ダイヤ「たんじょうびの」ちか「やくそく」 (14)

ラブライブ!サンシャイン!!SS
ダイちか

ダイヤちゃんの誕生日のお話

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──ゴーン。

──ゴーン、と鳴り響く鐘の音。


ダイヤ「76……」


──ゴーン。


ダイヤ「77……」


ぼんやりと搗かれる鐘の音を数えている。

何故、わたくしが一人でこんなことをしているのかと言えば──


千歌「……んゅ……zzz」


コタツの向かいの席で、千歌さんが自分の腕を枕にしながら、幸せそうに眠りこけているからでしょうか。


ダイヤ「今年は、年明けまで起きているんじゃなかったの?」


思わず、人差し指で額を軽く突っつく。


千歌「……ん…………。……すぅ……すぅ……」

ダイヤ「よく寝てますわね……」


お陰で退屈を通り越して、除夜の鐘を数えるなんて──いや、これもまた風流でいいのですが。

ただ、今日この日は……一人にされると、いつかの記憶を思い出す。

……幼い日のことを。





    *    *    *


わたくしの家──黒澤家は言わずと知れた内浦の名家。

そのため新年はあっちへこっちへ引っ張り凧。

両親だけでなく、わたくしたち姉妹もお正月はたくさんの新年の挨拶回りに連れまわされたものです。

大晦日の夜は元日の挨拶回りに備え、早く寝るように言われ……よくよく考えてみれば、今のように除夜の鐘をゆっくり聴いたことはあまりなかったかもしれませんわね。

……まあ、それ自体が嫌だと思ったことはありませんでした。そういうものだと思っていたので──まあ、専らルビィは、寒いし、眠いし、忙しい新年の挨拶回りは好きではなかったようですが──それはいいのです。

ただ……ただ、忘れられるのが、寂しかった。


ダイヤ「おとうさま……」

黒澤父「なんだ、ダイヤ」

ダイヤ「あの……きょう……」

黒澤父「ああ、今日は忙しい。黒澤家の娘として、恥ずかしくないように」

ダイヤ「あ、いや……そうじゃなくて……」

黒澤父「……なんだ?」

ダイヤ「……き、きょうはそれだけなのですか……? あいさつまわりで、おわりなのですか……?」


……きっと、わたくしの遠回りな問いかけは、幼心にあった『期待』だったのでしょう。


黒澤父「……他にやることがあるのか?」

ダイヤ「……っ!」

黒澤父「なんだ、ダイヤ」

ダイヤ「……い、いえ、なんでもありませんわ」


……父は立派な黒澤の人間だった。

悲しくなるくらいに。

こんな答えが返ってくるなら、聞かなければよかった。

……聞きたくなかった。

父が去ったあと、部屋に一人残されたわたくしは、


ダイヤ「……おたんじょうび……」


ただ、力なくそう呟いたのでした。





    *    *    *


黒澤家は元網元の家系なので、漁協系の挨拶回りが多いのですが……。

内浦地区の雇用全体に対してある程度の力を持っているため、それだけはなく近辺の旅館へ足を向けることも少なくありません。

たまたまその年は、新年最初は旅館への挨拶回りの年でした。

まあ、スケジュールの都合もあるので一概には言えませんが、宿泊施設の密集している地区は黒澤家から余り離れていないので、最初は旅館群に足を向けるというのは合理なのです。

