...っ!」


──バチッ...!

偽勇者の身体に稲妻が伴う、それはもう己のモノのように。

自分に対して害を出すことはない、それが上位属性の仕組み。

彼女は油断をし過ぎていた、光属性という圧倒的な防御性能に頼りすぎていた。


隊長「──NOWッ!」


ウルフ「────ガウッ!」ダッ


──ダンッ! ダンッ! ダダンッ!

お互いが言葉もかわさずに、瞬時に役割を理解する。

隊長は射撃を続投しウルフは突然に疾走する。

ウルフの役割は1つ、こちらの世界でいうHRT。


勇者「────うっ...」


身体に染み渡る鋭い激痛、闇を纏っているというのに一体なぜ。

それは雷という不純物を与えられ、強制的に闇の質を下げられているからだ。

そのようなことをしている内に、彼女の俊足が保護対象へと接触する。


ウルフ「──どうすればいいのっ!?」


ドッペル「...私をきゃぷてんの所に運んで...お願い...」


ウルフ「わかったよっ!」グイッ


ウルフがドッペルゲンガーに肩を貸す。

もうあとは時間の問題ですらない、数秒もすれば彼女の目的は達成する。

一体なにをするつもりなのかは未だにわからない、だがそれを許してはいけない。


勇者「────させるか■■■■■■■■■」


──■■■■■■■■■■■■■■■...

防御性能は落ちたとはいえ、闇は闇である。

質は限りなく低いが、触れれば致命傷になるのは未だに変わらない。

身体中は血だらけ、銃痕まみれの彼女は感情を爆発させ、闇を大量に放出する。


魔女「..."雷魔法"」


────バチィッ...!

一筋の閃光が黒を貫く、もうこの闇に防御性能などない。

未だに肉薄したままの彼女を忘れてはならない。

全身に巡るのは麻痺の感覚、痺れが偽勇者の意識を揺さぶる。


魔女「やっと魔法がまともに通用するわね...」


勇者「...こ、の...っ!!」


魔女「どう? 私の魔法の威力は?」


勇者「────くたばれ■■■■■■■■」


闇の標的は変更される、その相手はドッペルゲンガーから彼女へと。

先程も述べたように、未だに闇であることには違いない。

魔女の全身を闇が飲み込もうとしたその時だった。


ウルフ「──ガウッ!」ブンッ


狼らしい雄叫びと共に、彼女はなにかを投げつけた。

なにを投げつけられたかなど問題ではない、ただ1つの状況が偽勇者を煽る。

なぜウルフはすでに戦線復帰をしているのか、答えは当然であった。


勇者「もう...運び終わったのか...っ!?」


──ガコンッ...!

とても鈍い音が、辺りに響いた。

彼女が投げつけたのは、弾の込められていない銃器。

隊員から預かったソードオフのショットガンが偽勇者を怯ませる。


隊長「...なにをするつもりなんだ?」


ドッペル「...私はもう駄目みたい、だからせめて私の力をあんた..."あなた"に託すわ」


これは少し前、ウルフがショットガンを投げつける前の会話。

どこか儚げな口調、そして言葉を受け止める隊長。

その光景にはどこか愛のあるモノであった。


隊長「...お前との出会いは最悪で、印象も先程まで最悪だった」


ドッペル「ごめんなさいね...それがドッペルゲンガーという魔物だから」


隊長「...今は違う」


ドッペル「お互い、心変わりをしたみたいね...というか変わりすぎたわね」


隊長「...特にお前がな」


憎たらしい、自分自身と全く同じ姿だったこの魔物。

だがその姿が愛しの人物に変わると対応は変わる、そんな単純な話ではなかった。

隊長と彼女には芽生えていた、闘いの中での協力姿勢が芽生えさせていた。

帽子が親友とするなら、魔女が恋人とするなら、ウルフたちが戦友とするなら、ドッペルゲンガーは。


隊長「...さよならか?」


ドッペル「えぇ、そうね...さよならね」


ドッペル「...これからは、あなたの持っている"ソレ"越しに見ているわね」


3つのカテゴリーに属さない仲、それはお互いに負の感情をぶつけることのできる存在。

それを表現することは難しい、最も近い言葉で表すなら腐れ縁かもしれない。

そんな仲の彼らが手を取り合う、彼のハンドガンを持つ手を彼女が両手で包み込む。


ドッペル「...今なら、あの時のユニコーンの気持ちがわかるわ」


隊長「そうか、あの時から居たんだったな」


ドッペル「ねぇ...こんな時、こっちの世界でなんて言うの?」


隊長「...Let's meet again」


ドッペル「...れっつみーつあげいん」


──■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!

闇が溢れたと思えば、すぐさまにそれは晴れた。

そこから見えたのは真っ黒のハンドガン、そしてそれを構えるただ1人の男。


勇者「──ま、魔剣化した...っ!?」


その言葉は正しくもあり間違いでもある。

この場合は魔銃化といえるだろう、だが言葉の正誤などどうでもいい。

肝心なのは、それがどのような代物であるかであった。











「────Let's do this...my friends」スチャ










──ダン■■ッ!

最後の一撃は、とても小さな音だった。

その闇も決して、魔王子並に質が高いというわけでもない。

だがあの極めて質の低い黒を貫くのには申し分のないモノであった。


勇者「────っ!」


伝説の勇者の身体が限界を迎える、もう耐えきれない。

数十発の実弾と魔法を受けた、でもそれらは所詮物理的かつ下位属性のモノ。

初めてまともに受けた闇という属性、光を介せずに貰ったソレは極めて致命傷。


勇者「──痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっ!!」


勇者「嫌だぁっ! 死にたくなぁいぃっ! 逃げなきゃぁっ...!」


底が見えた、今の彼女は勇者の偽物ですらない。

奇跡的にも莫大な力を得ることができた、ただの三下魔物。

所詮その力は借り物でしかなかった、彼女はすべての魔法を解除し逃げに徹する。


隊長「逃がすな──ッ!」


──ズキッッ...!

隊長が走って追おうとした瞬間、ようやく現れた激痛。

魔力で作られたアサルトライフル、それを喰らった時にできた傷跡が疼く。


魔女「──ウルフは行ってっ! キャプテンは任せてっ!」


ウルフ「うんっ! わかったよっ!」ダッ


その指示を受けウルフは走り出す。

そして気づけば、辺りの結界は崩壊し始める。

だがその光景を意に介さえずに2人は愛を育む。


隊長「あぁ...クソッ、こんな時に...」


魔女「...お疲れ様、あとは任せて、"治癒魔法"」


──ぽわぁっ...

優しい明かりが隊長を癒やす、出し惜しみをする必要はもうない。

偽勇者は逃げた、光も抑えることもできた、もう魔力を失い行動不能になる心配はない。


隊長「...好きだぞ、魔女」


魔女「...私もよ、あなた」


隊長の両手に、魔女の両手が重なる。

彼女はその真っ黒なハンドガンを無視することなく、それも重ねている。

彼らを愛を見つめるモノ、血の色をした華美の花がただ1つそこにあった。


~~~~


~~~~


ウルフ「──速いっ!」


2人が愛を受け、2人だった者がその光景を見守る中、ウルフは懸命に走っていた。

宙を飛びとてつもない速度で逃げ回る偽勇者、逃げ足だけは一級品である、あのウルフでギリギリ見失わずに済んでいる。


ウルフ「──っ! まわりがっ!」


走りながらも周りの光景を確認する。

結界魔法で隔離されていた空間が元通りになる。

そこは異世界の地、深夜を越え朝日が摩天楼を染め上げる。


ウルフ「────っ!?」


そして見えたのはそれだけではなかった。

そこにいたのは、多数の人間、そしてよくわからない鉄の塊。

その人間たちが構えているのは、己の主人が持っている物と同一。


??1「...どうやらやってくれたみたいですね、私の身体に付与された光も解除されてます」


??2「当然だ、Captainが負けるわけがない」


??3「Over thereッ!」


??4「...Target in sight」


大人数の中、見慣れた顔を見ることができた。

4人の顔ぶれ、そのうち3人はとても大きな装備を構えていた。

その見た目は普通のモノとは違う、彼らが支給されたのはボンベのついた武器。


魔王妃「...ところで、あたな方のその武器はどんなモノなんです?」


隊員「火炎放射器だ、火吹きの銃が効果的に見えそれを報告したら、支給してくれたんだ」


隊員A「──FIREッッ!」


隊員B「...You're going to prison」


魔王妃「便乗させてもらいましょうか..."炎魔法"」


──ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!