ただ、旅館というのは商売柄なのでしょうか……御持て成しが良くも悪くも丁寧で、挨拶回りに訪れた際に上物のお酒を振舞ってくれることもしばしば。

そんなに長い時間ではないとは言え、酒の席に幼い姉妹が顔を出すのも憚られたのか、お陰様でわたくしたち姉妹には退屈な時間が与えられる。


ルビィ「おねぇちゃん? どこいくの?」

ダイヤ「すこし、おそとに……」


どうせ、すぐには終わらない。それは経験則で知っていた。

当時はよくわかっていなかったけれど、お酒の席は抜け出すのも大変なのだ。


ダイヤ「ルビィもきますか?」

ルビィ「ぅゅ……おそと、さむい……」

ダイヤ「…………」


せっかく誘ったのに、寒さ程度に負けたのは多少ショックでした。

まあしかし、子供なんてそんなもので……それにここで癇癪を起こしたようにルビィに怒りをぶつけても仕方ない。

わたくしは──お姉ちゃんなのだから。


ダイヤ「……それじゃ、ここでおとなしくまっててね」

ルビィ「うん」


ルビィは素直にわたくしの言うことに頷いた。

……悲しいくらい、素直に、わたくしが一人で行くことを、止めてはくれなかった。





    *    *    *


旅館を出ると、すぐに砂浜がある。

内浦の旅館は海を見渡せる立地が多いので、子供の足で行ける範囲だと自然とここに落ち着く。

幼子の頃から、何度も聞いて育った、波の音のする場所。

コートを着込んでいても、海風が吹いてきて寒い。


ダイヤ「……」


身に染みる寒さと、誰も居ない浜辺に響く波の音が、何故だかすごく物悲しくて、


ダイヤ「…………ぅ……っ……」


わたくしは膝を抱えて、


ダイヤ「……ひっく……っ……ぐす……っ……」


一人で──独りで……泣き出してしまった。

寂しい。

ただ、そんな気持ちが頭の中をぐるぐるとしていた。

……当時はまだ小学校にも上がる前、同年代の友達なんて居なくて、

もし何かあっても、話が出来るのは幼いルビィだけ。

父も母も忙しくて、自分の誕生日を覚えていない。

ルビィも寒いから、そんな理由でわたくしの傍には居てくれなかった。


ダイヤ「……ぅ、ぅぅ……っ……」


──ザザーン。

膝を抱えて、顔を埋めると、もう波の音しか聴こえなかった。

誰の声もしなかった。

わたくしは、独りだ。


ダイヤ「……ぅ、ぐす……っ……」


さめざめと涙を流す。身体はどんどん冷えていくのに、泣いてるせいか鼻の頭の辺りだけツーンとして、頭部だけがぼんやり熱い。

身体で感じる冷気と、頭が感じる熱の温度差さえも、今自分が悲しみの中に独り取り残されてることを助長しているような気さえしてきて、


ダイヤ「……ぅ、……ひっく……っ……」


いくら声を殺しても、涙は止まらないし、寂しいも悲しいもどんどん膨れていくだけだった。


「──どうかしたの?」

ダイヤ「……ぇ」


──ふと、声がして、わたくしは顔をあげた。


「どうしたの?? ないてるの??」


気付けば、目の前で幼い少女──とは言っても、当時はわたくしも幼い少女だったのですが──がしゃがみこんでわたくしの顔を覗き込んでいた。


ダイヤ「だ、だれですか!?」


少々面食らって、思わず声を荒げた。

……これも今考えてみれば、なのですが……黒澤の娘たるもの毅然と振舞うべしという訓え故に泣き顔を見られるのは酷く恥ずかしいことだと思っていたからでしょう。反射的に自分が弱った姿を認められて威嚇してしまったのだと思います。

ただ、目の前の少女はそんなこと気にも留めず、


ちか「えっとね、ちかはちかだよー」

ダイヤ「ちか……」

ちか「あ、えっとね! ちかはとちまんの『ち』に『か』ってかくんだよ! えっへん」

ダイヤ「……?」


全く説明になってない名前の説明に、眉を顰めましたが……。

『とちまん』という特徴的な固有名詞は子供のわたくしにも多少の聞き覚えがありました。

挨拶回りに行く場所にもある旅館の名前。

どうやら『とちまん』の子のようです。


ダイヤ「……なんのようですか。わたくしいそがしいのです」

ちか「あ、そうだ。なんでないてるの?」

ダイヤ「な、ないてなどいません!」

ちか「え、でもないてたよ?」

ダイヤ「な、ないてません……」

ちか「……????」


ちかは心底不思議そうな顔をした。


ちか「うーむ」


少し唸ってから、


ちか「わかった」


そう言って、


ちか「いたいのいたいのとんでけー!」


おまじないを唱え始めた。


ダイヤ「えっと……」

ちか「いたいのとんでった?」

ダイヤ「わたくしはけがをしてないてたわけでは……」


泣いてる=怪我をしたという短絡的な帰結はある意味子供らしい。


ちか「やっぱりないてたの?」

ダイヤ「……」


……もしかして、この子実は頭がいいのでは?