──ババババババンッッッ! ババババババッッ!

攻撃をするのは彼ら4人だけではない、先程この地域周辺に散開していた隊員たちもいる。

彼たちはプロ、日夜犯罪者を確実に仕留めるために訓練を重ねている。

飛ぶ鳥に狙いを澄ますことなど造作でもない、それが飛行中のイーグルであっても。


勇者「────ぐっ...■■■■■!?」


身体に感じる激痛が急いで闇を開放させる。

これは最後の理性かもしれない、だがこれがまずかった。

なぜ魔王妃の攻撃を闇で受けたのか、彼女のは魔法のはず。


魔王妃「──光を使わない...っ!?」


なぜ使わないのか、確かに火炎放射による炎の攻撃は驚異だ。

だが魔王妃の炎はそれとは比較にならない火力であるはず、ならば先にコレを潰すはず。

予想が外れた、そんなときに偽勇者を追いかけていた者が声を上げる。


ウルフ「──光魔法をつかえないみたいなんだよっっ!!」


魔王妃「──っ!?」


一体なぜ、原因解明もしたいところだがそれどころではない。

彼女の新たな計画が生まれる、光魔法という魔法殺しを使ってこないのならば。

やはりあの子の身体はあちらの世界で葬りたい。


魔王妃「...計画を変更します、あの子をあちらの世界へ転移させます」


隊員「なに...? どうするつもりだ?」


魔王妃「ごめんなさい、これは完全に私のわがままです」


魔王妃「...できるのであれば、あの子の身体はあの子の世界に帰したいのです」


隊員「...」


隊員としてはこの世界で奴を確保したい。

この世界で起きてしまった、超常現象のすべての責任を奴になすりつける為。

明らかなヴィランがいてくれるのなら、今後の後処理が楽なことこの上ないからだ。


隊員「...わかった、で、どうすればいい?」


しかし彼は飲んだ、魔王妃に情が芽生えたわけではない。

逆の立場ならどうするか、もし隊長があちらの世界で朽ち果ててしまったのであれば。

せめて死体だけはこちらの世界に戻してもらいたい、考えることは人間も魔物も同じである。


魔王妃「そのまま打ち続けて、足止めをしてください...時間はかかりません」


隊員「...Understandッ!」


──ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!

──バババババッッッ! バババババババッッッ!

容赦ない弾幕、そして炎が偽勇者を取り囲む。

雷を伴う闇、多少は破壊できてもこの物量には叶わない。

魔力によって大幅に強化された人間の身体、それは無残にも穴だらけ、そして焼け焦げる。


勇者「────っっ!」


理性はもうない、激痛に次ぐ激痛が彼女の化けの皮を剥がす。

もうこの姿をみて勇者だと認識できるものは誰もいないだろう。

ただ1人、彼女の過去の仲間を除いて。


魔王妃「...」


その酷すぎる彼女の最後を見つめる。

もうあの子をこの目でみることはできない。

しかし勇者はすでに死んでいる、奴は偽物にすぎない、覚悟は決まっている。


魔王妃「...さよなら、勇者」


属性付与によって抑制された魔力、解除されたとはいえまだ完全に回復していない。

なけなしの魔力、しかしそれでいて魔女から見れば膨大な量である。

彼女が唱える最後の魔法、それは世界を跨ぐ。


魔王妃「────"転世魔法"」


視界が歪む、それが偽者の最後の光景。

なにが起きているのか、自分がどのようなことになっているのか。

すべてを理解できずに、彼女はただ生きることだけをするしかない。


~~~~


~~~~


────□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□...ッッッ!!

そして聞こえたのは溢れる光の音。

もう人としての見た目を保っていない、だが彼にはわかる。

この焼け焦げた物体に妻の魔力を感じる、だからこそ魔王は吠える。


魔王「...よくやったな、妻よ」


勇者「......?」


もう喋ることすらできない、だけれどもとても強い生命力を見せている。

勇者という身体、歴代最強の魔王を討った者、だからこそまだ死ねない。

まだ彼女は死に直結する痛みを味わうハメになる。


魔剣士「...あァ? なんだァあれは?」


魔闘士「...焦げた、人間...か、あれは?」


女賢者「え...でも身体のほとんどを火傷して...出血もしてますよっ!?」


女騎士「...あれが本当に人間...というよりも生き物だとしたらとてつもない生命力だぞ」


女勇者『□□□□□□□□□...?』


傍観者が各々述べる、だが彼だけは違う。

たとえ感知能力を持たずしても、実の母の魔力を見誤るわけがない。

だからこそ固まってしまう、この謎の生命体に。


魔王子「...これは?」


魔王「これは我妻の...旧知の友..."だった"ものだ」


魔王子「...なんだと?」


魔王「詳しく説明してやりたいが、時間はないようだ...あれをよく見てみろ」


魔王子「...?」


よく見てみろと言われてもいまいちピンと来ない。

だが彼女は違う、感知能力を持っている女賢者だけは瞬時に理解をした。

その魔力は女勇者のものではなく、あの物体のモノ。


女賢者「え...嘘...」


女騎士「...どうかしたか?」


女賢者「あれから...とてつもない魔力量を感じます...しかもそれだけじゃないっ!?」


女賢者「よくわかりませんが、微かに光属性が含まれて...それが徐々に...」


うまく説明ができない、それは当然。

この肉塊は研究者の謎の薬、魔剣士と魔闘士を蝕んだ光を打ち消した薬を浴びた者。

しかしその効力は永続ではない、早くもその効果は薄れ始め光を取り戻しつつあった。


魔剣士「冗談じゃねェみてェだな...これは今の女勇者の光よりもやべェかもしんねェぞッ!」


女勇者『□□□□□□...っ!』


魔王「...そういうことだ、時間はもうない」


魔王子「...」


魔王「だから...誰も邪魔をするなよ■■■■■■■■」


勇者「...っ!」


──■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!

魔王が偽勇者を羽交い締めにし圧倒的な闇が偽勇者を包み込む。

だが彼女は抵抗をする、徐々に取り戻しつつある光で。

その身体に秘められた光が、自動的に闇を払おうとしている。


魔王「──なんて奴だ...歴代最強の魔王を討っただけはある...」


完全に黒に包まれているというのにその内部にはまだ勇者が存在している。

理性を完全に失ったこそできる芸当、生きたいという感情が反則地味た性能を誇る。

このままではまずい、時間をかければ偽勇者がすべての光を取り戻してしまう。


魔王「...」


この王は葛藤をする、どのようにすれば奴にトドメをさせるか。

少しでも気を抜けば闇から偽勇者を逃してしまう、新たに何かを仕掛けるのは難しい。

ならば手を借りるしかない、次の世代の者たちに。


魔王「...■■■■■■■■■■」


勇者「────っ!?」


──■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!

ここで魔王ごと強力な攻撃を与えることができるのなら。

この過去の遺物だけは、確実に仕留めなければならない。

それが妻の野望なのだから、夫はそれを遂げるだけ。


女騎士「──退避しろっ!」


魔剣士「やべェぞッ! こっちに闇がくるぞォッ!」


魔闘士「チッ...魔王の奴、最後の足掻きといったところか」


女賢者「凄まじい量の闇です...ですが、女勇者さんなら...っ!」


闇が彼らを襲う、その意図とはなにか。

なぜこのタイミングでこの闇を勇者に向けなかったのか。

その答えは簡単である、仲間が危機に陥れば彼女が動くからであった。


女勇者『──□□□□□□□□□□□□っっ!』


この一撃は魔王を確実に葬り去る。

己の腕と一体化したその剣に光が収縮する。

そして彼女が放ったのはとても巨大で分厚く、輝かしい剣気。


女勇者『──□□□□□□□□□□□□□□□□□□っっ!』


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ッッッ!