わたくしは泣き顔を見られるのはやっぱり悔しいので思わず顔を伏せた。


ちか「なんでないてるの?」

ダイヤ「…………」

ちか「いやなことあったの?」

ダイヤ「…………」

ちか「ねーどうしたの?」


適当に無視しておけばどこかにいくと考えていたけれど……思った以上にしつこい。

軽く顔をあげると、


ちか「ねー?」


さっき以上に近い距離でわたくしの顔を覗き込んでいた。


ダイヤ「…………」


……どこかに行くどころかどんどん近くなってるし……。

理由を言わないと、そのうち近付きすぎて頭突きでもかまされそうだ。


ダイヤ「……はぁ」

ちか「?」

ダイヤ「……きょうががんじつだからですわ」

ちか「がんじつ?」

ダイヤ「……おしょうがつのことです」

ちか「おしょーがつ、きらいなの?」


お正月が嫌いなのか。その問いを反芻しながら、


ダイヤ「……きらいですわ」


わたくしはそう答えた。


ちか「なんで?」

ダイヤ「……みんなわたくしのことをわすれるから」

ちか「わすれる?」

ダイヤ「……わたくしのひ、なのに……」

ちか「? おしょーがつはあなたのひなの?」

ダイヤ「…………」

ちか「??」


ちかはまた、首を傾げながら、不思議そうに、わたくしを覗き込んでくる。

何が彼女の興味をそんなに引いているのか、理解できなかったが──興味を持ってくれたこと自体が純粋に嬉しかったのかもしれない。


ダイヤ「──じょうび……」

ちか「え?」

ダイヤ「……おたんじょうび……」


小さな声で、子供が周りの興味を引きたくて搾り出すような、そんな声で、呟いていた。


ちか「きょうおたんじょうびなの?」

ダイヤ「……そうですわ」


誰にも知られず、思い出されず、過ぎてしまう、そんな忙しない、虚しくて、寂しくて、悲しい日。

わたくしはそんな辛さを共感して欲しくて、もうこの際、今目の前にいるこの子でもいいから、気が引きたくて言っただけのつもりだったのに。


ちか「すごーい!」

ダイヤ「え……?」


完璧に予想外の反応が返ってきた。


ちか「いちがついちにちがたんじょうびなんてすごいよー! はじめてみた!」

ダイヤ「……すごくないですわ」

ちか「でもおぼえやすいよ?」


その発言にカチンと来る。


ダイヤ「だからっ! だれもおぼえてないっていってるでしょっ!?」


思わず声を荒げた。


ダイヤ「こんないそがしいひのたんじょうびなんて、だれもおぼえてないのっ!!」

ちか「だれもじゃないよ?」


ちかはキョトンとした顔で言う。そのとぼけ顔にますます頭に血が昇る。


ダイヤ「じゃあ、だれがおぼえてるのですかっ!!!?」


普段は自制してるつもりだったのに、ヒステリックに怒鳴りつけてしまう。

だが、彼女はそんなわたくしの剣幕に全く怯むことなく。


ちか「チカがおぼえた」

ダイヤ「!」


ちかの言葉に、思わず、目を見開いてしまう。


ちか「そんなおぼえやすいたんじょうび、チカはわすれないもんね~」


そう言いながら、ちかはニシシといたずらっぽく笑う。


ダイヤ「……ん、えっと……」


なんとなく言葉に詰まってしまったが、搾り出すように、


ダイヤ「……どうせ、あなたもわすれますわ」


何故か意固地になって、そう決め付ける。


ちか「えーわすれないよー」

ダイヤ「……ぜったいわすれます」

ちか「わすれないわすれない」

ダイヤ「ぜったいわすれます!!」

ちか「わすれないって」

ダイヤ「わすれます!」

ちか「じゃあやくそくする! わすれないっ!」

ダイヤ「……っ」


約束する、と……全く引かないちかに、わたくしは……。


ダイヤ「……ほんとに……わすれませんか……?」


そう問い掛けてしまう。


ちか「うん! ぜったいわすれない!」

ダイヤ「……そこまでいうなら、わすれたら……ゆるしませんわよ?」

ちか「じゃあ、ゆびきりしよ!」


そう言って小指を差し出してくる。


ダイヤ「……」


わたくしも倣うようにおずおずと小指を前に差し出すと、ちかはその指に自分の指を強引に絡めて、


ちか「ゆーびきーりげんまーん、うそついたらー」


勝手に指切りげんまんを歌いだす。