その光はすべての闇を滅ぼす、それが例え魔王という圧倒的な質を誇る闇でも。

そしてその威力はとてつもなく、魔物という強靭な身体を簡単に貫く。


魔王「────グッ...ウ...!ッ」


勇者「────っっ!」


それは当然、羽交い締めにされていた勇者もまともに受ける。

光を取り戻しつつあると入っても、現段階での質は女勇者のほうが遥かに格上。

光が光を飲み込む、その光景は闇も同じであった、質に圧倒的な差があればどうなることか。


魔王子「──親父...」


2人の強者が剣気によって吹き飛んだ。

偽勇者は胴体を真っ二つにされ、魔王の胴体には大きな穴が空いていた。

そして女勇者の身体にも異変が訪れていた。


女勇者『──うっ...!?」


──パキンッ...!

一体化が強制的に解除される、それはなぜなのか。

高らかな音がその原因である、彼女の右腕を見てみれば一目瞭然。

長旅に続く激戦により限界を迎えてしまったからであった。


女勇者「...ごめんなさい」


彼女が握る魔剣、その刀身は短くなっていた。

折れてしまった、帽子という男の形見が。

女勇者はその剣に篭もる意思に対して謝罪をしていた。


勇者「────っ...っ...っ...!」


魔王子「...まだ生きているのか、あの生命体は」


女勇者「よ...くわからないけど...アレも倒すべきなのかなぁ...っ!」


結局のところ、詳しく説明されてはいない。

この謎の生命体がどのような悪影響を及ぼすかも想像がつかない。

しかし鶴の一声が、父という絶対的な存在が発する命令が彼らを刺激する。


魔王「────殺せッ! 奴は妻の仇だッ!」


魔王の最後の言葉、それは妻の野望を助長するモノ。

断末魔だった、死にながらも彼は愛する者の願いを渇望する。

納得はできなくとも理解をすることは簡単であった。


女勇者「──どうしようっ! 武器がないよっ!?」


魔王子「...チッ、どうトドメを刺すべきか...」


その時だった、先程の闇で退避していた者たちが帰ってくる。

1人は己の持っている未曾有の武器を、もう1人は大きな剣を器用に振り回す。

闘いの最後が近い、これでようやく終結することができる。


魔闘士「──これを使え、使い方はわかるなッ!?」スッ


魔剣士「──いいところに剣が刺さってるじゃねェか...」ブンッ


──バコンッ!

魔剣士が剣を振ると剣気が生まれる、そしてソレはある地点で爆発する。

そのある地点になぜか地面に突き刺さっている、ただの剣が爆の影響でこちらに飛んできた。

そしてそれを捉えた男は、難なく自分の手のひらに収めた。


魔王子「...いい剣だ■■■■■■」


女勇者「ありがとう、ずっと使ってきた剣だからね□□□□□□」


魔王子は先程女勇者が魔王に向けて投げた剣に闇を纏わせる。

女勇者は魔闘士が持っている手のひらよりも大きい銃に光を纏わせる。

その2つが放つ剣気、そして銃撃が偽者に向けられる。


勇者「────っ!」


────□□□□ッ!

────■■■■ッ!

2つの音が奏でるのは、死を表現した音。

それを受けてしまった彼女は声を上げることすら許されない。

闘いは終わる、魔王は朽ち果て、過去の光がここにて滅びる。


~~~~


~~~~


時は過ぎ去り、そして世界も変わる。

ここはアメリカ合衆国のとある一室。

そこにいたのは世界を跨いだ男とその仲間たち。


隊長「...おはよう」


魔女「おはよう、あなた」


ウルフ「おはようっ! ご主人っ!」


2人は彼のマンションに住み着いている。

朝食は魔女が作り、ウルフはこの世の最新情報に耳を立てている。

だが聞こえている言語は英語、当然理解できるはずがない。


魔女「...そろそろ、本格的にこの国の言語を勉強しなきゃね」


隊長「あぁそうだな...あとは国籍も取らないとまともに暮らせないな」


魔女「国籍?」


隊長「そうだ、この国の住民であることを証明する書類みたいなもんだ...」


魔女「それって、どうすれば貰えるの?」


隊長「...」


貰える方法などは意外と簡単ではある。

だがそれを言葉にするのはとても難しい。

まだ、彼女に見合う指輪も探していないというのに。


隊長「...まぁ、追々な」


魔女「なんか誤魔化されたような...まぁいいわ」


魔女「それよりも支度して、今日はお墓参りよ」


──ピンポーンッ!

その時だった、玄関から小うるさい音がなる。

そして聞こえたその足音の主にウルフは飛び上がり、扉を開けようとする。

そこにいたのはこちらの世界で幅広く協力してくれた彼であった。


隊員「おはよ...って、うわっ!?」


ウルフ「おはよぉっ!」


その様子は、大型犬に飛び掛かられた飼い主。

そのまま押し倒されそうになるのをグッとこらえ、彼は彼女を受け入れる。

特殊部隊で鍛え上げられた成果がここに現れる。


隊長「...ずいぶんと懐かれたな」


隊員「へへへ...おはようございます、Captain」


ウルフ「~~♪」


その表情は限りなく緩んでいる。

普段の仕事中のソレとは比べ物にならない。

本当に同一人物なのだろうか、魔女はその光景を見ながら軽く頭を抱える。


魔女「はぁ...それじゃ行くわよ」


ウルフ「わかったよっ!」


魔女とウルフの格好、それはこちらの世界で適応したモノ。

特にウルフ、リュックの背にあたる部分に穴を開けてそこに尻尾を詰め込み隠している。

犬耳も帽子で隠してる、これで人外ということを知られる心配はない。


隊長「...」


魔女「...どうかした?」


隊長「...いや、少しな」


これからこの4人で出かけるのは、お墓参りと言っていた。

だがそれは一体誰の、そしてなんのためのモノなのか。

隊長は疑問に抱いていたことを口にする。


隊長「...なぜ、魔王妃は死んだのだろうか」


魔女「...」


隊員「...」


魔王妃は死んだ、偽勇者を異世界へ飛ばしたあの時に。

原因はわからない、しかし彼女は息を引き取った。

死人に口なし、だが魔女は1つの説をたてた。


魔女「...たぶんだけど、あっちの世界で魔王が死んだと思う」


魔女「あの人...使い魔召喚魔法で甦ったと言ってたわ」


魔女「...あの魔法は発動した主が死ぬと、自動的に消滅する仕組みになっているから」


隊長「...そうか」


間接的に知ることができた、あちらの世界で魔王が果てたことを。

考えられるのは1つ、魔王子か女勇者、あちらの世界での仲間が魔王を討ったということ。

それは喜ばしいことでもある反面、その様子をこの目で見ることができない無念もあった。


隊長「...帽子やスライムに納得してもらえるだろうか」


魔女「してくれるわよ、だって大切な仲間ですもの」


ウルフ「...そうだよ」


あちらの世界が今どうなっているかはわからない。

だが願うしかない、魔王子が、女勇者が手を取り合い平和を齎している様を。

3人が失った仲間を想う中、部外者が口を開いた。


隊員「...私はあの女を許すつもりはありません」


隊員「奴はこの国の市民を、部隊の仲間を、そして亡くなられた者たちを冒涜した」


魔王妃という女はテロリストである。

この国の人間を数百人規模で殺害し、多大な経済打撃を与えた。

だが話の本位はそこではない、隊員が言いたいことは別のモノであった。


隊員「...ですが、彼女がいなければこの国は愚かこの世界が滅んでいたかもしれません」


隊員「今という時間を与えてくれた人々の気持ちを蔑ろにするわけにいきません」


隊員「...私たちにできることはそれを噛みしめることです」


気持ちの切り替え、だからこそ彼はここにいる。

たとえ憎きテロリストが相手でも、この世界を救う1つの要因であった彼女。

その亡骸を無碍に扱うことはできない、隊員が魔王妃の墓参りに参加する理由はそこにある。


隊長「...そうか、そうだな」


隊長「きっと、あちらでも平和を掴んだに違いないな」


そう言うと彼は歩き始める、扉を開き外へ。

人に見られないようにカバンの奥底に真っ黒な銃を入れて。

その様子を見送るのは、鉢植えにある真っ赤な花であった。


~~~~


~~~~


再び世界が変わる、ここは魔王の城。

そこにいるのは3人、どこか面持ちは険しいモノであった。

そしてその服装はとても綺羅びやかであった。


魔剣士「...いやァ、慣れねェなァ」


魔闘士「動きづらすぎる...これではまともに戦えんぞ」


魔王子「...馬鹿共め、今日に限って戦いなど起こらん」


そんな時だった、扉が開かれてしまう。

多数の魔物が、そして多数の人間が魔王の間に立ち尽くす。