ちか「ウニのーます!」

ダイヤ「え、なんですかそれ」

ちか「え?」

ダイヤ「ふつう、はりせんぼんじゃないんですか?」

ちか「かなんちゃんはウニっていってたよ?」

ダイヤ「だれですか……?」

ちか「それにハリセンボンってこーんなにおっきいんだよ? のめないよ」


ちかは言いながら、腕をつかって大きな丸を前方に作ってみせる。


ダイヤ「……?」

ちか「? ハリセンボンみたことないの? しんかいすいぞくかんにいるよ?」

ダイヤ「……いや、そのハリセンボンじゃ……」

ちか「……??」


第一、罰なんだから飲み込めないくらい大きくてもいいのでは……?

……まあ──


ダイヤ「ほんとうにわすれないのですわね……?」


重要なのはそこなので、この際ウニでもハリセンボンでも対して変わらない……はず。


ちか「あ、うん! わすれない!」

ダイヤ「じゃあ、わすれたら……ウニのませますからね」

ちか「のみたくないから、わすれない!」

ダイヤ「……わかりました」


そこまで言うなら、もしかしたら……なんて淡い期待を抱く。


ダイヤ「やくそく……ですからね?」

ちか「うん」


わたくしの問いに、ちかはにこにこしながら頷いた。


「おねぇちゃーん? どこー?」


そのとき、ふとわたくしを呼ぶ声が聴こえてくる。


ちか「?」

ダイヤ「あ、ルビィ……」


両親の用事が終わり、どこに行ったのか聞かれて探しに来たのかもしれない。


ダイヤ「もどらないと……」


わたくしは立ち上がって、ルビィの声がした方へと足を向ける。


ダイヤ「ちか……」

ちか「ん?」

ダイヤ「ほんとうに──わすれないでくださいね」


そう言葉を残して、それ以上は返事を聞かず、わたくしはルビィの元へと駆け出したのだった。





    *    *    *


──ゴーン。


ダイヤ「105……」


その後……残念ながら、千歌さんと再開したのは高校生になってからのことになる。

小さい町なので、実のところ姿を見かけることは何度かあったのだけれど……。


──ゴーン。


ダイヤ「106……」


あの出来事自体、子供心にふいに感じた発作的な寂しさのようなものだったため、実のところ自分でも忘れていたところがある。

……小学校にあがったあとは果南さんが毎年お祝いしてくれてましたし。


──ゴーン。


ダイヤ「107……」


さて……もう年が明けますわね。


千歌「……はっ」

ダイヤ「あら?」

千歌「……」


千歌さんが目をパチクリさせてキョロキョロとする。


ダイヤ「おはよう、千歌さん」

千歌「い、今何時!?」

ダイヤ「ちょうど、年明け直前ですわ。起きられてよかったですわね」


──ゴーン。108回目の鐘。年が明けたようだ。


千歌「誕生日おめでとう! ダイヤちゃん!」

ダイヤ「!」


わたくしは、思わず、目を見開いた。


千歌「えへへ、今日はこれを一番に言うって、決めてたんだ~」

ダイヤ「……ちか……もしかして、あなた、やくそく……」

千歌「え?」


わたくしが漏らした小さな言葉に、千歌さんが首を傾げる。


千歌「ご、ごめん……よく聞き取れなかったんだけど」


……いや。


ダイヤ「……いえ、千歌さん、誕生日覚えていてくれてありがとう……そう言ったのですわよ」

千歌「ん、うん……! 当たり前じゃん、忘れるわけないよ! だって──」

ダイヤ「1月1日なんて覚えやすいものね」

千歌「あ、ちょ……チカのセリフ取らないでよ!」

ダイヤ「うふふ」


……貴女は本当は覚えていたのかしら?

少しだけ気になるけれど……。

それを聞くのは少しだけ野暮ですから。


ダイヤ「今年もよろしくお願いしますね、千歌さん」


わたくしはまた、新たな年を、貴女と歩み始めるのです──





<終>

終わりです。お目汚し失礼しました。


改めて、ダイヤちゃんお誕生日おめでとう!

今年がダイヤちゃんに取ってよりよい1年でありますように……


また書きたくなったら来ます。

よしなに。


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