そして扉を開いた3人の乙女たち、彼女らもまた普段とは違う格好をしていた。


女勇者「...や、やぁ」


女騎士「...ど、どうも」


女賢者「...だめですねこれは」


緊張が彼女たちの調子を崩す、これから始まるのは神聖な儀式というのに。

女賢者は事前に2人に言葉の使い方を教えていたはずなのに。

もうだめだ、そう感じ取った彼女は向こう側にいる彼らに助け舟を願う。


魔王子「...そう緊張するな、いつも通りでいい」


女勇者「本当っ!? いやぁーこういうのって苦手なんだよねぇ~...」


魔剣士「...いやそれは肩の力を抜きすぎだろうがよォ」


魔闘士「あぁ、もう無理だな...これから始まるのは漫才かなにかか?」


女騎士「...ふっ」


女賢者「は、はははは...はぁ、大賢者様もそこにいるというのに...」


会場に集まっている魔物と人間、それぞれの反応は同じであった。

人間側の頂点に君臨する女勇者、魔物側の頂点に君臨する魔王子。

普段の2人からは想像もできないその柔らかな表情に笑いが起こってしまう。


魔王子「...」


女勇者「...」


しかし彼らの視線は確かなものであった。

この2人が勝ち取ったものは、かけがえのないものである。

まだ細かな問題は多々ある、だが今日という日がとても偉大な1日であることは間違いない。


~~~~


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??1「...ここは、どこ...?」


辺りには何もなく、ただ白が点在している。

声の主はその光景に理解ができず、苦悶する。

行くあてもなく、この白き世界を眺めていると誰かが話しかけてきた。


??2「□□□□□」


??1「えっ!? えっとぉ...」


??2「...失礼しました、張本人が亡くなられたのであの魔法は解けていると思ったのですが」


??2「どうやら、その言語が頭に染み込んでいるようですね」


??1「あ、あの...?」


話しかけてきた人物には白い翼が生えている。

男でも女でもなく、それでいてどちらとも取れる見た目をしている。

突然の声かけに困惑しながらも、その人物はあるモノを手渡してきた。


??2「忘れ物ですよ」


??1「...え? これって」


??2「では」


──ばさばさばさっ!

まるで鳥のように、この人はどこかへと飛んで行ってしまった。

手渡されたのは剣であった、その見た目はとても豪華でもあり奇妙な感覚がする。

間違いない、これは確かに忘れ物であった。


??1「...どうすればいいんだろう」


すると感じるのは、自分と同じ魔力を持つ誰か。

遠くに仲間がいるような感覚が彼女をさえ冴える。

しかし動こうとしない、彼女が会いたいのは同胞ではなくお友達なのだから。


??1「...」


しかしさらなる違和感が彼女を襲う。

自分と同じ魔力の他に、なにか別人の魔力を感じていた。

それはどこか水のようで水ではない、やや塩辛そうなモノだった。


??1「...なんだろう」


その違和感がようやく、彼女を動かしていた。

彼女は足を進める、身体をゆらしたぷたぷと水音を立てて。

すると持っている剣が少し煌めく、まるで離れ離れの主人に会えた飼馬のような。











「...やぁ、久しぶり」



















「──また、会えたね」



















「────そうだね、君も一緒に彼らを見護ろうよ...キャプテンが勝ち取った平和な2つの世界を」



















~~終わり~~










乙や待ってる等のレスをありがとうございました、とてもモチベーションに繋がりました。
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主な誤植です、よければ見つけてやってください。
・英語という概念がないのに帽子が「ボール」という単語を使っている。
・英語という概念がないのに帽子が「チョコ」という単語を使っている。
・魔王妃の前設定の名前が「魔王妻」なので、修正漏れによりその名残が残っている。

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